階段を降りる…
階段を降りる幾つかの足音と一緒に、ヤエは広間へ降りた。シャーノを見つけ、魔女にも苦手なものがある、と一言呟く。シャーノは少しはにかんで、そうみたいですね、と言った。
「それじゃ、準備をするから…あ、そうそう、シャーノ」
「はい?」
「魔女より寝起きの悪いお嬢様を、起こしてきて」
ペトラという老人の家は、首領から村へ向かう道の途中にあった。なだらかな丘に並ぶ村の畑が途切れて小さな沢を越える橋が見えた時、ふとその横にある小さな林が、家を囲む防風林であることに気づく。なぜなら、そこには家があるからだ。その家は見るからにボロボロで、ろくに使われていないように見える。しかし、家の奥にある煙突から煙が出ていた。
ヤエはその家にどんどん近づいていった。何故か猫が3匹ほどずっと付いて来ていて、そのうちの1匹をルシェが抱いている。シャーノも後を追った。
追いついたシャーノをヤエが振り向いて見た時、家の扉が開いて、老人が現れた。彼は腰が曲がっているが、しっかりと杖を付いていた。くたびれた服は年季が入っていて、物持ちの良さがよくわかった。ジロリとこちらを伺う目には、若干の警戒が含まれている。
「何用かな。ワシは今から、村に用事があるんだが」
「私はペトラ爺さんに用があるわ」
ハ、ハ、と老人は陽気に笑った。「生意気な弟子め。最近顔を見せんと思っとったら、ガキを連れてくるとはな。薄い栗毛に淡い茶色の瞳となれば、フロリベルから来たのか。ワシがどういう心づもりでここに住むのを知っていてなお、そいつらを連れてくる理由が、お前にあるんだろうな?」
「もちろん」ヤエはニコリと笑った。
真顔の老人と微笑むヤエは黙りこんで、しばらくじっとしていた。とうとう我慢が出来ず、老人がニヤリと笑って、ルシェの方を見た。
「お嬢ちゃんの相手は、お前さんだけでもう懲りたぞ」
「ええ、男の子の方。ふたりとも私の弟子だけれど、向き不向きと興味が違うから、このほうがいいわ」
「お前さんが教えられるだろう」
「そんなに嫌?」
「面倒事は、いつだって、自分以外から来るものだ」
「あら、私を最初に放り投げたのは、ペトラ爺さんでしょう?」
老人はバツが悪そうに顔をしかめた。「それはズルいじゃないか」
「使えるものは使わないと」ヤエはまたニコリと笑う。
「ああ、わかった、わかった、仕方ない。自分で巻いた種ということだな。中で話をしよう」
老人は踵を返し、家の中へ入っていった。ヤエは振り返って、弟子二人に手招きする。「行きましょう」
「村の用事は良いのでしょうか?」ヤエに追いついたルシェが尋ねる。
「大丈夫よ」ルシェの抱く猫を一撫でして、ヤエは微笑んだ。「いつもああして、来客を撒くの」




