デイ・ノートの村長の家は…
デイ・ノートの村長の家は、村の入口にある。領地取りの名残で簡易の堀と木塀があり、それはぐるりと村を囲んでいる。入り口から先はノート・ロナイへの道のりが続いているが、途中に他の町や村はない。なだらかな平地をひたすら進むこの道は、ある意味とても進みやすいが、同時に不安を煽る。これといった目印も特に無い。
辺鄙な場所にあるので、外から来る人は大抵誰かの知り合いか面倒事のどちらかだった。本来ならば村の奥まったところにあるべき村長の家が入り口にあるのは、顔見知りには挨拶を、そうでないなら質問を、というスタンスらしい。
村長は来訪を快く受け入れ、手紙を受け取ると、二人の気を紛らわせるためにそんな話をしてくれた。途中、村長婦人がお菓子を焼いてくれた。それをみんなで食べながら、ルシェはヤエから聞いた話を思い出した。
「村の霊標があると聞いたのですが、どこにあるんですか?」
「おや、珍しいことを聞くねぇ」頬の皺を深くしながら、婦人は首を傾げた。若くも見えるし、年老いても見えるので不思議だと、ルシェは思う。
「最近はお参りする人も少ないからね…それに、霊標というより記念碑のようなものかしらね」
「記念碑、ですか?」シャーノも釣られて首を傾げている。
「ああ、そう、そうだよ。あれは記念碑だ。何と言っても、あれは村を作ることを決めた日に、みんなで石囲いを作ったからなぁ」村長さんは何度が頷きながら言った。「相変わらず、四代目さんはあまり話を聞かせてくれないみたいだなぁ」
「知りたいことは自分で調べなさいって、言われています」ルシェは苦笑いで答える。
「ワシがまだ、20くらいの頃だなぁ」村長は椅子に深く座り直した。「元々、この辺りには小さな工房がたくさんあった。寒々しいロナイ地方の中で、ここいら一帯は良質な木がたくさん生えていた。それらを加工して、ノート・ロナイの城下町へ卸していたんだ。けれど、当時はフロリベルを筆頭に領地の取り合いが激しくて、こんな田舎にも、たくさん傭兵や兵隊が来たんだよ。ロナイ城からの防衛は間に合わず、工房は一つを除いて全て焼かれてしまった。唯一残ったのが、君たちの住む魔女の家だね」
「そうなんですか」初めて聞く話だった。ずっとヤエに付きっきりなので、こうして誰かの話を聞く機会は少ない。
「そうして焼かれてしまった時に、この村を守った自警団と、買い付けに来ていた旅人が巻き込まれてしまった。自警団は勇敢に戦い、旅人は傷ついた彼らを癒やした。数日経ってから、魔女の家に集まった生き残りとロナイ城からの増援で村を取り返し、大急ぎで堀と塀を作って、そこから村を再興したんだ」
「そうして亡くなった人のために、霊標を立てたのね」
老夫婦の頬皺に小さな傷が見え隠れしているのを、シャーノは見つけていた。




