「ルシェ、この手紙を…
「ルシェ、この手紙を村長さんに渡してきて」
傭兵をロープで簀巻にして、ヤエは走り書きと、届いていた手紙をルシェに渡した。猫たちが侵入者を珍しそうに眺めている。
「シャーノも付いていくように。私はこの人を見張っているから」
「私達を狙っているのは、この人だけなんですか?」ルシェは聞いた。
「村に来ているのは一人ね。…領政に関わってるマリ姐さんが狙われるのはわかるけれど、私達が襲われる理由はサッパリ」ヤエは肩を竦めた。「もし起きたら、ちゃんと聞いておいてあげるから…そうね、日が暮れる頃に戻ってきて」
「はい。行ってきます!」
「行ってきます!」
ルシェは手提げ袋にしっかりと封をして、シャーノと並んで家を出た。
弟子二人が出発して、魔女の家は静まり返った。猫たちも足音一つ立てない。ヤエは頬を指先で2.3掻き、ため息をつく。面倒なことに巻き込まれたものだ。
マリから届いた手紙は、簡単な状況と襲撃があったことが綴られていた。陣取りはフロリベル内乱の一部が勝手に行ったこと。元政直下の部隊が謝罪をしに来たこと。その部隊が帰る前日、裏口へ複数人の傭兵が乗り込んできたことだった。口髭と若い門番が居合わせ、なんとか対処できたらしい。全員逃がしてしまったが、誰も怪我を負わなかったそうだ。
おそらく標的であるマリが失敗した際の保証として襲われたのだろうが、ルシェを狙った理由があるのだろうか。聞き出すことの優先順位を決め、さて、どういった方法で話を聞き出したものかと、少し考える。ここまで圧倒的に有利な状況というのも珍しいので、少しずつ楽しくなってきた。いたずらを考えるようなものだ。
そんな感情に気づくはずもなく、侵入者は静かに呼吸をしているだけだった。
ルシェは明らかに空元気だった。シャーノがあの傭兵に殴りかかるタイミングと、ルシェの首を傭兵の腕が締め上げようとしたのは、ほぼ同時だった。転げ落ちるように腕から逃れたルシェが振り返った時、フライパン片手に肩で息をするシャーノを見て、何故かすこし可笑しくなったくらいだ。
手提げを握る手が、まだ少し震えていた。前を歩くシャーノがたまに振り返って、気にしてくれている。ルシェのほうが半年だけ先輩弟子だから、ちょっと悔しいが、とても頼もしかった。シャーノの背中が、急に大きく見えたほどだ。
傾きかけた日差しが暖かかった。冷え冷えとした空気感は残っているが、逆に日差しを感じさせる。
ついさっき襲われたというのに、なんとも陽気なものだ。ちょっとした感覚麻痺のようなものだろうか。黙々と歩いていると、シャーノが手を握ってきた。少し立ち止まって、手を引かれる。二人はそのまま林道を抜け、村の近くまで手を繋いで歩いた。




