それは昼過ぎに…
それは昼過ぎに起きた。手紙に目を通して、髪をくるくると一通り弄り、仕方なく内容を弟子二人に伝えようと席を立った時、コオンと小気味の良い音が聞こえた。
ヤエが実験室を飛び出して音の方へ向かうと、フライパンを握りしめたシャーノの足元には不可思議な格好をした男がうつ伏せに転がっているし、少し前に野草摘みを頼んだルシェはさっぱり何が起きたか解っていないようだった。シャーノもまた、これからどうしようといった顔をしている。
「よくやりました」ヤエは転がっている男に近づく。「二人とも怪我は無いみたいね」
「その…この人は…?」ルシェはパクパクと口をあけている。
「陣取りの飛び火がこの村まで来たわ。マリ姉さんの所にも来たみたい」手紙を取り出して、ルシェに渡す。「シャーノ。大丈夫だから、一緒に見なさい」
シャーノはコクコクと頷いて、ヤエの横に立った。
「出身がわからないように、服は継ぎ接ぎでまとまりがない。腕輪は無いし、靴も上等ではない。少なくとも見られるような仕事ではないし、武器は…あっちの茂みね。足跡がある」服をあちこちめくりながら、ヤエは説明する。「簡易の兜がそのままね。脳震盪だから、大丈夫、死んでない。届かないからおもいっきり踏み込んで飛んだのね」
シャーノの頭をワシワシと撫で、ニコリと笑ってみせる。死んでいないとわかって安心したのか、シャーノは少し引きつった笑顔になった。
「荒事になりそうだから、シャーノはしばらく実験は無し。…明日、ペトラ爺さんの所で修行にします。あ、そっちの足を持って…そう」男を仰向けに転がす。「鼻が折れてる。簡単な防護服、小銭と水筒と干し肉乾燥食料…うん、傭兵ね」
「どうして、その、ルシェを…?」シャーノがおずおずと聞いた。
「うーん」
二人は手紙を読んでいるルシェをチラリと見た。
「この人、一度玄関の小窓にも向かってるみたいだし、魔女の家であることを確認してからだから、私に用があったのでしょうね。二人並んでたら、捕まえやすそうなルシェを選ぶ」ヤエはシャーノからフライパンを受け取った。
「ともあれ、起きたら聞いてみます。うーん、ひとまず縛り付けておきましょう。納屋の左に太めのロープがあるから、二人で取ってきて。私はもう少し観察するから」
シャーノは頷いて、ルシェの方へと駆け寄った。ヤエはもう一度男を転がしてうつ伏せにし、兜の後ろの傷を見る。
兜の傷は、予想よりも深かった。




