「疲れる」と…
「疲れる」と、ため息混じりにヤエはつぶやいた。廊下は相変わらず薄暗く、冷たい。揺れる楼台の影を眺めながら、シャーノとルシェは前を歩くヤエに付いて行く。
「陣取り…は、分かるわね」振り返って後ろの二人を横目に見つつ、ヤエは聞いた。
「はい」すこし目を伏せて、ルシェは答える。シャーノも頷いた。
「ルシェを拾った時は、そうでもなかったけれど」ヤエは振り向くのを止めて、前を見た。「シャーノを拾った時期は丁度、大事件だったわね。それも覚えてる?」
「はい。王様が殺されたって…」シャーノは答える。
「そう。こう言うのも何だけれど、恨まれるコトに尽きない国、というところかしら。…古い歴史は知ってるかしら?」
「ええと…」シャーノは頬を掻いた。
ルシェがチラリとシャーノを見て、代わりに答えた。「元々が山岳の小さな集落で、質素な生活をしていました。石材の貿易が盛んになってから、領地の拡大に乗り出した…でしたっけ」
「うん」ヤエは頷く。「山岳地の地形をうまく活用して、どんどん領地を広げていった。それでも資源は石しか無いから、周辺の森や海の土地が欲しかった。…こうしてアーサ・フロリベルは巨大な城郭と鉄壁の要塞で一切の負けを知らない時代が続く。…これがおおよそ150年前」
ひと通り話して、ヤエは続ける。「豊富な戦いの道具があり、過去の貧しい暮らしという因果を嫌ったアーサは更に領地広げようとした。そうしてとうとう、誰かの土地を盗る以外に、場所がなくなってしまった。以来、土地を巡る争いは戦争とは呼ばず、領地取りと呼ばれるようになった。…さっきマリ姐さんが言っていた陣取りというのは、戦いを始めるのに都合の良い場所を奪い合うことを言うの」
ヤエは中廊下に出る扉を開けた。廊下に暖かい空気が流れこんでくる。外に立っていた守衛をチラリと見て、そのまま振り返ってシャーノとルシェを見る。
「大丈夫?分かる?」
コクコク、と弟子達は頷く。守衛がそんな3人と1匹のやりとりを眺めていた。
「そうして領地を広げて手入れが行き届かなくなって、それに気付いて手放し始めたのが90年前。その後しばらくは暴走した内政を収めるのに費やして、今度は攻められる側になった。今までに荒れ地と化した場所から次々と兵隊がやってくる様ね。当然反撃に打って出るけれど、時代は代わり、道具も増え、土地に対する価値観も大きく変動した。…そういえば、デイ・ノートも巻き込まれていたわね」
「そうなんですか?」ルシェは驚く。
「帰りに、ご先祖様の霊標へ寄りましょう」ヤエは言って、頷いた。「丁度その頃に、魔女の家が完成しているから、全くの無関係でもないかな。ええと…60年位前かしら」
そう言って、ヤエは首を傾げた。城壁の裏口に、口ひげの衛兵と若い衛兵の二人の背中が見えた。




