宿へ向かう道中…
宿へ向かう道中で買っておいた大きな包装紙と長い紐を使って、シャーノとルシェは買い込んだ品物を包む。テキパキと包みを増やしていくルシェに対し、シャーノはなかなか増えていかない。その原因である黒ぶち猫はシャーノが持っていた紐で遊び疲れて、ふかふかの布団の上で荷造りを眺めている。
ヤエは椅子を後ろに倒して絶妙なバランスを保ちながら、買った品物に付いていた仕様書に目を通していた。古びた丸眼鏡をかけていて、集中したいときは大抵そうしている。
宿に着いた直後よりも、夜は肌寒さを持ち込んでいた。静かな夜の中、荷包みを作っているうちに、ルシェは自分の分を一通り包み終わってシャーノを手伝った。ヤエはそれらをチラリと横目に見て、5枚目の仕様書を眺めなおした。
8枚目の半分ほど目を通したとき、視界の隅に白と黒の塊が入り込んできた。机の上にある仕様書に目もくれず踏み歩きながら、黒ぶち猫は隣の窓枠へと飛び乗る。シャーノとルシェはちょうど包みを作り終わって、その動作を眺めていた。
「これをつけてあげて」ヤエは尋ねられる前に答えた。重心を椅子本来の形へ戻し、仕様書を机に置く。ポケットから真っ黒な細いリボンと爪先ほどの鈍色の塊を取り出した。
「さっきまでぐっすりだったのに」シャーノはそれらを受け取り、ちょっと恨めしそうに言った。「寝息まで立てていましたよ」
「寝るのが仕事だから、いいのよ」
シャーノは黒ぶち猫を一撫でして、ヤエから受け取ったそれらを猫の首に結びつけた。苦しくないかな?と聞かれて、猫はシャーノの手のひらに頭を擦り付ける。
「今回は、リボンと木札じゃないんですね」
買い出しに猫は必ず付いてくるので、その時は泊まっている宿とシャーノの名前が彫られたものを付けていた。
「今回付けるのは領地の紋が彫ってあるから、よほど悪さをしない限りは大丈夫」
「そういう決まりがあるんですか?」ルシェは聞いた。
「ええ」ヤエは頷く。「領主様も三代目も、猫好きだから」そう言って、ヤエは窓を開けた。黒ぶち猫はチラリと横目にこちらを見てから、窓の隙間からスルリと出て行った。
「じゃあルシェ。6番目に包んだのをこっちに持ってきてくれる?」
ルシェは「う」と唸ってから、恐る恐るそれを持ってきた。
「私に似てあなたも面倒くさがりだから…」それを受け取ったヤエは、ルシェのおでこを人差し指で小突いた。包みを開ける途中からポロポロと中身の粉がこぼれてきている。どうやら包む際に、粉の入っていた袋が破れてしまったらしい。
「失敗することは問題ではないけれど」先ほどとは違うポケットから小瓶を取り出す。「それを正さないのがよくない」
「はい…」ルシェは小瓶を受け取り、中身を入れ替えて包み直した。ヤエはそれを受け取ってくるりと回し、綺麗に放送されているのを確認する。
「大丈夫。以前より上手くなっているから、落ち込むようなことでもないわ」今度はクッキーを取り出して、ルシェとシャーノに渡した。ありがとうございます、と二人はクッキーを受け取る。
こうして、何でも出てくるポケットをもつ魔女とその弟子は、ノート・ロナイ城下町の初日の夜を過ごした。後に、猫と遊びながら包みを作るものじゃないと、シャーノは理不尽な指摘を受けている。




