大通りを途中で曲がり…
大通りを途中で曲がり、裏通りを3つ抜けたところにその宿はあった。3階建てのそれは、通りの奥まったところにあって薄暗い。
中へ入って早々に、ヤエは外套と帽子を脱ぎ去って長く白い髪を解放した。カウンタ・テーブルに置かれた小さなランプは、ほの暗い部屋を精一杯押しとどめてヤエの髪を静かに照らしている。2階へ上がる階段とは別に通路があり、大きな広間があった。同じようなランプを乗せた大小さまざまなテーブルがあって、大小さまざまな人たちが静かに会話をしていた。
「ここで待っていて」と言い、ヤエは通路の先へ歩いて行く。広間で立っている幾人かの中から一人、女性店員を捕まえて戻ってきた。
女性店員は女性としては珍しく、髪が短かった。頭には紺色のバンダナをしていて、小奇麗なエプロンは使い込まれたトレイを際立たせている。彼女はそのままカウンタ・テーブルで宿泊名簿のようなものを取り出し、最後のページを捲ってヤエに差し出した。ルシェは不思議そうに首を傾げている。
ヤエは渡されたペンでサインをした。女性店員はカウンタ・テーブルから出て、ルシェの持っていた重そうな荷物を受け取った。薄暗い宿だったのであまり期待はしていなかったシャーノは、部屋の大きさに少し驚いていた。
魔女一行は3階の一番奥の部屋に通された。質素で無駄が無いのでもの淋しくもあるが、それを徹底してあり使い勝手が良さそうな部屋だった。シャーノとルシェは荷物を次々と部屋に運び込み、ヤエは女性店員と話している。黒ぶち猫は部屋の入り口に立つヤエの足元をすり抜け、部屋へと入っていった。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください。」
「ええ、ありがとう。よろしくね」
3人と1匹を順番に見て、ストイックなお辞儀をして、ニコリと笑い、女性店員は戸を静かに閉めた。それは流れるような動作であった。
「格好いいヒトでしたね」ルシェは戸の方を見て、ヤエの方を見た。
「私よりも?」
「え?」ルシェはパチパチと目を瞬かせた。
「冗談よ」
もう2回ほど瞬きをして、ルシェは困った笑顔になった。つられてヤエも微笑む。
聞くまでもないことだろうと、シャーノは黙って眺めていた。ルシェは正直者だから、お世辞として受け取られるであろう回答に戸惑ったのだ。ヤエのほうが…と言いたいがどう返せばいいかわからない、といったところだろう。
だがそれすらもヤエは汲みとってくれているようだ。ヤエはルシェの頭を一撫でして、ちょっとした山になっている荷物へと向かう。
ヤエはくるりと振り返った。
「それでは、荷解きをお願いします。今回は勝手が違うから…」
黒ぶち猫がベッドの上で大きなあくびをしたのを、シャーノは見逃さなかった。




