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二人と幸せ『羽依の小説ノートから』

晴れた日は、公園で。

作者: 卯侑

「暑い…。めっちゃ…暑い…。」


気だるそうな少女の声が道路に溶ける。

彼女の二つに縛った髪の毛までもが元気がなく見える。


9月の半ば。

夏は終わり、夏休みも終わり、いやーな新学期が始まってから、結構な時が経っていた。

うざったい蝉の声のかわりに聞こえ始めた虫の音は秋の訪れを報せるもの。

そんな今日この頃。

道路の端。歩道を並んで歩く、とあるカップルがいた。


「なんで…こんなに……暑いの…よ…!!」


「ゆう。そんなに言うなら、手離せば?」


苦笑しながらそう言ったのは、由羽(ゆう)の隣を歩く彼。

由羽の彼氏、(よう)だった。


さてさて、彼の腕はというと。

彼女の胸元あたりでしっかりと抱きかかえられていた。


離せばいいと言われてしまった彼女。

始めは頬をぷくっとふくらませて


「やだっ!」


等と、抗議していたのだが、ふと悲しげな表情にかわり、俯いた。


「ようくんは…暑い…?

ねぇ、もしかして、私…うざい…?」


そう言った彼女は、名残惜しそうに手を離した。

いつの間にか、二人の歩みは止まってしまっていた。


「そんなこと、ないよ。」


彼は彼女の手を取り、優しく微笑む。


「俺は、ゆうに手をとられている間、幸せだし。

ただ、ゆうが歩きにくいとか、暑いとか言ってるから。

それだったら離した方がいいんじゃないかって、思っただけ。」


彼女の手を引いて、もう一度歩き出す。

ゆっくり、ゆっくりと、目的地まで。

……けれど、由羽は冴えない顔のまま。




そして……あっという間に、目的地に、ついた。




木がやたらと多い公園。

まだ、学生の二人はお小遣いが少なく、デートの場所はもっぱら、お金のかからない場所。

公園やウィンドウショッピング、図書館ばかりだった。


そして今日は、公園だった、という訳だ。

公園内、道に沿っておかれたベンチを見渡した彼は、木陰になっていて、人気の少ない場所へと彼女を連れて行き、座らせた。


「……ゆう?」


葉が優しく声をかけると、由羽は顔をあげ、彼の顔をみつめた。


「……何?ようくん。」


「なぁ、機嫌直せよ。久しぶりのデートだろ?ほら、えっと…」


「二週間ぶり。」


度忘れしてしまった様子の彼をみかねた由羽が口を挟んだ。


「覚えてるよ。会えない間、ずっと寂しかったもん。

一日、一日数えて…あぁ、まだ三日しか経ってないのかって…。」


ぽつり、ぽつりと告げる彼女。

それは、先程からずっと考えていたことだった。


「私だって、こんな風になるつもり、全然なかったんだよ…?

ただ、私……自分のことしか考えていなかったのかも…って。

ようくんに、甘えてばっかりで…ごめんね。」


彼女の謝罪を聞いて、難しい顔つきになった彼は、おもむろに手を持ち上げた。


叩かれる!


そう思った由羽は反射的に首をすくめた……が。


ぽんっ。

葉の手は、彼女の頭の上に、そっとおかれた。

そして、優しく……彼女を、落ち着かせるようにして撫でた。


まるで、猫のように目を細めた彼女を愛おしそうに見つめた彼。


「なぁ…ゆう?機嫌、直った?」


そう言って、微笑んだ。

そんな彼を見た彼女は、少し恥ずかしそうに頬を染めて笑った。


「ようくん…大好き。」


少し驚いた様子の葉だったが、もう一度微笑む。


「ありがとう、ゆう。

……なぁ。抱きしめても…いいか?」


更に顔を赤くした彼女が、コクリと首を縦に振る。

彼は、彼女の手をひいて立ち上がらせ、そっと自分の方へと導いた。


「ゆう…。俺も、ゆうのこと好きだよ。」


その言葉に、由羽は葉の顔を見ようとした。

が、彼は抱きしめて離してくれなかった。

高身長な彼の顔を30センチの身長差のある彼女が見るには、数歩間を空けて、見上げるしかないというのに。


「ようくん…顔、みたい…。」


「だーめ。今はまだ、このまま。」


少し甘えたような声を出した彼は、更に抱きしめる力を強くする。

少し抗議を試みた彼女だったが、頭を撫でられているうちに、そんな気は失せてしまった。


「ようくん…好き。大好き。」


「俺だって、大好き。」


「む。大、大好き!」


「大、大、大好き!」


すぐに返してくる彼に意地になって返す彼女。

つい、ムキになり始めた彼。


「大大大大、大好き!」


「好きに、大×10!」


「なんだとっ?じゃあ、大の5乗しちゃうもんね!」


「それならこっちは無量大数だ!」


……子供の喧嘩である。


「あ、ようくんってば、ずるい!

私、誰にも負けないぐらい好きだもん!」


「世界中で一番好きだ!」


もう、ただのバカップルである。

ムキになって言い合っていた二人だったが、ふと真顔になった彼女が、微笑みをたたえながらこう言った。


「愛してる。」


「ゆう…。」


驚いた様子の彼が、彼女の顔を見ると……


「勝った……!」


勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「いやだ。俺が勝つ。」


「えー、私の勝ちでしょ?」


「まだ、まだだ!

大がダメなら超だ!超好き!」


「何ソレー。退化してる気がするよ?」


彼女に笑われて、しょげたようにうつむいた彼。

心配そうな顔をした彼女が、彼の顔を見つめると……。


少し屈み、そっと、彼女の頬に口づけた。


「……!? よ、ようくん!?」


ほっぺたを手で押さえ、耳まで真っ赤。

ついでに目はパチパチとせわしく瞬きをしていた。


そんな彼女を見て、彼はくすりと笑った。


そして、キスをおとした方とは反対側の頬……ではなく耳に、唇を近づけて、こう囁いた。


「ゆう……愛してるよ。」


彼の服に両手でしがみつきつつも、ずりずりとしゃがみこむ彼女。


「な。俺の勝ち。」


彼は彼女を立ち上がらせつつも、いたずらっ子のように笑った。


「……むぅ。やだ!負けないから!」






……二人の戦いは、引き分けに落ち着くまで続いたそうな。


めでたし、めでたし。




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