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「私、・・・実は私、魔法少女なんです」
・・・はあっ? 聞き間違いか。
オレの心の内を打ち消すように再度彼女は言った。
「実は、私魔法少女になってしまったんです・・・」
全く同じ言葉、・・・いや、少し違うな。
『なってしまった』と言った。
消え入りそうな言葉を残すと、そのまま口をつぐんでしまう。
オレにどんなリアクションを待しているんだ・・・?
彼女、樋口さんは赤かった顔が、今は青ざめている。
しかもガチガチに身体が硬直しているようだ。
これ以上彼女からアクションを起こす様子はない。
空気に耐えられなくなったのか、俯いてしまう。
この沈黙をオレが打破しなくちゃならないのか。
誰かこの空気を払拭してくれないか。
いや、まずいな。今、第三者がこの場に現れたらオレがいじめているみたいじゃないか。
「…樋口さん」
オレが声を掛けると、彼女はびくっと縮こまる。
オレはそれに苦笑いし、
「そんなに緊張しないでくれるとありがたい。
とりあえず、さっきのだけじゃ意味が分からないから、もう少し詳しく話してくれないか」
樋口さんはびっくりしたように顔を上げる。
「・・・信じてくれるんですか?」
・・・自分で言うな。
「まあ、それは話を聞いてからだな。
場所を変えようか?
食堂でジュースでも飲みながら話そう」
彼女は倒れそうだ。
どこか座れるところに行ったほうが良い。
樋口さんも異存が無い様で、後を付いてくる。
屋上に上がるまで、ほんのちょ~っとぐらいは女の子からの告白の可能性も、ホントに少しだけど・・・、考えたんだけどな。
少し恥ずかしい。
樋口さんはこんな冗談を言うようには見えない。
人は見かけによらないから、彼女の部屋には怪しげな黒魔術の本でつめつくされていることもありうるが。
ちらりと、彼女を見つめる。
俺の視線に気づきまたうつむいてしまう。
無言のまま、食堂の自動販売機に着く。
ちなみに、放課後は食堂はやっていない。
「樋口さんは何飲む?」
「自分で買います」
「いいから素直におごられときなさい」
と遠慮する彼女の手に紅茶の缶を押し付ける。
彼女は蚊の鳴くような声でぽつりぽつりと喋った。
樋口さんの支離滅裂な話を要約すると、昨日夢を見て起きたら魔法が使えるようになったそうだ。
そんな馬鹿な。というのが正直な感想だ。
夢で見たことがそんな簡単に実現したら、この世は魔法使いだらけだ。
しかも、自分のことを魔法少女って・・・
意図が分からない。
「やっぱり信じられませんか」
「う~ん。実際に見せてくれないか?
それとも何か準備とか必要かな?」
論より証拠。百閒は一見に如かず。
くだくだと説明を聞くよりこの目で見たほうが納得できる。
「いえっ。大丈夫です」
彼女ははじかれたように立ち上がると、口の中でごにょごにょと呪文らしきものをつぶやく。
そして、「えいっ!」と掛け声をかけると、彼女を中心に一陣のつむじ風が生まれた。
扇風機の<強>程度の威力だが、確かに彼女の掛け声で空気の流動が発生した。
周りのテーブルには影響なかったようだが、
「室内でやるもんじゃないだろ」
買ったばかりの紅茶缶が吹っ飛ぶのを見てのオレの呟きを聞き取り、ぺこぺこ謝る。
「すいません。すいません」
彼女は食堂横の購買部のおばちゃんから雑巾を借りてきて、床を拭き始める。
購買部を見ると、おばちゃんは、「何、女の子にやらせてんの!」という目で見ていた。
というか、実際すぐ言われた。
まあ、いいけど。
・・・う~ん。トリックは見受けられない。
「見た以上、信じる他なさそうだな」
「信じてくれるんですか?」
「一応、信じることにしとくけど。
この後、オレはどうすれば良いんだ?」
「えっ?」
と樋口さんは首をかしげる。
いや、そんなきょとんとされても。一体・・・?
「魔法少女とか好きじゃないんですか?」
「オレは、どこのヘンタイだ・・・?」
「城山君はオカルト研究会で・・・」
途中でオレの視線に耐え切れなくなりそのまま口をつぐんでしまう。
一応、オレは不肖ながらもオカルト研究会の部長を務めている。
かといって、オカルト好きではない。
部員たちもオカルトを信じているような奇特な人間はいない。
部活の活動は新入生への部活紹介、文化祭の発表のみ。
あとは気の向いた日に集まって遊ぶくらいの幽霊活動。
その活動内容もオカルトとは一切関係ない。
とりあえず、部活に入っているというスタンスをとっているだけだ。
部長についても幽霊部員みんなでジャンケンしてオレが負けてしまって仕方なくやらされているに過ぎない。
貧乏くじを引かされただけだ。
しかも、自分自身としてはどちらかというとオカルト懐疑派だ。
「オレは別に魔法少女が好きではない」
今後の自分の評判のためにもそれだけは強調しておく。
「この話を聞かされて、オレに何を期待しているんだ?」
「・・・山城君なら何とかしてくれるんじゃないかと」
「なんとかって、何を? 具体的には?」
「・・・」
だんまりか。彼女は口を開く様子がない。
時間だけが経過し、そのまま沈黙が支配する。
樋口さんとはクラスメートだが、こんなことを相談されるような間柄ではない。
ただのクラスメートにそんな過大な期待をされても。
──間がもたない。
「あ~。今日は用事があるから、もう帰っても良い?
この件はまた明日ということで」
とってつけたようにオレは言った。
この後、用事があるのは本当だ。
「はっ、はいぃっ」
慌てたように彼女は返事した。
これ以上引き止める意思はなさそうだ。
「・・・それじゃ、また明日」
深々とおじぎした彼女を置いて帰路につく。
◆
私、──樋口さとみ──はこれまでの人生にないほど落ち込んでいた。
昨日はダメダメだった。
城山君に変な女の子だって思われちゃった。
何であんな変な風に言っちゃったんだろう。
全然、何にも言えなかった。
せめてもうちょっと上手に説明できれば・・・。
でも、魔法のことは信じてくれたし・・・。
ううぅ、初めて会話らしい会話をしたって言うのに。
きちんと話せれば、・・・話せればどうだというのだろう。
山城君は憧れだった。
特別目立つような人物ではないが、行動の端々に意志の強さを感じる。
その他大勢に埋没しようとしている私と違って、自分というものを持っている。
昨日、山城君に言われて気づいた。
『この話を聞かされて、オレに何を期待しているんだ?』
山城君に言われるまで気がつかなかった。
確かに、私は山城君に何を期待していたのだろう。
山城君なら何とかしてくれるって、勝手に思い込んでいただけだ。
けど、落ち込んでいる一番の原因は城山君に嫌われてしまっただろうということだ。
いつも目立たないように気をつけている私だけれど、今日はより一層大人しくしていよう。
一日中、下を向いて過ごそうと決心する。
翌日の昼休み、そんな私に影が落ちた。
「樋口さん、いいかな」
山城君の声だ。顔を見られない。
「な、何でしょう」
身を硬くし、それだけを搾り出す。
「放課後、付き合ってもらえるか?」
予想外の言葉に顔を上げかけるが、拳をぎゅっと握って、首だけを縦に振る。
山城君はそれを見届けると
「じゃ、放課後に」
男友達の方へ行ってしまった。
友達に何かからかわれているようだが、耳にうまく入らない。
また、うまく喋れなかった。
・・・あれ? でも、昨日呆れて帰ったんじゃ・・・?
混乱してきた。もしかして、嫌われていない・・・?




