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番外編・ケーキとチキンとプレゼント①

『俺を真澄の家庭教師にしてください』発言からひと月。

 一二月に入ってから、街は至る所が赤と緑に彩られている。


 高梨先輩は相変わらずだ。

 相変わらず襲撃されてるし、相変わらず図書室にやって来るし、……相変わらず残念なイケメン。

 今日も、期末試験前でピリピリムード漂う図書室で、カウンター付近だけ先輩のせいで妙なムードを醸し出している。

 色がついているならパステルピンク、匂いが付いているなら綿菓子みたいに甘い匂い。テロップが出ているなら、『真澄! 大好き!!』……いや、これは日々云われてるか。二人でいる時だけならいざ知らず、人のいるなし構わずに色々ストレートにぶつけて来るとか、ほんとかなわない。

「ねえねえ真澄、クリスマスプレゼントって何が欲しい?」

 それでも一応周囲に気を使っているらしい先輩が、私の耳に大きな手を当てて、こしょこしょ話をしてくる。

 私はその手を黙って下ろした。そんな事すれば余計ここでは浮く。内緒話をしたいならただ声を潜めるか筆談すればいい。

 その指の先が私の耳にうっかり触れたことで、囁く声が耳にかかることで、びくりとするのを周囲に見られて、この人にも見られて、パフェの上のチョコレートソースみたいに溶けまくりの笑顔を振りまかれるのはごめんだ。

 まだ閉室まで時間があるけど、早々と日報をつけるとしよう。そうすれば、先輩を見ないで済むから。手を下ろされてしゅーんとしている先輩を見ると罪悪感にかられるから見ないったら見ない。スピーディーにと云うよりはむしろ乱暴に、文字を日報に埋めていく。

「プレゼントは、静かな先輩が欲しいです」

「うーん、それは無理かな」

あっさりと否定された。

「真澄が他に欲しいものは?」

「……、ないですよ」

「その間が怪しいなぁ」

「いいから、勉強して下さい?」

「はあい」

 ちぇーと笑いながら、先輩が楽しげに問題を解いていくのを、日報をつけるふりの合間にちらりと盗み見た。その瞬間、シャーペンの先が日報の用紙に引っかかって、くちゃっと皺になってしまった。……今の、自分みたい。


 欲しいプレゼントはあるよ。でも、そんなわがまま云えないから。プチプチに包んで、ガムテでぐるぐる巻きにして、知らんふりしてる。


 二四日にちゃんとお祝いしたいだなんて、受験生の先輩にはとても云えない。


 先輩へのプレゼントはもう決まってて、用意してある。

 ドッグタグ。先輩の名前や血液型などが打刻してある。

 ほんとは二枚で一組らしいけど、ここは日本で先輩は軍人さんじゃないから、一枚でいいよねと云い訳して諦めた。予算がいっぱいいっぱいだったせいも、ある。

 ずっと身に着けてもらえる物を贈りたいと思った。合格祈願のお守り買うなんて柄じゃないから、お守り要素も勝手に含んで。――それに、自分の犬にはちゃあんと首輪と鑑札をつけなくっちゃ。


 二四日は二学期最後の登校日だし、帰りに渡せばいいだろう。

 ……私は、そのまま家に帰って、母のお手伝い要員になって、夜は家族三人でクリスマスディナー。友人と遊ぶのは二五日だ。カラオケとプレゼント交換と決まっていて、上限一〇〇〇円のプレゼントも、もう用意してある。

 兄とはもう何年もクリスマスを一緒にお祝いしていない。――二〇代後半独身男性が毎年いそいそと家族とクリスマスをお祝いしていたらそれはそれで問題か。母は寂しそうだけど、ちゃんと彼女がいて二人で過ごせるならいいことだ。それにきっと、いつものように年始ちらっと顔を見せに帰って来る時に『遅くなったけど』と私たち家族へプレゼントを用意してくるに違いない。それも、それぞれがちょっといいなと思っているもので、父が『ちょお! 何で分かるの? ねえ何で? 盗聴器つけてる? 高樹怖いからその笑顔やめなさいっ』なんて騒ぐのもいつもの事だ。


 だから、ちっとも、寂しくなんかない。



 先輩にはあれから事ある毎に「ねー真澄、クリスマスプレゼントに欲しいもの、決まった?」って毎日のように聞かれるけど、その都度「まだ」「ううん」「いや」「あの」「ノーコメント」って云ってる。

 それでも毎日めげずに聞いてくるって、先輩凄いなあと感心してしまう。

 私にはあの粘り腰はない。成績表にも『もう少しじっくり問題に取り組む姿勢があるといいでしょう』なんてコメントされちゃう位だ。


 何か適当に、例えばCDが欲しいとかマフラーが欲しいとか、実際ちょっとは欲しいと思っている物をリクエストすればいいのかもしれない。でも、そんなのなんだか失礼な気がして云えない。……我ながら、なんて不器用なんだろう。

 のらりくらりとリクエストを躱しているうちに、とうとう二四日が来てしまった。


「真澄、お早う」

「おはようございます先輩」

 私達は高校の最寄駅で待ち合わせしてから毎朝登校している。

 あんまり寒さに強くなさそうな先輩が、真っ赤な鼻をマフラーに埋めてフフ、と笑った。

「寒いね、だって一二月だもんね」

「突っ込まれる前に自ら云う技を覚えましたね。さすが秀才」

「うんまあね」

「そこは謙遜するところでしょう、情緒のないひと」

「真澄に云われたくはないよぉ」

 二人で、どちらかと云うとのんびりと歩いて高校へ向かう。急ぎ足の人や、自転車の人に抜かされざま、「ハチ先輩と彼女さん、おはよーございまーす!」って次々に声を掛けられる。

 その一つ一つに丁寧に声を返しながらミニスカートから覗く素足を見て、先輩は喜ぶどころか自分が漕いでいるかのように寒い顔をする。

「うわー、俺女の子じゃなくってよかった。ミニスカートに素足でチャリ全力漕ぎとか絶対ムリ。死ぬ」

 やっぱり、思った通りのサムガリータ。私の顔を見て、真顔でじっと見つめるから、思わず心臓が跳ねた。

「真澄は、スカート短くしちゃダメだよ? 女の子は体を冷やしちゃいけないんだからね?」

「……大丈夫ですよ、ちゃんとハラマキして毛糸のパンツ履い」

「そゆこと云ったらダメ! 真実でもダメ!」

「……すいません。」

 犬は犬なりにファンタジーがあるんだろう。それを打ち砕いてしまってごめんなさいと素直に謝った。


 何だか今日は学校中が浮かれてる。

 今日で二学期おしまいだし、お昼前に帰れるし、クリスマスイブだしお友達や恋人と楽しく過ごすだろうし。私も明日会う友人と時間や待ち合わせを確認してから別れた。

「メリクリー!」「よいお年をー!」なんて声が、あちこちで聞こえている。

 さすがに今日は図書室業務はない。貸し出しも返却も数日前に締め切ってあり、後は三学期に入って通常日課が開始されてから再開となる。


 中庭で先輩を待ってた。

 冷たいコンクリートの椅子に直接腰掛けると犬の人が『女の子は体を冷やしちゃいけないんだからね!』と怒るから、ちゃんとお尻の下にはハンドタオルと、先輩から時々渡されるカイロのパッケージを開けて暖めてから敷いて。お昼近いこの時間だけ日が差して暖かい――それも先輩が待ち合わせにふさわしいと認定したポイントなのだと思う――中庭で、冬には枝が絡むただの枠になってしまうぽかんとした風情の藤棚と、藤棚越しに空を眺めていたら、ふわりと突然視界を奪われた。

「だーれだ?」

「変態で残念なイケメン」

 即答してやった。

「……」

「先輩、離してください? もう正解したんだからいいでしょ?」

「ちゃんと呼んで」

「え」

「……ちゃんと、名前で呼んでよ」

 しゅんと耳と尻尾が垂れた犬がそこにいるから、早く撫でてあげたい一心で呼んだ。

「一臣」

「……!」

「手、離して。……一臣?」

 ずるずると手が下に落ちて、先輩がへちゃっと私に体重をかけながら凭れてきた。

「重い」

「だ、だって、真澄がいけないんだよ、急に名前で呼ぶから……!」

 後から肩越しに話す声が、熱い。それが私にもうつって、こっちもどきどきしてしまう。

「だって、呼べって云った癖に」

「普通に、高梨先輩って呼ばれると思ってたのに、いきなりそんな高度な呼び方っ……」

 コンクリートの椅子に座る私の脇に両手をついて、膝は地面に直接ついて、私の肩にはおでこをつけて。

 云わせておいて照れるだなんて。――ああ、もう。

 この時私が何を思っていたかだなんて、たとえ誰かに丸見えの素通しだったとしても絶対に口になんか出さない。恥ずかしいじゃないか。

 その恥ずかしさを紛らわすべく、相変わらずイケメンな髪を撫でくり回した。


「先輩、今日はこれから予備校?」

「うん、冬期講習。もー、昼から夜までノンストップスタディーだよ」

 明日からは朝から、と、苦笑する先輩。日曜日だけは休講だそうだけど、自習室があるのでそこに一日詰めるらしい。

 ……やっぱり、とても一番欲しいものは云いだせそうにもない。

 今日の帰り、駅までの道行きをこうして一緒に過ごせるだけでも、いいのかもしれない。

 コンビニに寄って、小さなケーキが二つ入ったパックを買った。クリスマスなデコレーションは何一つないただのショートケーキ。

 駅前の小さな公園で、二人で手掴みで食べた。

「真澄豪快」

「先輩は一口が小さくて乙女」

 騒ぎながら食べたら、コンビニスイーツも案外美味しかった。

 先輩は上に載っていたイチゴを最後までとっておくから、ちっちゃい子供みたいで笑った。

 それを奇麗な指で抓んで、いよいよ食べるのかと思ったら。

「真澄、はい」

「え」

「あーんして」

「はぃぃぃ???」

 私の方はいち早く食べてしまった真っ赤に色づいた小さなイチゴは、しつこいけどコンビニスイーツにしては甘くてちゃんと美味しかった。

「先輩が食べて。とっておいたんでしょ」

「とっておいたのは真澄に食べてもらう為だよ」

「甘くておいしいから」

「じゃあ、余計に食べて?」

 ね? と小首を傾げてイチゴを抓む姿は何故か「待て」をされている犬みたいだ。

 ……そうか、私が食べるのが、ご褒美? それなら、遠慮はしない。

 そろそろと、赤いイチゴに近づいた。

 あむ、とヘタを避けて齧った。でも、先輩の指は避けきれず、唇がどうしても触れてしまった。そんな事にいちいち動揺するな心臓よ。そう叱咤してみても、心臓は云う事を聞かずに勝手に高鳴っている。

 先輩は私がイチゴを齧ったのを見てから、ヘタを片手に持っていたプラ容器に入れて、そしてイチゴの果汁でも付いたのか、親指と人差し指を吸い取っていた。

「……甘い」

「でしょ? 先輩やっぱり食べればよかったのに。……ごちそう様です」

「いいえ? 真澄が味わえてこっちもラッキー」

 さらっとそんな優しい言葉を落としたりするから、私の方が照れるじゃないか。

 恥ずかしさを隠すために、まだ残っていた自分の分のケーキを、さらに豪快に食べた。

 あ、と先輩が私の顔を見る。

「真澄、生クリームついてるココ」

「え? うそ、やだ」

 豪快に食べすぎた。乱暴に口を拭ってみても、どうやらそれは反対側らしい。

 ちょんちょんと、自分の口の端を指さして教えてくれるけど、焦っているせいかうまく取れない。

「もう、しょうがないなあ」

 そう云って、ぺろ、と口の端を舐め取られた。

 真昼間に、目の前をたくさんの人が行き来する公園で何するかな! このド変態!


 思いっきり悪態をついてやりたいのに、顔は熱いし、……。

 実は、そんな、ヤじゃなかった、とか。ああ、私も立派な変態だ。変態バカップル。……その字面が悲しい。せめて変態は返上したい。バカップルなのはこの際致し方ないとしても。


 下を向いて固まってしまった私を見て、先輩は何やら勘違いをしたらしい。

「……真澄、怒った? ごめん、」

「……怒って、ない」

「ごめんね、やだった?」

「……ヤじゃ、ない、けどっ!」

 きっと睨みつけた。

「わあ、真澄赤い。さっきのイチゴみたい。かわいい。」

 だからせっかく文句云おうと思ってたのにそんな連続技を繰り出さないでほしい。

 握った拳が、緩んで膝に落ちた。


 また下を向いた私の頭を、ポンポンと先輩の手が自由に跳ねる。

「今日はすっごいプレゼントもらっちゃったな。名前、ちゃんと呼んでもらって、あーん出来て、零したの舐め取って」

 なんか恥ずかしいこと云われているような気がするけど、それよりプレゼントと云う言葉を聞いて、バッグの中に渡すものが入っていることを思い出した。

 ごそごそとそれを取り出しながら、なんとなしに尋ねてみた。

「先輩のおうち、今日はどんなケーキ食べるんですか?」

 よそのおうちのケーキ事情ってなんだか気になる。ちなみにうちは、母謹製のブッシュドノエルだ。

 帰ってきた答えがあっさりだったので、うっかりそうですかって流しそうになった。

「んー、今年はないんじゃないかな?」

「……ええ?」

「父さんと母さんは外でディナーするって云ってたし、姉ちゃんは男と過ごすらしいし、そしたら俺予備校だしケーキ要らないよって云ったんだ」

「……じゃあ、ご馳走は?」

「ないねー。いつもと同じコンビニ飯だね」

 受験生はつらいよとおどけて見せたけど。

 私は、さっきまで渡そうとしていた袋をまたバッグに戻した。押し込んでぐちゃぐちゃにならないように気を付けながら。そして、高らかに宣言した。

「先輩は、予備校終ったらうちに来てください! クリスマスなのにそんなのダメ!」

「え?」

「終わったら電話かメールして。そしたら、うちの最寄りの駅まで父カーで迎えに行くから」

「え?」

「来てくんないと、プレゼントあげない」

「え?」

 ぽかんとした顔してもイケメンてなんか憎たらしい。思わずほっぺをぎゅってしてやった。

「痛いよ真澄」

「痛くしてんだもん」

「あーでも、……ねえこれ夢じゃないよね」

「なんならもっかい抓る?」

「いいです。……でも、急にお邪魔したらかえってめいわ」

「もしもし? お母さん? 夜一人追加。うん。先輩。……はい。はーい。じゃ」

 ぴ、と通話をオフにすると、ほっぺを押さえてぽーっとしたままの先輩が立っている。

「迷惑じゃないから。お母さん、喜んでた。『いっぱいご馳走作るから、楽しみにねー! 勉強頑張ってねー!』だって」

「……ハイ。」

 はにかんで笑う姿を見て、無理やり誘ってよかったなあと思う。

 ……遠慮して一番欲しいの云えなかった私、どこに行った。結局、まんまと手に入れちゃった。


真澄が味わえて、はもちろん優しい言葉なんかじゃないのです。

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