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姿のよい人

変態ポエマーのターン

「何で、あの子なの?」

 ああ、またか。俺は不愉快な気持ちを隠さず、ぎゅっと眉を寄せる。目の前の誰かはそんな俺に気付かず、熱弁をふるっている。今は、告白と云う名の襲撃の真っ最中。

 その口から飛び出す言葉は、向こうにとっては恋心で、俺にとっては刃だ。でも、傷ついてなんかやらない。俺が傷つくとするなら、いつか云われるかもしれないあの子からの決別の言葉だけだ。

「取り立てて美人でもないし、かわいい訳でもない、あんな地味な子なんて、」

「誰が、かわいくないって?」

 飛び切り低い、冷たい声で云い放つ。

 俺、あの子絡みだとこんな強気になれるんだな。ついでに沸点も低くなる。

「あの子はかわいいよ。美人ではないかも知れないけど」

 真澄が聞いたら失礼な!と怒りそうなことを云っているなあと思ったら、くすりと笑ってしまった。目の前の誰かに笑いかけた訳じゃない。

「俺は、あの子が好きだ。あの子が俺のことを思うよりずっと。――だから、こんなのは、迷惑なだけだし、大切な彼女を侮辱されてすごく不愉快」

 腕時計に目をやる。目の前に人がいるのにそんなことするのは失礼だ、と云う自覚があって、敢えてしている。ああ、もう彼女は図書室にいる時間だ。早く会いたいな。

「話ってそれだけ?俺行くね。――もう、邪魔、しないで」

 短い一言を、わざと区切って強調する。

 最後まで名前も顔もあいまいなその人の返事を待たずに、俺は図書室へと足を向けた。

 足が、今にも駆け出しそうだ。小学生みたいだな。


 ギュッてしたい。

 よしよしって頭を撫でて欲しい。

「おつかれさん」て、この襲撃がつまらないことのように扱って欲しい。

 俺の灰色の人生に、色彩を戻してくれる君に早く会いたい。


 呼び出されたのは教室棟と管理棟の間の中庭で、図書室は教室棟の五階のはじっこ。この時間の階段は下校する生徒と部活に行く生徒でごった返していて、早歩き出来ないのがもどかしい。

 見知らぬ下級生が、「あ、ハチ先輩だー、ばいばーい」と笑いながら手を振ってくる。それに笑って手を振り返しながら、階段をまた昇る。


 『ハチ先輩』と云うのは、顔を揶揄されない初めてのあだ名だ。

 そう呼びかけてくれるのは、俺が真澄に夢中なのを知っている下級生たち。

 今まで、俺の周りは俺の外側だけが欲しい女子ばかりで、それを快く思わない男連中からは冷やかな視線や態度を取られることもたびたびあった。

 教室へ押しかけられ携帯で盗撮されても、『片思いの記念に』なんて云う一方的な理由で物を盗られて困っていても、「それイヤミ?」「いいよな、モテるやつは」など、好意的とは云えない言葉を浴びせられることだってある。それにむかっ腹を立てたところで無駄だ。流せるところは流す。

 そうやって、俺はもうずっと、思うようにならない自分の人生をどこか諦めながら生きていた。


 そんな俺に、真澄は実にフラットな態度を取ってくれた。

 そのことが嬉しくて彼女に夢中になっていたら、いつの間にか二つ名までもらった。

 顔に群がったり、顔を嫌ったりされるんじゃない、俺のバカみたいな真澄への態度を面白がってくれる後輩まで出来た。

 奪われるばかりだった俺に、全部、彼女がくれたもの。

 これで好きにならないとか、何度考えたって嘘だ。ありえない。


 真澄はかわいい。

 かわいいと云うのが相対的な評価ではないことは重々承知しているし、惚れた欲目も否定はしない。

 相対的な評価なら、ちゃんとある。「美人」でも「かわいい」でもない、とびきりのが一つ。


 彼女の、読書する姿は、美しい。


 初めて見たとき、彼女は分厚いハードカバーの本を読んでいた。

 漆黒のドレスに身を包み、少し癖のある髪が落ちないように耳に掛けながら、涼やかな目をその頁に落とす姿に一目ぼれした。

 誰もいなかったというのに、ぴんと伸ばされた露わな背中は、ドレス姿であるからこそ拝めた訳で、俺は今まで散々苦しめられたダンスパーティーにその時初めて感謝した。


 ドレスじゃなくても真澄は素敵だ。

 あまり丈をいじっていない、膝丈のボックスプリーツのスカート。

 見るからに図書委員然とした姿は、凛としていてかっこいい。

 染めていない髪、化粧っ気のない顔。爪は短く切ってあって、指には時々、紙でこさえた切り傷。

 大人びた雰囲気のくせに、書く字は小さく、丸っこい。

 好きなのはきちんと淹れた紅茶と、恋愛小説。――意外と、ちゃんと乙女。

 俺は、彼女の素敵なところならいくらでも挙げられる。


 階段を昇りきった。

 部活を引退してから運動する機会もめっきり減った。朝の勉強の前に、走り込みくらいしないと。五階分の階段を上っただけで息が乱れる自分が恥ずかしい。

 後夜祭のあの日とはまるで反対に、幸せな気持ちでゆっくりとそこに向けて足を運んだ。息はもう整ったけど、動悸が収まらない。収める気もない。だって。

 俺は、真澄が云う『犬の笑顔』――笑う顔が犬っぽいらしく命名された――を浮かべて、その引き戸を静かに開ける。

 こちらに目をやった彼女の顔がわずかにほころんだのを見て、ますます心臓が高鳴った。

 ……かわいい彼女がそこにいて、心臓が高鳴らないなんて、嘘だ。


「真澄、こんにちは」

「こんにちは先輩。今日はゆっくりさんですね」

「襲撃されてたから」

 カウンターに近寄れば、「おつかれさん」と、その小さな手で肩をポンポンと叩かれ、そして頭を撫でられた。

 犬の俺にはそれはご褒美。そして、呪縛を解く魔法。ほら、今日も世界に色が戻ったよ。

 赤、青、黄色、緑、紫、橙色、藍色。

 美しい世界の真ん中で、君が本を読んでいる。――俺の視線に気付いてキッと睨み、図書室にふさわしいボリュームで話しかけてきた。

「ちょっと、人の事ガン見してないで勉強してよ変態」

「はあい」

「――変態って呼ばれてんのにそんなに嬉しそうにすんな変態」

「しょうがないじゃん、俺真澄の言葉は全部嬉しいもん」

「もーやだこのIt……」

「んー、出来れば人扱いしてくれるともっと嬉しいな」

「いいから、勉強」

「はあい」

「甘!どっからそのいらん甘さ湧き出てんのっ」

「ココだよ」

 俺は自分の胸を親指でトントンと二回指差す。「愛があるから、甘くなっちゃうんだよな」と呟いたら、真澄はカウンターに突っ伏した。

「ああああ、お茶か無糖のコーヒー欲しい……」

 そのかわいげのない台詞と赤らめた顔も、だいすきだよ。


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