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再教育と犬

『パートナーはあなた 2』の後のことです。

 駅から父の車で家に戻る途中、マナーモードにしたままだった携帯が、ヴー、ヴーと文句を云うように身を震わせた。

 うんうんそうか、君もアレからの連絡なんぞ受けたくはないかそうか。

 私は携帯ちゃんの意思を尊重すべく、電源を落とした。

 別に一晩切っていたところで関係まで切れるようなやわな付き合いはしていない。


 家に帰ると、私はココア片手に、図書室に入ったばかりの新刊――委員特権で自分がリクエストを掛けたものをいの一番に借りた――を開いた。新しい本の匂い。まだ、誰にも癖をつけられていない本は、開くと微かに軋んだ音を立てる。

 静かな夜の、至福のひととき。



 は、家の電話が鳴った事で破られた。

 階下で母がぱたぱたと子機を取りに行き、心地よいソプラノで応対しているのが聞こえる。そして、階段を昇る音に、ドアをノックされる音。がちゃりと開けば、子機を持って困った顔をした母がそこにいた。

「真澄、お電話、たかな」

「携帯出ないからってこっちに掛けてくんな。迷惑」

 母から言葉尻も子機も奪って、それだけを告げて切った。所要時間約三秒。F1のピットクルー並みの速さだと自画自賛した。

「……どうしたの?喧嘩でもした?」

 母はおっとりした表情の中に心配そうな色を混ぜていた。夕ご飯を食べて帰っていった娘の彼氏が、娘の携帯ではなく家に電話を掛けてきたのだから、何かあったと云っているようなもんだ。

 

 私はふんと鼻を鳴らして子機を返す。

「そんなんじゃないけど。ごめんね、電話」

 夜一一時過ぎに家の電話が鳴ることはめったにないので、田舎のばあちゃんがどうかしたのかと両親は一瞬心配したに違いない。


 あの犬の人には、よっぽどの事情がない限り、よそ様のおうちの家の電話には、一〇時を過ぎたら掛けてはならないということも教えなくては。『真澄と連絡がつかないって、よっぽどのことだよ!』って云いそうだけど、そうしたら連絡がつかないようなことをしでかした己の行動を顧みろと説教するまでだ。

 まあ、それも会話を解禁してからの話。


 先輩は、バカで一途な犬だけど賢さも備わっているので、家の電話に二度目を掛けてくると云う愚挙は犯さなかった。

 私は、再び静けさを取り戻した夜に、本を読む。



 翌朝は一際寒かった。放射冷却が憎いと思いつつ、ローファーに足を滑り込ませた。

「行ってきます」

 いってらっしゃあいと、忙しい朝でもどこかのんびりムードの母の声に送り出される。

 ドアを開けて、そして、

 瞬時に閉めた。

 ――ん?視神経がどうかしたか?今、水晶体にありえない光景を映し出したような気がするぞ。

「真澄?」

 いつまでも玄関から出て行かない娘を母が訝しむ。

「……何でもない。行ってきます」

 再びドアを開けて、今度こそしっかりとその姿を認識した。


「おはよう、真澄」

 弱弱しく微笑みながら声を掛けてきた先輩は、捨てられた犬のような目をしていた。


 その目に捉えられると、メールやおそらく携帯にかかってきたであろう電話をことごとく無視して、家の電話も冷たく切ったことに、一瞬罪悪感を覚えそうになる――いやいやいや、それはない。


 駅までの道を歩き出した。先輩は、私の斜め後ろをついてくる。

「昨日、ごめん」

「……」

「夜遅くに彼女のおうちに電話するとか、常識なさ過ぎだったね」

「……」

「メールと電話が繋がらなくて、焦った……って云うのは、云い訳かも知れないけど」

「……」

「あと、昨日浮かれて、駅で『愛し」

「云うなああああ!」

 憤死したらどうしてくれるんだ。

「……やっと、声聞かせてくれた」

 ぽつりとこぼされた声が泣きそうに震えていた。

 そうだった、この人は、私の犬だった。


 犬は一途。

 犬は飼い主に捨てられることが何より悲しい。

 ――私が昨日したことは、もしかして私が思うよりも先輩にダメージを与えちゃった?


 私が何を怒っているかもわかってて、ちゃんと反省もしてる。

 だったら、許してやるかとすぐ思うあたり、甘いな自分。

 今朝は声掛けられても無視して、放課後から再教育するつもりだったのになあ。あの捨てられた犬の目が、いけない。しかもうるうるしてるとか卑怯だ。

「……こんな風にうちまで来たら、先輩が勉強する時間減るからもうしないで下さい」

「うん」

「あと、昨日みたいなのはもうやめて」

「うーん?」

 そこは譲らないつもりか。賢いんじゃなかったのか。

「……云いたいんだったら、他の人がいないところで云って」

「……うーん、誘ってるのかなあそれ」

「そんな訳ないでしょ!」

「ですよねー」

 いつの間にか横に来て手を握った先輩が、困った顔で笑った。


 計画が頓挫したなら、携帯を切っておく理由も無い。スカートのポケットから取り出して電源をオンにした。おびただしい数の着信とメールを覚悟していたら、常識の範囲内に収まっていてホッとした。犬から執着系へチェンジとか、ほんと勘弁だ。

 そう伝えたら、「真澄は、俺が勉強しないと怒るから、その合間だけにしておいた。パパさんと車で帰ったのは駅の窓から見えてたし」と冷静具合の種明かしをもらった。

 意外と、ちゃんとしてるうちの彼氏(いぬ)。いや、ちゃんとしてたら駅でドラマみたいなバカなこと、かまさないって。

 先輩の評価が、私の中で面白い位乱高下してる。株価か。


 電車を待っている間、嫌がる先輩の前でわざともらったメールを見てやった。

 先輩からのメールのタイトルに添えられていた顔文字が、最初は

 ヾ(*´∀`*)ノ だったのが、

 (((((((( ;゜Д゜))))))) を経て、やがて

 (´;ω;`) になっていたのが笑えた。


高校生の女の子がF1のピットクルーとか知らんだろwと思いつつ。

掌編は二話のつもりでしたが三話になるかと思います。

13/9/18一部修正しました。

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