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パートナーは君 2

「一臣!!!!」

 その、扉をあけながらの呼び声がもう第三者の私が聞いても竦みそうな声だった。

 びじんがおこるとかおがこわい。

 思わずひらがな思考になってしまう程であることよ。

 般若のような美人は、上がった息を挟みながら図書室のあちこちに向けて威嚇した。

「ここにいるのは分かってるのよ!もうここ以外、全部いないのわかってんの!さっさと出てきなさいよ!ねえ!」

 ……『ここ』がどこだかは、わかってるのかなあ。ため息を吐き、先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「図書室ですから、静かにしてください」

 そう声を掛けられて、初めて『人がいるんだ!』と気が付いたらしい(パート2)。

「ごめんなさい……。他に誰もいないと思って。……ねえ、あなた、ここに高梨一臣は来てない?」

「さあ?つい本に夢中になってしまっていて、先ほどの音で現実に戻ったので」

「……そう。」

 あ、疑ってんな。おんなの勘はすごいな。

「探すのは自由ですけど、どうか乱暴に歩いたり、乱暴に本をどかしたり、大きな声を出すのはご遠慮下さい。」

 そう云うと、その人からは「ありがとう。それじゃあ、探させてもらうわ」と云う感謝の言葉を、カウンターの下からは『裏切り者!』という目を頂戴した。不本意なので軽く蹴りつける。

 裏紙にさらさらと書きつけて鼻先に付きだす。

『ヘンに拒むより、気が済むまで探させたら出ていくでしょ』

 それを受け取った先輩は、左手の人差し指と中指でカードスタンドのように挟み、カウンターの高さのせいで首を傾げたままちらりと眺めて突っ返してきた。声は出さず、口の形だけで『了解』と云ってきた。受け取ったメモを手の中で潰して、そのままゴミ箱に捨てる。

 怖い顔の美人は、棚の間を歩き、閲覧用のテーブルといすの下を覗き込み、準備室を開けようとして私に止められ――そこは鍵がないと入れないし、鍵は司書の先生しか持っていない――、そして最後に。

「もう、後ここくらいしか隠れるとこ、ないわよね」

 と、カウンターに向かって歩き出した。

 だいせいかーい。私はドレスの裾を少しだけ持ち上げる。

 先輩はぎょっとしたように目をむいたが、躊躇している暇などないとわかったのだろう、大人しくドレスの傘下に入った。

 長いこと普通に座っているとパニエが潰れてしまいそうで、理科室や図工室にあるような、四角い小さい椅子をパニエの中に据えて座っていたから、ドレスのボリュームは立っているときとそう変わらない。きっと上手に先輩を隠してくれるだろう。

 入りきると同時に、美人が綺麗にセットしてある髪を気にもせず、逆さになって覗き込んだ。

 そして、恐ろしい顔をしたままカウンターを回り込んでくる。

「……いないわね」

「ですからそう申し上げました。」

 目を合わせると固まりそう……もとい、ウソがばれそうなので、もうずっとストーリーが入ってこないままの本を読んでいるふりを続けている。

「あとは、私のドレスの下くらいですけど、見ますか?」

 これは、ハッタリだ。まさかいるのにこんなこと云わないだろうって思って欲しくて。

 私の足に当たっている先輩の手は、ドレスに隠れてからずっと震えている。……少し冷たい。

 ヨシヨシと、捨て犬を慰めるように、怖い顔した女の先輩から見えない角度で、高梨先輩の背中を撫でた。

 ふううっと、力が抜けたのが、ドレスの生地越しに、わかる。

「……、もう、いいわ」

 その人の、寂しげに笑う横顔は綺麗だった。

「何?」

 私が不躾に眺めてしまったので、当然視線に気付かれた。

「いえ、美しいなと思って。」

「ありがとう、お世辞でもうれしいわ。それじゃ、うるさくしちゃってごめんなさい。」

 そう云って入ってきた時とは真逆のテンションで、綺麗で怖かったその人はそっと出て行った。

 先輩は大きく息を付き、ずっと手を添えていた私の膝におでこをつけて、もたれてきた。勢い、鼻と唇はわたしの脛に。息がかかる。それどころか柔らかくて湿ったものが密着している感覚。

 ……今騒いだら、あの怖い綺麗な人がまた戻ってきて、元の木阿弥だから、我慢我慢。

 と、また、文章が上滑りする本を広げて気分転換を図ってみた。もちろん失敗。 

 カツ……カツ……とヒールの遠ざかる音が聞こえなくなったことを確認して、私は足元に蹲るものに、縋られているのと反対側のヒールの足で思いきり蹴りをくれてやった。先輩はごろごろとドレスの下から転がり出てきた。

「いてええ!」

「自業自得です、あんな綺麗な人を悲しませて。それに人の足にちゅーしやがってこの変態」

「ひどいな。不可抗力だろ。それに、」

 ゆっくりと立ち上がって、にやりと笑った。

「――あんな近くであんなにおいしそうな足を見せつけられて、何もするなと云うのは無理な話だ」

 やっぱり不可抗力だけじゃないじゃないか……。

「急所に蹴りくれときゃよかった……」

「ちょっと、発言が怖いんですけど!」

「それ位の事したでしょ!……あ、」

 思わず顔を上げてしまった。

「何」

「なんでもないです」

 カーテンをちゃんと閉めるふりして窓に近づいて、その歌に耳をそばだてて聞いた。

 ダンスには困り果てていたけど、この歌と振り付けは好きだ。

 軽快なリズムに、思わず足で拍子をとってしまう。ぱたぱたと埃を叩いていた先輩にすぐ気付かれ、微笑まれた。

「好きなの、この曲」

「……ハイ。」

 これだけは、踊りたかったくらいには。

「踊ろうか、振りはもう入ってんだろ」

「でも」

「誰も見てないって――さあ」

 たくさんの女子が、綺麗で怖い女のひとが、自分と踊ってほしいと狂ったように申し込む、その相手が、私に向かって手を差し伸べていた。

密かに踊りたいと思っていた曲に誘われて、手を取らないという選択肢は、なかった。

 フラフラと近づき、おずおずと手を差し伸べたら、素早く両の手を取られた。

「ほらほら、ボーっとしてると曲が終わるよ!おどろ!」

 そのまま、子供みたいにくるんくるんと回る。

 だんだん可笑しくなってきて、笑った。

「お、笑ったな」

「だったら何ですか」

「気になる子が笑ってる方が、男は嬉しいもんだけど」

「き、気になるって!」

「ならないわけないでしょー?この状況下で。……俺を特別扱いしないで、むしろけちょんけちょんにけなしてさ、なんっかすっごくそれが楽しくって、そばにいるのが楽なんだよね……真澄(ますみ)は?」

「ちょっと、なんで人の名前知ってんのよ変態!」

「失礼だなあ、カウンターの下にいる間にちょろっと床に置いてあったバッグ漁っただけで」

「変態通り越して変質者だ!」

「んーまあそれでいいよもう。褒められたことしてない自覚あるしさ。でも、どーしても、真澄の個人情報が欲しかったんだよ」

「聞けばいいでしょう、そこは!」

「聞いてもこの子教えてくれないだろうなあって直感が告げていた訳よ」

 それはそうだけど!

 憤慨している私を見て、高梨先輩はすごく優しい眼で、笑った。だからって、ほだされてなんかやらないぞ。

「楽しいね」

「楽しくない!」

「ダンスが、だよ」

「……ダンスは、楽しいですけど」

 先輩もみっちり二週間踊っていたせいか、振りが完璧。リードもうまい。

「こうやって真澄と踊れたから、あの地獄の2週間もチャラにしてもいいな」

「……そんなに大変だったんですか?どうして、嘘んこの人を立てようって思わなかったんです?」

 好きな曲が終わって、今度はゆったりしたナンバーになった。

 これは振りが入ってない。なのに、なぜか先輩は離れない。それどころか、体を密着させて、ゆらゆら踊るのは、なんで?

 私の肩口に顎を乗せて、あなたは喋る。

「嘘んこの人はね、去年まで相手してもらった。いっこ上で今年はいないし、俺も今回が最後だからちゃんと好きな子と踊りたかった。でもね、俺に近づいてくれる子は、外側ばっかり見てたよ。悲しいよねそれ」

「……すいません、イケメンライフを体験したことがないので何とも云いようが」

「……真澄のそういうとこ、好き。あー、なんか俺、今泣いちゃいそう」

「泣いてもいいけどドレスは汚さないでくださいね、借り物なんで」

「このリアリストめ!」

 先輩は泣かないで笑いこけた。声が、何かを堪えるように震えていたのは聞かったことにしてやろう。

 肩が顎から解放されたと思ったら、今度はおでこを押し付けられた。

「……こわかった。俺の中身はいらないって、外側だけよこせって云われてるみたいで。告白を必死に断って断って、そしたら今度はダンスを自分と踊れ、自分を選べって。二週間だけだから、って云われて、必死に踊ったよ、好きでもない人たちと。それで、今度は練習だけでいいって云ってた口が、本番のパートナーをしろって云ってきた。もー、頭ぐちゃぐちゃ。」

 多分、先輩の『ツラの皮』だけじゃなく中身にもみんな惹かれてると思うんだけどなあ……と、ここで知ってから間もないながら、そして不本意ながらその人となりに触れた自分が思ってみる。

 あの怖い美人もきっと、そう。

 でもきっと、そんなことは今受け入れられないだろう。

 先輩の頭は、肩口にくっついたままだ。髪の毛に、そっと指を入れて梳いてみる。サラサラヘアー。髪までイケメンか。

「捕まったら最後だから、逃げた逃げた。足には自信あるけど多分明日筋肉痛。でもって、誰も助けてくれないし。本気で追いかけてくるの怖くてたまんないのに、みんな笑ってるんだよ。それも、怖くて」

 思い出したのか、ぶるぶると震えている。

「ここまで逃げて、ああもうだめだと思ったら、真澄が助けてくれた、ねえ、これで好きにならないって嘘でしょ?」

 ――いたずらにサラサラの髪をいじっていた私の手が、止まった。……違う。

 先輩の手に、絡め捕られた。

 ゆっくりと、伏せたまつ毛をあげて、私を見る目。

「こんな情けない俺は、真澄の相手にしてもらえない?」

「……情けないイケメンは、嫌いじゃないですよ、構いたくなる」

「……それって、前向きにとらえていいもんなのどうなの」

「ちょうど犬が飼いたかった頃合いですし、いいんじゃないですか」

「犬かよ!」

 先輩が何度目かの笑いの発作に陥る。

「もう、真澄、面白すぎるよ」

「あんまり私もそういうの云われ慣れてないんですが……」

「そうなの?じゃあ、俺だけが知ってるんだ、面白い真澄」

「そう云う事になりますね」

「そっけないのに、優しい真澄」

「ポエマーですかイケメン」

「照れ屋さんで素直じゃないのに天然な真澄」

「キモいんですけど変態」

「あ、俺それちっともダメージないから。真澄に邪険にされるのなんかいいよなー」

「もういっそ息しないで変態!」

「一臣って、呼んでよ」

「……!呼ぶかバカ!」

「あ、それ、かわいいね」

 ……うっかり顔を赤くしてしまったのが敗因か。

 蕩けそうな顔をしたイケメンに、心が緩んでしまい、

 それをみすみす見逃す男ではなく、しっかり付け込まれ。

 文化祭の翌週、振り替え休日が明けた登校日の朝。

 学校の最寄りの駅で捕獲されて、べったべったにくっつかれながら登校してしまい、ギャラリーに関係を問われた先輩が高らかに交際宣言をして、私もそれを否定しなかったので。


 彼の苦悩の日々は、とりあえず、終わった。

 それでもたまに告白と云う名の襲撃を受ける。そんな時、いつも先輩は、

「たすけてよ、○えもーん」

 と云わんばかりの勢いで図書室にやって来る。私はその一部始終を聞いて、「おつかれさん」とだけ云う。そっけないその一言と、憑き物を落とすようにポンポンと肩を叩けば、それだけで恐怖や不安が解けていく、らしい。固まっていた表情がじわじわと溶けだし、こぼれんばかりの笑顔が私を見つめ返したら、メンテナンスは終了。

 彼氏を犬扱いとは我ながらいかがなものかと思うけど、あの笑顔はまさにゴールデンレトリバーだ。それに加え、私が当番の日はいそいそと図書室に通い、業務が終わるまでカウンター前で大人しく座っている先輩は有名なあの名犬を彷彿とさせるのか、『ハチ先輩』と云う二つ名までついたらしい。公、が付いていないのは皆の優しさなのか。

 そんなあだ名までついてるくらいなんだから中身も推して知るべし。

 一途、なのだ。

 ちょっと、暑苦しいなあと思う程度に、(せんぱい)の気持ちはまっすぐだ。


 犬は飼い主ラブな生き物なのに、未だに『襲撃』は止む気配がない。その事にイラつくのは決してジェラシーとかそういうものではなく、「うちのわんこに手を出すな」と云う気持ちなだけだ。きっと。……多分。


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