14 影と翳りと閑話的会話
「なりふり構わなくなってきた印象だな。二人同時に、時間もまだ夕方で、周囲もまったくの無人ってわけじゃない。今までどおりにあせらずやればよかったのにな」
「なにか映ったかい?」
暗い部屋の中で足がなにかに当たる。床に積み上げられていたなにかの本やファイルがバサバサと崩れたが、鬼礼も露臥も気に留めない。他にも脱ぎ捨てたものか、洗濯したきり片付けられていないものなのかわからない衣服が放置されていたりと、露臥の部屋は物で散らかっている。片付ける気はないらしい。そんなモノグサな彼女でも、ゴミは最低限まとめているようで、散らかっている印象はあっても、汚い、不潔な印象は不思議とない。
「時間帯はちょっと意外だったけどな、一応二人が襲撃された瞬間は見たよ。メモリーも残ってる。いつもは全体を見ているだけだったから、今まではタイミングも合わなかったりで、その瞬間を押さえることってのはなかなかできなかったけど。今回は運がよかったよ」
「全体? 君の能力は複雑な仕組みをしているね?」
「ああ……そうだな、たとえば……今この部屋を見てさ、部屋の全景を把握することができるだろ? この部屋にあるなにに焦点を合わせるでもなく、ただこのひとつの光景を視界に捉える。でも、それだと細かい部分まではよくわからない。じゃあ、そこの棚にある時計に焦点を合わせて、でもそこを意識して見ていると、今度は逆に時計以外のものはよく見えない。視界に入ってはいるけど、意識して観察することはむずかしい」
「それの町バージョンってこと」
「そう。全景を把握している状態と、ピンポイントにどこかを見ている状態。両方同時にってのはできないんだ。これ以上は人間の脳の処理能力を超える。少なくとも俺の頭じゃ無理だ。だからこうやってモニターに分割して映したりするんだけど……モニター越しだと、やっぱり解像度は下がるんだよな」
「いつも思うけど、君の脳内カメラは想像するだけでも大変そうだね。一度に膨大な量の映像が頭に流れ込んでくる。それも毎日、起きている間はずっとだろ? いや、ひょっとして寝ている間もかな? よくそれで生きていられるね」
「お前の能力と交換してほしいくらいだよ」
「能力を使わなきゃいい。そのうち気が狂うよ」
「そうもいかない。これが俺の仕事なんだし、それに、ここでそうなることを望んだのは俺自身だからな。もう慣れた」
「君ほんと変わってるよね、なんで自分から苦しい道に進むかなあ。任務に出ていたころのほうがよっぽど楽だっただろう」
「そうでもない。俺の場合、知らない土地に行って、知らない人とたくさん関わって、そういうことより今の仕事のほうが自分に合ってるんだ。そりゃあ、みんなと一緒にわいわいやるのだって楽しかった。それが嫌になったわけじゃない。ただちょっと疲れるんだよ」
露臥は五年か六年ほど前にギルドにやってきたと記憶している。具体的な期間は覚えていないが、たしか最初の一年半ほどは、鬼礼や勇來たちと任務に出ることもあったのだ。今ではこのとおり部屋に引きこもっているが、既に知ってのとおり最初からこうだったわけではない。
「どうせ戦闘になったら俺は戦えないし、この能力を使って援護しようにも、別にうまくなかったからな。正直お荷物だったろ」
「君が場の全景を把握していたからこそ助かった場面もあったんだろ? 森を突っ切る途中で魔獣の群れがあることに真っ先に気付いたり、混戦になって一時撤退するためのルートをあぶり出したり、はぐれた人をすぐに見つけたり。山道だと落石にいち早く気付いていたし」
「お前はこの先にカルセットの群れがいるって言うと、うれしそうに突っ込んでいくから大変だったよ」
「そうそう、そういうことをちゃんと教えてくれるから、君の能力と、その情報共有を余さずおこなう臆病さが好きなんだよ自分は。集団でぞろぞろ動くのはどうも苦手なんだけど、君のナビゲート能力は本当に便利だった」
「鬼礼に褒められると、なんか背中がむず痒いんだよなあ……なに企んでんだ?」
「なにも? ただ、君がひきこもるようになってからの任務は、移動に時間がかかることが増えてね。目的地に行くために地図に従ってい歩いていたら、たまたまその道が通れなくなっていて引き返したり、時間と体力が無駄になることがあるだろ? そういうことがあると、君がいれば効率的に移動できたのにと思うよ。他の連中も、君が任務に出なくなってしばらくは、露臥がいればってよく言っていたし。君は君が思っている以上に役立っていたよ」
「だといいけど。結局、みんなをうまくアシストして感謝される回数よりも、俺が助けられて感謝する回数のほうが多かったわけだし。アシストのための視界を展開していたら、俺自身の周囲への警戒がおろそかになるから。そういつもいつも都合よく誰かが助けてくれるとも限らないし、これじゃ命がいくつあっても足りないと思ったから引っ込んだんだ」
「もう任務に出る気はないのかい?」
「……今のところはな。俺はこの町を見守っているほうが性に合ってる。迷子がいることや、具合が悪そうにうずくまってる人を見つけて知らせたり、落とし物をした人や脱走した犬や猫を追跡したり、たまにこういう事件が起きたときに協力したり。それくらいでいいんだよ。些細なことだけど、これだって役には立ってるだろ?」
「君がいたほうが任務で楽ができていいのになあ」
「それが本音かよ」
「当たり前だろう。カルセットの群れがいて、それを倒さないといけない。君は敵の数と位置と、その群れで一番強いボスがどこにいるのかを把握する。そしてその情報を自分に渡す。君は安全な場所に隠れる。自分はボスと戦う。まわりのザコを他のギルド員が倒す。それが一番効率的で安定しているじゃないか」
「やっぱり強敵が目当てだったか……」
「まあ、今の仕事に飽きたらまた任務に出ることも考えてくれよ。どうせここじゃ今回みたいな事件なんてめったに起きないんだし、そもそもそういう事件を調べるのは警備隊の仕事なんだから、君ががんばる必要はあるのかい? 初対面の相手と話せないのなら、それは他の連中に任せればいいんだし。はじめての土地でも確実なナビゲートができる君は重宝されるよ」
「まあ……考えてはみるけど」
「屋内では迷子になるけどね。屋外でのナビゲートはうまいのに、なんで自分の部屋には帰れないんだい」
「も、もうならねえよ。外と違って、中は見てないんだからしょうがないだろ」
「方向音痴と言っていいのかなあ、これは。……それで、なにかわかったんだろう?」
「残念ながら、期待するほどのことじゃない。白っぽい影が映り込んでただけだ。形まではわからないけど、なにかが飛んできて二人の体が斬り裂かれたってことが判明したよ。たぶん、これまでの被害者についても同じだろうな。たいした収穫じゃないけど」
「今までと違って、なにかがわかっただけマシって考えるしかないか。過去の映像は確認した?」
「ああ、一応な。でも、そっちはとくになにも。やっぱり今回は犯人がなにかにあせっているんだろう」
「あせってる、ねえ」
「そうでなきゃ、油断しはじめて仕事が雑になってんだな。こっちとしては情報を落としてくれて……ん、勇來からメッセージだ」
「彼はなんだって?」
「被害者が襲われた瞬間に強い風が吹いているかどうか確認してほしいって」
「風?」
「玉城……あの、兄貴のほう、礼架さん。襲われたときに突風が吹いたって言ってるらしい。たしかに風はあったような……」
「外なんだから風くらい吹くだろ」
「そりゃそうだけど、ここはロワリア国だ。風の守護神の膝元だから、嵐も暴風も……まったくないわけじゃねえけど、めったに起こらないことだ。天気が荒れてるわけでもないのに突風なんて、そんな簡単に吹くはずないんだよ」
「じゃあ風属性系の能力者かカルセットの仕業……いや、獣にここまでの知能はないか。もし過去の被害者のときにも同じように風が吹いていたなら、能力者の仕業だろうね」
「そういうことになる。とにかく、過去の分も含めて確認してみよう」




