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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
秒速5キロメートル
9/51

【秒速5キロメートル】第一章

 前の話のあらすじ

 結城の部屋に訪れた諒一は、何故かふてぶてしい態度を取り、帰ろうとする。

 結城は理由を問い詰めたが教えてもらえず、結城と諒一の間に歪が生じた。

第1章


  1


 冷えて硬くなった鮭を完食した後、結城はツルカと共に『アール・ブラン』のラボに向かっていた。

 あれから諒一が戻ってくる気配はなく、暇つぶしも兼ねてラボに行くことにしたのだ。

 2人はフロートユニット上部の居住区から、ターミナルのある海面地区へと続くエレベーターに乗っていた。

 外側の窓からは海が見え、内側には『農業プラント』が見られた。

 エレベーターの通っている太い支柱の中には『農業プラント』がある。ここでは食糧が栽培されており、外部からの輸入に頼らずとも自給できるほどの生産力がある。

 エレベーターが下に移動するごとに、農業プラントの階層が変わり、その度に様々な農作物を見ることができた。

 結城は次々に農作物が変化する様子を眺めていた。

「まだ痛むのか?」

 今まで黙っていたツルカが唐突に口を開いた。頭には大きな帽子をかぶり、顔には大きなサングラスが掛けられていた。「変装していますよ」と言っているようなものである。これでは、逆に目立っているのではないかと思えた。

 そんなツルカを見つつ、結城は返事をする。

「もう平気。熱湯ってわけでもなかったし。」

「本当に大丈夫? 無理してないか?」

「大丈夫だって。」

「……。」

 ツルカはヤケドがまだ痛むのだと信じて疑わない様子だったが、結城の言葉を聞くと、しぶしぶとした態度で引き下がった。

 ……そんなに自分は痛みに苦しむような様子をツルカに見せていたのだろうか。

 結城は気になって、エレベーターの天井にある鏡に目を向ける。そこには、眉尻を下げて浮かない表情をしている自分の顔が見えた。

 こんな顔では、ツルカが心配するのも当然である。

 結城は自分がそんな表情をしていたことに驚いた。しかし、その表情はヤケドの痛みから来たものではなく、原因は他にあった。……諒一である。

 それを言い当てるように、ツルカが話しかけてきた。

「それにしてもリョーイチ、なんでいきなり怒ったんだ……?」

「ツルカならわかるんじゃないか?」

「ボクを何だと思ってるんだ。」

 結城はツルカに呆れた目を向けられる。年下にこんな目で見られては堪らないが、向けられるだけの理由はあることを結城は自覚していた。

「幼なじみのユウキがわからないなら、他人のボクにわかるわけがないだろ。」

「うん。言われてみればそうだな。」

 結城は諒一の怒っている理由が全然わからない。なぜなら、今まで同じようなことをしても諒一は呆れた風に溜息をつくだけで、今回のように怒ったのは初めてだったからだ。

 このまま2人で考えていても解決できないと考えたのか、ツルカは取り敢えずといった感じで発言する。

「ま、理由はともあれ、一言謝れば許してくれるんじゃないか?」

「そうだな。」 

 結城はツルカの提案に賛同した。諒一の怒っている理由がわからなくても、問題を解決することは可能なのだ。

「さて、なんて言って謝ろうかな……。」

「いつもはどうやって仲直りしてるんだ?」

 何気ないセリフだったが、結城はそれを聞いて少しの間悩んでしまった。

「仲直りか……。」

 口にしてみたが、いくら思い出してもそんな記憶はない。

(仲直り……したことあったっけ……!?)

 結城は自分が一度も諒一と仲直りしたことがないことを悟り、その事実に愕然とした。

 ……絶句していると、ツルカがおそるおそる、確認するように問いかけてきた。

「もしかして、リョーイチと喧嘩したことないのか?」

 結城はしどろもどろにその質問に答える。

「それは、……喧嘩なんかもしたことなかったし……なんでも言う事聞いてくれてたから……。」

 結城に仲直りをしたという経験がないということは、『喧嘩をしたことがない』か、それとも、『諒一が一方的に謝罪していた』か、……そうでなければ、『喧嘩が発生しないような人間関係だった』としか考えられない。

 その理由が最後の物なら、結城にとって諒一は『面倒見のいい幼なじみ』ではなく、『何でも言うことを聞く奴隷』である。

 そう考えるなら、今回のことは結城にとって奴隷の反乱に等しい出来事だろう。

「本当に苦労してたんだな、リョーイチは。」

「……。」

 結城は返す言葉もなかった。

「そんなリョーイチが怒るんだから、よほどの理由があったんだろうな。」

「やっぱり、理由を突き止めないとだめか……。」

 結城は、明確な理由が不明なまま頭ごなしに謝っても、焼け石に水だと考え、そして下手をすれば火に油を注ぐような事になるかもしれないと思っていた。

「思い当たるフシはあるのか?」

 ツルカに言われ、結城は再び理由を思い浮かべようとする。

「うーん……。今まで通り特に変わったことは……」

「……『変わったこと』……。」

「「あっ!!」」

 理由に思い至ったのか、2人は同時に声を上げた。

「ツルカとの同居!!」

「ユウキのコース変更!!」

 しかし、2人の意見はバラバラだった。

「「それは違うだろ。」」

 そして、お互いにそれを否定し、議論は振出しに戻ってしまった。

 エレベーターが海面地区に到着するまで、結城とツルカは無言で諒一が怒った理由を考えていた。


  2


 船を降りてターミナルから歩くこと10分。結城とツルカはアール・ブランのビルに到着した。ビルの周辺は静かで、詰所にいる警備員も暇そうにしていた。

 それとは対称的に、2NDリーグが開催されるスタジアムの周辺は賑わっており、試合のある明日はもっと人が増えると予想された。

 警備員に挨拶してビルの中に入ると、ツルカは帽子とサングラスを取った。そして、ロビーにある来客用のベンチの上に投げ捨てた。

 5メートル以上離れているベンチに見事に着地した変装グッズを見ながら、結城はツルカに注意する。

「あんな所に置いてると無くなるぞ。」

「誰もこんなビルに来ないから平気だって。」

「そんなことない。ほら、あそこに人が……。」

 結城はベンチに座っている人影を指して言った。しかし、その人影は外部の人間ではないようで、アール・ブランの作業服を着ていた。

(ん……?)

 よく見ると、このチームの責任者である『ランベルト』だった。

 作業服はよれよれになっており、首には防護メガネのバンドが引っかかっていた。

 ランベルトは背もたれのないベンチに腰掛けており、壁に向けてタバコの煙を吐いていた。

 作業着を着ていたので、休憩しているのだと結城は勝手に想像し、背後から声をかける。

「なにサボってんの?」

「あぁ? サボってねえよ。」

 ランベルトは苛立った声を出しつつ、不機嫌な目つきでこちらを睨んできた。しかし、こちらの正体がわかると、眼を閉じて「悪い」と呟きタバコを灰皿に捨てる。そして、足を上げるとベンチの上で体を半回転させ、こちらを向いて座りなおした。

「嬢ちゃんだったか。……リョーイチならもう来てるぞ。」

「え、諒一が……。」

 結城は諒一がここに来ていると全く予想しておらず、狼狽した。

 そんな結城の動揺した声を聞いて、ツルカはうんざりとした表情をこちらに向けた。

「……ユウキ、リョーイチに会いに来たんじゃなかったのか?」

 結城は自分の想像力の乏しさを恨んだ。諒一がアール・ブランのラボにいることは普通に考えれば当然のことなのだ。

(今さら帰れないよなぁ。)

 追い詰められた結城は、会えば何とかなるだろうと気楽に考え、諒一に会うことを決心した。

「今日のリョーイチ、なんか不機嫌だったな。……ケンカでもしたか?」

 ランベルトの勘は鋭く、事実をズバリと言い当てていた。

 諒一との喧嘩を悟られないようにするため、結城は曖昧な返事をする。

「……多分。」

「多分ってなんだよ。」

「ところで、ランベルトはなんでここにいるんだ? 休憩中?」

「ん? あぁ、邪魔になるから出ていってくれと言われたんだ。」

 ランベルトは何かを思い出したのか、再び不機嫌な表情を見せた。

 そっちも大変なんだなと思いつつ、結城は質問を続ける。

「あのおじいさんが?」

「あー、違う違う。『日本VF事業連合会』から派遣されてきた奴だ。……はぁ。」

 ランベルトはタバコを取り出して火をつけようとする。しかし、ライターに手をかけたところで動きを止めて、それを懐にしまった。

 ツルカはその話に興味があるらしく、ランベルトの隣に座った。

「その日本なんちゃら会って、『アカネスミレ』をプレゼントした団体であってるよな?」

「そうだ。……で、キルヒアイゼンのご令嬢がなんでここにいるのかな?」

 結城もそれを聞いて、ツルカが別のチームの人間だったことを思い出した。

 当たり前のように部外者を連れてきてしまい反省したが、それと同時に自分が部外者でなくなったことを改めて確認した。

 ツルカはベンチの上で足を組んでいた。

「別にいいだろ。」

「よくねぇよ。他のチームに情報が漏れたらどうするんだ。」

「漏れて困るほどの情報もないだろ。」

 ランベルトはベンチから立ち上がり、携帯端末をポケットから取り出す。

「……キルヒアイゼンに直接抗議してもいいんだな!?」

「いいよ。どうせ今はそっちに住んでないし。」

 ツルカにとって、それは脅しにはなっていないようだった。

 そんな大人と子供の争いを見ていると、いきなり甲高い音のブザーが鳴った。

 その音に体が反応して、結城はその場にしゃがんだ。

「なに、これ!?」

「警報だ……。」

 すぐに警備員の群れが結城たちの横を通りぬけ、ラボに向かって走っていった。

 ランベルトはそのうちの一人を捕まえて、事情を聞く。

「おい、何があった!?」

「侵入者です!!」

 警備員はそれだけ言うと、ものすごい速さで警備員の集団の後を追っていった。

 結城達もすぐにラボへと向かった。


  3


 結城がラボに到着する頃には騒ぎは収まっており、警備員が侵入者を取り押さえていた。

 侵入者は大勢の警備員に囲まれていたため、その姿を確認することが出来ず、男か女かすら判らなかった。

 ツルカは既にラボの入り口から中を見ていて、ランベルトは2人に大きく遅れて到着した。

 ランベルトは肩で息をしており、口をだらし無く開けて呼吸していた。

「もう、……捕まったのか。」

 苦しそうに喋るランベルトに、ツルカが返事をする。

「ボクが来たときにはもう終わってたし、侵入者は抵抗しなかったんだろ。」

 結城たちの他にも野次馬が集まっていたが、侵入者が捕らえられたと知ると、すぐに持ち場に戻っていった。

 騒ぎが収まるにつれて、ランベルトの呼吸も穏やかになっていった。

 そして、ラボの中に目を向ける。

「……警察に突き出す前に色々聞いておきたいし、ラボの中に入るぞ。」

 ランベルトはそう言うと、結城に手招きした。ランベルト一人で行くのかと結城は思っていたため、思わず聞き返してしまう。

「私も?」

「いいから来いって。」

 結城は、こんなチームに侵入するような物好きに少しだけ興味があったため、付いて行くことにした。

 結城はランベルトと共にラボの入り口に近づいて行く。

 入り口付近には警備員が立っていて、人の出入りを制限しているようだった。

 それを見た結城は、学生の自分が入っていいのかと思い、中に入るのをためらう。

「なぁランベルト。私も入っていいのか?」

「侵入者は捕まったようだし、危険もなさそうだからいいだろ。」

 ランベルトの言葉を信用して、結城は中に入るのを決心した。その時、ツルカが結城の横を通りすぎていった。

「おじゃましまーす。」

 ツルカは警備員の横をスルリと抜けて、ラボの中へ入っていく。警備員はツルカがランベルトの知り合いだと思っていたため、ツルカを制止することはなかった。

「おい、こらっ!! お前はダメだ!!」

 ランベルトは大声を上げてツルカを追いかけていき、結城は置いて行かれてしまった。

(この場合、ツルカも侵入者になるな……。)

 そんなことを思いながら結城はラボの中に入った。

 中に入ると、警備員の隙間から、侵入者の姿をちらちらと見ることができた。しかし、見えるのは服の色くらいで、詳しいことは全くわからない。 

(そういえば諒一はどこ行ったんだろ……。)

 ランベルトによれば諒一はラボに来ているはずなのだが、周囲を見渡してもその姿を発見することは出来なかった。

 このラボ内にいることは確かなので、そのうち見つかると考え、結城はとりあえずは侵入者の顔を拝もうと、警備員に接近し合間から顔をのぞかせる。

 そこには見慣れた顔があった。

「あ、諒一だ。」

「……。」

 諒一は無言で地面に両膝をついて座り、両手は背中に回され拘束されていた。

「ランベルトー!!」

 結城は慌ててチームの責任者の名前を呼んだ。


 ……結城が叫んでからすぐに諒一は解放され、警備員はそそくさとラボから出て行った。

 諒一は始終無言で、手錠を外されても無表情のままだった。

 ラボ内にある作業台では、この状況を説明するための話し合いが行われていた。

「いきなりこの学生がラボに来て、てっきり部外者だと思ったんです。」

 そう話しているのは、白衣を着た女性だった。その白衣にはなぜがフードが縫いつけられていた。頭の両端のやや後方で結ばれた長い髪は漆のように黒く、背中にあるフードの中に入れられていた。髪の色と同じく瞳の色も、黒に近い濃い褐色をしていた。

 歳は20歳前後だろうか、少なくとも結城や諒一よりは年上だと推測できた。

 女性は透き通った声で話を続ける。

「それで、部外者がいきなりVFのコンソールをいじり始めたものですから……。」

 作業台には、その女性の他にランベルト、結城、諒一、ツルカが座っていた。

 女性の反対側の辺に座っているランベルトは、その話を聞いて自分の額に手を当てた。

「リョーイチ、すまなかった。俺の説明が足りなかったようだ。」

「すみません。私のせいで迷惑をかけてしまったようで。」

 女性は諒一に頭をさげる。

「……あの時ランベルトさんに邪魔だと言わなければ、こんなことには……。」

 続けてランベルトにも頭を下げた。

 謝罪されたランベルトは、責任は自分にある言わんばかりに目を閉じてうつむいた。

「警備員も新しく雇ったばかりだったから、リョーイチがウチのスタッフだと判断できなかったんだろう。……この際、リョーイチにもきちんとIDカードを渡しておくか……。」

 なにやら重い雰囲気の中、結城は質問を投げかけた。

「この人は?」

 結城はなかなか言い出せなかった言葉をランベルトにぶつける。ツルカも同じことを思っていたようで、先ほどから女性の方に顔を向けていた。

「さっき言った通り、日本VF事業連合会から派遣された研究員だ。」

 ランベルトが紹介すると、女性は顔を体ごと結城に向けて自己紹介を始める。

「初めまして。『鹿住かずみ 葉里ようり』です。こちらに派遣される前は主にVFの設計を……。」

 話が長くなりそうだったので、結城は矢継ぎ早に質問する。

「技術提供って話だけど、具体的には何をするんだ?」

 話を切られた鹿住は、別に嫌な顔をすることなく結城の質問に答えた。

「……技術といいますか、今後のVFのメンテナンスや改良は私だけで行います。」

「え?」

 無意識のうちに結城は問い返していた。

「経験はともかく、技術も知識も私が上です。勝手に触られたら把握しきれないので、VFに関しては私だけで完璧な管理体制を作ります。」

 結城はそれを当然のように話す鹿住を見て、彼女がどんな人間なのかその外縁部が見えてきた。

 第一印象は『丁寧で礼儀正しい女性』だった。しかし現在は、自分の考えが一番正しいと信じて疑わない、自己陶酔を超えた『唯我独尊な女』であるように思えた。

 ツルカは鹿住の話に納得いかないらしく、攻撃的な態度で話す。

「一人で出来るわけがないだろ。」

「できます。その為の機材も既に運びこんであります。」

 すぐツルカに反論し、鹿住はラボの奥を指差す。そこには人の身長の3倍はある産業用の巨大なロボットアームがあった。

 その他にも最新の機器が並んでおり、鹿住の言葉には説得力があった。

 指差していた腕を戻して、鹿住は続けて言う。

「それに……あのアカネスミレは私が設計・製作したVFですから。」

(この人が!?)

 日本製だということだけでも十分驚嘆に値するVFなのに、それがこんな若い女性によって作られたと聞いて結城は唖然とした。

「どうしてもと言うのでしたら、手伝ってもらっても構いません。……しかし、その場合は私の指示以外のことをしないでください。」

「……と、言うことらしい。」

 鹿住が話し終わるとランベルトは肩をすくめて見せた。

 これと同じことを言われてラボの外に追い出されたのなら、イライラしてタバコの1本や2本、吸いたくなっても仕方のない話だろう。

 今現在、ランベルトのこめかみの血管はピクピクと不規則に動いている。

 ……玄関ロビーのベンチに座っていた時にはもっと苛立っていたに違いない。

 結城やツルカが鹿住の傲慢ぶりに圧倒されていると、再びランベルトが口を開いた。

「俺は楽できていいんだが、せめてリョーイチを手伝わせてやれないか?」

 諒一はうつむいて何やら考え事をしていたようだったが、名前を呼ばれて顔を上げた。

「リョーイチは学生で、ここには技術やらを学ぶために来てるんだ。」

 ランベルトは低姿勢で鹿住に頼み込む。

 チーム責任者が派遣されてきた女性に頼みごとをするのは、異様な光景であった。

「……勉強なら学校でしてください。素人に手伝われても仕事の邪魔になるだけですので。」

 鹿住はあっさりと頼みを拒否した。その傍若無人ぶりに結城はたまらず抗議の声を上げる。

「素人だなんて……。ランベルトからも言ってやれよ。責任者だろ!?」

「技術提供の条件が、あの女にVF関連の指揮を取らせることだから、どうしようもないんだ。」

 結城に頼まれるも、ランベルトは力なく返事した。しかし、諦めきれず結城は鹿住に直接訴える。

「鹿住さん、これでも諒一は……!!」

「結城、少し黙っててくれ。」

「あ、うん。……ごめん。」

 結城を制したのは諒一だった。

 諒一の声は、恐ろしいほどに人間味のない、醒めた声だった。……結城は今までに諒一からこんな声を聞いたことがなかった。

 その声で諒一は鹿住に話しかける。

「……鹿住さん、どうしても駄目ですか?」

「すみません。やっぱり駄目です。」

 間を空ける事無く、鹿住は淡々と述べた。

「そうですか……。」

 諒一は鹿住の返答を聞いて、作業台の席から立ち上がった。

「リョーイチ、そんなにがっかりするなよ。」

 そして、ランベルトからのいたわりのセリフを無視して出口に向けて歩き出す。

「リョーイチ、もう帰るのか? おーい。」

 そのまま、とぼとぼと歩いていき、諒一はラボから出ていってしまった。

 結城はその間、諒一を追いかけることが出来ず、ただ背中を見ていた。

 ツルカはそんな結城を見て、席から結城を引っ張り上げて立たせる。

「ユウキ、追いかけなくていいのか?」

「……。」

 追いかけたいのも山々だが、引き止めた時に何といえばいいのか、今の結城には想像できなかった。いつもの自分なら何と言うのだろう。そんなことを考え始めると、余計に足が竦んで動けなくなるのだ。

 だいぶ遅れて鹿住が席から立ち上がる。

「私のせいでしょうか……ちょっと謝ってきます。」

「余計ややこしくなるから行かなくてもいい。」

 鹿住は諒一の後を追おうとしたが、すぐさまランベルトがそれを止めた。

 結城はそんな鹿住を見て、思わずきつい口調で質問してしまう。

「鹿住さん、わざとやってるわけじゃないですよね?」

「なんのことでしょう。」

 鹿住は結城に笑顔をみせて、聞こえないフリをした。そして関係の無いことを口にする。

「あの学生、諒一君でしたっけ……あなたは追いかけなくてもいいんですか?」

「……いいんだ。」

「彼、かなり思いつめた表情をしていましたが……。」

「諒一はいつもあんな顔してるから問題ない。」

「そうでしたか……。」

 不意に、鹿住が結城に顔を近づけてきた。結城は負けじと鹿住の目を見る。鹿住の眼はぱっちりとしており、瞳の中に自分の姿が映っているのがはっきりと見えた。

 結城は瞬きをしないで対抗していたが、鹿住は10秒としないうちに顔を遠ざけた。そして席に戻ることなく、ラボの中央に向かって歩き始める。

「そんなことよりもアカネスミレの説明がまだでしたね。いまから説明します。」

「何もこんな時に説明しなくても……。」

「せっかく皆さん集まっているのですから、まとめて説明したほうがいいと思いまして。」

 鹿住の両手は腰の後ろで握られており、それをお尻でバウンドさせながら作業台から離れていった。

 同時に声も遠ざかっていく。

「それに、コックピットやレシーバーは規格化されていますし、今までのVFと劇的に変化しているようなことはありません。ですから、説明もすぐに終わると思います。」

 鹿住の態度はともかく、アカネスミレのスペックには興味があったので、結城はおとなしく説明を聞くことにした。そして、それはランベルトやツルカも同じらしく、2人は鹿住の姿を目で追っていた。

 鹿住は目的の場所からA4サイズの薄いディスプレイの束を取り出し、それを持って作業台に戻ってきた。

「唯一、他のVFと異なるのは……凄まじく汎用性に富んでいるという所です。」

「汎用性に?」

「はい、これを見てください。」

 結城は鹿住からそのうちの一枚を受け取り、そこに表示されているものを見る。……ディスプレイには数字が所狭しと並んでいた。

(うっ……。)

 結城は思わずそのディスプレイを横に突き出してしまう。

 しかし、そこにいたはずの諒一の姿はない。……そのことを思い出すと、結城はしぶしぶ数字に向き合った。

 ツルカはディスプレイに少し目を通すと不平の声を上げる。

「これじゃあ、ダグラスのアレと変りないじゃないか。あっちのほうが色々とアタッチメントを付けられて便利だぞ。」

「アレといいますと、ALR55のことですか?」

「それそれ。」

 ツルカが言っているのはダグラス社が生産している量産型のVFだった。

「ALRシリーズはダグラスのパーツのために作られているようなものですから当然です。」

 このVFは価格も控えめで、他社の製品との互換性もそこそこあるため、かなりの数のチームが使用している。

 ……とは言っても2NDリーグ以上のチームは、独自開発したVFを使用している所がほとんどなので、メディアを通して見る機会はほとんどない。

 鹿住はツルカの言う事を肯定するように頷く。

「確かに、互換性はそちらのほうが優秀かもしれません。ですが……」

 鹿住は全てのディスプレイに別の項目を表示させる。その項目はVFの骨格であるフレームに関する情報が記されていた。

「アカネスミレはフレームを調整できます。」

「フレームを!?」

 驚いた声を上げたのはランベルトだった。ツルカもその機能に感心しているようで、ディスプレイを引き寄せて近くから見ていた。

 どれほどすごい技術なのかを理解していないのは、自分だけらしい。

 結城は説明を求めようとするも、それを聞く前に鹿住が喋り始めてしまった。

「機能はそれだけではありません。」

 ディスプレイに次々と機能説明が表示されていく。

「フレームの微調整はもちろん、アクチュエーターのゲイン値や、その他の細かい重量バランスも外部からではなく内部から簡単に調整することができるんです。」

「どういう事だ?」

 これ以上理解不能になる前に、結城は全員に説明を求めた。

 ランベルトはその言葉を受けて、視線を斜め上に向けた。そして、「そうだな」と前置きして話し始める。

「分かりやすく言えば、服や髪型やアクセサリーだけでなく、体格も変えることができるようになった……って所だろうな。」

 ランベルトと同様に、鹿住も例え話を使って説明する。

「そうですね。フレームを調整すれば特性も変わりますから……、ゲームキャラクターで例えるならば、パラメーターの限界値は低いけれど、振り分けポイントだけは無駄に多い『器用貧乏』キャラといったところでしょう。」

「そこはポジティブに『オールラウンド』って言えよ……。」

 なぜゲームで例えたのか疑問に感じたが、ツッコミを言い終わるとどうでもよくなった。

 結城は説明を聞いて、どのような機能かは大まかに理解できた。しかし、有用性については思い至らず、結城は首をかしげる。

「体格を変更するのは、今までのVFでも出来てたことだ。それが簡単になったというだけで、試合には直接関係ないんじゃないか……?」

「ユウキ、ちゃんと読め。この機能は試合中にでも使えるんだ。」

 ツルカに言われ、結城はディスプレイの文字を見た。

 ……詳しい機構の記述はなかったが、ほぼ一瞬でフレーム各所を自由に伸縮したり、出力の調整ができるようだった。

 これが最大の特徴だったようで、鹿住は自慢気に話す。

「ええ。極端な話、体全体のフレームを調整して瞬間的に攻撃のリーチを伸ばすことも可能です。」

「すごいな……。」

 結城はアカネスミレに視線を向ける。

 説明を受けた後だと、以前よりも強そうなVFに見える気がした。

 ……実際、その操作をマスターすれば、伸縮機能を存分に使用することができる。そうなれば戦いが有利になることは確かだった。

 結城が目を輝かせていると、ランベルトが水をさすようなセリフを言う。

「心配なのは、これが委員会の審査を通るかどうかってことだな。」

「多分問題ないと思います。フレームは人の形をしていればいいんですから。」

 鹿住は全く心配していないのか、白衣のポケットに手を突っ込み、その場で一回転した。白衣の裾は遠心力によって広がり、はためいた。

「……もし駄目でも、日本VF事業連合会が口添えをしてくれるでしょう。」

「ホント、ありがたいよ。」

 説明が終わると、ランベルトは結城に話しかける。

「さて、暇になったわけだし……散歩にでも行くか?」

「何で誘うんだ。一人で行けよ。」

 結城はきっぱりと断った。

 なぜならばラボに残るつもりだったからだ。そして、今すぐにでもアカネスミレの機能を試してみたいと思っていた。

 ……ツルカはランベルトから誘われる前に、胸の前で両手を交差させて拒絶のポーズをとっていた。

 ランベルトは坊主頭を掻いて、言葉を言い替える。

「仲直りは早ければ早いほうがいい。……リョーイチも呼ぶつもりだ。」

(諒一のこと忘れてた……。)

 喧嘩していたことはお見通しだったらしい。

「そういう事なら……。」

 ランベルトが諒一との仲直りに一役買ってくれるのならば、それを利用しない手はない。なので、結城は素直にその提案を受け入れることにした。

 いつの間にか、ツルカのサインはペケからマルに変化していた。

「それなら私も行きます。」

 そう言って手を挙げたのは鹿住だった。

「皆さんと会うのはこれが初めてなわけですし、なるべく親睦は深めておきたいです。」

 ランベルトや諒一を邪魔者呼ばわりした本人から『親睦』という言葉が出て、結城は空いた口が塞がらなかった。

 鹿住は言葉を続ける。

「あと、結城君のこともよく知っておきたいのです。VFの調整に役立つことがあるかもしれませんから。」

 鹿住に邪魔だと言われてラボを出るのに、その本人がラボから離れてしまっては本末転倒である。

 結城は君付けで呼ばれたことに違和感を覚え、自分の呼び方について鹿住に提案する。

「鹿住さん、私のことは呼び捨てでいいですよ。」

「いえ、この呼び方に慣れていますから……。」

(慣れてる……?)

 結城は、変なあだ名で呼ばれるよりはましだと思い、君付けを受け入れることにした。

「……それならいいんですけど。」

 これから先、鹿住と上手くやっていけるのか、結城は不安だった。


  4


 それから10分後、結城たちはフロートユニットの外周部を反時計回りに歩いていた。特にお喋りするわけでもなく、日差しに焼かれながら歩く。

 先程まで冷房の効いた室内にいたため、その日差しは心地良く感じられた。しばらくすればそれも不快感に変わることだろう。

 鹿住はすでに日差しが辛いようで、フードを被り、日陰を歩いていた。

 ……日陰は左側に見える他チームのビルや、関連施設によって作られていた。

 スタジアムはそれらに隠れて見られないと思っていた。しかし、フロートユニットは中央に向かうに連れて少しずつ盛り上がっているため、影の切れ目から見ることができた。

 右側には海と空しか見えない。

 その他に見えるものといえば、雲、船、そして別のフロートユニットくらいである。

 時たま、海側に出っ張るようにして設置されている小さな公園が見られた。そこに人はほとんどいない。

 結城が確認できたのは一人だけで、その人はキャンパスに向かって絵を描いていた。

 青色の減りが早いのだろうなと思い、絵の完成図を想像すると少しだけ滑稽に思えた。

 正面には緩やかにカーブしている歩道が伸びていて、観光客などがちらほら見られた。

(あんまりいないな……。)

 観光客はスタジアム付近を目指しているため、結城たちと同じ道を歩く人間はあまりいないのだろう。スムーズに歩けるのはいい事なのだが、やはり寂しい。

 そんな道を歩いていると正面から諒一が走ってきた。

「お待たせしました。」

 諒一が目前まで来るとランベルトが手を振ってそれに応える。

「ようリョーイチ。急に呼び戻して悪かったな。」

「平気です。ターミナルに着く前でしかたから。」

 諒一は特に疲れている様子はなく、走って来たというのに制服も乱れていなかった。

「……それで、何の用ですか?」

「いや、みんなで散歩しようと思ってな。」

「……。」

 急に黙ってしまった諒一に対してランベルトが続けて言う。

「いいだろ? ほどよい有酸素運動は頭を休めるのに最適なんだぞ。」

「……帰ります。」

 説得の効果は無かったようで、諒一は踵を返し、来た道を戻り始める。

 それを塞ぐようにしてツルカが諒一の進路に躍り出た。

「リョーイチ!! そんな事言わずに散歩しようよ!!」

 諒一はツルカを無視して行こうとしたが、ツルカにバッグを掴まれて止まった。

 仲直りのために尽力してくれているツルカを見て、結城は自分が情けなくなった。それと同時に、頑なに拒み続ける諒一に怒りを覚えた。

 ランベルトは、バッグを引っ張り合っている2人に近付き、諒一の肩を優しく叩く。

「なら、ターミナルまで一緒に歩こう。それくらいなら付き合ってくれるよな?」

 諒一はじぶじぶ頷くと、バッグから手を離した。

 バッグはツルカの手に渡り、諒一が逃げ出さないようにするための人質になった。

 諒一は結城と目を合わせないように隊列に加わり、ランベルトの横に並んだ。

「リョーイチも加わったことだし、ひとまずあそこの公園で休憩するか。」

 ランベルトは誰もいない小さな休憩所を指差して言った。

 そこに着くまで集団は再び無言になった。


 公園に入ってすぐの場所には、遊具ともオブジェとも見て取れる変な置物が飾られてあった。それは人の身長ほどあり、大きな陰を作っていた。

 諒一はその置物の横を通り過ぎ、一人で海に近い場所にあるベンチに座った。

「かげ……日陰……。」

 鹿住はふらふらと歩き、その置物の陰に入り、背を預けてへたりこんだ。温帯の日本にいればこのくらいの暑さはどうもないはずだ。よほどいい環境で研究していたようだ。また、あまり外出することはなかったのだろう。

 ツルカもその隣りに座り、手のひらで顔を仰ぐ動作をする。

「あー、ノドが乾いちゃった。ジュース買ってこよっかなー。」

 そのセリフを待っていたかのように、ランベルトが返事する。

「ついでにみんなの分の飲み物も買ってきてくれるか? ……カズミと一緒に。」

「私がですか?」

 いきなり指名されて、鹿住は抗議の声を上げた。

 その声をねじ伏せるようにランベルトは言葉を続ける。

「当たり前だ。女の子一人で出歩かせるわけにはいかんだろう。ついて行ってくれ。」

 鹿住は額の汗を拭いながら、だるそうな声で反論する。

「お断りします。私は結城君と話をするために来たのです。こういうことは年長者がやるべきでしょう。」

 ランベルトは鹿住の言う事を無視するように、ツルカにジュースを買うためのお金を渡した。そして、そのまま逃げるようにして公園から出て行く。

「待ってください! 私は了解してません!」

「俺はタバコ買いに行ってくる。任せたぞー。」

 ランベルトは意味深な笑みと共に立てた親指を結城に見せ、そそくさと去っていった。

「ほらー、行こうよカズミー。」

 ツルカは問答無用で鹿住のフードを引っ張っていた。

 鹿住はそれに対抗するように両手でフードの端を押さえる。

「引っ張らないでください。……く、苦しいです。」

「早くついて来ないと、窒息するかもしれないよー?」

「わかった、わかりましたから……。」

 しかし、ツルカが手を緩めることはなく、鹿住は文字通りツルカに引きずられて行った。

 公園から出る際、ツルカは結城に向けてウインクした。

(2人とも……ありがとう。)

 おかげで、結城は諒一と二人きりになることができた。

 結城はこのチャンスを無駄にしないよう、何を言うべきか心のなかで整理しつつ、諒一が座っているベンチに向かう。

 諒一は海を眺めているようで、微動だにしない。

「隣、座るぞ。」

 結城は背後から声をかけ、返事を聞かずにベンチに座った。

 諒一は結城に対して何も反応しないで、ひたすら海を眺めていた。遠い所を見ているのか、波に反射する光が眩しいのか、諒一の目は細められていた。

「何か見えるのか?」

「……。」

 公園のベンチからは海しか見えなかない。諒一は一体何を見ているのか。それをぼーっと考える。

(……。)

 広い空間を見ているだけでも心が安らぐものだ。

 結城は諒一と共感するべく、諒一が思っていることを想像し、口に出してみる。

「やっぱり海は広いなー。」

「……。」

 諒一から返事はない。

「ついでに大きいな。なんて、はは……。」

「……。」

 その後、しばらく沈黙が続いた。

 どうしようも無くなった結城はストレートに質問する。

「諒一、なんで怒ってるのか教えてくれないか?」

 諒一はその言葉に反応し、海を見たままゆっくりと答える。

「……怒ってはいない。」

「私がなんか悪いことでもしたのか?」

「そんなことはない。」

「こんな諒一見るの初めてだから……どうしたらいいかわからないんだ。」

「どうもしなくていい。放っておいてくれ。」

 諒一は最低限の事しか言わず、怒っている理由については話すつもりはないようだった。

 結城はベンチから立ち上がって諒一の正面に立つ。

「どうしてだ、今までそんなこと言わなかったのに……。」

「……あまり気にするな。別に結城が嫌いになったわけじゃない。結城はいつも通りにしていればいい。」

 諒一の頑なな態度を見て結城は諦めた。

 どうすれば諒一の本心を知ることができるのだろうか、仲直りできるのだろうか。結城は途方に暮れ、力無く呟く。。

「いつも通りって……。諒一こそいつも通りに戻ってくれよ……。」

「……それは」

 諒一が口を開けたその瞬間、その声を遮るように結城の背後で轟音が鳴り響いた。

「!?」

 慌てて振り返り海を見ると、遠く離れた場所で水柱が発生していた。

 水柱の高さは見上げるほどあり、海面にはっきりとした影を作っていた。

(……事故か?)

 やがて、水柱は形を崩しながら海の中へ戻っていく。その時に再び大きな音を発生させた。

 水柱が立った周辺には細かい水滴が発生し、そこだけ雨が降っているように見えた。

「おぉ、やってるやってる。」

 タバコを咥えながら、ランベルトが公園に戻ってきた。その視線は水柱のあった場所ではなく、別のところに向けられていた。

 結城はランベルトが向いている方向を見る。

「戦艦……?」

「あれは戦艦じゃなくて『E4』が所有してる実験フロートだ。」

 結城の視線の先には巨大な船があり、こちらのフロートユニットのすぐそばに停泊していた。

 また、その先端部分には大きな砲身が見え、それは200メートルを優に超えていた。

「……ん? あれはなんだ?」

 よくみると、その砲身は船にくっついておらず、根元部分にいるVFがそれを持っていた。

 砲身にVFがくっついていると言えなくもない。

 ランベルトにはVFがみえていないらしく、長い砲身について答える。

「新型の電磁レールガンのお披露目会らしい。」

「電磁レールガンって立派な兵器じゃないか……。こんな近くでやるなんて、危ないな……。」

 結城の意見も虚しく、先ほどの轟音から30秒としないうちに2発目が発射される。

 すぐさま遥か彼方で水柱が上がるのが見えた。一回目の水柱よりも小さく見え、かなり遠くまで弾が飛んでいったことがわかった。

「速いなぁ……。それに、あんなに遠くまで……」

 諒一と会話していたことも忘れ、結城は夢中になって電磁レールガンの威力を見ていた。

「本来の射程距離はあんなもんじゃ済まないぞ。通常はいっぺん宇宙に撃ち出すから、目視じゃ着弾を確認できないくらい遠くまで届く。」

「へぇ……。」

「買ってきたぞ。」

 ランベルトが解説をしていると、ツルカが腕いっぱいにジュース缶を抱えて公園に戻ってきた。

 結城はよく冷えたジュースを2本渡され、お礼を言う。

「ありがと、でも一本で十分……」

「リョーイチに渡してあげて。」

(そういうことか。)

 ツルカに言われ、結城は諒一にジュースを渡す。しかし、諒一は何も言わずに受け取った。

 そして、諒一はそのまま飲み始めた。

「おい、カズミはどうした?」

 一人足りないことに気付いたランベルトは周囲を見渡した。そんなランベルトを見てツルカは呑気な声で言う。

「もうすぐ来ると思うぞ。」

 ツルカが言ってすぐに鹿住が戻ってきた。そして実験フロートの上にいるVFを見て言う。

「あのVFは……『ヴァルジウス』ですね。一度だけ試合を見たことがあります。」

 舌を噛みそうな名前だなと思いつつ、結城は疑問に感じたことを言う。

「VFに持たせるより、固定して使ったほうがいいと思うんだけどなぁ。」

 その疑問に、ランベルトがすぐに答える。

「宣伝してるのさ。ほら、あそこにスーツ着たおっさん共が集まってるだろ?」

「宣伝?」

「電磁レールガンは値が張るし消費エネルギー量も大きい。しかし、それに見合うだけの破壊力を持つ必殺必中の兵器だ。……買いたい人間は山ほどいるだろうよ。」

 実験フロート付近ではスーツ姿のおっさんの他にも、軍服を着た人もそこそこ見られた。

 別にこんな場所でやらなくてもいいと思ったが、ここでやるからにはそれなりの理由があるのだろう。

「……わざわざヴァルジウスを使ってるところを見ると、今アレに乗ってるのもE4の専属ランナーだろうな。」

「ふーん……。ってまさかアレ使う訳ないよな?」

「あんな大きな物を使うのは無理でしょう。あんな大きなものは持てませんし、試合中に発射するためのエネルギーを確保するのも不可能です。」

 鹿住に同意するようにランベルトが話を続ける。

「ま、アレまでとは行かないが、次の試合では小型競技用レールガンを使ってくるだろう。」

「次の試合?」

「組み合わせ表見てないのか? 次の対戦相手はE4だぞ。」

「そうだったのか……。諒一は知ってたのか……あ……。」

 いつの間にか、諒一の姿は消えており、ベンチには空になったジュース缶が置かれていた。

(しまった……。)

 仲直りには時間がかかりそうだ。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 次の話では、結城と諒一の関係に危機が訪れます。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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