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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
秒速5キロメートル
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【秒速5キロメートル】序章

 続きを読んで下さりありがとうございます。

 第2部『秒速5キロメートル』です。

 何かをもじったようなタイトルですが、気にせず最後までお付き合いいただけるよう、お願い申し上げます。

序章


 2NDリーグの強豪チーム『クライトマン』との試合に負けてから1週間後。

 結城は学生寮の自室で休日の午後を過ごしていた。

 現在、結城は椅子の背もたれに体重を預け、両腕を床に向けて伸ばしていた。それは、くつろいでいるというよりは、ぐったりとしているように見えた。

 結城は座ったまま眠っているようで、ゆっくりとした呼吸が規則的に繰り返されていた。そして、その寝息が聞こえるほどに部屋は静かであった。

 正面にあるテーブルの上には空になったグラスがあり、そのすぐ横には赤色チェック柄のエプロンが無造作に置かれていた。グラスの表面には水滴がついており、それはテーブルの上に滑り落ちてエプロンを少しずつ濡らしていた。

 部屋の電灯は付いていなかった。外から入ってくる光で十分なのだろう。正午過ぎの太陽光は結城の部屋を薄明るく照らしていた。

 静寂に包まれ結城がまどろんでいると、それを破るかのようにドアをノックする音が部屋に響いた。

 結城はその音を聞いて目を覚ました。

(誰だろう……。)

 結城は椅子から立ち上がると、テーブルの上からグラスを手に取り口元に持っていった。

 ……傾けても冷えた水は口の中に入ってこない。

 グラスを45度ほど傾けたところで、中身がない事にようやく気付き、結城はそれを元の位置に戻した。

 ドアのノックは先ほどから5秒間隔で続いており、それはドアを開けるのを催促しているようにも聞こえた。 

「今開けまーす。」

 ドアの向こう側に聞こえるほどの声で言うと、結城はゆっくりとドアに近づく。そして、相手を確認すること無くドアを開けた。

「起きていたのか。あと少しで管理人さんを呼びに行くところだった。」

「諒一……。あぁ、そうだった。今日は土曜日か……。」

 ドアの向こう側には諒一がいた。

 諒一の肩には大きなバッグが掛けられており、手には鍋が握られていた。

 その鍋からは、だし醤油の香りがしており、結城はそれを嗅ぎつつ諒一を部屋に上げた。

 諒一は靴からスリッパにはきかえて、リビングへと入っていった。

「体の具合はどうだ。」

「今朝やっと太股の痛みが取れたんだ。」

 そう言って軽くもも上げをして見せる。それを見た諒一はほっとした表情を見せた。

「ホントならもっと早く治るはずだったんだけど、学校で無理矢理運動させられてだな……。」

 結城は、リオネルと試合をしてから3日とせずに、『VFマネジメントコース』から『VFランナー育成コース』に変更をさせられていた。そして、わけのわからないままこの一週間ほどひたすら運動させられたのだ。

 筋肉痛だった結城にとって、これは過酷な授業だった。

「VFランナー育成コースか……。聞いた話によると基礎体力作りで約3割がコースをやめてしまったらしい。」

「そんなに!?」

「初年度だから、学校側は授業料よりも実績が欲しいようだ。これからどんどん厳しくなるはずだ。」

「そんなの聞いてない……。」

 ただVFに乗ってわいわいするだけのコースだと思い込んでいた結城は、諒一の話を聞いてあからさまに嫌な顔をした。

「……ともあれ、筋肉痛が治ったのなら良かった。」

「うん。完治したから、運動も少しは楽になるかな……。」

 筋肉痛でもあの運動に耐えたのだから、これ以上地獄を見ることはないだろう。

 そう思っていると、今度は諒一が一枚のプリントを差し出してきた。

「何?」

 結城はそれを受け取るとテーブルの上に置いて椅子に座った。

 ……プリントを見てみると、なにやらたくさんの数字が並んでいた。

「資金援助の件、色々と調べたんだが、やっぱりわからない。」

 悩ましい声で言うと、諒一は鍋をテーブルに置いて、向こう側の椅子に座った。

 結城はプリントを詳しく見るつもりはなかった。なので、テーブルの上でプリントを滑らせ、諒一の目の前まで移動させた。

「別にいいじゃないか。わからなくても困ることはないだろ。」

「正体のはっきりしない団体から援助を受けるだなんて、結城は不安にならないのか?」

「不安も何も、きちんとお金は貰えてるんだし、気にすることはないだろ。バイト代もたんまりもらえたし。」

「確かに、それはそうだけれど……。」

 ランベルトから受け取った額を思い出し、結城は思わず顔がにやけてしまった。

 諒一は結城よりも多く貰ったはずなのだが、全てVFBのグッズに消えたようだった。

「それに、わざわざ偽称してまで援助してるんだから、知られたくないんだろ。」

「そうなのか……。」

「変に探ったら援助がストップしてしまうかもしれないぞ?」

「それでも……。」

 結城は諒一の態度を見てうんざりしていた。白黒はっきり付ける性格がここまで裏目に出てしまうと、逆に清々しい気がしないでもない。

「んん……。」

「あ、起きたのか、ツルカ。」

 寝室へと繋がるドアが空き、ツルカがリビングへと出てきた。ツルカはパジャマを着ており、眠たげに目をこすっていた。

 ……口論しているうちに声が大きくなっていたらしく、そのせいで起こしてしまったようだ。

 ツルカを見た諒一は、動揺しているのか、椅子から腰が数センチほど浮いていた。

「これはいったいどういう……」

「あれ、一緒に住むことになったって言ってなかったっけ?」

 事前に伝えていれば、今こうやって諒一が動揺しているはずがない。

 ……結城はここ一週間ほど、諒一と連絡していないことを思い出した。

「……言ってなかったな。」

「コースを変更したと聞いたときに気付いておくべきだった……。」

「一人くらい増えたっていいじゃないか。」

 諒一と会話していると、寝ぼけたツルカが諒一の傍らまで移動してきた。

「……。」

 何をするのだろうかと思っていると、ツルカはそのまま諒一の膝の上に座った。ツルカが乗ったことにより、諒一の浮いていた腰は椅子に戻された。 

 ツルカは呂律の回っていない口調で挨拶をする。

「おはようユウキ。」

 現在諒一が座っている場所は、ツルカの定位置である。そのため、ツルカはいつも通りの行動を無意識のうちに行ったのだろう。

「……うわ!?」

 ようやく違和感に気づいたツルカは、素早く諒一の膝から降り、体の正面を諒一に向けて構える。

「おはようございます。」

 しかし、諒一に挨拶されて、ツルカは構えを解いた。

「本当にこの部屋に来てたんだな、リョーイチ……。」

 ツルカは一気に目が覚めたようで、先ほどの挨拶とは違って滑舌がはっきりしていた。

「結城の部屋には毎週来てますよ。」

「毎週って……。あっちじゃ気まずいからこっちに来たのに……これじゃ同じじゃないか……。」

「なんか言った?」

「何にも言ってないぞ。」

 ツルカはテーブルをぐるりと回り、結城の隣の席についた。

「そうだ諒一。今度からはもうこなくていいよ。家事は2人で分担してするようになったから。」

 この一週間でおおかたの分担が決まり、結城とツルカは順調に家事を行った。その成果は既に眼に見える形で現れ、諒一ほどではないが、部屋もそこそこ綺麗に保たれていた。

「そうか……。」

「今まで1年間ご苦労さま。」

「そういえば、一年間も掃除していたのか……。」

「来られなくなって寂しいのか?」

 結城は諒一の表情を覗うように見つめる。しかし、諒一は相変わらずの無表情で結城の問に応えた。

「そんなことはない。……本来なら出来て当然のことだ。」

「ちょっとくらい褒めてくれてもいいじゃないか。」

 諒一は結城から視線をそらす。そして、その視線はツルカに向けられた。

「ありがとう、これもツルカのおかげだ。」

「そう……かな?」

 急に話をふられて、ツルカはしどろもどろに言った。

(認めざるをえない……。)

 照れ隠しのために言ったのだと考えたが、それが紛う事無き真実だったので、反論することは出来なかった。 

 ちょうどその時、キッチンから調理終了を告げる電子音が聞こえてきた。

 結城は急いでキッチンへと向かう。そして間もなく、料理の入ったフライパンを持ってリビングに帰ってきた。

「じゃーん。ランチでーす。」

 テーブルに置いてフタを開けると、湯気と共に魚のいい香りが部屋に広がった。

 結城はそれをテーブルに置くと、食器棚から皿とコップを取る。そして、その皿に魚料理を盛りつけた。

 ホイル焼きにされた鮭は2人分しか無く、結城はお皿を持ったまま固まってしまった。

「諒一の忘れてた……。」

「ボクはいいからリョーイチが食べなよ。」

 遠慮するツルカを見て、それに従いそうになった結城だったが、テーブルの上に諒一が持って来た鍋を見つけて、お皿をツルカの前に置いた。

「いいのいいの。諒一は自分が持って来たの食べればいいんだし。」

「……。」

 諒一は急に立ち上がり、鍋を手に取った。

「……もうやることもないようだし、帰る。」

「そこまでは言ってないだろ!! せっかく来たんだからランチくらい一緒に……。」

「……帰って食べる。」

「待てって!!」

 結城の言葉を無視して、諒一はリビングに背を向け玄関に向かって歩き出す。

 いきなりの出来事に驚いたが、結城はそれを止めるべく諒一の後を追った。 

「もう来週からはこっちに来ない。」

「何怒ってるんだ……あっ。」

 結城が諒一の背中を引っ張ると、諒一の手から鍋が滑り落ちた。

 保温性に優れた鍋からは熱いスープが飛び散り、その一部が結城の足に掛かってしまった。

「あつッ!!」

 熱いというよりも痛いという感覚が結城の足に走った。

「大丈夫か!?」

 火傷をした結城を見て、真っ先に飛んできたのは諒一ではなくツルカだった。

「平気、ちょっと散っただけ。」

 ツルカはスープの掛かった部分のズボンを捲り上げて、ヤケドの具合を確かめた。

 幸い、大事には至らなかったようでツルカは安堵の溜息をついた。

「いいから、はい炎症用スプレー。」

「悪いな、ツルカ。」

 スプレーをかけ始めるとすぐに痛みは引いた。

 その間、諒一は中身のこぼれた鍋を拾い上げ、じっとこちらを見ているだけだった。

「もう、諒一が無理に行こうとするからだぞ? ……いいから拭くもの持って来て。」

 結城は、廊下にこぼれたスープを片付けるべく諒一に命令する。

 しかし、諒一はそれを無視して再び背を向けた。

「……掃除も自分だけでできるんだろ。」

 小さな声で呟くと、諒一はスリッパから靴に履き替え、ドアノブに手をかける。

「帰るのか!? 手伝えよ、この料理諒一のだろ?」

「……ごめん。」

 最後まで結城を無視し、謝罪の言葉と共に諒一は部屋から出ていっていしまった。

「なんだよ、もう……。」

 結城はすぐにでも追いかけようとしたが、ヤケドのせいで動けなかった。

 ……片付けが終わる頃には、魚料理はすっかり冷めてしまっていた。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 4/2に投稿した物と違って、ここからはまだ続きを書いていないので、投稿は2週間隔くらいになると思います。読みやすい文章になるように頑張りたいです。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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