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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
全ての始まり
6/51

【全ての始まり】第五章

 前の話のあらすじ

 始めは上手くいかなかったものの、結城はゲームと同じようにVFを操ることに成功した。

 その最中、アール・ブランの対戦相手チーム『クライトマン』のVFランナー『リオネル』が乱入し、散々悪態を付き、結城たちを貶めた。

 激怒した結城はアール・ブランのVFランナーとして、リオネルと対決することを決めた。

5章


  1


 試合当日、結城はアール・ブランのラボに来ていた。

既にスタジアムには観客が入場しているようで、そのざわめきがラボにまで届いていた。

 結城はランナースーツに着替えており、前屈したり、アキレス腱を伸ばしたりして、準備運動をしていた。

「いよいよか……。ぶっつけ本番ってところだな。」

 色々トラブルがあったらしく、結局結城はあれから一度もVFに乗っていなかった。また、セブンもあれ以降ゲームにログインすることはなく、結城は独りでゲーム内で練習を行う以外にやることがなかった。

 そのため、作戦はバッチリだったが肝心のVFに慣れるための練習が出来ずにいた。イメージトレーニングに励み、操作に自信はあるものの不安がないわけではなかった。

 ラボ内ではランベルトが忙しく動いており最終チェックを行っていた。諒一は操作パネル付近で何か別の作業を行っていた。

 VFのチェックが全て終わるとランベルトはVFから少し距離をとって全体像を眺めていた。アール・ブランのVFは相変わらずツギハギでボロボロだったため、整備が終わっているのかどうか、結城からは全く判断できなかった。

「間に合ってよかった。パーツの配送が遅れるって連絡を受けた時は肝を冷やしたが、案外なんとかなるもんだな。」

 試合開始前になってようやくVFの整備を終わらせたランベルトは、額の汗を拭った。通常は4人以上で行う作業なので、汗をかくほど疲れるのは当然のことだった。

「なるべく実物で練習させてやりたかったが、……悪いな。」

 VFの準備がこれほど遅れたのには理由があった。それは、材料の疲労により壊れた部品の交換が大幅に遅れてしまったからである。

 話によれば、天候不順が部品の輸送を大幅に遅らせたらしい。

「ランベルトのせいだったら怒るけど、流通が原因なんだから仕方ないだろ。」

 結城はランベルトに同情したが、ランベルトは申し訳なく感じているようで、自分を責めるように坊主頭をかきむしっていた。

「ここに長く住んでるとあんまり天気のことを気にしなくなるからな。……パーツももっと早めに交換しておくべきだった。」

「気にしなくていいよ。間に合ったんだから。」

「そう言ってもらえるとありがたい。……よし、起動させるか。リョーイチ頼む。」

 ランベルトは操作パネルのある場所まで行き、諒一に指示を出した。

「了解。」

 諒一はVFを固定する器具のロックを解除すると、起動スイッチを押した。

 ……しかし、VFは起動せず沈黙を保ったまま横たわっていた。VFは起きるどころか、動く気配すらなかった。

「どうした?」

 異変を感じたランベルトはコンソールに表示されている数値に目を通し、エラーが発生していないかを調べ始めた。諒一もランベルトと同じようにコンソールを注意深く見つめていた。

「なぜ起動しないんだ? 電源は入れたはず……。」

 諒一がそう呟いた瞬間、VFの後頭部から火花が散り、「バチッ」という炸裂音と共に煙が上がり始めた。遅れて焦げ臭いにおいが結城まで届いた。

「早く電源を落とせ!!」

 先程まで正常だった数値が、一気に異常値になり、警告メッセージが無数に表示されていた。

 諒一は、ランベルトの指示を受けて電源を遮断するように操作したが、VFの後頭部からは火花が散り続けており、挙句の果てには電源ケーブルとの接合点から炎が上がり始めた。

「……駄目だ、こっちの操作を受け付けない。」

 必死に電源を切断しようとする諒一だったが、その努力は報われそうになかった。

……手をこまねいている間にVFはどんどん損傷していく。

 結城はその光景に驚き、VFをじっと眺めていた。VFが壊れるところはさんざん見ていたが、燃えているのを見るのは初めてだった。

「くそっ!」

 ランベルトは警報装置が設置されている場所に向けて走りだした。

 ……が、その前に事態は収束した。

 いきなりエラー音が止まり、VFの後頭部から出ていた火花も止んだ。そして、コンソールにはケーブルの接続が解除されたことを示すエラーだけが残り、それ以外は綺麗に消え去っていた。

 電源ケーブルは大きな斧によって切断されていた。斧の刃は床にしっかりと突き刺さっており、太くて頑丈なはずのケーブルの断面が綺麗に見えた。

 斧の木製の柄を両手で持っていたのは老人の作業員だった。老人は床に刺さったままの斧から手を離し、咥えいていたタバコを口から離した。

老人は口からタバコの煙を吐き出すと、足元においていた消化器を片手で持ち、VFの頭部目がけて消火剤を噴射し始めた。

「すまんじいさん、助かった。」

「……。」

 老人の作業員はランベルトをちらりと見ただけで返事をしなかった。

 火が消えると老人は消化器を持ったまま電源装置に向けて歩き始めた。手動で装置を停止させるためだろう。ケーブルにはまだ電気が流れていて、危険な状態だった。

 とりあえず危機が去ったとわかると、ラボ内にいる全員が胸を撫で下ろした。

「何が起こったんだ?ただの整備不良にしては大げさだったような……。」

 結城はとっさに被っていたHMDを脱いで、脇に抱えた。鼻とヘルメットに挟まれたせいでメガネのフレームは少しだけ曲がっており、鼻の根元にはそのフレームの跡が残っていた。

 諒一は原因を探るべく、詳しい情報のログに目を通していた。

「……不正アクセスの跡は見当たらない。外的要因じゃないとすると、問題は……。」

 諒一と結城はランベルトに視線を向けた。ランベルトはそれに気づくと反発した。

「俺のせいか?VFに問題はなかったはずだぞ。諒一も確認しただろう。」

「確かに、最終チェックでも問題点はなかった。」

「じゃあ装置の故障ってことになるな。本当に運が悪いんだな、このチーム。」

 VFの頭部は焼けて黒く変色していた。これが、頭部以外の場所ならば試合に出られたかもしれない。結城は試合に出られないと悟り、やる気が一気に無くなった。

 結城がげんなりとしていると、いきなり諒一がものすごい勢いでコンソールを操作し始めた。そして、画面に表示されたある部分を指さした。

「これは……。」

 それを見たランベルトは、眼の色を変えた。結城も画面に表示されている文字を見たが、それが何を意味しているのか全く分からずきょとんとしていた。

「何か分かったのか?」

 ランベルトは結城の言葉を無視して諒一と同じようにコンソールを操作し始めた。

「このアクセスは……このラボ内からだ。場所は……あそこか。」

「離せ!!」

 結城の視線の先、アクセスがあったと思われる場所から少女の声が聞こえてきた。

 そこは電源装置のある場所だった。そして、その装置の裏側から老人によって捕らえられた少女が現れた。

 ……それはリュリュだった。その手には特殊な形をした端末が握られていた。

 リュリュは抵抗していたが、老人に掴まれた手を捻られるとおとなしくなった。

「あうぅ……。」

 痛みに慣れていないのか、リュリュは情けない声をあげたっきり何も喋らなくなった。

 ランベルトはコンソールから離れると、リュリュに大きな声で話しかけながら近づいていく。

「お前はリオネルと一緒にいた……、お前がやったのか!?」

「……。」

 リュリュは口をへの字に結び、ランベルトと目を合わせないように顔を横へ向けていた。

「なるほど、流通ルートに圧力をかけたのもお前の仕業だったのか。」

「何のことですか。わたしは知りません。」

「いい加減にしろよ!」

 不貞腐れたように喋るリュリュに向けて、ランベルトはさらに大きな声を出した。

「この件を委員会に報告すれば、クライトマンは不戦敗どころか、大会の出場権を剥奪されるに違いない。」

「……。」

「軽くても一定期間の出場停止は免れないだろうな。」

 とうとうランベルトはリュリュに手が届く範囲にまで接近した。

「直前になってこんなことをするとは……。リオネルはああ言ってたが、負けるのが怖くなったのか?」

 リオネルの名を出されて、リュリュは言い返した。

「あれはお兄様個人の意見であって、チームの総意ではありません。」

 リュリュはランベルトを睨みながら話を続ける。

「素人と試合をして相手を死なせでもしたら、クライトマンの人気が低下します。リスクを回避するのは当然のことです。……もとはといえば、素人を試合に出そうとしているあなた方が悪いんです。」

 VFを壊したことが露見し、さらに拘束され、窮地に立たされているというのに、リュリュは自分の非を認めようとしなかった。

「黙ってろ。今すぐ委員会に報告してやる。」

「……委員会に何を報告するのですか?」

「とぼけるつもりか?」

 リュリュは得意げな顔で語り始めた。

「不正アクセスの証拠はありませんし、電圧の設定を間違えてしまうことも有り得ない話ではありません。」

「間違えるわけがないだろ。こっちはプロだぞ。」

「そうでしょうか。整備の資格を持っていない学生がいらっしゃるようですが。彼なら間違えることもあるのでは?」

 彼、と言ったリュリュの視線の先には諒一がいた。

「そんなわけないだろ。リョーイチはこの一年間、ミスを一度も起こしたことがない。それに、電源の制御はすべてオートだ。人為的なトラブルが起こることはまず無い。」

「そうですか。彼は一年間もここで“働いていた”のですね。」

 リュリュは確認するような口調で言った。

「資格を持っていない未成年の学生を、保護者の了承を得ず、労働契約も結ばないで、無賃金で働かせていた。……この事実を報告すればVFB委員会も労働局も黙ってはいないでしょうね。チームは出場停止、いえ、除名処分を受けるでしょう。」

 ランベルトは苦虫を潰したような顔をした。

 結城は、パッと見中学生の女の子をマネージャーとして働かせているクライトマンもどうか

と思ったが、それよりも諒一が無賃金で働かされていたことに驚いていた。

「諒一、ただ働きさせられてたのか……。」

 結城は哀れみの気持ちでもって諒一に話しかけた。すると、諒一はメモ帳を取り出し、働いていた時間を計算し始めた。

「多くても週1回。手伝い始めたのは半年前からだ。合計で百時間にも満たない。」

 メモ帳は細かい文字によってびっしりと埋め尽くされていた。

「きっちり記録してるんだ……。それじゃ誤魔化せないな。」

 それ以前に、会社の立ち入りはすべて記録されているので、リュリュが委員会に問い合わせれば言い訳のしようがなかった。

「構いやしねぇよ。棄権なんて絶対にしないからな!!」

 ランベルトは半分ヤケになりながらリュリュに言い放った。

「お好きにどうぞ。その壊れたVFで試合できるとは思えませんが。」

「急いで換装、修理すれば試合には間に合う。」

「満足に動けないVFでクライトマンと戦うのですか。……ランナーを殺すつもりですか?」

 リュリュはちらりと結城に目線を向けた。

「タカノ様もこんなVFで試合に出たくはないでしょう。装甲も薄いようですし、コックピットを狙われたらひとたまりもないですよ?」

(壊した本人に言われる筋合いはないだろ)

 例え危険だと言われても、結城は棄権するつもりは全くなかった。

「もしかして私のこと、只の下手な素人だと思ってるのか? ……チームの人気を心配する前に、リオネルが私に勝てるかどうかを心配したほうがいいぞ。」

「……!?」

 結城の自信のある返事を聞いて、リュリュは言葉を詰まらせた。

「さっさと出て行け!」

 ランベルトの意向を汲み取り、老人はリュリュの拘束を解いた。ようやく解放されたリュリュは、握られていた部分をさすりながら出口へと向かった。

「タダ働きの学生の件で警察のお世話になりたくないのなら、わたしがここにいた事は忘れてくださいね。」

 そして、捨て台詞と共に堂々とラボから出て行った。

 結城はリュリュがラボから出ていったのを確認すると電源装置の裏側を見た。

注意深く見ると足元に幅50センチくらいの穴があり、しゃがんで中を覗くと、そこそこ広いスペースがあった。中には食べかけのスナック袋や携帯食料、畳まれた寝袋が置いてあり、少なくとも一泊はここにいたようだった。

(いつから侵入してたんだろ……。) 

結城はリュリュの潜入工作員としてのスキルに感心していた。

 ……ランベルトは、諒一や老人と共にVFの頭部の取り外し作業に入っていた。素人目から見てもすぐに修理できるレベルの破損ではなく、その修理すら絶望的に思えた。

「まるごと交換するしかないですね。」

「交換するための予備パーツが無いんだよな、これが。」

 諒一の提案に落胆した様子でランベルトは答えた。

 このままでは不戦敗になるのは避けられず、結城は足りない脳みそを振り絞っていい案が浮かぶことを願っていた。

「ユウキ、早くしないと試合が始まってしまうぞ。」

「あれ、ツルカ!?」

 何処からともなく現れたのはツルカだった。

ツルカは制服を着ており、手には観賞用の低倍率の双眼鏡が握られていた。

「今日は課外授業で試合見学だ。ハンガーに誰もいなかったから、こっちまで来てみた。」

 ランベルトたちはツルカに構っている余裕はないらしく、来訪者の相手を結城に任せて黙々と修理作業を続けていた。

「みずくさいな。試合に出るなら教えてくれても良かったのに。」

「何でそのことを……。」

「何でって、……ここにユウキの名前が書いてるぞ。」

 ツルカは結城の名前が印刷された紙を取り出すと結城に渡した。それは、大会側が正式に配布したものではなく、ファンが勝手に作った組み合わせ表だった。

「今朝、これを見たときは見間違いかと思ったんだが、本当だったんだな。」

 ツルカから渡されたビラを見て結城は自分の名前を見つけた。幸い、名前以外の情報は書いていなかったが、同じクラスの学生や寮生には、気付いた者もいるだろう。

 諒一は作業を中断して、結城が持っているビラを覗き込んできた。

「基本的に個人情報は委員会で管理されているから、滅多なことでは情報は漏れない。……多分、クライトマンのあの女の子の仕業だろう。」

 本名を出すことにより怖気付くと思ったのだろうか。

確かに、いい気分ではなかったが、その程度で棄権するつもりはない。しかし、棄権したくなくても棄権せざるを得ない状況になりつつあった。

 ツルカは、結城が試合に出るということを無邪気に喜んでいるようだった。

「無名の女性ランナーが出場するって事で、観客の数もいつもより多いぞ。これで、ユウキが女子学生だってことも知れたらみんな驚くだろな。」

「ツルカ、実は今日の試合、棄権するかもしれないんだ……。」

 結城の言葉にツルカは直ぐに反応した。

「なんでだ?」

「見れば分かるだろ。VFが壊れててまともに動きそうにないんだ。」

「VF?」

 結城が指さした先には頭部が無くなっているVFが横たわっていた。が、ツルカは“今さら何を言っているのだろうか”という表情を見せた。

「……VFならもうハンガーにスタンバイさせてるじゃないか。」

 ツルカは、つい先程見てきたかのように話し、嘘を付いているとは思えなかった。


  2


「ほら、こっち。」

 ツルカの言葉を受けて、結城は小さな扉からスタジアム内へと入った。

結城はランナースーツを他人に見られないようにするために諒一の上着を羽織っていた。これは、ただ単にこの姿を赤の他人に見られるのが恥ずかしいからで、特別な理由はなかった。

 ……ツルカの言うことを信じた結城は、諒一とツルカと共にスタジアム内にあるハンガーに急いで移動していた。

「勝手にハンガーに入ってもいいのか?」

「いいのいいの。ユウキはもうアール・ブランのランナーなんだし。それに、誰にも見られなければ問題なし。」

 ツルカは裏口を通って、ものの数分でハンガーの非常口まで到達した。

 ツルカに先導されてハンガーに入ると、結城は先程のツルカの言葉が嘘でなかったということが分かった。

「何だこのVFは……。」

 ツルカの言う通り、ハンガーの搬入口付近には見知らぬVFがあり、輸送用の巨大なケージに固定されていた。

 ハンガーが暗いせいで頭部まで見ることが出来なかったが、胸部には規格どおりのコックピットが搭載されており、これが競技用のVFだと判断できた。

全身は血で染められたような赤い色で塗装されており、加えて全体像が見えなかったので、暗闇のなかでそのVFは不気味に見えた。

 ツルカは結城と諒一の反応を見て、困惑の表情を浮かべた。

「これって、アール・ブランのVFじゃなかったのか?」

「違う。もしそうならランベルトさんが隠しているはずがない。」

 そもそも、資金難に陥っているチームが、新しくVFを用意するのは不可能な話だった。

 結城はある可能性に思い至り、それをツルカに話す。

「もしかして、こっちのチームのVFが貧相でかわいそうだから、ツルカがキルヒアイゼンのVFをプレゼントしてくれた……?」

「さすがに、ボクの力だけじゃVFをどうこうするのは無理だ。」

 キルヒアイゼンのVFは1STリーグ用にセッティングされているので、もしそれで試合に出ようものなら、即失格になったことだろう。

「第一、ウチのチームはこんなVF持ってないぞ。」

ツルカの言葉に続けて諒一が付け足す。

「……それどころか、どのチームもこのVFを所有していない。今まで一度も見たことないしデータベースにも載っていない。」

その諒一の話によって、結城が予想していたもう一つの可能性も無くなった。

(どっかのチームの手違いで、このハンガーに運びこんでしまった可能性もゼロか。)

「まぁ、よく分からないけど使ってもいいだろ。ロックも掛かってないみたいだぞ。」

 結城たちが止める暇もなく、ツルカは勝手にケージのロックを解除した。

 解除したことにより、VFを固定していた器具が外れ、VFは自由になった。それと同時に補助電源が入り、謎のVFはバランスをとって直立した。

 諒一は謎のVFの詳しい情報を得るためにケージに備え付けられている情報端末に近付いた。

 そして、操作するべくコンソールパネルを開けると、その扉の内側に手紙を見つけた。

宛名には『高野結城様へ』と日本語で書かれてあった。

「メッセージが貼ってある。『日本VF事業連合会』……。」

「何か分かったのか?」

「手紙があった。結城宛だ。」

 諒一はその手紙の封を開けた。すると中から一枚の便箋が出てきた。便箋は高級な紙のようで、通常のものより厚く、手触りはザラザラとしていた。そして、文章はとても長く、日本語で書かれていた。

 結城は諒一から手紙を奪って中を見る。

「うわ、長い。」

ツルカも結城から手紙を奪い取り中を見た。

「……読めない。」

 諒一はツルカから手紙を受け取ると、声に出してそれを翻訳しながら読んだ。

「……『初めてメッセージを差し上げます。我々は日本VF事業連合会VFB推進委員会です。高野結城様、今回はVFB公式リーグ出場おめでとうございます。日本人女性が公式リーグに出場することは初めてのことであり、日本のVFBファン共々、大変誇りに思っております。』……」

「前置きが長いな。」

「へー、日本女性で初めてなのか。」

 女性陣の反応を見て、諒一は中間部分の文章を飛ばした。

「『……ところで、高野様の所属するチームが資金難に陥っており、スペアのVFが無いという情報を耳にいたしました。つきましては、我々が研究開発したVFを贈らせていただきます。予備のVFとしてどうかお役立てください。我々は高野様の勝利を強く願っています。』」

 結城は手紙の内容を聞いて興奮していた。

「要するに、日本からの贈り物ってことか……。よくこんな物日本から送ってきたな。」

 諒一は結城と違って落ち着いていた。

日本製の珍しいVFなのに、嬉しそうにしていない諒一を見て、結城は不思議に思った。

「事情はよくわからないけれど、とりあえずランベルトさんに連絡する。壊れたVFを修理するよりも、こちらのVFを使うほうがいいかもしれない。」

「使うって言ったって、私に合わせた調整が必要なんじゃないのか?」

 結城が喋り終えると同時にアリーナの方向から大きな歓声が聞こえてきた。試合開始まで後5分、歓声はアリーナに入場したリオネルに向けて発せられたものだと予測できた。

「もう時間がない。結城はこれに乗ってスタンバイしておいてくれ。」

 そう言うと、諒一は携帯端末を操作しながらハンガーを後にした。

 ごちゃごちゃとしたハンガーに残された結城とツルカは、諒一の指示通りVFの準備にとりかかることにした。と言っても、結城にその知識はなくツルカに任せるより他なかった。

「これ、持ってて。」

 ツルカは、双眼鏡を結城に預けると、VFの脚部装甲の繋ぎ目に手の指を入れた。そして、ロッククライミングの要領でVFの体をよじ登っていった。

 結城が見ている前でツルカはあっという間にコックピット付近に到達した。そして、手動でコックピットのハッチを開けると、中に入り込んだ。 

ツルカの操作により、すぐさまVFはケージの外に移動し、膝を立ててしゃがんだ。

「手に乗ってくれ。」

 ツルカの声と共にVFの左腕が動き、手のひらを上に向けて地面スレスレまで降りてきた。 結城がそれに乗ると手は結城をコックピット付近まで運んでいった。

「ユウキ、交代だ。」

コックピットに到達すると同時にツルカがそこから飛び出した。そして、結城に預けた双眼鏡を受け取ると、VFの体を伝って地面に降りた。

(すごいな、ツルカ……。) 

結城はツルカのお陰で、諒一がいなくなってからものの30秒でコックピットに乗り込むことに成功した。

 中に入りHMDを被ると自動的にハッチが閉じていき、結城の周囲は暗闇に包まれた。しかし、それも一瞬のことで、すぐにディスプレイを通して外の映像が映し出された。

「セッティングはほぼ完了してるな……。」

 特に目立った問題もなくVFは結城のHMDとリンクした。

 視線を下に向けると、VFの足元でツルカはアール・ブランの機材を弄りながらVFの状態を確認していた。

 結城は音声回線を外部スピーカに繋ぎ、ツルカに話しかける。

「ツルカはどう思う?」

「どう思うって、何が?」

「私がVFランナーとして試合に出ることだよ。」

 結城の漠然とした問いに、ツルカはVFの胸部あたりに視線を向け、言い返した。

 始め、その声は小さくて聞き取り辛かったが、向こうのマイクが繋がると明瞭になった。

「逆に聞くけど、ユウキはどう思ってるんだ?」

 結城はすぐに答える。

「そうだな、あまり現実味がないというか……。期待と緊張と興奮を足して3で割った感じ。」

 結城は他人が自分のことをどう思っているか日頃からよく考えていたが、自分が自分をどう思っているかはあまり考える機会がなかった。

「……不思議と不安はないな。」

 あまり勝ち負けにこだわっていないのが、自分の気持を適度にリラックスさせているのだろう、と結城は独自に分析していた。

「ランナーは皆そんな感じだ。一々深刻に考えていたら気が持たないから、気楽に、楽しむつもりで試合をするのが一番だな。」

 そう言うと、間を置いて、ツルカはアリーナの方に顔を向けた。

 ハンガーからは見ることが出来ないが、アリーナでは既にリオネルの操るクリュントスがスタンバイしているに違いない。

「……ボクはユウキが羨ましい。」

 ツルカの口から自然と言葉がもれた。

「ツルカは試合に出ないのか?」

 結城は、ただ単にツルカがVFBに出場したいのかと思っていた。

「いろいろ事情があって、お姉ちゃんとイクセルが試合に出るのを許してくれないんだ。」

 試合でもしもの事があったら危ないからなのか……。事情があると言われて、結城はそれ以上のことを聞けなかった。また、ツルカはイクセルとも仲が悪いようだったし、複雑な事情があるのだと予想していた。

 ……しばらくすると、アリーナへ通じる扉が開いた。何時まで経っても入場してこないので大会側が催促しているのだろう。

 謎のVFに関する情報や武装については何も分からなかった。しかし、VF自体に問題はないので、とりあえず結城はアリーナに出てみることにした。

 歩き出して、結城はこのVFの操作感覚がしっくりくることに驚いた。アール・ブランのVFの操作性がかなり悪いと言えなくはないが、これならば一撃喰らわせるどころか、勝てそうな気さえしてきた。

「ユウキ、この試合が終わったらどうするか、考えているのか?」

「終わったら、か……。」

 どうなるのかこっちが聞きたいくらいだ、と結城は思った。ただ、以前のような退屈な生活を送るだけの日々に戻るつもりはなかった。

「とりあえず、リオネルの吠え面を拝んでから考えることにする。」

「そうだな。」

 その言葉を最後に、ツルカは結城の視界から消えて見えなくなった。

 結城はVFを操作し、半分開いた扉を押し開けて、アリーナに入っていった。


  3

 

 結城がアリーナに入った途端、歓声が結城に浴びせられた。しかしそれは選手に向けた声援というよりは、“リオネルの餌食となる物”として浴びせられたもので、別に応援されているわけではなかった。

 スタジアムに設置された大きなモニターには結城のVFが映しだされていた。結城はそれを見て、初めて自分の乗っているVFの全体像を観察することができた。

挿絵(By みてみん)

 VFは全体的に機能を優先させた造りになっていた。最小被弾面積、最大関節可動域、効率的装甲配置などの機能だけを追求し、それによりデザインが統一され、結果として無駄な装飾がない“機能美”なるものが生じていた。

 誰もが見たことのないVFなので、カメラマンは結城のVFを舐め回すように撮っていた。真っ赤で平坦なボディは映し甲斐が無かっただろう。

 中央まで歩いて、結城はリオネルの乗っているクリュントスと対峙した。クリュントスは5年前とほとんど外見が変わっていなかった。

 クリュントスはランスの穂先を持ち上げて、結城に向けた。それはホームラン宣言をするバッターのようにも見えた。対戦者同士は通信による会話はできない。その為、意思を伝えるにはジェスチャーを使うより他ないのだ。

 結城はゲーム内でこの種の挑発行為を幾度となく受けて慣れていたため、何も反応しなかった。また、大抵そういった安い挑発をする連中にはほとんど負けたことがなかった。

 ランスが下ろされ、声援が収まると、スタジアム中のスピーカーから威勢のいい声が響いてきた。

<さぁ、両者が出そろいました。クライトマンにとってはこの試合が今期初試合となります。昨期は惜しくも昇格試合でダークガルムに敗北しましたが、果たして今期はファンの期待に応えることができるのでしょうか。実況は私、テッド・スペンス、……解説はお馴染み、コリン・ウォーレン。この2人でお送りします。ウォーレンさん、よろしくお願いします。>

<よろしく。>

 威勢のいいテッドの声と対称的に、威厳のある低い声で、解説のウォーレンは挨拶した。

<……クライトマンも気になりますが、それよりも注目すべきはアール・ブランの新型VFでしょうな。>

<私も、気になっておりました。大会側に提出されたデータによりますと、この新型のVFは日本製で名前は……これは何と読むのでしょうか……?>

<これは『アカネスミレ』と読みます。花の名前ですな。>

(すみれ、か。)

 春に紫色の花を咲かせる小さな野草。戦いの道具にしては気の抜けた名前だった。花の名前を使うのに異論はないが、どうせなら“ハイパーエレクトリックスミレ”や“スミレデストロイア”などといった工夫をして欲しいと結城は思っていた。

<さすがウォーレンさん、VFばかりでなく異文化にも造詣が深い。>

<無駄に年はとっておりませんよ。これくらいは常識です。……ところで、花といえば、最近農業プラントにも輸出用の花が……>

 早くも雑談モードに突入した実況解説を聞きながら、結城は武装を確認していた。予備のVFとして送られてきたのでメインの武器はなかったが、小型ブレードの一つや二つはあるだろうと考えていた。

 しかし、いくら探してもそういった類のものは見つからなかった。このVFは機能性だけを追求したものだったので、余計な武器を収納する場所が備わっていなかったのだ。

 そういったスペースは、あれば便利だが、機体の強度を著しく下げる要因ともなる。強度が高いのはとてもいいことだが、武器がなければ勝ちようがない。

 素手で戦うしか無いか、と結城が諦めかけた時、通信が入った。

「結城、聞こえるか?」

 それは諒一からの通信だった。

「ランベルトさんが用意していた武器、無いよりはましだと思って持って来た。」

「無いよりはましってどういう意味だ?」

「……。」

 返事が途切れ、その武器を載せたトレーラーがアリーナの中に入って来た。

 観客全員が見守る中、トレーラーは武器をごろんと地面に落とした。そして、そそくさと戻っていった。

<これは武器なのでしょうか……。ウォーレンさん?>

<私には廃材のように見えますが、武器なのでしょう。>

 武器は棒とも杖ともハンマーとも見て取れるような微妙な形状をしていた。簡単に言ってしまえば鈍器である。御世辞にも使いやすいとは思えず、グリップ部分も粗末で、急ごしらえなのがまるわかりだった。

 棒の先には平たい金属板が固定されていて、棒を挟むようにして2枚の板が貼り合わせられていた。ちょうど、カヌーなどで使われているオールのような形状をしていた。

<武器としてはなかなか良いかもしれませんな。重さはそれだけで破壊力を生み出します。クリュントスのガードを打ち破るのには適している、と言っても差し支えないでしょう。>

(こんなの無い方がましだろ……。)

 結城は解説者に賛同せず、これを不必要だと判断した。しかし、いらないとは言え、アリーナに放置しておくわけにもいかなかった。

 結城は地面からそれを拾い上げようとした。ところが、試合が始まるまでは予備エネルギーでしか動けないため、アカネスミレは鈍器を持ち上げるだけのパワーを捻出することが出来なかった。

 結城はしばらく鈍器を持ち上げようと試行錯誤していた。

 それを見かねたのか、クリュントスがランスを使って軽々とオール状の鈍器の端を持ち上げた。そのお陰で結城はなんとか鈍器を持つことに成功した。

<リオネルにしては珍しい振る舞いです。アール・ブランのランナーが女性だというあの噂は本当だったのでしょうか。>

 リオネルの紳士的な振る舞いに対して、それを賞賛する拍手がスタジアム内で巻き起こった。

 結城はリオネルの引き立て役にされてしまっていた。

<アール・ブランのトラブルにより大幅に試合開始時刻が遅れてしまいましたが、ようやく試合が始まるようです。今回の試合の見所はどこだと思いますか?>

<先ほども言いましたが、やはりアール・ブランの新型VFでしょう。見たところ、外部装甲は既製品のようですが……中身が気になりますな。>

<クライトマンに関してはどうでしょうか。>

<なんだかんだ言って、クリュントスは攻守に優れたVFです。アール・ブランのVFがどんな特性を持っていたとしてもクライトマンが勝つでしょうな。>

 まるでこちらが負けるのが決まっているかのような言い方に結城はいらついた。

<それでは試合開始です!!>

 実況のテッドが声を張り上げるとスタジアムのスクリーンに数字が表れ、カウントダウンが開始された。

「おい嬢ちゃん、やばくなったらすぐに言えよ、リタイアはいつでもできるんだからな!!」

 通信機からランベルトの声が聞こえてきた。走ってスタジアムに来たらしく、激しく呼吸しており息苦しそうだった。

 こちらがどう思おうと、危なくなったらランベルトや諒一が勝手にリタイアを申請するだろう。結城はむしろ、勝手にリタイアさせられないよう、ランベルト達に釘をさしておきたかった。

 しかし、その事を言う前に試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。


 4


 試合開始と同時に、アリーナに設置されているジェネレーターからVFのレシーバーに向けてエネルギー波が照射される。そのため、カウントダウンが終了しても、すぐさま機敏に動けるわけではなく2,3秒ほどの遅れが生じるのだ。

 その2,3秒の間、リオネルは敵をどうやって倒すか、考えを巡らせていた。

(やはり、開幕戦なのだから派手にいきたいな。装甲も多いようだし、時間をかけていたぶろうか……。いや、スマートに一撃で決めてしまうのも悪くない。)

 相手がアール・ブランのラボにいた素人の女だということを知り、リオネルは完全に油断しきっていた。重量のある武器は扱いが難しく、それを振り回すとなれば操作はもっと複雑になる。素人ならば操作を誤り、かなりの確率で自滅するだろう。

 しかし、結城は素人ではなかった。

「お兄様!!」

 リオネルは切羽詰ったリュリュの声を聞き、考え事を止め視線を前に向けた。

 目前にはオール状の鈍器を上段に振りかぶったアカネスミレがいた。

「くっ!!」

 リオネルは咄嗟に大盾を持ち上げて斜め上に突き出した。

 すぐに鈍器が振り下ろされ大盾に命中した。盾を前に突き出したため、鈍器は最も破壊力のある先端部分ではなく、グリップのすぐ上辺りで止められていた。

 盾の上部からは鈍器に取り付けられている金属板が見えていた。

(……なんだ?) 

リオネルはそれを見て違和感を感じた。止めたはずの金属板がどんどんこちらに近付いているように見えたのだ。

 リオネルの違和感は現実のものとなり、金属板はクリュントスの頸部装甲に命中した。

 当たると同時に装甲に内蔵されている衝撃吸収機構が働き、大半の衝撃は分散された。しかし、すべての衝撃は吸収しきれず、クリュントスは後ろに仰け反ってしまった。

「!?」

 ワケがわからないままリオネルはセオリーに従ってアカネスミレから距離をとった。

 頭部の損傷は頸部装甲のお陰で軽く済んでおり、特に目立った損傷はなかった。

 そして、地面におちている金属板を見てリオネルはようやく状況を理解した。

「飛び道具だと……!?」

 アカネスミレが手にしている鈍器からは金属板が消え去っていた。盾とぶつかった衝撃で金属板が慣性に従い前に飛び出したのだ。

 これはただ単に棒と金属板の固定が緩かっただけで、リオネルが思っているような飛び道具ではなかった。これを計算に入れて接合を緩くしたのならば飛び道具だといえなくもないが、これを作ったランベルトに限ってそれはありえなかった。

 観客はアカネスミレのパワフルな動きを見て、興奮し、スタジアムは一気に盛り上がった。

<な、なんと、アカネスミレの攻撃がヒットしました! あの不細工な鈍器にこんなギミックが内蔵されていたとは、アール・ブランも侮れません!!>

 アカネスミレはしばらく立ち尽くしていたが、思い出したようにリオネルに向かって棒を投擲した。

「お兄様、今度は棒が……」

「うるさいぞリュリュ!! 黙っていろ!!」 

 復帰したリオネルは余裕を持って、真っ直ぐに飛んできたそれを盾で弾いた。

 しかし、棒に気を取られていたリオネルは、急接近するアカネスミレを発見するのが遅れてしまった。

 アカネスミレは勢いをつけたまま姿勢を低くし、クリュントスの足元を狙ってスライディングしてきた。

 慌ててリオネルは盾を地面に突き立て、衝撃に備えた。しかし、盾には思った以上の衝撃が伝わって来なかった。

 ……それもそのはずである。スライディングはフェイントだったからだ。

 アカネスミレは盾に当たる直前で姿勢を立て直し、跳び箱の要領で大盾を飛び越えた。そして、飛び越えた所で勢いを殺し、盾とクリュントスの間に着地した。

「クソッ!!」

 リオネルは再び後ろに下がろうとしたが、盾が地面に突き刺さって抜けず、下がることが出来なかった。

(しまった!!)

 盾から手を離そうと思ったときには既に遅く、アカネスミレの頭突きがクリュントスの頭部に命中していた。近すぎるためにダメージは殆ど無かったが、弱点である頭部に攻撃を加えられたという事実が、リオネルを焦らせた。

 リオネルはあっさりと盾を手放し、そのままその左腕でアカネスミレの脇腹に手を当て、突き放した。

続けてリオネルはランス腰だめに構えて体ごと右回転させる。

 ……だが、回転によって勢いのついたランスは地面に突き刺さった盾によって途中で遮られ、アカネスミレに届くことはなかった。

 ランスの直撃を受けた盾は地面から抜けて宙を舞う。

(ならば……!!) 

攻撃に失敗したリオネルは盾に当たった反動を利用して、ランスを逆回転させた。

今度こそ攻撃が命中するかと思われたが、アカネスミレは先ほど弾き飛ばされた盾をキャッチして素早く構え、その攻撃を防いだ。

 スタジアム内にいる全員が固唾を飲んでその戦いを見ていた。実況に至っては、実況することすら忘れていた。

「……舐めやがって。」

 この試合の主役はリオネルから結城に移行しつつあった。


 5

結城が盾を奪ってから、クリュントスは狂ったようにランスを振り回していた。

 結城は、連続で絶え間なく放たれるランスの突きを、奪った盾で器用に防ぐ。セブンとの練習でランスの対処法は完璧に仕上げていたため、それほど問題ではなかった。

 むしろ問題は、結城の体力にあった。

「ふぅ……はぁ……。」

 Gの急激な変化により、結城はまともな思考ができなくなっていた。しかし、目から得られる情報は確実に脳に届いており、そこで処理されて、VFを操作する結城の末端に指令を出し続けていた。

 ただ、それを行っているのは結城ではなく、経験によって脳に蓄積された膨大な数の戦闘パターンだった。いわいる、“体が勝手に反応する”状態である。

 長年ゲームによって染み付いた一連の操作は、的確にVFを動かしていた。


  

「嬢ちゃん、すげえな。」

 そう呟いたのはランベルトだった。

ランベルトを含めたスタッフは、チーム専用の観戦ルームにいた。そこはスタジアムでも最も高い位置にあり、アリーナの様子がよく観察できた。

 アリーナを挟んで反対側にも同じような観戦ルームがあり、クライトマンのスタッフが慌てふためく様子をみることができた。

「ハハ、ざまぁねえな。妨害工作しておいて負けたんじゃ、末代までの恥だな。」

「……勝つのは難しいだろうな。目に見えて反応速度が落ちてる。早めに終わらせないと危ないな。」

「なんでキルヒアイゼンのお嬢様がここにいるんだ?」

 ツルカは当たり前のようにスタッフの席に座って、アカネスミレから送られてくるデータに目を通していた。

「あれを見つけたのはボクだし、準備したのもボクだ。別にいたっていいじゃないか。」

「ハンガーに勝手に入ったのか……。というか、ここにまで入ってくるな。後で何言われても知らんぞ。」

 ツルカはデータを監視するのが使命であるかのように、真剣な表情で取り組んでいた。

「ボクがいなければ今頃は頭が焦げたVFで試合してたかもしれないんだぞ? お礼の一言くらい言えよ。」

「ありがとう、おかげで助かった。」

「リョーイチは素直でよろしい。」

 ツルカは諒一に対して妙に馴れ馴れしかった。

「おい、こいつと知り合いなのか?」

「知り合いというよりも顔見知りと言ったほうが正しいかもしれない。」

「リョーイチは顔広いな……。」

「無駄な話はしなくていいから、ちゃんとモニターしてろよ。ユウキは今も戦ってるんだぞ。」



(ヤバい、ヤバい、息が……、呼吸がやばい。)

 激しく呼吸しながら、結城は戦っていた。

 結城は体中に汗をかいていた。スーツは絶えず汗を吸収していたが、顔まではカバーしきれず、結城の顔面は冷や汗やら何やらでメチャクチャになっていた。

 コックピット内部には空調設備はなく、そういった装置は全てランナースーツに装備されていた。タオルの一枚でも持ち込めばよかったかなと結城はぼんやりと考えていた。

 のんきなことを考えている間も結城の体は的確にクリュントスの猛攻に対処しており、何か不思議な気分だった。

 コックピット内で激しく揺さぶられ、結城の体は悲鳴を上げていた。心臓が激しく脈打ち、急激な血圧の変化により意識が飛びかけ、ついでに内蔵が揺れているのも感じられた。

(早く終わらないかな、これ、もう限界、マジで、心臓が、死にそう。)

 結城の意思とは関係なく、アカネスミレは動きつづけ、クリュントスのランスを完璧に防御していた。

 ……不意にクリュントスが攻撃をやめて結城から距離をとった。

 結城はこれでやっと休めると思い、操作パネルから手を離し、顔の汗を拭った。

「はぁ……、はぁ……。」

 グローブには結城の汗がべっとりと付き、吸収しきれなかった水分が下に落ちた。

 結城の意識は朦朧としており、閉じようとする瞼を開けているので精一杯だった。

(あぁ……。」

とうとう耐え切れず、結城は意識を失った。


(…………。)


「駄目だユウキ、距離を詰めろ!!」

「んっ……。」

 ツルカの悲鳴のような声を聞き、結城は意識を取り戻した。

 いつの間にかクリュントスは突撃の体制になっており、凄まじい速度で迫ってきていた。

 結城は重い体を動かしてそれに対処するべく盾を両手で持ち直した。

<今になってアカネスミレが動き始めました!いったいどうするつもりなのでしょうか!?>

 実況が言い終わると同時に、アカネスミレとクリュントスが接触した。

 ランスの切っ先はこちらのコックピットを正確に捉えていた。しかし、結城は盾を斜めに構えてそれを受け止め、ランスの軌道をずらす。

 盾は削れることなくランスの側面を滑っていき、結城はすんでの所でクリュントスの突進を回避することに成功した。

(危なかった。)

 あのままコックピットを貫かれていたらと考えると、鳥肌が立った。

 恐怖によって結城は目が醒め、心臓の鼓動も少しだけ緩やかになり、ようやくこの状況に慣れてきた。

「ツルカ、……あり、がと。」

 相変わらず呼吸は苦しく、言葉は途切れ途切れになっていた。

「お礼はいいから早くクロスレンジに!」

「今のは危なかったぞ、もういいから早くリタイアしろ!!」

 実際に闘っている自分よりも、観戦している仲間たちのほうが慌てている状況を結城はおもしろく感じていた。

「結城……。」

 諒一はこちらの名前だけ呼んで、それ以外は何も喋らなかった。

しかし、言わずとも、結城にはそれ以外の部分の言葉が分かっていた。

「まだ、大丈夫、……いいこと、思いついたから。」

 結城は乱れる呼吸を落ち着けるため、息を深く吸い込んだ。そして、再び意識をクリュントスに集中させた。

 突進をそらされたクリュントスは休む間もなく反転し、ランスの切っ先を結城に向けていた。

 対する結城は突進を避ける気はなく、クリュントスに盾を向け、足を大きく開き、対ショック体勢をとった。

<なんと、リオネルの突進に対して盾を構えたまま動かなくなりました。アカネスミレは突進を受け止めるつもりでしょうか!?>

<これはおもしろいですな。自分のランスで自分の盾を貫く機会なんて滅多にない。矛と盾、どちらが優れているのかリオネルですら判らないでしょう。敵の盾に頼るとは、アール・ブランのランナーは度胸がありますな。>

(それはどうも。)

 心のなかで返事をしつつ、結城はクリュントスの突進を待った。


  7


(あれはオレの盾だぞ……クソ……。)

 リオネルは弱小チームに苦戦していることを腹立たしく感じていた。

 盾にも衝撃吸収機構が備わっているが、それはクリュントスを通じてエネルギーラインが確保されていなければ役に立たない。つまり、あの盾は、今はただの頑丈な金属の塊であり、ランスによる突進で簡単に破壊できるということだった。

 その事は、盾を奪って使っていた相手にも分かっているはずだ。

(……罠か。)

 それ以外に、アカネスミレが盾に隠れて構えている理由が考えられなかった。

 新型のVFに対して、あまりにも情報が少ないため、リオネルはあらゆる可能性を考えねばならなかった。

 試合中にここまで考えるのは久しぶりのことだった。

 考えれば考えるほど、行動の選択肢が減っていく。そういう時に限って悪い結果に繋がる。

(盾などなくてもオレにはまだ外装甲がある。それに相手は武器を持っていない。……なに、簡単なことだ。)

 リオネルは単純に考え、相手と観客の望みどおりに盾を貫くことにした。

「行くぞ!」

 リオネルはランスを握り直すと、アカネスミレに向けて走り始めた。突進し始めてから5歩ほどでトップスピードになり、早くも衝撃に備えて身を引き締めていた。

 なにか怪しい動きを見せても、リオネルは速度を落とさずに突っ込むつもりでいた。なぜならば、この状況で、この突進を止めることは不可能だと確信していたからだ。

 2体の距離はみるみるうちに縮まっていく。

……アカネスミレが動く気配はない。

 その様子を見てリオネルが勝利を確信したとき、事態が急変した。

衝突する直前になってアカネスミレが盾を地面に対して水平に持ち、そのまま盾を後ろに引いて投擲の態勢に入ったのだ。

(……投げるつもりか!?)

 そう理解したときは既に遅く、盾はクリュントスに向けて投げられていた。

 直前に投げられたため、リオネルは回転しながら飛ぶそれを回避することが出来なかった。 受け止めるにしても、いくら衝撃吸収機構のついている装甲だとは言え、盾のような重量物をまともに喰らえばひとたまりもないだろう。突進によりこちらの速度も加算されるため、尚更のことだった。

 身を守るために、リオネルに残された選択肢は1つだけだった。

 その選択肢を実行すべく、リオネルはランスを斜め上に突き出す。

 ……盾はまるでそこに収まるのが決まっていたかのように、綺麗に突き刺さった。

 ランスは盾の中心を貫き、盾に大きな穴をあけた。

 ランスによって押し出された重厚な金属は盾の内側にめくれ、摩擦熱によって熱されたそれはがっちりとランスを掴んだ。ランスは盾に固定され、使い物にならなくなった。

 盾を相手に奪われていたことを失念していたがために、リオネルはメインの武器であるランスまで捨てることになったのだ。

 アカネスミレの動きはリオネルにとって予想外だったが、想定内の出来事だった。

「所詮は素人だな、オレには通用しないぞ!!」

 リオネルは刺さった盾ごとランスを捨てた。しかし、手から離れたのは盾とランスの穂先だけで、手元にはまだ何かが残っていた。

 ランスの内部から出現したそれは、ランスよりも細く短い槍だった。全体的に黒く、グリップ部のすぐ上には本体とそれを固定するための突起物があり、まるで鍔のように見えた。

短くなったとは言え重量は普通の武器の数倍あり、破壊力があることに変わりはなかった。

 新たな武器を手にしたリオネルはその短い槍を横薙ぎに振り、盾を投げ終わったままの体勢で動かないアカネスミレに攻撃した。


 8


(貰った!!)

 それを待っていたかのように、結城は姿勢を低くしてクリュントスの懐に飛び込んだ。

 短い槍は結城の遥か上を通り過ぎ、結城はすれ違いざまにクリュントスの腰からブレードを奪いとった。きちんと手入れが行き届いており、途中で鞘に引っかかることなくスムーズに抜き取ることができた。

 素人とは思えない結城の妙技を目にして、スタジアムは湧いた。

<アール・ブランのアカネスミレ、盾をうまく使いクリュントスの突進をかわしました。さらに、盾に続き、剣まで盗みました。次はいったい何を盗むのでしょうか。>

<戦い慣れていますな。ランスの中に隠していた武器にも驚きましたが、いやはや……。>

<アール・ブランのランナーは素人の女性であると、まことしやかに噂されていましたが、どうやらそれは嘘だったようです。いったいいつの間に新型のVFと優秀なランナーを用意していたのでしょうか。>

 クリュントスは中身の無くなった鞘を腰から取り外し、遠くへ投げ捨てた。

 そして、振り向きながら短い槍を両手で持ち直し、結城に襲いかかってきた。

 結城は抜き取ったばかりのブレードを使いそれに対処した。ブレードにはグリップを保護するための小さなガードが付いていたため、受け止めた際に刃がこぼれる心配はなかった。

 クリュントスは続け様に攻撃してきたが、ランスに比べるとそれほど脅威ではなかった。

 刃は真っ直ぐで、所々に美しい装飾や細かい彫刻が見られた。そしてそれは、攻撃を受けるたびに外れていき、2体のVFの足元に散らばっていった。

「いいぞユウキ!!」

「もしかして、勝てるんじゃないかこれ……。いや勝てるぞ、ハハハ!!」

 通信機からはツルカとランベルトの歓喜の混じった声援が聞こえていた。

 結城はそれに応える暇なく、クリュントスの斬撃を捌いていた。盾を手放すまで防戦一方だったが、武器を手に入れた事により、ようやくこちらからも攻撃できるようになった。

 結城は、クリュントスの連続攻撃の隙をついてカウンター気味に頭部を狙って攻撃する。

しかし、手前で弾かれたり、頑丈な装甲に阻まれたりして、クリュントスに全くダメージを与えることが出来ずにいた。

(やっぱり、さすがに強いな。)

 これからどうするか、結城は必至で考えていた。 


 9


 リオネルはブレードの装飾や彫刻が壊れていく様子を見ながら、短い槍を振り回していた。

「おい、リュリュ聞いているか?」

「……はい。」

 リオネルに呼ばれて、今まで黙っていたリュリュが返事をした。

「確認したいことがあるんだが……アレに乗っているのは、この間見た素人の学生に間違いないな?」

「はい。間違いないです。」

「そうか。」

 リオネルは結城の姿を思い返していた。ランナースーツを着た結城は他の女性ランナーと比べて線が細く、とても、今アカネスミレを操作している人物だとは思えなかった。

 一週間ほど前に見たときはまともにVFを歩行させることもできなかった。それが自分と対等に闘っている。

(夢ならば覚めて欲しいな。)

 最大の失敗は、素人だと思って油断していたことだ。

油断していなければ最初の攻撃も回避できたし、盾を奪われることもなかっただろう。

(今となってはただの言い訳だな。)

 原因を考えるよりも、敵に確実に勝つ方法を考えるのが先決だった。

「……もう手段は選ばないぞ。」

「わかりました。それよりもお兄様、実は……」

 リオネルはアール・ブランのランナーが結城だということを確認すると、一方的に通信を切った。そのため、リュリュの言葉は途切れ、リオネルに届くことはなかった。

(それにしてもよく動く……。)

 アカネスミレの動きは洗練されていて、自分についてかなり研究われたことが窺い知れた。

 しかし、その動きも時が経つごとに鈍くなっていた。それは実戦経験が少ないということを如実に表していた。

 このまま持久戦に持ち込めば隙が増え、簡単に勝てるだろう。

(……駄目だ。)

 そのようなセコい方法で勝っても意味が無い。リオネルのVFランナーとしてのプライドがそれを許さなかった。

 故に、リオネルは後に強豪チームと戦うときに使うはずだった新兵器を、この試合で初めて使用することにした。

 他のチームに武器の性能が露見することを考慮すると、デメリットのほうが遥かに大きい愚かな選択だと言える。

 それほど、リオネルのプライドは高かった。


 10


 結城はただひたすらブレードを振っていた。攻撃手段がこれ以外にないため、敵がミスするのを待つしかないのだ。

 剣戟の応酬は次第にその速度を増していた。

(こっちがミスしそうだ。)

 実際は結城の反応が遅れてきているだけで、速くなった訳ではない。結城自身もそれを十分に理解していた。

 このままでは負けてしまうと悟った瞬間、クリュントスは短い槍をブレードに密着させたまま動きを止めた。

(何だ……?)

 不穏な空気を感じた結城は、すぐさまブレードを引いたが、クリュントスはその動きに合わせて短い槍を押し付けてきた。

(何だ何だ一体何を……!?)

 槍を押し返そうとした瞬間、なんの予兆もなくブレードが真っ二つに割れた。

結城はそのままブレードを保持しようとしたが、アカネスミレのアームは正常に動かず、ブレードを地面に落としてしまった。

 結城は何が起こったのか全く把握できなかった。

ただ、あちらが何か特殊な攻撃をしたことは確かだった。

 すかさずクリュントスは、呆気に取られて無防備になっているこちらのボディに槍の先端をあてがった。

 軽く押しただけで短い槍の先端は何の抵抗設けず装甲を貫通し内部フレームにまで到達した。

 それはまるで装甲が槍の先端を避けているように見えた。

「ぐ……ぁ。」

 結城はあまりの衝撃に体が耐え切れず、一瞬で意識が飛んだ。

 槍はそのままコックピットを貫通するかと思われたが、途中でいきなり止まった。続いてクリュントスの体から力が抜け、動かなくなった。


  11

 

<2体が密着したまま動かなくなりました。何かトラブルでも発生したのでしょうか……?>

 ツルカは、モニターに次々と表示されるエラーを見て戸惑っているようだった。

「いきなりどうしたんだ!?」

「内部フレームまで壊れてやがる……。あの武器かなりヤバイぞ。」

 VFの開発研究に携わっていたランベルトは、すぐにその武器の正体を見破った。

 ランベルトはその武器の破壊力はもちろんのこと、そんな物騒なモノをなりふり構わず使ってきたリオネルの勝利への執着心にも驚いていた。

「嬢ちゃん!! 返事しろ!!」

 既に通信機は壊れているらしく、通信エラーのマークがモニター上で点滅していた。

 通信機が壊れているということは、コックピット内部にも被害が及んでいるということであり、結城が負傷している可能性はかなり高かった。

「リタイアさせるぞ、いいな。」

 リタイアをレフェリーに伝えるためにランベルトは部屋から出ようとした。しかし、出口のドアの前に諒一が立ちはだかり、進路を阻まれてしまった。

「どういうつもりだリョーイチ。このままだとホントに……」

 諒一は無言でアリーナを指さした。

 すると、ひときわ大きな実況の声がスタジアムに響いた。

<倒れました! クリュントスとアカネスミレが一緒に倒れました! ……同時に停止したということはジェネレーターに問題が……いえ、ジェネレーターは正常に作動しています。これはいったいどういう事なのでしょうか? ウォーレンさん?>

<レシーバーも壊れていないようですし、十中八九、オーバーロードでしょうな。>

 ランベルトがアリーナを見ていると、諒一が喋り始めた。

「あの武器を使用するには、大量のエネルギーが必要だ。だから、エネルギー供給が追いつかなくなり、負荷が許容量を超えて動けなくなったんだ。」

 諒一もあの武器が何なのか、分かっているようだった。

「それじゃあ、こうなることも分かってた……のか?」

 ツルカの問い掛けに、諒一はゆっくりと頷いた。そしてモニターに表示されている値を指さして、その理由を説明し始めた。

「2体が動かなくなったとき、敵のエネルギー供給値が最大値まで上昇した。試合の途中からクリュントスのレシーバーの調子が不安定だったから、いずれはこうなると思っていた。」

 続けて諒一は別のデータを表示させた。

「あと、VFのコックピットのショックアブソーバがフル稼働していた。これらから考えると……『超音波振動兵器』以外考えられない。」

「やはりそうだったか。」

 ランベルトは納得していたが、ツルカはいまいちピンと来ない表情をしていた。

「超音波振動って普通に切断とか溶接に利用されてた技術だろ、そんなにヤバい物なのか?」

 ツルカの素朴な疑問に諒一が答えた。

「あの槍全体が超音波振動子だとすれば、その破壊力は絶大的だろう。……実際、こちらのVFはかなりのダメージを受けている。」

 少し触れた程度だったのにも関わらず、槍は深く突き刺さっていた。もしも、あれが頭部に当たっていれば試合は終わっていただろう。

 諒一は話を続ける。

「まだエネルギーリミットが無かった頃、超音波振動切断技術を応用して制作されたブレードが一度だけ使われたことがあった。だが、それはすぐに禁止武器に指定された。……それほど危ない武器だったんだ。」

 それを引き継ぐようにしてランベルトが話す。

「リミッターが導入されてルールも改定されたが、危険度を考えるとあの武器も禁止武器に指定される可能性が高いな。」

 超音波振動を利用した武器は、その武器自身にもダメージが蓄積するため一、二回しか使用できない。その度に圧電アクチュエータや超音波振動子を交換すればコストがかさむため、実用化は不可能だと思われていた。だが、クライトマンにとっては問題ないレベルのコストなのだろう。

 話を聞いていたツルカはあることを提案してきた。

「禁止武器なら早く委員会に知らせたほうがいいんじゃないか?」

 しかし、諒一によってすぐに否定されてしまった。

「今言っても意味が無い。ルールが追加されたり改定されたりしても、それが適用されるのは次の試合からだ。それに、もうあの武器は使いものにならないようだし、心配することはない。」

 ツルカはそれを聞いてがっくりしていた。

 ランベルトは、ツルカが武器に関するルールに疎いのは仕方が無いと思っていた。しかし、諒一のVFマニアっぷりには脱帽していた。

「今はそんなことよりも結城の状態を確かめるのが先だな。……あのVFに別の通信手段がないか調べてみるとしますか。」

 ランベルトの意見に反対する者はおらず、3人はすぐにその作業に取り掛かった。


  12


 ランスの内側から出てきた短い槍、それこそがクライトマンの新兵器だった。それは諒一の推理通り、超音波振動を利用した特殊な装置が内蔵されている武器だった。

 この武器は破壊力に優れ、装甲を貫通して内部機構を破壊することができる。そのため、ガードの硬いVFに対してとても有効な武器なのだ。……もちろん、アカネスミレのようなVFも例ではない。

 この武器の恐ろしい所は、その破壊力に見合わず派手ではない所にある。

音も、火花を散らせることもなく、敵VFのボディを静かに貫くのだ。

「どうした!? テストでは何の問題もなかったはずだ!!」

 いきなり停止したクリュントスのコックピットで、リオネルは叫んでいた。

 HMDにはこちらと同じように動かなくなたアカネスミレと、壊れて使いものにならないであろう、短い槍が写っていた。

 リオネルは恐怖を与えるために敢えてコックピット付近を狙ったのだが、それは愚かな判断だったと後悔した。

 ブレードを破壊してすぐに頭部を狙えばよかったのだ。そうすれば、例え腕でガードされたとしても、確実に頭部を貫いていただろう。

 ……しばらくすると通信機から返事が聞こえてきた。

「頭部へのダメージでエネルギーラインが不安定になってしまい、それで……」

 どうやら、開始直後のオール状の鈍器による攻撃が原因だったようだ。

「それを早く言え!!」

 申し訳なさそうに喋るリュリュに、リオネルは怒鳴り声を上げた。

「復旧までには何秒かかる!?」

「30秒もあれば……。」

「急げ!!」

 試合中にオーバーロードするのはリオネルにとって初めての体験だった。

 相手が先に動き出したらと思うと、リオネルは気が気ではなかった。


 13


(あれ?私……)

 外から聞こえる歓声を聞いて、結城は本日2回目の気絶から復帰した。

 結城は前後不感覚に陥っており、直前まで自分が何をしていたのか、何をされたのか、思い出せなかった。

(……みえない。)

 HMDのディスプレイには何も写っていない。

 VFBにおいて、外部の情報を知る術は視覚情報以外にない。それが途絶されるということは負けを意味する。

 そのため、結城は自分が負けたのかと思った。

 しかし、レシーバーは正常に作動しており、VFもまだ動けるようだった。

「諒一……?」

 どうなっているのか把握するために話しかけたが、通信機からは何も聞こえない。そもそも自分の声が向こうに届いているのかすらわからない。

 結城は自分のVFが寝転がっているということだけはわかったので、状況を確かめるためにも立ち上がることにした。

「うっ……。」

途中、結城は気分が悪くなって何度か吐いた。吐瀉物の量は少なかく、その全てがゼリー状の物体だった。そのためか、嫌な匂いがコックピット内に立ち込めることはなかった。

(諒一の言う事聞いててよかった。)

 結城は試合の前日から諒一に食事制限をさせられていた。

朝はフルーツのみ、試合の直前に至ってはアミノ酸のたっぷりはいった無味のゼリーしか食べられなかったのだ。

 その時は不満だったが、今は諒一に感謝していた。

「……結…城、無事……返事し……。」

 VFを立ち上がらせると、通信機からノイズ混じりの諒一の声が聞こえた。

 結城は状況を知るために、すぐにそれに応答した。

「諒一!! HMDが壊れて何も見えないんだ。……もう試合は終わったのか!?」

「右だ!!」

「右?」

 結城は反射的に、両腕を上にあげて頭部をガードした。

 すぐに衝撃を受け、VFは回転しながら再び地面に倒れた。諒一の警告がなければ頭部は破壊され負けていたに違いない。

 何も見えないため、とりあえず結城は頭部を守り、遠くへ移動することにした。

「まだ試合は続いてるんだな?」

「ああ、相手は素手だ。10時の方向。」

 敵の情報を聞いて、結城は頭部を守りながら4時の方向に向かって後ずさりした。

「どうすればいいんだ? これじゃどうやったって勝てないぞ。」

「カメラからの信号が届かなくなっているだけで、HMDに損傷はないはず。スタジアム内のカメラの中継映像から作った合成視覚データをこの回線を使って送る。それで敵が見えるはずだ。」

「めんどくさいな。」

「また攻撃が来る。きちんと頭部をガードしろ。」

 弱点だとは言え、敵が都合よく頭部を狙ってくるとは限らない。正確にガードするためにも、早急に視界を確保せねばならなかった。

(……あ、そうだ。)

 結城は簡単に視界を確保できる方法を思いついた。

「見えないなら、直接見ればいい!!」

 そう言うと、結城は足元にあるレバーを握った。

「待て結城、それは……」

 結城はレバーを思い切り引き、コックピットのハッチを開けた。そして、用済みとなったHMDを外して後ろに放り投げた。

 すると、外の景色が見え、歓声が直に聞こえるようになった。

クリュントスは右手と左手を合体させて大きな拳を作っており、それを振り上げていた。

HMDと比べると視野は狭いが、クリュントスの攻撃を避けるのには十分だった。

結城はクリュントスの叩きつけるような攻撃をスレスレで回避した。

 攻撃によって発生した風圧はコックピット内の空気を吸い出し、結城の髪はコックピットの中で暴れまわった。

 当然当たるものだと思っていた攻撃を避けられ、クリュントスは前のめりになった。

「食らえッ!!」 

その無防備になった顔面へ向けて、結城は思い切りエルボースマッシュ放つ。

 下から突き上げられた肘は、伸びきった腕の上部を滑るようにして駆け上がり、クリュントスの頭部に命中した。肘は派手にめり込み、頭部はひしゃげ、その破片が舞い散った。

 頭部を失ったクリュントスはそのままうつ伏せに倒れ、ピクリとも動かなくなった。

「やった! 勝ったぞ!!」

<決まったぁぁぁ!!……あ? はい、今確認します。>

 実況者は勝利のシャウトを途中で中断した。観客も何か異変を感じたのか、ブーイングや落胆した声が所々から聞こえてきた。

「え? 何? なんで?」

 結城がコックピットの中でオロオロしていると、解説者の残念そうな声がスタジアム内に響いてきた。

<試合中にコックピットのハッチを開けるのは危険行為、……反則ですな。>

「嘘!? そんなの聞いてない……。」

<アール・ブランは反則行為により失格。よって勝者はクライトマンのリオネルです。>

 結城は敵を倒したのに負けたということをすぐに受け入れることが出来なかった。

「……反則? ……私、負けたの?」

「結城……。」

 スタジアム内の温度は一気に下がり、観客は不満そうな顔をしていた。

 なかなか白熱した試合だったがために、その結末が反則によって締めくくられたため、観客は感情のやり場を失って困惑していたのだ。

 疲労とストレスに耐え切れず、再び結城は気を失った。

 薄れ行く意識の中で、結城は体から力が抜けていくのを感じていた。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 次の話で【全ての始まり】は終了です。短い期間に様々な経験をし、いろんな人と出会った結城は今後どうなるのでしょうか。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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