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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
終焉を越えて
50/51

【終焉を越えて】最終章

 前の話のあらすじ

 とうとう七宮と決着が付き、結城は七宮に勝利した……が、勝負に勝った所で七宮の計画は止められなかった。

 七宮はガレスを精神的に追い詰め、秘書のベイルにガレスの悪事を内部告発させるつもりで証拠となるデータカードを渡した。

 全てが終わり、再び海上都市群に静けさが戻った。

最終章


  1


 失った信用を取り戻すのは相当に難しい。

 それが都市を巻き込むような大規模な事故を起こしたとなれば、信用を取り戻すのはほぼ不可能といっていいだろう。

 結城は今回の七宮が起こした騒ぎで、その事を嫌というほど理解した。

(こんなに簡単にダグラス社が潰れるなんてなぁ……)

 事件後、ダグラス社が落ちぶれるまで1週間と掛からなかった。また、このような大規模な“事故”は世界的に見ても珍しい事であり、大きく取り上げられていた。

 ネット上にも暴走したVFが海上都市を破壊していく映像、それらからフロートユニットを防衛する映像も出まわっており、VFファンのみならず多くの人間が見たはずだ。

 特にVFにあまり興味がなかった人にとってはインパクトのある映像になっただろう。

 私も一応見てみたが、中には明らかに報道へリから写されたものではない映像も混じっていた。視線の高さや視線移動の速度から推測するに街頭カメラの映像だろう。

 それを見た殆どの人が、『クラッカーが海上都市の監視システムをハッキングして流出させたもの』だと信じているようだったが、七宮が意図的に拡散したに決まっている。

 徹底的にダグラスに悪い印象を植え付けたいのだろうが、映像を見た人間のほとんどはダグラスなどに関心を持たず、ただ、VFに都市が破壊されるという事自体を楽しんでいるように思えた。

(まぁ、普通ならこんな事件絶対に起こり得ないからな。)

 他にも世間がダグラス社に注目している理由がある。……それは内部告発だった。

 事故の主な原因はVFの暴走であり、これだけでもダグラスが潰れる理由としては十分だ。……が、それに加えて内部告発により発覚したガレス社長の不祥事が会社の消滅を加速させたわけだ。

(鹿住さんからダグラスの黒い噂は聞いてたけど、あんなに酷いとは……)

 今回、海上都市内での住民を巻き込んだ暴走VF騒ぎだけであれば、まだ首の皮一枚繋がった状態で事態を収拾することもできただろう。しかし内部告発によって、ダグラス社の裏の部分やガレス自身の汚い過去が発覚し、なけなしに等しかった信用が地の底まで一気に失墜したのだ。

 『事故』ならまだしも『犯罪』が加わればもう言い逃れのしようがない。ダグラス社は完全に活路を失ったのである。

 ニュースでは内部告発と報じられていたが、これにも当たり前のように七宮が関わっているに違いない。七宮はまんまとダグラスに復讐する事に成功したわけだ。

 ……しかし、潰したのが七宮であれば、ダグラス社を助けたのも七宮だった。

 今回の事件の際、七宮重工だけがダグラス社を擁護し、自らも批判の的になるのも覚悟してダグラスのVF部門を吸収する事を発表したのだ。

(ダグラスを潰したのは納得だけど、こんな事までするなんて……。全部七宮の筋書き通りってわけか……)

 普通ならば、騒ぎに便乗してそんな事をすれば大バッシングを受けるのは必至だ。しかし、七宮は自らVFに乗って海上都市を救った英雄である。そんな七宮が批判されるわけがなく、逆にその献身的な姿勢は世間から評価され、七宮重工の知名度はダグラスに並ぶほどになった。

 それから数日のうちにVF部門以外の部署は全て切り捨てられ、ダグラス社は晴れて消滅。そしてつい先日、事実上七宮がダグラス社に成り代わり、VF産業のトップとなった。

 VF産業の勢力図は1週間にして大きく変化した。

 そして、それに併せてVFBも大きく変容するようだった。

(ルールの大幅な見直し……まさかこんな事になるなんてなぁ。)

 ルールの変更は安全性を確保するために行われ、『観客席の排除』や『アリーナの郊外設置』はもう既に検討の段階に入っているらしい。それ以上のことは耳にしていないが、ルールのせいで試合がつまらなくなることだけは何としても避けて欲しかった。

「――避けては通れないだろうね。」

 そんな事をぼんやり考えていると、急に七宮の声が聞こえてきた。だがそれは直接聞こえてくる声ではなく、テレビを介したものだった。

 その証拠に、七宮の言葉に続いてアナウンサーの声も聞こえてくる。

「やはり七宮さんもVFBのファンが減少すると考えているんですね……。今回のような事故が今後も起きない保証は無いですし、暴走した場所が海上アリーナではなくて普通のスタジアムだったら多くの犠牲者が出ていたことでしょう。」

「いいや、これから今回のような事故は絶対に起こらないと思うよ。僕が言うのも何だけど、七宮重工の管理体制は完璧だからね。」

 七宮はテレビの画面の中でインタビュアーに質問されており、現在結城は女子学生寮の一階にある談話スペースでそのニュースを見ていた。

 何か新しい情報が出ないか、何となくニュースを見ていたのだが、まさか七宮本人の姿を見られるとは思わなかった。

 ……だが、やがてその画面に七宮の憎たらしい笑顔が映し出され、結城はすぐさまテレビの画面から目を逸らた。

 結城は談話スペースにあるソファーの上で寝転がると、肘掛けに頭を預ける。ソファーには大抵誰かが座っていて独り占めできないのだが、今はそこに学生の姿はなく、結城一人で占領できていた。

 しかし、完全に結城一人というわけではなく、普段の女子学生寮では見られないような顔ぶれも談話スペースでくつろいでいた。

「“事故は絶対に起こらない”だとよ……。事故を起こした犯人が言ってりゃ世話ないな。」

 そう言ってテレビ越しに七宮に突っ込みを入れたのはランベルトだった。ランベルトは苛立ったように短く溜息をつくと、吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。灰皿はランベルト自身がここに持ち込んだみたいで、ソファーに挟まれた小さなテーブルの上には、それにそぐわないほど幅広の灰皿が置かれていた。

「すみません。事故については、宗生さんに協力してしまった私にもその責任があります。あの時断っていたらこんな事には……」

 ランベルトの言葉に反応し、申し訳なさげに謝ったのはオルネラさんだった。オルネラさんはソファーに座った状態で頭を深く下げていて、見ているだけでも謝罪の念が伝わってきた。

 数日前に本人から話を聞いた時は七宮に協力していたとは信じられなかった。七宮がオルネラさんに協力を強要させたのには違いないが、その経緯が気になる所だ。

 あれだけの暴走VFを準備できたのはオルネラさんの協力のおかげらしい。

 しかし、だからと言ってオルネラさんを責めるつもりはなかった。全て七宮が悪いというのは十分に理解しているつもりだ。

 オルネラさん自身は罪の意識に苛まれているようで、頭を下げたままじっとしていた。

 そんなオルネラさんの両肩を抱き、頭を上げさせたのはツルカだった。

「全部あの七宮のせいなんでしょ? お姉ちゃんが謝る必要ないよ。……それに、あの騒ぎでもほとんど負傷者がでなかったんだし、そこまで落ち込まなくてもいいと思う。」

「ツルカちゃん……。」

 ツルカはオルネラさんと一緒に入口近くのソファーに座っており、2人はぴったりくっついていた。

 また、オルネラさんを挟んで反対側にはイクセルの姿もあった。

「ツルカの言う通りだと思うよ。ちゃんと市民の安全を考えて計画を練っていたみたいだし……七宮らしいよ。」

 その発言で結城はイクセルが七宮の計画を多少なりとも知っていたことに気が付き、少し離れた場所に座っているイクセルに文句を言った。

「イクセル、ちょっとでも知ってたなら教えてくれても良かったのに。」

 結城はソファーに座り直し、言葉と一緒に不満気な視線をイクセルに送る。

 事前に知っていれば、例え計画を止められなくても被害を最小限に抑えられたはずだ。終わったことを悔やんでも仕方がないのは理解しているつもりだが、結城はそう言わずには居られなかった。

 しかし、私と違ってイクセルは今回の事件を楽観的に捉えていた。

「いや、僕は七宮の計画が何であれ、誰も傷つけるつもりがないなら止める必要はないと思ってたんだ。七宮本人からもそういう話を聞いていたことだし。」

「それで、その話を何の疑問もなく信じたわけか。」

「信じるさ。七宮は僕の親友だからね。……現に、誰も怪我しないで済んだだろう?」

 前々から思っていたが、イクセルと七宮は一体どんな関係にあるのだろうか。

 イクセルは友達とか親友とか言っているが、七宮が話した感じではライバルというか対戦相手というか、別段仲が良いという印象も受けない。

 というか、2人の関係は一言では言い表せないのかもしれない。

 両者ともが桁外れに強い規格外のVFランナーなのだ。そんな2人の関係を通常の規格に当てはめる事自体が間違っているのだろう。

(でも、悪い関係には見えないかな……。)

 お互い気を許しているようにも思えるし、信頼関係にあることは間違いないようだった。……が、先程のイクセルの言葉には誤りがあった。

 ランベルトはそれを指摘する。

「おいイクセル……、ウチのリョーイチがその親友さんに大怪我させられたんだが。」

 直接ではないにしろ、諒一が足を折ったのは七宮の責任だ。それに、鹿住さんも変な薬を注射されたと言っていたし……本当に死者が出なかったのが奇跡に思える。

「あはは……。ごめん。」

 イクセルはランベルトの簡単な指摘を笑ってごまかした。今この場所に鹿住さんや諒一がいない事を考えればすぐに分かりそうなことではあるが、イクセルはそんな事すら考えるつもりはないらしい。脳天気というか楽観的というか、こんな抜けた人が最強のVFランナーだとは到底思えなかった。

 ツルカはそんなイクセルの態度が気に食わなかったらしく、足だけを持ち上げてオルネラさん越しにイクセルを蹴り始める。

「空気読めよな、イクセル。」

 しかもその蹴りは冗談交じりの戯れのような蹴りではなく、格闘技などで見られるようなしっかり勢いの付いたキックであった。そんなふうに本気で蹴っているせいか、ツルカが足を上げる度にスカートがふわりと捲れ、私の位置からはその中が丸見えになっていた。

(相変わらず色気ないなぁ……)

 ツルカとは同じ部屋で生活しているし、私としては見慣れたものだ。しかし、こうやってじっと見ているわけにもいかず、一度視線を外して改めて談話スペース内をぐるりと見渡してみた。

 談話スペースには明確な区切りがあるわけではなく、一階の広い場所には2,3種類のソファーと小さなテーブルが間隔をとって綺麗に並べられている。数も多くなく10に満たないが、見た感じではホテルのラウンジの雰囲気に近いかもしれない。

 また、そこにはキルヒアイゼンのイクセル、オルネラ、ツルカ。そしてアール・ブランの結城、ランベルトと合計で5名の関係者が集合していた。

 私とランベルトはそれぞれがソファーを一人だけで占領していたが、キルヒアイゼン組は3人で仲良く一つのソファに座っているというわけだ。

 本当ならば鹿住さんや諒一とも話したかったが、両名とも入院中だ。

 諒一については、骨折自体は軽く済んで全治2ヶ月らしい。なのでギプスをはめればすぐに退院できると聞いていたのに、一度心肺停止状態になったので少なくともあと数日は入院させられる予定らしい。

 鹿住さんも体に異常があるわけではないが、経過を見るために暫くは療養を強要されているとのことだ。

 2人とも同じ病院にいるので、別にそこの病室に集まって話しても良かったが、そこだと病院に迷惑がかかる。そうでなくとも一応私も今回の騒ぎの関係者なので、あらゆる場所に記者が付いてくるのだ。

 そのため、落ち着いて話せる場所がこの女子学生寮くらいしか無く、寮長さんの許可をもらって談話スペースを借りているというわけだ。女子学生寮は基本的に学生以外は入れないし、男子学生寮よりもガードが硬いのでこういう場合に最適な場所だ。

 視線を巡らせながら諒一のことを想っていると、急にイクセルがこちらに声を掛けてきた。私に助けを求めるつもりかと思ったが、全く違っていた。

「あ、そういえば遅くなったけれど初優勝おめでとう。」

 ツルカの暴力から逃れるためか、イクセルは思い出したように祝福して注意をこちらに向けてきた。すると、その言葉でツルカも思い出したらしい。蹴るのをやめて小さな拍手を送ってくれた。

 私もすっかり忘れていたが、そんな素振りを見せること無くその言葉に応じる。

「ありがとう。でも、なんか素直に優勝を喜べないなぁ……。結局は七宮の思うままになっちゃったわけだし。」

 暴走VFの騒ぎはもちろんのこと、アール・ブランの優勝まで七宮に仕組まれていたような気がする。

 なぜなら、最終試合の時に七宮はわざとセルトレイに負けたように思えたからだ。

 それも計画の一部だと言われてしまえば元も子もないが、わざわざ負ける必要もないように思える。ついでに、シーズン中の試合でもわざと反則して私に負けたし、そう考えるのが自然だ。

 でも、七宮と同じ機体で戦って勝利した事のほうが、優勝したことよりも嬉しかった。

「思うままと言えば……、この前のニュースでダグラスが七宮の親父さんを殺したとか言ってたし、七宮はダグラスに復讐するのが目的だったんだよな?」

 私のセリフに思うところがあったのか、急にランベルトが神妙そうに質問してきた。

 それに対してはオルネラさんが答える。

「もちろんそれが一番の目的だと思います。何か疑問でもあるんですか?」

 ランベルトは口調を変えて丁寧な言葉でオルネラさんに話していく。

「いやあ、そういう訳でもないんですが、復讐するだけなら内部告発するだけで良かったような気がするんですよ。わざわざVFを暴れさせた理由がわからないというか何と言うか……。」

 ランベルトの意見は至極真っ当な考えであった。

 七宮の一連の行動は、よくよく考えると理解しがたいものだ。騒ぎを大きくして世間の注目を集めるにしても、もっと別の方法があるように思える。

 もっと詳しく調べていけば七宮の考えも理解できるかもしれないが、そこまで深入りするつもりはない。そういうのは他の人に任せておこう。

 すると、ツルカが早速大胆な予想を立ててきた。

「本当はダグラスが作った海上都市ごと破壊したかったんだろ。でも、ボク達に阻止されたから内部告発だけしかできなかったんだ。」

 つまり、ツルカは七宮の計画は一部だけ成功し、残りは失敗したと言いたいらしい。言わば逆転の発想である。しかし、七宮が予めアルザキルに乗っていたことを考えると、破壊活動が阻止されるのは予定されたことだとも思えた。

 だが、そうなると余計に暴走VFを登場させた目的がわからない。自分をヒーローにするためにわざと悪役を配置したのか、それともダグラスに全てを擦り付けるためか、はたまた自社製のVFを暴れさせてダグラスに恥をかかせるつもりだったのか……。

「……。」

 どれも合っている気がするし、どれも違う気もする。他に目的があるようにも思えたが、全く検討もつかなかった。

 何か情報を掴めれば明確な目的も分かってくるだろう。

 クライトマンの兄妹も色々と調べているらしいが、まだ有力な証拠は見つけられて無いと聞いている。なので、今の所は確実だと言える『ダグラスへの復讐』と単純に考えることにした。

 ランベルトはツルカの意見に納得できなかったのか、それを無視して話題を無理やり変える。

「それはともかく、あれだけテレビで絶賛されると海上都市の救世主としてのインパクトも強いだろうし、俺らが何を言っても信じてもらえねーだろうな。」

 たしかにその通りだ。七宮も良くここまで完璧にやれたものだ。

 今私達が一生懸命考えたとこでろで、証拠がなければ七宮の罪を証明することはできないのだ。そう思い、結城は不毛な思考を中断することにした。

「あー、なんか負けた感じだ。」

 何となく今の気持ちを口に出してみると、すぐにイクセルが反応を見せた。

「勝負には勝ったじゃないか。ユウキにはまた七宮と戦ってみて欲しいね。あの勝負、なかなか良かったよ。」

 イクセルは最後の橋の上での勝負のことを言っているみたいだ。イクセルに褒められて光栄だし、自分でもあの勝負はなかなかいい勝負だったと思っている。だが、公式戦以外で積極的に七宮と会いたいとは思わなかった。

「やだよ、今度あったら絶対に一発殴ってやる……。」

「……というか、七宮を殴れるランナーって今の所結城以外にいないよな。」

 正直に七宮への嫌悪感を示すと、今度はツルカが的確な突っ込みを入れてきた。

(あ、言われてみれば……。)

 実力的に考えて、ツルカの言うことは概ね正しい。生身ならまだしも、VF同士の戦いとなると七宮は最強レベルだからだ。

 しかし、一応結城は他のランナーの顔を思い浮かべてみる。

 リオネルは無理だし、銃しか扱えないミリアストラさんは論外だ。アザムさんはいい線いけるかも知れないが、それを考えるならドギィが一番可能性がある。セルトレイさんは最終試合の時の動きを見れば難しいのが分かるし、ミリアストラさんと同じような理由でジンも無理だろう。ローランドさんはVFの素早さのおかげで何とか殴れそうだ。ツルカも徒手格闘が得意なので可能性があるような気がするが、七宮はイクセルへの対策がばっちりらしいので、イクセルと似た動きをするツルカが一番難しいかもしれない。

(ドギィかローランド……いや、ドギィなら行けそうな気がするな。)

 騒ぎのせいで昇格リーグは有耶無耶になっているが、トライアローは確実に1STリーグに昇格してくる。そうなれば七宮とドギィの対戦も見られるだろう。今からその時が楽しみだった。

 そんな感じでリーグの事を考えていると、結城はルール改変について思い出した。 

「そう言えばさ、VFBリーグのことだけど、ルールが変更されるんだって?」

 何となく全員に向けて言うと、真っ先にオルネラさんから返事があった。

「はい、私にも大会委員会からメッセージが届いてました。多分、チームのオーナーに向けた先行アナウンスだと思います。」

 流石はキルヒアイゼンのオーナーである。情報も優先的に回ってきているみたいだ。

 ふとランベルトに目を向けると、ランベルトは知らなかったのか、苦笑いしながら首を左右に振っていた。ろくにメッセージも確認できていないみたいだ。

 ルールの改変話が出ると、イクセルも嬉しそうに喋り出す。

「そうそう、ルールが変わるおかげで僕も試合に参加できるようになったからね。願ったり叶ったりだよ。」

「え?」

 心臓の病気のせいで激しい運動は二度とできないと聞いていたのだが……。もしかして、人工心臓でも付けて試合に出られるようになったのだろうか。

 そんな風に結城は予想したが、それはこれからオルネラさんが言う答えとは似ても似つかない的はずれな予想だった。

「まだ公表されていませんが、ドローン機……遠隔操作機で試合に出られるみたいです。」

 そんな予想外の言葉に結城は驚く。もしそうなればもはや現実の世界でVFBをやる意味すらなくなる気もする。人が乗っていないVFなど、ゲーム上で動くポリゴンと何ら変わらないのだ。

 オルネラさんに続いてイクセルも詳しく話していく。

「詳しいルールはまだ決まって無いみたいだけど、有人機1体と無人機2体の合計3体でチーム戦をやるみたいなんだ。3対3の試合……かなり複雑になりそうだ。」

「団体戦か……」

 結城はそれだけの情報を頼りに大体のルールを予想してみる。

 有人機が1体と言うことは、このリーダー機が倒されると試合終了なのだろう。将棋で言うと王将みたいなものだ。

 それを前提に考えるとするなら、無人機は有人機よりもスペックを低く制限されるはずだ。そうでなければ有人機が守りを固めて無人機だけが戦う、という3対3である意味がないつまらぬ展開になるに決まっている。有人機も装甲を厚くするくらいはやるだろうが、それもやり過ぎるとつまらなくなる。

 ならばリーダー機は特に設定されないとも考えられる。……が、そう考えると無人機と有人機に分ける意図が見えてこない。単に団体戦をしたいなら有人機3体で構わないはずだ。

 でも、敷居が低くなるという意味では無人機の導入もありえるかもしれない。

 あと、残る問題はフィールドの広さだ。6体ものVFがあのアリーナで戦うとなると手狭過ぎる。かと言って広すぎると有人機が逃げまわる展開になるだろうし、それだと盛り上がらない。

 色々考えた後、結城はランベルトに確認してみる。

「なあランベルト、ほんとにそんなルールが適用されるのか?」

 ランベルトはそれについても初耳らしく、適当な言葉が返ってきた。

「別にいいじゃねーか。無人機ならランナーの体に負担もかからねぇし、イクセルがまたVFBに出られるなら俺はそれでもいいと思うぞ。」

「それは、私もそう思ってるけどさ……。」

 どんな形であれイクセルがVFBに戻ってくるのは嬉しいし、イクセルのファンはもちろんのこと、VFBファンも喜ぶだろう。だがそれだけのためにルールを大幅に変更するのもどうかと思う。

 結局、ルール適用について何も知らないランベルトに代わり、オルネラさんが私の質問に答えてくれた。

「ルールが変わるのは間違い無いと思います。……そう約束しましたから。」

(約束……?)

「お姉ちゃん、約束って?」

 オルネラさんの言葉をすぐさまツルカが取り上げる。私もその言葉に引っかかりを覚えたので、ツルカの指摘はありがたかった。

 指摘されたオルネラさんは言葉に詰まったように見えたが、それは一瞬のことで、すぐに明確な答えが返ってきた。

「……実は、そういう約束で宗生さんに協力したんです。イクセルさんにも話すつもりだったんですけど、なかなか言い出せなくて……ごめんなさい。」

 口調はしっかりしていたが、その目には涙が浮かんでいた。この事でオルネラさんは結構悩んでいただろうし、罪悪感も感じていたことだろう。

 それに、イクセル本人を前にして言い出すのは相当の勇気が要ったはずだ。

「そうだったんですか……。」

 再び頭を下げるオルネラを見つつ、結城は考える。

 七宮は事実上ダグラスを乗っ取っているわけだし、大会側からルールを決めるのも簡単なはずだ。それを利用して七宮はオルネラさんに協力を強要したわけだ。

 オルネラさんがイクセルの復帰を願うのはよく分かるが、別にオルネラさんが頼まなくても七宮はこのルールを作っていただろう。七宮もイクセルとは対戦したいはずだからだ。それを抜きにしてもこの事でオルネラさんを責めるつもりはなかった。

 むしろ、イクセルに対するオルネラさんの愛情に驚かされた。まさかVFBに復帰させるためにここまでやれるとは……イクセルも幸せものである。

 ツルカは姉を擁護するためにルールに賛同し始める。

「わ、枠が増えるとそれだけランナーにもチャンスが与えられるわけだし、3人の組み合わせで戦術の幅も広がりそうし、ボクは良いルールだと思うぞ。」

 七宮がルール変更に大きく関わっている事が分かっても、ツルカと同じくランベルトも反対することはなかった。

「イクセルの復帰の事を抜きにしても、VFに対する悪いイメージを払拭するために色々と変えていく必要があるんだろ。……新しくリーグを作ったりしないで、ダグラスを引き継いでVFBを存続させるつもりなんだから、七宮がVFBの事を真剣に考えているのは間違いないな。」

 ランベルトからまともな意見が出て、結城は同意せざるを得なかった。

 もし、七宮が本気でダグラスを潰していたら、VFBという大会自体が消失していたかもしれない。それを避けるためにルールを改変しているとも考えられる。

 七宮のVFBに対する気持ちは確かなものであり、今後、七宮重工がダグラスの役目を引き継ぐことには賛成だった。VFBは何だかんだ言って長い間続いている大会だし、ここで終わらせるのは勿体無い。

 ……ただ復讐するだけではなく、七宮はその後のこともきちんと考えている。

 復讐の方法は褒められたものではないし、七宮自体気に入らない奴なのだが、その点だけは評価してあげてもいいかもしれない。

 ツルカ、ランベルトに続いてイクセル本人もオルネラさんにやさしく言葉をかける。

「オルネラ、もう終わったことだし気にしなくてもいいんだ。僕のためにやってくれたことなんだから僕が怒るわけ無いだろう。」

 そう言いながらイクセルはオルネラさんを抱き寄せる。その際にツルカが鋭い視線をイクセルに向けたが、イクセルは構わず続ける。

「今回の騒ぎもダグラスの悪事を暴くためにやったと思えばいいさ。このままダグラスがのさばってたら強豪相手の会社から死人が出てたかもしれないんだし。……だから謝らなくてもいいんだ。」

 イクセルはオルネラさんに語りかけながら、そっと目元に指を当てて涙を拭う。

「イクセルさん……。」 

 しかしオルネラさんの涙は止まらず、とうとうイクセルに抱きつき、顔を埋めてしまった。……やっぱりかなり悩んでいたみたいだ。

 ツルカはそれ以上は見てられなかったのか、2人のそばから離れて私のソファーに座ってきた。イクセルに暴力を振るわなかっただけ大きな進歩といえるだろう。

 結城はイクセルに手を出さなかった事を褒めるべく、隣に座ってきたツルカの肩を軽くポンポンと叩き、続いて頭を撫でる。そして、さらさらの銀の髪の感触を楽しみつつ、先ほどのイクセルの言葉を吟味する。

(悪事を暴く、か……。そういう考え方もあるか。)

 イクセルの考えでいくと、七宮はダグラスの横暴によって生まれるであろう被害者を救ったことになる。事実、そうなのだから認めざるをえない。

 もしかして、実は七宮はすごく良い奴で、世の為人の為に頑張っているのではないのだろうか。それなのに表面だけを見て悪いと決めつけている私のほうが質が悪いのかもしれない。

(あー、頭がこんがらがってきた……。)

 私が色々と考えた所で七宮を理解できるわけもない。ただ、七宮の一連の行動には腑に落ちない所や違和感がある。それが何なのかは今の所分からないが、何か別の思惑が存在する気がしてならなかった。

 そんな事を考えながら撫でていたせいか、結城の撫でる手に力がこもっていき、ツルカの髪はどんどんくしゃくしゃになっていく。

 しかし結城はそれに気付かず、再び視線をテレビに向けていた。

「あいつ、何考えてるんだろな……。」

 そこに写っている七宮のインタビュー映像を見つつ結城はぽつりと呟いた。

 

  2


「へっくし。」

 結城がツルカの頭を撫でていた頃、七宮は暗い会議室の中でくしゃみをしていた。

 今頃ニュース番組で僕のインタビュー映像が流れている頃だし、誰かが僕のことを噂しているのかもしれない。……というのは冗談で、冷房の設定温度が低すぎただけだろう。

 くしゃみをした七宮は更に咳き込んで声色を整えつつ、壁に設置されたパネルを操作して冷風の量を減らした。だが、それでもまだ寒い気がする。

 七宮はパネルの前に張り付いたまま振り向き、同じ会議室にいる人に意見を聞いてみることにした。

「寒くない? このくらいでいいかな?」

 すると、すぐに2名の苛立った声が返ってきた。

「自動設定にしておけばいい。……そんな事はいいからさっさと始めたらどうだ。こんなに揺れている場所に長居はしたくないのでな。」

「そうだ、本来ならそっちが売り込みに来る所をわざわざ出向いてやってるんだ。あまり時間を掛けずにさっさと運用方法と値段を教えろ。まさか、こんな資料を渡しただけで終わるつもりじゃないだろうな?」

 そんな声に対し、七宮は落ち着いた口調で言葉を返す。

「焦っても仕方ないですよ。この船は時間通りに航行してるんですから、早く済ませた所で時間が余るだけです。お互い、焦らずゆっくりいきません?」

「だったら先に話を済ませろ。その後でのんびりさせてもらう。」

 ……現在、七宮は海の上、E4の戦艦型フロート内にいた。

 海の上ならば人の目を気にすること無く話せるし、バレる心配もない。もし知られてしまっても、E4の船ならば申し訳が立つ。七宮はそんな聞かれてはまずい話をするつもりだった。

 ――つまりは、VFを兵器として売り出す話である。

(別に大っぴらに話してもいいけれど、あの事故からあまり経ってないからなぁ。)

 この時期に世間に知られてしまったら、絶対に反感をかう。しかし、今だからこそ、世間が事故に注目している時期だからこそ、武器を扱っている人々にはVFを売り込むチャンスでもあった。

 そんな武器を大量に扱っている2名を乗せてから既に90分が経った。配った資料も全て読み終えたようで暇を持て余してイライラしている。これだけで交渉には向かないタイプだと判断できたが、交渉する気すら無いのかもしれない。

 数十分掛けて監視も盗聴もされていないことを確認できたわけだし、そろそろ始めてもいいだろう。

「……では、プレゼンさせていただきますか。」

 七宮は空調のパネルから手を離すと、会議室の奥へと進んでいく。

 会議室は比較的広く、木目調のテーブルの周囲には黒い革製の大きな椅子が30席近く設置されていた。その内の3つの椅子には人が座っており、それぞれがテーブルを囲むように、それぞれの辺の中央付近に着席していた。

 七宮は会議室の奥側にあるスクリーンに向かいながら、その3名を改めて観察する。

 スクリーンを前として、その左側には軍服を着た老年の男が座っていた。年から判断すれば結構上の位にいる人だと思うのだが、そこまでは調べられなかった。ただ、VFには興味を持ってくれているようで、彼は背筋をぴんと伸ばしたまま手元にある資料を入念にチェックしていた。

 テーブルの手前側、一番出入口に近い場所には白を基調としたチェック柄のスーツを着た壮年の男が座っていた。彼の目付きは鋭く、移動している僕から目を離さず、値踏みするようにずっと眺めていた。両隣には屈強そうな男が2名ほど立っており、堅く腕を組んでいた。

 そして、テーブルの右側には小太りの男が座っていた。どちらかと言うと毛が薄く、丸々と太っている彼は今回僕に戦艦を貸してくれたE4の会長だ。ついでに言うと、彼は今回の計画の協力者であり、そしてパートナーでもある。

 ミリアストラ君を通じて知り合った仲だが、彼が計画に賛同してくれたおかげでミリアストラ君もかなり自由に動くことができた。純粋に金儲けに勤しむ彼はこちらとしては扱いやすいし、彼も僕の言う通りにするのが一番金儲けに繋がると判断してくれている。

 それに、もともと彼もVFの兵器転用には乗り気であり、ミリアストラ君が間に入ってくれているので全面的に信用している。

 そんな彼を、兵器開発部門を持つE4の会長を呼んだのは、今からVFを効率的に宣伝するためである。言わばサクラだ。

 他の2人は僕達が協力関係にあることを知らないので、会長がVFを褒めてくれれば、他の買い手の食指も動くだろう、という寸法だ。

 また、今こうやって海の上に居られるのも彼のおかげだ。こんな隔絶された場所でなければ軍服の老年男性も、スーツ姿の壮年の男もここに来てくれなかっただろう。こんな場所で僕と話していることが知れれば、無事では済まされないからだ。

 それだけ彼らは責任のある立場に就いている人間なのだ。

「すみません、それではこちらの映像を御覧ください。」

 一通り会議室内を見渡すと、七宮はスクリーンまで移動して手元のリモコンの再生スイッチを押す。するとスクリーンに先日の騒ぎの際に記録された映像が流れ始めた。

 見られてもいい映像は既にネット上に流しているし、2人も一度は見たことがあるはずだ。しかし、今流している映像は暴走VF本体のアイカメラに記録された物だった。

「これは……」

「まさか、どうやってこんな映像を……?」

 映像では、次々と破壊されていく防衛システム――大型の固定機銃や砲台が映し出されていた。それだけで、僕がこの事件に深く関わっていることを悟ったのか、会議室内に静かな緊張が走る。

 七宮はそんな空気も悪くないと感じていた。

 ――『ヴァイキャリアス・フレーム』

 元々は多目的型の建設用重機としてデビューしたただの人型の機械は、やがて格闘競技『VFB』のために使われるようになり、その知名度を飛躍的に上昇させた。

 そして次は競技のためのスポーツマシンではなく、戦争のための戦闘兵器として使われようとしている。

 実際、VFは優秀な戦闘兵器だ。

 他の大型兵器に比べて圧倒的に安く、圧倒的に汎用性に優れ、圧倒的に扱いやすい。……もちろん、この場合の“扱いやすい”は戦術的に扱いやすいという意味だ。VFはどんな状況でもどんな役割も果たせられるだろう。それだけ優秀なマシンなのだ。

 七宮はそんな優秀な人型戦闘機『VF』を売り出すつもりだった。

 それから数分間、比較的見栄えのいいカットを流すと、七宮はその映像を背にセールスを始めた。

「……で、映像を見てどう思われます? この性能で、値段は最新型戦車の3割かそれ以下。現状のVFB関連施設を上手く使えば運用コストも半分以下に抑えられますし、有用性と将来性があると思いませんか。」

 見せた映像は海上都市の自立防衛システムが制圧される場面に加え、暴走VFがランナーに破壊されていく市街戦の場面、そしてランナー同士の決闘の様子だった。

 自立防衛システムに関しては自分でも惚れ惚れするほどの制圧っぷりを見ることができた。そもそも防衛システムの攻撃対象は航空機か戦艦か巡航ミサイルなので、VFを止められるわけがない。だが、やはり無数の砲台が順調に制圧されていく様子は見ていて気持ちがいい。

 しかし、ランナー同士の決闘については、どれも僕に協力してくれたランナーから直接もらった映像だったため一方のVFしか写せておらず、しかも動きが速すぎて素人には鑑賞に耐えない物だった。

 ただ、素人ではない軍服の男とチェックスーツの男の興味は十分に引けたようで、2人は身を乗り出して映像に見入っていた。

 だが、そんな態度とは裏腹に僕の提案に対する2名の意見は辛口だった。

「……そうは言われてもな。その性能も君のような凄腕のパイロットがいてからこそだ。こちら独自の調査によればVFランナーの育成には戦闘機乗り以上の手間暇がかかると出ている。……とてもじゃないが有用性があるとは言えないな。」

 まず口を開いたのは軍服の男だった。それに続いてスーツの男も呆れたような口調で軍服の男の意見に同調する。

「全くもってその通りだな。ただでさえパイロットの育成は金も時間も掛かって大変なんだ。そのパイロット以上に複雑な操作を必要とするランナーを育てられる自信は我が国にはないよ。……ましてや先ほどの映像にあったような、最高峰のリーグで活躍するランナーにはね。」

 そんな事を言われてしまったが、こんな反応が出るのは予想の範疇である。

 七宮はすぐにそれに対する答えを用意する。

「大丈夫ですよ。ランナーの育成もこちらに任せて下さい。」

 穏やかな口調で言うと、すぐに反論が返ってきた。

「何を馬鹿な、そこまで負んぶに抱っこされてまでVFを導入するつもりは……」

 軍服の男のそんな言葉を遮り、七宮は映像を切り替える。

「まぁまぁ、せっかく用意していますから次の映像も見てください。話はそれからです。」

 切り替わった映像の場所は海上アリーナで、そこにはアカネスミレとリアトリス、そしてファスナがいた。

 映像はアカネスミレがエルマーによって運ばれてきたところから始まっていて、リアトリスがファスナに太刀を刺したのをきっかけに戦闘が開始された。

 また、画面右上には結城の顔写真も表示されていた。

「これは何だ?」

 映像が流れ始めてからすぐにスーツの男に質問され、七宮は大まかに説明していく。

「こちらの黒いVFが僕で、こっちの赤いVFを操作しているのが僕の訓練プログラムを受けたランナーの『高野結城』……18歳の女性です。」

 説明している間、映像ではアカネスミレがグレイシャフトを自在に操っており、自分が操作していたリアトリスと互角に戦っていた。アカネスミレは鬼神のごとく強烈な攻撃を連発している。よく僕もこの猛攻に耐えられたものだ。

 ……いや、結局耐え切れずに負けたのだけれど。

「ほほう、ユウキという名前は耳にしたことがあるぞ。確か新人の女性ランナーだとか何とか……。」

 何だかんだ言ってVFBの事は知っているらしい。軍服の男はすぐにこちらの話に興味を示し、食いついてきた。

「よくご存知で。……彼女には5年間の教育を実施し、その後2年の実機訓練、試合による実戦を経験させました。それだけで本気の僕に勝利したんですよ。すごい成果だとは思いませんか?」

 その言葉が終わると同時に映像内でアカネスミレの動きが加速し、あっという間にリアトリスを破壊してしまった。あの時の体感時間は数十分にも思えたが、改めて映像で見てみると10秒にも満たない。

 そんなアカネスミレの反応速度に軍服の男は驚愕しているようだった。

「確かにすごい。……が、それは話をふくらませすぎではないか。彼女も君のような特殊な人間だったんだろう?」

「それは認めますよ。結城君はVF操作に素晴らしい適性を示してくれました。……でも、彼女と同レベルか、それ以上のレベルのランナーがシミュレーションゲーム内には存在しています。」

「ゲームだと?」

「いきなり何だ、一体何の話だ。」

 急に話が飛び、軍服とスーツの男が怪訝な表情を見せる。

 七宮はそんな顔を見ながら落ち着いて説明を続ける。

「ダッグゲームズが提供しているVFBシミュレーションゲームです。このゲームは現実にかなり近い条件でVFを操作できるのが売りで、プレイ人数もかなり多いんです。強さに応じて27段階にランク分けされていて、上から4段階……AAAランク以上は2RDリーグでも十分に通用するレベルで、上位60名ともなると1STリーグで活躍しても問題ないでしょうね。」

 軽い口調で言うと、七宮は再びリモコンを操作して映像を切り替える。

 すると、今度はエルマーの映像が表示され、右上に槻矢の顔写真が出てきた。

「また日本人ですみません。彼はそのゲームで上位ランカーだった槻矢という少年です。彼も数年のシミュレーションと2年の実機訓練でこのレベルに達しています。」

 映像の中でエルマーは複雑な軌道を見せながら暴走VFを撃破していく。アサルトライフルの銃身を持って殴る様は些か滑稽だったが、戦闘能力の高さは十分に伝わっていた。

「今回の騒動ではエルマーという特殊なVFをいとも簡単に操作しています。ぶっつけ本番でこれだけ動けるのです。十分すぎるとは思いませんか?」

「この動きをたった2年で……。他に特殊な訓練はしていたのか?」

 槻矢君も結城君と同じく『特殊な人間』だが、別に『特殊な訓練』を受けたわけではないので、七宮は事実のまま答える。

「いえ、全く。やっていたのはシミュレーションゲームだけです。」

「そうか……。」

 軍服の男は感心したようで、顎に手を当てながら映像を食い入るように見ていた。

 だが、スーツの男はエルマーの戦闘映像を鼻で笑う。

「下らないな。この程度の挙動なら我が国が所有している戦闘機でも可能だ。ベクターノズルを改良して少し軽量化すればこれ以上の動きができるだろう。……わざわざVFを使う必要もあるまい。」

 強気なようだが、あのエルマーを超える機動性を有していても、槻矢君のような動きを実現させられるパイロットはそうそういないのは確かだ。

 ここまで否定的にされると不愉快なので、七宮は戦闘機に関して言及してみる。

「……その戦闘機に対する迎撃システムの成長は凄まじいのはご存知ですよね。いずれは戦闘機も無用の長物と化してしまいます。そうなると次に重要になるのは陸戦力……。このVFならば陸上において最高の実力を発揮するでしょう。」

「迎撃システムなど……!! 我が国の戦闘機の機動性は……」

 我が国我が国とうるさい男だ。

 更にスーツの男が再び反論しようとした所で、E4の会長が助け舟を出してくれた。

 会長も伊達に大国相手に兵器の取引をしていない。その話し方は僕なんかよりもずっと巧みで、声もどこかのCMを聞いているのかと錯覚するほど聞き易かった。

「ちょっといいですか? ……むしろ戦闘航空機こそ必要無いと思いますよ。今の主流は安価なUCAVの大量投入ですからね。それに小規模な紛争が多発している今、大規模な兵器運用の必要性は無くなりつつのも御存知でしょう。VFは戦闘機の代わりにはならないですが、戦闘機もVFの代わりには成り得ないと言った所でしょうかね。」

 ちなみに、『UCAV』とは無人戦闘航空機のことだ。安価でありながらそこそこの戦闘能力を有しており、パイロットを危険に晒すこともないので大人気だ。

 E4の会長は丁寧な口調でそう言うと、視線をこちらに向けてきた。

 そのアイコンタクトを受けて七宮はセリフを受け継ぐ。

「そうですね、VFならば特に市街戦などで活躍できるはずです。でなくても、VFは汎用性が高いので、アタッチメントを換装するだけで、大抵の戦場に適応できると思いますよ。」

 これだけ言えば納得してもらえるかと思ったが、今度は軍服の男が別の問題点を指摘してきた。

「だが問題もあるな。シミュレーションゲームでランナーを育成した所で、それはただゲームの上手い民間人であって軍人ではない。いくらVFの操作に適正があったとしても、ゲームに熱中するような輩が戦場の空気に耐えられるとは思えんな。」

 なかなかどうして古い価値観を持っている人だ。歳をとっているので仕方ないと思うが、彼の考えもあながち間違っていない。しかし、それでもVFには無用の問題だった。

「それも問題ありません。遠隔操作で作戦行動ができるので、ランナー本人の体力は全く関係ありません。連携に関してもゲーム内で訓練プログラムを実施すれば問題ないでしょう。」

「遠隔操作? 何の話だ。」

 すぐさま質問を返され、ここで七宮は根本的な説明を抜かしていたことに気が付いた。そんな失態を反省しつつ、七宮はすぐに対応する。

「言い忘れていました。先ほどの映像、暴走したVFは全てゲームプレイヤーが遠隔操作していたものだったんです。」

「なんと!?」

「話はここからです。僕はこのVFをUCGV(無人戦闘車両)として運用できると考えているんです。」

 無人戦闘機……先程の無人戦闘航空機も含め、この類の兵器は現在ありとあらゆる場所で活躍中だ。遠隔操作はもちろん、自律行動できる無人戦闘機もある。だがこれらは大抵補助的な役目に徹しており、最終的に手を下すのは生身の人間だ。

 VFが導入されれば無人戦闘機は補助的な役目から脱することができるはずだ。そうなればVFは戦場に革命を起こすことになるだろう。

 七宮は矢継ぎ早に話していく。

「シミュレーションゲーム内のシステムも変更し、より実践で役立つような仕組みを作ろうとしています。今後これが進めば、ランナーの数が増え、遥かに低コストでランナーを使うことができるでしょう。」

「そこまで見越していたのか。だがしかし……」

 軍服の男はそう言って悩ましそうに黙ってしまう。

 その間にスーツの男が再び食い下がってきた。

「VFなど必要ない。今まで戦車以上の陸戦兵器が作られなかったのは戦車以上の戦力が必要なかったからだ。だから陸戦兵器は戦車で十分なんだよ。VFみたいな安価な人型兵器は必要ない。」

 頭の固い人だ。慎重なのはいいことだが、そんなに疑い深く検討するまでもなくVFは素晴らしい兵器だ。それは事実である。

 何もそこまで拒む必要はないのに……。そう思いつつ七宮は根気よく言い返す。

「安価だからと言って、性能が劣るということにはならないですよ。映像を見れば戦車の数倍の戦力を発揮できることは理解できるはずです。……逆に考えてみてください。このVF数十体に攻められたらどうします? 海上都市並みの中規模な都市ならあっという間に制圧されてしまいますよ?」

「はっ、冗談はよしてくれ。数十体のロボットが組織化された軍隊に敵うわけがない。」

 スーツの男はこちらを小馬鹿にするように笑い、おどけたように首を左右に振る。

 そんな動きを見つつ、七宮は淡々と説明していく。

「仮に敵わなかったとしても、それなりの被害を被るでしょうね。もしそちら側の戦車をVFの数の半分でも壊せば、それだけで金額的にはVFの勝利なんですよ。……それに、先程も言ったようにVFは遠隔操作できます。死者が出るとすればあなた方の軍隊のほうだけでしょうね。」

「む……。」

 そこまで言うとスーツの男は椅子の背もたれに体重を預けて黙ってしまう。その態度を見て、七宮は話を次の段階に進めていく。

「口で説明するのにも限界がありますし、まずは実物で試されてみてはいかがです? 戦闘用に兵装を追加したVFを三体ほど無償で提供しますよ。あと、お望みであればインストラクターもつけますが。」

 スクリーンの映像を切って案を提示すると、すぐに軍服の男から反応があった。

「ほう、それはなかなか太っ腹だな。フレーム部分に新たな技術を採用していると資料に書いてあったが……。そんなに簡単にこちらに渡してしまって良いのかな?」

 提供したVFを分析して、コピーを作れると言いたいのだろう。そんな非効率的な事をやるとは思えないが、取り敢えず解答しておくことにした。

「もちろん解体して構造を研究してもらっても構いません。それほど複雑な機構は搭載していませんし。……でも、自前で作るよりも我々から購入したほうが遙かにコストを抑えられるでしょうね。」

 とにかくお試しでもいいのでVFを持って帰ってもらうことが重要だ。

 FAMフレームとバリアブルフレームの複合フレームを搭載したVFは、現在運用されている工事用や整備用のVFとは比較にならないほどのスペックを有している。将来的にはナムフレームも商品として完成させる予定だし、一度でも使えばVFの有用性を認めてくれると確信していた。

 今までの話しっぷりからすると軍服の男はVFを自国で試してくれそうだったが、問題はスーツの男だった。先程から何かにつけて反論してくる。VFに対していい印象を持ってくれていないらしい。

 しかし、その問題はE4の会長の一言で解決されることとなる。

「――試しに100体程買わせてもらいましょうか。」

「100体!?」

 E4の会長の購入宣言に対し、スーツの男は素っ頓狂な声を上げた。やはりサクラが場にいるだけで客を楽にコントロールすることができる。

 こちらがアイコンタクトで礼を伝えると、E4の会長は口の端を上げて笑い、話を続ける。

「何、100体でも少ないくらいですよ。パッと思い浮かぶだけでもVFに興味を持ちそうな顧客が数人いますし、間違いなく売れると思っていますよ。それに、ウチの兵器と併せればいい商売ができるとも思いましてね。」

 本当か嘘か分からないが、この場ではとても有難い発言だ。

 また、彼は意外に社会的信頼度が高いらしい。そのセリフだけでスーツの男の意見が変化した。

「……帰って相談することにする。」

 スーツの男はそう言い捨てるとテーブルの上の資料を鞄の中に突っ込み、会議室から出ていった。ボディーガードの2人も後に続いてドアが閉まる前に室外に出ていった。

 それとほぼ同じタイミングで戦艦が港に到着した旨のアナウンスが流れ、それでプレゼンテーションが終わったことを悟ったのか、軍服の男も席を立ってこちらまで歩み寄ってきた。

 そして握手を求めて手を差し出してきた。

「私も検討はしておこう。今日は貴重な話を聞けてよかったよ。」

 七宮は快くその手を握り返す。

「あなたの国は紛争で色々と苦労しているようでしたから声を掛けたまでですよ。忙しい中わざわざ足を運んでもらってこちらも感謝してます。」

「うむ……。兵士の命が保証されるのはこちらとしても魅力的だ。試しに戦車との混合部隊を立ちあげてテストしてみよう。」

 検討だけでなく実際にVFをテストしてくれるとは、ありがたい限りだ。

「それはいいですね。今までのVFとは違って、戦闘用VFはきっとお役に立ちますし、戦場の有り方がガラリと変わるでしょう。興味があればまたお声をかけて下さい。認可を頂ければそちらの国に分工場を配置して現地生産も可能ですから。」

 軍服の男はそこまで期待していないらしく、半笑いでこちらの肩を叩いてきた。

「そんなに焦ることもないだろう。到底私にはこのVFが兵器のメインストリームになるとは思えん。が……少しは応援させてもらうよ。」

 ちょっとでも期待してくれれば御の字だ。そのささやかな応援に対して礼を言おうとすると、E4の会長が横槍を入れてきた。

「そうですか? 私はこのVFこそが軍事革命を起こすと思っていますよ。近い将来、VF無しでは戦争できなくなるでしょうね。」

 過剰なプッシュは止めて欲しいところだが、軍服の男は冷静に言葉を返す。

「そう思っているのはあんたみたいに兵器を売ってる奴らだけだ。いくら兵器を褒めた所でその手には乗せられんよ。……それじゃ、帰らせてもらおう。」

 軍服の男には会長がサクラだと分かっていたみたいだ。そう言うと軍服の男はすぐにこちらから離れ、会議室から出ていった。

 会議室に残された七宮とE4の会長はドアが閉められると同時にため息をつく。

 七宮はそれに加えて椅子に座り、テーブルの上に足を載せて携帯端末を取り出した。

「取り敢えず、これで一通り宣伝は済んだかな。」

 携帯端末の画面にはチェックリストが表示されていたが、そのほとんどが消化済みであり、すぐにすべての項目にペケ印が付いた。

 E4の顧客の中でもVFを買ってくれそうな相手を選んで宣伝や売り込みやプレゼンテーションを行ったわけだが、想定していたよりも買い手が多く付きそうだ。

 VF自体にマイナスイメージが付いてしまうのではないかという懸念は、今はどこかに飛んでしまっていた。やはりあの過剰なまでのデモンストレーションは効果絶大だったというわけだ。

 僕だけでなくE4の会長も喜んでいるらしい。上機嫌に話しかけてきた。

「今までVFを宣伝のために使っていたのですが、まさかVFそれ自体が商品になろうとは……。いやあ、技術の進歩というものは素晴らしいですなぁ。」

「確かに。その進歩に貢献してくれた開発者達には頭が上がらないよ。」

「確かにその通りですね、特にあの最新型のフレームを開発したエンジニアには直接会って感謝したいくらいですよ。」

 本当に彼は金儲けが好きらしい。売り込みが終わってからずっと口元が緩みっぱなしになっている。こちらが売るVFにどのくらい上乗せして販売するかは分からないが、かなりの利益を上げられる見込みなのだろう。

 こちらとしてもなるべく多くの団体や国家にVFを販売して欲しいので、販路の一部は彼の会社に任せたので問題無い。

(後は、注文を待つだけだね……。)

 これでようやくVFBの改革に本腰を入れられると思っていると、いきなり会議室のドアが開いて人が入ってきた。軍服の男が資料を取りに戻ったのかと思ったが、そのシルエットは女性のものであり、よく見ると白衣を纏った日本人女性だった。

「鹿住君……噂をすれば、だね。」

 誰もここには近づかせないようにミリアストラ君に頼んでいたはずなのだが……。それが鹿住君となると話は別だ。

 このタイミングでここに現れたということは、鹿住君は最初からこの戦艦に乗り込んでいたはずだ。つまり、ミリアストラ君が気を利かせて先ほどの買い手の連中と鉢合わせしないように時間をずらしてくれたと考えられる。ミリアストラ君の判断は正しいし、対応にも文句はない。後で褒めてあげる事にしよう。

 鹿住君はドアを開けっ放しにしたままこちらまで早足で歩み寄ってくる。

 それを見てE4の会長は確認するように僕に話しかけてきた。

「カズミ……まさか彼女があの『カズミヨウリ』さんですか。」

 七宮はE4の会長に対して肯定のつもりで頷いてみせる。

「そう、まさしく彼女こそがナムフレームを開発したエンジニアだよ。そして、今回の計画の一番の功労者だ。」

 今は入院中と聞いていたけれど、もう退院していたのだろうか。お見舞いに行くつもりだったのに……少し残念だ。

 近くまで来ると、鹿住君は僕と向き合ったまま2度ほど深呼吸をし、落ち着いた口調で話しかけてきた。

「……七宮さん、どうしても考え直してくれないんですか。」

「VFの兵器転用についてかい? 今更遅いよ。」

「だったら、今までの事を全部治安当局に暴露して、それで七宮さんを逮捕してもらいます。」

 脅しにもなっていない言葉に対し、七宮は椅子に座ったまま軽く返す。

「そんなのは無理だって君にもわかってるだろう? 君が作ったプログラムのお陰で証拠は完全に消去されているし、僕には僕を守ってくれる法関係の知り合いがたくさんいるからね。逮捕なんてありえないさ。」

 鹿住君もそんな事は百も承知なはずだ。しかし、それでも尚その姿勢を変えなかった。

「でも……私はVFを兵器に転用するなんて認めません。」

 俯いて必死に訴えてくる鹿住君の気持ちも分からないでもない。しかしこれは何年も前から決めていたことなのだ。その決意が一言や二言で揺れることはなく、ましてや変わることなどあり得ない話だった。

「鹿住君、何も悪いことばかりじゃないんだよ。VF同士の戦闘が戦争の主流になれば……まあ、そんなに簡単にはならないだろうけれど……戦死者はぐっと減るだろうね。遠隔操作は安全だよ。これがスタンダードになれば誰も死なずに済むとは思わないかい?」

 説得を試みたのだが、鹿住君の意思も相当に固いらしい。

 すぐにこちらの意見を否定してきた。

「死者が減るなんて、そんなのは詭弁です。安い武器が流れればそれを手に取る団体が増えて、争いが多発するに決まってます。そうなると余計に人が死ぬんですよ? わかってるんですか七宮さん!!」

「そんなに大声で言わなくても分かってるさ。」

「七宮さん、あなたは結果的にガレス・ダグラスよりも大きな罪を背負おうことになりますよ。間接的だとはいえ、それは許されないことなんです。」

(ガレスよりも……だって?)

 親を殺された被害者である僕がガレスよりも酷い人間なはずがない。

 七宮はすぐさま鹿住に同じような論調で言い返す。

「それを言うなら、ナムフレームを開発した君のほうがよっぽど間接的に人を殺す事になるね。」

「あ……」

 鹿住君はこちらの言葉に一瞬狼狽えたものの、弁解し始める。

「でも、それは七宮さんがVFを兵器として売らなければいいだけの話です。それに、新しい技術を開発するのは悪くはないはずです。悪いのはそれを兵器として売る人達で……」

 弱気になっていく鹿住に七宮は追い打ちをかけるようにして言葉を遮る。

「そうなると、最終的に一番悪いのは兵器を直接使っている人になるね。それとも何かな? VFが使うライフルが悪いのかな? ライフルに装填されている銃弾が悪いのかな? ちなみに、火薬を発明したのは……」

「そんな極論を持ちださないでください。私は……私は、七宮さんのことが心配で警告しているんです。」

 鹿住君は真っ直ぐこちらを見つめてきた。

 心配してくれるのは嬉しいことだが、鹿住君に心配されるほど危険なことをやっているつもりはない。

 鹿住君はこちらを見つめたまま言葉を続けていく。

「どうして分かってくれないんですか七宮さん……。今まで通りVFB用のスポーツマシンとしてVFを売っていけばいいじゃないですか。それを何で兵器なんかに……理解できません。」

「そっちの方が儲かるからさ。それに、七宮重工の名を確実に後世に残せる。」

 七宮は即答し、椅子から立ち上がって更に続ける。

「僕は綺麗事は嫌いじゃない。でも、好きでもないんだ。このくらいの罪を背負う覚悟はあるよ。」

「……。」

 ここまで言うと鹿住君も反論できなくなったのか、やり切れない表情を浮かべつつも何も言ってくることはなかった。

 そんな表情を眺めつつ、七宮は鹿住の手をとって出口まで案内していく。

「さて、鹿住君。今まで僕を手助けしてくれてありがとう。アール・ブランに帰るといい。君の居場所はあそこなんだろう?」

 僕が言わずとも鹿住君はアール・ブランに戻るだろう。だが、もっと早めに戻れるように言葉を送る。するとこちらの意を察したのか、鹿住君は軽く会釈をしてくれた。

「……はい。七宮さん……。」

 そう言ってくれた表情は、結城君の元に戻れて嬉しい感情と、僕を説得できないまま離れるやるせなさの感情が混じっているように思えた。

 その表情は鹿住君には似合わなかった。

「そんな顔をしないでくれよ。いずれ鹿住君もわかってくれることを願っているよ。」

「残念ですけど、それは無いと思います……。」

 鹿住君がそんな冷たい返事をした頃には会議室のドアに到達しており、鹿住君はそれ以上何も言わずに去っていってしまった。

(鹿住君はそれでいい……。)

 これから鹿住君と会うことはもう無いだろう。あまり寂しくはないが、やはり数年も一緒に行動していた女性と別れるのは心に来るものがある。

 鹿住君の背中を見ながら感傷に浸っていると、すぐに背後から別の女性の声が聞こえてきた。

「お疲れさま。カズミと何を話したの?」

「お別れの挨拶だよ。」

 返事をしながら振り返ると、ブロンドのショートヘアーの女性……ミリアストラ君がいた。しかし彼女の視線はこちらではなく、去っていく鹿住君に向けられていた。

「やっぱりカズミはこれ以上は一緒にいてくれないのね。……別れるのは少し寂しいわ。」

「そうだね。」

 こちらが同意すると、ようやくミリアストラ君はこちらに視線を合わせる。

「……でも安心していいわよ。まだアタシはアンタに付き合うつもりだから。」

 こちらにそう告げると、ミリアストラ君は金色の短い髪を軽く触り、銀のヘアピンを指で撫でながら嬉しそうに語る。 

「ホント、E4のランナーになってよかったわ。アンタが会長と仲良くなったおかげで待遇も良くなったし、これからも甘い汁吸わせてもらうつもりだからよろしくね。」

 忘れていたが、彼女もお金が大好きな人間だ。今回の騒ぎでは僕からの報酬やダグラスからの情報提供の見返り金などでかなり儲けたはずだ。会長と同じく、僕と関わればもっと大きな金額を手に入れると踏んだのだろう。

「好きにするといいさ。大歓迎だよ。」

 彼女はそれに見合うだけの働きをしてくれた。それに、ここで断る理由もない。

 こちらが了承すると、ミリアストラ君はニンマリとした笑みを浮かべる。

「ありがと、せいぜい稼がせてもらうつもりだから何でも言ってね。何なら、早速カズミを呼び止めてあげてもいいわよ?」

「……。」

 思わず「頼むよ」と言ってしまいそうだったが、七宮はその言葉を辛うじて飲み込んだ。 

 これ以上鹿住君を無理矢理働かせるのはあまりにも酷だし、彼女には彼女の人生がある。結城君達と一緒に過ごすのが彼女にとって一番幸せなのだ。

「いや、もう彼女は必要ないから構わないよ。」

 未練があると思われると嫌だったので少し突き放した言い方をしてみたが、ミリアストラ君には見え見えだったらしい。すぐに笑われてしまった。

「ホントは寂しいくせにカッコつけちゃって。」

「……。」

 こうやって気さくに誂われるのも悪くないものだ。

 暫くは忙しいし、その間ミリアストラ君にはボディーガードでもしてもらおう。そんな事を考えつつ七宮は会議室の中へ戻っていった。


  3


 ――騒ぎが終わってから2ヶ月が過ぎた。

 暴走VFのせいで破壊された建物は既に撤去され、居住エリアに架かっていた橋もその半分ほどが修復されている。

 結城はその中でまだ手付かずのまま放置されている大きな橋を見ていた。その橋の中央には大きな穴が開いており、下から見ると歩行者用コンベヤーのベルトがめちゃくちゃに引きちぎられていた。

 後でドギィから聞いた話だと、ドギィはここであのボリスとか言う戦闘機と戦い、勝ったらしい。空を飛ぶ戦闘機にどうやって勝利したのか気になるところだが、ドギィのことだから私が思いつかぬような無茶な方法で勝ったのだろう。

 そんな橋とは違い、結城は既に修復された橋の上を歩きながら撤去作業と修復作業を行なっている建設現場用のVFを眺める。

(流石VF、この調子ならすぐに復興も完了するな。)

 本来ならクレーンで慎重に運ばなければならない資材も、VFの手に掛かればあっという間に運べる。作業用のVFなので足が短めで寸胴の上、フレーム剥き出しで見栄えは悪いが、その動きは見ていて飽きないほどスムーズだ。

 朝も早いというのに、こんな時間から作業をしているなんてご苦労なことだ。

「全然人いないな……。」

 急にそんな感想を述べたのは私の隣を歩いているツルカだ。

 そんなツルカの言葉通り、改めて周囲を見渡してみると視界の中には数名の人しかいなかった。

「ま、仕方ないさ。」

 現在、結城はツルカと共に登校中だった。中央ビルに続くコンベヤー付きの橋は今は封鎖されており、止む無く無事だった橋を歩いて渡っている。橋は勝手に動くものと思い込んでいる結城にとって、橋を歩くというのはなかなか新鮮な体験でもあった。

 ……それにしても学校に行くのも久しぶりだ。

 事件のせいで2ヶ月間も学校が閉まっていたわけだが、休校したのはそれだけのせいではない。ダグラス社が倒産してしまったことも関係していた。

 辛うじてダグラス企業学校は残されたものの、今後は新たに学生を募集せず、2年後に閉校する予定だ。つい2年前に開設した学校なのに、お気の毒としか言いようが無い。

 名称も『海上都市VF産業専門学校』と名称を変え、卒業した学生にも配慮している。ダグラスという名前にマイナスイメージが付き過ぎて、使用したくないとのことだ。

 暴走VF騒ぎに続いてそんな事もあってか、学生の数は急激に減少し、今や寮には指で数えられる程の学生しか残っていない。それにダグラスが潰れてしまったということは安定した就職先が消滅してしまったわけであり、むしろ、学校に残っている学生の方が珍しいくらいだった。

 女子学生寮とは違い、男子学生寮はそこそこ残っているみたいだが、やはり以前とは違って活気がなくなっていると諒一から聞いている。

 諒一などの3年生は卒業できたはいいものの、肝心の就職先のダグラスが潰れて今ごろ大変な思いをしていることだろう。

 その動きは学生だけにとどまらない。住民の多くも海上都市から離れてしまった。

 住民の多くが海外派遣された民間企業の社員だったので、その人達がほとんど本国に呼び戻されてしまったと聞いている。

 それに、VFが暴走するなんて事件が起こった後では、誰も住みたがらないはずだ。

 ドギィの活躍のおかげで商業エリアは居住エリアほど被害を受けておらず、ほぼ無傷の状態なのだが2ヶ月たった今でも閑散としている。観光客もあまり来なくなったし、商業エリアの店のオーナーも海上都市から手を引いているらしい。

 この調子だと私たちの食の生命線である農業エリアまで閉鎖されそうで恐い。そうなると本気で海上都市から出ることを考えなければならないだろう。

 私の思っていた以上に、あの騒ぎはここの住民に恐怖心を植え付けてしまったのだ。

 再びこのメインフロートユニットが活気を取り戻すためには時間が掛かるに違いない……というか、活気を取り戻すことなんてできるのだろうか……。

(せめて私が卒業するまでは……大丈夫だよな?)

 こんな辛気臭いことばかり考えていても仕方がないので、結城は作業中のVFから目を外して、ツルカに話題を振ることにした。

「それにしてもなかなか長い休みだったな。あんまり会えなかったけど、ツルカは何してたんだ?」

 ちなみに私はほとんど毎日諒一の見舞いに行き、退院した後も色々と面倒を見ていた。あれほど家事が大変だとは思っていなかった。あれを完璧にこなしていた諒一が化け物に思える。

 あと、ダグラスが潰れたせいで大学とか留学の話もパーになってしまった。こればかりは七宮に感謝しなくてはいけない。かなり悩んでいたのでその根本的な問題を消してくれたのは大変ありがたい。

 問題から逃避したと言われても仕方ないが、それで諒一と一緒にいられるのだから万々歳である。鹿住さんも戻ってきたことだし、今後は鹿住さんから色々とVF関連の技術を教わればいいだろう。諒一のことは気に入ってくれてたみたいだし、鹿住さんなら快く了承してくれるはずだ。

 そんな事もあってか、諒一が卒業した後の家を探す手伝いもした。人が減ったせいで探すまでもなかったのだが、なかなか部屋を探すというのは楽しいものだ。

 不動産の人には同棲に適した2人で住むような部屋を散々勧められて参った。少し前までは恋仲に見られる度に否定していたが、堂々と恋人と言えるのだから嬉しい。

 ……いずれは2人で住むような部屋を借りることにもなるかもしれない。

 そんな風に一人で思い返していると、ようやくツルカから答えが返ってきた。

「別に……だらだらしてただけで別に何にもしてないぞ。ほんとに。」

 変に焦った口調で答えられ、それを怪しいと思った結城はツルカを見つめる。

 すると、耐えられなくなったツルカが本当のことを語り始めた。 

「実は……イクセルと特訓してた。」

 小さな声で言うと、ツルカは恥ずかしげに顔を逸らしてしまう。

 イクセルと特訓できるレベルまで仲良くなっているとは思ってもおらず、思わず感嘆の言葉が口から漏れてしまった。

「へー、良かったな。すっかり仲良くなっちゃって。」

 2ヶ月もあればいろんな特訓ができただろう。ただ、結城はツルカが大人しくイクセルと練習している風景を思い浮かべることができなかった。

 ツルカはこちらから顔を逸らしたまま言い訳し始める。

「そもそもイクセルの方が話を持ちかけてきたんだ。だから、リハビリついでにと思って仕方なく付き合ってやっただけだぞ。」

 なぜイクセルがVFを練習する必要があるのだろうか、一瞬疑問に思った結城だったが、その訳をすぐに思い出した。

「そうだった。ルールの変更のおかげで遠隔操作でイクセルも試合に参加できるようになったんだっけ。引退してすぐなのにやる気満々みたいだな、イクセルは。」

 ルールに関しては色々と検討中みたいだ。ランベルトの話を聞く限りでは遠隔操作VFは出力を制限されるみたいなのであまり脅威ではないが、それにイクセルが乗るとなると話は違ってくる。

 3対3の試合は1対1の時よりも色々とルール設定が難しそうだ。だがどうであれ、ゲームとして成り立つような仕組みにしてくれることを願っていた。

「イクセルは強いよ。ボクも結構強いつもりでいたけど、やっぱりイクセルは桁違いだ……。」

 そうやって義兄のことを語るツルカは悔しそうだったが、どこか誇らしげでもあった。

 そんなツルカの表情を見て、結城はあるものをツルカに戻すことにした。

「あ、そうだ……」

 結城はツルカから預かっていたそれを手首から外し、横を歩くツルカにそっと差し出す。

「……このブレスレット、ツルカに返す。」

 黒一色の金属製のブレスレット。

 VFのパーツか何かを使って作られたそれは、元々はイクセルがツルカにプレゼントした物である。ツルカはそれが気に食わなくて私に押し付けてきたのだ。

 だが、今のツルカならばイクセルのプレゼントであるこれも問題なく受け取れるはずだ。

 その考えは正しかったらしい。ツルカは何の問題もなく受け取ってくれた。

「実はボクも返してもらおうと思ってたんだ。預かってくれててありがと。」

 ツルカは早速ブレスレットを腕に嵌め、その腕を目の前に持ってきて近付けたり遠ざけたりしながら眺めていた。

 その表情は無邪気に喜ぶ少女のものだったが、私が見ていることを思い出したのか、すぐに普通の表情に戻ってしまった。このはにかんだ笑顔をイクセルが見ていたらどう思うだろうか……。

 そんな事を考えていると、ブレスレットを外した腕に弊害が発生し始めた。

「あー、急に外すと違和感があるな。」

 ブレスレットはそのごつい見た目通りに重量感があったので、外したせいで左腕に少し浮遊感を覚えていた。すると、ツルカがその解決策を提案してきた。

「じゃあ、慣れるまで握っててあげようか。」

 そう言いながら、既にツルカはこちらの手首を掴んでいた。一時的な対処法ではあるが、理想的で簡単な方法でもあるし、結城はそれを受け入れた。

 そのまま2人は手を繋いだまま橋の上を歩いて行く。

「この2ヶ月間みっちりトレーニングできたし。今シーズンは中止になったからかなりスキルアップできそうだ。今度こそ七宮に勝ってやるぞ。」

「え……?」

 気合を入れて言うツルカの言葉に、結城は信じられぬセリフが混じっていたことに驚く。

 それは“今シーズンは中止”という言葉であった。

「まさかユウキ、知らなかったのか。」

 ツルカは驚いたようにコメントしてきた。その驚きは私のような事実を知った時の驚きではない。単にツルカは私の疎さと無知さに呆れているようだった。

 そしてツルカはわざわざ私のためにその理由を説明してくれた。

「新リーグ開設の準備でかなり時間が掛かるってお姉ちゃんが言ってたぞ。ルールもかなり変わるらしいし。」

「それは聞いてるけど、ちょっとルール変えるくらいでそんなに時間掛かるのか……?」

「さぁ、分からない。でも、アリーナというか、戦闘エリアはすごく広くするらしいし、その為の工事に時間が掛かるんだろ。」

 なるほど、工事なら何とか納得できる。

 しかし、せっかく優勝したのにその次のシーズンが中止とは……。それだけが何となく納得できなかった。

 それから暫く歩いているとやがて橋が終わり、2人は中央タワービルの中に入っていく。外とは違って中は綺麗に保たれていたが、この2ヶ月誰も掃除していないのか、埃がそこら中に溜まっていた。また、入り口の脇に置かれている観葉植物もしおしおになっていた。

 そんな寂れた雰囲気の入り口を抜けると、改めて結城は先ほどの話に戻る。

「じゃあ、この一年はかなり暇になるな。……またゲーム漬けの生活に戻りそうだ……。」

 気力なく言うと、ツルカが新たな情報を使って私にそんな暇がないことを教えてくれた。

「試合は無いけれど、去年よりも忙しくなると思う。前の騒ぎでVFに対するイメージがヤバイみたいだから、宣伝しにいろんな場所に行かなきゃならないとかなんとか。」

「うへー……。」

 逆に考えればいろんな場所に旅行できるとも考えられる。でも、旅行するくらいなら家でゆっくりシミュレーションゲームしている方がマシだ。それに、ラボにも通って新しいアカネスミレやグレイシャフトにも慣れておきたい。

 それに、いくら私が宣伝したって、一度付いた悪いイメージを払拭できるとも思えなかった。

「もう大半の国じゃ日本みたくきつく制限するのが決まってるし。そうなると、ファンも減るだろうな。……せっかくプロのランナーになって優勝もできたのに、これでVFBが終了とか言われたらどうしようか……。」

 どんどんネガティブ思考になっていく結城に対し、ツルカは冗談交じりに元気づける。

「ユウキは問題無いだろ。その時はリョーイチのお嫁さんになればいいんだし。」

「!?」

 諒一の話題が急に出てきて、結城の猫背気味になっていた背筋がぴんと伸びる。そんな反応が面白かったのか、ツルカはくすくす笑いながら囁いてくる。

「……この前見ちゃったもんね。病室でキスしてる所。」

 一体いつ見られたのだろうか。心当たりがありすぎて言い訳のしようがない。

 今はもう諒一は退院しているのだが、さっき思い返した通り、入院していた時はほぼ毎日のようにお見舞いに行って、ほぼ毎回いちゃついていた。

 最近は2人きりで会える機会が少ないので控えめになっているが、会う時は必ずハグしたりキスしたりしている。躊躇いもなく行えるようになったのは大きな進歩であるが、逆にそのせいで周囲への警戒が薄れてしまっていたようだ。

 ……今度からは気をつけよう。

 こちらが狼狽える様を見て、ツルカは更に続ける。

「怪しいと思ってたんだ。だって、2人とも当たり前のようにくっついてたし。……あと、お姉ちゃんとイクセルと同じような雰囲気出てたしな。」

「どんな雰囲気だよ……。」

 やがてビル内の階段にさしかかり、2人は段差を一歩ずつ登っていく。その際、別に示し合わせているわけでもないのに、2人が足を踏み出すタイミングはぴったり同期していた。

「あの騒ぎがあった日、リョーイチと何かあったんだろ?」

 ……図星だ。

 ここまで心の中を読まれてしまうと悔しい。……が、それだけ通じ合っていると言えなくもない。それは大変素晴らしいことなのだが、今の結城にとっては邪魔なことこの上なかった。

 結城は階段を登り終えると一旦止まり、手首を握られていた手を逆に掴み返して言う。

「……誰かに言ったのか? それ。」

 諒一との関係はバレても問題無いのは頭で理解している。だが、知らせるにしても知られるにしても心の準備が必要だ。

 その間、絶対に誰にも知られたくはなかった。

 相変わらずツルカはニヤニヤと笑みを浮かべながら答える。

「安心していいぞ。喋ったのはお姉ちゃんだけだから。」

「オルネラさんだけか……」

 それを聞いて安心していいのかどうか悩む。だが、ツルカが他の人間に話す可能性もまだある。そのため、結城は戒めのつもりでツルカの頭を両手で掴み、銀色の髪をくしゃくしゃにしてやった。

「これは私がみんなに言うまで絶対秘密だ。……じゃないと、実はツルカがイクセルと超仲良しで、会うたびに抱きついて常に膝の上に乗って甘えてるって言い触らすからな……。」

 このセリフはツルカにとって十分過ぎる脅しになったらしい。ツルカは真剣な表情で一度だけ深く頷いた。

「まさか、誰にも言わないって。」

「分かればいいんだ。」

 ……実は、先程言った行為が私が諒一にしている事だとは口が裂けても言えなかった。


 ――それから教室までは1分も掛からなかった。

 2人は人の気配が全くしない教室のドアを開け、中に入る。

(ほんと、全然いないな……。)

 教室内はスカスカで、教官を含めて6名しかいなかった。これでも残ったほうだといえるだろう。もちろん、その中に槻矢くんも含まれていた。つまり、ランナー育成コースで私達以外に残ったの学生は2名だけだということだ。

 大半が金持ちの道楽なのは理解していたが、ここまで真剣にVFランナーを目指していた学生が少ないと教官が気の毒になってくる。

 教壇に立つ教官は私たちで最後だと判断したのか、席につくと同時に大きな声で喋り始めた。

「よしお前ら、今からゲームセンターに行くぞ。」

 急にそんな言葉が発せられ、5名の学生は面食らってしまう。

「教官、今ゲームセンターという単語が聞こえたのですが……。」

「俺が言ったのだからそう聞こえて当然だ。」

 教官は学生からの言葉に当たり前のように答え、問答無用で話を続けていく。

「今はダグラスの演習場は使えないし、実機演習は当分禁止だ。だったらこんな場所で座学やってるよりもシミュレーションゲームでもやってたほうがいくらかマシだ。そうは思わないか?」

「ボクもそう思うぞ、教官。」

 ツルカの同意を得て、教官は満足気に頷く。

「そうだろうそうだろう。俺もこう見えて3RDリーグで13年間、2NDリーグでも5年間ほどランナーをやっていた。ゲーム内だから遠慮なく戦闘訓練してやるつもりだ。……分かったらさっさとゲーム用のIDカードを取ってこい。」

 教官から早速指示が出たが、誰一人として席を立つものはいない。

 その理由は単純だった。

「教官、IDカードならば既に全員所持していると思います。」

 学生の一人がそう言うと、結城たちを含めた5名はお互いを見て頷き合う。それを見て教官は次の指示を出してきた。

「そうか、では20分後にゲームセンター前に集合だ。……では解散!!」

「はい、教官!!」

 人数が少ないとここまで事がスムーズに運ぶのか。心なしか、教官も気楽に構えているように思えた。

 席から立って教室を出ようとすると、ツルカがすぐに話しかけてくる。

「ユウキ、久しぶりの対戦だな。」

「うん。」

 ツルカはイクセルとの特訓の成果を私に見せたい……というか、私で試してみたいようだ。

 それを楽しみに思いつつ、結城は駆け足で教室から出ていく学生たちを追ってゲームセンターに向かった。


  4


 海上都市、警察署。

 それは海上都市の空港に隣接されている、こぢんまりとした建物だ。ここが警察署だと教えられなければ、ただの雑居ビルに間違われても仕方がないぐらいに目立たない。

 警察といっても大したことはできず、ほとんどの場合が些細なトラブルの解決であり、例え大きな事件が起こったとしても最低限の捜査を済ませれば容疑者を本国に送り返すだけで、積極的に事件と関わろうとはしない。

 基本的に海上都市内は治安がいいので警察も忙しくはないのだが、現在その留置場内には海上都市が建設されて以来の大物が入れられていた。

 それは、ダグラス社の社長であるガレス・ダグラスだった。

「どんどん余罪が出てきたね。これは裁判も長引きそうだ。」

 ガレスは署内の面会室にいて、今は七宮と向かい合っていた。面会室の中にいるのはその2人だけで、2人の間にあるのは小さなスチール製の机だけだった。

(流石のガレスも随分参ってるみたいだね……。)

 七宮はやつれてしまったガレスを前に、のんきな口調で話していく。

「法を破って資金の不正調達に競合企業への脅迫恐喝、他社へスパイを送り込んで技術を盗んで特許侵害。取引委員会や政治家たちへの違法献金。それに……傷害事件や殺人。一体何人殺したんだい?」

「……。」

 こちらが話してもガレスは何も話さない。うつろな目をこちらに向けるだけだった。

 それでも七宮は淡々と話し続ける。

「よくも隠し通せたね。その努力を企業経営に向けていたら少しはマシな企業になってたかもしれないのに。」

 そこまで言うと、ようやくガレスの口が開き、掠れた声が面会室内に響いた。

「……よくも儂を嵌めてくれたな。一生後悔させてやる。」

 まだそんな事を言える気力があるとは思ってなかった。

 そんなガレスに今の立場を理解させるべく、七宮はすぐさま言い返す。

「一生後悔するのはお前のほうだよ。安心して裁かれるといい、ダグラス社は僕が健全化してあげるからね。」

 ダグラス社の単語を口にした途端、今までげんなりしていたガレスが机を叩き、部屋の外まで聞こえるような大声を出した。

「くっそおおおぉぉぉ!! あれは儂の会社だ!! 誰にも渡さんぞぉぉ!!」

 そんな事を言いながら、ガレスは机越しにこちらの首を掴んできた。手錠を掛けられているのによくも器用に首をつかめるものだ。

 しかし、衰弱した素人の首締めなどこちらには効かない。七宮は首の筋肉に力を込めながら、更にガレスを煽る。

「よく言うよ。キルヒアイゼンの技術を盗まなければ、今もただの三流の土建会社だっただろうに。お前にはそのくらいの方がお似合いだったんだよ。」

「七宮……七宮あああぁぁ!!」

 こちらの言葉でとうとう頭の線がどこか切れてしまったのか、ガレスはみっともなくよだれを撒き散らしながらこちらの名前を連呼し始めた。

 ここでようやく異変を察知した警官が室内に入ってきた。

「おい、暴れるな!!」

 そして、よく分からない言葉を喚き散らすガレスを奥の壁に押し付ける。

 もうこうなってはまともに会話をすることも叶わないだろう。見届けるまでもなくガレスはおしまいだ。

 これ以上は見ていられなかったので、七宮はシャツの襟を正して面会室から外に出た。

「大きな音がしましたけれど……大丈夫でしたか?」

 廊下で僕を待っていたのは元社長秘書のベイル君だった。

 僕と同年代くらいであろう彼は、数日前に既にガレスとの面会を終えている。今回僕がガレスと面会できたのも彼の取り計らいのおかげだった。

「もしかして、何かされたんですか?」

 ベイル君はガレスではなくこちらを心配してくれているようだった。

「話にならなかったよ。一発でもあいつの顔面に拳を入れれた君が羨ましいくらいだ。」

 ミリアストラ君のアドバイス通り、彼にデータカードを渡してよかったと思っている。ガレスの秘書なのだからガレスと同じように汚い人間かと思っていたのだが、その認識は大きな間違いだった。

 情報を売りに行く度に間近で見ていたミリアストラ君は、彼のことを大変気の毒に思っていたようだ。

 あのミリアストラ君が同情するほどなのだから、かなりこき使われていたのだろう。

 結構仕事ができそうな青年なのに、仕える人間を間違えただけでこんな目に会うのだから、可哀想だと言うより他ない。

「これから社長は……いえ、ガレスはどうなるんでしょうか?」

 ベイル君もかなりガレスに恨みがあるみたいだ。

 わざわざ言い直さなくてもいいのに、と思いつつ、七宮は自らの予想をベイルに告げる。

「金絡みの悪行ならまだしも、あいつは人を何人も殺しているからね……。数日中に本国に移送されて、一生鉄格子の中で冷や飯を食べることになるだろうさ。君もだいたいそう思ってるんだろう?」

「そうですね……。」

 そんな事を話していると、面会室の中からガレスが出てきた。

 ガレスは両脇を警官に固められており、頭を垂れていた。そのまま引き摺られるように廊下を歩かされ、どこかへ連れられていってしまった。

 それを見送りながら、七宮はベイルに話しかける。

「ダグラスは消滅したわけだけど、君はこれからどうするつもりなんだい?」

「転職です。それなりに給料はもらっていたので暫くは困らないと思うんですが、ダグラスにいた自分を雇ってくれる所があるかどうか……。」

 しかも彼は犯罪者の秘書を務めていた男だ。全く関わりがなかったことは証明されているが、悪いイメージを持ってしまった人間を誰も雇いたくはない。

 ここでベイルの表情が曇りかけたので、七宮は場所と話題を変えることにした。

「……さてベイル君、今から本社ビルを案内してくれるかい? 当面はあのビルをVF部門の本部にするつもりだからね。」

「そのくらいなら構いませんよ。どうせ暇ですから。」

 2ヶ月が経ち様々な手続きも完了して、ダグラス社は既に七宮重工の物となっていた。当然その施設も七宮重工が所有している。

 あの本社ビルを使うのは当然の成り行きだった。それに、そこに務めていた社員もそのまま雇うつもりでいた。トップが変わるだけなのだから、これは当然のことだ。

 ただ、その中にガレスの息が掛かっている役員などは含まれていなかった。本来ならガレスと同じように裁かれてもいいくらいなのだから、これも当然のことだ。

 ……しかし、内部告発をしてくれたベイル君となれば話は別だった。

 七宮は遠回しにベイルにその旨を伝える。

「ところで、僕はこういう海上都市の工場管理には詳しくなくてね……。できれば社長の仕事を補佐していた人材が欲しいんだ。心当たりはないかい?」

「……!!」

 目を見ながら伝えると、それでベイル君は理解してくれたらしい。こちらに歩み寄ってきて手を強く握ってきた。

「七宮さん、それなら心当たりがあります。」

「それは良かった。じゃあその人に明日から本社ビルの社長室に来るように伝えておいてくれないかい?」

「もちろんです。」

 彼がいればVF生産に関してはだいぶ楽になるはずだ。その間、僕は新規VFBのルール作成に勤しむことにしよう。

 新しいVFB。

 今までよりも戦術性に富み、より展開が面白い試合になるはずだ。

 もちろん僕もそのVFBに参加するつもりだが、主役は間違いなく結城君になる。

 ――結城君は僕の予想の範疇を超えてしまった……。

 少なくとも彼女には、このままずっと純粋にVFBを楽しんでもらいたいものだ。

「よし、話がついた所で本社を案内してもらおうか、ベイル君。」

「わかりました。『社長』」

 七宮は警察署を後にし、ベイルの案内で本社ビルに向かった。

 ここまで読んで下さりありがとうございます。

 騒ぎは収まったものの、それが残した爪痕は大きかったようです。ですが、VFBがある限り海上都市群は再び賑やかさを取り戻すでしょう。

 次のエピローグで『耀紅のヴァイキャリアス』は終わりです。

 続きも既に考えていますが、その話は結城が活躍した後の世界を描くことになるかもしれません。

 最後までよろしくお願いします。

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