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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
終焉を越えて
49/51

【終焉を越えて】第四章

 前の話のあらすじ

 新たな武器グレイシャフトを手に入れた結城は、海上に陣取って電磁レールガンを撃ってきていたミリアストラを海に落とし、槻矢のエルマーに運ばれて海上アリーナに向かった。そこで七宮の操るリアトリスを撃破した。

 しかし、それは遠隔操作VFであり、七宮本人は早い段階でアルザキルに乗り、ダグラス本社フロートで防衛をしていた。

 その事実に気が付いた結城は再び七宮と戦うべく、ダグラス本社に向かった。

 また、1STリーグスタジアムではイクセルの助けを得てアザムがジンに勝利していた。

第四章


  1


(ここはどこだ……?)

 朦朧とした意識の中でガレス・ダグラスはぼんやりと考える。

 最後に覚えているのは社長室からエレベーターに乗って、一階に到着したところまでだ。確かそこで背後から衝撃を受けて――

(意識を失っていたのか……。)

 誰がやったかは知らないが、この儂がああも簡単に不意打ちを許してしまうとは思っていもいなかった。全くの不覚だ。

 背後から殴られたのだから、状況的に考えてベイルの仕業かとも思ったが、あのベイルが儂を殴るとは思えない。それに、ベイルのような普通の男に殴られた所で儂の頑丈な体どうにかなるわけがない。

 そうなると、この混乱に乗じて何者かがわざわざ襲ってきたのだろう。儂も他人に襲われるような事は散々やってきたし、そのくらいの覚悟はできている。

 ただ、海上都市にいて、儂に恨みのある奴と言えば七宮の名前以外思い浮かばなかった。

 そこまで思い出した所でガレスは後頭部にジンジンとした痛みを感じ、顔をしかめる。

「クソ……。」

 何かに圧迫され続けているような、そんな鈍い痛みを感じつつ、ガレスはようやく目を開ける。しかし目には何も映らず、ただ暗い空間が広がっていた。

「なんだ、どこだここは……。」

 ガレスは自分の状況を知るために咄嗟に両腕を上げて周囲何か無いか確かめる。たが、その腕が伸びきる前に何かにぶつかった。それは球の内面のようにカーブの付いた壁であり、肘を伸ばしきれないくらい近い場所に存在していた。

 どこに手を伸ばしても上下左右とも同じ状況であり、また、ガレスはその狭さのせいで立ち上がることすらできなかった。

 更に真下に手を伸ばすと、座っているものの感触が手に伝わってきた。その手触りは適度に固いマットであり、どうやら儂は何かのシートに座らされているようだった。

(監禁か……こんな狭い場所に閉じ込めおって、何をするつもりだ?)

 殺されていないということは、儂を人質にして金でもせびる魂胆なのか。それとも、このまま拷問でもして儂に苦痛を与えるのか。……そのくらいしか想像できなかったが、どっちにしても嫌なのは明らかだ。

 ガレスはその場所から脱出するべくしばらく体を色々と動かしてみる。しかしいくら動いた所で手に触れるのは壁だけだった。しかもこんな暗い状態ではどうにもできそうにない。

 そんな風に色々と手当たり次第に触っていると、指に凹凸のあるものが触れた。それは何かのスイッチらしく、ガレスは特に考えることなくそれを押した。

「おお。」

 すると急に目の前に景色が映し出された。それはダグラス本社フロートユニット内の風景だったが、それ自体はHMDに移された映像だった。

 ……これでガレスは自分がVFのコックピット内にいるということを理解した。

(VF!? 何をやらせるつもりだ……?)

 単に儂を閉じ込める場所がなかったのでここに押し込まれたのかとも考えられる。だが、閉じ込めるためにVFのコックピットを選んだのは愚かな選択だ。VFを操作できさえすればどこにでも逃げられるからだ。

 しかしそれは不可能だった。

 なぜならガレスは全くといっていいほどVFの操作法を知らないからだ。

 ……とは言うものの、この危機的状況で“知らない”は通用せず、ガレスは手当たり次第にそれらしいボタンを押していく。

(クソ……始動スイッチはどこだ……。)

 次にVFを開発するときにはコックピット内に音声操作機能を追加させよう。そんな下らない事を考えつつ、ガレスは両手をせかせかと動かし続ける。

 それにしてもコックピットがこんなに狭いとは思わなかった。VFランナー達はよくこんな窮屈な所でVFを操作できるものだ。閉所恐怖症の人間には地獄のような場所だろう。

 いつまでも手当たり次第では埒があかないので、ガレスはこの状況を知るべく秘書の名前を叫んでみることにした。

「おいベイル!! どうなってるか説明しろ!!」

 気を失った時も近くにいたのだからどこかで聞いているだろう。そう思っての呼びかけだったが、それに応じたのはベイルではなかった。

「お目覚めのようだね社長さん。……僕が見えるかい?」

 聞こえてきたのは耳にしただけでゾッとしてしまうような男の声……七宮の声だった。

 ガレスはその声に反応してHMDの映像を注視する。すると、目の前にダークガルムのVF、アルザキルが入り込んできた。しかもそのアルザキルはアサルトライフルをこちらに向けていた。

 七宮はアルザキルに乗っているのだろうか。

 このアルザキルは暴走VFからビルを守ってくれていたので、それはないだろう……と思っていると、アルザキルはいきなりこちらに銃口を向けて撃ってきた。

 まず見えたのは銃口から発せられた閃光だった。それに遅れて聞こえてきた轟音が発砲音だということに気が付くと、ガレスは慌てて腕を上げて身構えた。だが、コックピット内でそんな動きをしてもVFが動くわけがない。

 アサルトライフルから発せられた数十もの銃弾はガレスの乗るVFの胸部に全て命中し、その強烈な衝撃は直にコックピット内に響いてきた。

 銃が人の持てるサイズであり、その目標も人ならば小さな発砲音だけで済む。しかし、銃が人が持てないような巨大なものであり、その標的も頑丈な外装甲ともなれば、発砲音のみならず着弾音も凄まじくなるのは当たり前のことだった。

 コックピットには耐衝撃機構が組み込まれているとはいえ、その衝撃はガレスが今までに体験したことのないような激しいものであり、ついにガレスの口から情けない言葉が発せられた。

「や、やめろ!! 助けてくれ!!」

「……。」

 その声は通信機を通じて七宮に届いたはずだった。が、七宮は無言のままアルザキルを操作してこちらのコックピットに向けて銃撃を続けてくる。

 その度に腹の底まで届くような不気味な振動と暴力的な着弾音がガレスを襲った。それはガレスの恐怖心を増幅させ、助けを乞う言葉を口から出させた。

「止めろ、頼むから止めてくれ!!」

 何もできないガレスにとって、一方的に攻撃を受けているこの状況は精神的に辛いものだった。試合は何度か観戦したこともあるし、VFが大破する様を見るのも慣れている。しかし、コックピット内でじかに体験する機会はなく、ガレスは生まれて初めての感覚に恐怖を感じていた。

 数秒間もの間為す術もなく銃弾を受け続けていたが、着弾するたびにコックピットに伝わる振動は大きくなり、おまけに装甲がへこんだり折れたりする音も聞こえてきた。

 それに応じてHMDにも破損を知らせるアイコンが点滅していたが、操作方法も何も知らないガレスにはどうすることもできない。

 そのアイコンを見ながらガレスは頭を抱えてコックピット内のシートで耐えていた。

(このまま儂を殺すつもりか……!?)

 ガレスは最悪の結末を思い浮かべる。このまま銃を撃たれ続けたら、いずれはコックピットも破壊されてしまうはずだ。目の前にあるコックピットハッチが壊れた時、それはすなわち自分の命の終わりだ。

 しかし、ガレスが思っていたような最悪の事態は避けられたらしい。しばらく耐えていると銃撃が急に止み、コックピット内は一気に静けさを取り戻した。

「……終わった……のか?」

 あまりにも大きな銃声のせいでガレスはまだ耳鳴りを感じていた。その耳鳴りを我慢しながらガレスは閉じていた目を開けてHMDに映る景色を見る。

 すると、目前にアルザキルがいて、こちらの頭部に手を伸ばしてきていた。

「……!!」

 アイカメラを通して見えるそれはとても大きく、まるで生身の自分が握りつぶされるような錯覚に陥り、ガレスは首を逸らして体を仰け反らせる。しかし、それでも頭に固定されたHMDの映像が遠のくことはない。無論、ガレスの乗るVFもピクリとも動かず、やがてアルザキルはVFの頭部をガッチリと掴んだ。

 更にアルザキルはその状態でVFの腹部を蹴って宙に浮かせると、頭部を掴んだまま持ち上げる。

 コックピットの上からはミシミシという音が聞こえていたが、やはりガレスにはどうすることもできない。頭部を掴まれたガレスのVFはそのままビルの壁面に押し当てられ、頭部パーツごとビルの中に突っ込まれてしまい、その部分だけを支えにビルからぶら下がることになった。

「ぐぅ……」

 蹴ったり持ち上げられたり押し付けられたりと、アルザキルの良いようにされてしまい、ガレスはコックピット内に体のあちこちをぶつけていた。

 頭部のカメラも途中で破壊されて何も映らなくなっていたが、しばらくするとサブカメラに切り替わり、HMDに再びアルザキルの姿が映し出された。

「まて、止めろ!!」

 こちらをビルに押し付けても満足できないのか、アルザキルはアサルトライフルを両手で持ち、その銃床をしつこくコックピットに打ち付けてくる。

 それは1回や2回では終わらず、VFの背に当っているビルの壁面が崩れるまで何度も何度も執拗に繰り返された。

「……。」

 このような単純な攻撃でコックピットを破壊するのは無理である。

 それを頭で理解していても、ガレスは声も出せぬほどの恐怖をアルザキルに対して抱いており、HMDに映る映像を目を見開いたまま呆然と見つめていた。

 しかし銃床による殴打も長くは続かない。とうとう衝撃に耐えられなくなったのか、ビルに突っ込まれていた首がボキリという音を立てて千切れ折れ、首を失った本体は地面に落下した。

 これでアルザキルの攻撃も止むだろう、とガレスは思っていた。が、七宮は地に足をつくことすら許してくれず、ガレスの乗るVFは落下中にビルの壁面に殴りつけられ、今度は体ごとビルにめり込むこととなった。

 その時の衝撃は先程とは比べ物にならず、ガレスはシートのヘッドレストに頭を強く打ち付けてしまった。そこは昏倒した際に殴打された箇所であり、ガレスの後頭部に激痛が走った。

 その痛みを無言で耐えている間、HMDにはエラーが多く表示されていき、VFはあっという間に機能停止してしまった。

 どうせ操作も何もできないのだから機能停止した所で変わりはない。

(これで満足しただろう……これ以上何をするというんだ……。)

 そんなガレスの思いは七宮に届くわけもない。アルザキルは機能停止したにも関わらず殴るのを止めず、最終的に強い力でVFを壁面に押し付けた。

 こちらのVFは更にビルの中へと押し込まれていき、ボディの半分以上がビルの敷地内に侵入してしまった。それでもアルザキルは体重をこちらにかけて押し付け続ける。

 そんな状態で七宮は詰問してきた。

「聞こえるかガレス・ダグラス。僕はお前を許さない。」

(……許さない、だと?)

 儂をこんな目に合わせておいて、こいつは何を言っているのか。

 そう思うと冷めていた怒りがふつふつと湧き上がり、ガレスは強い口調で七宮に言い返した。

「七宮、こんな事をして許されると思っているのか!? 後でどうなるかわかってるんだろうな!?」

 我ながら迫力のある声だったように思う。

 しかし、返ってきたのはこちらを上回る、非常に冷酷な声だった。

「……お前に“後”は無いよ。ここで終わりだからね。」

 その声を耳にした途端、自分の体から血の気が引くのがよく分かった。こいつは冗談でも脅しでもなく本気で儂を終わらせるつもりだ。

 “終わらせる”……それはもちろん殺すということだ。

 その事実に慄き、ガレスの声は震えてしまう。

「わ、儂を殺すつもりか!?」

「そうだよ。だから死ぬ前に答えてもらおうか。……七宮重工の社長、僕の父を殺したのはお前だな?」

 やはり七宮は親の敵討ちをするつもりだ。

 ここで七宮の言い分を認めてしまうとすぐに殺されてしまいそうで、ガレスは思わず嘘をつく。しかし、それは取り繕いの言葉にすらなっていなかった。

「一体何の話だ。何のことだか儂は……」

「いいから答えろ!!」

 七宮の怒声によってガレスの言葉は中断された。そしてすぐにアルザキルが肩にあったスラッグガンでコックピットを狙って撃ってきた。

 次の瞬間、重い金属が深く抉り取られるような轟音がしたかと思うと、目の前にあったコックピットハッチが一気に吹き飛び、高く舞い上がって彼方へ飛んでいった。

 その衝撃でHMDも頭から外れ、ガレスは直にアルザキルを見ることとなった。その迫力はHMD越しに見るよりも圧倒的であり、そのせいで再びガレスに恐怖の波が押し寄せてきた。

 こんな奴に儂が勝てるわけがない。

 言うことを聞かねば、先にあるのは『死』だけだ。

「……父さんは自殺で死んだんじゃない。お前が殺したんだ。」

 七宮は繰り返し話しかけてくる。

 また、そのセリフと共にスラッグガンの弾薬が装填される音が聞こえてきた。銃口はまっすぐこちらに向けられている。あれを受ければ死ぬどころの話ではない。ミンチになってただの肉塊と化してしまう。

 とうとうガレスは恐怖に耐えられなくなり、事実を告白することにした。

「ああ、あいつは儂が殺した。方法は知らんが、そういう輩に頼んだのは本当だ。すまなかった……。」

 震える声でそう伝えると、通信機から七宮の満足気な溜息が聞こえてきた。

 それを耳にしてガレスも自分の命が助かったのだと安堵した。……が、それはガレスの勝手な勘違いだった。

「そうか、罪を認めるんだな。……なら、お前も死で償え。」

 七宮は当たり前のように死を宣告し、こちらのコックピットに手を伸ばしてきた。

 儂を握りつぶすつもりなのか、それとも鋭い爪で儂を刺し殺すつもりなのか……。

「頼む、許してくれ。殺さないでくれ、儂は……」

 そう哀願しても通信機からは返事がない。

 アルザキルの手はどんどんこちらに迫ってきており、許しを乞う暇もなくコックピットの中に侵入してきた。

 しかし、アルザキルの手は儂に触れる前に停止し、それ以上進んでこなかった。それどころか、アルザキルの手はコックピットの外へ向けて後退していく。

 それと同時にガレスは重力の変化を感じ取った。

(これは……!?)

 実はアルザキルの手の動きが止まったのではなく、ガレスが乗るVFが後方に倒れているだけだったのだ。VFはビルにめり込みながら倒れていき、あっという間に仰向けになってしまった。

 その際、コックピットハッチが壊されたせいで崩れた破片などがコックピット内に入り込み、ガレスの体に直接ぶつかった。だが、アルザキルに潰されることを考えると全然問題ない。

 偶然VFが倒れたことによってアルザキルの手から解放されたガレスは、すぐにコックピットから這い出す。そして、衝撃で崩れてくるビルの瓦礫を避けながら、急いで道路まで移動した。

 道路に出ると同時にビルは小規模の内部崩壊を起こし、ガレスが乗っていたVFは瓦礫に埋もれて見えなくなってしまう。ガレスもそんな瓦礫に当たったせいで頭から血が出ていて、足や腕も擦り剥いていた。

 ヒリヒリと痛むが、命が助かったのだからこのくらいは我慢できる。

(アルザキルは……!?)

 ふと視線を上げるとアルザキルのアイカメラがこちらに向けられていた。踏み潰してくるのではないかと思い身構えるも、アルザキルは全く動かずじっと見ているだけだった。

 アルザキルに乗る七宮が何を考えているのかは分からないが、逃げるなら今がチャンスだ。しかし、ガレスは蛇に睨まれたカエルのように、その場から全く動けずにいた。

 ……しばらくアルザキルのアイカメラを見つめていると、不意にそのレンズから殺気が消えるのを感じた。

 それに気が付くと体の硬直が解けており、ガレスはその場から逃げ出すことができた。

(冗談じゃないぞ、死んでたまるか……!!)

 ガレスはアルザキルから少しでも離れるために、瓦礫の山を必死に逃げていく。

 逃げている間、ガレスが後ろを振り向くことはなかった。

 

  2


 コックピットから這い出し、すぐに逃げ出したガレスを見て七宮はほくそ笑む。

 今もこの映像はニュースで流れているだろうか、暴走VFからダグラスの社長が出てきたとあっては更に賑わうことだろう。

 こちらが命を掴んだ途端に何も言えなくなり、ただ許しを乞うてくる……。そんな情けない男の差金で父さんが殺されたかと思うと胸糞が悪い。だが、それ相応の罰はこれからいくらでも味合わせられるので今は我慢しておこう。

(それにしても、意外だったな……)

 まさか、VFメーカーの社長ともあろう人間がVFの操作方法を知らないとは思わなかった。

 こちらの予定としては必死で反抗してくるガレスを心ゆくまで打ちのめすつもりだったのだが……。まぁ、それなりの恐怖を与えることはできたので良しとしよう。元々、あいつがこの騒ぎに関わっていることを報道ヘリに見せるのが目的だったのだし、それ以上を望むとミスを犯していたかもしれない。

 最後の最後まで気を抜いてはいけないし、これ以上は自重するのが賢明だ。

(……後は暴走VFを全滅させるだけだね。)

 証拠の隠滅も抜かりはない。

 数年掛けて練った計画なので成功するのは当たり前なのだが、ここまでスムーズに進むとやはり気持ちがいいものだ。

 暴走VFの後片付けに関しても、先ほどやってきたエルマーが何も知らずに倒して回ってくれているし、ここで待っていればいいだろう。

 エルマーに搭乗しているであろう槻矢君については全くのイレギュラーだった。が、なかなかいい役回りを演じてくれたようで満足している。彼がいなければフロート間の移動に時間が掛かっていたに違いない。

 彼をダグラス企業学校に来られるように手を回しておいて本当に良かった。

(ほんと、結城君にしろ鹿住君にしろ……僕の目に狂いはないね。)

 僕の人材発見能力が素晴らしいのは置いておいて、少し前に通信も復旧したみたいだし、槻矢君もすぐに僕が首謀者だということに気付くはずだ。

 彼と対戦するのもやぶさかではないが、報道ヘリの目がある今対戦するのは愚か過ぎる選択だ。これ以上戦っても作戦上のメリットが無い。

 もし攻撃されてもすぐにアルザキルから降りればいいだろう。生身を晒せば槻矢君も攻撃できないはずだ。それに、後で彼が何を言っても無駄だ。僕が首謀者だという証拠はないし、世論は僕の味方をしてくれる。というか、そうなるように報道関係に手を回しているのだから問題ない。

 そんな事を思っている間にガレスはこちらからどんどん離れていき、本社ビルのある方向へ逃げていった。

 その代わりに飛んできたのはエルマーだった。空を飛んでいるエルマーは軽快な動きでこちらまで飛んでくると、すぐに着陸の体勢に入った。

 残り20体ほどの暴走VFを全て撃破してくれたようで、手元を見ると鈍器として使ってたらしいアサルトライフルがベコベコにへこんでいた。その凹凸の数は非常に多く、それを見ただけで破壊されたVFの状況がよくわかった。

 エルマーはこちらのすぐ近くに着陸し、すぐに成果を報告してくる。

「あの、これで暴走VFは全部倒せたと思います。そちらは大丈夫でしたか?」

 改めて周囲を見渡してみても動くものは見られない。ついでに確認のためにニュースサイトに掲載されている報道ヘリからの映像を見てみたが、そこに映し出されていたのは派手に破壊された暴走VFの姿だけであり、彼の報告どおり完全に鎮圧できたようだった。

 それを確認してようやく七宮は槻矢に返事をする。

「大丈夫、それにしても早かったね。予定より少し早いけれど、これで全部終わりだ。……お疲れ様。」

「え? 何で……。」

 槻矢君は僕の声を聞いただけで七宮だと分かったらしい。口調からは少し混乱している様子が窺える。僕がここにいるという状況が飲み込めないのか、狼狽えているのがよく分かった。

 そうやって槻矢が混乱している間に七宮はアルザキルから降り、騒ぎが収まって静かになったフロートに足をつけた。続いて七宮はHMDを脱いで深呼吸をする。

 ……これで取り敢えずは片付いた。

 後は細かい後始末と地味なデータ整理だけだ。

「おっと、忘れる所だった……」

 最後にもう一つ重要なことを忘れていた。

 七宮は胸ポケットから携帯端末を取り出すと、ぽちぽちとダイヤルしてある場所に連絡を取る。その連絡先はシェルターを管理する海上都市の防衛センターであった。

「暴走したVFは全部片付けたよ。避難指示の解除を頼めるかな。」

「――了解です。」

 もちろん通話相手も僕の協力者だ。

 そんな風に作戦終了を伝えていると、何やら近くの空からローターの回転音が聞こえてきた。それは報道ヘリにしては大きく、何事かと思い七宮は空を仰ぐ。

 すると、こちらが顔を上げた途端にビルの隙間からVTOLが出現した。予想外の来訪者に七宮は思わず息を呑む。

 一体何をしにきたのだろうか、考えていると空中で待機しているVTOLの格納部分から何かが出てきた。それは赤い色が目立つ人の形をした機械――アカネスミレだった。

(結城君もよくやるねぇ……。)

 空中でVTOLから降りたアカネスミレはその途中でビルの壁面を蹴って軌道を修正し、僕の目の前、数メートルの場所に落下してきた。

 エルマーの頭を飛び越えてやってきたアカネスミレは着地の際に道路の表面や小さな瓦礫を舞い上がらせ、その衝撃のせいで先ほどまでガレスが乗っていたVFは完全に瓦礫に飲み込まれてしまった。

 立て続けて発生した轟音が聞こえたのか、電話の向こうからこちらを心配する声が聞こえてきた。

「――どうかしましたか? 避難指示を解除したのでいいんですね?」

 七宮は舞い上がった埃を手で払いながら指示を変更する。

「いや、もう少し待ってくれないかい。まだ時間がかかりそうだからね。」

「――分かりました。でも、解除のタイミングを早めることはできても遅らせることはできないので、その事は理解していてください。」

「ああ、わかってるよ。それじゃ。」

 協力者から忠告を受けると、七宮は通話を終了させる。するとすぐに結城君の威勢のいい声が聞こえてきた。

「七宮!!」

 アカネスミレが着地してから僕が携帯端末を胸ポケットに仕舞うまでに結城君はコックピットから降り、大股で歩み寄ってきていた。

 面倒な事になると確信した七宮はそれを避けるように後ずさりをする。しかし結城君はそれを許してくれなかった。

「まて七宮!!」

 結城君は最後の数歩だけ駆け足になって僕の腕を掴んできた。

 本当に強引な女の子だなと思いつつ、こちらも結城君の手を握り返す。そして労をねぎらうように上下に振った。

「おめでとう結城君。とうとう僕に勝てたね。嬉しくもあり、悔しくもあるよ。」

 結城君はすぐに手を離そうとしたが、その力を抑えこんで握手し続ける。すると手を振りほどけないと判断したのか、結城君は力を抜いて質問してきた。

「私が勝ったのを認めたってことは、そっちも遠隔操作してたことを認めたんだな?」

「何の話かな。」

 向こうには証拠もないので惚けるだけでいい。

 結城君はこちらを睨んだまま喋り続ける。

「……あと、私が勝ったら降参するとも言ってたよな。」

「降参? 何のことやら。」

 2度惚けると流石に結城君も我慢ならなかったのか、不愉快そうな表情をこちらに見せた。結城君の性格からしていきなり殴られる可能性もあったが、こうやって手を握っていれば大体の攻撃は封じることができるので安心だ。

 そんな風に安心しきって結城君の手を握っていると、結城君が更に強い力でこちらの手を握り返してきた。

「……勝負だ。」

 結城君は尚も僕を睨んだまま呟く。そして、数秒後にはしっかりとした明瞭な声で勝負を申し込んできた。

「もう一回VFで勝負しろ、七宮。」

 先程海上アリーナで結城君は僕が操作していたリアトリスを破壊して勝利したはずだが……1回勝っただけでは不満なのだろうか。

 こちらが怪訝な表情を見せると、結城君はその理由を説明してくれた。

「さっきはここで救助活動しながら遠隔操作してたんだろ。私が勝って当然だ。……だから今度は本気で来い。」

「フフ……ハハ、本気で来いだって? ……アハハハハ!!」 

 そんなスポーツマンの鑑のような結城のセリフに、七宮は思わず吹き出してしまう。

 戦国時代の侍だって、ここまで正々堂々とは戦わないだろう。

「笑ってないでさっさとアルザキルに乗れよ!!」

 そこまでして白黒付けたいのか、結城君は冗談ではなく本気で言っているようだ。

 こんな風に感情を剥き出しにして勝負を申し込んでくるのは僕としても嬉しい。僕だってVFで対戦するのは好きだし、それが強敵とあれば喜んで戦いたい。

 でも、今は無理だ。

 七宮は欲をぐっとこらえて結城の要求を却下する。

「参ったなぁ結城君。ほんとうに嬉しいよ。……でも、もう今日はこれで終わりだ。」

 七宮はそう告げてから結城から手を放す。

「これからも戦う機会はいくらでもあるし、その時に戦おう。今日のところは“降参”させてもらうよ。」

 そして、その場から離れるべく結城に背を向けた。

「逃げるのか!?」

「その通りだよ、結城君。」

 ……今は報道ヘリのカメラがあるし、下手に戦えない。

 結城君がこんな場所で戦闘をおっぱじめるような愚か者じゃないことは分かっているが、こんな言葉だけで引き下がるとも思えない。

 そんな嫌な予感があたったのか、結城君は何も言わずにアカネスミレまで戻ってコックピットに入り込んだ。

(結城君……?)

 ランナーを得て動き始めたアカネスミレはそのままVTOLの近くで腰をかがめ、その格納部に腕を突っ込む。……一体何をどうするつもりなのだろうか。

 その様子を横目で見ていると、アカネスミレはVTOLからある武器を取り出し、それを頭上に掲げた。

 それはリアトリスに持たせていた太刀、鋼八雲だった。わざわざ拾ってここまで運んできてくれたらしい。

 結城君はそれを持ったまま恐ろしいセリフを吐いてきた。

「……この刀を海に投げ捨てる。」

「!!」

 思わず七宮は振り返り、目を見開く。しかし、すぐに冷静になって表情を和らげた。

 確かにあの刀は昔から使っている大切な武器だが、もし海に投げ捨てられても後から探せばいいだけの話だ。海は深いし海流の影響もあって発見するのは手間がかかるだろうが、見つけられないことはないはずだ。

 だが、七宮はその視線を鋼八雲から逸らすことができなかった。

「これ、お前のお父さんが作った武器で、形見なんだろ?」

 結城の言葉に七宮は驚かされる。

「まさかそんな事まで知っていたとは……鹿住君から聞いたんだね。」

 日記にそういう事を書いてあった気もするし、鹿住君が結城君に話したに違いない。……と思っていたのだが、結城君の言う情報源は全く違っていた。

「いや、ベルナルドさんが教えてくれた。ベルナルドさんはうちのチームのエンジニアだけど、七宮重工でも働いてたらしいし、お前のお父さんのことよく知ってるみたいだったぞ?」

「ベルナルド……。」

 七宮重工のVF開発試験室にそんな名前の老人がいた気がする。

(あぁ、ベル爺さんのことか……。)

 懐かしい名前を思い出し、納得した七宮は深く頷く。昔のことなのであまり記憶にないが、まさかアール・ブランのエンジニアをやっていたとは……。世界は狭いとはこの事を言うのだろう。

「それで、どうするんだ七宮。」

「……。」

 アカネスミレの外部スピーカーから聞こえてくる結城君の声に耳を傾けつつ、無言でしばらく考えてみる。

 形見を海に捨てられるのは惜しいが、だからと言って今から対戦をすることはできない。数年掛けて成し遂げた計画をここで全て水の泡にしてしまうわけにはいかないのだ。

 七宮は感情を切り捨てて合理的に考え、アカネスミレに向けて結論を伝える。

「そんなものはただの武器だ。捨てようが捨てまいが僕は君とここで戦うつもりはないよ。」

 結城君も人の子だ。親の形見を簡単に投げ捨てる可能性は低いし、ここまで堅い態度を示せば諦めてくれるはずだ。七宮はそう思っていた。思っていたのだが……

「そうか、じゃあ捨てるぞ。」

 結城は短く言うと、迷うことなく鋼八雲を投げ捨てた。

 待て、と声を掛ける暇もなく鋼八雲は遙か空へ投擲され、速いスピードで海目掛けて飛んでいく。

「っ!!」

 それを見て、七宮は思わず宙に向けて手を伸ばしてしまった。届くはずもないのに、その動作を止めることができなかったのだ。

 投げられた鋼八雲はくるくると回転しながら飛んでいく……。

 七宮の視線もそれに合わせて空に向けられたが、その途中で空中を高速で動く影を発見し、そちらに目線を向け直した。

(あれは……)

 空を高速で飛行する物体、それは鋼八雲に向けて飛行するエルマーであり、こちらが頼むまでもなく鋼八雲を綺麗にキャッチしてくれた。

「はぁ……。」

 それを見て安堵したもの束の間、大きくため息をつく僕に結城君が声を掛けてきた。

「やっぱり、あの刀が惜しいんだな。……というか、これから戦う相手の武器を簡単に捨てるわけ無いだろ。」

「……。」

 結城君は最初から僕を試していたのだ。

 そのことに気付き、宙に手を伸ばしてしまった自分の行動を反省する。ちょっとでも頭を回転させればそれくらい読めたはずなのに、やはり僕は自分が思っている以上にあの形見に執着心があるみたいだ。

 結城君もなかなか交渉という物がわかってきたみたいだ。だが、騙されるというのはあまり気持ちがいいものじゃない……。

 それよりも、いつの間に結城君と槻矢君は打ち合わせしたのだろうか。それだけが少し気になっていた。

 七宮は自分の弱みを認め、結城の申し出に応じることにした。

「……いいだろう。ただし、使うVFはあれでいいね。」

 七宮が指差した先には大破した暴走VFが転がっていた。それは先程ガレス・ダグラスに思う存分恐怖を植えつけたVFだった。大半は埋もれていてひどい有様だったが、種類を判別するには十分だった。

「これ……って、暴走VFのことか?」

 結城君はアカネスミレを操作して、手に持っていたグレイシャフトで大破したVFをつんつんとつつく。

 もちろんこのVFに乗って戦うというわけではない。七宮はそれも説明していく。

「暴走したのと同じ型のVFで戦って欲しいってことさ。ハイエンドモデルのVFはダグラスの工場内にまだ残っているから、まずはそこまで移動しようか。」

 続いて、なぜダグラスの新型ハイエンドVFを使うのかを言おうとしたが、こちらが言うまでもなく結城君は理解してくれた。

「……なるほど、暴走VF同士が戦ってるって演出するわけだな。」

「その通り。……これが条件だけど、いいかな。」

 こちらが訊くと、タイミングよくエルマーが鋼八雲を携えて近くに降りてきた。結城君はエルマーに差し出されたそれを受け取ると、迷うことなくVTOLの中に押し込み、返事をしてくれた。

「わかった。それでいい。」

 話がつくと結城君は鋼八雲に続いてグレイシャフトもVTOLの中に仕舞い、それが済むとアカネスミレから降りてきた。

「それじゃ、組み立て工場まで行くぞ。」

 そして、僕にお構いなしに徒歩で移動し始める。

 報道ヘリが上空にいる今、アカネスミレで直接組み立て工場に向かうこともできないのだろう。組み立て工場付近で降りてから新しいVFが出現したとなれば、そこで乗り換えたと疑われて当然だからだ。

(妙な事になっちゃったなぁ……)

 本当は戦いたくないけれど、鋼八雲を盾にとられては従うより他ない。

 工業団地まで行くのは少し面倒だが、結城君に続いて歩いて行くことにした。 


  3


 七宮と再戦を約束してから数分後、結城は乗用車の助手席に座っていた。

 その車を運転しているのは七宮であり、結城は鼻歌を歌いながらハンドルを握る七宮を視界の端に捉えていた。

 普段は綺麗に舗装されている道路も今は瓦礫だらけで、七宮は慎重にその合間をぬって運転している。時たま小さな障害物を踏んで上下に揺られていたが、それ以外は特に問題ないドライブだ。

 ……なぜこんな事になったのか。

 理由はそこまで複雑じゃない。歩くのが面倒な七宮が付近に乗り捨てられていた車を勝手に拝借したというだけのことだ。

 七宮がこれに乗って現れ、まるでナンパするように同乗を誘ってきたのだ。

 本当は乗りたくなかったのだが、組み立て工場までの距離を考えると徒歩では時間が掛かり過ぎることが分かったので、止む無く誘いに乗り、車に乗ったというわけだ。

 この車はどこかの企業の公用車らしく、車体にはよく知らない会社のマークがプリントされている。車内からは確認できないのでじっくりと見れなかったが、おおかた工業団地に関係している会社だろう。後部座席にはVF用の細かいパーツが載せられているし、どこかに運ぶ途中だったのかもしれない。

 あと、あれだけ暴走VFが暴れたというのに、この車は全くの無傷だった。車体が白いので傷が目立たないのもあるかもしれないが、他の車の大体がぺしゃんこに潰されていたことを考えると、動くというだけでも奇跡に近い。

 ふと横を見ると、七宮の横顔が見えた。こんなに長い間同じ空間にいるのは初めてだ。そして、こんなに近くから顔をじっくりと見るのも初めてだった。

 今すぐにでもこの横顔に拳を叩き込みたい気分だったが、結城はそれをぐっとこらえて視線を前方に向け直した。すると、タイミングを見計らったかのように七宮が声を掛けてきた。

「……ところで、武器はどうするんだい?」

「VTOLのパイロットに組み立て工場のあたりでわざと武器を落としてもらうように頼んだ。これで自然に武器を運べるだろ。」

 結城は前方を向いたまま素っ気なく答える。

「なるほど、それはいい考えだね。」

 七宮はそれで納得したのか、ふんふんと頷いていた。

 ちなみに、槻矢くんにはエルマーでアカネスミレとアルザキルを海上アリーナまで運んでもらうように頼んでいる。これは報道ヘリの気を逸らすための作戦であり、私が咄嗟に思いついたものだ。

 随分と適当な作戦ではあったが思惑通りにいってくれたようで、今は上空に報道ヘリの姿は見えず、静かなものだった。

 しかし、その静けさは再び聞こえてきた七宮の声によって遮られてしまう。

「それにしても、結城君が僕と戦いたいなんて言ってくるとはね……。」

 七宮はそう言って感慨深そうに微笑む。

 その表情が気に食わなかった結城は、ぶっきらぼうに言葉を返す。

「お前には酷いことされたからな……。あの時から絶対に倒すって決めてたんだ。」

 女性プレイヤーのふりをして私を騙し、鹿住さんをチームから奪い、試合中に反則してまで私に怪我をさせたりと、思えば酷いことをされたものだ。

 そんな私の気も知らないで、七宮は話す。

「僕と戦いたければまた今度の試合で……VFBの公式戦で戦えばいいじゃないか。何もそんなに急がなくてもいいのに。」

 七宮の今更な言い訳に、結城はすぐさま反論する。

「そんなの信用できるか。この騒ぎが終わったらどこかへ逃げるかもしれないし、今のうちに戦わないと二度と戦えないかもしれないだろ。」

 基本的に七宮は嘘をつく人間だと認識している。常にそう思って対応しないと、またいつ化かされるか分かったものではない。

 七宮は私の言葉を聞くと、ハンドルを握りながら指でトントンとその表面を叩き、不満そうな口調で呟いてきた。

「“二度と戦えない”っていうのは、僕が捕まって試合に出られなくなるってことを言いたいのかい? ……悪いけどそれはないと思うよ。」

「私もそう思う。」

 それどころか七宮が捕まえられるシーンが全く思い浮かばない。

 ……理由はこれだけでなく他にもあった。それは私の調子がかなりいいということだ。今の状態のまま戦えたらかなりいい動きができそうだし、最高のコンディションならば本気の七宮にも勝てる気がする。

 そう思っていると、七宮が急に声のトーンを変えてきた。

「でも、結城君も甘いよね。」

「なんだよ。」

 私が何気なく返事をすると、七宮は素早く右手をハンドルから離し、隣に座る私の左肩を掴んできた。

 急に体を掴まれ、結城は硬直してしまう。

 七宮はこちらの肩を掴んだまま恐ろしいセリフを囁いてきた。

「……僕がこのまま逃げないとは思わなかったのかい? この距離だと結城君を車から突き落とすこともできるし、殴って黙らせることもできそうだ。その後でVTOLが落としてくれた鋼八雲を回収すればいい。フフ……」

 そのセリフの後、七宮はこちらの肩を掴む力を強めてきた。

「……ッ!!」

 危険を感じた結城は遅れながらも七宮の手を掴み、それを脇に挟みながら捻る。するとすぐに七宮から悲痛の声が漏れてきた。

「いてて……冗談だよ結城君。僕が女の子にそんなことできるわけ無いだろう?」

「どうだか……。」

 またしても七宮におちょくられたみたいだ。

 今から雌雄を決しようという時にこんなことをされて、冗談だと見抜けというのは絶対無理だ。

 いい加減頭に来た結城は更に捻りを加え、七宮の腕を締めあげていく。

 すると、悲痛の声も大きくなった。

「ちょっと結城君、それ以上はやばいよ!? ごめん、急に触ったのは謝るから、頼むから腕を離してくれないかい? 片手運転だと心許ないよ。」

「……。」

 こんな場所で交通事故を起こされてもいけないので、結城は渋々ではあるが腕を解放してやることにした。

 腕を離したその時、急に景色が開けて海の青が視界に飛び込んできた。それと同時に見えたのは海の上に一直線に敷かれた長い橋だった。

「橋だ……。」

 その橋には吊り橋のような支柱はなく、一見すると海に浮かぶ浮橋のように見え、強度不足に感じられる。しかしこの橋にはきちんとした下部構造が存在していて、海中に一定間隔ごとに小型フロートとスタビライザーが沈められているのだ。それが橋の揺れを最小限に抑えている……と、授業で聞いたような気がする。

(詳しいことは分からないけど、渡れるなら問題ないよな。)

 出発から結構掛かったが、やっと橋にさしかかれた。この橋を渡り終えたら組み立て工場まではすぐだ。

 他にも橋はダグラス社グループ専用のもので普段は通れないと教えられていたのだが、今は通してもらうしかない。

 橋の入口にはゲートが設置されていて、黄色と黒のストライプ模様のバーも降りていた。が、七宮はそれを当たり前のように突き破り、橋に侵入する。橋の上には車が一台も通っておらず、先程までの瓦礫だらけの道とは違って快適に運転できそうだった。

 運転といえば、そろそろ私も自動車免許を取得したほうがいいかもしれない。どのくらい時間が掛かるか分からないが、VF操作を習得するよりも短い時間で済むのは確実だ。

 それに、セブンみたいに丁寧に教えてくれればもっと短い期間で習得できるだろう。

(セブンか……。)

 ……今思うと、七宮は教えるのがかなり上手かったような気がする。ランナー育成コースの教官も上手いには上手いが、マンツーマンでやってくれていた七宮の方がスムーズに操作方法を覚えられた。

 その事を思い出していると素朴な疑問が思い浮かび、結城はそれを口に出してみる。

「もしかして、私にVFの操作教えてくれたのもこの計画のためなのか……?」

 七宮はこれだけの騒動を個人でやってのけた計算高い男だ。だとすれば、私のこともその計算のうちに入っているのではないだろうか。私がどのように計画に組み込まれたのかは今の所把握できないけれど、関係していると考えるのはごく自然で当然なことだ。

 私の問いに対して七宮は少し時間を置いてから答える。

「そうだね……。この計画じゃないけれど、別の野望のために、かな。」

「まだ何かするつもりなのか? 野望って何だよ。」

「いや、ちょっと言い方が大袈裟だったかな……。」

 七宮は一呼吸置き、先程とは全く違う内容で言い直してきた。

「君にVFの操作を教えたのは単純に僕の好意さ。君は君が思ってる以上に僕に影響を与えてくれたんだよ。分かりやすく言うと、この計画を立てるきっかけをくれたお礼ってところかな。」

「きっかけ……?」

 いつどこで私がこんな奴にきっかけを与えたのだろうか。

 過去のことを思い出して悩んでいると、七宮はその事をも話し始める。

「……結城君、僕と初めて会った時のことを覚えているかい?」

「うん、日本のスタジアム、キルヒアイゼンとクライトマンの試合の時だ。よく覚えてる。」

 今思えば、あの時に七宮に『ランナーになるのは不可能だ』と言われて、それでムキになってVFランナーになることを心に決めたのだ。そう考えると寧ろ七宮が私にきっかけをくれたように思う。

 七宮は相変わらず前を見て運転しながら言葉を続ける。

「あの時僕は結構ひどいことを言ったけれど、今思うとあれは全部自分に言いたかったことなのかもしれない。それを跳ね除けてVFランナーになる決心をした君に勇気をもらったわけさ。あの時会ってなかったら、僕がこんな騒ぎを起こすこともなかっただろうね……。本当に君には感謝してるよ。」

 何とも感動的な理由だが、それを素直に信じる結城ではなかった。

 もし仮にその話が本当だとしても、それ以外にもっと大きな動機があるはずだ。

 結城はそれを探るべく、七宮の話を軽く受け流す。

「その話嘘だろ。いいから早く本当のことを教えろよ。」

「いやいや、結城君が強くて魅力的なランナーになってくれて本当に嬉しいんだよ。」

「ふーん……。」

 散々嫌がらせやら酷いことをしておいてよくそんな事が言えるものだ。しかし、そのお陰でランナーとして成長できたのも事実であった。

 そんなこんなで七宮に対する評価を決めかねていると、やがて車が橋を渡り終え、七宮は話を中断してきた。

「ま、僕が女性のフリをしてまで君に操作を教えたのはこんな理由さ。納得してくれたかな。」

「うん……。」

 あまり釈然としないが、組み立て工場が見えてきたのでそう答えるより他なかった。

 橋を渡り終えた車は順調に工業団地内を進んでいき、そこから組み立て工場まではすぐだった。



 ――工場内も静かなものだった。

 無用心にも工場の資材搬入口は開いており、そのおかげで結城たちは車に乗ったまま工場内に侵入することができた。しかし車で移動できたのはそこまでで、搬入口からは車を降りて、今は作業員用の通路を歩いている。このまま進んでいけば出荷待機場所まですぐに到着でき、そこに完成したVFがあるはずだ。

 工場内も広いが、そこまで時間はかからないだろう。

 結城は作業員用の通路を順調に歩いていた。

(見学で来たことあるけれど、結構印象が違うな……。)

 見学者用の広い通路とは違い、今歩いている道はかなり狭い。すれ違うのにも一苦労しそうなほどの幅だ。だが、前方を進む七宮は慣れているようで、スイスイと歩いて行く。結城もその後に続いて通路を進んでいた……が、その途中で思わず足を止めてしまう。

「あれって……。」

 そこで目にしたのはライン上で中途半端に組み上げられたまま放置されているVFだった。工場内では、組立の工程だけは一箇所で集中して行い、後の塗装や外装甲の取付はライン上で行う。これは授業でも聞いているし、見学したこともあるのでよく知っている。

 だが、こんな中途半端な状態で放置されているVFを見るのは初めてであり、何かの設計資料を見ているようでかなり興味深かった。

(おっと、よそ見してる場合じゃなかった……。)

 それにしてもここは機械が機械を作っていると言っていいほど人の気配が感じられない。と言うより、人が作業に手を加えられる箇所があまりにも少なすぎる。

 元々オートメーション化されているので従業員の数は少ないし、その人達も避難しているのだから人のいる気配や痕跡がなくて当然である。ロボットアームの方が人間により精密に部品を組み立てられるのは頭では理解しているが、少し腑に落ちなかった。

「ここだね。」

 それからしばらく歩くと七宮の声が前方から聞こえ、出荷待機場所に到着した。

 頑丈そうな金属の扉の向こう、そこには円筒状のドームが広がっていた。アリーナまでとはいかないものの、その空間は広く、50体くらいなら楽々収納できるスペースがあった。

 しかし、出荷待機場所にVFの姿は見られず、壁面に設置されているVFを固定するためのフックは寂しそうに揺れていた。

 そんな光景を見て、結城は七宮に食って掛かる。

「おい、VFなんてないじゃないか。」

「大丈夫、下に予備があるよ。」

 そう答えると、七宮は待機場所の中央に向けて歩いて行く。

 それを目で追いかけると、中央に大きな穴が開いていることに気が付いた。

 遅れて結城もその穴に近寄り、そこから下を覗く。すると穴が深く下まで続いているのがわかった。更に身を乗り出して穴の手前から下を覗いてみると、同じような空間が下に向けて何層も連なっているのが見えた。暗くてよく見えないが、これだけスペースがあればVFもありそうな気がする。

 そうやってしばらく下を見ていると、やがて下層の明かりが点灯し、下層の様子もよく見えるようになった。

「あ、あった。」

 同時にVFも明かりに照らされ、その姿を浮かび上がらせた。……が、VFは2体だけしかなく、明るく照らされても待機場所内は相変わらずがらんとしていた。

 おまけに、2体のうちの片方はかなり下層にあり、取りに行くのは面倒そうだった。

「ちょうど2体残っていたね。……僕が下まで行くから、結城君はそこのVFに乗るといいよ。」

 七宮は一方的にそう告げると、竪穴の内側にあるエレベーターリフトに乗り込み、先に下層に向けて降りていってしまった。

 結城も七宮に続いて違うリフトに乗り、すぐ下の層まで降りていく。

 下層に着くと、結城は辛うじて残っていたVFの元まで移動し、近くに設置されていたコンソールを操作して固定フックを解除する。さらに、コックピットハッチを開けるべく外部から操作をした。

「これで……よし。」

 操作が完了するとコンソールに進行度を示すバーが表示され、待っている間結城は改めてそのVFを観察することにした。

 ダグラスが新しく発表したVFは量産タイプとあって、デザインはシンプルで色も真っ白だった。形状的にどことなくファスナに似ている気もするが、これはダグラスがキルヒアイゼンのVFを真似ているからだろう。

 そうやって観察しているとようやく操作を受け付けてくれたのか、コックピットハッチがゆっくりと開き、VFはその場で屈んで膝立ちの姿勢に移行した。

「乗っても大丈夫だよな……?」

 先にリフトなりクレーンなりを使って外まで移動させたほうが良かったかもしれないが、せっかくハッチを開けたのだし結城は先にハイエンドVFに乗りこむことにした。

 結城は手慣れた動作でコックピット内によじ登ると、メガネを片手で外し、シートに置かれていたHMDを頭にかぶる。その新品の何とも言えぬ匂いを嗅ぎつつ、結城はコンソールに手をおいてVFを起動させた。

 HMDの初期設定は瞬時に完了し、すぐに目の前のディスプレイに各部のパラメータが表示される。

(エネルギーも……問題ないな。)

 これも暴走させるつもりだったのか、既に大容量のバッテリーが搭載されており、エネルギーの心配はなさそうだった。

 後はVF用の運搬リフトを使ってこれを外に出すだけだ。

 しかし、いちいちコックピットから出てリフトを動かすのが面倒だったので、結城はそのまま竪穴をよじ登ることにした。

 まず結城はVFをジャンプさせ、一層上の床部分の縁を掴む。そこから鉄棒の要領で脚を持ち上げると、脚だけを一層上の床面に上がらせ、そのまま腕の力だけを使って体ごと無理矢理上に押し上げた。

 すると、案外簡単に登ることができた。

 下に目を向けると、リフトを動かしている七宮の姿が見えた。これからVFをリフトまで移動させることを考えると、少し時間がかかりそうだ。

(先に行くか……。)

 結城は輸送船ドックへと続く道を進み、VFを歩行させる。

 床にあるレールに従って歩いて行くとすぐに海が見えてきた。しかし結城はそのまま真っ直ぐ進まず、適当な場所で横道に逸れる。

 そうすることで、ようやく結城は工場から外に出ることができた。

 外に出ると工業団地内の景色がHMDに映り、似たような形の工場が多く並んでいるのがよく見えた。それを眺めつつ結城は工場脇にある駐車場まで移動し、そこでVFに基本動作をさせてみる。

 ハイエンドモデルVFは動きやすく、操作も素直で癖がなかったが、やはりアカネスミレと比べるとかなり劣る。

(ちょっとレスポンスが遅いかな……あと、調整も荒いか。)

 多少の不安はあったが、七宮も同じVFで戦うのだから、そこまで気にすることもないだろう。

 そんな風に操作の調整がてら駐車場内を歩いていると、その一角に周囲の雰囲気にそぐわない物を発見した。……それはVTOLが落としたであろう武器だった。

「こんな所に落としてくれたのか……。」

 駐車場の一角では鋼八雲とグレイシャフトが仲良く地面に突き刺さっていた。

 しかしよく見ると、鋼八雲の方がより深く地面に刺さっていた。投下時の角度も大いに関係しているのはわかるが、それを引き換えにしても鋼八雲の刺さり具合は良好であり、その切れ味がグレイシャフトを遙かに超えているのがよく理解できた。

 やっぱりあの時槻矢くんに鋼八雲を空中でキャッチするように頼んだのは間違いだったかもしれない……。

 そんな事を思いつつ結城はグレイシャフトを地面から引っこ抜き、それを担いで工場の区内から外に出た。

(さて、どこで戦うか……。)

 残る問題は戦う場所だ。工業団地内はごちゃごちゃしているし、今いる駐車場程度の広さでは落ち着いて勝負できない。

 どこか適当な場所はないだろうか。そう考えているとふと脳裏に橋のことが思い浮かんだ。橋ならばそこそこ広いし障害物も何も無いので結構いい場所かもしれない。

 あまり他の候補を考えている余裕もないので、結城は早速橋に向けて移動していく。

 ……車で来た道を戻って行くと、橋まではすぐだった。

 助手席から見た時も幅が広いと思っていが、改めてVFの視点から見ても広く感じられる。比較的大きめの資材を運ぶので広く頑丈に作られているのかもしれない。

「ここでいいかな……。」

 結城は戦闘に耐えうるか、橋の強度を確かめるために直接VFで橋の上でジャンプしてみる。すると、予想よりも揺れは少なかった。

 フロートに近い場所はしっかりと沿岸部に固定されているので、この周辺なら問題なく戦えそうだ。これだけ足場がしっかりしていれば戦闘にも集中できるだろう。

 そのまましばらく橋の上を歩いていると、少し遅れて七宮も工場内から出てきた。

 橋から組み立て工場まで200メートルと無いので、七宮の乗るハイエンドモデルVFの動きもよく見える。七宮は駐車場に刺さっていた鋼八雲を手にすると、それを片手で持ってゆっくりと橋まで歩いてきた。

 しかしその時、運悪く報道ヘリが戻ってきた。

(もう戻ってきたのか……)

 本社フロートの方向から現れた報道ヘリはすぐにこちらを発見したようで、近くの空で停止し、カメラをこちらに向けてきた。だが、元々はその報道ヘリを欺くためにダグラスのハイエンドモデルVFに乗ったのだから、コックピットから顔を出さない限り問題無いだろう。

 今私はどんなふうに撮られているのか、少し気になった結城は携帯端末を懐から取り出して、ニュースサイトを覗いてみる。サイトを開くと、すぐに女性レポーターの声がコックピット内に響き渡った。

「――見てください、ダグラスの組み立て工場内から制御不能状態のVFが出現しました。ところが、エルマーやアルザキル、そしてアカネスミレは海上アリーナで待機中で、こちら側の存在に気が付いていないみたいです。」

 カメラに写されていたのは私ではなく、七宮の方だった。VFの種類は同じなので、どちらを撮られていてもあまり違いはないが、なぜだか微妙に悔しかった。

 その動画を見ながら、結城は妙な事になってしまったと再認識する。……でも、同じスペックのVFで七宮と戦えるのは良かったかもしれない。これなら私は七宮と対等な条件で戦えるわけであり、勝ったとしても負けたとしてもVFを言い訳にする必要が無いからだ。

(そろそろだな……。)

 もう少しで七宮が橋に到達すると分かると、結城は携帯端末をしまうことにした。その為にサイトを閉じようとした時、再び女性レポーターの声が聞こえてきた。

「これは、もう一度海上アリーナに戻ってVFランナーの皆さんに知らせたほうがいいのでしょうか、それとも……あれ? 橋の上にもう1体いました!! しかし何やら様子がおかしいです。お互いを敵と認識してしまったのでしょうか……?」

(当たらずとも遠からずだな……。)

 これで、戦っても不自然に思われない。女性レポーターの有難い解釈に感謝だ。

 ここでようやく結城は携帯端末をポケットに仕舞った。

 その後すぐに七宮は橋の上に到達し、鋼八雲を持ちあげて切っ先をこちらに向けてきた。

「結城君、やっぱり気は変わらないかい?」

 いつの間に回線を繋いだのか、通信機から聞こえてきた七宮の声に結城はすぐさま返答する。

「ここまで来て言うようなセリフじゃないだろ。戦うに決まってる。」

「愚問だったみたいだね。……じゃあ、僕もこの“試合”を楽しむことにするよ。」

 七宮は楽しげにそう言い、鋼八雲の切っ先をゆらゆらと上下に動かす。

「あ、そうだ。慣らし運転でもするかい?」

「……。」

 結城は七宮に馬鹿にされたように感じ、すぐさまグレイシャフトの穂先を持ち上げ、七宮のVFの喉元に向ける。

「そんな時間無いだろ。さっさと決着をつけるぞ。」

「……そうだね。」

 こちらが臨戦態勢になったのが伝わったのか、最後に聞こえた七宮の返答は冷静だった。

 それから2体はお互いに橋の上でじりじりと歩み寄っていき、やがて武器の先端が触れ合うと、それを合図にして戦闘が開始された。


  4


 結城と七宮が橋の上で戦闘を開始した頃、ダグラス本社内には社長秘書のベイルの姿があった。ベイルのいるエントランスホールには硝子の破片やよく分からない瓦礫が散乱していて、騒ぎの間そこが危険な場所だったことを示していた。

 今はその騒ぎも収まり危険は無いが、時々天井から証明や天板が崩れ落ちてきており、完全に安全な場所だとは言えなかった。

 ベイルはそのエントランスホールの受付にある情報端末を使い、あるデータカードの中身を確認していた。

「まだあるんですか……。」

 データカードの中には文書データと、その内容に関する画像データや音声データが大量に詰められていた。特に文書データは量が多く、既に確認作業を始めてから2時間も経つのに、飛ばし読みをしていても読み切れないくらいの大容量だった。

 そして、その全てがダグラスの犯した汚職や犯罪の証拠だった。

(七宮……どうしてこんなものを……。)

 そのデータカードは七宮から直接手渡されたものだった。

 2時間前……。このフロート内で発生した暴走VFの騒ぎが収まった時間だ。

 その時ベイルはガレスと共に社長室を出て、エレベーターでエントランスホールまで降りた。すると、いきなり七宮が横から現れてガレス社長を殴ったのだ。ガレス社長はそのまま倒れて気絶してしまった。

 こちらも何かされるのではないかと身構えたのだが、七宮はデータカードを手渡しただけで、あっという間にベイル社長を外へ連れて行った。

 その時に聞こえた「どうするかは君に任せる」という言葉が今も耳から離れない。

(どうするか……)

 データカードの中に入っていたガレス社長の悪行の証拠はどれも酷いものだった。

 暴力沙汰が当たり前のように繰り返され、中にはどこぞの重役を数日間監禁したという証拠もあった。そして、敵対する企業には惜しみなくスパイを送り込み、何百もの技術や販路を奪い取っていることも分かった。

 中には殺人も含まれており、数名のリストの中には先代の七宮重工の社長の名前も記載されていた。つまりは七宮宗生の父親である。自殺に追い込んだと聞いた時に違和感を覚えていたが、まさか殺されていたとは思ってもいなかった。七宮が復讐をするのも無理はない。

(まさか、人殺しにまで関与していたとは……。)

 法のスレスレ、グレーゾーンどころの話ではない。これでは確実に真っ黒である。

 こんなやばいデータ、すぐにでも壊して記憶から消去したい。だが、自分が消した所で七宮がこのデータを所持していることに変わりなく、ダグラス社が大きな非難を受けるのは避けられない。

「……。」

 これからどうするか、ベイルがデータカードを手にして悩んでいると、割れたガラスをくぐり抜けてガレス社長がエントランスホールに現れた。

 スーツは埃まみれで、口元からは血が出ていた。しかし、それ以外は問題ないようで、年寄りにそぐわない大きな体を揺らしながらこちらまでやってきた。

「ここにいたのかベイル。応急手当を頼む。」

 ガレス社長は受付のカウンターに腕を乗せ、だるそうにもたれかかる。

「その怪我、どうしたんですか。」

 ベイルはなるべく自然な動作でデータカードをポケットにしまい、返事をしながら情報端末の画面も消した。ガレス社長は全くこちらの動きに注意を向けて無いようで、下を向いたまま唇を噛んでいた。

「どうしたもこうしたもない。七宮がやったんだ。……あいつ、儂が何も出来ないからと調子に乗りおって……絶対にあいつの親父と同じ目に合わせてやる!!」

 そのセリフを耳にして、ベイルは自分の鼓動が早くなるのを感じた。

 この人は当たり前のように邪魔者を消すつもりだ。しかも、データを見た限りではそれに慣れてしまっている。

 それを許すわけにはいかなかった。

「同じ目ってことは……暗殺者を雇って自殺に見せかけて殺すってことですよね。」

「な……!?」

 勇気を出して小声でつぶやいてみると、予想に反してガレス社長は大きな反応を見せた。

 ベイルは豆鉄砲を食らった鳩のような顔を見せているガレスに対し、更に言葉を投げかけ、責め立てる。

「“自殺に追い込んだ”と聞いていたので、無理やり取引先を奪ったり、技術者を引きぬいていたのかと思っていましたが……そういう方面の輩に七宮を殺すように指示していたんですね。」

「……何を言っている。」

「惚けても無駄です。全て……社長が過去にやったことは全て知ってます。」

 何を言っても、どう取り繕っても無駄だ。どうやって調査したのかは分からないが、データカードには疑いようのない文書データと、それを裏付ける音声データや映像データが入っているのだ。

「とんだ外道ですね、自分のために人を殺すなんて。」

「黙れ!!」

 そこまで言うとガレス社長は逆上し、こちらの胸ぐらを掴んできた。今までならこれで怯んでしまっていただろうが、今は違う。

 こちらが毅然とした態度で目を見ていると、胸ぐらを掴む力が弱まった気がした。

「あれは必要だった。そのおかげでお前も儂の秘書として働けているんだから、むしろ感謝しろ。……応急処置するつもりがないなら儂を病院まで連れて行け。」

 命令されたが、もうガレス社長に従うつもりはないし、その命令自体に無理があった。

「無理です。瓦礫が邪魔で車は動かせません。大体こんな状況で病院が機能していると思ってるんですか?」

「役立たずが……。それならせめて儂を助けに来い!! お前が儂の身代わりになればよかったんだ!!」

 とうとう訳の分からぬことまで言い出され、いい加減このガレスという男にうんざりしたベイルは、実力で黙らせることにした。

「……すみません社長、少し黙って下さい。」

 そう告げるとベイルは拳を握りしめ、ガレスの顔面を殴る。

 するとガレスはベイルの襟から手を離し、その手で顔面を押さえた。見ると、口からだけでなく、鼻からも血が流れていた。

「なっ……ベイル、お前……!!」

 手のひらに付いた血でその事に気が付いたのか、ガレスはその手をこちらに伸ばしてきた。しかしそれを腕で振り払い、ベイルは今まで言えなかった事をガレスにぶちまけていく。

「いいですか。ガレス社長は性格は最悪でも経営手腕が素晴らしいと評価していました。だからこそ何をされても耐えてきたんです。ですが、その経営手腕の正体がただの脅しで、ろくな交渉もなしに相手に要求を呑ませていたなんて……。これじゃそこらのチンピラとやってることが変わらないじゃないですか。」

「おいベイル、秘書の分際で儂を馬鹿にするのか!?」

 また受付のカウンター越しに掴みかかってきたので、ベイルは再び黙らせることにした。

「黙れと言っているのがわからないんですか。」

 そう言って短く警告し、ベイルはガレスを殴る。その拳はまたしてもガレスの顔面に命中し、殴られたガレスはカウンターの手前で尻もちをついた。

 殴り方もわからない自分がここまで相手に上手く拳を当てられるとは思ってもいなかった。だが、それだけこちらの手も痛かった。

 ベイルは痛む手をさすりながら、ガレスに言い返す。

「秘書の“分際”ですか。……私は秘書ですが、あなたみたいなゴミクズじゃありません。」

 こう言うとまた何か言い返してくるだろうなと予想していたが、いつまで経ってもガレスの声は聞こえてこない。

 何かおかしいと思いカウンターの死角を覗きこむと、殴られて気を失ったのか、ガレスは床に大の字になって倒れていた。その情けない姿を見ながらベイルはため息をつく。

「ふぅ……。」

 かなりすっきりした。こんな男にビビっていた自分が情けなく思える。

 七宮からガレスの汚職の証拠の詰まったデータカードを渡された時は訳がわからなかったが、これは秘書の自分に内部告発させるために渡したのだろう。

 そして七宮の期待通り、自分はこのデータカードを治安当局に提出するつもりだった。

(転職、考えたほうがいいかもしれないなぁ……。)

 気絶したガレスを無視して、ベイルはデータカードの確認作業に戻ることにした。


 

 ――ほぼ同時刻、鹿住はモニターに映る中継映像を見ていた。

 それはニュースサイトで配信されているもので、そこにはダグラス社の組み立て工場付近の橋の上で戦う2体のVFの姿が映し出されていた。

 ……一見すると暴走VF同士が戦っているようにしか見えない。

 しかし、事情を知る鹿住にはそれが結城と七宮の戦いだということが分かっていた。

 それに鹿住だけではない、VFランナーやチームメンバー、そして一部のマニアもこれが七宮と結城の戦いだということが分かっているはずだ。

(結城君、ナイスな作戦です。)

 七宮さんに戦闘させるように仕向けさせたのは良い判断だ。これで暴走VFを七宮さんが操作していたとなれば、それを足掛かりにして他の計画を阻止できるかもしれない。しかし、どうやってコックピットを開けさせればいいのだろうか。

 一番確実な方法は動かなくなったVFのコックピットハッチを無理矢理こじ開けるという方法であるが、それをするためには結城君が七宮さんに勝利する必要がある。

 2人の実力差を考えると、それは無理なように思えた。

(結城君が勝てるといいんですけれど……。)

 鹿住はモニターを見ながらその戦いを見守る。2体は橋の上で忙しなく動いていて、激しく武器同士を交わしていた。流石はキルヒアイゼンの設計データを流用して作られたVFだ。ダグラスのVFとは言え、FAMフレームに近い性能を発揮できている。

 私は戦闘に関しては素人なので、これを見ただけではどちらが優勢なのか分からない。しかし、結城君が優勢であって欲しいと強く思っていた。

 しばらく無言で戦いを見ていると、槻矢君から連絡が入ってきた。

「アカネスミレとアルザキルを海上アリーナに置いときました。」

 その報告を受け、鹿住はいい方法を思いついてしまった。そしてそれを実行するべく鹿住は槻矢に返答する。

「はい、それはカメラで確認していたので分かっています。それよりも早くダグラスの工業団地フロートに向かってください。」

「まさか……結城さんに何かあったんですか!?」

「何でもいいですから工業団地に急いでください。そのフロートの橋の上で結城君と七宮さんが戦闘しているんです。」

 そこまで言っても槻矢君は釈然としないのか、理由を求めて言い返してくる。

「また戻るんですか? 結城さんからは勝負に手出ししないように言われてるんですけれど……」

 ここで言い合っていても時間の無断になると判断し、私の考えを伝えておくことにした。

「それで構いません。勝負がついたら七宮さんが乗っている方のVFを停止させて、コックピットから七宮さんを引きずり出してください。そうすれば後で七宮さんを追い詰める格好の材料になります。」

 これなら結城君との約束も守れるので問題ない。ただ、槻矢君のエルマーが七宮さんのVFを停止させられるかが問題だった。

 でも、見たところVFの性能は圧倒的にエルマーが優っているし、ヒットアンドアウェイを繰り返せば何とかいけそうだ。

 そう考えていると、遅れて槻矢君が了解の旨を伝えてきた。

「はい。わかりました。」

 そして、通信が終了しエルマーは再びダグラス本社フロートユニットに向けて飛んでいった。

 通信している間、リュリュやリオネル、それにベルナルドさんはモニターに釘付けになっていた。それだけ結城君と七宮さんの試合の行方が気になるのだろう。

 通信を終えると、鹿住もみんなに混じってモニターに映る2体のVFに集中し始めた。


  5


 七宮との戦闘が開始されてから少しの時間が経った。

 橋の上ではダグラスのハイエンドモデルVFが2体、それぞれ刀と槍を持って攻防を繰り返している。お互いにダメージはなく戦闘のテンポも少し遅めだった。

(やっぱり、こんなVFじゃ無難な戦い方しか出来ないな……。)

 ハイエンドモデルとは言え、所詮はダグラス社製の量産モデルだ。性能はアカネスミレよりワンランク下であり、勝負はそこまで派手ではなかった。

 また、戦いの場が橋の上ということもあり、横方向への回避が制限されるので必然的に2体は攻撃を受け止めるしかなかった。その武器の性能もほぼ互角なので、勝負は一進一退を繰り返すような展開になっているというわけだ。

 そして、それは私と七宮の実力が拮抗しているということを示していた。

(でも、これなら行ける……このままやっていれば……!!)

 結城は数度目の斬撃をグレイシャフトで払いながら考える。

 やはり、この細長い橋の上ではリーチの長い槍を持つ私のほうがかなり有利だ。しばらく戦う内にだんだんと感覚が掴めてきたし、七宮が一度でもミスをすれば、その瞬間に私の勝利は確定するだろう。

 そう確信していた結城だったが、自分がミスをするということまでは考えていなかった。そして、結城は早い段階で重大なミスを犯してしまう。

「あっ……」

 七宮の鋼八雲を切り払った結城は、すぐに片腕を伸ばしてカウンターの突きを放った。その際、ハイエンドVFの出力を見誤ってしまい、突き出した槍につられて前方によろめいてしまったのだ。

 すぐさま結城は体制を立て直すべく脚を前にだして踏ん張ったが、そのせいで七宮に隙を与えてしまうことになった。

「……だから慣らし運転をしないかって言ったんだよ。」

 通信機越しに七宮は余裕たっぷりに言い、よろよろと突き出されたグレイシャフトを簡単に避ける。続いて素早い動作で鋼八雲を肩の高さで構えると、つんのめるこちらに剣先を突き出してきた。

 それを見ただけで結城は回避不能だと悟ってしまう。

 一瞬のミスが勝敗に関わることは理解しているつもりだった。しかし、一度バランスを崩しただけで私は負けてしまうのか……。

(いや、まだだ!!)

 ここで負ける訳にはいかない。いや、絶対に負けたくない。

 その強い意志は結城をあの『感覚』に移行させた。

 それは、周囲の時間の流れが遅くなり、逆に自分が加速されるあの感覚だ。そのおかげで結城は通常では分からない、鋼八雲の切っ先の軌道を予測することができた。

 七宮はこちらの首の付根を、バッテリーが収納されている位置を狙っている。それさえ分かれば後はその場所を防御するだけだ。

(行けるか……!!)

 加速された感覚の中で結城はVFの指を器用に使って、前に突き出したままだったグレイシャフトを手繰り寄せる。そして続け様に穂先の根本付近を持って鋼八雲の軌跡に割り込ませた。

(これで何とか凌げたか……。)

 いくら鋼八雲と言えど、同質の刃でできた穂先を貫くことはできないはずだ。

 そう思い安心したのも束の間、刃が接触する直前に鋼八雲がその軌道をずらしてきた。どうやらあっちもコンマ以下で状況を判断し、微細な操作を行える状態になっているみたいだ。

 ――そこから七宮と結城の刹那の駆け引きが始まった。


 一太刀目、結局、七宮の鋼八雲は私が手元に戻したグレイシャフトの防御範囲から脱することができず、両者の武器の刃同士はぶつかり合った。これで何とかミスをリカバーできたのだが、やはりグレイシャフトは鋼八雲よりも質に欠けるようだ。接触した瞬間から穂先の表面が鋼八雲の硬い刃によって削り取られていく。

 更に、鋼八雲はそのまま火花を散らせながらグレイシャフトの穂先を滑り、こちらのアームに襲いかかってきた。

 だが、結城は槍の柄の中央付近に腰を押し当ててそこを支点にし、シーソーの要領で右手で石突きを押して、柄を滑ってくる鋼八雲をグレイシャフトから押しのける。

 これで外側に押し出された刀につられて七宮のVFもバランスを崩すはずだった。……が、戦いは必ずしも思惑通りにはいかないものだ。七宮は外側にかかるグレイシャフトの力に無理に抵抗することなく、鋼八雲の握りを緩めた。

 すると、刀身を押された鋼八雲はVFの手の中で360度、風車のようにくるりと回転し、こちらの振り払いは無効化されてしまった。

 巧みというかなんと言うか、そんな力の逸らし方を見たことがなかった結城は、戦闘中であるも関わらず、思わず感心してしまう。

 しかし、その感心もすぐに消え去ることになる。


 二太刀目、七宮は改めて鋼八雲を両手で持ち、こちらの脳天目掛けてそれをまっすぐ振り下ろしてきた。このままだと頭部をかち割られるのは確実だ。

 それを避けるべく結城は未だ体の外側に向けて振られているグレイシャフトを急いで持ち上げ、再び穂先を剣筋に割り込ませた。芸がない防御方法だがこれが最も最速の手だし、柄が長いと穂先を比較的自由に動かせるので便利なのだ。

 垂直方向に綺麗に振り下ろされた鋼八雲はグレイシャフトの穂先の腹に当たり、バウンドすること無く張り付くようにピタリと停止した。

 結果的に結城は鋼八雲をグレイシャフトで防げたが、鋼八雲に注意を向けすぎていたのがいけなかった。……七宮は刀を押し当てた状態でこちらの脚を狙って蹴りを放ってきた。

 鋼八雲を防ぐことに精一杯だった結城はまともにそれを受けてしまい、バランスを失ってよろめいた。

 その隙に七宮は鋼八雲を水平方向に小さく引き、テニスのバックショットのように素早く斬撃を放ってきた。


 三太刀目、その横薙ぎの斬撃はこちらのがら空きになった脇腹に目掛けて突き進んできたが、結城はグレイシャフトを持ったままアームを折り曲げて肘を振り下ろし、腕を無理矢理刀身に打ち当てて刀の軌道を斜め下方にずらした。

 そのお陰で斬撃の威力は極端に弱まり、相手の攻撃は命中はしたものの、その斬撃はこちらの腰部の外装甲に切れ込みを入れた程度で済み、そこで鋼八雲は停止した。それは七宮を刀ごと捕まえたとも言える状態だった。


 四太刀目、鋼八雲を固定したことで七宮の動きを制限できた結城は、ようやく攻撃側に回ることになった。

 結城は胸の前に両手で保持していたグレイシャフトを瞬時に四半回転させて穂先を下に向けると、その穂先を七宮の股の下に滑りこませる。そして躊躇いなく一気に振り上げた。

 しかし、そこに至るまでの動作に時間をかけすぎたらしい。七宮はその間にVFをジャンプさせ、振り上げられた槍の穂先を両側から足の裏で挟み込んできた。見た目は不恰好だったがその方法は下方からの斬撃を防ぐのには最適だったらしい。ハイエンドVFの重量も相まって、結城はそれ以上グレイシャフトを振り上げることができなかった。

 さらに七宮はその状態で器用に足を捻り、グレイシャフトの穂先の腹を地面に対して水平方向に回転させ、その平べったい刃の腹の部分に立ってみせた。すると、先ほどまで振り上げられていたグレイシャフトはVFの重さによって橋に押さえつけられ、その重さに耐えられず、結城のVFもグレイシャフトにつられて橋の上に膝をついてしまった。

 結果として結城は頭を垂れる事になり、七宮に背中を晒すことになった。


 五太刀目、私が膝を付くとすぐに七宮は鋼八雲を逆手に持ち、アームを伸ばしてこちらの背中にあてがう。もちろん狙いはこちらの背中の中に搭載されているバッテリーだ。

 更に七宮はグレイシャフトの上でジャンプして、私のVFの上に飛び乗ってきた。十分に体重を載せて一撃でこちらのVFを機能停止させるつもりのようだ。

 背後を取られたら逆転するのはほぼ不可能だが、結城が諦めることはなかった。

 結城は膝をついた状態でグレイシャフトを力の限り引き寄せ、その石突きを自らの脇の下に通して背後にいる七宮目掛けて突き出す。それは悪あがきとも言える当てずっぽうの攻撃だったが、一応の牽制にはなったらしい。七宮は鋼八雲を一瞬引き、こちらの背中から離れてくれた。


 六太刀目、結城はその隙を狙ってVFを立ち上がら、勢いをつけて背後にターンする。すると脇に挟まれたグレイシャフトも同時に回転し、それは大ぶりの斬撃となって七宮に襲いかかった。だが、七宮は瞬間的にこちらに接近して、穂先ではなくグレイシャフトの柄の部分を掴んで攻撃を防いだ。

 距離にして半歩ほど。七宮の鋼八雲には十分過ぎる間合いだった。


 七太刀目、七宮はこちらのグレイシャフトを制すると片手だけで鋼八雲を持ち直し、それをまっすぐにこちらの頭部めがけて突き出してきた。

 私の視界に対して刃を垂直に向けられているせいか、その刃は殆ど見えず、距離感も全く掴めない。確実に言えることは、この攻撃がこちらの頭部パーツを破壊するまで1秒も掛からないということだけだった。

 ここで結城は七宮に掴まれているグレイシャフトを思い切り押し出す。するとそれにつられて七宮のVFも動き、鋼八雲の切っ先がぶれた。これをチャンスと感じた結城はすぐにグレイシャフトを放棄し、突き攻撃をすれ違うように回避して相手の懐に飛び込む。

 そして、鋼八雲を奪うべく、その柄を相手のアームごと両手で掴んだ。

 同じVFであれば、片手より両腕のほうがパワーが出るのは当然であり、結城は容易に鋼八雲を七宮の手から奪い取ることに成功した。

 だがこれだけで安心はできない。なぜなら七宮も私と同じように武器をスイッチしてグレイシャフトを使うはずだからだ。私と同じく七宮は大抵の武器の扱いには精通しているので、今以上に厄介なことになるかもしれない。

 そう思い警戒心を極限にまで高めたが、七宮が次にとった行動は私の予想とは違っていた。

 七宮はグレイシャフトなどに目をくれることなく、こちらの手にある鋼八雲に追いすがるように手を伸ばしてきたのだ。

「え……?」

「あれ……?」

 そんな予想外過ぎる行動に、結城だけでなく七宮も驚きの声を漏らしていた。

 これは七宮本人も予想していなかった動作だったみたいだ。その証拠に、七宮はワンテンポ遅れてグレイシャフトに手を伸ばし始める。

 ……だが、それは遅すぎる判断だった。


 そして八太刀目、結城は鋼八雲を最小限の動きで制御すると素早く振り上げる。振り上げる際、結城は手首のスナップを効かせながら遠心力を効率的に剣先まで行き届かせ、まるで刀を背負うようにして力を溜める。

 十分に振りかぶった鋼八雲の峰がこちらのVFの背中に触れたその瞬間、結城は振り上げた時と同じ要領で遠心力を最大限に生かし、VFの出力が許す限りの膂力で以って、それをやや斜めに振り下ろした。

 すると鋼八雲は自分でも恐ろしいほどの速さで七宮のVFの肩口に到達し、その外装甲にダメージを与え始める。

 ……まず結城の五感に伝わってきたのは感触だ。それは少し弾力のある空気を切るような感触であり、恐ろしいほど抵抗を感じさせなかった。超音波振動ブレードやネクストリッパーとは次元の違う切れ味に、戦慄すら覚えるほどだ。

 続いて届いてきたのはHMDに映し出された映像だった。私の振った刀は七宮のVFの肩から侵入していき、グレイシャフトを持とうとしていた腕ごと両断して、反対側の脇に到達する。その結果、VFの頭部と肩と腕が綺麗に一直線に切り落とされた。

 それはしばらく空中に留まった後、重力に従って下方に落下していく。

 断面からはバッテリーの構成パーツが覗いており、教科書でも見たことのないような綺麗な断面が空気にさらされていた。

 最後に届いたのは音だった。それは切り落とされたVFの部位が橋と衝突する音であり、その音をきっかけにして結城の感覚は通常の状態に戻っていった。

 時間の流れが戻ったその途端、七宮のVFはその場に膝をつく。そして、こちらに寄りかかるようにして倒れてきた。結城もその七宮のVFに押し倒されるようにその場にゆっくりと倒れた。

 そこでようやく結城は勝どきを上げた。

「私の勝ちだ……。」

 その呟きはコックピット内に控えめに響き渡る。勝敗をアナウンスする実況者の声も聞こえなければ観客の歓声も何も聞こえない。だが、確実に勝負は決した。

 時間にして数十秒……やり取りも少なかったが確実に私は七宮に勝った。それは疑う余地のない事実だった。

「おい七宮、私が勝ったぞ!!」

 通信機に向けて喋ってみるも、向こうから返事はない。

 単に黙っているのか、それとも転んだ時の衝撃で気を失っているのか……それはないか。

 だとすれば通信機の故障と考えるのが最も自然だった。

「聞こえてないのか……。」

 早く七宮の反応を見てみたかった結城はコックピットから出るために、ハッチを手動開閉レバーに手をかける。だが、そのレバーを引こうとした所で、結城は踏みとどまる。

「おっと……」

 報道ヘリの存在をすっかり失念していた。今生身を晒してしまうとあらぬ誤解を受けてしまう。その事に気が付いた結城はレバーから手を離してシートに座り直した。

(えーと、これからどうしたらいいんだ……?)

 終わった後のことを全く考慮していなかった結城は、頭を抱えて思い悩む。HMDには相変わらず上空を旋回しているヘリコプターが映し出されており、それはしばらくこの場所から離れてくれそうになかった。

(まぁ、どうにかなるか……。)

 結城はあまりややこしく考えず、しばらく勝利の余韻に浸りながら誰かが来るのを待っていることにした。

 そんな風に七宮のVFに押し倒されたまま動かずにいると、視界にエルマーの姿が写った。エルマーはこちらに向けて一直線に飛んできている。このタイミングの良さから察するに、私と七宮の戦闘が終わるまで近くで待機していたのだろう。

(槻矢くん、助けに来てくれたのか。)

 自力で七宮のVFを押しのけようとも考えたが、助けに来てくれたとあれば機能停止したふりを続けるのがいいかもしれない。そのまま報道カメラから写らぬ場所へ運んでくれると有難い。

 それを伝えるべく通信機を操作していると、エルマーはすぐに降下してきて橋に足をつけ、飛行の勢いを利用してこちらまで駆け寄ってきた。そして何を思ったか、エルマーはいきなり私のVFの頭部を掴んだかと思うと、そのまま勢い良く捻って破壊した。

「……!?」

 さらに、私が声を出す暇もなく背中のバッテリーも破壊されてしまった。

(いきなりなんだ!?)

 完全にエルマーに機能停止にさせられてから、ようやく結城は通信機の調整を終え、槻矢に向けて抗議の声をあげる。

「何やってるんだ、槻矢くん!?」

「任せてください結城さん。これから七宮をVFから引きずり出してやります。それを報道カメラが写してくれれば今回の事件に関わった証拠にできるんです。」

 なるほど、槻矢くんの方法は七宮を追い詰めるには最適だろう。……たが、その七宮が乗っているVFを勘違いしたのでは元も子もない。

 結城はその事を槻矢に注意する。

「槻矢くん、今攻撃したの私のVFなんだけど。」

 そう告げるとエルマーの動きがピタリと止まる。

 その後しばらくして槻矢くんの気まずそうな声が聞こえてきた。

「え、刀を持ってるほうが七宮のVFじゃ……?」

「あー……。」

 私と七宮の乗るVFは全く同じ物であり、ランナーを判断する手段は武器しかない。……その手段である鋼八雲をしっかりと握っていたのだから、槻矢が私を七宮と勘違いするも仕方がない。

「この刀は戦ってる途中で七宮から奪ったんだ。……せめて確認して欲しかったな。」

「ご、ごめんなさい……。」

 取り敢えずは報道カメラに映らなかったので安心だ。謝ってくれたし快く許そう。

 寧ろ、こうやって破壊してくれてよかったかもしれない。これで報道カメラには“エルマーが暴走VFを2体破壊した”と映るはずである。

 ただ、槻矢くんが勘違いしたのには別の理由がある気がしていた。

 結城はついでにそれも一応指摘してみる。 

「……もしかして槻矢くん、私が七宮に勝てないって思ってたんだ?」

 少し責めるように言うと、槻矢くんは必死になってそれを否定してきた。

「いえ、まさかそんな事は無いです。……と、とにかく、今すぐ七宮をVFのコックピットから引き摺り出します。」

 やはり図星だったようだ。槻矢くんはそれを誤魔化すべく話題を変え、エルマーを操作して七宮の乗るVFに手を伸ばす。しかし、なぜか私はそれを引き止めてしまった。 

「待って槻矢くん。」

「はい?」

 私の声に応じてエルマーの動きが止まる。

 今回の騒ぎの首謀者である七宮を捕まえるのには賛成だ。しかし、七宮が戦う前にここまで移動してくれたのは『報道ヘリに写されない』からだったはずだ。

 そう考えると、今ここで七宮をカメラの前に晒すのはずるい気がするし、フェアじゃない。

「七宮と約束したから、このままカメラに映らない場所まで運んでくれない?」

 その気持ちは、結城に自然とそんな事を言わせていた。

 だが、エルマーは依然として待機状態にあり、槻矢くんはかなり迷っている様子だった。

「あの、僕はどうすれば……」

 槻矢くんは不安げに呟いていたが、それは他の誰かへの通信だったようで、すぐにこちらの通信機からも槻矢くんの話し相手の声が聞こえてきた。

「結城君、戦う前に七宮さんから条件を提示されたんですね……。」

 それは鹿住さんだった。

 どうやら槻矢君に指示を出していたのは鹿住さんだったみたいだ。

 鹿住さんは悩ましそうに唸った後、槻矢君に改めて指示を出す。

「槻矢君、私からの指示のことは忘れて、結城君の言う通りにしてあげてください。」

 それは取り消しの指示だった。その指示は槻矢君も望んでいたみたいで、それが聞こえるとすぐにエルマーはハイエンドVFから身を引いた。

「あ、はい、分かりました。……それじゃあ、組み立て工場の中まで運びます。」

 その後、槻矢くんは私と七宮のVFの脚を掴み、橋の上を組み立て工場に向けて移動し始めた。

 橋と外装甲が擦れる音を聞きつつ、結城は改めて鹿住に謝る。

「ごめん鹿住さん、ここで七宮をカメラに映させたらいいのはわかってるんだけど、ランナー同士の約束を破るわけにもいかなくて……。」

 ここで七宮を騙すようなことになれば、それこそ七宮と同じレベルになってしまう。先ほどの対戦で七宮に勝利したので、尚更その思いは強かった。

 そんな私の心情も汲み取ってくれたのか、鹿住さんは文句や愚痴を言うことはなかった。

「いいですよ結城君。それは正しい判断です。」

「ごめん。」

 それ以降通信機からは何も聞こえず、結城は黙ったままエルマーに引きずられていった。



 ――数分後、2体のハイエンドVFはエルマーによって組み立て工場内に押し込まれた。

 これでカメラには映らないし、この隙にVFから降りれば完璧だ。

「よいしょ……っと。」 

 結城はコックピットから這い出ると仰向けになったVFの上に立ち、周囲を見渡す。やっぱり工場内は静かで、人の気配は全く感じられない。

 しばらくするともう一体のVFから七宮が出てきたが、その時タイミングよく和やかな音楽が鳴り始めた。

「――避難指示が解除されました。各シェルターのロックを解除してください。避難された方々は慌てることなくゆっくりと……」

 その音楽に混じって危険が去った旨のアナウンスも流れ始める。

 これで一段落ついたというわけだ。そう思うと一気に緊張が解け、長いため息が口から漏れた。

「お疲れ様、結城君。」

 吐いたため息分の空気を吸い込んでいると、いつの間にか七宮がこちらのVFの近くまで来ていて、笑顔で手を振っていた。

 それを見た結城はすぐにVFの上から降りて七宮に詰め寄る。続いて腰に手を当てて胸を張り、堂々と宣言した。

「どうだ七宮!! 完全に私の勝ちだぞ。」

「ああ、そうだね。」

 七宮は全然悔しい様子も見せず、こちらの勝利宣言を軽く受け流した。むしろなぜだか嬉しげだ。そんな表情を見せつつ、七宮は自然な所作で私の頭に手を載せると軽く引き寄せ、背中に手を回してきた。そして、私は為す術もなくそのまま七宮に抱擁されてしまった。

 七宮はそんな状態で言葉を続ける。

「さっきの通信聞かせてもらったよ。ありがとう結城君、変な所で義理堅いんだね。」

「……。」

 正直な所、私は困惑していた。が、逃げるほどのことでもないし、ここで突き返してしまうと主導権を向こうに握られてしまいそうだったので、毅然として抱擁され続けることにした。

 それに、触り方も嫌らしくないし、本心から讃えてくれているような気がする。

「今日は最高の1日だった。これも全部君のおかげだ。感謝するよ。」

「何言ってるんだ……。まだ私は許したわけじゃないし、絶対に証拠を掴んでやる。」

 結城はそのセリフをきっかけに七宮から身を離す。

 七宮も結城から離れ、腕を組んで余裕の笑みを見せていた。

「フフ、頑張るといい。……僕はこれから後片付けがあるから失礼するよ。それじゃ、また今度アリーナで会おう。君とは何度でも試合をしたいからね。」

 そのセリフに対して咄嗟に「誰がお前なんかと会うか」と言おうとしたが、今日みたいな高レベルの試合ができるのなら会うのもやぶさかではない。

「む……。」

 そんな根っからのランナー思考をする自分自身に結城は呆れてしまい、しかめっ面をしたまま何も言えなかった。

 それを拒否と受け取ったのか、七宮はわざとらしく残念そうに喋る。

「やっぱり、随分と僕は嫌われているみたいだ。第一印象が悪すぎたからかな……。いや、僕は嫌われていたほうがいいのかもしれないね。」

 それだけ言うと七宮は踵を返し、工場の出口につま先を向ける。

「VFBは新たな時代を迎える。多分ルールも大幅に変わるだろうし、賑やかになるかもしれないよ。……それじゃあね。」

 七宮はそう言いながら軽く手を振り、工場から去っていった。

(ルールが変わるって、まだ何かやるつもりなのか……。)

 流石に今回みたいな騒ぎは起こさないだろうけれど、もう七宮と関わるのは御免だ。

 やがて七宮が見えなくなると、代わりに槻矢君が工場内に現れた。

 途中で七宮とすれ違ったのか、何度も振り向いていたが、私を発見すると駆け寄ってきた。

「結城さん、さっきはすみませんでした……。」

 開口一番謝罪されてしまい、結城は取り繕うように言葉を返す。

「いやあ、実は勝負の後のことは考えてなくて、どうしようか迷ってたんだ。だから私を機能停止させたのは正解だったと思う。それに、ここまで運んでくれてありがとう。」

 そう言うと槻矢くんは照れ笑いをし、それを隠すように私に背を向けた。

 そして、工場に来てすぐだというのに早速来た道を戻っていく。

「結城さん帰りましょう。諒一さんも待ってるみたいです。」

「うん。」

 そのまま結城は槻矢に案内されて工場の外に出た。

 空は茜色に染まり始めていた。


  6


 避難指示が解除され、2NDリーグの旧アール・ブランのラボにいる4名は緊張からも解放されて安堵の溜息をついていた。

「無事に終わったみたいですね。これも全てお兄様の活躍があってこそです。」

「その通りだぞリュリュ。オレ様がVTOLやらバッテリーを準備していなかったらどうなっていたことか……。」

 リュリュとリオネルのクライトマン兄妹は相変わらずの会話を続けていた。

 また、グレイシャフトの穂先を作ってくれたベルナルドさんは、ラボ内の壁際にあるベンチに寝転び、タバコを吹かしていた。

 その他、諒一君とアオトは仮眠室で休んでいるはずだ。しかし、先ほどの避難指示解除のアナウンスを聞いてラボまで来るかもしれない。

 とにかく、全員無事なようで良かった。

(やりましたね、結城君……。)

 2人の対戦は、最後の数十秒は動きが速すぎて何が何やら分からなかったが、結城くんが鋼八雲を奪って、それで七宮さんのVFを両断するところはよく見えた。

 その後の槻矢君の勘違い攻撃には驚かされたが、あれはあれでよかったのだろう。結城君自身が納得していたし、あの報道ヘリ自体に七宮さんの息が掛かっている可能性もある。そうなると例え七宮さんをコックピットから出したとしても放送されずに終わるに違いない。

 結城君と七宮さんの勝負の後、報道ヘリはどこかへ行ってしまったため、現在のニュースに姿は映っていなかったが、今は衛星からの映像を回して工場付近を監視していた。

 すると、工場から出てくる七宮さんの姿を見つけることができた。

(七宮さん……。)

 鹿住はそのまま七宮の動向を探ろうとしたが、すぐに七宮は工業団地内のシェルターから出てくる人に紛れて姿をくらましてしまった。

 低高度を飛ぶ無人偵察機あたりなら姿を追うことも可能だったろうが、無理やり侵入して映像を引っ張ってきている衛星映像では不可能だった。

 そうやって情報端末を眺めていると、近くからリオネルの声がした。

「おい貴様、今のうちに七宮に関する証拠を集めろ。」

 リオネルから香ってくるきつい香水の匂いを我慢しつつ、鹿住はすぐに返答する。

「無駄だと思います。ログが残るような機器は全て物理的に消去されるようにミリアストラさんが工作しましたから……。どうやっても復元は不可能です。残るのはVFが暴走したという事実だけです。」

 それを聞いても諦めきれないのか、リオネルはリュリュにも声を掛ける。

「そうか……。リュリュ、今のうちに現場に行って証拠を集めるぞ。ついて来い。」

「はい、お兄様。」

 その証拠も全て暴走VFに起因すると言われれば何の意味もなくなる。

 鹿住はそれを言おうとしたが、その頃にはリオネルはラボの外へ出てしまっていた。その後に付いて行くリュリュを横目で見ながら、鹿住はモニターに映るニュース映像に目を向ける。

 報道ヘリはメインフロートユニットのシェルター上空にいるらしく、シェルターからは大勢の人が出てきていた。周囲には救急車や救助ヘリなどが続々と集まってきていて、怪我人などを運んでいる様子も見えた。

 そんな映像に続いてレポーターの声も聞こえてきた。

「――負傷者は今の所軽傷22名、体調不良を訴えている人は100人を越すとのことです。しかし、重傷者や死者は出ていないようです。これだけの事件で死者が出なかったのは奇跡といえるでしょう。」

「全くですよ……。」

 威力を高めたアサルトライフルで建造物を撃ちまくり、普段住民が生活している場所で大暴れしたのに誰も死んでいないのは奇跡である。シェルターが無かったらどうなっていたことか……。

 レポーターの意見に激しく同意していると、ラボの中に車椅子に乗った諒一くんが現れた。諒一くんは自力で車輪を回してこちらまで移動してくる。

「さっきのアナウンス……避難指示が解除されたんですね。」

「はい、結城君も七宮さんに勝ったようですし、今回の騒ぎはこれで終わりですね。」

「そうですか……。」

 しかし、結城君が勝ったからといって七宮さんが次の計画を……VFを兵器に転用するという計画を止めることはないだろう。証拠を掴めば何とかなりそうな気もするが、私のプログラムは完璧に動いているし、ミリアストラさんの工作が失敗するとも思えない。つまり、証拠になるようなデータを復旧させるのは不可能だ。

 私自身が証言すれば相手にしてもらえるかもしれないが、そうなるとミリアストラさんに闇討ちされそうで恐い。筋弛緩剤とはいえ薬物を遠慮なく注射する人だ。中身が毒物でも迷いなく注射するだろう。

 だが、まだ方法はある。……それは、七宮さんに直接話して説得する方法だ。

 これは可能性はかなり低いが、やらないよりはマシだ。

「鹿住さん……?」

 深く考えていると、諒一君が目の前で手を振っていた。どうやら私は長い間反応していなかったらしく、諒一君は心配そうに話しかけてきた。

「一応病院で診察を受けたほうがいいんじゃないですか。他にも何か注射されたかもしれませんし。」

 心配してくれてありがたいが、諒一君は自分の事を心配するべきだろう。

「いえ、私は後で大丈夫です。それよりも今は諒一君を病院へ連れて行くのが先決です。悪化しないうちに骨を繋いでもらいましょう。」

 そう告げると鹿住は情報端末から離れ、諒一の車椅子を背後から押し始める。

「大丈夫です鹿住さん。自分で動けます。」

「いえ、私もこうやって掴まっていた方が歩きやすいんです。」

 嘘偽りのない事実を告げると、諒一君は大人しく私の提案に従ってくれた。

 ……七宮さんの計画が実現すれば、今日よりも大規模なVFを使った事件が発生するはずだ。

 今まではVFは戦場では役に立たず、その役割はもっぱら補給部隊や運搬補助などの後方支援に置かれていた。それが、今回の事件のせいで『兵器』として注目を浴びることになる。

 暴走VFとランナー達の攻防は秘密裏に衛星でしっかりと記録しているし、海上都市群の防衛システムがたったの数分で破壊される映像も七宮さんが全て握っている。

 VFを兵器として売り込むには最高のデモンストレーションになったに違いない。

 ダグラス社のVFが暴走したという証拠を記録していたつもりが、私は都合のいい宣伝映像を記録させられていたみたいだ……。

 とりあえず今は深く考えるのをやめよう。

 鹿住はそのまま諒一の乗る車椅子を押し、共に病院に向かった。

 ここまで読んで下さりありがとうございます。

 過去に結城が負けたのは鋼八雲という強力な武器のせいでしたが、今回勝てたのはその鋼八雲のおかげだと言えるかもしれません。

 まだ少し続きますので、今後もよろしくお願いします。

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