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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
終焉を越えて
48/51

【終焉を越えて】第三章

 前の話のあらすじ

 アカネスミレを破壊されてしまった結城は海上アリーナから2NDリーグフロートユニットに渡り、そこで新装されたアカネスミレと槍を手に入れた。

 結城はその道中で、リュリュと水上バイクに乗ったり、陥没した道路に諒一と落下したり、そこで諒一とキスしたりと色々あったが、それらを全て乗り越えて七宮との再戦に向けて再出発した。

第三章


  1


 やはり、アリーナ以外の場所でVFに乗るのは変な感じだ。

 普段よく歩いている道をVFで移動すると、なんだか自分が巨人になったように感じられる。VFの視線ならば、いつもは見えないビルの屋上やガラス張りの2階や3階のオフィス等がよく見えるし、移動スピードも速いのでいい気分だ。

 ただ、今はいつもとは違って周囲に人の姿はなく、恐ろしいほど静かであり、ところどころに千切れたVFのパーツが転がっていた。

「リオネル、どこなんだ……?」

 結城は、新しいアカネスミレと槍を受け取った後、クリュントスの援護に向かっていた。

 だが、しばらく探してもクリュントスは発見できず、いつの間にやら電磁レールガンの発射音も聞こえなくなっている。もう決着が付いてしまったのだろうか。

 電磁レールガンの威力があればコックピットを破壊することも可能だろうし、そんな事もあってか、結城は少しリオネルのことを心配していた。

「生きてるかリオネル-、生きてたら返事しろー……。」

 そんな風にリオネルの身を案じながらビルの合間を移動していると、大盾に大穴を開けたクリュントスを発見した。

「遅かったか……。」

 クリュントスはものの見事に撃沈されていて、盾だけではなく頭部も、更には背中の一部も抉られるように破壊されていた。アームも千切れかかっているし、これでは動くことはできないだろう。

 そんなクリュントスのひどい有様を見ていると、その近くにVFを見上げている人の姿があった。

 暗い色の瓦礫の上に佇んでいたのは、白いコートに金髪のロン毛が眩しいリオネルだった。

 結城はリオネルを見つけるとすぐにアカネスミレを近くに寄せ、外部スピーカーで声を掛ける。

「リオネル無事だったのか。」

 こちらが話しかけるとリオネルはクリュントスから目を逸らし、こちらに無念そうな表情を向ける。

「……オレ様は無事だが見ての通りクリュントスはもう駄目だ。VFはともかく、奴らもランナーまでは殺すつもりはないらしい。クリュントスがやられてから一発も撃ってきていないからな。」

 それだけ言うとリオネルは再び壊れたクリュントスに顔を向けた。

 その後ろ姿を見つつ、結城はリオネルに妹のことを伝える。

「まあとにかく無事でよかった。リュリュがアール・ブランのラボに来てるから行ってあげたほうがいい。かなり心配してたみたいだし。」

「昔のアール・ブランのラボか……。よし分かった、行ってみよう。」

 援護が間に合わなかったのは残念だが、リオネルに怪我はないようだし、これでリュリュも一安心だろう。

 こちらの指示通りにリオネルがラボに向けて歩き出したその時、再び電磁レールガンの射撃が再開された。しかし目標はこちらではないらしい。クリュントスがいる周辺に弾は飛んでこなかった。

 また、その発射音は遠くから聞こえており、今までとは違って空高く響いていた。

 一体何を狙っているのだろうかと周囲に注意を向けていると、私より先にリオネルがなにか発見したのか、不確かな口調でつぶやいた。

「あれは何だ、VFか……?」

 そのリオネルの声に反応し、結城は咄嗟に視線を上に向ける。すると空中を右往左往しているエルマーの姿を見つけることができた。電磁レールガンに狙われているのもそのエルマーのようだった。

(何でエルマーが……)

 ローランドさんとミリアストラさんは仲間だったはずだ。もしかして、仲間割れでもしてしまったのだろうか……。

 そんな事を考えている間にもエルマーは弾を避けるようにして高度を下げ、とうとうビルの合間を飛び始める。

 だが、ビル程度の壁では電磁レールガンの弾は止められない。やがて弾はエルマーの装甲の一部に命中し、バランスを失ったエルマーはこちらの目の前に豪快に着陸した。

 粉塵を撒き散らしながら墜落に近い着陸を終えたエルマーだったが、電磁レールガンの砲撃は止むことはない。エルマーはそれらを回避するためにすぐさま立ち上がって飛び上がろうとしたが、結城は警戒の念からか、咄嗟に槍の穂先をエルマーに向けてしまった。

 すると、こちらの予想に反してエルマーは身をかがめ、防御の姿勢をとった。

「や、やめてください結城さん……。」

 同時に聞こえてきたのは情けない少年の声だった。そして、その声には聞き覚えがあった。

「槻矢くん……?」

 間違いなく槻矢くんだ。何でエルマーを操作しているのだろうか、どうなっているのか分からないが、敵ではないことを喜んでおこう。

 エルマーはこちらから少し離れた場所で屈んでいたが、それから間を置くことなくエルマーの上を光の線が通った。

 それは電磁レールガンによる射撃だった。もし私がエルマーをしゃがませていなかったら、今頃は腰の位置を見事に撃ちぬかれていたことだろう。

「うわっ?」

 槻矢君も少し遅れてそれに気付いたのか、驚きの声を上げつつエルマーの姿勢を低くし、匍匐姿勢にさせた。そうすると電磁レールガンの射撃が止み、フロートは再び静けさを取り戻した。

「槻矢くん、どうしてエルマーに乗ってるんだ……?」

 静かになったところで質問すると、エルマーに乗る槻矢くんは小さな声で答えてくれた。

「これは偶然拾ったというか……成り行きでヘクトメイルを海上アリーナまで運んであげる事になって……今は運び終えてメインフロートユニットまで戻ろうと飛んでいたんですが、急に攻撃されて必死で避けてたんです。」

 槻矢が操作しているとは思っていなかった結城は素直に驚いており、詳しい事情も聞き出すつもりだった。

 しかし、こちらがそれを口に出す前にリオネルが真面目な口調で語り出す。

「それにしても、あれだけ素早く動いてたエルマーに命中させるとはな……。これではどう足掻いてもヴァルジウスに近付くのは無理だな。」

 突然飛んできたエルマーに動じることなくリオネルは顎に手を当てて何やら作戦を立てている様子だった。

 エルマーを改めて見ると弾が掠った箇所、胸部の外装甲はスプーンで掬われたシャーベットアイスのように深く抉れていた。掠った程度でこれなのだから、この弾を何回も防げたクリュントスの大盾の性能は計り知れない。

 しばらくして槻矢くんもその破損に気が付いたのか、エルマーの指を抉れた装甲に這わせたかと思うと、破損して邪魔になった外部装甲を取っ払い始めた。

 おまけに関係ない箇所の装甲までパージしていく。すると、以前のスカイアクセラとの試合の時にも見たスリムなエルマーが姿を現した。

 それを目の当たりにして、結城は単純な疑問を槻矢に投げかける。

「何もそこまで装甲を外さなくてもいいじゃないか。」

「いえ、中途半端に外すと空力が安定しないので……。エルマーはバランスが命ですから。」

「そうなんだ……。」

 槻矢くんはシミュレーションゲームでもエルマーを使っていたし、下手に私がアドバイスすることもないだろう。そう思い、結城はそれ以上何も言わず、大人しくエルマーから装甲が外されていくのを眺めていた。

 その間リオネルは何かを思いついたのか、前置きもなくとんでもない事を提案してきた。

「……丁度いい。空を飛べるなら海上にいるヴァルジウスに攻撃して倒してこい。」

 いきなり命令されたせいか、すぐに槻矢くんの困った声が聞こえてきた。

「無理ですよ!! 辿り着く前に撃たれちゃいますって……。」

 リオネルの作戦も案外いいんじゃないかと思った結城は改めて槻矢に確認してみる。

「頑張って避ければ平気だって。向こうまで特攻できない? できればその後海上アリーナまで連れて行って欲しいんだけど。」

 ついでにアカネスミレの輸送をお願いするも、槻矢くんはそれを頑なに拒む。

「結城さんも見てたでしょう? ちょっとかすっただけで外装甲が壊れたんですよ? ……無理です絶対無理です。あんなのあたったら死んじゃうじゃないですか。運ぶにしたって、結城さんごと撃ち落とされるかもしれないんですよ!?」

 私が言っても槻矢くんは強い口調で否定した。槻矢くんの腕なら簡単にできると思うのだが、この場合、操作技術よりも度胸のほうが重要なのかもしれない。

「待て待て、何も捨て身の突撃をしろというわけじゃない。オレ様の盾を使えば砲撃にも耐えられるはずだ。ちょっと穴は開いてるが、あと2発くらいは耐えられる。」

「そんな無茶な……。」

 これは私でも無茶なことのように思えた。

 しばらくして、槻矢くんは考え方を変えて“戦わない”という案を提示してきた。

「よく考えればわざわざ倒す必要もないじゃないですか。フロートの反対側から出て迂回すれば避けやすくなるだろうし……」

 なかなか理に適った考えではあったが、今度はリオネルがそれを否定する。

「電磁レールガンの基本的な射程は数十キロ……いや、数百キロにも及ぶ。迂回したところであまり意味は無いし、離れた分だけ長い時間銃撃に晒されることになるから逆に危険だぞ。」

 そのリオネルの言葉を聞いて、結城は現在の状況をまとめてみる。

「倒せないし、逃げられない……ってことは、絶対にここから出られないってことじゃないか!?」

「その通り。完璧な足止めだな。……だからこそオレ様の盾を使って無理やり道を切り開くしか無いというわけだ。」

 リオネルはロン毛を手ぐしで梳きながら、決め台詞のようにそう答えた。

 道を切り開きたいのは山々だが、成功率が限りいなくゼロに近いのは頂けない。

 私は何としても海上アリーナに行かねばならないのだ。行ってツルカを援護して、そして七宮をぶちのめさなければならないのだ。

 その思いは結城にあることを決断させる。

「……だったら私を盾にしてあの戦艦まで連れて行ってくれ。もう時間もないし、ここは真っ向勝負でヴァルジウスを倒す。」

 そんな私の決意の言葉に槻矢くんは早速反論してきた。

「真っ向勝負って……。結城さん、そんな槍だけじゃ電磁レールガンには敵わないですよ。」

「いや、この槍に懸けてみる。見た目はアレだけど性能は折り紙つきだ。これなら或いは……」

 鹿住さんとベルナルドさんが作ってくれた穂長槍。これがあれば何とかなりそうな気がする。根拠も何もないが、鋼八雲の刃に匹敵するだけの強度があるなら電磁レールガンの飛翔体だって防げるはずだ。

 だが、槻矢くんだけでなくリオネルも私の意見には不服なようで、アカネスミレの足元まで歩いてくると、こちらの槍の石突きあたりを足でコンコン蹴りながら文句を言ってきた。

「何だこの地味な槍は。こんなので戦うつもりなのか。それならオレ様のEMPランスを使え。」

「EMPランスか……。」

 名前を聞いて結城はその存在を今更ながら思い出す。

 確か、命中させれば一撃で相手の自由を奪える……というか、機能を停止させれられる反則級の武器だったはずだ。

 そのランスは大破したクリュントスの足元に転がっていて、まだ使えるようだった。

 結城はそのランスを取るべく、姿勢を低くしたまま穂長槍を伸ばしてランスの持ち手を引っ掛ける。そのままズルズルと引き摺ってたぐり寄せると、手に持って拾い上げた。

「対象のVFに差し込めば確実に機能停止させられるはずだ。」

 リオネルの大雑把な説明を聞きつつ、結城はまたしてもいいことを考えついてしまった。

「だったらさ、むしろこれを戦艦型フロートに刺せばいいんじゃないか? さっき海上から見た感じでは電磁レールガンのエネルギーラインはあの戦艦と直結しているみたいだったし。」

「なるほど、そっちには気づきませんでした。さすが結城さんです。」

 エルマーに乗る槻矢くんは素直に感心しているようで、私の事を褒めてくれた。

 やはり褒められると嬉しいものだ。

 そうと決まると、結城は早速そのランスを持って立ち上がり、アカネスミレに投擲の姿勢を取らせる。

「こっから投げたらぎりぎり届くかな……」

 しかし、その体勢はリオネルの「ちょっと待て」という叫び声で中断されてしまう。

「これはランスであって、ジャベリンじゃない。それに、ここから相手の戦艦まで1キロはある。そこにピンポイントに投擲できるわけがないし、もし届いたとしても途中で撃ち落とされるぞ?」

 尤もな意見に結城は何も反論できなかった。しかし、それでもEMPランスを戦艦に刺すという方針を変えることはない。

「じゃあ、これを持って突進するしか無いな。」

 結城はそう言いながらアカネスミレの視線をエルマーに向ける。

 その視線を感じ取ったのか、槻矢くんは確認するような口調でそれに応えた。

「え? 僕がやるんですか?」

「ランスを持った私を運ぶより、槻矢くんが直接ランスを持ったほうが軽くて動きやすいだろ?」

 そう言いつつ、結城はランスをエルマーに手渡す。

 半ば強制的にランスを押し付けられた槻矢くんは納得いかないようで、エルマーはランスを受け取ったままの体勢で固まっていた。

「でも、さっき突進しても無駄だって言ってましたよね……。どうするつもりなんですか?」

 そんな槻矢くんを納得させるべく更に私は説明し続ける。

「あそこまで行けるのは槻矢くん以外にいないんだし、そうするしか無いというか……。でもほら、今は外装甲も取っ払って軽いだろうし、エルマーの機動性と槻矢くんの操作技術なら全部回避できるって。……お願い。」

 こちらがお願いしていると、リオネルもフォローし始める。

「心配しなくていい。要はやり方の問題だ。……ユウキを囮にして、その間に貴様が低空飛行してランスを戦艦に刺せばいい。相手は電磁レールガンのパワーソースをあの戦艦のジェネレーターに頼っているんだろう? それならランスを刺すだけで相手は電力供給源を失って、電磁レールガンを撃てなくなる。そうすればヴァルジウスも貴様らに手出しはできなくなるはずだ。」

「なるほど、囮はいいかもな。」

 私が囮になるというのはいい案だ。ミリアストラさんも私が乗ったアカネスミレをいきなり撃つわけがないし、それに、十分に注意を引きつけられる自信もあった。

 槻矢くんも囮作戦には納得したのか、私が渡したEMPランスを強く握っていた。

「それなら何とか僕にもできそうです。」

 槻矢くんから了解を得ると、すぐに私は目立つ場所まで移動することにした。

「じゃあ、早速作戦実行だ。私がターミナルの場所まで行くから、槻矢くんはこっそり……ね?」

「はい。分かりました。」

 槻矢くんの返事が聞こえると、エルマーは姿勢を低くしたまま音もなく移動し始め、すぐにビルの影に隠れて見えなくなってしまった。

 それを見届けてから私も移動しようとしたが、リオネルに呼び止められてしまう。

「おい待て。肝心なことを忘れてないか。」

「何だリオネル?」

 立ち止まって言葉を待っていると、リオネルは続けて話す。 

「囮の貴様はあの電磁レールガンの攻撃をどうやって防ぐつもりなんだ。まさか避けられるとでも思ってるのか?」

 もちろん回避できるつもりだが、避けたら避けたで建物に被害が及ぶ。

 なので、結城は電磁レールガンの銃弾を槍で受け止めるつもりでいた。

「大丈夫。私にはこの槍があるから。……もし撃たれたらこれで防ぐ。」

 こちらの言葉に、リオネルは呆れた笑いを返してきた。

「そんな槍であの攻撃を防げるわけがないだろ。何か策があるにしてもせめてオレ様の大盾くらいは持っていけ。」

 リオネルに盾を持っていくように勧められたが、結城はそれを無視してターミナルに向けて移動し始める。

「まあ見ててよ。本当にこの槍はすごいんだからな。」

 実際にまだ使ってはいないが、あれだけ鹿住さんが穂先を褒めていたのだし、切れ味もかなりいい筈だ。おまけに頑丈さは鋼八雲を超えているらしいし、電磁レールガンの飛翔体だって簡単に防げるはずだ。

 自信たっぷりにそう言うと、リオネルがため息混じりに質問してきた。

「相変わらず、肝の座った女子学生だな……。その自信はどこから来るんだ?」

 確かに、今の私はいつもよりも自信満々というか、元気が腹の底からいくらでも湧いてきている感じがする。これも諒一や鹿住さんのお陰だろう。

 結城はその旨をリオネルに伝える。

「完璧に整備されたVFに乗ってれば誰だって自信が湧いてくるもんだろ。それに今は負ける気がしないんだ。」

 そんな言葉を最後に、結城はその場を後にする。

 その際、背後からリオネルの重い溜息が聞こえたような気がした。


  2


 水上バイクに乗るタカノユウキを見てから数十分が経った。 

 カノジョはそのまま小さい娘と一緒にフロートに上陸して、どこかに行ってしまった。それからどうなったかは知らないが、あまり問題はないだろう。

 例えカノジョが何をしたとしても対策は完璧だし、海上にいるアタシに手を出せるわけがないからだ。この電磁レールガンさえあればアタシのヴァルジウスは最強なのだ。

 そして、つい先程その電磁レールガンでクリュントスの大盾をぶち抜き、背中のバッテリーを狙撃して沈黙させることに成功した。

 今シーズンの試合でもあの盾には手を焼かされたが、流石に数十回もの砲撃には耐えられなかったみたいだ。……いや、むしろ数十回も耐えたのだから素晴らしい盾だし、あれをただの競技用の装備で終わらせるのはかなり勿体無い気がする……。

 まぁ、それはともかくクリュントスを破壊できたのは良かった。

 ……だが、世の中なかなか予定通りとはいかないものだ。

 足止めの仕事が終わってから数分も経たぬうちになぜかエルマーが飛んできたのだ。何事かと思い、専用の回線でエルマーに通信してみたが、知らない少年が受け応えた。

 全く意味がわからない、一体ローランドは何をしていたのか……。

 そんな少年に勝手にエルマーを動かされては困るので、機体の脚でも撃って動きを止めようとしたのだが、思いの外エルマーがすばしっこく回避したせいで、うまく命中させられなかった。

 一応フロート内に落下したのは見たが、あれだけで機能停止するわけもないし、色々と面倒な事になりそうだ。

(やっぱりわざと狙いを外すのって難しいわ……。)

 クリュントスは頑丈な盾を持っていたので気兼ねなくバンバン撃てたが、装甲の薄いエルマーに命中させてしまうとコックピットの中のランナーが危ない。

 もちろん命中させられる自信はあるものの、相手も結構上手く回避運動をしていたので下手に撃てなかったのだ。少年を殺したとあっては寝覚めが悪いし、そうなると必然的にコックピット以外の場所を狙える状況で撃たねばならない。

 おまけに、七宮が危険行為を強く禁止しているのだから従うより他ない。

「はぁ、こんな時に手加減しろだなんて……。」

「――どうかしたんですか、ミリアストラさん。」

 通信機から急に聞こえてきた研究スタッフの声にミリアストラは咄嗟に対応する。

「い、いや、何でもないの、気にしないで。」

 いつの間にか言葉が漏れていたらしい。艦内の研究スタッフからの言葉を受け、ミリアストラはこれ以上の独り言を聞かれぬように通信機の電源をオフにした。

「ふぅ……まだかしら。」

 エルマーを撃ち落とした後、ミリアストラはずっと電磁レールガンのサイトを落下地点付近に向けている。飛ぼうとすればスラスターを狙えばいいし、飛ばないのならそれでいい。

 とにかく、エルマーが何をするのかわからないので、ついでにここで足止めしておくことにしたのだ。

 そんな感じで待っていると、案外早くサイトに動くものの姿を捉えた。

 しかし、ビルの合間から顔を出したのはミリアストラが思っていたのとは全く違う形状のVFだった。

 そのせいでミリアストラは変な声を出してしまう。

「はれ……?」

 ビルの影から出てきたのはエルマーではなく、真紅にペイントされたVF、アカネスミレだったのだ。つい先程七宮が海上アリーナで破壊したと連絡を受けたはずなのだが……多分スペアか何かだろう。

 そして、ミリアストラはすぐにそのVFに乗っているランナーが結城だということにも気付いた。水上バイクでこのフロートに来たのも、あのスペアに乗り換えるためだったに違いない。

 電磁レールガンのサイト越しに見守る中、そのままアカネスミレはフロート内を移動していき、こちらからよく見える場所であるターミナルに到着した。

(カノジョ、どうするつもりなのかしら……。)

 見る限りでは向こうの武器は暗い色をした槍しかなく、アカネスミレはそれを両手で構えていた。

 そして何を思ったのか、アカネスミレはいきなりその槍を近くにあったビルの壁面に突き立て、それをガリガリと動かしていく。

 どうやら文字を書いているらしい。しばらく眺めていると、ビルの壁面に数字の羅列が出来上がった。桁数的に携帯端末の電話番号だろうか、どうやらアタシと会話がしたいみたいだ。

 だが残念なことに今は妨害電波を出しているので無線による通信もできない。一旦解除すれば通話も可能だが、ただ話すためだけに妨害電波を止めるのはリスクが大きすぎる気がする。

 そこでミリアストラは別の手段で結城と会話することにした。

(えーっと、確かあれは……)

 ミリアストラは艦内用の通信機を起動し、兵器倉庫区画にいるスタッフに直接連絡する。

「ねぇ、そこにワイヤーってあるかしら?」

 ワイヤー……有線で通信可能な細いワイヤーのことだ。あれならば電波の影響を受けずに済むし、傍受される心配もない。つまり、気兼ねなく本音で話せるというわけだ。

「――はい、備品リストにあります。何に使うんですか?」

「ちょっとね。甲板まで持って来られる?」

「了解しました。2分でお持ちします。」

 相変わらずなんでも言うことを聞いてくれるスタッフに感謝しつつ、ミリアストラは電磁レールガンの砲口をアカネスミレに向け続ける。

 他に武器を隠し持っている可能性も考えたが、詳しく見ても付近には銃器の影すらなく、あるのは先程ビルの壁面を削った槍だけだった。

 先程不時着したエルマーも気になるが、エルマーを操作していた少年に戦闘の意思はないみたいだし、出てきたら適当に撃ち落としのでいいだろう。

 そう楽観的に考えているとすぐに甲板にフォークリフトが現れ、細いワイヤーを運んできてくれた。

 ミリアストラはドーナツ状に巻かれたワイヤーを掴むとその先端を甲板のフックに固定する。そして、丸まったワイヤーの束を電磁レールガンの砲口に突っ込み、山なりに射出されるように砲身に角度をつけた。

「これでよし。」

 ミリアストラは電磁レールガンの出力を最低限に設定すると、特に狙いも付けることなく束を撃ち出した。

 ぽすっという気の抜けた音とともに飛翔体に押し出されたワイヤーの束は空中を飛び、回転しながらみるみるうちに小さくなっていく。それは1キロメートルほどある距離をゆっくりと時間をかけて飛翔し、やがてフロートのターミナル付近、アカネスミレから少し離れた場所にぽとりと落下した。

 そのワイヤーを向こうが掴んだのを確認すると、ミリアストラも同じようにワイヤーを掴み、有線による通信を開始した。

「確認するけど、今それに乗ってるのってアール・ブランのタカノユウキよね?」

 一応確認してみると、こちらの予想通りの答えが返ってきた。

「はいその通りです。ミリアストラさん。」

「やっぱり、さっき水上バイクに乗ってたのはカノジョだったのね……。」

 本人だと確認できたところであまり意味は無いのだが、ミリアストラは会話を続ける。

「それで、何の用かしら。アタシ、エルマーを撃ち落とさないといけないんだけど。」

 エルマーのことを知っているのではないかと思っての発言だったが、ユウキはこちらの言葉を無視して話し始める。

「ミリアストラさん、私は今から海上アリーナに行って七宮と戦うつもりです。なので、その邪魔をしないでもらえませんか。」

「それは無理な相談ね。アタシは七宮からフロート内からVFを出すなって言われてるのよ。カノジョだって例外じゃないわ。」

 足止めを頼まれているミリアストラには、結城の要求は通りそうになかった。

 個人的には見逃してもいいかなと思っていたが、七宮から確実に報酬を得るためには、七宮の命令をないがしろにする訳にはいかない。

 これ以上話すのはあまり良くないと感じ、ミリアストラは話を終わらせることにした。

「じゃあねカノジョ、アカネスミレもクリュントスと同じように動けないようにするから。」

 そう言いつつ電磁レールガンを向けると、通信機から挑戦的なユウキの声が返ってきた。

「……そこから当てられますか?」

 それは自信を持って発せられた言葉であり、視線の向こうにいるアカネスミレは脚を肩幅に開いて、いつでも回避できる状態にあった。また、その姿勢はこちらの弾丸を待ち構えているようにも見えた。

 狭いアリーナとは違い、相手との距離は1キロもあるので回避されやすいのは事実だ。しかし、ミリアストラにとってはこのくらいの距離は問題ではなかった。むしろ離れている方が慣れているし、相手の攻撃が届かない分だけ安心して狙撃できるというものだ。

 それに、この距離ならアカネスミレに銃口の向きを悟られる心配もない。マズルフラッシュで発射のタイミングは悟られるかもしれないが、それを見て反応してからでは絶対に避けられない。

 だが、結城の言葉にミリアストラは若干動揺していた。

 外したところで反撃が来るわけでもないので淡々と狙撃を続ければいいだけの話だが、外すと何か嫌なことが起こりそうで言い得ぬ不安を感じていた。

(こっちを使ってみようかしら……。)

 ミリアストラはゆっくりと競技用電磁レールガンから手を離し、戦艦に積んでいる巨大な電磁レールガンを起動させる。こちらなら威力も命中率も高いし、外す確率も減る。

 そうと決まるとミリアストラは巨大な電磁レールガンのグリップを握り、何も言わずにその砲口をアカネスミレに向ける。そして、不意打ちに近い形でトリガーを引いた。

 ……狙いはアカネスミレの足元だ。

 轟音とともに発射された飛翔体は瞬きする間に目標に向けて超高速で飛んで行き、それから遅れて空気を切り裂くような鋭い音が聞こえてきた。

 この大きい方の実験用電磁レールガンは競技用の物と違って弾速が速く、テストでは毎回秒速8キロメートル近い数値を弾き出している。もちろん精度も高いし、地平線の向こうの標的にも百発百中で命中させることができる。そんなケタ外れの性能を持つ兵器が、たった1キロメートル先にある全長10メートルの大きな的を外すわけがなかった。

 飛翔体は問題なく海上の空間を突き進み、トリガーを引いてからコンマ2秒と掛からず目標に命中する。……しかし、その飛翔体はアカネスミレ本体に到達する前にその動きを止めた。すなわち、途中で遮られてしまっていた。

「なっ!?」

 電磁レールガンの攻撃を防いだのは盾でも何でもない、槍の穂先だった。

 ゴルフのスイングのように差し出された槍の穂先には着弾の衝撃と摩擦熱によって潰れた飛翔体がスライムのようにべったりと付着しており、それを確認した瞬間、槍の長い柄が衝撃を吸収してぐわんと歪んだ。

 どういう構造なのかここからでは判断できないが、穂先に命中しても刃は割れるどころか欠けることなく、槍は完璧に電磁レールガンの飛翔体を防いでしまった。

 しかし、防いだからといって受けた衝撃が丸々消えるわけではない。アカネスミレは着弾の衝撃に耐えられず作用反作用の法則に従って弾き飛ばされ、槍を持ったまま後方にあったビルに勢い良く突っ込んだ。

 粉塵をまき散らしながらビルに激突したのは確かだったが、それでもほとんどダメージがないのは明白だった。

「冗談でしょ……。」

 輸送船を撃沈させるだけのエネルギーをもった弾が防がれたのだ。それを信じられるわけがない。競技用の電磁レールガンならまだしも戦艦の発電機が10分掛けて生み出すエネルギーを槍一本で対処したのだ。

 もう訳がわからない。

(驚いてる場合じゃないわ……!!)

 ミリアストラはアカネスミレがビルに突っ込んで体勢を崩した今がチャンスだと考え、すぐに競技用電磁レールガンに持ち替えて、その照準をアカネスミレに合わせる。

 しかし、それと同時にフロートの目立たない場所、海面すれすれの場所から何かが飛び出してくるのが見えた。それは先程逃してしまったエルマーであり、その手にはクリュントスが持っていたランスが装備されていた。

 先ほどの行動から考えてフロートから離脱するのかと考えたが、そんな予想とは裏腹にエルマーはランスをしっかりと構えて一直線にこちらに向かって飛んできていた。

(いつの間に……)

 ミリアストラは瞬間的にリスク判断をし、狙いをアカネスミレからエルマーに移す。

 そして、間髪入れずにエルマー目掛けて電磁レールガンを撃った。しかし、なぜかその射撃は大幅にずれてしまった。

 その原因は手に持っていたワイヤーであり、ふとターミナル付近に目を向けるとワイヤーを思い切り引っ張っているアカネスミレの姿が見えた。

「くっ……」

 ミリアストラはすぐにワイヤーを外そうとしたが、そんな時間は無いと判断し、電磁レールガンに添えていた、ワイヤーを持っていた左アームを離して右アームだけで射撃を行う。しかし、その時には既にエルマーは戦艦から数十メートルの場所まで接近してきており、上手く狙いを定めるのは不可能だった。

 そしてとうとうエルマーはこちらに肉薄し、手に持っていたランスを戦艦の側面に突き立てた。

 どうやら最初から狙いはアタシではなく、足場である戦艦だったようだ。

 向こうの攻撃は命中したが、その判断は浅はかとしか言いようがなかった。なぜならランスの刺さりは浅く、戦艦に全くダメージを与えられていなかったからだ。

 ミリアストラはすぐさまヴァルジウスを反転させ、飛び去っていくエルマーの背中に照準を合わせる。離れていくエルマーに狙いを定めるのは容易であり、数秒と経たずにミリアストラは電磁レールガンのトリガーを引いた。

「――あれ?」

 トリガーを引いたのに弾が出ない。

 慌ててステータスを確認すると、なぜか戦艦のジェネレーターが停止しており、ついでに艦内用の通信機も使えなくなっていた。これでは電磁レールガンが使用できない。

 エネルギーラインをヴァルジウスのバッテリーに繋ごうともしたがVFに疎いアタシがすぐにその操作を行えるわけもなく、電磁レールガンを構えたまま呆然としていた。

 なぜこんな事になったのか、軍にいた経験のあるミリアストラはすぐにその原因が何なのかを理解してしまう。

「もしかしてあのランス、電磁パルス兵器なの!? ただのVF同士の戦いでそんなものを持ちださないでよ……。」

 一応、このE4の実験用戦艦型フロートには対EMPコーティングがなされているが、内部で直接EMPを発生させられたらどうしようもない。

 VFBでは考えられないようなチート兵器に呆れつつ、ミリアストラは止む無く電磁レールガンを捨て、腰にある自動機銃を両手に持つ。そして、エルマーに向けて弾を惜しむことなく連射した。

 だが、弾速の遅い通常の火器ではエルマーに命中させることは更に困難であり、不規則な軌道を描く目標に対しては予測射撃システムも意味を成さない。

 やがてエルマーは空中で大きな弧を描いて旋回すると再加速して戦艦に接近してきた。今度の狙いは明らかにアタシだ。

 それを悟ったミリアストラはエルマーに接近されないように一生懸命弾幕を張った。が、その努力も虚しく、ヴァルジウスはエルマーに足蹴にされてそのまま戦艦の上から海へと落とされてしまった。

「あ……。」

 銃の扱いはともかく、VFの運動制御に慣れていないミリアストラは呆気無く制御を失い、ヴァルジウスは豪快に海に落下してしまった。

「あはは……」

 かなり情けないやられ方にミリアストラは自嘲してしまう。

 相手の射程外から一方的に攻撃できるはずが、逆に逃げ場を失っていたとは……少し認識が甘かったかもしれない。

 そんな事を海中で考えていると、ヴァルジウスに繋がれていた甲板の固定ケーブルが伸びきり、沈下がストップした。これでヴァルジウスが海の底に沈むことはないだろう。

 ミリアストラは海中から海面を見上げる。海面は光を反射して綺麗に揺らめいていたが、その先にある空を何かが横切った。

 それは先ほどのエルマーであり、エルマーの手前には赤いアカネスミレの姿も見えた。多分、先ほどカノジョが言ってたように、エルマーはアカネスミレを1STリーグの海上アリーナまで運ぶつもりなのだろう。

 その2体のVFはあっという間に目の前を通り過ぎ、海上アリーナの方向に飛んでいってしまった。

 通り過ぎた後もぼんやりと海面を眺めていると、通信が復旧したのか、研究スタッフの声が通信機から聞こえてきた。

「あの、ミリアストラさん、さっき攻撃したのは暴走VFじゃありませんよね。もしかして我々は……」

「黙ってたほうがいいわよ。……それとも、私が無理やり忘れさせてあげましょうか?」

「いえ、黙っています、はい……。」

 凄みを効かせて返答すると、それ以降通信機から声が聞こえることはなかった。

 ……エルマーが相手に奪われるなんて予想外だったし、アカネスミレが簡単に電磁レールガンの砲撃を受け止めてしまったのも予想外だった。しかし、EMP発生装置を内蔵したランスをここで使わせておいたのは正解だったかもしれない。

 最先端の技術が使われている、そこら辺の軍艦よりも高性能なE4の戦艦を沈黙させるくらい反則級の武器なのだ。自己犠牲とまでは行かないが、七宮に不利な要素を排除できたと喜ぶことにしよう。

 それにしても、電装系が全部ダウンしたみたいだけど、修理費はいくら位になるのだろうか……。あまり想像したくはなかった。


  3


 1STリーグフロートユニット、そのミュージアム内のアリーナではアザムの操るパルシュラムとジンの操る雷公が激しい戦いを繰り広げていた。

 ……戦闘を始めてからまだ数分しか経っていないが、戦いの場を沿岸付近の公園から何もないスタジアムに移したのは正解だった。

 雷公はアリーナを素早く動きまわり、四方八方から鋼糸を投げつけてくるのだ。もし障害物があったらそこに鋼糸を引っ掛けてえげつないトラップを仕掛けられていたことだろう。そういう意味では何も無いアリーナはありがたい場所ではあったが、それを引き換えにしても雷公の攻撃は厄介だった。

 細い鋼糸は触れるだけだとあまり問題はないが、絡み付かれると防御するすべもなく切断されてしまう。そのため、アザムは細心の注意を払って鋼糸を透明なブレードで切り払っており、その対処に精一杯で全く攻撃に転じることができなかった。

 既に透明なブレードは何度か鋼糸の餌食になっていて、硬化性透過流動体の残量も確実に減らされつつある。

 そんな一方的な攻防を繰り広げていると、雷公からジンの声が聞こえてきた。

「どうですアザムさん、俺もなかなか強くなったでしょう?」

 それは余裕のある自信たっぷりの口調だった。アザムは苦戦を悟られぬよう同じような口調で返す。

「バカ言え、てめぇがその武器に慣れてないのはバレてんだよ。もっと練習してくるべきだったなァ。」

 強がってみたものの、普通に判断してこちらが負けるのは時間の問題だった。

 ――それにしてもこの鋼糸は面倒だ。切断能力は刀剣類を遙かに上回るし、網のように配置させれば盾にも使える。おまけに視認し難くミドルレンジからでも十分攻撃できるとあってはどうしようもない。

 今は何とか透明なブレードと特殊装甲布のマントで防げているが、長くは持たないだろう。……ならば、こちらから仕掛けて一気に決着をつけねばならない。

(やるか……。)

 アザムはブレードの一部の形状を変化させ、その先端に反しを形成する。もちろんこれは相手には見えない。これをうまく使えば雷公の鋼糸を捕らえられるはずだ。そして、引っ掛かっている隙に直接本体を攻撃する……。

 単純な作戦だが、これ以外にいい方法が思いつかない。

 すると作戦を考え直す暇もなく鋼糸が飛んできて、アザムはそれに対してブレードを振り、上手く鋼糸を引っ掛けることに成功した。

 すぐに切断されてしまうだろうが、新しいブレードを形成するだけの時間があればそれで十分だ。更にその時間を稼ぐべく、アザムは捕えた鋼糸を左右でクロスさせてわざと絡ませる。そこまでしてようやくアザムは反し付きのブレードを切り離し、雷公目掛けて駆け始めた。

 雷公は鋼糸を巻き取っているようだが上手くいっておらず、その間にアザムは新たなブレードを形成し、もたついている雷公目掛けて透明なブレードを突き出した。

 しかし、ジンはこちらの動きを読んでいたのか、距離を保ったまま後ろに跳んで、再び鋼糸を投げてきた。

(もう巻き戻したか……)

 予想以上に鋼糸の復帰が早く、これ以上深追いするとやられると直感的に感じたアザムはマントを盾にしながら身を引く。すると鋼糸に巻き付かれたマントの端が切断され、その切れ端がアリーナ上にはらりと落下した。切断された面積は小さいものの、あのまま突っ込んでいたらボディごと切断されていただろう。

(クソ、動きを読んでやがったか。それに、守りも堅い……。)

 ジンも伊達に俺の後輩をやっていたわけではない。

 一緒のチームにいた時間は短いが、俺の癖を知るだけの時間は十分にあったらしい。

 つまり、見えないながらもパルシュラムの透明なブレードの攻撃圏は把握しているわけだ。こうなるとマントでアームの動きを隠しても意味が無い。距離を取られるとどうやっても攻撃を当てられないのだ。

 こちらの攻撃が失敗に終わり、雷公は再び鋼糸を使ってパルシュラムの体にそれを巻きつけようとしていた。

「アザムさん、そろそろタンクの残量がヤバイんじゃないですか?」

「分かってることをわざわざ聞くんじゃねェよ。……そのまま遠くから鋼糸投げてりゃてめぇの勝ちだな、ジン。」

「まさかアザムさん、『卑怯』だなんて言わないですよね。これも立派な戦法ですし、こっちも自分の鋼糸で切られないように神経使ってるんですから結構しんどいんですよ?」

「神経使ってる割にはお喋りだな……。」

 ジンの基本的な戦法はこちらの攻撃圏外から鋼糸を飛ばすだけの単純な物だ。しかし、その鋼糸は視認しにくいので、かなり防御に手間取る。相手の腕の動きを見て予測するしか無いのがこんなに面倒だとは思ってなかった。

 あと、武器が見えないだけでこれだけストレスが溜まるとも思ってもいなかった。

 これは実際にやられる立場になってみないと分からないだろう。俺の対戦相手もこんなことを感じていたかと思うと、少しだけ気の毒に思えてくる。

 2体はお互いに視認困難な武器を使用しており、しかも距離をとったまま激しく動いている。そんな今の状況は何も事情を知らない人にとっては滑稽に見えるに違いない。

 その後もしばらく鋼糸をマントやブレードで弾いていると、ジンが提案してきた。

「ワイヤーもそろそろへたれてきたんで、決着つけませんか、アザムさん。」

「何だァ? 必殺技でも使うつもりか?」

 そう言い返すと急に雷公がわざと狙いを外して、こちらの周囲に鋼糸をばらまき始めた。まるで蜘蛛の糸のように噴射されるそれを見て、アザムはジンの意図を理解した。

(一気に締め上げるつもりか……!!)

 広範囲に鋼糸を設置し、一気に巻き取ってパルシュラムの逃げ場をなくすつもりだ。

 アリーナを戦いの場にした俺の不注意だ。障害物があると鋼糸をトラップのように張り巡らされてしまうと考え、この何もないアリーナを選んだのだが、むしろ何もない方が鋼糸の扱いに慣れていないジンには有利だったのかもしれない。

 アザムはアリーナ上で最も安全なのは雷公の周囲だと咄嗟に判断し、迷うことなく雷公に接近する。

 しかし、すぐに鋼糸が巻き取られ始め、アリーナの地面に敷かれた鋼糸がのたうつように激しく蠢き出した。そしてそれらは瞬時にパルシュラムの脚部に纏わり付き、こちらの動きを制限した。両脚を縛られたパルシュラムはその場で立ち竦んでしまい、移動できなくなってしまった。

 こちらが動けなくなると雷公は手のひらから鋼糸を切り離し、ゆっくりと接近してくる。

 このままラインツハーと同じようにバラバラにされるのかと思ったが、もう鋼糸を使いきってしまったらしい。雷公は何度も腕を引いたり捻ったりと努力していたが、その努力も無駄なようだった。

「……。」

 ジンはこれ以上鋼糸を使えないと判断したのか、雷公はその状態のままでこちらに駆け寄ってきて、脚を固定されたパルシュラムに殴りかかってきた。

 そのパンチはあまりにも直線的だったが、動けないパルシュラムにとっては強力な攻撃だった。

 アザムはそれをマントで防ぎ、透明なブレードでカウンターする。

 こちらの振ったブレードは命中したものの、踏ん張れないせいで勢いが弱く、雷公の装甲の表面だけを削るだけで終わってしまった。ジンもそれを理解したのか、こちらのブレードを恐れることなく連続で殴りかかってくる。

 それでもアザムは出来る限りの力で雷公にカウンターし続ける。だが雷公もそれをアームで防ぎながら攻撃を繰り返す。アザムはその度にマントで防御していたが、そのマントもだんだんとその機能を失っていき、ろくに衝撃を吸収できなくなってきた。

 ……こんな情けない泥試合は久しぶりだ。

 アザムはこのままブレードで斬っても決定打にならないと判断し、硬化性透過流動体を攻撃以外の別の目的のために使用することにした。

「まぁ、物は使い用だな。」

「……?」

 アザムは腕部のタンク内にある硬化性透過流動体を全て噴射し、殴りかかってくる雷公のアームを包み込ませて硬化させる。途端に雷公の動きは止まり、2体のVFは手を繋いだまま動きを停止した。

 これで最悪でも負けることはない。しかし、これでは勝つこともできない。

「アザムさん、これじゃそっちも攻撃できないですよ。引き分けにするつもりですか?」

 そう言いつつもジンは雷公でキックしていた。しかしそれはパルシュラムに届くことなく空を切る。

 その蹴りを数度試したあとで雷公の動きはぴたりと止まり、ジンが再び話しかけてきた。

「でも、これだと延々とアザムさんを足止めできるわけだし、俺の勝ちってことですよね?」

「さァな。どっちの仲間が先に助けに来るか、それで勝負が決まるだろうよ。」

 全く状況の掴めない今、こんな場所まで助けに来るのか疑問だった。そして、そう言いつつもアザムは他人に勝敗を決めさせることを不快に感じていた。

 できれば自分で勝負を付けたいが、そうなると高確率でジンが勝つだろうし、このままジンを勝たせるわけにもいかない。

「どうします? バッテリーが切れるのも時間の問題ですし、お互いにアームを外して脚だけで戦いませんか?」

「馬鹿か。パルシュラムは脚使えねぇだろうが。」

「そうですよね……。」

 口には出さないが、硬化性透過流動体を制御している分、俺のパルシュラムの方が先にバッテリー切れを起こすだろう。そう考えると少しの可能性に懸けて、一時的に硬化性透過流動体を解除してコックピット付近を狙うこともできなくはない。が、ジンがそんな隙を見せるとも考えられなかった。

 このままバッテリー切れになって負けるか、少しの勝機に懸けてみるか……どうしようか悩んでいると、不意にスタジアムにVFが出現した。

 アザムとジンはアリーナの搬入口の影から現れたそれを同時に発見し、お互いにそれに注意を向ける。

「なんだ……てめぇの仲間か?」

「いや違いますよ。でも暴走VFでもなさそうだし……」

 それは随分と古いタイプのVFで、どこかで見たことのあるVFだった。

(ん……?)

 更によく見ると、それがミュージアムに飾られていた旧式VFだということを思い出した。アザムはそのことをジンに確認してみる。

「おいジン、……あれってVF展示コーナーのVFじゃねぇか?」

「あー、確かに見覚えがあります。でも何でそんなVFが……?」

 やはりそうだ。あれはここがスタジアムから博物館になった際に最初に飾られたVFで、確か七宮重工のチームのVFだったはずだ。

 呑気に会話している間にもそのVFはスタジアム内をこちら目掛けて歩いてきており、全くその目的がわからないので不気味でもあった。

 そのVFの頭部は角の付いた兜を冠ったようなデザインになっており、首元はごつい金属質の首輪によって覆われていた。アームは太く、肘付近には出力を上げるための補助機構が見られる。

 色々と荒削りな印象を受けるVFだった。

 その兜付きの頭部には太いケーブルが刺さっている。それはスタジアムの外へと続いていた。多分駆動するための電力をどこからか拝借しているのだろう。一体誰が何のために動かしているのか……全くの謎だった。

「あれ、何するつもりなんですかね。このまま放っとくと危ないですし、一旦アームを解放してくれませんか? そうすればあのVFを……」

「騙されねェよ。」

 ジンのあからさまな嘘を一蹴した後、アザムとジンはそれを固唾を呑んでその兜付きのVFを見守る。

 こちらの熱い視線を受けつつ兜付きのVFはそのままゆっくり歩いてきて、やがて近くで停止した。そしてまもなくしてコックピットが開き、中のランナーの姿が見えるようになった。

「――いやあ、ケーブルを刺すのに苦労したよ。一人でVFを準備するのはやっぱり辛いね。」

 緊張感のないセリフと共に出てきたのは、かつてのVFBの王者のイクセルだった。

 イクセルは寝ぐせ頭を掻きながら笑顔をこちらに向けていた。1STリーグフロートユニットに居を構えているとは言え、一体どこから湧いて出てきたのだろうか。……本能的に戦闘を嗅ぎつけて来たような気がしてならなかった。

「おい、病人が何しにきたんだ。怪我しないうちにさっさと帰れ。」

 アザムが追い払うように警告すると、イクセルはパルシュラムのアイカメラに向けて手を振り始める。

「やあアザム、久しぶり。」

「呑気に挨拶している場合か……。これだからお前は気に食わねぇんだ。」

「せっかく助けに来てあげたのに、そんな言い方しなくてもいいじゃないか……。」

 イクセルはそう呟きながら再び兜付きのVFのコックピットに入っていく。

 そしてそのまま雷公の背後に回りこみ、VFの背面に手のひらをぴたりと押し当てた。

「大体事情はわかってる。こっちのVFを停止させればいいんだよね?」

「ああ、そうだ。」

 アザムがその有難い提案を受けると、ジンが文句をつけてきた。

「ちょっと待って下さいよ!! これって卑怯じゃありません?」

 ジンの言葉を受けてアザムはしばしの間考える。

 イクセルがここに現れたのは偶然だし、ミュージアムを戦いの場に選択したからこそ兜付きのVFもここまで来れたのだ。そう考えると全く卑怯という行為には当たらない。むしろこちらの判断の賜だといえる。

「……卑怯もクソもねぇよ。」

 考えた末そう言い放つと、雷公は激しく抵抗し始めた。 

「ちょっ、嫌ですよ……。何が悲しくてアザムさんと手を繋いだまま負けなくちゃならないんですか……。」

 そう言いながらジンは雷公を操作し、腕をブンブン振ったり、兜付きのVFに向けて情けないキックを繰り返す。もちろんその攻撃が当たるわけもなく、イクセルはそれを容易にかわしていた。

「もう少しで勝てたのに……。クーディンもクビになったし、こんな事やった後だとVFBに戻れないだろうし……これからどうすればいいんだ……。」

 敗北を目前にしてジンは辛そうに自分のことを語っていく。すると、その話にイクセルが反応した。

「へぇ、解雇されたんだ。毎シーズン、クーディンと試合するのは楽しみだったんだけどなぁ。残念だよ。」

「おいイクセル、どっちにしてもお前は引退した身だろ。」

 もう自分が引退したことを忘れたのか、一応突っ込みを入れるとイクセルからも無念そうな声が聞こえてきた。

「あぁ、そういやそうだったね。はは……」

 イクセルはそんな風に力無く笑うと、雷公の首根っこを掴まえて背中に手を刺し入れる。兜付きのVFのアームは容易く雷公の背部の装甲を貫通し、そこに入っていたバッテリーを破壊した。

 すると、雷公の背中から電解液が垂れ始め、エネルギー源を失った雷公はその場に崩れ落ちた。

「終わったな。」

 雷公が動かなくなったのを見て、アザムはパルシュラムのコックピットから出る。すると、イクセルも同じように兜付きのVFから出てきた。

 引退して療養中だというのは本当らしい、イクセルは肩で息をして表情にも疲労の色が浮かんでいた。改めてよく見るとイクセルは寝間着姿で、おまけに髪もボサボサで寝ぐせが跳ねていた。

 密かに復活を臨んでいたアザムだったが、あれだけの運動で苦しそうに呼吸をしているイクセルを見て、無理だと悟ってしまう。

「冗談抜きで大丈夫かよ、イクセル。」

「大丈夫さ。」

 そうは言うものの、胸を手で押さえているし、明らかに大丈夫そうではない。

 これ以上下手に動かれると責任を取れないので、アザムは強めに警告した。

「すぐに医療スタッフを呼んできてやるからそこでおとなしくしてろよ。……と、その前にあのクソガキを絞らねェとな……。」

 視線を雷公に移すと、ちょうど雷公から降りたジンと目が合った。

 ジンは気まずそうに視線を逸らして忍び足でその場を離れようとしたが、アザムがそれを逃すわけがない。

 こちらもパルシュラムから降りるとすぐにジン目掛けてダッシュし始める。

「まてェ、ジン!! さっきは生意気なこと言ってくれたじゃねぇか!!」

「ひっ!?」

 こちらの声を聞くなりジンは駆け足でスタジアムの外に向けて逃走していく。

 それからしばらくアザムは逃げるジンを追いかけ続けていた。


  4


 風を切る音が聞こえる……。

 ヴァルジウスを首尾よく倒した後、結城は槻矢の操作するエルマーによって海上アリーナへ運ばれていた。

 輸送ヘリでの移動も結構速く感じたが、やはりこちらの方がもっと速い。

 フロート間の移動がこのくらい迅速に出来ればいつもの生活も楽になるのに……。

 そんな事を考えていると、不意にエルマーから通信が入ってきた。

「あれ、もしかして……」

 そんな槻矢の不審そうな声を聞き、結城は思わず聞き返す。

「どうしたの槻矢くん?」

 すると、槻矢くんはすぐにその声の理由を教えてくれた。

「あの、海上アリーナで誰も動いてないみたいなんです。もう決着が付いたのかも……。ドギィさんがやってくれたんでしょうか?」

「そう願いたいけど……」

 その先に続く言葉を言うことなく結城は口を噤む。いくらドギィでも七宮に勝つのは難しいだろうし、戦闘が終わったということは七宮の勝利を意味しているように思えた。

 やがて海上アリーナの様子が鮮明に見えてくると、私の予想が正しかったことが証明されてしまい、思わず言葉が口から漏れてしまう。

「七宮……。」

 HMDには膝をついたファスナと、アリーナの端で大破しているヘクトメイルの姿が映しだされていた。更に悪いことに、アリーナの中央にはリアトリスが立っていて、太刀をファスナのコックピット部分にあてがっていた。

(やっぱりこうなったか……。)

 ファスナを破壊せずに待機しているのは私への挑発に違いない。そんな余裕たっぷりの七宮の行動に苛立ちを覚えていると、通信機からリュリュの鮮明な声が聞こえてきた。

「――聞こえますかタカノ様。返事をお願いします。」

 通信機が使えるということは、どうやら鹿住さんが通信妨害を突破してくれたようだ。

 結城は一旦海上アリーナから注意を逸らし、すぐリュリュに返事をする。

「聞こえてるぞ。妨害電波は何とかできたみたいだな。」

「はい、通信妨害装置はあのE4の戦艦の中にあったらしく、それがEMPランスで破壊されたみたいです。」

「なるほど……。」

 妨害装置を破壊したのが偶然とはいえ、通信が回復して良かった。これで有効なアドバイスをいつでも聞けるというものだ。

 すると早速リュリュが新しい情報を伝えてくれた。

「それと、全てのフロートユニットで防衛に成功し、ミリアストラの他にもローランドやジンと言った七宮の協力者にも対処できたようです。残るはダグラス本社フロートユニットと今向かわれている海上アリーナだけです。」

「分かった。」

 みんな上手くやってくれたみたいだ。采配に多少の不安はあったが、VFランナーの数で勝るこちらが負けるわけがない。

 その会話を聞いていたのか、槻矢くんはあることを自ら提案してきた。

「それじゃあ僕はダグラス本社に援護に向かいます。」

「平気なの?」

「はい、何とかできそうな気がしてきました。」

 あのヴァルジウスを倒して少し自信がついたみたいだ。わざわざ止める必要もないと思い、結城はそれを容認した。どうせ反対したところで空を飛べるエルマーを止められはしないのだ。

「わかった、気をつけてね。」

「はい。」

 そんな槻矢の返事がした頃には結城は海上アリーナの上空まで到達しており、特に別れを言うことなくエルマーはアカネスミレをアリーナ上に降下させた。

 空中で手を離されたアカネスミレは投下弾のごとく空中を滑空していき、脚からアリーナに接地し、見事着地に成功した。

 しかし、その着地点は悪いことにリアトリスのすぐ近くであり、結城はファスナを挟むような形でリアトリスと対峙することになった。

 エルマーはと言うと、私を降ろしてそのままダグラス本社へ向かって飛んでいった。彼の操るエルマーなら暴走VFたちを止めるのもさほど難しくはないだろう。

 海上アリーナに降りて改めて周囲を見ると、ファスナとヘクトメイルは遠くから見るよりも無残な姿に見えた。

 ヘクトメイルは背中を袈裟斬りにされた上、あちこち装甲を剥がされて機能停止状態にあった。そんなヘクトメイルと違ってファスナはまだ動いているものの、リアトリスに刀を向けられて抵抗できないようだった。

 また、ツルカには戦う意志が残されていないのか、ファスナはアリーナの床にへたり込んだまま動かない。更には私の通信に反応することも無かった。

「ツルカ、ツルカ!! 戻ってきたぞ。武器も手に入れたし今度は絶対に勝てる。」

「……。」

 外部スピーカーで必死に語りかけてもやはりツルカは反応しない。

 気を失っているのだろうかと思ったその時、ツルカの代わりに七宮が話しかけてきた。

「ようやく帰ってきたね、待ちくたびれたよ結城君。」

「……!!」

 七宮の声を耳にして、結城は槍の穂先をリアトリスに向ける。しかしその穂先は膝を付いているファスナに遮られ、すぐに攻撃できる状態ではなかった。

 こちらが槍を構えていると、それを見た七宮から懐かしむような声が漏れてきた。

「その槍、懐かしいね。確か名前は『グレイシャフト』だったかな。」

「『グレイシャフト』……。」

「ああ、七宮重工製の大身槍だよ。あの時は刃が未完成で切れ味が悪かったけれど、それを見る限りでは僕の鋼八雲と遜色なさそうだ。いい武器を手に入れたね。……流石は鹿住君だ。」

 グレイシャフト……それがこの槍の名称らしい。確かに柄の部分は灰色だけれど、安直な名前のような気がしてならない。

 そんなネーミングセンスの話はともかく、結城はその七宮のセリフの中に気になる言葉を耳にしていた。

「どうして鹿住さんだと?」

 短く訊くと、七宮は隠す様子もなく淡々と答えてくれた。

「その槍の設計データを知っていて、かつ再現できるのは彼女しかいないよ。僕にも内緒で造ってたのは意外だったけれど、結城君に渡したのは正解だったね。これで僕も遠慮無く鋼八雲を使えるよ。」

 正確にはこの槍を再現したのは鹿住さんとベルナルドさんなのだが、わざわざ教える義理もないし言う必要もないだろう。

「無駄話はこのくらいにして、戦闘再開と行くかい?」

 七宮はそう言うとリアトリスのアームに力を込める。するとファスナのコックピットにあてがわれた鋼八雲の切っ先から胸部装甲を削る嫌な音が聞こえてきた。

 その甲高い音を耳にしつつ、結城は最後の通告をする。

「諦めろ七宮。お前の仲間は全員倒したぞ。それに、ダグラス本社にも槻矢くんが向かってるし、防衛が終わるのも時間の問題だ。」

「……まさか投降しろなんて言わないよね?」

 七宮はリアトリスの指先を左右に動かしつつ言葉を続ける。

「もちろん投降する気なんて無いさ。なにせ、結城君は僕のことを倒したくて倒したくて仕方が無いみたいだからね。結城君に負けたら降参を考えてもいいけれど、それも無理じゃないかな?」

「無理じゃない。本当に降参するんだな?」

 結城は咄嗟に言い返したが、七宮は飽くまで自分の話をやめることはない。

「でもいいことを聞いたよ。槻矢君がエルマーに乗っていたとはね……。でも、彼一人じゃ多分暴走VFは止められないだろうね。」

「いいから答えろ、私が勝ったら降参するんだな!?」

「君もしつこいね……。」

 私が何度問いかけても七宮はまともに取り合わず、とうとう別の話題を持ちかけてきた。

「あ、そういえば忘れていたよ。結城君に本気になってもらうためにやることがあったんだ。」

「私は本気で戦うぞ。お前みたいに手を抜くつもりなんか……」

「えい。」

 こちらが真面目に答えている途中、緊張感のない七宮の掛け声がしたかと思うと、リアトリスの腕が前に動いて太刀がするりとファスナのコックピット内部に入り込んだ。

 それはあまりにも自然な動作であり、結城は何が起こったのか一瞬把握することができなかった。

「……え?」

 しかし、アリーナの床に仰向けになって倒れたファスナを見てようやく理解できた。

 ――ツルカの乗るファスナのコックピットが刀によって貫かれたのだと……。

「ツルカ!?」

 結城が呼びかけても通信機からは返事はなく、外部スピーカーを使っても反応すらなかった。

 結城はすぐにでもファスナのコックピットの様子を見ようと駆け寄ったが、結城がファスナに到達する前にリアトリスが再び動いた。

「うーん、手応えアリだね。」

 そんな七宮のわざとらしいセリフと共にコックピットに刺さっていた太刀が引き抜かれる。すると、その先端に赤い液体で濡れた傷だらけのプロテクターが引っかかっていた。

 それはランナースーツの上の胸部につける物であり、簡単に外れるものではない。それが傷だらけになって外れているということは、ツルカの体は……

「七宮ああぁぁ!!」

 気付くと私は叫び声を上げ、リアトリスに槍を突き出していた。


  5


(うわぁ、結城君かなり怒ってるみたいだ……。)

 急に放たれた槍の突き攻撃を回避した七宮は、アカネスミレから少し距離をとって鋼八雲を持ち直す。そして、仰向けに倒れているファスナに目を向けた。

 もちろんファスナのコックピットはもぬけの殻だ。ツルカ君には先程こてんぱんに倒したドギィ君と一緒にどこかへ避難してもらっている。

 なにせ彼女はオルネラの妹なのだ。間違っても怪我なんかさせられないし、さっさとこの騒ぎから退場してもらうのが吉だ。

 鋼八雲に引っ掛かっていたプロテクターも予め仕込んでいた物で、こんな茶番なんかすぐに見抜かれるかと思っていたが、案外結城君も間抜けというか、騙されやすい女の子だ。これだけ良い反応をしてくれると誂い甲斐があるというものだ。

(少し考えれば偽物だって気付くと思うんだけれどなぁ……)

 いくら本気の結城君と戦いたいとは言え、流石の僕も人を殺すつもりはない。今やっていることも大概危険だが、人を殺した際のリスクを考えるとできないし、リスクなどの考えを抜きにしても人道的に殺せない。

 ――それを簡単にやってしまうのだから、ガレス・ダグラスという男は罪深い。

 だからと言ってダグラスを殺すつもりもない。しかし、結城君との件が片付いた後、彼には死ぬ以上の恐怖と痛みと屈辱を味わってもらうつもりだった。

 ……そろそろ無駄な事を考えるのはやめよう。

 結城君の本気を前にしたら、そんな事を考えている余裕も無くなるし、むしろそうなって欲しい。

(さあ、君の本気を見せ付けれくれよ、結城君。)

 七宮は刀から傷だらけのプロテクターを外すと、改めてその切っ先をアカネスミレに向けて構える。グレイシャフトを鹿住君から受け取ったことを考えると、あのアカネスミレは十中八九第2ラボに置いていた旧タイプのリアトリスだ。丁寧に赤色にペイントして、鹿住君も面倒な事をするものだ。

 アカネスミレのその赤はこちらの視界の中で高速で動いており、溜息をつく間もなく槍による斬撃がリアトリスに届いてきた。

「うあああぁぁ!!」

 向こうの外部スピーカーからはおおよそ女の子の声とは思えぬ、絶叫にも似た怒りの咆哮が聞こえてきている。

 結城君にとってツルカ・キルヒアイゼンという少女はとても大事な存在のようだ。予想以上の反応に驚きを通り越して恐怖すら感じる。こんな事ならもうちょっと別の方法で結城君を挑発したほうが良かったかもしれない。

 しかし、それも今となっては後の祭りだ。しばらくは結城君の本気の攻撃を楽しむことにしよう。

 アカネスミレは怒涛の連続攻撃を放ってきていたが、その勢いとは裏腹に狙いは的確で冷静だった。隙の少ない突き攻撃が何度もこちらの装甲を掠めていく。

 七宮は鋼八雲で何度か槍を無効化しようと切り払ってみたが、思いの外『グレイシャフト』は頑丈だ。穂先はほぼこちらの物と同質であり、柄も靭やかで密度が高い。

 さすが七宮重工屈指の槍だ。再現した鹿住君はもちろん、それを上手く扱う結城君も直接褒めてあげたいくらいだ。

 だが、いくら出来が良いからといって僕に勝てるとは限らない。リーチがある分結城君は優勢だが、こちらにもナムフレームという強靭不死身のフレームを搭載したVFがある。

 バッテリーという弱点がないこちらはかなり有利なわけだ。

(では、そろそろ攻勢に移るかな。)

 ずっと突かれていても面白く無いと感じた七宮は一旦回避するのを止め、鋼八雲をグレイシャフトの柄部分を滑らせるようにして相手の篭手を狙って反撃する。

 するとアカネスミレは素早くグレイシャフトから手を離した。その結果、柄によるガイドを失ったこちらの刃は軌道をずらされてしまう。

(いい判断だね結城君。……でも、それだけじゃ駄目だ。)

 標的の定まらぬ太刀をそのまま振り抜くわけにはいかず、七宮は一旦動きを止めて身を翻す。

 リアトリスが回転した方向は鋼八雲を振った方向とは逆であり、七宮はスムーズにアカネスミレの側面に身を滑り込ませると、今度はがら空きの背中を狙って斬撃を放った。

 逆回転で放たれた斬撃はアカネスミレの背中を捉えていたが、アカネスミレはこちらの太刀筋を予見したかのように前かがみになってそれを回避する。そして、すぐに身を起こすと再び槍を持ち直し、柄の石突き付近ギリギリを握って槍を水平方向に大回転させた。

 攻撃後硬直していたこともあってか、七宮はそのリーチを最大限に活かした攻撃をもろに受けてしまい、遠くへふっ飛ばされてしまう。

 だが七宮はバランスを失うことなく、地面を軽く蹴って飛び跳ねると体勢を立て直した。

「……いいね。」

 大振りな攻撃だったがダメージはあまりない。むしろ、結城君の攻撃に僕にあたって嬉しいくらいだ。ようやくイクセル以来僕にダメージを与えられるランナーが出現したのだ。それが自分が指導したランナーとあっては感涙モノだ。

(そろそろ僕も本腰を入れないと結城君に失礼だね。)

 そう思った七宮はリアトリスの腰に下げていた鞘を取り外し、遠くへ投げ捨てる。そして鋼八雲を両手でしっかり握り、それを下段に構えた。

 すると、結城君もグレイシャフトを両手で持ち、前に突き出して飛びかかってきた。それは単純な突進ではあったがスピードはVFが出せる次元を超えており、こちらの予想を遥かに超えた速度で鋼八雲と接触した。

「これは……!!」

 槍の突きは鋼八雲で難なく受け止めたものの、その攻撃を防ぐ際に打ち当てた刀からは衝撃波が発生していた。

 また、その速さは七宮の感覚を一段階上に移行させるのに十分なものだった。

 それを悟った七宮は結城の潜在能力を認め、戦闘のレベルを次の段階に移行させる。

(さて、ついて来られるかな、結城君。)

 七宮は意図的に感覚を研ぎ澄ましてコンマ以下の世界に足を踏み入れていく。

 それから七宮は1秒足らずで知覚の『限界』を超える。その途端、周囲の時間の流れが極端に遅くなり、耳に届く音が波長を歪めて低くなった。

 更にその先へと行こうとしたが、それ以上感覚が加速されることはなく、薄暗くなった視線の先、槍の柄が衝撃で波打つ様子が細やかに見えるようになった時点で感覚の加速は緩やかになった。

 その感覚のまま七宮は鋼八雲をグレイシャフトから外し、再びアカネスミレの持ち手を狙って素早く振る。

 今までの結城君ならば、この斬撃に対処できなかったはずだ。だが、結城君はこちらの期待通り、それをギリギリで回避して石突きをこちらの胸部目掛けて振り上げてきた。

 七宮も身を傾けて石突きを回避し、続けざまにアカネスミレの脚を蹴り払う。しかし、それすらも結城君は小さく跳んで回避してくれた。

 ……間違いない、今結城君は通常感覚を超えた域にいる。

 人の筋肉よりも素早く収縮するフレームが、人の数万倍の出力を実現できるVFがそれを実現させるのだ。この限界を超えたスペックを持つVFが、人の感覚を更に上へ引き上げてくれる。

 今の所この『感覚』に移行できる人間は僕とイクセル、そして結城君以外にいないだろう。この感覚のおかげで勝ち進んだわけではないが、イクセルと勝負する時はいつもこの不思議な感覚を得ていた。

 イクセルがそれを楽しげに話してくれたことが気付くきっかけになったわけだが、それ以降僕はこの感覚を技と呼べるレベルにまで昇華させ、会得した。これは訓練で身に付くようなものではないが、訓練で精度を高めることはできる。

 今、結城君も言い得ぬ高揚感を得ているに違いない。

 それをもっとよく確かめるために七宮は更に連撃を繰り出す。だが、残像を出現させるほど疾い連撃は槍で防がれ、逆にアカネスミレの槍がこちらのボディに突き刺さった。

「……!!」

 しかも、結城君は突き刺すだけでは終わらせず、最大限のダメージをこちらに与えるべく手首を捻って穂先をフレーム内にねじ込んでくる。その結果ボディの一部が抉り取られてしまった。

 しかし、これしきのダメージはナムフレームにとって問題ではない。人工筋肉全体を破壊しない限りリアトリスは動き続けるのだ。

(あぁ結城君、君はどこまで強くなるんだ……。)

 七宮はダメージをものともせず鋼八雲を正確にかつ美しく振り続ける。しかし一向にアカネスミレのスピードを超えられない。やがてこちらが一度太刀を振る合間にアカネスミレは2度槍で突くようになり、時間が経つに連れてそれは3度、4度と増えていった。

 こうなるともうリアトリスは対処のしようがない。技量で勝っていたとしても、圧倒的な力と速度の前では役に立たないからだ。

 リアトリスはまだ動いていたが、みるみるうちに槍で貫かれ、そのボディは穴だらけになっていく。それにつれて剣筋がぶれ始め、刀の速度も落ちていった。

 しかし、七宮はその場から逃げることはなかった。

 結城君が僕に勝つことは、すなわち自分のやってきたことの正しさの証明になるからだ。結城君の勝利は同時に僕の勝利でもあるというわけだ。もっと言うと、僕はこうなることを望んでいた。結城君がVFランナーとして『完成』されることを。

 2体はお互いに一歩も引かず、向かい合ったまま斬撃と刺突の応酬を続ける。しかしそれが長く続くわけもなく、やがてリアトリスのアームは千切れ、鋼八雲ごと本体から離れた。

 手を離れた鋼八雲は回転しながら宙を舞い、飛び散ったリアトリスの装甲の破片とともに地面に落下していく。七宮から見えるそれは非常にゆっくりとした速度であり、武器を失って危険に直面したせいか、重力が働かなくなったのかと思われるほどまで時の流れが遅くなっていた。

 また、それと同時にこちらのコックピット目掛けて放たれたグレイシャフトの穂先も見えた。それはまさに必殺の一撃であり、回避不能だということが一目で理解できた。

「――素晴らしいね。」

 自らの負けを悟った瞬間、七宮の感覚は瞬時に通常のそれに戻り、アカネスミレが放った突きは一閃の光となって七宮の目に映った。

 それは七宮がリアトリスのサブカメラを通じて見た最後の光景であり、間もなくしてリアトリスのコックピットはグレイシャフトに貫かれて大破した。


  6

 

「はぁ……っ、はぁ……。」

 結城は呼吸を荒げたまま穴だらけになったリアトリスを見つめていた。

 流石にここまで穴だらけにすると動けないようだ。首無しのリアトリスはアリーナの上に仰向けになって倒れ、周囲には装甲やらフレームの部品などが散乱していた。

 グレイシャフトの穂先にもよく分からぬねっとりとした液体が付着しており、それは垂れて足元に小さな水たまりを形成していた。

 多分これがナムフレームのバイオセルという物だろう、よくこんなものをVFに使用できるのだと思いついたものだ。

「勝った……。」

 七宮に勝利した。

 時間にして何分だっただろうか。あの『感覚』になったせいで時間間隔が麻痺しているが、そこまで長くなかった気がする。

 それでも、結城は未だに七宮に勝利できたのが嘘のように思えてならなかった。

 かなり苦戦すると思った相手にほとんど無傷で勝利してしまったのだ。簡単に勝利を信じたくはなかったが、動かなくなったリアトリスは私が勝利したことを示していて、貫かれたコックピットも……

「……!!」

 コックピットを貫いた……。

 それはコックピットの中にいるランナーを貫いたのと同義であり、七宮を殺したということでもあった。

「うそ……私、まさか……」

 ツルカを殺されたショックのせいで戦いに夢中になっていて、そんな事を考慮している余裕がなかった。とにかく仇を取ることに必死で、コックピットの存在などどこかに行ってしまっていたのだ。

 ただ、“もしかして”ということもある。穂先に血の跡も無いし、七宮がコックピット内ギリギリで身をよじって槍を回避した可能性だって否定出来ない。

 そんな望みを持って結城は大穴の開いたリアトリスのコックピットハッチを丁寧に剥がしていく。

 しかし、視線の先にあったのは空っぽのコックピットだった。

 血だらけの死体もなければ傷のついたプロテクターもないし、もっと言えばランナーがいた気配すら感じられなかった。

「……あれ?」

 一応ハッチの裏側も見てみるが、やはり張り付いていない。

 七宮は一体どこに消えたのだろうか……?

(ってことはもしかして……)

 また、その事実は結城にある可能性を気付かせた。

 それに気付くやいなや結城はリアトリスから離れてファスナのコックピットへ向かう。そして、確信を持ってハッチを開けて中を見た。

「やっぱり……。」

 ファスナのコックピットの中も、先ほどのリアトリスと同様にすっからかんであり、それはツルカがまだ生きていることを示唆していた。

 すると結城の予想通り、アリーナの遠くから聞こえるはずのない声が聞こえてきた。

「やったなユウキ!! 完全勝利だ。」

 それはツルカの声であり、かなり嬉しそうな口調だった。

 結城はツルカの姿を探してアカネスミレのアイカメラを周囲に巡らせる。するとアリーナの隅、リフトの陰に2つの人影を見つけた。

 それはツルカとドギィであり、こちらが発見すると同時に2人は共にリフトから降りてアリーナの中央へ歩いてきた。

 それを見て結城もアカネスミレから降り、ツルカの元に駆け寄る。

「ツルカー!!」

「ユウキ、あの槍……うあっ!?」

 そして、有無を言わさず抱きついた。

 また、結城はツルカの姿を見て、七宮の単純なトリックに引っかかってしまったことを思い知らされる。

 ファスナを突き刺したあの時、リアトリスの刀には傷だらけで血まみれのプロテクターが引っ掛かっていたが、そもそもツルカは私と同じくランナースーツなど着用していなかったのだ。つまり、私はまんまと七宮に乗せられてしまったというわけだ。

 あんな事をしなければ七宮も私に勝てていただろうに……何を考えているのだろうか。

 しばらくツルカに抱きつきながらぼんやり考えていると、隣にいたドギィが事情を説明し始める。

「ユウキタカノ、援護をしに来たのは良かったんですけど、数分でシチノミヤに負けてしまったので、ツルカキルヒアイゼンと隅の方に退避していたんです。」

 そんなセリフに続けて、ツルカも私の腕の中でモゴモゴと喋る。

「ごめんユウキ、気付いたらドギィに抱えられてて……負けた時のこともよく覚えてないんだ……。」

「いえ、ツルカキルヒアイゼンはなかなか果敢に戦ってました。シチノミヤはすぐに終わらせるつもりで本気だったみたいです。怪我をさせたくなかったんだと思うんです。」

 フォローしているのか、それとも本当のことを言っているのか、結城には判断しかねたが、ドギィがツルカを保護してくれていたのは事実らしい。

 ドギィが海上アリーナに来てくれなかったらどうなっていたことか……。今はツルカの無事を素直に喜んでおこう。

 だが、ドギィのセリフが結城を一気に現実に引き戻すことになる。

「最初からシチノミヤはこうなるのを望んでいたに違いないです。自分がここに来た時も全く動揺してませんでしたし、そう考えるとここはあまり重要な場所ではないみたいです。」

 そう言えば、七宮はこの海上アリーナで何をするつもりだったのだろうか。

 ダグラスへの復讐が目的ならば、こんな場所に留まることなく直接本社ビルを襲うはずだ。暴走VFを利用した攻撃が失敗してもう諦めてしまったのだろうか。

「待てよ……? そもそも七宮はどこ行ったんだ、どこかに隠れてるのか?」

 根本的な疑問を口に出すと、すぐに答えが返ってきた。

「――どうやら遠隔操作みたいです。」

 いつから聞いていたのか、開いたままのアカネスミレのコックピットからリュリュの声が聞こえてきていた。

 結城はもっと詳しい話を聞くべくツルカを抱くのを止め、慌ててコックピットまで戻る。

「リュリュ、遠隔操作ってどういうことだ? ……もしかしてさっきのリアトリスがそうだっていうのか!?」

 通信機に向けて口調を強めて問いかけると、リュリュに続いて鹿住さんの落ち着いた声も聞こえてきた。

「……結城君、携帯端末でニュースサイトを見てみてください。その実況映像を見れば全て分かると思います。」

「分かった……ケータイ、ケータイ……っと。」

 結城は言われた通り、すぐに携帯端末を取り出してニュースサイトを開く。するとそこには信じられないようなテロップが流れていた。

 結城はそれを読み上げていく。

「『VFランナーの七宮宗生が大活躍、海上都市群で救助活動中!!』……なんだこれは!?」

 全くの事実誤認に唖然としつつ、結城は更にニュースサイト内にある実況映像を見てみる。するとそこにはVFのコックピットから身を乗り出して手を振る七宮本人が映しだされていた。カメラの角度的にこれは上空の報道ヘリによって撮影されている映像のようだ。

 更に続けて見ているとカメラが一旦ズームアウトし、七宮が乗っているVFの全貌が明らかになる。……それはダークガルムのVFのアルザキルだった。

 確かあのVFには女性ランナーが乗っていたはずだ。

 その映像を理解できないでいると、通信機から鹿住さんが説明してくれた。

「七宮さんは最初からずっとダグラス本社ビルをアルザキルで防衛していたんです。その様子が放送されて絶賛の嵐を受けています。そちらのナムフレームの操作は遠隔操作で行なっていたみたいです。このまま遠隔操作をしていたという証拠が見つからなければ七宮さんは全ての原因を『VFの暴走』の一言で済ますことができます。」

 つまり、七宮はアルザキルに乗っていたというアリバイで無実を証明でき、遠隔操作の証拠がなければ罪に問われないということだ。

 その事を知り、結城は眩暈を起こしそうになる。

「これじゃあ犯罪者どころか英雄じゃないか……。」

 ついでにアルザキルに乗っていた女性ランナーの正体が七宮だったということにも気付いてしまう。最初に会った時に気付けたら良かったのだが、あの状況で気付けというのは無理だ。

 話を聞いていたツルカもその事に遅れて気付いたのか、悔しげな表情を浮かべていた。

「あいつ、あの時既にアルザキルに乗ってたのか……全然分からなかった。」

 今回といいセブンの時といい、ボイスチェンジャーに騙されたのはこれで2回目だ。

 最初から私たちを騙すつもりでいたのかどうかは疑問だが、騙されている私たちを見てほくそ笑んでいたに違いない。そのことを想像するだけで腹立たしくなってくる。

「私もここまでは聞かされていませんでした。最初からこうなることを予見してアルザキルをダグラス本社フロートに待機させていたんですね……。」

 鹿住さんもその事実にショックを受けたようで、喋り方に力がない。

 どんな戦闘の痕跡も暴走VFのしわざにすれば説明できるし、目撃者はゼロに等しく映像による記録もなされていない。

 完全に七宮の勝ちであった。

「ってことは何? ……これで終わり?」

 結城が通信機に向けて尋ねると、鹿住さんは力無く答える。

「そうですね。後は七宮さんが自分で収拾をつけて暴走VF騒ぎを終わらせるつもりでしょう。七宮さんは各方面に根回ししていたようですし、後処理も完璧に行うはずです。そして、この事件の後に残るのはダグラスの暴走VFという要素だけ。……罪に問われるのはVFの管理を怠ったダグラス社という事になります。」

 七宮が首謀者だと知ってから、ただVFを暴走させるだけなのに回りくどい方法を取っているなと感じていたが、そんな方法を選んだのにもそれなりの理由があったわけだ。

 鹿住さんの説明が終わると、結城は遠隔操作に関してふと思い当たったことを呟く。

「アルザキルで救助活動をしていたってことは、このリアトリスは片手間に遠隔操作されてたってことだよな……。つまりあの七宮は本気じゃなかったんだ。だから私はあいつに勝てたのか……。」

 その事実に思い至った時、胸のもやもやが晴れた気がした。

 あまりにも呆気なく勝利したせいで、それに違和感を感じていたのかもしれない。

 それが分かると、これからすることは一つしかなかった。

「もう一回……今度は本気の本気で七宮と決着をつける。」

 これは理屈でも何でもない、単なる私のランナーとしての意地だった。手加減されて勝った所で何の意味もないし、七宮の罪を裁けないのならせめて決着くらいはつけよう。

 それがVFランナーとして私ができるたった一つの事なのだ。

 そんな事を口に出して言うと、すぐに通信機から鹿住さんの反対の声が聞こえてきた。

「本気ですか結城君!? もうどう足掻いても七宮さんを止めることは出来ません。報道関連団体が出現した今、下手に騒ぎを起こすと罪に問われるのは結城君なんですよ!?」

 鹿住さんの意見は正論だ。しかし、鹿住さんを除いてその場にいる全員が私の考えを理解してくれているようだった。

「タカノ様、VTOLを手配しましたから、それでダグラス本社へ向かってください。エルマーのランナーにもこのことを知らせられないか、試してみます。」

 そんなリュリュの気遣いに、結城は感謝の言葉を贈る。

「色々ありがと。諒一によろしく言っといてね。」

 そう言って結城は通信機の電源を切り、アカネスミレのコックピットハッチを閉じる。

 ツルカやドギィも私を止める気はないらしく、何も言わずにアカネスミレから離れてくれた。

(何でも上手くいくと思うなよ、七宮……)

 ――その後、5分と経たずしてVTOLが海上アリーナに到着し、結城はアリーナに転がっていた鋼八雲を拾い上げると、それを持って格納部分の中へ入っていった。

 そして、離陸した所で結城は改めて悩んでしまう。

(このままダグラス本社ビルまで行ったとして、七宮と戦えるのか……?)

 先ほど鹿住さんが言った通り、救助活動をしていると認識されてる七宮に攻撃を仕掛ければ必ず非難される。私自身はそれでも問題ないが、そうなると余計七宮の思う壺になってしまう。それだけは何としても避けたかった。

(どうやったら……。)

 結城はVTOLの中で七宮と戦う方法を必死に考えていた。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 一気に決着がつきましたが、結城が倒したリアトリスは遠隔操作されていました。遠隔操作では操作信号が様々な回線を経由するために、若干のズレが生じます。そのお陰で結城はリアトリスに勝利できたみたいです。

 次の話では、長かった暴走VF騒ぎが幕を閉じることになります。

 今後もよろしくお願いします。

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