表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
終焉を越えて
46/51

【終焉を越えて】第一章

 前の話のあらすじ

 1STリーグの海上アリーナでダグラス社の新型VFが暴走を始めた。結城とツルカはそれを制圧し、リオネルの助けもあってダグラス本社ビルの防衛に向かう。

 また、リオネルはアオトと共に2NDリーグフロートユニットで

 ドギィはローランドと共にメインフローとユニットで

 アザムはジンと共に1STリーグフロートユニットで

 それぞれが暴走VFに対して防衛を開始した。

 また、シェルター内にいた槻矢はゲームイベントに異変を感じ、それが現実で行われているものだと気付いた。

第一章


  1


 ダグラス本社ビル、社長室。

 ビルの最上階に位置するこの部屋からは綺麗な景色が見えるはずなのだが、今見えるのは黒煙とボロボロになったビルだけだ。

 ビルのすぐ近くではVF同士が戦闘している様子が見え、銃声だけでなく何か重量物同士がぶつかるような鈍い音まで聞こえている。

 どこにも連絡はつかないし、社員が社長室に状況報告しにくる気配もない。

 ダグラス社の社長であるガレス・ダグラスは今のこの状況を全く飲み込めずにいた。

「ベイル、これはどういうことだ?」

「社長、私に言われましても……工場のトラブルが原因としか……。」

 ガレスの言葉に秘書のベイルは困り果てた表情を見せる。

 社長室にいるのはガレスとベイルの2人だけで、どちらともこの異常な事態をただただ見ていることしかできなかった。

(儂のVFが……儂のフロートが……。)

 この調子でフロートが破壊されていけば、再建に莫大な費用がかかってしまう。

 それにしても、何故VFが破壊行為を行なっているのか、それが理解できなかった。

 この騒ぎが発生する直前にベイルから工場で異常があったと報告を受けたが、ただそれだけでVFが勝手に暴れるわけがない。

 ……こちら側の強制停止信号を受け付けない事を考えると、外部から何者かが引き起こしたのだと考えられる。

「一体誰が……!!」

 口に出してから、すぐにそれが七宮以外に有り得ないことに思い至る。

 ダグラスに恨みを持って、かつこれだけの事を引き起こせる輩は奴以外いない。

 そして同時に、こちらに情報を流していたミリアストラのことも頭に思い浮かんだ。

 ミリアストラの情報だと今日は何もないはずだった。だが現にこうして事件が発生している以上、嘘を付かれたと結論づけるのが自然な考えだ。

 つまり、ミリアストラは最初から儂を騙すつもりでここに嘘の情報を売りに来たのだ。そして勿論、こちらの情報もかなり奪われたに違いない。

 七宮には全て筒抜けだったということだ。

(くそ、もっと早く気付いていれば……)

 いまさら後悔した所で何の意味もないが、儂を騙した罪は重い。あの女にはそれ相応の罰を課す必要がありそうだ。

 それも踏まえて後でどうしてやろうかと考えていると、再び激しい銃撃音が社長室まで届いてきた。

 それを聞いてガレスはガラス張りの壁に近づき、下の様子を窺う。

「一向に収まらんな……。」

 確実にこの本社ビルは攻撃の対象になっている。

 そのせいか、ベイルは落ち着かない様子で社長室の中をウロウロしていた。

「大丈夫でしょうか社長……。今からでもシェルターに避難したほうがいいのでは……?」

 ベイルは不安げな顔をこちらに近づけて訴えてきた。

 しかし、ガレスはそんなベイルを押し返し、冷静に言葉を返す。

「安心しろ、このビルのシャフトはかなり頑丈でちょっとやそっとじゃ崩れん。ビルを建てた儂が言うんだから間違いない。」

 このビルはそこいらのビルとは一線を画す、堅牢な造りになっている。爆撃に晒されても問題なく、戦車の砲撃にも耐えられる優れたビルだ。

 だから下手にシェルターに隠れるよりもこの社長室にいたほうが安全なのだ。最上階ともなればほとんど攻撃にさらされることもないので更に安全である。

 いよいよビルが危なくなった時は屋上にヘリを呼んで逃げればいいだけの話だ。

 ガレスはそれまではここを動くつもりはなかった。

(七宮め……今度こそ完璧に潰してやる……。)

 こんな事をされてはもう黙っていられない。如何なる手を使っても七宮をVF業界から消し去ってやる。

 ……今までも邪魔な人間は容赦なく排除してきた。

 奴の父親を始め、ダグラスの成長を邪魔をするものは全て敵であり、敵は徹底的に排除されるべきなのだ。

 それがガレスの考えであり、危機的な状況に陥ってもその信念が揺らぐことはなかった。

「あれ……見てください社長、騒ぎが収まったみたいです。」

「やっと収まったか。」

 ベイルの言葉につられてガレスは再び窓際に近づき、視線を下に向ける。

 黒煙のせいで見えづらかったが、騒がしい音や銃声は聞こえてこないし、ベイルの言う通り沈静化したようだ。

 目を凝らしてみると、ビルの周辺には暴走していた無数のVFが無残な姿で横たわっているのが見えた。

「……。」

 ガレスはそれらを無言で見つめる。

 事故の原因がそのダグラスの新型VFなのは明白であり、そのせいでガレスは怒りをぶつける先を定められないでいた。

 そんな中、まだ動いているVFを3体ほど見つけた。ほぼ真上から見ているためVFの全体像は把握できなかったが、ダグラスの新開発したVFでは無いことは確かだった。

 現在、周辺に転がっている暴走VFを機能停止させたのはどうやら彼ららしい。先程聞こえていた鈍い衝突音は彼らと暴走VFの戦闘音だったようだ。

 それが分かるやいなや、ガレスはベイルに3体のVFがどこの所属のVFなのかを確かめさせる。

「おいベイル、あの3体のVFが分かるか?」

 ガレスはベイルの横に立ち、ビルの真下にいる3体のVFに小さく指を向ける。

 するとベイルはしばらく悩んだ後、あやふやな口調で質問に答えた。

「えーと……あれは、アカネスミレとファスナ……あとアルザキルもいるようです。」

 VFの個体名を聞いて、ガレスはそれらの所属チームを思い出していく。

 アカネスミレはアール・ブランのVF、そしてファスナはキルヒアイゼンのVFだ。あと、アルザキルはダークガルムのVFだったような気がする……。

 それにしても、ベイルもよくこの距離で判別できるものだ。

 儂の視力が落ちていることも関係しているが、実は儂自身があまりVFB自体に興味が無いことも影響しているに違いない。

 VFBに関しては最低限の事は分かるが、進んで試合を観戦するほどのファンではない。

 たかが見世物、機械同士が殴り合いしているだけだ。あんな試合を見るくらいなら金を数えていたほうが幾らか有意義な時間を過ごせるというものだ。

 だが、今のガレスはそのVFに感謝の念を抱いていた。

(あの3体が儂の大事なビルを守ってくれたわけか……。後で礼を弾まんとな。)

 ただのランナーが危険を顧みず救援活動を行なってくれているのだから有難い。防衛システムに金をつぎ込むよりもずっと実用的ではないだろうか。

 今後こんな事が続くようなら、この際VFランナーの私兵を雇うのもいい手かもしれない。

(……いや、不可能か。)

 そんなことをすれば様々な所から批判を受けてしまうだろう。

 一応、一般的にダグラス社は健全でクリーンな企業として認知されているのだし、ダーティーなイメージを生む訳にはいかない。

 そんなくだらないことはさておき、騒ぎが収まった今が事件の原因を取り除くチャンスだった。

 そう直感的に考え、ガレスはすぐに外出の準備をし始める。……もちろんその行き先はVFの組み立て工場であった。

「ベイル、工場に行くぞ。……これだけの騒ぎを起こしたんだ。七宮も工場にいるだろう。」

「あの社長、その可能性は低いかと思いますし、それにまだ外は危険かと。」

 ベイルは儂の意見に納得いかないのか、否定的な態度を示していた。

 まあ無理もない。あれだけ臆病なベイルのことだ。まだ外に出るのが恐いのだろう。

 ガレスはそう決めつけ、ベイルの言う事を無視して社長室の外へ出ていく。

「そんなに心配なら下にいる3体に護衛を任せればいい。……いいからついて来い!!」

「はい……。」

 強く命令すると、ベイルは渋々ながらもついてきた。

 それを確認するとガレスは社長室を出て通路を歩いていき、すぐにエレベーターホールに辿り着いた。

 本社ビルは結構揺れていた気もするが、エレベーターは緊急停止せずに済んだようだ。中に入って階下に向かうスイッチを押すと扉はスムーズに閉まり、静かに下降し始めた。

 エレベーター内でもベイルは俯いたまま不安げな表情を見せていた。

 そんなベイルに対し、ガレスは激を飛ばす。

「まったく、男なのに情けない奴だ……。もっと儂のように自信を持てばいいんだ。そんなに臆病だと人生損するぞ。」

 慎重さも大事ではあるが、時には儂のように大胆になることも重要だ。

 その旨を伝えると、ベイルは深く頷いた。

「すみません……。以後気をつけます。」

「分かればいいんだ。」

 そんな会話をしながらガレスとベイルはエレベーターに運ばれ、やがて1階に到着した。

 すると音もなく扉が開き、ガレスは意気揚々とエレベーターのかごの中から飛び出す。

「さあ行くぞベイル、まずは車庫から車を回して……」

 早速ベイルに指示を出すガレスだったが、命令している途中で頭に衝撃を感じた。

 それは人生の中で経験したことのないような衝撃であり、ガレスはそれが誰かに殴られたせいで発生したものだとは気付くことができなかった。

「ぐ……。」

 意図しないうめき声が口の隙間から漏れ、同時に視界が揺れ始める。それだけでなく目の前がチカチカしながら暗くなっていく。……これが俗にいうブラックアウトというものなのだろうか。

 意識が薄れていく中、衝撃を感じた後ろ側に振り向くとベイルの姿が見えた。

 だが、ガレスには振り返るのが精一杯でその表情を見ることはできなかった。

「ベイル……これは……」

 その言葉を最後に、ガレスはエレベーターの入り口の前で豪快に倒れ、床とぶつかった際に生じた痛みを感じる暇もなく意識を失ってしまった。


  2


 ダグラス本社ビルを窮地から救ってから数分後、結城はヘリコプターを間接操作して1STリーグの海上アリーナへと向かっていた。

 ヘリの真下にはアカネスミレとファスナが固定されており、風の影響で脚部は微妙に揺れ動いていた。2体のコックピットの中にはそれぞれ結城とツルカが乗っており、操縦をしていないツルカは暇なのか、こちらの通信機からはツルカの鼻歌が聞こえてきていた。

 こんな時に鼻歌なんて……と始めは思っていたが、よくよく考えるとツルカがこういったメロディを口ずさむのを今まで聞いたことがない。

 緊張をほぐすために無意識の内に口ずさんでいるのだろうか。小鳥がさえずるような……とまでは言えないが、心地良い音ではあった。

 そんな鼻歌を遮る形で結城はツルカに話しかける。 

「なあツルカ、あの人置いてきて良かったんだろうか……。」

 声を掛けるとすぐにツルカの鼻歌は止み、まともな答えが返ってきた。

「本人が残るって言ってんだし別にいいだろ。それに、この輸送ヘリじゃVFを3体も運べないし。」

「それもそうか。」

 『あの人』とはアルザキルに乗っていた女性ランナーのことである。

 あらかたの防衛が済むと彼女はいきなり「逃げ遅れた人がいないか探します」と言って、ダグラス本社ビル内へ入って行ってしまったのだ。

 彼女はビルの入口を塞ぐような形でアルザキルを突っ込ませると、コックピットから降りてビルの中へ消えていってしまった。そのせいで顔はおろか、ランナースーツを着ているかどうかすらも確認できなかった。せめて名前くらいは聞いておいたほうが良かったのかもしれない。

 でも、女性ランナーというのは珍しいのだし、調べればすぐに会うことも出来るだろう。

 そう思い、結城は彼女のことを考えるのを後回しにすることにした。

 ……それよりも今考えるべき問題は七宮だ。

 この海上都市全体を巻き込むような厄介な騒ぎを起こした犯人は七宮である可能性が高い。

 1STリーグ最終試合後の騒ぎのせいで七宮はリアトリスのコックピットから出られなくなっているみたいだし、問い詰めるなら今がチャンスだ。

その後どうやって話を聞き出すか、その方法を考えていると海上アリーナが見えてきた。

「そろそろだな。」

 ツルカにもそれが見えたのか、アリーナに到着してからの予定を立て始める。

「……確かリアトリスはコックピットが変形して開けられないから、ハンガーまで運ばれたんだよな?」

「うん、リオネルがそう言ってた。」

「じゃあすぐにリフトに乗ってダークガルムのハンガーに……っ?」

 話の途中でツルカの声が途切れる。しかし通信機に異常は見られず、ツルカ本人が言葉を止めたようだった。

 それを不審に思った結城はすぐにツルカに声を掛ける。

「どうしたんだツルカ。」

「ユウキ、あれ……」

 『あれ』と言われても何が何だか分からない。

 しかし、結城は進行方向にある海上アリーナの様子を見て、ツルカがなぜ言葉を失ったのか、その理由を知ることができた。

「まさか……なんでリアトリスが!?」

 結城の視線の先、海上アリーナには仁王立ちしているリアトリスの姿があったのだ。

 そのリアトリスは試合後と同じ状態で首から上はない。私の記憶が正しければリアトリスはサマルに頭部を刎ね飛ばされて動けないはずだ。……にも関わらずハンガーからアリーナまでどうやって移動したのだろうか。

 頭部パーツを失ったリアトリスが動いているのも驚きだが、それはバッテリーを装着すれば動けるので一応の説明はつく。しかし、施設内のスタッフがそれを許すだろうか。

 答えは否だ。

 しかも、アリーナ上にあったはずのVFやヘリの残骸も綺麗サッパリなくなっている。多分海にでも落としたのだろう。

 そんなアリーナの状況を見て、結城は嫌な予感しか感じられなかった。

「……どうするツルカ。」

 ヘリコプターに吊るされている今の私たちはかなり無防備だ。もしリアトリスに攻撃の意思があるなら着陸前にやられてしまう。

 それなのに、ツルカからは楽観の言葉が返ってきた。

「リアトリス、突っ立ってるだけで動いてないみたいだし着陸しても大丈夫っぽいぞ。それに、攻撃するつもりならアサルトライフルで撃ってきてるだろうし。」

 ツルカの言う通り、アリーナに立つリアトリスは微動だにしていない。

(不気味だ……。)

 結城はリアトリスに頭部がないのを分かっていても七宮の視線を感じていた。

 そのせいか、ヘリコプターを降下させた瞬間に、急に動き出したリアトリスに攻撃されるという光景が何度も頭をよぎっていた。

(でも降りないわけにもいかないしなぁ……。)

 このままアリーナの周りを飛ぶわけにもいかない。早くこの騒ぎを終息させねばならないのだ。

「……よし。降りる。」

「慎重にな、もしもの時はボクがアカネスミレを抱えて飛び降りるから、安心していいぞ。」

 ツルカの後押しの言葉を耳にしつつ、意を決した結城はヘリコプターを海上アリーナに寄せていく……。

 その視線はアリーナにいるリアトリスに釘付けで、少しでも動きがあればすぐにでも逃げるつもりだった。

(動かないな……。)

 しかしこちらの心配も虚しく、アリーナに佇む首無しで漆黒のVFは動かない。それを不気味に思いつつも結城は慎重にヘリコプターの高度を下げていく。

 やがてヘリコプターはアリーナに着陸し、それと同時にファスナが私の乗るアカネスミレと共にヘリから降りた。

 2体は無事にアリーナの床に足をつき、無事にアリーナに降り立てた。

 ツルカはこちらの体を支えつつ、未だに動かないリアトリスを見つめていた。

「全然動かないな……。実はアレ壊れてたりして。」

「そんなわけないだろ。……多分。」

 ツルカの緊張感のない声に適当に返事をしながら、結城は輸送ヘリのコントロールを解除してアカネスミレの操作に移行する。

 すると、アカネスミレはファスナに預けていた体を起こして自立した。

 輸送ヘリの操作をしながらアカネスミレを操作することもできなくはないだろうが、やはり安全を考えるとどちらか一方の操作に集中したほうがいいに決まっている。

 何事も無く海上アリーナに降り立てたのは良かったのだが、それだけで終わるわけもなく、こちらの着陸を見計らったかのようにリアトリスが動き始めた。

「やっぱり待ってたんだな……。」

 そのツルカの声には落胆の色が混じっていた。動くと予想はしていたものの、やはり実際に動かれると辛いものがある。やはり、事は簡単には進んでくれないようだ。

 動き出したリアトリスは滑るように歩み寄ってきて、私たちのVFから少しだけ距離をとって停止する。

 そして間もなく外部スピーカーで拡張された七宮の乾いた声がアリーナに響き始めた。

「ようやく僕が犯人だって気が付いてくれたね。……でも、まさか君たち2人がダグラス本社のフロートユニットまで出向くとは思ってなかったよ。」

 七宮は開口一番に自らの罪を自白した。

 その罪とは、わざわざ輸送船を用意して、遠隔操作で暴走させたVFを海上都市の各所に派遣し、破壊活動をさせるように仕向けたことだ。

 これに何の意味があり、どんな目的を達成するつもりだったのかは理解できる気がしない。……が、この先にも何かやろうとしているのなら、それを止めねばならない。

(ほんと、何考えてるんだろうな……七宮は。)

 七宮が犯人だと予想はしていたものの、その本人がここまであっけらかんと白状するとは思っていなかった。

 そんな動揺のせいか、結城は同じ言葉を繰り返してしまう。

「や、やっぱりお前の仕業だったんだな。」

 スピーカーで拡張された声はきちんとリアトリスのコックピットまで届いたようだ。

 七宮はリアトリスの腰に提げた刀の柄を指先で弄りながら答える。

「うん、だからその通りだよ。結城君のことだから真っ先に僕を疑うかと思ったけれど、案外時間がかかったみたいだね。……その時間を利用してアリーナの上を掃除させてもらったよ。綺麗になっただろう?」

 そう言いながらリアトリスは両手を大きく広げてくるりと回る。

 上空から見た時既に海上アリーナが綺麗になっているのは確認していたので、結城はあまりこれといった反応ができなかった。

 ツルカは言葉を発するつもりもないのか、黙ったまま臨戦態勢を取っていた。

 リアトリスはその場で大袈裟に回転してみせた後、こちらにゆっくりと近づいてくる。

「それも邪魔になるね。」

 歩きながら七宮はそう言い、自然な動作で抜刀した太刀の切っ先を輸送ヘリに向けた。

 周囲には抜刀した際に生じた小気味のいい音が響いており、それに反応して結城はロングブレードを握り締める。

 文字通りこのブレードではあの刀に太刀打ち出来ないが、牽制くらいにはなる。

 そう思ってリアトリスに向けてロングブレードを構えるも、リアトリスは歩みを止めることなくどんどん接近してくる。

 そのリアトリスからは全く攻撃の意思が感じられなかった。

「……。」

 そのせいで私は近付いて来るリアトリスに対して何もできず、リアトリスは私の真横を通り抜けて輸送ヘリ付近まで到達してしまった。

「これも海に落としておこうかな。」

 そんな七宮の声がしたかと思うと、私の見ている前でリアトリスは太刀を振り、ヘリのプロペラを切り刻み始めた。

 その太刀を振る所作は破壊行為でありながらも美しく、不覚にも結城はヘリがバラバラにされていく様子をぼんやり見ていることしかできなかった。

 ツルカも私と同様に動けないのか、ファスナもその場から一歩も動かない。

 あれよあれよという間に輸送ヘリはいくつかのブロックに分けられてしまい、その破片はリアトリスに蹴り飛ばされて海に沈んでいった。

「これで完璧だね。ぶつかる心配もないよ。」

 七宮はそれで満足したのか、太刀を鞘に仕舞うとこちらに体の正面を向けてきた。

 そこでようやくリアトリスの動きが止まり、結城は正気に戻ることができた。

(何ぼーっとしてんだ私……。リアトリスを止めて七宮を引き摺り出さないと!!)

 そう思い、結城はロングブレードをしっかり構えてリアトリスに向けて走り始める。

 リアトリスはと言うと、私が接近しているにも関わらず武器を手にせずただ立っているだけで、かなり隙だらけに見えた。

 ――しかし結城が攻撃の手を緩めることはない。

 リアトリスが攻撃圏内に入るとすぐに結城はロングブレードで斬りかかり、渾身の一撃を放った。

 ロングブレードは理想的な軌跡を描き、若干下方からリアトリスの脇腹目掛けて進んでいく。だがその最中、ブレードの進路に障害物が出現した。

「……!!」

 それはリアトリスが高速で抜刀した太刀だった。

 その結果、こちらのブレードは驚くほど簡単に太刀に塞がれてしまった。

 それだけでなく、リアトリスはロングブレードを受け止めると同時に弾き返し、そのせいで結城はブレードごと押し返されてしまう。

 こちらの初手に完璧に対処した七宮は笑っていた。

「フフ……なかなかいい太刀筋だよ結城君。でも少し遅すぎやしないかい? 君の実力はこんなものじゃないと思うんだけどなぁ。」

「く……。」

 実を言うとさっきの攻撃はかなり本気だった。それこそコックピットを破壊するほどの迷いのない攻撃だったと思う。

 そんな私の攻撃の最中に七宮は抜刀し、それを正確にこちらの太刀筋に理想的なタイミングで合わせてきた……。それだけ七宮は速く、そして上手く刀を操っている。

 さらに、七宮は私にVF操作を教えてくれた人間であり、私の動きはほぼ完璧に把握されている。つまり、先ほどの斬撃は防がれるべくして防がれたのだ。

 そんな相手と対峙すれば簡単に戦意喪失してしまいそうなものだが、結城の闘志はそれを遥かに上回っていた。

「覚悟しろよ七宮。お前をコックピットから引きずり降ろして、この馬鹿みたいな騒ぎを終わらせてやる。」

 敵意丸出しでそう宣言しても、七宮は楽しげに受け答えを続ける。

「珍しくやる気だね結城君。……そうだ、そっちのキルヒアイゼンのお嬢さんも遠慮なく来るといい、2体同時に相手をしてあげるよ。」

「……。」

 七宮に指名されてもツルカは沈黙を保っていた。

 ツルカは以前の試合で七宮に負けてしまっているし、まだその時の感覚が抜けていないのかもしれない。

 私だって少なからず恐怖を感じているのだから仕方ない。しかし、だからと言って私まで戦わない訳にはいかない。

「舐めるなよ、私一人で十分だ!!」

 結城はロングブレードの切っ先をリアトリスに向け、姿勢を低くして構える。

 剣を向けられた七宮はと言うと、何故かまた太刀を鞘に戻していた。

 居合術でも使うのだろうかと思っていたが、それは単なる休憩らしく、七宮は呑気な口調でこちらに話しかけてきた。

「まぁまぁ結城君、少し落ち着いたらどうかな。……その武器じゃあまともに戦えないと思うよ。」

「なに……?」

 言っていることの意味がわからず訊き返した瞬間、それを見計らったかのようにロングブレードが真ん中からポッキリと折れてしまった。

「!?」

 本体から離れたブレード部分はアリーナの地面に落下し、突き刺さる。

 その時ブレードの断面が上を向き、結城はそれをよく観察することができた。

(そんな……。)

 ブレードが折れた箇所は先程リアトリスの太刀と接触した部分であり、切り口は恐ろしいほどに綺麗だった。多分、私が超音波振動装置を起動させたためにブレードの亀裂が広がって折れてしまったのだろう。

 それを見つめていると、七宮がこちらにアドバイスを送ってきた。

「確かリフトに定規みたいな剣があっただろう? 待っていてあげるから取りに行くといい。」

 七宮に教えられ、結城は今更ながらその武器の存在を思い出す。

(ネクストリッパーか……。)

 多数との戦いでは役に立たないとリフトに置きっぱなしにしていたのだ。

 七宮の言う通りにするのは癪だが、折れた剣を使って勝てるような相手ではないことも重々承知だったため、ここは七宮の提案に従うことにした。

 結城は急いでアリーナの端っこのリフトまで移動すると、そこに折れたロングブレードを置いて、替わりにネクストリッパーをアカネスミレに持たせる。

 武器を一つ失ったのは戦力的に痛手であるが、寧ろロングブレードが壊れてくれて好都合だったかもしれない。これならリアトリスの太刀だって簡単に破壊できるはずだ。

 ネクストリッパーを手にした結城はそのままリアトリスの元までダッシュする。

 数十メートルあった距離が瞬く間に縮まり、結城は会話もすることなくリアトリスに斬りかかった。

 リアトリスはこちらの攻撃を回避し、すぐに七宮の楽しげな声が聞こえてくる。

「せっかちだなぁ結城君は。よっぽどその剣に自信があるみたいだ。」

 そして七宮は避けざまに太刀を抜き、戦闘が始まってから初めてこちらに攻撃を放ってきた。その斬撃は速かったものの、対処できない程ではなかった。

 これなら相手の太刀にネクストリッパーをぶつけることはできそうだ。そうすれば太刀の振動数を計測できて、武器破壊の足がかりになる。

 しかし刃の部分に当てると、またこちらの剣が壊れかねない。

 当てるなら刃とは逆の部分……つまり、峰に当てる必要があるということだ。

(難しそうだな……。)

 出来ないことは無いだろうが、そんな事をして相手に隙を与えてしまっては元も子もない。理想的なのは相手の刀に触れずにVF本体にダメージを与えることなのだが、あの抜刀の速さを見た後ではどんな攻撃も太刀で防がれてしまうのは明らかだった。

 そんな事を考えながら結城は七宮と剣戟を交わす。

「ほらほら、妹君も……ツルカ君も攻撃してきたらどうだい? 遠慮しなくてもいいんだよ。」

 ツルカに話しかける七宮の声にはまだまだ余裕があった。

 こちらは避けるので精一杯なのに、向こうは準備運動程度の動作なのかもしれない。

 そんな七宮の態度に苛つく暇もなく、結城はリアトリスの太刀を躱し、その太刀を破壊するためのチャンスを窺う。

 すると、遅れてツルカから返事があった。

「遠慮なんかしていない……。」

 その言葉は七宮に向けられていたが、続く二言目は通信機を使って私だけに話しかけてきた。

「――ユウキが戦い続ければいつかは七宮にも隙ができる。ボクはその時を狙って動く。」

 小声で伝言を送られ、結城は「うん」と短く返答する。

 下手に2人がかりで戦っても同士討ちになる可能性もあるし、七宮が誘ってくるのはどう考えても怪しい。ツルカもその怪しさを感じ取っているようだ。

 そうと決まればツルカを利用しない手はない。

(なるべく自然に……と。)

 結城は何とかリアトリスを誘導し、アカネスミレとファスナで挟み撃ちできるような配置に持っていく。

 その間も七宮との剣戟の応酬は続いており、お互いにダメージがないままチャンバラを続けていた。こうやって渡り合えているのも単に七宮が手加減しているからだろう。やり合っていても相手からこちらに踏み込んでくることはなく、遊ばれているのは間違いなかった。

 ……だが、その余裕が命取りになる。

「七宮!!」

 急に聞こえてきたのはツルカの掛け声だ。これは七宮の注意を逸らすための作戦だろう。

 ツルカの思惑通りにリアトリスの反応が一瞬鈍り、背中へ注意を向けたために体が硬直する。それを見越していたのか、ファスナは死角から滑りこむようにリアトリスに忍び寄り、素早いブローパンチを繰り出した。

 ファスナのブローパンチはリアトリスのボディの側面を捉えていたものの、その背後からの攻撃に対して七宮は咄嗟に太刀を横薙ぎにした。

 その横薙ぎはリアトリスの斜め後方の広域をカバーする攻撃だったが、ファスナは太刀が振られた位置とは逆の空間に身をねじ込んでおり、斬撃を受けることはなかった。

 もちろん回避の際にファスナの体勢は崩れ、ボディーブローもなし崩しの攻撃になってしまう。……だが、命中させることに意味があった。

「もらった!!」

 ツルカが叫ぶと同時にファスナの拳がリアトリスに命中する。

 斬撃を放った瞬間にその攻撃を受けたため、リアトリスのバランスは崩れて結城側に背中を向ける体勢になった。そして、同じように後方に振りぬかれた太刀も半回転して無防備な刃を見せていたのだ。

 これは絶好の機会であった。

(……チャンス!!)

 結城は迷うことなくその太刀を狙い、地面と水平になっている刀身目掛けて真上からネクストリッパーを振り下ろした。

 太刀は振り下ろされたネクストリッパーと共に地面に叩きつけられ、その切っ先が地面に突き刺さった。太刀の持ち主のリアトリスは完全に対応できていないらしく、アームは太刀を保持できていたものの、叩きつけられた際の衝撃のせいで振り回されていた。

 これで太刀の振動数の計測が完了し、すぐに太刀を切れる状態になった。

 ――本当ならリアトリスに隙ができた瞬間に本体か腕を破壊すべきだったかもしれない。

 しかし、太刀の振動数を計測してしまった以上、今更他の目標を斬ることもできず、結城は再びネクストリッパーを振り上げて狙いを定める。

(まぁ、そっちはツルカに任せるか……。)

 刀さえ無くなればリアトリスは恐るるに足りない。

 そう考えつつ、結城は太刀を使用不能にするべく、ネクストリッパーを振り下ろした。

 ネクストリッパーは対象の固有振動数を計測し、それを元にして最も破壊しやすい振動数に設定し、対象に対して最強の切れ味を得る武器だ。

 例えそれがどんな物であろうと、一度当てれば二度目は必ず斬れる。

 そう思っていた結城だったがネクストリッパーが太刀に触れた瞬間、その考えは完璧に打ち砕かれてしまった。

 なんと、リアトリスの太刀は切れず、逆にネクストリッパーがまっぷたつに折れたのだ。

「え……?」

 それは一瞬の出来事であり、あまりの予想外の衝撃に結城はネクストリッパーを振り下ろしたままの体勢で数秒ほど固まってしまう。視線の先にあるのはリアトリスの太刀だ。

 太刀は欠けてすらおらず、綺麗な刃紋を浮かび上がらせていた。

「……結城君も学ばないねぇ。そんなガラクタ同然の武器で僕の刀を壊せるわけがないだろう?」

 七宮の声は笑っていた。

 それは予想通りというか、こちらの攻撃を全て見透かしたような言い様であった。

(まさか……。)

 それだけで、結城は七宮がわざと刀に攻撃させたことを悟ってしまう。

 七宮には無防備に刃を晒すだけの自信があったというわけだ。

 まんまと七宮に乗せられてしまい、結城は唇を噛む。そして、本当にガラクタ同然になってしまったネクストリッパーを捨てて、未だに背中を向けているリアトリス目掛けて蹴りを放った。

 だがその蹴りは当たらない。

 リアトリスはこちらの蹴りを陸上競技の背面跳びのように跳んで避け、地面に片手を付いてバク転してこちらから距離を取った。

 そして太刀を見せびらかすように掲げたかと思うと、聞いてもいないのにその太刀について説明し出した。

「この刀は『鋼八雲』という名前でね、その名の通り、無数の様々な特性を持つ金属を幾重にも組み合わせた構造になっているんだ。それこそ立体パズルのように複雑にね。」

 実際の日本刀は硬い鋼や柔らかい鋼を組み合わせて刃を造っていると聞いたことがある。七宮の持つ鋼八雲は鋼だけでなく他の特殊な金属も使われているようだ。もしかすると金属以外の物質も使われているのかもしれない。

 とにかく超頑丈で切れ味がいいということは十分に伝わっていた。

「呑気に説明なんかするな!!」

 その説明の途中、思い出したようにツルカがリアトリスに向けて飛び掛かっていく。

 リアトリスはファスナの猛攻を受けるも、七宮は回避しながら説明を続けていた。

「この刀を切りたければ、全く同じ箇所に数ミリの狂いもなくさっきの武器を打ち当てることだ。まぁ、こんなアドバイスをしても肝心の武器が壊れてるし、もう意味がないだろうけど……ね!!」

 七宮は話し終えると同時にファスナの攻撃を絡めとり、こちらに向けて投げ飛ばしてきた。

 ファスナはかなり高く投げ飛ばされたものの、すぐに空中で姿勢を正してこちらの近くに綺麗に着地した。

 すると、またしても七宮は鋼八雲を鞘に納刀した。

「どうする結城君、素手でやり合うかい? それでも十分こちらのボディを破壊できると思うよ。……君が攻撃を当てることが出来ればの話だけれど。」

 首の無いリアトリスは両腕をプラプラと振りながら挑発するようなジェスチャーを繰り返していた。

 ここまで舐められて腹が立たない人間はいない。

(くそ……。)

 結城、ツルカ共に目つきが悪くなるほど腹立たしさを感じており、今すぐにでもリアトリスをめちゃくちゃに破壊したい気持ちでいっぱいだった。

 しかし同時に、七宮の次元の違う強さに呆れるほど驚いていた。

「ユウキ、二人がかりで行くぞ。背中のバッテリーさえ壊せればボクらの勝ちだ。」

「うん、そこを集中して狙えばいいんだな?」

「いや、ユウキは普通に戦ってくれたのでいい。ボクが背中を狙う。」

 相手が強ければそれなりの戦い方があるというものだ。二人で挟めば相手は常にどちらかに背中を向けることになり、バッテリーを狙える機会が圧倒的に増える。

 もう卑怯だとか言っていられる状況ではない。七宮を止める為ならどんな手段であれやらねばならないのだ。

 そうと決まると早速結城はアカネスミレの拳を固く握らせ、リアトリスに向けて走る。結城と同じくツルカも走りだし、二体はリアトリスの両翼から挟みこむように接近していく。

 そして、二体同時にリアトリス目掛けて攻撃を放った。

 ところが、コックピット付近を狙ったアカネスミレのストレートパンチはリアトリスの腕に阻まれ、ファスナの蹴りも足の裏の窪みで器用に押さえ付けられていた。

「なっ……!?」

 同時に防がれたことは勿論驚きだったが、それよりも二体の攻撃に耐えたリアトリスの性能にも驚いていた。

 私たちのVFはどちら共FAMフレームを使用した高出力の機体だ。その二体分の攻撃を受け止められる出力がリアトリスにはあるということになる。恐ろしいほどの性能だ。

 流石は鹿住さんが作ったVFだ――と言いたいところだが、今はそんな事を考えている暇はない。

 結城は怯むことなく素手での攻撃を続け、相手に反撃の余地を与えないように絶え間なく連続攻撃を繰り出す。その度にリアトリスはこちらの攻撃を的確に防いでいた。

 しかし、同時にファスナの攻撃にも対応するのは困難らしい。ファスナの蹴りに対しては大雑把な防御行動を取っていた。

(いいぞツルカ、このままいけば倒せる!!)

 ファスナは相手の間合いの中で素早く動き、私が見ても異常なほど近い距離でのインファイトを行なっている。私はそのツルカの攻撃からリアトリスが逃げられぬよう、押し返す役目を担っていた。

 とにかく、確実にリアトリスを追い詰めているのは事実だった。

 だが、相変わらずリアトリスからは七宮の余裕たっぷりの声が聞こえてきていた。

「うんうん。僕の教えた通り、堅実でいて思い切りのいい戦い方だ。……でも、まだまだ僕やイクセルには及ばないみたいだね。」

 七宮がそう言ったかと思うと、リアトリスは急に機敏に動いてアカネスミレとファスナの片腕を掴む。そして一瞬のうちに関節技を決め、2体は為す術もなくその場に跪いてしまった。

 片腕のパワーだけで動きを止められるとは思ってもおらず、結城は七宮の技とリアトリスの性能の高さを嫌というほど味わっていた。

 その状態のまま七宮は偉そうに喋る。

「教えてなかったかな? 打撃攻撃は見た目は派手だけど、装甲がある分ダメージは届きにくい。その点、フレームごと捻じ曲げる関節技は、ほんの少しの力でも十分に有効なんだ。それはこれから覚えればいいとして……そろそろ負けてもらうよ。」

「……!!」

 現在、アカネスミレは片腕を背中に回されている状態にあり、リアトリスの手は背中のバッテリー付近に押し当てられている。もしアカネスミレのフレームが普通の機械式フレームならば関節はモーターで360度回転できるように制御されているので、技から抜けることができる。

 対してFAMフレームは人体の筋肉の構造を模しているので、無理に技を外そうとするとフレーム自体に大きなダメージを与えかねないし、そもそも自力で抜け出すことが難しいのだ。

 そんな事を考えている間にもリアトリスの手はアカネスミレの脊髄部分にあるバッテリーを捉えており、どんどん力が加えられていた。頑丈なフレーム内に収納されているとはいえ、バッテリーが壊されるのも時間の問題だった。

 そんな時、リアトリスを挟んで向こう側にいるファスナから破砕音が聞こえてきた。

 バッテリーが壊されたのかとも思ったが、それは何かが『外れた』ような音であり、『潰れる』といった類の音ではなかった。

 結城はその音の正体を探るべくアカネスミレのアイカメラをファスナに向ける。すると、結城が見るよりも先にツルカが凄みのある声を発した。

「――油断したな七宮。」

 結城が見たのは片方のアームを失ったファスナの姿だった。

(なるほど、自分から腕をパージしたのか……。)

 技から抜ける為だけにアームを切り捨てるとは、咄嗟の判断にしてはうまい方法だ。

 外れた腕はと言うとリアトリスの腕をしっかりと掴んでいて、外れた断面からはケーブルのような物がいくつも飛び出ていた。

 ファスナの重要な攻撃手段である腕を捨てるのは些か勿体無いが、それを一つ捨てだだけの成果はあったようで、ファスナはリアトリスの背後に素早く潜り込むことができていた。

 そして瞬く間もなくファスナは残された方の腕を後ろに引き、全身のバネを利用した必殺と言えるほど鋭い貫手突きを放った。

 そのツルカの攻撃に迷いは見られず、綺麗に揃えられたファスナの指はいとも簡単にリアトリスの背中の装甲を貫通する。そしてファスナが手を抜き去った時、その手にはリアトリスのバッテリーが握られていた。

「やった!!」

 その円柱状の巨大なバッテリーを見て結城はこの騒ぎが終わったことを悟った。

 ――いや、終わったと思っていた。

「まだだユウキ!!」

「え?」

 ツルカに大声で警告され、結城はアカネスミレの操作に違和感があることを認識する。そして改めてリアトリスを見ると、信じられない光景がそこにはあった。

 なんと、バッテリーも頭部のレシーバーも無いというのに、リアトリスは未だに動いており、アカネスミレに関節技を決めたままの体勢を維持していたのだ。

 それは機能停止したVFには不可能なことであり、そのせいで結城は混乱してしまう。

「どうして? だってバッテリーは……」

 ツルカが抜き取ったはずだ。今だってファスナの手の中にある。

 でも、リアトリスが通常通り動いているのは紛れもない事実だ。

 つまり、終わったというのは私の勝手な思い込みだったのだ。

(くそ……くそっ!!)

 七宮相手に一瞬でも気を抜いてしまった自分に腹が立つ。

 七宮がどういう男なのか、私はそれなりに理解していたはずだ。……悔しいが、七宮はあんなに呆気無く簡単に負けるようなランナーではないのだ。

 彼の強さは誰よりも私が分かっていたし、過去にあのイクセルと互角に戦えていたランナーが敵に背中を見せるようなミスをするわけがない。

 リアトリスがアカネスミレの背中の装甲を押しつぶしていく感触をコンソール越しに感じていると、七宮が囁くように話しかけてきた。

「とうとう本気を出してくれなかったね結城君……。残念だよ。」

 それからもリアトリスの腕から力が抜けることはなく、みるみるうちにアカネスミレの背中の装甲は音を立てて破壊されていき、すぐにバッテリーも壊されてしまった。

 その時点でアカネスミレは機能停止し、駆動音が全く聞こえなくなった。

 辛うじて機能しているアイカメラはリアトリスの姿を写していたが、やがてそれも頭部ごと潰されてしまった。

 ものの数秒でアカネスミレはその戦力を完全に失い、重力に引かれてアリーナの上に倒れこむ。その時の衝撃は些細なものだったが、結城にとってはその衝撃が何倍にも感じられた。

「やっぱり、不意打ちするような戦い方だと結城君の本気を引き出すのは難しいみたいだ。先にツルカ君を倒して1対1にしておくべきだったかな。……まぁいいさ、次のシーズンの試合のときには本気でお願いするよ。」

 暗くなったコックピットの中で、結城は七宮の言葉を聞いていた。

(……次のシーズンだって?)

 こんな事をしでかしておいて、次のシーズンも何もあったものではない。あいつは海上都市群を混乱させた罪人として罰せられるべきであり、VFBに出場するなんて許されないし、私が許さない。

 今この場でコックピットから引き摺り出さねばならないのだ。

(とにかくアカネスミレから出て、別のVFでリベンジだ。)

 海上アリーナの下には幾つものハンガーがある。探せば最新のVFの1体や2体見つかるはずだ。

 そう思いコックピットから脱出しようとすると、かなり遅れてツルカの驚きの声がアリーナに響いた。

「な、なんでまだ動いてるんだ!? バッテリーはさっきボクが抜き取ったはずで……」

「そうだった。何でなんだ?」

 口に出して言ってみるも既に外部スピーカーは使えず、こちらの言葉は通信機の向こうにいるツルカにしか届いていなかった。

 ツルカに質問された七宮はリアトリスの動きを止め、律儀に質問に答え始める。

「簡単に説明すると、そうだなあ……、僕が今乗っているVFに使用されてるフレームが、鹿住君が新しく開発したものだと言ったら分かってくれるかな?」

(……なるほど。)

 鹿住さんの名前が出るだけで納得してしまうのだから恐ろしい。

 ツルカもそのことを十分に理解しているらしく、「カズミめ……」と恨めしそうに言葉を漏らしていた。

 七宮が話している間、ファスナもリアトリスも動く気配がなかったので、結城は思い切ってコックピットから外へ出てみることにした。

 試合中なら危険行為と見なされて即失格だが今は関係ない。

 結城はHMDを外してメガネを掛けると、俯せになったアカネスミレから出る。そしてそのままこっそりハンガーに移動するつもりだったが、すぐに七宮に発見されてしまった。

「無事だったみたいだね結城君。危ないから施設内に隠れてたほうがいいと思うよ。……それまで待っていてあげようじゃないか。」

(有難い御言葉だな……。)

 結城は素直に七宮に従わず、その指示に逆らってリアトリスの前まで堂々と歩いて行くと、声を張り上げて七宮に質問を投げかけた。

「鹿住さんが作ったフレームってどんなフレームなんだ? 話が聞けるまでここを退かないぞー!!」

 悔しいが、エネルギー供給を受けていないリアトリスが何故動けるのか、かなり気になっていた。それに、フレームの特性を知っていおけばまた戦うときに有利になるので、聞いておいたほうがいいに決まっている。他のフロートにいるみんなの防衛が成功すれば残るのは七宮だけだし、その時のことを考えると知っておくに越したことはない。

 これも相手が七宮だからできた行動だ。

 もし相手がただの単なるテロリストなら、問答無用で踏み潰されていたはずだ。

 そんな私の考えを汲んだのか、七宮はため息混じりに呟いた。

「本当に逞しい女の子だよ、君は。」

「……。」

 褒められているのか貶されているのか、その判断に苦しんでいると、七宮はすぐに鹿住さんが開発した新フレームについての話を再開させた。

「――これは『ナムフレーム』と言う第3世代型のVFフレームらしくてね、動力機構自体がエネルギー発生装置の役割も果たしている優れ物なんだ。なんでも、バイオパーツが使われているらしい。鹿住君の発想には毎度驚かされるよ。」

 それだけで理解できるほど私の頭は良くない。

 私が胸の前で腕を組むと、七宮は更に詳しい説明を続ける。

「簡単に言うとFAMフレームの正当な進化系だね。駆動系それ自体がバッテリーの役割を果たすわけだから人の筋肉により近くなっているし、そのお陰でエネルギー容量が大幅に増強されているわけだ。鹿住君の計算だと76時間も補給無しで作戦行動できるらしいんだよ。フフ……。」

 そこまで言って七宮は小さく笑った。

 何が可笑しいのか、声しか聞こえないので全く予想もできないが、それは何かを思い出した時に発せられる、気の抜けるような笑い声だった。

「76時間だから“ナム”フレーム……ネーミングセンスは悪いかもしれないけれど、わかりやすくていいと思わないかい?」

 ただの駄洒落ではないか。

 よくもこんな下らないことで笑えるものだ。

 こちらがあからさまな呆れ顔を返事替わりに向けると、七宮は何も言うことなくナムフレームの説明に戻った。

「名前はともかくバイオパーツが厄介なんだよね。かなり高価なのはもちろん、エネルギーを生み出すバクテリアセルも定期的に入れ替えないといけないし。でも、その欠点を除けば軽量で出力も高い、最高のフレームだよ。どうだい、結城君も欲しくなってきただろう。」

(確かに膂力は凄かったし、すごいフレームには違いないな。)

 でも、ここまで進化してしまうとスポーツマシンの領域を離脱しているように思える。やっぱりVFBは限られた性能の中でどれだけ上手く闘えるかを競うスポーツであって、VFの性能だけを強化してしまったらランナーの存在感が薄れてしまうような気がする。

 このナムフレームはVFと言うよりは寧ろ、ただの人の形をした戦闘兵器なのではないだろうか……。

 色々と考えていると、先ほどの緊張感のないセリフと打って変わって、急に七宮の声のトーンが変化する。

「……つまり、僕を止めたければコックピットを狙うことだ。僕を殺す以外にこのナムフレームを搭載したリアトリスを止める方法はないよ。こんな答えで満足かな、結城君?」

 七宮はそう言うと、すぐにリアトリスを動かし始める。

「うわ、ちょっと……。」

 正面にいた結城は大きな脚に蹴られぬよう、慌てて真横に逃げた。

 ツルカはそんな私を見て、先ほどの七宮と同じく警告してくる。

「ユウキ、ホントに危ないから下に行ってて。後はボクが何とかするから。」

「ツルカ……。」

 あんな化け物じみたVF相手に何とか出来るわけがない。

 となれば、できるだけ早くVFを見つけて戻ってこなくてはならない。ついでに、応援も呼んだほうがいいかもしれない。

 結城はツルカの指示に従ってハンガーまで降りるべくスタッフ用の昇降口に向かう。

 すると、背後からツルカと七宮の言い合いが聞こえてきた。

「おい七宮、そのVFで何するつもりなんだ。」

「『何』って、人聞き悪いなぁ。そもそも君らから攻撃してきたんじゃないか。」

 ふと振り返って様子を見ると、ファスナとリアトリスの2体はかなりの近距離で向き合っている状態にあった。どちらも手が届くか届かないか、ギリギリの場所に立っているように見える。

 七宮の指摘に対し、ツルカは言い返した。

「そりゃボクらから攻撃したけど、そっちも戦う気満々だっただろ。先に刀を抜いて輸送ヘリ斬ったのはそっちなんだからな。」

「あ、そう言いばそうだったね。」

 そんな七宮の緊張感のない言葉の後、ここぞとばかりにツルカは話を続ける。

「いいか七宮、ダグラス本社付近にいた遠隔操作の暴走VFたちはボクたちが全部片付けたし、もうじき他のフロートの防衛をしてるみんなもここに集まってくるはずだ。そうなれば何体ものVFを相手にすることになるぞ。プロのランナー集団には絶対に敵わない、だから諦めてコックピットから降りて……」

「――言い忘れてたね。」

 七宮はツルカの説得じみたセリフを中断させ、新しい情報を口にし始める。

「ジン君とミリアストラ君とローランド。これみんな僕の協力者なんだ。彼らにはみんなの足止めを頼んでいるから、彼らがいる限り海上アリーナには誰も来ないよ。」

(そうだったのか……。)

 結城はそれを聞いて自分の中で妙に納得してしまう。

 ミリアストラさんやローランドさんに関しては軍の基地に不法侵入した時に七宮との関係性を知ってしまっていたからだ。……ジンは知らない。

 それだけで七宮の言葉は終わらない。

「それと、ダグラス本社に40体の遠隔操作VFを追加するよ。誰も助けにいけないし、これでダグラス本社フロートユニットは終わりだね。」

 リアトリスの外部スピーカーから発せられている七宮の声は、アリーナの端に向かっている私にもよく聞こえていた。

「嘘だろ……」

 今、ダグラス本社付近にはアルザキルに乗った女性ランナーしかいない。40体もの大群が押し寄せてきたら彼女一人では到底対処できない。

 名前も知らない彼女の安否を憂いていると、ツルカの威勢のいい声が聞こえてきた。

「まだ勝負は終わってないぞ。ボクがお前を倒す!!」

 ツルカは片方しか残っていない腕を上げて、リアトリスを指さしていた。

 すかさず七宮は誂うように言い返す。

「腕を一つ失っても僕に勝てる気でいるのかい? かなりの強気だね。」

 七宮と同じく、結城にもツルカのセリフは虚勢を張っているようにしか思えなかった。

 だがツルカは強気であり続ける。

「あれはわざとパージしたんだ。それに、お前だって頭がないだろ。」

 頭部がないことを指摘され、七宮はリアトリスの手で首元を撫でながら感心したように言う。

「……これは一本取られたね。確かにその通り、僕がとやかく言う必要は無いみたいだ。」

「何言ってるんだ、一本取られたのはボクの腕の方だ!!」

「フフ……上手いこと言うじゃないか。」

 そこで会話は終了し、やがてリアトリスがファスナに向けて手を差し伸べる。

「結城君も十分離れたことだし、……さあツルカ君、お手をどうぞ。」

 それは女性をダンスに誘う時のような、大袈裟でいて敬々しい動作だった。

 ツルカにとってその動作は挑発以外の何物でもなく、ツルカは無言のままリアトリスのその手を払いのけ、続けざまに上段蹴りをかましていた。

 それを皮切りに、ツルカの操る隻腕のファスナと七宮の操る首無しのリアトリスの戦いが再開された。

 腕を失ったファスナが勝てる可能性は極めて低いが七宮ならばツルカに怪我をさせる心配はないだろう。敵だというのにそういう所だけは信用できてしまうのがまた悔しい。

 とにかく、結城はその場をツルカに任せて替えのVFを探すべく、アリーナから施設内に入っていった。

 ――昇降口から施設内に入ると、大きく聞こえていたファスナとリアトリスの格闘音もだんだん小さくなり、数メートルも進むと何も聞こえなくなった。その代わりに耳に届くのは自分の足音だ。

 下へ向かう階段は非常灯で照らされてたが結城にとっては暗く、そのせいで階段を踏む足音のテンポは悪かった。

 そんな不規則な足音を自分で聞いていると、不意に携帯端末の着信音が聞こえてきた。

 しばらく結城は何の疑問も持たずその音を耳にしていたが、4回ほどコールが鳴った所でその携帯端末が自分のものであることに気付いた。

(そう言えば、携帯持ったままだったな。)

 ランナースーツに着替えないまま制服でVFに乗っていたのをすっかり忘れていた。

 結城は階段の踊場で一旦足を止めると、制服のポケットから携帯端末を取り出して耳にあてる。

 すると、耳にあてたスピーカー部分から幼馴染の声が聞こえてきた。

「――やっと繋がった。……結城、大丈夫か。」

「諒一!? ホントに諒一か?」

 信じられない。さっきは圏外で通じなかったのに、こうも簡単につながるなんて……。

 しかし、私が諒一の声を聞き間違えるわけがない。

「ああ、声を聞けば分かるだろう。で、大丈夫かと聞いているんだが。」

 諒一は素っ気なく話しているものの、その声からは私を心配してくれている気持ちが痛いほど伝わってきていた。

 早速結城は自分の無事を諒一に伝える。

「体とかは全然怪我してないけど、状況的には大丈夫じゃないかも。」

 そう言うと、スピーカーの向こうから安堵の溜息が聞こえてきた。

「結城が無事ならいい。それよりも伝えたいことがある。今起こっている事件は全部――」

「七宮が起こしたことなんだろ?」

 本人が言っていたのだから間違いない。

 諒一の先を越して七宮の名を出すと、諒一は確認するように訊いてきた。

「……知っていたのか。」

「うん、というかさっき七宮と戦って負けちゃった。アカネスミレも壊されたし……。今はツルカがリアトリスと戦ってる。」

 もっと詳しい状況を話したいが、今はこれくらいで十分だろう。

 それよりも諒一に聞きたいことがたくさんあった。

「諒一、そっちこそ無事なのか?」

「こっちは無事だ。今は鹿住さんが回線を無理やりこじ開けてくれたおかげで通話できている。でも長くは持たない、妨害電波のパターンは数秒ごとに……」

(鹿住さんが……?)

 確か鹿住さんは七宮の仲間であり、この騒ぎの加担者だったはずだ。

 でも、話からすると諒一と一緒にいるみたいだし、何か私の知らない事態が起こっているのかもしれない。

 妨害電波の説明が長くなりそうだったので、結城は諒一の言葉を遮って更に質問を繰り出す。

「それより今どこにいるんだ。ちゃんとシェルターには避難できたのか?」

 携帯端末のマイクに口を近づけて言うと、すぐにスピーカーから諒一の否定の言葉が返ってきた。

「いや、今は2NDリーグの昔のラボにいる。そこで鹿住さんとVFの準備をしているからできれば合流して欲しい。今どこにいるんだ。」

 諒一からVFという単語を聞き、結城は思わずガッツポーズしそうになった。

 多分、私のために特別なVFを用意してくれているに違いない。何というナイスなタイミングなのだ。これでVFの心配はなくなったどころか、鹿住さんが準備してくれているとあればかなり心強い。

 結城ははやる気持ちを抑えて、自らの位置を諒一に伝える。

「今は海上アリーナにいるんだけど、もしよかったらそのVFこっちに届けてくれないか? 今すぐ必要なんだ。」

 私が行くよりVFを持ってきてくれたほうが手間がかからないで済むはずだ。

 しかし、諒一から返ってきたのはまたしても否定の言葉であった。

「悪いが、まだ調整に時間が掛かるから無理だ。海上アリーナには緊急脱出用の小型艇があるはずだし、それを使えばいい。」

「えー……危ないだろ。」

 ヘリコプターですら狙われると危ないのだ。船でとろとろ移動すれば蜂の巣にされるのは必須である。生身で銃弾の雨に晒されるのは御免被りたい。

 しかし、それ以外に選択肢は無いようだった。

「こっちはクリュントスが防衛してくれたおかげで安全だから問題ない。それに鹿住さんも“海上は安全だから大丈夫だ”と言ってるから安心していい。あとくれぐれも……」

 その話の途中、通話終了の音唐突に聞こえてきて、そこで通話が切れた。

「あれ、諒一……諒一?」

 味気のない通話終了の電子音を聞きつつ、結城は無駄だと知りながらも幼馴染の名を呼ぶ。当然ながら、諒一の返事はない。

 そして耳元から携帯端末を離し、画面を見る。

「また圏外か……。」

 妨害電波のことを何か説明していたし、長い時間連続で通話するのは不可能みたいだ。

 あのまま話せていれば無理矢理にでもVFを持ってこさせる自信があったが、話せない今、VFを手に入れたければ諒一の言うことを素直に聞き入れるしか無かった

(行くしかないみたいだな……。)

 鹿住さんのことも気になるし、何より今は諒一に直に会いたい。ツルカには悪いが、もうしばらく七宮の相手をしていてもらおう。

(ツルカ、頑張ってくれよ……。)

 若干の不安を感じつつ、結城は携帯端末を握ったまま急いで階段を降りていった。


  3


 2NDフロートユニット。

 ここに上陸してきた32体の暴走VFは全てクリュントスのランスの餌食となっていた。

 実際、リオネルが準備したEMP兵器はかなり役に立った。一撃で相手の機能を破壊できるのだからこれほど強いというか、ずるい武器は他にない。

 そのお陰でリオネルとアオトは無傷で防衛に成功したというわけだ。

「楽勝だったな!!」

「おいアオト、貴様は何もしてなかっただろう。」

 勝ち誇ったようなセリフを吐いていたものの、こちらが事実を指摘するとすぐにアオトは黙ってしまった。

 しかし、アオトが何も出来ないまま終わったのも仕方が無い。このランスさえあれば相手の動きを止めて一方的に攻撃できるのだから、オレ様一人でも全く問題なかったのだ。

 ランナーになってこれ以上楽な戦闘を経験したことはないし、これからも経験しないで済むように願いたいものだ。

(さて、これで終わればいいんだが……。)

 リオネルは言い得ぬ不安を感じていたが、アオトのハイエンドモデルVFもこちらの心配をよそに暴走することなく正常に動いている。そして今は破壊された暴走VFを一箇所に集めていた。

「これで全部片付いたな。」

 アオトの言葉を聞いて、リオネルはそちらに目を向ける。すると、ターミナルの近くの広場に32体全ての暴走VFが積み上げられていた。それは『死体の山』と言っていいほどひどいオブジェクトであった。

 あと、こうしてまとめて見るとかなり多く感じられる。

 工事現場でもVFの集団を見ることはあるし、VFBフェスティバルでもVFの集団をよく見ている。しかし32体という数のVFを、しかも全部同じ型のVFの集団を見たことはなく、これはこれで意外と壮観であった。

 アオトの一言にリオネルは遅れて言葉を返す。

「ターミナルは破壊されたがそれ以外は無傷だ。上出来だろう。」

「上出来だって? そんな大きな盾を持ってたのに何で守れなかったんだ。」

 嫌味っぽく言われたが、飽くまでリオネルは事実を淡々と述べる。

「貴様が真っ先にターミナルの陰に隠れたからそこを狙われたんだ。初めから大人しくオレ様の後ろにいればターミナルが標的にならずに済んだだろうな。」

「……。」

 後ろに下がれと何度も警告したのにアオトはずっと前線にいたのだ。そこで戦うならまだしも、建物の影に隠れて様子を見ていただけだから質が悪い。寧ろ邪魔になったくらいだ。

 その時のことを思い出してイライラしていると、通信機に連絡が入った。

「お兄様、聞こえますか?」

「なんだリュリュ、聞こえているぞ。」

 リオネルは応答すると、VFの山から目を逸らしてリュリュの声に集中する。

 現在リュリュは海上アリーナの施設内で待機中で、そこで連絡係をするように命令してある。ただ、今こうして連絡できるのは個人契約の特殊な衛星経由で通信しているからで、それもいつ通信不能になるか、分かったものではなかった。

 そういう事もあってか、リュリュはすぐに要件だけを伝えてきた。

「すぐにそちらにVTOLを向かわせますから、急いで海上アリーナに戻ってください。」

「……何があった。」

 訊き返すと、リュリュから予想だにしない答えが返ってきた。

「たった今リアトリスがアカネスミレを破壊しました。今はファスナと交戦中です。」

「ん? リアトリスはハンガーに運び込んだはずだが、勝手にアリーナに上がったのか。」

「はい。スタッフの話だといきなり動き出したようで……。」

 オレが知らぬ間に海上アリーナは大変なことになっているみたいだ。

 アカネスミレとファスナが海上アリーナに戻ってきたことを考えると、ダグラス本社ビル付近は防衛に成功したと判断していいだろう。

 こちらも簡単に防衛できたし、他の奴らも難なく暴走VFを鎮圧できたに違いない。

 試合後、サマルも暴走していたことだし、一緒に試合をしていたリアトリスが暴走するのは不思議なことではない。後はそれを止められれば事態も落ち着くというものだ。

「サマルに続けてリアトリスも暴走したか。かなり時間差があったようだな。」

 何気なく言うと、珍しくリュリュが反論してきた。

「いえ、サマルと同じように暴走したとしても、2体相手に戦闘AIが勝利するとは考えにくいです。あれは七宮が意図的にアカネスミレを破壊したと判断できます。」

 なるほど。実に合理的な考えだ。

 そして、七宮が意図的に暴走VF以外のVFを破壊したとあれば、七宮を疑わざるを得なかった。

 そのリオネルの考えを代弁するように、通信機越しにリュリュが宣言する。

「……この騒ぎ、七宮が絡んでいると判断していいと思います。」

 勿論、リュリュの意見に異論はなく、リオネルは海上アリーナに向かうことに同意した。

 そしてすぐリオネルはVTOLの着陸予定場所、フロートユニットの中央に位置する2NDリーグスタジアムに足先を向ける。

「話はよく分かった。……リュリュ、後どのくらいでVTOLは着くんだ?」

「はい、今パイロットに連絡を……」

 リオネルは早速その場を離れるべく、リュリュと会話を続けながらVFの山に背を向ける。

 すると、いきなり背後から爆発音とも衝突音とも取れる轟音が発生した。

「!?」

 その轟音のせいで通信中のリュリュの言葉が聞こえなくなり、発生した音がコックピットを振動させる。

 いきなりの出来事に驚き、慌てて振り返ると、そこには目を疑うような光景があった。

 なんと、VFの死体の山が綺麗サッパリ消えて無くなっていたのである。

 しかし、あんなに大量の重量物が手品のように消えるわけがない。その姿を探して周囲に目線を巡らせると、遠くに飛んでいく無数の影を見つけた。

 それは散り散りになって吹き飛ばされていく暴走VFであり、30近くあるその暴走VFはそれぞれがばらばらのタイミングで地面に落ち、ビルや道路にぶつかっていた。

 そして、その中にアオトの乗るハイエンドモデルVFの姿もあった。

 アオトのVFは無残にも上半身と下半身に分断されており、上半身はコックピットごと彼方へ吹き飛び、脚も左右の足に分かれてあさっての方向へ飛んでいってしまった。

 ……一体何が起こったのか。

 暴走VFが自爆したのだろうか。

 それとも、知らない間にミサイルが着弾して吹き飛ばされたのか。

 リオネルは刹那の間に様々な可能性を考えたが、体を2つに分断されたアオトのハイエンドVFの姿を思い出し、すぐに正解に辿り着いた。

(狙撃か……!!)

 リオネルは瞬間的に自らの行動を決め、ショックアブソーバー付きの大盾をアオトが吹き飛んだ方向とは逆の方向へ構える。

 するとすぐに大盾に強烈な衝撃が生じた。

 それは、先程32体のVFをまるごと吹き飛ばした攻撃ではないようだが、リオネルはこの感触に覚えがあった。

 衝撃力に優れ、弾速が桁違いに速く、連射の利かない、そんな狙撃兵器……。

 リオネルはその兵器の名前を呟く。

「電磁レールガン……。」

 これはE4のヴァルジウスが使っていた競技用電磁レールガンによる狙撃に違いない。暴走VFはこんなものまで持ちだして使っているらしい。

 しかし、それでは先程のケタ違いの威力の射撃の説明がつかない。

「おいリュリュ、衛星から何か見えるか。」

「……。」

 リュリュに答えを求めるも、通信機からはノイズしか聞こえておらず、そのノイズの音からして局所的な妨害装置を使われているようだった。

(ジャミングまで仕掛けてくるとは……、これは素人の仕業じゃないな。)

 自分も素人に違いないが、それでも相手の力量くらいは分かる。間違いなくこれは暴走VFがやれるようなことではなかった。

 そんな確信を持って、リオネルは盾に付いている外部カメラを起動して狙撃地点を探る。

 すると、呆気無いほど簡単に狙撃手の姿を発見することができた。

 それは海上に浮かぶ戦艦のような物体の上にいて、大きな電磁レールガンを構えていた。

「ヴァルジウス……。」

 ボディの各所が太く、胸部のアンカーボルトに電磁レールガンを構えるそのVFはまさしくE4のVF、ヴァルジウスであった。

 その隣には競技用電磁レールガンではない、もっと巨大な砲が見える。先程はあれを使ってVFの死体の山を吹き飛ばしたのだろう。流石にあんなに大きい口径の弾ではこの大盾でも防ぎきれない。

 そんな風に観察していると、再び盾に弾が着弾した。その狙いは明らかに自分であり、ヴァルジウスから明確な敵意が感じられた。

(暴走してないとすると……今乗っているのは七宮の共謀者か。)

 電磁レールガンの威力を以ってすれば建物は紙切れ同然なので、建物を盾にしながら逃げることも出来ない。それに、盾を構えたままだとアオトを助けに行く暇もない。

(……あいつは別にいいかな。)

 見たところコックピットはまるまる無事だったようだし、放っておいても平気だろう。

 ヴァルジウスのランナーの意図は分からない。しかしオレ様を狙っている以上、応戦するのが正しい反応というものだ。

 それに、このまま放置しておくと迎えに来るであろうVTOLが危ない。

 ……しかし、海上に陣取られては手の出しようがない。

(何かいい方法は無いのか……。)

 どうにかして電磁レールガンを封じ込めないか、その策を考えている間にも3発目が放たれ、大盾に衝撃が走った。 

 リオネルは持久戦になることを覚悟した。


  4


 海上都市メインフロートユニット、その商業エリアの大通り付近には大破したVFがズラリと並んで倒れており、死屍累々な有様だった。

「これで全部です。あっけなかったです。」

 ドギィは暴走VFの背中からロングソードを引きぬくと、唯一倒れていなかった最後の一体をその群れの中に蹴りこんだ。蹴られたVFは俯せになって大通りに倒れ、その際の衝撃で胸部装甲の一部が割れ、周囲に破片を散らせた。

 そしてVFからバッテリーを強引にもぎ取ると、それを地面に落として念入りに踏みつぶした。

 大通りには同じような状態のVFが無数に転がっていて、ドギィはヘクトメイルのコックピットからそれらを眺めていた。

「フォシュタルさんの言った通り、全然問題なかったです。」

 防衛は結構骨が折れるかと予想していたが、無理をするまでもなかった。

 ヘクトメイルの手にあるロングソードには暴走VFの装甲の塗料がこびり付いており、その塗料の付着した面積が、ドギィがどれだけのVFを切り壊したのかを物語っていた。

 上陸したのは合計で32体。その内の半分以上を……いや、八割近くをドギィが始末したのだ。

 一緒に戦っていたローランドはそのことに感心していた。

「さすがはトライアローのエースパイロット、私が援護射撃するまでもなかったようですね。……弾もかなり余ってしまいました。」

 ローランドの操るエルマーは銃身が長い機関砲を細かく振って残弾数をこちらにアピールする。かなり余っているのか、振る度に箱型弾倉から“がちゃりがちゃり”という重そうな音が聞こえてきていた。

「そう言えば、全然撃ってませんでした。物足りない感じですか?」

「いえいえ、楽ができてよかったですよ。それにしても容赦無い戦い方でしたね。」

 そう言いながらローランドは機関砲の砲口で倒れた暴走VFの頭をつついていた。

 その際につつく加減が強かったのか、2,3度触っただけでVFの頭部が外れてしまった。

 大通りをコロコロと転がる頭を見つつ、ドギィはローランドに返事をする。

「コックピットから全く人の気配がしなかったんです。だから思う存分破壊できたわけです。」

 自分でもいい加減な理由だとは思うが、自分の勘は絶対なので不安はない。

 そもそも、あちらは自分を壊す気で来ているのに、こちらが手加減しなくてはならないというのは不公平だ。

 ……暴走VFは商業エリアに乗り付けてすぐに分散し、組織的にこちらを狙ってきた。

 だが所詮はAI、攻撃はお粗末で統率力も乏しく、一郭を崩すと瞬く間に全体がバラバラになり、後は孤立したVFを壊して回るだけだった。

 AIにしては妙に人間臭い動作だったし、戦闘能力もなかなか高かった。人が乗っていないのに何故こんな事になっているのか疑問だが、制圧できた今それほど気にすることでもない。

 むしろ気にするべきはこの騒ぎを起こした犯人だ。

 それを特定するにはそもそも何でVFを暴走させたか、その目的を探る必要があるかもしれない。

(……自分には難しいです。)

 こういうのは他の人に任せておけばいい。自分は戦うこと以外の余計なことは考えないでいいだろう。

 とにかく今は2NDリーグフロートユニットに帰ろう。そうすればフォシュタルさんからいいアドバイスが聞けるかもしれない。

 移動のためのトライアローの輸送ヘリは2機もあるし、空を飛べるエルマーもいる。

 これならみんなで2NDリーグフロートユニットまで帰れそうだ。

 そんなことを思いつつ輸送ヘリのある居住エリアに上がるためにエレベーターに向かおうとすると、エルマーが勝手に行動し始めた。

(……?)

 エルマーは大通りを抜けてターミナルまで移動していく。

 確か、ターミナルにはアクトメイルとオクトメイルがいたはずだ。

 彼らに何か用でもあるのかと思いつつ、ドギィは仕方なく後を付いて行く。すると、なぜかエルマーはオクトメイルに機関砲を預けていた。

「すみませんがこれ、持っていてください。」

「あ、はい、分かりました。」

 オクトメイルは素直にそれを受け取り、身軽になったエルマーは暴走VFを運んできた輸送船の前まで移動する。

 そしてエルマーはその場で膝立ちになり、すぐに胸部のコックピットハッチが開いた。

「何か手がかりがあるかもしれません、私は少しダグラスの輸送船の中を見てきます。その間、エルマーをよろしくお願いしますよ。」

 有無を言わさずそれだけ言うと、ローランドはエルマーから降り、拳銃を片手に輸送船の中へ入って行ってしまった。

(全く、勝手な人です。)

 すぐにでも2NDリーグフロートユニットに向かいたいドギィにとって、ローランドの行動は余計過ぎるものだった。

 大体、一人だけで輸送船の中を調べられるわけがない。もし調べられたとしてもかなりの時間を要するに決まっている。

 一体どのくらい掛かるのだろうか……。

 先に自分だけでも2NDリーグフロートユニットに帰ろうかなと考えていると、いきなり輸送船から甲高い音が響いてきた。

 アクトメイルとオクトメイルはその異音にいち早く反応し、輸送船に対して構える。

「なんだなんだ?」

「わからないけど、ローランドさんヤバくない?」

「でも、俺達が行っても役に立ちそうにないし……」

 2人は口々にローランドのことを心配していたが、ドギィはその音の正体がとても気になっていた。もしや、まだ船内に暴走VFが残っていたのだろうか。

 しかしVFがこんな音を出すわけがない。

(ん、この音は……。)

 聞き覚えがある気がして改めて注意深く聞いてみると、その音が戦闘機のエンジン特有の音だということを思い出した。

 輸送船は外からは中が見えない作りになっているのではっきりと判断することができなかったが、危険を感じ取ったドギィは本能に従って輸送船から距離を取る。

 そんなドギィとは逆に、アクトメイルとオクトメイルの2体はローランドの心配をしているのか、輸送船にどんどん近づいていた。

 時間が経つに連れてエンジン音は更に甲高くなり、やがて輸送船の搬入口から突風が吹いてきた。それは『何か』が出てくる予兆であった。

「危ないです、下がって!!」

 ドギィは輸送船の正面にいたアクトメイルに注意する。

 すると、その声に応じるようにいきなり何かが輸送船から飛び出てきて、一番近くにいたアクトメイルに襲いかかった。

「うわっ!?」

 自分が注意してあげたお陰だろう。アクトメイルは素晴らしい反応を見せ、予備動作なしで上に跳んで回避行動を行った。

 ……が、結局アクトメイルは避けきれずにそれと激突してしまい、脚をごっそり持って行かれてしまった。

 アクトメイルの脚を破壊した物体はそのままスピードを落とすことなく飛行し、空へと上昇していく。よく見ると、それには左右に1つずつ翼が付いている、俗に言う戦闘機であった。

 何故あんな所から戦闘機が出てきたのかはさて置き、アクトメイルの脚を破壊した戦闘機には損傷は見られず、さきほどの衝撃を物ともせずに急上昇し、一気に天高く舞い上がっていた。

「くそっ、新手か!?」

 オクトメイルは即座にそれを敵だと判断し、ローランドから預けられていた機関砲を戦闘機に向けた。あの連射性があれば戦闘機でもひとたまりもないだろう。

 これで何とかなると思ったドギィだったが、何か嫌な予感がしてオクトメイルが構えている機関砲に注意を向けた。

 すると、砲身の中腹あたりに何やら怪しい仕掛けを発見した。

 それは単なる金属棒だったが、どう見ても砲の内部にまで食い込んでおり、そんな状態で発砲すれば大変な事になるのは明らかだった。

「待って、銃身に……」

 ドギィは咄嗟にそのことを警告しようとしたが、その努力も虚しくオクトメイルは引き金を絞り、予想通り機関砲は瞬時に暴発した。

 しかも悪いことに、その暴発は単なる故障にとどまらない。

 持ち手に近い機関部が爆発したことでオクトメイルの両腕はちぎれ飛び、おまけに頭部と胸部にも鋭く大きな破片が突き刺さってしまったのだ。

 そんな爆発の衝撃のせいでオクトメイルは仰向けになって豪快に倒れ、それと同時に機関砲もどすんと地面に落下した。

 そして、その機関砲の意図的な爆発は戦闘機に乗っているパイロットの正体を知る手がかりとなった。

(さっきの暴発は仕掛けによって生じたもの……と言うことはあの戦闘機に乗ってるのはローランドに間違い無いです。)

 機関砲の持ち主が犯人だと考えるのが自然であり、それはローランド以外に考えられなかった。

 何故、ローランドが戦闘機に乗っているのかは分からないが、あっという間に2体のVFを行動不能にされてしまい、ドギィは戦闘機に向けてロングソードを構え直した。

 そして自らの不注意さを悔いる。

 ……ローランドが迷うことなく輸送船の中へ入って行った時点で怪しむべきだった。最初から戦闘機の存在を知っていて、戦闘機に乗るつもりでエルマーから降りたのだ。

 そうでなければあんなに軽々とVFから降りるわけがない。

 もし数分前にそのことに気付けていたならアクトメイルとオクトメイルを破壊されることもなかったはずだ。

 しかし今更もう遅い。

 ドギィは尚も戦闘の意志を持っている戦闘機をしかと捉え、改めてそれを観察する。

 その戦闘機の形状は特異であり、何処と無くエルマーと似ているような感じであった。

 翼は小さめであるが、ところどころにスラスターがついていて、両翼にはそれぞれ小さめのエンジンが2つずつ取り付けられている。

 なぜローランドがそんな戦闘機に乗って自分たちを攻撃してきたのかは理解できない。

 でも、あの戦闘機が特殊な兵器であり、自分たちに敵意を持っているのだけは確かだった。

(……戻って来ました。)

 戦闘機は通常ではありえない加速と旋回性で以って再び接近してくる。たぶん先端にある頑丈そうな角で突進するつもりなのだろう。

 離陸直後のスピードでもアクトメイルの脚部パーツをフレームごとバラバラに破壊できるほどだ。今現在の速度で衝突されたらヘクトメイルでも簡単に破壊されてしまう。

 かと言って、あれだけ機敏な特殊戦闘機の突進を回避できる自信はなかった。

 ……となれば近くの建物の陰に隠れるしかない。

 そう判断したドギィはすぐにターミナルから近くの脇道へと移動し、そこにあった雑居ビルに身を隠した。

「ひとまずはこれで安心です。」

 自分で言ったものの、上方から迫ってくる敵に対して全く安心できる状況になかった。

 でも、こんな対処しかできないのは仕方がないことなのだ。自分は戦闘機と戦ったことなんかないし、大体空を飛べない自分が戦闘機に敵うはずがない。

 ついさっきまで他のフロートユニットの防衛を応援しに行くつもりだったのに、今はこっちに応援を寄越して欲しい状況に陥っている。

 ……ともかくアクトメイルやオクトメイルの二の舞にならぬよう、ドギィは戦闘機の位置を探るためにビルから少しだけ頭部を覗かせる。

 すると、すぐ真正面に戦闘機の姿を発見でき、同時に嫌な物を見つけてしまった。

 戦闘機から何か筒状の小さな物が分離し、こちら目掛けて高速で飛んできていたのだ。

「ミサイル!?」

 戦闘機なのだからミサイルくらいの装備は普通だ。寧ろ、突進という攻撃手段のほうが相当珍しい。

 ミサイルに当たったことはないが、命中すれば致命傷になるのは簡単に予想できたので、ドギィは咄嗟に身をかがめ、再びビルの影に隠れた。

 すると間もなくしてミサイルは命中し、爆音とともにビルの上部を爆散させ、無数の破片を周囲にはじけ飛ばせた。

 ドギィは飛んできたビル破片を腕で防ぎつつミサイルが着弾したビルを見る。すると、いつの間に低空飛行していたのか、瓦礫に紛れて戦闘機が突っ込んできた。

「!!」

 飽くまで本体の突進でこちらを破壊したいらしい。

 ミサイルを障害物破壊のためだけに使うなんて、贅沢な使い方だ。いや、それが本来の使われ方なのかもしれないが、ミサイルのことは全くよくわからないので変に考えるのは控えておこう。

 そんなことを考えている間にも戦闘機はこちらに迫ってきており、止む無くドギィはロングソードを盾替わりにして構えた。

 瓦礫を掻き分けて飛んできた戦闘機はすぐにロングソードの側面に激突し、その先端にあるツノが見事に突き刺さった。

(ロングソードが……。)

 戦闘機の先端にあった鋭いツノはロングソードの中腹辺りに突き刺さり貫通していた。

 それだけでなく、突き刺さった部分からは綺麗にヒビが入っており、一振りすればポッキリ折れてしまいそうだった。

 ……武器が駄目になってしまったがこれも必要な犠牲と思い切ることにしよう。

 これなら戦闘機を捕まえたも同然だし、ロングソードに固定されている限りこちらが圧倒的に有利だ。文字通り、手も足も出ないはずだ。

「……あれ?」

 ひと安心したのも束の間、ドギィはいきなり浮遊感を得た。

 戦闘機を捉えられたと思ったドギィだったが、捉えられたのは自分のほうだったようだ。

 ドギィが慌てている間に戦闘機のエンジン音は更に強烈になり、そのまま戦闘機はロングソードごとヘクトメイルを空へ持ち上げてしまった。

 完全に地から脚が離れ、ヘクトメイルはあっという間に空中へ、そして上空へと持ち上げられていく。

(有り得ないです……。)

 訳の分からぬ状況に戸惑っている間もヘクトメイルは上昇し続ける。

 重いVFをこうも簡単に持ち上げるとは、エンジン出力が半端ないほど高いみたいだ。

 経験したことのないような浮遊感がドギィを襲い、HMDに映る商業エリアの景色もみるみるうちに小さくなっていく。そしてヘクトメイルは何もできないまま戦闘機に押し上げられ、居住エリアのある高度まで連れて行かれてしまった。

 ここの高度は約1000メートル。いくらコックピットが丈夫でも、落ちたら中身はまず助からないだろう。

 それでも戦闘機は上昇し続け、やがて居住エリアも通り過ぎていく。

(ここで飛び降りるしか無いみたいです……。)

 このままだと命がないと判断したドギィはすぐに戦闘機から離れることを選択し、ロングソードから手を離した。

 さらにそこで戦闘機を蹴ってお椀のような形状をした居住エリアに向けて跳躍する。

 その時の衝撃でロングソードが角の刺さった部分から折れるのを見届けつつ、ドギィは居住エリアの周縁部目掛けて落下していく。

 初めてのスカイダイビングだったが、ドギィの思考は至って冷静だった。

(角度さえ合えば何とかなりそうです……。)

 居住エリアの内壁部分は斜めになっているので、それを滑り台のように利用すれば着地の衝撃をかなり抑えられるはずだ。

 かなり無茶なランディングになるのは必須だが、ドギィは自分の操作技術とヘクトメイルの性能を信じ、内壁部分に滑り込む覚悟を決めた。

(脚が無事だといいんですけど。)

 覚悟を決めてから数秒もしないうちにヘクトメイルは内壁部分に着地し、その勢いを失うことなく内壁部分の上部に設置されているソーラーパネルの上を滑り始めた。

 着地の衝撃は殆ど無く、その代わりにヘクトメイルは落下に等しいスピードで内壁部分を滑り落ちていく。もうちょっと減速するかと思っていたのに、これではあまり状況が変わってない気がする。

 居住エリアにある人間用の階段や、ソーラーパネルのでこぼこのおかげで少しは速度が落ちているが、止まる気配は全く感じられない。

(ぶつかる……!!)

 そしてついにヘクトメイルは住宅が立ち並ぶエリアに侵入し、すぐにアパートに激突してしまった。その瞬間になってようやく衝撃らしい衝撃がドギィに届き、ヘクトメイルは何とか停止することに成功した。

「はぁ……、一応着地成功です。」

 ヘクトメイルの付近には家具やバラバラになった建築材が散乱しており、ヘクトメイルのボディにも冷蔵庫や洗濯機が乗っかっていた。

 アパート自体もぺしゃんこになっており、立て直しが必要なレベルまで崩壊していた。

 しかし、そのお陰でヘクトメイルはあまりダメージを負わずに済んだので家主さんには感謝だ。

 スリル満点の滑り台を味わったドギィは、その原因となったものを見上げる。

 その視線の先、遥か上空では戦闘機がホバリングしており、機首はこちらに向けられていた。

 そして、そこで初めて通信機からローランドの声が聞こえてきた。

「よくあの高さから着地できましたね。……感心しましたよ。」

 やっぱり殺すつもりで自分を空まで持ち上げていたみたいだ。

 ドギィはすぐに通信機に向けて言葉を返す。

「普通なら死ぬところです。いったい何がしたかったんです?」

「ドギィ、あなたにはこの戦闘機『ボリス』の相手をしてもらいますよ。」

 唐突に訳のわからぬことを言われ、ドギィは何も言えずに黙ってしまう。

 その間、通信機からはローランドの小さな笑い声が聞こえていた。

「そんなに楽しいんですか、ローランド。」

「ええ楽しくて仕方がありません。ようやく私の夢が叶ったのですから。やっぱり想像通り、ボリスの乗り心地は最高ですよ。」

 ローランドの台詞のあと、ホバリングしていた戦闘機が空中でローリングする。

 今更理由を聞いた所で理解できないし、聞いた所でそれほど意味が無いことを悟ったドギィは快くローランドの誘いを受けることにした。

「全く理由がわからないですけど、戦うつもりなら自分も容赦しません。」

 ドギィはヘクトメイルの上に乗っている瓦礫を払いのけつつ、その場で立ち上がる。

 すると、戦闘機の下部に付いているガトリング砲がこちらに向けられた。 

「嬉しい返事です。……あなたならボリスの性能をフルに試せそうですよ。」

 ローランドに上から目線で物を言われ、ドギィも負けじと言い返す。

「自分も、久々にルール無用の戦いを楽しめそうです。……あ、でも殺しはしないので安心して下さい。」

 余裕を見せるべくゆっくりとした口調で話すと、少し間を開けて通信機から言葉が返ってきた。

「……素人のくせに言ってくれますね。」 

「どちらか素人かすぐに分かる筈です。……いい加減、エンジン音も煩いです。すぐに叩き落としてあげます。」

 ドギィのその言葉が終わるやいなや、ローランドはすぐにミサイルを撃ってきた。

 案外挑発に乗りやすいのだなと思いつつ、ドギィは先程密かに掴んでいた冷蔵庫をミサイル目掛けて投げつける。

 当たるかどうか微妙なラインだったが、冷蔵庫は飛んでいる間にその中身を外に散乱させ、その一部がミサイルに接触してくれた。

 ミサイルはこちらに着弾する前に空中で爆発し、その爆風を背に受ける形でドギィは中央タワーに向けて走り始める。戦うとは言ったものの、素手で戦闘機に立ち向かうほど自分は馬鹿ではない。

 一旦距離を取るか、そうでなくても逃げながら作戦を考えねばならない。

(それにしてもミサイルを使うなんて……向こうは容赦する気が無いみたいです。)

 何だかんだでミサイルは速いし誘導機能もあるので避けるのに苦労する。避けても爆発の衝撃は消えるわけではないので厄介だ。ただ、あの大きさを考慮すればそこまでの数を搭載していないと予想できる。

 撃ってくる度にそこら辺のマンションや住宅を盾にしていれば凌げるだろう。ただ、人の家を壊すのは少し気が引けるし、建物は低いものが多くて隠れる場所も少ない。

 なので、先ほどのように空中で爆発させるのが一番いい方法だ。

 だが、銃どころか投げるものもない状態で、その方法でミサイルに対処するのは不可能だった。

 そんなことを考えている間にガトリング砲による射撃も始まり、ドギィはそれを回避しながらひたすら中央に向けて住宅エリアを駆け下りていく。

 どうやらローランドは住宅街を破壊することに迷いはないらしく、ヘクトメイルが通り過ぎた後には銃弾の穴でデコレーションされた家や道路が出来上がっていた。

 そんなこんなで走り続けていると、ドギィはとうとう橋にまで到達してしまった。

「橋ですか……」

 橋は他にも無数にあり、主に内壁側の住宅地と中央タワーを結ぶ役目を果たしている。

 別に橋を渡らずにこのまま住宅地を滑り降りていく事もできたが、それでは住宅にさらなる被害が及ぶだけだと考え、ドギィは橋でボリスを迎え撃つことにした。

 橋は四六時中人の流れがある場所なのだが、今は全く人影は見られない。

 そのことを確認すると、ドギィは遠慮することなく橋にヘクトメイルの足を乗せた。

(……結構頑丈な造りみたいです。)

 ヘクトメイルが激しく走っても橋は揺れず、自分を追ってきた戦闘機のガトリングの弾も弾かれていた。吊り橋でもアーチ状の橋でもないので、かなり頑強な素材が使用されてるみたいだ。

 そのままふと横を見ると少し下にも同じような橋があるのを見つけ、それを見たドギィはあることを閃いた。

(橋を飛び移っていけば、すぐ下まで移動できるかもしれないです……)

 橋の合間を縫って飛行するとなれば、戦闘機も追いにくいはずだ。それに、これだけ橋があればガトリング砲の照準も合わせにくいだろう。

 下層に行けば行くほど戦闘機が自由に飛べる空間も狭くなるし、そうなれば勝機が見えてくるかもしれない。自分ながらよくできた考えだ。

(……この作戦で行きます。)

 すぐに決断すると、ドギィはヘクトメイルの進路を90度横に向け、下にある橋目掛けて飛び降りる。

 目標の橋まで距離にして約50メートル。

 ヘクトメイルは数秒ほど宙を跳び、無事に目的の橋に着地した。高低差はそんなに無かったように思うが、それだけでも戦闘機のエンジン音が少し小さくなった気がした。

「――いいですよ。ついて行きましょう。」

 通信機からローランドの声がして、すぐに戦闘機が機首を下に向けて急降下してきた。

 そして、同時にガトリング砲の銃弾も飛んでくる。

 ドギィはそれを避けるために更に下層へと向かうことにした。

(一気に下まで降りたいですけど、無理です……。)

 一旦内壁側に戻って滑り台のごとく下に向かうのもアリではあるが、それだとスピードが足りなくてガトリング砲の餌食になってしまう。今は橋を飛び移って下に向かうしかないようだった。

 一度跳べば二度目に迷いがなくなり、三度目には後ろを振り返る余裕までできた。

 しかし、こちらの想定に反して戦闘機は速度を落とすことなくこちらに迫ってくる。

 障害物が多ければ近づけないだろうと思ったのだが、ローランドの操るボリスという戦闘機はやっぱり普通の戦闘機ではないらしい。橋の合間を縫うようにして難なく飛行している。それはまるで曲芸飛行を行なっているようだった。

 流石はパイロット、VFの操作よりも戦闘機の操縦が得意みたいだ。

(認識が甘かったみたいです。)

 ドギィは中央タワーの周囲をグルグル回りながら、螺旋階段を下るような感覚で下層に向けて降りていく。その間、ガトリング砲による攻撃は続いていた。

「逃げてばかりですが、戦う気はあるんですよね?」

 ローランドの声が通信機から聞こえてきた。

 それに対してドギィは正直に答える。

「……もちろんです。が、銃がないと流石に辛いです。」

「そうですか。なら、そろそろ終わらせましょう。」

 そのローランドの言葉に嫌な感じを受け、ドギィはふと戦闘機に目を向ける。

 すると、ガトリング砲による射撃だけでなく、それとセットで小型ミサイルが飛んできた。

 それを見て、すぐにドギィは橋から橋へと飛び移る。

 高速で飛翔してきたミサイルは、ヘクトメイルと入れ替わるように橋に着弾し、その衝撃で先ほどまで自分がいた橋は崩れ落ち、他の橋を巻き込みながら下層へと落下していった。もし、いつも通り人がいれば軽く数十人は死んでいただろう。

(危なかったです。)

 次にミサイルを撃たれたら危ないかもしれない。

 ドギィは早く戦闘機の動きを制限するためにも、急いで下層に向けて降りていく。

「逃がしませんよ。」

 向こう側もそれが分かっているのか、先ほどまでとは打って変わってスピードが上がり、戦闘機のエンジン音もどんどん大きくなってきた。

 ガトリング砲による射撃の射角も広くなっているし、かなり近づいてきているようだ。

 ……決着をつけるとするならこの接近のチャンスを活かす以外に方法はない。

(ここです。)

 ドギィはヘクトメイルのスピードを意図的に落として戦闘機を十分に接近させる。そして、背後に戦闘機の気配を感じた所で真上に跳んだ。

 戦闘機はその動きにすぐに対応し、スラスターで急ブレーキをかけるとこちら目掛けて上昇してくる。

 一方、ヘクトメイルがジャンプした先には橋があり、その裏側がよく見えた。

(裏もなかなか頑丈そうです。)

 そんな事を思いながら、ドギィはヘクトメイルを空中で上下反転させ、橋の裏側に足をつける。そして十分に脚をたわませると、真下にに跳躍した。

 目標はこちら目掛けて上昇してきているボリスであり、それは着地のことも考えないで行った、飛び降り自殺に等しいダイブでもあった。

 蹴った橋はミシミシと嫌な音を立てていたが、今は気にする余裕はない。

 この攻撃が当たりさえすれば自分の勝利は間違いなく、着地のことはそれから考えるつもりだった。

 しかし、こちらの努力は実りそうになかった。

「……ボリスの機動性を舐めてもらっては困ります。」

 ローランドがこちらにそう告げると、ボリスの軌道が一瞬のうちに変化し、いとも簡単にコースから逸れてしまった。

 それどころか、ボリスも空中で反転して、こちらを追うような形でガトリング砲を撃ち始める。

 その弾丸はヘクトメイルのボディに命中し、外装甲に幾つもの弾痕を残していく……。その着弾の衝撃のせいもあってか、ヘクトメイルの軌道も少しずれて、最初に飛び上がった橋の上に着地できそうになかった。

 ボリスは長い間落下しながらガトリング砲は撃てないのか、数十発の弾を放っただけで離脱し、最後のおまけと言わんばかりにミサイルを放つとすぐに上昇していった。

 逆に、ヘクトメイルは本来なら着地できていた橋を通り過ぎ、更に下に向けて落下していく。

(そんな……。)

 弾丸自体は外装甲で防げたので問題ないが、ミサイルとなるとどうなるか分からない。空中では自由に動けないのでもちろん回避できないし、まさに絶体絶命である。

 それにもしミサイルに耐えられたとしても、問題は無事に着地できるかどうかであった。

(また、内壁部に沿って滑り落ちるしか……。でもそれだと建物が……)

 ものすごいスピードで落下しつつどうしようかと考えていると、通信機からローランドの捨て台詞が聞こえてきた。

「さようなら。」

 それは、こちらの敗北を確信したような言い方だった。

 こんな状況を見れば誰だって自分の敗北を確信するだろう。しかし、こんな状況に陥っても尚、あの戦闘機に負ける気がしなかった。

(とにかくミサイルさえ防げば……あ。)

 考えた末、ついにドギィはすぐ近くにミサイルを防ぐ盾があることに気付く。

 ――それは橋だった。

 足場としてしか認識していなかったが、ヘクトメイルのジャンプに耐えるくらいだ。ミサイルの衝撃もかなり軽減されるだろう。

 ミサイルが当たるまでもう時間はない。

 ドギィは無理矢理ヘクトメイルのアームを伸ばして橋の縁を掴ませ、すぐに橋の裏側に回りこんでぶら下がった。落下の慣性で滑り落ちそうになったが、ヘクトメイルの握力がそれを防いでくれた。

 その際に橋が大きく揺れ、掴んだ地点のパーツも大きく歪んでしまったが、逆にそのおかげで落下の衝撃がうまく吸収されたみたいだ。

 落下中に手を伸ばして橋の縁を掴むなんて無茶なことをしても、その衝撃でアームが外れたりしないのだから、相変わらずメイルシリーズの頑強さには驚かされる……。

 それから間もなくしてミサイルは橋の中腹に命中し、貫通した爆風が橋の下へと抜けていった。ミサイルが命中したところは、現在ヘクトメイルがぶら下がっている場所から数メートル離れていた。

 結局盾にはならなかったが、目標を逸らすことはできたようだ。

(何とか乗り切れたみたいです。)

 この橋は他のものよりも幅が広く、かなり頑丈だったようだ。ミサイルが当たって穴が開いているというのに崩れ落ちる気配はない。

 そのことに一安心していると、内壁部分に反響したミサイルの爆発音が聞こえてきた。それは数回続き、その度に橋が小さく振動していた。

 それが収まると、またしてもローランドが話しかけてくる。

「――上手く凌ぎましたね。」

 その言葉の後、今ぶら下がっている橋の上から戦闘機のエンジン音が聞こえてきた。どうせ、こちらが這い上がってくるのを近くで待っているのだろう。

 橋の下側に回りこんでこないか、戦闘機の音に注意をしながらドギィは返事をする。

「いや、この橋のおかげです。撃ったのがどんな種類のミサイルかは知りませんが、ミサイルの直撃に耐えるとは思ってなかったです。」

「空対地ミサイルですよ。地上を這いずり回るVFを爆撃するつもりだったんですが、あなたみたいに橋の間をピョンピョン飛び回るとは思ってませんでしたからね。一つくらいは空対空ミサイルを搭載しておいたほうが良かったかもしれません……。」

 ローランドがだらだらと喋っている間もドギィはこの状況を打開する方法を考える。

 そのまま手を離して更に下に落ちるか、それとも相手が橋の下に回り込んでくるのを待って、タイミングよく上へ逃げるか……。 

 どちらも最終的な打開策にはならないような気がする。

 暫く無言で考えるもいい作戦は全く思い浮かばず、やがてローランドが催促してきた。

「さあ、そろそろ上がってきてくれませんか。でなければ残り1つしか無いAGMミサイルを橋に撃ち込まなければなりません。」

「それは勿体無いです。撃たずにしまっておいてください。」

「そうですね、私としてもなるべく公共物を破壊したくないですから。……大人しく橋の上に出てくればガトリング砲の弾をプレゼントして差し上げましょう。」

「……。」

 この状態で攻撃してこないということは、ガトリング砲ではこの橋を撃ち抜けないようだ。

 それほど頑丈な橋を建設してくれた大工さんに感謝しつつ橋に開いた穴を見ていると、橋の裏側から何やら太いベルトが垂れているのを見つけた。

(あれは……?)

 ベルトにはピクトグラムで歩行者のマークが描かれており、連続的に矢印マークも描かれていた。……多分あれは歩行者用コンベヤーのステップ部分だ。

 このエリアには殆ど来ていないので気が付かなかったが、どうやら一部の橋にはこんな便利なものが取り付けられているらしい。橋自体が結構長いので、取り付けられていても不思議ではなかった。

 そして、それを見てドギィは閃いてしまった。

(……これです!!)

 思いついたら即実行あるのみ。

 ドギィはその歩行者用コンベヤーの足場部分、ベルト状になって連なっている長いステップパーツを握ると、それを一気に橋の内部の機構から引っこ抜いた。

 ヘクトメイルによって握られた部分は千切れ、逆側は重力に従ってだらりと垂れる。

 これでベルトは一筋の平べったいチェーンとなった。言わば即席の紐状武器である。

 ベルトは長さにして200メートルはあるし、上手くいけば戦闘機にも届くはずだ。しかしベルトは見た目以上に重く、ズシリとした感触がコンソール越しにも伝わってきていた。

 どれだけ上まで届くか不安だが、これを使う以外にローランドを倒す方法は無い。

 ドギィはその長いベルトをヘクトメイルの拳に巻きつけて端を固定した。

(チャンスは一度、ガトリング砲に耐えられるのは5秒くらい……。)

 一回でもミスすれば、即蜂の巣にされてしまう。でも相手も油断しているし、成功率はかなり高いはずだ。

(ぶっつけ本番、嫌いじゃないです。)

 ドギィは呼吸を整えるとヘクトメイルの片腕と片足を橋の縁に引っ掛けて、橋の表側に素早く戻る。そして、ボリス目掛けて思い切りベルトを背負い投げするように振った。

「ようやく出てきてくれましたか、これで今度こそ私の勝ちですね。では早速ガトリング砲で……」

 ローランドが高説を垂れている間、橋の下に垂れていたベルトは鞭のようにしなって上へと伸びていく。

 その様はまるで獲物を捕食する爬虫類の舌の動きに等しく、すぐにベルトの先端が戦闘機に絡みついた。

 それを確認し、ドギィは勝利を確信する。

「いえ、自分の勝ちです。」

 ドギィの振ったベルトは、その形状からは考えられぬほどスムーズに目標に命中し、そのまま戦闘機に巻き付いていく。

 そんな予想外の死角からの攻撃に驚かないわけがなく、通信機からはローランドの狼狽えた声が聞こえてきていた。

「な、なんですか……?」

 驚くのも無理はない。武器も何も持ってない相手が空中に浮かんでいる自分に対して攻撃してきたのだ。しかも、それは依然として戦闘機に絡み付いており、機体のバランスを著しく不安定にさせている。コントロールを失う危険がある状態なのだから、混乱してもおかしくはない。

 ドギィはそんな戸惑いの混じった声を聞きつつベルトを握り締め、橋の上を意気揚々と歩いて行く。

 それにつられてボリスはフラフラと飛行する。その様子はまるで子供に振り回される紐付き風船のようだった。

 そんなボリスを眺めつつ、ドギィはヘクトメイルを橋の中腹まで移動させ、そこで一旦止まり、改めてローランドに話しかける。

「多分死んだりしないので安心してください。」

「多分って……!?」

 ドギィはローランドを無視し、先ほどのミサイルで橋に開いた穴から下へ飛び降りた。

 元々バランスを失っていたボリスは、ベルトで繋がっているヘクトメイルにつられて落下していく。

 下に引きずられながらもボリスは途中で何とか抗おうとしていたが、巻きつかれたベルトの影響で操縦は難しいようで制御不能状態に陥っていた。

 ……そんなボリスが橋に激突するまでそう時間は掛からなかった。

 ボリスはきりもみしながら橋に激突し、こちらの思惑通り穴を通ることなく、その穴に蓋をするような形で引っ掛かった。

 そのお陰で、ベルトに繋がれたヘクトメイルの落下も止まる。

「う、ぐ……」

 ヘクトメイルの重さも加算されたせいで戦闘機には結構な衝撃が発生したらしい、ローランドのうめき声が聞こえてきた。

 しかし戦闘機のパイロットなのだし、気を失うほどでもないだろう。

 気にせずドギィは次の作業に移る。

(あとは、これを投げて……)

 ドギィは真下に降りられそうな橋があることを確認するとベルトを水平方向に投げた。

 するとベルトは穴の開いた橋を中心にして円を描くように回転し、その結果、橋の上に墜落したボリスのボディに幾重にも巻きつき、磔にした。

 これでボリスは完璧に動けなくなったはずだ。

「……っと。」

 ドギィもすぐ下にあった橋に無事に着地し、その着地音は静かになった住宅エリアに寂しく響き渡った。それは戦闘終了を知らせる音のようにも思えた。 

(さて、上に登らないと。)

 あのままボリスを橋に巻きつけて放置するわけにもいかず、ドギィは大きな橋まで上がるべく内壁側へと移動していく。

 すると、通信機からローランドの苦しげな声が聞こえてきた。

「橋のコンベヤーを使うなんて……滅茶苦茶な……。」

 それは苦しげな声だったが、同時に悔しげにも聞こえた。

 あの衝撃にもかかわらず会話ができるなんて、流石は戦闘機のパイロットだ。でも、脱出できないくらいには体を痛めているらしい。戦闘機から出ることなく、通信機でこちらに話しかけてきているのがその証拠だった。

「生きててよかったです。今から助けに行きますから待っててほしいです。」

 そう伝えながら、ドギィはローランドを助けた後のことを考える。

 敵なんだし、手足を縛ったほうがいいのだろうか。でも、その為には自分もコックピットから降りなければいけないし、生身同士だと軍人のローランドにやられそうで恐い。

 ドギィはそのことを確認してみる。

「あの、助けようとしていきなり撃ってこないですか? 結構不安なんです。」

 正直に言うと、すぐにローランドから返事が来た。

「そんなまさか。今更抵抗するつもりはありませんので安心して助けてください。それに、私はボリスに乗れただけで満足なんですから、これ以上事を荒立てたりはしませんよ。」

 先程まで自分に重火器を向けていた相手とは思えないセリフだ。

 こんなにすぐに自分の無害さをアピールするなんて、逆に怪しい。

(とりあえず、ヘクトメイルに乗ったまま救助活動すればいいです。)

 これなら何をされても自分の身の安全は確保できるだろう。

 そう決めた頃にはドギィは住宅地側の坂道を登り終え、ボリスが巻きつけられている橋まで到達していた。橋の中央あたりに見えるボリスは傷だらけで、驚くほど穴にピッタリとフィットしていた。

 ドギィはそのボリスに注意を向けながら再びその広い橋に乗り、ゆっくりと接近していく。そして、近づくにつれボリスがどんな状況にあるのかがよく見えてきた。

 ボリスは見事なまでにベルトに絡みつかれており、戦闘機のコックピット部分も巻かれてローランドは外にすら出られないようだった。あれでは緊急脱出も叶わないはずだ。

 ローランドもこちらの接近に気付いたのか、すぐに色々と要求してきた。

「やっと来てくれましたか。取り敢えずボリスをこの穴から別の場所へ運んでください。できれば2体掛かりで慎重にやって欲しいのですが……まぁ、あなたのヘクトメイルだけで我慢してあげましょう。持つ時は翼ではなく本体部分を優しく抱えるように……」

「……。」

 今から救助してやろうというのにこの態度はありえない。余程ボリスが大事なのだろうが、今そんなことを言うローランドの気がしれなかった。

 そんな図々しさに瞬時に嫌気が差し、憐憫の気持ちが一瞬にして消え去ったドギィは少し趣向を変えることにした。

「贅沢言わないでほしいです。」

 ドギィはボリスの元に到着するやいなや、その上にヘクトメイルの足を載せて体重をかける。すると、ミシリという嫌な音が聞こえた。

 その音が穴の開いた壊れかけの橋から発生したのか、それとも戦闘機自体から発生したのか定かではない。しかし、どっちにしても戦闘機が危険な状態に向かっているのは事実であった。

 すぐにローランドの焦りの声が聞こえてきた。

「あの、それ踏んでますよね。助けてくれるんじゃ……?」

「気が変わったんです。今ここで全部吐いてください。」

 折角なので、知っていることを全部言わせることにした。ローランド一人でこんな事ができるわけがないし、共犯者か主犯者がいると考えたからだ。

 だが、ローランドがすんなり話してくれるわけがなかった。

「ほほう、尋問するつもりですか。無駄だと思いますがね。」

 その声は完全にこちらを舐めているような口調だった。

 ドギィは更にヘクトメイルの脚に力を込め、重ねて言う。

「何から何まで自分に分かるように丁寧に教えてください。もし喋らないとこのまま踏み落とすつもりです。」

 そう言っている間にもボリスは落下に向けてどんどん穴へとめり込んでいく。

 しかし、ローランドの態度が変わることはなかった。

「仮にも私は軍人です。そんなちゃちな脅しに屈すると思いますか? 人も殺したことがないような若者が強がった所で無駄ですよ。」

 こちらの本気が全く伝わっていないらしい。

 ドギィは自らの本気を証明するためにあることを話すことにした。

「少なくとも20人。」

「いきなり何ですか、何を言っても私には……」

 ローランドのセリフを遮って、ドギィは言葉を続ける。

「自分が過去に殺した人間の数です。」

「はい?」

「賭け試合で怪我を負わせた相手は500人以上、その内の半分は再起不能になったと聞きました。後遺症で死んだ人の数を加えると軽く50人は越えるかもしれないです。」

 あまり口にしたくない事実だが、脅し文句としてはいい線いってると思う。

 しかし、これを言ってもローランドが折れることはない。それどことか、小馬鹿にするような口調で返事されてしまった。

「そうですか。で、何が言いたいのですかな。」

「……まだわからないんですか。」

 これ以上口で言っても無駄だろう。

 そう判断したドギィは暴力を加えることにした。

(狙い目は本人のなるべく近くです。)

 ドギィは特に警告することなく、ヘクトメイルの拳でボリスのコックピット部分を殴る。

 コックピットはベルトに巻かれていたが、そのベルトの隙間からコックピットのシールドにヒビが入るのが見えた。ローランドにもかなりの衝撃が加わったはずだ。

「いいですか。結果的に殺すことになっても、機械に乗っている相手なら容赦なく攻撃できるんです。その対象が自分を殺そうとした相手なら尚更のことです。……試してみますか?」

 淡々とした口調で丁寧に説明すると、以外なほど早くローランドは折れてくれた。

「わ、わかりました。どうせ七宮には秘密を厳守するほどの義理立てもありませんからね。……全く、最近の若者は恐ろしい。」

「なるほど、シチノミヤですか。」

 脅す必要なんてなかったのではないかと思うほど簡単にローランドは七宮の名前を出した。

 シチノミヤは自分とユウキタカノとの試合を邪魔した人だと聞いている。あの時は両腕を軍事用ワームに破壊されて大変だった。

(確か、シチノミヤは海上アリーナのハンガーに降りたはずです。故障してVFから出られないって言ってた気がするんですけど……。)

 今の段階では何とも判断できない。もっと詳しい話を聞く必要がある。

「では、その秘密を教えて欲しいです。……いいですか?」

 ドギィはローランドから更に情報を引き出すべく、再びボリスの上にヘクトメイルの脚を乗せた。


  5


「ほら、もうちょっとです。ジクスさん頑張って……」

「『頑張って』筋トレしたせいで胸囲がこんなに膨れ上がったんだ。……クソ、一瞬でもいいから小さくなってくれないかなぁ……うぐぐ……」

「おい、それユウキが聞いたらブチ切れそうなセリフだな。」

 ゲーム内のイベントと現在起こっている異常事態に関係性があると判断した槻矢は、現在海中のシェルターから抜け出すことに成功して、シェルターの入り口がある公園から少し離れた位置にいた。

 槻矢の目の前には開かれたマンホールがあり、ジクスはそこから出ようと苦しげに穴と格闘していた。槻矢はそれを助ける形でジクスを引っ張りあげているのだが、あまり効果はなかった。

 ここに至るまでの道程でも狭い道はいくつかあり、その度に槻矢とニコライはジクスを押したり引っ張っていた。

 その短い経験から、引っ張るのと押すのを同時にすれば短時間で狭い場所を抜けさせられるという事に気が付き、今まさに実践しているというわけだ。

「おい、これほんとに通るのか? もう腕に力が入らないんだが……」

 ニコライさんはジクスさんを押し上げるためにまだマンホールの中にいる。

 そのせいか、地下からは呻くような声が聞こえていた。

「ジクス、こんなことになるならツキヤについて行くなんて言わなかっただろ。」

 ニコライさんは冗談交じりにジクスさんに話しかけていたが、ジクスさんにはそれに真面目に答える余裕はないみたいだ。必至にマンホールから脱出しようと努力している。

「無駄話はいいから早く押し上げてくれ。本気で呼吸が苦しい。」

「そう焦るなって。もう肩は通過してるんだし、肩が通るなら全部通るはずだろ。」

「そうか? ……そうだな。」

 ニコライさんの言葉を聞いて何か納得したのか、ジクスさんは呼吸を落ち着かせる。

「ツキヤ、もう引っ張らなくていい。後は自分で這い上がる。」

「わかりました。」

 槻矢はすぐに返事をし、マンホールから少し離れる。

 ジクスさんは地面に手を着くと自らの体を持ち上げるべく腕に力を込める。すると、ズルズルとジクスさんの体が穴から出始め、すぐに腰まで外に出た。

 ここまで出れば後は簡単だ。ジクスさんは穴の近くに腰を着地させ、続けて足も穴から出す。……その足にはニコライさんがしがみついていた。

「こりゃ楽だ。」

 ジクスさんは男一人分の重さをものともせず持ち上げ、ニコライさんごと足を穴から出した。だが、ニコライさんは足にしがみついたまま離れない。

「ようやく出られたな。……ヘヘ、久しぶりに吸う娑婆の空気は美味いぜ……。」

「冗談はいいからさっさと離れろ。」

「へいへい。」

 ニコライさんはひと通り冗談を言い終えると、すぐにジクスさんから離れた。

 ――これで、3人全員がシェルターから外に出られたことになる。 

 結構時間が掛かったが、問題はジクスさんの体が大きいということだけで、他は目立ったトラブルもなく簡単にシェルターから出ることができた。……とは言っても経路など自分だけで調べることはできなかったし、2人のお陰でここまで来れたようなものだ。

「2人ともありがとうございます。ついてきてもらって正解でした。」

 服の汚れを叩いている二人に対し、槻矢は礼を言う。

 すると、まずジクスが反応した。

「いやいや、感謝されるようなことでもないぞ。非常口ってのはどんな施設でもあるもんだ。……少し狭すぎたがな。」

 そんなセリフに、すぐにニコライさんがツッコむ。

「いやいやお前がでかすぎるだけだって。というか、よくこの穴通れたな、ジクス。」

「ああ、まさか関節を外す技が役立つとは思わなかった。……それよりあれ見てみろ。」

 ジクスさんはサラッととんでもないことを言いつつ、大通りの方向を指さす。

 ごつい指に視線を誘導され、その先を見るとVFの足が見えた。それはつま先が上を向いた状態であり、VFが道路に倒れているのだとすぐに理解できた。

 遠目で見てもピクリとも動いていないし、機能停止しているに違いない。

 ニコライさんはそれを見ながら呟いていた。

「VF……? じゃあツキヤの予想は……」

「ああ、確かめに行くぞ。」

 ジクスさんはニコライさんが言い終える前に肯定し、大通りに向けて歩き出した。

「ちょっ、待てって。」

 ニコライさんは慌ててジクスさんの後を追う。僕も自分の考えを確かめるべく、2人のあとに続いた。

 最初は歩いていたものの、次第に3人は駆け足になり、すぐに大通りまで移動できた。

「うわ……マジか……。」

 まず最初に視界に飛び込んできたのは、先程遠くから見えていたVFの脚部だった。それは膝下から千切れたもので、膝関節より上に本体の姿は見られない。

 周囲に目を向けると他にも同じような光景が広がっており、大通りには大量のVFが転がっていた。また、殆どのVFの手足は千切れており、おまけにうつ伏せになっていた。

 背中からは骨のように白いフレームパーツが覗いていて、バッテリーを入れるための機構が剥き出しになっている。

 近くには電解液が漏れだしているバッテリーが転がっているし、機能を停止させるために乱暴に抜き取られたのだろう。いつも見る大通りからは想像もつかない光景に、槻矢は慄いていた。

「VF……全部機能停止してるみたいだな……。」

「本気でツキヤの言う通りだったのか……。」

 ジクスさん、ニコライさんは共に口を半開きにして大通りの悲惨な有様を眺めていた。

 ――ゲーム内のイベントが現実で行われている……。

 あまりにも現実離れしすぎていて気が狂いそうだ。ただ、狂ってしまうくらいならこうなった原因を突き止めてみたかった。

「これ、向こうまで続いてるな……。」

 ニコライさんはターミナルがある方へ顔を向けていた。

 見てみると、壊れたVFたちは連なってターミナルまで続いていた。中央エレベーターの方向にもVFの姿はあったが、それは途中で途切れていた。普通に考えるならターミナルからVFが出現したと予想できる。

 ジクスさんもそう考えたのか、今度はターミナルに向けて先頭を切る。

「どれも動く気配はないし、向こうまで行ってみるか。」

 ジクスの問いかけに対して、残りの二人は黙って頷く。

 そして、3人は進路を沿岸部のターミナルに向けて歩き始めた。

 ……その途中、壊れたVFを見ながら槻矢はふと思い返す。

(これ、エルマーがやったんだろうか……?)

 ニコライさんのゲーム機に映っていたエルマーはロングバレル40mm機関砲を装備していたはずだ。しかし、大通りに転がるVFには銃弾の類のもので破壊された形跡はなく、というか弾痕すら無い。……となれば、これはエルマー以外のVFによって破壊されたものだと考えていいだろう。

 その槻矢の予想は正しく、暫く大通りを歩いていると大通りに転がっているVFやエルマーとは違う、古めかしいデザインのVFが見えてきた。

 それはトライアローのメイルシリーズだった。

 すぐ近くにはエルマーもいたが、大通りのVFを破壊したのは彼らに違いない。

 しかし、メイルシリーズの2体は少し様子がおかしかった。

「あれ? 何でアクトメイルとオクトメイルが壊されてるんだ?」

「エルマーも、動いてないみたいだな。」

 ジクスやニコライの声に、槻矢は改めてそれら3体のVFを観察する。

 エルマーは輸送船の真ん前で膝をついており、コックピットは開けっ放しになっていた。それ以外の異常は見られず、傷も殆ど無いように見える。

 それと打って変わって、アクトメイルとオクトメイルはひどく損傷していた。

 高速機動が売りのアクトメイルは脚部をごっそり失っており、今は近くの建物に持たれ掛けるようにしていた。腕だけでそこまで移動したのか、付近の地面には体を引きずった跡が見られた。

 防御性能が売りのオクトメイルはもっとひどく、両アームと頭部パーツを失っていて、しかも体の前面には幾つもの破片が突き刺さっていた。今は仰向け状態で寝転んでいて全く動いていない。

 よくこれだけボロボロで原型を留めていないVFをオクトメイルと判断できたものだ。

(VFの集団にやられたのかな……)

 こうなった原因を考えながらしばらく遠くから観察していると、不意に上から爆発音が聞こえてきた。

 槻矢は咄嗟に上を向き、音の発生源を探る。

 その音はかなり小さく驚く程でもなかった。多分居住エリアで何かが行われているのだろう、この商業エリアからは何も見えなかった。

「ツキヤの言った通り、なんかヤバイことが起きてるみたいだな……。」

 隣にいるジクスさんも上に目を向けている。その表情は普段と違って真剣そのものだった。

(無理にシェルターから出ないほうがよかったのかな……。)

 今、この場所は思っている以上に危険なエリアなのかもしれない。次の瞬間には何かが飛んできて潰されている可能性だってあるのだ。

 我儘なことを言って半ば無理矢理2人を連れてきたことを槻矢は少し後悔していた。

 そんな感じで言い得ぬ不安を感じていると、近くで動きがあった。

「おい、アクトメイルが動き出したぞ……」

 そんなニコライの知らせを受け、槻矢とジクスはアクトメイルに注意を向ける。

 すると、脚を失ったアクトメイルのコックピットが唐突に開き、中からランナーがでてきた。

 アクトメイルのランナーはそのまま仰向けになって動かないオクトメイルに向けて移動していく。しかし怪我をしているのか、その歩き方は不自然であった。

 その様子を見守っているとすぐにランナーはオクトメイルに到達し、迷うことなくコックピットハッチに手を掛ける。

 だが、ランナーの手には力が入っておらず、ハッチはびくともしなかった。

「手伝うか……。」

 その一連の動きを見て、彼がオクトメイルのランナーを救出しているのだと判断したようで、ジクスさんはオクトメイルまで駆けていった。

 ニコライさんも無言でその後に続いていったが、僕はそれよりも上のことが気になって仕方がなかった。

(また爆発だ……。)

 上からは断続的に銃声や爆発音が聞こえてきている。しかも、甲高い航空機のエンジン音まで聞こえる気がする。

 槻矢は今居住エリアがどんな状況に陥っているのか、それを確かめたかった。だが、それを確かめる手段はかなり限られている。

 今から中央エレベーターに乗ってゆっくり上まで向かうか、それとも直接空を飛んで一気に上まで向かうか。

 答えはもう決まりきっている。

「……。」

 気がつくと槻矢はエルマーに向けて走りだしていた。

 エルマーなら飛行できるから簡単に様子を見ることができる。今は誰も乗っていないみたいだし、僕はエルマーの操作が得意なので問題ない。

 断りもなく乗るなんて失礼な行為で大それたことだけれど、今はそんな事を考えてる場合じゃない。状況を早く把握するのが今最も優先すべき課題なのだ。

 自分にそう言い聞かせながら槻矢は走り続け、すぐにエルマーの足元まで到達した。

 すると、その時になってニコライさんの声が届いてきた。

「おいツキヤ!! どうするつもりだ!!」

 槻矢は大きな声で素直に答える。

「このエルマーで上の様子を見てきます。」

「なにぃ!?」

 僕の言葉は予想外だったらしい。ニコライさんの驚愕する顔がよく見えた。

 ニコライさんは僕を止めようとしているみたいだが、オクトメイルとはかなり距離があるし、今から捕まえに来ても無駄だ。

 それからすぐに槻矢はコックピットに乗り込み、シートに置いてあったHMDを装着する。するとすぐにHMDにステータスが表示された。

(故障もないし異常もない……。単に降りてただけなのか……。)

 演習用VF以外のVFに乗るのは初めてだが、このエルマーだけは動かせる自信がある。

 その自信を確信に変えるべく、槻矢はすぐにエルマーを起動して動作を確かめてみた。

 右腕、左腕、腰の関節に膝、それに踝まで準備運動のように関節を回転させて、その操作感をコンソールの指先から感じ取る。

 大丈夫だ。

 ゲームと同じように動く。

 スラスターを使った動作はこんな場所では試せないが、そっちもゲーム通りにやればうまくいくはずだ。寧ろ、ここまでしっくりとした感触を得られるとは思っていなかった。

 槻矢はそれがとても、とても嬉しかった。

「はは……、意外と簡単かも……。」

 柄にもなく笑みを零して喜んでいると、コックピット内の通信機から聞いたことのない声が聞こえてきた。

「馬鹿はよせ。多分、今ドギィとローランドが戦ってる。巻き込まれたら死ぬかもしれないぞ。……今すぐエルマーから降りるんだ。」

「どなたですか……?」

「こっちだ、オクトメイルを見ろ。」

 言われるがままアイカメラでオクトメイルを見てみると、先程アクトメイルから降りてきたランナーが通信機を手に持って何やら話していた。

 近くにはジクスさんもいて、オクトメイルから救出したらしいランナーを抱えていた。救出されたランナーは意識はあるようで、彼もこちらを向いていた。

「聞いているのか。ローランドは敵だ。俺たち2人ともローランドにやられたんだ。今はドギィが戦ってるみたいだが、アレを相手に勝つのは難しい。……戻ってきたヤツに攻撃される可能性もある、危ないから今すぐ降りろ!!」

(そういう事か……)

 ……状況が掴めてきた。

 先程から上から聞こえている爆発音や銃声はドギィとローランドの戦闘音だ。エルマーから降りたということは、別のVFに乗っている可能性が高い。しかも、メイルシリーズの2体をここまで破壊できるのだから、性能もすごく良さそうだ。

 あと、大量のVF――プレイヤーが遠隔操作しているVFの集団からこのフロートを防衛していたと言うことも分かった。

 プレイヤーの目的はリーグチームのVFを倒すことだが、その標的のランナーたちは彼らの目的がフロートユニットの破壊だと勘違いしている。

 しかしそう考えると、ローランドがメイルシリーズに攻撃した理由が全く理解できない。

 他にも込入った事情があるみたいだ。

 こちらが無言で考えている間も、通信機からは説得のセリフが聞こえてきていた。

「VFを起動させられるってことはどこかのランナーなんだろうが、変な気を起こすな。今は大人しく助けを待ったほうがいい。他のフロートの防衛が上手くいけば、すぐにでも応援に来てくれるはずだ。」

「他のフロート……。」

 そう言えば、ゲームではここ以外のフロートでもイベント戦が行われているんだった。

 結構大規模だったし、イベントの目標の中には1ST、2NDリーグのチームが全て含まれている。勿論、アール・ブランも例外ではない。

「もしかして、結城さんも……?」

 独り言のつもりだったが、通信機からすぐに返答があった。

「――ああ、アールブランのユウキはキルヒアイゼンのツルカと一緒にダグラスの工場に向かったとドギィから聞いている。一番早く防衛に向かったらしいし、応援に来るのも一番早いかもしれない。……安心しただろう? だからVFのメインエンジンを切ってエルマーから降りるんだ。」

「結城さんも戦ってるんですか……。」

 槻矢はアクトメイルのランナーの警告をとことん無視して思いに耽る。

 ――高野結城さん。

 アール・ブランのランナーで、僕が尊敬してる人で、ランナーとしての目標の人で、強いしかっこいい人だ。そんな彼女と同じ舞台に立つことが僕の夢だ。

 それに、結城さんはランナーであると同時に、僕と同じコースに通う年上のクラスメイトで、メガネが似合う綺麗な女性でもある。

 そんな結城さんがフロートユニットを守るために戦っているのだ。

 彼女だけではない。僕と同じくらいの年のツルカさんも戦っている。

 ……僕にも何かできることがあるはずだ。

「僕はランナー育成コースの学生なんです。ついでに、エルマーの操作には誰よりも慣れてます。」

「おい!! 何をするつもりだ!?」

 槻矢は警告を無視して、とうとうスラスターを起動させる。

 アークジェットエンジンから甲高い音が響き始め、推力を得たエルマーは地面を離れてゆっくりと上昇していく。

(バランスよし、出力安定……大丈夫だ。)

 更に出力を上げると、やがて両脚が完全に地面から離れ、ついに槻矢はエルマーを宙に浮かばせることに成功した。

 足元には風が発生しており、小さなゴミや軽い瓦礫を吹き飛ばしているのが見える。

(浮いてる……いや、飛んでる!!)

 やはりシミュレーションゲーム通りの感触だ。これならほとんど自由に空中を飛ぶことができるだろう。

 ただ、現在はバッテリー駆動なので、エネルギー残量には注意しておくことにしよう。

 エンジンから発生した風はオクトメイルまで届いていて、HMDには風に耐えるジクスさんやニコライさんの姿が映っていた。

 2人は険しい視線をエルマーに向けていたが、口元は見ているこちらが気持ちがいいくらい笑っていた。それは、僕の行動を肯定してくれているような、応援してくれているような笑みだった。

「ごめんなさい!! 行ってきます!!」

 槻矢は外部スピーカーを起動させて2人にメッセージを送る。

 すると2人とも腕を上げ、グッドサインを返してくれた。

 ――それを見て槻矢は一気にスロットルを開く。

 エルマー内の出力が瞬時に上昇し、それに応じてボディ各所にあるアークジェットエンジンから高温高圧のガスが噴射する。

 その結果、エルマーは地上を離れて大空めがけて急上昇していく。

(お、おお……!!)

 ゲームでは感じられなかったGに耐えながら、槻矢の操るエルマーはどんどん高度を上げていく。地上にいるみんなもどんどん小さくなっていく……。

 そして、槻矢は5秒足らずでエルマーを空高く舞い上がらせることに成功した。

(やっぱりエルマーは最高だ……。)

 いつも中央エレベーターから同じ景色を見ているはずなのに、自分で飛ぶだけで全く違った景色に見えるから不思議だ。ローランドはこんな景色を何度も見て、体験していたのかと思うと羨ましくさえ思えてくる。

 ローランドで思い出したけれど、彼以外の人がこのエルマーを操作するのは初めてじゃないだろうか。そう思うと嬉しく感じられたが、後のことを考えると素直に喜べないでいた。

(後で叱られるだろうけど、故障させなかったら許してくれないかなぁ……。)

 かなり先の事を考えながら、槻矢はエルマーをエレベーターに沿うように飛ばし、高度を上げていく。そして、エルマーに乗り込んでから1分もしないうちに居住エリアが見える位置まで到達した。

 そこから見える光景に槻矢は息を呑む。

「うわ……ひどい……。」

 HMDに映ったのは、普段槻矢が見ている居住エリアからは想像もできないような悲惨な光景だった。

 中央タワービルと内壁部分を結ぶ橋は何本も崩れていて、その崩れた橋が住宅地に落ちて家を潰していた。爆発の後も多々見られ、ここで激しい戦闘が行われているのは明白だった。

 しかし、先ほどまで聞こえていた爆発音や銃声はいつの間にか止んでいて、居住エリアは静けさを取り戻していた。

(もしかして、もう決着がついたんじゃ……?)

 どちらが勝ったのだろうか。しばらく上空から居住エリア内を見渡してVFの姿を探していると、無数にある橋の一つの上で動きがあった。

「あれは……ヘクトメイル?」

 さらに、そのヘクトメイルの足元には平べったいベルトに巻かれた戦闘機があった。どこからどう見てもヘクトメイルがその戦闘機を攻撃しているように見える。

 スカイアクセラのローランドは空軍のパイロットだと雑誌に書いてあったし、ローランドが乗り換えのはVFじゃなくて戦闘機だったのかもしれない。……とすれば、その戦闘機を足蹴にしているドギィがローランドに勝ったということだろうか。

 どっちにしても危険な行為を見過ごすわけにもいかず、槻矢はエルマーをその橋まで向かわせる。

 橋と橋の合間を難なく抜けて移動していくと、ヘクトメイルが立っている橋が企業学校と学生寮のエリアを結ぶ広い橋であることが分かった。いつも利用していているのだが、上空から見たことはなかったのですぐに気付けなかったみたいだ。

 また、接近するまで見えなかったのだが、戦闘機の真下には穴が開いているらしく、ヘクトメイルは今にもその戦闘機を穴から下に落とそうとしていた。

(やばい、急いで止めないと……!!)

 慌てて近づくと、ヘクトメイルはこちらの存在に気が付いたのか、頭部をこちらに向けてきた。そして、すぐに通信機から男の人の声が聞こえてくる。

「――乗っているのは誰ですか? 返事がなければ攻撃します。」

 いきなり警告を受け、槻矢はエルマーを一時停止させて素直に自己紹介をする。

「あ、僕の名前は槻矢で、企業学校のランナー育成コースの2年生です。エルマーを借りて様子を見に来ただけなんですけど……ドギィさんが勝ったんですか?」

 確認するように通信機に向けて言うと、すぐに回答が返ってきた。

「そうです。で、あなたは敵じゃないですか?」

 答えてくれたはいいものの、続けざまに敵かどうかを疑われてしまった。

 ……ここであからさまに敵ではないと言うと逆に怪しまれてしまわないだろうか。

 とりあえず攻撃の意思が無いということだけ伝えればいいかなと思っていたが、敵か味方を問うヘクトメイルの手に嫌なものを見つけてしまった。

「あ、み、ミサイル……!?」

 ヘクトメイルの手はミサイルがあり、それに気付いた途端、こちらに向けて投げようとしてきた。

 そのせいで槻矢は咄嗟に否定の言葉を口にした。

「ち、違います、敵じゃありません!! ……というか危ないですよ!!」

「なんだ、それならいいです。」

 ドギィは振りかぶっていたミサイルをそのまま橋の上に置き、あっさりと警戒を解いてくれた。……ミサイルなんて物騒なものどこから取り出したのだろうか。生のミサイルを掴むなんて正気とは思えない。

 何はともあれ、安全を確認できた所で槻矢はエルマーを橋の上に着陸させる。すると、ヘクトメイルは戦闘機を踏むのを止めて、エルマーに近寄ってきた。

 そして何を思ったか、いきなり両腕を上に挙げてバンザイのポーズを取った。

「……?」

 何だろうかと思い黙っていると、そのままの体勢でドギィはこちらに要求してきた。

「自分を海上アリーナに連れて行ってください。そこに今の騒ぎの首謀者がいるみたいです。」

 なるほど、両腕を掴んで運んで欲しいということらしい。

 VFを一体吊り下げて飛べるのだろうかと疑問に感じたが、それよりもドギィのセリフの内容が気に掛かった。

「騒ぎの首謀者……ですか?」

 この騒ぎの犯人はゲームプレイヤーの操作を現実のVFに反映させた人物だと思う。どう考えても偶然ゲームプレイヤーが現実のVFを動かすなんて事態になるわけがないし、一介のプレイヤーがこんな大それた事をするとも考えられない。

 犯人は凄腕のハッカーか何かだろうか。もしそうだとして、そんな人物がわざわざ海上アリーナにいるのだろうか。そもそも、何の目的でこんな事をやったのだろうか。

(わからないなぁ……。)

 色々と疑問に思う槻矢であった。

 こちらが黙ったまま考えていると、話を疑っていると勘違いしたのか、ドギィはその事実を裏付けるように続けて話しかけてきた。

「この話は本当です。今ローランドから手に入れた情報なので間違いないです。」

 海上アリーナに首謀者がいるのは分かった。

 しかし、そこまでヘクトメイルを運ぶかどうかはまた別の問題である。

「海上アリーナにいるのは分かりました。でも、僕はそこに行くつもりはないというか……。エルマーも勝手に動かしちゃってるし、運ぶとしても他のランナーに任せたほうがいいと思います……。」

 槻矢は今更ながら、海上都市群で起こっている事件に恐怖を感じていた。この状況が危険だと本能で感じているのだ。

(勢い良く飛び出したのは良かったけど……やっぱり恐い……。)

 僕には実戦の経験がないどころか、試合の経験すらない。そんな自分にできることなんて偵察くらいなものだ。敵が待ち構えているかもしれない場所までVFを運ぶなんて出来ない。取り敢えず居住エリアの状況が把握できたのだし、これ以上は……。

 槻矢はこのままジクスやニコライの場所へ戻ろうと弱気になっていたが、空気の読めぬドギィの要求が変化することはない。

「いいからとにかく自分を運んでください。橋の間をあれだけ器用に飛べれば技量としては十分です。お願いです、時は一刻を争うんです。」

「『技量』って、……僕そんなに上手かったですか?」

「はい上手かったです。着地もすばらしかったし、半分はお世辞ですけど、ローランドより上手かもしれないです。」

 そんな適当なこと言いながらドギィはエルマーの腕をガッチリと掴んでくる。

「あの……。」

「自分を海上アリーナに降ろすだけでいいです。それ以上は望まないです。今、この海上都市であなた以上にエルマーを上手く操れるプロのランナーはいないです。お願いします。」

「プロのランナー……って僕のこと!?」

「はい、違うんですか……?」

 ドギィから見て僕はプロ並みの操作技術を持っているらしい。

 そんな思いもよらない嬉しいセリフに、槻矢の心は揺らいでしまう。

(プロのランナー、僕がプロかぁ……。)

 これだけ懇願されて槻矢の考えは少し変化し『関わるだけで危険だ』という考えから『運ぶだけなら危険じゃないかも』という考えに変わっていた。

 それからイエスと言うまでさほど時間は掛からなかった。

「……分かりました。連れていきます。」

 結城さんもツルカさんも頑張っているんだし、このくらいのことなら僕にもできる……と思いたい。

「良かったです。もし駄目ならコックピットから無理矢理引き摺り下ろすつもりでした。」

「そ、そうだったんですね……。それじゃ、早速……」

 本当に承諾してよかった。

 ドギィの願いを聞き入れることを決定した槻矢はヘクトメイルの両腕をがっちりと掴むと、エルマーのスラスターを全て下方に向けてアークジェットエンジンを始動させる。

 するとまずはエルマーの体が橋から離陸した。さらに、エルマーが上昇するに従ってヘクトメイルとエルマーを繋ぐ腕も伸びていき、ヘクトメイルの足が橋から離れたところで両VFの腕はピンと伸びた。

 案外簡単に持ち上げられるみたいだ。流石はエルマーである。

 そのままヘクトメイルを吊り下げたエルマーは上昇していき、ある程度の高度まで上昇するとスラスターの向きを変え、水平飛行に移った。

(これ、一生の思い出になるかもしれないなぁ……)

 航空機の操縦免許もなければスカイアクセラのチームに入れないであろう自分が、空を自由に飛ぶ機会なんて二度と無いだろう……。

 危険な事は御免だけど、なるべくエルマーに乗っていたい。

 そんな矛盾を抱えたまま、槻矢はドギィの要求通り、海上アリーナに向けて飛んでいった。


  6


 1STリーグフロートユニット。

 このフロートユニットは建造以来、メインフロートユニットに匹敵するほどの観光客を集めている。

 建造当初は世界初のVFBのスタジアムとして、続いては世界唯一の1STリーグのスタジアムとして、そして今でもVFBミュージアムとして多くの人を集めている。

 VFBファンにとってこの場所は一生のうち一度は訪れておきたい、言わばメッカなのだ。スタジアムが海上に移されてから活気は衰えたものの、今でもイベントや試合がある日にはそれなりに盛り上がっている。

 また、VFBフェスティバルはミュージアムで行われるので、未だにスタジアムはその原型を保ったままだ。今回の騒ぎでも被害は及ばなかったし、これからもそう滅多に形が変わることもないだろう。

「結構掛かりましたね、アザムさん。」

 骸骨のようなVF『パルシュラム』のコックピット内で、アザムはジンの声を聞いていた。

 現在、フロートに上陸してきた暴走VFの大半が機能停止状態にあり、残り一体を残す所になった。

 アザムはその一体の背後に立っており、透明なブレードを背中に押し当てている状態にあった。傍から見れば単に背後で腕を上げているだけに見えるだろう。

 しかし、ブレードが見えないだけで、確実にブレードの先端は暴走VFの背中に接触していた。もっと言うと、少し力を入れるだけでバッテリーを破壊できる状況にあった。

 その姿勢を維持したままアザムはジンに不平を言う。

「ジン、てめぇが無駄に矢を射ったせいで敵が全然攻めてこなかったじゃねぇか。おかげで俺は2体しか倒せてねェぞ。」

「いいじゃないですかアザムさん。こんな奴ら、アザムさんが手を下すまでもありませんから。」

 そう言うと、ジンの操る雷公は力こぶを作るように腕を曲げ、満足そうに頷く。

 そんなジェスチャーを眺めながら、アザムはパルシュラムのアームを前に押し出した。

「……これで3体目だな。」

 透明なブレードはするりと暴走VFの装甲を突き進み、すぐにバッテリーに刃先が到達したのか、電解液がブレードを滴って地面にこぼれ始めた。

 その電解液はブレードの形を僅かではあるが浮かび上がらせていた。

 最後の一体を串刺しにしたところで、アザムは改めて周囲を見渡す。

(かなり一方的だったな、静かなもんだ……。)

 現在いる公園に動いている暴走VFは見られず、機能停止状態のVFも3体しかいなかった。

 残りの29体の暴走VFはと言うと、そのほとんどが沿岸部分で雷公の矢を受けて機能停止していた。

 まず、輸送船のタラップにVFの山が一つ。次にターミナルの護岸部分に一つ。更に、公園の手前の細い道路に一つと言った感じで、動きが鈍る地点にまとまってVFの屍の山ができていた。

 もちろん、その全てに数本の矢が突き刺さっていて、首の付け根あたりから侵入した矢がそのまま背骨のバッテリーを貫いているようだった。30体近くのVF全てに命中させているのだから、これは神業に近い。

 実際、俺が倒した3体にも矢が突き刺さっていて脚部や腕部を貫いていたし、ほとんどジンだけで2NDリーグフロートユニットを防衛したといってもいいくらいだった。

(かなり弓の鍛錬を積んだみたいだな……。)

 神業とはいえ、何も神がジンに特別に与えた技ではない。あいつ自身が己の努力によって手に入れた、正真正銘あいつの技だ。この点だけは評価せざるを得ない。

「やるじゃねぇか、ジン。」

 褒めてやると、ジンは謙虚な返事を寄越してきた。

「そうですか? ……試合でもあれくらいバスバス当たると嬉しいんですけど、なかなか上手くいかないんですよ。」

 俺は1STリーグの試合も一応チェックしている。

 ジンの言う通り、殆どの対戦相手は簡単に弓の軌道を読み切って回避していたように思う。ただ、その中で1チームだけ例外があった。

「確か、ラインツハーには全部命中してるだろ。」

「そうでした。でも、ラインツハーは装甲が硬すぎてなかなか刺さらないと言うか……。」

「はい? 呼びましたか?」 

 ラインツハーのランナーのイアンの声がして、アザムはそこにラインツハーがいた事を思い出した。不覚にも、今の今まですっかりその存在を忘れていたのだ。

 なぜなら、ラインツハーは敵を1体も倒してないどころか、1歩も動いていなかったからだ。得にやることもなかったし別に責めるつもりはないが、ラインツハーからはやる気というものが全く感じられない。

 ジンがいなかったらどうなっていたことか……。

(ま、硬いことだし、丁度いい囮にはなれただろうな。)

 もう終わったことを考えつつ、更に公園を見ていくと雷公の背後に矢筒を発見した。

 何箱もあるそれは全て空になっていて、それを見たアザムは思わず言ってしまう。

「あーあ、ほとんど射ちやがって……もったいねェな。」

 一本あたり値段はいくら位するのだろうか。あれでいて結構大きいし、素材のことを考えるとそこら辺のダグラスの安価な武器よりは値が張るだろう。

 アザムが矢のことで呟くと、ジンがすぐに反応した。

「矢ならまだ残ってますよ。ほら。」

 そんな答えにつられてアザムは雷公を見る。すると、雷公の手には1本だけ矢が握られていた。アザムはパルシュラムのアイカメラ越しにそれを見る。

 親指と小指の腹で下を支え、残り3本の指で上から押さえる持ち方にイラッと来たものの、やはり矢自体の完成度は高く、値段も想像以上に高いような気がした。

「残ったのはそれ一本だけか。」

「そうですけど、……弓も見てみます?」

 ジンは弓を持ち上げたかと思うと、いきなりその矢を弓に番え、何も言わないまま矢尻をこちらに向けてきた。

「!!」

 その瞬間、アザムは『矢を向けられた』という状況に咄嗟に反応し、パルシュラムを操作して身を屈ませる。すると、雷公は迷うことなく矢を放ってきた。

 矢はしゃがんだパルシュラムの上を通過し、その先にいたラインツハーに命中する。

 ……が、矢はラインツハーの硬い装甲に弾かれ、あさっての方向に飛んでいった。

「な、何ですか!? 敵の攻撃ですか!?」

 イアンは全く状況が掴めていないようで、外部スピーカーからはオロオロとした情けない声が発せられていた。

 アザムはゆっくりとパルシュラムを元の体勢に戻しながらジンに声を掛ける。

「――ジン、笑えねェ冗談だな。」

 雷公は矢を射ったままの姿勢で固まっており、そのアイカメラはこちらをしっかりと見つめていた。

 その後しばらく沈黙があり、雷公の弓の弦の震えが止まってからジンが言葉を発する。

「……センパイ、回りくどいのは嫌いなんで先に言っときます。俺は今回の事件を起こした側の人間なんです。簡単に言うと実は敵なんですよ。」

 内容とは裏腹に、ジンの口調はなぜか清々しかった。

「そうか……で?」

 これしきの事で驚く俺ではない。短い言葉で訊き返すと更にジンは詳しく話してきた。

「実は、ここで足止めするように言われてるんですよ。だから俺と戦ってもらえますか?」

「そういうのは矢を射つ前に言え、馬鹿が。」

「あ、なんかすんません、センパイ……。」

 間の抜けた謝り方に、アザムは呆れ果てていた。

 弓による不意打ちが失敗した後だというのに、改めて戦いを申し込んでくるとは……相変わらず微妙にズレた奴だ。

(というか、俺と戦うつもりだったら矢を残しとけよ……。)

 ついでにアザムはジンの取るべきだった行動を指摘していく。

「今『足止め』って言ってたが、俺らを足止めするのが目的なら、何も言わずにそこのVTOL壊せばいいだろうが。」

「あ、ホントだ……。」

 ジンの感心した声を耳にしつつ、アザムは更に続ける。

「それと、いちいち自分が犯人の一味なんて言わずに黙って戦ってりゃ『VFが勝手に動いた』とか何とか言って言い訳できただろ。なのにペラペラ自白してんじゃねェよ。もっとよく考えて喋れ……ったく。」

 言いたいことを言い終えると、雷公からジンの笑い声が聞こえてきた。

 その笑いは聞いているこちらも気持ちがいい、爽快な笑い声だった。

「アハハ……やっぱり優しいですよね、センパイは。」

「気が済んだか?」

 何か達観したようなジンのセリフを聞き、アザムは話を終わらせるべく、言いたいことを簡潔に伝える。

「今なら許してやるからさっさと犯人の事を教えろ。そいつをシメてこの騒ぎを終いにさせるぞ。いいな?」

 アザムは最大限の譲歩をジンに提示した。後で殴ることに変わりないが、敵のことを知っているジンがいれば有利に犯人を追い詰めることができる。

 しかし、ジンから返ってきたのは否定の言葉だった。

「それは無理です。足止めするって約束しましたし……。」

 迷いのない返事にジンの決意の強さが窺える。

 これ以上下手に出ても意味は無いだろう。俺が許してやると言っているのに断るなんて、ジンにしてはいい度胸だ。

 提案を断ったジンは続いて本音も言ってきた。

「あと、案外これも悪くないかなって思ってるんですよ。こんな事がないとセンパイと戦える機会なんて無いですから。」

「そうか。確かにいい機会かもな。」

 俺もそろそろ引退が近い。

 ジンには既にそのことを話しているし、ジンが戦闘を望んでいる原因は俺にも少なからずあるのかもしれない。

 ならば、この戦いに関してだけは俺が始末をつけるべきだろう。

「よし分かった。ここじゃ手狭だしフロートの真ん中のスタジアムに行くぞ。……途中で矢も補充してこい。」

「分かりました……アザムさん。」

 ここまでお互いVFを動かさないまま対峙していたが、こちらがスタジアムに向けて移動し始めると、雷公も弓を降ろして歩き始めた。

 ……そして、ラインツハーも動いていた。

「逃がさないですよ!!」

 イアンの威勢のいい声がしたかと思うと、ラインツハーが巨大な鎚を振りかぶったままパルシュラムの横を通過し、雷公目掛けて走っていった。

 重々しい外装甲を纏っているせいで動きは鈍いが、それが予想外の出来事だったせいでアザムはラインツハーを止めることができなかった。

「オイ待て!!」

 アザムの制止の声も虚しくラインツハーはあっという間に雷公に接近し、迷うことなく鎚を振り下ろした。

 その鎚は先端にドリルのついた大きなもので、弾いたりいなしたり防御できるようなものではなかった。これを防ぐには回避するか、先に攻撃して動きを制限する以外に方法はない。

 しかし、完全に油断している上に、矢を失って攻撃手段の無い無防備な雷公にはそのどちらの行動も取れそうになかった。

 その結果、雷公はその鎚によるスタンプ攻撃を無謀にも弓で受け止めることとなった。

 雷公は弓の両端を持って上に掲げており、すぐに鎚と弓が衝突する。

 当然、その衝撃を受け止めきれるわけもなく、弓は真ん中で折れて雷公の手から弾け飛んでしまう。さらに弓は幾つもの破片になり、バラバラになって遠くの地面に落ちた。

 衝撃からして雷公もかなりのダメージを負ったのではないかと予想したのだが、そんな予想に反して雷公は無事なようだった。

「あぶねー……。」

 ラインツハーの攻撃の後、ジンの安堵の声が聞こえてきた。

 どうやら、弓は失ったものの雷公自体にダメージはなかったようだ。弓を失って素手になった雷公はラインツハーから距離をとっていた。

 弓を破壊したイアンはというと、地面にめり込んだ鎚を引っこ抜き、再び上に振り上げていた。

「状況が良くわかりませんが、雷公はこちらの敵だと判断していいんですね? だったらこれで武器は破壊したし、恐るるに足りないですね。このまま追い込めば楽勝でしょう。」

 そんなことを言って息巻くイアンにアザムは警告する。

「おいちょっと待て、てめぇは引っ込んでろ!!」

 凄みを効かせて怒鳴ったものの、イアンはこちらの言葉を無視して得意げに鎚を振り回し、再び雷公目掛けて走っていく。

 ジンもこちらと同じく横槍を入れられて苛立っているのか、怒りのこもった声が聞こえてきた。

「ちょっとは空気を読めよ、雑魚ランナーが……。」

 ジンはそう言って、雷公の両腕を左右に大きく広げさせる。

 あの鎚に対抗するつもりなのだろうか。だが、弓射に特化された雷公が素手でどうにかできるとは思えない。

 イアンも同じ事を考えていたのか、雷公の動作を鼻で笑っていた。

「ハッ、誰が雑魚だと? 弓も矢も失ったあなたに言えたセリフじゃないですね。」

 イアンが攻撃をやめる気配はなく、ラインツハーは雷公にどんどん迫っていく。

 そしてとうとう鎚が振り下ろされた。

「この一撃で終わりです!!」

 トドメと言わんばかりの掛け声が聞こえたかと思うと、いきなりラインツハーの動きが止まり、鎚は勢いを失って雷公の手前の地面に落下した。

 それは急ブレーキというレベルでは説明できぬほど唐突な停止で、不自然な制動であった。

「あ、あれ……?」

 ラインツハーは雷公の目の前で鎚を振り下ろした姿勢で固まっており、イアンは頼りない声を上げていた。

「どうなってるんだ? なんで動かな……」

「邪魔だ。黙ってろ。」

 ジンがそう告げた途端、ラインツハーの外装甲に無数の切れ目が入り、それからすぐに装甲がバラバラになって本体から剥がれ落ちた。

 破壊された装甲は地面にぼとぼとと落ちていき、あっという間にラインツハーのフレームがむき出しになってしまった。

(何だ……?)

 この時点でラインツハーがその機能を停止したのは誰の目に見ても明らかだった。

 しかしラインツハーの崩壊はそれだけで終わらず、腕や脚、さらに頭部まで綺麗に切断されていく。そして最終的に残ったのはコックピットとその周辺のパーツだけになった。

(何が起こった……いや、何をしたんだ?)

 アザムは現実離れしたその光景に驚きを隠せなかったが、取り乱すことなく今起きた事態を冷静に分析する。

 雷公を見ると、両腕を大きく開いて背後に伸ばしていた。それは何かを思い切り振り下ろした後の姿勢であるようにも見えた。

 さらに雷公の腕の先、手を見ると、そこにきらりと光るものを見つけた。

(……糸か?)

 目を凝らしてみると、雷公の手元から細い糸が出ていることに気が付いた。

 そして、それだけでアザムは雷公の攻撃手段を理解した。

「ワイヤーか。考えたなァ、ジン。」

 多分、あのワイヤーは弓の弦に使われているものと同じような素材でできているに違いない。弓であれだけ強力な矢を放てるのだから、その強度たるや想像を絶するほどだろう。

 攻撃手段を知らなかったとは言え、雷公がラインツハーにワイヤーを絡めたことに全く気が付かなかった。

 そのことを考えると、隠密性や視認のし難さはパルシュラムの透明のブレードを確実に上回っている。

 後先考えず矢を大量に放っていたのも、この武器を使うつもりだったからだろう。

 もしラインツハーが雷公に襲い掛からなければ、俺があのワイヤーの餌食になっていたかもしれない。一応イアンには少し感謝しておいてやろう。

 ラインツハーがバラバラに破壊された後、アザムはワイヤーに対してどう戦うか考えていたが、その間に雷公は軽く手首を捻ってワイヤーを巻き取り始めた。

 細いワイヤーは巻尺とは比べ物にならぬほど瞬時に手のひらの穴へと入っていき、すぐに見えなくなってしまった。

 ところが、ジンは再びそのワイヤーを出してわざわざ説明し始める。

「正確にはワイヤーでも鋼糸でもないんですけど、とにかくこの糸の切れ味は抜群です。」

 さらに、丁寧にもジンは再びワイヤーによる攻撃を見せてくれた。

「アザムさん、あの木を見ててください。」

「……。」

 アザムは言われた通りの場所へ視線を向ける。

 すると、雷公が腕を振った瞬間に近くに生えていた樹が輪切りになり地面に倒れた。

 ジンの言う通り切れ味は抜群、あの糸に捕まればどんなVFであれ一巻の終わりだ。装甲の厚さが自慢のラインツハーですらあの有様なのだから、パルシュラムのような骨と皮しかないようなVFなら瞬時にバラされてしまうだろう。

 だからこそジンはワイヤーの存在をわざわざこちらに知らせたのかもしれない。

 ジンも不意打ちのような勝ち方は望んでいないらしい。……本当に変な奴だ。

 俺はジンのそんな所を気に入っているのかもしれない。

 ……だからと言って、手を抜くつもりはなかった。

「本気で闘る気なんだな?」

 ジンはワイヤーを巻きとりながらすぐに返事してくる。

「そうですアザムさん。さっきも言ったんですが、そう約束したんで。」

 アザムもすぐに言葉を返す。

「そうか……二度と馬鹿なことしないように灸を据えてやるよ。」

 もう何も言うことはない。

 アザムもパルシュラムを操り、ワイヤーに対抗するべく硬化性透過流動体で特殊な形状のブレードを形作る。

 ブレードの形状が相手に見えないのがパルシュラムの強みである。

「知ってると思うが、俺の武器は透明だ。出したり消したりもできるからな、それだけは頭に入れておけよ。」

「……。」

 公平にこちらの武器のことも知らせたが、ジンは既にそれを知っていたのか、雷公の頭が微かに上下に動いていた。

「よし、じゃあ俺は先にスタジアムに行ってるからな。次に会ったらすぐに闘るぞ……いいな?」

「了解です。すぐに行きます。」

 ジンの返事を聞きつつ、アザムはパルシュラムを旧スタジアムに向かわせる。

(勝たねェとな……。)

 アザムの頭の中は既にジンとの戦闘のことで一杯だった。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 とうとう七宮まで動き出し、結城は敗北してしまいました。しかし、鹿住が用意したVFがあるので何とかなりそうです。

 また、各フロートユニットでもランナー同士による戦闘が開始されました。

 次の話では、ようやく結城が諒一と再開することになります。

 今後とも宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ