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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
空の支配者
43/51

【空の支配者】最終章

 前の話のあらすじ

 スカイアクセラとの試合に勝利し、1STリーグでの全ての試合が終了した。アール・ブランは6勝1敗という好成績を残すことができた。

 また、諒一がアール・ブランから離れてしまうかもしれないという事も発覚し、その時結城は諒一に対する自分の気持ちを知ることとなった。

最終章


  1


 恋というのは厄介なものだ。

 諒一のことを思っただけで動悸や目眩がするし、自分でも情緒不安定なのが分かる。この間もなぜか涙が勝手に出てきたし『恋は病』というのもあながち間違ってないのかもしれない。

 こういう時、普通の女の子はラブソングでも聞いて心を落ち着けるのだろう。しかし私はそんな音楽データは持っていないし、携帯端末に入っているデータの大半がVFB関連の試合動画だ。

 まぁ、その動画を見ると気持ちが落ち着くので良しとしよう。

 それにしても、こんなに急に諒一のことを意識してしまうとは思ってもいなかった。

 あれから夢にまで出てくるし、諒一のことを考える時間もぐんと増えた。確かに、海上都市に来てからというもの、私は諒一のことを異性として好きになり始めていた。なので、こんな事になったのは自然な流れとも言える。

 そうだとしても私は自分の感情を制御し切れずにいた。それだけ諒一への想いが強いのか、それともただ単に私が恋愛下手なだけなのか……。どちらにしても、この感情はしばらく私を支配することだろう。

 そんな事を考えていると、またしても諒一のことが頭に浮かんでしまい、結城は赤面した顔を隠すように深く帽子をかぶり直した。

 ――現在、結城はアール・ブランのチームビルに向けて、1STリーグフロートユニット内を徒歩で移動している。今日は今シーズン最終試合の日なので、ランベルトや諒一と一緒に海上にある1STリーグのアリーナに行き、そこで観戦するつもりだ。

(諒一と会うの、久しぶりだな……。)

 ここ最近……というか、スカイアクセラとの試合があった日の夜に仮眠室で2人きりで話してから、諒一とは顔を合わせてないので、会ってどうなるか分からない。

 2週間近く諒一と会わなかったのは初めてのことではないだろうか。

 向こうが私を訪ねて来なかったのは意外だったが、こちらとしては顔を見ずに済んで幸いだった。何をどう対応したらいいのか、自分でも全く分からなかったからだ。

 実際、今もどうやって諒一に話しかけたらいいのか分からずにいる。

 今日も諒一と会うくらいなら観戦に行きたくないと考えていたのだが、今日ばかりはランナーとしての私の気持ちが、恥ずかしさに勝ったというわけだ。

(それにしても人が多いなぁ。)

 シーズンの最終試合があるとは言え、この人の多さには驚く。

 今日は旧1STリーグのスタジアム、今はミュージアムになっているその場所で巨大モニターで試合の様子を観戦できるらしいので、ファンが押し寄せているということらしい。

 このファンの集団を見て、結城はVFBフェスティバルのことを思い出す。

 あの時、人生初のVFBフェスティバルを、しかもチーム側から体験できるとは思ってなかった。四六時中ランナースーツで対応するのは疲れたが、スタジアム内にVF達が集合するあの壮観な光景は一生忘れられないだろう。

 今は試合で盛り上がっているが、このシーズンが終わればすぐにVFBフェスティバルだ。

 近いうちにアカネスミレも運びこむことになるだろうな、とミュージアムを見ながら歩いていると、ファンの興奮気味の声が聞こえてきた。

 試合開始時刻も近いせいか、既にファンたちは興奮状態にあり、騒ぎ立てているファンがミュージアムの外まで漏れていた。

 結城はそんなファン達に接触しないよう、人ごみを避けながら歩いていく。

 そんなこんなで迂回していると、チームビルに到着するのに普段の2倍くらいの時間が掛かってしまった。

(……早めに出発しといて正解だった。)

 アール・ブランのビルに到着すると、結城はそのまま海側にある輸送船ドックまで移動していく。そのドックからVF用の輸送船を使って海上アリーナまで行く予定だ。

 ビルの一階部分を奥へと突き進み、やがて大きな扉をくぐると輸送船ドックに出た。

 そこは開けた場所で天井はなく、あるのは大きなクレーンが2台と、そしてVF用の輸送船だった。輸送船は停泊状態であり、幅の広いタラップが船と陸地との間に架けられている。そのタラップの近くには、タバコを吸いながらどこかを見ているランベルトがいた。

 ランベルトが顔を向けているのはドックと外部を結ぶ機材の搬入口であり、何かを待っているようにも見えた。

 そんな姿を見ながら近づいていくと、こちらの足音が耳に届いたのか、数メートルまで接近した所でようやくランベルトは私の存在に気付いてくれた。そして、ランベルトは口からタバコを外して話しかけてくる。

「よっ嬢ちゃん。時間通りだな。」

「うん、おはようランベルト。」

 結城も挨拶を返すとランベルトは再びタバコを咥え直した。

 それを視界の端に捉えつつ結城は周囲に目を向ける。ドックにはランベルト以外に人の姿はなく、静かなものだった。

 そんな風に見渡している仕草を誰かを探している動作と勘違いしたらしい、ランベルトは脈略もなく諒一のことについて話し始めた。

「リョーイチならついさっき最後の機材を積み込みに行ったぞ。まぁ、そろそろ戻って来るだろ。」

「別に諒一のこと探してたわけじゃ……。」

 咄嗟に反応してみせたが、それよりもランベルトのセリフの中に気になる言葉があった。

「……機材を積む?」

 なぜ観戦するだけなのに機材を積まなければならないのだろうか。

 結城はそれを不思議に思い、停泊している輸送船の中を遠くから覗いてみる。……するとそこにはアカネスミレの姿があった。そのアカネスミレは既に船に固定されており、仰向けで太いワイヤーによって縛られている状態にあった。

 それを見て結城は思わずランベルトに事情を訊く。

「今日って観戦だけだろ。なんでアカネスミレも持って行くんだ?」

 ランベルトは私が事情を知っているものと思い込んでいたのか、私の質問に逆に驚いているようだった。

「嬢ちゃん、ツルカから今日の事は聞いてねーのか?」

 話を聞いたことには聞いたが、アカネスミレの輸送のことは一言も聞いてはいなかった。

「……ツルカはオルネラさん達と一緒に海上アリーナに行くって言ってたけど。」

 結城はツルカから聞いたことを簡素に伝える。すると説明が必要だと判断したのか、ランベルトはタバコの火を消して携帯灰皿の中にねじ込んだ。携帯灰皿の投入口には、収まりきらない吸殻が見えていたが、ランベルトは無理やりそれらを押し込んで説明し始める。

「諒一から報告を受けたんだが、今日は海上アリーナのハンガーでオルネラさんと合流して、そこでアカネスミレの細かい箇所を診てもらうんだと。……多分システムの調整か何かだろ。さすがに操作系のソフトのアップデートまでは諒一だけじゃできねーからな。」

「それでアカネスミレごと持っていくのか……。」

 ランベルトの話を聞くと、凄く非効率的に思える。同じフロート内にいるんだし、オルネラさんをこっちのラボに呼んだほうが早いのではないだろうか。それにアカネスミレを移動させるのなら、直接キルヒアイゼンのラボに移送したのでいいと思うのだが……。

 そんな疑問を浮かべて怪訝な表情を浮かべていると、より詳しくランベルトが説明してくれた。

「面倒くさいがこれも仕方ない話だ。いくらチームのオーナーといえど、フレームの基幹システムを外には持ち出せないだろうからな……。だから、適当な理由をつけてシステムごとファスナを海上アリーナまで輸送して、そのハンガー内でアカネスミレに再度コピーするんだろ。」

 そう説明されると結城にも理解できた。これなら1STリーグの海上アリーナまで運ぶのも頷ける。キルヒアイゼンはアール・ブランへの支援を公言していないのでこのくらいの対策を取らないと駄目なのだろう。

(……それにしても、これだとまるで人目を偲んで逢う恋人同士みたいだな……)

 周囲に反対され続けてもずっと2人は秘密の場所で逢い続ける……。そんな物語を読んだことがある。そして大抵の場合、結局は周りにバレて破局してしまっていた。

 その物語に則するわけではないが、アール・ブランがオルネラさんに助けてもらえるのも長くないだろう。

「大変だな……。」

 結城は改めてアール・ブランのエンジニア陣の苦労を知り、同情するように呟く。

 そして、結城はなぜVF用の輸送船で移動するのか、今さらながら納得してしまった。むしろ、初めに聞いた時に気付いておくべきだったかもしれない。

「でもさ、ハンガー内で作業してたらキルヒアイゼンのスタッフに怪しまれないか?」

 またしても疑問が思い浮かび、すぐにそれを言うと、ランベルトは“問題ない”という感じに軽い口調で答えた。

「作業するのは試合中だし、他のスタッフが対戦に気を取られてる間にこっそりやれば大丈夫だ。それに、アカネスミレをじかにキルヒアイゼンのハンガーに運びこむわけでもないし、心配いらねーだろ。」

 毎度ランベルトの言う事は信用できないが、今回はオルネラさんが協力してくれるし多分問題ない。

 そうやって疑問を自己解決すると、やがてドックにトレーラーが現れた。

 ランベルトはそのトレーラーに手を振る。すると、それに応じるように大型車特有の低い音のクラクションが鳴り響いた。どうやら必要な機材をラボから持ち出せたようだ。

 ……ちなみに、輸送船ドックは直接ラボと繋がっていないため、VFを輸送船に乗せるには一度建物の外に出ないといけない。時間がかかったのもそのせいだろう。

 そのトレーラーにはコンテナが1つだけ載っており、それはすぐにクレーンによって持ち上げられて輸送船に積まれてしまった。

 そして、そのトレーラーは待ち人も運んできていた。

「お、ようやく来たか。」

「すみません、機材の積み込みに手間取ってしまって……。」

 そう言ってランベルトに謝りながらトレーラーから降りてきたのは諒一だ。

「あ……。」

 久しぶりに見る諒一は、最後に見た時とあまり変わらない。にも関わらず、諒一を見ただけでなぜだか心拍数が上がり、顔面が熱くなるのを感じていた。

 しかし焦ることはない。自分がこうなってしまうのは事前に予想していた。

 だからと言って、冷静になった所で普段通りに諒一と接することができるわけもなく、結城は諒一の方に顔を向けることさえできなかった。

 さらに諒一が近寄ってくると、結城は諒一から距離を取るようにランベルトの背後へと移動する。その行動はかなり不審に思われたらしく、すぐに諒一が話しかけてきた。

「どうしたんだ、結城?」

 普通に話しかけられ、結城の心拍数は更に上昇する。

 ……もう駄目だ。

 自分でも、会話ができないくらいのぼせ上がってしまうとは思ってなかった。このまま黙ったままだと絶対に悟られてしまう……。それだけは、諒一に私の気持ちが知れることだけは何とかして避けなければならない。

 そんな強い思いは、辛うじて結城に一言を喋らせていた。

「……先に乗って、諒一。」

 これ以上見られたくない、という結城の気持ちが自然とそう言わせたのだろう。諒一はあまり状況を把握できていないようだったが、何も疑うことなくその言葉に応じた。

「分かった。先に船に乗ればいいんだな。」

 諒一は呆気無いほどの無反応で、そそくさと輸送船の中へ乗り込んでいった。

 結城は横目でそれを確認すると安堵の溜息をつく。

「ふぅ……。」

 ヤバイくらいに心臓がドキドキしている。まるで、これまでの18年間分の想いが一気に溢れでてきたみたいな感じだ。心のダムが決壊寸前である。むしろ大絶賛決壊中である。

 姿を見ただけでこんなになってしまうとは……私は、本当の本当に重症みたいだ。

 逆に、私が諒一を襲わないか、自分の理性に自信が持てない。

「おい、嬢ちゃん……。」

 ふと、すぐ近くからランベルトの声が聞こえてきた。そう言えば、諒一の視線を遮るために盾にしていたのだった。

 盾にされたランベルトはというと、私の異常な行動にかなり困惑しているようだった。

「いきなりどうしたんだ? 珍しくリョーイチと喧嘩でもしてんのか?」

 そう解釈してくれるならそれでもいい。変に煽られるよりは随分ましだ。

 結城はランベルトの言葉を軽く無視して、ノーリアクションで否定した。

「ぜんぜん違う。……いいから早く船に乗るぞ。」

 なんとかその場を凌ぐと、結城はランベルトの背中から離れ、タラップを跨ぐようにして輸送船へと跳び移る。

 輸送船はフロートユニットとは違い揺れていたが、この揺れにも慣れたものだ。

 結城はそんな波揺れをものともしないでメンバー用の座席がある船室まで移動していく。

 その途中、船の中に諒一の姿はなかった。……多分すぐに船室まで移動したのだろう。

 そのまま諒一と遭遇することなく船室まで到達すると、結城はドアに取り付けられた円形のガラス窓から中の様子を窺う。中には床に固定された椅子が等間隔に並べられており、人はだれもいないようだった。

(諒一、先にアカネスミレとかコンテナの様子を確認しに行ったのか……。) 

 諒一がいないなら好都合だ。今のうちになるべく目立たない隅のほうの座席を陣取ろう。そうすれば、諒一から十分に距離を取れるはずだ。

 今の私は、諒一の声が聞こえるだけで、諒一の姿を見るだけで気が動転してしまう。そんな挙動不審な姿を諒一本人に見られたくはなかった。

(さて、どこに座れば目立たずに済むか……)

 必至に位置取りを考えながら扉に手をかけると、不意に誰かが私の背後で囁いた。

「結城、この間の相談のことで伝えておきたいことが……。」

「!!」

 それは諒一の声だった。しかもかなり近い距離から耳元で囁かれたらしく、諒一の息遣いがはっきりと伝わってきていた。

 結城にとってそれは全くの不意打ちであり、耳元で聞こえた声と共に発生した諒一の吐息は結城の首筋に当たり、一瞬だけではあるが結城の全身の感覚を麻痺させてしまう。

 これが俗に言う“ゾクゾク”という感覚なのだろう。鳥肌とはまた違った、新鮮で強烈な感覚であった。

 また、そのせいで結城は背後にいる諒一の存在を強く感じてしまい、その事実は結城の体から力を奪い、力の抜けてしまった結城は為す術もなくその場にへたり込んでしまう。

「ひゃあ……ぅ……。」

 おまけに変な声まで出て、最終的に結城は恥ずかしさのあまり、通路に尻餅をついたまま動けなくなった。

 しかし、そんな私の反応を一瞬で理解出来るはずもなく、諒一は「ちゃんと聞いて欲しい」と言うと、私に合わせてしゃがんできて、耳元で話し続ける。

「……大学には進学しないことに決めた。これからもずっと傍にいるから、機嫌を直して欲しい。」

 ランベルトと同じく、やっぱり諒一は私の不自然な態度を怒りによるものだと勘違いしているようだ。

 結城は頭を上下に振り、なんとか息を捻り出してか細い声で返事をする。

「うん……。」

 しかしそれ以上言葉が続かない、なぜなら結城は諒一のセリフを聞いて悶えていたからだ。

 ……私の事を考えた選択をしてくれたことは嬉しい。

 だがそれ以上に『ずっと傍にいる』というセリフが私の心を完膚なきまで撃沈させた。

 今も恥ずかしさと嬉しさのせいで口元がありえないくらいに緩んでいる。

 結城はそんな顔を見られたくなかったため、諒一にこう告げるしか無かった。

「ごめん諒一、船から降りて……。」

「結城?」

 諒一はいきなり下船するように言われて戸惑っているようだった。

 本来ならば私が船を降りればいいのだが、あいにく今は腰が抜けてしまって動けそうにない。なのでこう言うしか他に方法が無かった。

「お願い、何も言わずに降りて……。」

 2度お願いをするとようやく分かってくれたのか、諒一は私から離れた。

「……わかった。」

 諒一の不可解そうな口調からは、私がなぜこんな事を言うのか理解出来ないという考えが読み取れた。問答無用で下船を要求して申し訳ないが、こればかりはどうしようもない。

「本当ごめん。別に嫌いになったとかそういうのじゃなくて、今傍にいられるとヤバイというか見られたくないというか。」

 今さらながら訳のわからぬ言い訳をしていると、ランベルトも遅れてやってきた。

 ランベルトは何も言わないで私たちの様子を観察していたが、諒一が船から降りようとするとその諒一を引き止めた。

「おいリョーイチどこ行くんだ。もう出発だぞ?」

「ごめんなさいランベルトさん。先に行ってください。こっちはターミナル経由で遅れて行きます。」

 諒一はそれだけ告げると、ランベルトの言葉を待たずしてそのまま船の外に向けて行ってしまった。

 諒一が通路からいなくなって視界から消えると、結城は船室のドアにおでこを付けて改めて心を落ち着ける。

(何やってるんだ、私は……。)

 諒一はアール・ブランに残ってくれると言ってくれたが、結城はもう一度諒一ときちんと話してみる必要があると考えていた。

「やっぱりケンカしてるじゃねーか。」

 暫く座りこんだままでいると、ランベルトが呆れた口調で話しかけてきた。

 その言葉に対し、結城はドアに手をついて立ち上がりながら反論する。

「喧嘩なんかしてないって……。」

「はいはい。痴話喧嘩にわざわざ首突っ込むつもりはねーよ。」

 ランベルトは半笑いでそう言うと、こちらを押しのけて船室の中へ入っていく。もはや結城にはこれ以上反論する気力はなく、何も言わないでランベルトの後に続いた。

 ――それから間もなくして輸送船はドックを離れ、海上アリーナに向けて発進した。


  2


 1STリーグの最終試合当日。

 今日は七宮さんの計画の実行日でもある。

 この日のために準備は嫌というほど整えたし、失敗することもないだろうが、やはり不安な要素は存在していた。

 それは新たに計画加わった2名のVFランナーだった。

(予定通りに働いてくれるといいんですけど……。)

 そうやって2名のランナーに対して若干の不安を感じているのはフード付きの白衣を身に纏っているVFエンジニア、鹿住葉里だ。

 鹿住は現在ダークガルムの第2ラボにいて、その2名のVFランナーに計画の最終確認を行なっている。確実に確認させるためには七宮さん本人にやってもらいたいのだが、七宮さんはダグラスとの試合があるし、計画の仕込みに忙しい。

 ……なので、私が確認作業を行うより他ないのだ。

 ちなみに今、このダークガルムの第2ラボにはその2名も加えて合計で3名のVFランナーがいる。

 そのうち2名は1STリーグで活躍する、名実ともに達人レベルのランナーである。残りの1名も2NDリーグで活躍しており、それ相応に腕のいいランナーだ。

 彼らはラボの中でまとまっておらず、それぞれ好きな場所で私の話を聞いている。

 その中で唯一1人、壮年の男性だけが椅子に座って近い場所で真剣に話を聞いてくれていた。そんな彼の名前は『ローランド・キャニングフィールド』というスカイアクセラのVFランナーだ。

 彼は背筋をピンと伸ばして礼儀正しく座って私の説明を聞いており、話の要所要所で頷いてくれていた。話す立場からすればかなり有難い。

 そんな彼とは違い、ラボの中をウロウロしながら物珍しげに備品を触っている褐色肌の青年はジン君――『ジン・ウェイシン』だ。

 ジン君は相変わらず懲りることなく私に結城君を紹介するように要求してきた。どうやら連絡先をゲットしただけではどうにもできなかったようだ。

 なぜ七宮さんがこんなちゃらけたランナーを誘ったのか、その理由がわからない。でも、ランナーとしての腕は確かなので私がとやかく言う事もないだろう。

 そして、3人のうち唯一の女性であるのが『ミリアストラ』さんだ。女の私から見ても彼女はセクシーだ。これほど金髪のショートカットが似合う女性もそうそういないだろう。チャームポイントのシルバーの髪留めもなかなか似合っている。

 そんな彼女とはもう1年の付き合いになる。そこそこ談話もするし、この中では一番信用できる人でもある。それに、色々なスキルを持っているらしいので彼女が側にいるとかなり安心だ。

 ミリアストラさんはラボの入り口にほど近い場所で、背もたれのない丸椅子に腰掛け、足を組んでその太ももの上に肘を付いていた。さらに肘をついたほうの腕で自らのあごを支えて楽な体勢をとっている。

 ちなみに私はラボの中央付近でホワイトボードの前に立っている。

 白衣を着てホワイトボードの前にいるので、多分私の周囲は白づくしだ。

 そのホワイトボードには我ながら綺麗な海上都市群の概要図が描かれており、それぞれのランナーの配置が赤色の星印でマークされていた。

 星マークは合計で3つほどで、それぞれ居住エリアがある『中央フロートユニット』、旧スタジアムがある『1STリーグフロートユニット』、そして私が1年前まで住んでいたマンションがある『2NDリーグフロートユニット』にマークされている。そして、説明の大半はこの配置の確認に費やされていた。

 やがて計画の説明も大方終わり、鹿住はその場にいる3人に向けて問いかける。

「……こういう流れになります。何か質問はありませんか?」

 するとすぐに正面に座っていたローランドが反応した。

「いや、何も無いですよ。」

(無いならわざわざ言わなくても……。)

 ぶっちゃけ、配置さえ守ってくれれば後はどうにでもなる。むしろ下手に指示をしないほうが彼らもやりやすいし、臨機応変に動いてくれたほうが都合がいい。

 そのため、ローランドの言葉は当然といえば当然であった。

 ローランドが発言したことで説明が終わったと判断したのか、ウロウロしていたジン君はホワイトボードの前までやってきて、赤の星マークを指さしながら質問を投げかけてきた。

「待機場所は分かったけどさ。もしその場所に他のランナーが集中したらどうするんだ? 2体ならまだしも、プロのランナーを同時に3体以上相手にできる自信はないぜ?」

 確かに、ジン君の雷公の弓は装弾数も少ないし、多数を相手にするのには向いていないだろう。

 そんなジン君の意見に同調するようにミリアストラさんも口を開く。

「アタシもそれは不安に思ってるわ。……ヴァルジウスはE4の戦艦とドッキングさせるから多数相手でも余裕だけど、問題は“七宮の思い通りに他のランナーが動いてくれるか”よね……。不確定要素が多すぎると思わない?」

 ミリアストラさんの言葉に続いてローランドもそれを肯定するように深く頷く。

 こんな大それた事をやるのだから、不確定な要素はなるべく取り除き、解決したい気持ちはよくわかる。

 鹿住は3人の不安を取り除くべく、適切に理由を述べていく。

「……いいですか? 詰まるところあなた方の役目は『足止め』です。なので、空路をエルマーで、海路はヴァルジウスで封鎖してもらえればそれでも十分なわけです。もちろん、VFを行動不能にするのが一番理想的ですが、無理だと思ったら足止めに専念してください。あなた方3人はそういう戦い方は得意だと思いますので、問題ないと思います。」

 こちらが説明し終えると、3人は納得したような反応を見せてくれた。

「なるほど、飛行できる私をスカウトしたのもそんな理由があったからですか……。」

 そう言って腕を組んだのはローランドだ。VFの中で唯一飛行できるエルマーは貴重な戦力なので、彼がいるだけで足止めもだいぶ楽になる。

「確かに、輸送船を破壊するだけでも十分だな。逃げるだけなら楽勝だし。」

 ジン君はあまり役に立たない気がする。今回の計画では弾薬の制限を無視して銃器を使うわけだし、弓矢は全く意味を成さない。それでも七宮さんが選んだのにはなにか理由があるのだろう。……と思っておこう。

「海上から攻撃すれば反撃もされないわけだし、足止めなら問題ないわね。」

 多分、計画で一番重要な役割を果たすのがミリアストラさんだ。

 彼女のヴァルジウスは、E4の実験フロートに装備されている軍事用の巨大レールガンを使用する予定だ。しかも実験フロートは戦艦のように海を自由に移動できるので、どこからでも目標を撃ちぬくことができる。E4のチームを所有している会長も計画に加わっているみたいだし、準備も問題ないだろう。

 3人のランナーのことを改めて考察し終えると、鹿住はホワイトボードに書かれた文字や図を綺麗に消していく。

「御存知の通り、計画は今日の試合開始から5分後にスタートします。早めに配置に付いてください。」

 解散と言わんばかりにそう告げると、3人は口々に了解の言葉をこちらに返し、少し時間をずらしながら第2ラボから出ていった。

 やがて全員が出ていき誰もいなくなると、鹿住も自分の仕事に取り掛かることにした。

(……では、そろそろ組立工場の仕掛けを発動させますか。)

 長かった復讐計画も今日で全て終わる。

 その計画をスムーズかつ完璧に遂行させるべく鹿住は情報端末に向かい、コンソールを操作し始めた。


  3


(一体何だったんだ……。)

 結城に頼まれて輸送船から降りた諒一は悩んでいた。

 あの時、船内で見た結城は普段と違っていた。少し声を掛けただけで大袈裟な反応を見せたし、まるで別人かと思うほど挙動が不自然だった。

 ……ここ最近、結城の様子がおかしい。

 明らかに自分のことを避けているし、こちらの顔を見ようともしない。近づこうとしてもすぐに離れてしまうし。電話での口調もおかしい。メールの文章も妙に長くなったし……やはり、この間相談したことが原因だろう。

(進学なんて、少しでも考えた自分が馬鹿だった。)

 少し酔っていたとは言え、もっと言い方を工夫するべきだったかもしれない。いきなり“大学に行くからアール・ブランを離れる”なんて言えば結城が動揺しないわけがない。

 今日の態度からすると、あんなことを言った自分に怒っているのだろう。船から降ろすくらいだから、こちらの顔を見たくないくらい激怒しているに違いない。

(結城が許してくれるといいが……。)

 今後どうすればいいか考えながらターミナルに向けて歩いていると、向かいから歩いて来た人とぶつかってしまった。肩同士がぶつかる程度の衝突だったが、こちらにとっては不意な力が加わったため、思わずバランスを崩してしまう。

「……っと。」

 その際、諒一のホケットから携帯端末が飛び出した。

 携帯端末はそのまま重力に従って落ちていき、地面で2度ほど跳ねて歩道の端で停止した。結構な衝撃だったろうが、あのくらいで壊れることもないだろう。

 そう判断した諒一は、それを拾うよりも先に謝罪の言葉を述べる。

「あの、すみません。」

「いえ、こちらこそ。お互い注意不足だったようですな。はは。」

 ぶつかったのは恰幅のいいおじさんで、こちらが謝ると笑顔で許してくれた。おじさんの手には雑誌が握られており、こちらと同様、前方不注意だったようだ。

 おじさんはぶつかっても全くよろけておらず、むしろ自分がそのおじさんに弾き飛ばされたような気もする。

「それでは。」

 おじさんは会釈をすると、こちらとの衝突を気にする事無く行ってしまう。諒一も慌てて謝罪の意を込めてお辞儀をするも、おじさんは既にこちらに背中を向けていた。

(いい人で良かった……。)

 一難去った所で、諒一は携帯端末を拾うことにした。

 道の隅で転がっている携帯端末を拾うべく腰をかがめると、その際にまたしてもポケットから何かが出てきた。

 ひらひらと落ちてきたそれは紙切れであり、以前七宮がキルヒアイゼン邸でこちらに寄越したもので、それは鹿住さんの連絡先と住所が記載されたものであった。

 諒一はその紙切れと携帯端末を拾い上げ、携帯端末だけをポケットの中に仕舞い、紙切れに書かれた住所を見つめる。

「……。」

 いま鹿住さんはこの場所にいるのだろうか。

 今日はダークガルムの最終試合なので、海上アリーナの施設に移動しているかもしれない。しかし、鹿住さんが人が集まる場所にわざわざ出向くだろうか。むしろ、知り合いとの接触を避けるために今日はアリーナに来ていない可能性もある。

 どちらかと言うとこの住所にいる可能性は低いが、いなくても伝言くらいは残せるはずだ。

(結城のこともあるし、少し話をしてみるか……。)

 VFの設計と製作を一人でこなす鹿住さんなら、何かいい解決策を知っているかもしれない。解決できなくても、何か参考になることがあるはずだ。

 諒一は少し寄り道をして、鹿住に相談を持ちかけることにした。


  4


 商業エリア内、ゲームセンター。

 今日はシーズン最後の試合ということもあり、かなり人が多い。

 いくらゲーマーといっても、やはり最終試合は気になるようだ。みんなゲームセンターの1階にある巨大モニターの前で試合開始の時間を待っている。そして、そのざわめきは2階にまで届いていた。

 槻矢はそんな人々とは違い、ゲームセンター2階にあるシミュレーションゲームの筐体の中に座っている。なぜなら今日は、シミュレーションゲーム内で最終試合に合わせて大規模なイベントがあるからだ。

「あと少しでイベント開始ですね。」

 小さく言うと、すぐに近くからこちらを羨むような声が聞こえてきた。

「あー、俺も参加したかったなぁ……。」

 それはニコライさんの声だった。

 ニコライさんは僕の入っている筐体の横にいて、自前のモニターで僕のHMDに映っている映像を間接的に見ている。ゲームセンターの筐体に無理やりモニターを接続するのはお店ではやってはいけないことらしいけれど、今はみんな試合の方に夢中で全くバレる気配はない。

 僕もわざわざ指摘するつもりはなかった。

(ダグラスとダークガルムの試合もそろそろ始まるなぁ……。)

 本当は、僕も実況映像を見ながら観戦をしたかった。でも、ニコライさんに無理やり誘われてゲーム内の大規模イベントに付き合わされているというわけだ。こんな事になるなら、ランナー宛てに届いたイベント告知のメールを見せなければ良かった……。

 もちろん大規模イベントにも興味はあるけれど、1STリーグの最終試合を見逃してまでやるようなイベントでもない。

 早く始まって早く終わってくれる事を願いつつイベント開始を待っていると、ニコライさんが何かに気づいたのか、僕に質問してきた。

「ツキヤ、機体はそれでいいのか?」

「はい、実はこれしか選べないんです。」

 イベント戦で選べるのはダグラスのハイエンドモデルのみであり、選べる武装の種類も極めて少なかった。

「でもイベントの内容を考えると当然かもしれませんね……。」

「……で、それはどんなイベントなんだ?」

 槻矢の言葉を受けて、今度はニコライとは違う声が筐体内に聞こえてきた。

 その野太い声はジクスさんの物で、イベントの内容が気になるのか、少し興味有りげな口調だった。

 槻矢はその質問に対してすぐに答える。

「えーと、この間のイベント似た感じで、プレイヤー側がチームを組んで、海上都市のステージでVFランナーのAIを殲滅するってルールらしいです。一体でも倒せばかなりの量のポイントをゲットできるみたいですね。」

 こちらの説明に、ジクスさんは「へぇ」と受け答え、更に言葉を続ける。

「なるほど、多数で同時に参加するなんて、一風変わったイベントだな。」

「そうなんですよ。参加人数も200人近いみたいですし、しかも観戦モードが不可で、ランカーの参加者しか内容がわからないって徹底ぶりなんです。イベント開始時刻も狙ったかのように1STリーグの試合開始と同じですし……。ちょっとくらい時間ずらしてくれてもいいと思いません?」

 こんな大規模なイベントにもかかわらず一般のプレイヤーが観戦できないのは理解できなかった。宣伝目的なら一般プレイヤーも見られるようにしたほうがいいに決まっている。

 何か、他の思惑でもあるのだろうか。多数対多数の負荷テストとか、単なるボーナスイベントとか……。

 色々と可能性を考えていると、ニコライさんも不満を漏らし始める。

「おまけに、イベントの参加条件が高ランカーに限るって、ひどい話だよな……。」

 その声にはまだイベントに参加できなかった心惜しさが混じっているように思えた。

 そんなニコライの気持ちを受けて、槻矢はあることを提案してみる。

「ニコライさん、どうせただのイベントですし、僕の代わりにやってみます?」

 僕の言葉にニコライさんはすぐに飛びついてきた。

「いいのかツキヤ、負けたらランクとか下がらねーか?」

 もう既にニコライさんの声は嬉しそうだ。HMDを被っているせいで顔は見れないが、凄い笑顔で喋っている顔が簡単に想像できる。

 そんな顔を見るべく、槻矢はHMDを外して筐体から外に出た。

「大丈夫です、イベントで負けてもペナルティは無いですし、それに僕はもうゲームのランクにはこだわってませんから。」

 これからはゲームでなく、現実世界のVFBで名を上げたいし、もっと強くなれるように訓練を積まねばならない。ゲームではいけるところまで行ったのだから、そろそろゲームを辞めて、本格的にVFランナーを目指すべきだ。

 おまけに、僕はエルマー以外のVFを上手く扱えない。VFの種類が固定されている時点で、すぐに負けてリタイアさせられるのが見え見えだった。

 そんな事を考えながらHMDをニコライさんに差し出す。するとニコライさんは両手でそれを受け取った。

「そっか……ありがたくイベントに参加させてもらうぜ。」

 ニコライさんは僕からHMDを受け取ると、すぐに筐体の中へ入っていく。大規模な討伐イベントみたいな感じだし、ニコライさんの腕なら十分楽しめるだろう。

 あっさりとイベントの参加権を明け渡すと、今度はジクスさんが僕を誘ってきた。

「俺は下で試合を観戦するが……ツキヤも一緒にいくか?」

「はい、行きます。」

 もともと観戦したかったので願ったり叶ったりだ。静かな部屋で観戦したかったが、こういう人が集まる場所でワイワイするのもいいかもしれない。

 ジクスさんの誘いに快く応じると、急にジクスさんはひょいと僕を持ち上げた。いきなり持ち上げられて驚いたが、悲鳴を上げる暇もなく、僕はそのまま肩に載せられてしまう。

「よしよし、混んでるだろうから肩車をしてやろう。」

「もう、ジクスさん止めてくださいよ。」

 子供扱いされ、槻矢はなんとか降ろしてもらおうと抵抗する……が、何をしても無駄そうだったので、槻矢は諦めて少しの間だけ高い位置からの景色を楽しむことにした。

 

  5


「社長、大変です!!」

 情けない声をあげてダグラス本社の社長室に飛び込んできたのは儂の秘書のベイルだ。秘書なら秘書らしく落ち着いて報告すればいいものを、毎度毎度この男は落ち着きがない。

 そんな慌てふためくベイルの気持ちを落ち着けるべく、儂……『ガレス・ダグラス』は至極普通の声で返事をしてやることにした。

「何だベイル。落ち着いてゆっくり言え。」

 しかしベイルの耳には儂の言葉が届かなかったらしい。なおも慌てた様子で、早口で状況を説明してくる。

「社長、また組立工場で問題が発生しました。……どうやら命令もないのに勝手に機械がVFを輸送船に積み込んでいるらしいのです。手動スイッチでも停止しないと現場から報告が……」

「なんだ、そのくらいの問題で騒ぐな。」

「しかし社長!! これもあの七宮の仕業かも……」

「七宮は今海上アリーナで試合待機中だ。できるわけがなかろう。」

 本当に毎度大袈裟な男だ。

 何者かに工場を乗っ取られたとか、工場で爆発が起きたなら、ベイルの慌て様も分かる。しかし、ただのそんな細かいトラブルでここまで必死に報告する必要はない。

 それどころか、わざわざ社長である儂に報告するほどの内容でもない。

 以前、全て儂に報告しろとは言ったが、些細な問題まで報告されても困る。それに、そのトラブルが重大な問題に繋がるわけがなかった。

 そのことをガレスはベイルに伝える。

「ベイル、覚えているか? あのミリアストラとか言う女は『次のシーズンから七宮が動く』と言ったんだ。裏を返せば『今は何もしない』ということになる。……それよりも儂は新フレームのサプライズイベントの準備で忙しい。現場で対処するように伝えておけ。」

 ベイルの話を間に受けずにあしらうと、ベイルは「はい、社長」と言って社長室から出ていった。

(全くあの男は……輸出用のVFもどうせ輸送船に積み込む予定だったんだ。それが少し前倒しになったくらいで狼狽えおって……。)

 ガレスはベイルの不甲斐なさを情けなく思いつつ、新フレーム発表のサプライズイベントの計画を確認する。

 もちろん、この新フレームはキルヒアイゼンから掠めとったFAMフレームの技術を使って作られたものであり、ほとんどキルヒアイゼンの物と変わらない。つまりはスペックもFAMフレーム同様にして素晴らしく、今後のダグラス社の主力商品となるはずだ。

(さて、うまくいくといいが……。)

 サプライズの計画としては、海上アリーナ近くのフロートで4体ほど待機させ、試合が終わると同時にヘリでアリーナまで運び、そこでウチの新フレームをサプライズ発表するつもりだ。最終試合のあとにアピールすれば、かなりの宣伝効果が生まれるに違いない。

 ただ、1つだけ不安があった。それは今日の試合でダグラスがダークガルムに勝利できるかどうかである。

 もし負けた後に宣伝をすれば、ダグラスとして少し情けない。

 しかし、あのセルトレイという胡散臭いランナーには8倍の勝利ボーナスを約束してる。勝って当然だろう。勝たなければ即解雇だ。

(どちらにせよサプライズ計画に変更なしだ。……それにしても、あの女もなかなか粋なことを提案するものだな。)

 元々新フレームを宣伝するのは決めていたが、こんなふうに派手にやることになったのは、あのミリアストラという女の助言があったからだ。

 今こうやって安心してイベントを計画できるのもミリアストラが七宮の情報を教えてくれているからだし、この件が成功すれば少しボーナスをくれてやろう。

 そうすれば、より詳しい情報を得ることができ、近いうちに七宮をこのVF市場から完璧に排除できるはずだ。

「順調順調。順調すぎて笑いが止まらんわ。」

 ガレスはそう言って、今後の儲けのことを考えて短く笑う。

 ――だがこの時、ガレスはミリアストラからもたらされた情報が全くの嘘であるとは思いもしていなかった。


  6


 諒一を無理やり下船させてから数十分後。

 結城は1STリーグの海上アリーナ施設に到着していた。

 そして今はハンガー内で備え付けのリフトを操作し、アカネスミレをハンガーまで移動させている真っ最中だ。

 結城は上から降りてくるリフトの底面をぼんやりと見上げる。

 暫くすると真っ赤な色のボディーが見えてきて、それからすぐにアカネスミレがハンガー内に出現した。試合でもないのにハンガー内にアカネスミレがあるのは何だか不思議な気分だ。

 しかし、今の結城はアカネスミレをまじまじと見つめる余裕はなかった。

(諒一には悪いことしたな……。)

 アカネスミレのメンテナンスのために諒一は必要不可欠だ。それが私のわがままのせいで遅れてくることになったのだから、アール・ブランだけではなく、キルヒアイゼンのオルネラさんにまで迷惑がかかっているはずだ。

 その事を懸念していると、タイミングよくハンガー内にオルネラさんが訪れてきた。

「あのすみません……お邪魔します。」

 オルネラさんの声は若干控えめであり、これが秘密裏に行われていることだと改めて認識させられる。そんなオルネラさんの隣にはツルカがいて、オルネラさんの腕を持ってベッタリとくっついていた。

 オルネラさんの訪問を受け、すぐにハンガー内で待機していたランベルトが入り口まで移動して応じる。

「ようこそいらっしゃいました。ここには俺と嬢ちゃん……じゃなくて、自分とユウキ選手しかいないので、どうぞ安心して話してください。」

 ランベルトはかなり言葉に気を使っているようで、体の動きも口の動きもかなりぎこちない。それに対してオルネラさんは「それでは遠慮なく……」と前置きをしてから、すぐにランベルトに問いかけた。

「あの、リョーイチ君はまだ到着してませんか?」

 オルネラさんはハンガー内に視線を巡らせながら、リフトに載せられているアカネスミレに向けて歩いていく。それに合わせてランベルトもリフトに向けて移動しつつ、先ほどの質問に対して回答する。

「ウチのユウキが船から下ろしたせいで遅れてるみたいです。そこまで遅くなることはないと思いますが……。」

「困りましたね。アップデート作業には彼の協力が必要なんですけれど……。」

 オルネラさんは悩ましく言ってそのまま歩き、あっという間にアカネスミレのある場所まで到達した。

 そして、アカネスミレを見上げながらうれしげに呟く。

「きちんと整備できてるみたいですね……。」

 そう言って10秒ほどアカネスミレを見ていたかと思うと、オルネラさんは断りを入れることなく脚部にある何かの装置を起動させた。すると急にアカネスミレのコックピットが開いた。

(あんな所に開閉装置が……。)

 結城はその存在を知りもしなかった。対してオルネラさんは同系統のFAMフレームを毎日のように整備しているので、どこに何の装置があるのか完璧に把握しているようだ。

「それじゃ、ボクが動かすぞ。」

 そんなツルカの声が聞こえたかと思うと、ツルカはオルネラさんの側を離れてアカネスミレのコックピットへと登っていく。それからツルカはあっという間にアカネスミレのボディを軽々と這い登り、すぐにコックピットまで到達した。そして迷うことなく中に入り込み、数秒もしないうちにアカネスミレは動き始めた。

 ツルカが操作するアカネスミレはリフトを降り、ハンガーの中央に向けてゆっくりと歩行を開始する。

 ハンガーの床とアカネスミレの足の裏が接触する音が数回した所で、不意にランベルトがオルネラさんにあることを提案した。

「そうだ、リョーイチが来るまで自分が手伝いましょうか?」

 オルネラさんはその提案をすぐに受け入れた。

「お願いします。なるべく早く済ませたいので……。問題なければファスナからデータを抜く作業にすぐに取り掛かりたいんですけど、いいですか?」

「もちろんです。そのくらいなら簡単にこなせますよ。」

 ランベルトの返事を聞いた後、オルネラさんは歩行しているアカネスミレの後を追いつつ、ランベルトに手招きをする。

「ではランベルトさん、こちらのハンガーに来てください。」

「はい、了解です。」

 ランベルトは手招きに応じてオルネラさんに付いて行こうとしたが、その前に私に伝言を残してきた。 

「嬢ちゃん、リョーイチが来たらキルヒアイゼンのハンガーに来るよう伝えといてくれ。」

「えーと……うん。」

 諒一と面と向かって話せる自信はないが、伝言くらいなら何とか出来るだろう。

 こちらが返答にもたついている間にもオルネラさんはハンガーの出口に向けて移動しており、ランベルトは慌てた様子でその後を追う。

「とにかく任せたぞ。」

 ランベルトはそう言い捨てると小走りでオルネラさんの後を追い、ハンガーの外へ出ていってしまった。

 アカネスミレはというと、既にハンガーの中央で膝をついており、すぐ近くにはツルカの姿があった。ツルカはコックピットから降りるとそのまま観戦用のモニターがある場所まで移動し、そこにある椅子に腰を下ろす。

(そういや、そろそろ試合始まるな……。)

 結城もリフトから離れて、そこまで移動することにした。

 やがて結城はツルカの隣の椅子に座ってモニターを見る。そのモニターにはアリーナのハニカム構造の白い床が映し出されており、アリーナには2体のVFが立っていた。

 結城は早速試合についての話題をツルカに振ろうとしたが、それよりも先にツルカが諒一について話しかけていきた。

「なあユウキ、なんでリョーイチを船から落としたんだ?」

 いきなりの誤った情報に、結城はすぐにツルカの勘違いを訂正する。

「違う違う。出航前に下船させただけで、海に突き落としたわけじゃないぞ。」

「あ、そうなんだ。」

 そのツルカの意外そうな反応を見て、結城は悲しくなってくる。

「私を何だと思ってるんだ……。」

 ……でも、ツルカの指摘もあながち間違ってない気もする。もし仮に、いきなり甲板で諒一に話しかけられたとしよう。そんな時、私はどんな行動に出るだろうか。

 咄嗟に諒一を押し飛ばしてしまい、その結果海に落下する可能性も無い事はない。そう考えると、出航前に僚一を降ろしておいて正解だったかもしれない。

 そんな可能性を色々と考えていると、ツルカが急に私の顔を見つめてきた。

 いきなり顔を凝視されて目を逸らしてしまった結城だが、ツルカは構うことなく感想を述べる。

「最近のユウキってさ、リョーイチの話する度に乙女のオーラを嫌ってほど漂よわせてるよな。もしかして、リョーイチと進展でもあったのか?」

「……。」

 図星だ。

 いい所を突かれてしまい、結城は何も言えずに黙ってしまう。

 すると、その沈黙をイエスと受け取ったのか、ツルカは途端に嬉しそうな表情をこちらに向けてきた。

「やっぱりそうだ。もしかしてリョーイチに告白しちゃったのか? それとも、それを通り越してもっと先まで……」

「そんなわけ無いだろ!! ……ちょっと諒一と会うのが恥ずかしいだけだ。」

 ツルカの言葉を強く否定すると、更に質問を返された。

「なんでリョーイチと会うのが恥ずかしいんだ? ん?」

 しつこくツルカに訊かれ、結城はもじもじしながら答える。

「だってさ……。なんか今まで通り話せなくてさ……。変に意識してしまうっていうか、好きなのには変わりないんだけど、今までと違う感じで……。」

 そう言っている間にも諒一の顔が浮かんでしまい、ついさっき諒一に背後から話しかけられたことも相まって、自然と赤面してしまう。

 そんな私の様子を見てられなかったのか、ツルカはこちらから目を逸らして呆れた感じで首を左右にふっていた。

「あー……。こればっかしはボクにはどうにもできないな。レンアイとかしたこと無いし。」

 ツルカはそうは言うものの私を放置するつもりはないらしく、ひょんな提案をしてきた。

「そうだ、お姉ちゃんに聞いてみようか?」

 オルネラさんなら結婚しているし、恋愛経験もあると思って提案してくれたのだろう。しかし、結城はそれを断固拒否した。

「いやいやいや、そこまでしなくてもいい。」

 これ以上話が広まると諒一の耳に入りかねないし、人づてに私の気持ちが諒一に知れるという事態だけは避けたかったのだ。

「でもこのままじゃユウキ一生諒一と話せないような……」

 ツルカは食い下がってきたが、その会話の途中でモニターから実況者の声が聞こえてきた。

<さて、今シーズンもこれで最後になってしまいました。いやはや早いものです。この試合でダグラスが勝利すればアール・ブランの優勝が確定し、逆にダークガルムが勝利すれば、アール・ブランとの優勝決定が待っています。>

 この声のおかげで会話が中断され、既にツルカの注意はモニターの映像に移行していた。その事にひとまず感謝しつつ、結城もモニターに注目する。

<それでは両チームの紹介に移りたいと思います。まずは……>

 すぐにチームの紹介が始まり、結城は試合についてツルカに適当な話題を振る。

「この試合、どうなるだろうな。」

「……七宮が勝つと思うぞ。」

 ツルカはモニターに目を向けたまま短くそう答え、それ以降は何も喋らなかった。

 やはりツルカもこの試合には注目しているようだ。

 キルヒアイゼンはスカイアクセラとの試合には勝利して、最終成績は5勝2敗に落ち着いた。つまり、今回の試合結果によっては2位にも3位にもなる可能性があるというわけだ。

 ツルカは両チーム共に試合で負けているので、気にならないわけがない。

 やがてチームの紹介が終わると、すぐに実況者は試合を進行させていく。

<それでは今シーズンの最終試合……試合開始です。>

 それからすぐにカウントダウンが始まり、モニターの映像も観戦用の高画質なカメラに切り替わる。そこで結城は改めてリアトリスの姿を詳しく見ることができた。

 リアトリスはアカネスミレと同じデザインではあるが、全く似ていない真っ黒なVFである。そしてこのVFは結城にとってはトラウマだ。

 リアトリスの腰には上下2つに連結された鞘が装備されている。しかし、刀が差されているのは長い方の鞘だけで、短い方には何も入っていない。何か特殊なジンクスでもあるのかとも思ったが、実際にはあまり意味はないのだろう。深い理由があるように思わせて、実際は全く意味がない。……七宮はそう言う男だ。

 そんな風にリアトリスのことを観察している間にカウントダウンが終わり、やがて試合開始のブザーが鳴り響く。それはモニターからだけではなく、ハンガーの遙か上にある海上アリーナからも天井越しに響いて聞こえてきた。

(いよいよだな……。)

 試合が始まると、まずはサマルが背中に生えている細く長い腕を展開させ、離れた場所から先制攻撃を放った。しかし、リアトリスはそれを絶妙なタイミングで回避する。

 本当にギリギリで回避したらしく、モニターを見るかぎりでは命中しているように見えるほどだった。ミリアストラさんも“鹿住が新しいフレームを開発した”と言っていたし、それがリアトリスに組み込まれているのだろう、一連の回避行動を見ただけで更に性能が向上していることが窺い知れた。

 そしてこの動きだけで、結城とツルカは七宮の勝利を確信する。

「完全に見切ってたよな、さっきの。」

「うん、ボクもそう思う。」

 モニターの前で呟きつつ、2人は真剣に観戦する。

 リアトリスに回避されてもサマルは諦めることなく離れた場所から2本の槍で攻撃し続ける。それでもリアトリスは開始位置から動かない。それどころか太刀すら抜かないで、ひらひらと槍の突き攻撃を回避し続ける。

 そんな展開も長くは続かず、やがてサマルがリアトリスに向けて前進し、槍の攻撃に加えて太い腕による強烈な拳を繰り出した。

 するとようやくリアトリスは開始位置から後退し、サマルに合わせて移動し始める。

 その動きは高速かつランダムであったが、海上アリーナの周囲の塔に設置されてあるカメラは、完全にAIによって制御されているため、リアトリスのそんな動きも完璧に捉えていた。

 モニターに映るリアトリスはサマルによる猛攻を受けているにもかかわらず、反撃をしていない。

「やっと動いたけど、これ、完全に遊んでるよな……。」

 そう呟くツルカの目はモニターに釘付けになっていた。

 私の認識では、ダグラスのサマルはかなり強い部類に入る。そんなサマルをあれだけの実力差で翻弄しているのだから、七宮の実力がどれだけ圧倒的なのかが分かる。

(こんなのと優勝決定戦で戦わないといけないのか……。)

 ぶっちゃけ、負けるシーンしか思い浮かばない……。

 結城はモニターに映るリアトリスを見て、戦う前から既にゲンナリとしていた。

<これはすごいです。リアトリス、無傷のままサマルの攻撃を回避し続けています。>

 実況の言う通り、リアトリスは無傷で、まるで踊るようにサマルの攻撃を避け続けながらアリーナ中をゆっくり移動している。

 それにしても、反撃を一切しないなんて一体何のつもりなのだろうか。

 結城は七宮の意図を全く理解できなかった。


 ――その後も同じような試合展開が続いていた。

 試合が始まってからもうすぐ5分が経とうとしていたが、相変わらずリアトリスは回避し続け、サマルはそれを追うように攻撃し続けている。

 いつまでこんな展開が続くのだろうか、視聴者も飽きているのではなかろうか。

 そんな事を思った時、金属同士がぶつかる甲高い音がした。

 そして、モニターに信じられない光景が映し出されていた。

「え……?」

 なんと、サマルの槍の攻撃がリアトリスの頭部に命中したのだ。

 槍はそのままの勢いでリアトリスの頭部を刎ね飛ばし、胴体を離れた頭部は綺麗な放物線を描いてエリア外まで飛んで、そのまま海に水没した。

 カメラはその頭部を追って海を映す。海面には比較的小さめな波紋が生じており、頭部パーツが沈んでいく様子がモニター越しにも見えた。

「嘘だろ……。」

 ツルカはそう言っていたが、どうやら嘘でも何でもないらしく、すぐに実況者の慌てた声が聞こえてきた。

<だ、だ、だ、ダグラスの勝利です。リアトリスは頭部を破壊され、ジェネレーターからのエネルギー供給も停止が確認されました。もう一度言います。……ダグラスの勝利です。>

 それを聞いても、結城は目の前の光景が信じられず、思わず椅子から立ち上がってモニターに近寄る。しかしモニターにも実況の勝利宣言同様、ダグラスの勝利を知らせるテロップが流れていた。

<これでダークガルムは5勝2敗となり、今シーズンの優勝チームは6勝1敗のアール・ブランということになりました。……初出場で初優勝、おめでとうございます。>

 最終的な結果まで実況者によって告げられ、結城はこれが夢ではないかと疑う。でも、よく考えなくても夢を見ている本人が夢の出来事に動揺するわけもなく、これは間違いなく現実であった。

 夢か現実かを検証しているとすぐにツルカが飛びついてきて、そのツルカの重さがこれが現実であることを裏付けてくれた。

「あはは、やったぞユウキ!! 優勝だ!!」

「……。」

 ツルカから祝福されたものの、結城はあまりの出来事に対応できず頷くことしかできない。

 そんな感じで呆然としていると、ハンガー内にランベルトがやってきた。

「おい嬢ちゃん、ダグラスが勝っちまったぞ!!」

 ランベルトは叫びながらハンガー内を駆けてきて、モニターの前で佇む私の前で止まる。

 そこで結城はランベルトに言葉を返した。

「あ、うん。……今見たから知ってる。」

 辛うじて返事をすると、ランベルトはこちらの手を取って無理やりハイタッチさせる。それでも私はこれといった反応をする事が出来なかった。

「なんだよ嬢ちゃん、リアクションうっすいなぁ。アール・ブランが優勝したんだぞ、もっと喜べよー。」

 ランベルトはかなり嬉しそうだ。自分のチームが1STリーグで優勝したのだから当然だ。

 しかし、私の反応が薄すぎて不満だったのか、ランベルトはツルカとハイタッチし始める。

「優勝、したのか……。」

 今この場所で諒一と勝利を分かち合えないのが少し残念だった。

<試合は終了しましたが、ここでダグラス社から皆さんにお知らせがあるようです。>

 中継が終わったと思いきや、再びモニターから実況の声が聞こえてきた。

 映像もダイジェスト映像からアリーナに切り替わっていて、そこにはまだ回収されていないリアトリスとサマルの姿があった。

 サマルはアリーナの中央で仁王立ちし、頭部を失ったリアトリスは海面下のハンガーへ向かうリフトの上に鎮座していた。

<どうやらサプライズイベントのようです。今聞きました情報によりますと、ここでダグラス社の新フレームの発表イベントが行われるようです。>

 再び実況の声がするとようやく気が付いたのか、ランベルトとツルカの視線もモニターに向けられる。

「なんだ、こんな時に宣伝か? ダグラスも懲りねーなぁ……。折角の勝利ムードが台無しだっつーの。」

 ランベルトは不平を言いつつもモニターを見守っていた。

 ツルカもモニターを見ていたが、何か発見したのか、モニターの一点を指で指し示す。

「……これ、ヘリコプターじゃないか?」

 結城はツルカの指の先に注意してモニターを見る。すると、画面の隅に海面に映る影が見えた。それは4つあり、どれもヘリコプターの形状をしていた。

「ほんとだ。」

 その事に気付くと同時にモニターの画面が切り替わり、海上アリーナに4台のヘリコプターが映し出される。

 そして、それらには1体ずつVFが吊り下げられていた。

 VFはヘリコプターが海面アリーナに降下する途中で切り離され、結構高い位置からアリーナの床に降り立つ。

 そのどれもがダグラスのハイエンドモデルと似た格好をしており、ボディは真っ白だった。……どうやらこれがダグラスの新フレームらしい。4体の手にはVF用の巨大なアサルトライフルが装備されていた。

 VF達はアリーナに降りると同時にサマルを取り囲むように展開し、その銃口をサマルに向ける。もう既にイベントは始まっているようだ。

 その動きは非常に滑らかで、モニターを通してみても機体が高いレベルで安定しているのが分かった。ダグラスにしては結構いいものを開発したようだ。

(これでサマルも性能強化されるな……。)

 そんな感じで感心していると、早速サマルがアリーナの床めがけて拳撃を繰り出した。

 それはサマルの背中に生えた太い腕によるパンチであり、アリーナの床は一瞬のうちに粉々に砕ける。それと同時に、結城がいるハンガー内に耳にしたことがないような鈍い音が聞こえ、微かではあるが振動も発生した。

「びっくりした……。こうなるなら事前に知らせとけよな。全く。」

 ランベルトはその音に怯んだらしく、先程までの祝勝ムードは完璧に消滅していた。

 それに対してツルカは上方に顔を向けて呑気に呟く。

「大袈裟な宣伝だな。……わざわざ試合後のサマルまで使うことないのに。」

 ツルカの言う通り、サマルの行動もイベントに織り込み済みなのだろう。多分、暴れるサマルを4体の新型VFで取り押さえるという茶番劇でもやるに違いない。こういうチャンバラはデモンストレーションとしては最適だ。

 どんな展開になるのだろうかと予想していると、早速4体のVFが行動を開始する。

 しかしそれはこちらの予想とはかけ離れた動きだった。

「……ん?」

 モニターに映る4体のVFは、アサルトライフルを構えたかと思うと、サマルと同じように暴れ始めたのだ。

 4体はアサルトライフルを振り回しながら乱射し、その銃弾はアリーナの床を傷つけ、更には周囲にある塔にまでダメージを与えていく。その銃声はモニター越しだけではなく、海上にあるアリーナからも直接耳に届いていた。

 その銃声はハンガー内で反響し、結城の体を揺らすほど巨大だった。

 いつもの試合ならば絶対に聞こえないのに、4つ重なるだけでここまで銃声が響くだろうか。そう疑問に思い、結城はある可能性に思い至った。

(もしかして……炸薬の量が規定値を超えてる……?)

 それが何を意味するのか。

 明らかにトラブルが発生しているのに間違いはなかった。

 しかし、結城やツルカそしてランベルトはそんな異常事態に対応できず、ただただその映像を眺めることしかできなかった。

<な、何でしょうか。これはもしかしてテロ攻撃を……>

 銃弾の影響だろうか、実況の声も途中でブツリと切れてしまう。

 その声に反応したのか、4体のVFはひとしきり乱射すると、今度は塔に向けて集中砲火し始める。サマルもそれを手伝うように塔に飛びつき、その柱をガンガン攻撃していく。

 塔がある部分は海上であり、ルール上ではエリアの外に出るとVFの機能は停止するはずである。

 だが、サマルの動きは一向に止まる気配はない。むしろ今まで以上に力強い拳を塔の柱に向けて放っていた。そんなサマルの働きも相まって、塔はあれよあれよという間に簡単に破壊されてしまった。

 根本からポッキリと折れた塔はゆっくりと外側へ倒れていき、やがて海面に打ち付けられた。結城はその時に生じた水柱と振動によって気を取り直すことができ、すぐに隣にいるランベルトに大声で問いかける。

「ランベルト、これどうなってるんだ!?」

 モニターに釘付けになっていたランベルトに叫ぶと、ランベルトは引きつった表情をこちらに向け、ゆっくりと首を左右に振るだけで何も喋らなかった。……と言うより何も喋れないようだ。

 結城も必死で何をどうすればいいのか考えたが、あまりの出来事に頭が働かず、麻痺した感覚のままモニターを見続けていた。

 ……その後もサマルを含めた5体のVFは破壊行為を続け、どんどん塔をなぎ倒していく。

 その度に施設内に振動が発生し、ハンガー内の壁や天井がギシギシと不穏な音を立てる。

 そして最終的にカメラが設置されている塔も壊されたのか、急にモニターが真っ黒になってしまった。

 するとようやくハンガー内に赤い明かりが灯り、非常警報の音が鳴り響き始める。

 その音は人の不安を掻き立てるような不愉快な音であったが、行動を促すのには役に立った。

「お姉ちゃん!!」

 ツルカは急に叫んだかと思うと、脱兎の如くアール・ブランのハンガーから出ていく。多分オルネラさんの元へ向かったのだろう。

 私もツルカを追いたかったが、何も映らなくなったモニターを見たまま固まっているランベルトを放っておくこともできなかった。

(なんなんだ、これは……。)

 いきなり起こった理解不能の事態に、結城は途方に暮れるばかりであった。


 ……長い一日が始まる。


 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 【空の支配者】も終わり、いよいよ最終局面に入ろうとしています。

 七宮の計画に対して結城がどのような行動に出るのか、海上都市に何が起ころうとしているのか、気になるところです。

 次の話は“幕間”という形で七宮の過去に関することが明らかになります。

 今後ともよろしくお願いいたします。

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