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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
空の支配者
40/51

【空の支配者】第二章

 前の話のあらすじ

 結城の次の対戦相手であるクーディンのランナー『ジン・ウェイシン』は弓を射つのが得意な少しちゃらけた男であった。

 彼は鹿住と偶然遭遇し、成り行きで喫茶店で食事をすることになる。

 その食事中、鹿住は商業エリア内をうろつく結城を発見し喫茶店内に連れ込む。

 ジンはその時に結城に一目惚れをしてしまった。

 また、ダグラスの本社でも色々と駆け引きが発生していた。

第二章


  1


 アール・ブランのラボ内。

 クーディンとの試合を来週に控えているにも関わらず、結城は作業台の上に肘を付いてぼんやりとTVを見ていた。

 今見ているのはVFBの情報番組だ。……普段はこんな番組は見ないのだが、今日だけは特別だった。

 何故ならば、この番組にツルカが出演するという話を聞いたからである。

 この話を聞かなければ、いつも通りに諒一やランベルトの作業の様子を眺めつつ、いずれは夢の世界に旅立っていたことだろう。

 番組出演について、ツルカ本人は「恥ずかしいから見るな」なんて言ってたけれど、私にそう言っている時点で『見て欲しい』と言っているのと同じである。

 それに、この間のスタジオ見学のお返しのようなものだ。

 あの時の仕返しとまではいかないが、とことんツルカの恥ずかしい姿を見てやろうではないか。

 番組はかなり進んでおり、VFBの試合状況のニュースが終わるとようやくツルカの出るコーナーが始まった。

 結城は姿勢を正してTV画面に注意を向け直す。

 すると、進行役のテッドの陽気な声がスピーカーから聞こえてきていた。

「それでは次のコーナーに移りたいと思います。……今日はいよいよ明日に迫った『キルヒアイゼン』VS『ダグラス』について、ゲストを交えながら徹底的に語り尽くしていきます。」

 なんとも懐かしい声だ。2NDリーグの試合では彼の実況の声をよく耳にしたものだ。

 一息おいてテッドは言葉を続ける。

「えー、ゲストには解説でお馴染みのウォーレン氏と、そしてそれぞれのチームのランナー、セルトレイ選手にツルカ選手をお招きしています。」

 言葉を終えると同時に、テッドは手のひらを上にむけてゲストのいる方へ腕を差し出す。

 するとカメラが切り替わり、テッドの紹介通りの人物が画面内に映った。

 セルトレイさんは前見た時と同じく目元を長い髪の毛で隠しており、若干猫背気味だった。また、解説のウォーレンはゆったりとしたスーツを着ており、ツルカは企業学校の規定通り、青色を基調とした制服を身につけていた。

 紹介された3人は少し高めの椅子に腰掛けており、その中でツルカだけが地面に足が届いていなかった。また、そんな椅子に無理矢理座っているせいか、ツルカの制服のスカートは微妙にめくれていた。

 しかし、ツルカは珍しく上品に足を揃えて座っていたため、ガードは完璧であった。もし股を開いて座っていたら放送事故では済まされなかっただろう。

 その後しばらくセルトレイさん、ツルカ、解説のウォーレン、それぞれの顔がアップで映されると、すぐに画面が引いて、全員が画面内に収まった。

 しばらくすると準備が整ったのか、テッドが番組を進めていく。

「セルトレイ選手にツルカ選手、お忙しい中出演して頂きありがとうございます。本日はよろしくお願いします。」

 テッドに声を掛けられ、セルトレイさんとツルカは同じタイミングで会釈し、同じように「お願いします」と返事をしていた。

 挨拶が終わると、早速テッドは2人に質問し始める。

「どうですかお二人とも、対戦相手を目の前にして。」

 テッドの質問を受け、ツルカとセルトレイさんはお互いの顔を見つめ合った。

 しかし、見つめ合えたのも数秒だけで、すぐにセルトレイさんが目を逸らして笑い始めた。

「……ふっ」

 そんな失礼な言動に、ツルカはすぐに反応する。

「あ!! 今ボク見て笑ったな?」

 少女だとは言え、女性の顔を見て笑うというのはかなり失礼だ。

 ツルカが怒るのも至極当然である。

 しかし、ツルカに問い詰められてもセルトレイさんは余裕の態度で、むしろツルカを煽るように謝罪の言葉を述べる。

「いや、失礼しました。……なかなか元気で活発そうなお嬢さんですね。でも、こんな可愛い娘さんと試合しなければならないなんて、少し気が引けます。」

「なんだよ!? ボクが子供だからって舐めてないか!?」

「いえ、全く。」

 流石ベテランと言ったところか、対戦相手の挑発にはかなり慣れているようだ。しかもその相手が少女ならば煽るのも楽だろう。

 ツルカ自身も自分が場違いだと認識している分、挑発に反応しやすくなっているのかもしれない。

 コーナー開始からたったの2分でセルトレイの挑発に乗せられてしまったツルカだったが、その危険を察知したらしいテッドがすぐに2人を諌めるように番組を無理矢理進行させていく。

「まあまあ両選手とも言い合いはそこまでにして……いろいろとお話を伺いたいのですがよろしいですか?」

 テッドが言い合いに割り込むと、あっさりと2人は互いにそっぽを向いて黙った。

 そんな様子に安心したのか呆れているのか、テッドから溜息が漏れていた。

 その溜息を隠すようにして、テッドは質問を繰り出す。

「まずはウォーレン氏からお話を伺いましょう。今回の試合、どのような展開になると予想されますか?」

 初めの質問は年老いた解説者、ウォーレンに向けられた。

 テッドから質問を受け、今まで黙っていたウォーレンは間を置くことなく口を開く。

「今回はツルカ選手の実力が分かる試合になるでしょうな。」

 名前を呼ばれたせいか、画面の中でツルカはウォーレンに目を向けていた。

 しかし、ウォーレンはそれだけ言うと“話は終わった”という感じで黙ってしまい、TVからはBGMしか聞こえてこなくなった。

 生番組はこういうことがあるから恐い。視聴者からすれば面白いが、制作者からすれば恐怖以外の何物でもないだろう。

 長い沈黙を回避するためか、少し遅れてテッドが再びウォーレンに質問しなおした。

「“実力が分かる”……と言いますと?」

 その言葉を待っていたのか、ウォーレンは咳払いをして話を再開させる。

「ツルカ選手はダークガルムとスエファネッツと試合を行なっているが、どちらも試合時間が短い上に一方的な展開だった。だから、今回の試合でダグラスと戦えばツルカ選手の実力がどのレベルにあるか、その判断材料が増えるというわけですな。」

「なるほど、ありがとうございました。」

 テッドは特にコメントすること無く次に進もうとしたが、ウォーレンの言葉に対してセルトレイさんが反応した。

 セルトレイさんは軽く手を上げてカメラを自分に向けさせると、何やら語り始める。

「確かに、キルヒアイゼンとダークガルムの試合は展開が一方的でしたね。あの時私は遊覧船から観戦していたのですが……近年稀に見る情けない負け方でしたよ。足と腕を切り落とされた挙句にリタイアだなんて、完全にキルヒアイゼンの面汚しですね。」

 まるで事前に用意したのではないかと思われるほどの台詞回しだ。番組を盛り上げるためとは言え、ここまで言う必要はあるのだろうか……。

 そんなこちらの心配も虚しく、さらにセルトレイさんはツルカに対して挑発を続ける。

「次の対戦相手がイクセルじゃなくて本当に良かったですよ。彼女が相手なら簡単に勝てそうですから。」

 ここまで言われてあのツルカが黙っていられるわけもなく、ついに椅子から降りてセルトレイさんの正面に立った。その時にセルトレイさんがツルカのせいで隠れてしまい、カメラが斜め方向からの映像に切り替わる。

 そんなカメラや画面移の都合など気にすることなく、ツルカはセルトレイさんに言い返す。

「誰が面汚しだ!! ……お前だってユウキとの試合でリタイアしたじゃないか!!」

 ツルカの言葉を聞き、結城はダグラスとの試合のことを思い出す。

 ……確か、あの時はこちらがサマルの首を切り落とす前にリタイアされたはずだ。

 つまりツルカが言いたいのは、リタイアに関してセルトレイさんが他人にとやかく言う資格はない、ということだろう。

 「ユウキとの試合? ……ああ、アール・ブランとの試合ですか。確かにあの時はリタイアしましたが、あれはサポートスタッフがそう判断しただけです。」

 セルトレイさんは素知らぬ態度で上手くかわし、目の前にいるツルカに椅子に戻るように注意する。

「それより自分の椅子に戻ったらどうです。みんな困ってますよ。」

 しかし、ツルカは言うことを聞かずに更に言い続ける。

「ボクだって、好きでリタイアしたわけじゃないぞ。あれはお姉ちゃ……チームの責任者が判断しただけで……」

 ツルカが「お姉ちゃん」と言いかけた事に目をつけたらしく、セルトレイさんは容赦なく真正面に立つツルカに言葉を返す。

「どちらにせよ、リタイアするなら脚部を切り落とされたときにするべきでしたね。となると、責任者の判断が適切ではなかったということになりますけど……彼女に任せていいんですか。もしかして、オルネラ・キルヒアイゼンはまだ責任者としての自覚が足りないんじゃないですか?」

「こいつ、お姉ちゃんを馬鹿にして……!!」

 ツルカはさらに詰め寄るも、セルトレイさんは微動だにせず言葉を続ける。

「可哀想ですね。イクセルが引退したばっかりに無理矢理VFに乗せられて……。こんな娘を試合に出させるなんて、キルヒアイゼンも酷い事をするものです。」

 ここまでセルトレイさんが言うと、急にツルカの体から力が抜け、不規則に震え出した。

 そして、先程までとは打って変わってか細い声が聞こえてきた。

「……違うもん。ランナーになるのはボクが決めたことで、お姉ちゃんは悪くないもん……うう……」

 ツルカはその場で俯くと手を目元に持っていき、その体勢のまま黙りこくってしまった。

「あの、ツルカ選手? これはちょっとまずいような……」

 異変を察知したのか、テッドは急にソワソワし始め、カメラの手前にいるであろうスタッフにアイコンタクトを送っていた。

 同時にウォーレンも困った風な表情を見せ、セルトレイさんを非難する。

「泣かせてしまいましたな。……大人気ないですぞ。」

 ウォーレンがそう言うと、画面内のツルカは涙を拭うように何度も両手を動かし、制服の袖で目元をこすり始める。

 ツルカをそんな状態にしたセルトレイさんも明らかに動揺しており、椅子から降りてオロオロしていた。

「あ、すみません。これは指示されて仕方なく言っただけで……ホントはこんな事思ってないですからね。ほら、泣き止んでくれませんか?」

 セルトレイさんは苦しい言い訳をしてツルカを慰めるように努める。

 しかし、それは逆効果だったようだ。

「嘘つけっ!! このッ!!」

 ツルカは泣きながらそう叫ぶと、いきなりセルトレイさんに飛びかかっていった。

 ツルカに突進されたセルトレイさんは椅子を巻き込んで背後に倒れ……

 ――と、その瞬間にモニターが真っ暗になった。

 放送を一時中断することにしたのだろう。流石テレビ局、迅速な判断だ。

 だが中断されたのは映像だけであり、スピーカーからは何かが倒れる音と、ツルカの叫び声だけが聞こえていた。

 ……しかし、その音声もすぐに小さくなっていく。

(あ、切れた。)

 とうとう音まで聞こえなくなると、間もなく映像が切り替わり、テレビにはダグラスの試合の様子が流れ始めた。

 それが始まると、結城はTVの画面から目を離す。

(ツルカ……やらかしちゃったな……。)

 何かしらトラブルを起こすのではないかと危惧していたのだが、その嫌な予感は見事に的中してしまった。

 セルトレイさんもわざわざあそこまでツルカを追い詰めなくてもいいのに……。しかし、番組を盛り上げるためにあそこまでやるとは、ああ見えてなかなかサービス精神に満ち溢れているようだ。

 ただ、ツルカを泣かせたのは頂けない。

 ああなっては、明日の試合にも大きな影響が出るだろう。

(でも、逆に怒りのおかげでダグラスを容赦無くボコボコにできる……かもな。)

 そんな事を考えながら、結城はそのままサマルの試合映像を眺めていた。


 ――結城は最近、ラボでのんびりしていることが多い。

 週に3回くらいはラボを訪れ、その一郭に設置されている作業台から諒一やランベルトが働いている様子を眺めている。

 作業を手伝いたいのは山々だが、私には知識も技術もないし、その上諒一には「危ないから手伝わなくていい」と言われて拒否された。さらに、ランベルトからも「そんな暇があるならトレーニングでもしてろ」と言われている。

 言われた通り、結城はトレーニングルームでトレーニングすることにしたのだが、それをしていたのも初めの数週間だけで、今ではこの有様だ。

 特にやることもなくぼーっと2,3時間過ごして、寮の門限に合わせて諒一と帰宅する……。ラボに来る意味があるとは到底思えない。

 これも全てランナー育成コースで行われているきつい訓練のせいだ。

 最近になってようやく男子学生と同じメニューをこなせるようになったが、やはり体力的にも肉体的にも辛い。これに加えて諒一のメニューも欠かさずやっているのだから仕方ないといえば仕方ない。

 実際、ラボに足を運ぶだけでも面倒くさいのだ。

 一年くらい前まではラボにはあまり行かず、暇があればシミュレーションゲームをやっていた。しかし、そのゲームですらも最近は殆どプレイしていない。

 もちろんこれも、学校の訓練のせいでゲームをするだけの気力が残っていないからだ。それほど体力的にも精神的にもきつい日々を送っている。

 ……だが、辛くても生活自体は充実している。

 やはり体を動かすというのはいいものだ。それに、疲れたら疲れたで体を休めるのが気持ちいい。特に、激しく運動した日に入るお風呂は格別だ。

 それに、ぼんやりしながら体を休めているだけでも結城にとっては十分であり、結城はラボの中で心休まる時間を過ごせていた。

 やはり、ただ単に一人で休むより、周りに人がいて、それを見ながら休むほうが何か安心できるのだ。

 どうしてこう感じるのかは自分でもよく分からない。もしかすると、いつでも諒一に話しかけることの出来る状況が私に安心感を与えているのだろうか。

 視界の中にいるだけで私を癒してくれるのだから、諒一には感謝せねばならないだろう。

 ……その諒一はずっとアカネスミレの傍で整備やら何やらを続けていた。

 そんなにやることがあるのだろうか、と日頃から疑問に思っているのだが、VFは複雑高度なマシンなので、やらねばならないことが山ほどあるのかもしれない。

 特にFAMフレームとあっては、その量も通常のフレームより複雑な工程が増えていることだろう。それを作業用ロボットアームがあるとは言え、一人で行わねばならないのだから時間がいくらあっても足りないのは当然のことだ。

 しかも、一日のうちラボで作業できる時間も限られているので、なおさら忙しいに違いない。

(あんなに働いて大丈夫なのか……?)

 忙しくなく動いている諒一を見ると、自然とそう思えてくる。

 でも、諒一の顔に『辛い』といった表情は見えない。というか、いつも仏頂面なのだがVFと向き合って作業している時は若干生き生きしているように見える。

 ラボにいる時は暇な事に変わりはない。でも、一生懸命に作業する諒一を眺めて時間を潰すのも悪くないと結城は思っていた。

 ……それに引き換えランベルトは、諒一とは対照的にやたらとダルそうに作業していた。

 そればかりか頻繁に休憩している。

 その頻度は相当なもので、工程が終わる度に作業台まできて一服するほどだった。

 まぁ、タバコを咥えながら作業してないだけマシと思うことにしよう。

(2NDリーグの時もこんな感じだったのかなぁ……)

 ……先程も言ったが、以前はこうやってのんびりラボにいることは殆ど無かった。

 前までは放課後になればツルカとよく連れ立って教室内でお喋りしたり、寮に帰ってからVFBの戦法について話したりしていた。

(そういえばツルカ、アール・ブランのラボに来なくなったよな……)

 最近はツルカも忙しいらしく、寮に帰ることなくキルヒアイゼンのビルに出向くことが多い。

 見たところ、イクセルとも普通に接せるようになっているし、気兼ねなく姉に会いに行けるのかもしれない。

 そういうこともあり、最近の放課後は一緒に1STリーグフロートユニットまで行って、それぞれが自分のチームのラボに行くという感じだ。……要するに、ツルカがいないせいで特にやることもなく、仕方なくラボで時間を潰しているとも言える。

 しかし、流石に今日は試合の前日とあってツルカとは学校で別れて別行動をとっていた。生番組にも出ていたし、有名チームのランナーとなるとそれ相応の苦労があるのだろう。

 私がツルカにできることと言えば、先ほどの番組が明日の試合に響かないように祈ることくらいだ。

 ツルカのことを考えていると、ラボの中にもう一人欠けている人物がいたことに思い至る。

 それはベルナルドさんだった。

(ベルナルドさんの姿も最近はあまり見かけないよな……。) 

 ついこの間までは、たまに彼が作ってくれるお菓子を楽しみにしていたものだが、最近は全く見かけない。

 数週間前にランベルトが漏らしていたが、どうやらベルナルドさんは別の場所で趣味のようなことをしているらしい。もうエンジニアを引退する日も近いのだろうか……。

 さらに聞いた話では、昔の仲間と連れ立って酒盛りをしているとかいないとか……。まあ、なんにせよ酒が飲めるほど健康なのはいいことだ。

 ……そんな感じでメンバーのことを考えながらぼんやりテレビを眺めていると、諒一が作業用グローブを手から外しながらこちらに向かって歩いてきた。

 改めて諒一の苦労を認識していた結城は、軽く労いの言葉を掛けてみる。

「おつかれさま。」

 私の短い言葉に対し、諒一は「ああ」と言って軽く応じた。

 諒一はそんな素っ気無い返事をしながら両腕を上に付き出してストレッチし、そのまま息を吐きながら作業台の椅子に座った。

 当たり前のように隣に座った諒一を何気なく見ていると、作業台を挟んで向こう側の席からも溜息のような音が聞こえてきた。

 それはランベルトの溜息だった。

 ランベルトも作業を終えたらしく、諒一に続いて作業台の椅子に腰を下ろしていた。

 そして、3人が作業台に集まった所で、不意にランベルトが何の前置きもなく宣言する。

「……これから緊急会議を開く。」

「なんだよ急に……。」

 結城は突飛な宣言に対し素早くつっこむ。

 しかし、ランベルトは特に説明するでもなく、脈略もなく強引に語り始めた。

「長かった今シーズンも残り2試合で終わる。ぶっちゃけ俺はアール・ブランがここまで勝つとは思ってなかった。……が、ここまで好成績を収めたとなっちゃあ、優勝を狙わない手はない。そう思わねぇか?」

「優勝かぁ……。」

 1STリーグ初参戦のチームが優勝することになれば、まさに歴史に残る快挙である。

 よくよく考えなくともこれはかなり凄いことだ。優勝するシーンを思い浮かべるだけで頬が緩んでしまう……。

 そんな私の表情の変化を見たのか、ランベルトは更に続けて言う。

「……このまま勝ち進めばひょっとするかもしれねーぞ?」

 その言葉に同意するように、隣に座る諒一も緊急会議に参加してきた。

「そうだな結城。このまま行けば確実に上位に食い込める。」

 ……と、諒一の言葉の途中でTVから聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。

(またこれか……。)

 それは自分が出演した化粧品のCMソングであり、TVに目を向けるとそのCMが流れていた。画面の中ではきらびやかな映像が流れていき、そして最後を締めくくるのは私のあのセリフだ。

 CMの中の私はリンゴに口付けし、目線を視聴者に向けて呟く。

「『ダイスキだよ……』」

 このセリフがスピーカーから流れた途端、隣にいる諒一の動きが一瞬固まった。

 もうこれで何度目だろうか。CMが流れる度、諒一はいちいちそれに反応しているのだ。鹿住さんに言われた通り、私は徹底的に無視しているのだが、流石にこう何度も不自然な反応をされては私も恥ずかしい。

「これで何回目なんだ。いい加減慣れてもいいだろ……。」

 恥ずかしながらもそう注意すると、諒一はTV画面から目を離してこちらに向けた。

「……ごめん。」

 ついつい反応してしまうということは、それだけ私を意識してくれているということなのだが、こんな反応をされては毎度私が諒一に『大好きだよ』と言っているような気がしてならない。

 そんな微妙な感情に困っていると、ランベルトがTV画面の前に立った。

「ほらお前ら。一応今はチームの会議中なんだから……。嬢ちゃんもテレビ消して俺の話聴いてくれねーか……。」

「はいはい。」

 これ以降のツルカの出番が気になる所だが、録画もしているし問題ないだろう。

 そう判断して、結城はTVモニターの電源を切った。

 TV音声が聞こえなくなり静かになると、ランベルトはタバコと取り出しながら話を再開させる。

「まずは、今の勝敗数から整理してみるか。」

 そして、作業台の上にあった電子ボードに指を這わせながら各チームの勝敗数を書きこんでいく。

「ダークガルムが4勝1敗、ダグラスは3勝2敗、キルヒアイゼンは……4勝1敗だな。」

 そこまで書くと、ランベルトはそれらの下に大きな字でアール・ブランの成績を書き込み、大きな丸で囲む。

「……で、ご存知、アール・ブランも4勝1敗だ。」

「なるほど、見事に上位争いに食い込んでるってわけだ……。」

 自分では結構負けてる気がしていたが、改めて戦績を見てみると悪くない。それどころかかなり優秀な成績を収めているではないか。

「すごいな……私。」

 思ったことを呟いてみると、ランベルトは素早くこちらの言葉に反応してきた。

「ま、ここまで来るのに紆余曲折あったけどな……。俺に暴言吐いたり勝手に日本に帰ったり。」

「それはもういいだろ……。」

 あの時のことを言われると耳が痛い。

 七宮との試合でのトラウマから立ち直れたからいいものの、ツルカが日本に連れ戻しに来てくれなかったら、今頃私は日本でうじうじとした日々を過ごしていただろう。

(想像したくもないな……。)

 その話を切り上げるべく、結城は電子ボードのキルヒアイゼンの欄に数字を書き加える。

「キルヒアイゼンは明日には5勝1敗になってるかもしれないぞ。」

 そう言いつつ、結城はキルヒアイゼンの『4勝1敗』の真横に『5勝1敗』と書いた。しかし、それはランベルトによって『4勝2敗』に訂正されてしまった。

 ランベルトは更にダグラスの欄も『4勝2敗』と予想を書き加えていく。

「……なんだよ。」

 勝手に数字を訂正したランベルトを睨むと、ランベルトはそれが当然だと言わんばかりに言い訳をする。

「いや、ツルカには悪いが、ここはダグラスに勝ってもらわねーと……。」

「……。」

 チームのことを考えるならばランベルトの予想が理想的である。しかし結城はダグラスを応援する気にはなれなかった。

 やはり、アール・ブランが不利になったとしても親友のツルカを応援したい。

 そう思っていると、諒一がランベルトの予想を前提に話を展開させていく。

「ダグラスがキルヒアイゼンに勝ったとしても、まだ先にはダークガルムとの試合が控えている。ダグラスがダークガルムに勝てる確率は低そうだし、そうなると優勝決定戦でアール・ブランはダークガルムと一騎討ちすることになる。……もう一度あのリアトリスと戦うことになるかもしれないが、平気か結城?」

「!!」

 結城が驚く間もなく、ランベルトが諒一のセリフに覆いかぶせるように話していく。

「そういやそうだったな。シーズンの最終試合の組み合わせはダークガルムとダグラスだったし……となると、ダグラスにはもっと頑張ってもらわないと駄目だな。」

「……。」

 アール・ブランにとって理想的な展開とは、これらの上位3チームがお互いに潰し合って『2敗』の状態になってくれることである。

(やっぱりダグラス応援しようか……。)

 七宮ともう一度戦わないといけない可能性が発覚し、結城は意見をコロリと変えた。

 ぶっちゃけ七宮に勝てる気はしない。今の私の実力では七宮に勝てないことは、自分でもよく解っていたからだ。

 ……しかし、仕返しだけはなんとか果たしたいと考えていた。

 もし七宮と再戦するとしても、もっと強くならなくてはいけない。

 私が色々と思案している間も、ランベルトは話をどんどん進めていく。

「でも、これはアール・ブランが残りの試合全部勝つこと前提で話してるからなぁ……。来週の試合、クーディンには勝てそうか?」

 そう言ってランベルトはタバコをふかしながらこちらに目を向けてきた。

 ようやく対戦相手の話題になり、結城はクーディンに関する情報を2人に話すことにした。

「実は、クーディンの話はイクセルからちょこっとだけど聞いてるんだ。」

 この話はイクセルの話し相手になったときに聞いたものだ。

 イクセルの名前を出すと、すぐにランベルトがその話に食いついてきた。

「そんな話いつ聞いたんだ? ……いや、それはいいとして、イクセルはなんて言ってた?」

「えーと『面白い戦い方だ』って言ってたな。あとは……あれ、具体的なことは何も言ってないな……。」

 全く有益な情報を得られていなかったことに結城は愕然とする。

 そもそも談話中にちょこっとイクセルが話しただけなので、戦法のことなどには全く触れなかったのだ。

 他に何か言ったか、結城がイクセルのセリフを思い返していると、隣から諒一の声が聞こえてきた。

「クーディンについてだけど……色々と分析してきたから報告したい。」

 それはとても心強くて頼りになるセリフだった。

 それを耳にするとすぐに結城とランベルトは諒一に視線を向けて姿勢を正し、話を聞く態勢になる。

 諒一は脇に置いていたバッグから一冊のノートを取り出すと、それを開いて作業台の上に置いた。……そこにはグラフやら数値などが細かい字でびっしりと書かれていた。

 そのノートの文字を指さしながら諒一は報告し始める。

「まずはクーディンの雷公の戦法の予想だ。……過去の試合から分析するに、雷公の矢はあまり数が多くない。だから機動力が高い相手に対しては短期戦で試合を展開させてくるはず。それに、対戦相手の機動性と試合時間の相関関係も明らかになっている。ちなみに、各VFの機動性はフレーム出力と総重量から計算して、ランナーの反射速度も……」

 ノートをめくりながら淡々と説明していたが、結城にはよく解らなかった。だが、素晴らしい分析だということだけは理解できた。

 結城はその説明を中断させて、単純な疑問をぶつけてみる。

「それで、矢の本数はどのくらいなんだ?」

 相手の弾数が分かればかなり有利になると思っての質問だったが、諒一はその質問に対して明瞭に答えられなかった。

「……正確には分からない。」

 諒一の歯切れの悪いセリフに、ランベルトはタバコを灰皿に置いて話に加わってきた。

「ん? 映像を分析すれば矢筒の中くらい見えるはずだろ?」

 結城もランベルトと同じようなことを考えていた。

 その疑問に応じるように諒一はノートのページをめくり始め、やがて何かのイラストが現れた。よく見ると、それは雷公が装備している矢筒の模式図であった。

 結城はそれを見て、諒一が“分からない”と言った理由が理解できた。 

 諒一は模式図の一点に指先を当てて説明していく。

「雷公の矢筒は銃のマガジンのような構造になっていて、外側からは矢が見えない。だから本数も確認できない。……見えるのは給弾口の部分だけなんだ。」

「そうか、残弾が敵にバレたらマズイし、あっちもそのくらいの対策はしてるんだな。」

 それに、何かの拍子に矢が矢筒から落ちると情けないし、こういう形状になるのも頷ける。

 ……ただ、これでは全く矢の本数が分からない。

 どうすれば矢の本数を知ることができるのか、その方法を考えていると、ノートに描かれた模式図の下に矢の総本数に関するメモを発見した。

 こちらがそれに気づくのと同時に諒一はそのメモの内容を話していく。

「ここを見て欲しい。雷公が矢を放った本数は最低で0本、最高で21本だ。試合全体を平均すると5本……だがこれは過去の試合も含まれているから参考にならない。」

 どうやら過去の試合データから分析していたらしい。

 その事を踏まえ、諒一は矢の本数の予想を進めていく。

「……矢の形状、矢筒の大きさを考えると最低でも25本はあると考えていい。」

 具体的な数字が出て、ランベルトは坊主頭を掻きながら何気なくコメントする。

「25本か……多いような少ないような、微妙な数字だな。」

 結城はランベルトとは違い、それをとても少ないように感じていた。

 私が銃を使い慣れていることもあるのだろう。VFの銃で例えると、25発はマガジン1つ分くらいだ。これだと全く試合にならない。

 諒一が「雷公は短期戦を仕掛けてくる」と言っていたのもよく解る。

(……あ。)

 この25という数字を聞き、結城はあることに気がついてしまった。

 そして、結城は早速その事を諒一に知らせる。

「今気が付いたんだけどさ、……25本全部避け切ればこっちの勝ちなんじゃないか?」

 なかなか理にかなった作戦だと自信満々に提案したのだが、思ったよりも諒一の反応は良くなかった。

 諒一はこちらの提案に賛成するでも反対するでもなく、関係のないことを訊いてきた。

「……結城、雷公の試合の映像は見たのか。」

「いや、見てないけど……。」

 素直に答えると、諒一は今度は雷公の弓の技量について話し始める。

「雷公は射線をわざとずらしたり、矢の初速に強弱をつけたりしてフェイントを頻繁に行っている。このフェイントのせいで回避するのがとても難しい。……下手をすればE4のレールガンよりも回避が困難かもしれない。」

 電磁レールガンと比較されたものの、結城は全くその話を信じられなかった。

 矢と電磁レールガンでは弾速に明らかな差があるのに、その電磁レールガンよりも回避が難しいというのはありえない話だ。

「……そんなに難しいか?」

 結城が疑い深く聞き返すと、今度はランベルトが例え話を持ちだしてきた。

「そうだなぁ……野球で例えると、普通のライフルがストレートだけしか投げられないのに対して、雷公の弓はいろんな変化球を投げられるって感じだな。パターンが多ければそれだけこっちは対応に困っちまうわけだ。」

 その話に納得しかけた結城だったが、2人の意見に流されないようにするため、頑張って反論する。

「でも矢のスピードには限界があるんだし、避けられないわけないって。……現にイクセルは全部回避できてるんだし。」

 イクセルの試合を反論の材料にすると、ランベルトがすぐにそれを否定してきた。

「あのな嬢ちゃん、イクセルと嬢ちゃんじゃ比べる対象にならないぞ。イクセルが避けられたからって、それで嬢ちゃんが避けられる理由にはならないだろ?」

 ランベルトはそう言うものの、結城は自分の考えを間違っているとは思っていなかった。

 そして、イクセル並みの反応速度が自分にあることを証明するべく、結城はイクセルとの試合のことを持ち出す。

「キルヒアイゼンとの試合であったこと、もう忘れたのか? ……あの時私はイクセルと互角に格闘できてたんだぞ。」

 結局は敗北したが、それでも結構な時間イクセルと互角に戦えていたのは事実だ。

 ランベルトもその事だけは認めているようだった。

「……確かにありゃあすごかったさ。事実上イクセルの引退試合になっちまったし、事あるごとに引き合いに出されるだろうよ。……でもな、あれ以降はあんな並外れのスピードで戦えてないだろ?」

 認めてはいるものの、それで雷公の矢が避けられる道理にはならないとのことらしい。

「むぅ……。」

 全く言い返せず、結城はそれを認めざるを得なかった。

 ……しかし、そんなに雷公の矢は厄介なのだろうか。それならばクーディンはもっと上位にいてもいいと思うのだが……。多分、命中はすれど、決定打に欠けるということなのだろう。

 唸ったまま渋い顔をしていると、ランベルトが私にトドメをさすようなセリフを吐いてきた。

「なぁ嬢ちゃん……ここは大人しくリョーイチのアドバイスに従っとけよ。ここ最近、リョーイチは嬢ちゃんの代わりにクーディンの試合を何百と分析したみたいだし、絶対に為になるとと思うぜ?」

 諒一を見ると、確かに疲労の色が見える。

 こんなにノートに詳しく相手のデータを書き込んでいるのだから、ランベルトの話は嘘ではないだろう。

 こうまで言われてしまっては、諒一の言う通りにするしかない。

「……わかった。」

 私が了承すると、諒一はランベルトに向けて「ありがとうございます。」と礼を言い、早速バッグから別のノートを出し、それをこちらに差し出してきた。

「じゃあ、今現在明らかになっている雷公のスペックデータから説明していく。雷公は他のVFとかなり仕様が違うから基礎的なことから始めよう。」

 その、文字やらグラフやらで埋め尽くされているノートを見て、結城はため息にも似た控えめな悲鳴を上げる。

「うへぇ……。」

 そして結城は、ダグラス企業学校の入学試験のために諒一の部屋で行われたスパルタに等しい集中特訓を思い出していた。

 

  2


「本名はタカノユウキ……日本出身の18歳で……ランナー歴はたったの1年か……。」

 あるマンションの一室、情報端末を使って結城の情報を収集している男の姿があった。

「星座は射手座で……スリーサイズは……へぇ……。」

 そんなプライベートな情報も調べているのはクーディンのランナー『ジン・ウェイシン』である。

 ジンは、公式のデータベースであらかたの情報を閲覧した後、今は結城のファンサイトなど、個人が運営している情報サイトから様々なデータを収集していた。

 特にファンサイトにはユウキの試合の映像だけでなく、遠くから隠し撮りしたであろう、試合後のランナースーツ姿の写真なども掲載されていた。

 その他にも学生服姿の写真もあった。……制服のデザインのせいかもしれないが、一見すると男装しているように見える。しかし、これはこれでなかなか凛々しくていいものだ。

 そして、最新の項目では化粧品メーカーのCMの衣装を着たユウキさんの写真もあった。

 ――決してこれは個人的な興味で調べているわけではない。

 試合に勝つためにはより多くのことを知っておいたほうが有利なので、詳しく調べているだけだ。スリーサイズだって、多分何かの役に立つ。

「違うからな……これは立派な情報収集で……」

 ジンは自分に言い聞かせるように呟きながら情報端末を操作し続ける。

 しかし、結城の画像や映像を保存しながら「違う」と主張しても、全く説得力がなかった。

 ……とにかく、調べれば調べるほどユウキは珍しい経歴の持ち主だ。公式のデータベースから取得した対戦成績を見て、改めてそう思う。

 ユウキさんはいきなり2NDリーグの試合に出たかと思うと、最終的にはそのまま2位に滑りこんで、挙句はあのトライアローを撃破してしまい、そのまま1STリーグに昇格した。

 トライアローと言えば今シーズンから2NDリーグに現れたドギィとか言うランナーも注目だ。なにせ試合で全勝し、その試合時間が全て1分に満たないのだ。トライアローも凄まじいランナーを手に入れたものだ。

 ――話を元に戻そう。

 1STリーグに昇格してからユウキさんが負けたのはキルヒアイゼンのイクセルだけで、それ以外は全部勝っている。総勝利数はともかく、勝率だけで言うとそのイクセルや七宮に匹敵するほどだ。

(カズミさんの言う通り、かなり強いじゃないか……。)

 絶え間なく結城の写真を保存し、それらを好みに合わせて選別するという作業をしながらも、ジンの思考は至ってまともに働いていた。

 ユウキさんの戦績は俺よりも優っている。

 しかしジンはそれらの素晴らしい戦績を見てもなお、結城に負けるとは思っていなかった。

 なぜならば、戦績の優劣は試合の勝敗に全く関係ないからである。

 ダークガルムとの試合では相手の反則のおかげで勝利しただけだし、ダグラスに勝てたのも切れ味のいい新兵器を隠し持っていたからだ。だから、ユウキさんの実力は戦績で表されているよりもずっと低いはずだ。

 それに、いくら切れ味のいい武器を持っていてもリーチが短ければ俺にとっては無いのと同じだ。間合いさえ上手く取れば、必ず有利に試合を展開させることができるだろう。

 そして、試合に勝てばユウキさんの連絡先をゲットできる。

(あ、この写真いいな。)

 勝利を確信したジンは余裕を持って結城の写真を収集していた。

 ……と、不意に玄関のインターホンが鳴った。

(誰だ? こんな夜中に……。)

 来客の予定はないし、わざわざ自宅にまで押しかけてくれるファンもいない。というか、ファン自体が少ない。

 ジンは不思議に思いつつも一旦収集作業を中断し、玄関まで移動する。

 そして躊躇することなくドアを開けた。

 すると、そこには顔面をボコボコにされた男が立っていた。

「……!?」

 夜中にいきなりこんなのを見て驚かないわけがない。ジンはドアを開けたまま思わず家の中へ後ずさってしまった。

 顔面血だらけの男はというと、こちらを見るとすぐに頭を下げて謝罪してきた。

「す、すびばせんでじだ……」

 いきなり謝られても困る。“驚かせてごめん”という訳でもなさそうだし、かと言ってこんな男に謝罪される謂れもない。

 しかも、口の中も怪我をしているのか、まともに発音できていなかった。

(なんなんだ……?)

 かなり不可解な状況に若干戸惑うも、ジンはその男の禿げた頭を見て、男が誰であるかを思い出すことができた。

「あー、あの時のスキンヘッドのオッサン……」

 つい最近、射撃場で起きたトラブルが発端になり、銃を持って俺をさんざん追い回してきたオッサンだ。カズミやユウキとの思い出が強いせいですっかり忘れていた。

 そのオッサンが何で顔面怪我だらけで、しかも俺に謝っているのだろうか。

 そもそもどうやってこのオッサンは俺の住所を突き止めたんだろうか。

(もしかしてこの謝罪は罠で、俺が近づいてくるのを待ってるんじゃ……。いや、そんな面倒なことわざわざするわけないか……。)

 全く事態を把握できずに玄関でオッサンの頭を見ていると、不意にオッサンの背後から別の男の声が聞こえてきた。

「……事情を聞いてお前だってすぐに分かったぞ。」

 その低く凄みのある声に続いて、すぐに声の主が姿を現した。そのシルエットは細身であったが、それは体が細いからではなく、単に身長が高いからだった。

 もしかしてオッサンの仲間だろうか、と思い身構えたジンだったが、男の顔を見てすぐに構えをといた。

 その男はオッサンの隣まで移動すると、こちらに馴れ馴れしく話しかけてきた。

「軍人をあそこまでキレさせるなんて……昔っからお前は全然変わってねえなぁ、ジン。」

 気安くこちらの名前を呼んだ男の目は鋭く、オッサンとは違って頭は丸刈りだった。また、先程言葉を発した口は裂けているのかと錯覚するほどの不気味さがあり、それも相まってか、男はまるで蛇のような顔をしていた。

 その顔はジンにとって懐かしい顔でもあった。

「アザム先輩……まだ自警団の真似事やってるんですか。」

「真似事じゃねェ。正真正銘の自警団だ。」

 『アザム・アイマン』……それがこの男の名前だ。そして、俺がフリーランナーをやっていた時代の先輩でもある。

 昔と同じように、海上都市でもチンピラを排除してるとかいう噂を耳にしていたが……やっぱりその噂は本当だったようだ。

 流石に、銃を持って商業エリアを走り回っていたらセンパイに目をつけられても仕方がない。まだ、警察に発見されなかっただけましだろう。

(いや、軍人って言ってたし、見つかってもお咎めなしだろうな……。)

 そう考えると、センパイに見つけられたことがなおさら悔やまれる。

 こんなにボコボコにされるくらいなら、あの時俺が一撃で気を失わせてあげたほうがマシだったかもしれない。

(あーあ……可哀想に……。)

 センパイのことが恐いのか、スキンヘッドの男はまだ頭を下げていた。

 玄関近くの廊下にぽたぽたと垂れている血を眺めつつ、ジンはアザムに確認する。

「もしかしてわざわざこいつに謝らせに来たんですか?」

 恐る恐る聞いてみると、センパイはスキンヘッドの頭をぺちぺちと叩きながら説明し始める。

「銃持ってるのを優しく注意してやったら逆ギレされてなァ、コイツ、俺に銃を向けてきたんだよ。……で、俺が丁寧に指導してやってる途中にお前の名前が出てきたってわけだ。」

 丁寧な指導……それがどんなものだったかは、スキンヘッドの男の有様を見ればよく解る。あまり想像したくない光景であった。

「それで律儀に謝罪させに……というかセンパイ、あんな時間に商業エリアに居たんですね。何してたんです?」

「……散歩だ。」

 センパイは散歩と言っているが、わざわざ商業エリアに出向いているのだし、誰がどう考えても見回りである。

 商業エリアは人が集まる故に引ったくりやちょっとした暴行事件も多い。なので、人が多くなる時間帯である昼間に見回りをしていたに違いない。

 素直にそう言えばいいのに、変な所で恥ずかしがる人だ。

 それを指摘しないよう、ジンはアザムの話に合わせる。

「へぇ散歩ですか……センパイも意外と暇なんですね。」

 だが、その言い方が悪かったらしい。アザムは一瞬だけイラッとした表情を見せた。

「ジン、相変わらずお前の言い方はいちいちムカつくな。」

 こちらが小さく「すみません」と謝ると、アザムは別のことに関してこちらに注意を促してきた。

「それに、俺のことを“センパイ”って呼ぶんじゃねぇよ。てめェもクーディンのランナーなんだから俺を呼び捨てるくらいしてみろ。分かったか?」

 ジンは早速言われた通りに受け答える。

「……アザム。」

 言った途端、ジンは猛烈な寒気を感じた。それは、アザムの視線によってもたらされたものであることは明白だった。

 自分で呼び捨てろ言った手前、下手に指摘できないらしいが、明らかにセンパイはそれを不快に感じている。

「センパイ、何か変な汗が出てきたんですけど……。」

「……。」

 ジンが苦笑いしつつ対応している間、スキンヘッドの男は歯をカチカチと鳴らしていた。

 よく見ると、センパイの手がスキンヘッドの男の頭に食い込んでいた。かなり強い力で握られているに違いない。恐怖のせいか、顎だけではなく膝も震えている。

 いったいコイツはどれだけひどい事をされたんだろうか。

 微妙な空気の変化ですらこの有様だ。本気で睨まれたら死んでしまうんじゃないだろうか。

 スキンヘッドの男のためにも、ジンはアザムの呼び方を必死で考え、その中でも一番ましな候補を口に出して言ってみる。

「アザム……さん。」

 とうとうジンは妥協点を見つけることができたらしい。

 ジンがアザムを“さん付け”で呼ぶと、何かに納得したのか、アザムはゆっくりと頷いた。

「それでも別にいい。」

 アザムは穏やかな声でそう言い、ひとまずその場の空気が和やかになった。

 そして、すぐさまジンは話題を元に戻す。

「……でも、コイツに銃出されてもビビらなくて済んだのは、センパイのお陰です。こいつ以上にやばい奴なんていくらでもいましたし……。」

「センパイじゃなくてアザムさん、だろ?」

「あ、すみません、アザムさん。」

 ジンは呼び方を訂正しつつ、昔のことを思い返していた。

 その昔……と言ってもつい4年くらい前の話だが、俺はフリーのランナーながらもよくラスラファンに出入りしていた。補欠として待機しているだけでも、雀の涙ほどではあるがギャラが発生するのだ。どこにもスカウトされない俺はそこに通うしか無かった。

 もちろん、俺が試合に出ることはなく、常にアザムさんが試合に出ていた。

 ……ここからが問題なのだが、アザムさんは試合に負けた時、その憂さ晴らしをするためによく溜まり場のチンピラどもを殴ったりしていた。

 俺は毎回付き合わされてその様子を眺めていたが、流石ランナーと言うか、アザムさんはべらぼうに強かった。止めたほうがいいんじゃないかと何度も思っていたけれど、あれだけ騒ぎを起こしても問題にならなかったのだから恐ろしい。

 今思い出すと、既にあの頃からアザムさんの周りには屈強なファン……というか、手下がいたような気がする。そんな狂信的なファンはいつの間にかアザムさんの行為を『自警行為』と認識し始めていた。

 あながち間違いではないが、まだ犯罪をしていないチンピラを殴るのはどうかと思う。

 しかし、アザムさんが荒らした場所は結局治安が良くなってしまい、そんなことが続いたせいで、アザムさんは結局その後、ファンたちの思いに応えるために本当に自警団を作ってしまった。

 あの時はなぜか笑いが止まらなかったのを覚えている。

 外見によらず面倒見が良くて身内は徹底的に守る、まるでどこかの賊のリーダーのような人だ。……絶対に敵に回したくない。

 そんなこんなで結局1年もしないで俺はクーディンの専属ランナーになり、ラスラファンから遠ざかっていたわけだ。

 そんな風に思い出していると、間を置いてアザムさんが話題を振ってきた。

「聞いたぞ、今度の試合に負けたらクーディンを首になるらしいな。」

「耳が早いですね……。」

 アザムさんの言う通り、俺はまたフリーのランナーに逆戻りするかもしれないのだ。

 そして、アザムさんは続けざまにこっちの調子を窺ってきた。

「次の相手はアール・ブランのユウキだな。……あいつはどうだ?」

 ユウキ、と聞いてジンは先程まで自室のモニターに映っていた結城の写真を思い浮かべる。

 そして口から出てきたのは自分の正直な考えだった。

「ユウキさん……可愛いですよね。」

「はァ?」

 アザムさんはふざけるなと言わんばかりの迫力で聞き返してきた。

 しかし、ジンはアザムの意を汲めず、同じ事を繰り返し言う。

「え? 可愛いですよね?」

「……。」

 アザムさんは手を額に当てて下を向き、重苦しいながらも怒りのこもった溜息を吐いていた。そんなに自分の言っていることが気に食わなかったのだろうか……。

 女性に関しては好みの問題はあるかもしれないが、一般的な視点から見てもユウキさんは可愛い部類に入る。

 今思ったけれど、メガネを外した時のギャップもいいかもしれない。

 そんな魅力をどう伝えたものか悩んでいると、アザムさんはこちらと目を合わせることなく俯いたまま嘆いた。

「可愛いとか可愛くないとかそういう話をしてるんじゃねぇよ。俺が言いてぇのは、あのガキと戦って勝てるかどうかをだな……」

「なんか、すみません……。」

 こちらがとりあえず謝ると、アザムさんは呆れたように会話を中断させた。

「……はァ、テメエは昔からズレてると言うかチャラチャラと言うか……まぁいい。」

 しかしアザムさんは他にも言いたいことがあるらしい。こちらが謝った後もしばらく視線を泳がせていた。

 いよいよこちらから聞いたほうがいいかと思った時、アザムさんの目がこちらに向けられ、真剣な表情で語り始めた。

「いいかよく聞け。……試合に負けてクーディンを首になったら、ラスラファンに移籍して来い。」

「え!?」

 どうやら本当の目的はこの事を俺に伝えることにあったらしい。

 こうやって偶然アザムさんと会える機会などは殆ど無いに等しいし、そう考えると、スキンヘッドの男はこの話を伝えるついでにひどい目に合わされたということになる。

 こちらが急な話に驚いている間も、アザムさんは声のトーンを下げて話し続ける。

「俺もあと数年で引退だからな。知り合いでパルシュラムを任せられるような奴はお前しかいねェんだよ。」

「引退!? それにあのVFを任せるって……。」

 案外俺はアザムさんに信用されているらしい。短い間しか一緒にいなかったのに驚きだ。

 アザムさんが引退するというのも驚きだが、それよりも納得できないことがあった。

「……あれ? ちょ、なんで俺が負けることが前提になってるんですか!?」

 こちらの質問に対し、アザムさんはそれが当たり前であるかのように話す。

「試合前のこんな時期にそんなに不抜けてて、ユウキに勝てるわけないだろ。」

(カズミに続けてアザムさんまで俺がユウキよりも弱いって……。)

 どれだけユウキは過大評価されているのか……いや、俺が過小評価されているのか。

 そう評価されていることを不満に思い不貞腐れていると、急にアザムさんが思い出したように質問してきた。

「ところでお前、ユウキの試合のチェックくらいはしてるよなァ?」

「……。」

 ダイジェストは見たが、詳しい試合展開までは把握していない。そこまでしなくても勝利できる自信があったからだ。

 しかし、今そんなことを言うとアザムさんに何かされそうで怖かった。

「も、もちろん。対戦相手の分析は完璧ですよ……。」

 取り繕うように言うと、こちらの考えを見ぬいたのか、アザムさんは大きなため息をついた。

「はァ……。もう一回見とけ。わかったな?」

「了解です……。」

 こちらが返事をすると、アザムさんはこれ以上何も話すことはないらしく、スキンヘッドの男を掴んだまま玄関に背を向ける。

「……じゃあな、このハゲを射撃場に連れて行って謝らせてくる。絶対に油断するんじゃねェぞ。ハナからユウキを磨り潰すつもりで行けよ。」

 アザムは念を押すように言うと、暗い電灯に照らされた廊下を歩いて行く。

 そしてすぐに階段を降り始め、数秒もしないうちに視界から姿を消してしまった。 

 ジンは玄関のドアを開けたままアザムの忠告を思い返す。

(あのセンパイがあそこまで言うなんて……)

 そんなにユウキは強いのだろうか。

 ただの女子学生に負ける気はしないが、今までの試合を踏まえて考えるとアザムさんの言うこともあながち間違いではない。

 他のチームもユウキが女子学生の新人だから油断し、そのせいで負けてしまったとも考えられる。

(浮かれてる場合じゃないな……マジでやらないとまずいか。)

 来週の試合に備え、ジンはもう少しだけ結城に関する情報を集めることにした。


  3


 キルヒアイゼンとダグラスの試合が終わってから1週間後、結城が属するアール・ブランはクーディンとの試合をむかえていた。

(……あと1時間か。)

 現在結城はハンガー内でアカネスミレの傍らに立ち、諒一がシステムチェックを行なっている様子を見守っている。

 諒一は手元の電子ボードを確認しながら慎重に作業を進めているようで、その表情は真剣そのものだ。

 それを見ながら結城は先週の試合のことを思い返していた。

 ……先週のダグラス対キルヒアイゼンの試合で、結局ツルカは敗北してしまった。

 やはり、あのサマルの太い腕に対抗する手段が見つからなかったようだ。その上、サマルの機動性も上昇しており、ツルカは2本の槍からも逃れられず、苦戦の末にファスナの頭部を破壊されて負けてしまったというわけだ。

(やっぱり武器がないとキツイよなぁ……。)

 ファスナは常に素手で試合に臨んでいる。

 男らしいといえば男らしいが、そのせいで試合に負けてしまうと逆に情けない。

 今までは、イクセルが十分強かったので素手でも問題はなかった。おまけに、相手の武器を無効化する技術に長けていたため、それで試合がきちんと成立していたのだ。

 しかし、ツルカの場合は事情がかなり異なる。

 これは企業学校での演習で明らかになったことだが、どうやらツルカは武器を上手く扱えないらしいのだ。特に射撃は酷かった。

 ソードも上手く扱えなくて、演習では手を防護するためにあるハンドガードをメリケンサックのように使い、相手を殴り倒していたくらいだ。

 ……そのため、ツルカは素手で戦う以外の選択肢が無い。つまり、好んで素手で戦っているわけではなく、他の武器を扱えないので素手で試合に臨むより他ないということだ。

 おまけに武器に慣れてないためにイクセルのように相手の兵装を無効化することもできない。これは圧倒的に不利である。

 それなのにダグラスと何とかやり合えたのだから、ツルカの基礎的な技量は普通のVFランナーのそれを遙かに上回っていると言うこともできる。

 そう考えると、学校での演習はツルカにとってとてもいい訓練になっているのではないだろうか。ランナーが学生に混じって授業を受けるなんて時間の無駄だと思っていたが、やってみなくては分からないものである。

 そんなことをぼんやり考えていると、ハンガー内のリフトから警告音が発せられ、やがてランベルトがリフトに乗って現れた。

 それに気づくと結城はアカネスミレから離れ、小走りでリフトの乗降口に近づく。

 そして、リフトから降りて頭を掻いているランベルトに声を掛けた。

「ランベルト、ライフルは準備できたのか……?」

「すまん、ダグラスの製品管理倉庫まで行って問い合わせたんだが……無理だそうだ。」

「そうか……。」

 諒一のアドバイスに従い、今日の試合ではライフルを使う予定だったが、どうやら手に入れることが出来なかったようだ。

 一週間もあれば余裕で準備できると考えていたのに、とうとう間に合わなかったらしい。しかし、一生懸命手配してくれたのは重々承知なので、別にランベルトを責めるつもりはなかった。

「仕方ないよな……。」

 こちらが少し残念そうに対応すると、ランベルトは重ねて謝ってきた。

「悪かったな嬢ちゃん。急な注文が入ったとかでダグラスも忙しいらしい。他にE4の競技用電磁レールガンも選択肢にはあったんだが……流石にあれは高すぎる。」

「うん、私もそう思う。」

 電磁レールガンに関しては結城も同じ意見だった。

 それに、あれは一射だけのためにかなりのエネルギーを消費するので、機動力が命のアカネスミレにとっては相性の悪い武器である。

 エネルギーの供給量に制限はないものの、VF自体が出力可能なエネルギーには限界があるのだ。配分を間違えれば即負けに繋がる。

 結城は申し訳なさげにしてるランベルトをフォローすることにした。

「銃を使うとイメージが悪くなるから極力控えるように、って化粧品会社からも言われてるし……。いつも通りの兵装で問題ないって。」

 こちらには高性能のブレードが3本もある。

 それに、別にライフルをメインに戦うわけでもない。あれは相手の弓を牽制するために使う予定だったので、そこまで試合展開が不利になることもないはずだ。

 もっと言うと、どんなに予想を立てたって試合はどうなるか分からない。

 むしろ、予想通りの展開になることのほうが稀なのだ。

 その事も加えて、結城はランベルトに語りかける。

「もともとライフルはザブ武器だったんだ。そんなに試合に影響はないと思うぞ。普通に戦ってもアール・ブランが勝つさ。」

「そうだな嬢ちゃん……俺もそう願ってるよ。」

 ランベルトはこちらの気遣いを受け入れたらしく、いつも通りの屈託の無い笑顔を見せていた。

(勝てる……よな。)

 結城は試合前の何とも言えぬ緊張を感じつつ、アカネスミレの最終チェックが終わるのを待っていた。



 ――試合時刻になり、アカネスミレに搭乗した結城はアリーナ上にいた。

 アカネスミレに問題は見当たらず、諒一が完璧なメンテナンスを行なってくれたことがコンソールを通じてよく分かった。

 ……なんだろうこの感じは。

 まるで、諒一が洗ってくれた制服に袖を通しているような気分だ。

 やっぱり、諒一が隅から隅まで整備してくれたかと思うとかなり安心する……というか心強い。心なしか、コックピット内部もいつもより綺麗に磨かれている気もする。

 そんなシートに腰を押し付けつつ、結城はHMD越しに相手のVF『雷公』の姿を見ていた。 


挿絵(By みてみん)


 話に聞いた通り、手には巨大とまではいかないものの、大きな弓の姿があった。

 そして、その弓の意外にもスリムな形状に結城は驚く。諒一から教えられたデータで見るよりも、更にシンプルに見える。

 その弓に番える矢は、雷公の腰にある直方体型の矢筒の中に入っている。その先端からは矢のおしりの部分が覗いており、姿勢制御用の人工羽根の形状がよく観察できた。

 矢はかなり巨大で、あれだけでもかなりの重さになりそうだ。あれが高速で飛んできるのだから当てればかなりのダメージを受けるだろう。

 やがて結城は矢筒から注意を逸らして下に視線を向ける。

 すると脚部の膝の部分に、太ももから向こう脛部分を守るプロテクター……いや、盾が取り付けられていた。見るからに頑丈そうだ。

 あのガードで敵からの銃弾を防ぐのだろう。しかし、いくら硬くてもネクストリッパーに掛かれば一撃で破壊することができる。……いや、先に材質を計測する必要があるから二撃か。

 雷公のつま先まで観察した所で結城は改めて上に視線をやる。すると、これも厚いガードに守られた頭部パーツがあった。前方は金属製の装甲が顔を上下から挟むように装着されており、そして後頭部には見覚えのある特殊装甲の姿があった。

(……あれ、特殊装甲布か?)

 布状の装甲……それはチーム『ラスラファン』の『パルシュラム』が身に纏っていたマントのような装甲であった。

 雷公が装備しているのはあれよりは短いものの、その布は頭頂部から背中にかけてをしっかりと覆っていた。

 腰部やコックピット周りに目立つ装甲が見当たらないので、この布状の装甲でカバーしているのだろう。

 そんな風に色々観察していると、アリーナに実況者の声が聞こえてきた。

<皆様こんにちは。実況のヘンリー・アズキネンです。今シーズンも残す所あと6試合となり、皆様も順位予想の話題で盛り上がっていることでしょう。>

 実況のヘンリーは盛り上がりに欠ける淡々とした口調で進行させていく。

<……それでは早速両チームの紹介に移りたいと思います。>

 特に雑談することなく実況者はいつものようにチームの紹介をしていく。

<まずはチームクーディンから紹介させて頂きます。クーディンの使用VFは『雷公』、そしてランナーは『ジン・ウェイシン』です。この間のスカイアクセラとの試合では相手の銃口に矢が突き刺さる珍事がありましたが、今回もそんな運のいいことが起こるのでしょうか。>

 その時の映像は私も見た。

 矢が銃口に滑り込んだせいで炸薬が銃身の中で炸裂してしまい、スカイアクセラのエルマーは予想外の出来事に怯んでしまう。……その隙に雷公が矢を放ち、それがエルマーの頭部を破壊して試合は終了した。

 なので、ヘンリーの言う通り『珍事』と呼ぶに相応しい試合だったことに違いはない。

<続いてはアール・ブランです。使用VFは『アカネスミレ』、ランナーは『タカノユウキ』です。……CMを見られた方もいらっしゃるでしょうが、つい先日、彼女はある化粧品会社のキャンペーンガールに就任しました。VFランナーがこのようなことになるのは初めてのことではないでしょうか。VFBに新しい風が吹いてきたような気がします。>

 ここでまさかあのCMの話題を出されるとは思っていなかった。そんなに印象に残るようなCMだっただろうか……。

 それだけならまだしも、急にアリーナからCMソングが流れ始めた。

 明らかにこれはメーカー側の宣伝行為であった。

(もしかして、さっきのも化粧品メーカーに無理矢理言わされてたんじゃないだろうな……。)

 わざわざ試合前に実況者に宣伝させるなんて、あの化粧品メーカーも色々と頑張っているようだ。

 CMソングが終了すると、実況者は気を取り直して紹介を続ける。

<もちろん、VFの操作技術も1STリーグのランナーたちに引けを取りません。これからが楽しみなランナーであります。>

 両チームの紹介が終わると、それから間を置くことなく実況者は試合を次の段階に進めていく。

<クーディンにとっては今シーズン最後の試合となります。ランナーのジン選手には悔いのない戦いを期待しています。……それでは試合開始です。>

 そう宣言されると、試合開始のカウントダウンが始まった。

 カウントダウン中、司令室で緊張しているであろうランベルトと諒一に向けて結城は話しかける。

「……大丈夫。諒一のお陰で雷公のデータは完璧に把握できてるから。」

「本当か?」

 諒一の真面目な声に、結城は実情を正直に吐露する。

「うーん……大体は把握できてると思う。多分……。」

 半笑いで答えると、通信機越しに2人の緊張がほどけた気配が伝わってきた。

 そんな2人の反応に安心していると、試合開始のブザーが鳴り響いた。

 ブザーと同時にジェネレーターからエネルギー供給が開始され、結城もアカネスミレを戦闘態勢に移行させていく。

「結城、落ち着いて行け。」

 そんな諒一の言葉を耳にしつつ、結城はその視線を雷公に向けた。



 ――試合開始直後、まず先制攻撃をしてきたのは雷公だった。

 遠くから敵を狙える雷公が先に攻撃できるのは当然のことである。

 結城の見ている前で雷公は矢筒から矢を取り、それを弓に番え、弦を引いて、矢を放ってきた。

 これは想定の範囲内だ。

 しかし、その矢の速度はこちらの想定を大きく超えていた。

(――速い!?)

 矢の速度に留まらず、矢を発射するまでの一連の動作も、私の予想をはるかに上回る素早さだった。

 こちらとしては、雷公が矢を番える仕草を見てから回避行動に移ればいいと考えていた。しかし、その仕草自体があまりにも早すぎて、対応が遅れてしまったのだ。

 矢なんて大きいもの、余裕で視認して回避できると思っていたが、正面から飛んでくる矢はかなり見えづらい。

 それに、弾丸よりも遅いとは言っても、その飛翔速度は十分に速い。

 ……結果、結城は回避行動をまともに取ることができず、初っ端に放たれた矢はアカネスミレのボディを完璧に捉えていた。

「くっ……」

 完全にこちらの認識不足だった。

 何度も諒一から注意を受けていたのに、それでも満足に反応出来なかった。……もし、私が何の予備知識もなくいつも通りの対応をしていればもっと反応は遅くなっていたに違いない。

 この時点で私の本能は回避不可能だと判断したらしい。その本能によって結城は自然とアカネスミレのアームをブレードのグリップに這わせていた。

「……!!」

 すぐに結城は自分の本能に従い、神がかり的な速さでロングブレードを抜刀する。

 そしてロングブレードの切っ先を下に向けたまま持ち上げ、その刃を矢の射線にぴたりと重ねあわせた。

 ブレードの損傷は免れないだろうが、ボディーに矢が突き刺さるのは絶対に避けたい。

 そんな願いが叶ったのか、結城が抜刀して間もなく矢はブレードに命中した。

(セーフ……。)

 そうして矢を防ぐことはできたものの、開始直後のエネルギー不足のせいでタイミングがずれてしまったらしい。

 ……矢は超音波振動ブレードの刃部分ではなく、機構が集中しているグリップ付近のカウル部分に突き刺さってしまった。

 すぐにHMDに超音波振動ブレードに関するステータスが表示され、数多くのエラーが吐き出されていた。こうなると、ロングブレードは超音波振動による切断力を失ったと考えていいだろう。

 また、続けざまにHMDのステータスに右アームの握力値が低下している警告が表示された。

(右アーム……?)

 右手と言えば、今ロングブレードを握っている方の手である。

 何の異常があったのか、結城はアカネスミレを俯かせて自分の右手を詳しく観察する。

 するとあろうことか、矢はロングブレードのハンドガードを突き抜けてアカネスミレの手の甲にまで貫通していた。

 その異常に気が付いた時には既に遅く、アカネスミレはブレードのグリップを上手く握れなくなってしまい、ロングブレードはアカネスミレの右手を放れてアリーナの地面に落ちてしまった。

(もしかして最初からこっちの武器を……!?)

 今更相手の狙いに気づいたが、今頃分かってももう遅い。

 結城は落ちたロングブレードをすぐに回収しようとするも、続けざまに飛んできた矢のせいで拾うことができず、さらにその場から遠ざけられてしまった。

 2射目からは回避することができるようになったが、ここまで矢継ぎ早に射たれるとこの試合中にロングブレードを拾うのは不可能だろう。

「諦めるしかないか……。」

 でも、まだこっちにはショートブレードと最終兵器のネクストリッパーがある。

 この際だ、被弾するリスクを回避するためにロングブレードは潔く諦めよう。

<開始してすぐに雷公がアカネスミレの武器を撃ち抜きました。凄い命中精度です。アカネスミレもこうなっては矢を避けるしかないようです。>

 実況者の声を聞きつつ、結城は右手の甲に刺さっている矢を引きぬく。しかし、力を込めて引き抜こうとしても、矢の先端に返しが付いているせいで簡単に抜けなかった。

(また面倒な仕掛けを……。)

 矢を番えた時点ではこんな突起はなかったので、命中した時に発動するようなギミックが内蔵されているのだろう。何ともいやらしい仕掛けである。

(でも、邪魔になるし……切り落とすか。)

 結城は尚も飛んでくる矢をくるりと回転しながら避けると、そのまま自然な動作でショートブレードを抜刀し、突き刺さった矢のシャフト部分をブレードで切り落とした。

 そして、今度は引っ張らずに矢を押しこむと、なんとか矢は手の甲から外れてくれた。

 ……それにしても、ロングブレードのカウルを貫通した上に手までもぶち抜くなんて……、諒一から聞いた通り、なかなか弓矢も侮れない武器だ。

(避けるのも銃より難しいかもな……。)

 結城は回避する際、銃と同様に弓本体を見て射線を予測している。

 しかし、弓本体や弦の張り具合を見ても着弾点は予測困難だ。しかも、それを一瞬で予測できるほどまだ弓という武器の対処に慣れていない。シミュレーションゲームでも少し触った程度だし、面倒な戦いになるかもしれない。

 また、雷公は試合開始後から全く近付いてこず、こちらと一定距離を保ったまま矢を射っていた。下手に接近しても矢の餌食になるだけだろう。

 今更だが、矢を番えるスピードも早い。2秒に1射……いや、1.5秒くらいに1射のペースで矢を放っている。

 どうしてこんなに早くできるのかと疑問に思った時、結城は諒一の話を思い出した。

(確か、諒一は雷公のアームに関節が追加されているとか言っていたな……。)

 結城はその言葉に従って雷公のアーム部分を見てみる。

 すると、たしかに腕の動きをスムーズにするために手首から肘にかけての部分に関節らしきものが存在していた。でも、見た感じでは関節と言うよりもバネの役割をしているような気もする。

 こちらの予想はともかく、雷公は本当に矢を射ることに特化されているVFのようだ。

(いやいや、感心してる場合じゃないぞ。)

 前回のダグラスのサマルとの試合も辛いものがあったが、今回は相手に全く隙ができないので困っている。

 ロングブレードも失ったし、右腕は握力を失ってもうブレードも満足に持てないだろうし……。これからどうしたものか。

<クーディンの雷公、いつもと違って始めから容赦のない攻撃です。こんなに射って、最後まで矢がもつのでしょうか。>

 実況者は“こんなに”と言うものの、まだ向こうが射った矢の本数は8射だけだ。

 ――ちなみに、イクセルさんは5射目を撃たせる前に雷公に勝利した。

 その時の試合映像では、ファスナはこの矢をスイスイと避けてあっという間に雷公に到達し、一撃で頭部を破壊していた。

 とてもじゃないが真似できそうにない。

 この矢をあれだけ簡単に避けるなんて、もはや勘と言うか、センスに頼るしかないだろう。

 やはり、イクセルと私の間には経験と技量の差があるみたいだ。自信満々に「簡単に避けられる」と言ってしまった自分が恥ずかしい。

 しかし、恥ずかしながらも、結城も10射目あたりからなんとか回避に慣れてきた。

(よし……。)

 撃つタイミングと矢の速度は弦を見れば大まかではあるが掴める。

 それに、射線も弓を持っている手の動きを見れば大体の判断がつくことに気が付いた。これだけ把握できればあとは銃と同じ対処法で回避することができる。

(慣れてしまえばこっちのもんだ。)

 そんな事を考えつつ結城は飛んでくる矢を横に跳んで回避する。

 このまま順調に回避できれば、相手の矢がなくなって近接格闘に持ち込め……

「っ!!」

 そんな風に考えていた矢先、信じられない光景が結城のHMDに映し出された。

 ……なんと、間を置くことなく続けざまに矢が飛んできたのだ。

 その矢はついさっき真横に跳んで回避した物とは違い、回避した直後のアカネスミレを正確に捉えていた。

 確か、こちらの見るかぎりでは雷公は矢筒から矢を取り出す仕草はしなかったはずだ。

 一体どんなトリックを使って2射目を放ってきていたのだろうか……。

 とにかく、急な制動が効かず、矢を避けられないと判断した結城は、ネクストリッパーの刀身を盾がわりにして矢を防ぐことにした。

 結城はネクストリッパーを鞘から真上に引く抜くと、刀身の平たい部分に角度をつけて構える。

 すると矢は刀身で弾かれ、アカネスミレの斜め後方へ飛んでいった。

 幸いにもネクストリッパーにエラーは発生せず、なんとか最小限の衝撃で矢の軌道を反らせたようだ。

(何でなんだ……!?)

 2連射のことを不可解に思いつつ雷公の手元を改めて見ると、なぜ雷公が2連射できたか、その理由が分かった。

 単純な話だ。……雷公の手には2本の矢が握られていた。

 矢筒から2本取り出しておいて、それを続けざまに放ったというだけの話だ。

 単純な理論ではあるが、それをこちらに気付かれぬようにスムーズに行えるのだから、その技量は既に達人の領域に達している。

(あ、これが『ダブレット射ち』か……!!)

 結城はこの技を諒一から聞いていたことをすっかり忘れていた。

 諒一が気をつけろと言っていたのは、この事だったようだ。

 今も、雷公は2本の矢をそれぞれ指の間に挟むようにして保持しており、それによって矢筒からリロードする手間を省いていた。

 単純に計算しても連射のスピードは2倍だ。

(器用すぎるにもほどがあるだろ……。)

 感心している間も雷公は弦を引いており、こちらがネクストリッパーで矢を弾いてから数秒もしないうちに、またしてもダブレット射ちで攻撃してきた。

 そして、結城はこの攻撃もネクストリッパーで受け止める羽目になる。

 ――この射ち方は結城にとって厄介な攻撃だった。

 1射目に速度の遅いフェイント、そして続けざまに放たれる2射目は高速でこちらの回避方向に飛んでくる。

 これは速度差によって回避を困難にさせる、初歩的なフェイント方法である。……が、それを頭で解っていても、結城の体は無意識に反応してしまうのだ。

 回避行動には慣れているつもりだったが、反射的な回避をここまでコントロールされるとは考えてもいなかった。直感的な回避に慣れてしまっているがゆえに、こういう相手の餌食になりやすいのかもしれない。

 とにかく、結城は避けられない矢をネクストリッパーで防ぐしかなかった。

(くっそー……。)

 回避できないことを悔しく思いつつも、結城はネクストリッパーを正面に構える。

 やがて、矢はネクストリッパーに命中し、甲高い衝突音を周囲に響かせた。

 ネクストリッパーではなく、ショートブレードで防げばいいのかもしれないが、ショートブレードは薄すぎるので矢の直撃に耐えられそうにない。

 ただ、ネクストリッパーも2撃防いだだけで内部の機構から数々のエラーが発生しており、これ以上矢を防ぐと、ロングブレードと同様にして、その機能が使えなくなる可能性が高かった。

 もうこうなったら相手のリロードのタイミングを狙うしかない。

(――『やられる前にやれ』、だ!!)

 結城は雷公が矢筒に手を回した瞬間を狙い、ネクストリッパーを前に掲げて距離を詰める。

<おお、アカネスミレが動きます。どうやら接近戦に持ち込むつもりのようです。>

 接近戦を行うにしても、ネクストリッパーがイカれてしまう前に雷公に攻撃を当てて固有振動値を計測しなくてはならない。

 ……しかし、それは簡単に叶いそうになかった。

 こちらが近づくにつれて雷公は離れるように移動して距離を取り、さらにこちらの接近を阻むように2本の矢を射ってくる。

 結城は相対速度のせいでより速く飛んできた1射目をなんとか回避する。

 そして、2射目はネクストリッパーではなく、出力の低下している右手で受け止めた。

 矢は右手の手のひらに突き刺さり、アームの肘付近までを完璧に破壊した。その破壊具合といったら凄まじく、もう指も動かせないレベルだ。

 でも、どうせ右腕はブレードのグリップすら握れないのだから、別に盾代わりにしても問題ない。

 今は一本の腕とネクストリッパーが無事ならばそれでいい。

 しかし、これで大丈夫だと思った矢先に視界に嫌なものが映った。

 それは明らかにこちらに向けて飛んできている矢であり、正確にこちらの頭部を狙っていた。

(え、嘘だろ!?)

 HMDに映るその映像は嘘ではない。……それはまさかの『3射目』だった。

 さらに、狙いが正確であるばかりか、3射目の飛翔速度は前の2本の矢を遥かに凌駕していた。

 ここまで相手にこちらの行動を予測されると逆に清々しいものだ。

(……仕方ない!!)

 その3射目を防ぐために結城はネクストリッパーを顔面の前で構える。

 構えると同時に矢はネクストリッパーの刀身に命中し……

 ――見事に突き刺さった。

 そして、その部分から機構部分に大きな亀裂が入っていき、その亀裂はあっという間に刃部分の端にまで到達し……最終的にはネクストリッパーの機構に重大な異常を発生させた。

 つまり、ネクストリッパーはただの剣に成り下がってしまったというわけだ。

 こうなってはもう使い物にならない。

「……。」

 刃に突き刺さった矢を取り外しつつも、結城は雷公の弓技に心底感心していた。

 ネクストリッパーを破壊した『3射目』、それはダブレット射ちを応用した技であった。

「3連射……トリプレットか。」

 そう呟きながら結城は雷公を見据える。……再び矢筒から矢を取り出した雷公の手には3本の矢が握られていた。

 要はダブレットと同じで、親指を除く4本の指の谷間に矢を握っているだけである。普通に考えればここまでやれることも予想できただろう。

 それを考えられずに無防備にも突っ込んでしまったことを結城は後悔していた。

 だが流石の雷公でも手の構造に制限がある以上、3射が限界なはずだ。

 これ以上矢を手に保持することはできないだろう。

(それに、……諒一の予想が正しければ矢筒の中にあと数本も残ってないはずだ。)

 そう考え、結城はこれ以上雷公に弓の攻撃をさせないようにするため、その弓を狙って使い物にならなくなったネクストリッパーを投げつけた。

 さらに結城はショートブレードを抜刀し、その切っ先を雷公に向ける。

 ネクストリッパーが牽制となり、雷公はこちらのショートブレードを回避することができないはずだ。それを防ぐには、向こうは弓で防ぐか、回避するかのどちらしか無い。

 ネクストリッパーと右腕を失ったのは痛い損失だが、接近できればこちらのものだ。クロスレンジに持ち込めば弓など恐るるに足りない。

<とうとうアカネスミレが雷公を捉えました。いよいよ2体がぶつかります。>

 実況者の言う通り、アカネスミレと雷公の距離は加速度的に縮まっていった。……だが、雷公は防御もせず、回避する様子も見せなかった。

 アカネスミレによって投擲されたネクストリッパーは雷公の左アーム、その先にある弓を捉えており、このままいけばその弓ごと雷公の左アームを破壊できるはずだった。

 しかし、投擲されたネクストリッパーが雷公にダメージを与えることはなく、それどころか接触すらしなかった。

 なぜなら、雷公が弓自体を回転させて、飛んできたネクストリッパーをフレームと弦の間に通し、すり抜けさせてしまったからである。

 空中を進む間、ネクストリッパーは縦方向に高速で回転していたのだが、雷公はその回転に同期させるように弓自体を回転させたというわけである。

 何にも接触しなかったネクストリッパーは勢いを失うことなく雷公をすり抜け、遙か後方へ飛んでいく……。

 体を動かすことなく弓だけを操って攻撃を回避する。その一連の動きに結城は驚かされていた。一体どんな訓練を積めばあんないなし方ができるのだろうか、まるで検討もつかない。

(……でも、こっちの突きは避けられないはず!!)

 結城はネクストリッパーが彼方へ飛んで行くのを見つつ、ショートブレードを雷公の右肩付近に突き出していた。

 その突きが命中するまでの刹那の間、雷公は回転させた弓を器用に制御し、まるで曲芸のように自在に操って、持ち手を左手から右手に移動させた。

 そして、こちらの注目が弓にいっている間に雷公は矢筒から矢を取り出していたらしい。

 雷公はその矢を弓に滑りこませるようにして番えると、タイミングよく弓の回転を止めて構えた。

 ……そしてふと気付くと、弓に番えられた矢尻がこちらの頭部パーツに向けられていた。

「あれ……え!?」

 こちらのショートブレードはと言うと、弓前面のフレームによって阻まれていて、全く相手のボディに届いていなかった。

 それどころか逆にこちらが矢で狙われている状況に陥っており、アカネスミレは機能停止寸前に追い詰められていた。

「……っ!!」

 雷公がその矢を放つ寸前、結城は右腕で頭部を庇う。

 すると、同じタイミングで矢が放たれ、鋭い矢尻が右腕パーツに突き刺さった。

 矢は辛うじて右腕を貫通することなくストップし、なんとか結城は頭部パーツを守りきることができた。

 防御の後、すかさず結城はショートブレードで再度斬りかかろうとしたが、雷公はこちらの脚部パーツを蹴って背後に跳び、その斬撃を軽々と回避した。

 雷公がそうやって後ろに跳んでいる間も弓矢による攻撃が止むことはなく、空中で放たれた、正確にこちらの頭部を狙った矢がアカネスミレの右腕に2本追加された。

 矢を何本も生やしている右腕を見ながら、結城はため息をつく。

(はぁ、危なかった……。)

 雷公は今までその機会がなかっただけで、接近戦にも慣れているようだ。さっきの弓さばきも実に華麗であった。

 そんな風に感心するのは後にして、結城は矢のせいでグズグズになった右腕をパージし、こちらから離れていく雷公を追うように跳ぶ。

 ここで距離を開けられてしまうと余計に不利になってしまうと考えたからだ。

 ――そんな、私の躊躇ない接近は雷公としても想定外だったらしい。

 続いて放ってきた雷公の矢は十分な速度が出ていなかった。

 そのヘロヘロの1射をショートブレードで無理矢理弾くと、結城は雷公に飛びかかった。

(逃がすかっ!!)

 これで勝負は決したと確信した結城だったが、そのショートブレードの攻撃はあっけなく防がれてしまう。

(嘘、足の装甲で!?)

 雷公は足を持ち上げ、膝にある防弾用の装甲でこちらの攻撃を防いでいたのだ。

 こちらのショートブレードは超音波振動によりその装甲に突き刺さり、雷公の脚部パーツを貫通して、裏側にまで達していた。

 しかし、これはあまり嬉しくないダメージの与え方だった。

 根元まで埋まってしまったショートブレードが装甲に固定されてしまい、抜けなくなってしまったのだ。

 武器を全て失ってしまった結城だったが、そんな結城を次に待っていたのは……

 雷公による零距離射撃であった。

「!!」

 こちらがショートブレードを引きぬこうと奮闘している間に、雷公の弓の先端に付けられたガイドがアカネスミレの頭部にぴったりと押し当てられていたのだ。

 結城はその間に腕を挟むこともできず、また、アカネスミレの頭部を守れるようなものも何一つ存在していなかった。

 ――まさに絶体絶命である。

 頭部に当てられたガイドを通じて、弓に張られた弦がその張力を増していくのが伝わってくる……。

 結城は目を逸らすことなく、ゆっくりと弦を引く雷公の手元をしっかり見つめていた。

 だが、見ているだけで雷公が攻撃を中断してくれるはずもない。

 ――やがて、限界まで矢が引かれると、雷公の手から弦が放れた。

(駄目だ、負ける……。)

 そう思った瞬間、急に周囲の音が止んだ。

「ん……?」

 不思議に思いつつ目線を弓に向けると、弦にゆっくり押し出されていく矢が見えた。

 また、その弦も通常では観測できないような挙動で不気味にうねっていた。

 それは俗にいうスローモーション映像のような光景であり、よく見ると周囲は急激に暗くなっており、結城が現在見える範囲は自分と雷公を取り巻く狭い空間のみであった。

 この状況から、結城は自分が再びあの『感覚』の状態に移行できたことを悟る。

 ……今の結城にとって、零距離で放たれた矢を掴むのは容易かった。

 結城は左手を頭部の前に持ってくると、親指の先と残りの4本の指の先とをくっつけ、筒を作る。その筒の中にゆっくりと進む矢を捉えると、筒の口径を徐々に絞っていき、親指の付け根と手のひらの間を矢が通過するように調整した。

 そのまま待っていると、やがて矢の先端が筒の入り口を――小指の腹と手のひらので囲まれた円を跨ぎ、結城は一気に左手の筒を閉じた。

 手のひらの内側に接触した矢のシャフトは横方向からの衝撃によって波打ち、それに合わせて矢尻も上下左右にぶれる。そして、矢は手のひらとの間に小さな火花を散らせつつもその速度を徐々に落としていった。

 やがて火花が散り終わると、矢は手の中で停止していた。

「く……はぁ……。」

 矢が完全に止まると、結城の時間の感覚も通常通りになり、周囲の音も戻ってきた。

 その音の中には、自分の鼓動の音も含まれていた。そのスピードは異常に速く、血流が自分の体の内側を駆け巡っているのが肌で感じられるほどで、まるで体中が波打っているように感じられた。

 雷公はと言うと、こちらが矢を掴んだことに驚いているのか、矢を放った体勢のまま固まっていた。

 ……しかし、半秒もすると雷公は矢筒に手を回し再び矢を弓に番え始める。

 またあの感覚が発生するかも定かではない今、敵の動きを早急に制するべきだと結城は考えた。そして次の瞬間、結城は左手で止めた矢を逆手に持って真上に跳び上がった。

 雷公はその動作に呼応し、こちらを追うようにして弓を上に向ける。

 しかし結城は防御の体勢を取ることなく矢をしっかりと握り、狙いを雷公の頭部に定めて振りかぶる。

 それと刻を同じくして、こちらめがけて雷公が矢を放ってきた。

「……!!」

 今度は雷公の矢を視認することができなかった。

 ……が、結城は構うことなく落下の勢い利用し、思い切り矢を振り下ろす。

 結城が振り下ろした矢は雷公の装甲の隙間を避けるようにして頭部に突き刺さり、驚くほど簡単に後頭部にまで貫通した。

(やったか……。)

 しかし、それで雷公の機能が停止することはなかった。

 雷公は弓を捨てると両腕でこちらの左アームを掴み、矢を抜こうと必死でもがき始める。ところが、雷公の出力は既に低下しているのか、その力はとても弱々しく、アカネスミレの片腕を動かすことすらできなかった。

 ……それから約1分ほど、雷公の虚しい抵抗は続いた。

<もう勝負は決したようですが、まだ雷公は諦めていないようです。勝利への執念を強く感じられます。>

 気の毒そうに話す実況の声を聞き、結城も雷公の惨めな有様に同情の念を抱きそうになってしまう。彼はいつまで抵抗し続けるつもりなのだろうか。

 アリーナ上で動いているのは雷公だけであり、それ以外は時間が止まったかのように恐ろしく静かであった。

 結城が止めを刺すべきかどうか考え始めた頃、不意に空から1本の矢が降ってきた。

(あれは……さっきの矢か……。)

 上空に小さく見えるその矢は、つい先程雷公が天に向けて放った矢に間違いなかった。気流の影響でどこか遠くの海に落下したものと思い込んでいたが、矢が重いせいでそれほど風に流されなかったようだ。

 時間が経つに連れて矢はどんどん大きくなり、アリーナ上空の空気を切り裂きながら恐ろしいスピードで自由落下してくる。

 その落下点を見極めた結城は、雷公のボディーを蹴ってアリーナの中央へと押しやった。

 すると、その矢は無事に持ち主の元に帰ってくることができた。

 ……つまり、矢が見事に雷公に命中したのである。

 しかも、命中した場所は脳天であった。

 雷公の頭部の装甲は装甲としての役割を果はたすことなく、矢の頭部への侵入をいともたやすく許してしまう。

 さらに、矢の衝撃は雷公の頭頂部に突き刺ささっても全て吸収されることなく、その結果、矢は頭部パーツごとごっそりもぎ取って、それをアリーナの地面に打ち付けてしまった。

 つい先程までもがいていた雷公だったが、頭部を失ってようやくその機能を停止したらしい。雷公はやがてバランスを失い、仰向けになってアリーナの床に倒れてしまった。

 また、その衝撃によって雷公の腰に装着されていた矢筒も外れ、持ち主の隣に転がる。

 矢筒がその動きを止めると、そこでようやく実況者の試合終了宣言が聞こえてきた。

<……雷公の頭部が破壊され、ジェネレーターからのエネルギー送信が中断されました。よってアカネスミレの勝利です。>

(やっと終わった……。)

 淡々と事実を述べる実況者の声を聞きつつ結城はコンソールから手を離す。

 そしてHMDを脱ぎ、新鮮とは言いがたいが、外気よりも少し酸素濃度が高く設定されているコックピット内部の空気を胸いっぱいに吸い込む。

「すぅ……」

 十分な量の空気を吸い込むと、結城は両手のひらで顔を覆いつつ若干前かがみになり、その空気を肺から外へ出した。

「ハァ……。」

 その動作を何度か繰り返すと、結城は目を瞑ったままヘッドレストに頭を押し当てた。

 ……かなり呼吸が荒い。それに、微妙ではあるが手が痙攣している。

 だが今はそんな事よりも、雷公の矢を手掴みしたあの瞬間のことが結城の思考の大半を占めていた。

(感覚が加速した……。またできた……。)

 イクセルと試合したときのあの感覚を再び得ることができた。

 前より短い間だったが、以前よりも周囲のスピードをゆっくり感じられた気がする。

 一体あれは何なのだろう。

 ……プロボクサーの中には、敵のパンチを遅く感じられる選手がいるとかいないとか。

 ……プロ野球選手のバッターの中には、投手の投げた硬球の縫い目が分かる選手がいるとかいないとか。

 自分の感覚も、多分それに分類されるものなのかもしれない。

(信じられないけど、実際に体験しちゃってるからな……。)

 その貴重な体験のことを考えているうちに呼吸も落ち着き、結城は再びHMDを被り直した。そしてアリーナの端にあるリフトに向かうべくアカネスミレを振り向かせる。

 すると、こちらの動きに反応したのか、通信機からランベルトの声が聞こえてきた。

「なぁ嬢ちゃん、何がどうなったんだ? それに最後のあれは……?」

 どうやらランベルトは、よく状況を理解出来ないらしい。まあ、いきなり上から矢が降ってきて、それが命中したのだから訳がわからなくても仕方ない。

 この分だと、私が雷公の矢を手掴みしたのも見えなかっただろう。

 ランベルトに続いて諒一も、信じられないといった口調でこちらに事実を確認してきた。

「結城、……もしかして素手で矢を止めたのか。」

 ランベルトとは違い、諒一には見えていたようだ。

 その質問に対し、結城は短く答える。

「うん、そうみたいだ。」

「……。」 

 こちらが諒一の言葉を肯定すると、諒一もランベルトも絶句していた。

 自分でも信じられないが、実際にやってのけたのだから真実に違いない。

 ……それにしても、久々にかなり短い試合だったように思う。

 もしかすると、雷公の顔面に矢を振り下ろすまで1分も掛からなかったのではないだろうか。なにせ、司令室にいる諒一やランベルトが私にアドバイスをする暇もなかったくらいだ。

 その間に雷公は20本近く怒涛の連射を行ったのだから実に驚きだ。

(それに、かなり興奮する試合だったな。)

 イクセルが面白いと言ったのが十分に理解でる。

 それだけ実力が拮抗していたということだろうか。

(……弓、私も使ってみようか。いや、ジンっていうランナーが凄いだけで、私が使っても意味ないか……。)

 結城は地面に転がっている雷公の頭部パーツを眺めつつその場から離れる。

 試合終了時から予備バッテリーに動力が移行するため出力は最低限だ。そのため、歩行速度はかなり遅い。

 ゆっくりと歩くついでに結城は雷公の矢筒をちらりと覗いてみる。

 矢筒の給弾口からは新たな矢は出てきておらず、矢筒の中は綺麗サッパリなくなっているようだった。

「これ、1本いくらするんだろうな……。」

 雷公の顔面と頭頂部に突き立った2本の矢を再び見つつ、今さらながらその値段を気にする結城であった。


  4


 試合後。

 ジンはクーディンのランナー専用の更衣室でへこたれていた。

「これで解雇決定か……。」

 その情けない声は、誰もいない更衣室内に虚しく響く。

 更衣室内は暗くひどく静かであったため、その虚しさはいつもの数倍に感じられた。

(勝ったと思ったんだけどなぁ……。)

 矢を射つペースも乱れることなく、試合の流れも完璧にこっちのものだった。

 敵はフェイントにも面白いくらい引っかかったし、接近された時の対処も良かったはずだ。

 何が敗因だったのか。

 もちろんそれは判りきっていた。……最後のアレである。

(矢、掴めるか? 普通……。)

 今まで矢を切り払われたり、盾で弾かれたことはあったが、素手で掴まれたことはなかった。しかも零距離で止められたのだ。『偶然』や『勘』だけでは到底説明できない。

 あれを超人的と言わずに何と表現したらいいだろう。

 今考えると、始めから追い詰めずに、適度に攻撃を受けてカウンターを狙ってもよかったかもしれない。

 ……まぁ、それでも負けていただろう。

 ジンはランナースーツを脱いで上半身をタオルで拭きながら溜息混じりに呟く。

「はぁ……。今日のうちにラスラファンに挨拶してこようかなぁ……。」

 クーディンをリストラされるとなれば、次の行動は早く起こしておいた方がいい。センパイもああ言ってくれたことだし、何も問題なくランスラファンで雇ってくれることだろう。

(アザムさんと同じチームかぁ……。)

 これからしばらくアザムさんと一緒に過ごさなければならないのか、とジンが憂いていると、いきなり更衣室の扉が開いて女性の挨拶が聞こえてきた。

「お疲れ様でしたね、ジン君。」

 女性はそう言うとすぐに更衣室の扉を閉め、断りもなく中に入ってくる。

 本来なら許可無く更衣室に部外者が入ればすぐに追い出す所だが、今回に限ってジンは追い返すことをしなかった。なぜなら彼女は特別だったからだ。

 ジンは入り口に顔を向け、その女性に挨拶を返す。

「お、久しぶりだなカズミさん。」

「久しぶりというほどでもないでしょう、それに……あ……。」

 カズミさんの言葉はなぜか途中で途切れた。

「それに……なに?」

 返事が無いことを不思議に思いよく見てみると、カズミさんはこちらから目を逸らして何もない壁を見つめていた。

 その対応を見て、ジンは今自分が上半身素っ裸であったことに思い至る。

「あー、悪い悪い……。」

 ドアに貼り付けられている『更衣室』というプレートを見れば中にどんな状態の人間がいるのか予想できるはずだ。

 それなのにあんな反応をされるとこっちも困る。まるで自分が悪いみたいではないか。

 色々と不平を思い浮かべつつもジンはすぐに着替えのTシャツに首を通す。

 すると、ようやくカズミさんが返事をしてくれた。

「……ともかく、私の予見通り見事に負けてしまいましたね。結城君の強さを身をもって感じられましたか?」

 そんなにユウキさんが俺に勝ったことが嬉しいのだろうか、カズミさんはとても自慢げにしている。

 今すぐに言い返してやりたいジンだったが、結城の強さが本当だということは痛いほど分かったので、素直に受け答えることにした。

「確かに。零距離射撃の矢をカンペキなタイミングで掴むなんて……イクセル並みの異常な反応速度だな。」

 そう言うと、カズミさんはこちらの言葉を噛み締めるように何度も頷く。

「そういうことです。……ようやくわかりましたか。」

 おまけにカズミさんは腕を組み、笑いを堪えるような表情をしていた。ここまであからさまだと、実際に試合をしたユウキよりもアール・ブランの勝利を喜んでいる気さえしてくる……。

 それにしても、なぜカズミさんはクーディンの更衣室に来たのだろう。

 わざわざ俺を誂いに来たにしては大げさすぎるし、かと言って慰めに来るような間柄でもない。

(何しに来たんだ……というか、どうやってここまで来たんだ……?)

 他チームのスタッフは気軽に入れないはずなのだが……。どうやってセキュリティを抜けてきたのだろうか。

 そんな事を勘ぐっていると、カズミさんがまた話しかけてきた。

「どうしたんですジン君。元気がありませんね。」

 カズミさんはまだニヤニヤしている。

 ……そんな顔を見ていると余計に敗北感が強くなってしまった。

「そりゃあ俺もランナーだし、負ければそれなりに落ち込むわけで……はぁ。」

 自分で言って、ジンは余計に気が滅入ってしまう。

 負けた上にチームからは解雇され、行く場所はアザムさんがいるラスラファン以外にない……。

 一応自分も1STリーグランナーだし、フリーになればスカウトされると思うけれど、現状では2NDリーグのラスラファンよりギャラのいいチームが思い浮かばない。

 アザムさんのことは嫌いではない。むしろ尊敬できる先輩ではあるが、やっぱりアザムさんの相手をするのは骨が折れる……というか、想像するだけで緊張やら恐怖やらで寿命が縮みそうだ。

(やだなぁ……。)

 そんな感じで項垂れていると、カズミさんからその悩みを吹き飛ばすようなセリフが聞こえてきた。

「今日の試合、ジン君もなかなか健闘していましたし……結城君の連絡先くらいなら教えてあげても構いませんよ。」

「ホント!?」 

 ジンは俯いていた顔を上げて鹿住に向ける。そんなジンの視線に応えるように、鹿住は小さく頷いていた。

 まさかカズミさんから人情的な施しを受けるとは思わなかった。

 これで負けた悔しさも幾分か癒されるというのものだ。地獄に仏とはまさにこの事である。

「カズミさん、いやカズミ様、その優しさに感謝します……。」

 ジンは大げさに跪き、感謝の気持ちを表す。

 だが、こちらの行動をまるっきり無視してカズミさんは話を再開させた。

「その代わり、こちらの言う事を聞いてもらいますが、いいですね?」

「約束だからな。できることなら何でもやるさ。それよりユウキさんの連絡先を……と」

 ジンは返事をしつつ、結城の連絡先を記録するべくロッカーから携帯端末を取り出す。

 そしてアドレス帳を起動させたのだが、カズミさんはユウキの連絡先ではなく、それよりも先にあることを要求してきた。

「ジン君、あなたにVFランナーとしてやってもらいたいことがあります。」

 カズミさんは小さな声で前置きをして、手招きをしてきた。

 ジンはそれに従って鹿住に近寄ったが、鹿住が何かを言う前に断りを入れた。

「あのカズミさん、前話した通り俺はもう解雇される予定で……」

 何でも言うことを聞くとは約束したが、クーディンから解雇されるのも時間の問題だし、そうなるとカズミさんの要求は実現できない。

 その旨を伝えるつもりだったのだが、こちらの言葉をカズミさんは遮ってしまう。

「そうでしたね。しかし解雇といっても、契約上はシーズンいっぱいまであなたはクーディンのランナーのはずです。ですから、あの雷公も自由に動かせるわけです。……それを最大限に利用させてもらいます。」

「り、利用……?」

 こっちが戸惑っているのすら無視して、カズミさんはどんどん話を進めていく。

「今から時間空いていますか? すぐに会って欲しい人がいるのですが。」

「もしかして……ユウキさんを?」

「そんなのは有り得ないということくらい分かるでしょう。結城君は今から勝利者インタビューがあるんですから。」

「そうだったな……。」

 もしユウキさんに会わせてくれたら、それこそ何を言われてもカズミさんに従うつもりだった。

(先走りすぎだぞ、俺……。)

 ジンは自分の過度の期待っぷりを諌め、冷静に鹿住に質問を返す。

「で、誰に会わせたいんだ?」

「それは……」

 カズミさんはその人物の名を言いかけたが、すぐに言葉を止めて性別だけを教えてくれた。

「……今から会ってもらうのは男の人です。そこで話を聞いてもらいます。」

「えー……」

 予想はしていたが、改めて男と聞くと凄くやる気が無くなる。

 こちらの意気消沈っぷりが気にくわないのか、カズミさんは先程言ったことを繰り返し言う。

「ジン君、私の言うことを何でも聞く約束でしたよね?」

 これではまるで脅迫ではないか。

 だが、こう見えても俺は約束を守る男だ。ユウキさんの連絡先も教えて欲しいし、ここで首を横に振るわけにはいかない。

 ジンは大人しく鹿住の言う事を受け入れることにした。

「わかった。……わかったから、早くユウキさんの連絡先を……」

「それは向こうについてからです。……そこで紙に書いてあげますから。」

 カズミさんはなぜか憐れみの目で俺を見ていた。

 それはまるで、ユウキさんには絶対に手が届かないと言っているようにも思えた。

 しかしそんな目線もすぐに逸らされ、カズミさんは踵を返す。

「それじゃあ準備ができたらダークガルムのハンガーに来てください。そこで待っています。」

 カズミさんはそれだけ言い残し、更衣室から出ていく。

「待ってよカズミさん、俺も一緒に……すぐに着替えるからさ。」

 ジンもすぐに普段着に着替え、更衣室から出ていく鹿住を追った。


  5


 ジンが鹿住と更衣室で会話している間、結城は多くのカメラに囲まれて勝利者インタビューに臨んでいた。

 結城は室内の壇上にある椅子に座っており、ヘンリーから色々な質問を投げかけられていた。その質問は主に試合の展開に関するもので、至極真面目なインタビューであった。

(早く終わらないかなぁ……。)

 結城は背もたれに体重を預けて座っている。

 いつもは背筋を伸ばして姿勢正しく対応する所だが、今日は体中が疲労しているので若干の見苦しさは許容してもらおう。

 今はインタビューも終盤にさしかかっており、質問の内容も随分大雑把なものに移行していた。

「これで5勝1敗という成績になりましたが、今の心境をお聞かせください。」

 その質問している間、ヘンリーは腕時計をチラリと見ていた。

 ……どうやら終わりの時間が近づいているようだ。

 それを悟った結城は、それらしいセリフで答えることにした。

「5勝もできて嬉しいです。……これも私を支えてくれているチームメンバーと、そしてファンの皆様のおかげです。これからも応援よろしくお願いします。」

「はいありがとうございました。次の試合もがんばってください。」

 ヘンリーは私に対して一礼すると、視線を私から会場へと移して落ち着いた口調でその場にいる人々に宣言する。

「……以上でインタビューを終了します。」

 この言葉を皮切りにカメラマンや記者は部屋から出ていき始めた。

 結城も別の出口からその部屋を去ることにした。

 結城はヘンリーの後ろを通って壇上から降り、近くにあった出入り口から部屋を出る。

 そして、通路に出てドアを閉めると緊張が解けたせいか、急に足に疲れが出てしまい、結城はその場に崩れそうになってしまった。

 しかし、結城はなんとか踏ん張って膝を伸ばし、体勢を立て直す。

「ふぅ……やっと終わった……。」

 試合後に生の声を聞きたいという考えは理解できるが、それにしてもこのシステムはどうにかならないものだろうか。試合後の疲労困憊状態の頭ではまともに質問に応えることができない。

 それはともかく、今回のように短い試合時間でここまで筋肉が疲労するとは思っていなかった。まるで小一時間筋トレを続けた後のように体に力が入らない。

 イクセルとの試合の時の疲労に比べれば何とも無いが、やはり、あの感覚に移行すると体に大きな負担がかかるようだ。

「嬢ちゃんお疲れ。」

 ドアノブに手をかけたままつったっていると、通路の向こう側からランベルトの声が聞こえてきた。どうやら私を迎えに来てくれたようだ。

 ランベルトの顔はにやけており、まだ勝利の余韻に浸っているようであった。

 結城はあまり疲労を悟られぬように、気丈な態度でランベルトに言葉を返す。

「そっちもお疲れ。もう回収は済んだのか?」

「大体な。ロングブレードも回収できたし、時間は掛かったが雷公の膝からショートブレードも引っこ抜けた。……あとは海に落ちたネクストリッパーをサルベージするだけだ。」

 あの時、雷公に向けて投げたネクストリッパーはそのまま場外に飛んでいったようだ。

 一応海といってもアリーナの周囲には海中施設があるし、何より事故防止用のネットもあるのでそこまで回収に手間取ることもないだろう。

 それよりも大変なのはクーディンだ。20数本の矢を回収しなくてはならないのだからその苦労は計り知れない。

 ……クーディンの苦労を憂いている間にもランベルトはこちらに近づいてきている。わざわざ待つ必要もないと思い、私はハンガーに向けて歩き出すことにした。

 それを悟ってか、ランベルトもすぐに振り返り、来た道を戻っていく。

 そのランベルトに追いつこうと歩幅を広げようとした時、結城の体が大きくぐらついた。

「あっ……と。」

 そのまま結城は通路の壁に手をついてしまう。

 ……これで私がかなり疲れていることがランベルトに伝わったことだろう。

 しかし、気付いていないのか、気付かぬふりをしているのか、ランベルトは特に手を貸すこともなく、私の隣をゆっくりと歩き、軽く声を掛けてきたけだった。

「……大丈夫か?」

「うん、ちょっと疲れてるだけだ。」

 ランベルトはそれ以降何も喋ることなく私の隣を歩いていた。

 ただ、大人しかったのは口だけであり、ランベルトは私がバランスを失いそうになる度に反応し、チラチラとこちらの様子を窺っていた。

 その空気に耐えられなかった結城は取り繕うように次の試合の事についてランベルトに話題をふる。

「残すは後一試合だな。……次はスカイアクセラのエルマーかぁ……。」

 スカイアクセラは今のところ3勝2敗だ。必死で勝ちを狙ってくるだろう。

 横を歩くランベルトはこちらが話し掛けたのにもかかわらず、スカイアクセラに言及することはなかった。それどころか、こっちのセリフを無視して私の体調を気遣ってきた。

「嬢ちゃん、今日くらいはそんな話しなくてもいいだろ。試合でかなり疲れてるみてーだし、また今度にしないか。」

「別に私は疲れてなんか……」

 咄嗟に反論しかけて、結城は改めてランベルトの言葉の意味を考える。

 わざわざインタビューの会場まで迎えに来てくれたのだ、もともとこっちのことを心配していたのだろう。

 それを察し、結城はその話題を取り下げることにした。

「そうだな。次の試合は3週間後だしそこまで急ぐこともないか……はは。」

 やがてハンガーのある階層に向かうエレベーターに到着し、2人は広めに作られたエレベーターに乗り込んだ。

 と、ここで結城はふと思った疑問を口に出す。

「あれ、諒一は?」

 そんな疑問に対し、ランベルトからすぐに言葉が返ってきた。

「ん? アカネスミレの修理だろ。」

 ……私のことはランベルトに任せて、自分はアカネスミレに付きっきりのようだ。

 今回の試合では右腕をズタボロにされてしまったが、それ以外に目立った損傷は無いはずなので、そこまで修理に苦労することもないだろう。

 しかし、FAMフレームに慣れていない諒一からしてみれば、大変な作業であることに違いはない。

 そう考え、結城はランベルトに遠慮がちに要求する。

「ランベルトも諒一のこと、なるべく手伝ってやれよ……。」

 こちらの理不尽な要求に、ランベルトは苦笑で以って答える。

「そんなに急かすなよ、武器の回収が済んだらちゃんと手伝うっての。」

 その言い方から、私に言われずとも元よりそのつもりだったことが窺い知れた。ランベルトも諒一のことをきちんと気に掛けているようだ。

「……あ、言っとくけど、嬢ちゃんは作業を手伝おうなんて考えるなよ。」

「え?」

 続いてそんな事を言われ、結城は思わずランベルトに反論してしまう。

「知識がない私だって部品の運搬くらい……あっ。」

 強気で言っていると不意にエレベーターが揺れ、結城はその揺れに対応できずにバランスを失い、エレベーター内の壁に肩をぶつけてしまった。

 ランベルトはそれを見て『言わんこっちゃない』という風な感じで忠告してくる。

「ほら、嬢ちゃんはちゃんと体休めとけよ。エンジニアはともかく、ランナーの代わりはいないんだからな。」

 そんな事くらいは十分承知だ。

 しかし、なぜか馬鹿にされたような、子供扱いされたような気がして結城は咄嗟に言い返す。

「エンジニアだって……諒一だって代わりはいないだろ。」

 こちらの子供のような反論に、ランベルトは困った表情を見せて頭をポリポリと掻く。

「なんだ、なに苛立ってんだ嬢ちゃん……。」

 呆れと心配が混じったような口調で言われ、結城はすぐに自分の言動を反省した。 

「……ごめん。」

 しゅんとなって謝ると、ランベルトはこちらの頭に手を載せてきた。

「気にするな。俺も言い方が悪かった。」

 そう言って、ランベルトはぽんぽんと私の頭を優しく撫でる。

 普段なら手を持ってひねり上げる所だが、こちらに非があったので素直に撫でられることにした。

 ――しばらくエレベーターの駆動音をBGMに結城は頭を撫でられ続ける。

(ランベルト、意外と撫でるのに慣れてるな……。)

 こう見えて一応妻子持ちらしいし、撫でる相手には困っていないのだろう。

 今まで奥さんにも娘さんにも一度も会ったことはないが、家庭内の問題は耳にしたことはないし、問題なくお父さんをやっているみたいだ。

 ……というか、妻子持ちなのに、よくも初対面の私のおしりを掴めたものだ。

 そんなこともあり第一印象は最悪だったが、最近はそうでもない。今だって僅かながらも私の心配をしてくれている。

(フレンドリーなのも悪くないけど、もう少し威厳があった方がいいかもなぁ……。)

 そんな事を思いつつしばらく撫でられていたが、エレベーターが目的の階層に着くとランベルトはこちらの頭から手を離した。

 2人はエレベータから降りると、アール・ブランのハンガーまでの通路を歩き始める。

 そして、数秒ほど歩いた所で結城はもう一度諒一についての話題を投げかけた。

「最近さ、諒一働き過ぎじゃないか? 学校も忙しそうだし、アカネスミレの面倒を見なくちゃいけないし……。」

 ランベルトはポケットに突っ込んでいた手を持ち上げ、それを頭の後ろで組んでからこちらの言葉に答える。 

「大丈夫だろ。リョーイチも自分の体の調子くらい管理できてるって。それに、あのリョーイチが体壊すようなヘマすると思うか?」

「でも、どう見ても疲れが溜まってそうだし。」

 ランベルトは大丈夫だと言うものの、このまま無理な生活を続けていれば、どこかで問題が発生するはずだ。機械のようにてきぱきと働く諒一であるが、一応は人間なのだ。

 ランベルトも同じように考えたのか“諒一の疲れが溜まっている”ということには同意してくれた。

「確かに疲労溜まってそうだな。……でも、最後の試合が終わればいくらでも休めるし、それまではリョーイチの好きなように頑張らせてもいいんじゃねーか?」

 ランベルトが言い終えると同時に結城は更衣室の前に到着し、しばらくランベルトの言葉を吟味しながらその場に佇む。

「うーん……。」

 ランベルトは、悩む私を置き去りにしてハンガーの入り口まで移動していった。

 そして、ハンガーに入る前に私に注意してきた。

「あ、くれぐれも変にリョーイチに気を遣うんじゃねーぞ。逆にリョーイチに余計な気を遣わせることになるだろうからな。」

 それだけ言うと、ランベルトは軽く手を振ってハンガーの中へ消えていった。

「……。」

 結城は更衣室に入ることなく、しばらく悩ましく唸っていた。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

 この章ではアカネスミレと雷公の対戦が描かれました。また、結城は諒一のことを気遣っているようです。

 鹿住がジンに何を要求するのかも気になりますが、多分計画に関係しているのでしょう。

 次の章ではまた新たな対戦相手、『スカイアクセラ』のランナーが登場します。多分彼が最後の登場人物になると思います。

 今後とも宜しくお願い致します。

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