【全ての始まり】第三章
前の話のあらすじ
2NDリーグの試合を見た後、結城は敗者チームの『アール・ブラン』で、そのチームの責任者である『ランベルト』と出会った。そこで無礼を受け、お詫びにVFに乗ってもいいという約束をした。
その後、1STリーグの強豪『キルヒアイゼン』のビルを責任者の『オルネラ』に案内され見学した。有名人の『イクセル』とも会え、結城は有意義な時間を過ごした。
しかし、ファスナの頭部の傷跡が自分の仕業だということに気付き、結城は謎を抱えることになってしまった。
第3章
1
あっという間に夏期休暇は終わり、ダグラス企業学校は新学期を迎えていた。
初日はカリキュラムの確認などですぐに終わり、多くの学生が帰路についていた。
企業学校はフローとユニットの中央にそびえ立つビルの中にあり、 学校から女子学生寮までは徒歩で10分とかからない。しかも、中央のビルと居住エリアの間に架かっている空中に浮かんでいる橋を真っ直ぐ歩くだけなので、交通事故の心配がない。
比喩ではなく、目を瞑りながら登下校できるのは便利だった。また、橋には歩行者用の乗用コンベヤーが設置されており時間を気にしなければ、歩かなくても学校と寮を行き来することができた。
結城はその橋の手すりに肘を乗せ、上を向いた手のひらにあごを乗せていた。そして、そのままの体勢で学校から住居エリアまでコンベヤーによって運ばれていた。歩いている学生たちにどんどん抜かれていたが、結城はまだ何かを考えているらしく、追い越しざまに体をぶつけられても気にしていない様子だった。
ぼーっと景色を眺めながら考え事をしていると、覚えのある名前が聞こえてきた。
「ツルカさん、お兄さんにサインを頼んでもいいかな?」
「ねぇ、イクセルに直接会ってみたいの!! どうにかして会えない?」
「生でイクセルかぁ、私も会ってみたいな……。」
複数の学生が“ツルカ”という名前を連呼していた。
ツルカ……。チーム、キルヒアイゼンの責任者であるオルネラの妹だ。結城はそれが聞き間違いではないかを確かめるべく、声のする方向に頭だけ向けた。
結城の視線の先には学生の群れがあった。それは結城とは逆方向に進むレーンにいて、そのため全員の顔が良く見えた。ほとんどが女子学生で構成されており、イクセルのファンであることが伺えた。
その中にツルカの姿を見つけた。ツルカはラボで見た時と同じ格好をしていた。スカートを履いているのは彼女だけだったためすぐに見つけることができた。
ツルカは周りの学生からの無理な要望に困っているようで、肩を縮めておろおろしていた。
「ごめん、そういうのはボクに言われても……。」
周りの学生は聞く耳を持たず、相変わらずツルカに勝手なことを言っていた。
「顔も声もお姉さんにそっくりよね。この髪の色も……」
学生の一人がツルカの銀色の髪に手を触れようとした。すぐさまツルカは振り返り、髪を触ろうとした学生を両手で押し飛ばした。押された学生は背後にいた学生に折り重なるようにして倒れ、周囲の学生を巻き込んでドミノ倒しのように倒れた。
「触るなよ。」
ツルカは橋の中央にあるレーンを仕切っている手すりに手をかけた。ツルカはそのまま高くジャンプして逆のレーン、すなわち結城と同じレーンに侵入してきた。
そしてツルカは逆レーンに残した女子学生達を睨んでいた。
やがて結城はその女子学生たちとすれ違い、ツルカの視線は女子学生の群れから結城に移った。ツルカが自分のことを覚えているかどうか分からなかったので、結城は特に何もせずツルカを見つめていた。
ツルカは覚えていたようで、流れに逆行して結城の側にまで近づいてきた。
「確かこの間見学に来た……同じ学校の2年生だったっけ。こんなところで会うなんて偶然だね。もう帰り?」
ツルカは会話すらしたことない相手に向かって馴れ馴れしく話しかけた。年下の後輩ではあるが有名人なので、結城は当たり障り無いように会話することにした。
「お久しぶりです。私の名前は……」
「“タカノユウキ”でしょ。事前に通知があったし、珍しい名前だったからよく覚えてる。あの彼氏は一緒じゃないの?」
「彼氏じゃありませんから。」
ツルカは「ふーん」と興味なさ気につぶやいた。そして向かいあわせの状態から移動して、隣り合わせになり、結城と同じ方向に身体を向けた。
「変に畏まらなくてもいいよ。聞き取りづらいし、それにそっちも話しにくいでしょ?」
結城は挨拶程度で会話を終わらせるつもりだったが、ツルカはそうは思っていない様子だった。橋は半分くらい渡り終えていたので、残り半分くらいツルカとのお喋りに付き合うことにした。言われたとおり、結城は友達に話す感覚でツルカに話しかける。
「さっきのあれ、結構大変だな。わざわざVFマニアが集まる学校に来なくても良かったのに。」
言って、結城は後ろを振り返る。先程までツルカを囲んでいた女子学生は既に顔が分からないくらい遠ざかっていた。誰ひとりとして橋中央の仕切りを飛び越えてくる者はおらず、ツルカがああやって逃げたのは正しくはないにしろ有効だったということを示していた。
自分もVFマニアに変わりはなかったが、あんなに節操無く有名人に絡んだことはないし、絡むつもりもなかった。
「一応、ボクはメディアにほとんど出てないんだけど、お姉ちゃんと格好が似すぎてるからあんまり意味が無いんだ。」
ツルカは女の自分から見ても可愛い。これでおしとやかなら、それこそオルネラのように男性から絶大な支持を得ることができるだろう。
「そういえばユウキ、シミュレーター動かしてたよね。」
「あれはすごかったなぁ……。あれをツルカは毎日やってるのか。」
結城は本格的なシミュレーターのことを思い出していた。再び出来る機会があるならお金を出してでもやりたいくらい楽しい体験だった。それを毎日できるツルカを少しだけ羨ましく思っていた。
「……イクセルが言ったのか。まぁいいや。それで、ユウキのパーソナルデータを調べて面白いことが分かったんだよ。」
「パーソナルデータ?」
ツルカは最初から説明するつもりでいたらしく、矢継ぎ早に話す。
「個人の操作の時の癖とか、パターンとか……人によって動作の傾向なんかは違ってくるから、絶対に同じデータになることはないんだ。で、これを使えばランナーが分からなくても、そのVFの動きを分析するだけでデータベースに登録されてるランナーなら誰が操っていたかが簡単に、かなりの確率でわかるってわけだ。」
ツルカの声のトーンが変化した。相手を責めるようなその声は、まるで警察による事情聴取のようだった。
そんな言葉を聞いて、結城はツルカが何を言おうとしているのかが分かった。ツルカはキルヒアイゼンのメンバーなのだ。試合相手の分析をしていないわけがない。特に、ダークガルムは、ランナーの情報を公開していないため、次の戦いに備えて、色々と詳しく調べるのは当たり前のことだった。
「……。」
結城が黙っていると、想定していた最悪のセリフが浴びせられた。
「あのアルザキルを操ってたの、ユウキだろ。」
もっと早く気がつくべきだった。結城と会ったのは偶然ではなかったのだ。このことを確認するために橋でエスカレーターに乗って自分が通るのを待っていたに違いない。でなければ下校時刻なのに学校に向かって歩くわけがなかった。
結城の反応を見てツルカは自分の考えに確信を持った。そして、それを前提として結城に話しかけてきた。
「おおよその事情は分かってるつもり。不可抗力にしろ、なんで委員会に通報しないわけ?」
結城は下手に嘘をついても無駄だと感じ、正直に話すことにした。
「ゲームのイベント戦だと思っていて気付かなかった……。気付いたのは翌日、実際の試合の映像を見てからだ。」
「何で今までずっと黙ってたんだ。今通報したってとっくにダークガルムは事後処理を終えて証拠なんて絶対に出てこない。気付いたときに早く通報していれば……!!」
「……ごめん。」
あれだけイクセルをけなしておいても、チームが負けたことを悔しく思っているようだった。そして、結城に悪気がなかったことがわかると、ツルカはぎこちない笑顔を結城に向けた。
「そうだよな。変なことに巻き込まれでもしたら学校を退学させられるかもしれないし、仕方ないよな……。」
それは自分自身を納得させるような言い方だった。今回の件はダークガルムが反則をしていただけで、結城に罪はない。むしろ結城も被害者であるといえる。
結城はこのことをチームの関係者であるツルカ話すことができて、悩みがかなり軽減された。
やがて、橋を渡り終えて、結城たちは都市の内壁部にある居住エリアに到着した。橋から寮までは近く、2人は橋の終点で分かれることにした。
ツルカは別れ際に念を押すように結城に伝える。
「もし今回のことで何かトラブルが起こったら、迷わず警察に連絡した方がいいよ。あと、気付いたことがあったらVFB委員会よりも先にキルヒアイゼンに知らせて。直接委員会に連絡すると身元がダークガルムにバレる可能性もあるし。」
「わかった。……それじゃあバイバイ。」
自分のことを心配してくれるツルカに感謝しながら、結城は手を振って別れを告げた。
「今日は結城と話ができてよかった。またね。」
ツルカも2,3度だけ軽く手を振ると結城に背を向けて去っていった。その背中はとても寂しそうに見えた。
ツルカの住んでいる場所はどこか知らないが、少なくともこのフロートユニットの中ではないだろう。橋の終点で待っていたのだろうが、学生に言い寄られてやむなく橋を何往復も無駄に歩いていたのだろう。おまけにあんなに学生が集まるまで自分のことを待っていたのだから、精神的にも肉体的にもかなり疲労しているように思えた。
気付くと、結城はツルカを呼び止めていた。
「せっかくだから私の部屋で休んでく?」
結城の呼びかけにツルカは帰路に向けていた体を180度回転させた。
2
学生服を着ていたので、ツルカは怪しまれることなく女子学生寮に入ることができた。寮生以外の立ち入りが禁止されているかどうか結城は覚えていなかったが、女子なので特に問題はないと自分で勝手に判断した。
結城はこの部屋に諒一以外の人間を入れるのは初めてだった。小さい頃から遊び相手といえば諒一しかおらず、日本にいる時は学校以外で友達と遊んだ記憶はあまり無かった。そのため、結城にとって友達を部屋に招くというのはとても新鮮だった。
部屋は週初めとあって、そこそこ綺麗に保たれていた。結城に案内され、ツルカはそこそこ綺麗な廊下を通ってそこそこきれいなリビングルームに到着した。
「一人一部屋なのか。さすがダグラス、ウチとは違って金持ちだなぁ。」
ツルカの言うとおり、部屋は1人が使うには広く感じられた。
「去年まで1学年しかいなくて学生の数が少なかったからだな。学生の数が増えれば2人部屋に移行すると思うぞ。」
結城は諒一から聞いたことをそのままそっくりツルカに教えた。それを聞いたツルカはなるほど、といったふうに深く頷いていた。
部屋に招待したものの、共通の話題はあまり無く、早くも2人に沈黙が訪れようとしていた。
それを避けるかのように、ツルカが口を開いた。
「……そうだ、ゲーム機みせてよ。ウチのシミュレーターとどのくらい違うか見てみたい。」
「別にいいよ。寝室にあるから一緒に行こうか。」
2人はテーブルから離れると寝室へ向かった。
寝室はリビング以上に汚れていた。しかし、そのなかで唯一綺麗に保たれている場所があった。それは、パソコンなどの機器の周辺だった。
「へぇ、これがゲーム機か。思ったより本格的だな。コントローラーもってぽちぽちやってるのかと思ってた。」
「そうだな、大抵のプレイヤーは普通のコントローラーでやってる。」
パソコンの前に置かれているランナーシートを模した椅子を見てツルカは感嘆の声を上げた。椅子の上には、HMDが置かれていたが最近は使ってないので少しだけ埃をかぶっていた。
それを頭にかぶるとツルカはその椅子に腰掛けた。
「普通のよりこっちのほうが操作が面倒そうだな……。」
結城は椅子の背もたれ部分に腕を乗せて、背後からツルカに話しかける。
「でも、なかなかの座り心地だろ。ゲームセンターに置いてる筐体と同じものだから、基本的には本物のコンソールとあまり変わりはないはずだよ。」
ツルカは座ったまま体を左右に振ったりして座り心地を確かめる。
「確かに本物っぽい……これ結構高かったんじゃないのか?」
「多分高いと思うよ。でも、それ賞品でもらった物だから詳しい値段はわからないな。」
「賞品って、懸賞にでも当たったのか?」
結城は首を横にふる。
「ゲーム内の大会の優勝商品だよ。背もたれのところにダッグゲームズのマークがあるだろ。」
背もたれ部分を見ると、たしかにそこにはダッグゲームズの黒いマークがあった。その下には小さく『yuki』とあった。
「優勝って、そっちの方が懸賞に当たるよりもすごいじゃないか!」
ツルカに褒められ結城は素直に喜んだ。
「そう言ってくれると嬉しいよ。」
年下といえどキルヒアイゼンのメンバーなので結城はツルカに誉められて悪い気はしなかった。ツルカは「優勝か……」とつぶやきながらしばらく何かを考えていた。
「反則だとは言えイクセルに勝ったし、もしかしたらランナーの素質あるんじゃないかな。」
思わぬ言葉に結城はツルカが冗談を言っているのかと思い、一応聞き返す。
「それ、本気で言ってる?」
「ボクはお世辞とか嫌いだし、冗談で言ったつもりはないよ。」
ツルカは、椅子から降りるとHMDを被ったまま結城の背後に立った。
結城は既視感に襲われ、とっさにその場から逃れようとした。しかし、結城が逃げるよりもツルカの手が結城の背中に触れるほうが速かった。
「いっ……。」
ツルカに触られて結城は思わず変な声を漏らしてしまった。
ツルカは腰に手を回したり、二の腕を掴んだり、太ももやおしりを触ったりと、ランベルトの時よりも念入りに触られた。その間結城は動くことが出来なかった。殴るわけにもいかず、耐えるしか無かった。
「ほら、バランスもいい。……ほれほれ。」
「いやっ、あっ……もう、やめ……」
なんとか逃れようと体を捻るもなかなか離れられず、結城はツルカにされるがままになっていた。ツルカも結城の反応が面白いのか、調子にのって触っていた。
何時までも触られているわけにもいかず、ついに結城はベッドにダイブしてツルカの手から逃れることに成功した。
「ごめん、くすぐったかった?それにしてもユウキは敏感なんだな。」
「……。」
弱点を知られたようで結城は少し落ち込んでいた。いつもは強気な結城だが、体中を触られて平然としてはいられなかった。
「VFランナーに必要なのは“操縦の上手さ”でも“気合や根性”でもなく”頑丈な体とタフさ”だからね。そういう意味ではユウキはランナーになるための素質を持ってるってことになるな。」
結城はうつ伏せのまま返事をする。
「そんな事言ったら、そこいらのスポーツ選手は全員VFランナーになれてしまうぞ。」
「……まぁ、そういう考え方もないことはないね。」
結城にあっさりと反論されてしまい、ツルカは言葉を詰まらせた。
「じゃあさ、試しにボクとゲームで戦ってみないか?」
「対戦……。」
結城はゲームと聞いて顔を上げた。ゲームはご無沙汰だったので、自ら自粛はしていても誘われて断るほど結城の決心は固くはなかった。
しかし、対戦するにあたって問題があった。
「別にいいけど、ツルカはこのゲーム持ってないだろ。」
寝室にはゲーム用の筐体は一つしか無いため、対戦することは出来ないのだ。となれば、ネットワークを通じて対戦するしかないのだが、トレーニングルームにシミュレーターを持っているツルカが、程度の低いゲームを所持しているとは思えなかった。
「もしかしてこれ一つだけじゃ対戦できないのか。」
「できるにはできるけれど、コントローラーが一つしかないから無理だ。」
「……ゲームセンターに行こう。確か、あそこなら対戦用のでっかい筐体が置いてあるだろ。」
「そういえばそうだったな。」
結城もこれには納得したらしく、ツルカに同意した。ゲームセンターなら自分の物より最新の設備で対戦できる上にお金もほとんどかからない。一度だけしか対戦しないことを考えると、これが一番面倒がなく、手軽な方法だった。
日本にいた頃は部屋に筐体を置くわけにもいかず、ゲームセンターに通っていた。そのためゲームセンターには慣れており、結城は特に問題はないだろうと考えていた。
「でも、今から行ってもプレイ出来るかどうかわからないぞ。」
「どういうこと?ゲームセンターは24時間営業してるはずだよ。」
「順番待ちさせられるかもしれないってことだ。」
ツルカはそれをあまり問題だと思っていないようで、平気な顔をしていた。
「大丈夫、大丈夫。ボクにいい考えがある。多分、混んでいてもすぐにプレイできるよ。」
「ほんとかなぁ……」
結城はあまり信用していなかったが、とりあえずゲームセンターに向かうことにした。
3
海上都市群、メインフロートユニット。そのメインシャフトの根元には商業地区が広がっていた。そこは観光客と都市内の人間が買い物をしたり、遊んだりするための施設が多く密集していた。
ゲームセンターはその商業地区の中にあった。その建物はデパートくらいの大きさがあり、カラフルな色の看板が目立っていた。複合施設のようで、ゲームセンターだけでなく、映画館や室内スポーツ施設もあった。
大きな入口にドアはなく、そこからは人が絶え間なく出たり入ったりしていた。
結城とツルカはその入口の前にいた。2人はなるべく目立たないようにするため、制服ではなく私服を着ていた。ツルカは服がなかったので結城の服を借りていた。
ツルカは上着だけを着替えており、スカートや靴はそのままだった。カラフルな長袖のシャツに半袖のジャケットを着ており、シャツは肩口が大きく開いていた。
袖も長く、手の甲あたりまであった。これはシャツが大きいのではなく、ツルカが年齢も身長も結城よりひと回り小さいせいだった。
また、ツルカは顔を隠すためにサングラスを掛けて、頭がすっぽり隠れるほどの大きな帽子を被っていた。髪は括ってその帽子の中に無理やり詰め込んでいため、帽子は不自然な形に膨らんでいた。
結城はチューブトップにローライズジーンズというとてもラフな格好をしていた。海面付近は暑いため、結城はジーンズではなくショートパンツを履きたかったのだが、そうなると別の意味で目立ってしまうため我慢していた。
ツルカはゲームセンターの看板を懐かしそうに見ていた。
「ここはお姉ちゃんによく連れていってもらったなぁ。」
「こっちにはあんまり来ないと思ってたけど、意外と遊びに来てるのか。」
「そうそう。だから、この中に有名なランナーがいても不思議じゃないってことだ。」
「……なるほど。」
看板にライトが当たり始めた頃になって、2人はその複合施設に入っていった。
一階にはクレーンゲームや体を使うゲームやシューティングゲーム等があった。しかし、結城先導のもと2人は迷うことなく二階へと移動していった。
幅の広いエスカレーターに乗って二階に到着すると、そこには一階とは全く違った空間が広がっていた。楽しげな音楽は鳴っておらず、フロアに居る全員がそれぞれゲームに集中していた。大声で話す人もいなければ、騒ぎまわる子供もいなかった。
そんな静かなフロアを進んでいくと、ようやくお目当ての筐体の場所にたどり着いた。そこには、結城の寝室にあったような筐体がずらりと横一列に並んでいた。寝室の物と唯一違う点は、それが黒いカプセルで覆われていて、中にいる人間のプライバシーが守られているという点だった。
近くには順番待ちをしている人々の行列があり、2人はその列の最後尾に並んだ。
日本では、VFBの導入に難色を示しており、そのせいでVFBファンの数が少ない。そうなると当然ゲームも人気が出ず、ゲームセンターでVFBのゲームを遊ぶ人間はあまりいなかった。そのため、結城は順番待ちを気にすることなく、ほぼ独占状態で遊んでいたのだ。
そのため、筐体に人が並ぶというのは結城にとってはなかなか新鮮な光景だった。
「やっぱり混んでたな。この分だと2人同時にプレイするのは難しいかもしれないな。」
「作戦があるって言ったでしょ?。上手く行けばすぐにプレイできるよ。」
ツルカは「見てて」と言いながらサングラスを外すと帽子も脱いだ。帽子の中からは銀色の髪が溢れ出し、狭い空間から解き放たれた髪はツルカの背中でなびいていた。薄暗いゲームセンター内に出現したそれは、まるで荒野に咲いた一輪の花のようだった。
結城はツルカのその行為に何の意味があるのか不思議に思っていたが、ちゃんと意味はあったようで、すぐにその効果が現れた。
「あれって、オルネラじゃないか?」
VFBファンが大勢集まる場所とあって、オルネラにそっくりのツルカはすぐに周りの注目を集めた。その言葉をきっかけに周囲はざわつき始め、すぐにツルカの周りに人だかりができた。
列に並んでいた人達も順番待ちを放棄してその人だかりに加わってきた。さらに、ゲームをプレイしていた人もすぐに騒ぎに気がつき、黒いカプセルから出てやじうまに加わった。
「いや、オルネラにしては小さい……。もしかして妹か?」
「俺知ってる、確か名前はツルカだったはず。やっぱ似てるなぁ。」
「妹がここにいるってことは、近くにオルネラが……もしかしたらイクセルも来てるかもしれないぞ。」
充分に人が集まると、ツルカは全員に聞こえるような、大きくはっきりとした声で喋った。
「イクセルお義兄さんならお姉ちゃんと一緒に向こうのフードコートで休んでるよ。……って言っちゃいけないんだった、てへ。」
それは棒読みでわざとらしいセリフだった。
それを聞いた途端、並んでいた人々はフードコート目がけて走っていった。一定以上数の人が集まってしまえば騒ぎを起こすのは簡単である。
有名人がお忍びで遊びに来ることは珍しいことではなく、ツルカの嘘を見破った人は誰もいなかった。ツルカもまがりなりにも有名人なので、嘘を付くとは思っていなかったのだろう。VF人気を逆手に取った卑劣な作戦だった。
あっという間に周囲から人影が消え、順番待ちの列も無くなっていた。
「よし、作戦成功。」
「酷いな……。ファンを何だと思ってるんだ。」
妙に手馴れているし、何度かこの手を使ったことがあるのだろうな、と結城は思っていた。嘘をついたツルカが一番悪いことに違いないが、疑うことなくフードコートに行ってしまったファン達にもうんざりしていた。
ツルカは脱いでいた帽子をかぶり、サングラスを掛けて再び変装した。ファンを騙したことに罪悪感はないらしく、作戦がうまくいったことを素直に喜んでいるようだった。
「一番端っこのにしよう。あそこならあんまり目立たないだろうし。」
ツルカは意気揚々とカプセルに乗り込もうとしたが、結城はそれを引き止めた。
「ちょっと待て、先にプレイヤーカードを作らないと……」
「カード?」
ゲームをプレイするにはゲーム専用のカードが必要だった。ツルカはカードを持っていないのでカードを作る必要がある。しかし発行にはお金が少々必要で、時間もかかる。
そのため、結城は自分が持っている予備のカードをツルカに貸すことにした。
「これがないとプレイ出来ないんだ。持ってるだけでゲーム機が勝手に認識してくれる。」
「ありがと。」
ツルカはそれを受け取るとスカートのポケットの中にしまいこんだ。結城も自分の為にカードケースの中から予備のカードを一枚取り出した。
準備が整った結城たちは嘘がバレないうちに早く対戦を始めるべく、それぞれ筐体の中に入った。中に入ってまず目に入ったのは、使い古されたコンソール類だった。塗装が剥げたりはしていたが、ちゃんと掃除はしているようで、消毒液のにおいが微かに漂っていた。2人はHMDを付けると早速対戦用のVFを選択し始めた。
「これ、お金が足りないって言われたんだけどどうしたらいいんだ?」
隣のカプセルからツルカの大きな声が聞こえてきた。結城はカプセル内で会話ができるようにツルカと自分専用のチャットルームを作ると、マイク越しにツルカに話しかけた。
「レンタルを使えばいい。一回きりしか使えないけれど、それならファスナも使えるようになるはず。」
「えっと、レンタルレンタル……あった。」
ツルカはチャットの機能を理解したようで、声はカプセル越しではなく、きちんとHMD内部のスピーカーから聞こえてきた。
結城はアルザキルを、ツルカはファスナをレンタルした。レンタルのため装備の選択肢はかなり少なく、すぐにVFのセッティングが完了した。
セッティングが終わると、すぐにロード画面に切り替わった。
ロード中、結城は心のなかで自分が負けるはずがないと思っていた。このゲームはかなりやり込んでいるし、ツルカはシミュレーターでトレーニングしていたとは言え、このゲームに慣れてはいないだろうと考えていたからだ。
「初心者だけど、遠慮なんかしないでね。ボクはユウキが思ってるより数倍は強いよ。」
ツルカの言葉はまるで、結城の考えを覗き見したようなセリフだった。
結城はそれがハッタリでないと直感していた。ツルカの声は自信に満ち溢れており、およそ12歳の少女とは思えないような気迫が結城の耳に伝わってきていた。
「もちろん、全力で戦うつもりだ。ツルカも手を抜くなよ。」
「それなら良かった。……一撃で決めるから、そのつもりでいてね。」
結城は一体どういう事なのか聞き返そうとしたが、丁度良くロードが終わり、試合開始のカウントダウンが始まった。そのため、会話ができない状態になってしまい、喋ったとしても結城の声はツルカに届くことはなかった。
2体のVFは、ただ床だけがある真っ白な空間で対峙していた。空には何もなく、青ではない、白い空間が無限に広がっていた。
久々の仮想空間に、結城は生活に欠けていた物を取り戻したような気持ちになった。また、久し振りに思いきり暴れてやろうとも考えていた。
(“一撃で決める”……頭を狙うということか。)
ツルカの言葉から、結城は頭を重点的にガードすることにした。
やがて、試合開始のブザーが鳴り響いた。
開始と同時にファスナは歩きながらアルザキルに接近してきた。歩きながら操作方法を確かめているようで、腕をパタパタさせたり、足をひねってみたりしていた。それを見て、結城は少しだけ操作になれるのを待つことにした。そして、あれだけ豪語したのにこの有様では、一撃で終わらせるなんて無理だと思っていた。
やがて、ファスナはアルザキルの目前まで来てストレートパンチを放った。
頭に向けて放たれたそれは狙いがあからさまだったので、結城は簡単に回避することができると思い、ガードをしないで頭を横に逸らした。
次の瞬間、結城の視界がブラックアウトした。
故障かと思っていると、画面に『YOU LOSE』の文字が浮かび上がってきた。
(何が起きたんだ!?)
「最初の動きを見て油断したでしょ。」
試合が終わって再び会話ができるようになり、ツルカの声が聞こえてきた。その声は“してやったり”という風な言い方だった。結城はわけのわからないまま『YOU LOSE』の文字を眺めていた。
何も言わないでいると、ツルカが再び話しかけてきた。
「ものの見事に騙されてたね。あそこまで思い通りになるとは思わなかった。」
結城は何があったのか確かめるべくリプレイデータを読み込んで画面に表示させた。
映像では確かにファスナの一撃目はアルザキルに当たっておらず、ファスナの左ストレートは頭部の横をゆっくりと通過していた。しかし、すぐさま、先程とは比べものにならないほどのスピードで右フックが放たれ、アルザキルの頭を粉砕していた。
一撃目を避けたことにより安心しきっていたため、死角からの攻撃に気付くことが出来なかったのだ。また、ツルカの最初の素人っぽい動作も結城を油断させる要因となっていた。
結城はこのことを卑怯だと言いたかった。しかし、死角からの右フックはガードの間をすり抜ける軌道を描いており、例え油断していなくてもこの攻撃を避けきれる自信はなかった。
こんなに早く負けたのは初めてで、結城はツルカの一連の行動に感服せざるを得なかった。
「プロのランナーにはやっぱり勝てないか……。確かに、こんなのが上手くても何の自慢にもならないな。」
結城は試合前とは打って変わって、負けたショックのせいですっかり気力を失っていた。
ツルカは既に筐体から出ていて、結城のカプセルの横で結城が出てくるのを待っていた。そしてカプセル越しに結城に話しかける。
「ボクは毎日トレーニングしてるし、普通に考えて素人に負けるわけがないよ。」
結城はのっそりと筐体から這い出ると重いため息を付いた。
「……イクセルに勝てたのもマグレだったんだろうな。はぁ、やる気がなくなってきた。」
「ま、安全なところからVFを操って、それで勝っても何の意味もないってことだ。ゲームの戦い方も、実際のVFBでは全く役に立たないからね。」
ランナーの素質があると言われていたはずなのに、逆に、自分には全く才能がないと思い知らされる結果となってしまった。
ツルカも当初の目的を忘れたようで、得意げになって結城に話していた。
「さっきの試合でも、結城が頭部をガードしていたら横っ腹を狙うだけでよかったんだ。実際のVFBでは胸部に思い切りダメージを与えればランナーに直接衝撃が伝わって、一時的に相手の動きを止めることができる。動きが止まってしまえば頭部のガードを抜くのも簡単だ。」
「どっちにしろ負けてたってことか……。」
「いや、ゲームだから衝撃は伝わらないよ。……最初から本気でやってれば1分は持ったんじゃないかな。」
ツルカは結城に負けるとはこれっぽっちも思ってない様子だった。
筐体の近くで話していると、ツルカに騙されたVFファン達が戻ってきた。
「やばい、戻って来るの早すぎ。」
ツルカはそれを見て、慌てて筐体の中に隠れた。その際に結城も巻き込まれてしまい、ツルカに押し込まれるようにして筐体の中に入った。先に押し込まれた結城は椅子に座り、その膝の上にツルカが乗った。狭いカプセル内で2人は密着してしまうこととなった。
ツルカの体重は予想以上に軽く、まるで人形を乗せているようだった。体温も暖かく、そのぬくもりが足を通して結城に伝わっていた。
「ふふふ、なんか楽しいな。」
見つかれば面倒なことになるというのにツルカは楽しげに体を揺らしていた。結城もその気ちが分からないでもなかった。
「確かに、かくれんぼみたいで面白いかもな。」
「いや、そういう事じゃないんだ。」
ツルカは後ろを向いて結城に顔を近づけた。
「……ボクは単純に、ユウキみたいな友達と一緒に遊べて楽しいんだよ。」
「友達か。その単語、久しぶりに聞いた気がする。」
「ユウキも友達少なそうだもんね。」
反論しようとしたが、概ね事実なので口を開けたまま何も言うことが出来なかった。
結城の足がツルカの重みによってしびれ始めた頃、急に周囲がざわつき始めた。結城は耳を凝らしてその状況を把握しようとした。すると近くで2人の男の会話が聞こえてきた。
「そのサイン……!?」
「さっきイクセルにもらった。」
「イクセルが!? ……どっちに行った?」
「フードコートで誰かと会うと言っていた。今頃何かを食べてるんじゃないか?」
「やっぱりフードコートにいたのか……戻るぞ!!」
会話が終わると一方の男はその場から離れて走り去っていった。それを見て、周囲の人間も同じ方向に移動したようで、多くの足音が遠ざかっていくのがカプセル越しにでもわかった。
しかし、そのなかで一つだけ結城たちに近づいてくる足音があった。結城は、その足音の持ち主がたまたまこちらに向かって来ているだけで、自分たちを探しているわけではないと思っていた。が、その足音はどんどん大きくなり、とうとう結城とツルカのいる筐体の前まで来た。そこで足音は止み、続いてカプセルがノックされた。
ノックされただけで外からは何も聞こえず、ツルカは不思議に思っているようだった。
「出てくるのを待っているのかな?」
「静かに。……このまま黙っていればいい。外側からは開けられないはず。」
イクセルがフードコートにいるのに、敢えてツルカに会いに来るということは、ツルカのファンに違いない。ほとんどメディアに顔を出さないツルカを気に入っているということは、相当なマニアなのだろう。年端も行かない少女のファンとあっては、尚更、ツルカと会わせるわけにはいかなかった。
しばらく押し黙っていると、カプセル越しに男の声が聞こえてきた。
「……結城だな?」
自分の名前を呼ばれて、結城はようやく筐体のそばにいる人物が誰なのかがわかった。
結城はすぐさまカプセルを開けて、ツルカを体の前で抱いたまま筐体の外へと出た。
「諒一、何でこんなところにいるんだ?」
「それはこっちのセリフだ。」
外には諒一がいた。制服を着ており、肩には工具専用のバッグが掛けられていた。
諒一は周囲を見渡しながら結城に話しかけてきた。
「たまたま結城がこのゲームセンターに入っていくのを見た。何かトラブルでも……」
諒一はそこまで言うと、視線を結城の胸辺りに向けた。そこには結城にだっこされているツルカがいた。ツルカは足が地面についておらず、その足をブラブラとさせていた。
「……だいたい状況はわかった。今のうちにここを出よう。」
「もしかして、人を追い払ってくれたのか。」
「おみやげで貰ったサイン入りグッズが役に立った。」
諒一は手に持っていたTシャツを広げて見せた。キルヒアイゼンのマークが大きくプリントされており、中央には大きくイクセルのサインが書かれてあった。
「それにしても、人を騙すのはあまりいい気分じゃないな。」
諒一の言葉を聞いて、結城は諒一には聞こえないように小声でツルカに話しかける。
「ツルカ今の聞いてたか?あれが良心の呵責というやつだ。」
「……どうせボクは非道な人間だよ。」
諒一はあまり目立たないようにその場から離れた。結城とツルカも諒一の後に続いて、そのままゲームセンターから出た。
4
何事も無くゲームセンターから出ると、遠くから諒一を呼ぶ声が聞こえた。
「おーいリョーイチ、見つかったのか?」
声をかけたのは男子学生で、道に設置されているベンチに座っていた。足を組んで座る彼は装飾品を多く身に付けており、胸元には首が吊れそうなくらい長くて頑丈そうなネックレスをしていた。また、落雷すれば真っ先に感電死しそうなくらいのピアスを耳や鼻に付けていた。
ベンチには男子学生がもう一人座っていた。肌は浅黒く、遠目で見てもわかるほど筋骨隆々な大男だった。そのせいで制服の前のボタンが止められず、まるでジャケットのように制服を羽織っていた。そんなマッチョな彼はソフトクリームを食べてながらこちらに向けて手を振っていた。
諒一は道を歩く人の波を避けつつ、ベンチのある場所まで移動した。
「待たせて悪かった。」
諒一に遅れて結城とツルカもベンチまで来た。装飾品だらけの学生は目を丸くして諒一とその2人を交互に見て言った。
「すげぇ、ものの10分で女2人をゲットか。なかなかやるな。」
「彼女は同郷の幼なじみで、名前は結城だ。こっちは……」
冗談を無視して諒一は淡々と結城を男子学生に紹介する。そしてツルカも同じように紹介しようとしたが、ソフトクリームを持った学生によって遮られてしまった。
「お、ツルカ・キルヒアイゼンか。セレブでもこんなところで遊ぶんだな。庶民の娯楽もなかなか楽しいだろう?」
少し馬鹿にしたような口調が鼻についたのか、ツルカは眉間にしわを寄せて、自分の倍近く大きい男子学生を睨んだ。
「ボクがここにいたらなにか不都合でもあるのか?」
「おいおい、そんな顔しないでくれ。別に悪気があって言ったわけじゃないんだ。」
筋骨隆々の学生は許しを乞うようなジェスチャーをした。その時、手に持ったソフトクリームが傾き、クリーム部分がコーンから外れ地面に落下した。
ツルカはそれを見てニヤリとした。
「ざまぁみろ。」
「別にいいさ。」
ツルカの言葉を軽く受け流すと、筋骨隆々の学生は残ったコーンを口に放り込んで、ベンチから立ち上がった。そして新しいアイスクリームを手に入れるため、近くにある移動型のアイスクリーム屋に向かって行った。
「すげぇ、よくあいつにあそこまで言えるな。やっぱセレブは度胸あるなぁ。」
装飾品を身につけている学生は、ツルカの反応を見るのが面白いようで、舐めきった態度でツルカに話しかけた。
ツルカは装飾品だらけの学生も睨みつけた。が、夕日が装飾品に反射して眩しく、我慢できずに顔を背けた。
薄目で顔を背け目元を手のひらで隠す動作を見て、ツルカが泣いていると勘違いした学生は、心が痛んだのか、それ以上ツルカをからかうのをやめた。
急に押し黙った学生を見てツルカは自分の眼力がそうさせたのだと勘違いした。
両者の勘違いは計らずも、その場を丸く収めた。
結城はそんなことは露知らず、不穏な空気が消えたことに安堵していた。
「始まって早々実技演習か。そっちのコースは大変そうだな。」
「そうでもない。」
諒一はめずらしく清々しい顔をしており、例えスケジュールがきつくても実技演習を有意義なものだと感じているようだった。
諒一のその表情は男子学生にとってもめずらしい物だったようで、その場にいる全員が諒一の表情を見ていた。しかし、全員の目線に気がつくといつもの無表情な顔に戻ってしまった。
「俺達は根っからのVFマニアだからな。そこいらの学生みたくランナーにうつつを抜かしてる暇なんてこれっぽっちも無いのさ。」
達観した様子で話したのは筋骨隆々の学生だった。彼はアイスクリーム屋から帰ってきたらしく、両手にはアイスクリームがひとつずつ、合計で2つ握られていた。
それを結城とツルカに渡すとベンチに座って話しを続ける。
「金をもらえてVFに好き放題触れて、しかもその技術を学べる。今年からは直にVFに触る機会が増えるはずだし、そう考えると楽しくて仕方がないな。」
結城は貰ったソフトクリームを食べながらその話しを聞いていた。
「マネジメントコースはほとんど座学だから、たまにはそんな実習もやってみたいな。」
「ん?同じ学校の学生だったのか。」
装飾品だらけの学生は他コースの、しかも女子学生ということがわかると結城に興味を示した。諒一の属しているVFエンジニアリングコースはほとんどが男子学生で構成されているので無理もなかった。
「VFマネジメントコースって確か女子学生の割合が多いんだよな。いいなぁ……。」
装飾品だらけの学生は遠い目をして何かを妄想しているようだった。
コースの話題になり、ツルカも自分のコースを自慢気に言った。
「ちなみにボクはランナー育成コースだ。」
「そりゃそうだろうな。」
筋骨隆々の学生はいきなり姿勢を正すとツルカにわざとらしくお辞儀をした。
「そのコースでケタ外れの授業料を払ってくれるおかげで、俺達は給料もらいながら勉強できるんだから感謝しないといけないな。……よし、ソフトクリームもう一個買ってきてやろう。」
「子供扱いするな!!」
そう言いながらもツルカは新しいソフトクリームを受け取った。
「あ、言い忘れてたけど、ボクは特待生だから授業料は“タダ”だぞ。」
「……。」
それを聞いて、筋骨隆々の学生は肩を落とした。その光景を肴に、ツルカは残りのソフトクリームを美味しく頂いていた。
諒一はそんなツルカを見て、疑問を結城にぶつけてきた。
「結城、どうしてツルカと一緒にいたんだ?」
理由を詳しく話すとダークガルムの件がバレてしまうので、結城は当たり障りの無い理由を言った。
「今日ここで遊ぶ約束をしてたんだ。」
「ん?ツルカとは友達だったのか。いつの間に……。」
「いろいろあって、なりゆきで友達になった。」
結城は諒一と目を合わせず会話していた。
「へぇ、一緒にシミュレーションゲームで遊んでたのか。」
ツルカも同じような質問を男子学生から受けていたが、結城と違って言い淀むこと無く答えているようだった。
「いっぱい並んでたから、プレイするのに苦労したよ。」
「そうだと思った。あそこはもっと筐体の数を増やすべきだよな。」
装飾品だらけの学生は事情をよく知っているようだった。
「お前もあのゲームやってるのか?」
「やり込んではないけど、金と時間に余裕があって暇なときにプレイしてるな。」
そう言いながら装飾品だらけの学生はプレイヤーカードをツルカに見せた。やり込んではいない、と言いつつもカードには上級者を示すマークが刻印されていた。
プレイヤーカードを見せられて、ツルカも持っていたカードを見せた。ネーム欄には漢字で“結城”と印刷されていた。
装飾品だらけの学生はツルカの手からカード奪うと諒一に見せた。
「なぁリョーイチ、これなんて読むんだ?」
諒一はそれを受け取るとすぐに答える。
「日本で作ったカードだから日本語なんだろう。……これでユウキと読むんだ。」
「じゃぁ、それはユウキのカードだったのか。」
「もう十分見ただろ、返せよ。」
ツルカは結城のプレイヤーカードを諒一の手から奪い返し、カードは一周して元の位置に戻った。
「そういえばユウキってゲーム内で有名な、あの“yuki”と同じ名前だな。」
結城はドキリとしたが、変に反応すると怪しまれるので黙って推移を見守ることにした。
筋骨隆々の学生もそれを知っていたらしく、会話に参加してきた。
「あれは確か男だっただろ。ユウキってのは日本では勇気《brave》って意味の言葉だし、結構ありふれた名前だと思うぞ。」
「そうなのか。……まぁ、こんな可愛い子があんなすごい戦い方するわけないか。」
それを聞いたツルカは、筋骨隆々の学生に質問を投げかけた。
「その“yuki”ってすごい人なのか?」
「ダッグゲームズのVFBシミュレーションゲーム、その上位ランカーだよ。“yuki”は大きい大会で優勝して大きくポイントを稼いでるって感じだな。小規模な大会には全く顔を出さないんだ。」
「相当に強い上位ランカーなのに勝率は40%切ってるんだよな。」
「そうそう。多分強いヤツとしか試合してないんだろ。試合のリプレイデータも公開してないし、結構謎が多いよな。」
男子学生たちの予想はだいたい当たっていた。
結城はセブンと知り合ってからは、彼女以外のプレイヤーとほとんど試合をしていない。最近だとセブンとの試合は五分五分だが、昔は負けてばっかりだったため、勝率が4割以下というわけだった。
「なんで日本に生まれてしまったんだ。人型のかっこいいロボットも元々あいつら日本人が考えたようなもんなのに、どうしてVFを拒否するかなぁ。」
「確かに、“yuki”も日本で生まれてなかったら今頃はランナーとしてVFBで活躍してたかもしれないのに……。もったいない。」
余計なお世話だ、と思いながら結城は聞いていた。
「待たせて悪かった。早く工具を戻しに帰ろう。」
そう言うと、諒一はベンチから工具の入ったかばんを持ち上げ、男子学生たちに渡した。
受け取った男子学生達はベンチから立ち上がった。
「そうだな。危うく忘れるところだった。」
「そっちも気をつけて帰れよ。」
諒一を含めた男子学生たちは、結城とツルカにあっさりと別れを告げると、メインシャフトに向けて歩き始めた。
これ以上話題を掘り下げられなくて、結城はほっとしていた。
日が暮れかけているというのに、道を歩く人の数が減ることはなく、むしろ増えているようにも感じられた。3人はその人ごみのせいですぐに見えなくなってしまった。
「ユウキもゲームの中じゃ有名人だったのか。」
遠くを見ていたため気が付かなかったが、ツルカはいつの間にか結城の真横に立っていた。
「そうみたい。」
結城はツルカに返事をすると空いたベンチに腰掛けた。
有名といえば有名なのだが、大会に出ているからランクが上がるだけであって、実力で言えば結城より強いゲームプレイヤーは山ほどいるだろう。セブンがいい例だった。
「でも、ゲームしてるだけでVFランナーになれる程、世の中は甘くないんだよな……。」
「ユウキってVFランナーになりたかったのか。」
やはりそうか、という表情をしてツルカは結城の隣に座った。
「VFランナーになるためには実際にVFに乗って訓練しないと駄目だね。ゲームと実際のVFは似ているようで全く似てない。」
(実際にVFを……。)
結城はアール・ブランのランベルトの言葉を思い出していた。暇なときにVFに乗せてくれると言っていたが、あれは本当なのだろうか。そもそも連絡先も連絡方法も知らないので確認しようがなかった。
「今日は本当に楽しかった。……またね。」
ツルカは結城にハグすると、ターミナルのある方向へ走り去っていった。船で帰ることを考えると、学生寮ではなく本社のビルから通っているのだろう。
「VFランナーか。」
結城はベンチに深く腰掛けてため息を付いた。そうしていると、5年前に言われたあるセリフが頭をよぎった。
(「近い将来君は必ず立派なランナーに……」)
5年たった今でもあの時のセリフとそれを言った男の顔は鮮明に覚えていた。
(「……なれない。」)
これこそが結城がVFランナーを目指すきっかけになった言葉だった。今思い返すと、とんでもないことを言われたものだ。それを聞いて、負けず嫌いの自分は絶対にVFランナーになろうと決心したのである。
「あいつ誰だったんだろ……。」
結城は日が落ちるまでベンチでその男のことを思い返していた。
5
諒一が自分の部屋に帰ってこれたのは日付が変わった後だった。
結城たちと別れた後、結局、決められた時間までに工具を返却することができず、罰として教員の書類整理を手伝うことになった。そのため、部屋に戻るのがこんなに遅くなってしまったのだ。
教員も教育プログラムを作るのに手間取っていた。彼らも家に帰ることができるのは深夜のようで、諒一が学校を出たときにも、まだ大勢の教員が学校に残っていた。何をしているかは分からないが、あれではいつか体を壊してしまうのではないか、と諒一は思っていた。
諒一が住んでいるのは結城と同じく学校が用意した寮だった。男子学生寮と女子学生寮の規模はだいたい同じだが、学生の比率は男子学生の方が高いので、男子学生寮の部屋に空きは殆ど無かった。
諒一は寮の玄関を抜けて、2階にある自分の部屋まできたが、部屋の中に入らずドアの前で止まった。なぜなら、自分の部屋に異変を感じたからだった。
中からは何者かが話す声が聞こえていた。それは複数で、夜中だというのに大きな声で談話しているようだった。
「それでさー、ピッカピカに掃除するんだよ。ちょっとくらい散らかってるほうが私は落ち着くんだけど、そういうのわからない辺り、潔癖症って言われてもしょうがないよね。」
「わかるわかる。作業中も工具をきっちり平行に並べてるんだよ。確かにありゃ病気だな。」
「いつも予定通りきっちり動く奴なんだけど、今日いきなりゲーセンに行ったのには驚いた。ついにストレスが爆発しておかしくなったのかと……。」
諒一はドアを開けて中に入ると、部屋のにいる人物たちに詰め寄った。
「なんで結城がこの部屋にいるんだ!?」
部屋には筋骨隆々の学生と装飾品だらけの学生、そして結城がいた。3人とも広いカーペットの上に座り込んで輪になっていた。輪の中央にはお菓子や飲み物が散乱していた。ついでに、机の上に綺麗に飾ってあったVFのフィギュアも床に転がっており、一番大きなフィギュアは結城の膝の上にで変なポーズをとらされていた。
今にも用具室から掃除機を取ってきそうな諒一に装飾品だらけの学生が声をかける。
「おかえり。なんかユウキがお前に話があるらしくてさ。帰ってくるまで暇だろうから、いろいろリョーイチについて教えてもらってた。」
「それなら談話室で話せ。隣の部屋の学生に迷惑……」
諒一は隣の部屋の持ち主が、現在自分の部屋で結城と談話している者達だということを思い出し、言いかけた言葉はそのままため息に変わった。
部屋の主が帰ってきたというのに談話が止むことはなく、むしろ諒一は話題の燃料になっていた。
「毎週週末にどこに行ってるのかと思ってたんだが、ユウキの部屋に通ってたのか。」
「筋金入りの恋人だよな。そうならそうと早く言ってくれよ。そしたらメールアドレス教えてくれなんて言わなかったのに。」
「メールアドレスくらいいいじゃない。ま、返信するかどうかは分からないけど。」
「はは、リョーイチと同じこと言ってるぞ。」
「ほんと?諒一がそんな事言ったんだ。……意外だな。」
諒一は自分についてどんなことを話したのかとても気になった。そして、これから1週間はからかわれるに違いないと思うと気が重かった。
結城が持っている以外のフィギュアを机に戻すと、諒一は結城に問いかけた。
「そもそもどうやって男子学生寮に入った?IDがないとここには入れないはずだ。」
「いや、玄関でばったり会ってな、それでリョーイチに用事があるって聞いて中に入れたんだ。女の子一人を外で待たせるわけにはいかないだろ?」
結城に責任はないことを示すため、筋骨隆々の学生がしどろもどろに答えた。続けて結城も言い訳する。
「まだ諒一が帰ってないとは思ってなくてさ。遅くなるって聞いたから中で待つことにしたんだ。いや、中に入れてもらって正解だった。おかげで貴重な話も聞けたし。」
「……で、用事はなんだ?」
諒一は明日に備えて一秒でも早く床に就きたかったので、タンスから寝間着を出しながら言った。それに加え、男子学生寮に女子学生がいるのが発覚すれば面倒なことになるので、結城を早く返したいと考えていた。
「それは……あの……」
結城は先程までの勢いがなくなり、急にしおらしい態度になった。もじもじとしたそのいじらしい様子を見て何かを察したのか、筋骨隆々の学生と、装飾品だらけの学生は床から立ち上がり部屋の出口に向かった。
「リョーイチも戻ってきたことだし、俺達はここいらで退散しますか。」
「また、明日な。」
勘違いされていることは明白だったが、部屋から出ていってくれることに越したことはなく、諒一は手を振って見送ると、すぐにドアの鍵を閉めた。
「とりあえず何から話そうか……。」
結城はベッドに腰掛けて悩ましい表情を浮かべていた。しかし、諒一が机の椅子に座り話を聞く態勢になるとぽつぽつと話し始めた。
……一時間ほどかけて、結城はダークガルムのことやツルカに言われたことを諒一に伝えた。
「……そんなことがあったのか。次からはもっと早く相談してほしい。」
「うん。黙っててごめん。」
結城が話している間、諒一は黙って聞いていた。たまに反応しても、ただ頷くだけで、それはまるで教徒の懺悔を聞く神父のようであった。
結城の話が終わると、諒一は椅子から立ち上がり顎に手を当てた。
「あの噂は本当だったのかもしれないな。」
「噂?」
結城は崩しかけていた姿勢を正した。最近は夜更かしせずに健康な睡眠をとっているため、少し瞼が重くなりはじめていた。
諒一は再び椅子に座ると結城の顔を見て言った。
「ツルカ・キルヒアイゼンは7歳の時、既にリーグ戦に出場していた、という噂だ。」
「7歳で!?」
とんでもない噂に、結城は一気に眠気が吹き飛んだ。
「ちょうど5年前だから、日本でのクライトマンとキルヒアイゼンの試合でファスナを操っていたのはツルカだったことになる。」
「ちょっと待って、あの時はイクセルがランナーだってパンフレットにも書いてあったぞ?」
「5年前というと、イクセルとオルネラの結婚に関してグループ内でいざこざがあった時期だ。その間、イクセルが試合に出られなかったため、代わりにツルカがVFを操っていたらしい。……もちろん秘密裏に。」
このことが明らかになれば、小さい女の子を強制的にランナーとして酷使していたとされて、キルヒアイゼンのグループの信用は地に落ちるだろう。
代わりのランナーを確保できたはずなのに、そこまでのリスクを負ってツルカに試合をさせた理由が結城にはわからなかった。
「それにしても7歳って……。下手したら死んでたかもしれないじゃないか。」
「飽くまで噂だ。しかし、結城のさっきの話が本当ならば、この噂も真実なのかもしれない。」
5年前に見たファスナの動きは力強く、素晴らしい物だった。クリュントスに放ったハイキックは今でも結城の脳裏に焼き付いている。あの動きを7歳の時に実現させていたとするならば、今のツルカはどれだけ強いのだろうか。結城はそれを考えるだけで鳥肌がたった。
「どうりで強かったわけだ。ツルカと違ってゲームばっかりやってた私がランナーになれるのかな……。」
結城はベッドの上で体を横に倒し、メガネの縁を枕に引っ掛け、手を使わず首の動きだけでそれを外した。そしてメガネをベッドの上に投げ出すと、結城は枕に顔をうずめた。
「……結城、よく考えろ。ツルカの攻撃を避けられる人間がこの世に何人いると思う?」
確かに一撃目は避けることができた。それは、二撃目で決めるためのフェイントで、わざと避けやすいパンチを放ったのだと結城は思っていた。しかし、本当に一撃目で決めるつもりだったとしたら、結城の実力がツルカの予想を上回っていたということになるだろう。
「結城は特殊なトレーニングを受けずに自分の力だけでそれを成し得た。そんな結城に才能がないわけがない。」
「でも、所詮はゲームだ。本物のVFでなら避けるどころか歩くのだって無理だよ。」
結城は枕に顔をうずめたまま返事をした。声は枕の中の羽毛に吸収されてよく聞き取れなかったが、諒一の耳にはしっかりと届いていた。
「試したことはあるのか?」
「試さなくてもわかるよ。」
「……それでも結城はVFランナーになりたいんだろう。ならば試してみるべきだ。一緒にアール・ブランのラボに行ってみよう。ランベルトさんは結城との約束を忘れていないはずだ。」
結城はこの言葉が欲しくて部屋まで来たのかもしれない、と思っていた。自分一人ではランベルトの所まで行く勇気がなかったのだ。
素直に「ついて来てくれ。」と言うだけで済む話だったのに、諒一がそれを言ってくれるまで愚痴を言っていたのだ。
「諒一がそこまで言うなら……。」
自分で言いながら、つくづく意気地のない女だな、と結城は自らのひねくれた性格を恥じていた。
ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。
次の話では、いよいよ結城が本物のVFを操ります。また、そこでトラブルも発生します。
今後とも宜しくお願いいたします。




