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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
盲目の獅子
33/51

【盲目の獅子】第一章

 前の話のあらすじ

 ツルカは七宮との試合に敗れたが、1STリーグデビューを果たした。

 その後、ハンガーにて結城は『スエファネッツ』のランナー『アオト』に告白まがいのセリフを言われてしまい、心を乱すのであった。

第一章


  1


 海上都市の中心にそびえ立つ中央ビル、結城たちが通っているダグラス企業学校はその内部にある。企業学校はそのビルの中腹にある数階のフロアを占めており、それより下には普通の企業のオフィスがあり、それより上にも何かしらの企業のオフィスがある。

 そのせいか、通学中によくスーツ姿のビジネスマンと会う。

 学生の私にはあまり慣れない光景だが、その姿を見る度に自分もダグラスの社員だということを自覚させられる。給料を貰って勉強するのだから、自然と気も引き締まるものだ。

 ここでは主に座学による講義が行われており、特に技能を必要としないマネジメントコースの学生はこのビルで一年の大半の時間を過ごすことになる。

 そんなマネジメントコースの学生とは違い、エンジニアリングコースやランナー育成コースの学生は実際に演習することが重要視されている。特にエンジニアリングコースの学生はすぐにでもダグラスの工場やラボラトリーで働けるよう、みっちりと技能を習得させているらしい。

 そのため、諒一は別の場所にある実習施設に頻繁に足を運んでいるというわけだ。

 私やツルカの所属している育成コースよりも演習や実習にかける時間が多いように感じる。

 いつも思っているのだが、その演習施設までの移動の時間がとても無駄に思えて仕方が無い。こんな事ならいっその事、コース別に教室も演習場の近くの場所に用意すればいいと思うのだが、学校自体の体制が整っていない今の状態ではなかなか難しいようだ。

 常日頃そんなことを思っている結城だが、現在は座学の合間の休み時間を教室で過ごしていた。

 結城はツルカと共に槻矢の席にまで行ってお喋りをしており、与えられた休憩時間を有意義に過ごしている。

 槻矢くんは椅子に座っていて、その机の左右に私とツルカが立っているという状況だ。

 ツルカは話している間、机に腰掛けてみたり、体重をかけて寄りかかったり、手をついて足を押し付けたりしていたが、机は全く揺れることはなかった。

 面積も広くて頑丈な造りになっているようで、私が中学生の時まで使っていたのと比べ物にならないほど使いやすい。

 手触りもいいので、結城はお喋りの間ずっと机の表面を指先だけで撫でていた。

 その机の持ち主である槻矢くんはというと、私とツルカに挟まれて緊張しているのか、休み時間なのに全く休めていない様子だった。

 会話も私とツルカだけが行なっており、こうなると槻矢くんの立場がない。……せっかくなので槻矢くんにも話題を振ることにした。

「……演習も慣れてくるとつまらないな。槻矢くんはどう思う?」

 会話の流れでそんなことを言うと、緊張気味だった槻矢くんがやっと反応を見せてくれた。

「結城さんはそうかもしれないですけど、僕にとってはついていくのがやっとなんです。」

「そんな謙遜しなくていいじゃないか。」

「本当なんです……。」

 演習時の動きを見るかぎりではそこまで苦労しているようには見えない。

 多分、シミュレーションゲームの自分の動きと比べてしまって、実際の操作感に満足できないのだろう。

 結城の言葉を追うようにして、ツルカも槻矢にフォローを入れる。

「別にいいじゃないか。あの『エルマー』はすっごく上手く操作できるんだろ?」

 ツルカが褒めたにも関わらず、槻矢くんはがっくりと項垂れたままだった。

「あれはゲームでの話で……」

 そう言いかけた瞬間、教室内のスピーカーからチャイムの音が聞こえてきた。

 音階がゆっくりと変化していく中、それに合わせて教室に散らばっていた学生たちが各々の席に戻っていく。

 そんな教室内の様子を眺めている間に、ツルカは既に槻矢くんの席から離れて移動を開始していた。

「ユウキ、そろそろ次の授業始まるぞー。」 

「わかったツルカ。」

 先に席に戻りつつあるツルカに言われ、結城も槻矢の席から離れることにした。

「じゃあね、槻矢くん。」

 結城は机から指先を話して軽い別れのあいさつをする。

「……あ、はい。」

 槻矢くんはチャイムの音に気を取られていたのか、その返事は少し遅れていた。

 その返事を後ろに聞きつつ、結城はチャイムが鳴り終わる直前に教室の後方にある自分の席に到着して椅子に腰を落ち着ける。

 しばらくすると、いつも演習の時に学生を指導している教官が教室に入ってきた。

 教官は入ってくるなり威勢のいい大声で喋り始める。

「予告した通り、今日は特別講師としてVFランナーを招待している。」

 もう少し声のボリュームを落としてくれないだろうかと願ったが、思っているだけでその願いが届くはずもない。

 教官は教室の後ろにいても耳が痛くなるような大きな声で更に続ける。

「滅多にないチャンスだ。聞きたいことがあれば何でも聞くんだぞ。」

 そこまで言うと教官は教室の入口に視線を向け、外にいる誰かに向けて手招きをした。

 多分VFランナーなのだろう。

(誰だろ……?)

 この事は事前に知らされてはいたものの、それが誰なのか詳しい情報までは聞いていない。

 結城は答えを求めるようにして隣にいるツルカに顔を向けた。……が、ツルカも結城と同様にして不思議そうな表情を浮かべていた。

 ようやく外から反応が得られたのか、教官は手招きを止めてその人物の紹介をする。

「……今日来てくれたのは1STリーグで活躍中の『スエファネッツ』のVFランナー『アオト・ネクティレル』さんだ。」

(え!?)

 結城が驚く暇もなく、紹介されたアオトが勢い良く教室内に入ってくる。

「みんな初めまして!! アオトです!!」

 スポーツマンを思わせる短く刈り込んだ髪型にさわやかな物腰……。間違いなくアオトである。

「あー!!」

 結城は思わず席から立ち上がり、アオトを指さす。

 アオトは私がこの教室にいることを承知していたのか、ニッコリと笑ってお辞儀をしていた。

 数秒遅れて教官が私の突拍子も無い行動について言及してくる。

「……なんだタカノ、面識があるのか?」

 教官に嗜められて我に返ると教室にいる学生の大半が私の方を見ていることに気がついた。

 注目されて急に恥ずかしくなり、結城は慌てて椅子に座る。

「いえ、テレビでよく見る顔だなって……つい。」

 結城が尻すぼみに言い訳を言うと、学生たちも視線を前方に戻した。

 アオトはと言うと別に私の事を気にする様子もなく、なぜか納得いかないような表情を浮かべて顎に手を当てていた。

「……あれ? みんな俺に対する反応が薄くない?」

 そう言えば、せっかく1STリーグで活躍するランナーが来たのに学生の反応が薄い。

 私やツルカみたいなランナーが教室にいつもいて、しかも演習も一緒にしているから、みんな慣れてしまったのだろうか。……と思ったが、どうも違う気がする。

 教官はその理由を簡単にアオトに伝える。

「すみません。こいつらはVFBにしか興味がない上、アイドルとかタレントとか、そういう世間の情報には疎いですから……。」

「確かに、俺の対戦成績はあまりパッとしたものじゃないし、興味が無くても仕方ないか……。」

 教官とアオトが教室の前で話していると、学生から煽るような発言が飛び出てきた。

「なんだよ、もっとマシなランナーは呼べなかったのかよ。」

 そう言ったのは不良学生だった。

 不良学生は机に肘をついて掌に顎を乗せ、つまらなさそうにしていた。

「どうせならイクセルとか七宮とかの話を聞きたかったっつーの……。特にイクセルなんかは親戚がコース内にいるんだから簡単に呼べるだろ?」

 世間知らずというか何というか、こういう時まで横柄な態度を取るとは……失礼にも程がある。

(あいつら全く懲りないよな……)

 これ以上暴言を吐く前に諌めてやろうかと考えていると、アオトから意外な答えが返ってきた。

「悪かった。今日は俺で我慢してくれ。」

 アオトは容赦無いアイドルスマイルをその不良学生に向けていた。

 それを受けた不良学生は堪らなくなったのか、あからさまに顔を真横に背けてアオトから目を逸す。

「……別にいいけどよ。」

 それだけ言うと不良学生はもう何も言わなくなった。

 その様子を見届けると、教官は咳払いをしてから学生に指示を出す。

「よし、今からアオトさんにVFランナーになったきっかけを話してもらう。参考にするように。……その後に聞きたいことがある奴は遠慮せずに質問しろ。」

 教官の言うことに対し、学生たちは無言で頷く。

 すると教官は教室の隅に移動し、アオトを教壇の中央へ案内した。

「それでは、よろしくお願いします。」

「わかりました。」

 そう返事をしてアオトは教室の中をゆっくりと見渡す。

「あれは俺が6歳の時だった……」

 そして遠くを見るような目で過去のことを話し始めた。 



 ――話は意外と長引き、終わる頃には1時間近く経っていた。

 結城はと言うと始まってから5分くらいで夢の世界へと旅立っており、終わった時の拍手で目を覚ましたというわけだった。

「ん……」

 結城は突っ伏していた頭を上げて目をこする。

 その時にメガネが外れていたことに気づき机の上に手を這わせる。メガネはすぐに見つかり、結城はおぼつかない手でそのつるを耳に引っ掛けた。

(もう終わったのか……)

 前を見ると数人の学生がアオトの元に集まっており、何やら楽しそうに話をしている。どうやら質問の時間に移行したようだ。

 ……と、不意にアオトと目があってしまった。

「!!」

 結城は慌てて顔を背けて身をかがめる。

 そんな私のおかしな挙動を見たツルカが声を掛けてきた。

「どしたんだユウキ。寝ぼけてるのか?」

「違う違う、アオトと目があって……」

 そう答えた時には既に遅く、アオトはこちらの席まで足を運んできていた。

「どうも久し振り。」

「久し振り……。」

 挨拶をされ、結城は仕方なく身を隠すのをやめて挨拶を返す。

 その瞬間に結城は先日ハンガーで言われた恥ずかしいセリフを思い出してしまい、それ以上話せなくなってしまった。

 アオトはそんな私の仕草を気にすることなく質問してくる。

「……あのリョーイチっていう学生はこのコースにはいないみたいだけど?」

 アオトは教室をぐるりと見渡しながら言った。

 それに対して結城は手短に答える。

「諒一はエンジニアリングコースだから……。」

 すると、アオトは「そうか……」と残念そうに前置きをして言葉を続ける。

「彼には話さないといけないことが……。そうだ、今ちょっと確認してもいいか?」

 どうやら私に聞きたいことがあるらしい。

 結城は椅子に座りなおしてその確認をまじめに聞くことにした。

 アオトは一度ためらう様子を見せた後、ようやく確認のセリフを投げかけてくる。

「君とリョーイチは、その……恋人同士だったりするのかな。」

 その言葉に、結城は反射的に否定的な答えを口に出してしまう。

「べ、別に諒一とはそんな関係じゃない……ぞ。」

 結城がそう言った途端にアオトの表情から緊張が抜けた。

「そうか、それを聞いて安心した。……つまりフリーということだね?」

「まぁ、一応そういうことになる……と思う。」

 結城は目線をあちこちに向けながら小声で返事をする。

 アオトはと言うと満足気に何度も頷いていた。

「よし、これで気兼ねなく告白できるな。」

「え、それって……」

 このアオトという男は本気で私のことを好いているのだろうか……。

(どうしよう、なんて答えたら……。)

 結城がかなり戸惑っていると、急に教室の前方から学生の声が聞こえてきた。

「おいおいアオト、俺らに操作のコツとか教えに来たんだろ? 早く教えろよ。」

 それはアオトに向けられたものだった。

 その言葉を聞いてアオトはすぐに身を翻し、私のそばから離れる。

「ごめんごめん、具体的に教えてほしいことを言ってくれないか。」

 そしてアオトが学生たちのもとに帰ると、学生の一人が早速質問を開始した。

「あー、サーベルのグリップについてなんだけどよぉ……。」

 結城はアオトに質問してくれた不良学生に感謝しつつ、早く講義が終了してくれることを願っていた。



「――今日は聞きたいことは聞けたか?」

 授業も終わり、教官は再び教室の前方に戻っていた。

 そして学生の返事を待たずして今日の予定について話し出す。

「次はフロート増設現場の見学だ。休み時間の間に準備を済ませておけよ。」

「はい、教官。」

 ……次の時間は建設現場の見学だ。

 話によれば、そこで建設作業用のVFや、フロートの内部構造について見学するらしい。

 滅多にないということで、急遽演習の時間をずらしてスケジュールに割り込ませたようだ。

 アオトの役目はここで終わりの筈だったが、教官の話を聞いていきなり信じられないようなことを提案してきた。

「……じゃあ俺も付いて行こうかな。」

 結城は驚いたが、他の学生はあまりリアクションを取っていなかった。こうなると予想していたとでもいうのか……。

 そして、教官もその提案をすぐに承認してしまう。

「時間が大丈夫なら同伴してくれると有難い。学生たちもVFランナーに刺激されていい経験になるかもしれないし……。」

「了解だ!!」

 アオトは元気よく返事をすると教室から飛び出ていった。

 男子学生もその後に付いて行き、最終的に私とツルカと教官がその教室に取り残されることとなった。

 すると、ツルカはアオトの提案に納得できないようで、教官に抗議の声を上げた。

「……ボクとユウキもVFランナーだぞ? なんでアオトがついてくる必要があるんだ。」

 ツルカの言うことももっともだ。

 1STリーグのランナーはこのコースに2人もいるのだから、今更アオトの出る幕はないように思う。

 しかし、教官はツルカの反論を見事に説き伏せた。

「ランナー育成コースはタカノとツルカを除いて全員が男なんだ。当然男のランナーの方が親近感が湧くだろう?」

 一応説得力のある説明に、ツルカは何も言えないようだった。

「でも……。」

 それでもなお腑に落ちない表情をしているツルカに対し、結城は説明する。

「仕方ないって。私たちは正当な手順でランナーになったわけじゃないから、あまり参考にならないだろうし。」

「確かに……。」

 ツルカは幼い頃から操作技術を習得できるような環境にあり、結城も毎日のようにゲームでセブンと訓練していたのだ。

 こんな現実離れした方法でランナーになるよりかは、アオトのように真っ当な手段でランナーになるほうが現実的だ。また、その方法を学生が知れば、学生のためにもなる。

 教官は更に付け加える。

「それに、あの不良のボンボン共も妙にやる気が出てる。このままアイツらの意識をいい方向に高めれば、演習もスムーズに進められるかもしれないな。」

(そんなに効果大だったのか……。)

 ここまでアオトの優位性を示されてしまい、ツルカもこれ以上反論できないようだった。

「分かったらお前らもさっさと準備しろ。」

 教官はそう言い残して教室を後にした。

 結城もツルカと共に外に出る準備を済ませることにした。


  2


 結城が教室を出てから30分後、VFランナー育成コースの学生たちは見学先であるフロートの増設工事現場を訪れていた。

 現場は海とフロートが面する場所であり、その近海には平べったい大きな船が3隻ほど浮かんでいるのが見える。船の上にはクレーンっぽいものがついていて、3隻それぞれが別々に動いていた。

 結城を含めた学生たちは現場が一望できる広場のような場所に集合し、大半の学生がそこから現場の様子をぼんやりと眺めていた。

 フロートの増設はまるで平面パズルを組み立てるような感じだった。

 予め決められている型に、ぴったりと小さなパーツが嵌められていき、次々とフロートの本体側にくっつけられて地面を形成していく。

 接合されたパーツは更に別のパーツによって確実に固定されていき、同じような作業が並列して行われていた。

 かなり単調な作業に思えるが見ていて飽きることはなかった。……何故なら、その工程の殆どをVFが行なっていたからだ。

 フロート側からはVF、海側からは船のクレーンアーム、それぞれが互いに協力して作業を進めている。それはとてもスムーズであった。

 ……数分ほど各々が工事の様子を眺めていると、不意に広場から「おまたせしました」という声が聞こえてきた。

 声は女性のものであり、その口調から現場の関係者であるということが伺えた。

 結城はすぐに建設現場から視線を外し広場に向ける。すると、ヘルメットを被った少女が広場に出現していた。

 少女は手に握られた電子ボードを胸の前で抱えると軽く会釈する。

「皆様ようこそお越しくださいました。本日フロートの増設現場を案内させていただきます、リュリュ・クライトマンです。」

 リュリュは幼いなりをしているが、その口調や雰囲気からは幼さは微塵にも感じられない。

 唯一のチャームポイントであるリボンがヘルメットに隠れて見ることができないのもその理由の1つだろう。

(なるほど、そう来たか……。)

 結城はリュリュの出現に関して、全く予想外というわけでもなかった。

 なぜならば、工事現場にクライトマンのロゴマークがちらほら見られていたからだ。あれだけ目に付けばこの程度は簡単に予想できる。

 学生を案内するにあたり、現場の状況や知識量の多いリュリュを充ててきたのだろう。妥当な人材ではあるが、最適かどうかと問われると微妙なところだ。

 学生たちは急に現れた少女に若干戸惑っている様子だった。

 ツルカもまさかリュリュが出てくるとは思ってもいなかったようで、その小さな案内人に目線が釘付けになっていた。

 結城はリュリュの自己紹介に対して挨拶を返す。

「リュリュが案内してくれるのか。よろしくな。」

「はい、短い間ですがよろしくお願いします、タカノ様。」 

(でも、リュリュがいるってことは……)

 結城はこの少女の兄の姿を求めて周囲を見渡す。

 すると、結城の期待通りリオネルが広場に姿を現した。

「学生見学と聞いて嫌な予感はしていたが……やはり貴様も来ていたか、ユウキ。」

 現場方面から現れたリオネルは、学生の集団の前で立ち止まらず私のところにまで近寄ってきた。

 工事現場であるにも関わらずリオネルはヘルメットは付けておらず、服装もその場に相応しくはない白いコートを着用していた。汚れが付けば必ず目立つことだろう。

 せめてリュリュと同じようにヘルメットくらいは被ってほしいものだ。

「……で、リオネルはなんでここに?」

 素朴な疑問をぶつけると、リオネルは長々と話し始める。

「オレはチームだけじゃなくここら一体の仕事も任されている。……別にオレが工事するわけじゃないが、フロート用建築資材の半分はウチの会社が供給しているからな。建設手法も特殊だし、ミスのないように顧問として立ち会ってるというわけだ。」

「へぇ、そんな知識あったんだ。」

 少し感心していると、リオネルの声が急に小声に変化した。

「……あと、一応こいつらも何かしらの有名な企業の重要ポストの息子らしいからな。今から関係を作っておいて損はない……。」

「そういうことか……。」

 リオネルは言うだけ言うとリュリュの立っている場所にまで戻り、仰々しく挨拶をする。

「初めましてみなさん、この現場で顧問を務めているリオネル・クライトマンです。以後お見知りおきを……。それでは早速順に説明していきましょう。……任せたぞリュリュ。」

 適当に挨拶した後、リオネルはすべての説明をリュリュに丸投げした。

 リュリュはそれが当たり前であるかのように現場の案内を開始する。

「はい。では配布したデータを見てください、このフロートは増設を想定して建設されたもので――」

 結城はリュリュの説明を聞きつつ、工事現場で動いているモノに改めて目を向ける。

(あれが建設作業用VFか……意外とスリムなんだな……。)

 重いものも運ぶらしいのでもっとゴツいVFをイメージしていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 黄色と黒のストライプの入ったVF達は、それぞれの役割をてきぱきとこなしていた。

 VF以外に普通の人も働いている様子が確認できるが、大半は重機の操作を行なっている。

 もちろんVFにも人が搭乗しているわけだが、生身とは比べものにならないほど多くの資材を運搬し、重機ではできないような細かい作業もこなしていた。

 ついでに掃除などの雑用なども任されているらしく、現場に大いに貢献しているようだった。

 そんな様子を眺めていると、いつの間にかリュリュの説明は終了していた。

 説明の間、学生たちはつまらなそうにしていたのだが、次のリュリュのセリフが学生たちの態度を一変させることになる。

「――ということで、見学の一貫として作業を手伝ってみませんか? ……もちろんVFで。」

 実物のVFを操作できると知ってか、学生たちの背筋は自然にピンと整い出し、ついでにそわそわし始める。

 その中で真っ先に手を挙げたものがいた。……しかし、それは学生ではなかった。

「それじゃあ、ここはVFランナーの俺が手本を見せてあげようかな。」

 それは、見学に同行してきていたアオトであった。

 リオネルはその姿を見るなり大声をあげる。

「アオト・ネクティレル!? なぜ貴様がここにいるんだ!?」

 今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだ。

 ずんずんとアオトに詰め寄っていくイクセルに対し、結城は簡単に状況を説明する。

「あれは、今日だけ特別講師で色々教えてるらしくて……。」

 こちらの話を聞いてすぐにリオネルは足を止めた。そして、何事もなかったかのように踵を返す。

「フッ……オレ様の実力を見せる時が来たようだな。……リュリュ、オレのVFも用意しろ。至急だ。」

「わかりました、お兄様。」

 話からするとどうやらリオネルも作業の手伝いを行うらしい。

 アオトによってリオネルの闘争心に火がついてしまったようだ。

 そんな展開にツルカは呆れているようで、ポツリと呟く。

「意地の張り合いか……。無駄だよなぁ。」

 そうこうしている内に広場に4体ほどの作業用のVFが到着し、一列に並ぶ。

 コックピットからは普通の作業着を着た人達が出てきて、それぞれが案内するようにVFの傍らで待機していた。

 ……やがてリュリュによってリオネルのVFも用意され、最終的に広場には5体のVFが集合した。

 結局、5体のうち2体にはリオネルとアオトに、あとの3体に学生が乗ることになり、リオネルとアオトの2人は、すぐさま作業用のVFに乗り込んで資材置き場に向けて駆けていった。

 やはりプロのVFランナーだけあってその動きはスムーズだ。

 そのままリオネルとアオトのVFは資材置き場から軽々とポールを取り出し、それを肩に載せて海岸付近に向けて競走するように走り出す。

 結城がその様子を見ていると、リュリュから指示が出された。

「それでは、あの2人と同じように、あのポールをあそこまで運んで下さい。お願いします。」

 具体的な指示が出された所で3人の学生が作業用VFに乗り込み、彼らもすぐに資材置き場に向けて歩き始める。

 学生が乗っている3体は動き自体に問題はないものの、慣れないことをしているせいか、細かい作業にかなり手間取っているようだった。

 例えば、ポールを掴んでもバランスを取れずに落としてしまいそうになったり、歩く度にポールがずれていちいち持ち直したり……果ては、距離感が掴めずポールをあちこちにぶつけている学生も見られた。

 そんな学生達を指導するでもなく、アオトとリオネルは作業すらそっちのけで足の引っ張り合いをしていた。もはや運搬作業など眼中にないらしい。

 ……その引っ張り合いも相手の足を引っ掛ける程度の軽いものではなく、修理が必要になるほど激しいものだった。言わば、ちょっとしたバトルである。

 リオネルは長い資材を使ってアオトの動きを牽制し、アオトはそれをポールで何度も押しのけようと努力していた。

 更に2人は外部スピーカーを用いて口喧嘩までやり始める。

「おい貴様、わざわざ学校に出張ってまで人気を集めたいのか。 ……アイドル様は地道な活動で忙しいな。」

 広場で待機している結城とツルカはそのセリフをぼんやりと聞いていた。

「学生のファンを増やそうって魂胆かもしれないが、カメラも回ってないのにこんな面倒なことしなくてもいいんだぞ?」

 リオネルが言い終えると、同じようにしてアオトも外部スピーカーで言い返す。

「人気とか、そういうことには興味ありません。それに、僕はそっちみたいに人気を集めるために媚びを売るつもりはありませんから。」

「……何だ? オレ様に説教か……。いくら1STリーグにいるとはいえ、貴様にそこまで言われる筋合いはない。」

 遠くから聞こえる喧嘩の声に、ツルカは乾いた笑いを発する。

「はは……なんか盛り上がってるな。」

「あそこまでやると逆に清々しいな。」

 結城が感想を述べると、それを肯定するように槻矢くんも話す。 

「案外仲良くなれそうですよね、あの2人。」

「そうか……?」

 何をどう見ればそんな結論に行き着くかが理解できなかったが、話をこじらせると面倒なので黙っておくことにした。

 結城はせっせと働くVFの様子を見て、ふと思ったことを口にしていた。

「……にしても、これが本来のVFの使われ方か……。地味だし無駄だな。」

 何とも言えぬ感覚だが、無理やり言葉にすると“紙を切るためにわざわざ長い剣を使ってるような感覚”に近いかもしれない。

 これだけの作業のためだけにVFを使うというのは、ちょっとやり過ぎな気がする……。

「そうか? ボクは結構理に適ってると思うぞ。」

しかしツルカはそうは思っていないようで、私に対して持論を展開させる。

「運搬に組み立て、専用の工具を使えば接合もできるし、一体あるだけで効率がぐんと上がるぞ。それに、道具さえあればいくらでも応用が利くし。」

 それでも結城はあまり納得できなかったが、取り敢えず頷いておいた。

 今回の作業が簡単すぎるだけで、本来はもっと難しい作業をさせられているのだろう。

 ――その後、結城は自分の順番が回ってくるまで建設現場の様子をぼんやりと眺めていたが、しばらくすると近くでリュリュの話し声が聞こえてきた。

 結城がそれに耳を傾けると、どうやらリュリュは学生の操作技術を一部始終観察していたようで、教官に向けて手放しに学生たちの操作技術を褒めていた。

「流石に皆さん操作が上手ですね。なかなかこなれている感じがします。」

 しかし、教官はリュリュと同じようには考えていないようだった。

 結城は教官の言葉も聞くべく、更に耳に神経を集中させる。

「……いや、全然駄目だ。丸一年やってこれだからな、先が思いやられる。」

「一年でこれなら上等だと思いますけれど……。」

「そこそこ動かせても、あいつらは戦い方というものを全く知らない。そういう意味ではあいつら学生は素人レベルだ。」

 教官も教官なりに色々と思う所があるらしい。

 その後、結城が聞き耳を立てるのを止めると、ほぼ同じタイミングで作業を終えたVFが広場に戻ってきた。

 そして、この5回目の交代でようやく槻矢くんの順番が回ってきた。

「交代だぞツキヤ。空いたVFに乗れ。」

「はい、教官。」

 槻矢くんは指示を受けるとすぐにコックピット内に入り、資材が積まれている場所に向けて移動していった。

 それと入れ替わるようにして別のVFが広場に戻ってくる。

 そろそろVFを操作してみたかった結城はツルカと連れ立ってVFの元に駆け寄った。

「さて、じゃあ私達もVFに……」

 建設作業用のVFから学生が降りてきたので交代するようにVFに乗ろうとしたが、それは教官によって止められてしまう。

「お前らはやらなくていい。」

 結城はコックピットに入りかけていた体を戻し、その理由を聞いてみる。

「教官、なんでですか?」

 結城が理由を聞くと、教官は順番待ちをしている学生の方へ目を向けて言った。

「……VFの数も時間も限られてるんだ。なるべく多くの学生に体験させてやりたいからお前らは我慢してくれ。」

「そんなぁ……。」

 私達も一応は学生なのだが、そういう事なら仕方が無い……。

 隣のVFを見ると、それに乗り込んでいたツルカは素直に教官の指示に従いコックピットから降りていた。

 結城も「わかりました」と返事をするとVFから降り、再び現場で働くVFを観察する作業に戻ることにした。


 

 ――大体の学生が体験を終える頃には運搬作業もほぼ完了していた。

 綺麗に運ばれてなくなった資材置き場を見ながら、結城は槻矢に感想を聞いてみる。

「槻矢くんどうだった?」

 こちらの適当な質問に対し、槻矢くんは丁寧に答える。

「何か不思議な気分です。VFでただ物を運ぶという作業はやったことがありませんでしたから……。あと、かなり時間が掛かったような気もします。」

 槻矢くんは特に疲れた様子も見せることなく感想を素直に述べていた。

 すると、全く関係のないリオネルが私と槻矢くんの間に割って入り、急に槻矢くんのことを褒め始める。

「この中では貴様が一番上手かったぞ。」

 いきなり賞賛された槻矢くんはすぐに謙遜してみせた。

「そんな、僕はただミスしないように慎重に運んでただけで……。運べたのもたったの4本だけでしたし。」

 そう言えば、学生はみんなこぞって多く運んでいたような気がする。……これも競争心のなせる技なのだろう。

 ただ、行き過ぎた競争心は、アオトとリオネルのような結果を生み出すので、加減するのも大切だ。

 因みに、リオネルとアオトは資材もろくに運べず、喧嘩が行われた付近は荒らされたような後がはっきりと残っていた。

 ――現場からすればいい迷惑である。

 それについては反省しているのか、2人はVFを降りてから全く言葉を交わしていない。

 そんなどうしようもないリオネルは、槻矢くんの言葉をかき消すように更に褒め続ける。

「いや、建設はスピードも重要だが、それよりも大事なのはミスをしないということだ。その点では貴様の働きは評価できる。」

 その言葉に感激したのか、槻矢くんはいつもよりも深く頭を下げていた。

「ありがとうございます、リオネルさん。」

 ……しかし、リオネルの考えとは逆のアドバイスが付近から発せられる。

「――だからと言って、失敗を恐れるのもよくないな。」

 それはアオトだった。

 アオトは槻矢くんの所にまで近づくと、さらに話を続ける。

「ミスを恐れて慎重な行動ばかりとっていると、結局なにも得られないかもしれない……。ほら、君も男なんだからもっと大胆に操作するべきだ。」

「貴様、オレ様の意見を台無しに……」

 先ほどの自分のセリフをぶち壊され、リオネルは怒っていた。

 ただ、アオトはわざとリオネルと反対の意見を述べたつもりはなく、本当にそう考えているようだった。

 アオトは自らの考えが正論だと信じて疑うことはなく、口調を強めて繰り返し発言する。

「お前こそなにを言ってるんだ。この子はVFランナーになるためにここにいるんであって、建設作業をするためにいるんじゃない。」

 そして最後に、槻矢くんに向けてメッセージを送った。

「失敗を恐れずに操作精度を高めていくのが正解だ。頑張れよ少年!!」

 槻矢くんはアオトにそう言われて、答えを確認するように私の方を向いた。

「そうなんでしょうか……?」

 失敗を恐れずに訓練を重ねるのには賛成したいところだが、決して慎重さを蔑ろにしてはいけない。

 結城は迷っている槻矢に助け舟を出してやることにした。

「どっちも間違ってるけど、どっちも合ってる。槻矢くんの思うとおりにすればいいさ。……大体、シミュレーションゲームのランクでいえば槻矢くんは……」

 結城はそう言いかけて、口に手を当てる。

 そしてごまかすようにして話題を反らせた。

「……シミュレーションならいくら失敗しても痛くもないんだし、練習には適してるよな。」

 苦し紛れの発言だったにも関わらず、意外と私の考えは良かったようで、アオトはそれに大賛成してくれた。

「なるほどそれはいい!! 俺の戦闘AIもあると聞いているし、それに勝てるようなら見込みはあるかもしれないな!!」

 槻矢くんのことだ。既に戦闘AIには完璧に勝てるくらいにはなっているのだろう。

 そんなアオトの提案に、槻矢くんはすぐに反応する。

「ああ、それならもう既に……」

 しかし、槻矢くんはそこまで言いかけて話を修正する。

「……対戦したことがありますけど、強くて敵いませんでした。」

 それはなかなかのナイスな判断だった。もし“アオトに勝った”などと言ってしまったら、余計に話がこじれていたことだろう。

 ……これ以上話がややこしくなっては堪らない。

「そうか、勝てるように頑張れよ。」

 答えに満足したのかアオトは軽い足どりで広場から離れていく。

「じゃあ俺はここで帰らせてもらう。……学生諸君、健闘を祈ってるぞ!!」

 大きな声でそう叫ぶとアオトは広場の前に停まっていた車に乗り込み、そしてそのままどこかへ去っていった。

 それを見た教官も時間を確認し、号令をかける。

「よし、今日はここで授業を終了とする。……今日のレポートは一週間以内に提出するように。……それでは解散!!」

 学生たちは「はい、教官」と返事をし、それぞれが広場から出ていく。

 結城とツルカもそれに続いて学生寮に戻ろうとしたが、リオネルが「待て」と短く言って呼び止めてきた。

 呼び止めに応じて振り返ると、リオネルはアオトについて教えてくれた。

「さっき闘った感じだと、あいつの技量はオレとあまり変わらないようだ。チームのVFもダグラスのハイエンド機を改造しただけだし、貴様が苦戦することもないだろう。」

 そこそこ有益な情報に、結城はそこそこの感謝の念を示す。

「アドバイスどうも。」

 こちらの礼に対し、リオネルは何のリアクションも見せないで現場へと戻っていく。

 その背中を見ながら結城はアオトの格闘能力について考えを巡らせていた。

 VFの性能も並だし、今までの対戦成績を鑑みても実力的には問題ないだろう。……しかし、結城は別の問題を抱えていた。

 ――それはアオトによる愛の告白である。

(あいつ、諒一に何か話すって言ってたけれど……どういうつもりなんだろ……。)

 私に交際を申し込む前に諒一に断りを入れるつもりなのだろうか。

(でも、そんなことしたって意味ないぞ。私があいつを好きになるわけが無いし……。)

 ただ、気になっているというのは事実である。

 こんなもやもやしたままで試合に臨んでいいものだろうか、珍しく乙女チックに悩む結城であった。


  3


 海上都市群において、その構造の複雑さゆえに立ち入りを制限される場所は多い。

 海中にある発電施設を始めとして、波による影響を打ち消している防波防振装置の制御施設、さらに外周部に繋がる扉もメンテナンス工員以外は立入禁止だ。

 立入禁止されている大半はそんな危険区域だけなのだが、結城にはその他にも立ち入りを禁止されている場所があった。

 ――それは男子学生寮である。

 なぜならば、結城は諒一との同棲事件もあって、今後一切男子学生寮に足を踏み入れることはできないと通達されているからだ。……いくら手続きをしようとしても正面玄関に足を踏み入れた時点ですぐに追い返されてしまうだろう。

 しかし結城は、アオトとの試合を一週間後に控え、諒一がどのようになっているのかが気になり男子学生寮を訪れていた。

(これ、見つかったら退学させられるんだろうか……。)

 結城は正面から入るような愚行は犯さず、人目のつかないベランダ側から侵入していた。つい最近までこの経路を使っていたのであまり問題はない。

 諒一はと言うと、今はラボでアカネスミレのメンテナンスを行なっている。

 ……その隙を狙ってジクスやニコライ、そして槻矢くんから話を聞こうという寸法だ。

 ツルカに相談しても良かった気もするが、流石に年下に恋に関することを相談するのは情けない。

 処罰を覚悟で恋路の相談をするのもどうかと思うが、それを懸けるだけの価値はあるはずだ。……なぜならば、このままモヤモヤした気持ちが続くと、試合に悪影響を及ぼすことは必須だったからだ。

「よいしょ……っと。」

 結城は慣れた様子で塀をよじ登り、ものの数秒で諒一の部屋のベランダに到達する。

 そのベランダで結城は根本的な過ちに気づく。

(あ、わざわざ学生寮で会わなくてもよかったんじゃ……)

 誰がどう考えても結城の行動は愚行であった。

 何もわざわざ学生寮で合う必要など無く、そこら辺の適当な店に入って相談すれば良かったのだ。

(でも、私もそこそこ有名人なわけだし……やっぱり部屋で話し合うのが安全だよな。)

 結城は自分にそう思い込ませると携帯端末を取り出し、予め伝えていた通りに槻矢くんに連絡を入れた。

 するとすぐに諒一の部屋の中から呼び出し音が聞こえ、続いてベランダの窓がゆっくりと開かれる。

 結城はその隙間に体を差し込み、音を立てないようにして諒一の部屋の中に侵入した。

「本当に来やがった……。」

 そう言って出迎えてくれたのはジクスだった。

 部屋の中にはジクスの他にもニコライや槻矢くんも待ち構えていて、3人はこたつ台を囲むようにして座っていた。

 彼らがどうやって諒一の部屋に入ったかどうかはさておき、結城は早速話し始める。

「みんなありがと。今日は最近の諒一のことが知りたくて集まってもらったんだ。」

 そう言いながら結城は靴を脱いでベランダにそっと置く。

 そして外に声が漏れないように窓もぴっちりと閉めた。

「単刀直入に言うと……ここ最近、アオトについて諒一が何か言ってなかったか知りたいんだ。」

 要点を言うと結城はこたつ台に座り、こたつ台の四方が埋まった。

 すると、槻矢くんがこちらに冷たいお茶の入った陶器のコップを差し出してくれた。

 それを有りがたくいただいていると、先ほどの言葉に対する疑問が右側から聞こえてきた。

「『アオト』と言うと、スエファネッツの『アオト・ネクティレル』のことか?」

 こちらから見て右側に座っているのはジクスだ。彼は相変わらず暑苦しいほどに厚い筋肉を体中に纏っている。

 結城はその太い腕を目の隅に捉えつつ、肯定の意を込めて「うん。」と短く返答した。

 すると、ジクスに続いて左側からも声がした。

「スエファネッツのランナーか……あんまり知らねーな。」

 左にいるのはニコライだ。

 口を動かす度に唇のピアスがこすれてカチカチという音を鳴らしていた。

 ともかく結城は、VFマニアであるニコライやジクスがアオトのことをあまり知らないことを意外に思っていた。

「知らないのか……? アイドルやってるらしいからそれなりに知名度はあるはずだぞ。」

 少し非難するように言うと、すぐにジクスから反撃の言葉を浴びせられる。

「そういうユウキも、そいつが試合相手になるまで名前すら知らなかっただろ。」

「う……確かにそうだけど。」

 痛い所を突かれてしまい、結城は一旦お茶を飲んで誤魔化すことにした。

 コップのお茶を半分ほど飲むと、結城は再び話し出す。

「そんなに目立ってないランナーなのか?」

「目立たないっつーか、スエファネッツはVF開発に全く力を入れてないし、俺らVFマニアからすれば全く魅力のないチームなわけよ。ま、名前くらいは知ってるけどな。」

 そう言えば、こいつらVFマニアは興味の対象がランナーではなくVFであるということをすっかり失念していた。

 そう考えると、諒一もアオトのことを話題に出さないと簡単に想像することができる。

(しまった……。)

 質問の仕方が悪かったかもしれない。

 変に遠回りに質問せず、「最近諒一におかしな所はないか」と素直に訊けばよかったのだ。

 数分前の自分の選択を悔やんでいると、今度はジクスが質問を投げかけてきた。

「……で、どうしてそこでアオトの名前が上がるんだ? ……何かあったのか。」

「別に、大したことじゃないから……。」

 結城は“何でもない”といった感じで軽く受け流す。

 しかし、それで引き下がってはくれなかった。

「わざわざここまで来たんだ。詳しく教えてくれてもいいだろ。」

「……。」

 ジクスにしつこく問い詰められ、ついに結城は根本的な原因を話すことにした。

「実は……私、アオトに告白されたんだ。」

「何ィ!!?」

 ジクスはもちろん、ニコライや槻矢くんも驚きの声を上げた。

「アイドルを一目惚れさせるとは……なかなかやるじゃあないか。」

 特にニコライの食いつきはよく、嬉々としてその話題を進めていく。

「で、ユウキはどう思ってるんだ? というか、どうしてそんなことになったんだ?」

 ニコライに早口で言われ、結城は一呼吸おいてから答える。

「……私だっていきなり告白されて意味が分からないんだ。そんなに理由知りたければアオトに聞いてくれよ……。」

 本当に、なぜアオトにあんなことを言われたのだろうか。

 偶然アオトの好みに当てはまったとも考えにくいし、何か他にも理由があるのかもしれない……。

 その理由について考えていると、ジクスが独自に推理し始める。

「なるほど、さっきまでの話も踏まえると、リョーイチもその告白の現場にいたんだな。」

「……。」

 当たっている。……そんなに私の言動は解りやすいものだったらしい。

 ジクスはこちらの反応を見ながら更に続ける。

「で、リョーイチがなんにも言ってこないから不安に……というか不満に思ってるわけだ。」

 完璧に心の中を読まれてしまい、観念した結城はそれを肯定するように頷く。

「……うん。」

 問題が明らかになった所でジクスは姿勢を崩した。

「それで、結局ユウキはリョーイチにどうして欲しいんだ。」

 相談に乗ってくれることを有りがたく思いつつも、結城は早速質問の答えに詰まってしまう。

 ――諒一にどうして欲しいか。

 まず第一に、諒一からの反応が欲しい。反応によっては諒一が私の事をどう思っているかがわかる……と思う。

 他にも色々として欲しいことはあるが、ここでそんなことまで言えるわけがない。

(でも、言ったら言ったで全面的に協力してくれるんだろうな……。)

 それを言うべきかどうか、結城は「それは……」と間延びした声を出しながら迷う。

 そのまま唇に指をあてて答えあぐねていると、私の代わりにニコライが答えた。

「どうせ、“お前みたいな野郎に俺の大事なユウキは渡さん!!”……とか、言って欲しいんだろ。」

 声色まで真似られ、結城はすぐにそれを否定する。

「違う!!」

 その時、勢い余ってこたつ台を叩いてしまった。

 それを見ながらニコライはニヤニヤしていた。

「……本当か?」

 言葉尻を上げるようにして問い詰められ、結城はしどろもどろに答える。

「ちが……わないけどさぁ……。」

 本音を言ってしまい、結城は少し赤面してしまった。

 ただ、先ほどのニコライの言ったような言葉を颯爽と発言するような諒一は、諒一では無い気がする。……というか、なんで今こんな事を話さなければならないのだ。

 私は諒一の様子を探りに来たんであって、決して誂われに来たわけではない。

(ああ、もう!!)

 結城は再びコップを掴み、一旦その話を切るようにお茶を全て飲み干す。

 すると、丁度良く槻矢くんが話の流れを変えてくれた。

「えーと、今諒一さんはどこにいるんですか?」

「多分、今はラボでオルネラさんとアカネスミレの調整してると思う。」

 槻矢くんの問いに答えると、ジクスは今更ながらその事に感心したように呟く。

「そういやそうだったな。アール・ブランがキルヒアイゼンの協力を取り付けるとはな……。」

 この3人はアカネスミレの修繕の時に手伝ってもらったこともあるし、そこらへんの事情に関しては気になる所があったのだろう。

 キルヒアイゼンからの協力に関してはあまり公にはなっていないので、できれば今後も内緒にしておいて欲しいものだ。

 しかし、ニコライはそれを別に不思議だとは思っていないようだった。

「協力ったって、ユウキはツルカと仲良いんだしそのくらい当然じゃないのか?」

 結城も、いくら仲が良いとはいえここまでされるとは思っていなかった。今は当たり前のように協力を受け入れているが、よく考えればこれはかなり特殊な状況である。

 ニコライのコメントに対して無言でいると、ニコライは何かに思い至ったように急に意気揚々と話し始める。

「ところで、オルネラって超美人だよな。リョーイチがアオトの告白について何も言わない理由が分かった気がするぜ……。」

 ニコライはそれだけ言って口を閉じた。

「……なんだよ、それって。」

 続きが気になった結城が急かすように言うと、ニコライは自分の考えを確信しているような表情であっけらかんと言い放つ。

「もしかしてリョーイチ、オルネラに惚れてるんじゃねーの?」

「……はい?」

 ニコライの予想外の言葉に結城は眉をひそめる。

 ジクスや槻矢くんも“何を言ってるんだこいつは”という表情をニコライに向けていた。

 そこにいる全員からそんな目で見られているにも関わらず、ニコライは平然とした様子で持論を展開させていく。

「まぁよく聞け。……オルネラはVFエンジニアとしても一流なのはみんな知ってるよな。となると、当然リョーイチはオルネラのことを尊敬してるわけだ。ここまではいいな?」

 同意を求められるように目線を向けられ、結城はそこまでの説明に相違がないことを示すように浅く頷いた。

 するとニコライは話を再開させる。

「でだ、そんな尊敬の対象が無償で、しかも懇切丁寧に、あろうことか手取り足取りで技術を伝授してくれてるんだぜ?」

「……だから?」

 答えを急かすと、ようやくニコライは結論を述べる。

「つまりだな、尊敬の想いが恋心に変化することも有り得ない話しじゃないってことだ。」

「いやいや……それはない。」

 あまりにも強引な論の導き方に、結城は猛反発する。

「諒一はただ単にFAMフレームの整備方法を教えてもらってるだけだ。いくらオルネラさんが美人だからって、諒一がそんな急に……」

「甘いなユウキ。」

 そんな否定の言葉も、ニコライによって遮られてしまう。

「リョーイチも所詮は男だ。オルネラみたいな美人の近くに長い時間いれば、嫌でも心が変化するものさ。」

 ……そう言われるとそんな気がする。

 諒一はオルネラさんに夢中になっているから私のことはどうでもいいのだろうか。……むしろ、私が別の男とくっつけばいいなんて思っているのかも……

(それは考え過ぎか……。)

 結城は邪念を振り払うように頭を左右に振り、力なく呟く。

「どうすればいいんだ……」

 困り果てていると、すぐさまニコライがアドバイスをくれた。

「手遅れになる前にリョーイチを捕まえておく必要があるな。」

 そしてさらにジクスも付け加えて言う。

「ああ、周りに“リョーイチは自分の物だ”と知らしめておく必要もあるかもしれないな。」

 2人は私を置いてけぼりにしたままどんどん話を進めていく。

「一応、オルネラにはその旨を伝えておくべきだな。そうすりゃリョーイチとの過剰な接触を避けてくれるようにもなるはずだ。」

「流石ニコライ。女に振られた数だけピアスをつけているんじゃないかと噂されているだけのことはあるな。」

「……それ、今テキトーに作っただろ……。」

 ニコライは呆れたようにジクスに言ってから、ようやく私に話しかけてくる。

「わかったかユウキ、『諒一は私の彼氏でーす』と堂々と言っとけば全てが丸く収まるっつーことだ。」

「そんな恥ずかしいこと……言えるわけないだろ!!」

 全身全霊で拒否すると、ニコライは呆れたように首を左右に振ってみせた。

「はぁ……。別に他に恋敵もいないんだしそのくらい軽く言えっての。……あんだけイチャイチャしておいて今更何が恥ずかしいんだ?」

「放っといてくれ。女の子は色々と複雑なんだ。」

 複雑と言うよりもややこしいといった感じではある。

 特に、諒一に関しては単純に割り切れない何かが私と諒一の間に存在している。

 それが何なのかは後々考えることにして……今はオルネラさんと諒一の関係の解明を急ぐのが先決である。

 ニコライはこちらのセリフを訝るように繰り返していた。

「『女の子』ねぇ……」

 そしてさらにこちらを舐め回すように観察してきた。

 結城は敢えて胸を張ってそれに対抗し、ニコライに鋭い目を向けて確認する。

「……何か言いたいことでも?」

 するとニコライは「なんでもないです」と言って目を逸らし、その後に咳払いをして話題を元に戻す。

「言うのが恥ずかしいなら仕方ねーな。……取り敢えずオルネラに関しては、リョーイチの近くに立って軽く睨むだけでいい。オルネラもそれだけでだいたい察してくれるだろ。」

「なるほど……。すごいなニコライ。」

 あまりにも的確な作戦に、結城は手のひらを返したようにニコライを絶賛した。

 そんな態度の変化にニコライは若干戸惑っている様子であった。

「そんなに褒めるなよ……。」

 そもそも諒一がオルネラさんに惚れている事自体が有り得ない仮定だが、諒一に近づけば、私とアオトのことに関して反応が薄い理由もわかるかもしれない。

 ……と、今まで黙っていた槻矢くんから、不意に独り言が聞こえてきた。

「諒一さんも幸せものですね。こんなに結城さんに想われて……あ。」

 それは意図せず言葉を漏らしてしまったような口調で、槻矢くん自身も発言した後すぐに自分の口を手で覆っていた。

 ニコライはそれをフォローするでもなく、話に乗っかる。

「なんだツキヤ。ユウキみたいなのが好みなのか?」

「いえ、僕はそういうつもりで言ったんじゃ……」

 槻矢くんはこちらをちらりと見て耳を赤くしていた。……なかなか可愛い反応である。

(『幸せもの』ねぇ……。)

 槻矢くんの言葉は、私の心に意外に大きな波紋を生じさせていた。

(諒一、私といて幸せなんだろうか……。)

 さすがにこの答えは諒一本人にしか知りえないだろう。

 ただ、諒一に面倒を見てもらっている私は十分に幸せを感じていると思う。

 ……そんなことを考えていると、ニコライが携帯端末の画面を槻矢くんに見せていた。

「ツキヤは視野が狭いんだよ。もっと他に目を向けてみろ? ほら、これとかどうだ。」

「確かにすごい……です。」

 槻矢くんはなぜか罪悪感に苛まれているような表情でチラチラと携帯端末を見ていた。

 こちらからは見えないが、槻矢くんの反応を見て大体のことを察することができた。

「これなんかすげーだろ。ユウキの貧相なモノとは比べ物に……」

 結城は槻矢くんに変なことを植え付ける前にニコライを止めることにした。

「あれニコライ。耳にゴミが付いてる。」

 結城はこたつ台の上に右手をつき、身を乗り出して左手を突き出す。そして左手でニコライの耳を掴む。そのままゴミという名のピアスを力の限り真下に引っ張ると、ニコライは素っ頓狂な声を上げた。

「あっ!! いてっ……違う!! それゴミ違う!!」

 さっきまで散々誂われたこともあって、自然と結城の手に力がこもる。

 ……と、結城はここで相談の前に言っておくべきことを思い出した。

「あ、今日私がここに来たこと諒一には秘密にしてくれ。……あと、諒一に変な入れ知恵するなよ?」

 脅し口調で3人に言うと、ジクスも槻矢くんも黙って頷いてくれた。

 唯一頷くことのできないニコライだけが、了承の言葉を口にだして言う。

「わかったから!! 手を放して、放して下さい……。」

 すがるような声で懇願され、ようやく結城はピアスから手を放した。

 こちらから解放されたニコライは自らの耳を押さえて槻矢くんに泣きついていた。

 槻矢くんは戸惑っていたものの、取り敢えずニコライの背中をぽんぽんと叩いていた。

 ……今後の方針が決まると、ジクスがあることを要求してきた。

「諒一には何も言わない。その代わり、次の試合の時に1STリーグのハンガーを見せてくれないか? 俺たちは学生だし、色々融通は効くと思うんだが……」

 このままお礼をしないのも悪いと思い、結城はすぐに首を縦に振る。

「分かった。ランベルトに相談しとく。」

 3人は一応ランベルトと面識もあるし、私が頼めば簡単に了承してくれるだろう。

 そんな約束を交わした後、結城は寮長に見つからない内に早めに女子学生寮に戻ることにした。

「それじゃ、取り敢えずニコライの言った通りにしてみるから。」

 そう告げながら結城はベランダの窓を開け、靴に足を入れていく。

 すぐに靴を履き終え、結城は両手で手すりを掴み、つま先でトントンとベランダの面を叩く。

 そこでようやく部屋の中から返事が聞こえてきた。

「おう、頑張れよ。」

 返事をくれたのはジクスだけだった。しかし、結城はあまり気にすることなく手すりを乗り越え、2階のベランダから飛び降りた。


  4


 スエファネッツとの試合の前日、結城はラボを訪れていた。

 やはり、やれることが無くてもラボにいると何となく落ち着く。

 機械が動く音や、何かの部品同士が擦れる雑音は決して心地の良い音ではないのだが、結城にとっては慣れた音なので問題ない。

 結城は入ってすぐ近くにある長椅子に腰を降ろし、数秒ごとに重苦しいため息を付いていた。

「はぁ……。」

 最近はツルカもキルヒアイゼンでの用事が忙しいらしく、休日はほとんど別行動になっている。ツルカとは以前よりもお互いの心が打ち解けているぶん、丸一日会えないだけでも寂しく感じるものだ。

 会えないと言えば、諒一ともほとんど会えていない。特にここ数日はオルネラさんにFAMフレームについてみっちり指導されていたようで、私の部屋にも来ていない。

 今もラボでオルネラさんとアカネスミレを弄っているだろうし、今なら簡単に諒一に話しかけることもできるだろう。……しかし、声をかけるのは少し躊躇われた。

 多分、この間のニコライの言葉もあって、私は無意識の内に諒一の反応が気になっているようだ。……話したいのに話せないというのは私にとってはだいぶストレスだ。

 ……あと、アオトとのことも心掛りだった。

 あれだけ面と向かって女性として私のことを褒めてくれたのだ。気にならないわけがない。

 彼は諒一と話がしたいと言っていたが、そこら辺は今どうなっているのだろうか。

(やっぱり私がはっきり断らないと駄目なのかもしれないな……。)

 ラボに入ってからの数分間、一人でそんなことをもやもやと考えていると、気づかぬ間にランベルトがこちらに寄って来ていた。

「お、嬢ちゃん。丁度いい所に来たな。」

 ランベルトはかなりの本数のタバコを吸っていたようで、それ特有のきつい匂いを漂わせていた。

 結城はランベルトにその不快さが伝わるよう、あからさまに嫌な顔をしつつ受け応える。

「いい所?」

「そうそう。」

 ランベルトはそう返事しながらアカネスミレのある方向を指す。

「……今、オルネラさんがアカネスミレの最終調整をやってくれてる最中なんだよ。」

 目を凝らしてみると、確かにオルネラさんの銀色の髪を確認することができた。そして、その隣には何やら作業をしている諒一の姿もあった。

 それがどうかしたのかと思い「それで?」と聞くと、ランベルトは本題に入る。

「アカネスミレのFAMフレームは前の鹿住のフレームみたく試合中に微調整できないからな……。今のうちにバランスとか出力の調整を良いように診てもらっとけ。」

 そう言えば、調整のことをすっかり忘れていた。

「わかった。そうする。」

 結城は返事と共に長椅子から立ち上がり、アカネスミレの元へ移動する。

 その足取りは思ったよりも軽い。……諒一に近付くきっかけが欲しかった結城にとって、ランベルトのセリフは最高の助け舟だったのだ。

 そのランベルトは先程まで私が座っていた長椅子に腰掛け、ポケットから新しいタバコを取り出していた。

 責任者があんな状態ではラボ内禁煙は無理だろうな、と考えつつ結城は歩を進める。

 ――アカネスミレに近づくにつれ、諒一の姿も大きくなっていく。

 やがてアカネスミレの足元まで来ると、結城はオルネラではなく、まず先に諒一とコンタクトをとることにした。

(そういや、諒一の隣に立ってオルネラさんを睨めばいいんだったな。)

 結城は早速ニコライの作戦を実行するべく諒一の傍らにそっと近づく。諒一はこちらに気がついてないのか、黙々と作業を続けていた。

 少し離れた位置にいるオルネラさんも別の作業で忙しいのか、諒一のことなど全く気にかけていない感じだ。

 どう見ても諒一がオルネラさんの事を気にしている気配は感じられないが、一応ニコライに言われた通りにオルネラさんを睨んでみる。

 ……30秒ほど睨んでみたが、やはりというか、全く反応はない。

 こっちを向いていないのだから当然である。

(やっぱり諒一に直接聞いたほうがいいな。)

 結城は考え直し、アオトとの件について諒一の意見を聞いてみることにした。

 結城は話しかけるべく作業中の諒一の背後に立ってその肩を軽く叩く。すると諒一は作業を中断して振り向いた。

「アオトが諒一と話がしたいって言ってたぞ。」

 前置きもなくそう言ってみたが、諒一の表情に変化はない。

「……そうか。伝えてくれてありがとう。」

 諒一はそれだけ言って、作業に戻ろうとした。……が、結城はそれを阻止するべく再び肩を強く叩く。

 すると、諒一は工具を一旦仕舞ってからこちらに体ごと振り向いた。

 それを確認し、結城はまたしてもアオトのことについて質問する。

「もしかして、もうアオトと会って話とかしたのか?」

「してない。」

 さっきよりも短く簡素に返答され、結城はイライラし始める。

「なんだよ諒一、アオトにあんな事言われて私のことが気にならないのか? ……最近なんかオルネラさんと楽しそうに作業してるし。」

 近くにいたオルネラさんは興味ありげにこちらの様子を見守っていたが、私が視線を向けるとニッコリとした笑顔を顔面に貼りつけたまま目を逸らした。

 諒一はというと、アオトの事についてではなくオルネラさんについてコメントする。

「ああ、オルネラさんには色々と教えて貰って助かっている。」

 的はずれな答えに結城は我慢できなくなり、とうとう怒声を浴びせてしまう。

「ああもう!! 諒一はなんとも思わないのか!?」

「何の事だ?」

 結城は、いつまでも無表情でとぼけている諒一の肩を正面から掴み、前後に激しく揺らす。

「だ・か・ら!! アオトに交際を申し込まれたことについてだ!!」

「……そのことか、それなら心配の必要はないだろう。」

 ここまで詳しく言って、ようやく諒一からまともな答えを得ることができた。

 しかし、その答えは結城の望む答えとは遠くかけ離れていた。

 あまりにもそっけなさすぎる対応に、結城は半ばヤケになって言葉を続ける。

「いいのか、私がオーケーって返事してもいいんだな!? アオトに取られてもいいんだな!?」

「結城、何か勘違いを……」

 諒一は何かこちらに伝えようとしていたが、結城はそれを聞くこと無く諒一を突き飛ばす。

「もういい。また明日、ハンガーで!!」

 そして、逃げるようにしてラボから出ていった。

(なんだよ諒一……私なんかどうでもよかったのか……?)

 予想外の諒一の対応に結城は怒りを覚えていた。しかし同時に、そんな程度でしか想われていないかと考えると、虚しい気持ちにならざるを得なかった。


  5


 次の日、スエファネッツとの試合開始まで20分を切った所で結城はハンガーに到着した。

 既にランナースーツに着替えているので、後はコックピットに乗れば準備万端だ。

 ここまで到着を送らせた理由は単純なもので、それはあまり諒一と会いたくないという至極くだらないものだった。

 しかし結城にとってはとても重要な問題なのだ。

 昨日あんなことを言って、今日まともに会話できる気がしない。できれば、試合が終わるまで諒一の顔を見たくない。

(……よし、諒一はハンガーにいないっぽいな。)

 ハンガーの入り口で左右確認をすると、結城はアカネスミレのコックピット目指して小走りで移動する。

 リズムの速い足音がハンガー内で反響する……。

 しかし、結城がアカネスミレの足元にきた所でその足音は止んでしまった。

 それは結城がコックピットに乗ってしまったからではなく、ある人物に話しかけられたからだった。

「結城、昨日は……」

 こちらの到着を待っていたのか、どこからともなく諒一が姿を現して声を掛けてきた。

 ……謝罪するつもりなのだろうか。

「もういい。私のことなんてどうでもいいんだろ。」

 結城は諒一の顔を見ることなく、その言葉すら無視してコックピットまで登っていく。

 その間は諒一は何も言わずにこちらを見守っていた。

 そのまま結城はアカネスミレの中に入ろうとしたが、コックピットハッチに手をかけた所で遠くからランベルトの声が聞こえてきた。

「おいおい嬢ちゃん、いきなり不機嫌そうだが……昨日何かあったのか?」

「ランベルトには関係ない……。知りたいなら諒一に聞けよ。」

 ぶっきらぼうに答えてコックピットに入ろうとすると、今度は結城の悩みの根源である人物の声がハンガー内に反響した。

「失礼します!!」

 大きな声と共にハンガー内に飛び込んできたのはアオトだった。

 キルヒアイゼンの時もそうだったが、こんなにも簡単に他チームのハンガーに入ってきてもいいものなのだろうか……。

 コックピットの位置から見下ろしてみると、アオトもランナースーツを着ているようだった。

 そのスーツには無駄に派手な模様がプリントされていてかなり目立っていた。しかし、それとは対称的にスポンサーのステッカーはかなり小さい。あんなに小さいとスポンサーから抗議されそうな気がする。

 ……それはともかく、試合前だというのに対戦相手のハンガー内に侵入してくるとは、度胸がいいと言うか無神経と言うか、傍若無人と言っても過言ではない。……が、そんなことはお構いなしにアオトは大声で宣言する。

「試合前にはっきりと告白したくて参上しました!!」

(今!? 試合前なのにそんな……でも……)

 私自身も気になっていたので解決したい気持ちは同じだった。

 アオトはハンガー内を遠慮無く進んできて、アカネスミレの前にまで近づいてきた。

 どう反応すればいいのか、迷った結城は諒一の方を見る。

 諒一は無表情を保っていて、アオトと私に割り込んでくる様子はなかった。

(ここまで迫られてるのに……何とも思ってないのか、諒一……。)

 そんな諒一を見て結城は心を決めた。

 結城はハッチから手を離し、コックピットから降りるとアオトと向かい合う。

 そして、2度ほど深呼吸をすると向こうが告白する前にこちらから気持ちを伝えた。

「私はオッケー……です。」

 しかし、次に聞こえてきたアオトの言葉は何かがズレていた。

「タカノユウキ、君の気持ちはよく分かった。……だから、了承を得た所で改めて告白させてもらう!!」

 会話が噛み合っていない気がする……。

 また、アオトの言葉の中に引っかかる単語もあった。

(……ん? 了承?)

 何かがおかしいと疑問を抱いたのも束の間、アオトは私を素通りして諒一の目前にまで移動していた。

(あれ……どういうことだ?)

 そして、アオトは諒一の手をがっちりと掴んで情熱的に告白した。

「リョーイチくん……俺と付き合って下さい!!」

(……!?)

 結城は言葉を失うほど、そのセリフに驚愕していた。

 ……聞き間違いではない。確かにアオトは諒一に向けて言ったのだ。

「悪いがそういう趣味は無い。」

 諒一は無表情のままきっぱりと断っていた。

 アオトはそんな断りを無視して尚も情熱的な言葉を言い続ける。

「そんな事言わないでくれ!! 俺が全てを受け止めてみせる!!」

「手をはなしてくれ。」

 諒一は無表情のままアオトに拒絶のセリフを吐き続けていた。

「ちょ、私は……?」

 あまり良く状況が掴めずオロオロしていると、アオトは不思議そうにこちらを見ていた。

「ん? 君とリョーイチは付き合っていないから問題ないだろ?」

「え……あれ?」

 つまり、あの告白は結城に向けられたものではなく、諒一に向けられたものだったのだ。

 ……思い返してみれば、初めてあった時に視線が若干上を向いていた気がする。

 あの時、私の後ろには諒一が居たわけだから……そう考えると辻褄があう。

 しかし、それだけでは納得できないようなことが山ほどあるのも事実だった。

「でもなんで!? だってアオトと諒一はどっちも男で……?」

「嬢ちゃん知らなかったのか? アオトはアッチ系で有名な奴なんだ。」

 錯乱しそうになりながら独り言を言っていると、ランベルトから衝撃の事実を知らされた。

「……そんなの聞いてない。」

 しかし、冗談でも何でもなくアオトの告白は真剣そのものだ。

(あは……勘違いだったのか。……よかったよかった。)

 納得した所で、結城は今まで自分が悶々と考えていたことや、諒一に言ってしまったことを思い返していた。

(……全然良くないじゃないか!! くそぅ……。)

 思い出せば思い出すほど恥ずかしさが込み上げてくる。

 全ては勘違いから始まった私の勝手な妄想であり、困っていたのも悩んでいたのも全てが意味のないことだったのだ。

「ま、こういう世界もあるってことだ。それはともかくそろそろ試合開始だぞ……嬢ちゃん?」

 ランベルトの慰めも、もはや結城の耳には届いておらず、結城は近くにあったレンチを両手で持ってそれを力強く握り締める。

「……殺す。」

 そう呟き、結城はゆらゆらとハンガー内を歩き、アオトに近づいていく。

 しかし、その歩みはランベルトによって阻まれた。

「ちょっ、嬢ちゃん!? それは駄目だ、本気で駄目だ!!」

「……。」

 ランベルトは両手を広げて進路を塞ぎ忠告してきたが、私が少し近づくとすぐに道を開けてくれた。

「乙女の純情を弄びやがって……」

 やがてアオトを目の前に捉えると、結城はレンチを振りかぶってアオトに襲いかかる。

「お前のせいで諒一に変な勘違いされちゃったじゃないか!!」

「うわっ!?」

 アオトはこちらのレンチを危なげなく避けて、距離を取った。

 結城は離れていくアオトを追いかけるようにしてレンチを振り回す。

 金属製のレンチはかなり重量があるので、当たれば骨の1つや2つは簡単に折れるだろう。

「無駄に悩んだ私の時間を返せ!! 私の2週間返せよ!!」

 そんなことを叫びながらアオトと追いかけっこしていると、いきなり諒一にレンチをもぎ取られてしまった。

「落ち着け結城。」

 レンチは諒一によって遠くへ投げ捨てられてしまい、ついでに羽交い絞めにされてしまった。

 これにより一気に結城の危険レベルは下がり、アオトは安堵したように走るのを止めた。

 しかし、結城の怒りは収まることはなく、その矛先は諒一にも向けられる。

「諒一も分かってたんならあいつがゲイだって教えろよ!! 私……あんな事言われてめちゃくちゃ悩んだんだぞ!!」

 羽交い締めにされたまま至近距離で言うと、諒一はすぐに謝ってきた。

「ごめん。でもちゃんと勘違いを解こうとして……」

 諒一に謝罪され、結城も少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

 勘違いしていたのは自分なのだ。アオトの事をよく調べなかった自分にも否がある。

 そう考えると、激情に任せて取り乱してしまったことが恥ずかしく思えた。

「言い訳はいい。後で覚悟しておけ……。」

 諒一のことは後回しにして、結城はアオトに顔を向ける。

 アオトは私の諒一への扱いに不満を感じているのか、諒一を擁護するように私と対峙してきた。

「ひどい女だ……。この試合に勝ってお前からリョーイチを開放する!!」

 あまりにも勝手なアオトの主張に、結城はすぐに反論する。

「勝敗なんか関係ない、そんなの勝手に決めるな!!」

 しかし、こっちの言い分をさらりと無視してアオトは主張し続ける。

「人の気持ちは分からないものだ。俺が勝てばその戦いっぷりにリョーイチが惚れる可能性だってある!!」

「ないよ!!」

 咄嗟に結城が反応すると、それに続いて諒一も「ないな。」と言い、ついでに遠くで様子を見守っていたランベルトも「ありえねーよ。」とツッコミを入れていた。

 誰からも賛同を得られなかったアオトは小さく笑い、声高々に宣言する。

「フッ……何とでも言うがいいさ。俺は絶対に勝ってリョーイチを手に入れてみせる!!」

 それに対抗するように、結城も一際大きな声を出す。

「馬鹿野郎!! 諒一は私の物だ!!」

 そう言ってすぐ、結城はとんでもないことを発言してしまったことに気がついた。

「……あ。」

 結城は狼狽えながらアオトから目を離し、諒一の方へゆっくりと顔を向ける。

 諒一は複雑そうな表情でこちらの様子を窺っていた。

「ゆ、結城? さっきのは……」

 もしかして、私のセリフが聞こえなかったのかもしれない。そうだ、聞こえ無かったに違いない。

 頭では聞こえていないはずはないと分かっていても、結城はそれを認めたくなかった。

 あんなセリフ、もし諒一に聞かれていたら恥ずかしさで死んでしまう。

「嬢ちゃんも言うじゃねーか。“私の物だ”なんてセリフ、そうそう言えるもんじゃ……」

 ランベルトが言い終える前に、私の頭の中で何かが切れる音がした。


  6

 

 先ほどは急に錯乱したタカノユウキを取り押さえるのに苦労した。

 女子学生と聞いていたのに、あんなに力があるとは想定外だった。男三人がかりでやっと抑えることができたのだから、俺がアール・ブランのハンガーにお邪魔してなかったら大変なことになっていただろう。

 そもそも、タカノユウキがあんなことになったのは俺の責任なのかもしれない。

 ただ、いまいちその理由がわからない。

 リョーイチとは何も無いと言っていたのに、いざ俺が交際を申し込むとそれを妨害する……。やはり、タカノユウキはリョーイチとただならぬ関係にあったと考えるのが自然だろう。

 それが分かっていれば、俺もタカノユウキの目が届かない所でリョーイチに交際を申し込んだのに……。つまり、嘘をついていたタカノユウキが悪いということだ。

 それはそれとして、錯乱して暴れる彼女を無理やりコックピットに押し込んだのだが、あれで大丈夫なのだろうか。

 取り押さえる最中も、彼女は何やら母国語らしき言語で「イヤー!!」とか「ワスレロ!!」とか「シンデヤル!!」などと叫んでいたのだが、あれはどういう意味なのか……全くの謎である。

 ――リョーイチの話に戻ろう。

 リョーイチ君からの返事は素っ気ないものだったが、思い切り拒絶したわけではないようだし、まだ望みはある。

 この試合に見事に勝てば俺への好感度も上がることだろう。

 ……それにしてもリョーイチ君はいい。

 守ってあげたいという雰囲気を感じさせられながらも、同時に守られたいという思いも感じる。陰と陽、正と負、強と弱が混ざったような神秘的な男性だ。

 あの不思議な魅力に俺は取り憑かれてしまったのだ。

 何としても彼の気持ちを手に入れたい。

 今まで何人もの男性と付き合ってきたが、これほど心焦がれる思いを一度でも感じたことがあっただろうか。……いや、ない。

 そんなことをコックピット内部で考えていると、アリーナに実況者の声が響きだした。

<それではそれそれのチームの紹介に移りたいと思います。まずは……>

 紹介されながら、俺はアリーナの向こう側に視線を向ける。

 そこにはアール・ブランのVF、アカネスミレが立っていた。

 真っ赤なボディが目立つそれは、オリジナルのVFだと聞いている。性能も高く、単純な数値で言うと向こうのほうが圧倒的に有利だろう。

 対するこちらのVFはダグラスのハイエンドモデルだ。あまり改造はしておらず、アーム部分に武器接続用のジョイントシステムが追加されている程度だ。

 そのおかげであまり金は掛かっていない、らしい。

 ……VFについて色々と考えている内に、実況者の紹介もすぐに終わる。

 その間、相対するアカネスミレは微動だにしなかった。……タカノユウキはまだコックピット内で錯乱しているに違いない。

 これは絶好のチャンスだ。

 上手く行けばあちらが冷静さを取り戻す前に決着をつけることができる。

 俺の武器、『アブレイシブウィップ』のリーチがあれば、すぐにでも相手の頭部を跳ね飛ばすことができるだろう……。

<それでは試合開始です!!>

 その言葉の後にブザーが鳴り響き、俺は手に持っていた鞭を展開させてアームに接続する。

 この鞭には各所に鋭い刃が付いている、言わば鞭とヤスリを組み合わせたような武器だ。

 ムチの速度と俺の操作技術が組み合わされれば、相手のリーチの外から好きなようにいたぶることができるというわけだ。

(一撃目で終了だ!!)

 鞭にタメを作り、一気に向こうの頭部めがけて振る。スナップを効かせたその振りの勢いはすぐに鞭の先端にまで到達し、先端の速度はいとも容易く音速を超える。

 「ぱんっ」という空気の壁を裂く音が周囲に響き、それと同時に鞭は正確に相手の頭部パーツに襲いかかった。

 しかし、俺の鞭はアカネスミレの頭部に届く前に遮られてしまう。

 なんと、アカネスミレは俺の鞭の先っぽを片手で掴んでいたのだ。

(う、嘘だろ……音速だぞ……!?)

 今まで回避されたことはあっても、鞭を直接掴んで止められたことなど一度もなかった。

 そもそも、あれを掴める事自体がおかしい。こちらの鞭の威力を考えると、相手のアームは千切れ飛んでいるはずなのだ。

 もし鞭を掴めるとしたら、当然向こう側も音速でアームを動かす必要がある。

 だが、そんなことは……

「有り得ない……。」

 そう呟いた瞬間にアカネスミレが鞭を引っ張り、俺はVFごとアリーナの床に叩きつけられ、そのまま引きずられてしまった。

 しかし地面にへばりついていたのも束の間のことで、相手はすぐに体を回転させて、ハンマー投げの容量で鞭ごと俺を投げ飛ばした。

 いとも簡単にこちらのVFは宙に浮き、海に向けて飛ばされていく。

(く……。)

 俺はとっさに鞭をアームパーツから切り離すように操作したが、既にその時には十分な勢いがついており……

<アカネスミレ、鞭ごと相手を豪快に投げ飛ばしました!!>

 俺は実況者の声を聞きながら宙を飛び、そのまま場外の海に着水した。

 果たして、過去にここまで飛ばされたVFは存在するのだろうか……。そんなことが思い浮かぶほど遠くに飛ばされた気がする。

(最大飛距離が出たか……。またVFBの歴史に名を残す事になってしまったな。)

 俺は無意識の内にそんなことを考えて現実逃避をしていた。


  7


 結城が次に目覚めたのはアオトとの雌雄が決してからだった。

(あれ? 確か私はハンガーで……)

 アカネスミレの視線の先、HMD越しには遠方の海面が映し出されており、そこには大きな水しぶきが立っていた。

 水しぶきは一度で終了し、それ以降は何も起こらなかった。

 結城が海から視線を外すと、アカネスミレの手に見たこともない鞭が握られていた。

 ……その先に持ち主の姿は無い。

 いったい、今はどういう状況なのだろうか……。

(やばい、記憶が飛んでる……。)

 結城が鞭を持ったままオロオロしていると、やがてアリーナに実況者のアナウンスが響いてきた。

<試合終了です。スエファネッツの場外負けとなり、勝者はアール・ブランのユウキ選手となります。>

 無意識の内にアオトを場外にぶっ飛ばしたらしい。

 先ほど海面に発生していた水柱はアオトのVFに拠るものだろうか……。

 あれだけ遠くにVFを飛ばしたのだから、その際の衝撃はかなり大きかったことだろう。……そう考えると、私の記憶が飛んだのもその衝撃のせいかもしれない。

 全く根拠のない考えだったが、それ以外に自分が意識を失う理由が分からなかった。

「落ち着いたか嬢ちゃん。」

 通信機からランベルトの声がして、結城は返事をする。

「大丈夫。ちょっと意識飛んでたみたいだけど全然平気だ。痛いところもないし。」

 なぜかランベルトは恐る恐るといった感じの口調で話していた。

「ずっと叫びっぱなしだったんだが……覚えてないか?」

「叫んでた?」

 そう言われると、少し喉が枯れているような気がしないでもない。

 そんなに私は気合を入れて試合をしていたのだろうか。

「いや、何でもない何でもない……。」

 焦ったように言うと、ランベルトは会話を避けるようにして黙りこくった。

 ……何か様子がおかしい。

「あれ……? そう言えば私、なんかすごく恥ずかしいことを言った気がする。」

 結城は徐々に失っていた記憶を思い出していく。

 その記憶の再起を邪魔するかのようにランベルトは話しかけてくる。

「な、何も言ってねーぞ。なぁ、リョーイチ。」

 ランベルトのフリに応じて、今度は諒一の声が通信機から聞こえてきた。

「そうだ。記憶が曖昧なのもアオトのせいでストレスが爆発したからだろう。」

「ストレス? ……そうだった、あいつはゲイだったんだ。」

 ふと、アオトが水没した海面に目を向ける。

 周辺にはVF回収用の大きな船が数隻ほど集まっており、クレーンを水中に投じていた。

 そんなほのぼのした光景を見つつ、結城は順に記憶を蘇らせていく。

「確か、あいつが諒一に告白して、それで私は……」

「その通りだ結城。結城が試合に勝ってくれたおかげでこっちの貞操は守られた。……もうすぐで勝利者インタビューも始まるし、これ以上は気にすることもないだろう。」

 何やら誤魔化された気がする。

 しかし、そのことを思い出した所であまり意味は無いだろうと感じ、結城は深く考えないようにした。

「……ま、勝てたんだしいいか。」

 結城はそう告げると、ハンガーに戻るべくアカネスミレをリフトの上まで移動させた。



 アカネスミレをハンガーに降ろすと、結城はすぐに勝利者インタビューが行われる部屋にまで移動する。

 試合中の記憶が殆ど無いのでその事を聞かれると困るが、まあ何とかなるだろう。

 部屋に入るとすぐにカメラレンズがこちらに向けられ、壇上に上がって行くまでそれらに追いかけられた。毎回、銃口を向けられているようで落ち着かない。というか、慣れていない分銃口よりもカメラの方が怖いかもしれない。

 グリーンヘアーの実況者、ヘンリーは既に配置についており、結城は軽くお辞儀をしてから用意された少し高めの椅子に腰をおろした。

 するとカメラのシャッター音も控えめになり、会場内の雰囲気も少しだけ落ち着いた。

「ユウキ選手、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

 インタビューはヘンリーの賛辞の言葉で始まった。

「さて、今回は相手がアイドルランナーということで、実のところは戦いづらかったんじゃないですか?」

「なんでですか?」

 こちらがすぐに訊き返すと、ヘンリーは当たり前といった風に答える。

「いや、美形の異性とあっては手を出しにくいでしょう?」

 あんな奴に告白されて少しでも動揺してしまった事を思い出し、急に腹立たしくなってきた。しかもその告白も勘違いだったのだから尚更のことである。

「全く問題ないぞ。むしろ顔面を思い切り殴ってやりたい。」

「なんとも過激な発言です。そんなことを言うとスエファネッツのファンが怒ってしまいますよ?」

「怒りたいのはこっちだ……」

 ぶっきらぼうな発言を続けていると、ヘンリーが心配そうにマイクをこちらに向けてきた。

「ユウキ選手、ご機嫌が優れないようですが。」

「チッ……」

 舌打ちをしてそのマイクから顔を背けると、ヘンリーは「失礼しました」と言って、インタビューに戻る。

「それにしてもユウキ選手、見事な一本勝ちでした。初めからあれを狙っていたんですか?」

(あれ、一本勝ちだったのか……。)

 試合内容について全く記憶が無いというのに、とうとう試合内容について質問されてしまった。

 結城は会話の流れに沿うように、自然な態度で受け答える。

「まあ、そんなところです。」

「先端速度は音速を超えているらしいのですが、それを掴んで投げるとは……。素晴らしい反射神経でした。」

 私はそんな超人じみた芸当までやってみせたらしい。

 結城は自分のことを凄いと思いつつ、その賞賛に対して礼を言う。

「……ありがとうございます。」

 その後、他愛のない話を数分間続けて、ようやく結城は解放された。



(インタビューも久し振りだったな……。)

 ヘンリーの質問から解放された後、結城は更衣室に直行して制服に着替えていた。

 そして今はその更衣室からハンガーに続く扉に手をかけている。

(着替えは……大丈夫だよな。)

 結城はドアノブに手をかけた状態で鏡を見て、ボタンの掛け違いや下着がはみ出ていないかを確認していた。

 ゆったりとできるジャージに着替えたかったのだが、残念なことにジャージは部屋に忘れてきた。自分の忘れっぽさに腹立たしくなってくる……。

 とにかく、身だしなみを確認できた所で結城は更衣室から出てハンガーに足を踏み入れた。

 すると、まず最初に全身ずぶ濡れのアオトが視界に飛び込んできた。

 いくら水没したからといっても、なんでランナーまでずぶ濡れになっているのだろう。

 その姿に驚いてしまった結城は小さな悲鳴を上げてしまい、その声に反応したアオトはこちらの姿を見るやいなや駆け寄ってきた。

 そして、前置きもなくあっさりと負けを認める。

「お前のほうがリョーイチ君に相応しいことを認めてやろう。」

 そう言って更に握手を求めてきた。

「……。」

 結城は咄嗟に手を後ろに回して握手を拒否する。

 アオトはこちらに握手するつもりはないことを3秒ほどで理解し、すぐに私から離れて諒一の元へ移動していった。

 諒一はアカネスミレの近くで待機していたが、アオトに接近されていることを察知するとすぐにその場所から離れた。

 しかし、アオトは諦めることなく諒一を追いかけ続ける。

「流石に今回は諦めるしかないようだ。……今後も絶対に言い寄らないから安心してくれ。」

 アオトは潔く諒一から身を引くことを宣言したが、そう言いながらも執拗に追いかけ続けており全く説得力がない。

 諒一はというと、逃げながらアオトに懇願していた。

「今すぐ諦めてくれませんか。安心できませんから。」

 これ以上ここに居られると諒一の精神衛生に悪いと感じ、結城はアオトを追い払うべく冷たく言い放つ。

「いいからもう帰れよ。うるさいし。」

 すると、こちらのセリフに反応してアオトがその場で立ち止まった。

「言われずとも帰るさ。……だが次こそは」

「だから早く帰れって。」

 畳み込むようにキツく告げると、アオトは口惜しそうに諒一を見つつハンガーの出口に向かっていった。

 これでようやくハンガー内に平穏が訪れると思いきや、そのタイミングでまたしても邪魔者がハンガー内に侵入してきた。

「ははは、完敗だったようだな自称アイドル。実力の伴わないアイドルランナーほど虚しいものはないな!!」

「その通りです。……その点、お兄様は容姿は勿論のこと操作技術にも優れています。もう完璧です。愛してます。」

「そんなに人前で褒めるものではない、妹よ。」

「お兄様……。」

 リオネルはリュリュと共に寸劇じみたやり取りをしており、当然アオトはそれに反応を示した。

「2NDリーグの雑魚ランナーが何を言っても俺には届かないな……。そういうことは俺と同じステージ立ってから言ってもらおうか!!」

「何を……!!」

(全くこの2人は……)

 またしても喧嘩を始めた2人にあきれ返っていると、珍しい客がハンガーに顔をのぞかせてきた。

「ようユウキにリョーイチ、完勝だったな。」

 それはジクスだった。

 ジクスの後ろにはニコライと槻矢くんがいて、目を輝かせながらハンガー内を見渡していた。

(そういやそんな約束してたな。)

 すっかり忘れていたが、この事をランベルトに話しておいたことだけは覚えている。

 この様子だと上手く手配してくれたようだ。

「……って、あそこにいるのはアオトにリオネル!?」

 アール・ブランのハンガー内にいる筈がない人物を見て興奮したのか、ジクスは2人の名前を呼んでしまった。

 その声を聞き、喧嘩をしていた2人の動きが止まる。

 そしてアオトは声を上げたジクスを品定めするような目で観察し始めた。

「……彼は?」

 アオトはさっきまでの執拗な態度が嘘であったかのように、普通の口調で諒一に質問をする。

 諒一は迷う様子も見せず、淡々と情報を伝えた。

「ジクスと言って……同じエンジニアリングコースに通っています。」

「ジクス、いい名前じゃないか。それに……とても逞しい。」

 アオトはリオネルそっちのけでジクスの傍らに近寄り、フレンドリーに背中をポンポンと叩く。

 ジクスは急にそんなことをされて緊張しているようだった。

「……ジクス君っていうのか……。どこのジムに通ってるんだい? 今度連れて行ってくれないかな。」

 気軽に話しかけながらもアオトの手は背中から腰へと移動し、やがてお尻にまで到達した。

 この時点でジクスはようやく悟ったらしく、初心な乙女のような動きでアオトから距離を取った。

「まて、待て、待ってくれ。筋トレは好きだが、括約筋まで鍛えるつもりはない。」

 結城はそのセリフの意味がいまいち理解できずにいたが、ニコライは分かっているらしく、アオトを回避するようにこちら側まで移動していた。

「俺、生まれて初めて筋肉を鍛えてなくて良かったと思ったぜ……。」

「僕もです……。」

 槻矢くんはニコライの腕をしっかと掴んで震えていた。よほど恐怖を感じているのだろう。

(可哀想に……。)

 それを哀れに思いつつ、結城はジクスに目を向け直す。

 そして素朴な疑問を口にしてみた。

「アオトがゲイだって知ったら、女性ファンが怒り狂うんじゃないか……?」

 慕っているアイドルがアブノーマルだということになれば、ファンはショックを受けるに違いない。……でも、アオトに関しては噂が出回っているようだし、ファンもそれを知らないわけがない。

 どの程度の人がこの事実を知っているのだろうか……。

 この疑問に答えてくれたのはリュリュだった。

「逆に考えれば女が寄り付かないわけですから、ファンは安心なんじゃないでしょうか。」

 リュリュは事も無げに言った。

 その思考は結城には理解しづらいものだったが、リュリュがそう言うのだからそうなんだろう。

「そんなもんか……。」

 私なら、好きな男が同性愛者だと発覚すれば、ひと月位断食してしまうくらいのショックを受けるだろう。

 必死にアオトの誘いを拒絶しているジクスを眺めていると、リュリュがポツリと呟いた。

「と言いますか、むしろそのほうが……」

「何だリュリュ……?」

 よく聞き取れず、結城は音を拾うようにリュリュに耳を近づける。

 しかし、すぐにリュリュはハッとしたように口をつぐみ、下を向いた。

「……忘れて下さい。」

 リュリュはそれ以上は何も言わず、渋い表情を見せていた。それは、自己嫌悪に陥っているように見えた。

 ……その後、ジクスは何とかアオトの誘いを断ることができ、振られたアオトはすぐにハンガーから出ていった。

 その結果、貼り合う相手がいなくなり、リオネルもハンガーから出ていき、それに続くようにしてリュリュもハンガーを後にする。

 するとハンガーは静けさを取り戻し、ようやく落ち着いた雰囲気になった。

 そこでようやくランベルトが発言する。

「これで3勝1敗。開幕時はどうなるかと心配したが、なかなか良い感じに勝ち進んでるじゃねーか。」

 ランベルトは満足そうに言いい、続いてこちらを激励するように親指を立てる。

「この調子で後の3試合もがんばれよ。……つーか、頑張ってください。」

 チーム責任者の切実な願いを耳にしつつ、結城は残りの試合について考える。

(あと3試合しかないのか……。)

 残るチームは『スカイアクセラ』に『クーディン』、そして『ダグラス』だ。

 どこも強いチームと聞いているので、結城はそれらのチームと戦うのが楽しみであった。


 ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます。

 今回は特にストーリーに進展はなく、ホモオチでした。

 スエファネッツには呆気無く勝ちましたが、次にはダグラスとの試合が待ち構えています。ベテランであるセルトレイがどれほどの実力の持ち主か、気になるところです。

 今後とも宜しくお願いします。

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