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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
盲目の獅子
32/51

【盲目の獅子】序章

 これまでのあらすじ

 VFランナーとして2NDリーグを制覇して1STリーグに臨んだ結城であったが、数々の事件や、七宮から受けたトラウマによりランナーを引退するというところまで追い詰められる。

 しかし、ツルカや諒一の説得により結城はやる気を取り戻し、イクセルとの試合では自分の実力の限界を超えることができた。

 その後イクセルは引退してしまったが、代わりにツルカがランナーとして出場することとなった。

序章


  1


 海洋に浮かぶ海上都市群。

 この建造プロジェクトは複数の国家が共同で立ち上げたもので、地球環境を維持するという目的の一環で推し進められた。

 周囲の環境への影響を最小限に抑え、単独で自給自足できる……言わば小さな国家並みの循環システムを目指して試験的に造られた。だが、そのフロート群も当初の目的から逸れてしまい、今となっては海上の観光地としての色が強い。

 今後、陸だけではなく海上にも人の住めるスペースを確保することは必須なのだが、領土や領海の問題もあってか、同じようなフロート群の建造は滞ったままだ。

 海上都市群のシステムそれ自体は問題ないので、問題があるとするならばそれは技術的なものではなく人的なもの……つまり国家間の問題だろう。

 それを解決するべく、この計画に参加していた大半の国それぞれが大使館のような施設を試験的に設置している……と企業学校では教えられている。

 ……難しい話はよく分からないが、とにかくこの海上都市群は複雑な状況の上で成り立っている場所だということだ。

 ――そんな海上都市群から少し離れた位置に1STリーグのアリーナは設置されている。

 流れ弾が他のフロートに飛ばないように遠方に配置されているわけだが、実際に流れ弾が他のものに当たったという記録はない。

 これはランナーの技量に拠るものが大きいと結城は思っている。

 もし素人があんな開けた場所で試合をすれば、話はまた違っていただろう。

(ま、飛び道具を使ってるチームはほとんどいないんだけどな……。)

 現在、結城はそのアリーナを見ていた。

 何もないまっ平らなアリーナの上には2体の影がある。

 片方は頭部から伸びる金属製の髪が特徴の、スリムなボディを持つVF、ファスナ。

 もう片方は真っ黒なボディに巨大な日本刀を持つVF、リアトリスだった。

 ……2体は試合の真っ最中で、かなり近距離で激しい攻防を繰り広げていた。

(すごいな。ゲームみたいだ……。)

 本当にそう思いつつ、結城は高速で格闘している2体の動きを目で追う。

 やはり、モニター越しに観戦するよりも生で見たほうが迫力がある。

(でも、本当にこんな場所から観戦していいものか……。)

 結城はオルネラの許可を得てキルヒアイゼンの司令室から観戦していた。

 室内ではオルネラさんの指揮のもと、キルヒアイゼンのサポートスタッフが忙しそうに試合の状況をモニタリングしている。

 こんなに人が入っている司令室を見るのは初めてなので、なにか新鮮な感覚だ。

 だが、その感覚があまり気にならないほど結城は試合に見入っていた。

 結城が司令室の窓に張り付いて観戦していると、アリーナ側から実況者の声が聞こえてきた。

<ツルカ選手、素晴らしい動きです。あの七宮選手にも引けを取りません。……イクセル選手が倒れたと聞いて心配していましたが、やはりイクセル選手の後任ランナーと言うだけのことはあります。>

 ――そう、実況者の言うとおり、今ファスナのコックピットにはイクセルではなくツルカが乗っている。

 ツルカのせいで最小年女性ランナー記録が塗り替えられてしまったわけなのだが、結城は全くそんなことは気にしていない。

 今はその操作技術に感心していた。

 ツルカの操るファスナの動きはイクセルのそれに匹敵するほどで、あのリアトリスの抜刀技もいつもより鈍り、キレがない。

 あまりにも近いせいで余裕を持って刀を振ることができていないいようだ。

 アリーナにいる2体はお互いの攻撃を全て回避しており、まだ無傷の状態にある。

 それだけ実力が拮抗しているということなのか、それとも七宮が遊んでいるのか……どちらか判断しかねるが、目を離せないほど白熱した試合であることに違いはなかった。

 互いの狙いが正確で、しかもそれを紙一重で回避し続けていたため、一種のチャンバラのように見えなくもない。

(戦い方のレベルが違いすぎる……。)

 今まで見ていた試合がじゃれ合いのように思えるほど2体の攻防は速く、息をつく暇さえないほどだった。

 しかし、そのチャンバラ劇も長くは続かない。

 何を思ったか、いきなりファスナは回避するのを止め、高速で振り下ろされた日本刀を手で掴んだのだ。

 それは白刃取りのように型の決まった技ではなく、片手で刀身を強引に掴むという、乱暴な方法であった。

<おっと、ファスナがリアトリスの武器を掴んでしまいました。リアトリスの武器は刀一本だけのようですが、どうなってしまうのでしょうか。>

 リアトリスの刀の刃によってファスナの手は抉れてしまったが、なんとか刀を握ることに成功していた。

 リアトリスは咄嗟に刀を引き抜こうとするも、ファスナがそのままもう片方の手で刀の根元を握ったせいでビクともしなかった。

 そしてファスナは武器を破壊するべく、それを自らの体に引き寄せるようにして膝蹴りを放つ。

 鋼鉄でさえも凹ませるであろうその凶悪な膝蹴りは見事に刀に命中し、それと同時に何かが割れるような甲高い金属音が聞こえた。

 その音を聞いた誰もが刀が破壊されたと思ったことだろう。

 ――しかし、その日本刀は折れていない。

(……え?)

 結城は自分の目を疑った。

 それどころかリアトリスが刃の向きを力づくで変えたせいで、刃が直接ファスナの膝の部分接触し、脚部の装甲が綺麗に裂けていたのだ。

 先ほどの金属音は装甲が破壊された時に出た音だったようだ。

 リアトリスは刀を下げることなく刃を更に押し込でいき、ファスナはそのまま脚を切断されてしまった。

 ファスナの膝蹴りの勢いもあったせいか、刃はスムーズにファスナの脚をすり抜け、すぐに綺麗な切断面が顔を出した。パーツの破片も飛び散ることもなく、後の修理が簡単に済みそうなくらいの斬られっぷりである。

 とにかく、ファスナの脚部は意図的にパーツをパージしたのではないかと疑われるほど、抵抗もなくストンと切られていた。

 状況的にもファスナが自分から刀に向けて蹴りを放ったので『切断された』と言うよりも『自ら足を切ってしまった』と言った方がいいかもしれない。

(やっぱりすごい切れ味だな……。)

 膝から下を失ったファスナは当然のようによろけてしまい、刀を握っていた右手の指も掌ごと切り落とされてしまう。

「ファスナの蹴りでビクともしないなんて……有り得ない。」

 その一連の光景が信じられないようで、オルネラさんはモニターに表示される数値類を繰り返し何度も見て、呟いていた。

 切れ味の良すぎる刀に司令室にいる全員が言葉を失っていた。

 その間も試合は続いており、全く抵抗のできないファスナは右足に続けて左足も切り落とされてしまう。

 足を失ったファスナはアリーナの床に腰を打ち付けるようにして転げ、両手を背後に回して辛うじてバランスを取っていた。

 そんな両足を失ったファスナの姿からは、VFB最強と呼べる程の威厳はもう感じられなかった。

<一気にリアトリスが有利になりました。さて、これからファスナはどうするつもりなのでしょうか。>

 セリフとは裏腹に、実況者の声には諦めの色が混じっていた。

(こうなると、どうしようもないな……。)

 移動手段を失い、ファスナが満足に戦えないというのが分かりきっているのにも関わらず、リアトリスは容赦することなくさらに腕を切り落とし始める。

 振り下ろされた刀の先端は正確にファスナの肩の関節に命中し、ファスナの左アームは木から落ちる枯葉のようにアリーナの地面に落ちた。

 さらにリアトリスは切っ先を右アームの肩口に押し当てる。

 しかし、刀がアームに刺さる直前でリアトリスの動きが止まった。

 ……それと同時にファスナの頭部が自然に外れた。

「ごめん、ツルカちゃん……。」

<キルヒアイゼンのリタイアによりダークガルムの勝利です。>

 どうやらオルネラさんは、ファスナがダルマになる直前でリタイアを宣言したようだ。

 司令室内の空気はとても重苦しかった。

 キルヒアイゼンが敗北することは別に珍しいことではないが、ここまで明確に力の差を見せつけられたことにショックを受けているようだった。

 決してツルカが弱いわけではない。

 ただ単に七宮の実力に及ばなかったというだけだ。

(もしイクセルが戦ってたら……どうなってたんだろう。)

 スタッフ全員がそんなことを思っていただろうと勝手に想像しつつ、結城はツルカを迎えに行くために司令室を出た。


  2

 

 同時刻、結城たちとは別の場所でダークガルムの勝利宣言を聞いている男がいた。

 男はアリーナの上空を遊覧飛行している飛行船の中にいて、窓際からアリーナを見ている状況にあった。

 飛行船の乗客スペースはかなり広く、彼の他にも試合を観戦していた人は大勢いたのだが、試合が終わると同時にそれらの人々は窓際から離れていった。

 しかし、その男だけは窓際から離れず、目線を下に向けていた。

「……あの刀には要注意だな。」

 そう呟いた男の声は低く、ひどく沈みきったものだった。

 彼は独り言を口にしながらも尚アリーナから目を離さない。そんな彼の目は長い前髪に隠れて全く見えず、少し不気味であった。

 ついでに暗い雰囲気も漂わせている彼の名前は『セルトレイ』という。

 現在はダグラスと契約を結んでいるVFランナーであり、ランナー歴はかなり長く、俗に言う“ベテラン”ランナーだ。

 当然ながら年齢も高く、パッと見た感じでは40近くに見える。体格も歳相応の体つきをしており、他の若いランナーと比べるとかなり見劣りする感じだった。

 おまけに少し猫背気味である。

 ……大半の競技においては肉体が若いほど有利であるが、ことVFBに関してはそうとも言い切れない。

 何故なら、VFBは格闘技の延長にあるにも関わらず、直接肉体を使用しないからだ。

 となると、やはり経験や技術やが勝敗を分けることになる。

 そして、セルトレイには長年培ってきた経験という強力な武器があった。

 ……勿論、直感やセンスなども必要ではあるが、セルトレイはそれらの差を埋めるくらいの反射神経を持っていると自負している。ただ、その反射神経が発揮できるのはVFBの時だけであった。

 ――そんなランナーの資質と同じくらい重要なのはVF自体の性能だ。

 ランナーを脳に例えるならばVFは肉体である。いくら頭が良くても肉体が弱ければどうしようもない。

 つまり、当然のごとくVFも勝利のための重要なファクターなのだ。

 ……今までは自分に合うような強い肉体がなく、かなり長い間辛酸をなめてきた。……しかし、今シーズンになってようやく強い肉体に……自分と相性バッチリの『サマル』という名のVFに巡り会えたのだ。

 セルトレイはこのチャンスを逃すつもりはなかった。

「久々に生で観戦をしたが、空から見るのも悪くないな。」

 考え事をしながらアリーナを見ていると、不意に背後から老いた声が……老いている割には張りのある声が聞こえてきた。

 セルトレイはその声に反応してアリーナから目を離して乗客スペース側に振り向く。

 すると、目の前に大柄で禿頭の初老の男――ガレス・ダグラスが立っていた。

 ダグラス社のトップであるガレスは、こちらと立ち変わるようにして窓に近づき、目下に広がる海を……その海に浮いているアリーナを眺める。

「……最近のVFはあんなに素早く動けたのか、全く驚きだな。」

 話しかけられているように感じ、セルトレイはすぐに答える。

「いいえ、あれはランナーの操作技術が人の限界を超えているだけです。」

 こちらが答えるとガレスは「ふうん」と興味なさげに生返事をした。そして、話題をダークガルムのランナーである『七宮』へと移行させていく。

「長いブランクにも関わらずキルヒアイゼンに圧勝とは……全くバケモノだな、七宮という男は。お前が一度も勝てなかったというのも頷ける。」

 確かにガレスの言うとおり、七宮宗生という男は強い。

 あのイクセルと張り合えたランナーなのだから、強くて当然なのだ。……5年や6年のブランクは問題ではないのだろう。

 ついでに、セルトレイはあの『リアトリス』というVFのことも気になっていた。

 アール・ブランの『アカネスミレ』にそっくりなあのVF……。

 あの弱小チームだったアール・ブランが技術を提供した後は考えにくいし、……となれば、ダークガルムがリアトリスの前身となるVFをアール・ブランに使わせていたのだろうか。

 しかし、なぜそんなことをする必要があるのか、その理由が全く不明であった。

「――で、あの七宮には勝てるのか?」

 ガレスは確認するようにこちらに問いかけてきた。

 あんな試合を見た後で自信満々に“勝てます”と宣言できるほど、セルトレイは自分の実力を過大評価する男ではなかった。

「難しいですがボーナス報酬のために努力しましょう。」

 その言い方が気に食わなかったのか、ガレスは「こいつめ……」と言いながらこちらを睨みつけてきた。

 しかし、十数秒ほど睨むと表情筋がゆるみ、ガレスはこちらから目を逸らす。

「……まぁいい。ダークガルムと当たるのはシーズンの最終試合だ。それまで他の雑魚チームで体を慣らしておけ。」

 そうぶっきら棒に言い捨てるとガレスは窓際から離れ、飛行船の中央部へ行ってしまった。

(……相変わらず傲慢な爺さんだ。)

 セルトレイはガレスの招待に応じてこの飛行船に乗ってしまったことを若干後悔していた。

 まさか、こんな所に来てまでプレッシャーを掛けられるとは思ってもいなかったからだ。

 VFBは自分達のようなランナーのおかげで成り立っているのだから、もう少し礼儀正しく接して欲しいものだ。

「あれが世界に名だたる企業の社長だとは……世も末だな……。」

 あれがVFを世に広めた立役者かと思うととても虚しい気持ちになってくる。

 こんな気持ちを味合わされるくらいなら、いつも通りに普通の船から観戦すれば良かったかもしれない。

 そんなことを思っていると、視界に見覚えのある顔が飛び込んできた。

 スーツとネクタイが似合う彼は焦った様子でこちらに向かって歩いてきた。

「すみませんセルトレイさん。社長がなにか失礼なことでも……?」

 そんなに自分は気分を悪くしたような表情をしていただろうか。目元は完全に隠れて眉も見えないわけだし、表情は読み取りづらいはずなのだが……。

 この男は人の機嫌を察知する能力に優れているのかもしれない。

 実際には不機嫌だったが、正直にそれを言うとあまりにも可哀想なので模範的な答えをその男に伝えることにした。

「別に気にしてませんよ。」

 ゆったりとした口調で話すと、彼は胸をなでおろしたように安堵の溜息をついた。

 ……彼はダグラス社長の秘書だったはずだ。確か名前は『ベイル』だと記憶している。

 いちいちこんなフォローをしなければならず、気苦労が多いのだろう。セルトレイは同情のセリフをベイルに送る。

「大変ですね。あんな社長の面倒を見なければならないなんて。」

 こちらの言葉に対し、ベイルは諦めたような感じで応えた。

「仕事ですから……。それに、この苦労に見合うだけの報酬は貰っていますし……。」

「やっぱり、あの社長には不満なようですね。」

 ベイルは「はい」と言いかけたが、すぐに口をつぐんで別の話題をこちらに振ってきた。

「そ、それにしても、先程は本当に電光石火の戦いでしたね。セルトレイさんもあんな感じで戦えたりするんですか?」

「無理です。」

「そんなあっさり言われなくても……。」

 こちらが即答したことに対し、ベイルは気まずそうに苦笑していた。

 “無理です”と言っただけではベイルも不安に思うだろうと考え、セルトレイは話を展開させてみることにした。

「はっきり言ってあれは天才と天才の戦いですよ。一つの操作ミスが負けを招く、そんな戦いです。……ただ、私はそんな状況に持ち込ませないように誘導できる自信があります。手先の格闘で劣っていても戦術で負けているつもりはありませんから。」

 こんな説明でも満足してくれたのか、ベイルの表情に力が戻っているように思えた。

「セルトレイさん、すごく頼もしいです。」

 そして、何故かベイルはこちらに握手を求めてきた。

 セルトレイは「どうも」と短く返事をし、差し出された手を軽く握る。

 試合に勝ってボーナスを貰ったらこの男に何か奢ってやろう。

「おいベイル!! さっさとこっちに来い!!」

 その和やかな会話を断ち切るように、遠くからガレスの怒鳴り声が聞こえてきた。

 ベイルは「すみません!!」と上に向けて叫び、こちらから手を放す。そして一礼すると飛行船の中央部へと姿を消した。

「大変だな……。」

 話を終えると、セルトレイは再び外に目を向ける。すると、アリーナにリアトリスの姿は既になく、脚を失ったファスナだけがアリーナに取り残されていた。

 そのファスナもハンガー直通のリフトに載せられていく。

 その頃にはもう飛行船は遊覧飛行を止めており、発着場のある近くのフロートに舵を切っていた。


  3


 ファスナがリフトに載せられて回収されて行くのを見届け、結城はキルヒアイゼンのハンガーへ向かった。

 ハンガーの扉の前にはキルヒアイゼンのスタッフがいたが、こちらが何も言わずとも中に通してくれた。

 顔パスできたことに気を良くしながら中に入ると、既にファスナはハンガーに到着しており、丁度よくツルカがコックピットから出てくるところだった。

 それを見て結城は歩くスピードを上げてリフトの近くまで移動する。

 そして、ツルカが完全にコックピットから這い出した所で声をかけた。

「ツルカおつかれ。」

 その言葉に反応し、ツルカは顔をこちらに向けた……が、HMDを被っていたためその表情は全くわからない。

 しかし、こちらの位置は分かったいるようで、ツルカはスタッフの手を借りてファスナから降りると私の目前まで一直線に歩いてきた。

 そこでようやくツルカはHMDを脱ぐ。

 すると、汗ばんだ匂いと共に銀の長い髪がこぼれ、その髪は滑らかなランナースーツの表面にペタリとくっついた。

「やっぱり演習と違ってかなり疲れる……というか暑い。」

 そう言っている間にツルカは女性スタッフによって頭にタオルを被せられ、ついでに汗を拭き取られていく。

 そんな様子を見ながら結城は暑い原因を指摘する。

「流石に、それだけプロテクター付けてたら暑いだろうな。」

「そうだけど仕方ないだろ。お姉ちゃんに“これ付けないと試合に出さない”って言われたんだから。」

 ツルカはランナースーツを着ていたが、それはスーツと言うよりは一種の鎧のようであった。

 どうやら、これのせいで倒れたVFから自力で出て来られなかったようだ。スタッフが手を貸していたのもこの事を十分に承知していたからなのだろう。

 ツルカは、首元から腰にかけてをみっちりと覆っている一体型プロテクターを着用させられていた。また、胴体だけでなく腕にも同じようなデザインのプロテクターが付けられていた。

更に足にも太いプロテクターがあり、歩くたびにそれがすれ合う鈍重な音が聞こえていた。

 素材は軽くて硬いものなのだろうが、体を余すところなくカバーされており、まさに完全防備といった感じだった。

(ま、あの刀はコックピットの素材を貫通できるんだし、ここまで過剰にプロテクターを付けるのも当然といえば当然か……。)

 かなり過剰な防御体勢だが、これがオルネラさんの妥協点だったのだろう。

「ユウキ、なにか冷たい物あるか? ボク暑くて死にそうだ……。」

「えーと……」

 ここはキルヒアイゼンのハンガーなのだ。飲み物の場所など知る由もない。

 しかし、話を聞いていたのか、ツルカの髪を拭いていたスタッフが「分かりました」と言って飲み物を取りに行ってくれた。

 その間、ツルカはタオルを頭に被せたままプロテクター類を次々に脱ぎ去っていく。

 プロテクターはその見た目とは裏腹に脱着が容易らしく、数カ所の固定バンドを外しただけで簡単にツルカの体から剥がれ落ちていた。

 ツルカは次々にプロテクターを外していき、最終的に体のラインがはっきりとわかる、ダイビングスーツのような姿になった。

 しかしそれだけでは足りないのか、ツルカは更に涼を求めるべく首元から肩、そして手先にかけてを覆っているランナースーツのパーツを豪快に取り外した。

 その結果、腕を覆うものは無くなり、脇の位置から上にある肌があらわになる。やはりかなり暑さを感じていたようで、鎖骨と首の境目にあるくぼみには汗の粒が溜まっていた。

 このまま全部脱いでしまうのではないかと心配した結城だったが、ツルカはそれでようやく涼しさを得ることができたらしく、満足気な表情を浮かべていた。

 ……が、その表情もすぐに消え去りツルカは悔しげに呟き出す。

「くっそー、なんだあの刀は……。こっちの装甲が豆腐みたいに……」

 やはり、司令室にいたスタッフと同じく、刀が折れなかったことを不可解に思っていたようだ。

 結城もそれに同意する。

「本当にあれは滅茶苦茶だよな。どういう仕組みなんだろうか……。」

 超音波振動ブレードのような機構は見られないし、何かの新技術でも用いているのだろうか……。色々と考えていると背後から疑問形の声が聞こえてきた。

「トウフって……?」

 飲み物を持ってきてくれたのは先ほどのスタッフではなくオルネラさんだった。

 オルネラさんは作業を中断して話しに来てくれたらしく、ゴツいグローブを手に装着していた。

 ツルカはオルネラさんが差し出したボトルと受け取ると、すぐにそれを口に運ぶ。そしてそれを5,6口飲むと、ツルカは豆腐についてオルネラさんに説明し始める。

「豆腐は日本の料理の名前で……すっごく柔らかくて美味しいんだ。」

「へぇ……お菓子か何かなの?」

 本当に豆腐のことを知らないらしい。

 結構何でも知っているというイメージを持っていたのだが、よく知っているのはVFに関することだけなのだろう。

 ツルカも豆腐がお菓子でないかどうか迷っているのか、自信なさげに話す。

「いや、リョーイチは大豆から作ってるから健康にいいとか何とか言ってたから、お菓子じゃないと思う。甘くないし……」

 ツルカの言葉を聞き、結城も豆腐について少し考える。

(そういや、あれってどこで買ってるんだろ……)

 まさか諒一が自分で作っているわけではないだろうし、どこかに専門店でもあるのだろうか。

 ……ある意味、リアトリスの刀よりも謎かもしれない。

「そうなの、健康にいいのね……私も食べてみたいわ。」

 オルネラさんは未知の食べ物であるトウフの姿を想像しているのか、その目線は上に向けられていた。

 今度諒一に用意してもらおうかと思っていると、遠くで「チーフ、こちらへ!!」と、スタッフがオルネラさんを呼ぶ声が聞こえてきた。

 オルネラさんはその声に対してすぐに「わかりました。」と答え、こちらに小さく手を振って去っていってしまった。

 ツルカはそれを見届けながらボトルの中のドリンクをすべて飲み干し、続いて近くにある機材の上に座る。そして、背中を丸めて地面に向けて疲労のため息を吐いた。

「はぁ……。」

 特に息が乱れているわけではないので、3週間前の私と同じく筋肉疲労しているのかもしれない。

 私の場合、筋肉痛は3日ほど続き、更にその後の2日間も軽い痛みが尾を引いた。

 あの時は試合中に慣れないことをしたので筋肉痛が発生したのだと思っている。なので、今後は試合の度にあんな事にはならないはずだ……と思いたい。

 あの時の辛さを知っているので、なるべくツルカの痛みが引くように結城はマッサージをしてやることにした。

 そのために結城は、だらしなく座っているツルカの背後に周り、その小さな肩に両手を載せる。……その際、肩と手の間に髪を挟んでしまわぬよう、腕の外側から肩にかけてを撫でるようにして肩を掴んだ。

 ツルカの肩は思ったよりも弾力があり、結城は無意識の内にその肩を軽く揉んでいた。

「ユウキ?」

 肩を触られてようやくツルカは顔を上げる。

 そして、何とかこちらに振り向こうとしていたが、私が肩を掴んでいるので首しか回らず完全にこちらを見ることはできていないようだった。

「マッサージしてあげるから、……ほら。」

 若干戸惑っているツルカを見ながら、結城は本格的に手に力を込める。

 すると、丸まっていたツルカの背中が逆に反り返り、こちらに向きかけていた顔もすぐに正面に戻ってしまった。

 その時に「あっ」という声も聞こえてきた。……どうやら肩もみは効いているらしい。

 しかししばらく揉み続けていると、筋肉がほとんど凝っていないということに気がついた。

(……あれ?)

 結城は一度肩から手を離し、腕の筋肉も揉んで触ってみる。……が、ツルカが痛がる様子はない。

 私の場合だと少し動かすだけでも痛かったのに、この様子だと筋肉痛は軽いものなのかもしれない。

(やっぱり足とかの方が筋肉痛がきついのか……?)

 どこが痛いのだろうかと思い、結城は腕ではなく腰や足にまで手を伸ばし、感触を確かめるようにして揉んでいく。

 だが、どこを触ってもツルカは平気な顔をしていた。

 ……どうやら筋肉痛でも何でもなく、ただ単に疲れていただけのようだ。

「ちょっとユウキ、みんなが見てるから……。」

「え?」

 ツルカの声に促されて結城は周囲に注意を向ける。すると、多くのスタッフが私を疑いの目で見ていた。

(あぁ……。)

 少女の体をベタベタ触っていて不審に思われないわけがない。

 結城は咄嗟にツルカから手を離し、取り繕うように試合についての話題を振った。

「そ、そういえば、リタイアで残念だったな。」

 両足を失って勝てるわけがないので仕方ないと思ったが、すぐに結城は一度だけ両足が動かない状態で試合に勝利したことがあったことを思い出す。

 あの時は膝を撃ちぬかれただけだった上、相手のVF『ヴァルジウス』もすっ転んでいたので何とかなった。

 なので、リアトリス相手となれば天地がひっくり返ったって勝てる可能性はない。

 そんなことを思い返していると、すぐにツルカから返事が返ってきた。

「ボクは別に気にしてないぞ。お姉ちゃんの判断は間違ってなかったと思うし。……ただ、正式なデビュー戦でボロ負けだったのは悔しいかもな。」

 表情はいつも通りだが、やはり悔しいものは悔しいらしい。

 先ほどの溜息も、ただ単に負けて悔しいから自然と漏れたのだろう。

「……でも、ファスナはやっぱりいいな。ボクにとっては最高のVFだ。」

 ツルカはなんとも言えぬ表情でファスナを見ていた。

 ずっとファスナの試合様子を見ていたのだから、愛着のようなものがあるに違いない。

 私だって一年足らずでアカネスミレにゾッコンなのだから、ツルカのファスナへの愛着は相当なものだろう。

 ……そのファスナは現在、破損した部分を切り離されている最中で、脚部は股関節部分から切り離されてトレーラーに載せられていた。

 どうやら脚のない状態でハンガーからラボへと運ぶようだ。

 ――と、その作業スタッフの中に諒一の姿を見つけた。

(あれ、諒一だよな……。)

 一体こんな所で何をやっているのだろうか。

 諒一はオルネラさんに何か指示を受けているらしく、すぐ近くで何やらメモをとっている様子だった。

「諒一も手伝ってるんだけど……あれ、いいのか?」

 ツルカに確認するように訊いてみると、ツルカの目線も諒一のいる方向へ向けられる。

「お姉ちゃん一人でFAMフレームを2つ管理するのは大変だからな。少しでも教えておけばアカネスミレを楽に整備できると思ってるんだろ。」

「……。」

 なるほど、オルネラさんは自分の時間を割いてまでもアカネスミレの事を考えてくれているようだ。

 あれだけ懇切丁寧に面倒をみてくれていれば、すぐに諒一はランベルトよりもFAMフレームに詳しくなってしまいそうだ。

(本当にオルネラさんには頭が上がらないな……。)

 諒一もキルヒアイゼンのチーム責任者から直接教えを受けることができ、さぞ嬉しいことだろう。

 結城とツルカの2人はファスナが解体されていく様子を眺めていた。

 その後しばらくはそうしてぼーっと眺めていたが、数分経った所でツルカが機材の上から降り、こちらの服を引っ張ってきた。

「そろそろ着替えたいんだけど、……手伝ってくれないか?」

 ランナースーツは比較的締め付けが強く、休むのに適したものではない。

 それを十分に理解していたので、結城はすぐにツルカの願いを聞き入れることにした。

「わかった、それじゃあ更衣室に……」

 早速移動しようとハンガー内にある更衣室の出入り口に足を向けた途端、ハンガーの扉が豪快に開き、そこから部外者らしき男性が勢い良く侵入してきた。

 男性は扉を開けたままその場で仁王立ちし、腰に手を当てて声高々に名乗りをあげる。

「俺の名前はアオト!! ――ここにタカノユウキがいると聞いて来た!!」

(また変なのが来たよ……。)

 その声は男性にしては比較的高めだった。

 また、セリフはともかく、その喋り方は何故かミュージカルっぽかった。

 どうやら私に用事があるらしい。しかし、面倒だったのであまり関わりたくはなかった。

(更衣室に隠れてるか……。)

 結城はあまり目立たぬよう、知らぬ素振りでツルカと共に更衣室に向かってゆっくりと歩いていく。

 しかし、ツルカを含めたスタッフの目線は私に集中しており、その男性にすぐに居場所がバレてしまった。

「そこにいたのかタカノユウキ!!」

 その男性は華麗にハンガーの入口を抜け、こちらに向けて移動してくる。

 まだ距離があってよく顔が見えないが、雰囲気としては私と同年代のように感じられた。

 しかし、なんでスタッフはあの怪しさ満点の男を止めないのだろうか。もしかして私が知らないだけで、あの男もキルヒアイゼンのメンバーか何かなのだろうか……。

 そんなことを考えていると自然と疑問の言葉を呟いていた。

「あれ、誰なんだ……?」

「アオト・ネクティレル――『スエファネッツ』のVFランナーだ。」

「へぇ、ランナーだったのか……って、諒一!?」

 騒ぎを聞きつけたのか、諒一がいつの間にかこちらに合流していた。

 ついさっきまでファスナの近くにいたのに、この数十メートルの距離を数秒で詰めるとは……まったく頼もしい幼馴染である。

 結城は諒一の説明を受け、その名前に聞き覚えがあることに気がついた。

「ああ、あのアイドルランナーか。」

 テレビでもたまに見かけるし、海上都市群だと中央エレベーターやバスとかに乗る時に結構な頻度で彼の歌が流れている。

 ツルカも『アオト』のことを知っているらしく、私の言葉を肯定するように話す。

「そうそう、1STリーグに出場できているのが不思議に思えるくらい、試合戦績が冴えない奴だ。格好良いのだけが取り柄らしいぞ。」

 酷い言われようだが、1STリーグのVFランナーは二足のわらじで務まるほど甘いものではない。

 宣伝をするのは仕方ないにしても、そういうのはもっと下位のリーグでやるべきではないだろうか。

(そう言えば、クライトマンのリオネルもそれっぽいけど、あれはまた違うのか……?)

 リオネルは普通にランナーとして人気があるだけで、アオトのように一般人の知名度はあまり高くない。が、この海上都市に住んでいる人の大半はVFのファンか、それに準ずる人なので、あまり一般人とかは関係ないかもしれない。

 ハンガーにいきなり現れた男『アオト』は淀むことなく歩き、やがて私の目前にまで到達した。

(へぇ……。)

 近くで見るとツルカの言った通りなかなかいい男であった。

 髪は短く刈り上げられており、爽やかでいてしっかりとした面構えをしている。また、無駄に着飾っているわけでもなく服装もシンプルで、その爽やかさはスポーツ系特有のものであった。

 アオトはこちらをちらりと見ると急に目を逸らし、横を向いたまま恥ずかしげに呟く。

「素晴らしい……」

「え?」

 アオトはそのままの体勢で更に言葉を紡いでいく。

「静かな佇まいの奥に潜む熱い情熱……決して目立たないが遠目から見ても分かる靭やかな肉体。そして何より全てを見透かすような真っ直ぐな瞳……あなたこそ俺が求めていた理想の人だ……。」

 恋愛ドラマでも聞かないようなセリフで告白され、結城はその不意打ちに気が動転してしまう。

「え、あの、やめてよ。急にそんな冗談……。」

 私は諒一以外の人間には何をどう言われようが取り乱すことはないと思っていたが、それは私の思い違いだったらしい。

 例えお世辞でも、例え誇大表現でも、褒められてうれしくならない人はいない。それがよく理解できてしまった結城であった。

 気を取り直すべく緩んだ頬を自らつねっていると、私の前にツルカが出て、アオトに対して強気で警告した。

「人のハンガーでそういうの止めろよな。ユウキが困ってるじゃないか。それに、リョーイチだってそんな事言われてもすぐにお前を許すわけないだろ。」

 幼馴染の名を耳にし、結城はふと諒一を見る。

 ここまで堂々と私に告白する男を見てどんな反応をしているのか……かなり期待していたのだが、やはり相も変わらず無表情を貫いていた。

 私としては、ちょっとでもいいので嫉妬っぽい表情を見せて欲しかった。

 ここまで反応が薄いと逆に悲しくなってくる。

「『リョーイチ』というのか……。」

 アオトは私の頭越しにじっと諒一を見ていた。

 しばらくするとアオトはその視線を保ったまま宣言する。

「さっきの言葉は冗談じゃない、本心から言ったことだ。よく覚えておいてくれ。」

「……。」

(もしかして今の略奪宣言!?)

 言われて嬉しいセリフではあるが、心には全く響いてこない、薄っぺらいセリフでもあった。……いくらアイドルで格好良くても、アオトに心惹かれることはなさそうだ。

 諒一もその事がわかっているのか、特に何も返事することなくじっとしている。

 ここでビシッと「結城は俺の女だ」なんて言ってくれないかと妄想してみたが、あまりにも

非現実的過ぎて途中で考えるのを止めた。

 そんなことを考えていた自分を恥ずかしく思っていると、またしてもツルカがアオトに文句を言い始める。

「……で、スエファネッツのランナーがユウキに何の用事なんだ。他チームのハンガーで迷惑かけてまで告白しにきたわけじゃないだろ?」

 ツルカに言われて思い出したらしい。

 アオトは我に返ったようにこちらから距離を取り、事情を説明してきた。

「すっかり忘れていた……。実は、アール・ブランとの試合までスケジュールがびっちり詰まっていて、相手のランナーに挨拶できるのが今日だけだったんだ。」

「挨拶なんて、そんなわざわざしなくても。」

 私がそう言うと、アオトは首を左右に振る。

「いや、俺は礼儀を重んじる律儀な男なんだ。礼を尽くして悪いことはない!!」

「あれが礼儀を重んじる男の言うことか……?」

 すぐにツルカに突っ込まれてしまい、アオトは苦い顔をする。

「仕方ないだろう。俺は礼儀云々の前に自分に正直な男なんだ。世間からどう言われようが愛の形を変えるつもりはないし、思ったことはすべて正直に伝える。……どうだ、正々堂々だろう!!」

 その馬鹿っぽい言い分に対し、すぐにツルカは呆れた様子でコメントする。

「そんなこと自慢されてもなぁ……。」

 結城もアオトの愚直なセリフを聞き、そろそろ迷惑に感じ始めていた。

「挨拶も済んだだろ。邪魔だからさっさと帰れよ。」

 ツルカがさらに刺々しく言うと、アオトは不服そうに言い返してきた。

「さっきからやたら突っかかってくるな……。大体、なんでタカノユウキも自分のチームじゃなくてこんな所に……」

 その台詞の途中、またしてもハンガーの扉が開き、部外者が侵入してきた。

 今度の侵入者は結城もよく知っている人物だった。

「リオネル・クライトマンだ。ここにアオト・ネクティレルがいると聞いたんだが……。」

 長い金髪に白いコートが栄えるリオネルは颯爽とハンガー内に入ってきた。

 隣には妹であるリュリュの姿も見え、歩く度に彼女の頭にあるリボンが揺れ動いていた。

「あ、リオネル久し振り。」

 結城が声を掛けると、リオネルはすぐこちらに向けて歩いてくる。

「ユウキか。……おい、アオトという男はここにいるのか?」

 リオネルは偉そうにアオトのことを問うてきたが、結城が答える前にアオト本人が反応を見せた。

「こんな場所にまで来ていったい俺に何の用だ。」

 アオトは入口の方向に振り返り、リオネルと向かい合う形になった。

(わざわざ来ておいて“こんな場所”って言い方はないだろう……)

 アオトにそのセリフをいう資格はないと思いつつ、結城は二人の会話を黙って聞くことにする。

 リオネルはキザっぽく自分の髪を手ぐしでかすと、アオトに詰め寄った。

「貴様か、最もハンサムなVFランナーに選ばれたのは。」

 そう言ってリオネルは手に持っていた雑誌をアオトの胸に押し付ける。

 アオトはそれを乱暴に受け取り、開いていたページの内容を読み始めた。

(なんだ……?)

 気になって背後から覗くと、それは女性向けの雑誌のようで、そのページにはふざけた字体で『イケてるVFランナーランキング』と書かれていた。

 どんな層が読むのだろうかと疑問に感じていると、アオトは見覚えがあるのか、数秒眺めただけで「ああ、この記事か」と言って、その雑誌をリオネルに押し返した。 

 リオネルはそれを強く握りながら不機嫌そうに言う。

「この記事、貴様が一位なのはどう考えてもおかしい。……何か弁明の余地はあるか?」

「弁明も何も、いきなりその言い方はないだろう。文句があるならその雑誌を書いた人に言ってくれ。」

 アオトの反論を物ともせず、リオネルは糾弾を続ける。

「貴様が書かせたんだろう……。そうに決まっている!!」

「言いがかりはやめて欲しい。そんなに悔しいのか?」

「そういう話ではない。この評価が不当だと言っているんだ!!」

 ……勝手に部外者同士で盛り上がるのを見ていると、リュリュが声を掛けてきた。

「お久しぶりです。タカノ様。」

 話しかけられ、結城は視線を下方に向けてリュリュの顔を見て返事をする。

「久し振り……リュリュも大変だな。」

 同情の念を込めて言うと、リュリュはそれを否定するように素っ気なく答える。

「いいえ……このくらい、お兄様のためなら苦ではないです。」

「そうか、頑張ってくれ……。」

 ブラコンもここまで来れば逆に幸せなのかもしれない。

 もうこれ以上は何も言うまい。

(それにしてもランキングかぁ……。)

 一般人にもそこそこ知られているアオトが1位に選ばれるのは妥当だと思うのだが、強さなどを考慮するともっと他にも良いランナーはいる気がする。

 ただ、こんな下らない事で言い合っている2人も上位リーグのランナーだと考えると、なんだか虚しい気持ちになってくる。……たかが雑誌の記事ごときでここまで行動できるリオネルのアグレッシブさを見習いたいとさえ思えてきていた。

 だが、2人の言い争いもそう長くは続かなかった。

「――いい加減やめてくれ。俺はアイドルもやってるんだからハンサムなのは当然だろう。ハンサムで何か悪いことでもあるのか。」

「ハンサムは構わない。だが、このオレ様よりもハンサムというのが気に食わない。」

(本音が出たか……。)

 色々と理由を述べていたが、結局はその意見に落ち着いたらしい。

 アオトはそんなリオネルの言葉に呆れている様子だった。

「……こんな記事で騒ぐ暇があるなら自分を磨くことだ。俺から言えるのはそのくらいだ!!」

 アオトの上から目線の言い方に、リオネルも高慢なセリフで対抗する。

「言ってくれるな……。だが、女性ファンの数がオレよりも少ない貴様に言われても全く説得力がないぞ?」

「あれ? リオネルのほうが多かったのか。」

 以外な事実に驚いていると、リュリュが説明してくれた。

「所詮アイドルといってもオマケでやっているようなものですから、本物のアイドルには遠く及んでいないみたいです。」

「なるほど……。」

 しかし、そんなことをアオトは全く気にしていないようで、淡々と話す。

「ファンの数は関係ない。俺はお前のように無闇やたらと媚を売るようなマネをするつもりはないんだ。自分が誠実であれば、自然とファンがついてくるものさ。」

 一息おいて、さらにアオトは続ける。

「……それに、容姿とファンの数は全く関係ないはずだ。」

「負け惜しみを……。」

 リオネルは痛い所を突かれたようで、声に力がなかった。

 というか、こんなにハンサムという単語を短時間で聞いたのは初めてかもしれない。

 2人の言い争いはまだまだ続きそうだったが、それを遮るべくオルネラさんがこちらに合流してきた。

「子供みたいな喧嘩しないで下さい。やるならやるでハンガーの外でお願いします。」

 あれだけ下らない言い合いを聞いていたら作業効率も落ちてしまうに違いない。

 オルネラさんにきつく注意されたアオトとリオネルはすぐに口をつぐみ、お互い睨み合っていた。

 しかし、すぐにアオトが目を逸らす。

「さすがに、責任者の警告は無視できないな。御座なりだがこれで挨拶にさせてもらう!!」

 それだけ言うとアオトは踵を返してリオネルから離れ、一人でハンガーから出ていった。

「結局あいつは何しにきたんだ……。」

 結城はアオトが去るのを冷めた目で見ていた。……あれが次の試合相手かと思うと頭が痛くなってくる。そして、また面倒な事になりそうな予感がして仕方がなかった。

 アオトが去るとハンガー内の雰囲気が元に戻り、スタッフも作業を再開し始める。

 結城は残ったリオネルに2NDリーグのことを何気なく聞いてみることにした。

「そう言えば、2NDリーグはどんな感じなんだ?」

 その質問にはリオネルでなく、リュリュが答えてくれた。

「今のところトライアローが圧倒的です。今シーズンはトライアローが優勝すると予想しています……。」

 “当然お兄様が優勝します。”という強気の返事が来るものと思っていたが、今シーズンはトライアローがかなり優勢らしい。リュリュが自チームの優勝に自信が持てぬほどトライアローは強いようだ。

 実際、トライアローのランナーの『ドギィ』は半端無く強い。

 元々VFの性能も素晴らしいトライアローが2NDリーグで優勝できない要素は何一つないのだ。

 クライトマンにも頑張って欲しいが、やはりリュリュも無理だと感じているのだろう。

 リオネルも特に何も言わず、渋い表情を見せていた。

 一方、オルネラさんはというと、一応騒ぎが収まったことに安堵している様子だった。

「……それじゃあ私は作業に戻ります。あと、クライトマンの方々もすぐにハンガーから出ていってくださいね。リーグが違うとはいえ、ファスナの機体情報を知られるわけにはいきませんから。」

 オルネラさんに注意され、リオネルは反省しているようだった。

「悪かったな……。すぐに出る。」

 こちらの予想に反し、リオネルは驚くほど素直にハンガーから去っていく。

 リュリュも追いかけるようにして早足でその後に続き、ハンガーから出て行ってしまった。

 状況が元に戻った所でオルネラさんはファスナの元に戻っていき、諒一も同じ方向に歩きはじめる。

 結城はそれを一旦引き止めて質問した。

「諒一、あとどれくらいで帰れるんだ?」

「もう分離作業が終わる。すぐにでもラボに移動するだろう。」

「ラボまでついていくのか……。」

 ということは、諒一はファスナが完璧に修理されるまでキルヒアイゼンに付き合うつもりのようだ。

 結城はそれを聞いて自分だけ先に帰ろうかと考える。

(私が手伝えることはないし……でも諒一だけをキルヒアイゼンに行かせるのもなぁ……)

 少しの間迷っていると、諒一に続いてツルカも今後のことを伝えてきた。

「ユウキ、ボクは自分の家に帰るから一人で帰ってくれないか。……今日はお姉ちゃんも心配そうにしてたし。イクセルも一応監視しておかないと駄目だから……。」

「そういやもう退院したんだったっけ。」

 こちらの言葉に対し、ツルカは小さく頷いて肯定した。

 イクセルは早めに退院して自宅でゆっくり過ごしているらしい。

 あのまま病院にいれば他の患者にも迷惑が掛かりそうだったし、良い判断だったように思う。

 更にツルカは明日の予定についても話す。

「あと、しばらくお姉ちゃんは修理で忙しいだろうし、明日も寮には帰れないと思う。」

「そうか……。試合の疲れもあるし、家でゆっくり休めばいいさ。」

 こちらが全て了承すると、ツルカはすぐにハンガー内にある更衣室のドアに移動していく。

「じゃあなユウキ、また明後日学校で。」

 そう言うとツルカは更衣室の中に入ってしまった。

(今日は一人か……。)

 結城は諒一と一緒に付いて行きたい気持ちもあった。しかし、アオトの件ように、また私が原因で作業が滞ると迷惑がかかるかもしれない。

 しばらくすると諒一も輸送船に乗るべくスタッフと共にリフトで上に移動していく。

 それを見届けると、結城は素直に学生寮に戻ることにした。


 ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。

 イクセルの代わりに出場したツルカは七宮に負けてしまいました。

 また、セルトレイやアオトが結城にどのように関わってくるのかも楽しみであります。

 次の章では結城がアオトと再び会うことになります。

 今後ともよろしくお願いします。

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