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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
全ての始まり
3/51

【全ての始まり】第二章

 前の話のあらすじ

 17歳になった結城は、VFランナーを目指して海上都市のダグラス企業学校に留学し、2年生になろうとしていた。

 ゲーム漬けの日々が続いていたが、そのゲーム上でイクセルの戦闘AIと戦うことによって、結城は自分の夢に再び向きあうことを決めた。

2章


  1


 2NDリーグ開幕戦。

 昨日の1STリーグとは違い、スタジアム内から観戦できるとあって、スタジアム近辺は観客で溢れかえっていた。

 2NDリーグが行われているフロートは1STリーグと同様に専用のものが用意されている。

 フロートの周囲には別のフロートが周りを囲むようにして接続されており、それらが集まって1つのユニットを形成しているのだ。

 ターミナルのある場所からスタジアムまでは近く、人々はユニットの中央に向けて徒歩で移動していた。

 基本的に海上都市ではユニット間を移動する場合は船、フロート内を移動する場合は徒歩がメインである。

結城と諒一はそのフロートユニットにいた。

結城は観光客のように物珍しそうに周囲を見ていた。居住区域とは違い、ここは海面に近いので潮の香りがしており、結城にとってはその香りも新鮮に感じられた。対する諒一はまっすぐと進行方向を見ていた。

 結城がキョロキョロしていると諒一に話しかけられた。

「結城、なんで制服なんだ?」

 結城は企業学校でいつも着用している制服を着ていた。

 そして、制服の色調とあったメガネを掛けており、髪も後ろでまとめてポニーテールにしていた。ひと手間加えるだけで、結城は優秀そうな学生に変身していた。この姿を見てあの部屋の惨状を想像できる人間は恐らく一人もいないだろう。

その制服はダグラス社のロゴがプリントされていて、カジュアルなスーツのような制服だった。男女とも似たデザインをしており、そして男女とも下はスラックスで統一されていた。通気性はとても良く、素材も軽くて丈夫なものが使われていた。

 学校では制服の着用が義務付けられている。それ以外の場所では特に制服に関して決まりごとはないが、学外でも制服の着用は奨励されていた。しかし、結城は奨励されているから着て来た訳ではなかった。

 結城は上着の裾を手でいじりながら言い訳をする。

「制服しか着るものがなくて……こっちに持ってきたかわいい服があったはずなんだが、探しても見つからなかったんだよ。」

 諒一は完璧にその服の場所を把握しているらしく、自信満々に場所を結城に教えた。

「あれならクローゼットの中の衣類用収納ボックスにあるはず。」

「あー、収納ボックス……」

 結城は諒一から正しい場所を聞いてやり切れない気持ちになった。部屋中探したつもりでいたので、そこだけを見逃していたことが悔しかったのだ。

 結城が渋い表情をしていると、諒一がフォローの言葉を送ってきた。

「安心していい。制服もよく似合ってる。かわいいよ、結城。」

 脈略のない歯が浮くようなセリフに、近くにいた人々から舌打ちが聞こえ、ため息まで聞こえてきた。まさか朝っぱらからこんなことを淀みなく言う輩がいるとは思ってもいなかったのだろう。周囲には不穏な空気が立ち込めていた。

諒一は気にしていない様子だったが、それを言いわれた結城は恥ずかしい思いをしていた。

「真顔で言うな。っていうか、諒一も制服じゃないか。」

 諒一は制服をまるで普段着であるかのようにうまく着こなしていた。真面目な顔をしているので、それが余計に堅い感じの制服にマッチする要因となっているのだろう。

「今気づいたのか。正直、先に結城から指摘されると思っていた。」

 結城の部屋に来る時も制服を着ていたので、見慣れすぎていて逆に気づかなかったのだろう。

 結城は注意力不足だった自分を戒めるように、それからしばらく黙って歩いた。

 ターミナルから離れ、スタジアムが近くなってくると背の高い建物が目立つようになった。 その建物のガラス張りの壁の横を通過したとき、結城はガラスに写った自分たちの姿を見ることができた。

 2人とも制服だった。その格好は年相応だとも言える。

(制服でデートか……。)

 制服同士……客観的に見ればペアルックと言えなくもない。歩きながら結城が長い間ガラスを見ていると、急に諒一も立ち止まりビルの方に顔を向けた。結城はガラス越しに目が合いそうになり、とっさに顔を進行方向に背けた。

 諒一はそのビルを見上げると手元で何かを操作し始めた。何をしているのか気になり、横目で諒一の手元を覗こうとすると、諒一は結城に情報端末を手渡してきた。

「これが今日出場する予定のチームのビルだ。」

 スタジアムの周囲には2NDリーグで活躍するチームのビルが等間隔に建てられていて、その数は全部で8棟ほどある。

 ビルの形はすべて一緒で、スタジアムの周りを囲むようにして等間隔に配置されていた。真上からみると楕円形をしており、縦に長いというよりは平べったい感じで、ビルというよりは施設といったほうがそのイメージに合ってた。

 結城は情報端末を見るまでもなく、玄関に表示されているロゴマークを見てどこのチームかすぐに判断することができた。

「『トライアロー』のビルだったのか。」

 チームロゴは3本の異なる長さの矢印が描かれており、ある一点から放射状に広がっているものだった。それはまるで時計の針のようだった。

 結城はそのロゴから古めかしい印象を受けた。トライアローはVFBリーグか開催された当初から2NDリーグの常連チームである。それ故、ビルからも老舗チームの雰囲機が滲み出しているような気がした。

「それで、今日はどのVFで試合するんだ?」

「せっかくだ。どのVFが出るか確かめるために少し寄り道しよう。」

 諒一は進路を変更すると、結城をスタジアムから近いビルの側面に連れていく。そこはVFを内部のラボからスタジアムに向けて運ぶための搬入口があった。

 搬入口は大きく、周りにはカメラを持った人々が数名いた。中には報道関係のスタッフも居るようで、マイクを持って何かをしゃべっていた。

 その人々の背後まで来ると2人は少し距離をとって搬入口を見た。

「大きいな。」

 搬入口は広く、改めて結城はVFの大きさを実感した。

 搬入口付近には警備員が4名ほど配置されていた。結城はそのうちの一人と目があってしまい、いたたまれなくなって申し訳程度に手を降った。警備員はしばらく睨むように結城を見ていたがやがて視線を真正面に戻した。

 結城は不安になり、諒一に耳打ちをする。

「こんな所にいて大丈夫なのか。注意されたりしないか?」

「平気だ。制服も着ているし、ただの見学者にしか見えない。注意されたら、その時はおとなしくここから離れればいい。」

 諒一は臆すること無く、いつの間にかカメラを手に持って堂々と構えていた。

「諒一、なんか慣れてるなぁ。」

 そうぼやくと、結城は遠くに見える他のビルに目を向けた。ビルの壁面は朝日を反射して地面を明るく照らしていた。遠くからは観光客と思われる集団のざわめきが聞こえていた。

 そのざわめきはいきなり轟音によって掻き消された。

音に驚き搬入口を見ると、そこから巨大なトレーラーが出現していた。トレーラーはゆっくりと進みその重量のせいで地面が振動していた。

(うわ、おっきいな。)

目の前を大きな車輪が通過していく。車輪は何個も並んでいてその上には台が乗っていた。さらにその上にはVFが横たわった状態で乗せられていたが、大きなシートがかぶさっていて、中を見ることは出来なかった。

 しかし、シートがめくれている箇所を見つけ、そこからはVFの手の部分が覗いていた。それだけでどのVFかを判断した、結城は隣にいるであろう諒一に言った。

「オクトメイルだな。」

「学生さん、それは本当か!?」

 返事をしたのは諒一ではなく、見知らぬ男性だった。諒一は結城から遠く離れた場所にいて、至近距離からVFの輸送用の車を撮影していた。

 男性はサングラスをかけ、口元をマスクで隠しており怪しい感じだった。だが、いまさら人違いだとも言えず、そのまま言葉を続けた。

「間違いないよ。カラーリングだけで判断するのは難しいけど、指まで赤く染めているのはオクトメイルだけだね。ほかのVFの指には滑り止め防止のグリップや、固定用のボルトが付いてるから、誤作動防止のために塗料を塗ったりはしないんだ。」

 結城が説明し終えると男性はうんうんと頷き、手元のメモ帳になにやら書き込んでいた。

「そうか、さすがはダグラスの学生さんだ。詳しいんだね。」

 男性はメモし終えると、スーツの内ポケットから携帯端末を取り出した。そして「それじゃあね」と言うと、携帯端末を操作しながらその場をあとにした。

 なんだったんだろうと結城が不思議に思っているうちに、VFを載せた大きな台車は通りすぎていった。カメラマンやレポーターは追いかけるつもりは無いようで、すぐに撤収の準備を始めた。

 諒一も同じく、カメラをバッグにしまうと結城のもとに帰ってきた。そして、サングラスの男性が去った方向を見て言った。

「……わざと嘘を教えるとは、結城もなかなか侮れない。」

「聞こえてたのか……。って、あれってもしかしてフェイクだった?」

「わざと見える位置に置いてあった。結構使い古された手段だ。」

 確かに、シートを固定するロープが一部だけ綺麗に外れており、不自然だったかもしれない。そして、肉眼で結城が気付くくらいなのだから望遠レンズのあるカメラマン達が気付かないはずがなく、そう考えるとわざと見せている可能性は高かった。

「そうか……なんか悪いことしたな。」

 結城は先程の男性に得意げに話してしまったことを後悔していた。

「2重フェイクの可能性もある。結城は気にすることない。どうせ対戦相手の偵察に来たのだろう。」

 学生の言うことを真に受ける様な人物に偵察なんて務まるのだろうか、と結城は呆れていた。そして、VFBにもこのような一面があったということを残念に思っていた。

 結城がしょんぼりしていると、諒一が話しかけてきた。

「試合が終わったら連れていきたい場所がある。付き合ってくれるか?」

 特に予定もないので、結城は無言のまま頷いた。

 スタジアムに到着すると結城の機嫌はすぐに直り、試合が終わる頃には嫌なことをすっかり忘れていた。


 2


 試合はトライアローの圧勝だった。

 それもそのはずである。相手のチームはVFの情報を手に入れなければ勝てないほど弱かったのだ。

「試合、あっという間だったな。」

「相手チームに情報が伝わっていてもあまり関係無かったか。」

 格納庫に通じる広い通路を歩きながら2人は会話していた。

「オクトメイルは現実でも強いな……。ゲームでも使ってる奴結構いるんだよ。」

 数年前ならいざしらず、結城のVFに関する知識はそのほとんどがゲームから得られたものだった。

「そうだな。でも今回は相手が弱すぎただけだ。」

 諒一は結城の言い分を肯定しつつ、トライアローの勝因にもう一つ付け加えた。それを聞いて、結城はトライアローの対戦相手のことを思い出す。チーム名は試合前にアナウンスされていたがはっきりとは記憶しておらず、結城は自信のない口調で言った。

「えーと、『アール《R》・ブラン《BLANC》』だったっけ? どちらにせよ聞いたこと無いチームだな。」

結城がチーム名を知らなかったのは、シミュレーションゲーム内にそのチームのVFが登場していないからだ。

 アール・ブランはかなり長い間2NDリーグに出場し続けているが、あまりぱっとしないチームで、頻繁にVFを変更していた。ゲーム会社からすればいちいちアップデートをしなくてはならない面倒なチームである。そのため、途中からアール・ブランのVFはゲームに登場しなくなったのだ。

「アール・ブランの順位は、下から数えたほうが早いくらい低い。以前に一度だけ優勝したことがあったけれど、それ以降は低空飛行を続けてる。」

 下位リーグに降格するのは最下位のチームである。そのためか、最下位になることだけはなんとか回避しているらしく、まるでゴキブリのようなチームだった。

「でも、2NDリーグに居続けてるってことは一応それなりの実力はあるってことだよな?」

 諒一はそのわけも知っているのか、結城の質問に間を置くことなく答える。

「実力というよりもむしろ運の要素が強い。」

「それはどういう……いてっ」

 疑問を投げかけると同時に結城は人とぶつかってしまった。前を歩いていた人の背中に頭をぶつけたらしく、結城に頭をぶつけられた人はよろめいてしまった。

「すみませんっ!!」

 結城が謝ると前方の人はすぐに笑って許してくれた。完全に自分の不注意だったので、なにか咎められるかと思っていたのだが……これも学生服効果なのだろうか。

 2人は話しているうちに格納庫の並ぶエリアに到着していた。

 格納庫には大きな出入口が2つあり、格納庫全体を見れば両端に穴が開いて中央部分が膨れている筒のようだった。

一方はアリーナに続く道、もう一方はスタジアムの外の搬入口に繋がっていた。2つの出入口はどちらともVFが通るため広く、天井部分はアーチの形になっていた。

 人が通るための通路はそれとは別に用意されていた。しかし、VF専用のものと比べると狭く、2人はその狭い通路と格納庫を結ぶ部分にいた。

「……もしかして、『連れていきたい場所』ってハンガーのことじゃないよね?」

 結城はいつもより低い声でゆっくりと確認するように諒一に話しかけた。

「違う。ここよりもっと結城が喜ぶ場所だ。」

「ふーん……。」

 “喜ぶ”と聞いて一瞬だけドキリとしたが、結城はあえてその場所がどこなのか突っ込んで聞かなかった。諒一の表情は相変わらず無表情で、本気なのか、からかっているのか、長年の付き合いがある結城ですら判断することができなかった。

 2人が訪れたのは初戦の勝者、トライアローの格納庫だった。格納庫の入り口には人だかりが出来ていた。人だかりは子供から老人まで、幅広い年齢層の人で構成されており、トライアローに安定した人気があることが伺えた。

 しかし、その人だかりのせいでVFを見ることが出来ず、2人の視界に写るものといえば天井くらいしかなかった。格納庫内の天井は高く、VFを吊るすためのフックや、巨大なチェーンなどがぶら下がっていた。それらはカメラのシャッター音に合わせてフラッシュを反射して不規則に輝いていた。

「くっそー、見えない!!」

 結城は背伸びをしてなんとか前を見ようとした。だがVFは見えない。ジャンプしてみても見えるのはVFの頭部くらいで全貌を見るのは不可能に近かった。

 結城が跳ねる度に、後ろでくくられたブラウンの長い髪が波打つように揺れていた。

 諒一はカメラを持った腕を上に伸ばしており、カメラはバッチリとオクトメイルの姿を捉えていた。しかし、画面の端にはその揺れる髪がチラチラと写りこんでいて、撮影の邪魔になっていた。

「結城、そんなに見たいのなら肩車を……」

「しなくていい!!」

 髪の毛が画面に入り込むのを防ぐために提案したのだが、そんなことは知らない結城は一喝してそれを拒否した。

 その後も人が減る気配はなく、仕方なく2人は別のチームの格納庫を見てみることにした。


 3


 ほとんどの格納庫を見て回ってみたが、どこもトライアローの時と同じような結果に終わってしまい、全くVFを見ることが出来なかった。出場しないのにVFを展示しているようなチームは、元々人気のあるチームばかりで、それぞれにファンが大勢集まっていたため、2人が入る余地はなかったのだ。

 2人の手には各チームの格納庫入口付近に置かれていたフリーペーパーが握られており、そこにはスポンサーや親グループの宣伝が載っていた。

 結城はその紙を団扇代わりにして顔に風を送っていた。しかしあまり効果は無いようで、汗がシャツの胸元をうっすらと濡らしていた。結城はひんやりとした壁にもたれかかり、げんなりとした様子て諒一に文句を言った。

「いっつもこんな感じなわけ?」

 慣れない場所に疲れたのか、結城の言葉に勢いはなかった。

「イベント時はこれよりもっと多い。このくらいの人ならましな方、今日は開幕戦だから少し多いかもしれない。」

 諒一は汗ひとつかいておらず、なれた手つきでビデオのバッテリーを交換していた。

「残るは今日の試合の敗北チーム、アール・ブランだけだ。」

 カメラの準備が完了し、早速次の格納庫に向かおうとする諒一を結城は引き止める。

「もういいだろう。あのVFは頭ぶっ飛ばされてるし、カメラで撮る必要もないって。」

「壊れているVFの方が普通の物より珍しい。早く行こう。」

 結城の静止を振りほどき、諒一は意気揚々と次の目的地に向けて歩き始めた。結城は正直もう動きたくはなかったが、ここに来ると決めたのは自分なので、頑張って諒一の後を追いかけることにした。

 到着すると諒一はカメラを構えて中の様子を撮影していた。結城も遅れて格納庫内に視線を向けた。が、その光景に結城は思わず自分の目を疑った。

「あれ?全然人いないぞ。もしかして、撤収したんじゃないか?」

 アール・ブランの格納庫付近は、今までとは違い全く人影が見られなかった。しかし、居なかったのは見物客だけで、格納庫の奥から人の気配を感じた。

 諒一は何も気にすることなく格納庫のの中へと入って行く。結城もそれに続いた。中は機材が無秩序に高く積み上げられており、前が全く見えなかった。まるで迷路のような格納庫内を諒一はスイスイと進んでいく。

 結城が感じた気配は確かだったようで、奥に進むに連れて人の声が結城の耳に届いてきた。声は男性のものでなにやら怒っているようだった。

「ランベルト、ふざけてるのか?あんなVFでまともに戦えるわけがないだろ!!」

 声は格納庫内に反響してVF用の通路へと抜けていった。声の発生源は奥であることは間違いないが、様々な機材が壁となって詳しい場所までは判らなかった。

 間を置いて落ち着いた男性の声が聞こえてきた。

「前のランナーは簡単に乗りこなしてたぞ?あと、スパイごっこしてる暇があったらVFの整備くらい手伝え。」

 その声は怒っている男性のものとは違い壮年期の年季の入ったものだった。ただ、タバコを吸っているのか、所々、掠れた声になっていた。

 奥に進むにつれ、会話の内容が詳しく聞き取れるようになってきた。

「くっ……。2NDリーグで戦えるって聞いて来たのに、こんなVFで勝つなんて到底不可能だ。」

「自分の実力の無さを棚にあげて、今回の負けを俺のVFのせいにするのか?」

「どう考えたってあんたのVFのせいだ。あのイクセルだってこんなVFに乗れば格下相手にも勝てないだろうよ!」

「イクセルを持ち出してきたか。」

 どうやら声を荒らげているのはトライアローに負けたランナーのようだった。そして会話の内容から察するに、掠れ声の持ち主はチームの技術者であると考えられた。

「こんなチームやめてやる!!」

 いよいよ声が近くなり、機材の迷路から抜ける直前で結城は何かにぶつかった。そして、その反動で近くに置いてあった機材に肩を打ちつけてしまった。

「いてっ……」

 結城にぶつかったのは角から急に現れた男で、ランナー用の特殊なスーツを身につけていた。男は「気をつけろよ。」とぶっきらぼうに言うと大股歩きで去っていった。

 女性にぶつかっておいて謝罪の言葉すら言わないこと憤慨しつつ、結城は機材から身を離した。諒一は先に行ってしまったようで、前方にその姿はなかった。

 ぶつけた肩を撫でつつ歩いていると、不意に結城は上方にVFの右腕を見つけた。すぐさまその方向に歩を進めると間もなく開けた場所に出た。

 そこにはVFがあった。

 VFは体中が継ぎ接ぎだらけで、裁縫の下手な人が作った人形のようだった。パーツは左右非対称で、装甲の大きさもバラバラだった。まるで様々なVFのパーツを無理やり合体させたキメラのようなVFであった。VFの頭部は修理されていて、他の部分とは違って汚れていなかった。

(これが『アール・ブラン』のVFか)

 結城は初めてVFを間近に見ることができた。ゲームとは違ってその迫力は凄まじく、VFの大きさと重厚さに改めて驚いていた。ゲームのスペック画面によるとVFの平均全長は約10Mくらいで、あまり高くないという印象を持っていた。しかし実際に間近で見て、結城はその考えを改めさせられた。

 ……『VF』とは『ヴァイキャリアス《VICARIOUS》・フレーム《FRAME》』の略称で、開発された当初は人型兵器として様々な状況で運用することを想定していた。しかしその構造上、動作には大量のエネルギーが必要で、連続駆動時間も極端に短かった。

 VFは兵器としては役立たずでも、その外見はとても印象的だった。長年、ヒーロー物や戦隊物、そして戦闘ロボット物を見ていた人々にとっては特に興味をひくものになると考えられた。それでなくともVFは人々の注目を集めるコンテンツになり得た。

 そこに目をつけたのがダグラス社だった。

 ダグラス社は手始めに最も古典的で単純な『決闘』をVFにやらせた。ただの宣伝のつもりの小さなイベントだったが、思いのほか評判が良く、「やってみたい」「もっと派手なのが見たい」という声が世界中から寄せられた。

この声を受けてダグラス社はVF事業を拡大することを決めた。

 その選択は正しかった。

 VFによる決闘はやがて『VFBヴァイキャリアス・フレーム・バトル』という一つのスポーツとして認知されるようになった。スポンサーが大勢付き、それによりさらに認知度が高まり、決闘に必要なVFは飛ぶように売れ、ひとつの産業を起こしてしまうまでに発展した。

それから技術革新が進むにつれVFを独自開発するチームも現れた。VFBがスポーツである以上、使用する道具に差があってはならず、公平を期すため大会規約や詳しいルール、そしてVFに関する規定が委員会によって決められるようになった。

 大抵の兵器開発・製造メーカーはVFB部門を設立しており、公式リーグを利用して大々的に宣伝活動を行っている。

 ……結城がしげしげとVFを眺めていると、背後から急に声がした。

「追っかけか?クライトマンの坊ちゃんがいるのはもう一つ向こうのハンガーだぞ。」

 声に驚き後ろを振り返ってみると、そこには坊主頭の中年男性がいた。その男性は作業服を着ていたが、手には工具ではなくタバコが握られていた。また、額にはゴーグルがあり、その表面は傷だらけでかなり使い込まれているようだった。

 結城がその中年男性と目を合わせたまま黙っていると、諒一がその男性の背後から現れた。

「こんにちは、ランベルトさん。」

 諒一は慣れた様子で男性に向かって挨拶をした。ランベルトと呼ばれた男は声を聞いただけでそれが諒一だと分かったらしく、背を向けたまま軽く手を上げてそれに応じた。

「おお、リョーイチか。もしかしてさっきの聞こえてたか?嫌なことを聞かせちまったな。」

「いつものことです。気にしてません。」

 なにやら気さくに話す2人を見ても結城は状況をつかめずにいた。

「諒一、この人誰?」

 結城は諒一に説明を求めた。ランベルトはその一言を聞いて結城が迷ってここまで来たのではないということが分かった。

「なんだリョーイチの連れだったのか。そうだよな、同じ学生服来てるし、リオネルのファンがこんな所まで来るはずないか……。」

 結城が諒一の連れだとわかると、ランベルトは安心した表情をみせた。

「それにしても、えらい美人だな……コレか?」

 小指を立てて、にへらと笑う中年オヤジに諒一は迷うことなく答えた。

「いいえ、違います。」

結城は美人と言われて嬉しいことに違いはないのだが、諒一の態度が気にくわず、恥ずかしさと怒りの混じった声を至近距離で諒一に浴びせた。

「即否定するなよ!!」

いきなり放たれた大声に面食らい、ランベルトは咥えていたタバコを地面に落としてしまった。そして結城の豹変ぶりを見て、ハトが豆鉄砲を食らったような表情を見せていた。

諒一は無表情で「ごめん」と結城に謝罪した。

結城は気をとりなおして、先程の質問を繰り返す。

「それで、この人は誰? ……2人は知り合いなのか?」

「この人はランベルト、このチームの責任者だ。そうですよね、ランベルトさん。」

 ランベルトは落ちたタバコを拾おうとしたが、途中で動作をやめて、落ちたタバコの火を足で踏んで消した。

「ん?……あぁ、そうだ。リョーイチは毎週試合後に全チーム回ってるみたいだからな。このチーム以外にも大勢知り合いはいると思うぞ。」

 弱小チームとは言え、その責任者と普通に話している諒一を、結城は素直にすごいと思った。しかし、こんな無愛想で表情の変化に乏しい寡黙な諒一が他のチームの技術者と話している様子を想像することができなかった。

「諒一すごいな。ただでさえ週末は部屋の掃除で忙しいのに。」

「そう思うのなら部屋を綺麗に使ってほしい……。」

 ランベルトは結城に興味を持ったらしく、2人に質問してきた。

「で、格納庫にまで見学に来るってことは、……こっちのお嬢ちゃんもリョーイチと同じ技術系コースなのか?」

 結城は首を横に振ってそれを否定し、諒一が代わりに答えた。

「VFマネジメントコースです。……でも本当はVFランナーを目指してるんです。」

「余計なこと言わなくていいのに。」

 担任教師と家族以外の他人に自分の夢を知られるのはこれが初めてだった。

「へぇ、VFランナーになりたいのか。女の子がねぇ……。」

 ランベルトはそれを聞いて驚いた様子を見せた。結城は馬鹿にされるのかと覚悟をしていたが、ランベルトは何も言わずに結城を見ていた。

 ランベルトは黙ったまま結城の体をまじまじと観察し始めた。そして何を思ったか、いきなり結城のおしりを鷲掴みした。

「きゃっ!?……ちょっと!!」

 結城は普段からは想像できないような甲高い声を上げた。

結城のお尻は小ぶりで脂肪が少なく、また、スラックスの生地が薄いせいもあって、ランベルトの手の感触が直に伝わってきた。

 いきなりのことに結城はあわてふためいていたが、諒一は特に何もしないで、ほほえましくその様子を見ているだけだった。

「ほうほう、そこそこ筋肉は付いてるみたいだな。首周りも……おふぅ!?」

 ぶつぶつと真剣な面持ちで何かを言っているランベルトの腹部に向けて、結城は鋭いパンチを打ち込んだ。

 かなり痛かったようで、ランベルトはすぐに地面へ崩れ落ちた。

「諒一も見てないで止めに入れよ!?」

 結城はさらに同じ箇所に蹴りを入れながら、諒一に向けて言った。しかし、諒一が助けに入るまでもないほど、結城の痴漢への対応は完璧なものだった。

 結城が容赦のない蹴りをランベルトにぶつけていると、諒一が止めに入ってきた。

「もう十分じゃないか。ランベルトさんはそんなに悪い人じゃないし、許してあげても……」

「セクハラ受けたの見てたろ!? 悪い人どころか立派な犯罪者だよ!!」

 結城は尚もランベルトに暴力を加え続ける。このままでは警察どころか病院にまでお世話になりそうだった。

「ランベルトさんの奥さんに知らせておく。強く注意してくれるだろうからもう許してやろう。」

「それだけは勘弁してくれ……」

 諒一がバッグから携帯端末を取り出した所で、情けない声が聞こえてきた。ランベルトは地面に俯せになって倒れており、殴られた箇所がまだ苦しいようで両手で腹部を抑えたまま固まっていた。

「既婚者かよ……いい年して何やってんだか、まったく。」

 こんな奴が責任者だからチームも勝てないのだなと結城は思った。


  4


 ランベルトと諒一がひたすら謝り続けて20分。結城はやっと機嫌を直した。

「それにしてもいいパンチだったな。何か習ってたのか?カラテとか。」

 ランベルトはまだ立っているのは辛いのか、よくわからない機材を椅子替わりにして座っていた。

 結城は質問に対して「特に何も。」と白々しく答えていたが、またしても結城の代わりに諒一が答えた。

「昔VFごっこをやっていたのでその影響だと思います。」

「VFごっこ?」

 ランベルトは興味津々な様子でその話題に食いついてきた。

「これが結構本格的で、こっちはいつも負け役をやらされてて……」

「それ以上は言うな。」

 諒一の言葉を遮るようにして結城はその話題を終了させようとした。だが、ランベルトはなにか思うところがあるらしく、その話題を続けた。

「なるほど、小さい頃からVFが好きで、ランナーになりたくなったのか。……俺も小さい頃はよくやってたぞ。VFごっこ。」

「ランベルトさんもやってたんですか。」

 VFごっことはその名の通りVFになりきって遊ぶというシンプルなごっこ遊びである。かっこいいVFの真似をして、ちゃんばらのように友達同士で遊ぶのだ。……いわゆるプロレスごっこのようなものだった。

 結城は、そんなことをしていたのは自分くらいなものだと思っていたため、自分より年上の人が同じようなことをやっていたと聞いて親近感を感じた。

 国や年代が違っていても、子どもが考えることにさほど違いはないのだろう。

「あの頃はまだ動きも激しくなくてバトルも殴り合いが主流だったからな。真似するのは簡単だった。最近じゃ真似するどころか動きを見るだけで精一杯だろう。」

「で、ランベルトはどのVFの真似をしてたんだ?」

 呼び捨てにされているのも気にしないでランベルトは結城に答える。

「もう30年前の話だ、ろくに映像記録も残ってないし。言っても分からないと思うぞ。」

「言ってみてください。過去のVFもある程度は分かると思います。」

 諒一も珍しい話が聞けるかもしれないとあって、結城に同調して、ランベルトから話を引き出そうとしていた。

「いや、やめとこう。それより、そっちの話を聞かせてくれ。お嬢ちゃんはどのVFになりきってたんだ?」

 こちらの話をすれば聞き出せるかもしれないと考え、結城はすぐに答える。

「キルヒアイゼンのファスナ。剣とか銃とか、わざわざ作らなくても真似できたし。」

「ファスナの真似をしてたのか。そりゃ強くなるわけだ……。」 

 ランベルトは過去を思い出しているようで、目線が斜め下を向いていた。ランベルトがどのような人生を歩んできたのか、結城には分からない。だが、VFに人生の大半を捧げているということだけは分かった。

 ランベルトは目を瞑るとしばらく何かを考えていた。そして、坊主頭を掻きながら言った。

「なぁ、本物でVFごっこしたくないか?」

 ランベルトの口調は軽く、思いもよらぬ言葉に学生2人はリアクションをとることができなかった。怪訝な顔をしている2人に向けて、ランベルトは続けて言う。

「ついさっき、最後の専属ランナーがいなくなったから、しばらくは棄権が続くだろう。暇なときに試しに乗ってみるといい。あ、今日は無理だけどな。」

「本当にいいのか?誰かに怒られたりしない?」

 結城はランベルトがチームの責任者だということをすっかり忘れていた。

「さっきのお礼……じゃない、お詫びだ。実際にVFを動かすほうがシミュレーションゲームで遊ぶよりもよっぽど為になるぞ。」

 尻を触られて損はなかったということか、と結城は自分の臀部に感謝した。

 ランベルトは時計を見て時間を確認すると、椅子替わりにしていた機材から腰を上げた。

「暇も潰せたし、そろそろラボに戻るとしますか……。あ、一応名前聞いていいか?」

 結城は自分が名乗っていなかったことに気付き、諒一に言われる前に自分で自分の名前を言った。

「結城……、高野結城だ。約束したからな、ランベルト。」

「ユーキか……。」

 ランベルトは頭の中で結城の名前を反芻するようにぶつぶつと呟くと「じゃあな」と言って2人の元から去っていった。

 結城は格納庫に残されたツギハギのVFを見ていた。かっこ悪くて弱いが、それは間違いなく“本物の”VFだ。これを動かせるのかと考えると自然と笑みがこぼれた。

現金な女だなと自分でも思っていたが、それでもいいと開き直っていた。


  5


 ランベルトと別れて1時間、結城たちは船で移動して別のフロートユニットに来ていた。そのユニットは2NDリーグ専用の物と構造が酷似していた。

 そこは1STリーグ専用のユニットだった。

 10年くらい前までは2NDリーグと同じように中央にあるスタジアムで試合が行われていたのだが、戦いの危険性が増したため、試合だけは専用のフロートユニットで行われるようになったのだ。

 現在、中央にあるスタジアムはVFの博物館に姿を変え、立派な観光スポットとして海上都市の観光収入に貢献している。

 結城は遠くからその博物館を見ていた。博物館はスタジアムを改装することなくそのままの状態で再利用されている。博物館という看板がなければ、外見はただのスタジアムであった。

「昔はあそこで1STリーグの試合をしてたのか。信じられないな。」

「年間来館者数は約150万人。……試合があった頃は年間139万人だったから、活気は無くなってるとは言え、スタジアムを訪れる人数自体は増えてることになる。」

 結城は諒一の豆知識を適当に聞き流す。

「へぇ、こんな交通の便が悪い場所によくそれだけの人が来るもんだな。」

「観光客の大半が船舶で来てるから宿泊施設には困らない。あと、船旅の途中で“ついでに”見ていく大型客船の旅行者も多い。」

 陸上とは違い、乗り物を停める場所に制限がないのは海上都市におけるメリットの一つであった。

「さすが諒一、物知りだ。」

 いいかげん諒一の説明にはうんざりしていたが、喋るなとも言えず、結城は適当に褒めた。

「いや、結城も学校で習ってるはず。」

「……。」

 博物館の周囲には観光客がたくさんいて、中にはカメラを構えて記念撮影をしている者もいた。行列なども見られず、先ほどの格納庫と違ってスムーズに展示物を見ることができそうだった。

「で、結局あそこに行くの?」

「違う。もっと特別な場所だ。」

 このフロートユニットで結城が喜ぶような場所は博物館以外にないだろう。しかし、諒一はそれを否定し、ひたすら円周に沿ってユニット内を時計回りに歩き続ける。

 結城はここ1年間ほとんど歩いてなかったため、既に太ももあたりが張ってきており、明日か明後日には筋肉痛になることを覚悟した。

「まだ歩くのか、……歩くの疲れたし、もう博物館でいいよ。」

「……到着した。」

 結城が弱音を吐き始めてすぐに目的地に到着した。それは1STリーグのチームが利用しているビルのうちの一つで、午前中に見たトライアローのビルとほとんど同じ形をしていた。そのビルの正面玄関に掲げられているチームロゴを見て結城は思わず声が裏返ってしまった。

「……キルヒアイゼンじゃないか!!」

 諒一が連れていきたい場所とは、キルヒアイゼンのビルだった。ビルの形も大きさも2NDリーグのそれと変わらなかった。

「中に入ろう。」

 諒一は短く言うとすたすたとビルの敷地内へ入っていく。結城は、ビルに入って何をどうするのだろうか、と思っていたが、とりあえず諒一の後を追いかけることにした。

 若干、困惑しつつ、諒一と共にビルの中に入るとロビーに1人の女性が立っていた。

 ロビーには、大きな油絵や、VFをモチーフにした彫像などが飾られていたが、誰にも見られることなくどこか淋しげな雰囲気を漂わせていた。

 女性は2人を待っていたようでこちらの姿を見るとゆっくりと近づいてきた。

「お待ちしていました。本日、このビルを案内させていただく『オルネラ』です。どうぞよろしくお願いします。」

 物腰柔らかな女性はふわふわとした声で2人を出迎えた。年齢は20前後だろうか、背は結城より少し高いくらいだったが、腰の位置は結城よりだいぶ上にあった。髪は印象的な銀色で、肩口あたりで揃えてカットされていた。瞳の色は青く、それは2人に透き通った海を連想させた。

 オルネラと名乗った女性は両手を差し出し握手を求めた。差し出された手も含め、オルネラの肌は真珠のように白く、触ると汚してしまうのではないかと錯覚するほどだった。2人がどうしようか手をこまねいているとオルネラは結城の右手、諒一の左手を掴んで無理やり握手した。

「あの、ありがとうございます。」

 結城は手を握られて、なぜかお礼の言葉を口にしていた。そして、外国人と対面したときのあの微妙な緊張を思い出していた。

「旗谷諒一と高野結城です。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 諒一はバッグから取り出した書類をオルネラに直接手渡した。

オルネラはその書状にサラッと目を通すと受付に渡した。受付のスタッフはそれをデスクの上にあった機械で読み取り、なにやら事務作業をし始めた。

 書状にはダグラス社のマークが印刷されていた。それを見て結城はあることを思い出し、口元を隠して、オルネラに聞こえないように小さな声で諒一に話しかけた。

「もしかしてこれって学校が募集してた追加課題の……」

「うん。都市内のチームに見学しに行けるらしかったから結城の分も申し込んでおいた。」

「また勝手に……私が今日行かなかったら課題はどうするつもりだったんだ?」

「もうすでに結城の分まで作ってある。だから余計なことは心配しなくていい。」

 顔を付き合わせてひそひそと話しているとスタッフの作業が終了し、書状の代わりに来客者用のパスが2人に手渡された。パスは首からかけるタイプのもので、ナイロン製の紐でできた輪の先に薄っぺらいカードがぶら下がっていた。

「2人とも、それを首にかけておいてくださいね。社内には学生が見学に来ることを通達していますし、私がついてますからパスはいらないとは思ったんですが……。」

 オルネラは申し訳なさそうに言った。

「セキュリティ体勢が盤石だとレポートに書くので大丈夫です。これは記念品にもなりますから、頂けて嬉しいです。」

「そうですか。……おみやげは他にも用意してありますから楽しみにしていてください。」

 気を使った諒一の言葉にオルネラは笑顔で応えた。

 2人は早速受け取ったパスを首にかけることにした。

 諒一はすぐに首にパスをかけることができた。しかし、結城は髪が邪魔になっているようで、首の後に手を回したまま手こずっていた。

「……。」

 それを見た諒一は結城の背後に周った。

 結城は諒一の手に紐を預け、後ろでくくった髪をまとめて持ち上げた。その間に諒一が結城の首に紐を通し留め具を嵌めた。留めた時に出るパチリという音を聞いて結城は髪をおろし、カードの位置を調整した。

 息のぴったりあった2人の作業を、オルネラはニコニコしながら見ていた。

「仲がいいんですね。恋人同士で見学デートなんてそうそうできませんから、今日は楽しんでいってください。」

 否定しようとしたものの、諒一は結城の背後で持ち上げたときに乱れた髪を整えており、それを当たり前のように受け入れている結城の言葉に説得力はないだろう。

今この状況を見て、2人が恋人同士ではないと判断するのは困難かと思われた。

 諒一が受付にビデオカメラを預け、2人の準備が完了するとオルネラは姿勢を正し、咳払いした。

「名目上は“社員による視察”となっていますが、“学生の見学”のつもりで気楽に行きましょう。あと、普通に会話してくださって結構です。丁寧な言い回しばかりしていると肩が凝ってしまいますからね。」

 2人は頷き、その反応を確認したオルネラはビルの奥へと歩き出す。

「それではまずはこのフロアから案内しましょう。ついて来てください。」

 案内するのが楽しみなのか、オルネラの足取りは軽く、声も弾んでいた。


  6

  

「……ここが、我がチームの誇るVFラボラトリーです。」

 結城、諒一、オルネラは様々な部署を見て回り、最大の見せ場である地下ラボラトリーに到着していた。ここではVFの研究、開発、修理、整備などが行われている。VFマニアにとっては天国のような場所である。

 諒一と結城はオルネラに案内されてラボの中に入った。ラボ内部はスタジアムにある簡易格納庫とは比べものにならないほど広く、また、VFごと入ってしまうような巨大な機器が多く見られた。

 休憩のタイミングに見学に時間を合わせたらしく、研究員や作業員の姿はあまり見られなかった。そのため、作業を邪魔することなく、ラボ内を自由に見学できそうだった。

「お目当てのVFはあそこです。」

 オルネラは右前方を指差して言った。そこにはキルヒアイゼンの技術の全てが詰め込まれているであろう、結城のよく知っているVFがあった。

「ファスナだ!!」

 結城は柄にもなく子供のような無邪気な声でVFの名を言うと、2人を置きざりに、一人で右前方に走りだした。

 ファスナは修繕用の大きなゲージのような機械の中で立っており、背中を固定されていた。まだ修理の途中らしく、頭部は胴体から外されて床に置かれていた。

 もっと近くで見ようと結城が近づくと作業服を着た人の影が見えた。

 結城はあいさつをするつもりで近づいていったが、その途中で一人の男性が結城よりも先にその人影に挨拶をした。

「お疲れ様、もう休憩時間になってるよ。」

 作業服の人物はその声に気がつくと被っていた帽子をとってその男性に挨拶を返した。

「イクセルさん、昨日はお疲れさまでした。」

 イクセルという名前を聞いて、結城はとっさに歩を止めて、近くにあった機材の影に隠れた。かなり大げさな動きをしたにも関わらず、イクセルと作業服の人は結城に気づかず、そのまま会話を続けた。

「昨日は負けてすまなかった。……修理、お願いできるかな。」

「大丈夫です。頭部はいくらでもスペアがありますし、すぐに済ませますよ。」

「ありがとう、それを聞いて気が楽になったよ。」

(昨日の開幕戦、負けたのか……。)

 声しか聞こえなかったが、イクセルは負けた割にはずいぶんと楽しそうに会話をしていた。その声は好青年の代名詞のようなしっかりとした声だった。しかし、その口調はのんきなもので、てきぱきとした話し方ではなかった。

「次の試合までゆっくり休んでください。体を休めるのも仕事のうちですからね。」

「言われなくても分かってるさ……。」

 結城は不本意ながら盗み聞きしている状況に陥っていた。

 パスもあるし、堂々としていればいいのだが、2人の会話を中断するのは気が引けた。また、想像とは違うフレンドリーな会話をしているイクセルに結城は少々戸惑っていた。

 基本的に結城はVFにしか興味がなく、イクセルについて名前以外のことは全く知らなかった。そのため、「強いのだから豪快な格闘家のような性格をしているのだろう」と勝手に想像していたのだ。

 イクセルは相変わらずフレンドリーな会話を続ける。

「次の試合は無傷で圧勝してみせるよ。」

「それだとこっちの仕事がなくなってしまいますよ。……じゃぁ休憩に行ってきます。」

「じゃあね。」

 やがて会話が終わり、作業員は工具をデスクの上に置いてその場を去っていった。

 結城はイクセルと話してみたい気持ちはあったが、先程までの会話を盗み聞きしていたと勘違いされたくはなかったので、そのままイクセルが去るまで隠れていることにした。

 しかし、いつまで待ってもイクセルがその場を去ることはなく、結城は不自然な体勢でしゃがんでいたため、足が痺れてきていた。

 結城の足が限界をむかえそうになった時、ついに結城がもっとも恐れていた言葉がイクセルから発せられた。

「こそこそしないで出てきたらどうだい。」

 そのイクセルの呆れた声は、「そこにいるのは既に分かっている」という風な物言いだった。このまま隠れていても仕方が無いので観念して結城は姿を見せることにした。

「ごめんなさ……「やっぱりばれてましたか。」

 結城が機材の影から姿を現すと同時に、イクセルを挟んで向こう側からオルネラの声が聞こえた。どうやら隠れていたのは結城だけではなかったようだ。

 イクセルはオルネラの方に体を向いていたが結城の声を聞いて振り向いた。そして、いきなり背後から現れた結城にびっくりしていた。

「学生服……なるほど、今日は学生が見学に来る日だったね。すっかり忘れてたよ。」

 イクセルは結城の想像よりもかなり若かった。オルネラと同い年くらいだろう。黒い髪には寝癖があったが、そういう髪型だと言われると納得しそうなくらい調和が取れていた。おまけに眠たそうな顔をしており、ここのラボのスタッフと言われても不思議ではない印象を受けた。

 イクセルは背筋をピンと伸ばすと、自己紹介を始めた。

「こんにちは、僕がこのキルヒアイゼンの専属ランナー、イクセルだ。今日は好きなだけ見学していってくれ。」

 言い終わるとイクセルは結城、諒一の順に握手をしてオルネラの元に向かった。

「まさかオルネラが案内をするとは思っていなかったよ。」

「私も、イクセルさんがラボにいるとは……てっきりトレーニングルームにいるものかと思っていました。」

 オルネラは結城や諒一以上に、偶然イクセルと遭遇したことを喜んでいる様子だった。

「久々に負けたからね。VFの様子を見ておこうと思って……。オルネラはなんで案内役を?」

「やることもないですし、それにほら、自分の会社を案内するのって楽しくありません?」

「そういうものなのか。」

 イクセルはオルネラとも親しそうに会話をしていた。

2人の距離はかなり近かった。しかしオルネラは不快な様子ではなく、イクセルはオルネラの肩に手を載せたりもしていた。

 何か怪しいと思った結城は諒一に意見を求めるべく、しびれる足にムチを打って諒一のいる場所までゆっくりと歩いて行った。

「イクセルって、もしかして女癖悪い?」

 結城の質問に諒一は呆れ顔で答えた。

「夫婦だ。」

「ん?」

「イクセルとオルネラは結婚してる。」

「……?」

 結城の顔は質問してきた時のまま固まっていて、まだ状況を理解していなかった。ここまで情報に疎いと相手に悪いと思ったのか、諒一は詳しい説明を開始した。

「オルネラ・キルヒアイゼンはこのチームの責任者だ。イクセルが婿養子になる形で3年くらい前に結婚した。急な話だったし、ランナーとチームのトップの結婚ということで結構話題になった。……みんな知ってることだ。」

「え、オルネラさんって社長だったの?」

「それも知らなかったのか……。」

 結城の声が聞こえたのか、イクセルとオルネラは2人のそばまで来て話しかけてきた。

「改めて“夫婦”って言われると、なんか変な感じがするな。」

「そうですね、私はまだ恋人のつもりでいますから、そのせいかもしれません。」

「そういう考え方もあるか……。」

 相変わらず仲良く話しているイクセルだったが、いきなり右腕を頭の位置にまで上げてガードの体勢をとった。それと同時にイクセルの背後から足が出現し、ガードした部分に勢いよくキックが命中した。

 イクセルはその足を素早く掴んで、キックを放った本人ごと前方へ投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた人物は空中で回転し、結城たちの目の前で綺麗に足から着地した。そしてすぐに喋り始めた。

「人前でイチャイチャするなよ!!」

 結城の視線の先には少女がいた。その後姿は長い銀色の髪によって見ることが出来なかった。遅れて少女の背中に舞い降りたその髪は、まるでファスナの頭部についている長い金属製の細板のようで、まっすぐ腰辺りまで伸びていた。

「昨日の試合、ボクならファーストコンタクトで終わらせてたよ。」

 声はオルネラとかなり似ていたが、口調はやんちゃな少年のようだった。同じ珍しい髪の色をしているし、背丈のことを考えるとオルネラの妹だと予想できた。

 敵意むき出しの少女に、イクセルは苦笑いで話しかける。

「やぁ、ツルカ。試合、見てくれたんだ。」

「当たり前だろ。ボクだってこのチームの一員なんだ。」

 ツルカと呼ばれた少女は話しながら、オルネラをイクセルから遠ざける。オルネラはツルカに手を引かれてラボの出口に向けてどんどん進んでいく。

 イクセルはオルネラを取り返すべくツルカを追いかけた。

「もしファーストコンタクトで倒せたとしても、一撃で終わると面白く無いだろう。飽くまでエンターテインメントなんだから観客を楽しませるくらいの気概でいないと、長く続かないよ。」

 イクセルの緊張感のないセリフに腹がたったらしく、ツルカはイクセルに体の正面を向けた。おかげで結城たちはツルカの顔を見ることができた。

 顔もオルネラにそっくりで、瞳の色も同じ青色をしていた。だが表情は険しく、オルネラが怒るとあんな顔になるのだろう、と結城は勝手に想像していた。

 その顔でツルカはイクセルにきつい言葉を放った。

「じゃあ、すぐにランナーを辞めることだね。こうも生ぬるい戦いばかり続けるようなら、キルヒアイゼンのランナーとしては失格だ!!」

 “失格”とまで言われたが、イクセルはあまり真に受けて無いようだった。

「一応、ランナーとしては最強のつもりでいるんだけどなぁ。」

「何が最強だ。頭部を一撃って……素人でもあんな情けない負け方しないぞ。!」

「仕方ないだろう。あれだけ衝撃を与えてまだ動けるとは思ってなかったんだ。それに、腕に武器を仕込んでいるなんてわかるわけがないだろう。」

「言い訳なんて聞きたくない。」

 今まで傍観していた結城はイクセルの敗因を聞いて驚きを隠せなかった。“壊れた頭部パーツ”、その穴を開けた“腕の仕込み武器”……。

(偶然……じゃない。)

 それに、妙に細部にこだわったCGや演出、今までゲーム中に感じなかった違和感。もしかすると、昨日ファスナと闘っていたのは私ではないのか。

(ありえない。それに、もしそうだとしても私があのイクセルに勝てるはずがない。)

 結城はその疑惑を解消すべく、隣でイクセルたちを眺めている諒一に質問をした。

「なぁ、昨日のキルヒアイゼンの対戦相手ってどこだったんだ?」

 妙に切羽詰っている結城を怪しむことなく、諒一は答える。

「ダークガルムの……」

 一気に結城の心拍数が上昇する。これ以上聞いてはならない気がする。だが、結城の耳は諒一の口から発せられる空気の振動を捉え、脳はその信号を言語に変換し、本人にその言葉の意味を理解させた。

「アルザキルだ。」

 結城は一気に体温が下がり、驚くほど自分が冷静になっていることに気がついた。

「……そうか、ありがとう。」

自分がイクセルを倒したのはほぼ事実だろう。しかし完璧にそうだと言えない。たまたま、同じチームのVFで、たまたま同じ隠し武器を装備し、たまたま同じ場所にダメージを与え、たまたま同じように勝利した可能性も無いわけではないからだ。

 結城はそれを確かめる必要があると考えていた。

 イクセルとツルカの口論は見学者を置き去りにしたまま、なおも続いていた。

「……ともかく、辞めるわけにもいかないだろう。このチームには僕以外ランナーがいないんだから。」

「ボクだってランナーだ!!」

「ごめんごめん。」

 いい加減うんざりしたのか、イクセルはがっくりと肩を落として額に手を当てた。

「事あるごとに絡むのはやめてくれないかな。そんなに僕のことが嫌いなのかい?」

「そうだよ。」

 イクセルは許しを乞うようにツルカに言ったが、ツルカの態度は変わらず、譲歩するつもりはないようだった。

「参ったなぁ。どうすれば許してくれるのかなぁ。」

 困っているイクセルに助け舟を出したのは諒一だった。

「その制服、ダグラスの制服ですよね。」

 それを聞いて、その場にいた全員が今さらながら、ツルカと結城が同じ制服を着ていることに気がついた。

 しかし全く同じというわけではなく、結城のスラックスと違い、ツルカは丈の短いプリーツスカートを履いていた。そして足にはニーソックス、靴は頑丈そうなブーツを履いていた。スカートやソックスは上着と同じ色調のものだったので、あまり違和感はなく、むしろツルカによく似合っていた。

 オルネラはその姿を見てツルカに抱きついた。

「ツルカちゃん、その制服かわいい。」

「えへへ。お姉ちゃんありがと。」

 ツルカはアゴの下を撫でられた犬のような表情でオルネラに抱かれていた。

 微笑ましい光景だな、と思ったのも束の間、オルネラはそのまま体をがっちりとホールドし、ツルカの動きを完璧に封じた。

「イクセルさん! ツルカは私に任せて、今のうちに2人をラボの外に!!」

 イクセルは急遽、動けないオルネラの代わりに案内役を務めることになった。

「わかった……さぁ、こっちだ!!」

 結城と諒一はイクセルに先導され、幸せそうな顔をしているツルカの横を通り過ぎ、次の見学場所に行くため、ラボの外へと向かった。

 ラボを出るとイクセルは大きくため息をついた。

「結婚してから妙に突っかかるようになってね、でもツルカにはいろいろと迷惑をかけたから、あまり強くは言えないんだ。」

 ツルカが先程のようにイクセルを襲ったのは今回が初めてではないらしく、長い間この件で悩んでいるようだった。

 1STリーグのランナーでもあんな女の子に悩まされているのかと思うと、結城は同情の気持ちが湧いてきた。

ラボの次に案内されたのは、ランナーのために用意されたトレーニングルームだった。

「ここがトレーニングルームだ。本来ならここで学生と対面する予定だったんだけど……。」

 その部屋はラボのすぐ近くにあった。この部屋も入室するのにカードキーが必要らしく、イクセルはカードを取り出すべくポケットを探っていた。

 ドアが開くのを待っている間、結城はツルカの言ったことが気になり、堪らずイクセルに質問した。

「あの娘もランナーなんですか?」

「ランナーというか……、僕の練習相手みたいなものかな。あと、気付いてるとは思うけど、彼女はオルネラの妹だ。つまり僕の義妹ってことになるんだけれど……妹というよりは小姑と言ったほうが良いかもしれないな……はは。」

 イクセルは力なく笑う。

「歳は12で、新学期からは君たちと同じ、ダグラスの企業学校に通うらしいよ。」

「そうなんですか。」

 うまく答えをはぐらかされたが、結城はそれ以上詳しく事情を聞くつもりはなかった。

 イクセルはようやくカードを取り出し、それを使ってドアを開けた。中に入ると結城は素直な感想を口から漏らした。

「意外と殺風景……。もっとトレーニング器具みたいなのが置いてあると思ってました。」

「前は置いてたんだけどね、ぶつかると危ないから全部のけてもらったんだ。」

 中は普通の学校の体育館くらいの広さがあった。しかし、大きなマットが敷かれているだけで、空間を無駄遣いしているように思えた。

 部屋の隅にはVFのコックピットを模した機械が2つほど置かれていた。

 3人はマットを踏んで横断して、その装置に近づく。諒一はその装置の周りをぐるりと一周すると、イクセルに話しかけた。

「これは、もしかしてシミュレーターですか?」

「正解。僕はこれをトレーニングにはあんまり使ってないんだ。使うのはバージョンアップ調整の時くらいかな。」

「ゲームセンターに置いてるのとはだいぶ形が違うんですね。」

 その大きさもしかり、ゲーム用のものとはかなりの相違点が見られた。これほどキルヒアイゼンのシミュレーターが大型になっているのは、フィードバックシステムがあるからだ。シミュレーション内のVFの動きにあわせて、台座の装置が動き、コックピットを上下左右に動かすというわけだ。

「こっちのシミュレーターはキルヒアイゼンが独自に開発した物だからね、多分、ゲームよりお金はかかっていると思うよ。」

 結城は無意識のうちにその大きなシミュレーターに視線が釘付けになっており、そわそわして落ち着かない様子だった。

「せっかくだからやってみるといい。ツルカもさっきまで使用してたみたいだし、起動状態になってるはずだよ。」

「やってみます!!」

 当然それに乗るつもりでいた結城は、イクセルの言葉を合図に、迷う様子も見せずにシミュレーターに乗り込んだ。

 ……20分後、結城は用意されていた基本動作用のプログラムを難なくこなしていた。

「へぇ、ずいぶんうまいなぁ。今時の女の子はこういうの慣れてるのかな。ツルカもシミュレーションだと僕よりうまいし。」

 諒一とイクセルは、結城の隣にあるもうひとつのシミュレーターの中で、結城の動作を備え付けられたモニターで見ていた。

「結城はゲームをかなりやり込んでるみたいですから、慣れてて当然だと思います。」

 諒一はコックピットの中に入り、ヘルメットまで付けていた。しかし、ハッチは空きっぱなしになっており、結城のようにVFを動かすつもりはないようだった。

「君はやらないのかい?」

「やるより見ている方が好きなんです。」

 見学の時間が終わるまで、結城はシミュレーターで遊び続けた。


 8

 

 全ての部署を回り終え、結城と諒一はロビーに戻ってきていた。

 2人の手には紙袋が握られており、そこからポスターや人形などがはみ出ていた。

「こんなにお土産を貰って……ありがとうございます。」

 袋から溢れんばかりのグッズの量に諒一は恐縮していた。対する結城はうれしさが表情に出いた。早く帰って袋の底にあるものも見てみたい、という気持ちでいっぱいだった。

 ロビーにはイクセルやツルカの姿はなく、来た時と同じく受付の人とオルネラしかいなかった。

「私も久しぶりに全ての部署を見ることができてよかったです。こういう機会がないと用事のない場所までいけませんから。」

 オルネラは本当にそう思っていたらしく、2人と同様に今回の見学を楽しめたようだった。

「本日の予定はここまでです。本社の視察ご苦労さまでした。」

 オルネラは形式的な挨拶をした。

諒一も同じように返事をする。

「本日はとても有意義な時間を過ごすことができ、満足しています。案内ご苦労さまでした。」

 そう言うと諒一はオルネラに背を向け、出口へ向かった。結城も諒一の後に続いてロビーから外に出た。オルネラは笑顔で小さく手を振っていた。

「真面目な良い子達だったね。」

 帰っていく学生2人の背中を見ながら発言したのはイクセルだった。イクセルはいつの間にかオルネラの傍らに立っていた。

「イクセルさんも見送りくらい一緒にすればよかったのに。」

「いや、このくらいでいい。あんまりサービスし過ぎると、僕どころか彼らにも悪い影響を与えかねない。」

「人気者は辛いですね。」

 結城と諒一の姿が見えなくなるまで、オルネラとイクセルはロビーから2人の背中を見ていた。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 次の話では、ある人物が結城に大きく関わってきます。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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