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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
与えられた者
21/51

【与えられた者】第一章

 前の話のあらすじ

 2ndリーグ、2位決定戦において、アール・ブランはクライトマンに勝利した。これで、アール・ブランは昇格リーグに駒を進めることになった。

 一方、先に昇格リーグに出場することが決定していたトライアローの非正式のVFランナー『ドギィ』と、チーム責任者の『フォシュタル』はその試合を観客席で見ていた。

 ドギィはフォシュタルから正式なVFランナーになるように勧められたが断り続ける。なぜなら、彼は人殺しという罪を背負っていたからだった。

第1章


  1


 私『鹿住葉理』はアール・ブランの技術協力要員として働いている日本人である。

 このチームに来てから半年以上経ち、ようやくここの雰囲気にも慣れてきたところだ。

 しかし、協力とは名ばかりで、実際にはVFの管理や改良それに整備に至るまでほとんど一人で作業を行っている。

 そのためか、もともとここにいるメンバーよりよっぽど忙しい。

(しかし、仕方ありません……。)

 もっと他の整備員に頼れば楽になるのだろう。しかし、私が手塩をかけて創り上げたアカネスミレを他人に触れさせたくはない。なので、一人で作業を行うより他にないのだ。

 ……例外として諒一君には手伝ってもらっている。しかし、それも簡単な作業だけで、フレーム部分や制御系全般は、例え土下座されたとしても触らせるつもりはない。

 世間から見れば諒一君は十分に役立つVFエンジニアなのだろうが、私から見れば少しVFに詳しいだけの少年に過ぎない。

 過去に一度、私の身辺や所属団体を詮索されてからは、あまり信用しないようにしている。

 だが、それらを除けば、誰が見ても立派な面倒見のいい優秀な学生である。

「鹿住さん、飲み物おかわりしましょうか?」

 そんなことを考えていると、その諒一がいきなり隣に現れた。手にはドリンクの入ったボトルを持っており、メンバー全員に注いで廻っているようだった。

「どうも、ありがとうございます。」

 鹿住は空になった紙コップを諒一に向けて掲げた。すると諒一はボトルを両手で持ち直し、中身が飛び跳ねないように綺麗に注いでいく。

 相変わらず諒一君は気配りが素晴らしい。時々、気が行き届きすぎて恐ろしく感じられるほどだ。そして、その仕草には無駄も淀みもない。

 なぜか鹿住の中に『執事』という2文字が思い浮かぶ。

 フィクションではよく聞くが、執事はこれに近い動きをしているのだろうか。それとも、人の世話を続けていると自然と理想的な身のこなしを会得することができるのだろうか……なんとも興味深いテーマである。

「鹿住さん、ランベルトさんみたいにお酒のほうが良かったですか?」

「お酒?」

 諒一に言われ、鹿住はランベルトのいる場所に目を向けてみる。ランベルトはビール片手にヘラヘラと笑っていた。

(まるでおっさんですね……。いや、そういえばおっさんでした……。)

 ランベルトの近くには結城やツルカもいて、3人とも馬鹿みたいに笑いながら会話をしている。ランベルトさんはともかく、女子学生2人はアルコールもなしによくあそこまで陽気にやれるものだ。

「ビールしかありませんが、どうですか?」

 ……そんなに私はアルコールが恋しいという表情をしていたのだろうか。それともアルコールを摂取してもっと楽しく盛り上がれということなのだろうか。

 諒一君に心配されるほど、私は小難しい顔をしていたのだろう。

 変に気を使わせてしまい、鹿住は諒一に対し、少しだけ罪悪感を感じた。……しかし、あのように理性を失ってまで騒ぎたい気分ではない。

 ……かといって諒一君の気遣いを無下にする訳にもいかない。

(一杯くらいなら……)

 飲んだとしてもこの紙コップの大きさならば、一杯でせいぜい120cc程度だ。私の肝臓でも余裕でアルコールを分解できるだろう。

「それじゃあ、頂きましょう。」

 諒一の勧めを受け入れることにした鹿住は、ジュースの入ったふやけかけの紙コップを台の上に置くと、かわりにビールの入った新しい紙コップを諒一から受け取る。

(お酒は久し振りですね……。)

 鹿住はとりあえずそれを一口飲んだ。

「う……。」

 鹿住は思わず顔をしかめてしまう。

 やはり慣れないものは慣れない。

 苦い液体が喉を通って胃に落ちていく感触を味わいながら、鹿住は諒一に話しかける。

「諒一君も給仕じみたことはしないで楽しんだらどうですか。」

 諒一はふやけた紙コップを回収しゴミ袋に入れると返事する。

「いえ、誰かがやらないと誰もやらないので。気にしないでください。」

「結城君の面倒までみて、諒一君は献身的過ぎやしませんか。体が持ちませんよ?」

「それを言ったら鹿住さんも、いつも夜遅くまでアカネスミレに付きっ切りじゃありませんか。あれに比べればこのくらいの苦労は何ともないです。」

「そうですか……。」

 こうも無表情で淡々と喋られては、頷くより他にない。

 このチームの人間は諒一君の好意に甘えすぎだ、とつくづく思う。こんな時くらい諒一君に楽させてあげて欲しいものだ。

(そうでないと彼が不憫すぎます。)

 ……などと、諒一に関して色々と考える鹿住であったが、“自分自身が諒一を手伝う”という発想に至ることはなかった。

(ん? あれは……)

 ふと遠くを見るとタバコを吸ってくつろいでいる男性老人の作業員の姿が見えた。名前は忘れてしまったが、確かランベルトの父親のはずだ。彼にならいきなり話しかけても失礼ではないだろう。

「諒一君、あのお爺さんに代わってもらえないか私が聞いてあげましょう。ここで待っていてください。」

 そのまま鹿住は席を立つも、諒一によって引き止められてしまった。

「ベルナルドさんに手伝わせるなんて無理です。あの人は年寄りなんですから。」

 こんなに気を使い過ぎていては、いずれストレスで死んでしまうのではないだろうか。

 結城君が彼をこき使っている理由がやっとわかった気がした。

「……そうですか、ではささやかながら、そのジュースを諒一君に注いであげましょう。」

「どうもありがとうございます。」

 鹿住が諒一からボトルを受け取ったタイミングで、いきなりランベルトが大声をあげた。

「では、昇格リーグ進出を祝って……カンパーイ!!」

 続いて結城君の飽き気味の声が聞こえてくる。

「またカンパイ? 今日何回目? 後何回やるつもりだ……。」

「いいからいいから……カンパーイ!!」

 ランベルトは結城の手を掴み、無理矢理上に引っ張った。肩の関節が外れるのではないかと思われるほどの勢いで、結城の拳が天に向けられる。

 同時にツルカもテーブルの上に乗って飛び跳ねる。

「カンパーイ、イエー!!」

 観念したのか、結城はツルカの後に続く。

「はいはい、カンパイカンパイ。」

 その様子をじっと見ていると、ランベルトがこちらに気づき大きく手を振る。

「ほらほらカズミもこっち来てカンパイ!!」

 新しい言葉を覚えたばかりの子供のように、ランベルトは“カンパイ”を連呼していた。

「……仕方ないですね。乾杯くらいは付き合いましょう。」

 鹿住は席を立つと、みんなが集まっている場所へ移動していった。



 ――現在、アール・ブランのラボではちょっとした祝賀会が開かれている。

 もちろん、クライトマンに勝利したことを祝って開かれているものだ。

 昇格リーグに進出しただけでこの有様だ。1STリーグに出場できるようになったとすれば、どんな騒ぎが起こってしまうやら、とても想像できそうにない。

(全く、本当にお気楽な連中ですね……。)

 しかし、ギスギスしているよりは幾分マシである。

 鹿住が結城達の会話を聞きながらビールをちびちびと飲んでいると、先程見かけた老人男性、ベルナルドが会話の輪の中に入ってきた。そして結城に向けて話しかける。

「お嬢さん、よく頑張ったな。」

 すかさず結城が丁寧に返事をする。

「ありがとうございます、ベルナルドさん。」

 結城君は年上を敬う姿勢は忘れていないようだ。……ランベルトという例外を除いて。

「あれ、親父、来てたのか。」

 その例外のランベルトはビール缶を既に5本も空にしていたが、酩酊状態でも父親の顔を判断することはできるようだ。

 ベルナルドはランベルトの隣に座り、ランベルトが持っているビールを奪った。

「ワシが来ると都合の悪いことでもあるのか?」

「そんなことはないけどさぁ……もう年なんだし早く帰ったほうがいいんじゃ……」

「お前に心配されるほどワシは老いぼれておらん。」

 そう言うと、離れた場所にビールを置き、ベルナルドはすぐに立ち上がる。

「あと、今日はほどほどにしておけ。次の試合もすぐに始まるんだろう?」

「そうは言っても、次に当たるのは他の地域の2NDリーグチームだ。よっぽどのことがない限り負けはしないさ。」

 余裕の態度で受け答えするランベルトに、今度はツルカが言葉を投げかける。

「そんな事言って、いきなりトライアローと当たったらどうするんだ。」

 鹿住もツルカと同じようなことを考えていた。どのタイミングで試合をするかはわからないが、1STリーグに行くためにはトライアローに勝たなければならない。

 ツルカの話を聞いて、結城君は難しい顔をしていた。

「一度も戦ったことがないし、ランナーも誰だかわからないからなぁ……。」

 少しでもトライアローの情報を得るためにも、トライアローとの試合はなるべく後のほうがいいだろう。

(組み合わせがどうなるかで勝敗が分かれそうですね。)

 鹿住が考えていると、諒一がそれを解決するようなセリフをその場に居る全員に向けて言う。

「……確か、同じ地区のリーグチームは2つのブロックで分けられるから初戦から当たることはまずあり得ないはず。トライアローと当たるとすれば、それは決勝の時かと。」

 それを知っていたのか、ランベルトは諒一に続けて発言する。

「そうそう、だからまだ日数的に余裕があるってことだ。」

 ランベルトはビールを奪い返し、再びぐびぐびと飲み始める。

 難しい顔をしていた結城は、諒一の言葉を聞いて安堵したようにため息をつく。

「なんだ、……そういうことは早く言えよな、諒一。」

「ごめん。」

 ……せっかくランベルトの説明不足を補ったのに酷い言われようだ。本当に諒一君は苦労人である。

 諒一から注意をそらすために、鹿住は結城に言葉をかける。

「それにしてもよくクライトマンに勝てたものです。しかも、あんなにあっさり……正直、結城君の強さには驚きました。」

「そ、そうですか?」

「はい。この分ならトライアローにだって負けないと思います。」

「そうだといいなぁ。」

 褒められて気分を良くしたのか、結城は照れ隠しにジュースを何度も口元に運んでいた。

 と、不意にラボの出入口のドアが開いた。

 誰か帰ったのだろうかと思い、鹿住はドアに視線を向ける。

「!?」

 しかし、出入口にいたのはアール・ブランのメンバーではなかった。 

 その人物は息を乱しながら大声でこちらに問いかける。

「おい!! ここにリュリュが来てないか!?」

 ――それはリオネル・クライトマンだった。

 リオネルは入り口からラボ内を鋭い目付きで見渡していた。

 尋常ではないリオネルの様子に、ランベルトは一気に酔が覚めたようだ。真面目な口調でリオネルに返事する。

「お前の妹なら来てないぞ、……何かあったのか?」

「何でもない!! 見かけたらすぐに知らせろよ、いいな!!」

 リオネルは挨拶もしないですぐに去っていった。 

(何だったんでしょうか……。)

 鹿住は急にリオネルが現れたことについて驚いていたが、それよりも彼が言ったことが気にかかっていた。

「あれ、リオネルだったよな。何か焦ってたような気がしたんだが……。」

 不思議そうに入り口を見つめている結城に対し、ツルカは同意するように話す。

「ボクもリオネルが焦ってるように見えた。あと、リュリュがどうとか言っていたな。」

 2人とは違い、ランベルトはそこまで気にしていないようだった。

「リュリュを探してたんだろ。」

「探すって言ったって……どうしてウチのラボまで調べる必要があるんだ。しかもこんな時間に……」

 鹿住は何があったか、大体の予想がついていた。

(家出ですね。)

 その予想を裏付けるように、今度はラボの奥から女性の声が聞こえてきた。

「……さすがお兄様、勘が鋭いです。危うく見つかるところでした。」

 そう言いながら機材のスキマから出現したのは少女だった。

 少女はその場でクライトマンのロゴの入った帽子を脱ぐ。すると帽子に押しつぶされていたかわいいリボンが顔をのぞかせた。

 そのまま少女はこちらがいる場所まできて、自然な所作でテーブルに座った。

「あれ、どこから……?」

 一体どこから現れたのか、鹿住が疑問に思っていると、かわりにランベルトが素っ頓狂な声で質問する。

「リュリュ!? いつの間に……というか、どうやってここまで入ってきたんだ!?」

「以前侵入した時の経路からです。予想通り、未対策なままでした。」

 鹿住は当事者でないのでわからないが、以前、VFを破壊されたということはランベルトから聞いていた。しかし、こんな可愛らしい少女が犯人だとは思ってもいなかった。

 また、少女は顔も外見も着ている服も少女そのものだったが、なぜだか雰囲気は落ち着いており、鹿住は違和感を覚えていた。

 鹿住や、他のメンバーが唖然としていると、リュリュは自ら説明し始める。

「試合後にお兄様がスタッフに暴言を吐いてしまいまして……さすがのお兄様でも、あそこまで尊大な態度をとられてはチームとしてやっていけなくなります。ですから、私も心苦しいですが、少し距離を置いてお兄様に頭を冷やして頂くことにしたのです。」

「やはり家出ですか……。」

 ここまで落ち着いていると、家出には見えない。むしろマネージャーであるリュリュがいなくて困るのはリオネルの方だと考えられるので、いわば『逆家出』である。

「そんなことはいいから、早くどこから入ってきたか教えろ。コンクリ流しこんででも完璧に塞いでやる……」

「心配しなくとも教えます。そのかわり、しばらくここに身を置かせて貰います。」

 リュリュの突拍子も無いセリフに、全員が同じリアクションをとる。

「えぇ!?」

 それに動じることなくリュリュはまたもや説明を開始する。

「今のところ持ち合わせも無いですし、カードを使うと足が付きます。野宿をしようにも、このフロートユニットにはいたるところに監視カメラシステムが備え付けられていますから、すぐに見つかってしまいます。……かといってカメラの死角になるような危険な場所にい続けることもできません。」

 少しでも痕跡を残せばすぐにリオネルに見つかってしまうのだろう。その幼い外見に似合わないしっかりとした考えに鹿住は感心した。

「なるほど、適当な場所がここしかなかったというわけですね。」

「はい、そういうわけです。侵入が簡単で知り合いもいる場所といえばここ以外に思い浮かばなかったのです。」

「確かに、このビルは空室がたくさんあるし、泊まる場所には困らないな。」

 結城が何気なく発言すると、リュリュは嬉しそうな反応を見せた。

「それは本当ですか? ラッキーです。」

 それを聞いてツルカも同じようなことを考えたのか、結城にある事を提案する。

「今日はもう遅いし、ボクも泊まろうかな……。ユウキもどう?」

「それもいいかもな。」

(……むしろ私はこのビルに住みたいです……。)

 ちなみに鹿住はビルのすぐ近くにある建物の部屋を借りている。しかし、寝るためだけにある部屋と言ってもいいほど、部屋にいる時間は短い。逆に、長い時間過ごしているこのビル……このラボが自分の場所だと考えることもできる。

 シャワーも休憩室も仮眠室もあるし、ここで寝泊まりできればかなり楽になるだろう。だが、ランベルトがそれを認めるわけがなかった。

 結城はツルカの提案を受け入れたのか、「うん」と前置きをして話す。

「じゃあツルカと一緒に私も……」

 しかし、諒一がその提案をすっぱりと切って捨てる。

「2人とも、ちゃんと学生寮に帰らないと駄目だ。」

 真っ向から否定されたのが気に食わなかったのか、結城は諒一に食って掛かる。

「なんだよ諒一、前にもここに泊まったことがあるし大丈夫だって。」

「外泊許可の申請は最低でも1週間前にやるのがルールだ。あの時はきちんと手続きしていたから良かったんだ。今から寮に連絡しても多分認められない。」

「なんだ……残念だなぁ。」

「保護者から学生を預っているわけですから、それくらいの学校側の対応は当然ですね。」

 リュリュもそんな経験があるのか、何度も頷きながら言葉を続ける。

「やっぱり学生寮という場所はいろいろと制約があって大変ですよね。」

「そうなんだよ。私もどこか部屋でも借りようかな……。」

 結城は腕を組んで何やら考え始める。

 鹿住は結城が部屋を借りることには賛成しかねていた。学生なのだから学生寮に住んでいる方が都合がいいに決まっている。

 鹿住はそれをストレートに伝えてみる。

「結城君、制約があるぶん寮のほうが暮らしやすいとは思います。食事なんかも用意してくれているわけですし、学校までかなり近くて登校も楽じゃありませんか?」

「んー、料理は諒一がいるから問題ないな。」

「……。」

 勝手にコックにされた諒一君を見ると、全く問題はないという顔はしていなかった。

「あと、学校がある中央タワービルは居住区の中心にあるから、どこに住んでも距離はあんまり変りないな。」

「そうですか……。」

 ここまで言われて、鹿住はこれ以上反対することができなかった。

 結城とツルカは早速どこに住むか相談し始める。

「ボクも半分くらいは捻出できるぞ。で、どのあたりの家を買うんだ?」

「やだなぁツルカ、買うんじゃなくて借りるだけだ。」

「そうか、家賃くらいなら全額払えるな。」

 そういって2人はにこやかに笑う。それにつられてランベルトも笑う。

「はは、さすがキルヒアイゼンのお嬢様……って、おいお前ら!! コイツと普通にお喋りしてんじゃねぇよ!!」

 今まで黙っていたランベルトが無理矢理会話を中断させた。

「……ちょっと待ってろ、リオネルに連絡して引き取ってもらう。」

 なんだかんだ言ってランベルトの対応が正解だろう、と鹿住は思う。ほかチームの人間を、しかも年端のいかないかわいい女の子を、ついでに言うと、チーム責任者の妹を勝手に泊めたとあっては何を言われるか分かったものではない。

 しかし、結城はまだ反対しているようだった。

「まぁまぁランベルト、ちょっとくらいなら泊めてやってもいいんじゃないか?」

「駄目だ!! 」

 ランベルトはリュリュをすぐにでも追い出したいようだ。

 しかし、リュリュは全く動じることなく呟く。

「他のセキュリティーの甘いところも教えてあげなくもないですよ。専門の業者に頼んだらどのくらい経費がかかるか、想像できないあなたじゃないでしょう。」

「……。」

 その経費がどのくらいなのか鹿住にはわからない。しかし、女の子を数日泊める方が安くつくのは明らかだった。

 そしてそれはランベルトにとって悪魔の囁きだった。

「……仕方ないな。数日だけだぞ。」

 リュリュのたったひと言だけで、ランベルトは考えを180度変えてしまった。

 これで問題は解決したかに思われたが、アール・ブランの最後の良心である諒一がまだ異を唱えていた。

「待ってください皆さん。またVFを壊されたらどうするんですか。冗談じゃ済まないし、替えのVFもないんですよ?」

(これは当然の考えですね。)

 鹿住としても、ビル内に他チームの人間が居るのはあまり好ましくないと考えていた。

 だが、それすらもリュリュは物ともせず、淡々と喋る。

「そんなことはしません。むしろ、アール・ブランには試合に勝ち続けてもらって、1STリーグに行って欲しいんです。そこまでやってもらわないと試合に負けてしまったクライトマンの面目が立ちませんから。……応援こそすれ、妨害行為なんて神に誓ってやりません。」

 なるほど、確かに納得の行く理由である。

「へぇ、ただのブラコンかと思ってたけど、ちゃんと真面目に考えてたんだな……」

 ツルカは誂うようにリュリュに向けて言った。するとリュリュはムッとした顔をして反論する。

「ツルカさん、あなただってシスコンじゃありませんか。お兄様から話はよく聞いています。」

「なんだよ、部外者のくせに……」

「部外者という点ではあなたも同じです。あまり偉そうにしないでください。」

「……。」

 ツルカが黙るとリュリュは姿勢を正して改めて挨拶をする。

「アール・ブランの皆様、暫くの間お世話になります。よろしくお願い致します。」

 本当にこれで良かったのか、鹿住は一抹の不安を拭いきれないでいた。


  2


(やはりお酒は苦手です……。)

 結局、鹿住はビールを何杯か飲んでしまい少し酔っていた。そしてその酔いを覚ますため、ラボから仮眠室へと移動していた。

 仮眠室は特別な設備があるわけではなく、狭い部屋にベッドが3つ並んでいるだけのシンプルな場所である。ちなみに、鹿住はよくここを利用している。

 鹿住は入り口から数えて3番目、一番奥にある窓際のベッドの上に腰掛けると一息つく。

「ふぅ……。」

 祝賀会と銘打った、ただの馬鹿騒ぎは、リュリュの登場によりお開きになってしまったが、あのまま続けていればもっとひどく酔っていたに違いない。

 今頃諒一君が一人で後片付けをしていることだろう。手伝いたいのも山々だが、こんな状態では却って邪魔になってしまう。

「鹿住さん。」

 ベッドの上でぼーっとしていると、不意にすぐ近くから声がした。

 それに反応して部屋を見渡すと、1番目と2番目のベッドの間に結城が立っていた。

「……結城君でしたか。」

 ジャージ姿の結城君は、隣のベッドに飛び乗って仰向けになって寝転んだ。

 鹿住は結城の方を向いて話しかける。

「学生寮に帰らなくていいのですか?」

 結城は仰向けのままでメガネを外し、ベッドの頭側にあるスペースにバンザイするような体勢でその外したメガネを置いた。

「まだ時間があるから大丈夫。ちょっと休んだら帰るつもりだ。」

「ツルカ君は……」

「ランベルトとリュリュに付いて行った。どの空室に泊まるか、早速決めるみたいだ。」

(ということは、やはり片付けは諒一君が一人で……。)

 鹿住の予想は見事に当たっていたようだ。

「あ、帰る時間になったら諒一が起こしに来るから、鹿住さんも一応服は着といてね。」

 ……服を着ておいてくれ、ということは、結城君は普段は服を脱いで寝ているのだろうか。

 とにかく鹿住は諒一が来ることについて了解する。

「わかりました。」

 こちらが返事すると結城はベッドの上で「んん……」と小さく唸り、伸びをした。

 学生にランナーに忙しく疲れが溜まっているのだろう、鹿住からは結城がぐったりしているように見えた。

 初めてのことが多く疲労困憊なのに、文句も言わずすべての試合で勝利を収めている……これほど素晴らしいランナーはそうそういない。

 そんなことを考えていると、自然と口から言葉が漏れていた。

「……結城君、ありがとうございます。」

 結城は寝たままこちらに顔を向けて心配そうに応える。

「いきなりどうしたんだ? もしかして酔ってる?」

 こんな事を面と向かっていうなんて、確かに酔っているのかもしれない。だが今は結城君に感謝の念を伝えたくて仕方がなかった。

「アカネスミレをあんなに上手く操ってくれて……開発者冥利につきます。」

 これが自分の本心なのだろう。たまには酔うのも悪くない。

 アカネスミレが完成したときは、こんな小娘に操作できるはずがないと思っていたが、今思うと、あの時素直に七宮の言うことを聞いていて良かったと鹿住は感じていた。

 こちらが褒めちぎったせいか、結城君は若干照れ気味に言葉を返してくる。

「アール・ブランが勝てたのはアカネスミレあってこそだ。あれは最高のVFだと思う。」

「“最高”ですか? ……結城君はアカネスミレ以外のVFに乗ったことがないと聞いていますが……。」

「いやいや、シミュレーションゲームで大体のVFには乗ってる。」

 大真面目に言う結城に対し、鹿住はめずらしく真面目に反論する。

「ゲームはゲームです。実物とはまるで違いますよ。あんなただのデータの集合体がVFの格好してるだけのエセ物を本物と同じように考えないでください。」

 結城はこちらの話を受け流し、穏やかな口調で言い返してくる。

「そんな事言って、鹿住さんはゲームも本物のVFにも乗ったことあるのか?」

「私は開発者ですから、乗らなくてもわかるのです。」

「ふっ……ははは。」

 私は何かおかしな事でも言ったのだろうか、結城君はいきなり笑い始めた。

 鹿住がその原因を考えているうちに結城の笑いもすぐに収まり、結城はしみじみした様子で呟く。

「……こうやって鹿住さんと話すの、初めてかもしれないなぁ。」

「そうですか? 私は結構会話しているような気がするのですが。」

 VFの調整の際には結城君から意見を聞いているし、会えば世間話くらいはしている。だが、結城君の考える“会話”というものはもっと別のもののようだ。

「それに、こんな静かな場所で1対1で話すのは多分初めてだと思う。」 

「そう言われると、そんな気がします。」

 プライベートな話ということだろうか。……確かに、身の上話や趣味嗜好などについてはあまり会話していない。今までの会話はほとんどがVFBや作戦に関することだけだったように思う。

 すぐに結城君はこちらについて詳しく聞いてきた。

「鹿住さんって、ここに来る前はどこで何をしてたんだ?」

(これは、話してもいいことなのでしょうか……。)

 こちらの情報に関しては基本的に秘密にするようにと七宮さんに言われている。

(少しくらいなら話しても問題ないですよね。)

 しかし、今夜は『酔い』が鹿住の口をかなり軽くしていた。

「言ってませんでしたか? ダークガルムで働いてたんですよ。アカネスミレはその時に場所を借りて作ったVFです。」

「へぇ……別に日本で作ったわけじゃないのか……。」

 結城は仰向けの状態で枕の下に腕を差しこみ、枕ごと頭を抱えた。いろいろと結城が考えているように見えたので、鹿住はさらに説明を加える。

「そもそも日本じゃこんなVFは作れません。あっちではVFは『兵器』扱いされていますから。他にもこういうことしている団体は多いと思います。」

「ふーん……じゃあ、ダークガルムの前はどこに?」

「その前ですか。それはちょっと……」

 このまま根掘り葉掘り質問されてはキリがない。

 気軽に話してしまったのは失敗だったかもしれないと思い、こちらが言い淀んでいると、結城は答えを促すように言葉を投げかけてくる。

「別にいいじゃないか、鹿住さんのこともっと知っておきたいんだ。」

(私のことを知りたい……ですか……。)

 結城にそう言われ、鹿住は観念したように語り始める。

「……大した過去はありません。私は普通の学校に通う、普通の学生でしたよ。」

「普通の学生がVFの開発なんてできるわけないだろ!?」

 あまり知られたくないので情報を最低限に抑えたのだが、早速、結城君によって不明瞭な点を指摘されてしまった。

 言い方が悪かったのだろう。鹿住はもう少し情報を増やして説明しなおす。

「言い直します。私は機械いじりがちょっと好きな、内気な学生でした。」

「機械いじり?」

「ええ、聞いた話だと、小さい頃の私は何でも手当たり次第に解体していたらしいです。」

 “らしい”というのは、自分でもその記憶が曖昧だったからだ。流石に物心ついてからの記憶ははっきりとしているが、『解体』というよりは『中身を覗く』という感覚だった。

 結城は何かに思い至ったのか、恐る恐るこちらに質問する。

「まさかVFも解体したり……?」

「いえ、さすがにVFに直接触れる機会はありませんでした。ですが、友達とも遊ばない私にとって、VFBというものは魅力的なコンテンツだったとぼんやり記憶しています。」

 ものの仕組みに興味があった鹿住が、現代科学技術の粋の結集であるVFに興味を示さないわけはなかった。

 日本では生でVFBを観戦できる機会は少ないため、当然、VFを直接見られる機会も少ない。それどころかその機会は無に等しい。そのため、鹿住は映像などでVFBを見ていたのだ。

(懐かしいですね……。)

 鹿住が過去を思い返していると、結城はそれが当たり前であるかのように発言する。

「じゃあその時にVFを作ろうと思ったわけだ。」

 しかし、結城の予想は外れていた。

「まさか、……ただ試合を見ながら色々と考えているだけでした。」

 こちらの回答が腑に落ちないのか、結城君は上半身を起こしてこちらをじっと見た。

 そして、わざとらしく頷きながら、こちらに同意するようなセリフを言う。

「……やっぱりVFBを観た後は色々想像するよな。私も頭の中でVFを自由に操作して空想の世界に浸ってたなぁ。鹿住さんもそんなことを考えてたんじゃないか?」

 結城の努力も虚しく、またしても鹿住は全く違う意見を口にする。

「そうですか? ……私はむしろ機構の方に興味がありました。例えば、関節部分や素材はどうなっているのだろうか、とか、こんなギミックを取り入れたら面白いだろうな、とか……そんなことばかり考えていました。」

 こちらが言い終えると、結城君はふっとため息を付き、再び天井に顔を向けて頭を枕に預けた。

「……うん、鹿住さんらしくていいと思う。」

 結城が聞く体勢に入ったところで、鹿住は自分のことを話し続ける。

「そうやって考えているだけでも十分満足していたのですが、幸いなことに、私には数字を操る才能とモノづくりの才能があったみたいで……」

「鹿住さんが言うと嫌味に聞こえないから不思議だ。」

 口ではそういっているものの、結城君の顔を見ると微妙に不機嫌な表情をしているように思えた。……多分気のせいだろう。

 鹿住は結城の言葉を軽く受け流すことにした。

「そんな私の才能を見つけたある方がパトロンになってくれて、私に、私の能力を最大限に活かすことのできる、最適で最高の環境を与えてくれたんです。」

 鹿住は結城から目を逸らし、その時のことを思い出す。

 あの時はトントン拍子に物事が決まっていき、半ば流されるようにしてVFの世界に足を踏み入れたのだ。

 周りの人間にはそんな素振りを見せていなかったので、進路が決定したときはみんな驚いたものだ。自分でも驚いた記憶がある。

 結城はそのパトロンに興味があるのか、その話題には食いついてきた。

「パトロンってすごいな、それってどんな人なんだ?」

「それは秘密です。でも結城君もどこかで見たことがあるかもしれませんよ。」

「まさか、そんなに有名な人なのか……?。」

 私をこの道に誘い込んだのは、もちろん七宮さんだ。

 今の自分ならば話を聞く前に断っていたのだろうが、昔の私はあらゆる事に対する認識が甘く、また、親切にしてくれる人に対して免疫がなかった。

「ま、鹿住さんがここにいるのもその人のお陰ってことか……。そういうことなら私もその人に感謝しないといけないな。」

(あなたもその人のおかげでここにいられるのですよ、結城君……。)

 結城君は知らない。シミュレーションゲームを通じてVFの操作を教えたのが七宮さんであるということを。そして、アカネスミレをアール・ブランに送ったのも、彼の指示で実現し得たということも。

 鹿住は知っている。いまから七宮が何をするのか、そして結城を駒としてどの様に扱っていくのかを。

 しかし鹿住がそれを結城に伝えることはできない。

 鹿住は当たり障りない返事を結城に返す。

「……ええ、そうですね。」

 今進行している七宮さんの計画を、全て結城君に話せたらどんなに楽だろう。

 しかし、鹿住はVFを創ることに魅力を感じてしまっている。そのため、今更、開発資金の全てを出してくれている七宮さんに背くことはできないのだ。

 無条件で従うより他ない。

 結城君を半分騙しているような気がして、今さらながら後ろめたさを感じていると、仮眠室のドアが開いた。そしてすぐに諒一が部屋の中に入ってきた。

「結城、片付けが終わったから帰ろう。」

「うん、わかった。」

 結城は短く返事をすると、ベッドから起き上がりメガネを装着する。

「それじゃあね。……これからもよろしく、鹿住さん。」

「はい。」

 こちらが返事をすると、結城は無防備な笑顔を見せた。私のことを完璧に信頼しているのだろう。その笑顔が自分一人だけに向けられたものだと考えると、余計に心が痛む。

(七宮さん……、本当に結城君にあんなことをさせるつもりなんですか……。)

 鹿住の心配をよそに、結城と諒一は仲良さそうに並んで仮眠室から出ていった。


  3


 携帯端末の着信音で鹿住は目を覚ました。

「……。」

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。端末を見ると時刻は夜中を回っていた。

 早く自分の部屋に戻らなくてはならない。

 自分を起こしてくれた着信相手に感謝しつつ、鹿住は携帯端末の通話ボタンを押した。

「はい、鹿住れす。」

 ――噛んでしまった。

 こちらの開口一番の間抜けなセリフが可笑しかったのか、スピーカーの向こう側から控えめな笑い声が聞こえてきた。

(この声は……)

 鹿住は、この笑い方からすぐに通話相手が七宮であるということが分かった。

 ひとしきり笑うと、七宮はようやく話し始める。

「鹿住君……ずいぶん疲れているみたいだね。」

「い、いえ、大丈夫です。」

「そうかい? 無理しないでくれよ。鹿住君が倒れたりしたら困るからね。」

 疲労で倒れるほど自己管理能力は低くない。

 現に、疲労回復のためにこうやって仮眠室で寝ている。

「本当に平気です……それで、何でしょう?」

 こちらが用件を聞くと、七宮は早速話し始める。

「いやぁ、結城君もとうとう来るところまで来たと思ってね。ここまで上手く事が進むと、却って不安になるよ。」

「同感です。私も、結城君があそこまで強いとは思ってもいませんでした。お陰でこちらの負担が減ってよかったです。修理もあまりしないで済んでいます。」

 結城の実力は予想外だが、それはいい意味での予想外だった。この分なら1STリーグでもうまく行くに違いない。

「さて、あとの問題はトライアローだけだね。」

 七宮の言うとおり、その1STリーグに行くためには、昇格リーグでトライアローに打ち勝たねばならない。

 鹿住はそれが困難な試練になるだろうと考えていた。

「今回ばかりは一筋縄には行きそうにないですね。データを見る限りでは相手は結城君の実力を上回っていますし。」

「データはデータさ。ランナーの実力というものはそう簡単にデータ化できないよ。特に、急成長中の結城君はね。」

 確かに結城君の成長速度には目を見張るものがある。しかし、結城君の成長に期待して、その実力を頼りにすることはできない。希望的観測も度を過ぎると、ただの無謀な願望になってしまうのだ。

「気楽に構えるのもいいですけれど、さすがにVFのスペックデータを無視するわけにもいかないと思います。七宮さんだって、メイルシリーズの性能を知らないわけでもないですよね?」

「そうだね。あれはそこそこ厄介な相手だったよ。」

 トライアローのVF『アクトメイル』『ヘクトメイル』『オクトメイル』、これらは全て“メイル”が付くため『メイルシリーズ』と呼ばれている。

 それぞれ高機動型軽量VF、攻撃型中量VF、防御型重量VFと特徴がはっきり分かれており、対戦相手によって最適の型のVFを使っているというわけだ。

 アカネスミレはオールラウンド型なので、トライアローは中量級のヘクトメイルを使用してくると予想してはいるが、本番が来るまで確かなことはわからない。

「……メイルシリーズのどのVFを投入してくるかわかりませんが、どのVFも完成度はかなり高いです。弱点を突くという戦い方は通用しないと考えていいでしょう。」

「十分わかってるさ。でもそうなると、ちょっと手助けしないといけないね。」

「手助けというと?」

 鹿住は端末のスピーカーから聞こえてくる七宮の声に集中する。しかし、七宮は口調を変えて全く関係ないことをこちらに聞いてくる。

「……ところで鹿住君はコンピュータにも詳しいのかい?」

「はい?」

 何を手助けすればいいのか訊けると思っていた鹿住は、脈絡無く放たれたその言葉に戸惑う。

 七宮はこちらの反応を待たずして話を進めていく。

「ついでに、プログラミングにも詳しいと嬉しいんだけれど。」

 またふざけているのかと呆れる鹿住だったが、次の言葉で七宮の真意を知ることになる。

「……特にセキュリティーの頑丈なネットワークへの侵入について、ね。」

「!?」

(まさか……クラッキング?)

 これは不正行為どころか、下手をすれば犯罪行為である。程度によるかもしれないが、結城君の実力ならばトライアローに少しの隙を作るだけで十分試合に勝てるはずだ。

 こちらが絶句していると、七宮は不正行為をすることに抵抗がないのか、何ともない風にこちらに声をかける。

「なに、向こうに相応のハンデを負ってもらうだけさ。」

「しかし……」

「だめだなぁ鹿住君。このくらいで怖気付いていたら、この先何も出来なくなるよ?」

 この先もこんな大それた事をやらねばならないのだろうか。

 自分はVFに精通しているので、システムに介入して一時的に電源を落とすことくらい簡単にできる。問題はそれを発覚されないようにできるかどうかであった。

(見つかれば私どころかアール・ブランまで罪に問われることに……)

 リスクを考慮に入れなくとも、鹿住はこのような卑怯なことをするのに気が引けていた。

「おいカズミ、いるのか?」

「!!」

 いきなりした声に驚き、鹿住はビクリとしてしまった。その声は七宮にも聞こえたらしく、七宮は手早く別れの挨拶を言う。

「詳しい話はまた今度、直接会って話すことにするよ。じゃあね鹿住君。」

 七宮はそう言うとすぐに通話を終了させた。鹿住も端末を枕の下に隠し、怪しまれないよう、わざと眠たそうな声で返事をする。

「……なんですか?」

 こちらが起きていることを確認したのか、その声の持ち主はドアをゆっくりと開ける。

「入るぞ。」

 短い掛け声と共に入ってきたのはランベルトだった。ランベルトはこちらに近付くことはなく、入口付近で留まった。

「今日はここで寝るのか?」

「いえ、ちゃんと自分の家に帰って寝ます。」

「そうか。」

 私がどこで寝るのか、そんなことを確認してどうなるのだろうか。

 それを聞き返す前に、鹿住はその理由を知ることになる。

「お願いがあるんだが……今日だけはリュリュをそっちに泊めてやってくれないか。」

「……今なんと?」

「リュリュをカズミの家に泊めてやって欲しいんだ。」

 どうしてそういうことになるのだろうか、リュリュはこのビル内の空室に泊めることになったはずだ。それがどうして、どういう成り行きで私の部屋に泊めなければならないのか。鹿住には理解不能だった。

「数時間前に話は決着したはずですが、……なぜこういうことになったんです?」

 こちらが説明を求めると、ランベルトはやたら手を動かして、苦し紛れな説明を開始する。

「女の子を泊めるとなると色々と準備が必要なんだよ。頼む、今日だけでいいからさ。」

「何を図々しいお願いしてるんですか、自分の家に泊めればいいだけの話じゃないですか。そうでなくとも、ここに立派な仮眠室が……」

「それができないからわざわざ頼んでるんだ。」

「『わざわざ』……?」

 到底、人にものを頼むとは思えないランベルトの態度が癇に障り、また、少し眠たいことも相まって、鹿住はイライラしていた。

「ランベルトさん、さすがの私にも限界ってものがあるんですよ……?」

 鹿住が睨むとランベルトは苦笑いしてお願いを続ける。

「いや、とにかくだな、女で一人暮らしのカズミが何かと都合がいいんだ。女同士なら間違いが……いや、トラブルが起きることもないだろ?」

「そんなことはいいですから、なんでそういう話になったのか説明を……」

 こちらの台詞の途中で、仮眠室の中にリュリュが入ってきた。

 ランベルトの影でやり取りを聞いていたらしい。リュリュは鹿住の目前まで来ると濡れた瞳を大きく開いて、切ない声で懇願してくる。

「お願いしますカズミ様。ご迷惑は絶対にかけませんから……。」

(居られるだけで十分に迷惑なのですが……。)

 事情はどうであれ、ここまでされて『NO』とは言えなかった。

「はぁ……仕方ありませんね。すぐに準備しますから部屋の外で待っていてください。」

 しぶしぶ了承した鹿住は、さりげなく枕の下に手を入れて携帯端末を回収する。そしてベッドから降りて足側の手すりに掛けていたフード付きの白衣を手に取る。

 すると、近くにいたリュリュが手のひらを上にむけ、こちらに差し出してきた。

「お着替えならお手伝いしましょうか?」

「いえ結構です、これを羽織るだけですから。」

 こちらがそう言うと、リュリュはお辞儀をして部屋の外に向かっていった。

 鹿住は慣れた手つきで白衣の袖に腕を通していく。

 そして、後ろ手に髪をまとめてフードの中に突っ込む。作業中に長い髪が機械に巻き込まれないようにフードに入れているのだ。しかし、作業でなくとも入れるのが癖になっていた。

 髪を短く切ってしまえば楽なのだが、一応、鹿住も長い髪を手入れするくらいの乙女心は持ち合わせていた。

 準備が終わり仮眠室から出ようとすると、部屋の外でランベルトとリュリュが何やら小声で話していた。

 気になった鹿住はすぐに聞き耳を立てる。

「うまくいったな……目薬使って正解だったろ?」

「ええ、これで私も安心して普通の部屋に泊まることができます……」

 どうやら先ほどのリュリュのお願いは演技だったらしい。しかもランベルトの入れ知恵付きである。

(……おかしいと思ってたんです。)

 人の親切を何だと思っているのだろうか。

 ……と言うものの、女の子一人をビル内に置いておくのはあまり良いことだとは思えない。それが部外者ならなおさらだ。そして決まったことを今更断ることはできない。

「カズミ様、どうかされたんですか?」

 無意識のうちにリュリュを見つめていたらしい。すぐに鹿住は視線を前に戻す。

「何でもないです。……早く帰りましょう。気を抜くと眠ってしまいそうです。」

 大きなあくびをすると、鹿住は仮眠室を後にした。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 この章では鹿住を中心に話が進みました。突然転がり込んできたリュリュや、破壊工作を指示した七宮など、何か鹿住の周りでやばいことが起こりそうな予感がします。

 次の話では結城が海上都市群を散策します。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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