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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
全ての始まり
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【全ての始まり】第一章

前話までのあらすじ

 主人公の少女、『結城』は、幼なじみの『諒一』と共に巨大なロボット同士が戦う『VFB』を見て、自分もロボットに乗って、同じように戦ってみたいと考えるようになる。

 しかし、スタジアムからの帰路で、その夢を謎の青年に完膚なきまでに否定される。

 負けず嫌いな結城はその決意をより一層強くした。

1章


  1


 とある高原地帯。

 空は恐ろしいほど青く晴れ渡り、遠くにはお椀をかぶせたような山が連なって見える。

 地面には背の高い雑草が生い茂っており、周辺は平坦な地面と岩しか無かった。

 生き物の気配はない。

 ただ風が岩の合間を抜ける音と、草同士の擦れ合う音がその場を支配していた。

そんな大自然の中、一体の人型戦闘兵器……VFヴァイキャリアス・フレームが大きな岩に背中を預けて座っていた。

そのVFの周囲には同じような大きさの岩がいくつも配置されており、そのうちの大半がばらばらになって崩れ、中には綺麗に真っ二つに切断されているものもあった。

 ……高野たかの結城ゆうきはその岩の断面を視界の端に捉えていた。

(岩を両断するなんて……。)

 現在、結城はVFを操作して岩の上から頭をのぞかせて周囲の状況を確かめていた。

 結城の操るVFは全てのパーツが青一色で統一されている。

 また、全体的に直線で構成されており、無駄な装飾物などは一切見られなかった。装甲もデザイン性の欠片もなく、同じ大きさの装甲が体の各所にぺたぺたと貼りつけられているだけだった。

 一言で言えば“量産機”という言葉がよく似合うVFだった。

(……見つけた。) 

 顔を覗かせて暫くすると、岩を両断したVFの姿を捉えた。距離は遠く、相手は背中を見せて立っている。

 そのVFは、結城の操る青色のVFとは違い、個性的な外見をしていた。

 頭部には戦国時代の兜のような装飾品が付けられ、首元はごつい金属質の首輪によって覆われている。

 腕は太く、肘付近には出力を上げるための補助機構が見られた。さらに腰には刀の鞘のような物があり、長い物と短い物、合計二本が並んで取り付けられていた。

 また、周囲と同化するためか、体中に迷彩パターンがプリントされていた。

 まだ相手はこちらの存在に気付いていない。

 そのことを確認すると、結城は右腕に装備していたライフルを握りなおし、銃身が地面と水平になるまで持ち上げる。

 ライフルは長いバレルと角ばったデザインが特徴的であり、口径もかなり大きかった。

(多分これがラストチャンス……。)

 背を向けている今が攻撃のチャンスだ。これを逃せば勝機はない。

 結城はライフルストックをVFの肩に当て、相手に向けて構える。そして、間髪入れず立て続けにトリガーを5回引いた。

 銃声という言葉では言い表せないほどの轟音と共に、5つの弾丸が相手に向かって飛んでいく。

 そして、その轟音が相手に届く前に、初弾が狙い通り背中に命中した。

 ……だが、拳ほどの大きの弾丸が命中したにも関わらず、相手のVFは少し前につんのめってその衝撃に耐えた。

 着弾したところも装甲が少し剥げた程度で済んでおり、ダメージは全く受けてないようだった。

 すぐさま相手は腹が地面に付くくらいまで姿勢を低くし、遅れて飛んできた4発を回避した。

(うわ、あの体勢から!?)

 相手が走って避けることを想定してわざと弾道をずらしたのだが、その施策は無駄に終わったようだった。4発は相手のVFの上を通過して向こう側にあった岩に着弾する。岩はばらばらになって砕け散り、小さな破片が宙を舞った。

 回避行動が終了すると、相手はこちらに向けて一直線に跳んで来た。

 相手は刀のような武器を両手で持っていた。結城はどんどん近づいてくる相手に向けて弾をばらまく。しかし弾は当たらず、相手の接近するスピードが落ちることはなかった。

 そうこうしているうちにとうとう結城は相手と接触した。

相手は刀のような武器を天高く掲げ、こちらの脳天めがけて思い切り振り下ろす。

 結城は上段からの斬撃をライフルの側面で受け止めた。しかし、受け止めただけであって、刀はいとも簡単にライフルを真っ二つにした。

 しかし、そのお陰で刀の軌道がずれ、結城のVFに刃が届くことはなかった。攻撃を回避した結城は安堵のため息をつく。

(ふぅ……)

 だが、安心していたのも束の間のことだった。

 若干斜めに振り下ろされた刀は地面に到達する直前で静止し、すぐさま刃を逆さにして、今度は下方から襲い掛かってきたのだ。

(ッ!?)

 もう避けている余裕などない。

 結城はとっさに腕に内蔵された小型のブレードを展開してそれを受け止めた。

 しかし、小さなブレードで刀の勢いを殺せるわけもなく、衝撃に耐え切れなくなったブレードは根元から折れて弾き飛ばされてしまった。

 ――ここでようやく、先ほどまっぷたつに切られたライフルが地面に落ちてきた。

 ライフルの断面からはそれを構成する部品が飛び出ており、薬莢の付いた弾丸があたり一面にばらまかれた。

 こちらが武器を失っても、相手が攻撃の手を休めることはない。

 ここが勝機と見たのか、相手は防御や回避することも忘れ、ひたすら結城に攻撃し続ける。

 逆に、結城は攻撃を捨て、身を守ることに必死だった。

 相手の刀は結城のVFに当たっているものの、全てがその中心を捉えておらず、ただ外側の装甲を削っているだけだった。そのため結城のVFは体中傷だらけになっていたが致命傷はひとつも受けてなかった。

 とは言え、それも長くは続かない。

 結城は真正面から来た突きをかわしきれず、相手の刃を手のひらで受け止めた。刃は手のひらを突き破り内部に侵入すると、肘を通って肩にまで到達し貫通した。

(……掛かったな。)

 相手は刺さった刀を抜こうとしたが、奥まで完璧に貫通した刀は簡単に抜けになかった。さらに結城は腕を押しこんで手のひらを刀のつばの部分まで押し進めた。

 武器が使用不能になり無防備になった相手は、反撃をおそれて刀から手を離し、距離をとる。

 相手が十分に離れたことを確認すると、結城は刀の刺さった左腕を胴体からパージした。腕は重力に従い、刀と共に地面に落ちる。

 落ちた左腕はきれいに刀に突き刺されており、それはまるで串に刺された肉のようにも見えた。

 刀はもう使えないと判断したらしく、相手は先ほどよりも刀身の短い刀……脇差しを鞘から抜いた。

 鞘は脇差の柄を握った瞬間に縦に裂けるようにして展開し、それと同時に脇差と鞘をつなぎ止めていた2つのボルトが外れる。

 鞘から開放された脇差を構えると相手は再び結城に飛び掛ってきた。

 結城は残された右腕の内蔵ブレードで迎え討とうとした。……が、相手は結城の真横をすり抜ける。

 何事かと思ったのも一瞬のことで、結城はすぐに相手の意図を知ることとなる。

 相手は脇差を逆手に持ち直し、すれ違いざまに後頭部目がけて突きを放ってきたのだ。

 結城は咄嗟に回避体勢に入り、脇差の刃から逃れるべく体の軸を横にずらす。この咄嗟の判断が功を奏したようで、脇差は狙いを外し頭部ではなく首に突き刺さった。

 切れ味は先ほど手放した刀と遜色なく、突き刺さった脇差はVFの頸部装甲を貫通し反対側から飛び出した。

 刀を左腕と引き換えに封じられたこともあってか、相手は首に突き刺した脇差をあっさり手放す。

 そして素手で頭部を掴んで、強引にねじり始めた。

 頭部は嫌な音を立ててへこみ始める。

(なんて乱暴な……!!)

 このままだと頭部を破壊されるのは時間の問題だ。

 結城はこの状況を脱するべく、ねじられている方向に体を回転させ後ろを向き、相手の頭を掴み返した。

 そして、頭部を掴んだまま仰向けに転がる。

 もちろん、ただ単に転がったわけではない。結城にはきちんとした作戦があった。

(刀に突き刺される感触、味あわせてやる……)

 それは、首に刺さったままの脇差を武器として利用する作戦だった。

 仰向けに倒れたことで首に刺さったままの刀の切っ先は上を向いており、結城はそこ目がけて相手の頭部を引き寄せた。

「行けッ!!」

 首から突き出た脇差は、結城の作戦通り相手の頭部に突き刺さる。

 結果、相手のVFはその機能を停止した。

「はい、終わり終わり。」

 ……決着が着くと同時に周囲の景色が真っ黒に染められていき、やがて2体のVFは消滅する。

 そして目の前に『WIN』という3文字が表示された。

「またこのパターンですか……。」

 真っ暗な視界の中、結城の耳に届いた声は相手のVFランナーが発したものだった。その声は女性のもので、先程までの荒々しい戦い方からは想像できないような、おっとりとした声だった。

「やはりユウキにはかないません。まさか自分の武器に刺されて負けるなんて……。」

 女性は負けたにもかかわらずそれほど悔しい様子ではなかった。むしろ結城の自傷をいとわない戦い方に驚き、感心しているようであった。

「それだけ、切れ味のいい武器だったってことだ。」

 結城の声は芯のある明瞭な声で、おっとりとした女性の声とは対称的だった。

「それにそっちのVFの損傷は背中と頭部だけだろう? こっちなんか体中ボロボロ。」

 女性は結城の言葉を聞いて呆れた口調で言う。

「損傷が激しいのは、ユウキがグレードの低いパーツしか使ってないからです。」

「そうだな、でも私はコストパフォーマンス重視だからなぁ……。それにどうせ毎回換装してるから高いパーツはあんまり使いたくないんだよね。」

「そうですか、それなら気兼ねなく斬ることができて安心です。」

 冗談めかして言う女性に対し、結城はおどけた声で応える。

「はは、どんどん斬っちゃってくれ。」

 彼女の論調では、さっきの闘いでは斬るのを遠慮していたということになるのだが、結城はそうとは思えなかった。

「……ところでセブン(seven)、さっきの回避行動はすごかったな。普通ならあの弾は避けられないぞ。」

 結城が言っているのは4発の弾丸を避けた場面だった。

 セブンと呼ばれた女性は結城の賞賛の言葉に「ありがとうございます」と言いつつもなにやら上の空だった。

 どうやら背後から誰かに呼ばれているようだ。微かに声が聞こえる。

 セブンはその声に応じた後、こちらに別れの挨拶を告げる。

「そろそろ時間ですので、今日はこれにて失礼させていただきます。」

 いつもどおりの展開に結城も同じく挨拶を返す。

「じゃあね。また明日。」

「はい、長い時間お付き合いしてくださってありがとうございました。それでは……」

 セブンの返事を聞くと、結城はHMDヘッド・マウント・ディスプレイを外してバーチャルシミュレーションゲームを終了させた。そして背伸びをして目をこするとパソコンの電源を切った。

 ……その後、結城は同じ室内にあるベッドに倒れ込むと、数分としないうちに寝息を立て始めた。


  2


 セブンとゲームで戦い終えて6時間後、結城は目を覚ました。

 覚めたと言っても意識はまだはっきりしていない。いつもの様に、ベッドの上で眠気が覚めるまであぐらをかいてしばらく座る。

「ふあぁ……」

 腰辺りまで伸びたブラウン色の髪はぼさぼさで、頭頂部あたりの髪は長時間HMDを被っていたせいか、不自然な形にへこんでいた。

次第に覚醒してきた結城は重いまぶたを頑張って開き、ベッドの上で逆さになっているデジタル時計を見て現在の時間を確認する。

 結城の目元にはくまが出来ており、それは医者でなくとも慢性的な睡眠不足だということが分かるくらい酷いものだった。

「12月41日……じゃない、12時41分……。」

 手に持った時計を再びベッドの上に転がすと、結城はベッドから降りて立ち上がった。身長は160cmくらいだろうか、低くもなく、高くもないといったところだろう。

 現在、結城が身につけているものはタンクトップとボクサーパンツだけだった。ボクサーパンツから出ている二本の足は、なめらかな曲線を描いて床にまで伸びている。

 床には脱ぎ捨てた衣服やプリント類、スナック菓子の空き袋が散乱していた。そのため、踝より下はそれらに埋れて見ることができなかった。

 結城はゴミを足で掻き分けながら寝室の出口に向けてふらふらと歩く。

 その途中、結城は目のあたりに手をかざし何かを探すように顔の表面をなぞる。

「眼鏡……」

 顔に探しものがないことがわかると結城は進行方向をくるりと変えてベッドに戻っていく。

 すると、男性の声が部屋の外から聞こえてきた。

「結城、起きたのか? 昼食の準備ができた。」

 結城は誰かの呼ぶ声を無視して、再びベッドの上に乗る。その後、ベッドの隅のほうでよれよれになっているシーツを掻き分けると、すぐに捜し物は見つかった。

 結城はそれを手に取ると、ようやく先程の声に返事をした。

「はーい。もう起きてるよ。」

 結城はまだ眠気の抜けきってないだらしのない声で返事をし、ベッドの上で見つけたメガネを掛けて寝室から出た。

 ……VFランナーになると決心してから5年後、結城は日本を離れ、『ダグラス企業学校』に留学していた。

 企業学校はつい一年前に新設された学校で、主に機械工学の知識やVF関連技術を学ぶことのできるカリキュラムが組まれている。また、卒業すればグループ傘下の企業に入社することができ、さらに学校に通いながら給料ももらえるとあって希望者が殺到した。

 結城と諒一もその希望者のうちの一人であった。

 諒一はVFに関わる仕事に就くことが将来の夢だったので、迷うこと無く留学することを決めた。結城は諒一に便乗する形で留学を決め、両親の反対を押し切って、なんとかダグラス企業学校に入学することができた。

 2人は一年間何事も無く過ごし、この夏期休暇が終わると2年生に昇級する予定である。

「おはよ、諒一。」

「おはよう、結城。」

 寝室から出た結城をリビングルームで出迎えたのは諒一だった。

 諒一は結城の下着姿を見ても動じることはなく、相変わらずの無表情を保っていた。

 諒一は食器棚から皿を取り出し、食卓の上においてあった鍋から野菜の入ったスープをその皿に盛った。スープからは湯気が出ており、コンソメの香りが結城の鼻腔をくすぐった。

「とりあえずこっちの冷蔵庫に何もないことは分かってたから、今日は鍋ごと持ってきた。」

 テーブルに着席しスプーンを握ると、結城は周囲を見渡す。テーブルの上には綺麗に飾られた花があり、戸棚はすべて閉じていて、その表面は室内灯の明かりを反射してきらきらと輝いていた。

 カーペットにはゴミどころか埃一つ落ちてないようで、その証拠に部屋の隅にある空気清浄機は待機状態になっていた。

「おぉ、床に何も落ちてない。1週間ぶりだ。」

 綺麗になったリビングに満足すると、結城は「いただきます」と言ってスープを食べ始める。

 食事を開始した結城を見ると、諒一も椅子に座って一息ついた。

「こっちの掃除は済ませた。後でそっちの部屋も掃除するから汚れた服は洗濯機に入れておいてくれ。」

「これおいしー。」

 結城は諒一の言葉を気にすることなく、スープをただひたすら皿から口に移す作業に没頭していた。

「結城、聞いてるのか?」

「聞いてる、聞いてる、毎週、ありがと、ね。」

 結城は視線をスープに向けたままで、スープを飲む合間に短く言葉を区切り諒一に礼を言った。

 ……スープはすぐに無くなった。

 ようやく食べ終わったかと思われたが、結城はテーブルに置かれていた食べかけのおにぎりに手を伸ばす。それは諒一の昼食だった。

結城はおにぎりを手にしたまま諒一に話しかける。

「ここまで綺麗にされると諒一のきれい好きも病気レベルだよね。」

 そして、パクリとおにぎりにかぶりついた。

 諒一は少しムッとして強く言い返す。

「結城がふしだらすぎるだけだ。」

「あ、これもおいしー。」

「……はぁ。」

 わざとやっているとしか思えないような結城の無視っぷりに観念したのか、諒一は深くため息を付いた。

「……明日、デートに行こう。」

「へ?」

 突拍子のない諒一の提案に、結城は意図せず変な声を出してしまう。

「デートって、そんな急に言われても……明日は午後から予定が……」

 しどろもどろに返事をする結城を尻目に、諒一はキッチンまで移動していく。

「急じゃない、1ヶ月くらい前から約束してる。」

「そうだったっけ……?」

「明日は1STリーグの開幕戦で、明後日は2NDリーグの開幕戦。どっちも観戦チケットを取ってある。」

 そう言って諒一は冷蔵庫に貼ってあったチケットをテーブルの上に置いた。チケットにはメモ用紙が添付されていて、そこにはきれいな字で日付と集合場所が書かれていた。

「わ、忘れてた……。ごめん。」

 ……結城は5年前のあの日以来、スタジアムでVFBを見ていない。

 あの青年に言われたことがトラウマになっているのか、日本では3RDリーグの試合までしか見られないので見る価値が無いと思っていたのか、理由は分からないが諒一の誘いを何かと理由をつけて断り続けていた。

 留学してからもその状態は続いた。結城はこちらに来てすぐに個人用のゲーム専用コントローラーを購入しこの1年間、学校と寮を往復するだけの生活を続けていたのだ。

「もちろん行くから!!」

「当たり前だ。折角のチケットを無駄にはできない。」

「そうだよな。あー、明日が待ち遠しいなぁ。」

わざとらしいセリフを吐きながら、結城はおにぎりをすべて平らげた。

昼食を失った諒一は空腹と闘いながら寝室を掃除せねばならなかった。


  3


「……やはり来なかったか。」

 翌日、VFのバトル専用のフロートユニットに向かう船を一人で待ちながら、諒一は呟いた。

 ……インド洋の中央付近、赤道直下。その海上に巨大な建造物が浮いている。

池に浮かぶ蓮の葉を連想させるそれこそ、海上都市であった。

 海上都市の外観を一言で表すなら『海に浮かぶ巨大なワイングラス』という言葉が一番ふさわしい。そのワイングラスの全長は1000Mもあり、台座部分は円状で、その直径は3000M程だ。

 700Mから1000Mの区間は居住区となっており結城たちはここで生活している。高度が高いため気温はほぼ一定に保たれている。さらに赤道上とあって気候も安定していてとても過ごしやすい環境となっていた。

 ……諒一の背後には内海が広がっており、隣接されたリゾートホテル付近には水着姿の観光客が大勢いて泳いだり、日光浴を楽しんでいた。居住エリアと違い港は海面に近いため気温が高く、諒一の額には汗が見られた。

 船を待つためのターミナルには他にも観戦客が大勢いる。

 広いロビーには椅子があるが、座る場所はなく、ターミナルの中に入れない人がいるほど混み合っていた。

 諒一は結城と連絡をとるべく携帯端末をポケットから取り出し、少し操作をすると耳に当てる。

 呼び出し音が10回鳴った所でようやく結城と繋がり、声が聞こえてきた。

「ごめん。ホントに今日はどうしても外せない用があって……明日は絶対行くから!」

 悪気の欠片もない声に少し怒りを覚えたが、諒一はそれを顔にも声にも出さないようにした。

「明日は無理矢理にでも連れていく。」

 結城は昔からマイペースでよく振り回されたが、17歳になってもこのありさまでは将来が心配で仕方がない。しかし、学校では特に問題を起こしたことはなく、成績もそれなりに優秀だと聞いている。

 もしかして、自分にだけこのような態度をとっているのだろうか……。

 色々と思いを巡らせていると、その期待に沿うような返事が端末のスピーカーから聞こえてきた。

「無理矢理ってことは……部屋まで迎えに来てくれるんだ? 自力で起きられる自信ないから助かる。」

「……。」

「冗談だって!! ちゃんと自分で頑張って行く。じゃあね!!」

 諒一の返事を聞くことなく、結城は一方的に通話を終了させた。諒一は端末をポケットに戻すと視線を下に落としため息を付いた。

(このままでは結城がダメになってしまう。)

 結城がVFに興味を持ったのは自分の責任だと諒一は考えていた。なぜなら、5年前、結城を初めてあのスタジアムに連れていったのは自分だったからだ。

 そのため、VFランナーになるという夢を全力で応援しないといけない、という強迫観念も少なからず持っていた。

 そういえばここ最近結城の口からVFランナーについての話題も出なくなっている。今一度、結城の本心を確かめる必要がある。

 ……結城と通話が終わって数分と経たないうちにVFB専用のフロートユニットへ行くための船が到着した。

 諒一は床に置いてあった撮影用の機材が入ったバッグを持ち上げ、船へ急ぐことにした。


 4


 諒一との通話が終わると、結城は携帯端末をベッドの上に放り投げてHMDをかぶり直す。そしてシミュレーションゲームを起動させた。

 ……ゲームはとても精巧に作られている物で、画面越しに見える景色は本物と区別がつかないほどだ。

 このゲームを開発したのはダグラス社だ。

 VFの宣伝として作られたゲームだったが意外に出来が良く、収益拡大を見込んでゲーム部門が独立し、数十回にも及ぶモデルチェンジを経て現在のような形になったらしい。

 ゲームでは実際に体にかかる負担や、Gの影響も受けず、怪我をする心配もない。地面の摩擦係数や空気の密度は一定で、不安定要素はない。そのため、弾道は理想的な曲線を描き、また、機体が予想外のトラブルを起こすこともない。さらに、バトルによって生じる極限の緊張状態も無視できる。

 その点からすれば、結城がやっていることは本物のVFランナーからすればおままごとに等しく、下手をすればそれ以下だった。

 でも、これはゲームなのだし、負い目を感じる必要はない。

 ……ゲームを起動してしばらくすると、何もない空間から一体のアバターが出現した。そして結城のアバターに近寄ってきた。

 そのアバターの外見は20代の女性だった。

 彼女はフリルのたくさん付いたワンピースを着ている。それだけでも目立つのに、もっと目立つものがそのアバターの頭上に存在していた。それは大きな剣だった。剣は頭頂部に刺さっていた。所詮はデータなので全く問題はない。

 その女性は仮想空間に置かれた椅子に腰掛ける。結城も同じような椅子に座っており、その女性と結城はお互い対面した。2人の間にはテーブルも何もなく手を伸ばせば届く距離にいた。

「ユウキ、お付き合いしている方からだったのでしょう? 本当に一緒に開幕戦を見に行かなくてよかったのですか?」

 頭に剣が刺さっている女性は結城の友達の『セブン』だった。実際に会ったことはないのでネットフレンドということになる。

 セブンとの付き合いは長く、VFのゲームを始めた当初からの知り合いだ。

「だから、ただの幼なじみだって言ってるだろ。」

 対する結城のアバターはデフォルトで設定されている少年の姿をしていた。

 ゲームを始めた当初は訳もわからず自分と似せていた物を使用していたのだが、セブンの助言もあってトラブルを回避するためにわざと男性の初心者を装っているというわけだった。

 そうなるとセブンが女性のアバターを使用しているというのはおかしいことになるが、彼女曰く「頭の剣でメンヘラを装っていますから問題ありません。」とのことだった。

 結城はセブンに諒一とのことをからかわれて少し不機嫌な顔をしていた。

 それを見てもセブンが話題を変えることはなかった。

「ただの幼なじみがわざわざ掃除をするためだけにユウキの部屋に来ているとお思いですか?」

 セブンは椅子に座ったまま上半身を腰からぐいっと曲げて迫ってきた。結城は諒一のことでとやかく言われたくないようでセブンから顔を背ける。

「幼なじみだから来るんだろ。あいつが幼なじみじゃなかったらそれはただの……」

(ただの何だろう?)

 結城は「のー……」と語尾を伸ばしながら思いを巡らせる。結城の頭の中で結論が出る前にセブンが口を挟んできた。

「ただの『ユウキに好意を抱いている素敵な男性』、ということになりますね。」

「なんでそこで『好意を抱いている』が付くんだよ。」

 セブンは結城の反論にも動じずさらに煽ってくる。

「『素敵な』の部分には反論しないのですね。」

「……。」

 さすがに分が悪いと思ったのか、結城はとうとう反論することをやめてしまった。だが、セブンの言葉が止まることはない。

「素敵ですね。恋人のために家事全般をやってのける。世間一般からすればこの上ない理想的な男性です。ユウキもそう思っているのでしょう?」

「そうかな……」

 セブンに言われ、そのような気がしてきた結城であったが、それを否定するべく諒一の欠点を挙げていく。

「でも、あいつはすっごい無口で無愛想な奴だぞ。それに、ああ見えて結構強引だし……」

「もしかしてユウキはその御方に毎週来て欲しいがためにわざと部屋を散らかしているのでは?」

「はいはい。冗談はここまで。」

 結城は妄想の花園へ突入してしまったセブンを諫めるため、剣の柄を軽くチョップする。

 その後、姿勢を整えると真面目な声で話し始めた。

「こんな話してる場合じゃない。早く兵装を決めないと試合に間に合わなくなるぞ。」

 セブンは頭に少しめり込んでしまった剣の位置を調整しながら謝る。

「そうでした。……すみません。」

 諒一の誘いを断ったのには理由がある。普段はめんどくさいという理由だけで断っているのだが、今回の理由はもっと別のきちんとしたものだった。

「確か、上位ランカー向けの限定試合イベントでしたよね。賞品はなんです?」

 セブンの問いに結城は嬉しそうな声で答える。

「イベント試合で使用したVFをまるごと。だから……『アルザキル』のパーツと武装を一式ってことになるな。」

 そう言うと、結城は当選の旨を伝えるメールの書面をセブンに見せた。

 ……限定試合イベント。

 上位ランカーのみに発生するもので、その試合に勝つと豪華な賞品がもらえる。週に一回、抽選でそのイベント試合に参加できる権利を貰えるのだが、上位ランカー全員が貰えるわけではなく、抽選で決められているようだった。

 賞品は主にレアなパーツであることが多く、毎日ゲームを欠かさずやっている結城がそのチャンスを無駄にする訳がなかった。

 セブンは一度もそのイベントに当選したことがないらしくく、ものめずらしそうに運営側から送られてきたメールを読んでいた。

「なるほど、涎が出るほどノーリスク・ハイリターンなイベントですね。……それだけ難易度が高いということでしょうか。」

 結城はセブンに同意する。

「だと思う。でもアルザキル一式売れば半年くらいは資金不足に悩まなくて済むようになるし、……絶対手に入れるぞ!」

「その意気ですよ、ユウキ。」

 『アルザキル』はこのゲームを運営している会社が所持しているチーム『ダークガルム』の最新VFである。

 ダークガルムは、発足からたった5年で1STリーグに上り詰めたやり手のチームである。VFは全体的に黒く、細身で手足が長く、禍々しいデザインとなっており、悪魔を彷彿とさせる。

 元々、このチームの親会社はダグラス社のゲーム部門だった。しかし、シミュレーションゲームでの収益のおかげでダグラスグループから独立することに成功したのだ。

 独立後は『ダッグゲームズ』と会社名を変え、このチームを設立したというわけである。

「では、敵VFの情報をいただけませんか。開始時間までもうすぐですし、ボードに表示されていると思うのですが……。」

 セブンはメールに書かれた試合開始時間を見て言った。

「それなんだけど……。」

「どうかされたのですか?」

 結城は黙って試合相手の詳細が記されたボードをセブンに渡した。

「キルヒアイゼンのファスナ……ですか。人生何事も諦めが肝心といいますし今回は……」

「諦めるの早いよ!?」

 結城は残念そうな表情を浮かべるセブンの頭にチョップしながら叫んた。

 キルヒアイゼンは1STリーグで常に良い成績を残している強豪チームである。例えそれがデータ上の相手であってもべらぼうに強いことは確かだった。

 結城もセブンの気持ちは充分に分かっていた。しかし、諒一の誘いを断った以上、例えその相手がキルヒアイゼンであっても一応勝つつもりでいた。

「いいから兵装選んでよ。コストの高いパーツはあまり使ってないし、最新のものには全く目を通してないんだ。もし勝てたら相談料として2割とは言わず賞品の半分あげるから、ね?」

 結城の情熱に折れたのか、それとも賞品の半分と聞いたからなのか、セブンはセッティング画面を表示させた。

「分かりました。相性のいいベストな物を選んでおきますからユウキは……」

「なんだ?」

「……トイレを済ませておいてください。試合中にもよおしたら大変ですからね。」

 結城にそう告げると、セブンは兵装を結城に合うようにセッティングし始めた。


  5


「やっぱりいつ見ても広い。」

 諒一はVFB専用のフロートユニットを遠くから見ていた。

 浮島全体がバトルエリアとなっており、観戦用の高台が島の外周部に等間隔で6つほど建てられていた。しかし1STリーグの試合ではその観戦塔に入ることは出来なかった。理由は簡単で、観客に被害が及ぶ可能性があるからであった。

 現在、諒一はフロートユニットから遠く離れた海上に停止している船の甲板にいる。わざわざ現地までリスクを負って観に行くのは、VFBの熱狂的なファンくらいなものだ。

言わずもがな、諒一もそのうちの一人であった。

 エリアは平坦でとても見通しが良い……。

 なるべく修繕費用を減らすため平坦にしているらしいが、設計上は障害物を設置することも可能だと聞いている。

 だが、諒一はフラットな状態のエリア以外見たことがない。そもそも、リーグ創設以来、公式戦は常にフラットのエリアで行われている。

 1STリーグではあらゆる項目において制限がない。そのため、試合をするたびにエリアは破損を免れないのだ。

 修理にはお金も時間もかかる。ちまちまとした障害物を設置する余裕などないのだろう。

 要するに、コストの問題だということだ。

(さて、そろそろ始まるな……。)

 試合開始の時刻が近づき、甲板は賑わっていた。船内のスクリーンにはフロートユニットにある塔から撮られている映像が映し出されていた。しかし、みんな自分の目で見たいようで、その手には双眼鏡が握られていた。

(ダークガルムと……キルヒアイゼンか。)

 諒一はサングラス越しに自前の情報端末を見ていた。そこには両チームの過去の試合のデータが記されていた。

(今回もダークガルムのランナーは不明。相手に戦法を知られないようにするのは正しい作戦だが、そんなに大量のランナーを保有しているわけでもない……。)

 諒一はダークガルムについて詳しい情報を端末に表示させていく。

(1STリーグ用に新開発したVFもろくにテストしていようだし、実戦は今日が初めてだ。勝ちを狙うならいままでのVFをチューンナップしたほうが確実。いったい何を考えているんだ……。)

 なぜ初戦に調整の十分でない新型VFを持ってきたのか、諒一がその理由を考えていると、甲板上でどよめきが起こった。諒一は端末から目線を外してフロートユニットに目を向けた。

 双眼鏡を覗いて見ると、エリア内に一体だけ、黒いVFが立っていた。そのVFはフロートユニットの地下から出てきたばかりのようで、巨大なエレベーターリフトの上に立っていて、そこから動こうとはしなかった。

「あれが『アルザキル』か……。」

 アルザキルはデフォルトの状態で棒立ちしていた。が、しばらくするとすぐにエレベーターが下がり、地下にある格納庫へ消えて行った。

(ただのお披露目だったのか……?)

 まだ入場のアナウンスも無かったので、何かのトラブルかな、と諒一はあまり深く考えていなかった。


  6


「ただいま。」

「おかえりなさい。」

 結城がトイレから戻ると、ほぼ全てのセッティングは完了していた。結城が画面をのぞくと完璧に武装されたアルザキルを見ることができた。

挿絵(By みてみん)

 改めて見るアルザキルの姿は、動物で例えると狼のような外見をしていた。

 全身は真っ黒にカラーリングされ、身体全体が流線型をしており、前後に伸びたパーツで構成されていた。後方に長く伸びた装甲は動物の毛並みを連想させる。

 脚部は逆関節タイプのもので、このアルザキルが速度重視のVFだということを示していた。

 しかし、両肩や腰回りには重々しい兵器が搭載されており、結城はアルザキルから「素早い」というよりも「鈍重」という印象を受けた。

「重要なのは相手に接近を許さず、距離をとって戦うということです。」

 セブンはセッティングの際に搭載した装備のリストを結城に提示し、説明を始めた。

「とりあえずミドルレンジの兵装をメインにさせていただきました。クロスレンジでは防御と離脱ができるよう、それ専用の兵装を選んでいます。」

 セブンの言ったとおり、肩と腰には巨大な散弾銃が取り付けられていた。

「ロングレンジは?」

 結城は、接近しないで戦うには遠くから狙い撃つのがいいと考えた。

「ファスナはあの素早さが最大の武器ですから、結城でも命中させるのは難しいと思います。ライフルなどの長物は持っていても邪魔になるだけでしょう。」

「なるほど。」

「あと、ランナーのモデルデータはイクセルでしたよね……」

 セブンは確認するように結城に話しかけたが、結城が答える前に自分でボードを見て、それを確認した。

「イクセルは相手の装備や武器を奪って、無力化する傾向があります。なので、それを防ぐために予備の兵装はフレームと一体型の物を選びます。」

「やっぱすごいなあ、セブンは。」

 普段の結城は、遠ければ撃つ、近ければ殴る、撃たれたら防ぐ、殴られたら殴り返す、くらいのことしか考えていない。なので、きちんと作戦を立てているセブンに素直に感心していた。

 羨望の目を向けられてセブンはこめかみ辺りを掻いて恥ずかしげな表情を見せた。

「ええ、あのランナーにはさんざんやられましたから。」

「イクセルと戦ったことがあるのか……。」

 プロでもゲームをするのだな、と結城は思っていた。が、セブンがその言葉を聞いてくすりと笑い、顔を背ける様を見て、それが間違っている事に気がついた。

「ユウキ、なにか勘違いしていませんか?対戦できるのは、本人ではなく本人の戦闘パターンに似せて作られた、ただのAIです。……フフ」

 そう言った直後にセブンのマイクがミュート状態になった。結城には聞こえてこないが、回線の向こうでは大笑いしているに違いない。

「そ、そのくらい分かってるよ!!」

 笑い終えたセブンはミュート状態を解除すると、すっきりとした声で話し始めた。

「ネットワーク対戦が実装されるまでは、むしろそのサービスがメインでしたから……。ユウキが知らないのも仕方が無いことでしょう。」

「だから知ってたって!!」

 セブンは必至に弁解する結城に何かを差し出した。

「無駄話はこのくらいにしておきましょう。……このような感じの構成でいかがでしょうか。」

 セブンが差し出したものはセッティング画面だった。それを見せるとセブンは一息ついた。

 自分のならまだしも、他人のVFを調整するのだ。よく知っている仲だとはいえ、その労力は通常の倍以上はあっただろう。

「よし、コレでいこう。」

 装備に満足した結城は特にお礼を言うことなく、装備を反映させた。

すぐにアルザキルに装備が反映され、これで戦闘準備が完璧に整った。

「それじゃ行ってくる。」

「私は観戦ルームに入ります。アドバイスが欲しければいつでもおっしゃってください。」

 手を振るセブンを見ながら結城はロビーから退出し、バトルエリアに移動した。


  7


 結城はロビーとバトルエリアの中間地点と言える場所、格納庫に来ていた。

「セブン、聞こえるか?」

 視点はアバターのものからVFに変更しており、結城はまるでVFに乗り移ったかのような錯覚を感じていた。HMDには様々なパラメータが表示されていが、実際のVFには存在しない項目まで用意されている。

 しかし、変なところはリアル志向で、わざわざ格納庫のグラフィックが用意されており、パターンも相当な数あった。また、顔の表情がわかるほど細かく作られた整備士のグラフィックまで用意されていた。

「おかしいな、観戦制限がかかってるのか。それでもボイスチャットはできると思うんだけど……。」

 いつまで経ってもセブンからの返事は聞こえない。観戦ルームにも誰もいないらしく、画面には『只今の観戦者数0人』と表示されていた。イベント戦だから無理なのかな、と結城は勝手に予想していた。

「まぁいっか。」

 独り呟く。もちろん返事はない。

 結城は不意に孤独を感じた。セブンと話しながら試合ができると先程まで思っていたからだ。セブンがいてくれれば百人力なのだが、こうなってしまった以上一人で頑張るしかない。

 結城は自分で自分に気合を入れるべく、「よし」と呟く。

 それから間もなくHMDに『GET READY』と表示され、結城の操作するVFがリフトと共に上昇を始めた。通常ならば格納庫からバトルエリアまで一瞬で転送される。

「凝ってるなぁ……」

 結城は、無駄に凝ったデータロードの演出に冷笑した。そのお陰で緊張が少しだけとけて気が軽くなった気がした。

 ロードが終わるとVFはバトルエリアに到着した。

 正面には敵がいた。結城はその姿に見覚えがあった。

(ファスナ……。)

 ファスナは5年前から姿形は変わっていない。しかし、中身についてはその限りではなかった。技術は日々進歩し、ランナーの腕も少なからず向上しているだろう。

 だがここは仮想空間。AIの戦術パターンさえ読めてしまえば勝てる。問題はパターンを掴むまで、ファスナの攻撃にこのVFが耐えられるかどうかであった。

 ファスナは飛び道具を持っていない。すなわち、距離をとってさえいれば負けることはないということだ。

 結城はチャンスを伺って一気に頭部を破壊し、勝つつもりでいた。

 ……VFBにおいて、頭部は重要な役割を果たしている。それはレシーバー、すなわちエネルギーの受信装置である。VFは燃料を積んでおらず、ジェネレーターの受信範囲から出るとたちまちその機能が停止してしまう。これは大会側が用意した安全装置でもあった。VFをバトルエリア内でしか動けないようにすることで、トラブルが起きても周囲の被害が最小限に抑えることができるのだ。

 つまり、頭部が破壊されればエネルギーを受け取ることができなくなり、結果、VFは動けなくなる。

 VFにとって頭部は最大の弱点であり、戦いにおいて狙うべきものは頭部で、また、守るべきものも頭部であった。

 ……試合が始まるのをぼんやりと待っていると、目の前のファスナがいきなり動き出し、こちらへ一直線に駆けてきた。

(開始の合図は!?)

 敵が動いている以上、試合が開始されたのは事実であり、結城は慌てて真横へ回避行動を取ろうとした。が、結城がコマンドを入力してもアルザキルはピクリとも反応しなかった。

「何!? もしかしてエラー!? バグ!?」

 大声で叫んだ所でバグが直るわけがない。だがそれ以外にできることはなく、あっという間にファスナは攻撃範囲内にまで接近してきた。

 動かないことを不思議がる様子もなく、ファスナは右ストレートを放つべく腕を後方へ引いた。

 その瞬間、ようやく結城の操作にアルザキルが反応した。

(やっと動いた!!)

すぐさま結城は、肩に装備しているショットガンを至近距離で撃った。ばらまかれた散弾は銃口を頂点として円錐状に広がり、ファスナめがけて飛んでいく。

 ファスナは急停止し、後方に跳んだ。地面はファスナの足型にきれいにえぐれ、はっきりと跡が残っていた。 

 散弾は当たるには当たったが後方に跳んだことにより威力が減衰され、全くダメージを与えられていなかった。

(あんなに近くで撃ったのに……。)

 ファスナにダメージを与えるための武器は、このショットガン以外にもある。もともとショットガンは防御のためにセブンが用意したものだ。だから、効かなかったからといって焦る必要はない。

 むしろ、こっちにはショットガンしか無いと相手に思わせておくほうが後で有利になる。結城はそう考え、他の武器を不必要に使用することを極力避けることにした。

 ファスナはショットガンの弾から逃れると、乱れていた金属製の髪を、頭を左右に振って整えた。

(あんな仕草まで再現するとは、……むかつく。)

 それだけゲームの製作者がイクセルやファスナを研究したということなのだが、結城にとってそのモーションは挑発以外の何物でもなかった。

 結城は平静を保ち、ファスナが接近してくるのを待っていた。持久戦である。たとえ僅かであれダメージは蓄積する。蓄積すればするほど相手を破壊するチャンスが生まれる。

 ファスナもそれが分かってか、距離をとったままピクリとも動こうとしなかった。

 ……動かない。

 両者が動きを止めてしばらくすると、結城は部屋の外からある音が聞こえていることに気がついた。風や波の音、遠くを飛ぶ鳥の鳴き声。普段なら絶対に気がつかない音だ。

 ゲーム中は常に衝突音や銃声やシステム音声が絶え間なくヘッドフォンから流れている。今はそれらの音は無く、結城は改めて自分が“ゲーム”をプレイしていたのだなと自覚させられた。

 そしてただのゲームなのに、こんなにもつまらない戦法をとっている自分にだんだん腹が立ってきた。

「さっさとこっちに来いよ。」

 結城はファスナに向かって叫ぶ。もちろん返事はない。

「来ないなら……こっちから行くぞ!!」

 結城は自らその沈黙を破り、急加速してファスナに突進した。

 結城の操るアルザキルの走行スピードはファスナのそれに匹敵するほどだった。

 結城の突進をファスナは上にジャンプして回避した。すれ違う瞬間、結城は体ごと仰向けになり、ジャンプしているファスナに向けてショットガンを連射した。しかし、散弾はかなりばらけてしまい、ほとんど命中しなかった。

 もう意味が無いと判断した結城はあっさりとショットガンの兵装をパージした。それによりアルザキルの重量が軽くなった。

 ショットガンが無くなったのを見て、ファスナが再び接近してきた。今、結城にはそれを防ぐ手立てがない。なので、守るのではなく、闘うことを結城は選択した。

 結城もファスナに向かって走りだす。2体は互いがぶつかるであろう場所に向けて最短距離を走る。そして2つの影が重なったとき、列車同士が衝突したかと思われるほどの轟音があたりに響いた。

 渾身の力で放たれたファスナのミドルキックはアルザキルの肩の装甲によって防がれた。アルザキルは足を畳んで姿勢を低くし、本来ならば腰部ジョイントを破壊したであろうその強烈なキックを見事に防御していた。装甲にはファスナのスパイクがめり込んでいたが、フレーム部分までには届いていない。

 結城は反撃するため足をつかもうと手を伸ばした。しかし、ファスナは逆の足でアルザキルの胸を蹴ってそれを阻止した。

 スパイクは肩の装甲から抜け、蹴られたアルザキルは後ろによろめいた。

(いける……。)

 一度だけだったが、ファスナの攻撃を防いだことにより、結城は自信を得ていた。

 現実の世界ならイクセルに勝てないどころか、闘う機会すら無いだろう。VFに乗ることさえ難しく、乗れたとしてもうまく操れる能力も持っていない。

 ……しかし、ゲームの中でなら勝てる。そう結城は確信したのだ。そしてその確信は結城の攻撃に迷いを捨てさせた。

 結城は脚部を限界まで曲げて力を溜めると、ファスナに向かって一気にジャンプする。この突拍子も無い行動にファスナは反応できなかったようで、アルザキルは四肢を大きく伸ばして飛んでいき、回避しようとするファスナの体に激突した。

 勢い良く衝突した二機は地面を転がる。

 もみくちゃに転がる中、結城は上手くマウントポジションを取り、迷うことなくファスナの頭部めがけて拳を付きだした。……が、その拳はファスナに掴まれ、逆に腹部を蹴り上げられ巴投げされてしまった。

 結城は頭を下にしたまま蹴り飛ばされたが、空中で姿勢制御して無事に足から着地する。その頃には既にファスナも立ち上がっており、こちらの着地点に目掛けて走りだしていた。

 結城はファスナが来ることが分かっていたので、着地するとすぐに頭部をガードした。しかしファスナの攻撃はガードした腕ではなく、脚部に向けられていた。

 人間で言う太ももの部分に命中した拳は装甲を突き破り内部まで完璧に破壊した。たちまちアルザキルはバランスを崩し地面に崩れ落ちる。ファスナはアルザキルの右足を根元から引きちぎり遠くへ投げ捨てた。

 ……そこから、ファスナによる一方的な暴力が始まった。

 頭部を攻撃すれば勝敗が決するというのに、ファスナはそうはせず、アルザキルのボディを痛めつけていた。

 VFBリーグでは、期間内に連続して各チームと試合する必要がある。つまり、VFの修理に時間がかかればかかるほど不利になっていくのだ。

 その点から考えれば修理不能なほど破壊することは一応有効な手段ではある。それを避けるためにギブアップも出来るのだが、結城はギブアップするつもりはなかった。そもそも、ただのイベント試合なのでギブアップに意味は無い。

 ……しばらくすると、アルザキルは地面に転がりほとんど身動きがとれない状態になっていた。両脚は無くなり、右アームもグチャグチャになっている。

 十分に傷めつけたと判断したのか、ファスナはアルザキルに馬乗りになり拳を頭部に向けて振り下ろした。

 しかし、拳はアルザキルの頭ではなく、その後ろにある地面を破壊していた。

 結城は最後の最後で首をひねり、ファスナの攻撃を回避したのだ。

攻撃が外れたことでファスナの頭部がノーガード状態になり、結城は残った左腕の手のひらをその顔面にかざした。

 そして、不敵な笑みを浮かべて呟く。

「勝った。」

 次の瞬間、ファスナの頭部が首周りの装甲ごと胴体を離れた。

 アルザキルの手のひらからは黒い金属製の太くて長い杭が飛び出しており、その杭には串刺しにされたファスナの頭部がくっついていた。

 ファスナは地面に拳を突き立てたまま機能を停止し、首のない胴体だけが力を失って倒れ、アルザキルの上にのしかかった。

 ファスナの頭部を破壊した兵器、それは機構内仕込み型金属杭高速射出兵器……いわいるパイルバンカーであった。これは、セブンには内緒で追加した兵装だった。こんな武器がファスナに当たるとは思っていなかったが、ファスナが油断したおかげで当てることができた。

 もし、戦闘AIが確実な勝ちにこだわっていたのならこれを使う暇なく負けていただろう。結城はイクセルの性格を完璧に再現してくれた製作者に感謝した。

 試合が終了すると、結城はすぐにロビーに転送された。


 8


 試合中には気がつかなかったが、結城は体中に汗をかいており、呼吸も荒く、心拍数も上昇していた。とても短い試合だったにも関わらず、体はとても疲労していた。結城はこの試合で今までにないほどの興奮を感じていた。

「ふぅ……。喉乾いた。」

 結城はHMDを外し、そこら辺に落ちていたタオルで汗を拭きつつ、冷蔵庫に向かった。きれいに保たれているリビングを抜け、整理整頓されたキッチンに到着すると結城はタオルを首にかけ冷蔵庫の扉を開けた。

中にあるジュースの容器に手を伸ばしたところで結城の動きが止まった。

(手が……震えてる。)

 容器を持ち上げようと手に力を込めるが、うまく力が入らない。それを自覚してしまうと、それに呼応するように一気に体中から力が抜けてしまった。結城は冷蔵庫の取っ手に手をかけたまま、糸の切れた人形のようにその場にへたり込んでしまった。

「ん……。」

 視界がぼやけて狭まり、何も考えられない状態がしばらく続く。

 この感覚を結城は以前にも感じたことがあった。それは5年前のキルヒアイゼンとクライトマンの試合を見た時である。手足が震え、体の芯から力が抜けていく感覚。それはとても心地良く、この興奮を得るためにVFBのファンは試合を見に行ってるのか、と思うほどだった。

 冷蔵庫の開けっ放し防止のブザーが鳴る頃には手足の震えは止まり、力も普通に入るようになっていた。ずれたメガネの位置を調整して、結城は冷蔵庫から容器を取った。

 コップに注ぐのも面倒なのか、結城は直接注ぎ口に口をつけてジュースを2口ほど飲んだ。そして容器をテーブルの上に置くと口元をタオルで拭き、寝室の筐体へと戻る。

 ロビーには先程まで姿を消していたセブンの姿があった。

 セブンは結城の退席状態のアイコンが消えると早速話しかけてきた。

「ユウキ、お疲れさまでした。サーバーのトラブルのせいで試合を見ることが出来なかったのですが……結果はどうでしたか?」

「はい、これ。」

 結果を口で言うことなく、結城は戦利品であるアルザキルのパーツをセブンに手渡した。賞品を手に入れたということはすなわち、ファスナに勝利したということを示していた。

 そのことがわかるとセブンはパーツを受け取り、結城の手を取って握りしめた。

「勝ったのですね!おめでとうございます。」

 まるで自分のことのように喜んで言った。その喜ぶ様子を見て結城もうれしくなり、同時に今になって「イクセルのAIに勝った」という実感が湧いてきた。

「セブンのおかげだ。ありがと。」

 手をぎゅっと握り返す。もちろん握られたセブンにも、そして握っている自分にもその感覚はない。が、気持ちは伝わっていた。

「負けたと思ってただろう?」

 結城の質問にセブンは思わず苦笑いした。答えに困っていたが、結城が見つめ続けていると、とうとう観念した。

「はい、あまりにも試合時間が短かったもので、てっきり……。」

 セブンは正直に答えた。予想はしていたものの言われるとあまり気分のよいものではなかった。しかし、立場が違えば自分もそう答えるだろうと結城は思っていた。

「それで、ファスナにはどうやって勝利したのですか?」

「それは……。」 

結城は言いかけて、途中で言葉を止めた。

決定打がセブンに内緒で追加した兵器だと知られると、面倒なことになると判断したからだ。

「今日は早いけど、そろそろ終わろうかな。」

「もう落ちるのですか?」 

「……話はまた今度聞かせてあげる、じゃあね。」

そう言うと結城はセブンから逃げるようにゲームを終了させた。

 そして、試合を思い出しながら試合後の余韻に浸る。

 ファインプレイの数々を思い返していると急に虚しくなった。

 「所詮はゲーム」という言葉が頭の中で反響する。

 諒一は自分でVFを設計して作るという夢に向けて日々努力している。スタジアム内の格納庫や、様々なチームのVFを見て、自ら勉強をしている。

 ……対する私はどうだろう。

 だらだらとゲームをして過ごしている。5年前は本気でVFランナーになるつもりだった。しかし、この海上都市に来て、VF産業に関わる人々を見て自分の考えが甘すぎることに気付かされた。ここに来ても、VFランナーになれるわけではないのだ。諒一のように自ら行動しないと夢はつかめない。

(明日は……諒一に付き合ってみるか。)

 結城はとりあえず一歩踏み出してみることにした。

 ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます。

 次の話では、結城が5年ぶりに生でVFBを観戦し、また、あらたな出会いが待っています。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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