【剣の舞】最終章
前の話のあらすじ
ラスラファンとの試合、結城は透明なブレードを物ともせず見事にアザムに勝利した。試合後、アザムがこちらにプレッシャーを与えていた理由を暴露する。それは「イクセルに似ていた」という何とも理解しがたい理由だった。
また、警備員からもアザムに関する話を聞き、アザムの意外な一面を知り驚いた。
5章
1
ラスラファンとの試合が終わってから1月後、VFB2NDリーグは最終試合を迎えていた。
話によれば観客数は2割増、後日放送予定の番組の視聴率もグンと伸びるらしい。特にこれといったイベントもないのに、よくそれだけ数が伸びるものだ。
結城は最終試合の中継映像をアール・ブランのラボ内のモニターで見ていた。
(今シーズンもこれで終わりか……。)
モニターには『クライトマン』と『レイジングマキナ』のVFが映し出されている。
試合は生で見るのが一番だが、多方向から撮られた映像を見るのも悪くはない。
2チームの対戦は、当然クライトマンのほうが圧倒的に優勢な状況だった。それを裏付けるように実況の声がモニターから聞こえてくる。
<やはりクライトマンは強い!! レイジングマキナはクリュントスの槍を避けられない!!>
「頼む!! 負けないでくれ……。」
モニターの前に陣取り、両手を合わせてレイジングマキナが負けないように祈っているのはランベルトだ。
ランベルトが他のチームを応援することなど滅多にないのだが、今回は仕方がない。なぜなら、レイジングマキナがクライトマンに勝てばアール・ブランが2位になり、昇格リーグに駒を進めることが出来るからだ。
「いけっ!! そこだっ!!」
ランベルトはモニターの正面に立って興奮気味に叫んでいた。しかし、結城を含む他のメンバーは、作業台に座って冷ややかにそれを見ていた。
「ランベルト、邪魔で見えないんだけど。」
結城は声をかけたが、ランベルトの耳には届いていないらしく、相変わらずモニター前でエキサイティングしていた。
「ランベルト!! 後ろに下がって……」
「別に見なくてもいいじゃないですか。結果はもう分かっているのですし。」
諦め口調で結城に話しかけてきたのは鹿住だ。
鹿住は作業台の上にノートタイプの端末を置いて、全く関係ない作業をしているようだった。
両手の指を端末のコンソール上で動かしながら鹿住は言葉を続ける。
「レイジングマキナのVFはダグラス社製の量産品ですが、クライトマンのVFはガチガチにチェーンされた高性能な一級品です。それに、レイジングマキナは1勝5敗、クライトマンは4勝2敗。……知識の乏しい子供でも、この対戦成績を見ただけでどちらが勝つかわかりますよ。」
「そうだけどさぁ……」
鹿住の言う事に間違いはない。それでも一応は最終試合なので、結果がわかっていても結城はそれを見ておきたかった。
「ランベ……」
再びランベルトに注意しようとすると、諒一がそれを止めるように言葉を遮る。
「結城、鹿住さんの言うとおりだ。ランベルトさんもアール・ブランの事で気が気じゃないから、そっとしておいてやろう。」
諒一に続いてツルカも発言する。
「というか、何でモニターが1つしかないんだ? ウチのラボにはアレより大きいサイズのが30以上あるぞ。」
ツルカは何故か諒一の膝の上に座っていた。
先程まで別々の椅子に座っていたのに、いつの間に移動したのだろうか。諒一もそれを普通に受け入れていた。
ツルカが諒一に慣れることは大歓迎なのだが、ここまで慣れてしまうのもどうかと思う。
ただ単に暇なので諒一に乗ったのか、それともこちらをおちょくっているのか、ツルカの表情を見てもどちらか判断しかねた。
結城がそのことを指摘しようとすると、ツルカのセリフに対して鹿住が代わりに応える。
「……資金援助されてる以上、VF関連以外のモノにお金を使うのは控えてもらってます。こちらの団体の資金も無限ではないですから。」
「そういえば鹿住さんは団体からの派遣協力者でしたね。すっかり忘れていました。」
資金援助に技術提供、これがなければアール・ブランがここまで勝ち進むこともなかっただろう。
話が逸れだすと、モニターから試合終了を告げる声が聞こえてきた。
<決まったぁぁぁ!! 試合終了です!!>
同時にランベルトは肩を落とし、残念そうな声が口から発せられる。
「あぁ、負けちまった……。」
……ラボにいる全員が予想していたとおり、試合はクライトマンの勝利に終わった。
「ま、こうなるよな……」
こうして、結城にとって初めてのシーズンが終了した。結城はこれが意外と短かったように感じていた。
(公式リーグはたったの7試合だったもんな……いや、私にとっては6試合か。)
結城はうなだれているランベルトを目の隅に捉えつつ、過去の試合を思い出していた。
……ちなみに、ラスラファンとの試合の後、アール・ブランは難なくヘロンヘルガに勝利し、『5勝2敗』という好成績でシーズンを終了していた。
クライトマンが負けて4勝3敗になってくれていれば、アール・ブランが単独で2位になれたのだが、さすがにそれは叶わなかったようだ。
結城は、モニターの中で勝利のポーズをとっているクライトマンのVF『クリュントス』の姿をぼんやりと眺める。クリュントスは無傷で勝利しており、そのポーズが余計優雅に見えた。
試合結果を見た諒一は、ツルカを膝の上に乗せたまま、いつも通りの真剣な表情で話す。
「これでクライトマンも『5勝2敗』……やはり、アール・ブランと並びましたね。」
鹿住も端末から手を離しで作業を中断させると、会話に参加してくる。
「すべての試合が終わったようですし、全チームの成績をまとめます……トライアローが7勝0敗で現在トップ、ラスラファンは4勝3敗で……」
鹿住の言葉を聞いて、結城はラスラファンがE4に負けたことを思い出す。
つまり、ラスラファンはトライアロー、アール・ブラン、E4と続けて3連敗したことになり、上位争いから早々に外れてしまったのだ。
シーズン始めに2連敗して、そこから5連勝したウチとは真逆の展開だ。
……試合後にアザムが『もう闘こともないだろう』と言っていたのはこれを予見していたのかもしれない。
(しかし、あれは予想外だったな……。)
てっきりラスラファンが勝つと思っていた結城は、相手のE4の強さに驚いた記憶がある。E4のVFランナーの『ミリアストラ』は対ラスラファン戦を想定して、相当の訓練をしたに違いない。
ミリアストラは自分よりも試合経験は浅いはずなのに、この短期間でよくやるものだ。
これにより、結局E4も4勝3敗でシーズンを終えていた。
そんなことを考えているうちに鹿住の報告が終わってしまう。
「……で、アール・ブランとクライトマンが5勝2敗で同立2位ということになります。」
結局アール・ブランは昇格リーグに出られるのだろうか。疑問に思った結城はすぐに質問する。
「こういう場合ってどうするんだ?」
「2位決定戦をやるんじゃないか。そういう前例は結構あった気がする。」
諒一が答えるタイミングで、モニターの映像が切り替わり、実況者が結城の知りたいことをアナウンスし始める。
<これで昇格リーグに駒を進める8チームが決定いたしまし……いえ、この海上都市のリーグは2位のチームが2つありますのでその2チームで残された1枠を争ってもらいます。>
諒一の言った通り、クライトマンと対戦する必要があるようだ。
<……しかしこれは飽くまで昇格リーグの枠を決める対戦であり、2NDリーグにおける成績はどちらも同じ5勝2敗です。負けたほうが3位になるわけではありませんので、勘違いされないようお願いします。>
実況者のアナウンスが終わると、モニターには再びクライトマンのVFクリュントスの雄々しい姿が映し出された。
「……またあのキザなナルシストと戦わなくちゃいかないのか。」
結城はクライトマンのVFランナー『リオネル』のことを思い出す。
試合の時以外にも何度か会ったことがあるが、リオネルは極めて傲慢な高飛車な性格の男である。
第一印象も最悪だったため、結城はあまりリオネルのことを好ましく思っていなかった。
またリオネルのファンから脅迫メールが来ることも予想される。
(はぁ……。)
結城がため息を付いていると、作業台にランベルトが戻ってきた。
「次の対戦相手が決まった所で、早速作戦を……」
ランベルトは対クライトマンの作戦を考えるつもりらしい。
「何も今から考えなくても……。」
「善は急げって言うだろ? 全員が集まる機会も少ないんだから早めにやるぞ。」
前の試合でお互いに手の内は知っている。となれば、クライトマンが同じ相手に同じ戦法を使ってくる可能性は低い。
今から変に予想して、作戦を固めてしまうのは却って危険かもしれない。
……予想すればするほど、予想外のことが起こったときに臨機応変な対応が出来なくなる。
結城はシミュレーションゲームでそれを何回も味わっていたため、ランベルトにある事を提言した。
「ちょっと待って……。作戦に関しては全部私に任せてくれないか。」
ランベルトの動きが一瞬止まり、すぐに戸惑っているような声がこちらに浴びせられる。
「いきなりなんだ? 藪から棒に……。」
「作戦とか考えなくていいから、鹿住さんやランベルトにはVFの整備に専念して欲しいんだ。前もその前もVFのチェックが終わったのは試合の直前だったし、このままだと不戦敗なんてこともあり得るかもしれないぞ。」
こちらの言うことに思い当たるフシがあったのか、ランベルトはばつの悪そうな表情をした。
が、ランベルトがこの程度で引き下がるわけがない。
「それでもよ、嬢ちゃん一人に任せるのは……VFBに関しては俺の方が経験もあるし……」
「ランベルトは私のこと信じられないのか?」
「……。」
少し強く言うとランベルトは押し黙った。
ランナーが最高の環境で試合に出られるように努めるのは責任者として当然だ。そのランナーが“作戦は自分に任せろ”というのだから、それに従わない理由はない。
「確かに結城の言うとおりだ。効率的にチームを運営するのならば専門ごとに分業するのが望ましいやり方かもしれない。トライアローなんかはちゃんとした体系が出来上がっている。」
こちらの硬い決意を汲取ったのか、諒一は同意してくれた……が、なぜか少し論点がずれいていた。
「私は分業の話をしてるんじゃなくて……。」
諒一にツッコミを入れようとすると、鹿住がこちらの意見に反論してくる。
「しかし結城君、作戦によっては改造も必要になってくるわけですし、全員で話しあって連絡を密に取っていたほうがいいと思います。それに、アール・ブランは規模も小さいですし、負けた時に結城君がすべての責任を負うような事態は避けるべきだと思います。」
「別にそれでもいいじゃないか。」
「結城君はそれでいいかもしれませんが、こちらの気持ちも……」
「いや、ユウキのいうことは正しいと思うぞ。試合で何をどうするかはランナーが自分で決めるべきだ。」
結城と鹿住が言い合いになりそうになると、部外者であるツルカまでもが会話に割って入ってきた。
「ツルカ……。」
ツルカは諒一の膝の上から降りて、作業台の上座に移動した。そして腕を組んで説教じみた口調で話し始める。
「ヘロンヘルガみたいな弱っちいチームなら問題ないけど、ボクが思うに今までの作戦は裏目に出たことが多かった気がする。特にラスラファンの時はそうだった。……見えないものを見えるようにする必要はなかったし、かなり考え方が受身の戦術側に偏ってたぞ。」
ツルカに指摘され、ランベルトや鹿住が視線を下に向けた。
味方ができて安心していると、ツルカの矛先はこちらにも向けられる。
「ユウキもユウキだ。……いろいろ武器が使えるからって、無闇に戦術の幅を拡げるのは良くない。このままだといつまでたっても後手後手になってしまうぞ。」
「……。」
結城は自分でも思っていた痛いところを突かれてしまった。
ツルカの言う通り、多種類の武器を使えて便利なことは便利だが、いささか決定打に欠けるような気もしていたのだ。
これを聞いたランベルトは、今まで閉じていた口を再び開く。
「いや、相手によって武器を換えるのはアリだろ? そっちの方が有利だって。」
「相手が裏を読んで全く別の兵装にしてきたら対応できなくなるぞ。……あと、毎試合ごとに武器買ってると経費がかさむんじゃないか?」
「う……。」
しかし、あっさり反論されてしまった。
鹿住も邪魔だと言わんばかりの口ぶりでランベルトに言い放つ。
「ランベルトさんは何も言わなくていいですから、壊れた超音波振動ブレードでも修理していたらどうです?」
シーズンが終了してしばらく試合はないと考えていたのか、ブレードは壊れたままでほとんど修理は進んでいなかった。
「……後でちゃんとやるさ。」
今日レイジングマキナを必死に応援していたのも、実はこの修理作業をしたくなかったからなのかもしれない。
ランベルトはラボの奥にあるブレードをちらりと見て、すぐこちらに視線を戻す。
「取り敢えず、嬢ちゃんが一人でやりたいって言うなら俺はそれで構わないぜ。」
「まぁ、試合で戦う本人が言ってるんです。私が反対する理由はありません。」
ツルカの説得が効いたのか、鹿住、ランベルト共に試合に関してはこちらに任せるつもりになったようだ。
それに続いて諒一もこちらに自らの意向を伝える
「結城、知りたいことがあればすぐに相談してくれ。」
「言われなくてもそうする。」
諒一は最初からこちらの意見に賛成しており、結城にとってありがたかった。
話がまとまると、ツルカは上座から移動してこちらの隣まで移動してくる。
「ボクにも遠慮なく訊いていいぞ。VFBの話はお姉ちゃんからたくさん聞いてるからな。」
「ありがと、ツルカ。」
作戦が結城に一任されることが決まると、ランベルトが作業台から離れストレッチし始める。
「さてと……リョーイチ、修理手伝ってくれないか?」
鹿住に言われたとおり、超音波振動ブレードの修理に取り掛かるようだ。
声をかけられた諒一は気持ちいいくらい快く返事をした。
「はい、ベルナルドさんも呼んできます。」
「いや、じいさんは呼ばなくていい。今日はバラすだけだからな。」
「わかりました。」
それにしても、諒一は年上に対しては異常なくらい丁寧に対応している。もうちょっと砕けた感じで話してもいいんじゃないだろうかと思うほどだ。
(あれがVFチームのスタッフと仲良くなる秘訣だったりしてな……。)
くだらないことを考えるのをやめ、結城は修理ついでに改良できないか、ランベルトにいろいろと注文してみる。
「ランベルト、あのブレードもっと頑丈に作れないか? あと色もボディと同じ赤色にしよう。」
「色は別に問題ないが、強度はどうも……。一応出来ないことはないが、その代わりすっごく重くなるぞ?」
「じゃあやっぱいいか……。」
結城が諦めようとすると、ツルカが呑気な言い方でランベルトに要求する。
「重いのと軽いの2つ作ればいいじゃないか。」
ランベルトは考える間もなく首を横に振った。
「言ったろ? ウチは相変わらずビンボーなの。」
自虐気味に喋るランベルトを見て鹿住がぼそりという。
「……武器のために使うのであれば追加で資金援助してもらえるかもしれませんよ。」
「え、ホントか!? それを早く言えよ……。」
「聞かれなかったので言わなかっただけです。」
「な……いいから詳しく聞かせろよ。」
鹿住の何気ない言葉にランベルトは食いつき、鹿住と何やら相談事を始めた。
結城も話を聞くべく耳を澄ますも、2人の間では専用語が飛び交っており、とても会話に参加できそうにない。
結城とツルカは蚊帳の外に追いやられ、手持ち無沙汰になってしまう。
(……筋トレでもやるか。)
結城は試合に向けて今から訓練に励もうとトレーニングルームに向かおうとした。
しかし歩み出そうとしたところでツルカによって引き止められてしまう。
「なぁユウキ……」
「なんだ?」
ツルカは何かをいいことでも思いついたのか、にんまりとした笑みを浮かべていた。
「……今からクライトマンを冷やかしにいかないか?」
「冷やかしにって……リオネルに会っても意味ないだろ。あと、今はファンの対応とかで忙しいと思うぞ。」
こちらがそう言うとツルカはしばし考えたが、すぐに考えはまとまったようで、人差し指を立てて当然のように言う。
「じゃあしばらくしてから行こう。」
「行くのは決定してるんだな……。」
ツルカの強引な誘いに辟易していると、諒一が心配そうに声をかけてきた。
「2人だけで平気か? 一応ついて行ったほうが……」
「問題ないって。……だから諒一は修理手伝ってなよ。」
クライトマンにはこちらのVFに破壊工作をした前科がある。諒一は未だにそれを警戒しているのだろう。
しかし、いくらなんでも生身のVFランナーに直接手を出すことは……
(リュリュならあり得るかもしれないな……。)
“お兄様”を勝たせるためなら何でもする健気な妹、それが『リュリュ・クライトマン』である。
「……。」
一応暗がりと人気のない通路では注意しておこうかと考えていると、諒一がこちらの顔色を伺ってくる。
「結城? やっぱり問題があるのか?」
結城は力強くそれを否定する。
「平気平気。それに危険になっても大丈夫、ツルカがいるから。」
ツルカはVFBでも強いが、VFに乗らなくてもすごく強い。その格闘技術は武術の心得が全く無い自分が見ても明確に分かるほど素晴らしい。
一体どこで何を学べばあそこまで人間兵器になれるのだろうか。
……とにかく、諒一よりもよっぽど頼りになるのは間違いなかった。
「そうか……スタジアム内も警備強化されていることだし、心配ないだろう。」
やっと納得した諒一は引き下がった。それと同時にランベルトの声が聞こえてくる。
それは諒一を呼ぶ声だった。
「おーいリョーイチ、早速始めるぞー。」
諒一は口元に両手でメガホンの形状を作り、通った声で返事する。
「はい、ちょっと待ってください、すぐ行きます。」
諒一は少しだけ咳き込み、言葉通りすぐにランベルトのいる場所に向かって走りだす。
「結城、気をつけて。」
「うん。」
こちらが短く返事をすると諒一は背を向けて行ってしまった。
(心配しすぎだぞ、諒一……。)
諒一の過剰な心配を少し邪魔臭く感じたが、心配されるのは嫌いではない結城だった。
2
VFB2NDリーグが開催されているフロートユニット。
そこにはスタジアムはもちろんのこと、各チームのビルが並んでいる。
そんな2NDリーグチームの中で唯一実験用の施設ユニットを所持しているチームがある。
……それは『E4』だ。
チームスポンサーは同じE4という名の軍事用兵器の開発・販売会社である。最近ではVFにも手を出し始めたらしく、実験用のユニットでは主にVFに関する研究が行われている。
兵器や一般的な商品は、本社のある場所に展開されている規模の大きい施設で研究が行われている。
VFの技術を兵器に応用したり、本社が開発したものをVFに転用したりしているのだが、大抵は後者の場合が多いだろう。それほどVF関連の技術は使用範囲が限られているのだ。
E4の実験用のユニットは一見すると船のような形をしている。その内部には多くの実験室や、試験室が存在している。
それらに混じり、ランナーのために用意された部屋が一室だけある。
部屋は無駄に広く、壁には様々な種類のプラグや配管がむき出しになっていた。それらから
この場所が元々は何かの実験室であることが分かる。
……その部屋の中、E4のVFランナー『ミリアストラ』がある男と会話をしていた。
「まさかシミュレーターでちょっと練習しただけでラスラファンに勝てるとは思ってなかったわ。」
ミリアストラはその部屋に設置されたベッドの上に腰掛けていた。そしてヘアピンを指先で弄りながら言葉を続ける。
「ホント、アンタ教えるの上手ね。アタシが知ってる教官より100倍上手いわ。」
話しかけられた男は「いえいえ」と前置きをして返事する。
「キミの飲み込みが早かっただけさ。僕もキミの上達ぶりに驚いたよ。」
「それはどうも。」
男は入り口のドア付近で立っていた。ミリアストラトは距離があったが、部屋は気密性が高く、周囲から雑音も聞こえないのでそこまで大きな声を出す必要はないようだ。
男は大きなつばの付いたキャップを被っており、さらに顔全体が隠れるようなブラックのバイザーを装着していた。こちらに正体を知らせるつもりはないようだ。
ミリアストラがラスラファンとの試合で勝つことができたのは、この男の指導のおかげであった。かなりVFの操作技術が上達し、今までは回避できなかったり防御できなかった攻撃も安々と対応することができたのだ。
ラスラファンに勝てたのはVFの相性もあるのかもしれないが、相性よりも指導による技術上達のほうが勝因に占める割合は高いだろう。
(一体何者なんだコイツは……)
メールで話を持ちかけられたときは半信半疑だったが、今では男の提案を受け入れて正解だったと思っている。メールには名前も記載されていたが自分と同様、偽名に違いない。
(……実は名の知れたランナーだったりして。)
つい最近までVFBに縁のなかったミリアストラは、ランナーというものには疎く、例え有名人であっても分かるわけがなかった。
しかし、ミリアストラはある事情からこの男が只者ではないということを知っていた。
「そうだ、代わりに射撃でも教えてあげようか?」
「いや、まにあってるよ。」
男はミリアストラの提案を鼻で笑って辞退した。教えることはあっても教わることは何も無いとでも言いたいのだろう。
「……確かに、10ヤード先の銃のハンドガードを狙える腕前なんだし、アタシが教えることなんて何もないかもね。」
こちらがしたり顔で言うと、男は感心と驚きが混ざったような声をあげた。
「あれ? 気づいていたの?」
「忘れるわけ無いでしょ。女の子を盾にしてる犯人に発砲する警備員なんてそうそういないわよ。」
数ヶ月前、ミリアストラはE4の前任のランナーに銃を向けられたことがあった。その時に結城を巻き込んでしまい、それを助けた警備員こそが今会話している男と同一人物だと予想していたのだ。
あの時の警備員は鮮明に憶えている。
バイザーで顔こそ分からなかったが、男と佇まいというか、体全体から発せられる雰囲気が似ていたのだ。
他にも確信した理由はいろいろとあったが、決定的だったのは、今も被っているそのバイザーが、あの時と全く同じ物だということである。
「おかしいな……ちゃんと顔は隠していたつもりなんだけど。」
男の反応からして、その予想は当たっていたらしい。
ただの警備員がこれほどうまくVF操作を指導できるはずがない。ミリアストラは感じた疑問を直接男に投げかける。
「アンタ何者なの? 警備員のコスプレしてまでスタジアムに侵入するなんて、いい趣味してるよ。」
「変装って言ってほしいな。あの服は本物と同じだったんだよ?」
(侵入してたのは認めるのね……。)
色々と露見したにも関わらず、男は落ち着いていた。それどころかバレたことを愉しんでいるようにも見える。
このことをタカノユウキに知らせたほうがいいのかとも考えたが、この時点で証拠も何もないし、余計な心配をかけては却って迷惑になるかもしれない。
(……あれ、もしかして……)
と、ここで、ミリアストラは話を持ちかけられたときに聞いたことを思い出す。
「アタシを特訓させてまで勝たせたいチームって、もしかしなくてもアール・ブランよね。何か理由でもあるわけ?」
ミリアストラは、この男が“あるチームを勝たせるために協力する”と言ったのを覚えている。
今の状況や過去の事件のことも含めて考えると、その勝たせたいチームはアール・ブラン以外にありえないように思えた。
男は半笑いでその質問に答える。
「本名を名乗ってすらいない僕が、そう安々とキミに喋ると思うかい?」
「やっぱりそうよね……。」
あきらめ気味に言うと、ミリアストラはそのままベッドに仰向けになる。
「E4が勝ったお陰でキミの報酬も増えたし、僕も目的を達成できて満足している。それでいいんじゃないかな。」
男は達観した風に話した。
男の言うとおり、ミリアストラにとっては良い事尽くしだったので、あまり詮索をするのはやめにした。
アタシでさえ他人に話したくないことは軽く2桁を越えるくらいあるのだ。この男の場合はもっとある決まっている。
ミリアストラは背中に柔らかいベッドの感触を味わいつつ、だらしのない声を出す。
「……まぁどうでもいいか。最後に勝ててスッキリできたし。」
「最後? ……今シーズンでランナーの仕事は辞めるのか、もったいないな。」
「そういう意味で言ったんじゃないわよ。」
ミリアストラはベッドから起き上がり、ドア付近にいる男に向けて言った。
「この仕事は報酬もいいし、ファンに応援されるのも悪くない。あと、タカノユウキともう一度戦ってみたいし。」
「悪いね。それは無理だ。」
こちらがユウキの名を出すと、すぐに男が否定の言葉を放った。
「……?」
何がどう無理なのか、疑問に思っていると男が続けてそのわけを話す。
「……何故なら、今シーズン中にアール・ブランは1STリーグに昇格してしまうからさ。2NDリーグでは二度と戦うことはないと思うよ。」
今まで冗談交じりだった男の声は急変しており、その言葉が嘘でも冗談でもないのが分かった。
「何ならキミも1STリーグに来てみるかい? 気が乗ればスカウトしてあげるよ。その時はよろしくね、……ミリアストラ君。」
男はその言葉を最後に部屋から出て行った。
ミリアストラはこの男に少しだけ恐怖をいだいていた。
3
2NDリーグスタジアム、その中にあるクライトマンのハンガーに結城達は来ていた。
ハンガーの公開時間はとっくに終わっており、ハンガー内にはスタッフの声や、作業音だけが聞こえている。
一般客が居なくなったそのハンガー内でツルカの声が響いた。
「リオネル久し振りー、遊びに来たぞー。」
ツルカの威勢のいい声に反応し、クライトマンのスタッフが一斉にこちらを向く。
注目を浴びた結城は慌てて会釈をして、ついでに苦笑いしてみせた。
「一応ちゃんとした挨拶したほうがいいんじゃないか?」
「いいのいいの。リオネルとはそこそこの知り合いだから大丈夫だ。」
結城はツルカと連れ立ってクライトマンのハンガーに足を運んでいた。
ツルカがこちらを誘ったのでついてきているのは自分のほうなのかもしれない。だが今はそんなことは問題ではなかった。
(部外者が……というか敵チームの人間が入ってもいいのか……?)
普通は他チームの人間が同じく他チームのハンガーに出入りすることはあまりない。
……が、禁止されているわけでもない。
つまり、招き入れてくれれば何の問題もないのだ。多分そうに違いない。そういう事にしておこう。
「どうした、華麗なる勝者リオネル様の取材にでも来たか?」
ツルカの呼びかけから、あまり間を置くことなくリオネルが応じた。
リオネルはゆったりとした格好で純白のリクライニングチェアーに腰掛けており、近くのテーブルにはカクテルらしきものが置かれていた。ここまでこのシチュエーションがしっくり来る人間はそういないだろう。
手には雑誌が握られており、リオネルの目線は紙面に向けられていた。……どうやらこちらのことを確認するつもりはないらしい。
(作業も手伝わないで、何様のつもりだ……。)
くつろぐなら自分の家か自チームのビル内でくつろげ、と言いたい気持ちを押さえつつ、結城は声色を変え、丁寧に挨拶する。
「こんにちは、アール・ブランの者ですがお邪魔してもいいですか?」
こちらの挨拶に反応したリオネルが首をもたげてこちらを見る。しかし、一瞥するとすぐに雑誌に視線を戻してしまった。
「……何だ、アール・ブランの素人学生か。」
「いい加減その呼び方やめろよ。」
リオネルの正面に立ち抗議の声をあげると、リオネルは雑誌をテーブルの上に伏せた。そして胸のあたりで指を絡ませるようにして両手を組む。
いちいち動作がキザっぽいなと思っていると、その動作に引けを取らないセリフがリオネルの口から発せられた。
「オレに返事をしてもらうだけでもありがたいと思え。」
結城があからさまに嫌な顔をすると、リオネルは何事もなかったかのように話をすすめる。
「……で、何の用だ? オレ様の勝利を祝いに来たわけでもなさそうだが。」
『あなたのチームの下調べです。』と言うわけにもいかない。
結城が困っているとツルカが白々しく答える。
「ほら、アール・ブランとクライトマンは5勝2敗で同じ成績だろ? 2位を決めるために対戦しなくちゃならないなと思って……」
「つまり偵察に来たというわけだな?」
「あー……簡単に言うとそういう事になるな。」
(早速見抜かれてるぞ、ツルカ……。)
こちらの意図を素早く見抜いたリオネルだったが、何か引っかかる箇所があったのか、怪訝な顔をした。
「……ん?」
その顔は次第に愕然とした表情に変化していく。
「5勝2敗!? ……アール・ブランが!?」
それは、まるで“アール・ブランが勝ちと負けの数を間違えたのではないか”と言わんばかりの言い草であった。
「今気づいたのか、そのくらい把握してろよな……。」
「仕方ないだろう。オレはトライアロー以外のチームは眼中にないんだ。」
こちらが注意すると、自分の無知を棚にあげてリオネルは開き直った。
「……。」
結城が無言で非難の目を向けていると、リオネルはバツが悪そうに咳払いし、カクテルを一口飲む。
「ここじゃ落ち着かないな……。おいリュリュ、休憩室にお茶とお菓子を用意しろ。」
「はい、お兄様。」
すぐさまリオネルの背後からリュリュが姿を現した。
いつから待機していたのか気になるところだが、あまり突っ込まないことにした。
とりあえず結城はリュリュに挨拶する。
「こんにちは、お邪魔してるよ。」
ツルカもこちらに続いてリュリュに話しかける。
「リュリュもいたんだな、気付かなかったぞ。」
ツルカの失礼な言葉にリュリュは過剰に反応したが、飽くまで落ち着いた口調で言い返す。
「リュリュ“も”とはなんですか。まるでお兄様の付属品みたいな……」
そこまで言うと、リュリュの様子が一変した。
視線はあさっての方向に向けられており、なにか良からぬことを想像しているようだった。
「付属品……いいかもしれません……。」
リュリュはうっとりした表情を見せて、頭のリボンをぴこぴこ揺らせながらその場から離れていった。
「相変わらずいろいろすごい妹だな。」
「ああ、いろいろ手伝ってくれるいい妹だ。」
リオネルはリクライニングチェアーから立ち上がり、自慢のブロンドの長い髪をかき上げる。
「休憩室で話すが、いいな?」
結城とツルカはリオネルに案内されてハンガーに隣接された休憩室へと向かった。
「適当に座れ。」
到着するとリオネルはすぐ近くにあったソファに座り、こちらにも座るように促した。
案内された休憩室はアール・ブランの休憩室とまるで違っていた。
壁には何やらよくわからないが高そうな絵画が飾られており、花の香りまで漂っている。その香りは爽やかというよりは濃厚な、甘ったるい香りだった。
(こんな部屋だと逆に休憩出来ない気が……)
目の届かない場所にまでお金を使っているあたり流石クライトマンだと言わざるを得ない。
同じように資金が潤沢なキルヒアイゼンはどうなのだろうか……。そんなことを考えながら恐る恐るソファに腰掛けると、すぐにリュリュがティーセットを持って現れた。
「お兄様、お茶をお持ちしました。」
リュリュは装飾の入った金属製のトレーをガラス製のテーブルの上に置き、カップや茶葉やポットといったティーセット(これもかなり高級そうな陶器製だ……)をトレーからテーブルに移動させる。
そしてそこで準備をてきぱきと進めていった。
結城としては、手軽に準備できるインスタントの物でも良かったが、せっかく用意しているのに今更それを伝えることはできなかった。また、リュリュの手つきが鮮やかで、その作業を最期まで見たい気持ちもあったので断れなかったのだ。
リオネルはいつの間にか用意していた情報端末をいじりながら呟く。
「なるほど、また貴様と対戦というわけか……。」
本当にこちらが5勝2敗なのか、端末で確かめたらしい。
リオネルは端末を閉じ、そして疑いの目をこちらに向けた。
「……まさか、クリュントスに細工しに来たんじゃないだろうな?」
「ないない。あんたの妹じゃあるまいし……。それにもうクリュントスはラボの方に運んだんだろう?」
結城はリオネルの言葉を即否定した。するとリオネルは肩をすくめて首を左右に振る。
「……冗談だ。センスの欠片もない奴だな。まったく。」
さっきの目は冗談にしては本気にみえたが、何を言っても無駄だとわかっていたので結城はそれをスルーした。
リオネルのあからさまなごまかし方に結城がうんざりしていると、ツルカがその話に食いついてきた。
「いやー、見事な破壊工作だったらしいな。さすがのボクもそこまではできないぞ。」
ツルカがそう言うと、お茶をいれていたリュリュの動作が止まった。
「そんな……壊せたのは頭部付近だけでしたから、とても“見事”とまでは……」
「おい、褒めてないぞ。」
すぐに結城は、何故か恥ずかしげに受け答えてるリュリュに釘を刺しておいた。
そのやり取りを見ていたリオネルはため息を付いて、眉間を2本の指でつまんで渋い顔をする。
「ああいうのをどこで覚えてくるんだか……全く、リュリュは……。」
「お兄様のマネージャーなら潜入の一つや二つできて当然です。戦わずして勝つのが最も優れた戦法だと、この前読んだ本にも記されていましたし。」
「そんな本は読まなくていいから、先にVFBのルールブックを熟読しろ……」
「わかりましたお兄様、考えておきます。」
リュリュは悪びれる様子もなく言うと、いつの間にか出来上がっていたお茶をテーブルの上に並べていく。リュリュがカップやポットを動かすたびに紅茶の香りが周囲に漂っていた。
目の前に置かれたティーカップを手に持ち顔を近づけて香りを胸いっぱいに嗅ぐと、結城はそのままカップを手前に傾けた。
結城は紅茶をすすりながら質問を投げかける。
「リオネルは2位決定戦の経験はあるのか?」
「あまりない……。同じ相手と戦うのは基本的に1シーズンに1回だ。」
あまり、ということは一応は経験があるらしい。
「そんな事を聞きにここまで来たのか。よっぽど暇なんだな。」
「……。」
リオネルに嘲笑されるも、結城は言い返すことが出来なかった。そもそもクライトマンのハンガーに来たのも無理があったのかもしれない。
「こんな素人学生の相手をまともにしているとは、オレもいよいよダメになってきたか……。」
結城はリオネルの話を聞いてある事に気付く。
「そう言えば……同じランナーと対戦するのはこれが初めてか。」
再戦相手と試合をするのはとても気が楽だ。シミュレーションゲームではほとんどそういう機会がなかったが、相手の癖がわかるというだけで大きなアドバンテージがある。
相手にも癖を知られているのでどちらが有利かは判断できないが、とにかくある程度動きが予想できるのは神経の負担を減らすことができていい。
こちらの呟きを聞いたツルカは今思い出したように言う。
「そうか、ユウキの初めての対戦相手はリオネルだったな。」
「初めて? ……あぁ、そうそう。リオネルが初めてだ。」
VFBの試合とゲームでの対戦の経験がごっちゃになっていたため、結城はすぐにそれに気付けなかった。実際、遠隔操作ではあるがキルヒアイゼンと戦ったことがあるため、厳密に言うと初めての相手はイクセルだろう。
こちらの態度を不審に思われただろうか、と心配したが、リオネルは全く違うことを考えていたようだった。
リオネルはティーカップを置いていつになく真面目な口調で語り始める。
「……オレはあの試合、負けたと思っている。」
「あの試合?」
唐突に言われたが、結城はすぐにそれが自分が反則負けをした試合のことだと理解した。
あの時はクリュントスの頭部を破壊したのだが、視界確保のためにコックピットハッチを開けてしまったがために反則とされて、結果こちらが負けてしまったのだ。
「私が反則負けした試合のことか……。」
「そうだ。貴様が反則していなければ、アール・ブランは単独で2位になっていただろう。」
今更そんな事を言われてもどうしようもない。リオネルは何を言いたいのだろうか。
リオネルに便乗してツルカも頷きながら責めるように話す。
「本当にユウキは勿体無いことしたなぁ。」
「仕方ないだろ……ルールもよく知らなかったんだし。」
あの時ああしていれば……と考え始めるとキリがない。仕方ないの一言で済ませるより他に方法はないのだ。
リオネルから予想外の告白を受け、反応に戸惑っていると、再びリオネルが口を開く。
「あれから事あるごとにその試合のことが気にかかっていたからな。……だからこそ、2位決定戦で改めてオレが完勝して、すっきりさせてもらう。あと、こんなふうに慣れ合うのも今日限りだ。いいな?」
どうやら決意表明らしい。
自分がメディカルルームに運ばれた時も見舞いに来てくれたし、こう見えて意外とまじめで神経質なところがあるのかもしれない。風貌に似合わず律儀な男だ。
「あれ、さっきトライアロー以外は眼中に無いって言ってたような」
空気を読まずツルカが矛盾を指摘してしまった。
リオネルは「フッ」と鼻で笑って顔を横に向ける。そして目元に指を這わせてキザったらしいポーズをとり、爽やかな横顔をこちらにみせつけて短く言い放った。
「……言ってない。」
(ごまかすの下手すぎるぞ……。)
結城とは違い、ツルカはリオネルの不可解な行動を気にすることなく追求する。
「いやさっき確かに……」
ここでリオネルは傍に待機しているリュリュに同意を求めるように話しかける。
「なぁリュリュ、オレはそんな事いったか?」
間をおかずしてリュリュから予想通りの答えが返ってきた。
「いいえ。お兄様はそんな事は申しておりません。」
そのやり取りすら無視して、ツルカは高圧的に宣言した。
「それはそれとして、あの時のユウキに負けたんだから、今のユウキには歯も立たないと思うぞ。……次もユウキの勝ちに決まってる。」
そう言ってツルカは親指の腹をこちらに向けてグッドサインを送った。その表情は何故か得意げだ。よくわからないがこちらもグッドサインを返しておいた。
リオネルは余裕の表情でツルカの宣言を否定する。
「それはどうかな?」
「そうです、お兄様は負けません。装備も改良して一新しましたし、あなたの戦闘データの解析も済んで、対策もバッチリです。それに……」
「リュリュ、それくらいにしておけ。」
リオネルに注意され、リュリュは慌てて口を閉じる。
「……これで話は終わりだ。次にオレ様と会う時はアリーナだな。」
その台詞の後、結城たちはリュリュに案内されてハンガーの外に出た。
4
空がオレンジ色から暗い青に変化していくさまを窓の外に眺めつつ、結城は呟く。
「クライトマンにはなんとか勝てそうだな……。」
結城はスタジアムから直接女子学生寮に戻り、リビングでくつろいでいた。
時刻は午後6時を過ぎた頃だ。明日は学校もあるので早めに休まなければならないと思っているのだが、2位決定戦のことが気になり夕食の準備をする気にはなれなかった。
いざとなれば食堂でなにか適当なものを食べればいいだろう。
不意にツルカの声がする。
「クライトマンはいいとして、問題はその後だ。」
「その後?」
ツルカの声に反応し、結城は視線を窓から室内に移す。ツルカはカーペットの上で寝転がり、こちらに頭を向けて仰向けになっていた。
格好もだらしなく、こちら以上にだらけているように見える。
「昇格リーグだ……実質的にはトライアローとの勝負になる。」
ツルカは本当にクライトマンには余裕で勝てると考えているのか、勝つことを前提にして話をすすめる。
「トライアローの実力はユウキも分かってるだろ?」
「でも、トライアローって1STリーグに昇格するのいつも辞退してるって聞いたぞ。実はそこまで強くないんじゃ……」
ツルカは寝返りを打って俯せになり、こちらに目を向けた。
「ユウキ、いつも辞退してるってことは、逆に言うといつも昇格リーグで優勝してるってことだぞ。」
「……。」
ツルカの口調からもトライアローがべらぼうに強いチームだということが理解できる。
しかし、なぜトライアローは1STリーグに昇格しないのだろうか……。
「昨シーズンはダークガルムが昇格したから違ったけど、ここ数年はいつもトライアローが勝ってる。アール・ブランにとって大きな障害になるだろうな。」
ツルカに言われ不安になる。自分でも表情が曇るのが分かった。
(昇格できるかなぁ……。)
つい半年前まではただのVFB好きのヘビーゲーマーだったことが嘘のように感じられる。
しかしこれは嘘でも夢でもない。本当に現実なのだ。
ここまで来れたのも、面倒見のいい幼なじみがいて、優秀なエンジニアがいて、良いチームに巡り会えたおかげだろう。
(『良いチーム』は違うか……。)
しかし、ここで止まるつもりはない。ここまで来たからには上を目指す。目指さなければならない。
そんな事を考えていると、日が完全に落ちた。
カーペーットを赤く染めていた光が消え、部屋が暗くなる。同時にそれを感知した室内灯が明かりを灯した。
「はぁ、ご飯……じゃない、リョーイチ遅いなぁ。」
ツルカは再び仰向けになり自分のお腹を両手でさすりながら言った。
諒一のことを言われ、結城はそれについてツルカに伝える。
「諒一は今日は来ないぞ。ランベルトの手伝いが忙しいから無理だって言ってたじゃないか。」
「そういうのは早く言ってよ、無駄にお腹空かせてたのが馬鹿みたいだ。」
ツルカは寝ている状態から体をバネのようにしならせ飛び起きた。そして長い髪を後ろにまとめ始める。
銀色の髪が揺れ動くのを見つつ、結城は確認するように言ってみる。
「あれ、諒一から聞いてなかったのか?」
「聞いてない……食堂に行くぞ。」
「はいはい。」
準備を終えたツルカは先に部屋の出口に向けて歩き出す。
何を食べようか考えつつ、結城もその後を追いかけた。
ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。
第5章(終章)では、今シーズンの試合結果、そして2位決定戦の相手が明らかになりました。今度こそ結城はリオネルに勝つことが出来るのでしょうか。
次の編で大まかな意味での『2NDリーグ編』が終了します。
今後とも宜しくお願いいたします。