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【剣の舞】第四章

 前の話のあらすじ

 ツルカはキルヒアイゼンのパーティーにて、仲の悪いイクセルと少しだけ打ち解け、ついでに姉のオルネラからクリスマスプレゼントを受け取った。

 結城は男子学生寮のパーティーに呼ばれ、ランナースーツ姿にまでなって頑張ったが、エンジニアリングコースの学生の興味は、技術者である鹿住に向けられ、結城はあまり相手にされなかった。

 メンバーそれぞれが年末年始を穏やかに過ごしたが、ラスラファンとの対戦の日は確実に近づいていた。

第4章


  1


 海上都市群、商業エリア。

 フロートユニットの台座部分、中央シャフト周辺に位置するこの場所には、通常の店はもちろんのこと、観光客向けの店も多く並んでいる。

 それはVFグッズを扱っている店を始め、娯楽施設、複合デパートそして飲食店などで、広範囲にわたり数多く存在している。

 観光地といえばそれが当たり前なのだが、海上都市群の場合は他とは少し違う。

 ……観光客向けの店舗数の割合が異常に高いのだ。

 ここ、ダグラス海上都市がほぼVF産業だけで成り立っていることを加味しても、それだけでは説明できないくらいの多さである。

(やっぱ人多いなぁ。)

 その観光客向けの飲食店の中、結城はアール・ブランのメンバーと共に円卓を囲んでいた。

 飲食店は2階建ての中華料理店で、一階だけでも20以上の丸テーブルが設置されている。軽く100人は同時に食事ができるほどの広さだ。

 現在は夕飯時ということもあって、ほとんどのテーブルが埋まっていた。

 店員さんも忙しいようだし、2階もかなり混んでいるに違いない。

「今年もよろしくな、今日は俺の“奢り”だから気にせず注文してくれ。」

 ランベルトの調子のいい声が聞こえてくる。

(どうせチームの経費で落とすんだろ……。)

 1階は客が多くそこそこ騒がしいのに、ランベルトのその声はよく聞き取れた。

 円卓には結城、諒一、鹿住、ランベルト、ツルカの5人が座っており、この順番通り時計回りに席についている。

 つまり、両隣に諒一とツルカが、そしてテーブルの向かい側には鹿住とランベルトがいることになる。

 その向かい側の席を見て結城は違和感を覚える。

(あれ、なんか距離が開いてるような……。)

 心なしか、鹿住さんとランベルトのイスの距離が遠いような気がする。

 しかしそれは気のせいでも目の錯覚でもないらしい。

 その結果、横にずれた分だけ鹿住と諒一の距離は縮まっていた。

 そのせいかどうかは判断できないが、現在その2人は同じメニューを左右から見ている。

「何かおすすめの料理はあるのですか?」

「ずいぶん前にランベルトさんに連れてきてもらったことがあるんですが、その時は魚料理が美味しかった記憶があります。」

「そうですね……鯛料理でも頼みましょうか……。」

「養殖の鯛は油ものってて美味しいと聞いてます。その分値段は高いですが……」

「大丈夫です。奢りなんですから。」

「そう言えばそうでした。」

(諒一、まだ鹿住さんには敬語なんだな……。)

 多少のぎこちなさはあるものの、諒一と鹿住は和やかなムードで会話をしていた。

 それに対し、ランベルトとツルカは険悪なムードで言葉のやり取りをしていた。

「おいツルカ、今なんて言ったんだ?」

「……だから、こんな店で奢られても嬉しくとも何ともないって言ったんだ。」

 ツルカの言葉は、先ほどのランベルトのセリフに対するものだった。

 単品で見ると安いかもしれないが、5人で食べるとなると出費は多くなるはずだ。

 いつも高級な店で贅沢な料理を食べていたツルカにとってこの店で奢られるということは、駄菓子屋で安いお菓子を自慢気に奢ってもらう程度の感覚なのかもしれない。

 ランベルトは椅子の背もたれに体重を預け、ため息混じりに言う。

「なぁツルカ、“こんな店”って言い方はないだろう。ここの中華はマジでうまいんだぞ。」

 必死に訴えるランベルトに対し、ツルカは蔑みと猜疑心の混ざった顔を向ける。

「ホントに美味いのか? ランベルトの舌なんか信用できないな。」

 ツルカのこのセリフはランベルトの神経を逆なでしたようで、ランベルトはこめかみをピクピクさせながら低い声で言葉を返す。

「言ってくれるじゃねぇか、ツルカさんよぉ……。」

「チームメンバーでもないボクを無理矢理誘ったのはそっちだ。それに、別にボクはここで食事する義理はないんだぞ。」

 ツルカにそう言われ、ランベルトは顔を背け、貧乏ゆすりをし始める。

「……。」

 まだ料理が来ていないというのに、ランベルトは今にも店から出て行ってしまいそうだった。

 大事な“財布”が居なくなっては困ので、さすがに今回は、結城はランベルトを擁護することにした。

「めったにないランベルトからの好意なんだし、一緒に中華食べよう。」

 こちらが言葉をかけると、ツルカはランベルトに向けていた顔をこちらに向けた。

 そして仕方なさげにこちらの言う事を承諾する。

「ユウキがそういうなら……たまにはこういうのも悪くないか。」

(ふぅ、よかったよかった。)

 これでツルカがこれ以上ランベルトを刺激することはあるまい……と思った矢先、ツルカが再び文句を垂れ始める。 

「……でも中華料理って辛いんだろ? ボク辛いの嫌なんだ。」

 ツルカが言った瞬間、それを耳にしたランベルトの貧乏ゆすりがピタリと止まるのが見えた。

 結城は慌ててツルカを説得する。

「あ、安心しろツルカ。ちゃんと辛くないのもあるから。」

「そうか、……なら大丈夫だな。」

 メニューを確認せずとっさに答えてしまったが、果たして辛くない料理もあるのだろうか。

 結城は遅れてテーブルの中央あるメニューを見て確認しようとしたが、先にランベルトがメニューを取ってしまった。

「なるほど、キルヒアイゼンのお嬢様は辛いのが苦手なんだな……。あ、店員さんこっちに来てくれ。」

 そして近くを歩いていた女性店員に声をかける。

 店員は足を止め、営業スマイルをランベルトに向けて受け答えた。

「はい、なんでしょうか。」

 ランベルトはメニューを開いて、そこに書かれてある料理名を指でなぞりながら店員に注文をしていく。

「コレとコレ……こっちを3つお願いできるか。」

「はい、かしこまりました。」

 席が遠いため、結城はランベルトが何を頼んだのか分からなかった。

 食べたいものが決まっていたため、ランベルトに続けて結城も店員に声をかける。

「じゃあ私は坦々麺……」

「いや、嬢ちゃん達の分まで言っておいたから、何も頼まなくていいぞ。」

 結城の注文はランベルトに遮られてしまった。

(私の坦々麺……)

 食べたいものは後からでも注文できるし、結城はランベルトを立てて注文を取り下げることにした。

 結城は、こちらとランベルトを交互に見ている店員にその旨を伝える。

「……やっぱりいいです。」

「はい、坦々麺は取り消しておきます。」

 そう言って店員は、手元のオーダー用紙にペンで何かを書き込む。

 日本のファミレスではテーブルに備え付けられたモニターで料理をオーダーしていたので、こういう前時代的な方法は珍しく感じられる。

 機械相手だと味気ないので、こういう風に直接店員と話すほうが好きかもしれない。

「……注文は以上でよろしいですか?」

「こっちも注文していいですか。」

 今度は諒一が店員を呼び止める。

 諒一は手を挙げていたが、その視線はメニューに向けられていた。 

 店員は諒一の席まで移動すると、再び胸ポケットからペンと紙を出して注文を聞く体勢をとる。

「注文どうぞ。」

「えーと……海鮮チャーハンを2つと、チンジャオロースにエビチリ……あとはこれをお願いします。」

 隣りに座る諒一はてきぱきと料理名を店員に伝える。しかし、最後の料理名を言うと、店員の淀みなく動いていたペンが止まった。

「かしこまり……あ、すみません。本日はもう鯛を切らしておりまして、こちらの料理はお出しできそうにありません。」

「それなら、似たような魚料理をお願いできますか。」

 諒一は特に悩む様子もなく、代案を店員に伝える。

「……そういうことでしたら、こちらはいかがでしょうか。これは川魚の唐揚げに辛めのあんをかけた物で本日のおすすめ料理です。」

「じゃあそれをお願いします。」

「はい、かしこまりました。それでは少々お待ち下さい。」

 すべての注文が終えると店員は厨房のある方へ去っていった。

 一体何分くらいで料理ができるだろう。客も多いし結構かかるかもしれない。

(やっぱり簡単な物でも頼めばよかったか……)

「なぁ、諒……」

 結城は料理が来るまでの暇潰しに諒一とお喋りしようとしたのだが、こちらが言い終える前に、鹿住が諒一に話しかけてしまった。

「諒一君は頼りになりますね。」

 さっきの注文の変更のことを言っているのだろうか。

 諒一は相変わらずの無表情で鹿住に返事する。

「そうですか?」

「そうですよ。」

 鹿住は円卓の上にあるコップから水を一口飲むと言葉を続ける。

「このくらいしっかりしていると結城君もさぞ楽なことでしょう。きっと将来はいいお婿さんになれますよ。」

「どうかしたんですか鹿住さん、いきなりそんな事言って……もしかして酔ってます?」

「冗談です。……諒一君はリアクションが薄いですね。これでは誂い甲斐がありません。」

「リアクションに関してはよく言われます。」

「ちょっと笑ったりする練習でもしたらどうです?」

「何回か顔面マッサージを試したことがあるんですが、どれも上手くいかなくて……。特に困ることもないのでこのままでいいです。」

「勿体無いですね。表情が豊かになれば喜びますよ……結城君が。」

「私が!?」

 急に話を振られ、結城は思わず声を出してしまう。

 諒一の表情が豊かになれば感情が読み取りやすくなってコミュニケーションしやすくなるだろう。しかし、幼い頃から結城は諒一と一緒にいるので、特に意思の疎通で困ることはない。

(諒一の笑顔かぁ……。)

 正直なところ、結城は今の諒一の笑顔を全くと言っていいほど想像できなかった。

「鹿住さんの話、本当なのか? 結城。」

 諒一に訊かれ、結城は鹿住の言ったことをきっぱりと否定する。

「別に表情が豊かになったところで喜んだりしない。それに、変に顔面の筋肉使うと顔が“つる”かもしれないぞ。」

「呼んだかユウキ?」

 “つる”という単語に反応したらしい。ツルカがこちらに身を寄せてきた。

「いや、ツルカじゃなくて……」

 それを見たランベルトも会話に参加してくる。

「何の話だ? 俺も混ぜてくれよ。」

「ランベルトさんは諒一君の笑顔って見たことあります?」

「笑顔?」

 鹿住の質問にランベルトはしばらく腕を組んで悩んでいた。しかし、諒一の笑顔を思い出せないのか、とうとう首を横に振った。

「……そういや見たことねぇな……、もちろん嬢ちゃんは見た事あるんだろ?」

「まぁ一応は……。」

 諒一の笑顔はレアなのだ。例えそれが数年前のことであれ忘れるわけがない。

「詳しく話してくれよ、頼む。」

「……。」

 結局、料理がくるまで、諒一の表情について談話することとなった。


  2


「お待たせしました。」

 約10分後、店員が料理運搬用のワゴンと共に現れた。

 料理が運ばれてくると、全員が会話を中断してその料理に熱い視線を向ける。

 結城はワゴンに乗せられた料理を見て驚いた。

(結構多いな。坦々麺頼まなくてよかった……。)

 大きい平皿には料理がこんもりと盛られていた。

 一つ一つをじっくりと観察する暇もなく、ワゴンからテーブルへ、見るからに辛そうな料理が次々と乗せられていく。

(……これ、5人で食べきれるか?)

 結城はメンバーの食欲について考えを巡らせる。

 私とツルカは日頃から運動をしているせいか、結構食べるほうだ。

 諒一は大食いというわけではない。出された量で満足する程度なので普通だろう。

 確か鹿住さんは小食だった気がする。

 ランベルトは……わからない。

 ……ということは、私とツルカが頑張って食べなければならないということだ。

(美味しそうだし、大丈夫だろ。)

 全ての料理がテーブルの上に並べられ、続いて店員は全員のコップに水を注ぎ始める。

 それが終わってようやく、店員はその場から離れた。

「よし、食べるぞ。」

 ランベルトの合図と共にそれぞれが好きな料理を自分の小皿に乗せていく。

(まずは野菜から……。)

 結城が炒め物に手をつけたとき、隣からツルカの苦悶の声が聞こえてきた。

「うわっ辛……というか痛い!!」

「ツルカ?」

 結城の見ている前で、ツルカの顔は見る見るうちに赤くなっていく。

 ツルカの小皿には別に辛そうな料理は無かったが、色が赤くないというだけで実はかなり辛いものなのかもしれない。

 辛さを我慢出来ないのか、ツルカは口を大きく開けて苦しそうにしていた。

「らんふぇると!! わざと辛いもの頼んふぁだろ!!」

 舌が上手く動かないらしい。ツルカの言葉はかなり聞き取りづらい。

 ツルカとは違って、ランベルトはそれと同じ料理を美味しそうに食べていた。

「この複雑な辛さが生み出す旨みがイイんだよ……。ま、味覚の発達してないお子様にはこいつの美味さはわからないだろうな。」

「……くそぅ。」

 ランベルトの挑発に、ツルカは悔しげな表情を浮かべる。

 ……この料理もツルカが辛いのを苦手だと知って、わざと頼んだに違いない。

 何とも大人げない嫌がらせである。

 しかし、結城にはその料理が辛いようには見えなかった。

「そんなに辛いのか?」

「ボクには無理だ、辛すぎる……。」

 ツルカの返事を聞きつつ、結城は試しにその料理を食べてみる。

 口に含むと辛さが舌を刺激したが、嫌悪感を覚えるほどではなかった。

(辛いけど……美味しいな。)

 上手く説明できないが食べ始めると箸が止まらない味であった。

 ふと見ると、鹿住や諒一もその料理を美味しそうに食べている。

 ……どうやらこの中で辛いものが駄目なのはツルカ一人のようだ。

「ツルカ、無理して食べなくてもいいんだぞ?」

「ボクにだって……味くらい分かる。」

 悔しげに呟き、ツルカは水を一気飲みして口の中にあるものを胃に流し込んだ。

 そして何を思ったか、小皿に乗った激辛料理を口の中へ掻きこみ始める。

「辛いの苦手なんだろ……。私が代わりに食べてあげるから。」 

 結城は躍起になって辛いものを食べるツルカの手から、料理を取りあげようとしたが、ツルカはがっちりと皿を掴んでおり、ちょっとやそっとじゃ止められそうになかった。 

「……。」

 ツルカは聞く耳持たずその料理を食べ続ける。

 むしろ辛い料理しか食べてない。

「おいおい、そんなに食べて平気か?」

 さすがにランベルトも心配になったのか、ツルカに優しく声をかける。

「今から辛くない料理も頼んでやるから……いっぺんその皿を置けって。」

 ツルカはランベルトに目をくれることなく皿から料理を口に運び続ける。

「ボクはチャレンジしてるんだ。邪魔するなよ。」

 ツルカの行動は、チャレンジと言うよりもただの苦行にしか見えない。 

(負けず嫌いだなぁ。)

 こちらが見る限り、ツルカはあまり咀嚼せずに食べているようだが、それでもまだ辛いらしく、一口食べるごとに水も一口飲んでいた。

 これは『食事』などではない。

 辛いものを胃に流し込む『作業』だ。

「あーあ、ランベルトのせいでツルカの胃が荒れちゃうな。」

 結城が責めるように言うと、ランベルトは反論することなくこちらに懇願してきた。

「なぁ嬢ちゃん、どうにかしてくれないか。」

「わかった。……ただ、ランベルトも協力しろよ?」

 ツルカを助ける方法はひとつしかなかった。



 ……それから約20分後、ツルカの無謀かと思えたチャレンジは見事に成功していた。

「暑い……汗が止まらねぇ……。」

 ランベルトの口周りは赤くなっており、かなりの量の辛い料理を食べたことがうかがえる。

(一応、作戦は成功だな。)

 あの後、ツルカの負担を減らずべくみんなで辛いものを積極的に食べたのだ。

 自分で言うのも何だが、見事なチームプレイだったように思う。

(VFBでもこのくらい連携出来れば……。)

 空になった大皿を眺めながらそんな事を考えていると、ツルカが小声で話しかけてきた。

「なぁユウキ、トイレの場所知ってるか?」

「トイレ? ……そういうことか。」

 辛さを我慢するために、ツルカは大量に水を飲んでいた。あれだけ水を飲めばトイレも近くなるはずだ。

 食事中にトイレにいくのはマナー違反らしいし、食事が終わるまで我慢していたのだろう。

 結城もツルカと同じように小声で返事をする。

「いや知らない。店員さんに聞こうか?」

「ん? どうしたんだ。」

 こちらの小声での会話を不審に思ったのか、ランベルトが首を突っ込んできた。

 ここを知っているランベルトならトイレの場所くらい把握しているだろうと思い、結城は特に何も考えず質問を投げかける。

「ツルカがお手洗いに行きたいってさ。場所知ってるか?」

「ユウキ……。」

 流石のツルカも恥ずかしいらしい。

 急にしおらしくなり、目と口をぎゅっと閉めて顔を伏せる。

「お、キルヒアイゼンのお嬢様にも一応恥じらう気持ちは……」

 いやらしく言うランベルトに鹿住が釘をさす。

「ランベルトさん、それ、セクハラですよ。」

 鹿住は冷たい視線をランベルトに向けて言った。

「分かった分かった、悪かった。」

 鹿住に弱みを握られているのではないだろうか、と思っても不思議でないくらい、すぐにランベルトはツルカを誂うのをやめた。

 ランベルトは咳払いして先ほどの結城の問いに答える。

「この店広いからなぁ……。リョーイチ、トイレどこにあったっけ?」

 諒一は会話を聞いていたようで、すぐにトイレの場所をランベルトに伝える。

「……確か、1階の奥のほうにあった気がします。」

「あぁ、思い出した。」

 ランベルトは立ち上がると、手を腰に当てて腰の骨をポキポキと鳴らす。

「正面の入口から見て右の奥にあったはずだ。ほら、観葉植物があるだろ? あの辺だ……場所わかるか?」

「うう……」

 ツルカはよたよたと立ち上がる。

 そしてランベルトではなく諒一のいる場所へと移動した。

「リョーイチについて行ってもらう……。お願い、早く早く。」

 ツルカは諒一の手を引っ張り、諒一はツルカに引きずられるような形で椅子から立ち上がる。

「……わかった、急ごう。」

 諒一は素早く行動し、ツルカの手を握ると2人で一緒にテーブルを離れていった。

 ……テーブルに残ったのは鹿住、ランベルト、結城の3人になった。

 トイレへ向かう2人の後ろ姿を見つつ、結城はぽつりと呟く。

「試合まであと2週間か……。」

 昇格できるかどうかが決まる大事な試合なのに、こんな場所でのんびりしててもいいのだろうか。

 相手はラスラファンだ。十分に準備していなければ負けてしまうだろう。

 ランベルトも同じことを考えていたのか、試合に関する話題を持ちかけてきた。

「嬢ちゃん、こんな時に言うのも何だが、もう作戦は考えてあるのか?」

「もちろん、作戦は考えてある。」

 結城は自分が考えた作戦をランベルトに説明する。

「諒一にはもう話してるんだけど、ペイント弾を使って、あのブレードを視認できるようにするんだ。」

「見えない物にどうやって当てるつもりだ……それに、どうせマントで防がれるぞ。」

 予想通りの反応をされたが、結城はさらに説明を続ける。

「だから、攻撃を受けた瞬間液状の塗料が出るようにして欲しいんだ。それなら狙って撃つ必要もないし、防御するときに出るんだからマントに防がれることもない。」

 相手のブレードのリーチが分かるだけでも、闘いは格段に楽になる。

 問題はどうやってその装置を作るかなのだが、ランベルトはこの作戦を気に入っていないようだった。

「うまくいくかぁ? つーか塗料なんか使っちゃ駄目だろ。」

「別に大丈夫だって……鹿住さんはどう思う?」

 結城は鹿住にペイント弾の使用の可否について訊いてみたのだが、いつまでたっても鹿住から返事は返ってこない。

 気になり見てみると、鹿住は遠くを見つめて全く関係の無いことを考えているようだった。

「……鹿住さん?」

「……あぁ、はい。すみません。」

 鹿住はこちらが2回呼びかけてようやく反応した。

 ぼーっとしてたとは言え、話は耳に入っていたらしい。鹿住は聞き返すことなくこちらの質問に答える。

「そうですね……基本的にVFBは正々堂々が信条ですから、広範囲に噴射した塗料が相手の視界を奪えば禁止行為になるかもしれません。」

「そうなのか……。」

 よく考えれば、相手の攻撃を受けて液体塗料を噴射するという方法は、プロレスで言う毒霧攻撃に似ているかもしれない。

(確かに、卑怯かもしれないな……。)

 他の作戦を考えねば、と思っていた矢先、鹿住が代案を提案してきた。

「なにも、色をつけなくてもいいと思います。……何かを巻きつかせれば良いのでは?」

 これを聞き、結城はあることを閃く。

「……そうか、鞭状の武器なら防御にも使えるし、ブレードを絡め取れるかもしれない。」

 これならば絶対に禁止行為にはならないはずだ。

 武器を使用不能にしたり、奪うのはVFBではよく行われていることだからだ。

「無茶です……。そんな事できるのですか?」

 鹿住は慌てた様子でこちらの新しい考えを否定した。

 ランベルトもこの考えに同意しかねているようで、疑い深い態度をとる。

「おいおい、相手はあのアザムだぞ。簡単には……」

「大丈夫、鞭もゲームで使ってたことがあるし普通に扱えると思う。」

 相手の武器を絡めとる練習はセブンとよくしていた記憶がある。

 その時は大型の武器や鈍器なども扱ったが、今回の対象は透明と言えど、片手で扱えるような剣だ。頑張ってやれば不可能なことではないだろう。

「ゲームか……嬢ちゃん、何でも使えるんだな……。」

 ランベルトは感心しているというよりは、むしろ呆れたように言った。

「まぁね。」

 これだけ多くの種類の武器を扱えるようになったのは、シミュレーションゲーム内でセブンと対戦していたお陰だ。

 セブンには何度礼を言っても足りないかもしれない。

 ……早速鞭について話そうと思った矢先、背後から聞き覚えのある声がした。

「よぉ、アール・ブランの雑魚ども。」

 声に反応して後ろを向くと、そこには鋭い目付きが印象的な、細身の男が立っていた。

 結城は自然とその男の名を声に出していた。

「……アザム!?」

 アザムは断りもなく諒一の席に座り、偉そうに足を組んだ。

「ペイント弾なり何なり使うといい。ブレードが見えたところでお前らとの試合には全然支障はない。」

「!?」

 どうやら会話を聞かれていたようだ。

「……テメェ、盗み聞きしてやがったな!!」

 ランベルトはテーブルを叩いて立ち上がり、敵意を剥き出してアザムを睨んだ。

 アザムは半分キレたような口調で言い返す。

「盗み聞きだァ? ……こんな場所で作戦を話し合うお前らが悪い。いくら雑魚のアール・ブランと言えど、ビルに会議室の一つや二つはあるだろ?」

「く……。」

 アザムの言う通り、こんな人が大勢いる場所で作戦内容を話していたのは、完璧にこちらの失態だ。誰かに聞かれてしまっても文句は言えない。

 わざわざそれを忠告しに来たのだから、少なくともアザムは聞き逃げするような卑怯なランナーではないみたいだ。むしろフェア精神に溢れていると言っていい。

 また、話しかけてきたということは、こちらの作戦が向こうに全く通じないとも考えられる。

 もしこちらの作戦が有効なものならば、わざと挑発するような事はせず、黙って作戦の内容を詳しく聞いていただろう。

 それらを承知の上で、結城はアザムと言葉を投げかける。

「そっちこそ、そんな嫌味を言うためだけにこんな所まで来たのか?」

 アザムはニヤリと笑い、こちらの質問に答える。

「お前らの姿がチラッと見えたんでな……。今のうちにリタイアするチャンスをやろうと思って話しかけてやったんだ。」

「リタイアは絶対しないぞ。」

 こちらが即答すると、アザムの表情が冷たいものに急変した。

「……そうかそうか、ならお望みどおり後悔させてやるよ。」

「うるさい!! 負けないからな!!」

 恐怖を掻き消すように大声で言うと、何がおかしいのか、急にアザムが笑い始めた。

「ハハハ!! ……その強気がいつまで続くか、楽しみにしといてやるよ。」

 アザムは組んでいた足を解き椅子から立ち上がる。

 そして、特に何もいうことなくテーブルから離れていった。 

 ……アザムの姿が見えなくなると、ランベルトは悔しそうに頭を抱えた。

「くっそ!! よりによってアザムに作戦を聞かれるとは……。」

 鹿住はアザムの歩いていった方角を見ていた。

「あれがアザムですか……確かに、相手チームのランナーに作戦がばれたのはまずかったですね。」

 鹿住は落ち着いており、そのセリフもまるで他人事のような口調だった。

「ただいま戻りました。」

 アザムがいなくなってすぐに、諒一とツルカがテーブルに戻ってきた。

 ツルカはこちらの異変にすぐに気づいたのか、興味あり気に聞いてきた。

「あれ? 何かあったのか?」

 ツルカに先程のことを隠しても意味が無い。

「実は……」

 結城はアザムが来たことについて、話すことにした。


  3


(……とりあえず、アレだけ言っとけば十分だろう。)

 アザムは結城達に嫌味を言った後、すぐに中華料理店から出ていた。

 そして店から外に出ると、アザムは大通りを横切り人通りの少ない路地へと入る。

 その路地を奥へと進むと、一人の男が壁にもたれかかっていた。

「帰るぞ。」

 アザムが短く言うと、その男は慌てて壁から身を離す。

「あの、アザムさん。あんなにプレッシャーをかけなくても……」

「あぁ? 見てたのか?」

 アザムは不機嫌な声をあげ、男の襟元を片手で掴み、締め上げる。

「うっ、ちょっとアザムさん……。」

 男は上に引っ張られ、爪先立ちになった。

 しかし、それに動じることなく男は言葉を続ける。

「あんな怖い顔で店に入って……ついて行くのが当然ですよ。何のために僕みたいなチームスタッフがいると思ってるんですか。」

「『ついて来るな』……って言っておいたよな?」

「VFランナーより、チーム責任者の命令が優先です。……スタッフの身にもなってください。」

 現在アザムと会話しているのはラスラファンのスタッフだ。役職はVFランナーの管理である。

 言うなれば芸能人でいう『マネージャー』といったところあろう。

「……次からは俺の命令が優先だ。わかったな?」

「わかりました。」

 返事を聞き、アザムは男の襟元から手を離した。

 ……アザムがアール・ブランのVFランナーである『結城』を発見したのは中華料理店の外、大通りの中だった。

 アザムはスタッフを1名連れてスポーツ用品を買うつもりだったのだが、急遽予定を変更して、結城にプレッシャーをかけることにしたのだ。

 チャンスを伺い跡をつけているうちにそのまま店に入られてしまい、仕方なくアザムも店の中に入った次第である。

「アール・ブランはそこそこ強いですけど戦い方は単純ですし、そこまで気にする必要はないと思うのですが……。」

 スタッフは襟元を正しながら不満げに言う。

 アザムが気にくわないのはアール・ブランではなく、結城そのものだった。

「あいつからは嫌な雰囲気が……。」

「雰囲気というと?」

「……チッ、今のは忘れろ。」

 あのユウキというランナーからはなにか嫌なものを感じる。

 女だからか、新人にしては実力者だからか……詳しくはわからないが、VFランナーである自分の本能が、ユウキを危険だと感じているのだ。

(クソ、イラつくぜ……。)

 なにより、そんな感情を抱いている自分が一番腹立たしかった。

 何を恐れているのだ。

 何を焦っているのだ。

 相手は経験も浅く、しかも小娘である。自分がユウキを気にかける理由などあるはずがない。 

「あの、アザムさん?」

「うるせぇ、黙ってろ!!」

 それにしてもこの男は自分のことが怖くないのだろうか……。

 今まで幾度と無くど突いたり、暴言を吐いたりしたが、一向に辞める気配はない。

(まぁ、いいか。)

 好き好んでラスラファンに入ったくらいだ。あまり怖くはないのだろう。

「……とにかく俺はあいつの目が気に入らねぇ。」

 あの目……以前にも見たことのある目だ。

 数年前、アザムはそんな目をしているランナーに完敗したことがある。

 結城を見ているとその時のことを思い出し、無性に腹がたつのだ。

「……あのユウキってランナーは今のうちに完璧に叩きのめす。『完璧に』だ。」

「アザムさんがそこまで言うなら、反対する理由はないです。コテンパンに叩きのめしてやりましょう。」

「あぁ、存分に傷めつけてやる。」

 試合まであと2週間弱。

 VFの修理・調整もすでに終わり、体のコンディションも悪くない。

 アール・ブランに負ける要素など一つもないのだ。

(まってろよ……血反吐をはかせてやる……。)

 アザムは、パルシュラムによってアカネスミレがズタズタになる様を何度も想像していた。


  4


 試合当日、2NDリーグスタジアムのハンガー内。

 試合を直前に控え、結城はランナースーツを着てアカネスミレに搭乗していた。

(機体チェックよし、補助電源よし、ブレードよし、あと体調もよし……。)

 ひと通りチェックを終え、結城は体を弛緩させる。

「……あとはランベルトが鞭を持ってくるだけか。」

 2週間で鞭状の武器を製作できるわけがないので、ランベルトが既製品を買うことになっていた。

 VFが製品として一般的に販売されるようになってから、そのシェアの7割近くをダグラスが占めている。また、兵装や武器に関しても依然として半分以上の割合を保っている。

 一番初めにVFを売りだしたのはダグラスなので、それは当然の数字だろう。

 一方で、ダグラス社は強固な利権やVF技術に関する特許を多く保有しているため、他社より優位な立場にあると判断することも出来る。

 今やVF関連の産業は世界規模で展開しており、同時に動いているお金も半端な額ではない。

 それを考えると、VFBをきつく規制している日本は、大変な損をしていることになる。

 日本でできることといえば、VFを構成する部品を作ることくらいしかないのだ。

(もったいないよなぁ……。)

 結城はダグラス企業学校で様々なことを学んだが、学べば学ぶほど日本が損をしていることが分かる。

 日本でも人型の機械は作られているが、そのほとんどが医療・福祉のために作られたものなのだ。……お陰で義手やパワードスーツなどは日本の独壇場である。

 そのため、巨大な人型ロボットを作る必要がないとも言える。

 そのことを考えると、ただの作業用の使えないロボットを娯楽用に改造し、スポーツ器具として売り出すという決断をしたダグラス社に、結城は感服せざるを得なかった。

 ……そうこうしているうちにハンガー内に大きなコンテナが搬入されてきた。

(やっと届いたか。)

 コンテナにはダクラス社のロゴマークが掘られてあり、それがダグラス社製の物だということが判断できた。

 結城はアカネスミレを操り、輸送用のコンテナから細長い紐のような物を取り出す。

 同時に梱包材が辺りに散らばった。

「これが『鞭』ですか? どちらかというと鎖みたいですね。」

 取り出している最中、アカネスミレの足元の方から鹿住の声が聞こえてきた。

 結城はコックピットのハッチを開け、下に向けて大声を出す。

「鹿住さん!! 危ないから離れてくださーい!!」

 下に視線を向けると鹿住がいた。

 鹿住は顔を上に向けてダグラス社製の『鞭』をしげしげと観察していた。

「平気です。それに結城君は、私を踏んでしまうほど操作が下手ではありません。」

「それは、確かにそうだけど……。」

 何を言っても移動する気がしなかったので、結城はそのままコンテナに突っ込んでいたアームを引っ張り上げることにした。

 コンテナから鞭を引きずり出すと、結城はそれをハンガー内部の開けた場所に置く。

 その全貌を見て、結城はそれが以前使ったことがある武器だと気付いた。

「あ、これなら大丈夫だ。何回か使ったことがある。」

 結城はそれを再び手に取り、何度がたわませたり引っ張ったりしてみる。

 ……当たり前のことだが、ゲームの感触よりもその存在をリアルに感じられる。

 その鞭の断面は平べったく、楕円のような形をしていた。また、金属繊維で編みこまれているらしく重量感はあったが、その分頑丈そうだった。

 鞭には無数の細かい節があり、しなり具合も理想的な物のように思えた。

 結城がアカネスミレでしばらく鞭をいじっていると、今度は外からではなく、コックピット内部の通信機からランベルトの声が聞こえてくる。

「ダグラス社製の『ロングウィップ』だ。値段も安いしすぐに手に入った。」

「すぐって……2週間もかかってるじゃないか。」

 結城は通信機に向けて言い返す。

 ランベルトは一瞬言葉に詰まったが、言い訳をすることはなかった。

「悪かった……。でもいいだろ、間に合ったんだから……試しに振ってみるか?」

「ここじゃ危ないし無理だ。それに練習はゲーム内で済ませてる。」

「またゲームか。」

 相変わらずランベルトはゲームの話になるとあからさまに呆れたような態度をとる。

 そんなにシミュレーションゲームが気にくわないのだろうか。

「……もうそろそろ時間ですね。チェックはもう終わりましたし……イメージトレーニングでもしてみてはどうです?」

「いいですね、それ。」

 鹿住に言われ、結城は目を閉じてイメージトレーニングをしてみる。

 しかし、脳裏に浮かぶのはアザムの恐ろしい姿だけだった。


  5


 ロングウィップが届いてから数分もしないうちに試合開始時間になり、結城はハンガーを出てアリーナに移動していた。

 アリーナに入場すると、観客の歓声が装甲越しに聞こえてくる。その歓声も、試合の回数を重ねるごとにどんどん大きくなってきている気がする。

 やはりアリーナはいい。

 ここに来るだけで気持ちが引き締まる。

 結城の操るアカネスミレが所定の位置まで来ると、実況者の声が聞こえ始めた。

<みなさんこんにちは。2NDリーグも後残すこと6試合となりました。……今シーズンはトライアローの優勝が確定してしまい、2位争いが激しさを増しています。>

 結城は実況者の言ったことを既に知っていた。

 トライアローは今のところ無敗である。もし残りの試合で負けたとしても6勝1敗で、優勝は間違いないのだ。

 さすがベテランチームといったところだ。

<現在ラスラファンとクライトマンが共に4勝1敗……。昇格トーナメントに駒を進めるのはこの2つのチームのうちのどちらだ!?>

(一応、アール・ブランも2位の可能性あるんだけどなぁ……。)

 可能性があるだけで、その可能性自体は低いため、候補に挙げられなかったのだろう。

 ……アール・ブランと対戦する予定の相手はラスラファンとヘロンヘルガだけだ。

 この2チームに勝てばアール・ブランは5勝2敗となり、十分に2位になり得る。

 そのためにもラスラファンやクライトマンと戦うチームには頑張ってもらわないと困る。

<……実況は私、テッド・スペンスが、解説にはお馴染み、ウォーレン氏をお呼びしております。今日の試合、ウォーレンさんはどう思われますか?>

<今シーズンは例年通りとはいかないでしょうな。特にユウキ選手は初戦のクライトマン以外には全て勝利を収めている……。安易に予想は出来ない状態ですな。>

<なんと!! あの名解説者のウォーレン氏でさえ今回の試合の行方はわからないとのことです!! 私もこの試合がどうなるか、楽しみで仕方ありません!!>

 今の結城にとって、ウォーレンの言葉はありがたかった。もし、『ラスラファンが優勢』などと言われていたら、余計に自信をなくしていたかもしれなかったからだ。

<……さて、両チームとも準備が整ったようです。それでは各チームのVFとランナーの紹介に移りたいと思います!!>

 ふと前方に目を向けるとラスラファンのVF『パルシュラム』の姿が確認できた。

<まずはラスラファンのパルシュラム!! ランナーは前回に引き続きアザム選手!!>

 紹介されても、やはりパルシュラムはピクリとも動かない。

 そしてファンの声援にも全く応えることはなかった。

 ……あれがアザムのスタイルなのだろう。

 パルシュラムの黄土色のマントは微妙に揺れ動き、その陰からは真っ白なボディが見え隠れしていた。

 まるで幽霊のようでかなり不気味である。

 今にもこちらに襲いかかってきそうで怖い。

(……しっかりしないと。)

 恐怖を振り払い、結城は兵装を確認するためにパルシュラムをよく観察する。……しかし、マントに隠れて殆どわからなかった。

 正確には判断できないが、いつもどおりならば透明なブレード2本に特殊なマントのはずである。

 結城は、パルシュラムが新しい兵装を装備していないことを願うしか無かった。

<続いてアール・ブランのアカネスミレ!! ランナーは2NDリーグの紅一点、ユウキ選手です!!>

 変なあだ名を気にすることなく、結城は片手をひらひらと振って紹介に応える。

 こちらの装備はダグラスのロングウィップとランベルトの超音波振動ブレードだ。これだけでは心許ないが、こちらには鹿住さんが創りだした特殊フレームがある。

(勝てる……いや、絶対に勝つ!!)

 結城は心のなかで勝利のイメージを作り出し、自らを奮い立たせる。

<それでは試合開始です!!>

 実況者の声の後、すぐに試合開始のブザーが鳴り響いた。



 ……結城はすぐには動かず、相手の出方をうかがっていた。

 現在結城は丸めた鞭を片手にもち、機体の側面を相手に向けて軽く構えている。

 今回の作戦は基本的にカウンターであり、透明なブレードを使用不能にしてからが本当の勝負なのだ。

 むしろ、透明なブレードを何とかしないとこちらに勝機はない。

 それを分かってか、パルシュラムはこちらを挑発するかのように、わざと透明なブレードをマントから出して見せた。

「完全に舐められてるな。」

 通信機からランベルトのいらついた声が聞こえてきた。

「……。」

 結城は相手の挑発に乗ることなく、注意深くその透明なブレードを観察する。

 ……無論、透明なので形状も何も不明だ。が、パルシュラムの手元にはグリップらしきものが見える。

(トライアローはアレを見て剣筋を見切ったのか……?)

 結城はそれを信じられなかったが、現にトライアローはラスラファンに勝ち、その上無敗だ。

 その実力を踏まえて考えると、あり得ない話ではない。

 ただ、とてもじゃないが結城には真似できそうになかった。

<おおっと!! パルシュラムが仕掛けます!!>

 パルシュラムはマントから透明なブレードを出したままこちらに向けて走って来る。

 両腕を横に突き出して走るその様は、ブレードの存在を知らぬ者にとっては滑稽に見えたことだろう。

<接触します!! しかし、アカネスミレが動く様子はありません!! ……これでいきなり終わってしまうのか!?>

 結城はパルシュラムの腕の動きに全神経を注ぎ、その剣筋を予測する。

 パルシュラムはそのままブレードを振ると思っていたのだが、そこまで愚直に攻撃するほどアザムはやさしくはなかった。

「なっ!?」

 ……接触の直前でパルシュラムは腕をマントの中に隠し、こちらに背を向けてジャンプしたのだ。

 これでは腕の動きがわからない。

(一か八か……)

 結城は自分の戦闘経験を活かして、つまり勘に頼ってカウンターしようと考えた。

 だが、いくらパルシュラムを見ても全く攻撃方法がわからない。

 ……こちらがどう動いたとしても、振り向きざまにブレードで死角を突いてくるに違いない。

(く……仕方ない。)

 結城は最悪の事態を想定し、弱点である頭部を両腕でガードする。これで、初撃で負けてしまうことはなんとか避けられるだろう。

 しかし、通信機から聞こえた声が結城の行動を変化させた。

「ユウキ!! 右からくるぞ!!」

「!!」

 それはツルカの叫び声だった。

 すぐさま結城はツルカの指示に従い、鞭の両端を握り右側面をガードする。

 ……その体勢をとるやいなや、鞭に何かが当たる感触がした。

 金属製の鞭が嫌な音を立てながら軋む。

「よし!!」

 鞭は透明なブレードを止めたらしく、当たった部分を頂点にして扇形に反っていた。

 パルシュラムは宙に浮いており、マントから伸びる2本の長いアームは、こちらの鞭の手前で静止していた。

(ツルカ……あんな遠くからでもさっきの攻撃が分かったのか……?)

 ……ツルカの予想は見事に的中した。

「やったぞ!! 成功だ!!」

「いや、まだだ。」

 ツルカのうれしい声を聞きつつ、結城は冷静にロングウィップを展開し、器用な手つきで透明なブレードに巻きつける。

 パルシュラムはブレード2本で一気に攻撃してきたため、2本ともまとめて拘束し、使用不能にすることができた。

 地面に着地したパルシュラムはこちらの鞭にブレードごと引っ張られ、バランスを失って前につんのめる。

「よし、捉え……」

 完璧に鞭を巻きつけ、勝機が見えたその瞬間、結城の目の前で不可思議なことが起こった。

「……あれ?」

 透明なブレードが『消失』したのだ。

 そこにあった物質がいきなり空気になったかのごとく、鞭による拘束が解ける。

 巻きつく対象を失った鞭はだらりと地面に垂れ、同時にアカネスミレも後ろによろめいてしまう。

 こちらがよろめいている間にパルシュラムはボディをマントで覆い体勢を立て直した。

「……!?」

 一体何がどうなっているのか、結城は混乱してしまう。

 確かに自分は相手のブレードを鞭で掴んだはずだ。

 鞭に巻き付かれた対象はそう簡単に抜け出すことはできない。……これはゲーム内でも確認済みで、セブンとの練習でそのことは十分に実証されている。

 それなのに、なぜパルシュラムは武器ごとこちらから離れることができたのだろうか。

 ……理解出来ない。

「な、なんで……」

 透明なブレードを捨てたのだろうか、そもそもどうやって透明にしているのだろうか。

 考えれば考えるほど頭がパンクし、それにより操作パネルに乗せた指の動きも鈍くなる。

 ……結城にできたその隙をパルシュラムは逃さなかった。

 パルシュラムは消えたはずのブレードで再びアカネスミレに攻撃してきた。

 相手の攻撃は肩に命中し、肩装甲は砕けてフレームがむき出しになってしまう。

(まさか本当に透明なのか……?)

 本当に透明なら攻撃は当たらない。ということは、やはりブレードはちゃんと物理的に存在しているはずだ。

「嬢ちゃん!! 一旦距離を取れ!!」

 通信機からしたランベルトの声で結城は我に戻り、慌てて後方へ思い切り跳ぶ。

 同時に、先程までいた場所にパルシュラムの斬撃が放たれた。

(どうする……どうすれば……)

 結城の頭の中は焦りと不安と恐怖でグチャグチャになっていた。 



 パルシュラムのコックピット内。

 アザムは歯を見せてニマリと笑っていた。

 それだけでも不気味であるのに、HMDを被っていて口元しか見えないため、余計に恐ろしく見える。

 ただ、その笑顔を見ている者はいなかった。

「ハハハ……動きが鈍ってるぞ?」

 思ったとおり、アール・ブランのグズ共はこの透明なブレードに混乱しているようだ。

 アカネスミレは防御に専念していて、こちらに攻撃する気配は全く感じられない。

(しかし、鞭ってのは珍しいな……。)

 何だかんだでユウキの鞭の扱いは見事なものだ。動きにキレはないがこちらの攻撃を全て捌いてる。

 アザムは改めてユウキが手練だと認識していた。

 手練だからこそ、この試合できっちりと潰しておかねばならない。

(この試合勝ったな……。さて、どう料理してやろうか。)

 透明なブレードの秘密にも気付くかと心配したが、その心配は杞憂に終わったようだ。

(馬鹿が……。このブレードはお前らが思ってるような単純なモンじゃねぇんだよ。)

 ……パルシュラムの透明なブレードは『硬化性透過流動体』というかなり特殊な素材で出来ている。

 これは厳密に言えば固形物ではなく、むしろ液体と言っていい。

 パルシュラムは内蔵されたタンクからこの特殊な流動体を出し、それを固めてブレードの刃としているのだ。

 そのため、形は変化自在。もし折れてもその流動体が無くなるまで何度でも再生可能というわけだ。

 アカネスミレの鞭から逃れることができたのは、一時的にブレードを液体状に戻したからだ。その分だけタンク内にある硬化性透過流動体の容量は減ってしまったが、それだけの効果は相手に与えたつもりだ。

 また、タンクはアーム部分に内蔵されているため、敵にブレードを奪われるという事態は絶対に起こりえない。

 まさに暗器の傑作。これを避けられるものはそうそういないはずだ。

(まさか、初っ端で絡め取られるとは……)

 不可視の初撃を防ぎ、その上こちらの武器を絡めとったことは賞賛に値する。

 だがそれは、こちらにとってはこの上なく都合の悪いことだった。

 鞭を巻きつけられたことにより、このブレードの特性に気がついたチームもいるはずだ。

 また透明なブレードに何かされては困るので、アザムはまず手始めに相手の武器を破壊することにした。

「オラァ!!」

 アザムはいきなり剣速を上げ、渾身の一撃をアカネスミレに向けて放つ。

 その攻撃はボディに届かなかったものの、こちらの狙い通り金属製の鞭を一刀両断していた。

 ……今シーズンからはブレードに改良が加えられており、切れ味も耐久性も向上している。

 流動体を均一に硬化させるのではなく、外側を硬く、内側は程良く粘性を保ったままにしてあるのだ。

 これにより脆さが極端に減り、代わりに強度が補われている。

 とは言うものの所詮は特殊な液体なので、本物の剣の切れ味には遠く及ばない。しかし、これでも既製品くらいの強度と切れ味は保っていた。

 切れ味が悪くなれば、刃部分を捨ててタンクから新しく補充すればいいだけだ。

 言わば、シャープペンシルやロケット鉛筆、それにカッターの刃と同じ理論である。

「そんなめんどくせぇ武器なんか使わずに、そっちもブレードで来い!!」

 アザムは金属製の鞭を二本のブレードでさらに細かく刻み、完璧に破壊した。

 そして頭部パーツに向けて透明なブレードを突き出す。しかし、その突きはアカネスミレのブレードによって遮られてしまった。

「ハハ!! そう来なくっちゃなァ。……次はどこを狙おうか?」

 ……すでにアザムはアカネスミレを狩ることしか考えていなかった。



 未だに結城は混乱状態にあった。

 頭部に向けられたらしい攻撃は何とか偶然はじくことができたが、また同じ攻撃を受ければ防げるかどうか怪しい。

「一体どうなってるんだ!? 確かに鞭で相手のブレードを……」

 頼みの綱の鞭は既にばらばらになっており、もう対処法はない。

 慌てふためいていると、鹿住の落ち着いた声が通信機から聞こえてくる。

「あちらのブレードがこちらの想像の範疇を超えていたようです。……別の作戦を考えましょう。」

 その声を聞いているとこちらも気分が落ち着いてきた。

 が、しかし、発言内容には賛成できなかった。

「今から!? そんな無茶な。」

 闘いながら別のことを考えるのは不可能に近い。

 余裕があれば出来ない話ではないが、結城は現在、予測不能な位置から襲いかかってくる透明なブレードに対処するのに精一杯だ。

 気を抜けば即負けてしまうかもしれない。

 通信機に向けて喋るたび、集中力が切れ、それが敗因になるかもしれない状況なのに、複雑なことを考えるのはどう考えても無理だった。

 しかし、鹿住はそれを無茶だと考えてはいないらしい。

「やるしかないでしょう。」

「それはそうだけどっ……!!」

 言葉の途中でパルシュラムが急接近してきて、結城はセリフを中断してそれに対処する。

 しかし相対速度から考えて、ブレードだけでは受け止められそうになかった。

(くっ……!!)

 逃げ場を失った結城はついにブレードの超音波振動機能を起動する。

 そしてそのまま前方を大振りに薙ぐ。

 パルシュラムはこちらの大雑把な斬撃をマントで防御し、少しだけ距離をとった。マントには一時的にへこみが生じていたが、4,5秒のうちに元通りになった。

 結城は超音波振動ブレードに異常はないか、目視とデータで確認する。

(ふぅ、取り敢えずなんとかなったか。……意外と威力あるんだな、これ。)

 ランベルトの超音波振動ブレードは正常に動作しているようだ。

 特にエラーは見当たらず、グリップ部分もバランスも申し分ない。

 距離をとったままパルシュラムと対峙していると、不意にツルカが思いついたように発言する。

「さっきから思ってたんだけど、別にあんなブレード無視すればいいじゃないか。」

「無視するだって……?」

「そうそう。……あの透明なやつは切れ味も悪そうだし、一撃で倒されるほどの威力もないだろ。」

「……。」

 言われてみれば、こちらは致命傷を受けていないし、ダメージを受けたのは肩装甲と安物のロングウィップだけである。

 ツルカの考えに鹿住も同意したのか、感心したような声が通信機越しに聞こえてくる。

「たしかに、我々はあの『透明なブレード』に固執しすぎていたかもしれません。一度無視してみるのもいいと思います。」

「そうだな、守ってばかりじゃ勝てないか……。」

 結城は少し離れた位置にいるパルシュラムを見る。

(防御を捨てて攻撃に専念……単純だけど有効な手段かもしれないな。)

 なにより、守っているだけではつまらない。

 勝ちにこだわりすぎて臆病になっていた自分に喝を入れたい気分だ。 

「幸いこちらのブレードは威力が高いですから、十分にあのマントの守りを突破できます。……正常に駆動し続けられればの話ですが。」

 鹿住の嫌味に続いて、ランベルトが自信たっぷりに言う。

「動くさ。俺のブレードは絶対に壊れない。」

 一度も実戦テスト出来ていないのに、その自信はどこから湧いてくるのだろうか……。

 結城は右のアームに持っているブレードを強く握り直す。

(超音波振動ブレード……やっと試せる時が来たな。)

 結城は守りの構えを解き、ランベルトのブレードを大きく後ろに引いて構え、足を開いてアカネスミレの重心を下へ移動させる。

(とにかく信じてるぞ、ランベルト。)

 その構えを見せた途端、パルシュラムが攻撃を再開した。



「おうおう、ついに諦めたか?」

 アザムの見ている前でアカネスミレは防御体制を解いた。

 とうとう防御をやめて戦う気になったらしい。

 向こうの攻撃はこのマントで簡単に防ぐことが出来る。先ほどの攻撃でそれが証明されていたため、アザムは安心していた。

 今まで試合であのブレードは使われておらず、性能が気になっていた。

 しかしこれといった特殊な機能はなさそうだ。どうやら心配しすぎていたらしい。

 アザムはアカネスミレにもう一撃お見舞いするべく相手に接近する。

「お望みどおり、いたぶってやるよ。」

 一定距離まで近づくと、向こうもこちらに向けて突進してきた。

(いい度胸じゃねえか。)

 アザムは突っ込んできたアカネスミレに対し、若干斜め上方から頭部に向けて突きをお見舞いする。

「!?」

 フェイントも含めた鋭い突きだったのだが、ブレードは狙い通りの場所には命中しなかった。

 透明なブレードはアカネスミレの頭部の手前で止められており、それはアカネスミレが咄嗟に上に持ち上げた左腕のアーム部分に突き刺さっていた。

 すぐに引っこ抜こうとするも、透明なブレードは外装甲に深く突き刺さっており、簡単には抜けそうになかった。

 こちらがもたもたしている間にアカネスミレは、右手に持った剣をこちらに向けて振り下ろす。

 アザムは2本目の透明なブレードでその攻撃を受けとめる。

 しかし、相手の剣はこちらのブレードを容易く破壊し、勢いを緩めることなくパルシュラムの頭部にまで肉迫する。

「フッ!!」

 アザムは素早い判断でアームに刺さった方のブレードの刃を液状に戻し、体を捻って頭部を覆い隠すようにマントを上方に展開する。

 特殊装甲布のマントはアカネスミレの攻撃を防御し、同時に剣の形に大きくへこんだ。

(やるじゃねえか……やってくれるじゃねえか!!)

 ……もしマントが無ければ危うく負けていたところだった。

「ハハハハハ!! 捨て身か……面白れぇ。……だが、気にいらねェ!!」

 相手の攻撃を受け止めて動きを限定させるのはよくある手段だ。

 経験豊富な自分がそれにすぐに対処できなかったのは、こちらに油断があったからだ。

「もう手加減は無しだ……遊びも終わりだ……本気で潰すッ!!」

 ……そこから激しい剣戟の応酬が始まった。



 迷いと防御を捨てたらしいアカネスミレの攻撃は激しい上、武器の威力も相まって、その破壊力は凄まじい。

 アカネスミレはこちらの攻撃に構うことなくブレードをがむしゃらに振っており、ブレード同士が頻繁にぶつかっていた。

 その一撃一撃にキレがあるため、ぶつかるたびにパルシュラムの透明なブレードは砕け散っていたのだ。

 透明な刃が四散すると、間を置くことなくタンクから硬化性透過流動体が補充され刃が再生する。

(これで5回目か……クソッ。)

 試合中にこれを再生することは滅多にない。

 多い時でも1,2回程度で、しかも表面の傷を補う程度の量だ。。

 ……だが今回は既に5回も全壊している……これからもっと増えるだろう。

(さすがに面と向かってやり合うと、少し不利だな。)

 こちらのパルシュラムはアカネスミレよりパワーが低く、武器の威力も低い。

 また、向こうの攻撃は一応はマントで防げるものの、やはりマントにも限界がある。

(だが、……俺が負けるわけがない。)

 もちろんこちらと同様にして、アカネスミレのブレードも損傷を受けている。

 数回に渡るブレード同士の接触は、相手ブレードのパーツやカウルを飛び散らせており、既にブレードの機構はむき出しになっていた。また、最初は聞こえていなかった“ビィィィン”という動作不良音も時たま聞こえてくる。

<これはすごい!! まるでダンスしているようです!!>

<確かに素晴らしい闘いですな。惜しむべきはパルシュラムの剣が見えないということくらいでしょう。>

(何がダンスだ……。)

 アザムは実況者の物言いに怒りを覚えつつ、攻撃を繰り返す。

 ……何分くらい経っただろうか、アカネスミレとチャンバラを続けていると通信機から連絡が入ってくる。

「アザムさん!! 特殊装甲布がもう持ちません!!」

 恐れていたことが起こったようだ。

 今まで、試合中に特殊装甲布の疲労度が限界値を越えたことは一度もない。

 今回はそうなるかもしれないと予想はしていたが、いざ知らされると、信じられない気持ちになる。

(クソ……。)

 長い間戦っているのだ、仕方ないことなのかもしれない。

 アザムはスタッフに聞き返す。

「……後何回防げるんだ?」

「良くて3回が限度です。こんなに長時間の試合は想定外でして……。」

「そうか、……安心しろ、あと3回もあれば十分だ。」

 マント越しであれ、向こうのブレードによる攻撃を受ければ一撃で負けてしまうだろう。

 3回というのは少し心許ない。

「……。」

 持久戦になればこちらは不利である。

 ……そろそろ決着を付けねばならないようだ。

「ア、アザムさん!!」

「まだなんかあるのか。」

 ただでさえアカネスミレと戦うのに忙しいのに、スタッフと通信するのは気が散って仕方がない。

 通信を遮断しようかとも考えたが、アザムはスタッフの言葉に耳を傾ける。

「タンクの硬化性透過流動体ももうすぐ無くなってしまいます……。」

「!!」

 今更ながらアザムは、透明なブレードにも限界があったということを思い出す。

 いくら再生可能だとは言え、無限に再生できるわけではないのだ。

(……長く闘り過ぎたか。)

「安心しろ。もう終わらせる。」

 アザムは残りの硬化性透過流動体を全て使って、ある作戦を実行することにした。



「嬢ちゃんの心拍数かなり上昇してるぞ。大丈夫なのか?」

「意識レベルは正常ですし、大丈夫でしょう。……まぁ、かなりキツイことにかわりはありませんが。」

 アカネスミレのコックピット内、通信機からはチームメンバーの心配する声が聞こえていた。

「以前に比べたら大進歩です。最初の試合ではあまりの体力の無さに吐いたりしていましたから。」

 諒一の声も聞こえ、続いてツルカの自慢気な声も聞こえる。

「ユウキは真面目にトレーニングしてるし、持久力は十分あるぞ。あと、学校でVFの耐久訓練もやってるから、長時間操作しても問題ないはずだ。」

「訓練と実践とではかなり違うからなぁ……本当に大丈夫か、嬢ちゃん?」

 正直なところ、結城はパルシュラムと戦うので精一杯だった。が、ツルカの言った通り体力にはまだ余裕があったため、その旨を通信機に向けて話す。

「へ、平気……全然、問題ない!!」

 結城はセリフ半ばでパルシュラムから攻撃を受け、透明なブレードをはじきながら言った。

 ……はっきりとはわからないが、結城にもパルシュラムの剣筋が大体予測できるようになってきていた。特にリーチに関してはほぼ完璧に把握できているように思う。

 始めは戸惑ったものの、こちらが思っていたより透明なブレードは厄介なものではなかったようだ。慣れてしまえば対処できないこともない。

 そのお陰か、相手の透明なブレードはこちらの外装甲を傷つけているだけで、ダメージはあまり受けておらず、機能には全く問題が生じていなかった。

「もう試合が始まって30分か……。こんなに長いのは珍しいな。」

「それだけ実力が拮抗してるということでしょう。先にミスしたほうが負けるかもしれません。」

(30分も!?)

 結城はゲーム内でもこれ程長く戦ったことはあまり無かった。

 複雑な地形で対戦した時に両者が道に迷って結局遭遇できなかったこともあったが、それはまた別の話だ。

 また、30分も集中力が続いている自分にも驚いていた。

(……まさに持久戦だな。)

 パルシュラムには攻撃を何回も防がれていた。しかし、マントが攻撃を吸収してから通常の状態に戻るまでの時間は着々と増加している。そろそろマントの限界も近いに違いない。

 ……変わらぬ調子でブレードを振っていると、いきなりHMDの隅にエラー表示が出現した。

「なんだ!?」

 確認すると、どうやら超音波振動ブレードの機構部分が限界を迎えたらしい。

 エラーが消えると同時に、ブレードの機能も停止し、超音波振動ブレードはただの剣に成り下がってしまった。

「おいランベルト、これは……」

「すまん嬢ちゃん。……これでも持ったほうだと思うぞ、俺は。」

「どうにかして直らないか? これじゃまともに戦えないぞ!!」

 ……こちらの動揺が相手に伝わってしまったのか、パルシュラムはここぞとばかりに力強い斬撃をこちらに向けて放ってきた。

 その横一文字に振られたブレードはあまりにも大振りで、さらに距離もあったため余裕で回避できるかと思われた。

(危なかった……。)

 結城は慌てることなく身を引いてパルシュラムと距離を取り、ついでにブレードを構える。

 しかしすぐにこちらのブレードになにかぶつかる感触がした。明らかに透明なブレードのリーチの外、攻撃範囲外にいたはずなのに攻撃を受けたことに結城は驚く。

「!!」

 すぐさま結城の体が反応し、衝撃を最小限に抑えるために攻撃を受けた方向と逆方向にアカネスミレを跳躍させた。

 勘違いかとも思ったが、攻撃の衝撃やその他の感触は幻ではなく、結城は超音波振動ブレードごと真横に吹き飛ばされていた。

 斬撃をまともに受けてしまったブレードはすぐに砕け、使用不能なほどバラバラに破壊されてしまう。

(しまった!!)

 長い間単調な攻撃を続けていたのも、この一撃を当てるためだったのかもしれない。

 ダメージを最小限に抑えられたのは良かったものの、アカネスミレは自らの跳躍とパルシュラムの攻撃の衝撃のせいで勢いを殺しきれず、そのままアリーナの壁に思い切りぶつかってしまった。

 壁と接触した瞬間、轟音がしてHMDの映像が一瞬だけ歪む。

「うっ……。」

 装甲が大半の衝撃を吸収し、結城はコックピット内で左右に揺れる程度で済んだが、あの攻撃をまともに受けていたら確実に気を失っていただろう。

(リーチが伸びた……。長さも自在に変えられるのか!?)

 いったいあの透明なブレードにはどれだけの秘密が隠されているのか、不思議で不思議で驚くどころか逆に腹立たしくなってくる。

 壁にもたれかかったままでいると、ツルカの慌てた声が耳に届いてきた。

「ユウキ、急いで体勢を……お?」

 が、その警告は中途半端に途切れた。

 他のメンバーも自分が危ない状態にあるというのに誰一人として声を出さない。

 ……なにか様子がおかしい。

 結城は首を回転させ、パルシュラムに視点を合わせる。

 こちらが武器を失ったので、そのまま追い詰められるかと思っていたが、パルシュラムはこちらに近付くどころか、ブレードも持っていなかった。

<どうしたのでしょうか!? パルシュラムが武器を捨ててしまいました!!>

 パルシュラムの足元の地面には透明なブレードのグリップ部分と、タンクのような容器が転がっていた。

 結城は相手がせっかくのチャンスを不意にしたことを不可解に感じつつ、同時に、追撃されずに済んで良かったと胸をなでおろしていた。

<故障ですな。こんなに長時間運用するのはさすがに計算外だったんでしょう。そろそろレシーバーの熱処理も大変になってくる頃ですし、決着は近いでしょうな。>

 ウォーレンの解説の途中でパルシュラムは懐に手を突っ込み、予備の武器らしい短いダガーを取り出した。

 もちろん、形も色も何から何まで視認できる。

 こちらはブレードを失っていたが、あの程度の装備なら素手でも十分に渡り合えるはずだ。

「素手か……悪くないな。」

 結城はアリーナの壁から離れ、両腕をブラブラと振ってパルシュラムの様子を観察する。

 透明なブレードもそうだが、特殊装甲のマントも最初見た時とは違い、ところどころが不自然に凹んでゴワゴワとしていた。

 あれではもう使いものにならないだろう。

 パルシュラムはダガーのハンドルを右手に握りしめると、こちら目がけて一直線に走って来た。

 それに応じるように、結城もパルシュラムに向けて走りだす。

<先ほどの攻撃でアカネスミレの武器も壊れてしまったようです!! 素手で戦うつもりでしょうか!?>

 実況者が喋っている間に2体の距離は縮まり、とうとうクロスレンジでの戦闘が始まった。

 パルシュラムはダガーで素早く連続突きをしてくるが、結城は腕の外側の装甲でそれらの軌道をずらし、攻撃を全て背後に流す。

 ブレード同士の闘いでもかなり近い距離でやりあっていたが、現在はそれよりも遥かに近い。

(ダガーにはあまり慣れてないのか……。)

 パルシュラムの突きは素早いが、鋭くはなかった。これならば延々と回避し続けることが出来るだろう。

 ダガーの突きが当たらないと悟ったのか、パルシュラムはマントを脱ぎ捨てこちらに被せてきた。

「!!」

 メインカメラに被せて視界を奪ったつもりなのだろうが、あいにくサブカメラは体中に設置されている。そのため、そのままの状態でもダガーを回避することは簡単だった。

 結城はマントを被った状態でパルシュラムの突き出された右腕を掴み、宙に投げ飛ばす。

(軽い……。)

 素早さの理由はこの軽量のボディなのかもしれない。

 一つの機能を追求するために、装甲を捨てここまで軽量化したのだろうか。兵装に合わせてVFを調整するのはかなり珍しい事例に思える。

 それ故、兵装が無くなってしまえば途端に弱体化する……。

 現在、アカネスミレは全ての点においてパルシュラムの性能を上回っていた。

「いいぞ結城。」

「ユウキ!! やっちまえー!!」

 通信機から仲間の声援を聞きつつ、結城はマントは頭から剥がし、後方へ投げ捨てる。

 ……パルシュラムはマントを失い、その全貌が明らかになっていた。

 細長い手足に極限まで絞られた胴体……やはり気味が悪い。

 しかし、これで相手の動きは今まで以上に良く見えるはずだ。

 ……黄土色のマントが地面に落ちると同時に、超クロスレンジによる格闘が再開された。

 結城は器用にダガーを体の外側へはじき、隙を見てパルシュラムに攻撃を加える。

 しかし、拳も蹴りもろくに当たらない。

 パルシュラムのボディが細いため、簡単に避けられてしまうのだ。

(それなら、動きを止めるだけだ!!)

 結城は敢えてパルシュラムのダガーを避けず、それを肘と膝の間に挟んだ。

 そして出力を一気に上げてダガーの刃を固定する。

 同時に反時計回りにダガーを捻り、パルシュラムの体勢を崩した。

 パルシュラムは地面に膝を付き、圧力に耐えられなくなったダガーの刃も折れてしまう。

 ……見たこともないようなトリッキーな技を披露したせいか、観客も実況者も言葉を失っているようだった。

 結城は動きの止まったパルシュラムのボディに手を突っ込んで、そのまま細い腰部をフレームごと握り、強引に手前に引き抜く。

 するとVF内部のパーツが外部に引き摺り出され、結果、パルシュラムの体は上下に分かれてしまった。

「これで終わりだ!!。」

 無残に破壊されたパルシュラムはそのまま地面にあお向けになって倒れた。

 それが着地すると同時に、結城は拳を振り上げ、地面を抉る勢いでパルシュラムの頭部をたたき潰す。

 まるで砲弾が着弾したときのような轟音がスタジアム内に響いた。

 その後、パーツが豪快に潰れる音がして、続いてスタジアム内から大きな歓声が巻き起こった。

 ……30分以上も激しくやり合った上に、最後は素手でフィニッシュ。……興奮しないほうがおかしい。

 その歓声に混じり、実況者の声も聞こえてくる。

<試合終了!! ユウキ選手の勝利です!! なんと、なんという大番狂わせ!! ……これで2位争いがさらに複雑になってきました!!>

<あのアザム選手に勝ってしまうとは……まるで夢でも見ているようですな。>

(勝った……。)

 結城は地面に手を付いたままアカネスミレを停止させ、コックピットから降りる。

「うわっと……。」

 降りるときに着地に失敗して倒れそうになったが、何者かによって腰を支えられたため、無様にこけずに済んだ。

 長時間VFの操作に集中していたのだ、体がよろけるのも仕方がない。

(あ、お礼言ったほうがいいな。……って一体誰が……)

 ……アリーナ内にいるのはランナーのみである。なので自分を支えてくれた人物はアザム以外に考えられなかった。

 自分の考えを確認するため結城は振り向く。

 すると予想通り背後にはアザムがいて、こちらの腰を腕で支えていた。

「……!!」

 結城は慌ててアザムから距離を取る。そして礼も無しにアザムに向けて堂々と宣言する。

「ど、どうだアザム!! こっちの勝ちだ!!」

「ようユウキ。」

 こちらの宣言を無視してアザムは普通に挨拶してきた。

 アザムは、ぱっと見では分からなかったかもしれないが、少しだけ穏やかな表情をしていた。

 見間違えたのかと思ったが、アザムから敵意のようなものは感じられない。

(……ん?)

 結城は今更ながら、名前を呼び捨てにされたことに気付く。

「ユウキって……気安く名前で呼ぶな……ぅえ」

 抗議も虚しく、結城は鼻をアザムにつままれ、言葉を中断させられてしまった。

 こちらが文句を言う前にアザムは語り始める。

「……俺がお前を嫌いな理由、教えてやるよ。」

「理由?」

 結城は鼻をさすりながら昔のことを思い出す。

 確かアザムには初対面で『大嫌いだ』と言われた記憶がある。

 なぜ今になってその理由を話すつもりになったのだろうか、気になったので結城はおとなしくアザムの話を聞いてみることにした。

「雰囲気が似てたんだよ、……あの『イクセル』にな。」

「!!」

 予想もしていない人物の名前がでて、結城は自分の耳を疑う。

(私がイクセルさんに……?)

 “似ている”とは一体どういう事なのだろうか。

 つまり、アザムはイクセルのことが嫌いという事なのだろうか。

 結城はアザムに詳しく話を聞こうとしたが、既にアザムはアリーナの出口に向けて移動し始めていた。

 慌てて結城は後を追う。

「イクセルに似てるって、どういう事だ? ……というかどこがイクセルと似てるんだ?」

「だから雰囲気だって言っただろ……変にプレッシャーをかけて悪かったな。」

 アザムはまともにこちらの質問に応えることなく、去っていった。

(雰囲気って言われても……。)

 あの最強のランナーに似ていると言われて嬉しい気もするが、似ている点がはっきりしないので、結城はどうも素直に喜ぶことができなかった。


  6

 

 スタジアム内、関係者専用通路。

 勝利者インタビューを終えた結城は自チームのハンガーに向かっていた。

(みんなもうラボの方に戻ったかな……。)

 試合が終わってからもう大分時間が経っている。先にラボに帰っていても不思議ではない。

「ふぅ……。」

 こんなにも遅れたのはインタビューが長引いたせいだった。

 ……結城がアザムに勝ってしまったことにより、結城は質問攻めにされ、結果インタビューは大変長引いたというわけだ。

 ついでにメディアによる個人的なインタビューも受けさせられてしまい、それも遅れの原因となっていた。

(遅れたけど……誰か一人くらいは待ってくれてるだろ……。)

 待っていなければ自力で帰るしかない。

 しかし、バスはVFBファンでいっぱいで目立つに決まっている……となると、徒歩でラボまで移動しなくてはならない。

 試合やらインタビューやらでへとへとなので、なるべくなら足を使いたくはなかった。

(それにしても長かったなぁ……。)

 インタビューは長かったが、その中で一番記憶に残っているのは『勝因』についての質問だ。

 その質問を受けて初めに思い浮かんだのは『実力』という2文字だった。

 もちろん、答えは事前に用意していた模範的なセリフを言ったのだが、本心では、もう下手に作戦など考えずとも、『アカネスミレ』と『自分の実力』の2つだけで十分VFBに通用するのではないかと思っていた。

「はいユウキちゃん、笑って笑ってー。」

 いきなりした声に反応して顔を上げると、間を置くことなくフラッシュを浴びせられた。

 結城は眩しさを抑えるため咄嗟に腕で目を覆い、声をかけた人物の姿を見る。

 正面にいたのは小さめのカメラをもった男性だったが、見た感じ報道関係の人間ではないようだった。

 結城はどう反応すればいいかわからず戸惑っていると、今度は背後から声がした。

「ちょっとすみません。ここは一般客の方は立ち入り禁止です。」

 カメラのフラッシュで気付いたのか、通路を巡回していた警備員がその男性に詰め寄った。

 男性はカメラを後ろ手に隠してしらを切る。

「そんなの知るかよ。せっかく休暇をとって海上都市に来たんだ、このくらいいいだろ?」

「すみません、規則ですから……私が出口まで案内します。」

「うるさいな……。あっち行けよ。」

 男性は警備員に対して偉そうな態度を取り、忠告を無視して通路を奥へ進もうとした。

 しかし、2人目の警備員が現れ、男性の肩をつかんで拘束した。

「おい、なにする……」

「現在スタジアム内は警備強化中です。申し訳ありませんが、詰所でボディチェックと簡単な質問をさせていただきます。」

 男性は、2名の警備員によって両脇を固められる。

 その時にカメラが通路の床に落ちた。

 結城は何気なくそれを拾って先ほど撮られたであろう写真を確認してみる。

(うわ……。)

 全部で2枚ほど写真に収められており、1枚目は完璧に油断している腑抜け顔の、2枚目は手のひらで目の辺りを覆い隠している写真だった。

 どちらも身体の全体像が写っており、結城は改めて自分のランナースーツ姿がアダルトチックなものであることを認識した。

「……。」

 結城は無言でそれらを削除し、カメラを床に置き直した。

「離せよ!!」

 男性は警備員の拘束から抜けようと必死に抵抗していた。

「くっ……質問してどうするつもりだ!?」

「こちらが怪しい人物と判断した場合は、そのまま警察の方に引き渡して、そこで身分確認をしていただきます。」

「警察!? ……ちょ、やめろ!!」

 警察というワードが出ると、途端に男性は取り乱し始めた。

 結城が暴れている男性と、それを取り押さえる警備員の横を通り過ぎようとしたとき、何処からともなくアザムが現れ男性の前まで来た。

(なんでアザムが!?)

 アザムはランナースーツから着替えており普通の服を着ていた。

 これではただの怖いおじさんにしか見えない。

「おい、お前!! 勝手に立ち入り禁止区域に入ってきた挙げ句、無許可でランナーの写真を撮るとは……いい度胸してんじゃねえか!! あァ!?」

 どこから見ていたのだろうか、……アザムはかなり詳しく状況を把握しているようだ。

「アザムさん、この人物は我々が……」

「黙ってろ。」

 アザムは警備員から男性を取り上げると、男性の胸ぐらを掴んで思い切り通路の壁に押し付けた。

 壁にぶつかった衝撃で男性の口から「ぐえっ」という小動物の鳴き声のような音が聞こえた。

「お前みたいなクソ以下のファンが来ないように専用の通路があるんだよ。それなのにわざわざこっちに来るとは……覚悟出来てるんだろうなァ?」

「ひ……やめてください!! 謝りますからぁ!!」

「いいからこっちに来い。ハンガーでたっぷり説教してやる……。」

「ああぁぁぁ……。」

 アザムは有無を言わさず男性の襟をつかみ、どこかに連れていってしまった。

 男性が心配になった結城は警備員に質問してみる。

「あれでいいんですか?」

 警備員は特に心配していないのか、「またか」という風な顔をしていた。

「ええ、警察に渡すと注意人物として記録が残ってしまいますからね。……ああやってファンが出入り禁止になるのを防いでやってるんですよ。」

 これを聞き、結城はアザムと初めて会ったときのことを思い出す。

 あの時、アザムは槻矢に怒声を浴びせていたが、今考えると今回と同じように指導していただけかもしれない。

 確かに、アザムにあれだけ言われれば二度とルールを破ることはあるまい。

「アザムさん、ランナーには容赦無いけどファンには優しすぎるよな。」

「もうちょっとファンにも厳しくしてもいいと思うんだけどな。」

「……。」

 警備員の口調から、アザムへの親しみが感じ取れる。

 今の今まで敵意を持っていた相手が、実はそんなに悪いやつではないことが分かり、結城は微妙な気持ちになった。

(アザム・アイマン……。)

 人は見かけによらないと言うが、まさにこの事だ。

 試合前にこの事実を知ってしまえば戦いにくかったかもしれないので、試合後で良かったと結城は思っていた。



 更衣室でランナースーツからジャージに着替えると、結城はハンガーに戻る。

(さて、誰か待ってくれてるかな……)

 あまり期待せずハンガーの扉を開けると、こちらの予想に反する光景が目に飛び込んできた。

「結城君、お疲れさまでした。……何とか勝ちましたね。」

「すごかったぞユウキ!! 試合の度に強くなってるじゃないか!!」

「やっぱり嬢ちゃんは強いなぁ。これは1STリーグも夢じゃないぞ……。」

「結城、おめでとう。」

 ……なんとメンバー全員がハンガーにいたのだ。

 どうやらこちらが来るまで待っていてくれたらしい。

 結城がハンガーに足を踏み入れると全員がわらわらと集まってきた。

「……。」

 結城は、一人でも待ってくれていればいいなと思っていたので想定外のことに驚いた。

 さっさと帰ってラボでくつろいでいればいいのに……なんとも義理堅い連中である。

 こちらが何も反応しないでいると、ランベルトが心配そうに話しかけてきた。

「どうした嬢ちゃん、浮かない顔して。」

 これは浮かない顔ではない。

 少し嬉しくて、こみ上げてくる物を我慢している顔だ。

 結城はそれをごまかすために全く関係の無いことを言う。

「……“ランナーに悪い奴はいないな”って思ってただけだ。」

「いきなり何を言い出すかと思えば……。さ、帰るぞ。」

「うん。」

 ランベルトの合図で全員が出口に向かう。

 結城は勝利の余韻に浸りながら帰路についた。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 ラスラファンに勝ち、残すところあと一試合。結城はぐんぐん成長し、ランナーとしての才能を開花させているようです。

 アール・ブランの成績も気になりますが、他チームの成績も気になります。

 次の話で【剣の舞】編は終了です。2NDリーグの結果が、そして昇格リーグに進むチームが明らかになります。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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