【剣の舞】第二章
前の話のあらすじ
結城は、不良学生に虐められている槻矢を助けた。
しかし槻矢はその後、ゲームセンターで虐められ、そこで諒一にも助けられる。その時、槻矢がとてもゲームが上手いということが発覚する。
それを聞いた諒一は結城とゲームで対戦することを槻矢に勧め、槻矢は結城とゲームで対戦する。
結城との対戦で自信を得た槻矢は演習で不良学生に対して反撃をする。
不良学生には敵わなかったものの、自信を手に入れた槻矢がいじめられることはもう無いだろう。
一方、健気なファンの姿を見た結城も、今後の試合に必ず勝つと決心した。
第2章
1
12月も中旬に差し掛かる頃。
北半球の日本ではみかんを食べながら、冷えた体をこたつで温める。
南半球のオーストラリアでは、まるで自分の家の庭のようにビーチでバーベキューを楽しむ。
だが、1年を通して気温の安定している海上都市群では、そういった季節の変わり目を楽しむことはできない。
……1年住んでいるだけで季節の概念をすっかり忘れてしまう者もいるほどだ。
そんな一年中律儀にサンサンと照りつける日光を手のひらで遮りつつ、結城はある場所から外を眺めていた。
「おぉ、ここが特等席か。」
現在、結城は2NDリーグのスタジアム、その上階にある特別観戦ルームにいた。
もうすぐ試合が始まるとあって、観客席は大いに盛り上がっており、結城はその様子を高い位置から見下ろしていたのだ。
「……眺めは最高だな。」
あの中でわいわいするのも楽しいが、こうやって静かに観戦するのも悪くはない。
アリーナや観客席を眺めていると背後から掠れた男性の声が聞こえてくる。
「どうだ嬢ちゃん、ここなら落ち着いて観戦できるだろ?」
その声はランベルトの物で、ランベルトもこちらと同じようにアリーナを眺めていた。
自慢気なその声を聞きつつ、結城は振り返って観戦ルームの中を観察する。
この観戦ルームはVFBに出場しているチーム、そしてVIP専用の特別な場所である。一般の客はお金を積んでも入ることができない。
アリーナが見えやすいように、壁一面に透明な素材が使用されており、それは天井から床の一部までを覆っていた。スカートを履いていれば下から覗かれるかもしれないが、今は諒一と同じ制服を着ているので平気である。
「こんな場所があるとは知らなかったな。」
部屋を見渡しながらぽつりと言うと、再びランベルトが反応する。
「そんなもんだ。みんなVFBを見に来てるから、こんな部屋のことなんて気にかけてる暇もないんだろ。」
「……確かにそうみたいだ。」
その部屋はそれなりに広く、椅子も多く設置されていたが、その部屋にいるのはランベルト、諒一、そして結城の3名だけだった。
普段からあまり使われていないのか、部屋は不気味なほど整然としており、高級感とはほど遠い、清掃用の消臭剤の匂いが漂っていた。
そんな寂しい部屋を眺めていると、いきなり諒一が語り始める。
「……つい数年前までは、試合がある度にほとんどのチームがここで観戦していたらしい。」
「ふーん。」
諒一は表情を変えず、アリーナを見つめながら淡々と話す。
「しかし、集まるたびにチーム間で、……特にランナー同士でトラブルが起こり、それがあまりにも酷いから自然とここに集まらなくなったらしい。」
「へぇ、そうだったのか。」
諒一のこういった類の小話は聞き飽きており、結城は興味がない風に返事した。
しかし、諒一のうんちくが止まることはない。
「……それに、昔と違って今は中継映像の質も上がり、3Dモデルを使って詳しい再現もできる。スタジアムに来なくても十分に他チームの情報を得られるから、実際に足を運ぶことが無くなったんだ。」
諒一が言い終えると、ランベルトが口を半開きにして感心した表情をみせる。
「知らなかった。……俺はほとんどスタジアムに足運んでなかったからなぁ。」
ランベルトとは違い、結城は疑うような目で諒一を見る。
「まるで見てきたみたいに話すんだな……。」
どういった所からこのような情報を仕入れてくるのか、毎度結城は不思議に思っていた。
諒一はその理由も惜しげなく話す。
「チームのスタッフと仲良くなると、こういう話を聞かせてくれる。」
「ああ、……そういうことか。」
諒一は今でこそアール・ブランのメンバーだが、半年前までははいろんなチームに足を運んでいたのだ。そこで色々な話を聞いていたに違いない。
諒一の無駄に多い知識の出処がはっきりし、結城はいろいろと納得した。
ランベルトはその言葉を聞いて深く頷く。
「うんうん、なんとなく分かるな。リョーイチ相手だとなんか話したくなるからなぁ……。で、それは誰から聞いた話なんだ?」
ランベルトの何気ない質問に、諒一は重々しく答える。
「これは……アザムさんから聞いた話だ。」
そのあとすぐにランベルトが“信じられない”といった風に大声を出す。
「アザムって、『アザム・アイマン』のことか!?」
「そんなに驚くなよ。」
結城は耳を押さえるジェスチャーをして、ランベルトに文句を言った。
……アザムはラスラファンのVFランナーだ。そして、今日この試合に出場する選手でもある。
ランベルトが驚いたのは、今日試合に出るランナーと、諒一が口にした人が同じ人物だったから……というわけではなさそうだった。
その証拠にランベルトはアザムについて恐ろしげに話す。
「アザムは敵に対して容赦ない奴だ。VFB委員会から何度も警告を受けるくらい、かなりの回数危険行為をやってるらしい。」
ランベルトのセリフは、まるでアザムが犯罪者と言わんばかりだった。
確かに、この間アザムと初めて会った時もひどいことを言われたのを覚えている。アザムの性格が温和でないことは確実だ。
(……そんな奴からよく話を聞けたなぁ。)
諒一の対人スキルを心のなかで賞賛していたが、結城はふとある事を思い出す。
「……じゃああの時、アザムは諒一の事知ってたのか?」
「あの時? ……あぁ、イストスとの試合の後か。」
珍しく諒一の目が泳いでいた。
こちらが無言で見つめていると諒一は観念したように頭を垂れた。
「アザムさんとはよく話していたし、覚えていたと思う。」
「やっぱり。」
……槻矢くんが絡まれていたあの日、あっさりと身を引いたのも諒一のお陰だったのかもしれない。そのままアザムに何かをされていたらと考えると、身の毛がよだつ思いだった。
「知り合いだったらすぐに助けてくれよな。」
「ごめん。」
「本当にリョーイチはいろんな奴と知り合いだよな……お、入場始まったぞ。」
ランベルトの声を聞き、すぐに結城はアリーナに目を向ける。
丁度、ハンガーからアリーナに2体のVFが登場したところだった。
その瞬間、アリーナの周囲の観客席が変化を見せる。
観客が立ち上がったり、興奮したように腕を振り上げたり、中には応援用の旗やプレートを振り回しているものもいた。
(うわ……盛り上がってるなぁ……。)
上から見るそれは壮観であった。
<両チームとも準備が整ったようです!!>
一瞬だけ観客席に気を取られたものの、実況の声を聞いて、すぐに結城はアリーナのVFに注目し直す。
(えーと、今日の試合は『ラスラファン』と『トライアロー』だったよな。)
こちらから見て右側にいるVFは『トライアロー』の『ヘクトメイル』だ。
トライアローは3種のVFを所持しており、ヘクトメイルの他にもオクトメイル、アクトメイルという似たような名前のVFがある。どれも特性が違い、相手によって使い分けているらしい。
ヘクトメイルを実際に観るのは初めてだが、トライアローの試合は見たことがあった。
その試合とは2NDリーグ開幕戦である。
……結城はそれをよく覚えていた。
あの時、オクトメイルがアール・ブランのツギハギのVFをボコボコにする様は、まるで非力な子供を弄ぶプロの格闘家のようであった。
あそこまで実力差があると、逆に清々しいかもしれない。
……ラスラファンについてはあまり知らないため、結城は諒一に情報を求める。
「なぁ諒一、ラスラファンって……」
「ラスラファンは今のところ4勝0敗だ。……つまり全試合勝ってる。」
こちらのセリフが終わる前に答えられ、見透かされているようで不満だったが、新たな疑問が生じたため再び質問する。
「もしかして、クライトマンにも勝ったのか……?」
「ラスラファンの今後の試合予定は、この試合と、アール・ブランと、E4の3試合だけだ。……当然、クライトマンに勝っていることになる。」
「それって、かなり強いじゃないか。」
クライトマンに勝ったということは、少なくとも自分よりも強いということになる。
仮に、クライトマンとの試合で反則負けをしていなかったとしても、こちらと同等の力はあるということだ。
結城がラスラファンの実力に慄いていると、ランベルトが気楽な態度で会話に参加してくる。
「ラスラファンは、『トライアロー』と『クライトマン』に並んでいつも首位争いしてるチームではあるな。……ま、いつもトライアローが優勝しちゃうんだけどな。」
「いつも優勝って……1STリーグには行ってないのか。」
それは当然の疑問だった。
「このリーグと昇格試合は別物だ。他の地域の2NDリーグからもそれなりの実力のチームが昇格試合にエントリーしてくる。嬢ちゃんが思ってるより1STリーグってのは狭き門なのさ。」
「ふーん。」
2NDリーグで優勝すれば1STリーグに昇格できると当然のように思っていた結城は、ランベルトの話をにわかには信じられなかった。
あとで詳しく調べることにして、結城はトライアローの成績も携帯端末で調べる。
「トライアローは……こっちも全勝か。」
ラスラファン、トライアロー共に全勝である。
そういう意味では、この試合はどちらが優勝するかを決める重要な試合だと言えなくもない。
……2敗もしているアール・ブランは果たして優勝できるのだろうか……。
モヤモヤしているとランベルトがアリーナを指さしてこちらの視線を誘導させる。
いつの間にか指先にはタバコが挟まれており、白煙を上げていた。
「トライアローはいいから、あっちのラスラファンのVFをよく見ておけよ。ひと月後はアレと試合するんだからな。」
アリーナには黄土色のマントのような布を全身に巻きつけているVFが立っていた。
トライアローのVFは以前見たものと似ていたのですぐにわかった。なので、マントを着けている方がラスラファンのVFに違いない。
(マント、邪魔だなぁ……。)
全身がマントに覆われているせいで、詳しいことが全くわからない。見える部分は頭部の一部だけであった。
その、ラスラファンのVFの頭部前面のスキマ部分からは白い顔が覗いていた。それはのっぺりとしており、なんとも不気味だった。
結城は自らの記憶からそのVFの名前を引っ張り出す。
「確か、……『パルシュラム』だったっけ。」
「そうだ。ようやく勉強する気になったか。」
自信はなかったが、ランベルトの反応からするに、どうやら当たっていたらしい。
結城は調子に乗って胸をはる。
「対戦相手のVFの名前くらい覚えてて当然だろ?」
「ま、それもそうだな。」
……実はこれはゲームで得た知識だった。
ゲーム内では2NDリーグのVFは人気がなく、殆ど見かけないためあまり覚えてない。だが、パルシュラムはあのマントが目立つから覚えていたのだろう。
もっと詳しい情報が知りたかったため、ある人物に質問しようとしたが、その人物がこの場にいないことに気付き、結城はチーム責任者にその人物の行方を聞く。
「そういや鹿住さんは?」
「カズミならラボでアカネスミレをいじってる。……まだやることがあるってよ。」
ランベルトに続き、諒一も鹿住について知っていることを言う。
「鹿住さん、この数週間はずっと忙しそうにしている。結構出かけてるみたいだし、他にも仕事があるみたいだ。」
「他の仕事って?」
ランベルトは短くなったタバコを灰皿に擦りつけながら答える。
「一応チームメンバーってことになってるが、カズミはただの協力スタッフだからな。他にも色々仕事があるんだろう。例えば……日本VFナントカ連合会とか。」
「そうか……。」
……現在アール・ブラン内で一番忙しいのは鹿住さんだと断言できる。
結城もゲーム内でVFのカスタマイズを散々していたため、完璧を求めれば求めるほどVFの改良に終わりがないことを知っている。
ゲーム内でさえあれだけ悩んだのだから、アカネスミレを改良している鹿住はもっと頭を抱えていても不思議ではない。むしろ忙しくて当然である。
ラボに帰ったらねぎらいの言葉くらいはかけてもバチは当たらないだろうと結城は思っていた。
<両者が出揃ったところでVFの紹介をさせていただきます!!>
何の予兆もなく実況者の元気な声がスタジアム内に響く。
結城は考えを中断し、アリーナに注意を向けた。
<まずはラスラファンのVF、『パルシュラム』!! ランナーはVFB界屈指の狂犬、アザム・アイマン!!>
紹介されてもパルシュラムは微動だにしない。その後、ラスラファンに対して大きな声援が巻き起こったが、それでもパルシュラムは指一本動かすことはなかった。
<対するはトライアローのVF、『ヘクトメイル』!! ランナーは……チームの作戦上の都合により紹介できませんが、勘のいいVFBファンの皆様なら容易に想像できることでしょう!!>
実況者の適当な発言に、結城は呆れ口調でツッコミを入れる。
「いや、予想できないだろ。」
トライアローでは、ランナーの情報は公開されているものの、試合中誰が乗っているかは秘密にされていた。……毎度秘密にされているため、誰が操作しているか特定できるわけがないのだ。
こちらの否定的な意見に対し、諒一が反対意見を述べる。
「始まってすぐとはいかないが、パーソナルデータで照合かければ数分で分かる。」
その数分間、トライアローは試合を有利に進められるというわけだ。
納得のいかない結城は諒一に挑戦するように質問を何度も投げかける。
「それでも、どのランナーが試合してるかまでは分からないだろ。」
「どんなタイプのランナーが乗っているかわかれば、戦略的にはそれで十分だ。」
正論を言われ、結城はうろたえる。
「そうだけどさ……。ファンには誰を応援すればいいかが判らないじゃないか。」
「試合後のハンガーで一番汗をかいてるのがその日のランナーらしい。」
「あー、確かにそうだな……。」
これも関係者から聞いた話なのだろうか。
妙に納得したところで結城はアリーナに視線を戻す。
<……果たしてラスラファンは今シーズンこそトライアローを王者の座から引きずり下ろすことができるのでしょうか!? 注目の一戦です!!>
スタジアムの観客席から歓声が止むことはなく、その声に掻き消されそうになりながら実況者は自己紹介を始める。
<実況は私、テッド・スペンスが。解説はお馴染み、コリン・ウォーレンでお送りさせていただきます。……さてウォーレンさん、この勝負どちらが勝つと予想されますか?>
<なんとも言えませんな。>
<それは実力が拮抗しているということでよろしいのですね?>
<過去の試合結果から単純に予想するならトライアローの勝利でしょうな。……しかし、今回はラスラファンのVFから執念のようなものを感じる。事と次第によっては、あるいは……。>
<つまりは、……よくわからないと。>
<こっちは最初からそう言っている。……試合の行方はまさに神のみぞ知るといったところですかな。>
勝敗の予想などどうでもいいらしく、観客は試合開始を求めるように急き立てていた。
それに応える形で、実況者はひときわ大きな声で試合開始を宣言する。
<それでは試合開始です!!>
(始まった……。)
カウントダウンが終わると同時にジェネレーターが作動し、エネルギーを受信した2体のVFが動き始める。
まず最初に動いたのはパルシュラムだった。移動したことにより一瞬だけマントがめくれ、ボディが結城の目に映る。
(うわ、細い!! あれで良く動けるな……。)
顔面と同じくボディの色も白く、パルシュラムは骸骨のような外見をしていた。
また、ボディどころか四肢もほぼフレームの状態で、肋骨の位置辺りにコックピットがあるのが良くわかった。
もっとよく観察したかったが、黄土色のマントに隠れてしまい、あまり情報を得られなかった。
武器も見当たらず、過去の試合映像を見ていない結城にとって、パルシュラムの攻撃方法がどんなものなのか全くの謎であった。
対するヘクトメイルの手にはロングソードが握られていた。
……それを華麗に振り回しながらパルシュラムにゆっくりと接近する。
ヘクトメイルは赤色のボディが印象的なのだが、アカネスミレと比べると比較的明るい赤、むしろオレンジ色に近い色をしていた。
ヘクトメイルが武器を振り回しているにも関わらず、パルシュラムが武器を取り出す気配は全く感じられない。
もしかして素手で戦うつもりなのだろうか。
「なぁ、パルシュラムの武器は?」
結城はアリーナから目を逸らすことなく2人に意見を求める。
どちらかが答えてくれるだろうと思っていたが、視界の端に映る諒一はカメラの操作に忙しく、こちらの話を聞いているかどうか怪しかった。
やがてランベルトが仕方なさそうに答える。
「マントの下だな。いよいよ近接格闘が始まれば見えるだろ……いや、“見えない”か。」
「どういうことだ?」
意味不明の言葉を聞き、頭がおかしくなってしまったのではないか、とランベルトのことを心配する暇もなく、やがて2体はアリーナの中央付近で接触した。
2体は示し合わせたように同時に攻撃を繰り出す。
ヘクトメイルはロングソードを思い切り横薙ぎした。
風を切る音が聞こえるほどの鋭い斬撃であったにも関わらず、ロングソードの刃はパルシュラムに届くことはなかった。
ロングソードはパルシュラムの目前、不自然な位置で停止していた。
対するパルシュラムは細い腕を前に突き出しているだけで、ヘクトメイルにも、ましてやロングソードに触れているわけでもなかった。
結城にはまるで2体がパントマイムしているように見えた。
(ん……?)
しばらくロングソードとパルシュラムの腕を見ていると、その2つの動きが連動しているように見え、その間に『何か』が存在しているのがわかった。
結城はランベルトの言った“見えない”という言葉を思い出す。
「“見えない”ってもしかして……」
「そうだ。パルシュラムは極めて視認性の低い武器を使ってる。」
目を凝らしてみると、なにか薄い透明な板のような物が見えなくもない。
……あれが刀身なのだろうか。
確かに、ヘクトメイルとパルシュラムの間にそれが存在していれば、今の不自然な体勢の説明がつく気がした。
「そんな武器があったのか……。」
「それをマントで隠してるから、どこから攻撃が来るかわからないってわけだ。」
「すごいな、SFみたいだ。」
透明と聞いて、ガラスや氷といった物質を思い浮かべたが、パルシュラムの武器の透明度はそんな物を遥かに超越していた。武器と空間との境界が全くと言っていいほどわからない。
素材自体が透明なのか、それとも高性能な迷彩機能を使用しているのか、……結城にとっては全くの謎であった。
こちらが素直に驚いていると、ランベルトは先程の説明に補足する。
「まぁ、強度が低いっていう欠点があるんだが、……あのヘクトメイルの攻撃を受け止め立ってことは、そこんところは改良されたっぽいな。」
10秒ほど鍔迫り合いをした後、ヘクトメイルがロングソードを後ろに引いて距離をとる。そして今度は上段からロングソードを振り下ろした。
パルシュラムはそれを紙一重でかわし、再びマントから腕を出して前に突き出す。すると、ヘクトメイルの胸部装甲に大きな傷がついた。
しかしダメージは少ないようで、ヘクトメイルはそれを気にすることなくロングソードを何度も振り回す。
ヘクトメイルの狙いは的確で剣速も速いのだが、パルシュラムは先程と同じようにしてそれらの斬撃を紙一重で回避していた。
……パルシュラムのマントがひらひらと舞うたびに、ヘクトメイルの装甲に抉ったような傷が刻みつけられる。
<ラスラファンのパルシュラム!! 素晴らしい、そして華麗な反撃です!!>
<相変わらず、VFの性能と装備の特性を存分に活かしている。流石はベテランと言ったところですな。>
遠くから見ればマントがはためいているようにしか見えないが、ロングソードを振るたびに確実にヘクトメイルはダメージを受けていた。
(反撃されてばっかりじゃないか。……ちょっとは引いて考えろよ……。)
ヘクトメイルは馬鹿の一つ覚えのようにロングソードを振り続けている。
せっかくの鋭い斬撃もあれでは意味が無い。
こんなお粗末な戦い方をしているチームが、本当に強豪チームなのだろうか。実は今日はかなり調子が悪いのではないだろうか。
そんな事を考え、トライアローを心配していると、自然と口から言葉が漏れる。
「大丈夫かな……。」
諒一は片手にビデオカメラを持ちながら、独り言のようにこちらの言葉に反応した。
「よく見ろ。……手数はラスラファンのほうが多いが、トライアローにダメージは殆ど無い。」
そして諒一が発言してすぐに、アリーナで動きがあった。
<クリーンヒットォォ!! ようやくヘクトメイルの攻撃がパルシュラムに命中しました!!>
実況者の言う通り、ヘクトメイルのロングソードによる攻撃が、パルシュラムのボディに命中していた。
それは腹部のど真ん中をマント越しに捉えていた。
……刺さっているかのように見えたが、マントがその形に合わせてへこんでいるだけで、パルシュラム本体にロングソードの刃は届いていないようだった。
すぐさまヘクトメイルは追撃するも、パルシュラムは後ろに跳んで大きくそれを回避する。
<命中したかと思われましたが、マントによって防がれていました!!>
<完璧な防御ですな。……これまで上手くマントを扱えるランナーは彼しかおらんでしょう。>
ヘクトメイルから十分に離れると、パルシュラムはマントを一度体から剥がす。
そして、形を整えるとしっかりと体に巻き付けなおした。
その時に見えたパルシュラムのボディには傷ひとつ付いておらず、ロングソードの形状にへこんでいたマントもすぐに元通りの形に戻った。
「あ、あれ?」
今起きた現象を脳内で処理しきれず、結城は怪奇現象を見た時と同じような反応を見せる。
口をパクパクさせて何とかこの現象を理解しようと頑張っていると、諒一が説明し始める。
「……布状の特殊装甲だ。」
諒一はこちらではなく、ビデオカメラに解説を入れているようだった。
「……衝撃を受けた箇所を感知して自動で素材が形を変化させ、その衝撃を最小限に抑える。」
(装甲……あのマントが?)
マントは特にメカメカしい物が付いているわけでもなく、どこからどう見てもただの無地の黄土色の布だ。あれくらいの大きさの布なら中古車と同じくらいの値段で買える。
しかし、ヘクトメイルの攻撃をあのマントが止めたことは事実であり、結城は諒一の言う事を信じざるを得なかった。
「それって無敵じゃないか。」
諒一の言う通りならば、これ以上優秀な装甲はないだろう。
「優秀だけど、無敵とは言いがたい。」
こちらがマントの事について考えていることを知ったらしく、諒一は今度はこちらに顔を向けて説明する。
「性能的にはクライトマンの衝撃吸収機構に劣る。だが、特殊素材で勝負してる分、機能的にはクライトマンの物よりも応用性は高い。……あと、普通の物と比べると値は張るが、クライトマンの盾に比べれば断然安いだろう。」
説明を聞くと、なかなかいいもののように思えてくる。
「うちもあれ装備しないか?」
結城はアリーナを指さしながらランベルトに意見を求める。
ランベルトは鼻で笑ってこちらの提案を軽くあしらう。
「無理無理。」
「なんでだよ。体に巻くだけでいいんだからコストもあんまりかからないだろ。」
「それなりのデメリットもあるってことだ。」
「デメリットか……。」
そのデメリットが全く思いつかず、結城はオウムのように言葉を繰り返す。
「デメリット……デメリット?」
「そう、デメリットだ。」
ランベルトは、アリーナでじっとしているパルシュラムにタバコの火の付いている箇所を向け、そのままの姿勢で『デメリット』について話し始める。
「あの装甲は……『熱』に極端に弱いんだ。だから摩擦熱ですぐにへたれてしまう。……つまり、敵の攻撃を防げる回数に限界があるわけだ。」
そのくらいのデメリットは問題ではない。と思ったのだが、ランベルトの次の言葉が結城に布状の特殊装甲の導入を諦めさせた。
「あと、攻撃を受けたときにそれを制止させるためにある程度の空間が必要だ。そのためにパルシュラムはVFを極限までスリムな形状にしてる。……慣れないマントを装備するためにアカネスミレの装甲を減らしちゃ本末転倒だろ?」
「……。」
結城は黙って頷く。
「それさえなければ、今頃みんなあの特殊装甲布を使ってるよ。」
「……なんか勿体無いな。そのくらい改造すればどうにかなるかもしれないのに……。」
もっと改良を重ねれば、あの布状の特殊装甲は実用的で優秀な防御手段になり得るだろう。
またしてもこちらの考えを読んだのか、諒一再びこちらを見て喋る。
「あの技術が売れれば強度に関して改良もできたかもしれない。でも当時はその耐久度のせいで全く売れず、結果、研究も滞っているらしい。」
「お金さえあれば改良研究も可能か……。」
だがそれは貧乏チームであるアール・ブランには不可能な話だった。
<2体が再び距離を詰めます!!>
……会話をしている間にアリーナの2体が再び距離を詰め、試合が再び動き始める。
パルシュラムは巧みにマントでボディを隠し、ヘクトメイルの攻撃を避ける。
ヘクトメイルは相手の攻撃を避けるつもりはないのか、透明なブレードによる攻撃は胸部どころか腕部にまで傷を付けていた。
パルシュラムの武器が見えないため、ひらひらと動く敵の前で、ヘクトメイルが一人芝居をしているようにも見える。
それはなんとも奇妙な光景だった。
(分が悪すぎる……。)
このままダメージが蓄積してヘクトメイルの負けかと思ったその時、ヘクトメイルがロングソードを横薙ぎにした。
その剣筋はこの試合で一番鋭いものだった。
……これを避けられないと判断したのか、パルシュラムはマントを前に構えロングソードを防ぐ。
しかし、ロングソードはマントに接触する直前で停止した。
「フェイントか!!」
あれほど大きな武器なのに、それを一気に制動をかけられるほどの出力に結城は驚いた。
しかしそんな暇もなく、ヘクトメイルはパルシュラムの懐に入り込む。
そのままヘクトメイルはロングソードを逆方向に回転させ、パルシュラムの頭部に向けて渾身の一撃を放った。
……近距離から、4番打者のフルスイングのごとく振り抜かれたその一撃は、黄土色のマントをパルシュラムから引き剥がした。
当然、頭部に命中したので試合は終わったのかと思ったが、
「……あれ?」
宙に舞ったのはマントだけで、頭部はまだ破壊されておらず、それどころか、ロングソードは布状の特殊装甲に絡め取られ、ヘクトメイルの手から離れてしまっていた。
パルシュラムは骸骨のような姿を観客に晒し、結城は初めてその全体像を見ることができた。
初めて見たときは気が付かなかったが、各パーツがヘクトメイルと比べてとても長い。それは細さのせいで通常よりも長めに見えるのかとも考えたが、それを踏まえても十分に長かった。
これだけのリーチがあれば、攻撃を当てるのにも苦労しないだろう。
<パルシュラム、ヘクトメイルの攻撃を紙一重でかわしました!!>
<危なかったですな、マント越しでもあの攻撃を受ければ無事では済まなかったでしょう。>
……両者とも丸腰になったように見えたが、パルシュラムは透明なブレードを持っている。パルシュラムは、ロングソードを手放して無防備になっているヘクトメイルよりも圧倒的に有利な状況にあった。
宙を舞っていたマントとロングソードが地面に落ちたのを合図に、パルシュラムは透明なブレードでヘクトメイルを攻める。
……しかし、ヘクトメイルはその攻撃を防御することなく、素早く身を引いた。
ブレードが装甲と接触する甲高い金属音はせず、それはヘクトメイルがパルシュラムの攻撃を避けたことを示していた。
その後も同じようにしてパルシュラムの見えない攻撃を回避し続ける。
<避けています!! 見えないブレードを完璧に避けています!! まさに心眼です!!>
<マントを剥いでしまえば、腕の動きが丸分かりですからな。……今回もトライアローが一枚上手ということですな。>
解説者の言葉のすぐ後で、身を引きながら放ったヘクトメイルの横蹴りがパルシュラムの頭部に命中し、今度こそパルシュラムの機能を停止させた。
先程までロングソードをぶんぶんと振り回しているだけだったので、このダイナミックなキックは観客を大いにわかせた。
<トライアローの勝利です!! 快進撃はとどまる所を知りません!!>
「今回もトライアローの勝ちか。」
試合が終わるとランベルトは思い出したようにタバコを灰皿に捨てる。吸殻はかなり短くなっており、試合に夢中になっていたようだった。
結城はアリーナに背を向けると、埃っぽいソファに腰をおろす。
「トライアローは本当に強いな。……試合できなくて残念だ。」
「またまた、……正直なところ試合せずに済んでほっとしてるんだろ?」
「……。」
煽るようなランベルトのセリフを無視して結城は諒一に話を振る。
「それにしても、マントと見えないダブルブレード、どちらも厄介だな。」
諒一はビデオカメラを片付けながら受け答える。
「マントにも限界はある。力押しで行けば勝てないこともない。」
「力押しねぇ……。」
「それよりもラスラファンのハンガーに行こう。パルシュラムのボディが見られるのは珍しい。」
こちらが返事する暇もなく、あっという間に撮影機材がバッグの中に収納され、諒一は足早に観戦ルームから出ていこうとした。
結城も慌ててソファから立ち上がり、諒一の後を追う。
「トライアローはいいのか?」
「ヘクトメイルはいつでも撮れる。」
短く言うと、諒一は小走りで部屋から出ていってしまった。見失わないよう、結城も急いで観戦ルームから外に出る。
「おい嬢ちゃん!! 気を付けろよ!!」
去り際、部屋の中からランベルトがこちらに向けて叫んだ。
「……?」
何に気をつけるのか、ランベルトの言葉の意味を理解するのにそう時間はかからなかった。
2
結城はどんどん進んでいく諒一の後を追う。スタジアムの構造を理解しているらしく、その足並みに迷いはなかった。
やがて目的地に到着すると、一緒に一般客用の入り口からラスラファンのハンガーへ入った。
試合後間もないこともあって、まだファンの数は少なく、ラスラファンのVFのパルシュラムもハンガーまで運ばれていなかった。
「ちょっと早すぎたんじゃないか?」
「この位で調度いい。いいアングルで撮るには最前列に限る。」
諒一はパルシュラムを撮る気満々のようで、すでにバッグからは大きいカメラのレンズが覗いていた。
一般客が近付ける限界の位置には腰の高さくらいの柵が並べられており、結城はそれに両手をついてパルシュラムがハンガーに入ってくるのを待つ。
しかしすぐに「柵にさわらないでください」とスタッフに注意され、結城は「すみません」と言って柵から手を離した。
柵の代わりに、結城は仕方なく隣にいる諒一の左肩に両手を重ねて乗せ、だらしなくもたれかかる。
結城は注意してきたスタッフを横目で見ながら不平を漏らす。
「……ずいぶん殺伐としてるな。」
「スタッフも仕事だから仕方ない。調子に乗って興奮しているファンほど扱いにくいものはないからな。試合後は特にそうだ。」
「私、調子に乗って興奮して暴れるように見えるか?」
結城は肩に手を乗せたまま、近距離で諒一に問いかける。
「どうなんだ?」
諒一は眉間にしわを寄せながらこちらの顔を見つめ返してくる。
「……。」
やがて諒一は答えづらそうに顔を背け、こちらの問いに答えないままカメラを弄りだした。
結城は重い溜息をつくと、諒一から離れる。
「はいはい、どうせ私は幼なじみをこき使う思いやりのない乱暴者ですよ。」
「そこまでは言ってない。……というか何も言ってない。」
「『そこまで』ってことは、多少なりとも私のことをそう思ってるってことか。」
「それは……。」
<ファンの皆様、前の方を押さないようにお願いします。スペースは十分に確保できていますので、落ち着いて入場してください。>
諒一をからかっていると急に女性スタッフによるアナウンスが聞こえ、一般客用の入り口からファンが雪崩込むようにハンガーに入ってきた。ファンの中に女子供の姿はなく、ほとんどがいかつい顔をした男だった。
同時にパルシュラムもアリーナ側の大きな搬入口からハンガー内に入ってくる。
パルシュラムの顔面はひしゃげており、ヘクトメイルの蹴りの威力が如何ほどのものであったかを表していた。
諒一は早速パルシュラムにカメラのレンズを向けてシャッターを切り始める。
……3回ほどシャッターを切ったところでファンが結城たちの位置にまで到達し、結城はファンに背後から押しつぶされてしまった。
「うぐっ……。」
結城は当然のごとく柵に押し付けられてしまい、上半身が柵を越えてしまう。だが、今度はスタッフに注意されることはなかった。
……注意されてもいいから助けていほしい。
結城はお腹に柵がめり込まんばかりの強さで背後から押されていたが、しばらくすると急に力が抜け、柵から開放される。
何が起こったのかと後ろを向くと、アザムの姿が見えた。
ランナースーツ姿のアザムは柵の内側、大勢のファンの中心にいて、そのファン達に周りを囲まれていた。
現在中央付近はおしくらまんじゅう状態で、柵に押し付けられていたのがましに思えるほどの熱気を放っていた。
「みんな悪かったな。……負けちまった。」
アザムの声を聞いて、残りのファンもアザムの周囲に集まってくる。だが、一定の距離を保っており、アザムがファンに押しつぶされるような事態は起こらなかった。
「次は絶対に勝利を約束する。」
アザムが上に向けて拳を突き上げると、ファンも同じ動作をして「オーッ!!」と雄叫びを上げる。まるで何かの決起集会のように見えた。
冷ややかな目でそれを見ていると、ファンの一人がこちらを指さして大声を出す。
「あ、お前、アール・ブランのユウキじゃねえか!?」
結城は拳を突き上げるでもなく、叫んでもいなかったのでその集団の中では目立ってしまったらしい。
一斉にハンガー内にいる人の視線がこちらに集中する。
それはアザムも例外ではなかった。
「おい、今誰かユウキって言わなかったか?」
「ここ、ここです、アザムさん!!」
ファンの声を受けて、アザムはこちらを注目したまま、周りにいるファンをかき分けて近づいてくる。
結城はその迫力に負けて後退する。しかし、後ろには柵があり、それ以上距離を取ることが出来なかった。
すぐにアザムは目前にまで迫ってきて、こちらにガンを飛ばしてくる。
……居た堪れなくなった結城は引きつった笑顔で挨拶する。
「どうも、アザムさん、こんにちは。」
「馴れ馴れしくするんじゃねぇ。俺はお前が大嫌いだって言っただろ?」
不機嫌な声を出してこちらの挨拶を無下にし、アザムはさらに睨みをきかせてきた。
諒一はというと、少し離れた場所から写真をとっていた。
(何でこんな時に……諒一!!)
……実はアザムがいい人なので安心して放置しているのか、それともただ単に珍しい光景を写真に収めたいのか、どちらかは分からなかったが、諒一がカメラのレンズを向けている以上、アザムが暴力行為に出ることはないだろう。
アザムは小動物ならばそれだけで殺せてしまいそうな、殺気のこもった声で恐ろしいセリフをこちらに聞かせてくる。
「俺に負けた奴がどうなるか知っているか……?」
「知りませ……」
「全員再起不能だ……。お前も完膚なきまでに叩きのめして、2度と試合に出れないほどのトラウマを植えつけてやる……。」
(この人本気だ……。)
ランベルトは犯罪者のごとくアザムについて話していたが、女子学生にここまで酷いセリフを吐ける人間は犯罪者にもあまりいない。
結城はここで言い負ければ試合にも影響すると考え、思い切って反撃する。
「で、今日はトライアローにトラウマ植え付けられたのか?」
こちらが言い返すのを予想していなかったらしく、ファンがどよめいた。
そんなファンとは打って変わり、アザムは余裕の表情で受け答える。
「今回は勝ちを譲ってやっただけだ。次は俺が勝つ。」
「でも、トライアローが1STリーグに昇格したらどうするんだ?」
「それはありえない話だ。」
「そんなの、有り得ないって言い切れないだろ。」
「……もういいからガキは帰れ。」
しつこく言っていると、とうとうアザムがこちらとの会話を放棄した。
そのままファンのいる場所へ戻るかと思われたが、アザムは諒一の元に行き命令口調で諒一に告げる。
「オイ、あのガキを連れて帰れ。」
「諒一は関係ないだろ。」
結城は諒一に駆け寄ろうとするも、複数のファンによって進路を妨害されてしまう。
彼らはアザムに負けず劣らずといった風貌をしており、恐ろしい表情でこちらを威嚇していた。
「アザムさんの言うことが聞けないのか? ランナーだからって容赦しないぞ。」
「あぁ、アザムさんと戦うまでもねぇ。試合に出る前にここでボコボコに……」
諒一はそんなファンたちの間を縫って、こちらの手をつかみ、そのまま一緒に柵を乗り越えた。
「帰ろう、結城。」
「うん……。」
ラスラファンの興奮したファン達も柵を乗り越え、こちらを追いかけてくる。
「止まってください。立ち入り禁止ですよ。」
しかし、ファン達はチームスタッフや、セキュリティースタッフによってすぐに取り押さえられた。
2人はスタッフ専用の出入口を通り、ラスラファンのハンガーを後にした。
3
ラスラファンのハンガーから逃げおおせた結城は、ファンからの追撃を防ぐため余計な寄り道はせず真っ直ぐラボへの帰り道を歩いていた。
周囲の道にはVFBの観客や海上都市外から来た観光客の姿が多く見られる。観客は試合内容に満足しているらしく、興奮気味に今日の試合についての会話をしていた。
賑やかな雰囲気の中、結城は諒一と並んで道路をてくてくと歩く。
いつもは公共のバスや、トレーラーを使って移動するので、徒歩というものは面倒だ。
いっそのこと走って帰ってもよかったのだが、諒一と会話をするためにもやむ無く諒一にスピードを合わせて歩く。
「いよいよ来週か……」
「何がだ?」
「2NDリーグの5試合目……『レイジングマキナ』との対戦に決まってるだろ。」
カメラ内の写真データを整理しながら、生返事をする諒一に、結城はキツめの口調で話す。
ついさっきラスラファンのハンガーでひどい目にあったのに呑気なものだ。
「ごめん、てっきりクリスマスのことを言ってるのかと……。」
「クリスマス……」
結城は携帯端末を取り出し、カレンダーを見る。
「あ、クリスマスだ。」
『レイジングマキナ』との試合の日は、ちょうどクリスマスイブと重なっていた。
……結城はこんな時期なのにクリスマスの存在をすっかり失念していた自分に驚いていた。
「去年もそんな感じだったな。」
諒一の言葉を聞いて、結城は去年のことを思い出す。
去年は気がつけばクリスマスが終了していたという有り様だった。仮にも若い女子学生なのに、恋愛イベントであるクリスマスを完璧に無視するのは女として許されることなのだろうか。
結城は自分を肯定するために苦しい言い訳を並べ始める。
「仕方ないだろ。こっちは日本と違って一年中夏みたいなもんだし、周りの女子学生も全然そんな素振り見せてなかったし……。」
「いや、カレンダーを見ていれば気がつくはずだ。普通は。」
諒一のセリフに続き、どこからともなくランベルトの声が聞こえてくる。
「ほんといい加減な性格してるな、嬢ちゃんは。」
ランベルトは2人の背後から出現し、諒一の隣に並んで歩調を合わせる。
話を聞いていたらしく、ランベルトは自然に会話に入り込んできた。
「クリスマスは家族サービスしなきゃならんからなぁ、何も考えず遊べるお前らが羨ましいぞ。」
「ランベルト、先に帰ったんじゃ?」
「んー、トライアローのハンガーに行こうと思ったんだが、混んでたんで諦めた。」
「他のチームは見て回らなかったのか? 例えばレイジングマキナとか。」
「次の対戦相手チームか。……ぶっちゃけレイジングマキナもイストスとあまり変わらない雑魚チームだから、特に気にすることもないだろ。」
たとえ雑魚チームだとしても相手の情報は知っておきたい。いまからハンガーに行こうかと思ったが、ラスラファンの熱狂的なファンに遭遇すると危険なので、結城はすぐに諦めた。
ランベルトの適当な態度が気に食わず、結城は嫌味を言う。
「……つい昨シーズンまではアール・ブランも雑魚チームのうちの一つだったんだけどな。」
「うるせぇ。」
ランベルトはそれだけ言うと特に反論するでもなく大人しくなった。
……アール・ブランのビルに着くまで、諒一は歩きながら写真のデータを確認していた。
長い距離を走るのも疲れるが、歩くだけでもなかなか体力を使うものだ。
「やっぱりバスに乗って帰ればよかった……。」
「ビルまでもうすぐだ。頑張って歩け。」
気温も高いこともあって、結城は思わぬところで有酸素運動をするハメとなった。
スタジアムを出た時、諒一がカメラとにらめっこをしたまま歩き始めたため付いて行ってしまったのだが、思えばあの時無理やり諒一をバスに載せればよかったかもしれない。
だが、後悔したところで涼しくなるわけでもない。
結城とランベルトはかなりの量の汗をかいており、結城のメガネは汗のせいで鼻の頭くらいまでずり落ち、ランベルトに至っては咥えているタバコが濡れてヨレヨレになっていた。
2人とは対照的に、諒一は汗を全くかいていなかった。
いったいどういう体をしているのだろうか。それを考える余裕もなく、結城は涼しさを求めてビルの中へ滑り込むように入る。
「到着ぅ……。」
アール・ブランのビルに到着すると、結城は制服の上着を脱ぎ、シャツの上の方のボタンを外す。例え制服に放熱機能が付いていたとしても暑いものは暑い。薄着に越したことはないのだ。
……次からはせめて日光を防ぐための日傘くらいは持って行っていいかもしれない。
ビルのロビーは温度・湿度調整がされており、体中についた汗が体温を奪って、とても涼しく感じられた。
諒一とランベルトも涼を求めてロビーの奥へと進んでいく。
「ただいまー……」
結城は、だれも居ないものと思い小さな声で言った。が、ロビーのベンチに座っている鹿住を発見し、改めて挨拶する。
「鹿住さん、ただいま戻りました。」
「……。」
挨拶しても反応がない。結城はさらに近づいて、鹿住の真横で再び声をかける。
「鹿住さん?」
鹿住はぼーっとしていたのか、2,3秒遅れてこちらに反応する。
「あ、結城君、お帰りなさい。」
続いて鹿住は諒一やランベルトの姿を見て口を尖らせる。
「皆さんお揃いで試合観戦ですか……私はチームの為に必死に作業しているのに、呑気なものですね。」
鹿住は不機嫌な様子で話した。……結城はそんな鹿住の苛立つ顔を見るのは初めてだった。
また、ろれつが上手く回っておらず、かなり疲労困憊だということがすぐにわかった。
「もしかして疲れてる?」
こちらが心配して言葉をかけると、鹿住は我を取り戻したかのように目を見開き、すぐに顔を俯けて申し訳なさげにする。
「……すみません。ついカッとなってしまって……。」
鹿住は片手で目をこすり、脇においていた缶コーヒーを一気に飲み干す。
「ずいぶん寝ていないようですし、今からでも少し仮眠したらどうです?」
「そうします。……来週の試合までには間に合わせますから。」
鹿住は諒一の言葉を素直に受け取り、そそくさと休憩室へ行ってしまった。あの様子で休憩室まで辿りつけるのだろうか、結城は心配だった。
「やっぱり改良って大変なのか……。」
「そうみたいだ。手助けしようにも、アカネスミレの詳細な構造を知っているのは鹿住さんだけだから、うかつに手を出せない。」
諒一は基本的な整備には立ちあわせてもらえるようになっていたが、特殊フレームの微調整など、鹿住にしか分からないような作業は見ることすら許されていなかった。
もちろんランベルトも諒一と同じ扱いを受けており、ラボの支配権は鹿住にあると言っても過言ではなかった。
ランベルトは一人、ベンチに座って体を休めていた。
「カズミは妥協できない性格なんだろうな。あのアカネスミレを一人で作ってしまうくらいだ。」
張ったふくらはぎを両手でマッサージしているだらしないランベルトの姿を見て、結城は冷ややかに言う。
「……ランベルトは妥協しすぎな気がする。」
こちらのセリフを無視してランベルトは鹿住に付いて語る。
「カズミはかなり優秀なエンジニアだ。試合前までにはちゃんと仕上げてくるだろうよ。……もし駄目だったら、ハンガーに飾ってあるアレで試合に出るだけだ。」
アレとはツギハギパーツで構成された名のないVFである。
「アレ、まだ動くのか?」
「安心しろ、動く動く。それにレイジングマキナが相手ならアレでも十分に勝てるだろ。」
(そうかぁ?)
あまりにも自信あり気に言うので口に出しては言わなかったが、結城はそれを全く信じていなかった。
……しばらく休憩した後、ラボにいてもやることのない結城は、鹿住の頑張りに期待し、女子学生寮に戻ることにした。
女子学生寮に戻り、結城は自室のドアに手をかける。
同時にポケットからカードキーを取り出すも、ドアは開いておりツルカが部屋にいることがわかった。
ツルカは今日もキルヒアイゼンのビルに出かけていたらしい。ここ最近は頻繁にオルネラに会いに帰っている。
やはり年末も姉のオルネラと家族水入らずで一緒に過ごすのだろうか。
「う……うぅ……。」
おみやげを期待して部屋の中に入ると、女の子の泣きじゃくる声が聞こえてきた。
その声を結城は聞いたことがなく、ツルカが誰か連れてきたのかと思ったが、リビングにはツルカ以外の姿は見られなかった。
そもそもツルカの泣いている姿を見たことがないことを思い出し、泣いているのがツルカだと気づくのに数秒もかかってしまった。
「どうしたんだ、ツルカ!?」
テーブルに突っ伏して泣いているツルカに歩み寄り、刺激しないようにツルカの背中に手を置く。呼吸をするたびに背中は震え、結城はツルカが本格的に泣いていることを悟った。
「ユウキぃ……。」
こちらの存在に気付いたツルカは涙や鼻水だらけの顔をこちらに向ける。
せっかくのきれいな顔もこれでは台無しである。
「おいおい、泣くなよ……。」
結城はキッチンから薄めのタオルを取って、それでツルカの顔面をゴシゴシと拭く。
鼻水は綺麗に取れたものの、目は真っ赤で、口はへの字に曲げられ元通りとまではいかなかった。しかし、先ほどのひどい顔と比べ、だいぶましになった。
(帰って早々面倒なことに……。)
落ち込んでいるツルカの相手をするのは果てしなくめんどくさい。
タオルをキッチンに戻そうとツルカに背を向けると、ツルカがこちらの背中に抱きついてきた。
ツルカに泣きつかれたのは初めてであり、結城は動揺を隠せなかった。
(何があったんだ……。)
抱きつかれたまま結城はその原因を冷静に考えてみる。考えている間にも、シャツの背中側では鼻水が浸透しており、その感触が腰辺りに感じられた。
……よく考えなくとも、理由は簡単に推測できた。
ツルカが悩むことといえばキルヒアイゼンの事以外に考えられなかったからだ。
「さみしかったのか?」
「……。」
「最近はよくキルヒアイゼンのビルに戻ってたし……完璧なホームシックだな。」
ツルカはこちらの背中に抱きついたままコクリと頷く。背骨にツルカの硬いおでこが当たりゴリッという音がしたが、結城は我慢してその痛みに耐えた。
しばらくすると、ツルカの嗚咽の回数も少なくなり、ツルカは小さな声で喋り出す。
「ホームシックもあるけど……」
一呼吸おいて言葉を続ける。
「……お姉ちゃんがボクを遠ざけようとしてる気がするんだ。」
「まさか、あのお姉さんが?」
「なんか態度が冷たくて、それに、イクセルにばっかり構ってるんだ。」
(……そりゃ夫婦だしなぁ。)
その考えが伝わってしまったのか、ツルカはこちらの背中をドンドンと叩く。その衝撃でメガネが前に飛び出し、リビングとキッチンの境目辺りに落ちた。
結城はツルカを引きずりながらそのメガネを床から拾い上げる。
「ツルカ、そろそろ離れてくれないか。」
「……やだ。」
ツルカはこちらの腰に手を回しており、ちょっとやそっとじゃ振りほどけそうにない。
このままでは埒があかないので、結城はツルカを慰め続けることにする。
「なぁツルカ、そんなに落ち込むなよ。オルネラさんとはいつでも会えるし、もう会わないって言われたわけでもないんだろ?」
「あんな事言ったらもう会ってくれない……」
「あんな事?」
ケンカでもしたのだろうか。お姉ちゃんっ子のツルカがここまで落ち込んでいるのだから、よほどひどい事を言ってしまったに違いない。
こちらがその内容を詳しく聞こうとすると、ツルカは“さっき言ったことは忘れろ”と言わんばかりの気迫で関係ないことを口にする。
「あ、そうだ。ユウキがボクのお姉ちゃんになってよ。」
ここに来てようやくツルカが背中から離れた。
解放された結城は、締め付けられていた腹部をさすりながら返答する。
「きっと満足できないぞ。オルネラさんの代わりなんて無理だ。」
「……そんなのボクにだってわかってる。」
(あれ? 微妙に馬鹿にされてないか、私……。)
お世辞の一つや二つくらい言ってほしいのだが、ツルカはこちらが思っている以上に自分の気持に素直な美少女のようだった。
勝手にオルネラと比べられ、結城は少しだけ自尊心に傷がついた。
「わかってるんだったら、なんでそんなこと……」
「別にいいだろ。いいからお姉ちゃんになってよ。」
「ムリだ。制度的にも、心情的にも。」
なぜそこまでそれに拘るのか、結城は全く理解できなかった。
ツルカはしつこく同じことを繰り返していたが、こちらが頑なに断り続けると、別の案を提示してきた。
「じゃぁ、お姉ちゃんとかにならなくてもいいから、一日一回ボクをぎゅっと抱きしめてくれないか。」
そう言ってツルカは顔を真赤にした。
……恥ずかしさの基準が微妙にズレている気がする。
しかし、いつも大人びた態度をとろうとしているツルカの歳相応の反応を見られて、結城はほっとしていた。
「そのくらいなら何回でもしてやるぞ。」
「一回でいい。」
オルネラとはそこまで多くスキンシップを取れていないようだ。抱きしめるくらいでツルカの心の平静が保てるのならば安いものだ。
「一回でいいのか、……多ければ多いほど寂しさも紛れるんじゃないか?」
「そんなに抱きつきたいのなら、リョーイチに抱きついてやれよ。」
「な、諒一は今は関係ないだろ。」
こちらが慌てた反応をすると、ツルカが声を出して笑った。
ようやくツルカの笑顔が見られて、ひと安心した結城は、冷蔵庫から飲み物を取り出しツルカに差し出した。
ツルカは落ち着くとテーブルに座り、流した涙や鼻水で失われた水分を取り戻すかのようにそのスポーツドリンクを口へ運ぶ。
飲み終えると、ツルカがおずおずとこちらに質問してきた。
「ユウキは……日本を離れてさみしくなかったのか?」
結城もテーブルに座り、過去を思い出しつつそれに答える。
「寂しくないといったら嘘になるけど、諒一がいたからな。1月も経てばもう平気になってた。」
「ボクはだめだなぁ……。すぐ会えるって分かっててもこの有様だ。」
(ホームシックというよりは、むしろオルネラさんに会えなくて寂しいだけなんだな。)
改めてテーブルの上を見ると、ちり紙がかなり散乱していた。結構な時間泣いていたらしい。
……結城は早速さきほどの約束をツルカに実行する。
「なにするんだ。」
「ぎゅっとしてやってるんだ。今日のぶん。」
「……。」
結城は椅子に座ったままツルカの体を引き寄せ、苦しい体勢ながらもツルカを抱きしめる。
ツルカは何も言うことなくこちらの抱擁を受け入れ、体から力が抜けていくのを肌で感じた。
……スキンシップ程度のことは頻繁に行なっていたが、こうして真面目に抱擁するのは久し振りかもしれない。以前抱きつかれたときは筋肉痛だったため、ツルカの感触を感じる暇もなかったが今はそうではない。
相変わらずツルカの体は軽く、そして温かい。平熱はこちらより遥かに上だろう。
感触も柔らかく、そこいらの人形よりよっぽど抱き心地がいい。
……覆いかぶさるように抱いてみると、以前にも嗅いだことのある香水の匂いがした。オルネラのものだろうか、ツルカのさわやかな匂いよりは上品に感じる。
少女の匂いを懸命に嗅いでいる自分を恥ずかしく思ったが、何故かその行為を止めることが出来なかった。
ほんの数秒だけだったが、抱いたこちらもかなり気持ちが落ち着いた。
満足した結城はツルカから離れようとする。しかし、そのツルカがこちらから離れようとしなかった。
結城はおそるおそるツルカに話しかける。
「もうそろそろいいんじゃないか?」
「まだ一回目だ。」
「“まだ”って……」
まるで他人のジュースを「一口飲ませてくれ」と言って全体の半分くらいを飲み干してしまう小学生のような反応に、結城は若干戸惑う。
いったいツルカはこれを何分続けるつもりなのだろうか。
(まぁいいか。)
ツルカは7歳の時にすでにVFBに出場して、その操作技術はイクセルに劣らない。才能の塊である。間違いなく将来はキルヒアイゼンを引っ張っていく重要な人物になるに違いない。
……そんなツルカでもこのような一面があるのを知り、結城はより親しみを感じていた。
4
12月24日、アール・ブランとレイジングマキナの試合当日。
結城はアリーナでアカネスミレに搭乗しており、HMDを通して観客席の様子を眺めていた。
クリスマスイブだというのにスタジアムに来る観客の数は減らず、むしろいつもより増えているように思える。
クリスマスにあまり興味がないのか、それともVFBの試合のほうが彼らには魅力的なイベントなのか、……どちらも当てはまるような気がしてならない。
アリーナの向こう側には5戦目の試合相手、レイジングマキナのVFがあった。
イストスと同じくダグラスのハイエンドVFを使用しており、手には銃器ではなく斧が握られていた。
その斧は両手で持たなければならぬほど柄が長く、柄の先の刃の部分は扇形ではなく長方形の形になっており、柄に対して少し小さいように感じられた。
見たこともない武器に、結城が興味をそそられていると、通信機から鹿住とランベルトの会話が聞こえてくる。
「カズミ、アカネスミレは間に合ったみたいだな。」
「そちらの武器もどうです? 改良できましたか?」
「おう、微調整とカウリングは完璧だ。あとは実証データが取れれば武器の耐久度も改良できる。」
「それはなによりです。」
アカネスミレはきちんと改良が終了し、試合に間に合っていた。あのツギハギのVFで戦わずに済んで、結城は本気でホッとしていた。
アカネスミレのどこをどう改良したのか全く解らなかったが、鹿住さんがそう言うのなら何処かしら改良されているのだろう。
ランベルトもこの間活躍しなかったブレードを完成形にまで持ってきており、鍔からグリップ部分にかけて剥き出しだったユニットは綺麗にカバーされていた。また、クライトマンの超音波振動技術を真似て作ったものなので、さぞよく切れることだろう。
これならば製品として売りだしても恥ずかしくないくらいだ。
少し大きめのそのブレードを片手で回転させて遊んでいると、ランベルトが意気揚々と話しかけてくる。
「嬢ちゃん、そのブレード、思い切りよく使ってくれよ。」
「わかった。」
VFでの剣の扱いには慣れている。言われなくても普通の武器と同じように扱うつもりだった。
ブレードの出来栄えに感心した結城はランベルトを褒める。
「それにしても見直したぞランベルト。……なんか今すっごいエンジニアっぽく見える。」
「おうもっと褒めろ。その武器を使えば俺がすごいってこともわかるだろうよ。」
よほどこの武器に自信があるのか、ランベルトは機嫌よさそうにしていた。
……会話をしていると間もなくカウントダウンが始まり、結城は目の前のVFに集中する。
相手は斧を両手で持ち、体の正面で構えていた。どうやら振り回して使うのではないらしい。
<それでは試合開始です!!>
この実況者の声にも慣れたものだ。あと数回しか聞けないことを思うと逆に寂しい気もしてくる。
相手は開始と同時にこちらに向けて走ってきた。
イストスとの試合では初っ端から相手に逃げられた。なので、今回は追いかけるような試合展開にならず、それだけで結城は安堵していた。
<いきなりダッシュだ!! これは激しい試合になりそうです!!>
すぐに相手はこちらの間合いに入ってくる。
結城はブレードの切っ先を相手に向けて牽制するように構えた。
(……来い!!)
結城は相手からどのような攻撃がこようともブレードで対処するつもりだった。
しかし、相手の攻撃はこちらの予想外の場所に向けて放たれた。
「!?」
……相手はこちらのボディではなく、構えているブレードに向けて斧を突き出したのだ。
こちらが呆気に取られている間に、相手は斧の刃と棒の接合部分のくぼみに武器を引っ掛ける。そしてそのままブレードを絡め取られてしまい、手の届かない位置まで放り捨てられてしまった。
「嘘、なんで!?」
結城はブレードの機能を試す暇もなく武器を失ってしまった。
相手VFは斧を巧みに操り、まるで大道芸人のように斧を腕の上で踊らせる。挑発行為である。
「……器用な相手ですね。」
鹿住の独り言が通信機を通じて聞こえてきた。
鹿住の言う通り、このような長い武器で器用な技を使うには相当な訓練が必要だ。
(まどろっこしいな。)
こんな器用さとは無縁な結城は、ちまちまとした技を使う相手にいらついた。
また、ブレードの機能を試すつもりでいたこともあって、それを妨げられた結城は相手に向けて怒りを爆発させる。
結城は相手VFに向けて跳びかかり、空中で右ひざを前に突き出した。そして、大事な玩具を奪われた子供のような口調で叫ぶ。
「なにしてくれたんだ!!」
その叫びと同時に放たれた空中蹴り……ジャンピングニーパッドは、相手の顎に見事に命中した。
VFの全体重が乗ったその蹴りの威力はかなりのもので、命中した頸部装甲ごと相手VFの頭部を吹き飛ばしてしまった。
そのまま相手VFの上にのしかかるようにして地面に着地すると、観客が一気に歓声を上げた。
<一撃!! 一撃で決めました!!>
八つ当たりのような攻撃で勝敗が決するとは夢にも思っていなかった結城は、地面に大の字で倒れている相手を見ながらバツが悪そうにつぶやく。
「やっちゃった。」
今回も、ブレードを使う前に勝ってしまい、実戦データを収集することは叶わなかった。
せっかく用意してくれた武器を役立てることが出来ず、結城はランベルトに謝る。
「ごめんランベルト。」
「……なに、勝つに越したことはないさ。」
試合前とはうって変わり、ランベルトの声からは残念さがにじみ出ていた。
鹿住はそんなランベルトに追い打ちをかける。
「そうですよ結城君、勝ったのだから謝る必要なんてありません。それに、ちゃんと証明されたではありませんか……“ランベルトの武器が全く役に立たない”と。」
「あのなぁ……。」
力なくランベルトは鹿住に反論する。
「使えない武器じゃなくて、武器を使わなかっただけだろ。嬢ちゃんが武器を奪われさえしなければ……」
「グリップ部分のバランスがおかしかったのでは? 丁寧に造り込んでいれば、アカネスミレの握力で十分にブレードを保持できていたかもしれません。」
「……。」
ランベルトは意気消沈したらしく、それ以降通信機からランベルトの声が聞こえることはなかった。
(後で慰めてやろうかな……。)
とりあえず結城はアカネスミレのコックピットから降りることにした。
「さてユウキ選手、VFBにはもう慣れましたか?」
「はい、だいぶ慣れました。」
「それはいいことです。勝利者インタビューにも慣れたようで、こちらも進めやすくて助かります。」
「どういたしまして。」
スタジアムのエントランス、十分に広いその場所に設置されたステージの上で、結城は勝利者インタビューを受けていた。
カメラにも慣れ、結城は自然な作り笑顔をレンズに向ける。人前に出るのは苦手だが、これも仕事だと思い愛想を振りまき続ける。
「さて、今日の試合の勝因はなんでしょう?」
実況者のテッドに質問され、結城は用意していたセリフを機械的に答える。
「それは応援してくれているファンと、チームメンバーが……」
しかし、棒読みのそのセリフは途中で中断させられてしまう。
「ユウキ選手、毎回それではこちらとしてもインタビューのしがいがありません。……素直に、率直な意見をどうぞ。」
「そんなこと言われても……。」
今日の勝因は膝蹴りである。それ以外にどんな勝因があるというのか。
答えに困り黙っていると、実況者のテッドがこちらのかわりに喋り始める。
「……そうですね、例えば『相手が弱すぎた』とか、そういうことです。」
それを言った途端、エントランスにいた一部の集団から大きなブーイングが巻き起こった。その集団はレイジングマキナのファン集団のようだった。
応援しているチームが弱いと言われ、怒らないファンはいない。
「例えばの話です。レイジングマキナが弱いチームだと言うつもりはありませんので、はい。」
実況者のテッドが取り繕うように言うと、ブーイングは収まった。
しかし、テッドの言ったことも間違いではない。
言い方が悪かったのだろうと思い、結城は別の言い方で言い直す。
「確かに、勝負なんだから勝因は両者の強さの差で決まるのは当然です。……でも、勝負には運の要素もあると思います。だから、今回アール・ブランが勝てたのは運が良かったのかもしれません。」
「なるほど……つまり相手には勝てるだけの運すらなかったと。」
実況者の余計な一言に対し、再びブーイング起こる。
「レイジングマキナのファンみなさん、これは私ではなくユウキ選手が言ったことですよ。私は決して……って物を投げないでください。落ち着いて、落ち着いてください。」
ジュースの入ったカップや少し厚いパンフレットがステージに向けて投げられる。結城はそれに当たらないようにステージの端へと移動した。
これだけ公の場で馬鹿にされてファンが怒るのも無理はない。
このハプニングのせいでインタビューは予定よりかなり早く終了した。
……インタビューが終了した後、結城がランナースーツ姿のままハンガー横の更衣室に入ると、諒一が神妙な面持ちでイスに座っていた。
試合の時は指令室にはいなかったので、ずっとここにいたのだろうか。
不思議に思いつつ結城は諒一に声をかける。
「あれ、諒一。VFの撮影に行かなくていいのか?」
諒一はどうやらこちらを待っていたようで、結城が更衣室に入ると椅子から立ち上がった。
「結城、明日はなにか予定でもあるのか?」
……明日はクリスマスだ。
ツルカは家族と過ごすらしく、今日もスタジアムには来ていない。ツルカに誘われはしたのだが、試合があるため行こうにも行けなかったのだ。
他に自分を誘ってくれる友達もおらず、結城は正直にそれを伝える。
「無いけど、……どうして?」
こちらが予定が全く無いことを伝えると、一呼吸おいて諒一は意を決したようにこちらに話しかける。
「……明日の夜、俺の部屋に来てほしい。」
「!!」
結城は慌てて周囲を見渡した。
そして、誰にも会話を聞かれていないことを確認すると諒一に聞き返す。
「クリスマス……だよな。それと関係してるのか?」
「もちろんある。」
詳しく聞こうと諒一に詰め寄ったが、諒一はこちらを避けるように距離をとった。
そのまま出口付近へと移動し、小さな声で喋る。
「今年のクリスマスは結城にとって特別な日になる。」
「特別って……」
「……明日、部屋で待っている。」
こちらと距離を保ったまま、諒一は更衣室から出ていってしまった。
(何なんだ……。もしかして……いや、諒一に限ってそんな……。)
諒一が出て行ったドアを見つめながらいろいろな可能性を考える。
最近、諒一のこちらに対する態度はどこかおかしい。
……もしかすると、もしかするかもしれない。
(何で今年になって……今まではそんなこと……。)
結城はメガネに手を這わせ、位置を直したりレンズを拭いたりして何とか落ち着こうとする。
しかし、メガネを手入れしたところでその混乱が解消されるはずもない。
「……。」
結城は明日の夜のことを想像し、心拍数が上昇するのを感じていた。
(……とにかく着替えるか。)
結城は考えがまとまらず、ぼーっとしたままランナースーツを脱ぎ始める。
「明日の夜ですか。」
胸部と首を保護する少し固めのジャケットを脱いだ所で、いきなり更衣室の奥から女性の声が聞こえた。それに驚いて、声のした方向を見ると、白衣を脱いで黒い髪を解いている鹿住の姿があった。
「か、か、鹿住さん!?」
「聞くつもりはなかったのですが、すみません。」
鹿住は置いていた白衣を慣れた様子で羽織り、先程まで諒一が座っていた椅子に腰をおろす。
「着替えの途中で諒一君が更衣室に入ってきたもので、出ようにも出られなかったんです。」
「それなら、声をかければよかったじゃないですか!!」
こちらの指摘を完全に無視して、鹿住は先ほどの諒一との会話について話しだす。
「……もうとっくにそういう関係なのだと思っていたのですが、案外引っ込み思案なのですね。」
「しょうがないだろ……。今まで兄弟みたいな付き合いだったんだから……。」
「親元を離れて色気づいてきたというわけですか、……青春ですね。」
「色気づいたって……。そんな言い方しなくても……。」
「でも、好きなのでしょう?」
「……。」
鹿住は普段と変わらぬ、悠然とした口調でこちらに話しかける。だが、表情は嬉々としており、こちらの反応を見て楽しんでいるように見えた。
結城は、こんな状況で鹿住に何を言っても無駄なような気がしてきた。
「さて、あした諒一君は自分の部屋に結城君を呼んで何をするつもりなんでしょうね。」
「諒一は何もしません。」
何もしないわけがないのは分かりきっていることなのだが、ここで正直に自分の気持をさらけ出せるほど結城は恋愛に対して大人ではなかった。
「こうやって誂うのも悪く無いですね。こう見えて私はいつも誂われる側だったので、何か新鮮な気分です……あと、今の結城君の気持ちも十分にわかってますから、安心してください。」
「分かってるんなら誂わないでください。」
またしてもこちらの主張を無視して鹿住は話をすすめる。
「……それにしても、クリスマスに女性を直接部屋に呼びつけるとは、諒一君もなかなか……」
「いい加減にしてください!!」
なかなか鹿住が引き下がる様子がなかったので、結城はジャケットを床に叩きつけて鹿住を黙らせる。
鹿住はジャケットが床にぶつかるビターンという音に反応して体をビクリとさせた。
黙ったことを確認すると、結城は強い口調で鹿住に言い放つ。
「……そんなに言うんだったら、鹿住さんも諒一の部屋に付いてきてください。……諒一は絶対に何もしませんから!!」
自分でもなかなか気迫のあるセリフだったと思ったのだが、それを聞いた鹿住は恐怖する様子もなく、むしろ嬉しそうにしていた。
鹿住は満足気な顔で溜息をつくと、一言「すみません」と言って軽く頭をさげる。
「……満足しましたし、そろそろ本当のことを教えましょう。」
「本当のこと……?」
「はい。……実はですね、私も諒一君から男子学生寮に来るようにお願いされているんです。……多分学生寮でクリスマスパーティーでも開くんじゃないでしょうか。」
この鹿住の話を聞いて、結城は先ほど自分がやってしまったことを後悔した。
……まんまと鹿住にしてやられたのである。
こんな事をする人物だとは思っていなかったので、結城は怒りよりも驚きを感じていた。
「パーティー……?」
鹿住は椅子から立ち上がり白衣のしわを手で伸ばすと、ぽかんとしているこちらの真横を通って更衣室のドアまで移動し、ドアノブに手をかける。
「アカネスミレの改良もひと通り終了しましたし、チームのスタッフもほとんど休暇をとっていて仕事になりません。ですから、私も明日は楽しませてもらいます。」
「あの……鹿住さん……」
「……では、アカネスミレをラボに戻してきます。また明日、学生寮で。」
鹿住は口の端を少しだけ吊り上げて笑みを見せると、更衣室から出ていってしまった。
(ああいう大人にはなりたくないな……。)
結城は諒一の要件がクリスマスパーティーだと分かり胸をなでおろした。
……一方でそれを残念に思う自分もいる。
「はぁ……。」
自分の不甲斐なさに、思わずため息が漏れる。
諒一に対しては恋愛ごとでも強気でいられると、結城は信じて疑わなかったため、自分が意外と押しに弱いという事実は、結城にとってショックであった。
(試合前に言われなくてよかった……。)
結城は着替えながら、諒一のセリフを思い返す。
(『……明日、部屋で待っている。』)
そして思い出すたびに自分の中で何かが膨らんでいくような感覚を覚えていた。
ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。
次の話では男子学生寮でクリスマスパーティーが開催されます。
今後とも宜しくお願いいたします。
※2011/09/22 挿絵を追加しました。