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【剣の舞】第一章

 前の話のあらすじ

 結城は4試合目の相手である『イストス』に難なく勝利した。

 試合後、結城は自分のファンだと名乗る少年『槻矢』と出会い、サインをしてあげる。

 その槻矢が男に絡まれ困っている所を結城は助けた。

 結城に敵意を剥き出しにしたその男は、2NDリーグのチーム『ラスラファン』のランナー『アザム』だった。

第1章


  1


 男子学生寮の朝は早い。

 まずエンジニアリングコースの学生が、日が昇る前に一斉に目を覚ます。

 そして、彼らは金属製の工具の擦れる音を出しながら慌しく準備をし、早朝実習へと向かう。

 寮にいるほとんどの人間がエンジニアリングコースなので、その音は壁越しに聞こえてくるほどやかましい。

 僕は毎朝そのガチャガチャという騒音を目覚まし時計替わりにして起きている。慣れというのは恐ろしいものだ。

 ……今日もその音を聞いて僕は目を覚ましていた。

 しかし、まだこの時点ではベッドから起き上がらない。ベッドの中に入ったまま体を休め、今日の予定を頭の中で確認するためだ。

 騒音が小さくなってくるとベッドから起き上がり、制服に着替え、顔を洗って、荷物を準備し始める。

 全ての準備が完了し、騒音が完全に止んでから食堂へと向かうのだ。

 その頃になると、食堂に学生は一人もいなくなる。先程までの学生のざわめきが嘘であったかのように静かだ。落ち着いた、ほぼ貸切状態の広い食堂で朝食を食べる。

 僕が学校に向かう頃になって、ようやくマネジメントコースの学生が眠たそうな顔で部屋から出てくる。学校では大したことをしていないのに、よくあそこまで眠れるものだ。

 部屋に戻りリュックを背負うと、彼らと遭遇する前に学校へと向かう。

 この行動をパターン化し、慣れるまでに一月を要したが、それだけの価値はあった。なぜならば、廊下で人とぶつかることもなければ、食堂で空いている席を探さなくてもよくなったからだ。

 このパターンは、13歳の僕がこの学生寮で年上に混じりながらも快適な生活を送れるように考え出した素晴らしい技である。欠点としては、すこしだけ劣等感を感じるということくらいだ。

 ……僕の名前は『槻矢』。苗字は……両親が別姓なので成人するまでにどちらかに決めなければならない。なので、今はどちらでもあるし、どちらでもない。ただの槻矢だ。

 強そうな名前だが、実際の僕はそうでもない。むしろ逆だ。背は低いし、筋肉もない。当然のごとく運動もスポーツも苦手だ。唯一みんなと張り合えるスポーツは体を使わずに済むマインドスポーツくらいなものだ。

 僕の姿を見たら誰もがマネジメントコースの学生だと思うことだろう。しかし、僕はマネジメントコースでなければエンジニアリングコースの学生でもない。……VFランナー育成コースの学生なのだ。

 寮内でVFマネジメントコースの学生は僕だけだ。お陰で友達と呼べる人は今のところひとりもいない。とは言うものの、日本にいたころも友達は少なかったので、あまりつらくはない。

 僕以外のコース生はみんな学校の近くの住居を借りて住んでいる。中にはこのためだけに家を購入した学生もいるらしい。

 日本に居た時は別の世界の話のように思えて実感がなかったが、実際にそんなセレブ学生の姿を目の当たりにすると驚きの連続だ。やはり金持ちは何処の国でも半端ない。

 海上都市に来てからしばらく経つが、こればかりは未だに慣れない。

 ……いつも通り、すり鉢状の住宅エリアを眺めながら橋を渡っていると、いつも通りの連中が絡んできた。

「ツーキヤくーん、おはよう。」

 そういいながらこちらの頭を小突いてくる。彼らはランナー育成コースの学生だ。

 小突かれた部分を手で抑え、振り返って彼らを見る。彼らは制服をだらし無く着ていて、髪はカラフルに染められていた。こんななりをしているが、このコースに通えるということは彼らも多少なりとも金持ちなのだろう。

 年齢も体格も向こうのほうが遥かに大きい。年下で貧弱な僕はひたすら耐えるしかない。

「おはよう……。」

 小さい声で挨拶を返すと、早速リーダー格の学生が嫌味を浴びせてくる。

「で、ツキヤくんはいつになったら学校やめるんだ?」

「やめるつもりなんか……」

 反論しようとすると、別の学生たちがこちらを小馬鹿にしたような口調で喋りだす。

「いるんだよなぁ、お前みたいな諦めの悪い奴。」

「そうそう、運動も駄目、肝心のVF操作技術も最低。……VFランナーになれるわけがないって自分でもわかってるんだろ?」

「諦めてコースを変更するか、そうでなければ学校やめたほうがいいぜ。」

 ……と、散々心を突くようなことを言われた。なまじ、正論なので余計に辛い。

「僕は……。」

 やめるつもりはない。こんな言葉でくじけるわけにもいかない。

(……と堂々と言えたらいいのにな。)

 だが、そう思い通りにはいかない。

「何だ?」

「なんでもないです。……すみません。」

 ……強く言われると反射的に謝ってしまう。現実はかくも厳しいものなのだ。

 謝ってもなお、リーダー格の学生はしつこく食いついてくる。

「言えよ。」

「……。」

「いいから早く言えよ。」

「……。」

 こちらがしばらく黙っていると、急に興味を無くしたのか、仲間の学生たちは先へと行ってしまう。

「もう行こうぜ。」

「チッ……もういい。じゃ、学校でな。」

 リーダー格の学生も、仲間に呼ばれて学校のビルに向けて去っていった。

 こんな風に絡まれるようになったのはつい最近のことだ。

 この前も、問題にならないレベルで成績の悪い学生にプレッシャーをかけて、学校をやめさせている。学生の数を減らして、質の良い授業を受けようという魂胆らしい。

 次は僕に白羽の矢が立ったというわけだ。

(それだけ落ちこぼれだと思われてるってことだよな……。)

 こんな年下にも容赦なく辛い言葉を投げかけてくるあたり、向こうも本気に違いない。

(諦めないぞ……。僕は第2の“高野結城”になるんだ……。)

 折れてしまいそうな心に鞭打って、槻矢はビルの玄関をくぐった。


  2


 その日の午後、槻矢はダグラスの演習ユニットでランニングをさせられていた。

 周りには同じデザインのジャージを着た学生がいて、ユニットの周囲を集団で走っていた。集団の先頭には中年の男性教官がいて、心なしか、学生よりもイキイキとしているように見える。

「手を抜かずにちゃんと走れよ。操作技術も大事だが、それを確実に行えるだけの体力を付けるのも同じくらい大事だからな。」

 教官の声に、学生たちは短く「はい、教官」と応えた。

 容赦なく照りつける太陽光は、学生たちの肌を焼き、同時に体温を上昇させる。

 槻矢は後ろのほうで走っており、集団について行くので精一杯だった。

 体力づくりでは何度もやめたいと思ったが、根性でなんとかなるものである。教官もこちらの年齢を考慮してか、やる気だけを見てくれているようだった。

 これが終われば次は実機を使ったVF演習だ。それを楽しみにしながら、槻矢は頑張って走り続ける。

 無心になって走っていると、近くで学生の会話が聞こえてきた。

「おっ、相変わらずすげーな。キルヒアイゼンのお嬢様は……。」

「ほんと、同じ人間だとは思いたくないな。」

 学生の声に反応して、先頭に目線をやる。

 ツルカ・キルヒアイゼンは教官と並んで走っていた。

 中年なのに息を切らさず、しかも大声を出している教官もすごい。しかし、自分と同じぐらい歳の女の子が飛び跳ねながら走っている方がさらにすごいように思える。

 ツルカはあの『オルネラ・キルヒアイゼン』の妹とあって、入学後しばらくはだいぶ弄られていた。しかし、あることをきっかけにパタリと止むことになる。

 それは高野結城がこのコースに編入してからだった。

 それまでコース内に女子学生はツルカ一人だけだったので、女性が増えて心強くなったのかもしれない。2人は大抵一緒にいて、周りの人間を寄せ付けないオーラを発している。

 僕がファンをやっている人……結城さんは現在、集団の中腹辺りで走っている。

 足を前に運ぶたびにジャージがめくれ、背後の裾の隙間から細い腰が見え隠れしていた。

 集団の後方にいたので、男子学生達がそれをチラチラと見ているのが丸分かりだった。ランニングで余裕が無いほど疲れている状態でも自然と視線がそこに行ってしまうのだろうか。

 男とはかくも虚しき存在である。

 ……結城さんは体が大きいわけでもなく、視力も悪いのかメガネもかけている。そのため、とても現役のVFランナーとは思えなかった。 

 2NDリーグのランナーだと知れたときは、みんな嫉妬の目で結城さんを見ていたが、授業でクライトマンやE4との試合の映像を見せられてからは羨望の眼差しに変わっていた。

 実力差がはっきりしていると、そうなるのだろうか。

 また、ボーイフレンドもいるとあって、僕が知りうる範囲では結城さんにちょっかいを出すような学生はほとんどいなかった。

 そんなことを考えていると、ゴール地点に置いてある訓練用VFが視界に入ってくる。

「あと少しだ!! 今から全員ダッシュしろ!!」

 教官の声が響き、同時に集団が速度をあげる。槻矢も集団に続いた。

 ……順々にゴールしてランニングが終了し、学生は野ざらし状態の訓練用VFの前に集合していた。僕がゴールに到着すると同時に教官が話し始める。どうやら僕が最後のようだ。

「……よし、全員ランナースーツに着替えてこい。水分補給もしておけよ。」

「はい、教官。」

 全員が一斉に返事をし、一旦、演習場内にある基地へと戻っていく。

 やっと休憩できると思ったその時、いきなり背中を強い力で押された。疲労困憊だったことに加え、完全に不意打ちだったため、受身もとることが出来ず、顔面から地面にぶつかってしまう。

「がふ……。」

 おでこを地面とこんにちはさせてしまい、衝撃で口から変な言葉が漏れてしまった。

 痛みのせいで麻痺しているおでこをさすりながら後ろを向くと、朝会った髪を染めている学生たちの姿があった。

「おっとわりぃ、小さすぎて見えなかった。」

 彼らはこちらの顔を見て笑っていた。

 こちらが何時まで経ってもランナー育成コースを辞めないので強硬手段に出たのだろう。

 暴力を振るわれた経験に乏しい槻矢は、おでこを押さえたまま呆然とした表情で、その学生たちのいやらしい笑顔を見つめていた。

 周囲の学生は見て見ぬふりをしていた。しかし、その中からこちらに駆け寄ってくる学生が現れた。

「君、大丈夫? なんかすごい音したけど。」

 それは結城さんだった。結城さんはしゃがんでこちらのおでこを覗き込んでくる。

 これで結城さんと直接話すのは2度目だ。

「いえ、平気です。」

 結城さんに情けない所を見られて恥ずかしいのと、結城さんと接近できて恥ずかしいのとで、槻矢の顔は真っ赤になっていた。

 結城さんは怪訝そうにこちらの顔を見ていたが、すぐに合点がいったらしく、納得したように頷く。

「……あぁ、槻矢くんじゃないか!! え? 同じ学校だったんだ……。」

「それどころか同じコースだぞ。」

 遅れてやってきたツルカが結城さんにツッコミを入れた。

 結城さんは苦笑いし、それに応える。

「いや、実は見覚えあると思ってたんだよな、アハハ……。」

「いいんです。僕背も低いし、演習ではみんなに付いていけてないし……。」

 分かっていても、応援している人の記憶に残って無いというのは、ファンとしてやはり悲しい。

「なんだユウキかよ……。」

 髪を染めている学生たちはこちらのみならず、結城さんにも暴言を吐き始める。

「こんな女が2NDリーグに出場してるなんて、未だに信じられねぇなぁ……。どうせコネでも使ったんだろ? あのツルカと同室らしいし……」

「あーあ、俺もリーグチームに知り合いがいればなぁ……今頃はとっくに1STリーグで活躍してるっつーの。」

 それを聞いていたツルカは何を思ったか、学生のグループの前に立って啖呵を切り始める。

「お前ら、ユウキの試合をちゃんと見てたのか?」

 リーダー格の学生が前に進み出て、ツルカを見下げながら答える。

「2NDリーグなんて、見るだけ時間の無駄だ。俺達は将来1STリーグで活躍するんだからな。……低レベルな試合なんか見てる暇があったらトレーニングした方がましさ。」

「何も知らない奴が偉そうに言うな!!」

 ツルカは素早く体を回転させ回し蹴りを放った。足は学生の頭部を捉えていたが、リーダー格の学生はぎりぎりで身を引いてそれを回避した。

「ちょっとツルカ、危ないって。」

 追撃しようとしたツルカを結城さんが止める。

(すでに僕は蚊帳の外か……。)

 今頃になって痛み出したおでこをさすりつつ、槻矢は髪を染めている学生たちの方を見る。

 ツルカの回し蹴りは当たらなかったものの、顎をかすっていたらしく、リーダー格の学生の顎には赤いものが滲んでいた。

「あぶねぇー。」

「おい、アゴ、血ぃ出てんぞ。」

「あぁ? 避けただろうがよ。……っ!?」

 仲間に指摘され、自分の顎から血が出ていることに気付いたリーダー格の学生は、ヘラヘラした顔から険しい表情へと変化する。

「いてぇ……このやろ……」

 リーダー格の学生はものすごい剣幕でツルカを睨み、それに刺激されたツルカも息巻いてみせる。

「やるつもり?」

(あぁ、何でこんな事に……。)

 険悪なムードに耐えられず、槻矢は早く嵐が去ってくれることを願った。

 その願いが通じたのか、丁度良く教官が小走りでこちらにやってきた。教官は学生とツルカの間に立ち、太い腕を組んでゆっくりとした口調で状況を確認する。

「どうした、ケンカか?」

「……違うんですよ。ツキヤと俺が一緒に転んじゃっただけっスよ。ほら俺も怪我してるし。」

 リーダー格の学生は自分の顎を指さして教官にアピールする。流石に教官には逆らえないようだ。

 教官はその言い訳を無視して諭すように話す。

「……悪いことは言わない。プロのランナーとは喧嘩しないほうがいい。こう見えても立派な格闘家なんだからな。多分お前らじゃ敵わないぞ。」

 ツルカにも劣ると言われ、すぐに学生は反論する。

「俺もガキの頃からフェンシングやってるんで問題ないっスよ。」

 そう言って、素早いステップを披露した。

 ツルカの蹴りを避けることができたのはこのおかげらしい。

「そうか……で、肝心の剣は何処にあるんだ?」

「……。」

 痛いところを突かれ、リーダー格の学生は先程までの威勢をなくし、ばつの悪そうな顔をした。

「もう行こうぜ。時間も少ねーし。」

「……おう。」

 学生たちは教官ではなくこちらを睨むと、何も言わずに基地の方へ去っていった。

 教官はその学生たちの後姿を見ながら溜息をつく。

「ハァ……。ホントは殴って言い聞かせたいところだが、あいにくここは軍隊じゃなくて民間の学校だ。……すまないが多少のことは我慢してくれ。」

 教官もあの学生達の扱いには困っているらしい。多額の授業料を受け取っているため、多少のことでは強い態度を取ることが出来ないようだ。 

「教官さんありがとうございました。」

「集合時間に遅れるなよ。」

 こちらのお礼を聞くと、教官も基地に向けて歩いていった。

(いろいろ大変なんだなぁ……。)

 教官に同情していると、結城さんが話しかけてくる。

 座ったままだった槻矢は急いで立ち上がり姿勢を正そうとするも、おでこへのダメージが予想以上に大きかったのか上手く立ち上がることが出来なかった。

 フラフラとしていると、結城さんがこちらの肩を両手で掴んで上に引き上げてくれた。

「すみません。」

 またしても槻矢は反射的に謝る。

「いいよ。……それにしても意外だな。まさか君がねぇ……。」

 完全に立ち上がると、結城さんはこちらの肩から手を離した。しばらくこのジャージは洗えないだろう。というか特に肩の部分は洗いたくない。

 槻矢は結城さんのセリフのある部分に引っかかり、純粋に聞き返す。

「『意外』って、何がですか?」

「それは……。」

 しどろもどろな感じで言葉を濁しつつ、結城さんは僕の体を観察する。

 その視線から、だいたい考えているとこが分かった。

「やっぱり、結城さんも僕がランナーになるのは無理に見えるんですね……。」

 細い腕に細い足。自分の年齢を考えれば仕方のないことだが、それ故に僕がランナーになるのは不可能だと考えているに違いない。

「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。」

「それじゃぁ……僕はVFランナーになれるでしょうか?」

「うーん……。訓練していれば将来はきっと……。」

 うだうだとした会話を続けていると、ツルカが横槍を入れてくる。

「こんなかよわい美少女に助けてもらってるような根性無しじゃ、VFランナーになるのは一生かかっても無理だな。」

 その横槍はこちらの心に突き刺さった。

 メンタル面に関して自分はかなり弱いと自覚していたからだ。

「そうですよね……。すみません。」

 VFランナーになれるような人物なら、そもそもいじめられたりはしないだろう。

「こらツルカ、そんな簡単に美少女言ってると美少女レベルが下がるぞ。」

「なんだよ美少女レベルって……。それより早く基地に行こう、ボクらはみんなと違って着替えに時間がかかるし。」

 結城さんは「そうだな」と言って、ツルカと共に基地へと歩を向けた。

 ツルカの“かよわい”という発言について何も言及しないのか気になっていると、去り際に結城さんが声をかけてくる。

「ごめんね槻矢くん。ツルカの言ったことあんまり気にしないでね。」

「大丈夫です。気にしてませんから。」

 一介のファンにここまで親切に接してくれただけで、槻矢としては満足だった。

 やがて槻矢は独りになり、誰にも聞こえないように先程の言葉を繰り返す。

「……気にしてませんから。」

 とてもじゃないが、“根性無し”という言葉を気にせずにはいられなかった。


  3


 ランナースーツに着替え、槻矢は急いで集合場所に向かう。

 既に周りに学生の姿はない。自分はかなり遅れているに違いない。

 こちらが到着すると同時に教官が説明を開始した。今回も僕が最後だったらしい。

 ……今日の演習では、事前に確認した通り、VFによる格闘の訓練が行われる。今まで基本動作の演習ばかりでVFBらしいことを一度もしたことがなかったため、学生全員が浮き足立っていた。

「今日の整備はエンジニアリングコースの連中が担当するらしいからな。いつもより派手に動いても構わんぞ。……実習の手伝いだと思ってペア同士存分にボロボロにしてやれ。」

「はい、教官。」

「始める前に、例のごとくこの2人に素手での格闘のお手本を見せてもらう。」

 “2人”とは結城さんとツルカのことだ。2人は訓練用VFに素早く乗り込み、教官の指示を待たずしてVFを起動させる。

 それを咎めることなく教官はスタッフに指示を出す。

「よし、ジェネレーターを起動させてくれ。」

「わかりました。」

 教官の指示を受け、ダグラスのマークが入ったキャップをかぶっている現場のスタッフが無線機に向けてよくわからない専門用語を話す。

 すると、基地に設置されている小型ジェネレーターが起動し、同時に訓練用VFも動き出した。

「よく見ておけよ。」

 教官の言葉を合図に、結城さんとツルカが乗ったVFは互いに近づき、パンチの応酬を始める。 

 お互いがパンチとガードを交互に行い、その打撃音がまるでメトロノームのように規則的に演習場に響いていた。

 あっという間に2人の訓練用VFのアーム部分は傷だらけになる。

(うわぁ……もうあんなに……。)

 このままでは壊れてしまうのではないか、と槻矢は心配した。しかし、教官がやめるように指示を出すと2人はあっさりと殴り合いをやめた。

 2体のVFはアーム部分以外に全く傷がなく、それは、両者ともガードを完璧にこなしたということを示していた。

「ここまで速くなくてもいいから確実にガードしろ。……それではVFに搭乗、その後各自交代で行うように!!」

「はい、教官。」

 元気よく返事をして、槻矢は自分に割り当てられたVFに搭乗する。そしてHMDを頭に被った。その際におでこのたんこぶがHMDの内側に触れ、槻矢の頭にチクリとした痛みが走る。

 その痛みに顔をしかませながらコックピットハッチを閉じると、同時に外の景色がHMDに映し出された。

 やはり、高い場所からの眺めというのは何回見てもいいものだ。

 周囲の訓練用VFが立ち上がる様子を見つつ、槻矢は続いて安全確認と簡易動作チェックのプログラムを走らせる。

 安全第一なのはいい事なのだが、槻矢は毎回時間を取られることに飽き飽きしていた。

 ……簡易チェックの間、先程ツルカに蹴られたリーダー格の学生がこちらに通信を入れてきた。無視するわけにもいかず槻矢は通信回線をあける。

「何ですか?」

「さっきは俺が悪かった……。だからツキヤ、今日は一緒に組もうぜ。」

「別にいいですけれど……。」

 どんな風の吹き回しだろう。

 やがてチェックが完了し、周囲のVFも教官に指示されたとおりの訓練にとりかかる。

 槻矢は不安を感じながらもリーダー格の学生のVFの前まで移動した。向こうは準備万端のようで、両手を前に突き出して構えていた。

 向きあって黙っていると、再び通信が入る。

「さっきのお詫びだ。そっちから攻撃してこいよ。」

「う、うん……。」

 恐る恐るパンチをすると、向こうはこちらの拳を優しく受け止めた。

「いい感じじゃん。ほら、もっと来いよ。」

「わかった。」

 なにか良からぬことをされるのではないかと警戒していたが、しばらく続けてもあちらが不穏な動きを見せることはなかった。

 槻矢は安心してパンチの動作を繰り返していた。

 ……ふと、横に視線をそらすと結城さんとツルカのVFの姿が見えた。その2体の動きは明らかに周囲のVFとは違い、機体がブレる事もなく、スピードも速い。

 まるで、VFが操られているのではなく、それ自体が生きているのではないかと錯覚するほど自然で滑らかな動作をしていた。

(すごいなぁ……。)

「よそ見してんじゃねーよ。ガード甘いぞ……っと!!」

 不意に、こちらのパンチに合わせてあちらが攻撃を加えてきた。いきなりの攻撃に対処できるはずもなく、向こうの拳はVFの胸部に命中する。

 尚も攻撃してこようとしたので、槻矢は慌ててガードした。

「待って、今は僕が攻撃する番……いてっ……。」

 槻矢は攻撃を止めるように訴えたが、リーダー格の学生の攻撃が止むことはない。

「あー……。もういいからずっとガードしてろよ。どうせお前はランナーになれやしないんだから。俺のサンドバックになってりゃいいの。」

 やはり良からぬことを考えていたようだ。

 向こうの操作技術はこちらよりも圧倒的に上なので、反撃することは疎か、満足にガードすることもできない。

「VFの数も、演習場の広さも限られてるんだ。望みがない奴は俺らの邪魔にならないうちにやめろよな。」

「……。」

 辞めていった学生もこんな事を言われ続けていたのだろうか。

 訓練用VFの攻撃程度でコックピット内の自分が怪我をすることは無い。全力で殴られても大きめの振動が伝わる程度だ。

 しかし攻撃を受ける度、槻矢は自分の心がズタズタになっていくのを感じていた。

 ……演習が終わるまで槻矢は殴られ続け、エンジニアリングコースの実習に大きく貢献することとなってしまった。


  4


 下校時刻からだいぶ遅れて槻矢は帰路についていた。

 既に周囲は暗く、街灯に光が灯っていた。その光によってできた影は、歩くたびに自分の周囲で不気味に変化する。……そんな影を見ながら槻矢は橋に設置されたコンベアに乗った。

 槻矢のおでこには大きな絆創膏が貼られていた。痛みはだいぶ引いたものの、手で触れると刺すような痛みが額全体に広がるので、物が当たらないように注意していた。

 くたくたになり、とぼとぼと橋を歩いていると、自分をいじめている集団が前方でたむろしているのを発見した。橋の出口付近で談話しており、暇を持て余しているようだった。

 今見つかれば絡まれるのは必至である。

 そのため、槻矢は話しかけられぬよう、なるべく目立たないように橋を進む。しかし、紛れる人ごみも無ければ、相手の死角を突く忍者のような技術を会得しているわけでもない。

「あ、ツキヤだ。」

 努力もむなしく、槻矢はいとも簡単に発見されてしまった。

 逃げようかとも考えたが、迷っている間に集団がこちらの周りを囲み、逃げ場は完全に失われてしまった。

 まただれか助けてくれないだろうかと願ってはみたものの、そう何度も運のいいことが起こるはずはない。

 取り合えず、槻矢は要件を聞いてみることにした。

「あの……なにか?」

 リーダー格の学生はこちらと同じタイプの絆創膏を顎に貼っていた。それを指の腹で触りつつ、こちらに要件を伝えてくる。

「ツキヤ、ゲーセン付き合えよ。」

「うん……。」

 断ることができるわけもなく、槻矢はゲームセンターへと連れられていった。

 


 ……15分後、槻矢は商業エリアにある大型ゲームセンターの2階にいた。

 静かなフロアにはずらりと筐体が並べられていて、そのほとんどがVFBのシミュレーションゲームだった。

 槻矢はその筐体の中に押しやられる。

 これをプレイしろということなのだろうか。

 ゲーム専用のIDカードは持っていたが、こんな場所では使いたくない。そのため、槻矢は筐体の中でじっとしていた。

「なんだカード作ってないのかよ。」

「すみません。このゲーム初めてで……。」

 槻矢は嘘を付き、筐体から出ようとする。しかし、簡単に返してくれるわけがない。

「じゃあ早く作れ、俺らが戦い方ってのをレクチャーしてやる。」

「……わかりました。」

 槻矢は強制的にこのゲームをプレイさせられることとなった。 

 理不尽さを感じつつも、コンソールを操作して槻矢は新しいカードを発行する。

(結構高いんだな……。はぁ……。)

 予定外の出費に落ち込む暇もなく、すぐに隣の筐体にいる学生から対戦が申し込まれた。

 まだ準備ができてないため、キャンセルしようとしたが、近くにいた学生に勝手に開始ボタンを押されてしまう。

「まだ設定が……。」

「いいからさっさとしろ。」

 そして無理やりHMDを被せられ、すぐに対戦が始まった。

 バトルエリアにいる自分のVFは初期設定のままで、ろくな武器を持っておらず、外装甲も装備されていない状態だった。

 それとは対照的に、相手は高性能な武器を使用しており、装備も完璧だった。

 当然のごとく槻矢は為す術も無く一撃で頭部を破壊されてしまう。

 そしてHMDにYOULOSEの文字が浮かび上がった。

「ホント、ツキヤはダメダメだな。いったい学校でVFの何を習ってるんだ?」

「よえー、あり得ないくらい弱いなコイツ。ポイントごちそうさま。」

 負ければランクに応じたポイントが相手に渡ってしまう。

 ……つまりこれは間接的なカツアゲというわけだった。

 次も、その次も勝手に対戦を組まれ、槻矢はひたすら負け続けた。

 当然、あちらがそれらしいレクチャーをしてくれることはなく、槻矢は自分のVFの頭部が破壊される様子を見ていた。

(ひどいなぁ……。これがリンチってやつか……。)

 だが、これであちらが満足するのなら槻矢はそれでもいいと考えていた。 

 9回対戦した所でゲーム内通貨がゼロになり、チャージを促す電子音と共に筐体からカードが吐き出される。ようやく終わったことに安堵し、そのカードを取ろうとするとリーダー格の学生がそれを奪い、遠くに投げ捨てた。

 意味がわからず固まっていると、リーダー格の学生が命令してくる。

「よーし、新しいカード作れ。」

「え……」

 帰れるものと思い込んでいたので、その言葉に槻矢は言葉を失った。

「人がせっかくゲーセンにまで付き合ってレクチャーしてやってんのにさ、……もう帰るつもりじゃねーよな?」 

 いったいいつまでポイントを貢ぎ続けねばならないのか、呆然としていると遠くから抑揚のない男性の声が聞こえてきた。

「このカード、落としましたよ。」

 筐体の周りにいた学生たちは、その声のする方向に顔を向ける。

 そこには先程投げ捨てられたカードを持っている男子学生の姿があった。顔は無表情で、槻矢はすぐにその人が結城さんの彼氏だということを思い出した。

 その人の隣には……ピアスが印象的な男子学生がいた。宗教的な理由なのだろうか、耳どころか唇にまで重そうなピアスが装着されていた。さらに手首にはブレスレットが、指には無数のリングがはめられていた。

 ピアスだらけの学生は開口一番、呆れた風に喋り出す。

「それにしてもひっでぇ対戦だったな。」

 どうやら対戦を外部モニターで見ていたらしい。リンチのような対戦を見れば、誰しもがそう思うだろう。

 やがて彼氏さんが近づいてきて、筐体の中にカードを持った手を差し入れてきた。

「カード、拾ってくれてありがとうござ……」

 槻矢は礼を言ってそれを受け取ろうとしたが、何を思ったか彼氏さんはすぐに手を引っ込めてしまう。……どうやらカードに記載されている情報を見ているようだった。

「ん? ……君はあの時の……。」

「え、なになに? 知り合い?」

「ウチのチームのファンの子だ。……同じ学生だったのか。」

 彼氏さんはこちらの顔をめずらしそうに見ていた。

 何時まで経ってもカードを返してもらえず、どうしようか悩んでいるとリーダー格の学生がしびれを切らしたようにその2人に向けて威嚇し始めた。

「あぁ? 邪魔なんだよ、さっさと失せろ。」

「うお、のっけからすごい喧嘩腰だなぁ。」

「……。」

 2人は全く動じておらず、彼氏さんに至ってはピクリとも表情を変えなかった。まるで表情筋が硬直しているかのような無表情な顔はリーダー格の学生をたじろかせていた。

 予想外の反応に対応できない不良学生を見て、槻矢は、この2人ならば自分を助けられると確信した。

 槻矢は心のなかで助けを求める。

(あぁ彼氏さん、どうか僕を助けてください!!)

 しかし、次に彼氏さんの口から出た言葉は、こちらの期待を完璧に裏切るものだった。

「……邪魔して悪かった。」

 希望が絶たれ、槻矢はうなだれる。

(あぁ……。)

 一方で謝罪の言葉を聞いた不良学生たちは、すぐに態度を一変させた。

「わ、分かればいいんだよ、ハハハ。」

「おーし、場所変えて続けるぞー。」

 こんな事をいつまで続けるのだろうか。半ば強引に筐体から引き摺り出された槻矢は、そのまま不良学生達に連れられていった。

 財布が空になることを覚悟したその瞬間、彼氏さんが大きな声でこちらに警告してくる。

「今から何処に行くつもりだ、門限まであまり時間がないぞ。」

 そのたぐいのセリフは何度も聞いているのか、不良学生達はすぐに返事をする。

「残念!! 俺ら寮に住んでねーから!!」

 つまり、寮の門限を守れないのは自分ひとりだけである。

 これが最後のチャンスだと思い、槻矢は彼氏さんに訴える。

「あの、僕は学生寮に……」

 言いかけたところで、学生に足で蹴られ、槻矢は最後まで伝えることが出来なかった。

 ……しかし、それだけで十分だった。

「その子は違うみたいだな。」

 彼氏さんは威圧感を身に纏って、不良学生達に歩み寄ってくる。

 それを遮るようにリーダー格の学生が彼氏さんの前に立ちはだかった。リーダー格の学生は至近距離で彼氏さんを睨みつけていたが、その彼氏さんはその学生ではなく、こちらの目を真っ直ぐ見つめていた。

「あの子、困っているように見えるぞ。帰してやるつもりはないのか。」

「うるせェ、先輩風吹かすな。……そういうのイラつくんだよ!!」

 そう言ってリーダー格の学生は拳を振り上げる。……が、その拳はいつまで経っても振り下ろされない。なぜなら、その拳は何者かによって握られていたからだ。

「あれ? ん……?」

 リーダー格の学生の背後には、いつの間にか大きな男が立っており、拳を片手で包むように握っていた。その男も学生服を着ており、不良仲間かと思ったが、

「いや遅れてすまん。……で、なんかあったのかリョーイチ?」

 彼氏さんに馴れ馴れしく話しかけたので、それは勘違いだということがわかった。

 大きな男の筋力は凄まじく、その外見は筋骨隆々といった感じだった。拳を掴んでいる手は全く動いていておらず、それはまるでその空間に腕が固定されているようだった。

「おい、……離せ。」

 リーダー格の学生は自分の拳を必死に剥がそうと奮闘していた。

 それを見てピアスだらけの学生が筋骨隆々の学生に向けて冷やかすように言う。

「……なぁ、お前ってさ、握力いくつあるんだっけ。」

 筋骨隆々の学生はその質問の意図を理解したのか、不敵な笑みを浮かべる。

「測ったこと無いから分からないが、素手でリンゴジュースを作れるぞ。」

 リーダー格の学生は急に青ざめて、手を振りほどこうと一心不乱に自分の腕を引っ張る。

「は、離せ!!」

「はいはい。」

 筋骨隆々の学生はあっさりと手を離した。

 手が自由になったリーダー格の学生は、その手を押さえながら一目散に2階フロアから姿を消した。他の不良学生もそれに続き、蜘蛛の子を散らすようにゲームセンターから去っていった。 

「おーおー逃げる逃げる……。」

 難が去り、槻矢はほっと溜息をつく。

 明日何をされるか分かったものではないが、財布の中身をなるべく少なくしておけばいいということは学習した。

 お礼を言わねばならないと思い、槻矢は彼氏さんに話しかける。

「すみません。なんか助けられてばっかりで……僕、槻矢っていいます。」

「諒一だ。」

 名前を聞いて、それを何度か耳にしていたことを思い出す。

 記憶力悪いなと自己嫌悪しつつ、槻矢は再び礼を言う。

「ありがとうございました。諒一さん。」

「いやいいんだ。……それで、いじめられてたのか?」

「……多分そうだと思います。」

 あれがいじめでないのなら、他に何と言い表せればいいのだろう。

 そんなことを考えていると、ピアスだらけの学生が筐体の外部モニターを見ながら発言する。

「あんな事してポイント稼いで、何が楽しいんだか。」

「全くその通りだ。ランク上げというよりもただのストレス発散だったな。」

 筋骨隆々の学生もそれに同意するように首を縦に振っていた。

(なるほど、ポイントかぁ……。)

 直接お金を奪うと、後々面倒になると考えたのだろう。ゲームを介すこの方法なら何とでも言い逃れができ、ついでにゲームを遊べるという一石二鳥のやり方だった。

 ただ、不良学生どもは金持ちなので、目的は金を得ることではなく、こちらの金を奪うことだったに違いない。

 不良学生のひねくれ具合に辟易していると、ピアスだらけの学生が思い出したように話しかけてくる。

「……ゲームでもそうだったけど、演習の時、なんでガードばかりしていたんだ?」

「見てたんですか……?」

「モニターで観察させてもらってた。」

 演習の時に見ていたということは、この人達はエンジニアリングコースの学生なのだろう。

 よく見れば、工具入れらしき鞄が肩に下げられていた。

「……あれは酷かったなぁ。」

「確かに、あれは直し甲斐がありそうだ。」

 しかも、彼らが整備しなければならないVFは自分がボロボロにしたものらしい。

「なんか、本当にすみません。」

 重ね重ね謝罪していると、諒一さんが何かをこちらに差し出してきた。

「君の責任じゃないことは知ってる。だから気負うことはない。……これ、忘れ物だ。」

 それは先ほど投げ捨てられたカードだった。受け取ろうかとも思ったが、残ポイントがゼロなのを思い出し、槻矢は受け取りを拒否する。

「それ、資金もポイントもゼロなんでいりません。」

 首を横に振りながらそう言ったが、無理やりポケットの中にねじ込まれる。

「こんな薄っぺらいのでも個人情報が満載だ。……捨てるなら責任をもってきちんとした場所に捨てたほうがいい。」

「……はい。」

 盗まれて困るような個人情報もなかったが、槻矢は大人しくそれに従うことにした。

「捨てるのか……だったら今のうちに新しいカード作っておいたらどうだ?」

「平気です。メインのアカウントが他にありますから。」 

「お、カードを使い分けるなんてなかなかの上級者だね。メインのランクは何なんだい?」

 こちらがゲーム初心者でないとわかった途端、ピアスだらけの学生が興味あり気に質問してきた。槻矢はそれに正直に答える。

「ダブルSです。」

「そうか、ダブルエ……え?」

 ピアスだらけの学生は“信じられない”といった顔をしていた。そういう反応が返ってくるとわかっていたので、槻矢はそれを証明するためにリュックサックの中から自分のカードを取り出す。

「はいこれです、……実は僕ランカーなんです。」

 その場にいた3人は、こちらが前に突き出したIDカードを食い入るように見る。

「ホントだ……。これ、本当に君のなのか?」

 筋骨隆々の学生は疑いの目でカードとこちらの顔を観察する。

 ……そう言われると、実際にプレイする以外に証明のしようがない。

「みんな、よく聞いてくれ。」

 もう一度プレイして本当の実力を見せようかと槻矢が悩んでいると、諒一さんが全員に自分の腕時計の文字盤を見せつけた。

「……とりあえず寮に帰ろう。もうすぐ門限だ。」

 門限まであまり時間は残されていなかった。


  5


 ギリギリ門限に間に合い、槻矢は諒一さん達と共に学生寮の中へ滑り込んだ。

 門限を過ぎたからといって、別に入り口の門が閉じられるというわけではない。しかし、入退館記録はしっかりと残る。……もし、その記録が規則に違反するものならば、それなりのペナルティが与えられるという仕組みだ。

 経験したこともなければ、聞いたこともないのでどんな罰があるのかは知らない。しかし、あの慌てようを見ると、それなりにきついペナルティなのだろう。

 中央シャフトのエレベーターが遅れたときはどうなることかと思ったが、案外どうにかなるものである。VFランナー育成コースで体力だけは身についていたので、なんとか他の3人に付いていくことができたのだ。

 授業で身につけたことが初めて役に立ったようで、槻矢はほんの少しだけ嬉しかった。

「ハァ……ハァ……間に合ったぁ。」

 ピアスだらけの学生は、帰ってきてすぐに玄関ロビーにあるソファに腰を下ろした。

 それに続いて全員が、それぞれ空いていたソファに身を預ける。

「ヤバイくらいにギリギリだったな。……さすがリョーイチ、『時間管理の鬼』と呼ばれているだけはある……。」

「初めて聞いたぞ。」

 よくわからない二つ名を勝手に付けられた諒一さんは、落ち着いた声で冷静なツッコミを入れる。息切れを起こしているのは自分とピアスだらけの学生だけで、筋骨隆々な学生と諒一さんは平気な顔をしていた。

「さっきの話だが……もっとよく見せてくれないか?」

「あ、はい。わかりました。」

 筋骨隆々の学生に促され、槻矢はリュックサックからカードを取り出そうとする。しかし、諒一さんはリュックに突っ込んだこちらの手を優しく掴んで止めると、首を左右に振った。

「いや、もっと落ち着いた場所で見よう。槻矢君もあまり見られたくないんだろう?」

「それはそうなんですけれど……。」

「それじゃぁリョーイチの部屋に行くか。……よっと。」

 よほど自分のカードを見るのが楽しみなのか、ピアスだらけの学生は楽しみを待ちきれない子供のように体をそわそわさせていた。

 それに呼応するように全員が立ち上がり、ロビーを後にして階段へと向かった。

 槻矢は諒一さんに連れられて上の階へと進んでいく。エレベーターを使わないところをみると、部屋は低階層にあるようだ。

 あまり見慣れない通路をしげしげと見ていると、すぐに目的の部屋に到着する。……予想通り、部屋は2階にあった。

「さぁどうぞ。」

 諒一さんがドアを開けると、ピアスだらけの学生と筋骨隆々の学生は遠慮することなく入室した。それに続いて槻矢も中に足を踏み入れる。同じ寮内でも他人の部屋に入るのはこれが初めてだ。

 中に入って明かりがつくと、あまりの光景に槻矢はめまいを起こしそうになった。

(すごい部屋だな……。)

 “すごい”としか言い様がないほど、部屋はVF関連のグッズで埋め尽くされていた。天井にまでポスターが貼られており、棚や机の上は可動式のVFフィギュアによって占領されていた。

 自分が持っている物もちらほらあったが、中には全く知らないマニアックなVFフィギュアもあった。そのコレクションは槻矢の物とは比べものにならない程だった。

 世界広しといえ、ここまで集めている人間はそういないだろう。

 ふと、壁に掛かっているTシャツが気になり、シャツに書かれたサインを読んでみる。

「これは『イクセル』……?」

 口に出して言うと、ピアスだらけの学生が自慢してくる。

「へへ、いいだろそれ。イクセルのサイン入り。」

「元々はリョーイチのだけどな。」

「トレードして今は俺のなの。……絶対返さないからな。」

「わかってる。」

 キッチンから諒一さんの返事が聞こえ、すぐにお茶の乗ったお盆を持った諒一さんが現れた。

 それをリビングのこたつ台の上に置き、きっちり四方向に配膳すると、諒一さんは座布団の上に正座する。

 それを合図に、全員がこたつ台を囲むようにして床に座った。

 槻矢はお茶をすする前に、リュックから出していたカードを台の上に置く。自分でもこのカードを見るのは久し振りだった。ここに来てからずっとシミュレーションゲームをしていなかったからだ。

 カードを見て、ピアスだらけの学生は興奮していた。

「おお見間違いじゃない、確かにダブルSランク……初めて見た。」

「『初めて』? ……結構ゲームやってるんじゃなかったか。」

「結構って言っても週に1回程度だからな。上位ランキングなんて滅多に見ないさ。」

 諒一さんはカードにあまり興味を示さず、こちらに質問してきた。

「……何で隠してたんだ。」

「ゲームの中ではランカーなのに、本物の操作が下手だと、今よりもっといじめがひどくなるかなと思って……」

「なるほど。」

 我ながら理にかなっている説明だ。……実際は装備が貧相すぎて勝とうにも勝てなかっただけなのだが、そんな情けない理由は口が裂けても言えなかった。

 理由を聞いたピアスだらけの学生は大げさにうなづいてみせる。

「そうだったのか、賢いっちゃ賢い選択だな……で、VFはなに使ってんの?」

「えーと……。」

 槻矢は慌てて携帯端末を取り出し、画面にお気に入りのVFを表示させる。そして、それも台の上に置いた。

「これです。」

「ほぉ、『エルマー』使いか。」

 使用機体が判ると、諒一さんが部屋の一角から同じVFフィギュアを持って来て、携帯端末の横に置いた。何が何処にあるかまで完璧に把握しているようだ。

「『エルマー』は慣性の制御が独特だからな、……しかし、よくあれを扱えるもんだ。」

「むしろ、これしか使えないんです……。」

 『エルマー』は1STリーグチーム『スカイアクセラ』のVFである。ボディの至る所にスラスターが装備されており、VFBの中ではキルヒアイゼンのファスナに次いで2番目に動作が速いVFとされている。空中でもスラスターを使って自在に姿勢制御が可能だが、その制御方法はかなり困難で、ゲームでエルマーを使うプレイヤーは変人どころか変態扱いされることもある。

 そう言われても仕方ない。なぜなら専門的に訓練しないと身につかないほどその制御は複雑怪奇なのだ。自分は難なく自然に姿勢制御出来るが、それは初めて操作したのがこのエルマーだったからに違いない。

「……なるほど、それに慣れすぎてるせいで普通のVFを上手く操作できない、と。」

「多分そうだと思います。」

「器用な奴だな……いや、不器用なのか。」

 自分でもそう思う。エルマー以外のVFもそれなりに上手く操ることができるが、ランカーになれるほどうまく操作できるのはエルマーだけなのだ。

 筋骨隆々の学生は腕を組んで目を瞑って言う。

「ダブルSであの様か。やはりゲームのようにうまくはいかないものだな。」

「ゲームではほとんど負けなしだったから……もしかしてVFランナーになれるんじゃないかって思ってたんですけど……」

「現実は厳しかったということか……。」

「はい。うすうすは気付いてたんです。……でも、どうしてもVFランナーになりたくて……。」

「それは……辛いな。」

 自分で言って、なぜかとても情けなくなってきた。

 気のせいか、こたつ台を囲んでいた全員が自分に同情してくれているような気がする。……よく『同情するならカネをくれ』というが、槻矢にとっては同情されるだけでもありがたい。

 槻矢は他人に身の上話をするのは好きではなかったが、意外と悪くないかもしれないと考えを改めた。

 自ら作り出してしまった暗い雰囲気をどうしようかと悩んでいると、諒一さんが進路に迷う学生に助言するベテラン教師のように、達観した感じで語りかけてくる。

「焦ることはない。ランカーゲーマーなら素質があることに違いはないから、気長にゆっくりやるといい。……それが最善の方法だ。」

 槻矢は「そうですね」と納得しかけたが、すぐ例外に思い至った。

 その例外とは結城さんのことだ。結城さんは気長にゆっくりどころの話ではなく、ろくに訓練もしないでいきなりVFBリーグに出場している。

 槻矢は縦に振りそうになった首を途中で止めて諒一さんに反論する。

「でも結城さんは……」

「結城は特別だ。……あと運が良かった。」

 ピアスだらけの学生が口を挟んでくる。

「確かに、ユウキは別格だな。チームにコネを持ってる彼氏がいて、故郷から資金と技術援助をしてくれる団体が名乗りを上げてくれて、メガネを外した時の笑顔はとっても可愛いもんな。」

「最後のは余計だ。」

 操作技術や笑顔の素晴らしさは結城さんの実力だが、それ以外は違うものだ。やはり、VFランナーになるためには、それなりの『つながり』がないと駄目なのだろうか。

「やっぱりコネがないとランナーになるのは難しいのですね。……なんか残念です。」

 実力さえあればランナーになれることは確かだ。しかし、大会の経験がない女子学生がいきなり2NDリーグの試合に出るのは、実力があるという理由だけでは到底説明できない。

 こちらが不服そうにしていると、筋骨隆々の学生が結城さんを擁護するようなことを話す。

「コネにも色々種類があるさ。ま、お前はリョーイチの努力を知らないからそう考えても仕方ないな。」

「諒一さんが? ……結城さんじゃなくてですか?」

 その言語の意味を理解できず、首をかしげていると筋骨隆々の学生がこちらの頭の上に手を乗せた。そのままわしゃわしゃと髪をかき混ぜるように撫でられる。その手はゴツゴツとしている上に大きく、生きた心地がしなかった。

「まぁ深く考えず地道にやっていればいつかはチャンスが訪れるものだ。……それに、せっかく親御さんがあれだけ高い学費を払ってるんだから。途中で辞めるわけにもいかないだろう?」

「学費は……大会の賞品なんかをネットオークションで売り払って、なんとか。」

 槻矢の言葉は歯切れが悪かった。

 なぜなら、少しでも学費の足しにしようと考えていただけで、槻矢自身も全額が(まかな)えるほどの値がつくとは思っていなかったのだ。

 あの時は、限定物だとは言え、あそこまで高値をつけるVF狂が存在することに驚いたものだ。

 ……そんなことは露も知らないピアスだらけの学生は、こちらの話を聞いて素直に感心しているようだった。

「あの学費を払えるのか。やっぱランカーはすごいなぁ。ランナーにならなくてもいい暮らし出来るんじゃないか?」

「確かにそうですね……。」

 ピアスだらけの学生の話もあながち間違いではない。ランカーゲーマーとして生きていく道も無いことにはないのだ。

「“VFランナーになりたい”ってさっき言ったばかりだろ。……夢をぶち壊すような発言をするな。」

「悪い悪い。」

 筋骨隆々の学生に注意され、ピアスだらけの学生は舌を出して軽く謝罪した。その際、舌にもピアスがあるのを見つけてしまった。お茶を飲んでも熱くならないのだろうか、間違ってピアスを飲み込んでしまわないのだろうか、……などと、くだらないことを考えていると自然と表情が強張っていく。

 それを落ち込んでいると勘違いしたのか、不意に諒一さんがあることを提案してきた。

「……結城と対戦してみたらどうだ。」

「そんな!! ……あぁ、ゲームの話ですか……。」

 しかし、ゲーム上だとしてもこれは嬉しい提案だった。なぜなら、あこがれの結城さんと対戦してみたかったからだ。

「そりゃそうだ。現実で戦うにはかなりの費用がかかるからな。」

 筋骨隆々の学生は湯のみをこたつ台の上に置いて、先ほどよりも小さい声でこちらに耳打ちしてくる。

「……同じコースの学生で、面識もある。リョーイチが頼めばユウキも断らないだろう。」

 こちらも同じように小声で返事をする。

「でも……迷惑じゃないですか?」

「……これが、いいコネの使い方ってやつさ。」

 そう言うと、筋骨隆々の学生は身を引いて、再び湯呑みからお茶をすすり始めた。

 そこまで言うのなら、と、槻矢はその提案を受け入れることに決めた。結城さんの印象に残れば、自分が将来VFランナーになる時に、何かの役に立つかもしれない。

「わかりました。お願いします。」

「そういう事で話を進めておく。都合がついたらすぐに連絡しよう。」

 諒一さんがそう言ったと同時に部屋の明かりが全て消えた。

「もう消灯時間か……。」

 消えるのは部屋に備え付けられた照明だけである。学生のほとんどが自前の光源を用意しているので、消灯はあまり意味のないことだった。

 ……しばらくすると、天井から吊るされていたランタン状のライトが自動で点灯した。

「僕、そろそろ自分の部屋に戻ります。」

「そうするといい。出口まで送ろう。」

 諒一さんが立ち上がっても、残りの2人は座ったまま動こうとしない。

 この人達は自分の部屋に帰るつもりはないのだろうか。

「2人とも、最後に自己紹介くらいしたらどうだ。」

「あれ? 言ってなかったか?」

 ピアスだらけの学生はすっと立ち上がると、こちらに握手を求めてきた。それに応じて手を握ったが、手には指輪やブレスレットの感触しか伝わってこなかった。

「俺は『ニコライ』。コースや学年も違うが、気にせずいつでも遊びに来いよ。」

 まるでこの部屋が自分の物だと言わんばかりの言い草に、槻矢は苦笑する。

 『ニコライ』に続いて筋骨隆々の学生が礼儀正しくお辞儀をする。

「……『ジクス』だ。ユウキの時はサインを貰いそこねたからな、君からは今のうちに貰っておこうかな。」

「そんな大げさな……。」

 『ジクス』はニッコリと笑い、手を振っていた。自己紹介が終了すると、諒一さんは玄関に向かって歩き出す。

 それに付いて行くべく、槻矢はお茶を慌てて飲む。始めに出されていたそのお茶はまだ温かく、渋みが良く出ていた。

 ぬるい液体が食道を通っていく感触を味わいながら槻矢は玄関へと向かう。すると諒一さんがドアを開けて待っていた。

「また気軽に遊びにきてくれ。」

「はい、ありがとうございます。」

 諒一さんに見送られ、槻矢は部屋の外に出た。

 廊下は暗く、淡いオレンジ色の非常灯のお陰でかろうじて床が見える程度だった。

「槻矢君、おやすみ。」

「今日は本当に色々と……」

「お礼はいい。……その代わり、アール・ブランの応援をよろしく頼む。」

「も、もちろんです。」

 こちらの返事に満足したのか、諒一さんが少しだけ笑ったような気がした。やがてドアが閉じられ、槻矢は自分の部屋に戻ることにした。

(いい人達だったなぁ……。)

 歩きながら先ほどの出来事を思い返す。

 本当にあの人達はVFが好きなのだろう。そのせいかどうかは定かではないが、諒一さんの部屋はとても居心地が良かった。

(また遊びに来てくれ、か……。)

 ……将来、あんな人達が整備するVFに乗るかもしれないと考えると、わくわくが止まらない槻矢であった。


  6


 女子学生寮は昼夜問わずとても騒がしい。

 なぜなら、そのほとんどがマネジメントコースの学生で、人気ランナー目当てのミーハーなファンによって構成されているからだ。

 中には真面目に勉強している学生もいるが、大半は気楽に海上都市での生活を楽しんでいる。

 ただ、学生とはいえどダグラス社員でもあるので、給料をもらえるように最低限のことはしているようだった。

 結城はどちらかというと気楽に生活している側に属しているかもしれない。

 ……その証拠に、結城は久し振りの休日を部屋でダラダラと過ごしていた。

(暇だ……。)

 結城は休みの日には試合観戦に行くか、アール・ブランのラボでアカネスミレに乗って訓練している。しかし今日は観戦に行こうにも行く気がしなかった。それは、一緒に行く人物が今日に限って居なかったからだ。

 諒一は個人的な用事があるとかで行き先もわからず、ツルカもキルヒアイゼンのビルに行っており、部屋には結城ひとりだけだった。……一人で観戦するくらいなら中継映像を見ていた方がましだ。

(じゃあアカネスミレで訓練……も無理か。)

 アカネスミレはまだオーバーホール中で乗ることができない。

 そんなわけで、結城は特に何をするでもなく、だらしない格好で漫然とした時間をベッドの上で過ごしているというわけだった。

(ラボに行くだけ行ってみようか……。)

 そう考えるも、体を動かすのが面倒で、結局結城はベッドの上に留まっていた。

 休日の昼下がりとあって、平日よりも静かになると思っていたが、隣の部屋で数名の学生が集まっているらしく、楽しげな会話の声が壁越しに聞こえていた。たまに床をドンドンと叩く音もしており、何をしているのか少しだけ気になっていた。

「……。」

 結城はベッドの上に正座すると、壁に耳を当ててその会話を盗み聞きしようとする。

 あまりにも暇なのだ、これくらいのことは神様も許してくれるだろう。

 ……会話の内容が分かり始めた瞬間、結城の携帯端末の呼び出し音が鳴り響いた。

 いきなりした甲高い電子音に肝を冷やしつつ、結城はベッドの上に無造作に置かれている端末を手にとった。そしてディスプレイを見る。

「メールか……。誰からだろ。」

 そのメールはシミュレーションゲームの運営から、結城個人に宛てられたものだった。

 また限定イベントに当選したのだろうか……、結城はわくわくしながら内容を見てみる。

「『VFB2NDリーグ、VFランナーの皆様方へ……』。なんだ、イベントじゃないのか……。」

 普段ならそのままメールを読まずに放置してしまうのだが、暇なこともあって、結城は続きを読んでみることにした。

「なになに……『今回はタカノユウキ様の戦闘AIの製作にあたり、ご協力願いたく連絡を差し上げました。これはVFBリーグ委員会に認証いただいている公式な依頼です。つきましては、こちらで用意させていただいたアカウントを利用して、指定した回数だけサンプルとなる対戦を行っていただきませんでしょうか。ぜひともご協力いただけるよう、お願い申し上げます……』」

 簡単に言うと、「パーソナルデータを取るためにゲームしろ。」ということらしい。

 メールにはまだ続きがあり、協力した場合の謝礼などが書かれていた。

 ……自分がゲームに戦闘AIとして登場する。それはゲーマーとしてもVFランナーとしても大変名誉のあることだ。

 また、メールを読んでいる間、「自分のAIと戦うとどっちが勝つのだろう」などという面白い考えも浮かんできた。

 これはいい暇つぶしになると思い、結城はそれを読み終わるやいなや、ベッドから降りて筐体の電源スイッチを入れる。

(ランベルトに言っといたほうがいいのか……?)

 ゲームが起動するまでの間、結城は勝手に一人で話を進めていいものかと悩んだ。

(まぁ、後で報告しておけばいいか。……公式な依頼みたいだし。)

 早く戦闘AIを作ってみたい結城は、ランベルトの連絡を後回しにした。

 久し振りに座る筐体は、学校の演習で使っている物より安っぽく思えた。

 そう言えば、セブンとも携帯端末で会話をして以来連絡していないなと思いつつ、結城はゲーム用のHMDを被る。

「えーと、アカウントは……。」

 そして、メールに添付されていた専用のアカウントを使用してゲームを開始させた。

 開始して早々、戦闘AIに関する詳しいマニュアルが目の前に表示される。読むのが面倒だったので、結城はすぐさまヘルプサポートを呼び出した。

「タカノユウキ様、今回はAI作成のためのサンプルデータ提供にご協力下さり、誠にありがとうございます。」

 丁寧な挨拶と共に女性オペレーターのアバターが出現する。サポートは社員が行っているらしく、改めてそのゲームがどれだけの市場規模をほこっているのかを知ることだできた。

 早速結城は一番気になっていることを質問する。

「どのくらい対戦すればいいんだ?」

「タカノ様に限らず、戦闘AIを作成するには相当数のサンプルデータが必要です。」

「それはもう十分集まってるだろ。」

 他のランナーと違い、ゲーマーの自分は何千回と対戦をしている。

 データは十分にあると結城は考えていたが、それは違うようだった。

「いえ、……なるべくいろんな方と対戦して頂きたいのです。タカノ様の場合、特定のプレイヤーだけとしか対戦していません。そうなると思考パターンに偏りができてしまいますので……。」

 サポートの社員は申し訳なさそうにしていた。

「そう言えばそうだな。」

 そもそも、過去のデータが利用出来るのであれば、わざわざあんなメールを送ってこないだろう。結城は自分の浅はかさに恥じ入った。

(セブン以外と対戦か……。)

 ゲーム運営側が用意したアカウントなので、勝っても負けてもポイントの変動はない。これならば勝敗を気にせず気楽に対戦できる。しかし、それはなにか違うような気がする。

「それではまず、アカネスミレの試作データを送らせていただきます。譲渡不可となっていますのでくれぐれもお気をつけ下さい。」

「ちょっと待って。」

 サポートの社員がアカネスミレのデータを送る前に、結城はそれを止めた。

「はい、どうかされましたか?」

「このアカウントじゃなくて『yuki』の方に送ってくれないか。」

「どうしてです?」

「もう私のアカウントはファンにバレてるから、対戦相手を集めるのに苦労しないと思う。……どうだろう?」

「そういう事ですか……わかりました。担当の者に聞いてみます。少々お待ち下さい。」

 そう言い残して、サポートの社員は一度ログアウトした。

(ちょっと無理だったかな……。)

 なぜこんな事を言ったのか自分でも分からなかったが、対戦数をこなす方法としては、かなりいい方法であると思っていた。

 ……数分後、再びサポートの社員が目の前に出現し、こちらに結果を報告する。

「担当の者が言うには“問題ない”とのことです。タカノ様の言う通り、そちらのアカウントにアカネスミレの試作データを送らせていただきます。」

 結城の心配も虚しく、その提案は受け入れられたようだった。

 色々なプレイヤーに絡まれて面倒なので封印していたアカウントが、このような形で役に立つとは……。削除しないで残しておいてよかった、と、過去の自分の判断を讃えていた。

「……それでは、今後も分からないことがあれば気軽にお呼びください。」

 全ての準備が完了したようで、サポートの社員は目の前から消えた。

 結城もログアウトすると、元々の自分のアカウント、『yuki』にログインしなおす。

 未読のメッセージは4桁を超えており、そのほとんどが対戦希望の挑戦状だった。

 しばらく待ってれば新しい対戦相手が見つかるだろうと考え、結城はひとまずアカネスミレの試作データを見てみることにした。

 しかし、データを閲覧しようとしたその瞬間、再び携帯端末から呼び出し音がした。まだ何か用事があったのだろうかと思い、すぐに結城はHMDを脱いでその呼び出しに応じる。

「はい、まだ何かあったんですか?」

「……結城、もう起きてたか。」

 それは諒一の声だった。

 結城は慌てて声色を外向き用のものから普段のものに戻す。

「もう起きてるよ。……で、どうしたんだ?」

 もしかして何か約束事をしていたのだろうか、と思いを巡らせたが、思い当たる約束は一つもなかった。

 諒一の返事はなく、しびれを切らした結城は再び諒一に話しかける。

「まさか、私が起きてるか確認するためだけに連絡したんじゃないだろ?」

「……結城、頼みがあるんだ。」

 携帯端末越しに聞こえる諒一の声は、なぜか真剣だった。

 あちらから何かを頼むのは珍しい。よほど深刻な問題なのだろうかと、結城は身構える。

「頼み……?」

 こちらがおずおずと返事をすると、やがて諒一がその頼みを話し始める。

「シミュレーションゲームで対戦してやってほしい奴がいるんだ。今暇なら相手をしてやってくれないか。」

 どういう事情があったのか気になる結城だったが、変に勘ぐるのも野暮だと思い、諒一の頼みを快く受入れる。

「ちょうど対戦相手が欲しかったところなんだ。さっそく紹介してよ。」

「よかった。今すぐ準備できそうか?」

「できそうも何も、さっきゲームを起動したところだ。すぐにでもやれるぞ。」

「わかった。」

 諒一の返事のすぐ後に、一通のメッセージが届いた。差し出し人の名前はひらがな5文字だった。同じ日本人なのだろう。

「『ほもよろん』テキトーな名前だな。」

「そこはあまり突っ込まないでくれ。本人も気にしている。」

「はいはい。」

 メッセージは『宜しく頼む。諒一。』と短く書かれており、結城は深く考えることなくその挑戦を受け入れた。

 手続きが完了したところで、結城は再びHMDを装着し、アカネスミレの準備にとりかかる。頼まれたといえど相手を待たせるのは失礼だと思い、結城はなるべく早く準備作業を進めていた。

 作業の途中、フリーハンド状態にした携帯端末から諒一が喋りかけてくる。

「……ところで結城、何でゲームを起動していたんだ?」

「ゲームの運営側から戦闘AI作りの手伝いをするように頼まれたんだ。」

「なるほど……。」

 こちらが思っていたほど諒一はあまり驚いていない様子だった。

(あ、そうだ……。)

 設定している途中、ふとある疑問が思い浮かび、結城は諒一にその疑問を投げかける。

「ついさっきアカネスミレの試作データ貰ったんだけど、これってどうやって作ったんだ?」

 結城は、またもや鹿住が勝手にデータを渡したのではないかと疑っていた。

 しかし、それは違うらしい。

 アカネスミレの試作データを見ていないにも関わらず、諒一は自らの考えをこちらに伝える。

「……多分、外見は試合の時の映像から作ったんだろう。中身は知られてないはずだ。」

「そういうことか。」

 どうりで、出力値の設定の幅が大きいはずだ。それだけ実際のデータが乏しいということなのだろう。

 また、よく見ればカメラでは捉えにくい足の裏や、脇の部分の描写が雑なように感じられる。

 さらに、本来あるはずの伸縮機能も当然ながら再現されていない。

 諒一の言う通り、ゲームの運営側のスタッフには、まだこちらの特殊フレームの存在は知られていないようだった。

 つまり、今回は少し出力が高いだけの通常とあまり変りないVFで対戦せねばならないということだ。

 ……ようやく準備が終わり、結城はあちらが用意した対戦ルームへと移動する。

 フィールドはスタジアムを再現したところで、視界はよく、障害物も見当たらなかった。

 遠くには対戦相手のVFが立っており、こちらが出現すると同時にお辞儀をした。

 結城はその丁寧な挨拶に応える。

「よろしく。」

「……。」

 返事がないので不審に思っていると、相手が音声をOFFにしている事に気がついた。

 ……相手はこちらに正体を知られたくないらしい。

 しかし、諒一の知り合いなのだから怪しいやつではないだろう。

 若干の不信感を抱きつつ、結城は相手の使用しているVFを観察する。

(めずらしいな、エルマーか……。)

 エルマーは一般的に知られているVFよりも『戦闘機』に近いデザインをしている。また、見るからに身軽そうな機体には、体中に姿勢制御スラスターと、その数に劣らないウィングが装備されていた。

 『空陸両用の戦闘機』を目標にして、実際に軍用機として開発されていたらしいのだが、問題点が多すぎるため、VFとして再開発されたと聞く。

 コンセプトからして他のVFとは一線を画すVFである。

(……初っ端から良いデータが取れそうだ。)

 相手は、大きくて重い武器は振り回せないのか、両腕に小さなハンドカッターを装備していた。ハンドカッターの刃は短かったが、その分かなり頑丈そうに見えた。

 こちらが装備しているのは、ゲームの運営側が指定した武器、ダグラスのノーマルブレードだけである。なんとも懐かしい代物だ。

 ……間もなくカウントダウンが開始され、知らない相手との対戦が幕を開けた。



 およそ10分後、フィールドには頭部パーツにブレードが突き刺さっているエルマーが横たわっていた。ブレードは後頭部から額に向けて頭部を綺麗に貫通しており、まるでそのような角が最初から頭部に付いているのではないかと錯覚するほどだった。

 アカネスミレも満身創痍で体中に刻まれた跡があった。また、指パーツなどは、折れたり無くなったりしていた。

 損傷具合からすればこちらのほうが被害が大きい。しかし、立っているのはアカネスミレであり、勝ったのもこちらだった。

 その光景もすぐに消え去り、結城のアバターはバトルエリアからロビーへと転送される。

「お疲れさま……。」

 ……正直に言うと、相手はかなりの強敵だった。

 相手に有利なフィールドだったり、こちらの武器がただのブレードだけだったり、アカネスミレのスペックが大幅に違っていたり……など、色々な理由があったにしろ、結城が苦戦したという事実は間違いではなかった。

 対戦が終わると、ようやく相手は話す気になったらしく、スピーカーから声が聞こえてきた。

「ありがとうございました。結城さんはやっぱり強いや。」

 その声は少年のもので、口調もとても丁寧だった。

「あれ、どこかで聞いたような……?」

 結城は相手の名前を思い出そうと頭を捻る。

 名前が喉元まで来て、こちらがその名前を口から出そうとした時、先に諒一にそれを言われてしまう。

「槻矢君だ。」

「そうそう、槻矢くん。」

 結城はアバターにオーバーアクションさせて名前を覚えていたことをアピールする。だが、そのアピールに対してリアクションは無かった。

 諒一の声は携帯端末からではなく、HMDから聞こえていた。ということは、現在諒一は槻矢くんと一緒にいるということだ。

 海上都市内で筐体がある場所といえば商業エリアのゲームセンター以外に考えられない。

 ……諒一の言っていた『個人的な用事』とはこの事だったのだろう。

 結城の口から自然と疑問の声が出てくる。

「なんで槻矢くんが……というか何でこんなに強いんだ?」

「こっちはこっちで色々あったんだ。理由は聞かないでくれ。」

「そんな勝手な……」

 あの気の弱そうな少年がこれほどの腕前を持っているとはにわかに信じられない。

 確証を得るためにも、詳しい説明がほしい結城だったが、

「すみません、結城さん……。」

 槻矢の申し訳なさそうな謝罪の言葉を聞くと、責め立てることができなかった。

「……まぁ、いいけど。」

 結城は相手が判っただけで良しとし、それ以上追求することはやめた。

 ……戦闘時のデータはちゃんと運営側に届いたのだろうか。

 それを確認しようかと考えていると、諒一がこちらに意見を求めてくる。

「……それで、どう思う?」

「どうって何が。」

 何の話かわからず聞き返すと、先ほどよりも控え目な声で諒一が説明をする。

「これだけゲームで上手いのに、現実のVFはろくに動かせないってことについてだ。」

「そう言われれば……確かにそうだな。」

 ゲームが上手くて現実のVFの操作もうまい自分が、特殊な例であると結城は自覚している。

 ゲームが上手い人全員に当てはまるわけがないことも重々承知しているが、仮にそうだとしても、槻矢に関しては操作技術の差が大きすぎるような気がした。

 こちらも教えられるような立場ではないが、アドバイスをすることにしてみた。

「槻矢くん、聞いてる?」

「はい、聞いています。」

 槻矢の返事を聞くと、結城は話し始める。

「VFを操作する時は、結果や目的だけを考えていればいいと思う。……例えば歩行、あれは『歩く』って考えるんじゃなくて、『ゴールまで移動する』って考えればいい。後は体が勝手に反応してくれるさ。」

「そうなんですか?」

「そうじゃないとまともに格闘なんか出来ないって。……あと、解ってると思うけれど、勝とうとする意思も大事だぞ。」

 結城は、何故だか自分に言い聞かせているような気分になった。

 そのため、途中でアドバイスをやめて適当な言葉で締めくくる。

「ま、焦らずにゆっくりやるのがいいかもな。」

 こちらがそう言った途端に、槻矢の小さな笑い声が聞こえてきた。

「ふふ……結城さん、この間の諒一さんと同じこと言ってます。」

「同じこと……。」

 結城は諒一がどんなことを言ったのかとても気になった。

 が、諒一はそんな事は気にしてないらしく、普通に槻矢に言い聞かせる。

「結城もそう言ってるんだ。あまり気負わず気楽にやるといい。」

「はい。そうします。」

 槻矢の元気な返事が聞こえ、よくわからないが問題が一つ解決したということだけはなんとなく理解できた。これで槻矢くんも自信を持てたことだろう。

「あの……また対戦してくださいますか?」

「気が向いたらな。」

「ありがとうございます!!」

 槻矢は嬉しそうに言うとロビーから消えた。休日なのでゲームセンターも混んでいるのだろう。あれ以上対戦が長引いていれば、会話をすることもできなかったはずだ。

(あれだけの腕なんだし、筐体くらい買えばいいのに……。)

 VFランナー育成コースに通っているのだから、そのくらいのお金はなんて事ないはずだ。

(事情があるって言ってたし……ま、いいか。)

 ……これで終わりかと思いきや、携帯端末か諒一の声が聞こえてくる。

「結城。」

「何?」

 まだ何か用事があるのか、次の言葉を待っていると予想外の言葉が発せられた。

「……ありがとう。」

 いきなりのお礼の言葉にどぎまぎしつつ結城は返答する。

「別にいいよ。……ん?」

 こちらが返事をしたときには通信を切っていたらしく、無通状態を示す電子音が返ってきた。

(シャイな反応だなぁ……。)

 これではまるで乙女である。

 だが、改めて礼を言われるのも悪いものでもない。

「……さて、他の対戦相手でも探すかな。」

 結城は封印していた受信ボックスを開き、挑戦メールを吟味してみることにした。

 休日はまだ始まったばかりだ。



 ……戦闘AI製作のために対戦し続けて6時間。既に外は暗い。

 隣の部屋からしていた楽しそうな会話の声も、いつのまにやらなくなっていた。

(あと何回対戦すればいいんだ……?)

 久々に長時間シミュレーションゲームをプレイしたので、結城はかなり目が疲れていた。さらに、自分の好きな通りにVFを設定できないので、いつもより神経の磨り減り具合も多いように感じる。

 現在は柄の長いハンマーロッドを使用しており、重いせいもあってか、相手になかなか命中させられないでいた。長い柄は防御に適しており、結城はそれで相手の斬撃を防ぐ。決定打に欠けているため、戦闘時間もかなり長引いていた。

 とは言うものの、相手はそこまで強くない者がほとんどだったので、槻矢の時ほど苦戦することはなかった。

 ……しょぼしょぼする目を酷使しつつ、結城は順調にデータをゲーム運営側に送り続ける。

(次で一回休憩するか。)

 そんな事をぼんやりと考えていると、こちらの振り回したハンマーロッドが偶然相手の頭部に命中した。

 試合が終了し、すぐに次の試合が開始されようとしたが、結城はそれを中断させてロビーまで戻る。挑戦メールは相変わらず増え続けており、メールボックスを見るたびに結城はめまいを覚えていた。

「はぁ……。」

 自然とため息が出る。

 ……目を閉じてメールボックスを閉じようとしたとき、セブンのアバターが目の前に出現した。いきなり現れたセブンに驚き、結城は体をビクリとさせる。……これだから仮想空間は苦手だ。

 久しぶりに見るセブンのアバターは変わっておらず、頭には相変わらず剣が刺さっていた。

「お久しぶりです。あまりお会いできる機会がなくてすみません。最近忙しくて……。」

「忙しいって……仕事?」

 セブンとは久し振りに会話するのだが、結城は久し振りとは思えないほど気さくに話しかけた。

 同じようにセブンも会話を続ける。

「仕事といいますか、数年前から続けている趣味が、最近なって忙しくなりはじめたのです。」

「趣味かぁ。やっぱりVF関係なんだよな?」

「……えぇ、関係なくはありません。ユウキにも近いうちにお話できればいいなと思っています。」

 何やらその趣味について、セブンはあまり話したくないようだった。

 そんなセブンの態度が気にかかり、結城はその趣味についてしつこく話を聞こうとする。

「その趣味って何なんだ? 今言っちゃいなよ。」

「本当にもうすぐですから、楽しみにしていてください。」

「はいはい。」

 ここまで拒否するということは余程のことなのだろう。

 これ以上追求されるのが嫌なのか、セブンは露骨に話題を変更してきた。

「……そう言えば、そちらのアカウントでログインするのは久し振りではありませんか?」

「そうそう、戦闘AI製作の手伝いでこっちのアカウントを有効利用することにしたんだ。……セブン以外の奴と久し振りに対戦したけれど、なかなか新鮮でいい。」

「戦闘AIですか……。いよいよランナーらしくなってきましたね。」

 まるでこれまではVFランナーではない、というような口ぶりに、結城はすぐに反応する。

「結構前からVFランナーだぞ?」

「ふふ、そうでした。」

 セブンはどこか嬉しそうにしていた。

 ムキになった反応がおかしかったのか、それとも、素直にこちらの活躍を喜んでくれているのか。どちらにせよセブンの笑みは結城を安堵させた。

「しかし、あれは製作が面倒です。……データを送るのもかなり大変ではありませんか?」

「大変だけど、そのくらいの価値はあるだろ。」

「やはり、自分がゲームに登場するというのはうれしいですからね。」

「そうだな。」

 結城は話が長くなるかもしれないと思い、仮想空間に椅子を出現させた。アバターといえど、立ち話というのは落ち着かないものだ。

 こちらが椅子に座ると、あちらも同じように椅子に座り、2人は向き合う形で腰を落ち着ける。

「……運営側も名前だけ借りて適当なAIを自作すればいいですのに。」

「変なところで真面目だよな……。でも、もし完成したらいつでも私と対戦できるぞ。」

「そんなことをしても虚しいだけだと思います。やはり本人と対戦するのが一番です。」

「さっきのは冗談だ……って、やっぱり私と対戦したいのか。」

「いえ、確かにそうですけれど……。」

 対戦したいというのは図星だったようで、セブンの言葉が一瞬だけ不安定になる。

「ですが、今はAIの方に集中してください。……ユウキのAIがどんな風になるのか今から楽しみです。」

 結城も完成したら真っ先に自分のAIと対戦するつもりなので、自分でも楽しみであった。

 ……セブンは思い出したようにこちらに質問する。

「そう言えば、ついにファンの挑戦をうけたのですか?」

 この質問を聞いて、結城は槻矢のことを思い出す。

「いや、諒一の紹介で……ファンなのは間違いないんだけれど、そいつがランカーで結構強くてさ。セブンにも紹介しようか?」

「男性の方はお断りしていますから、遠慮させていただきます。」

「なんで男だって……」

 別に不審に思ったわけではないが、自然と疑問が口から漏れる。

 セブンはその疑問にスムーズに答える。

「ランカーに女性プレイヤーは数えるほどしかいませんし、その半分以上は性別を偽っていると聞いたことがありましたから、てっきり男性かと思い込んでしまっただけです。」

「ふーん。まぁセブンが嫌って言うならいいんだけど。」

 向こうは向こうでポリシーがあるのだし、無理に紹介することもないと考え、この話はもうしないことに決めた。

 セブンと話し込んでいると、それを終わらせるかの如く、玄関から元気な声が聞こえてきた。

「ただいまー。」

「あ、ツル……ルームメイトが帰ってきたみたいだ。」

 思わずツルカの名を口に出してしまいそうになり、慌てて修正したが、

「ツルカ・キルヒアイゼンですよね。ファンの間では結構ウワサになっているらしいですよ。」

 ……あまり意味のない事だったようだ。

 女子学生寮の学生ならば全員知っていることだし、バレていないわけがないのだ。

 結城はセブンの言った“ウワサ”というのが気になり、それについて聞いてみる。

「ウワサってどんな?」

「ユウキが自分で調べたほうがいいかもしれませんよ。……それでは、お邪魔にならないうちに失礼させていただきます。」

「調べろって言ったって……。」

 こちらの言葉を無視して、セブンのアバターは深くお辞儀をし、ロビーから去っていった。

 そのタイミングでツルカがこちらの寝室に入ってきた。結城はHMDを脱いで、寝室の入り口に顔を向ける。

 ツルカの手には大きな紙袋が握られていた。

「ユウキー、おみやげあるぞー。」

「何? 食べ物?」

「ボクもわからない。……リビングで見てみるぞ。」

 すぐにツルカはリビングへと向かった。結城も筐体から降りるとツルカの後を追う。

「わかったわかった。」

 諒一が料理を持って来てくれなかったせいで、今日は朝から殆ど何も食べていない。

 そのため、先ほども言ったように、なるべく食べ物がいいなと結城は思っていた。 


  7

 

 それから数日後、VFランナー育成コースの演習にて事件は再び起こった。

 VFの格闘訓練にて、不良学生が槻矢のVFに執拗に攻撃を加えていたのだ。槻矢の操るVFはひたすらガードに徹しており、不良学生のVFにされるがままになっていた。

 しかし、教官や周囲の学生はそれに気付く様子はなく、誰も槻矢を助ける素振りは見せなかった。それもそのはずである、槻矢は見えにくい位置まで追い込まれていたのだ。

 結城は槻矢のことを少なからず気にかけていたため、すぐに気がついたというわけだ。

「あいつらまた……」

 発見してすぐにツルカとの訓練を中断し、結城は槻矢のいる方向に視線を向けた。

 ツルカも拳を収めてこちらと同じ方向に注目する。

「どうしたんだユウキ、……またいじめか?」

「うん。あいつらも懲りずによくやるもんだ。」

「……ボクが行って、あいつらに痛い目見せてやろうか。」

 ツルカなら本当にやりかねない。相手にトラウマを植え付けかねないと思い、引きとめようとした瞬間、向こうで思いもよらぬ展開があった。

「お、反撃した。」

 なんと、槻矢が殴り返したのだ。

 その一撃はなかなか強力で、周囲の学生や教官が一斉に槻矢に目を向けた。

 周りの視線が集まる中、不良学生のVFは反撃の衝撃で仰向けになって派手に倒れる。十分注目を集めた状態ですっ転んだため、通常よりも多くの恥をかいたに違いない。

 不良学生のVFは慌てて立ち上がり、周りも訓練を再開する。

 ……結城は槻矢の勇気ある反撃を見て、清々しい気分になった。

「良い気味だな。」

「アハハハ!! ……ふふ……。」

 ツボに入ったのか、ツルカは笑い声を上げていた。回線はこちらとしか通じてないので周りには聞こえてない。

「そんなにおかしかったか?」

「ああ、……アイツ気に入った。」

 何がどう気に入ったのか、興味があったが取り敢えずこちらも訓練を再開することにした。

 結城はツルカと訓練しつつ、目線は槻矢のVFに向けていた。

 ……不良学生のVFが完全に立ち上がると、槻矢も格闘訓練を再開したが、殴り返せたのは先ほどの一撃だけで、すぐにボコボコにされてしまった。。

 そして、槻矢のVFは数分もしないうちにボロボロにされノックダウンしてしまう。

 ツルカも観察していたようで、槻矢のVFがノックダウンされると同時に残念そうにつぶやく。

「負けちゃったな。」

「いや、あれでいいんだ。これでいじめも減るだろ。」

 一度でも不良学生に反旗を翻したのだ。リスクのあるようないじめをこのコースの学生がするとは考え難い。しばらくは不良学生達も手を出さないだろう。

(……これも諒一と私のおかげだよな。)

 結城はファンの成長を素直に喜んでいた。

 いつか、槻矢くんと試合をする日が来るのだろうか、そんなことが頭に思い浮かぶ。

 ……同時に、それまで自分がVFランナーを続けられているか、という不安も感じていた。

 現在、アール・ブランの成績は2勝2敗。

 応援してくれるファンのためにも結城は試合に勝つつもりでいた。


 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 この章は日本人の少年『槻矢』がメインでした。

 次の話では5回戦目のチーム『レイジングマキナ』と対戦します。そしてアザムと再び遭遇することになります。


※ブログで進行状況を記録していくことにしました。

 http://itsurou.blog.fc2.com/

 今後とも宜しくお願いいたします。

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