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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
秒速5キロメートル
13/51

【秒速5キロメートル】最終章

 前の話のあらすじ

 作戦が定まらないまま試合に望んだ結城だったが、試合直前にリオネルからプレゼントされた槍と盾のお陰でなんとか勝利することができた。

 ミリアストラは前任のランナーに襲われた上、会長から不条理な指示を出され、十分に実力を発揮できなかった。

 初勝利した結城はうれしさをかみしめていた。

5章


  1


 アリーナから出たミリアストラは、会長がいるであろうスタジアム上階に向けて進んでいた。

 通路はスタジアムのスタッフやチームのメンバーしか通れない専用通路だった。そのためミリアストラは人目を気にすることなく、ランナースーツの胸元を大きく開けて、スーツ内に溜まっている湿った空気を新鮮な空気と入れ替えていた。

 通路には観客の歓声や実況の声がわずかに反響していた。しかし、上階に向かうエレベーターに乗るとそれらの音は完全に聞こえなくなった。

「なんて言われるかな……。」

 会長からどんな罵声を浴びせられるか、想像しているとチームの司令室に到着した。するとちょうど会長がその部屋から出てきた。手には携帯端末が握られており、誰かと会話をしているようだった。

 すぐに会話は終わり、会長は端末を内ポケットにしまった。

 会長はこちらの姿を確認すると、途端ににこやかな表情になった。そして、猫なで声で話しかけてくる。

「試合ご苦労様。いやぁ、手に汗握るいい戦いだった。」

 会長に叱られるのではないかと覚悟していたミリアストラは、会長の予想外の笑顔に驚いた。

「あの…、アタシ負けたんだけど。」

「そんなことはどうでもいいのですよミリアストラ君。きみが電磁レールガンを使ってくれたお陰で注文が……ふふふ。」

 怒りのあまり顔が引き攣っているのではないかと一瞬だけ考えたがどうやら違うらしい。

 会長は、その気持ちの悪い笑みをさらに近付けてくる。

「とにかく、今回はよくやってくれました。次もよろしくおねがいしますよ。」

「は、はぁ。」

 ミリアストラがしどろもどろに答えると、会長は司令室内にいるスタッフに向けて叫ぶ。

「急な仕事が入りました。この後のことは任せますよ。」

「はい、了解しました。行ってらっしゃいませ。」

 スタッフの威勢のいい返事を聞くと、会長はミリアストラが乗ってきたエレベーターに乗り込み、下の階へと消えていった。

 ミリアストラはほっと一息つくと、司令室の中に入る。中にはモニターやら機材などがずらりと並んでおり、正面にある大きな窓からはアリーナの様子が良く見えた。

 スタッフは10名ほどいて、全員が同じデザインのジャケットを身につけていた。

 会長の不可解な言動が気になり、ミリアストラはスタッフに質問する。

「何があったの?」

「実はですね……」

 スタッフは迷うこと無く、起こった出来事を話し始めた。

 ……話によると、試合後すぐに3RDリーグのチームから競技用の電磁レールガンの注文が2口、そして非公式にではあるが某国から次期主力兵器候補の打診があったそうだ。国や組織相手の商売だと大口での取引が望める。そのため、会長は喜んでいたということらしい。

(ま、アタシにはもう関係ないんだけどね。)

 スタッフは説明を終えると、荷物をまとめ始めた。

 見る見るうちにキャリーケースにボードや書類を詰め込まれ、スタッフが順番に部屋の外へとそれを運んでいく。

「みんなもう帰るの? 会長がなんか言ってたような気が……。」

「いえ、ハンガーに移動するだけです。そこでVFの損害状況を確認・簡易修理を行った後、トレーラーに積み込んでラボに移動します。本格的な修理はその後です。」

 ハンガーとは、スタジアム内に設置されている簡易的な格納庫のことで、ラボとアリーナの中継地点の役割を果たしている。1チームに一つずつ割り振られているため、シーズン中は倉庫として扱われることも多い。

 話を聞いたミリアストラは「へぇ……」と呟き、自分に出来ることはないと悟る。

 そして、スタッフのうちの一人に確認する。

「じゃあアタシはもう帰っていいのよね?」

 こちらの言葉に対し、スタッフは首を左右に振る。

「いえ、ファンがハンガーに見学に来ると思いますので、一応そちらにも顔を出してください。」

「ファン?」

 今更ながら、ミリアストラは自分がVFランナーとして仕事をしていることを思い出した。

(これも仕事のうちに入るのかな。)

 今すぐにでも帰りたい気分だったが、スタッフの人に迷惑を掛けるのは心が痛むので、協力することにした。

「あの……ハンガーでは何をどうすれば……?」

「大丈夫です。笑顔で手を振って、サインを求められたら快く応じてください。あと、写真も……」

 話を聞いているうちに一瞬だけ“やっぱりずらかろうか”と悪魔の囁きが脳裏をよぎる。

(はぁ、面倒ね……。)

 こっちの悩ましい表情を見たのか、スタッフは苦笑する。

「そんな顔しないで、これも仕事だと思って頑張ってください。」

「わかってる。心配しなくてもこんな顔は見せないわ。」

 スタッフと会話をしているうちに司令室は空っぽになった。

「そろそろ我々も行きましょう。」

 スタッフはキャリーケースを持ち直すとエレベーターに向けて歩き始める。

 ミリアストラはハンガーに向かうべく、そのスタッフの後を追った。



 ……ミリアストラはエレベーターで階下に行き、スタッフ専用の通路を通ってハンガーに急ぐ。

 その道の途中、ハンガーの目前でいきなりミリアストラはスタッフの一団から離れた。

 それに気付いたスタッフが慌ててこちらに声をかける。

「ミリアストラさん、ハンガーはそちらからは入れません。我々と一緒に……」

 注意されたミリアストラは、スタッフに向けてその理由を話す。

「ごめん、先に着替えてもいいかな。汗でインナーが、……ね?」

「……わかりました。なるべく早くお願いします。」

 スタッフの了承を得ると、ミリアストラはランナー専用の控え室に入った。

 そして、中に設置されている個別更衣室に入り、中からロックをかける。

(替えのインナーは……あった。)

 ミリアストラはロッカーから替えのインナーを取り出すと台の上に置き、ランナースーツを脱ぎ始める。

 室内は暗く、さらにスーツの扱いに慣れていないこともあってか、スーツを脱ぐのにかなりの手間がかかりそうだった。途中で何度も髪がスーツに引っかかり、自分より髪が長い人はさぞ大変なのだろう、とぼんやりと考える。

 女性スタッフの一人や二人呼んでおけばよかったと後悔していると、個別更衣室のドア越しに男の声が聞こえてきた。

「弱小チーム相手に情けない負け方だったな、ミリアストラさんよぉ。」

 それはこちらを嘲るような、とても不快な声だった。

 どうやら自分の前任ランナーの男のようだ。午前中にスタンガンを撃ちこんだのに、もう動けるようになっているあたり、さすがは元軍人の現役VFランナーである。

(なんでこんな所に……。)

 また待ち伏せしていたのだろう。うんざりしながらミリアストラは男を追い払おうとする。

「……今着替え中。話なら後にしてよ。」

 元軍人の男はこちらを無視して話し続ける。

「これで、晴れて俺がヴァルジウスのランナーに戻れるってわけだ。短い間ご苦労様だったな。お陰で短い休暇を取ることができたぞ。」

 男の嫌味を聞きながらミリアストラはランナースーツを脱いでいく。

「何勘違いしてるの? 今シーズンはずっと私がランナーとして試合に出るわよ。そういう契約なんだし。」

 男に対して事実を述べると、ドアの外から男の声がしなくなった。

 長い沈黙の間にランナースーツを脱ぎ終わり、ミリアストラはインナーだけの姿になる。

 インナーは一見すると水着のようにも見えたが、水着に比べてかなり薄く、また伸縮性のある素材で出来ているようだった。

 先ほどのセリフから20秒ほど遅れて男が言葉を発する。

「は? なぜ……会長は何も言わなかったのか!?」

 男の素っ頓狂な声を聞きつつ、ミリアストラは汗まみれのインナーを脱ぐ。

 そして、スポーツタオルで汗を拭きながら、愕然としているであろう男に向けて説明する。

「……ファンはどう思ってるか知らないけれど、“本当のお客様”には十分アピールできたらしいわよ。商品も売れたみたいだし。」

 汗を拭き終わりスッキリすると、タオルを床に投げ捨て、台の上に置いておいた新しいインナーを手に取った。

 ミリアストラの説明に納得がいかないのか、男は声を荒らげてドアを叩きはじめる。

「会長が負けを許すはずがない……嘘をつくな!!」

「ほんとよ。会長がそう言ったんだから間違いないわ。」

 早くどこかに行ってくれないだろうかと思いつつ、ミリアストラは新しいインナーをビニール袋から取り出した。新品特有のなんとも言えない新鮮な匂いが嗅覚を刺激する。

 汗で濡れた程度で新品に着替えるなんて贅沢だなと思いつつ、ミリアストラはすぐにそれを身につけた。

 その瞬間、「ピー」という甲高い音が鳴り響く。それは、ロックが解除された事を示す電子音だった。その音はすぐに鳴り止み、続いて男が更衣室内に侵入してきた。

 ミリアストラは床からスポーツタオルを拾い上げ、それを体に巻きつけた。そして身を隠すように男に背を向ける。

「入ってこないでよ、着替え中なんだから。これ犯罪よ?」

「……あんな負け方をして会長が許すはずがない。次の試合は俺が乗るんだ……。」

 こちらの警告も虚しく、元軍人の男はゆっくりとこちらに近づいてくる。

「あぁ、そのことなら安心していいよ。アタシはこれ以上ランナーするつもりないから。アタシが辞めればあんたも試合に出られるようになるんじゃない?」

「嘘だ……辞めるはずがない……。」

(駄目だ、こっちの言うこと全然聞いてない……。)

 ゆらりゆらりと接近してくるその姿に危険を感じ、ミリアストラは男に対して正面を向いて構える。そしてタオルを体から外して、その両端をしっかりと握りしめた。

「もうわかったから。早く出ていってよ。今度は警備員呼ぶよ?」

 警備員というワードに反応し、男はこちらから3メートルほどの距離で歩みを止めた。

「お前は俺の人生を……ランナーとしての人生を滅茶苦茶にしやがった。だから今度は俺が、お前を滅茶苦茶にしてやる……。」

 元軍人の男は懐に手を突っ込む。またナイフか何かを取り出すのかと思っていたのだが、その手には黒光りする金属の塊……人を殺すための道具……拳銃が握られていた。

 タオル一枚でどうこうできるシロモノではないことは確かだった。

「狂ってるわよ、あんた。」

 男はその言葉に応えるように歯ぎしりをし始める。呼吸も荒く、会話による説得はできそうにないように思えた。

「ミリアストラさん、一人でスーツ脱げましたか? 私、お手伝いしに来ました。」

 いきなり女性の声が聞こえ、元軍人の男は銃をこちらではなく更衣室の入り口に向けた。姿は見えないが、どうやらE4の女性スタッフのようだ。

 女性スタッフは喋りながらどんどんこちらに近づいてくる。

「何してるんですか、更衣室のドア空いたままです……よ。」

 ミリアストラはここに来ないように警告しようとしたが、その前に女性スタッフは更衣室に足を踏み入れてしまった。

 元軍人の姿を見て、痴漢だと思ったのだろう。女性スタッフは悲鳴をあげる。

 ……しかし、それは銃声によって掻き消されてしまった。


  2


「改めまして、初勝利おめでとうございます。」

「あの、あ、ありがとうございます。」

「この反応、初々しいですね。……私、実況のテッド・スペンスです。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よ、よろしくおねぎゃ……いします。」

「どうか緊張なさらずに、お友達と会話するような感じで行きましょう。」

「はぁ。」

 ……スタジアムのメインエントランス。特設された簡易ステージの上で結城は実況のテッドにマイクを向けられており、しどろもどろに質問に応えていた。

 メインエントランスは、こういった人が集まる公開インタビューには最適な場所だった。

 ちなみに年一回開かれるVFフェスティバルの時は、ここにそのシーズンの優勝チームのVFが展示される。それほど空間に余裕のある無駄に広い場所なのだ。

 そんなメインエントランスには観客や報道関係者、そしてカメラを持った記者らしき人達が大勢いて、その全員の視線がこちらに向けられていた。

(緊張するなぁ……。こんなことならメガネを外しておけばよかった……。)

 そうすれば視界がぼやけ、人の視線もあまり気にならなくなるというものだ。

 メインエントランスに集まった人々の中にはツルカの姿も見られた。ツルカはカメラマンのすぐ後ろにいて、笑顔をこちらに見せていた。

 他のメンバーはハンガーでの作業に忙しいらしい。インタビューが終われば、すぐに結城もハンガーで作業を手伝うつもりだった。

(これ、いつ終わるんだろ。)

 勝利者インタビューは映像でも見たことがあるのでどんなものであるかは知っていたが、ランナーとして体験するのはこれが初めてである。

 そんな事を考えていると、質問がテッドの口から飛び出てきた。

「ではまず軽い質問から行きましょう。……ユウキ選手はメガネを付けていますが、VFランナーなのに視力が悪いのでしょうか?」

 結城は先ほど考えていた事を話題にされ心底驚いた。しかし、それを表には出さずメガネの縁を指でなぞって心を落ち着ける。

「……はい、最近までゲームばかりやっていたので……。」

「そうでしたか、メガネもお似合いですよ。」

「ありがとう……ございます。」

 結城は照れ臭くなり眼鏡のつるを両手で触る。すると、いきなり多くのカメラからフラッシュを浴びせられた。心なしか、シャッターを切る音も多くなった気がする。

「このまま、同名のゲームプレイヤー『yuki』について聞きたいところですが、まずは今回の試合についてお話を伺いましょう。」

 テッドは一度咳払いすると言葉を続ける。

「今回の勝因は、ずばり何だったのでしょうか?」

「やっぱり……武器だと思います。」

「武器ですか。槍と盾でしたよね?」

「はい、そうです。」

 コメントが短いのが不服なのか、テッドは発言を促すように目の前でマイクを揺らす。

 しかし、こちらが何も言わないでいるとしぶしぶそれを引っ込めた。

 ……試合中、盾は大いに役立った。

 さすがに電磁レールガンの攻撃を防ぐことは出来なかったが、それでも銃弾の雨を防ぐことができたのは結城にとってはありがたい事だったのだ。

 敵からの攻撃を防ぐことができるというだけで、精神的にも余裕ができる。ゲームではダメージ度外視でプレイしていたため、盾というものはとても新鮮だった。

 勝因がそれだけでは寂しいので、結城は付け足して言う。

「……それと、私を支えてくれたチームメンバー、あと応援してくれたファンのおかげで勝てたと思っています。」

「そうでしょうそうでしょう。模範的な回答ありがとうございます。いささか定型すぎますが、気持ちはちゃんと伝わっていると思いますよ。」

 おちゃらけた口調でテッドは言い、それに反応した群衆から小さな笑いが起こった。

 テッドはすぐに次の話題に移る。

「……それにしても、E4の電磁レールガンは凄まじい破壊力でした。ユウキ選手は怖くはありませんでしたか?」

「怖い……ですか?」

「ええ、着弾の衝撃で大怪我をした選手もいましたし、ユウキ選手のような華奢な体だと下手をすれば……死んでいたかもしれません。」

「!!」

「おい、なんて事言ってんだ!!」

「そうだぞー、ほんとに死んだら冗談じゃ済まねーぞ!!」

 テッドの台詞の後、すぐにそれを非難するブーイングが巻き起こる。

  戦々恐々とした様子でテッドは言ったことを訂正する。

「おっと、冗談です。……そんな恐怖を物ともせず、勇敢に立ち向かったユウキ選手は素晴らしい。そう言いたかったのです。あしからず。」

(死ぬ……?)

 結城は改めて試合のことを思い返す、もし電磁レールガンの弾がコックピット部分に直撃していたらどうなっていたのだろう。基本、コックピットはランナーの安全を考え、頑丈に作られている。しかし、当たり所が悪ければコックピットがへこみ、それに押しつぶされる危険性もあるのだ。

 ……実際にそういった例は何件か報告されている。

 “もしかしたら……”と考え出すと、恐怖のせいで意に反して体が震え始めた。

 もし事故が発生した場合、正式な訓練を受けていない自分が死亡する確率は、他のランナーよりもかなり高いだろう。 

 これはゲームではない。現実なのだ。

 今になって、一月程前にメディカルルームでランベルトから言われた言葉が身にしみる。

 クライトマンとの試合の後は別に恐怖を感じることもなかった。しかし今は違う。確実に試合に対して恐怖という感情を抱いていた。

 それに気がつくと、途端に血の気が引くのが自分でもわかった。体の末端部分の体温が下がり、視界がぼやけ、ついでに立ちくらみもする。

 そんな異変に気づくこと無くテッドは質問を再開する。

「それでは、今ユウキ選手がもっとも注目しているVFランナーは誰でしょうか?」

 ぼんやりとした視界の中、結城は群衆の中にある人物の姿を見つけた。

 単なる見間違いか、それとも幻か。結城はその人物の名をマイクに向けて呟く。

「イクセルさん……。」

「これはこれは……有名なランナーですが、いい志です。今は無理ですが、いつかはユウキ選手がイクセルに勝つ日が来るかもしれません。」

「……いやぁ、困ったなぁ。」

 テッドのすぐ後で、イクセルののんびりとした声が聞こえてきた。

 その瞬間、イクセルの周りにいた群衆がイクセルから距離を取る。続いてカメラマンも後ろを向いてシャッターを連射し始めた。

「おーっと!! これはとんだサプライズです。イクセル選手、是非ともこちらへどうぞ。」

「わかったよ。……ちょっと失礼。」

 イクセルはそれを快諾すると、群衆をかき分け簡易ステージの上に登ってきた。

 ……結城がふとツルカに目をやると、ツルカは驚きと怒りが混じったような顔をイクセルに向けていた。

「みなさんご注目下さい!! 1STリーグ最強の男がユウキ選手を祝福に来てくれました!!」

 エントランスから大きな拍手が沸き起こる。

 イクセルは「まいったなぁ」と言いながら苦笑いし、エントランスに向けて小さく手を振る。

「いや、ここにいたのは偶然なんだ。何も言う事が思いつかないし、来てそうそうで悪いんだけどもう戻ってもいいかな?」

「いえいえ、せめて一言だけでも……。」

 イクセルにより、結城は完全に主役の座を奪われていた。

 結城は、悪くなった気分を治すためにも、一度ステージから降りようとした。しかし、途中で立っていられなくなり、スポンサー名の入った壁に手をついてしまう。

「ん……。」

 そのままずるずると壁にもたれかかりステージから去ろうとすると背後からイクセルの声がした。

 それは全員に向けられたものだった。

「悪いけどインタビューはこれで終わりにしてくれないかい?」

「イクセル選手、そう言われましてもこちらにも段取りが……。」

「……ちょっと彼女に用事があったんだ。みんなごめん。」

 イクセルはエントランスにいる人々に一方的に謝ると、こちらに接近してきた。そして介抱するようにこちらの腕を持ってステージを降りる。

「あ、あの……。」

「いいから、段差に気をつけて。」

 ステージから降りた結城はそのままスタッフ専用の通路へと誘導されていく。

「ちょっと、ユウキ選手まで……戻ってきてくださいよー!!」

 結城はぼーっとしていたが、テッドの呼び止める声だけははっきりと耳に届いていた。



 ……どのくらい歩いたのだろう。

 しばらく半ば引きずられるようにして移動していると、周りが急に静かになった。

 だれもいない廊下に入って気分が落ち着いたのか、結城の意識は次第にはっきりとしてくる。

(さっきのは何だったんだ。……急に気分が悪くなって……それで……)

 結城は順序よく自分の身に起こったことを思い出す。そして、脇の下に手を回されている状況をはっきりと確認すると、慌ててイクセルから距離をとった。

 イクセルはその場で立ち止まり、申し訳なさげに話す。

「気分が悪そうに見えたから……余計なお世話だったかな?」

「すみませんイクセルさん。……もう大丈夫です。」

 ステージで失態を晒す前に連れ出してくれたイクセルに結城は感謝した。

 その理由が「試合を思い出して怖くなった」とあってはVFランナーとしての面目が丸潰れになるところだ。

 こちらの考えが分かっているかのように、イクセルは囁く。

「……今になって怖くなったのかい?」

(何でもお見通しなんだな……。)

 取り繕うだけ無駄だと悟り、結城は洗いざらい正直に話すことにした。

「そうみたいです。……おかしいな、今までこんな事なかったのに。」

「それだけ君が成長したということさ。力に対して恐怖を感じることも、勝負においては大事なことだからね。」

 そんなものなのかな、とぼんやりと思う。

 一瞬でも怖く感じたのは事実だ。しかし試合前になればテンションが上がって恐怖なんて忘れるだろうと気楽に構えることにした。

(そう言えば……)

 結城はイクセルにある事を伝えねばならないことを思い出し、すぐにそれを実行する。

「この前はアドバイスありがとうございました。お陰でE4に勝てました。」

 イクセルは「何のことだろう」という表情を見せたが、すぐに思い出したらしく、こちらのお礼に応える。

「あぁ、あれは“機体のバランスを完璧にすれば、どんなに強力な攻撃でも対処できる”って言いたかったんだけど……。」

「そうだったんですか。」

 2人の間に気まずい空気が流れる。

「まぁ、勝ったのなら良かったじゃないか。……あそこまで力押しだと逆に清々しい。君らしくていいと思うよ。」

「そうですよね、勝てたんだからいいですよね。」

 お茶をにごすようにして会話を終わらせると、タイミングを見計らったかのようにツルカが出現する。

「イクセル!!」

 ツルカは通路を猛ダッシュしており、その目には殺気が宿っていた。

「勝手にユウキを連れていくなよ!!」

「おっと、ツルカだ……。逃げないと。」

 イクセルは何故かわくわくとしていた。どんな形であれ義理の妹とスキンシップを取れるのは嬉しいことなのだろう。

 どちらも不器用だなと思いつつ、結城はイクセルに頭をさげる。

「いろいろありがとうございました。」

「困ったときはお互い様さ。」

 イクセルが困ることなんてあるのだろうか。無いだろうなと思いつつ、結城は別れを告げる。

「じゃぁ私はハンガーに戻ります。あっちもいろいろ忙しいと思いますし……。」

「そうするといい。」

 イクセルはそう言って、ツルカから遠ざかるように逃げ始めた。

 すぐにツルカが結城の横を通り過ぎる。

「待て、イクセル!!」

「嫌だよ、だってまた殴るんだろう?」

「当たり前だ!!」

 ツルカは、ひょうひょうとした様子で逃げるイクセルを本気で追いかけているようだった。2人はそのまま猛スピードで通路を進み、曲がり角へと消えていく。

(2人とも楽しそうだなぁ……。)

 通路の向こう側から聞こえてくる何やら激しい打撃音の応酬を耳にしつつ、結城はアール・ブランのハンガーに向けて歩き始めた。


  3

 

 専用通路とあって全く人の気配はなく、道中も警備員とすれ違っただけで、後は人の影を見ることもなかった。

 結城は数分ほどでスタジアムの中でいちばん外側に位置するエリアに到着した。そこには各チーム専用のハンガーが設置されており、試合後の今はVF目当てのファンが大勢押しかけていることだろう。

 スタッフ専用のハンガーへの裏口はどこにあるのか、案内板をしげしげ見ていると、遠くで小さな破裂音が聞こえた。その音は銃声に似ていたが、VFBで使われているものよりも音が高く、また軽いように感じられた。

 どこかのチームがパフォーマンスでもしているのだろうと考え、深く考えずに通路を進む。

 しばらくすると大きな足音が通路に反響し始める。走っているのか、テンポはとても早かった。

 足音はどんどん近くなり、やがて人が通路の角から出現した。それはガタイのいい男性だった。

 何を急いでいるのだろうかと疑問に感じたが、取り敢えず道の妨げにならぬよう、結城は通路の壁にピタリとくっつく。

 しかし、男はこちらを見ると接近し、何も言わずに腕を掴んだ。

 いきなりの出来事に驚き、結城は思わず悲鳴をあげる。

「きゃっ!?」

 手を振りほどこうとしたが男性の力には敵わない。

 男はこちらの背後に回りこみ、必死の抵抗も虚しく結城は羽交い締めにされてしまった。

「おとなしくしろ!!」

 男は叫び、何か硬いものをこちらの側頭部に押し付ける。それが拳銃だということに気付くまでさほど時間はかからなかった。

 結城は撃たれたくはなかったので、男の言うとおりおとなしくすることにした。

「ちょっと、何してるの。」

 いきなり女性の声がして、結城はそちらに顔を向ける。そこにはミリアストラの姿があった。

 何故かインナー姿で、体には大きなタオルが巻かれていた。

「来るなァ!! こいつを撃つぞォ!!」

 男はミリアストラを見て過剰な反応を見せた。……どうやら自分は俗にいう人質にされたらしい。

 ミリアストラは男と十分な距離を取り、ゆっくりと語りかける。

「撃ってどうするのよ。」

「全部お前が悪いんだ、ただ俺は脅すつもりだったんだ……撃とうだなんて……。」

 男はガタガタと震えており、自分のやっていることが犯罪であると自覚しているように思えた。結城は腕を掴まれたときは焦ったものの、男の気弱な態度を感じ、頭を撃たれる心配はないだろうなと楽観していた。

 ミリアストラもそれを解ってか、ずんずんこちらに歩いて来る。

「そんな事したって罪が重くなるだけよ。さっさと銃を捨てなさい。」

「ダメだダメだ。もう俺はダメだ……。人を殺しちまったんだ。もう終わりだァ!!」

「肩を撃ったくらいで人が死ぬわけないでしょ。」

 一定距離近づくと、ミリアストラはこちらの顔を見てキョトンとした表情を見せる。

「……あれ? カノジョじゃない。なんでランナースーツなんか着てるの?」

(そういえば、自分が対戦相手だって伝えてなかったな……。というか、対戦相手のことくらい調べろよ……。)

 調べるに値しないほど弱いチームだと思われていたのだろうか。

 ……今はそんな事は問題ではなかった。

「近付くんじゃねェ!!」

 男は銃を振り回してミリアストラの接近を防ごうとする。しかし、ミリアストラが歩みを止める気配はない。むしろ速度が上がっているようだ。

「カノジョ、今助けるからじっとしてて……」

「どうかされましたか? ……!!」

 ここで、ようやく騒ぎを聞きつけた警備員が登場した。警備員は男が拳銃を持っていることが判ると、ホルスターから拳銃を取り出す。そして男に向けて構えた。

 男はそれに反応して、今度は警備員に銃を向ける。

「来るな!! 銃を捨てろォォ!!」

 男に銃を向けられ、警備員は警告もなしにいきなり発砲する。

 弾は男の持っていた拳銃に命中したらしく、男の手から拳銃が弾き飛ばされた。

「ちょ、危ないじゃないか!!」

 外れていたり跳弾していたらどうするんだ、と憤慨していると、何処からともなくイクセルの声が聞こえてきた。

「しゃがめ!!」

 結城は条件反射で頭を抱えて素早くしゃがんだ。

 それと同時に男が自分の背後から消え去るのを感じた。男は通路の床に倒れ、それを確認すると結城は立ち上がった。

「イクセルさん!!」

「ふぅ、これでもう安心だ。……怪我はない?」

「はい、大丈夫です。」

 警備員と同じく、イクセルも騒ぎを聞きつけたに違いない。ここまで心配されて結城は申し訳ない気持ちになる。

 男はイクセルのストレートパンチをもろに受けたらしく、ミリアストラの足元で完全に伸びていた。口からは血が流れており、周辺には殴った際に取れた歯が4,5本散乱していた。

 さらに遅れて数名の警備員が現場に現れる。

「イクセルが取り押さえたぞ!!」

「すげぇ、イクセルの生パンチだ……。」

「あんなキレの良いパンチ見たことないッス!!」

 すぐにイクセルは警備員達に囲まれ、賞賛を浴びていた。結城はそれらの警備員達に押し出されてしまう。

 仮にも被害者なんだからもっと丁重に扱って欲しいものだ。

「ねぇカノジョ、大丈夫だった?」

 ミリアストラに話しかけられ、結城は視線をイクセルから剥がし、ミリアストラに向ける。

「はい、大丈夫……ってミリアストラさん!! 前、前!!」

「ん? ……あぁ、これは着替えの途中だったから……。」

 いつの間にかミリアストラのタオルははだけており、インナーが丸見えになっていた。結城はすぐにミリアストラの前面を自分の体で覆い他人の視線からミリアストラをガードする。そして、タオルをしっかりと巻き直した。

「前が、その……見えてました。」

 結城は顔を逸らしながら恥ずかしげに報告した。同性とは言え、他人の下着を見るのは少し気恥ずかしい。

 対するミリアストラは全く気にしてないようで、

「インナーくらい見せてもいいじゃない。減るものじゃないし。」

 と言うと、いたずらっぽい笑みをみせた。

「結城!!」

 いきなり諒一の声がして、結城は声のした方向に顔を向ける。

 イクセルに殴られた男は担架に乗せられており、警備員がそれを運んでいた。殴った本人であるイクセルもそれに同伴していた。

 諒一はそれらとすれ違うようにしてこちらに近づいてくる。

「よかった。警察が来たから何かに巻き込まれたのかと……」

「平気、怪我はしてない。……事件には巻き込まれたけどね。」

 諒一はひと安心したようで、目を閉じて長い溜息を付いた。

「ユウキ? ……タカノユウキ?」

 諒一のセリフを聞いていたミリアストラは、こちらの名前を反芻しながら顎に手を当てていた。

 結城はミリアストラに面目なさそうに言う。

「あの時は言いそびれてごめんなさい。今日あなたと戦ってたの、私だったんです。」

「そうだったのね……ふぅん……。」

 それを聞いたミリアストラはまじまじとこちらを観察する。

 他人にじっくりと見られ、照れ臭くなり始めるとミリアストラが再び口を開いた。

「……それで、こっちのカレシとは上手くいってるの?」

「お陰で仲直りできました。」

「あぁあ、仲直りの手助けなんてしなければよかった……。」

 続けて悔しそうな顔をこちらに向ける。

「次は膝じゃなくて、始めから頭を狙うからね。」

 そう言われ、結城は試合開始直後に頭部を破壊されていた可能性があったことに気付き、総毛立った。

 その場で立ちすくんでいると、いきなりミリアストラにデコピンされる。

「アタシは撃たれたスタッフの様子を見てくる。……巻き込んで悪かったわね。」

 おでこをさすりながら結城は質問する。

「誰か撃たれたんですか?」

「ウチのスタッフよ。大丈夫、命に別状はないわ。」

「そういうことでしたら、一応そちらにも医療スタッフを向かわせます。」

 会話に割り込んできたのは、男の拳銃を撃ち落とした警備員だった。

「お願いするわ。……じゃあね。」

 ミリアストラはタオルをたなびかせながら、その場から走り去っていった。

 警備員は無線でどこかと連絡を取ると、こちらにも話しかけてきた。

「結城く……ユウキ選手も、一応怪我がないか診断しますのでメディカルルームまでお願いします。」

「いや、大丈夫。少し強く掴まれた程度だし。」

 結城は遠慮していたが、諒一は警備員の意見に賛成する。

「いや、調べておいたほうがいい。」

「そうか?」

「そうだ。それに今ハンガーに行ってもファンやらマスコミやらにもみくちゃにされるだけだ。」

 確かに、それよりはメディカルルームでのんびりしていたほうが楽に違いない。

 結城が思い悩んでいると、警備員がメディカルルームに行くのを前提に話をすすめる。

「スタッフの方に付いて来てくれるとありがたいのですが……。ランナースーツを脱ぐ必要がありますし、なるべく女性の方がいいと思います。」

「そうですか、でも問題ないです。」

「問題大ありだ。」

 すかさず諒一にツッコミを入れ、再び諒一が何かを言い出す前に結論を出す。

「メディカルルームにはちゃんと行くから、諒一は私が無事だってみんなに伝えてよ。」

「わかった。着替えは……」

「医療スタッフの人に手伝ってもらうから平気。」

「それならいい。後でそっちに向かうから、それまでゆっくりしていてくれ。」

「うん。」

 こちらの返事を聞くと、諒一はハンガーに向かっていった。

「それではメディカルルームまで案内します。」

「はい。」

 結城は警備員と共にメディカルルームへと向かう。

 その時に改めて警備員を見たが、帽子を深くかぶっており、またバイザーが邪魔して顔を見ることが出来なかった。年齢は若く見えたが新人という雰囲気はなく、制服の着こなし具合から、数年はここで働いているように思えた。

 道すがら、警備員はこちらに話しかけてくる。

「それにしてもVFランナーはすごいですね。あんな男を一撃で伸してしまうのですから。」

「イクセルさんは特別だからなぁ……。」

 それに、VFランナーでなくとも、格闘技をやっている人間ならば誰でもできるだろう。

 それよりも、拳銃を一撃で撃ち落とした警備員の方がすごいのではないかと結城は思っていた。

 結城は警備員にそのことを伝える。

「警備員さんもすごいじゃないか、銃を撃ち落とすなんて映画でしか見たことないぞ。」

「案外簡単ですよ。僕に限らず一般人にとってはVFを操作することのほうが拳銃を扱うよりも難しいです。」

「そんな謙遜しなくてもいいのに。」

 ……そんな事を話していると、すぐにメディカルルームに到着した。

 そのまま中に入ろうとすると、ちょうどよくイクセルがルーム内から通路へと出てきた。

「ぐ、ゲホッ……。はぁ……はぁ……。」

 イクセルは背中を丸め、激しく咳き込んでいた。結城は警備員の元を離れイクセルに近付く。

「イクセルさん、怪我でもしたんですか!?」

 こちらに気付いたイクセルは「なんでもない」といった風に手を振ると、安心させるような笑顔を作る。

「……いつもより多めにツルカに殴られてしまっただけさ。なまじ僕が強いから、ツルカは手加減してくれないのさ……。」

「あとでツルカに注意しておきます。」

「はは……僕なんかが言うよりもずっと効果がありそうだ。……っと。」

 イクセルは背筋を伸ばして通路の様子を確認する。

「ツルカに見つからないうちにここから出ることにするよ。」

 その場を足早に去ろうとするイクセルに向けて、結城は本日二度目のお礼を言う。

「あの、さっきは助けてくれてありがとうございました。」

「いや、あの時既に武器を持っていなかったから、犯人にはひどいことをしたかもしれないな。……そんなことより、メディカルルームに用事があるんじゃないかい?」

「そうだった……」

 こちらがメディカルルームの扉を眺めていると、どうすればいいかを警備員が説明する。

「中に入ったら医療スタッフの指示に従ってください。事前に連絡を入れているので特に問題はないと思います。」

「エスコートありがとう。」

「いえいえ。試合、応援していますよ。」

 結城はイクセルと警備員に深くお辞儀をして、メディカルルームへと入っていった。



 メディカルルームへと続く両開きのドアが閉じると、いままでにこやかだったイクセルの笑顔に陰りが出始める。そしてその視線は警備員に向けられていた。

「……七宮、いつ戻ったんだ。」

 警備員は観念したように帽子とバイザーを外す。すると、抑えつけられていたウェーブのかかった黒い髪が溢れ出た。

「やっぱり気付いていたんだね。……久し振り。」

 どうやら七宮は警備員に化けていたらしい。民間警備会社の警備員が拳銃を携帯していいはずもなく、よく考えれば容易に分かることだった。

「7年ぶりか。……全然変わらないな、七宮。」

「君はずいぶん変わったね。結婚して、義理の妹まで出来て、みんなにちやほやされるのも悪く無いだろう?」

「そんな事はどうでもいい。さっきの射撃、もしあの子に当たっていたら……」

「僕の腕を知らない訳でもないだろう。あんな距離じゃ外したくても外せないよ。」

 七宮は得意げに銃を取り出し、西部劇のガンマンよろしく拳銃をくるくると回転させる。

 イクセルはそれを強引に奪い弾倉を確認する。しかし弾倉はまるでおもちゃのように軽く、それからはオイルの匂いがした。

「本物はもう処分済みだよ。」

 七宮は銃を奪い返し、トリガーを引く。すると銃口から青い炎が出てきた。

「……。」

 どうやらただのライターらしい。

 イクセルが呆れた目で七宮を見ていると、七宮が腕を組んで話し始める。

「それにしても意外だよ。インタビューでのハプニングを見るかぎり、君も結城君に興味があるみたいじゃないか。」

「ああ、あの子は強い。数年のうちに1STリーグに辿りつくと思うよ。」

「期待の新人ねぇ……。君もそう言うのなら、僕の目に間違いはなかったってことでいいのかな……。」

「七宮もあの子……タカノユウキが気になってここに来たのかい?」

 イクセルの質問に七宮は何か迷っているような表情をしていたが、意を決したのか、ぼつぼつと語り始める。 

「僕は結城君を使って復讐するつもりだよ。……僕らを陥れた、1STリーグのチームにね。」

「“陥れた”? ……どういうことだい?」

 イクセルは話を詳しく聞こうと七宮に切迫した。しかし、次の言葉を発する前に凶暴な義妹によって遮られてしまう。

「あー!! こんなところにいた!!」

「げ、ツルカ……。」

 ツルカはイクセルの姿を見つけると、拳を固くして急接近してくる。殴られる前に、つい先程大変な事件があったことを説明する必要があるように思われた。

「来シーズン、楽しみにしておくといい。」

 七宮は帽子とバイザーをかぶり直すとその場から逃げ去っていく。

「待ってくれ七宮!!」

 イクセルはすぐに追いかけようとしたが、ツルカのせいであっさりと七宮を見失ってしまった。

 ……ツルカを説得した後、イクセルはスタジアム内を探したが、見つかったのはゴミ箱に捨てられた警備員の制服だけだった。


  4


 次の日、女子学生寮の自室にて、結城は大量の手紙の山と対峙していた。

「昨日の今日でファンレターがこんなに……。」

 試合に勝ち、素顔を見せ、さらに事件に巻き込まれたこともあり、結城はVFファンの間でちょっとした騒ぎになっていた。

 カーペットの上に置かれた手紙はざっと見ても100通はあるように見える。

 話によれば、アール・ブランにメールやら手紙が大量に来て、ランベルトがそれをそっくりそのままこちらに送りつけたらしい。

 結城は早速その中の一つを手に取り、ハサミで封を切る。すると中から可愛らしい文字で書かれた便箋が数枚出てきた。

 それにざっと目を通すと結城は音読する。

「『……初めまして、タカノユウキ様。先日の試合に感動しファンになりました。男性に混じって活躍するその姿を見て、私も仕事を頑張ろうと思いました……』。案外まともなんだな……。」

 結城は長ったらしい文章を飛ばして最後の部分を読む。

「……『ところで、ユウキ様はVFシミュレーションゲームの高位ランカーだと聞きました。是非ともお手合わせしてみたいです。私の愛用VFは『ローハイト』で、ランナーネームは……』ってこれ、挑戦状じゃないか……。」

 結城は手紙を床に放り投げ、カーペットの上に仰向けに倒れる。

 すると、視界にツルカの姿が入ってきた。ツルカはサイズの大きい部屋着を着ており、髪はこちらの真似をしているのか、後ろでまとめてポニーテールにしていた。

「いちいち読んでたらきりがないぞ。……リオネルには毎週5000通くらいが届けられてるらしいし。スタッフに選別してもらったほうがいいんじゃないか?」

「ランナーも大変だな。……キルヒアイゼンにはどのくらい来てるんだ?」

「数は同じくらいだと思う。でもメールの量が半端ないからなぁ……。」 

 ツルカにそう言われ、自分がまだメールチェックをしていないことに気付く。誹謗中傷のメールが来ても平気なのだが、なるべくなら見たくはない。

「メールかぁ……面倒だなぁ。」

 そうぼやくと、ツルカが隣に座り、こちらの顔を覗いてくる。

「そう言ってる割に嬉しそうだな。」

 そんなににやけていたのだろうか、結城は表情を隠すように身を起こすと、手紙の山からもう一通ファンレターを取り出した。そしてそれをぺちぺちと叩きながら文句をいう。

「いや、いい迷惑だ。大体、アール・ブランにはスポンサーほとんど付いてないんだし、人気なんて関係ないって。」

 さきほどの一通に至ってはファンレターですら無い。

 文句を垂れる結城に対して、ツルカは話しかける。

「でも、人気はあるに越したことはないだろ。」

「……。」

 ツルカの言葉を受け、結城は手に持った手紙を見つめながら考える。

 ……一体この中にどれだけの挑戦状紛いの手紙が潜んでいるのだろう。

 このままシュレッダーに掛けてやろうかとも考えていると、つけっぱなしにしていたテレビから興味深いニュースが流れ始めた。

 ニュースではスタジアムの発砲事件についての情報が表示されていた。

「犯人、E4のランナーだったのか。」

 画面には頬が腫れ上がった男の姿が写っていた。

 あれが実力のないランナーの末路かと思うと、結城は少しだけ不安になった。

 やがて、中継映像に移り変わり、いきなり画面にミリアストラの姿が映し出された。

 結城は手紙の山を乗り越えて、よく見えるように画面の近くまで移動する。

「……今回、『E4』のVFランナーであるミリアストラ選手に話を聴くことができました。……よろしくおねがいします。」

「よろしくね。」

 あまり乗り気ではないのか、ミリアストラはカメラに目線を合わせず、別の場所を眺めていた。

「今回の発砲事件、ミリアストラ選手はどのようにお考えですか?」

 しかし、質問を受けると真面目に答え始める。

「最近来たアタシが言うのもなんだけど、ランナーに対する扱いの酷さが今回の事件につながったんだと思う。」

 間を置いて、ミリアストラは話を続ける。

「一度でも負ければ即補欠行き。これでストレスを感じないランナーはいないと思うわ。」

「そうでしたか……昨日の試合ではアール・ブランに敗れましたが、先ほどの話からすると、ミリアストラ選手も補欠行きということになるのでしょうか。」

「それは……」

 言いかけようとしたとき、ミリアストラの視線が大きく横にそれる。そして何かを読んでいるように見えた。カンペか何かだろうか。

「……あー、ごめんね。これ以上はノーコメントだってさ。」

 ミリアストラはそう言ってその場から立ち去ろうとした。しかし、レポーターが引き止め、早口で質問を繰り出す。

「それでは最後に……犯人に襲われたユウキ選手は今どのような状態なのでしょうか?」

「さぁ、カレシと仲よさそうに話してたし、元気だと思うわ。」

「カレシ……恋人のことでしょうか?」

「あ、これって喋ってもよかったのかな……。」

「い、以上、ミリアストラ選手でした。」

 不自然に映像が途切れ、すぐにCMが流れ始めた。

「……。」

「よかったなユウキ。これでファンの数がぐっと減るぞ。」

「そうだな。」

 特に男性ファンの数は激減するだろう。オルネラもイクセルとの交際が発覚した際、一気に人気が落ちたと聞いたことがある。

 若い女子学生ランナーとして売り出している自分の人気が下がるのは、火を見るよりも明らかだった。これからは実力のみでファンを獲得できるように頑張ればいい、と前向きに考えようにも、やはりファンが減るという事実は結城にとって辛いものだった。

 結城が落ち込んでいると、玄関のドアが開く音がして諒一がリビングに現れた。

 諒一はこちらの姿を見るやいなや、心配そうな声をかけてくる。

「どうした結城、元気が無いな。」

「別になんでもない。」

「リョーイチのせいでユウキは悲しんでるんだぞ。」

 ツルカの言葉はあながち間違いではない。

 なぜならミリアストラに自分たちの関係がバレるきっかけになったのは、諒一とのケンカだったからだ。

 ツルカの言葉を聞いて、諒一はこちらの元に近づき謝罪してくる。

「また何か気に触ることでもしたか? すまない……。」

「別に何でもないって言ってるだろ。」

 結城は諒一を突き放す。

 その時、諒一のポケットから何かカードらしきものがこぼれ落ちた。

 結城はすぐにそれを拾い上げる。

「あれ? なにこれ。」

 そのカードには自分の名前が印字されており、アール・ブランのロゴもプリントされていた。

 結城の疑問に対し諒一がすぐに答える。

「会員証だ。……ファンクラブの。」

「ファンクラブって……もしかして私の!?」

 そう言えば、自分のファンクラブでありながら、その会員証を見たことが一度もなかったことに思い至る。

 カードはペラペラなものではなくしっかりとしたもので、簡単に曲げられそうになかった。投げればよく飛ぶに違いない。

 諒一はこちらの手からカードを取ると、恥ずかしげに言う。

「ついさっき加入した。一応メンバーだから加入しておいた方がいいと思ったんだ。」

「へぇ、そうなんだ……。」

 諒一の珍しい反応に、こちらも恥ずかしくなる。なにより、自分に何も言わずにファンクラブに入る辺りが結城の乙女心をくすぐった。

 2人でしばらく黙ってカードを見ていると、ツルカがちゃちゃを入れてくる。

「ユウキはこんなの無くてもいつでもリョーイチにファンサービスできるのにな。」

「ツルカ!!」

 結城はツルカを追いかけ、背後から捕まえた。

 捕らえられたツルカは頬を膨らませて不平を言う。

「ボクも会員なんだぞ、丁重に扱えよ。」

「結城、顔が赤いぞ。」

「諒一は黙ってて。」

「ホントだ、耳まで真っ赤だー。」

「なっ!?」

 諒一に気を取られた隙に、ツルカはこちらの拘束を振りほどいて寝室へと逃げる。

「ツルカ、年上をからかうな!!」

 逃げるツルカを追いかけながら結城は考える。

 諒一は自分を恋人として見ているのだろうか。

 自分は諒一を恋人として認識しているのだろうか。

 もしそうならば、これから自分は何をどうすればいいのか。

 諒一は自分に何を期待しているのだろうか……。

 ……ツルカに誂われる度、結城は諒一についてのことを自問自答させられていた。


 

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 VFランナーとして結城は成長できたように思います。

 七宮とイクセルの関係や、結城と諒一の関係が気になります。

 次からはどんどん展開が早くなっていくと思います。

 今後とも宜しくお願いいたします。


※VFをイメージしやすいように、頑張って挿絵を追加してみました。

 画像投稿サイト「みてみん」を利用させてもらっています。

http://3157.mitemin.net/

これでまとめて見ることが出来ると思います。

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