表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
秒速5キロメートル
12/51

【秒速5キロメートル】第四章

 前の話のあらすじ

 ランベルトの計らいによりリゾート施設を訪れた結城達は、思う存分とまではいかないが、十分にリゾートを楽しむことができた。

 鹿住は自分がダークガルムの件に関わっているということを諒一に感づかれそうになったが、七宮のお陰で難を逃れることができた。

 一方、結城はリオネルと偶然出会い、こちらもダークガルムの件で問い詰められる。だが結城は必死でごまかし、事なきを得た。

第四章


  1


 試合前日の早朝、……結城は2NDリーグフロートユニットの外周部をランニングしていた。

 早朝とあって、道に人の気配はない。

 地面では、朝日が結城の背後に長い影を作っていた。道は緩やかなカーブを描いているため、進むとその影が自身の周りをぐるりと回り、結城はその変化を楽しんでいた。

 現在、結城は上下に赤色のジャージを着て走っている。後ろで括ったポニーテールは体の動きにあわせて規則的に揺れていた。

(あと半周……。)

 外周部の円周は距離にして約10キロメートル。いつもの3倍以上の距離を走らなければならず、体力的には疲れていたが、ダラダラと走るつもりはなかった。

 ……諒一に指示されて始めたランニングも、今ではだいぶ慣れてきた。

 始めた当初は、長く続かないと思っていたのだが、これが試合のためになると意識すると、不思議と辛くない。それどころか、今では走るだけで充実感が味わえるほどになっている。

 体力もつくし、朝食も美味しく食べられるので、結城はかなり得した気分になっていた。

 結城は走りながら朝日に照らされた海を見る。

(……たまにはこういう場所を走るのも悪くないな。)

 普段は女子学生寮の周辺を走っているので、このような開放感のある広い空間で走るのは気分がいい。早朝とあって風も涼しく、残りの半周を結城は快適にランニングした。

 なぜ女子寮周辺でなく2NDリーグフロートユニットを走っているのかというと、それは、試合が近いためアール・ブランのビル内に泊まっていたからだった。

 一周を終えて、結城は出発地点であるアール・ブランのビルの正面に到着する。

 ちょうどそこで、結城は出勤前の老人の作業員と鉢合わせした。

 ……彼は、リュリュの破壊工作によって起きた火災を止め、そしてリュリュ本人を捕まえた人物だ。彼がいなければ、ラボは火災によって大変なことになっていただろう。

 彼はとても無口で、結城は彼と話したこともなければ、名前すら知らなかった。

 これはいいチャンスだと思い、試しに結城は快い声で老人の作業員に向けて挨拶する。

「おはようございます。」

「……。」

 老人の作業員は返事をせず、こちらを一瞥してそのままビルの中に入っていった。

 結城はその態度に、思っていることを口に出してしまう。

「無愛想だなぁ……。」

「……。」

 それが聞こえたのか、老人の作業員はUターンしてこちらに向かって歩いてきた。

 そして、かばんから何かを取り出して、何も言わずに差し出す。

 ……それはチョコバーだった。

 結城は差し出されたそれを両手で受け取る。

「あの、これは……。」

 老人の作業員は再び結城を無視して、ビルの中に消えていった。

(なんでアール・ブランには普通の人間がいないんだろう……。)

 その中に自分が含まれていることを、結城は自覚していなかった。

 ……結城はチョコバーをかじりながらラボに向かう。中には細かく刻まれたアーモンドが入っており、かなりカロリーがあるようようだった。しかし、チョコの甘さとアーモンドの食感に負けてしまい、結城はそれをぺろりと食べてしまった。

 ドアを開けてラボに入ると、ランベルト、鹿住、諒一の3名が作業台に座っていた。3人ともが顎に手を当て、眉間にしわを寄せ、考え事をしているようだった。また、座っているというのにフラフラとしていた。よほど考えすぎで疲れているのか、もしくは低血圧なのだろう。

 結城も作業台に座り、その輪に加わる。

 作業台の上にはアイデアスケッチや何やら複雑な数式の書かれた紙が散乱していた。

 それを作業台の端に寄せて、結城は3人に話しかける。

「どう? 何かいい作戦思い浮かんだ?」

「聞かなくても見ればわかるだろ。」

 試合前日になっても、アール・ブランは確実な攻略法を見いだせずにいた。

 しかし、それは無理もない話だ。なぜならば、今までこのチームは試合に関することを全てランナーに任せきっていたからだ。

 クライトマンとの試合の時も、ランベルトや諒一はVFの整備に忙しかったため、作戦は結城だけで何とかしたのだ。ランベルトにとって『作戦を練る』というのは未知の領域に違いない。

 とりあえず、基本的なことを確認するため、結城は軽い口調で喋る。

「この前は『先制攻撃でOK』って言ってたよな。それでいいんじゃないか?」

「あのなぁ嬢ちゃん、いくらなんでもそれだけじゃ駄目だろ。漠然としすぎだ。」

 ランベルトは苛々とした声で言った。それに同調するように諒一も口を開ける。

「確かに、それだけでは『作戦』とはよべない。」

「じゃあ、諒一が考えてる、その『作戦』ってのを教えろよ。」

「それは……。」

 結城が反論すると、諒一は口を閉ざしてしまった。代わりに鹿住がそれに答える。

「先制攻撃と言っても、相手にある程度のダメージを与えないと意味がありません。……結城君もそれはわかりますよね?」

「うん。そうじゃないと、すぐに反撃されるから……。」

 いわいる『後出しジャンケン』状態だ。

 こちらが先制攻撃のリスクを理解していることを示すと、鹿住は再び話し始める。

「先制攻撃の方法としては、飛び道具である銃を使うのが有効です。」

「そうか、それだと相手からのカウンター攻撃を心配しなくて済むな……。」

 ランベルトは鹿住の言葉を聞くと作業台の椅子から立ち上がる。

「よし、早速VF用の銃器を注文……」

「いまさら取り寄せても無駄です。せいぜいヴァルジウスの装甲にひっかき傷を付けるのが関の山です。」

「……はぁ、そうですかそうですか。」

 すぐに鹿住に否定され、ランベルトはしぶしぶ椅子に座った。

 ……銃という武器はとても優れた武器である。なぜならば、遠くにいる敵をいとも簡単に殺すことが出来るからだ。

 ただの殺し合いならば、銃を使わない手はない。しかし、VFBは飽くまで試合であり、闘うことで観客を楽しませるエンターテイメントだ。それを踏まえて考えると、『銃』という武器はVFBに相応しくない武器であると言える。

 諒一は鹿住の言った事に補足する。

「爆発物を使った兵装はかなり制限されていますから、1STリーグでもない限り決定打にはならないんです。ボクシングで言うジャブ……いや、それ以下だと考えていいと思います。」

「学生に教えられてどうするんですか。」

「悪かったな。」

 不貞腐れるランベルトを尻目に、結城は話題を再び『先制攻撃』に戻す。

「……となると、やっぱり直接攻撃を加えるしかないのか。」

「問題は、いかに少ないエネルギーで相手に近づき、かつ効率的にダメージを与えるか。これに尽きますね。」

「こういうのは経験者に聞いたほうがいい。」

 ランベルトはその経験者を探し、頭をぐるりと回して周囲を見渡す。

「で、ツルカは……?」 

「……いませんね。いつも結城君と一緒にいるイメージが強いのですが、結城君は何か知りませんか?」

 結城は知っている事を包み隠さず話す。

「“お姉ちゃんと遊ぶ”って、昨日からオルネラさんと一緒にリゾート施設に出かけてるぞ。……ほら、これがそのメール。」

 この間の海水浴で、過去の懐かしい記憶に感化されたらしい。ツルカは久し振りにオルネラと楽しいひとときを過ごしているようだった。

 ランベルトは、こちらの携帯端末に表示された楽しそうな文面を見て溜息をつく。

「肝心なときに居ないな。……あいつはメンバーとしての自覚があるのか?」

「そもそもツルカはここのメンバーじゃないだろ。」

 我ながら的確なツッコミだなと思っていると、不意に諒一が話しかけてきた。

「結城、シミュレーションゲームではどうなんだ?」 

「え?」

 いきなりゲームのことを聞かれポカンとしたが、それが『ゲームの場合だと先制攻撃はあり得るのかどうか』という質問だったと理解すると、結城は鼻で笑って答える。

「何を言い出すかと思えば……ゲームなんて参考にならないだろ。」

「そういえば、嬢ちゃんはゲームで操作を覚えた、とか言ってたな。言うだけ言ってみろよ。」

「私も興味があります。参考にはならなくても、何か役に立つこともあると思います。」

 全員に言われ、結城は仕方なく話すことにする。

「うーん……。ゲームでは準備ができるまでお互い動かなかったな。暗黙の了解だと言われたら、確かにそうだったかもしれない。」

 最近ゲームをやってないので、微妙に記憶が怪しい。

 結城は顔を少し上に向け、視線を泳がせながら、記憶の糸をたどる。

「不十分な状態で動いてもろくな事にならないし、お互いそれを解ってたから。……そういえば、『先に動いたら負ける』みたいな古臭いジンクスが一時期流行した記憶も……懐かしいなぁ。」

 ゲームの試合でそのジンクスに従い、5分ほど相手とにらめっこをしたことがあった事を思い出し、思わず頬がゆるむ。

 今そんな事をすれば、容赦なくボコボコにされてしまうだけだろう。

(あの頃は楽しかったなぁ……。)

 昔を懐かしんでいると、鹿住がモニターにあるデータを映しだした。それは、過去の試合の物で、その開始直後のデータだった。

 リーグのランクが下がるほど、開始からVF同士が接触するまでの時間が短かった。

「実際の試合でも開始直後に動くケースは殆ど無かったように思います。なので、ジェネレーターが安定するまであっちも動かないでしょう。」

 結城は鹿住に賛同し、自分の考えを全員に伝える。

「それに、今までの試合の映像から考て、ヴァルジウスは開始後すぐに後ろに下がる。……準備ができた時点ですぐにダッシュすれば、電磁レールガンを撃たれる前に倒せるだろ。」

「先手必勝……結局そうなりますか。」

 ランベルトは懐からタバコを取り出し口に咥える。

「俺達は下手に口出ししないほうがいいかもな。」

「そうですね。我々は敵の情報を調べるだけで、後はランナーに任せるのがいいでしょう。」

 鹿住も短くため息を付き、肩を上下に動かしてコリをほぐしていた。

 そして、自分の肩をぽんぽんと叩きながら、鹿住はランベルトを睨む。

「……せめてアドバイザーでもいれば、私がこんなことをして無駄に疲労したり、時間を浪費しないで済むんですけど……。」

 鹿住に睨まれ、ランベルトのライターを持つ手が震えていた。

 追い打ちをかけるようにして、諒一もランベルトに話しかける。

「引退したランナーをアドバイザーやコーチとして起用するのは珍しくないです。試しに雇ってみればいいのでは?」

「考えてみるか。……明日の試合が終わったら、な。」

 取り敢えず話が終わると、ランベルトはトボトボとした足取りでラボの出口に向かう。

「さて、これでようやく眠れる。」

 それを聞いて、結城はある事実に気づいてしまう。

「もしかして、全員徹夜したのか!?」

 3人に確認するように言うと、3人ともが首を縦に振った。

 思えば、心なしか鹿住も諒一も動作がだるそうに見える。寝起きだからと思っていたが、まさか徹夜していたとは思ってもいなかった。

 また、徹夜してもあんな作戦しか思い浮かばなかったという事実にも少なからず驚いていた。

 ランベルトとは違い、鹿住はアカネスミレが置いてあるラボの奥へと歩いていく。

「……寝ている暇なんてありません。諒一君、結城君、……最終調整を手伝ってください。」

「もちろんです。完璧に仕上げましょう。」

 諒一も鹿住に続いてラボの奥へと歩いていこうとする。

「いやいや、仮眠でもいいから少し休んだほうがいいって。」

 結城はフラフラとしている諒一の腕を掴み、引き止めた。だが諒一の力は強く、結城は諒一に引きずられてしまう。

「徹夜の一つや二つ、なんて事はない。」

「今日も徹夜する気か!?」

 諒一の無駄な根性には感動すら覚える。頭が働いておらず、まともな判断ができなくなっているに違いない。

「早く結城君も来てください。ランナーがいないと細かい調整ができませんから。」

 鹿住は既に大きな機材の前でスタンバイしており、手にはテスト用のランナースーツが握られていた。

「……わかりました。」

 何を言っても無駄だと思い、結城は2人のエンジニアに素直に従うことにした。

 ふと入口を見てみると、ランベルトは壁にもたれかかり、いびきを掻いて寝ていた。


  2


 午後4時。鹿住はアカネスミレの調整が終了すると同時に仮眠室へ向かっていった。「一度休憩します。」と言っていたが、多分明日の朝まで起きることはないだろう。

 諒一も「目を覚ましてくる。」と言ってラボを出ていった。しかし後を追うと、自販機の並ぶ休憩コーナーのベンチで、手に缶ジュースを持ったまま寝ていた。

 そのジュースを奪い、結城はラボで一人アカネスミレを見ながらくつろいでいた。

(いよいよ明日か。……緊張するな。)

 体育座りをしていたが、膝を抱える左腕が微かに震えるのが自分でも判る。

 結城はなぜか、クライトマンとの試合の時よりも緊張していた。前よりも準備が完璧に整っているからなのかもしれない。また、勝たなくてはならないという気負いもある。

(あれだけ援助してくれてるんだから、その期待には答えないと駄目だよな……。)

 ゲームでは気軽に試合をしていたが、現実の試合はリスクが高いため、否が応でも自然と力が入ってしまう。

 しかし、程よい緊張は良い結果を生むと聞いたこともあるし、変に緊張を解すこともない。本番になればこれも武者震いに変わるだろうと結城は思っていた。

 ……試合のことや対戦相手の事を考えながらぼーっとしていると、すぐにジュースが空になった。結城は空き缶を床に置いて立ち上がる。

(少し早いけど、今日はもう休むか……。)

 まだアカネスミレを操作しておきたかったが、明日の試合に備えて、結城は自分に割り当てられた部屋に戻ることにした。

 そのために、まずランナースーツを脱ぐことにする。

(更衣室に行くのも面倒だな。)

 結城は改めて周囲を見る。ラボ内は静寂に包まれており、人の気配はまるで無かった。今なら見られる心配もないだろう。

(ここで着替えるか……。)

 そう思ってから行動に移すまで、結城に迷いはなかった。

 結城はまず、首から胸にかけて付いている安全装置のロックを解除する。すると上半身部分のスーツが脱げて、上半身を包むものはインナーだけになった。

 スーツによる締め付けが無くなり、解放感を得た結城は腕を伸ばして深呼吸する。

「んん……。」

 肺に貯めた息を吐く時に、自然と声も一緒に出てしまった。声はラボ内で反響して自分自身がそれに驚いてしまう。結城は今後、不意に声が出ないように注意することにした。

 続いて下半身部分のロックを解除しようと腰に手を触れる。そのとき、何者かの足音が聞こえてきた。

 結城は動きを止めて、その足音に神経を集中させる。

(鹿住さん、休憩から戻ってきたのか……?)

 そのまま眠ってしまうと予想していたので、結城は徹夜慣れしている鹿住に感心した。

 鹿住ならば見られても問題ないと思い、結城は再び腰の安全装置に手をあてる。すると、全く聞き覚えのない声が聞こえてきた。

「お嬢さん、女の子にしては無用心すぎるぞ。」

「!?」

 それは、しわがれた男性の声だった。知らぬ人物に背後から話しかけられ、結城は身を隠すようにしてその場にしゃがみこむ。

(誰? 鹿住さんじゃないのか!?)

 いきなりの事にパニックを起こしそうになったが、すぐに肩に何かを被せられた。その感触は柔らかく、ずり落ちそうになるそれを手に取り見てみると、ジャージだということがわかった。

 結城はそのジャージで上半身を隠し振り向く。すると、背後に老人の作業員の姿が確認できた。

 老人はこちらが振り向くと同時に顔を逸らし、背を向けたままこちらに注意を促す。

「昼間からストリップショーでもやるつもりか? ……着替えるための部屋があるんだから、ちゃんとそこを使え。」

「すみません、でした。」

 結城はしゃがんだままの体勢で頭を下げて謝った。

 とりあえずインナーの上にそのジャージを着て肌の露出をなくすと、結城は老人に話しかける。 歳のいった老人と会話する機会が少なかったので、自然と結城の言葉は敬語になってしまう。

「おじいさんの声、初めて聞きました。あの……」

そのままモゴモゴしていると、老人が口を開ける。

「……『ベルナルド』だ。」

 お爺さんと呼ばれたのが不快だったのか、老人は自ら『ベルナルド』と名乗った。

 ベルナルドは小柄な老人だったが、動きはてきぱきとしており、全く衰えを感じさせなかった。また、イメージしていたよりも話しやすそうな人物だった。

 名乗った後、その場から離れようとするベルナルドに対し、結城は今朝のことについて話す。

「ベルナルドさん、今朝はチョコバーありがとうございました。美味しかったです。」

「……ワシの手作りだったんだが、口にあったのなら良かった。」

 話題としては正しかったらしく、ベルナルドはニコリと笑いこちらを向いて会話にのってきた。

「あれ、自分で作ったのか……、すごいなぁ。」

 『手作り』と聞いて、結城はベルナルドの腕に脱帽した。それほどあのチョコバーは美味しかったのだ。料理ならともかく、普通にお菓子を作るスキルを持っているベルナルドに、結城は興味を持った。

「最近は保存料まみれの味の濃いお菓子しか売ってないからな。……また今度作ったら持って来てやろう。」

「ホントですか!?」

 結城が目を輝かせて言うと、ベルナルドは恥ずかしそうに顔をそらした。

 しかし、その方向に何かを見つけたのか、ニヤけた表情から、呆れた表情に変化する。

「お菓子の代わりと言っちゃあ何だが……。あのバカ息子を運び出すのを手伝ってくれんか。」

「はい?」

 ベルナルドの指さした先には、壁にもたれかかったまま寝ているランベルトの姿があった。

「息子って……まさかベルナルドさんって、ランベルトのお父さん!?」

「残念ながらそうだ。」

 ベルナルドはため息混じりにそれを認めた。

 結城は、ランベルトとベルナルドが共同作業している時に、妙に息が合っていたのを思い出した。師弟関係か何かかと勝手に思っていたが、親子なら息が合っていても不思議ではない。

「ここで待っておるから、更衣室で着替えたらまたここに来てくれんか。」

「わかりました。」

 結城は脱ぎ捨ててあったジャージを抱えると、急いで上の階にある更衣室へと向かった。



 ベルナルドの手伝いを終え、結城はビル内にある急ごしらえの部屋に戻っていた。ランベルトを台車に乗せるだけの簡単な作業だったが、結局最後まで付き合ってしまい、部屋に戻る頃には日が落ちていた。

 その部屋は元々何も置いていない空き部屋だったので、掃除の必要もなく、スムーズに生活用品を運び込むことができた。……とは言うものの、たった2泊だけ泊まる予定だったため、部屋に余計なものはない。ただベッドがあるだけのさみしい空間だった。

 結城はジャージのまま折り畳みベッドの上に飛び乗る。おしりから着地したが、ベッドは頑丈な造りのようで軋むことはなかった。

 そしてそのまま横に倒れる。結城はシャワーを浴びてなかったことを思い出したが、試合は昼からなので、朝に浴びればいいかと考えていた。

 しばらく横になっていると、上の階から人の足音が聞こえてきた。

 まだ7時くらいなのでスタッフが何かの作業をしているのだろう。明日は試合なのだから何かとやらねばならないことが多いのだろう。

(そういえば、このチームってスタッフ何人くらいいるんだろうか……。ラボ以外にはあまり行かないからよく分からないな……。)

 そんなことを考えているうちに、やがて瞼が重くなってくる。ついに眠りに落ちようとしたその時、結城のポケットに入っている携帯端末から着信音が鳴り響いた。

 結城は、体とベッドの間で押しつぶされていたそれを二本指でつまみ出す。

 小さなディスプレイを見ると、そこには『seven』と表示されていた。

 結城は腕だけを動かし、寝たままの体制で携帯端末を耳に押し当てる。

「久しぶり。」

「お久し振りです、ユウキ。最近はお会いできる機会がめっきり減りましたね……。」

「ごめん、いろいろ忙しくて……。」

 携帯端末のアドレスを教えていたものの、あちらから連絡をしてくるのはとても珍しいことだった。

 セブンは沈んだ声で残念そうに喋る。

「やはり、学校とVFB、両立するのは難しいことなのでしょうか……。」

 間髪入れず、結城はそれを否定する。

「そうでもないさ。相変わらず諒一が家事してくれてるし。」

 諒一のことが話題に上がると、セブンはそれに食いついてきた。

「さすがは『ユウキに好意を抱いている素敵な男性』ですね。ケンカしたと聞いたときは心配しましたが、すぐに解決して安心しました。」

 色恋沙汰が好きなセブンにうんざりしつつ、結城は携帯端末のマイク部分を口元に寄せる。

「だ・か・ら、その話はもう……ってあれ? 仲直りしたこと話したっけ?」

 ふと疑問に思いセブンに確認した。セブンは間を置いて当たり前のような口調で答える。

「『家事をしてくれている』ということは、仲直りしたということでしょう?」

「うん、まぁそうなんだけど。……でも、2週間もケンカしたのは初めてだったな……。」

「2週間なんて短い方ですよ、ユウキ。」

「え、短い方なのか?」

「……むしろ、2週間だけで済んでよかったと考えるべきだと思います。」

「はは、やっぱり年上の言葉には重みがあるなぁ……。」

 その後も他愛のないことを話していると、やがて、明日の試合に関する話題になった。

「明日の試合、また観戦しに行きますのでよろしくお願いします。」

「また来るのか……。」

「いいではないですか。……あと、ルールブックはきちんと読みましたか?」

 始めはセブンが何のことを言っているのか、気付かなかった。しかし、それが前回の試合の時の反則負けのことだということに思い至り、結城は強く言い返す。

「おい、さすがにもうあんなミスはしないぞ。」

「少し確認しただけですよ。分かっているのならいいのです。」

「……。」

 嫌なことを思い出し、結城は自分が不機嫌になっていくのを感じていた。

 通話終了ボタンを押そうか悩んでいると、セブンが再び話しかけてくる。

「お暇でしたら、予行演習しておきませんか? まぁ、リオネルのクリュントスをあそこまで追い詰めたユウキならば、E4のヴァルジウス程度に負けることはないと思うのですが……。」

 セブンの素直な褒め言葉を耳にし、結城はすぐに機嫌を直した。

 作戦が纏まらず、勝てるかどうか自信に乏しかった結城にとって、当然のようにこちらの勝利を確信しているセブンの言葉はありがたいものだったのだ。

 予行演習もしておきたかったが、筐体のないこの場所では不可能である。

 ……結城はセブンにその旨を伝える。

「悪い。今は自分の部屋にいないから、対戦は無理なんだ。」

「そうでしたか。」

 セブンは対戦できると思っていたのだろう。こちらが出来ないことを伝えた途端に、セブンの言葉から力が抜けていく。

「……明日の試合が終わりましたら、いつでもいいのでまた遊んでください。一応、ゲームでもトレーニング効果がありますから……。」

 消え入りそうな声を出すセブンに対し、結城は話しかける。

「セブン、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

「なんでしょうか?」

「……ロングレンジからの絶対必中攻撃、セブンならどう対処する?」

 明日の試合では相手に電磁レールガンを撃たせる事無く、速攻でケリを付けるつもりだった。しかし、万が一の事を考えて、セブンに助言を求めたのだ。

 電磁レールガンによる攻撃を受ければ、当たり所によっては一撃で負けてしまう可能性もある。そのため、結城は確実な対処法を知っておきたかった。

 セブンは考える様子もなくすぐに答える。

「……避けます。」

 セブンが出した答えは、至ってシンプルだった。

(避ける? あれを?)

 結城はセブンの言葉を聞き間違えたのか、そうでなければ携帯端末のスピーカーが故障したのだと現実逃避したくなった。しかしそれを押しとどめ、結城はセブンに電磁レールガンによる攻撃は回避不能だという『現実』を伝える。

「発射から着弾までコンマ1秒以下。避けるのは無理だ。……人間の限界超えてるぞ。」

「そうでしょうか? 案外簡単だと思いますよ。」

(簡単に言ってくれる……。)

 そう心の中で思いながら、結城は以前のセブンとの対戦を思い出す。その対戦でセブンは、こちらが至近距離で、しかも背後から連射した弾を見事に回避したのだ。初弾は命中したものの、それも急所を外していたので避けたうちに入るだろう。

 そんなセブンならば超高速で飛んでくる弾を回避できそうな気がした。

 返事をせずにこちらが押し黙っていると、セブンが話しかけてくる。

「それに、回避などしなくても、簡単に相手の攻撃を封じる方法が他にあります。」

「それは?」

「その方法はですね……」

「……。」

 セブンの言葉を待っていると、スピーカーの向こう側から別の着信音が聞こえてきた。続いてバタバタと走る音がする。

「ちょっと待っていてください。」

(まさか……)

 それからセブンの声は聞こえず、しばらく無音状態が続いた。

 こんどこそ通話を終了させようかと思っていると、不意にセブンの声が聞こえてくる。

「あ、すみません、緊急の連絡が来てしまいました。……ということですので、今晩はこのあたりで失礼させていただきます。」

「え?」

 結城は嫌な予感は的中した。

「明日の試合、がんばってくださいね。」

「ちょっと!!」

 結城の言葉も虚しく、半ば強引に通話を終了させられた。

 電磁レールガンの簡単な対処法とはなんだったのか、実は口からでまかせを言ったのではないのだろうか。セブンに憤りを感じながら結城は携帯端末のディスプレイを見る。

「……なんとかなるかな。」

 そこに表示されている通話終了の文字を見ながら、結城はポツリと呟いた。


  3


 翌朝、結城は大きな騒音によって目を覚ました。

 その音は外から聞こえているらしく、部屋にある窓や壁全体が音によってビリビリと振動していた。地震かと思ったが、海の上で地震が発生するわけがなく、慌てることなくゆっくりと結城はベッドの上で身を起こす。

(……何だろう。)

 結城はその音が気になりベッドから出る。その際に携帯端末が床に落ちたが、気にせず結城は窓際に移動した。

 眩しい朝日を浴びながら、結城は躊躇すること無く窓をあける。その途端に音が大きくなり、同時に音の正体も判明した。

 ……それは2台の大きなトレーラーだった。

 トレーラーはVF運搬に使われる特殊な車両で、エンジン音やその他の騒音が早朝のフロートユニットに響いていた。それらはアール・ブランのラボの搬入口に向けて走行しており、トレーラーの側面がよく見えた。

 結城は窓から身を乗り出してトレーラーをもっとよく観察する。すると、トレーラーに乗っかているコンテナに何かの印を見つけた。

(ん? 何かのロゴかな。)

 印は大きかったが、眼鏡なしでは詳しい形が見えない。

 その印を確認するべく結城は窓から離れ、ベッドの上に転がっているメガネを手にとった。

 それを素早く装着し、急いで窓際に戻りトレーラーを見る。しかし、既にトレーラーは2台ともビルの内部に入っており、コンテナの印を見ることは出来なかった。

 やがて、トレーラーのエンジン音が止み、ラボの搬入口の扉も閉じていった。

 結城も窓を閉めると目を擦りながらベッドに戻っていく。

 その途中で、結城は床に落ちたままの携帯端末を拾い上げた。その携帯端末の画面には現在の時刻が表示されていた。

「5時31分……」

 時刻を口にしながら結城はぼんやりと考える。

(こんな朝早くになんだったんだ……。ランベルトが大きなパーツでも発注したのか……?)

「……。」

 結城は二度寝するつもりだったが、ラボに運び込まれた物が気になって眠れそうになかった。

「……ラボに行ってみるか。」

 結城はそのままベッドを通り越して部屋の外に出た。

 ……洗ってない上に寝癖でくしゃくしゃになったブラウンの髪を、手首に巻いていたゴムバンドでまとめながら、結城は階段を降りていく。

 途中、女子更衣室の前で結城は立ち止まる。シャワールームは更衣室の奥にあり、誰も利用していないようだった。今なら待つこともなくすぐに利用することが出来るだろう。

「どうしようか……。」

 結城は頭を手で掻きながらしばらく悩む。

 その際、ガサガサとした髪の感触を手に感じ、先にシャワーを浴びようとも考えた。しかし、まずラボに行ってコンテナの中身を確認するべきだと考え直し、結城は再びラボに向けて歩き始める。

 結城は女子更衣室に続いて男子更衣室の前を通った。

 その時にタイミング良くドアが開き、そこから諒一が出現した。諒一はいつもの制服ではなくTシャツにクォーターパンツというラフな格好をしていた。また、濡れた髪をタオルで拭いており、シャワーを浴びたのだと予想できた。

 タオルで頭を拭いているせいか、諒一はこちらに気付いていないようだった。

「諒一!!」

 結城はすれ違いざまに幼なじみの名を呼び、二の腕を掴む。

「ちょうど良かった。諒一も一緒に来て。」

 諒一はこちらの不意打ちに驚いたのか、タオルを落としてしまった。諒一はそれを拾うべく腰を下げたが、そのまま結城に引っ張られタオルを拾うことが出来なかった。

「タオルが……。」

「そんなのいいから付いて来て。」

 諒一はその場に留まろうとしたが、結城が無理矢理腕を引っ張るとタオルを諦めたらしく、大人しくこちらの跡を付いて来た。

 早歩きで移動していると、諒一が説明を求めてくる。

「結城、どうしたんだ?」

「諒一はさっきのトレーラーの音聞こえなかったのか。」

「トレーラー……?」

「そう、それがラボに入っていったんだよ。」

「気付かなかったな。……ランベルトさんからは何も聞いてないし見間違いじゃないか?」

「だから、それを確かめに行くんだよ。」

 それから3分としないうちに結城達はラボに到着した。

 ドアを開け中に入ると、ラボ内に窓から見たものと同じトレーラーが停車していた。既にコンテナはラボ内のスペースに荷降ろしされており、数名のスタッフがコンテナの上部で何かの作業を行っていた。

 コンテナはVFとまではいかないが、かなり大きい。そのため、その上で作業する人間はまるで人形のように見えた。

 2人がその光景に圧倒されていると、ランベルトの声がラボ内に響いてくる。

「プレゼントだぁ?」

 ランベルトはコンテナを運送してきたと思われる、つなぎを着た男性に詰め寄っていた。

 つなぎの男性は、苦笑いしながら両手のひらを肩のあたりまで持ち上げており、ランベルトに落ち着くように促しているようだった。

 そのまま、つなぎの男性はランベルトから離れ、ペンと同時にボードを差し出す。

「ええ、別にお金を請求しようというわけではありませんから、ここに受け取りのサインを……」

 お金を払わなくてもいいと聞いた途端にランベルトはペンを受け取り、ボードの上でそのペンを走らせる。

「で、誰からなんだ?」

「送り主はクライトマンのようですが。」

「クライトマン? ……覚えがないな。」

 クライトマンと聞き、結城は海水浴場での一件を思い出す。

(リオネルか……確かにプレゼントを送るとか何とか言ってたような……。)

「とにかく、ちゃんとお届けいたしましたので、私はこれで失礼します。」

 サインを受け取ったつなぎの男性は、そそくさと去っていった。

 それと入れ替わるようにして、結城と諒一がランベルトのもとへ近付く。

「ようリョーイチ、それに嬢ちゃん。お前らもトレーラーの音に起こされたみたいだな。」

「うん。それで中身は何なんだ? リオネルが言うには“いいもの”らしいんだけど。」

「なんだ、嬢ちゃんは知ってたのか……。だったら先に言ってくれよ。」

「悪い。リオネルと約束してたのをすっかり忘れてた。」

 会話している間もコンテナの開封作業は進んでおり、天井から伸びている無数のクレーンが、コンテナの中にあるプレゼントに固定されていく。

 ここからは中身を見ることができないが、見た感じだとコンテナいっぱいの大きなものであることが予想できる。中身が何なのか、結城は楽しみで仕方がなかった。

 遠くで行われている作業を見ていると、ランベルトがしびれを切らしたように質問してくる。

「で、いつそんな約束したんだ?」

「あー、言うの忘れてたけど、海水浴に言った日にリオネルと会ってたんだ。」

 結城が答え終わると同時にクレーンが作動し、コンテナの中身が持ち上げられていく。

(あれは……。)

 やがて完全に持ち上げられ、そのプレゼントの全貌が明らかになる。

 ……それは、クリュントスが装備していた長いランスだった。

 続いて2つ目のコンテナからもプレゼントが出された。それも、同じくクリュントスの装備で、衝撃吸収機構が惜しげなく使われている大盾だった。

 それを見てラボにいる全員が驚きの声を上げる。ラボ内がどよどよとし始め、スタッフは困惑の表情を浮かべていた。

 ランベルトはそのランスと盾から目を話すことなく、こちらに質問してくる。

「……どんな約束したら、装備一式プレゼントしてくれるんだ?」

「それは……。」

 結城もそれをリオネル本人に聞きたい気分だった。

 ランベルトはボリュームを上げて、今度はコンテナに向けて呼びかける。

「おいツルカ、お前もその場にいたんだろ、教えろよ。」

(ツルカ?)

 コンテナ付近をよく見ると、ヘルメットを被ったツルカの姿が確認できた。その隣には、同じくヘルメットを被った鹿住もいた。

 名を呼ばれたツルカは、メットの顎紐をほどきながらこちらに近付く。

「ボクの口からは言えないね。」

 ツルカはその一言だけで、ランベルトの質問を一蹴した。

 リオネルと何を話したのか、ダークガルムの件が知れることは避けたかったので、ツルカの対応に結城は感謝する。

 結城はその感謝を伝えるために、ツルカに向けて親指を立てた。 

 そのやり取りを見たランベルトはやらしそうな笑みを浮かべる。

「はっ……もしかしてお前ら、口では言えないようなことをリオネルに……。」

 結城は台詞の途中で、横にたっているランベルトにローキックをかます。

「セクハラで訴えるぞ?」

 キックは痛々しい音と共に、ランベルトの脹ら脛に命中していた。そして、すぐその場にうずくまる。

「そっちも立派な暴行罪だぞ、嬢ちゃん……。」

 ランベルトはわなわなと体を震わせ、痛みに耐えているように見えた。

 やがて、ツルカと鹿住が結城たちのいる場所に到着する。すると早速、鹿住がプレゼントについての説明を始めた。

「盾も槍もアカネスミレに合わせて作ってあるので、再調整しなくても、このまますぐに使えると思います。」

「『作っている』ってことは、これはクリュントスが使ってる物じゃないのか……。」

 こちらが思ったことを言うと、鹿住はそれを肯定する。 

「ええ、形状も性能もだいたい同じらしいですが、重量バランスなどがアカネスミレを考慮して調整されて作られたようです。」

 ランベルトは足をさすりながら立ち上がり、鹿住に問いかける。

「バランスを考慮って……どうやって考慮したんだ? 目測にも限界ってものがあるだろ。」

「そのあたりは問題ないです。つい先日、クライトマンから連絡がありまして、アカネスミレのスペックデータをクライトマンに渡しましたから。」

「!?」

 とんでもない事実が鹿住の口から発せられ、その場にいる全員が凍りついた。

 例えそれが試合の終わった相手だとはいえ、敵チームにVFのデータを渡すのは常識では考えられない行為である。チームがチームなら、離反行為として罰を受けても文句は言えないだろう。

 だが鹿住は表情を変えることなく、それが当たり前のように話をすすめる。

「大丈夫です。必要最低限の情報しか教えてませんから。それに、クライトマンの最新鋭装備が手に入るのならばそのくらいのリスク、なんてことはないでしょう?」

「カズミ、俺の許可なくデータを渡したのか!?」

 鹿住は悪びれることなく、むしろ何が問題なのかが分からないといった風に答える。

「アカネスミレは私が開発した『私の』VFです。どうしてあなたの許可が必要なんです?」

「俺はこのチームの責任者だ。」

「そう言えばそうでしたね。全く『責任者』としての役割を果たしてないので、すっかり忘れていました。」

「……チッ!!」

 鹿住の強烈な皮肉に、ランベルトは舌打ちをしてその場から少し離れた。そして、懐からタバコを取り出して口にくわえる。

 その不貞腐れた、おおよそチームの責任者とは思えない態度を見て、結城は諌めようとした。

 しかし、結城より先に諒一がランベルトに接近する。

「落ち着いてくださいランベルトさん。鹿住さんの言う事にも一理あると思います。」

「リョーイチ、……カズミの肩を持つつもりか?」

 ランベルトは諒一と顔を合さず、ライターでタバコに火をつけた。そして一口めの煙を上に向かって吐く。

「良く考えてみてください。ろくな武器を持っていないアカネスミレにとって、この槍と盾はかなりのメリットです。特に盾は防御手段としては優秀です。」

 こちらからは諒一の後ろ姿しか見えなかったが、無表情で淡々と話す姿を用意に想像することができた。

 諒一は話を続ける。

「アール・ブランは兵器開発に関しては素人レベルです。しかし、この槍と盾を構造解析すれば、今後の武器開発に役立つと思います。」

「……確かに、言われてみればそうかもしれんな……。」

 ランベルトはそう言うと、タバコを灰皿ケースに突っ込み、こちらに戻ってきた。

 そのまま鹿住の正面に立ち、坊主頭を掻く。

「……悪かったな。」

 なんとも乱暴な謝罪だった。それに対して鹿住も応える。

「いいえ、こちらこそ言葉が足りなかったようですみません。次からはサルでもわかるような簡単な説明を……」

「やっぱ許さねぇ!!」

 鹿住の、相変わらず相手の神経を逆なでするようなセリフを聞き、ランベルトはラボから出ていってしまった。また、ロビーにでも行って頭を冷やすつもりなのだろう。

「待ってください!!」

 放っておけばいいのに、すぐに諒一はランベルトの跡を追いかけていった。

 ……正直なところ、リオネルからこれらの装備を受け取ることになった原因は自分にあるため、鹿住の件をとやかくいう権利は自分に無いように思っていた。

 結城はラボの出口を見つめながら呟く。

「なんかランベルト、いつにも増してイライラしてるな。」

 ツルカはすぐにこちらの言葉に反応する。

「それだけランベルトがチームのことを考えてるってことだな。試合前はお姉ちゃんも訳なくイライラすることがあるし、責任者は色々大変なんだろ。」

「へぇ、あのオルネラさんが……。」

「ボクが嫌いな物を残してたら注意するし、抱きついてもすぐに離されちゃうし、イクセルを殴ろうとしたら叱られるし……いつもはそんな事しないんだけどなぁ。」

(オルネラさん、いつも大変そうだな……。)

 ツルカと話していると、途中で鹿住が話を中断させる。

「結城君は諒一君と一緒にアカネスミレを準備しておいてください。私はあれをすぐ使えるようにしてきますから。」

 それだけ言うと、鹿住はヘルメットをかぶり直し、コンテナのある場所へと戻っていく。

 いつの間にかトレーラーは去っており、先程まで隠れて見えなかったアカネスミレの姿がよく見えた。

(……準備しますか。)

 再びあの真っ赤なVFでアリーナに立てることを想像すると、結城は楽しみで仕方なかった。 

 また、昨晩感じていた不安はすっかり消え去っていた。


  4


 2NDリーグフロートユニット、E4ビル内、トレーニングルーム。

 ……結城たちがVFの準備にとりかかった頃、そこで一人の男が床に四肢をついていた。

「なぜだ……なぜ俺がこんな生意気な娘に……!!」

 男は思い切り拳を床に叩きつける。男の鍛えられた肉体から放たれた拳は床の一部をへこませ、同時に男の拳から出た血がそこに付着した。

「生意気で悪かったわね。」

 そのセリフと共にトレーニングルーム内に設置されているシミュレーションマシンから女性が出てきた。

 女性は金髪で、その前髪は2つの銀色のヘアピンによっておでこの両端に留められていた。また、マシンから降りてくる動作や、HMDを外す仕草など、その佇まいは自信に満ち溢れていた。 

 ……その女性はミリアストラだった。

 ミリアストラはシミュレーションマシンを使って男と対戦し、かなりの大差をつけて勝利したのだ。

(楽勝すぎ……。VFBって案外大したことないんだなぁ……。)

 少し落胆しつつ、ミリアストラはスポーツドリンクをマシン近くの床から拾い上げる。その時、丁度トレーニングルームの入り口から豪華な服に身を包んだ小太りの男が現れた。

 小太りの男は、床に這いつくばっている男の近くまで移動し、そっと優しい声で話す。

「では約束通り、試合には彼女を起用します。いいですね?」

「……はい。」

 ミリアストラは冷えたスポーツドリンクを2口ほど飲み、這いつくばっている男に言い放つ。

「そういうことだから。少なくとも今シーズンは変な言いがかりをつけるのはやめてよね。」

「くっ……。」

 男は恨めしそうにこちらを睨んだ。しかし、こっちがクスリと鼻で笑い返すと眉尻を下げて目線を逸らした。

「別にキミをレギュラーメンバーから外すつもりはないんだ。ギャラもいつも通り払うから、今期だけは来期に向けてトレーニングに専念してくれるかな?」

「……了解しました。」

 男はのっそりと立ち上がり、俯いたままトレーニングルームから出て行った。

 トレーニングルームで、ミリアストラは小太りの男と2人きりになった。すると、小太りの男が顔に貼ってつけたような、ぎこちのない笑顔をこちらに向ける。

「試合当日なのに、こんなことをさせて済まなかった。……しかし、こうでもしないと彼も納得しなくてねぇ。」

 さきほど対戦した男は、先日までヴァルジウスのランナーだった男で、「どちらが試合に出るか勝負をして決めよう」と提案してきたのも彼だった。

 その要求通りにしたのだ。もう文句を言われることもないだろう。

「いや、アタシもいい加減粘着されてて困ってたのよ。こういう機会をセッティングしてくれただけでもありがたいわ。」

 彼は自分がE4にVFランナーとしてスカウトされた時、最後まで反対していたらしい。

 こちらがランナーになるということは、あちらが試合に出られなくなるということなので、そう主張するのも当然のことだった。

 ミリアストラは男のことを哀れに思っていたが、同情するつもりはなかった。

「それに、いいウォーミングアップになったわ。」

「あなたがそう思っているのなら良かった。」

 小太りの男は額の汗を拭うような仕草をして、再び愛想笑いをした。

 ……この、毛が薄く丸々と太っている男はE4の責任者である。また、同じ名前の兵器開発企業の会長でもある。彼は、自社の製品を宣伝し、売り込むことだけしか考えていない金の虫なのだ。

「それじゃ会長さん、失礼するね。」

 ミリアストラは試合の準備をするために部屋から出ようとした。しかし、それを引き止めるように小太りの男が思い出したような口調で話しかけてくる。

「あぁ、言い忘れていたんですが、なるべく電磁レールガンが目立つように戦ってくださいね。お願いしますよ。」

(戦い方にまで注文を……。むかつくわね。)

 ミリアストラは試しに逆らってみる。

「……プロが相手だし、そんな余裕ないかもしれないわよ?」

「何言ってるんですか、道は違えどあなたもプロじゃないですか。……このチームは『兵器の宣伝』が他の何よりも優先されます。ですから、どんどん撃ってアピールしてください。」

「……あんなもん撃っても隙ができるだけよ。アタシが負けてもいいの?」

「負ければレギュラーメンバーから外れてもらうだけです。まさか、あのアール・ブラン程度に負けることなんてないと思いますがねぇ。」

(勝つのは当たり前なのね……。)

 小太りの会長はこちらの体を舐め回すように観察する。

「たとえ負けても、きれいな女性がランナーとして試合をしたというだけで話題になりますから、それだけでも十分あなたを雇った価値はあるのですよ。」

 まじまじと見られて気分が悪くなり、ミリアストラは体中に鳥肌が立った。

「……期待に添えるよう頑張ってみるわ。」

「勝つに越したことはありませんから、お願いしますよ。」

「はいはい。」

 ミリアストラは会長から離れ、トレーニングルームの出口へと急ぐ。その間背中に視線を感じていたが、部屋の外に出るとそれは止んだ。

 部屋から出てすぐに、ミリアストラは「おえ~」と言いながら大げさなリアクションを取り、会長の油っこい顔を想像上で何度も殴る。

(……話題作りのために呼ばれただけか。勝てばラッキー、負けても『女同士の対決』ってだけで十分に宣伝効果があるというわけね……。)

 自分がVFランナーならば「負けてもいい」と言われればプライドがひどく傷つくことだろう。しかし、お金さえ貰えれば良い自分にとって、その言葉はありがたかった。

 ……ただ、負ければこれ以降ギャラを貰うことはできないかもしれない。割のいい仕事なので長く続けたいため、勝っておくほうがいいに違いない。

 しばらくいろいろと考えながら通路を歩いた。そして想像上の会長の顔面が陥没し始めた頃、ミリアストラは何者かによって呼び止められる。

「おい待てよ。」

 それは先にトレーニングルームから出て行ったはずの男だった。自分がここを通るのを待っていたらしい。

 ミリアストラはあからさまに嫌な表情をして男に応える。

「何よ。まだ文句があるの?」

 歩みを止めて言うと、男はこちらを真っ直ぐ見て懇願し始める。

「……頼む、俺を試合に出させてくれ。会長はああ言ってるが、来期は絶対に補欠にまで落とされる。」

 男は涙をうっすらと浮かべながら話を続ける。

「今までもそうだった。……俺の代わりにレギュラーを外された奴は、チームから追い出されて、今はバイトだけで食いつないでる。会長は俺達ランナーの事なんて使い捨ての道具くらいにしか思ってないのさ。」

「へぇ、そうなんだ。」

「なぁ頼む、俺はこんな所で終わりたくないんだ。」

 何と言われようとミリアストラはランナーを交代するつもりはない。

「アタシに言われても困るよ。会長に直接言えばいいじゃない。」

 そう言いながら、ミリアストラは通路の中央で立ちふさがっている男の脇を通りぬける。

 男はこちらの跡を追いかけながらしつこく話しかけてきた。

「会長に言っても駄目だからお前に頼んでるんだ。なぁ、同じランナー同士協力しないか?」

「何が『協力』よ。あんたのは協力じゃなくて、ただの一方的なお願いじゃない。アタシには何の得もないわ。」

 ミリアストラは歩くスピードを上げ、男を振りほどこうとする。

「それに、アタシはランナーじゃない。報酬がいいからここに来たの。あんなオモチャに乗ってトリガー引いてるだけでいいんだから楽なものよね。あれくらいなら小学生でも出来るわよ?」

「何だと?」

「素人のアタシにも負けたし、……実はあんたすっごく弱いんじゃない。」

 こちらの挑発を受けて、男は急に声を荒らげ始める。

「俺は今まで何回も試合に勝ってきたプロだ。それを小学生呼ばわりするつもりか!?」

「戦闘も射撃もほとんどAI任せみたいだし、それであんたが勝ったって言えるわけ? 今まであんたが勝てたのは全部あの『ヴァルジウス』っていう優れたVFのおかげよ。」

「ぐ……。」

「弱いんだから会長の言うとおり大人しくトレーニングでもしてれば?」

 心が折れるようなセリフを散々言うと、男は立ち止まった。そして、低いドスの利いた声で喋り始める。

「……ふぅ、仕方ない。なら俺を使わざるを得ない事態にするだけだ。」

 それはなんとも不気味な言葉だった。

 ミリアストラは言葉の意味が把握できず、足を止めて振り返る。

「……どういうこと?」

 男はポケットに手を入れ、折りたたみ式の軍用ナイフを取り出した。VFランナーは軍人出身者が多いと聞く。こいつもそうなのだろう。

 手慣れた様子でナイフを展開させ、男はナイフの切っ先をこちらに向ける。

「今からお前を病院送りにしてやるってことだよ。」

「最初からそう言えば良いのに……。」

 後先考えずにこういうことをするあたり、器の小さい男だ。

 ミリアストラは呆れた口調で男に向けて言い放つ。

「相手してあげるからさっさと来なさいよ。」

 ナイフをちらつかせても何の反応も見せないこちらの態度が気にくわないのか、男の形相がみるみるうちに変化していく。

「……このクソアマァァァ!!」

 気迫のある叫び声と共に、男はこちらに向けて突進してきた。

(お粗末な突進だなぁ……。)

 素人ならば身を縮み上がらせて何も出来ないのだろうが、あいにく自分は素人ではない。

 ミリアストラはヒップホルスターから護身用品、スタンガンを取り出す。そしてそれを素早く構えて撃った。

 “ぱすっ”という炭酸が抜けるような音と共に、先端に電極がついた大きなユニットが勢い良く飛び出した。それはミリアストラの狙い通りに男の肩に命中する。

「うっ!?」

 命中するとバチバチという控えめな音がして、男は前のめりに突っ伏した。

「あ……あ……。」

 男はナイフを握ったまま痙攣する。

 このままだと自分で怪我をしてしまう可能性があったので、ミリアストラはナイフを男の手の甲ごと蹴り飛ばした。するとナイフは男の手を離れ通路の壁際まで飛ばされた。

 軍用のナイフは切れ味が良すぎるため、一般人の携帯は許されていない。……もちろん、淑女の嗜みとは言え、スタンガンのような殺傷性のある武器を携帯するのも褒められたものではない。

 それを咎められると面倒なので、ミリアストラはセキュリティに通報することなく、そのまま男を放置することにした。

「じゃあね。」

 白目を向いてピクピクしている男に別れを告げると、ミリアストラはラボへと向かっていった。

 ……ラボに到着すると、入口付近でスタッフがこちらの到着を待っていた。スタッフはこちらの姿を確認すると、軽く会釈をする。

「ミリアストラさん、こっちです。スタンバイお願いします。」

「わかった、今行くわ。」

 試合開始までは十分時間があったが、早めに準備して損はない。スタッフも同じことを思っているのか、時計を見て余裕のある表情を見せた。

(あの時チケット渡したカップル……来てくれるかな。)

 それが、敵チームのランナーだということも知らず、ミリアストラは準備中そのことをずっと考えていた。


  5


 試合開始直前のアリーナ、結城はアカネスミレのコックピット内にいた。

(いよいよか。)

 結城はHMD越しにアリーナの景色を眺める。正面にはこちらと同じようにスタンバイ状態のヴァルジウスの姿があった。

 その外見はまさに砲台で、背中部分に固定された電磁レールガンは銃口が上を向いており、映像で見るよりも迫力があった。その砲身は太い上に長かったが、砲口は通常のものとあまり変わらないようだった。

 また、前面には二枚貝を連想させるシールドがあり、主に足元を守っていた。それだけでなく、シールドは機体の重心を下に持って行き、射撃の安定性を高めているようにも見える。

 ぱっと見た感じでは、ほとんど映像で見たとおりだが、違っていたのは肩や腰の自動迎撃銃が取り外されているという所だった。その代わり、両手には同じ型のライフルが握られていた。ライフルは自社製品らしく、E4の特徴である角ばったデザインが印象的で、ゲーム内のスペックとは違い、弾倉が下に長く伸びていた。

 相手を観察していると、通信機から鹿住の声が聞こえてくる。

「槍と盾の調子はどうですか?」

 調子と言われても、まだ使っていないのでなんとも言えない。

「エラーは出てないんでしょ? なら大丈夫だろ。」

「そうですけれど、違和感やぎこちなさはありませんか? しっくりこないようなら無理して使わないほうがいいかもしれないと思いまして……。」

(ここまで準備しておいてそれはないだろう……。)

 結城は今更武器を捨てるつもりはなく、鹿住に向けてそれを伝える。

「全然平気。大抵の武器は使えるように訓練……じゃなくて、練習してたから。」

「流石ですね……」

 一瞬、その言葉が自分に向けられたものでないように感じた。しかし、ただの勘違いだと思い、結城は鹿住に簡単なお礼を言う。

「それはどうも。」

 言い終えた途端、スタジアムに軽快な音楽が流れ、続いて実況者の声が聞こえてきた。

<みなさんこんにちは、実況のテッド・スペンスです。VFB2NDリーグも今回で9試合目になりました。ほぼ全てのチームが2回戦ったということで、今シーズンの優勝チームがどこなのか、みなさんも予想しやすくなったのではないでしょうか。……どう思います? 解説のウォーレンさん。>

 話を振られ、やや慌てた口調でウォーレンが返事をする。

<どうと言われても……まぁ、これまで一度も勝利していないチームは優勝できないでしょうな。>

<流石はウォーレンさん。早くもアール・ブランの優勝の可能性を否定してしまいました。……しかし、まだまだ今後の展開はわかりません。頑張れ、アール・ブラン!! 負けるな、アール・ブラン!!>

「ありがたい応援だ。」

 実況の投げやりな応援に、結城はいらだちを覚えた。

 結城の一言を受けて、通信機からも同じようなセリフが聞こえてくる。

「ああ、ありがたすぎて腹が立ってきた。」

 それはランベルトの声だった。それに続けてツルカが喋る。

「これから全部勝てばいいだけだ。ユウキならできるって。」

「ありがと、ツルカ。」

「ほら、リョーイチもなんか励ましてやれよ。」

「……。」

 何を言うべきか考えているらしく、しばらく諒一の声は聞こえてこなかった。

「何でもいいから言えばいいんだよ。」

「結城、がん……」

 ランベルトに促されて諒一は喋り始めた。

 しかし、その声は実況の声によって掻き消される。

<それでは、VFとランナーの紹介に移りたいと思います!!>

 言葉は途中までしか聞こえてこなかったが、その思いはなんとなく伝わった。……気がする。

 そんなことを知る由もなく、実況のテッドは声を張り上げる。

<アールブランのアカネスミレ!! ランナーはタカノユウキです。>

 紹介された結城は持っていた槍を軽く上下に動かして、それに応じる。

 その槍が目に止まったのか、テッドがそれに食いついてきた。

<今回、アール・ブランは盾と槍を用意したようですが、これは前回の試合のクライトマンの真似をしているのでしょうか?>

 解説のウォーレンがすぐに答える。

<まぁ、仮にイミテーションだとしても、溶接の甘い鈍器より役に立つでしょうな。>

 槍はクライトマンが作った正真正銘の本物なのだが、さすがにその情報は知られていないようだった。

 盾に関しては触れられることなく、実況のテッドは話をすすめる。

<……先日の試合ではクライトマンと死闘を繰り広げ、大いに会場を沸かせてくれました。彼女が齢17歳の女性ランナーだということが分かり、既にファンクラブも結成されている模様です。>

<彼女はかなり期待されているようですな。まぁ、クライトマンとあれだけやり合えたのですから、期待せずにはいられないでしょう。>

「おいカズミ、これって本当なのか?」

「本当らしいですね。2NDリーグ以上のランナーなら別に不思議ではないと思いますけど。」

「ボクも入ろうかな……。リョーイチも一緒にどうだ?」

「もちろん、そうするつもりだ。」

 通信機の向こうで好き勝手言っているメンバーにうんざりしていると、実況のテッドが新しい情報を話し始める。

<つい先日から、彼女に関する噂が出回っています。こちらが確認できる中で最も注目すべき噂は……彼女がVFシミュレーションゲームの高位ランカーの『yuki』と同一人物ではないか、という噂です。>

<ほう、それは興味深い噂ですな。>

<yukiはゲーム内の大会で何度も優勝経験があり、ベテランゲーマーならその名を知らぬ者はいない程、有名なプレイヤーなのです!!>

 スタジアム内がざわめく。

 ……それだけシミュレーションゲームをプレイしている人間が多いのだろう。

「なんだよ嬢ちゃん。そうならそうと初めから言えば良かったのに。……ベテランかぁ、道理でうまかったわけだ。」

 ランベルトは何か納得したような声で言った。

(バレた……。)

 これで、以前にも増してゲームがやり辛くなる。

(また新しいアカウント作らないと……。)

 それにしてもどこから情報がもれたのだろうか、やはりパーソナルデータを詳しく調査されたからなのだろうか。

<ゲーマーが本物のVFBに参戦してくるようになるとは、……いやはや、時の流れというのは恐ろしい物ですな。>

 解説のウォーレンが話を締め、こちらの紹介が終わった。

<さて続きましては、E4のヴァルジウス!! ランナーはミリアストラです。>

<ミリアストラ……はて、こちらも女性ですかな?>

<さすがはウォーレンさん。その通りです。彼女は今回が初出場とのことです。これは、前回のユウキ選手を連想させてくれます。彼女も実は高位ランカーなのではないでしょうか!?>

(安直だなぁ。)

<E4最大の武器は電磁レールガンです。400グラムの弾を秒速5キロメートルで撃ち出します。ライフリングは電磁方式、照準装置もE4独自の射撃制御AIを使用しており、これを避けられるものはこの世には存在しないでしょう!!>

 なにやら詳しく武器が紹介され、結城は疑問に思ったことを口に出す。

「おい、あんなに情報を漏らしてもいいのか?」

 すると、ランベルトの答えがすぐに返ってくる。

「E4から頼まれて言ってるんだろ。宣伝だよ、宣伝。」

 確かに、そう言われれば宣伝口調のような気がする。消費電力や、連射性の無さといったデメリットを言わない辺りもまさに宣伝である。

 このスタジアムの中に電磁レールガンを買うことのできる人間がどれだけいるのだろうか。そもそも欲しいと思っている人間がいるのか。宣伝してもあまり意味が無いように思えた。

<それにしても、女性ランナー同士が試合をするというのは珍しいですな。いつもとは一風変わった展開になるのを期待していますよ。>

 解説のウォーレンが言い終えると、E4のヴァルジウスがアリーナ中央に向けて歩き始める。その動作は寸分の狂いもなく、それがAI制御であるということが簡単に判断できた。

 以前鹿住が言った通り、E4のミリアストラは操作に関しては素人なのかもしれない。

 やがてヴァルジウスが中央付近に到達し、こちらと向い合う形になる。装甲の重厚さも相まって、それはまるで土俵に立つ力士のように見えた。

挿絵(By みてみん)

 近くで見ると、やはり迫力がある。電磁レールガンもこちらが持っている槍よりも長く感じられる。実際、こちらよりも長いに違いない。

<両者とも準備が整ったようです。>

「結城、気楽に行こう。作戦通りにやれば絶対勝てる。」

 通信機から諒一の励ましの声が聞こえてきた。

 だがそれに返事をする暇なく、戦いの火蓋が切られる。

<それでは試合開始です!!>

「行けッ!! 先制攻撃だ!!」

「わかってる。」

 開始早々叫ぶランベルトを無視して操作に神経を集中させる。

 結城はすぐにでも跳びかかりたいのだが、エネルギーが供給されるまで、高ぶる気持ちを抑えつつ待機する。それは、十分なエネルギーが確保できる前に下手に動いてしまうと、バランスを崩してしまうおそれがあるからだった。

 ……結城よりも先にアクションをおこしたのはヴァルジウスだった。なんと、開始と同時にライフルを構えずに撃ったのだ。銃口は下を向いていたため、当然のごとく弾はそのまま地面に命中し、こちらには何のダメージも無かった。。

(なんだ、暴発か?)

 結城はその銃声を不審に思った。

(所詮は素人だな。……ちょっと射撃が上手だからって、それだけで試合に勝てるわけがない。)

 結城は今回の試合では、余裕を持って勝てるのではないかと考えた。

 しかし結城はこの後、それが暴発でも操作ミスでもないことを身を持って知ることになる。

 ヴァルジウスが放った弾の反動により、勢いの付いたブランコのように肩を支点として右腕が持ち上がり、それに付随するようにライフルも持ち上がる。

 同時に銃口もゆっくりと上を向き、銃身が地面と水平になる。

 銃口はこちらを向いていた。

「え?」

 結城は一瞬、何が起こっているのか理解できず、これから何が起こるのかも予想できなかった。

(もしかして、狙われてる……?)

 ようやくそれを悟り、回避しようと思った時には、既にライフルから弾が発射されていた。

 1発目の銃声に重なるようにして発射された2弾目は、アカネスミレの膝の関節に命中した。

「くっ!!」

 破壊は免れたものの、装甲の対ショック機能が十分に動作していなかったため、弾は見事に膝を撃ちぬいた。

 左膝は甚大なダメージを受けており、もう使いものにならないことが容易に分かった。

 ……試合開始からたったの1秒で、結城は敵の攻撃を受けたのだ。

 やがて、エネルギーが十分確保できて自由に動けるようになる。しかし、こちらが体勢を立て直す暇もなく、ヴァルジウスはライフルを両手で構え、銃口をこちらに向けた。

「!!」

 ヴァルジウスの射撃は、正確に反対側の膝を狙っていた。だが、その頃にはアカネスミレも動けるようになっており、リオネルから貰った盾でそれらを全て防いだ。

 ここでようやく実況者の声が耳に届いてくる。

<な、何が、いったい何が起こったのか!? 開始直後にヴァルジウスが弾を撃ったように見えたのですが……。ウォーレンさん、なぜヴァルジウスはあんなに早く動けたのでしょうか?>

<よく解らんが……とにかく早撃ちでしたな。>

 観客も言葉を失っているようで、歓声が全く聞こえない。

 しばらく銃撃が止むことはなく、その間結城は先ほどの『早撃ち』について考える。

 ……試合開始直後は予備動力がカットされる。そのため、アリーナ内のジェネレーターからエネルギーが十分に供給されるまで、VFはろくに動くことができない。

 しかし、ヴァルジウスは指一本分のエネルギーが確保できた時点でトリガーを引いたようだ。

 そして銃弾の反動を利用して照準を調整し、こちらを攻撃したのだ。

(強引すぎる……。)

 反動に任せた成功率の低い攻撃に違いはないのだろうが、現にそれが命中している。

 ……しかも、強度の低い関節部分に。

 単に運がいいのか、それとも射撃の腕が半端無く優れているのか……。

(……とんでもない奴だ。)

 結城は盾についているカメラを通してヴァルジウスの姿を捉えていたが、やがてそのカメラもライフルの弾によって破壊されてしまう。

 結城は今まで幾度と無くゲームで試合を行ってきたが、こんなメチャクチャな方法をとり、しかも命中させた相手を見たことがなかった。

 ひたすら盾で銃撃に耐えていると、通信機からランベルトと鹿住の会話が聞こえてきた。

「おい、銃は制限きついんじゃなかったのか。どう見たって『ひっかき傷』で済んでないよな?」

「装甲の隙間を……あんな乱暴な撃ち方で……あり得ない……確率的には……。」

 うろたえる鹿住のセリフを掻き消すように、諒一がこちらに話しかけてくる。

「開始後すぐに、装甲の薄い関節部分に命中……。これは偶然が重なって起きた事故みたいなものだ。気にせず作戦通りに……」

 こちらを落ち着かせようとする気持ちがその言葉から伝わってきた。

 その危機感のない諒一の考えに対しツルカが横槍を入れる。

「いや、ボクは偶然じゃないと思う。あれは確実に狙ってた。」

 ツルカの話し方は真に迫っていた。

 試合において、そうそう偶然なんて起こるものではない。常に最悪の可能性を考えて行動するべきだ。

「私もツルカの意見に賛成だ。むやみに突っ込むのは止める。……それにこの足じゃ……。」

 撃ちぬかれた膝は全く動かず、これでは走ることも跳ぶこともできない。

 ……盾がなければ今頃は蜂の巣にされていただろう。

「わかった。取り敢えず盾は正常に動作してるから、相手が次のアクションを起こす前に対策を考えよう。」

 次のアクション……それは電磁レールガンによる攻撃だった。果たしてこの盾がそれに耐えることができるのか、勝敗はそこに懸かっているように思えた。


  6


「何であんなに硬いのよ……。っていうか、弾の威力が低いだけか。」

 ミリアストラはアカネスミレの盾に向けて弾をばらまいていた。弾倉は大きい物に換装しているし、予備の弾丸も店が開けるほど多く積んである。

 塵も積もれば山となるというし、撃ち続けていれば盾もいつかは壊れるだろうと考えているのだ。

 足の動かない相手に対して、本来ならば接近して止めを刺す所だが、ヴァルジウスは接近戦闘能力に乏しい。その上、操作しているランナーに至っては満足に操作することができない。

 出来ることといえば、腕に装着されたトレースシステムを使って銃を撃つことくらいなものであった。

 ダラダラと弾を撃っていると、HMDに内蔵されているヘッドセットから会長の声が聞こえてきた。

「そんな事やってないで、早く電磁レールガンを使ってください。」

「無理言わないでよ、こうやって釘付けにしてないとあっちに反撃されるよ。」

「ならば指示通りに後ろに下がり、距離を取ればいいじゃないですか。それで十分電磁レールガンの発射準備ができるでしょう。」

 電磁レールガンはその威力ゆえ、発射するためにはある一定の手順を踏まねばならない。もちろんそれを行うのは自分ではなく、VFに搭載されている機械なのだが、時間がかかることには変りない。

 その間、敵が自由に動けるということが、ミリアストラにとっては不安だった。

「このままでも余裕で勝てるのに、わざわざリスクを冒す必要は……」

 食い下がっていると、しびれを切らした会長が口調を強める。

「言う通りにしないと、契約違反でギャラを払うことができなくなります。……むしろ、こちらがあなたから違約金を頂いてもいいのですよ?」

 なんて横暴な奴なのだろう。ミリアストラは報酬をもらったら直ぐにでもやめるつもりだった。

「……わかったわよ。」

 ミリアストラはしぶしぶトリガーから指を離し、ライフルを腰に装着した。

 そして一気にアリーナの端まで後退する。

 するとすぐに、その動きを見た実況の少し興奮した声がスタジアムに響く。

<これは、いよいよアレを使用するつもりのようです!! これは決着が見えたか!?>

 これで決着を付けないと、移動不能になるヴァルジウスは不利になる。

 腰の自動迎撃銃も相手に致命的なダメージを与えることができないだろう。

<おっと、アカネスミレが盾を杖のように使って移動し始めました。ヴァルジウスを追うつもりなのでしょうか、ウォーレンさん?>

<……間に合うか微妙なところですな。> 

 解説者の解説になってない解説を耳にしながら、ミリアストラはアリーナの端に到達した。

 到達するとすぐに脚部のボルトを展開させ、機体を地面と壁面に固定する。そして背負っていた電磁レールガンを前面に持って来て、胸部のアンカーボルトと接合させた。

 これにより、衝撃は全て外装甲を伝いボルトを通って地面や壁が吸収してくれるはずだ。

 ……ヴァルジウスが一種の砲台へと変形するまで12秒もかかっていた。

 変形中も盾を地面にガツンガツンと当てながら、アカネスミレはどんどん近づいてきていた。

 やがて腰に装着したライフルが自動迎撃を始めたが、予想通り全くダメージは無いようで、アカネスミレが歩みを止めることはなかった。

(一発で決めないとね……。)

 ミリアストラは、盾の向こう側にあるアカネスミレの頭部の位置を予測しながら狙いを定める。

 慎重に微調整していると、再びHMDから耳障りな声がしてきた。

「は、早く撃て。チャージも完了しているはずだろう!?」

「……豚は黙ってろ。」

 ドスの利いた声で言うと、ヘッドセットから会長の声がしなくなった。

 ……狙いが定まると、会長の希望通り、ミリアストラは電磁レールガンの威力をスタジアム内にいる全員に見せつける。

「ファイア。」

 トリガーを引くと同時に、複数の太い同軸ケーブルを伝ってコンデンサに蓄えられた膨大な量のエネルギーが瞬時に開放される。……その間わずか0.01秒。

 その僅かな間に2本のレールに膨大な量の電流が流れ、ローレンツ力を受けた弾が瞬時に加速する。

 眩しい閃光と共に発射された弾丸は、ハイスピードカメラでも捉えることが困難なほどの速さでもって、アカネスミレに向けて飛んでいく。

 その速さは秒速5キロメートル。

 ミリアストラはトリガーを引くと同時に、アカネスミレの盾に小さい穴が空いたのを確認した。

(ありゃ?)

 しかし、その穴はミリアストラが狙っていた場所には空いておらず、何故か盾の中心から少し下に空いていた。

「……外れた?」

 何が照準をずらしたのか、ミリアストラは急いで原因を究明し始めた。


  7


「盾駄目じゃん!! 貫通しちゃったよ!?」

 盾を貫通した弾はアカネスミレの右大腿部をぶち抜き、その周辺を構成していたパーツは勢い良く背後に四散した。また、命中した箇所より下の部分は胴体から離れ、こちらの手が届かないところまで転がっていった。

 両足を失い、支えがなくなったアカネスミレは盾に覆いかぶさるようにしてうつぶせに倒れてしまう。

「あいた。」

 結城はてっきり頭部を狙われているのかと思い、密かに槍で頭部をガードしていたのだが、そのせいで盾と頭部の間に槍が挟まり、倒れた際に頭部が槍の側面に思い切りぶつかってしまった。

<アカネスミレ、両足ともに破壊されました!! 勝負は決したか!? しかし……ギブアップするつもりもないようです。なにか秘策でもあるのでしょうか?>

<まだ頭部は破壊されていなようですが、さすがにここから逆転は難しいでしょうな。>

 ヴァルジウスの自動迎撃は休むことなく続いており、結城は銃弾から身を守るために上半身だけで盾を引き起こし、その銃弾を防ぐ。

 これで次の電磁レールガンによる攻撃までは生き延びることができるだろう。

「やはり貫通されましたね。足さえ動いていれば電磁レールガンを撃たれる前に攻撃ができたのですが……。」

「そんな事言ってもしょうがないよ。」

 通信機から鹿住とツルカの声が聞こえた。先手を取られたことが余程ショックだったのか、鹿住はまだ声に元気がなかった。

「それにしても不思議ですね。なぜ相手はわざわざこちらの足を狙ったのでしょうか。頭を狙えば一発で終わっていたのに……。」

「頭に当てる自信がなかったんじゃねぇの?」

「それを言ったら、盾越しに足を狙うのも難しいことだと思いますが。」

 鹿住はランベルトの適当な憶測を否定した。

 ミリアストラはトリックショットで膝関節をピンポイントで狙えるランナーだ。足を狙ったのにも何か理由があるのだろうか。

「結城聞いてくれ。」

 いきなり諒一の声が聞こえ、結城は言われた通りに耳を傾ける。

「なに? いい作戦でも思い浮かんだ?」

「違う。……でも、ヴァルジウスが電磁レールガンを撃つ直前に銃口が不自然に揺れていたのがわかった。さっきの敵の攻撃は本当の狙いからズレていたと考えていい。」

「どういうことだ? なんで銃口が……」

「待ってくれ、いま解析を……。」

 諒一はそう言ったものの、すぐに答えを導き出したらしく、それをこちらに伝える。

「……振動だ。盾を地面に叩きつけたときに起きた振動が、狙いを狂わせたんだ。」

 思いもよらない結論に、結城は半笑いしながら返事する。

「まさか、そんな事あり得ないって。」

 盾を地面にぶつけるだけで敵の銃撃を反らせられる訳がない。できるとしても地震を起こすことができるくらいの力が必要になるだろう。

 周りも「諒一の意見なんか信じないだろう」と考えていたが、鹿住は違っていた。

「あれだけの重量物を何回も叩きつけていましたから、あり得ない話ではないですね。」

 通信機から鹿住の何かを納得したような声が聞こえた。鹿住は続けて考察する。

「しかも相手は地面や壁にボルトを何本も打ち込んでいます。……姿勢制御がAI任せで、機体を固定した後、AIが地面からの揺れを計算に入れてないとしたら……」

 鹿住の言葉を受けて、ふと結城はラボでの出来事を思い出す。

「あ!!」

 それは、この間のイクセルの『いいこと』と銘打った不可解な行動だった。その時イクセルはテーブルの上にコインを立て、テーブルを叩いてコインを倒していた。

 あれはボルトによる支えを逆手に取ればいいという意味だったのだろうか。

(イクセルはこの事を言いたかったのか……?)

 そうであるかないかは定かではない。しかし、ただの気まぐれであのような行動を取るとは考えにくかった。

「そういうことなら、振動を起こすのにちょうどいい武器があるじゃないか。」

 ランベルトに言われ、結城は今更ながら、自分が超音波振動槍を持っていたことを思い出す。出力が調整され、威力は落ちているらしいが、盾を地面に叩きつけるよりも大きな効果が得られるだろう。

「地面では十分に振動が伝わらないな……そうだ、壁を使おう。」

 思いつきで言ったのだが、鹿住はそれに賛成する。

「確かに、あちらは壁にも固定ボルトをさしていますし、材質も硬いので有効だと思います。」

「そんなまわりくどい事しないで、直接ヴァルジウスに槍刺せばいいのに……。」

 ツルカの的はずれな提案に、結城はそれが実現不可能だということを告げる。

「手から離れたら起動スイッチも押せないし、エネルギーが供給できないだろ。」

「そうだった……。武器なんか使ったことないからよくわからないな。」

 ランスの機能が使えないのはもちろん、例え投げたとしても脚部に付けられた貝殻のような装甲に阻まれてしまうに違いない。

 それ以前に、足が無い状態でランスを投げるのは至難の業であった。

「振動数を調整すれば……ヴァルジウスを壁からひっぺがすこともできるかもしれない。結城、壁際まで移動できそうか?」

「任せて。」

 諒一のお墨付きをもらい、結城はすぐに盾を背負い、這いずるようにして壁際に近付く。

 向こうの敵からはこちらが逃げているように見えるかもしれない。しかし、「相手を油断させる」という意味ではそう見られている方が却って好都合だ。

「反撃開始だな。」

 残された問題は射撃のタイミングだけだった。


  8


「ねぇ、射撃システムに異常はない?」

「これといった問題はありません。照準は手動ですから、問題があるとすればそちらに……。」

「そうなの……。」

 ミリアストラは取り敢えず自分の攻撃がアカネスミレに当たり安心していた。しかし、自分が狙いを外したということが信じられず、スタッフに原因を調べるように頼んだのだ。

 ベテランならばすぐに原因がわかるのだろう。しかし、自分はVFに関しては全くの素人だ。そのため、これといった原因を見つけることができないでいた。

(ランナーとVFで照準に誤差があるのかな……。)

 攻撃を自動迎撃ライフルに任せ、ミリアストラは電磁レールガンの再チャージが完了するまでじっと待っていた。

 すると、盾を構えていたアカネスミレがその盾を背中に背負い移動し始める。どうやら行き先は壁際のようだ。

「ふん、射角から外れようったってそうはいかないわよ。」

 ミリアストラは這って移動するアカネスミレの頭に照準を合わせてトラッキングする。

 チャージが完了すれば、すぐにでも頭部を撃ちぬくことができるだろう。

 やがてアカネスミレは壁際に到達し、盾に隠れて動かなくなった。同時に電磁レールガンのチャージが完了し、発射可能を示すグリーンのマークがHMD内で点灯する。

「これで終わりね。」

 照準に関して一抹の不安があったものの、もう一度外したからといって負けるわけがないと思い、ミリアストラはあまり気負うことなくトリガーを引いた。

 ……しかしその瞬間、ミリアストラは自分の体が揺れるのを感じた。

<なんということでしょう!! アリーナの壁に……>

(え、なに!?)

 地震か何かと思い、実況の声に耳を傾けていたが、それは全くの勘違いだった。

 やがて視界が上を向き始める。それは自分が後ろ向きに倒れているからだ、と気が付くまでに数秒を要した。

(弾はどうなったの!?)

 倒れながらもミリアストラは弾の行方が気になり、視線をアカネスミレに向ける。

 弾丸は既に発射されていたが、狙いはまたしても外れていた。弾は頭部ではなく盾の端に命中し、盾を宙に弾き飛ばす。そのおかげで、盾に隠れているアカネスミレの姿がはっきりと見えた。

(あれは……槍が壁に刺さってる?)

 アカネスミレの手には槍が握られていて、その穂先は壁にめり込んでいた。さらにその壁には亀裂が入っており、それはアリーナの壁を伝いこちらの固定用ボルトにまで達していた。

 壁が脆くなり崩れたため、支えを失ったヴァルジウスは背後に倒れてしまったのだ。

(へぇ、よく思いついたわね……。)

 敵の奇抜な作戦に感心していると背中が地面にぶつかり、腰に装着していたライフルが外れて弾薬と一緒に地面に転がった。

 これでは自動迎撃ができない、それどころか身を守ることもできない。

 ……ミリアストラは体勢を立て直すため、重いパーツを外し始める。

「邪魔な物全部外すよ!!」

 通信機からの返答を待たずして、電磁レールガンを手動で外し横に投げ捨てる。重い砲身は大きな音を立てて地面に倒れた。

 これで立ち上がることができると思ったが、HMDには姿勢制御がうまくいっていないことを示すエラーが表示されていた。

(仰向けにこけて立ち上がれないって……。これじゃまるで亀じゃない……。)

 ミリアストラは脚部装甲をパージして体を半回転させる。うつ伏せになれば手足を使って立ち上がることができると考えたからだ。

「よし、これで……!?」

 しかし、俯せになったところでいきなり視界が真っ暗になり、続けてVFの駆動音が聞こえなくなった。その代わりに、外から大きな歓声が聞こえてくる。

<決まったァァァ!! アール・ブランのアカネスミレ、見事にヴァルジウスの頭部を破壊しました!! ユウキ選手、初勝利おめでとうございます!!>

 実況のテンションの高い声を聞きながら、ミリアストラはコックピットから外に出る。

 俯せになったVFの僅かな隙間から這い出ると、目の前にヴァルジウスの頭部が転がっていた。ミリアストラはそれに近づくと、パーツの表面をぽんぽんと叩き、その上にHMDを置いた。

「負けちゃったか……。」

 ミリアストラは溜息をつく。

 HMDからは会長の怒り狂った声が小さく聞こえていた。


  9


「よっしゃー!! よくやったぞ嬢ちゃん!!」

「おめでとうございます、結城君。」

「すごい、すごいぞユウキ!! まさかホントに成功するとは……。」

「……結城、おめでとう。」

 通信機からみんなの祝福の言葉を聞き、結城は超音波振動を使った作戦が見事に成功したことを再確認した。

 ……結城は槍を壁に刺した後、倒れてじたばたしているヴァルジウスに近づき、頭部を力いっぱい掴んで引き剥がしたのだ。頭部を失ったヴァルジウスは負け。つまり、こちらが勝利したということだ。

 結城は相手がすっ転ぶとは思っていなかったので、予想以上に楽に事が運んだことを喜んでいた。地味な勝ち方だが勝ちは勝ち。『初勝利』という実感はなかったが、ゲームで勝った時の何十倍もの嬉しさを感じていた。

 だが、以前のクライトマンとの試合のことを思い出し、結城は慌ててあることを確認する。

「本当に勝ったのか? ……また反則とかしてないよな?」

「してないしてない。」

 すぐに通信機からツルカの声が聞こえた。それはこちらの意見を真に受けていないような口調だった。

 本当に自分は敵の頭部を破壊したのだろうか。

 ……余計に不安になり、結城は諒一にも確かめてみる。

「なぁ諒一、ホントに……」

「いいから早く外に出ようよ、観客がユウキのこと待ってるぞ。」

 結城はツルカに言葉を遮られ、諒一と話すことが出来なかった。

(……なら、自分で確かめるか。)

 百聞は一見にしかず。通信機越しに聞くよりも、直接自分の目で確かめたほうが早いと思い、結城はコックピットのハッチを開けて外に出る。

 外に出て地面に着地すると、観客席から大歓声が巻き起こり、結城はその声の大きさに驚いた。

<ユウキ選手がコックピットから降りてきました!!>

 実況の声を聞きながら、結城は自分の乗っていたVFを見る。

 匍匐前進をしたせいでアカネスミレのボディは傷だらけになっており、おまけに足もないため、ぱっと見ただけでは敗者に間違われても不思議ではない。しかし、頭部はしっかりとついていた。

 それに対して、ヴァルジウスの頭部パーツは、自分の記憶通り、胴体から離れて地面に転がっていた。

(やっぱり勝ったんだ!! 私は勝ったんだ……。)

 ようやく勝利を実感し、結城は自分の目頭が熱くなるのを感じた。

 込み上げてくる物を抑えるために結城はHMDを脱ぎ、目元に手をあてる。その瞬間にスタジアム内のモニターに自分の顔がアップで映し出された。

<みなさんよく見てください!! この可憐な少女があれだけの激しいバトルを我々に見せてくれたのです!! ……私、実況という公平な立場でありながら彼女のファンになってしまいそうです!!>

 結城は嬉し泣きとは言え、泣き顔を見せるわけにもいかず精一杯の笑顔をカメラに向ける。

 ……その笑顔の破壊力に観客席がどよめいた。

 解説者も観客と同じような衝撃を受けたらしく、唖然とした声でコメントする。

<未だに信じられませんな。こんな少女があれだけのバトルをしていたとは……。>

<私も同感です……えー、まだまだ喋り足りませんが、それは勝利者インタビューにてユウキ選手を迎えて詳しく話をしたいと思います。>

 モニター画面が切り替わり、アカネスミレが勝利した瞬間の映像が流れ始めた。しかし、すぐにヴァルジウスの電磁レールガン発射シーンへと切り替わる。やはり、モニターに表示させるものは派手な方がいいのだろう。

<インタビューの様子はスタジアム内の全モニターにて中継されます。お時間のある方は是非ともご覧になってください。>

(勝利者インタビューか。緊張するなぁ。)

 どんなことを話そうか、勝利に相応しいかっこいいセリフを考えつつ、結城はアリーナの出口に向けて歩き始めた。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 E4に辛勝した結城ですが、これも会長とミリアストラの軋轢のお陰なのでしょうか。

 次で終章です。試合は終わりましたが、もう一悶着ありそうです。

 今後とも宜しくお願いいたします。


追記:2011年7月5日 ヴァルジウスの挿絵を追加。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ