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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
秒速5キロメートル
10/51

【秒速5キロメートル】第二章

 前の話のあらすじ

 アール・ブランのラボで侵入者が捕らえられたが、それは諒一だった。その原因となったのは、日本から技術者として派遣された『鹿住』だった。

 鹿住は諒一がラボに居ることをよしと思わず、それを知った諒一はラボから姿を消した。

 結城は諒一と仲直りするべく、2人きりで会話をしたが進展がなく、再び諒一は結城の前から姿を消した。

第二章


  1


 ダグラス企業学校、VFランナー育成コース。

 このコースではVFの基本操作はもちろん、VFBにおける戦闘指南もカリキュラムに組み込まれている。しかし、まだ基本動作の段階が始まったばかりで、戦闘するまでにはまだまだ時間がかかるだろう。

 その基本動作の授業も週に2、3回程度で、残りは全て筋トレ・ランニングなどの前時代的な体力づくりや、基礎科目の学習にあてられている。

 学生の中には、ツルカや結城のようにVFを操作できるものもいる。しかし、それは極少数で、大半の学生は素人だった。 

 VFを実際に使う演習は、ダグラス社の実験演習フロートで行われる。

 そのフロートには最低限の設備しかなく、半径1キロの円状のフロートには平べったい地面が広がっていた。

 ……そんな殺風景な場所で、結城とツルカは素人学生と共に『VFでの歩行』の授業を受けていた。

 訓練用VFの数には限りがあるようで、半分の学生が簡易ランナースーツを着て地べたに座って休憩していた。

 ツルカは頭にスポーツタオルを被せ、あぐらをかいて休憩していた。そして顔を横に向けて話し始める。

「ユウキ、あれからどうなった?」

 顔を向けた先、ツルカの隣には結城がいた。

 結城はうつむき、地面を見たまま答える。

「どうしたもこうしたも……。諒一とは話してない。」

 結城は膝を抱えて身を縮め、体育座りしていた。

 ランナースーツ姿が恥ずかしいため、なるべく見える面積を減らしているのだ。

 その仕草が余計に男子学生の視線を集めているとも知らず、結城は始終、体をもじもじと動かしていた。

 ツルカはそんな視線を気にすることなく話を続ける。

「彼女に急に冷たくするのは、浮気の初期段階らしいぞ。」

「……え!?」

 結城は『浮気』と聞いて、諒一が自分以外の女性といる所を想像してみる。

 すると、なぜかグラマラスな年上の女性にあごを撫でられる諒一の姿が思い浮かんだ。

 あんな性格なので、誘惑されることはあるかもしれない。しかし、積極的に恋愛する姿を思い浮かべることは出来なかった。

「思い当たるフシでもあった?」

「無いよ!! っていうか年上をからかうな。」

「ごめんごめん。」

 年下の女の子に、しかも恋愛がらみでからかわれて結城はその原因の諒一を恨んだ。

 それ以前に、諒一が自分の恋人だと認識されていることに反論せねばならないが、それだけの気力は残っていない。

 このままだとずっとツルカにおちょくられる可能性があるため、結城は話題を変える。

「みんな結構操作が下手なんだな。」

 少し離れた場所では10体ほどの訓練用VFがよたよたと歩いていた。歩き始めは横一列に綺麗に並んでいるのだが、5歩と進まないうちにタイミングも進行方向もバラバラになっていた。

「まだ初めてひと月経ってないし、歩けるだけで十分だ。」

「こんなので卒業までにカリキュラム消化できるんだろうか……。」

 当初の予定では、この時点で『アームを使った簡単な作業』が終了しているはずである。結城自身は正規的な手順に従って操作方法を身につけた訳ではないため、その進行具合は詳しくわからない。

 しかし、大幅に遅れているのは明らかだった。

 ツルカは別に問題はないといった態度で結城に答える。

「別にいいじゃないか。ボクたちは試合に出られるほどVFを操れるんだし。」

「確かにそうだけど……。」

「それに、コース開設初年度の学生は実験体なんだ。みんなもそれくらいわかってるさ。」

 このままだと戦闘カリキュラムまで行けずとも、基本動作は習得することができるだろう。それに、軍隊のようなきつい訓練をしないでVFの操作技術を学べるのだから、それはそれで良いのかもしれない。

「そこまで!! A班の学生は所定の位置に集合しろ!!」

 結城が他の学生の心配をしていると、交代の時間になったらしく、拡声器で増幅された教師の声が聞こえてきた。

 教師の合図によって訓練用VFはその場で動きを止めた。そして一斉に訓練用VFが膝を付き、コックピットから学生が降りてくる。

 全体を2班に分けているため、次は結城とツルカの属するB班の番だ。

「次はB班の番だが、その前にこの2人に歩行のお手本を見せてもらう。みんな参考にするように。」

(参考か……。外から見たってわかるものでもないだろうに。)

 2人の操作技術はほぼ完成されており、ツルカに至っては教師よりも上手く操作できる。そのため、2人は半分教師のような役割をさせられていた。

 結城とツルカは全員の視線を浴びつつVFに乗り込む。

 ツルカのコックピットに乗り込む様は、岩山を跳ぶシカのように華麗だった。

 対する結城は、初めてジャングルジムを這い上がる子供のごとく、所々体をぶつけつつコックピットにたどり着いた。

 ハッチを閉じて準備が完了すると教師が拡声器を口の前に持っていく。

「歩行開始!!」

 合図を聞き、結城は歩き始める。

 VFは両手を交互に振り、人と同じような自然な動きで歩行する。

(これから何分歩ればいいのか……。)

 以前は歩いていても、VFを操作できるだけで興奮していた。しかし、人間は慣れる生き物である。

 結城は、単純に歩行するだけでは、全く物足りない体になっていたのだ。

 退屈を紛らわせるべく結城はツルカに話しかける。

「ツルカ、すこし話さないか?」

「いいよ。」

 ツルカは二つ返事でそれを了承した。

「……なんでツルカはVFランナーになろうと思ったんだ?」

 早速、結城はツルカに問いかけた。授業中に言うことでもないと思ったが、前々から気になっていたのだ。

「やっぱりイクセルに憧れて?」

「……。」

 しばらく沈黙が続いた。

 そして通信機越しにツルカのまじめな声が聞こえてくる。

「イクセルに……勝つためだ。」

「憧れてるのとあんまり変わらないような……」

「ぜんぜん違うよ。ボクはイクセルが大嫌いだからな。」

「知ってる。初めて会った時もイクセルに蹴り入れてたの覚えてるよ。」

 飛び蹴りをイクセルにかました時は肝を冷やしたが、あれを簡単に防いだイクセルにも驚かされた。

(姉の結婚相手に飛び蹴りなんて……尋常じゃないよな。)

 聞いていいのか判断に困ったが、結城はイクセルのことについて聞くことにした。

「イクセルと何かあったのか?」

 ツルカはこの質問にすぐに答える。

「あいつが来てからお姉ちゃんがボクの相手してくれなくなって……。だから、あいつと同じVFランナーになるって決めたんだ。」

「なるほど、確かに『憧れ』には程遠いな……。」

 よほど姉のことが好きなのだろう。兄弟のいない結城はその感情がよく分からなかった。

 納得する暇もなく、通信機からツルカの声が聞こえてくる。

「……身長があまり伸びなかったのも、激しいトレーニングのせいだ。」

 何やら不穏な空気を感じ、結城はフォローする。

「伸び盛りだし、まだ伸びるって。」

「……十分実力がついた頃には、お姉ちゃんとイクセルは恋人になってて……」

 どんどん声に元気がなくなっていく。

「……シミュレーターでイクセルに勝てるようになった頃には、もう結婚してた。」

 ついに、声が震え始めた。これ以上は聞いてられなかったが、結城にはツルカの言葉を止めることが出来ずにいた。

 尚もツルカは話し続ける。

「お母さんは忙しくて、いつも面倒を見てくれてたのはお姉ちゃんだった。」

 何故かこちらまで悲しい気分になってきた。

「……だから、結婚の話を聞いた時は……うぅ……。」

 唯一の頼れる家族をイクセルに取られ、寂しかったのだろう。ツルカがなぜイクセルを嫌っていたのか、その理由がよく理解できた。

「もういい。変なこと聞いて悪かった……。」

 結城はツルカの予想外の態度に戸惑い、話を中断させた。

(イクセルも可哀想だな。)

 イクセルがオルネラと結婚したのは、ツルカを困らせるためではなく、純粋に愛し合っていたからだろう。

 しかし、ツルカがさみしい思いをしているのは事実である。イクセルに責任は無いとはいえ、彼が原因であることに違いはなかった。

義兄おにいさんねぇ……。)

 もし、イクセルが義理の兄になれば普通のVFBファンの人間なら喜ぶだろう。

 自分はどうだろうか。それは結城の想像の範疇を超えていた。

 ……考えている間も結城の手は的確に動き、歩行動作を完璧に行っている。それはツルカも同様で、結城のHMDには淀みなく歩行するツルカのVFの姿が写っていた。

 結城は改めてツルカにイクセルのことを聞いてみる。

「ツルカ、……やっぱりイクセルとは仲良くはできないのか?」

「最近はそうでもない。ユウキと会ってからどうでもよくなったな。」

「そうか……。」

 自分は何かツルカに特別なことをした覚えはない。しかし、自分がツルカの役に立ったのならば幸いだと結城は思っていた。

 ツルカは歩行しながら拳を前に突き出し、シャドーボクシングのような動作をして見せる。

「……でも、まだイクセルに勝つのは諦めてないけどね。」

 すっかり気分が晴れたようで、ツルカはいつも通りの明るい口調に戻っていた。

「指示された以外の動作はしないように!!」

 遠くから教師の声が聞こえる。ツルカがいきなりパンチをしたことに動揺しているらしく、早口になっていた。

 エネルギー受信エリアの外側に居るとは言え、プロランナー顔負けの鋭いパンチを繰り出すVFを見れば、焦るのも仕方がない。

 折り返し地点に到達すると、教師が訓練用VFに近づき結城とツルカに指示を出す。

「……2人とも見事な歩行だった。もう降りていいぞ。」

(やっと終わった。)

 結城は指示に従ってVFから降りた。

 ツルカは既に降りていて、こちらに向かって小走りして来た。そして釘をさすように言う。

「さっきの話、みんなには黙ってて。」

「イクセルに勝ちたいってことを?」

 ツルカは首を横に振る。

「違う。それより前の話。」

 姉のオルネラについての話だろうか。

 ……話からするにツルカはシスコンということになる。ツルカはそれを他人に知られるのが嫌なのだろう、と結城は推理した。

「わかった。誰にも言わない。」

 結城が約束すると、ツルカは安堵したのか、肩に入っていた力が抜けたように見えた。 

「……ユウキだから話したんだ。間違ってもランベルトなんかには言うなよ。」

 ツルカにしつこく言われ、結城は黙って頷いた。

「B班はこの見本を踏まえて訓練を行うように。……くれぐれも歩行以外の操作をするな。」

 教師の合図でB班の学生が各々のVFに向かっていく。

 それと入れ替わるように、結城とツルカはエネルギー受信エリアの外へ向かった。


  2


 中心部に、巨大なスタジアムが組み込まれているフロートユニット。……毎週2NDリーグが行われているその場所にはリーグに参加しているチームのビルが全て存在していた。

 そのうちの一つ、アール・ブランのビル内、最上階にある会議室。結城はそこにいた。

 最上階と言っても10階なので、そこまで景色がいいわけではない。しかし、地下のラボより開放感があり、なにより清潔なので気分が良かった。

 だだっ広いフロアにはほとんどスタッフがいない。いるのはビルを管理している大会側の清掃員くらいなものだった。

 静かな会議室の中、結城は殆ど使われていないと思われる豪華なイスの肘載せ部分をいじっていた。すると、チーム責任者の掠れた声が会議室に響く。

「と、言うわけで今回集まってもらったのは、作戦会議をするためだ。」

 会議室の奥の壁は、一面がスクリーンになっている。その中央にランベルトは腕を組んで仁王立ちしていた。

「完璧に部外者は締め出してるから、気にすること無く話してくれ。」

「いいよ、そのくらい自分だけでできるし。」

「だめですよ結城君。作戦によってはVFの調整が必要な場合もありますし、全員で話し合うべきなのです。」

「……と言っても3人だけなんだけどな……。」

 現在、会議室にはランベルト、結城、鹿住の3人しかいない。結城と鹿住は並んでイスに座り、ランベルトと向かい合う形になっていた。

 ランベルトはその顔ぶれを見て残念そうに言う。

「やっぱりリョーイチは来なかったのか。……IDカードも渡したんだが、あいつも頑固だなぁ。」

「招集を無視するなんて、チームメンバーとしての意識が欠けてますね。」

 諒一のラボ入りを拒否した鹿住にそれを言う資格はないと、結城は言いたかった。

 結城は、ランベルトから諒一の状態について詳しい説明を求められる。

「まだ仲直りできそうにないのか?」

「うん。いまだに怒ってる理由がわからない。一応は謝ってるんだけど……。」

「なに、試合までまだ2週間もある。じっくりとやればいいさ。」

 ランベルトも諒一のことを心配しているようだった。

 鹿住はランベルトの言葉を聞いて、何かを思い出すような表情を浮かべる。

「あれ? おかしいですね。この間は『仲直りは早いほうがいい』と言っていませんでした?」

 すぐにランベルトが反応する。

「気にするな。女房と何度もケンカした俺が言ってるんだ。経験者の言うことを信じろ。」

 その返事を聞き、鹿住は呆れたといった表情を浮かべた。そして隣にいる結城にアドバイスする。

「結城君、きちんとした人に相談したほうがいいですよ。」

「……そうします。」

「リョーイチのことは後回しだ。……いいから早く会議始めるぞ。」

 ランベルトは咳払いし、手に持っている端末を操作してスクリーンに情報を表示させる。

 鹿住と結城はランベルトから視線を外して、スクリーンに向けた。そこには現在までの各チームの勝敗数が表示されていた。

「今のところE4は1勝1敗。……ちなみにウチは0勝2敗だ。」

 アール・ブランは『トライアロー』と『クライトマン』と戦い、どちらとも負けている。

 どちらも強豪チームなので負けても仕方のないことだが、そのうちの一敗は自分の責任で負けたので、結城は悔しさを感じていた。

 結城はスクリーンから目を離し、ふてぶてしく言う。

「それは知ってる。」

 結城に続いて鹿住も文句を言う。

「まさか、そんなことを言うためだけに私の作業を中断させたわけではありませんよね?」

「よく考えてみろ。E4は一度負けている。その時の対戦相手の動きを見れば攻略法もわかるってことだ。」

 ランベルトは自信満々に話したが、その安易な考えに鹿住は反論する。

「むしろ、試合時間が長い映像を見たほうが、パターンの解析に役立つのではないですか? ……確か時間は、E4が勝利した試合のほうが長かったはずです。」

 それを聞いて、結城は鹿住の意見に賛成した。E4のVF、『ヴァルジウス』の兵装を知るためにも、なるべく長い時間見ておきたいと考えたからだ。

 どちらにせよ、試合の映像はすべて見るつもりなので、どちらを先に見るかは重要な問題ではない。そう思い、結城はランベルトを急かす。

「いいから、早く試合を見よう。」

「まぁまぁ慌てるな。映像は両方とも用意してある。」

「見ないことには始まりませんからね。」

 女性2人の要望を受けて、ランベルトは試合時間の長かった映像の準備を始める。

「それじゃあ、E4が勝った試合から見ますか。」

 再生ボタンを押すとランベルトはスクリーンから離れ、鹿住の横にある椅子に座る。

 座って間もなく、試合映像が流れ始めた。

 ……それは3回目の試合で、E4の相手は『ヘロンヘルガ』というチームだった。

 『ヘロンヘルガ』は、強くも弱くもない微妙なチームで、『クライトマン』や『トライアロー』などの強豪チームには一度も勝利したことがない。

 ……試合開始と同時にE4のVF、『ヴァルジウス』はアリーナの壁際まで移動する。そして壁や地面に太い釘のような物を複数打ち込んだ。

 釘は特殊な形状をしており、中腹あたりには衝撃を緩和するための機構が見られた。太い釘はボディの背面や足の裏、そして脹ら脛あたりから伸びており、それによってヴァルジウスは壁に張り付けられるように固定され、身動きがとれない状態になった。

 次に、手に持っていた、銃身が桁違いに長い銃……電磁レールガンをボディの前面各所にあるアンカーボルトと接合させ、ロックする。

 電磁レールガンと一体化したヴァルジウスの姿は雄大さに満ちていた。ヴァルジウス本体が電磁レールガンの『銃座』だと言っても不思議ではないほどだった。

 その形態に変形し終えると、ヴァルジウスは電磁レールガンを敵に向け、攻撃を開始する。この他にも普通の銃火器が装備されており、試合中は絶え間なく弾が発射されていた。

 弾幕によって敵のVFはヴァルジウスに近付くことすら出来ず、見る見るうちに銃弾によって装甲を剥がされ、最終的に電磁レールガンで頭部を撃ちぬかれた。

 そこで映像は終了した。

「……とまぁ、こんな感じだ。」

「圧倒的ですね。あれはVFというより、ただの『砲台』でしたね。」

 映像を見た鹿住は素直な感想を述べた。

 結城はヴァルジウスの外見に驚いたが、それ以上に気になることがあった。

 それは壁に打ち付けられた太い釘である。

(あんなにアンカー打ち込んで、スタジアムの運営側から怒られそうだ……。)

 映像ではかなり深くまで釘を突き刺したように見えた。反動を殺すためか、重い電磁レールガンを支えて照準を安定させるためか、それとも、壁に背を向ける事によって巨大なコンデンサを守っているのか、……理由は色々と考えられる。

(外見もそうだけど、電磁レールガンもすごかったな……。)

 電磁レールガンから放たれた弾はかなり速く、その全てが敵に命中していた。まさに必中必殺の武器である。

 ……こんな武器の使用が許されるのだろうか。

 疑問に思った結城はランベルトと鹿住に説明を求める。

「クライトマンの『超音波振動兵器』が駄目で、この『電磁レールガン』が許可されてる理由がわからないんだけど……。」

 ランベルトはその質問が来るのを想定していたようで、すぐさまそれに答える。

「基準は『コックピットがその攻撃に耐えられるかどうか』だ。そこは飛翔体の重量を調整して、上手いことやってるんだろう。」

 鹿住はランベルトの言葉を肯定するように浅く頷き、結城に話しかける。

「この威力を実現させるだけの代償は十分払っていると思います。むしろデメリットのほうが大きいので、禁止武器には指定されないでしょう。」

 その話に対し、結城は怪訝な表情をみせた。

 鹿住はランベルトから映像再生用のリモコンを奪い、試合の映像を途中まで巻き戻してみせる。

「映像を見てもわかるように、ほとんどのエネルギーが電磁レールガンに費やされています。対ショック用の汎用ランディングギアを使わないところから推測するに、反動を受け流すための電力も惜しいのでしょう。」

「だから、わざわざ体を壁に固定させてたのか……。」

「そうですね。それだけエネルギーラインの確保がギリギリだということです。電磁レールガンは連射がきかないようですし、攻撃手段としてはかなり効率が悪い部類に入ると思います。」

 固定用の釘を打ち込むのにはそこそこ時間が掛かっていたので、先手をとれば試合を有利にすすめることができるはずだ。ヘロンヘルガの敗因はそこにあると結城は思った。

 ランベルトは鹿住からリモコンを奪い返し、映像の再生を終了させる。

「射撃以外の無駄な機能を全て捨てて、電磁レールガンにエネルギーを集中させてるってわけだな。」

「そこまでして、電磁レールガンを使わなくてもいいのに。」

「自社製品の宣伝のためにも、この武器をどうしても使わねばならないのでしょう。」

 E4にとって試合の勝ち負けは問題ではない。それよりも、如何にして電磁レールガンの優れた性能を顧客に伝えることができるか、が問題なのだろう。

 出力を落として、連射性能を向上させれば有用性の高い武器になるに違いない。しかし、それを無視して弾速に全てをかけるその姿勢は、結城には到底理解できるものではなかった。

「次は、E4が負けた試合を見てみるぞ。」

 ランベルトはリモコンを操作し、映像を再生させた。

 ……それは6回目の試合で、相手は『トライアロー』だった。

 試合の流れは、ヴァルジウスが電磁レールガンと合体するまでは同じだったが、それからがさきほどの映像とは全く違っていた。

 トライアローのVF、『アクトメイル』は、アール・ブランとの試合時に使用した『オクトメイル』よりも機動力に重点を置いたデザインになっている。

 まず、ヴァルジウスの電磁レールガンによる攻撃がアクトメイルの肩の収納スペースに命中した。そこから無数の熱源装置がこぼれ出し、辺りにばらまかれる。

 それによってヴァルジウスの照準システムは混乱し、それ以降、電磁レールガンの攻撃は全く当たらなくなった。

 トライアローは電磁レールガンの対策を準備していたのだ。

 ……身動きの取れないヴァルジウスはあっさりとアクトメイルに接近され、為す術も無く頭部を破壊された。

 そこで映像は終了した。

「……。」

 意図的にスモークやフレアを使用するのは禁止行為に当たる。しかし、これは熱を帯びた細かいパーツが偶然アリーナに散乱したのであって、ルール上は問題ない。卑怯だが、いい作戦だった。

 これによって、電磁レールガンの射撃制御はほとんど機械に頼っているということがわかる。妨害装置は使用できないと考えていたE4に油断があったということだ。

 トライアローに感心していると、ランベルトがこちらの顔を覗き込んでくる。

「すげー顔してるな……そんなに驚いたか?」

「当たり前だ。2人は驚いてないのか……?」

「私はこの間見ましたから。」

 鹿住はスクリーンに目を向けたまま答えた。ランベルトは結城の椅子の前に立ち、腰に手を当てて少し呆れた口調で話す。

「……仮にもVFランナーなんだから、試合のチェックくらいしておけ。」

「……わかった。」

 最近は諒一のことで頭がいっぱいだったため、チェックする余裕がなかった。

 映像を見終えると、話は電磁レールガンへの対策へと移行する。 

「詰まるところ、相手が電磁レールガンを撃つ前に攻撃を当てればいいってことだ。」

「そんな簡単に言うなよ。あっちは普通の銃火器も装備してるんだ。」

「収納スペースに乏しいアカネスミレであれを実現させるのは無理ですし、別の方法を考えないといけませんね。」

 3人が好き勝手に発言していると、元気な声と共に男性が会議室に入ってくる。

「こんにちはー、お邪魔するよ。」

 結城はその馴れ馴れしさから、その男性がアール・ブランのスタッフだと判断した。

 しかし、その男性の姿を見てそれが間違いだったということに気付き、目を白黒させた。

 その男性は壁を触ったり、机を触ったりしながら3人のもとへ近づいてくる。

「わぁ……懐かしいな、ここ。」

 ランベルトは、感嘆を漏らすその男性に親しげに話しかける。

「イクセルじゃねえか。来るのなら連絡しろよ。」

「ごめんごめん。」

 そう言って気さくに謝ったのは『キルヒアイゼン』のVFランナー『イクセル』だった。

 イクセルは相変わらず平凡な格好をしており、放置された寝癖がピョコピョコと揺れていた。とてもじゃないが、1STリーグで活躍する最強のVFランナーには見えない。

 いきなり有名人が出現し、結城と鹿住は視線をイクセルに向けたまま硬直していた。

 ランベルトは臆することなくイクセルに話しかける。

「……で、土産も持たずに何しに来たんだ。」

「最近ツルカはよくここに来てるのかい?」

「あぁ、確かに来てるが週末くらいなもんだ。こっちも迷惑してるから、来ないように言ってくれないか?」

 イクセルは笑顔のまま急におじぎをする。

「義理の妹がお世話になってます。ランベルトさん、ありがとう。」

「気持ち悪いな。いきなりなんだ。」

 ランベルトは思わず後ずさりした。

 イクセルと知り合いだった上にお辞儀までさせるなんてすごいな、と思っていると、ランベルトがこちらに目を向ける。

「礼ならそこの嬢ちゃんに言ってくれ。ツルカをここに連れてきたのはそいつだからな。」

 ランベルトに誘導され、イクセルはこちらに視線を向ける。

「そうか、やっぱり君だったのか……。」

 結城はイクセルと目が合ってしまい、慌てて姿勢を正す。

「お久し振りです。あ、会えて嬉しいです……。」

「同じランナー同士だ。そんなかしこまらなくていいよ。……普通に話そう。」

 そう言われても、ランベルトのように気さくに会話できるはずがなく、おとなしくイクセルの話を聞くことにした。

「ここ最近、ツルカはとても生き生きしてる。僕もオルネラも嬉しいのさ。」

「ツルカがそう言ったのですか?」

「いや、理由を聞いても教えてくれないから、こっそり跡をつけていたんだ。」

「そ、そうだったんですか……。」

 若干、行き過ぎた行為だと思い、結城は苦笑いした。

 イクセルは気にせず話を続ける。

「まさか、アール・ブランに来てたなんてね。」

 アールブランの名を口にしたとき、イクセルはまたしても懐かしげな表情を浮かべた。ランベルトとも知り合いのようだし、何かあったに違いない。

 それを聞こうとしたが、イクセルの言葉によって遮られてしまう。

「これが次の対戦相手かい?」

 イクセルが見ているのはスクリーンに映るヴァルジウスだった。そこにはそれ一体しか映り込んでいなかったので、結城は肯定する。

「はい、そうです。」

「ふーん……。」

 のんきな口調で言うと、イクセルは懐を探り始める。

「ツルカの事もあるし、お礼にいいことを教えてあげよう。」

「いいこと……ですか?」

 イクセルは懐から一枚のコインを取り出し、片手だけでそれを机の上に垂直に立てた。

 コインは転がること無くその場でピタリと停止していた。

(……?)

 何がいいことなのだろうか、結城がそれを考える暇なくイクセルは机の上面をノックする。

 すると衝撃により、コインは模様の掘られた面を下にして倒れた。

「倒れたね。」

「……はい?」

「そういうことさ。……これからもツルカのこと、よろしく頼むよ。」

 イクセルはコインを机から拾い上げると、会議室から出ていってしまった。

 ……結局何をしに来たのだろうか。

「全く意味が分からないのですが……。」

 イクセルが来てから無言になっていた鹿住が口を開いた。ランベルトは、やれやれといった風に肩をすくめる。

「あいつは昔からあんな奴だ。真面目に取り合うだけ無駄だな。」

 イクセルが出て行ったドアを見つつ、結城は話題を戻す。

「それで作戦なんだけど……トライアローの真似をしても駄目だと思う。」

「異論ありません。それに、E4も何かしらの対策をとっていると思います。」

 ランベルトは椅子に深く腰掛け、腕を組んで唸る。

「どうしたものか……。似たような試合とか、参考になるような資料はないか?」

 そう言われて結城は今まで見た試合を思い返してみる。しかし、思い当たらない。

「見たことないなぁ。アリーナの端から一歩も動かないような試合、見てたら忘れてないと思うんだけど。」

「同じく、試合の映像は資料用に編集されたものしか見たことがありません……。」

「俺も心当たりない……となると、頼みの綱はリョーイチか。」

「諒一が?」

 諒一の名を呼ばれ、結城はランベルトに聞き返した。確かに諒一はVFマニアで、VFBにも詳しいが、専門家ほど詳しいとは思えなかった。

 ランベルトは諒一を当てにする理由を述べる。

「数十年前の使用禁止武器のことを知ってたくらいだ。似たような試合を見たことはあるかもしれないぞ。」

 結城はランベルトが何のことを言っているのかわからないが、諒一の知識が役に立ったことがあったのだろうと判断した。

 鹿住もそれを聞いて、諒一に頼ることに賛成する。

「そうだったのですか。どちらにせよ、聞いて損はありませんね。」

 ランベルトは携帯端末を取り出したが、すぐにそれをしまう。

「なぁ嬢ちゃん、リョーイチと連絡は取れないのか?」

「とれるとは思うけど……。」

「なんだ。」

 結城は小さな声で申し訳なさげに答える。

「今は連絡したくないというか、話しづらいというか……。」

「……だよな。」

 問題は、どうやって諒一とコンタクトを取るかということだった。

 諒一はあれからずっと消極的な態度をとっており、ラボにも全く顔を出さなかった。

 ランベルトは、結城に共感したのか、自分のことを語り始める。

「辛いよなぁ。……俺も女房と喧嘩してた頃は会話もあまり無かった……。」

「ただ単に奥様に避けられていただけでは?」

 鹿住は半笑いでランベルトをからかった。ランベルトはすぐその言葉に反応する。

「うるせーよ。」

「……。」

 チームの為に諒一が必要なので、結城は取り敢えず、既婚者であるランベルトに話を聞いてみることにする。

「その喧嘩の原因ってなんだった?」

「くだらねぇことさ。あれは俺が30の頃……」

「浮気です。」

 またしても鹿住がランベルトを嘲るように言った。

 先ほどとは違い、ランベルトは過剰に反応する。

「ッ!? テメエ……鹿住!! 適当なこと言うんじゃねえよ!!」

 うまく舌が回っておらず、ランベルトは明らかに動揺していた。

 鹿住は淡々と事実を話す。

「奥様からお話を伺いました。ずいぶん駄目な亭主だったと聞いています。」

「なんで……。」

「仮にもこのチームで働くのですから、責任者の情報を知るのは当然のことです。」

「あぁ……。」

 ランベルトは顔を両手で覆い、黙ってしまった。

(駄目だ、あてにならない……。)

 結城は海上都市に来てから一番重いため息を付いた。


  3


 E4に対する作戦がはっきりしないまま2週間が経とうとしていた。その間も結城は諒一と連絡が取れず、休日も部屋を訪ねて来ることはなかった。

 しかし、部屋は人間がストレス無く生活できるレベルに保たれている。これも、ツルカと同室になったお陰である。ツルカには一度正式にお礼を言っておくべきだろう。

(ツルカか……。)

 そのツルカと共に所属している『VFランナー育成コース』は、以前いた『VFマネジメントコース』の数倍忙しい。その分充実感も増していた。

 しかし、2NDリーグのための練習時間は減り続けている。そのため、アカネスミレで練習できる時間もかなり少ない。……こんなことで試合に勝てるのだろうか。

 いや勝てない。

 そもそも、学校に通いながら片手間にVFBに出場するということ自体に無理がある。結城と違い、試合相手は毎日VFを使用して練習や訓練をしているだろう。そして、自己鍛錬にも抜かりはないはずだ。

(学生やめてランナーに専念したほうがいいのか……。)

 これ程までに『時間が惜しい』と感じたことはない。

 学校でVFについて勉強したいし、試合に耐えうるだけのトレーニングもしたい。そして日に3時間くらいは本物のVFに乗って訓練をしたいし、模擬戦闘をして自分の技を磨きたい。もっと言うと、毎日三食おいしいご飯が食べたいし、フカフカのベッドで眠りたい。

(無理だなよなぁ。)

 現在は学校に大半の時間を奪われ、他のことに時間を割いている余裕がない。そのため、アール・ブランのビルに行けるのも休日くらいなものだった。

 ……その貴重な休日、結城は海上都市メインフロートユニットの商業区にいた。

 結城はおしゃれなワンピースを着てショッピングモールの入り口に立っていた。久々にスカートを履いているため落ち着かない。

 結城は時計の長針が動くたびにスカートの裾をいじったり、メガネのレンズを拭いたりと、所在なさげにしていた。

(鹿住さん、こんな場所で何の用事だろ。)

 ここにいるのは鹿住に呼び出されたからだ。

 今朝、連絡があった際は明確な理由を聞くことが出来なかったが、集合場所から推察するに、多分ショッピングなのだろう。

「でもショッピング……って柄でもないよな。」

 ぽつりと呟くも、その声は雑音に掻き消された。

 ショッピングモール周辺は大変賑わっており、入り口には結城と同じように待ち合わせをしている人が多く見られた。

 入り口の前には大きな広場がある。その広場を囲むようにして段差の小さい階段が設置されており、それはベンチの役割を果たしていた。

 休日とあって、段差にはカップルの姿を多数確認することができた。

(遅いな……。)

 結城はずいぶんと長い間、鹿住を待ち続けている。その間にも周囲の人々は次々と目的の人と合流していき、結城は陳列棚に取り残された売れ残りの商品の気持ちを味わっていた。

 ……鹿住がどんな格好で来るのかを想像していると、視界の隅にダグラス企業学校の制服を見つけた。

 その男子学生は壁に背を向けて立っており、横顔を確認することができた。

 結城は休日にも関わらず制服を着ていることに感心し、その学生をよく見てみる。

「あ……。」

 それは諒一だった。

 久々に見る幼なじみの顔は少し別人のようにも見える。

 こちらには気付いていないようで、まっすぐ前を向いて広場にある時計に目を向けていた。

 ……休日の昼間からこんな場所で誰を待っているのだろうか。

 男友達との待ち合わせで、こんな場所を集合場所に指定するわけがない。……となると考えられるのは女と待ち合わせである。

(まさかツルカの言ったとおり浮気……)

 メガネのレンズをこする手が一瞬止まる。

 結城は、つい先日ツルカに言われた言葉を思い出していた。

(いや、浮気とかじゃなくて、私と諒一はただの幼なじみだし……)

 諒一の知らない一面を見ているようで、結城は何か不思議な気分になる。試合のある日は必ず観戦に行く諒一が、その重要な予定を変更してここで人を待っている。

 待ち合わせの相手は、諒一にとって試合観戦よりも価値のある女に違いない。

(あいつが誰と付き合ってたって私は……)

 自然とレンズを拭く手に力がこもる。

「結城?」

 不意に名前を呼ばれ、結城はメガネを装着し、ゆっくりと顔を上げる。

 横を向くと近くに諒一の顔があった。目と目があい、しばし見つめ合ったが、時刻を告げるチャイムをきっかけに、2人とも同時に目を逸らした。

 諒一は顔を背けたまま責め立てるように言う。

「ラボに行かないと。来週は試合だろう。」

「そっちこそ、今日の試合は見に行かなくていいのか?」

「後から映像で見られる。しかし、VFランナーにとっての試合は一度きりだ。しっかり準備しておかないと……」

 話が長くなりそうだったため、結城はそれを無視して諒一に問いかける。

「今日は誰かと待ち合わせしてるのか?」

 諒一は話を中断し、それに答える。

「ああ。……もうそろそろ来ると思う。」

 そう言って広場の方を見た。広場の時計は正午を示していた。

 待ち遠しそうな雰囲気の諒一を見て、結城は覚悟を決める。

「それはもしかして、女……なのか?」

「そうだ。」

「……え?」

 諒一の呆気の無い肯定に、結城は自分の心にさざ波が立つのを感じた。

 いつの間に恋人を作っていたのだろう。恋人がいるような素振りを見せたことがあっただろうか。ただ自分が気付かなかっただけなのか。……今の今まで知らなかったのだから気付かなかっただけなのだろう。

 結城はショックのあまり大声を出しそうになったが、それを堪えて普通に喋るように努める。

「い、い、いつ知り合ったんだ!?」

「つい最近だ。結城もこの間会ったじゃないか。」

「私も!? 知らない、知らないぞ……。」

 この間会った人物……。オルネラは人妻だからあり得ない。リュリュはリオネルに夢中だからあり得ない。とすれば……

「ツルカだったのか……。」

 すかさず諒一は訂正する。

「鹿住さんだ。……ここで待つように連絡を受けた。」

「あ、あー、……なるほど。」

 結城も鹿住に呼び出されてここに来た。諒一もここを指定されたということを考えると、鹿住が仲直りのお膳立てをしたのだと予想できた。

 それを裏付けるかのように、結城の携帯端末に鹿住からのメッセージが届く。

 結城は諒一に見られないように注意して画面を見る。

 ……メッセージには短く、「後はご自由に。」とだけ書かれてあった。

 このタイミングでメッセージが届いたいうことは、どこからか見ているに違いない。

 先ほどのやり取りも見られていたのかと考えると、恥ずかしい気分になった。穴があったら入りたいとはこのような気分の時に使うのだろう。

 諒一にも同じようなメッセージが鹿住から届いたのか、携帯端末を見てため息を付く。

「……早くラボに行って練習した方がいい。」

 ここで引き下がっては埒が明かないと思い、結城はいつもに増して強気に出る。

「最近、私のこと無視してるよな。その理由を聞くまではラボに行かない。」

「……言いたくない。」

 諒一はそう言い捨ててその場を去ろうとした。しかし、結城は諒一の手を掴んでそれを阻止する。

「……。」 

 結城の手を振りほどこうと諒一は上下左右に手を降ったが、全く手は離れず、それは手錠のごとく2人を繋いでいた。

 そのまま結城は諒一の手を体に引き寄せて無理矢理腕を組む。すると諒一は腕を振るのをやめて大人しくなった。

 腕を組んでも解決する問題ではないので、結城はあることを提案する。

「じゃあこうしよう。ゲームで私に負けたら、その理由を白状するってことで。」

「九割方強制じゃないか。」

「ほう、10%は勝つ自信があるんだな。」

 結城は諒一と腕を組んだままショッピングモールから離れ、ゲームセンターがあるエリアまで移動していった。


  4


 ゲームセンター1階。その階では楽しげな音楽が流れ、それぞれのゲーム機自体からも大音量で効果音やらBGMが流れている。

 統一性のない音の集合体はただの騒音であり、長時間聞けば健康に害を及ぼすのではないかと思われた。

 そんな中、結城はあるゲーム機の前に立っていた。

 2階へと続くエスカレーターを恨めしそうに見ながら諒一に不平を言う。

「……なんでシューティングゲームなんだ?」

「勝負は結城が提案してきたんだ。ゲームの選択権くらいは欲しい。」

 結城の手には銃の形をしたコントローラーが握られていた。

 そのゲームは2人でプレイするタイプのもので、諒一も同じようなコントローラーを手にしていた。

 それを慣れた手つきで扱いながら諒一は続けて言う。

「それに、VFBシミュレーションゲームで結城に勝てるわけがないだろう。」

「……。」

 諒一の言うとおりである。だからこそシミュレーションゲームをやるつもりだったのだ。

 ……結城は日本にいた時は、長い期間ゲームセンターに通っていた。とは言うものの、VFBシミュレーションゲーム以外のゲームで遊んだことはなない。

 今、結城がやろうとしているシューティングゲームも初めて見るものだった。

 ゲーム画面は半球体の内側に投影され、その半球体は2人をすっぽり覆うほど大きなものだった。

 上下左右から敵が出現するため、腕だけではなく体も動かす必要があるだろう。 

(意外と面白そうだな。)

 今までずっとHMDを被ってゲームをしていた結城にとって、大きな画面を見ながら遊ぶゲームは新鮮で、興味をそそられるものだった。

「スコアが高いほうが勝ちでいいな?」

 諒一が確認をするように言った。

 自分にとってこのゲームは不利なのかもしれないが、こんな単純なゲームで諒一に負けるつもりはない。

「望むところだ。」

 結城の返事を聞いて諒一がコインをゲーム機に投入し、壮大な音楽と共にゲームが開始された。

 ゲームキャラクターは動物をデフォルメした物で、可愛いぬいぐるみのようだった。

 標的となる敵は熊や狼などの凶暴な動物である。しかし色が黒や濃い紫なだけで、プレイヤーキャラとさほどの違いはなかった。

 ゲームの難易度は、ファンシーな雰囲気に似合わずとてもハードだった。

 ……開始から5分後、結城は敵の猛攻を受け、ゲームオーバーになってしまった。

「あ、死んだ。」

 残弾を気にしていなかったのが敗因だろう。

(普通に遊んでるな、私。)

 危うく当初の目的を忘れるところであった。あと10分も遊んでいれば、忘れていたに違いない。

 諒一はまだ余裕があるらしく、敵を丁寧に狙って撃っていた。この分だと弾切れの心配はないだろう。

 諒一はこちらをちらりと見て呟く。

「……よし。」

 結城は馬鹿にされたように感じ、諒一に食ってかかる。

「今『よし』って言っただろ。」

「言ってない。それと、前に立たないでくれ。」

「いや、絶対に言った。」

 結城は画面と諒一の間に立ち、妨害工作に出ていた。

 ゲームオーバーになってしまった以上、自分が勝つためには諒一のスコアを低く押さえるしかない。

 操作不能になった諒一はあっという間に熊の大群にボコボコにされ、ゲームオーバーになった。

「終わった……。」

 そして、陽気な音楽が流れ、結果画面が表示された。

 諒一はそれを見て勝ち誇ったように言い放つ。

「スコアはこっちの方が上だ。……勝てば帰っていい約束だったよな。」

 ここで帰られては困ると思い、結城は食い下がる。

「まだだ、最終スコアで勝負だ。」

 諒一は銃の形をコントローラーを元あった場所に置いて、首を横に振る。

「クリアは無理だ。それに、もうコインが無い。」

 一緒に遊び、仲直りできたのではないかと思ったが、そう簡単にいかないようだ。

 諒一は結城と距離を取ろうする理由を話すのを頑なに拒否していた。

「それじゃあ約束通り、帰る。」

 そう言って諒一はゲーム機から降りた。

「ちょっと諒一……」 

 結城が引きとめようとした時、隣のゲーム機から歓声が上がった。

(なんだ!?)

 声に驚きそちらを見てみると、20名程度の人が隣のゲーム機の背後に集まっていた。その多くが子連れで、子供は夢中になってゲーム画面を見ていた。

 ゲームは結城がやっていたのと全く同じものだった。

 諒一も気になったらしく、立ち止まってそれを見ていた。

 とりあえず、結城は立ち止まった諒一の腕を掴み、視線をゲーム画面に向ける。

 ゲームをプレイしているのは一人の金髪の女性だった。

 年齢は結城たちと同じくらいだろうか、身長も結城とほとんど変わらなかった。

(あれ、1人で……?)

 ステージ数は8で、結城がゲームオーバーになった3に比べて敵の量が半端ではなかった。

 金髪の女性はコントローラーを両手に持ち、それらの敵を見事に捌いていた。瞬く間に敵の集団が画面から消え、スコアもぐんぐん伸びていく。

(スコアすごいな、それに両手持ち……。)

 金髪の女性の両手はそれぞれ別の生き物のごとく動き、正面だけではなく、左右からの敵も撃ち漏らすこと無く完璧に排除していた。

 やがて全ての敵がいなくなり、ひときわ大きな音でファンファーレが鳴り響く。どうやらステージは8で終わりのようだ。

 最終的なスコアは、ボーナス倍率により天文学的な数字になり、ランキングの2位に圧倒的な差をつけて1位になった。

 背後で見ていた人々から拍手が巻き起こり、金髪の女性はそれに手を振って応える。そして、順番を待っていた子供にコントローラーを渡すとゲーム機から降りた。

 集まっていた人々は満足気な顔でそれぞれ散っていった。

(何かのイベントだったのかな……?)

 呆然とした顔で女性を眺めていると、その女性と目が合ってしまった。途端に女性は笑みを浮かべ、こちらに近づき話しかけてくる。

「どうかしたの?」

 金色の髪はショートカットにされており、少し長めの前髪は、両側のこめかみにある2つのヘアピンによって真ん中で分けられていた。

 そのヘアピンの色はシルバーで、古い年代のアンティークのようだった。デザインも古く、とてもシンプルな形をしていた。

 金髪の女性はこちらのゲーム画面を見て、何かを納得した様子で頷く。

「クリアできないのね……。アタシが教えてあげようか?」

 女性の声は周りの騒音のせいで聞き取りづらかった。しかし、その仕草から何を言っているのかは、容易に理解することができた。

 にこやかに提案してくれた女性に対し、諒一は即座に返答する。

「いえ、もう帰りますから結構で……」

「是非ともお願いします!!」 

 結城は大声を出し、諒一の断りのセリフを掻き消した。

 金髪の女性は結城の気迫に若干押されながらも、快く承諾する。

「う、うん、任せといて。」

「ありがとうございます。」

 結城のその言葉は本心から出たものだった。

 諒一は、人の親切を無視してまでこの場から去れるような人間ではない。

 この女性のお陰で諒一が帰るのを防ぐことができたという訳だ。

「……まずは最初からやってみて。やりながら教えてあげる。」

「わかりました!! ほら諒一、もう一回やるぞ。」

 諒一は結城の指示に従い、再びゲーム機の中に入った。それに続いて結城が入り、最後に金髪の女性が入り、結城の横に立った。

 結城は何気なく女性の横顔を見てみる。

 間近で見ると、その女性が美人であることがよくわかった。ただ、オルネラのような守ってあげたくなる雰囲気ではない。それとは全く逆ベクトルの力強さにあふれていた。

 女性の瞳は淡い緑色だった。目の上下にあるまつげは長く、髪と同じ金色をしている。眉も同じく金色で、それらはエメラルドグリーンの瞳をより引き立てていた。

「ん?」

 結城の視線に気がついた女性は、結城に顔を向け首を少し傾けた。

 じろじろと見たことが失礼だったと反省し、結城は視線を泳がせる。

「いえ、その……」

 次の言葉を探していると、女性のヘアピンに目が止まった。それがわかったのか、金髪の女性は左側のヘアピンを外して手のひらの上に載せた。

 結城は顔を近付けそれを見る。

「……このヘアピン、綺麗ですね。」

 小さな傷がたくさんあったが、それはデザインの一部に見えなくもない。軽い素材で作られたヘアピンが多い中、重い金属で作られたこれは珍しい物だった。

 手の上でヘアピンを弄びながら、金髪の女性は話す。

「古いでしょ? でも、小さい頃から付けてるから……付けてないと落ち着かないの。」

「思い出の品ってやつですね。」

「……そんな大した品じゃないよ。」

 金髪の女性は左側の前髪をこめかみ付近でまとめ、それをヘアピンで止める。

「アタシの事はいいから、ゲームに集中したほうがいいよ。もう始まるんじゃない?」

(そう言えばそうだった……。)

 結城はゲーム画面に注意を戻す。

 準備はすべて諒一がやってくれたようで、画面の中ではゲームキャラクターがゲームスタートを促していた。

 諒一もゲームの開始を促すようにコントローラーを結城に差し出す。

「結城、これ。」

「うん。」

 諒一から銃型のコントローラーを受け取ると、すぐにゲームが開始された。

 結城は銃を両手でしっかりと構え、画面に敵が出てくるのをじっと待つ。

(さて、どうやって諒一から話を聞き出そうか……。)

 最初に現れた狼の胴体を撃ち抜きながら、結城は考える。

(でも、前みたいに無理やり帰らないってことは、諒一も仲直りしたいのか……?)

 結城は左でプレイしている諒一に目を向ける。

 諒一は右手で銃を持ち、画面に対して体を横に構えて撃っていた。こちらに背を向けてプレイしていることになる。

 制服の袖からは、くっきりとした前腕筋が覗いており、それはトリガーを引く指の動きに合わせて脈打つように動いていた。

 幼なじみの腕の筋肉を5秒ほど見つめたところで、結城はふと我に返る。

(……って私は何見てるんだ。)

 気になってしまったのだから仕方ない、と自分に言い聞かせつつ、結城はそれが二度と視界に入らないようにゲーム画面に集中することにした。

 ……しばらくそれぞれが自由にステージ1をプレイしていると、金髪の女性からダメ出しの言葉が浴びせられる。

「せっかく二人でやってるんだから協力しないとダメよ。」

「協力?」

 スコアを競い合っているので、協力は必要ないと思ったが、結城は話を聞いてみることにした。

「いい武器は上手い方に取らせて、もう片方は補助装備で敵の動きを止めるのに徹するの。……スコアは伸びないけれど、これだと簡単にクリアできるわよ。」

 このゲームでは、弾薬や銃は倒した敵が落としていく。弾は全て共通なので、弾切れを起こさないようにするには、早めに強力な武器を手に入れ、少ない弾数で敵を倒す必要がある。

 つまり、弱い武器を使い続けていると、それだけ弾が無駄になるということだ。

 結城はこの手法に賛成できず、金髪の女性に反論する。

「2人で普通に撃ってたほうが効率いいんじゃないかな……。」

「さっきはそれでゲームオーバーになったんでしょ?」

 返す言葉もない。

「……その通りです。」

「ともかく、試しにやってみなさいよ。」

 金髪の女性に促され、結城は諒一に目配せする。サポートに回る方は敵を倒せないためスコアは全く入らない。サポート役をすれば負けるというわけだ。

 すると早速、威力の高い武器が倒した敵の中から出てきた。

「じゃあ私が武器を……」

 結城が武器を入手するべく銃口をそれに向けようとすると、金髪の女性が画面前に割って入り、結城の武器入手を妨害した。

 その間に諒一が武器を横取りする。

「あ、それ私の……。」

「見た感じ、カレシのほうが上手いんでしょ? ……あなたはゲージが貯まるたびにこのボタン押してればいいのよ。簡単でしょ。」

 金髪の女性は結城の手を取り、銃型のコントローラーの側面に付いているボタンを見せた。結城はこんなところにボタンがあったことを初めて知った。

 女性が指し示したボタンは、敵の動きを一時的に停止させることができるボタンだった。

 押せば、敵の頭上に星が周り、敵はふらふらしながらその場で立ち止まる。

 これによって、敵の頭を狙いやすくなり、さらなる弾薬節約が期待できるのだ。

(サポートか……。諒一のサポートなんて生まれて以来したことなかったな……。)

 早速そのボタンを押してみる。敵が一斉に動きを止めた。

 その敵を諒一が順番に撃ち抜いていく。その間結城は何もすることなく、ただ敵が倒されていく様子を見ているだけだった。

 ……とても退屈でつまらない。

(諒一もこんな気持だったんだろうか……。)

 ずっと昔から、いろいろと諒一にはお世話になっていた。

 先に電車の席に座るのは自分だったし、買ってきた漫画を先に読むのも自分だったし、カットされたスイカの上部の甘い部分を食べるのも自分だった。さらに、諒一の誕生日ケーキのローソクを消したこともある。

(……わがままだったなぁ、私。)

 今でも十分にわがままなのだが、昔に比べれば改善されていると自分では思っていた。

 ……横にいる諒一はそれが作業であるかのように淡々と敵を撃っている。一見つまらなそうだが、口の端が少しだけ上に曲がり、笑っているように見えた。

(諒一、楽しそうだ。)

 それから2人は絶妙なチームワークを発揮し、難なくゲームをクリアした。

「倒せた……。」

「ほら、やれば出来るじゃない。はい、2人ともハイタッチ。」

 金髪の女性に言われ、2人は仲良く手のひらを合わせた。2人の手のひら同士がぶつかり、小気味の良い音が鳴る。

 結城はクリアできたことが嬉しく、爽快な気分だった。

 そんな勝利の余韻に浸ること無く、諒一は結城に背を向ける。

「最終スコアでも勝った。約束通り帰る。」

 ぶっきらぼうなセリフが気に食わなかったのか、金髪の女性が諒一の肩を掴み引き止める。

「ちょっとそれは無いでしょ。こんな可愛いカノジョ置いて帰るつもり?」

「……。」

 諒一は素早く体を捻り、肩に載っていた手を振りほどいた。

 すかさず結城も金髪の女性に便乗し、諒一の体にすがりつく。

「……そうだ!! 私を置いて帰るなんて許さないぞ!!」

 まとわりついてきた結城に対し、諒一はひときわ大きな声で叫ぶ。

「いい加減にしてくれ!!」

 そして咳き込んだ。どうやら大声を出すことには慣れていないらしい。

 いきなり大声を出されて、結城がきょとんとしていると、諒一は喉を押さえながら先程よりも小さい声で話し始める。

「……こっちもやることがあって忙しいんだ。結城も遊んでないでさっさとラボに……」

「いい加減にするのはそっちだ!!」

 結城は一瞬だけ呆気に取られたものの、諒一に負けじと言い返した。

 ……いきなり怒鳴りあいが始まり、金髪の女性はオロオロしていた。

 諒一にくっついたまま結城は口調を強める。

「ちゃんと理由を話せよ!! 言わないと何で諒一が怒ってるのかわからないじゃないかぁ……。」

 しかし、語尾に向かうにつれ、その勢いは無くなっていった。

 ゲームセンター内は大音量の音楽が鳴り響き、誰も2人の怒鳴り合いに気付くことはなかった。

 諒一はトドメと言わんばかりに結城を突き飛ばし、冷たく言い放つ。

「……結城にはわからなくていい。」

 突き飛ばされた結城は無様に転び、その衝撃でメガネがゲーム画面目がけて飛んでいった。

 金髪の女性はゲーム機の上に落ちたメガネを拾い上げ、結城に手渡す。

 結城は地面に座ったまま無言でそれを受け取り、立ち上がりながらメガネを装着した。

 そして、バツが悪そうにしている諒一のそばに再び近付く。

 ……それは一瞬の出来事だった。

「諒一のバカぁ!!」

 結城の嗚咽混じりの声と共に、結城の拳が諒一の頬目掛けて飛んでいく。

 拳はすぐに頬に命中し、諒一は殴られた方向に身体を回転させながらその場に崩れ落ちた。

 だが意識は保っているようで、膝をついてすぐに頬に手を当てた。

「わからず屋ぁ!!」

「ちょっとカノジョ!! 落ち着いて!!」

 結城は2撃目を加えようとするも、金髪の女性に羽交い締めにされ、追い打ちすることが出来なかった。

 そして結城は女性にずるずると引っ張られ、諒一と距離をとらされた。

「と、とりあえず上のフードコートに行きましょ。ね?」

「離せよ!!」」

 結城は喚いたが、女性の拘束を振りほどくことが出来ず、そのまま2階へ連れて行かれる。

「カレシも、落ち着いたらこっちに来るのよ?」

「……。」

 金髪の女性は結城を強く拘束したままエスカレーターに乗った。

 結城には、そこから諒一の姿が小さく見えていた。

 諒一はうずくまったまま何やら考え事をしているようだったが、エスカレーターの中腹に差し掛かるとやがて見えなくなった。

 

  5 


 結城はフードコートの簡易テーブルに座っていた。隣の席には金髪の女性がいて、横目でこちらを心配そうに見ていた。

(殴っちゃった……。)

 諒一を殴るのはそう珍しいことでもない。しかし、今回のように本気で殴ったのは久しぶりのことだった。

 先に自分を突き飛ばしたのはあっちだったし、結城は諒一に謝る必要はないと考えていた。

 ……しばらくすると、諒一がフードコートに現れた。

 2階は人の数が少なく、静かだったため、すぐに諒一に気づくことができたのだ。 

 諒一の頬は遠くから見てもわかるくらい、痛々しい赤色に染まっていた。

 結城の座っている席の付近まで諒一が来ると、入れ替わるように金髪の女性がテーブルから立ち上がる。

「飲み物買ってきてあげるから、ちょっと待っててね。」 

 結城にそう言うと、金髪の女性はカウンターに向けて歩き出した。

 そして諒一とすれ違い樣に釘をさすように言う。

「カレシ、逃げないでよ?」

「わかってる。」

 今更、逃げるようなこともないだろう。

 諒一は先程まで女性が座っていた場所に座り、ちらりとこちらを見た。

 しかし、すぐに視線を正面に戻し、何か悩ましい表情をした。その表情もすぐに消え、堰を切ったように語り始める。

「……結城はもう立派なVFランナーだ。」

 結城は俯いたまま諒一の話を聞く。

「俺みたいなただの学生が近くにいたら結城の成長を妨げるかもしれない。……ツルカみたいな優秀なランナーや、鹿住さんみたいな経験のある技術者のそばにいるほうが、結城にとっては最善だ。」

「一体何を……」

 予想していなかった言葉を聞き、結城は自分の耳を疑った。しかし、真剣な口調から判断するに、冗談で言っているわけではなさそうだった。

 ラボに来なかったのも、ランベルトや結城からの連絡を全て拒否したのも、自ら身を引いて、結城に関わらないようにするためだったのだろう。

 結城は顔を上げ、諒一に目を向ける。

「だからわざとあんな事を言ったのか……。バカだな。」

「馬鹿じゃない。……これから誰と付き合っていくかは慎重に考えないと駄目だ。結城の人生に関わる大きな問題なんだ。……今の結城に俺はもう必要ない。いても邪魔になるだけだ。」

 諒一の言葉を聞き、結城は過去のことを思い出す。

 相談もしないで自分で勝手に考え、結論を急ぐ。……諒一の悪いクセだ。

 ……ダグラス企業学校への留学を決めた時もそうだった。卒業間近になってそれを知らされたお陰で、結城はろくな準備もなしに入学試験に望むはめになったのだ。

 そんな事を思い出していると、自然と口から言葉が漏れてくる。

「諒一が思っている以上に、諒一は私の人生に大きく関わってる。諒一が必要かどうかは、諒一じゃなく私が決めることだ。……それに諒一は、私が諒一のことをどう思ってるか、全然知らないだろ?」

 この言葉を受けて、諒一はハッとしたような顔をこちらに向けた。

 こちらの思いを知ったことで、自分の考えが間違っていたことを悟ったのだろう。

 すまなさそうにしている諒一に向けて、結城は言葉を続ける。

「……諒一とは、これからもずっと一緒にいるつもりだ。今回みたいに途中でやめるのは絶対に許さないからな。」

「結城、それはいったいどういう……」

 自分で言っておいて、愛の告白ともとれるそのセリフに恥ずかしくなり、それを誤魔化すため結城は再び諒一を殴る。

 海上都市に来るとき、両親に「諒一さんとずっと一緒に居たい」と言っておきながら、この程度のセリフで頬を赤らめるのもおかしな話だった。

「さっきのはナシ……って、うわ!?」

 顔ではなく横腹を狙ったのだが、座ったままの状態で強く殴れるわけもなく、バランスを崩した結城は、不本意ながらそのまま諒一に抱きついてしまった。

 その際に、結城の座っていたイスが倒れ、金属とタイルのぶつかる甲高い音がフードコート内に響く。

 その場にいた客や店員はその音に驚き、数十もの視線が一斉に結城と諒一に向けられる。しかし、2人が抱き合っている様子を見ると、それらの人々は気まずそうに顔を背けた。

(なんか懐かしいな……。)

 結城の頭は諒一のみぞおち辺りあった。そのまま目を閉じ、結城は昔を思い出す。

 小さい頃は、お気に入りのぬいぐるみに顔をうずめるような感覚で、よく諒一に抱きついていたものだ。

 諒一もそのことを覚えているのではないかと考えると、結城は身体の至る所から変な汗が出てくるのを止めることが出来なかった。

 周りの注目を浴び終えたところで、ようやく結城は諒一から体を離した。

 諒一は倒れたイスをもとに戻すべく、席から立ち上がる。

「すまない結城。……この数週間、ちょっと思い違いをしてたみたいだ。」 

「“ちょっと”どころの勘違いじゃなかったよ、全く。」

 そう言いながら、結城は諒一が座っていたイスを横取りする。

「どれだけ私が諒一に依存してきたと思ってるんだ。」

「……ごめん。」

「この後、私の部屋に来て掃除してね。」

 諒一は結城が倒したイスを立て直し、何ごともなかったかのようにそれに座った。

 結城は罰を告げるように諒一に向けて重ねて言う。

「ついでに料理も作ってもらおうか……」

 言っている途中で何かを思い出したらしく、諒一は急に話題を変えて話し始める。 

「そういえばあの鮭のホイル焼き……水を入れすぎたせいで身が崩れていた。」

「はい?」

 鮭のホイル焼き……こぼれたスープで火傷をしてしまった日の昼食だ。

「今更そんな事言われても……。」

「それに、インスタントばっかりだと駄目だ。もうプロのランナーなんだから、きちんとしたものを食べないと。」

「うん。」

「……明日からは毎日、ちゃんとした料理を持っていく。体調管理も全部こっちでやる。」

「うん。」

「家事もしなくていいから。結城はトレーニングに専念するんだ。」

「わかった。」

 矢継ぎ早に言われ、結城は短く頷くしかなかった。

「なんか丸く収まったみたいね。」

 安心したように言ったのは、金髪の女性だった。女性は買ってきたドリンクをテーブルの上に置くと、2人とは向かいの席に座った。

 結城はドリンクを一口飲み、喉の渇きを癒すと、その女性に頭をさげる。

「迷惑かけてすみません……ありがとうございました。」

「いいのよ。カップルを仲直りさせるなんて経験、やりたくてもできるもんじゃないからね。……そうだ。」

 金髪の女性はいきなり懐を探り、手のひら大の紙を取り出した。

 結城はちり紙か何かだと思ったが、テーブルの上に置かれたそれには見覚えがあった。

「これあげる。これもなんかの縁だし、2人で試合を見に来てよ。」

 それはVFB2NDリーグの観戦チケットだった。

(日付……来週だ。)

 その日は結城が試合に出る日で、チケットを貰っても観戦することは出来ない。

 チケットが無駄になるといけないので断ろうとすると、金髪の女性がはにかみながら2人に言う。

「その試合、アタシのデビュー戦なの。」

 女性が言った後で、諒一は飲んでいたドリンクを吹き出した。

 結城はなぜ諒一がそんな事になってしまったのか、すぐには理解できなかった。しかし、金髪の女性の話を思い返し、ようやくその事実に辿り着く。

「もしかして……E4の……?」

「そうよ。アタシはE4に雇われた、『ミリアストラ』。……応援よろしくね。」

 事もなげに女性は自分の正体を明かした。

 『ミリアストラ』……彼女こそ、結城が倒すべき、敵チームのVFランナーだった。

 ここまで読んで下さり誠にありがとうございます。

 ご察しのとおり、秒速5キロメートルは電磁レールガンの弾速です。ゾイドのシールドライガーは、同じ弾速のリニアレールガンを避けましたが、結城にも同じことができるのでしょうか。

 次の話では、アール・ブランのメンバーが海水浴を楽しみます。

 今後とも宜しくお願いいたします。

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