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耀紅のヴァイキャリアス  作者: イツロウ
全ての始まり
1/51

【全ての始まり】序章

このページを開いてくださり誠にありがとうございます。

みなさんの暇潰しのお手伝いが出来ればと思っています。

拙い文章ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

序章



 『闘い』というものは、それだけで人を惹きつける要素を持っている。

 この事実が揺らぐことはない。なぜなら『闘い』は太古から現在に至るまで人のための最高の娯楽であったからだ。

 『闘い』の歴史は古く、それは奴隷同士を殺し合わせる『見世物』から始まる。そして、ルールを決めて選手が競いあう『スポーツ』を経て、現在では複雑高度な機械や道具を用いて行われる『エンターテインメント』にまで昇華されている。

 これは未来においても人間のための最高の娯楽であり続けるだろう。


  1


 ……日本の地方都市にあるスタジアム、歓声が渦巻く観客席で、一人の少女が『闘い』に魅せられていた。

 少女の手にはジュースのはいったカップが握られている。しかしカップは傾き、中に入っている液体はこぼれていた。

 その液体はコップの縁から少女の腕を伝い、肘から雫となって地面へと落ちる。そして少女の足元に小さな水たまりを作っていた。

 ……少女の視線の先、スタジアムの中央に位置しているアリーナでは2つの人影が激しく動いていた。

 2つの人影はぶつかっては離れ、広いアリーナの中を縦横無尽に駆けまわる。

 スタジアムの至る所に巨大なモニターが設置されており、そこにはカメラで捉えられた2つの人影がアップで映し出されていた。

 どちらとも人の形をしていたが、その体は装甲と思わしき無機質な物体で覆われていた。その体は主に金属で構成されており、それが機械であることは容易に判断できる。

 2体は、ぶつかるたびにオレンジ色の火花を散らせ、その度に金属同士のぶつかる甲高い音がスタジアム内に響いていた。

 その音もすぐに観客の叫び声によってかき消される……。

 それほどスタジアムは熱気に包まれていた。

 少女は2つの人型の機械が華麗に闘っている様子を食い入るように見ていた。機械はどちらとも同じような色・形で、どちらが優勢なのかすら分からなかったが、その闘いは少女に取ってとても魅力的なものだった。

「……ん?」

 少女は不意に自分の右手が誰かによって掴まれていることに気がつき、眉をひそめる。

 いつから掴まれていたのかわからなかったが、その感触は普段から慣れ親しんでいるもので、掴んでいる人物が自分のよく知る人物であることがすぐにわかった。

「諒一、どうしたの?」

 少女の視線はアリーナで闘う2つの機械に向けられたままだった。

「……ジュース……れてる……。」

 『諒一』と呼ばれた少年の声は周りの歓声のせいでうまく聞き取れなかった。

 しかし、ジュースという単語を聞いて、少女は何気なく自分の右手にあるカップに目を向ける。

 ……カップは自らの右手によってグシャグシャに潰され、中身が全てなくなっていた。

 白いブラウスのそではメロンソーダの色に染まっており、少女は今更ながら、ベトベトした感触を右腕全体に感じていた。

「あー!……なんでもっと早く教えてくれなかったの!?」

 少女は理不尽な言葉と共に、潰れたカップを隣に座っている少年に押し付ける。

 続いてブラウスの汚れた部分を体から遠ざけるべく、右腕を前に突き出した。

 するとすぐに少年がバッグから新しいタオルを取り出し、慣れた手つきで少女に手渡す。

「ごめん、なんども言ったんだけど、結城が気づいてくれなくて……」

 少年は、落ち着いた抑揚の無い声で少女に謝る。

 少年の顔は無表情で、本当に謝罪の気持ちがあるかどうかは定かではなかった。全く動揺していない様子から、このような状況に慣れていると捉えることもできた。

 『結城』と呼ばれた少女は、タオルを腕に巻きつけると席から立ち上がる。そして、少年に何も言わず席から離れ、アリーナとは反対側に向かっていった。

 少年は慌ててバッグを肩にかけると、少女の後を追う。

「結城、どうした?……怒ってるのか?」

 少女は少年の言葉を無視して、スタジアムの外へと繋がる通路に入っていく。

 スタジアムの席では暗くてあまりよくわからなかったが、通路の電灯のおかげで、メロンソーダはブラウスの袖の部分だけでなく、スカートの一部も緑色に染めていることがわかった。

 スカートは少女の足に張り付き、太もも全体にベトベトした感触を味わっていた。

 少女はスカートの汚れた部分をつまむと、短く簡潔に今の自分の気持ちを口にする。

「最悪……。」

 少女がもたもたしている間に、少年が少女を追い抜き、後ろ向きに歩きながら少女に顔を向ける。

 少女は鋭い目付きで少年を睨んだが、少年が表情を崩すことはなかった。

「ここで帰るのは勿体無い。……とりあえず謝るから最後まで見よう。」

「……。」 

 しばらく無言のまま歩いていると、いきなり少女が立ち止まった。

「分かってくれたのか……。」

「着替えるだけだから先に戻ってて。」

 少女が立ち止まったのはトイレの前だった。そして少年から着替えの入ったバッグを奪うとそそくさとトイレの中に入っていく。

 ……少女はトイレの個室に入ると先程まで見ていた試合を思い返した。そして、なぜあれほど集中して見ていたのか不思議に思っていた。

 見慣れないものだったから目新しく思えたのか、それともあの2つの機械が闘う様子に何か感じるところがあったのか……。

(最後まで見たい……。)

 少女は早く着替えて座席に戻るべく、ブラウスのボタンに手をかけた。


  2


 着替え終わり客席に戻ると、ちょうど試合が終わったところだった。

 少女はブラウスから少し厚い生地のTシャツに、チェック柄のスカートからジーンズに着替えていた。

 中央のアリーナでは勝利した機械が両手を上げて勝利のポーズをとっていた。

 敗北した機械は頭部を潰されて地面に仰向けに倒れていた。また、敗北した機械の胸部のハッチは開いており、その上に人間が立っていた。全く知識のない少女であってもこの人が機械を動かしていたパイロットであることは簡単に予想できた。

 巨大なモニターにはその人間がアップで写されていた。が、頭全体を覆うようなヘルメットをかぶっていたため顔を見ることはできなかった。よく見ると、負けた方の機械は腕や足もへし折られており、見ていない間に何があったか少女はとても気になった。

「終わっちゃった……。」

 少女はがっくりと肩を落とし、今度こそ本当にスタジアムを出るつもりで踵を返す。

 ……しかし、それを止める人物が現れた。

「……まだ終わっていないよ。それどころか始まってすらいない。」

 少女は心地のよいテノールの声の持ち主に目を向ける。

 そこには足を組んで座っている青年がいた。

 青年は、少女の視線が自分に向いたことを確認すると話を続ける。

「ここにいるほとんどのファンは、次の試合を見るためにスタジアムに足を運んだといってもいいくらいだ。……君は、それを見ないで帰るつもりかい?」

 青年は通路のすぐ脇の席にいて視線をこちらに向けていた。彼はとてもラフな格好をしていたが佇まいは落ち着いており、試合に熱中している他の観客とはまるで雰囲気が違っていた。

 少女は、青年がこの場にふさわしくないという印象を受けていた。

「次の試合ですか?」

 少女はおもわず敬語で青年に返事をしてしまう。

 ぎこちのない少女の反応がおかしかったのか、青年はにっこりと笑うと席から立ち上がった。そして少女に近づくと手に持っていたパンフレットを差し出す。

「これを見るといい。君にあげよう。」

「あ、はい。ありがとうございます……。」

 少女は知らない男の人に近寄られて体をこわばらせていたが、差し出されたパンフレットを反射的に手に取ってしまった。

「ところで今日は……おっと……。」

 青年はさらに少女に近づき会話を続けようとしたが、何者かに押されて少女から遠ざかる。

「おい、離れろ。」

 棘のある声と共に、少女と青年の間に割って入ってきたのは少年だった。

 少年に押されて青年はよろめいたが、こけるほどの衝撃ではなかったようで、すぐにバランスを取り戻した。

 青年は少年の敵意のある眼差しに動じることなく、肩をすくめてため息を付く。

「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。つれないなぁ……。」

 拗ねた口調で不平を言う青年を、少年は睨み続ける。

 ……しばらくそうしていると周囲の観客が異変に気づき始めた。

「諒一……。」

 少女は眉尻を下げて不安そうな声で少年の名を呼んだ。

 いよいよ立場が悪くなった青年は、釈然としない様子で「わるかったよ。」と言うと、2人から離れた。青年は揉め事を起こしたくないようで、周りの視線を避けるように自分の席に戻っていった。

 少女は、無言のまま険しい表情をしている少年と手を繋ぎ、自分たちの席のある方向へ引っ張られていく。その間も少女は青年に視線を向けていた。

「大丈夫か?」

 少年の声を聞いてようやく少女は青年から目を離す。

「これ、貰っただけだから。別に何もされてないし……。ほら」

 青年にもらったパンフレットをヒラヒラさせて、少女は何もなかったことを少年にアピールする。少年も少女の普段どおりの口調に安心したようで、少し怒った顔からいつもの無表情で愛想のない顔に戻った。

 席に帰ってくるといつの間にか、捨てられたスナック菓子の袋や空のカップといったゴミが座席部分に散乱していた。

 少女はあまりゴミを気にすることなくそのまま座ろうとしたが少年に止められた。

 少年がゴミを片付け終わると、少女は改めておしりを椅子に預けた。

 移動している間にアリーナの片付けが終わったらしく、先ほどの機械たちの姿は見られず、何も無い空間がライトで照らされていた。観客の声も試合が終わってからは格段に小さくなり、大きな声援の代わりに小さな話し声が聞こえていた。

 少女は先ほどもらったパンフレットを開いて次の試合の詳細を確かめようとする。

(どのページに書いてあるんだろう……)

 どこに何が書いてあるのか分からず困り果てていると、少年が体を寄せてページをめくり、ある項目をさしてトントンと指先で叩いた。

 そこに書かれていた文字を少女は読んでみる。

「『キルヒアイゼン』と『クライトマン』?」

 大きく書かれた文字の下にはそれに関する簡単な説明が書いてあった。少女は声を出さずに黙読する。

『長年2NDリーグで戦ってきたベテランチーム、キルヒアイゼン! 対するは3RDリーグの強豪、クライトマン! 2NDリーグの最弱チームと3RDリーグの最強チーム、果たして勝つのはどちらだ!?』

 脳内に湧き上がる疑問を必死で抑えつつ読んでみたがいまいちよく分からない。少女は少年に苦笑いを見せて説明を求める。すると少年がそれに応えて説明を始めた。

「……日本では銃火器制限の問題で3RDリーグまでの試合しか見ることができない。でも今回は3RDリーグに降格した2NDリーグのベテランチームと2NDリーグ昇格間近のチームが闘う。つまり、2NDリーグ水準の高レベルな試合を生で見ることができるということ……。」

 少年は淡々と語る。

「武器制限のゆるい2NDリーグでさえキルヒアイゼンは躯体による直接攻撃……格闘攻撃しか行わなかったことで有名だ。対するクライトマンはレギュレーションぎりぎりの高性能な武器や盾を使ってる資金力のあるチーム。違うスタイルのVF同士の戦いが見れる。それがみんながこの試合に注目してる理由の一つだ。」

「え?何?全然わかんない。」

「いつもはネット配信の映像で我慢してた。……生で2NDリーグレベルの試合が見られるなんて夢のようだ……。」

 なにやら満足した様子で話す少年を、少女は呆れた目で見ていた。説明してくれていたはずなのに余計に訳が分からなくなってしまった。

 だが、次の試合がとても珍しく価値のあるものだということは十分に伝わっていた。

 少女は再びパンフレットに目を落とす。そこには2体の人型の機械の写真が載っていた。

(VFって、この人型の機械のことか……。)

挿絵(By みてみん)

 一方は西洋の甲冑をモチーフにしたような機械で、いかにも重そうな装甲によって、体中余す所無く埋め尽くされていた。手には……これもまた重そうな大盾と槍が握られており、それが騎士を想起させた。ゴテゴテの装備を見て、少女はこれがクライトマンの機械だと判断した。

(じゃあ、こっちがキルヒアイゼンか?)

挿絵(By みてみん)

 もう一方は身体のラインが全体的に細く、少年から聞いたとおり武器は何も持っていないようだった。最も印象的だったのが頭部から伸びている無数の細い金属板だった。それらは人間の髪の毛のようにしなり、腰の位置くらいにまで垂れ下がっていた。また、首から胸部までを覆っているマフラーのような装甲も少女の興味を引いた。

「ホントにこれが闘うのか? この腕なんかすぐに折れそうなくらい細いんだけど……。」

 少女は正直な感想を少年に向けて放った。動いているところを見れば印象も変わるのだろうが、写真だけ見ると圧倒的にクライトマンの機械のほうが有利に思えた。

 不安げな少女の顔を見て、少年は「試合を見ればわかる。」とつぶやいた。それ以降少年は喋らず、いつの間にか手に持っていたビデオカメラを調整し始めた。

 少女がパンフレットをまじまじ見ているとスタジアム内にブザーが鳴り響いた。少女はそれを聞いてパンフレットを横に座っている少年の方に投げ捨て、顔を上げてアリーナを見た。

 アリーナでは専用の入口から人型の機械が現れていた。それはキルヒアイゼンの機械だった。

 その姿はパンフレットに載っていた写真そのもので、アリーナの中央に近付くにつれて観客の声も大きくなっていった。中央に到達すると歓声はさらに大きくなり、それがキルヒアイゼンの人気を物語っていた。

 対するクライトマンの機械の登場は少女の予想をはるかに超えたものだった。騎士の姿に似た機械は、なんと、馬の形をした機械にまたがってアリーナに入ってきたのである。スタジアム内は一瞬だけ意外な出来事に唖然とし、静まったが、すぐに歓声が戻ってきた。

(お金かかってそうだなぁ……。)

 キルヒアイゼンとクライトマン、両者がアリーナの中央で向かい合うと、ようやくここで実況者の声がスタジアム内に聞こえてきた。

<VFBファンの皆さん!大変長らくお待たせいたしました……ついに、ついにっ!この時がやってまいりましたぁぁぁ!!>

 実況者のハスキーボイスに合わせて観客も喜びの声を上げる。指笛の音も聞こえ、スタジアムは今日一番の盛り上がりを見せていた。

<それでは今宵、死闘を繰り広げるであろう2体のVFを早速紹介いたしましょう!>

 実況者は大きく息を吸い込むと魂のこもった声で紹介を始めた。

<まずはキルヒアイゼンのVF、ファスナ! 操縦者は……イクセル!!>

 キルヒアイゼンの人型の機械、『ファスナ』は片手を上にあげて、実況者の紹介に応じた。

<続きましてクライトマンのVF、クリュントス! 操縦者は……リオネル!!>

 クライトマンの人型の機械、『クリュントス』は右腕に持っていた槍を頭上で回転させ、勢い良く地面に突き刺し、ポーズをとった。その瞬間カメラのフラッシュと思われる無数の閃光がクリュントスに向けて浴びせられた。そしてクリュントスはフラッシュが収まるまでその姿勢を維持しており、ファンサービス精神にあふれていた。

<まさか日本でこのような試合を見られる日が来ようとは……。私もVFBファンとしてとても興奮せずにはいられません。>

 少女はアリーナで向き合っている2体の機械を見ながら、どのような戦いになるのかを想像していた。

<……準備が整ったようです。それでは会場の皆さん、瞬きしないでこの試合をしっかり瞼の裏と表に焼き付けましょう!!それでは試合開始です!!>

 実況者の声が途絶えると同時にブザーが鳴り響き、2体は動き始めた。

 まず2体はお互いに距離を取った。ファスナは姿勢を低くして拳を構え、クリュントスは大盾をファスナ向けて構えた。

 最初に仕掛けたのはキルヒアイゼンのファスナだった。ファスナの動きはクリュントスと比べてかなり速く、瞬きする間にボディが触れるくらいの距離まで接近していた。

 ファスナは至近距離でパンチを繰り出したが、クリュントスの大盾によって防がれてしまった。盾に拳が当たったというのに火花も散らなければ音もしなかった。

「衝撃吸収機構……盾全面に取り付けていたとすると……家が一軒建つな……。」

 少年の言葉を聞いて少女は別の物で換算しようと試みたが面倒だったので途中でやめた。

 ファスナの攻撃は衝撃吸収機構が組み込まれた盾によってことごとく防がれていた。盾はとても頑丈で、ファスナの鋭い攻撃をいとも簡単に受け止めていた。ファスナは何とかクリュントス本体にダメージを与えるべく背後に回りこもうとしていたが、なかなかそのチャンスを掴めずにいた。

 その全てが防がれているにも関わらずファスナの近接攻撃は華麗だった。機械でできた体が重力を無視したかのように跳ねまわる様子に観客全員が魅入っていた。また、全ての動きが速かった。目で追いかけるのも大変で、まるでアクション映画のワンシーンを早送りで見ているようだった。前の試合のように、距離をとって加速してぶつかるだけの単調な試合と明らかに質が違っていた。

 何十回目かの攻撃を盾によって防ぐと、しびれを切らしたのか、ついにクリュントスが反撃を開始した。

 クリュントスは右手に持っていた槍をファスナの頭部めがけて勢いよく突き出した。しかし、ファスナは槍の軌道を完璧に読み、体をのけぞらせてそれを回避した。クリュントスは続けざまに突きを繰り出したが、ファスナはその全てを器用にかわした。

 最後に放たれた渾身の突きも、ファスナは前進しながらぎりぎりの所をすれ違うようにして回避した。そして、槍の側面を叩き外側へはじき出した。

クリュントスは槍の重さのせいでバランスを保てなくなり、前につんのめるようにして体勢を崩した。その結果、クリュントスの右腕は外側に大きく開き、ボディががら空きになった。

 ファスナはこの隙を見逃さなかった。

 次の瞬間、クリュントスの伸びきった右腕にファスナの回し蹴りが命中した。この試合で最初のクリーンヒットだった。

ファスナの蹴りはクリュントスの肘の関節部分に正確にヒットして、右腕の肘から先を握っていた槍ごと吹き飛ばした。

 胴体から離れた腕と槍はアリーナの隅を目指して転がっていった。転がっている最中もファスナはクリュントスのがら空きのボディに攻撃を加える。しかし、腕を失ったクリュントスはこれ以上の損傷を防ぐために完全に防御の体制に入り、ファスナの攻撃は惜しくも盾によって防がれてしまった。

 千切れた腕が転がり終える頃にはファスナの攻撃は止み、クリュントスは距離をとって体勢を立てなおしていた。

<この圧倒的な強さ、イクセルが不調だという噂は嘘だったのか!?>

「キルヒアイゼンのほうが一枚上手か……。」

 少年は“やはり”といった様子でビデオカメラのモニター越しに2体の様子を観察していた。

 クライトマンの騎士の姿をした機械『クリュントス』は右腕が取れ、武器を失い、今まで激しい攻撃を防いでいた盾も所々へこんで損傷していた。

 対するキルヒアイゼンの機械『ファスナ』には傷ひとつ付いておらず、頭部から伸びる金属の髪をいじる余裕すら見せていた。

 その光景を見て少女はキルヒアイゼンの機械に対する考えを改めた。

「武器も何も持ってないのにあんなに強いなんて……あのファスナっていう機械のほうが高くて強い材料やいい部品を使ってるってことだよね?」

 腕を組んでファスナが強い理由を自分なりに述べた少女だったが、「違う。」という一言で、少年にあっさりと否定されてしまった。

 少女は自分の考えが否定されて苛立ちを覚えたが、少年からその理由が聞けるかもしれないと思い、怒りをぐっとこらえた。

 少年は少女の期待通り説明を始めた。

「レギュレーションで制限されているからハイパフォーマンスのパーツはフレームに組み込めない。……それにジェネレーターから受信できるエネルギー量も一定だから条件は全く同じ。」

「つまり……どういうこと?」

 少女は少年の口から出てくる小難しい横文字にいらいらしていた。

 そんなことは露知らず、淡々と少年は自分のペースで説明を続ける。

「単純に、操縦者の力量に大きな差があるということ。加えてクリュントスは装甲や装備を積みすぎて動きが遅い。だから自分の攻撃は当たらないし、敵の攻撃を避けられない。」

 少年はビデオカメラのモニターに写るクリュントスの姿をズームして表示させる。

「この試合、一方的な展開になりそうだ。」

 このスタジアムにいる誰もが、少年と同じような予想をしていた。

 クリュントスは右腕を肩口からパージして、左腕に装着していた盾も地面に投げ捨てた。そして、腰に下げている無駄に装飾の施された鞘から長剣を抜いた。クリュントスは綺麗に磨かれたそれを左手に持ち、剣先を敵に向けて構える。

 片腕を失ってもなお、クリュントスから闘気が失われることはなかった。

 さらにクリュントスは、右腕を失って崩れてしまったバランスを調整するため、胴体の左側の追加装甲もパージした。

 地面に転がったそれをクリュントスは剣で払う。大きく剣を振ってもクリュントスの体が揺らつくことはなく、それはバランス調整がうまくいったことを表していた。

 ファスナはクリュントスの調整作業が終わるまでその場を動かなかった。

「“強者の余裕”ねぇ……。実にくだらないよ……。」

 少女たちから離れた席で、つまらなそうに呟いたのは少女に無理やりパンフレットを渡した青年だった。青年のつぶやきはスタジアム内の歓声にかき消され誰にも聞こえることはなかった。

 調整が終わると試合が再開されたが、キルヒアイゼンとクライトマンの闘いは少年の予想通り、一方的な展開となった。

 右腕を失ったにも関わらずクリュントスの動きに問題はなく、むしろ装甲を削いだことによって体が軽くなっていた。クリュントスの振る剣には槍と違ってスピードがあり、剣筋は正確でブレのないものだった。当たればそれなりのダメージを敵に与えることができただろう。

 しかし、その剣がファスナに当たることはなかった。

 クリュントスが剣を振るたびファスナはカウンター攻撃を加え、クリュントスのわずかに残された装甲はみるみるうちに剥がれていった。クリュントスを弄ぶその様は、まるで突進してくる牛を避ける闘牛士のようでもあった。クリュントスはひるむこと無くひたすらファスナに向かって剣を振り続けるが、剣先は空を切るばかりで当たる気配はなかった。

 とうとうその剣もファスナによって奪われ、クリュントスは武器をすべて失い、ファスナと同じ丸腰になった。そして、為す術も無く追いつめられアリーナの隅まで来ると、クリュントスは片膝を地面についてしまった。

 ファスナは屈んで動かなくなったクリュントスの背後に立った。大きさも重量もクリュントスのほうが上であるはずなのに、今はファスナのほうがその数倍大きく見えて感じられた。

(諦めたのかな……。)

 少女はファスナの前で小さくなっているクリュントスを見て、同情の念を抱いた。

(そうだよね、あれだけやってかすりもしないんだから素直に負けを認めたほうが……)

 だが、クリュントスは諦めていなかった。

 止めをさすべく拳を振り上げたファスナの前でクリュントスはいきなり振り返り、左腕を真横に振り抜いた。……その左手にはファスナによって切り離された右腕が握られており、その右手の先には槍が握られていた。

 真横からの不意打ちにファスナは素早く反応し身を後ろに引いた。が、極限にまで伸びたリーチを利用したその攻撃を完全に回避することは出来なかった。

 槍の切っ先はファスナの首の装甲を削り取り、そのままクリュントスの左手を離れてあさっての方向へ飛んでいった。幸い、槍や右腕はしっかりと固定されてなかったので、表面に傷が出来る程度のダメージしか受けず、致命傷には成り得なかった。

 悪あがきとも言える無駄な抵抗の後、間髪入れずにファスナはクリュントスの頭部めがけてハイキックを放った。その蹴りは、今までのファスナの動きが準備運動に思えるほどの速さだった。

 破裂音と共にクリュントスの頭部はその周囲にあった装甲ごと消し飛んだ。へこむでもなく、切断されるでもなく、ただ単純にばらばらになった。頭部周辺を構成していたパーツは小さな欠片となって蹴られた方向に散弾のごとく飛び散った。

<決まったぁぁぁ!!頭部を破壊されたクライトマンのVFは機能停止、よって勝者はキルヒアイゼンのVF、ファスナです!>

 今まで見たことのない圧倒的な力を目の当たりにして、観客は言葉を失っていた。少女もそのなかの一人だった。

 少女が見たのは『反撃を回避したファスナ』と『肩より上が消えたクリュントス』であり、2つのシーンの間に起こったはずの出来事が全く頭の中に記憶されていなかった。

 間もなく、巨大モニターにクリュントスが破壊される瞬間の映像が流れた。アリーナ内には無数の高性能カメラが設置されており、それらの映像データを元にして3DCGが作られ、それによって最後のシーンが再現されていた。

 映像はファスナが槍を回避したところから始まっていた。

 槍を回避した後、ファスナはキックの体制に入り右足を前に振り出した。その右足はクリュントスの頭部めがけて弧を描く。……途中、ファスナのつま先に装備されている平べったい形状のスパイクの先端から衝撃波が広がる。

 その衝撃波は周りの空気圧との差により、人の目でもくっきりと捉えることができた。それはキックのスピードが音速に達したことを示していた。

 頭部につま先が到達すると、そのままスパイクは装甲による抵抗を物ともせず、一定の速度で頭部に侵入していき、頭部の形を崩すこと無く見事に貫通した。

 これで終わりかと思われたが終わるはずはなく、すぐに衝撃に耐え切れなくなった頭部が破裂した。続いて、肩周辺のパーツも頭に引きずられるようにして分解しながら空中に飛んでいく。……その後の展開は観客が見たとおりだった。

<すさまじい……いや、素晴らしい闘いでした。キルヒアイゼンはもちろんのこと、クライトマンも格上の相手に対して大健闘を見せてくれました。この試合を見た全員がそう思っているに違いありません。今までこれ程白熱した試合が3RDリーグで行われたことがあったでしょうか……>

 少女は、試合が終わったというのに興奮で腕が、足が、そして心が震えていた。その震えは止まること無く、心臓も自分でも感じられるくらいに早く、強く鼓動していた。

 少女は少年の肩を掴んで激しく揺らす。

「すごい、すごいよ諒一!! なんでもっと早く教えてくれなかったの!?」

 少女の目は大きく開かれており、頬も興奮のせいで紅く染まっていた。そんな少女に迫られて少年は思わず身を引いてしまった。追うようにして少女はさらに少年近づく。

「でもこれが3RDリーグってことはもっと上のリーグの試合はどうなってるのかな……。ねぇねぇ、どうやったらこれよりすごい試合が見られるの!?」

 少女が少年の目前まで顔を寄せると少年は顔を逸らした。

「ネットで見れる。今度、評価の高い試合をリストアップして……」

「今から見ようよ! いいよね? 早く家に帰ろ!」

 妙にテンションの高い少女は、少年を引っ張ってスタジアムの出口に向かった。


  3


 スタジアムの外は試合を見終わった人で混雑していた。外に出ても試合の熱気が覚めることはなく、楽しげに叫んでいる集団がちらほら見られた。

<さて、この試合をもちまして3RDリーグ全ての試合結果が出そろいました。今回、2NDリーグの昇格トーナメントに出場する権利を得たのは次の16チームです。まず……>

 外に出ても実況者の特徴のある声がかすかに聞こえていた。しかし、スタジアムから離れていくに従って声は小さくなり完全に聞こえなくなった。

「結城のそんな顔見たのは久しぶりかもしれない。」

 その言葉を聞いて少女はふと我に帰る。そして、二人で仲良く手をつないでいる状況を確認すると、あわてて手を離した。

 少年の一言のせいで、さっきまでの浮かれた気分が一気に吹き飛んでしまった。

「急に何言ってんのよ、もう……」

「ごめん。嬉しくてつい。」

 少女はしばらく悩んだ末、少年に向けて手を差し出した。

「いつもは無口なのにこういう時は臆せずに言うよね……。でも本当に楽しかった。またいっしょに見ようね。」

 少年は「もちろん。」と言うと、差し出された手を優しく掴んだ。そして2人は並んで歩き、スタジアムのすぐ隣にある駅に向かった。

 ……駅に到着すると既に電車を待っている人が大勢いた。2人は人ごみから少し離れた所で、次の電車が来るのを待つことにした。

 2人は試合のことを思い出しながら、ベンチに座ってしばらく会話もなく座っていた。

「どうやったら乗れるのかなぁ……」

 唐突に、少女がなにやら難しい顔で言った。少年は壁に表示されている時刻表を見て答えた。

「あと10分もすれば来る。これ以上待っても人は増えるだけだから、早めに乗ろう。」

 少女はきょとんとした顔で少年を見て、首を横に振った。

「いや、そうじゃなくてあの大きい機械に乗ってみたいの。あれに乗って闘ってみたい。」

 それを聞いた少年は、いきなり黙ってしまった。

「……ん?」

 少女はいきなり口を抑えた少年を不審に思い、怪訝な顔を少年に向けた。

「……なんでもない。」

 少年はしどろもどろに答え、悩ましい表情を浮かべた。

 少女が悩んでいる少年を見ていると、見知らぬ男が2人に話しかけてきた。

「すんませーん。それ、ビデオカメラ?」

 話しかけてきたのは、いかにもやんちゃそうな若者だった。若者の背後には同じような格好をした仲間が3人いてヘラヘラと笑っていた。4人とも、同じロゴがプリントされたシャツを着ており、VFBのファンだということが分かった。

 若者は少年が肩から下げていたビデオカメラ専用のバッグを指さした。

「今日の試合撮ったんだろ?俺たちスタジアムに入れなくてさぁ、データコピーさせてくんない?」

「いいですよ。」

 少年はあまり考える様子もなく承諾した。そして、疑うこと無くデータカードを渡してしま

った。

 若者たちは自分の端末にカードを挿し込み、中に入っている動画ファイルを確かめた。

「お、マジ入ってる。ラッキー。」

 若者たちはそれだけ言うと、そのままその場を去ろうとした。

それを見た少女は若者たちに注意する。

「ちょっと、それは諒一が……むぐぐ」

 少年はその言葉が若者たちに届く前に口を押さえた。

 少年はデータカードを返却してもらうべく若者たちに話しかける。

「返してください。それはファンサイトにアップロードするつもりで……」

 若者たちは一瞬だけ振り返ったが歩みを止めることはなかった。

「うるせぇなぁ、俺達が代わりにアップロードしといてやるから安心しろって。じゃあな。」

 若者たちは笑いながらそう言うと、人ごみにまぎれて見えなくなってしまった。少年の説得は無駄に終わり、試合の動画が入っていた大事なデータカードは失われてしまった。貴重な試合だっただけに少年はとても悔しそうにしていた。

 同じく、少女も少年の大事な物を奪われて悔しく思っていた。

「駅員さん呼んでくる!!」

 少女は怒りをあらわにして、駅員がいる詰所に向けて走りだす。

 しかし、3歩としないうちに誰かにぶつかり、床に尻餅をついて転んでしまった。

 ぶつかった相手は少女がぶつかったことを咎める様子はなく、無言で手を差し伸べてきた。

 少女は「すみません」と謝りながらその手を掴み、立たせてもらった。

 そして、少女は改めて謝罪をしようと相手の顔を見る。……そこには見覚えのある顔があった。

「やあ、久しぶり。」

 ぶつかった相手は、数十分前に少女にパンフレットを渡した青年だった。

「それにしても危ないなぁ、君が男なら足で蹴飛ばしてたよ。」

 やさしい声で酷い事をさらっと口にした青年は、数十分前と同じように手に持っていた何かを少女に渡す。少女はまたしても反射的にそれを受け取ってしまった。

 少女の手のひらにはパンフレットではなくデータカードが載っていた。

「これ、落ちてたんだけど……。どこに届けていいか分からなくてさ。……君らが代わりに持って行ってくれないかな?」

「……。」

 少年は青年に背を向けるようにして、少女と青年の間に割り込んだ。そして少女の手のひらからデータカードつまみ上げると、自分のビデオカメラに挿入した。

 中身を確認してすぐに少年は体を半回転させ青年と向き合った。

「取り返してくださって、ありがとうございます。」

 心の全くこもってないお礼を言うと、少年は青年にお辞儀をした。

「素直だなぁ……。そういうの好きだよ、僕。」

 青年は少年の頭を撫でた。いきなり撫でられたことに驚き、少年は後ろに飛び下がった。そのまま少女とぶつかってしまい、今度は2人で尻餅をついてしまった。

 そんな様子を見て青年は笑った。よほどおかしく思えたのか、青年は目尻に涙を浮かべていた。そして、ひとしきり笑い終えると少女に話しかけてきた。

「聞いてたよ、VFに乗りたいのかい?」

 少女は床に座ったまま上を向いて青年に返事をする。

「はい、今日の試合みたいに動かしてみたいんですけど……。」

「そうか、それじゃあいいことを教えてあげよう。」

 青年は目を閉じて軽く咳払いをした。少女は何かためになることを言ってくれるのではないかと期待していた。

「僕はね、君みたいなランナーを目指している子をたくさん見てきた。みんなVFが大好きだったよ。試合があるたびにスタジアムに行ったり、頑張ってたくさん勉強してランナーの養成学校に入学したり……。」

 少女は青年の言葉を真剣に聞いていた。

「今の気持ちを大事に持ち続け、さらに夢に対して諦めること無く日々努力を重ね、全てのエネルギーを注ぐことができるなら、近い将来君は必ず立派なランナーに……」

 青年は膝を曲げてしゃがみ、目線の高さを少女に合わせる。そして少女の耳元でそっとつぶやいた。

「……なれない。」

 予想に反した言葉を聞かされ、少女は「信じられない」と言わんばかりの表情で青年を見た。青年は笑いを限界までこらえていたようで、口が可笑しさのあまり変な形にゆがんでいた。

「……フフッ! ハハハ!! ヒーッヒーッ……はら、はらが……」

 2人は青年の言動に怒りを感じるどころか、それを通り越して呆れていた。そして、壊れた人形のように笑い続ける青年に不気味なものを感じていた。

 青年はお腹を押さえて苦しそうに笑っていたが、しばらくすると収まった。

 笑いすぎて出てきた涙をそでで拭うと青年は2人に話しかける。

「才能なんだよ。カネと才能。ま、君たちはどっちもないみたいだから諦めたほうがいい。」

 青年は呆然とする2人の手を掴むと上に引っ張り立たせた。

「これで、貴重な青春を浪費する心配はなくなったわけだ。よかったよかった。」

 そして急に真顔に戻り、なにも言わずに離れていった。

 青年がいなくなってすぐに電車がホームに到着した。それを知らせる電子音が2人の頭の中で反響していた。

 ……20分ほど電車に揺られ、2人は自分たちの家がある住宅地に帰ってきた。

2人は無言で駅から家に向かって歩く。少女はふとスタジアムのある方向に目を向けた。スタジアムの上空にある雲は地上から出ているライトに照らされてオレンジ色に染まっていた。少女につられるようにして少年も同じ方角に顔を向ける。

2人は家に着くまでずっとそうして歩いていた。

 少年と少女の家は隣同士だった。少女の目の前の表札には『高野』と書いてあり、少年の方には『旗谷』と掘られてあった。少女が玄関のドアを開けて入ろうとした時、少年が少女に話しかけた。

「結城、さっきのことはあまり気に……」

 少女は少年のことばにかぶせるようにして言い放った。

「私、VFランナーになる。」

 それだけ言うと少女は、……『高野結城』は自分の家の中へ入っていった。

 あの青年の言うとおり、VFランナーになるのは難しいとされている。女性のVFランナーの数が極端に少ないという現状も含めて考えると、もはや少女がVFランナーになることは夢物語のように思えた。

 ……しかし、少女はその夢を諦めることはなかった。

ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

初めての経験で、よくわからないことが多いので、ご感想、ご評価を頂ければ幸いです。

今後とも宜しくお願いいたします。


※2011/06/21 導入部分追加

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