あいたいひと
誰にだって思い出の人はいる。
もちろん、私にだって。
人生の岐路に一緒にいた人。
中学の恩師。
思いを伝えられなかったあの人。
そのなかでも強く印象に残っていて、何かの拍子にふっと思い出す。
それはやはり、若かったあの頃、きゅっと胸を掴まれるような思いを抱いていた、
あの人なのではないだろうか。
盲目の恋をしていたのはずっと昔。
もう10年以上前のこと。
大学に入って地元を離れ、クラブ活動とバイトに明け暮れた。
クラブで出会った人と付き合った。
就職氷河期になんとか職にありつき、振り落とされないようにひたすら働いた。
大学時代に付き合った人とそのまま続いて結婚。
旦那の転勤とともに仕事を辞めた。
旦那を送り出したあとの静かな時間。
することもなくPCの世界をたゆたう。
そんな時間にふと思い出すのは必死で生きていた学生の頃のこと。
旦那と心と体の相性は悪くない。
一緒にいて心地よい。
だから結婚した。
そのことに何の不満もない。
でももしも、あの人と何かあったら人生違ってたのかな。
高校1年のクラスメイト。
不思議なことに誕生日まで覚えている。
彼が自己紹介でそのことを絡めて話をしたから。
思えば、クラスメイトであることを意識した時から彼しか見えていなかったのかもしれない。
昔から恋愛には奥手だと思う。
態度に出やすいのでみえみえなのだが、決定打を打つことができない。
中学のころもバレンタインのチョコを作ったはいいが、自分で渡せず友人に頼んだ。
そのことがクラス中に知れ渡って、結局つらい思いをしたのは自分。
自分自身の容姿に強いコンプレックスを抱いていたこともあって、「男子」とほとんど話もしたことがなかった。
クラスメイトの彼は見た目はごく普通だった。
ジャッキー・チェーンの若いころのような雰囲気。
私は外見も好きだった。
穏やかで人懐っこい性格、話の随所に散りばめるジョークに惹かれ、友人は私より先に彼のことが好きだ、と宣言していた。
そうなると、表に出せない。
ただ、彼とはたまに話をする程度のクラスメートでしかなかった。
月に1度の席替えで、1ヶ月間、彼の横の席を占拠することができた。
今思えば、私の思いを知っていたクラス長が操作してたのかもしれないが。
その1ヶ月間、とにかく彼と話をした。
私にしてはものすごい努力。
人生の中で一番頑張った時期かもしれない。
わざと資料集を忘れて机を引っ付けて見せてもらうなどという、荒業もやってのけた。
毎日が楽しくてしょうがなかった。
間違いなく人生の中で「青春」とはあの1か月を指すと言い切れる。
もちろん1か月でその幸せは終わる。
40人ほどいるクラスの中で、隣の席になれる確率は計算できる。
隣になれただけでも奇跡に近い。
6月が30日で終わることを恨んだものだ。
その後、席が近くなることすらなかったと記憶している。
一度、夏休みに複数人で映画を観にいった。
その後、科学館で遊んだなど、現代の高校生からしたらありえないような健全さ。
もちろん私が彼と親密になるために、と友人たちが仕組んでくれたこと。
彼女たちには申し訳ないながら、結果は何も残らなかった。
そのまま何もないまま1年が終わり、2年からはクラスが別れた。
文系の彼。
理系の私。
接点は何もない。
そのまま彼を見つめるだけの日々が続き、受験シーズンへ突入。
誰もが不安な時期。
私自身も恋愛のことを考えるのはやめた。
その春、国立大学の前期試験に落ちた私は、卒業式の後にある後期試験のための勉強で、すでに進路の決まった友人たちと卒業式で別れを惜しむなどという心境ではなかった。
結局式の日、劇的なことは何も起こらず、終了。
「運命ならば、いつかまた会える」
おこがましいにもほどがあるが、当時の私はそう、信じていた。
しかし、運命とは恐ろしいもの。
大学2年の夏、帰省した時に乗った地元のローカル電車。
人ごみの向こうに、確かに記憶にある人影。
彼だった。
高校時代の友人など、再会したことがなかったのに。
まぎれもなく、そこにいたのは学ランを私服に着替えただけの、あのころの面影そのままの彼だった。
電車に乗ってから気付いた。
同じ車両に同じ時間に乗り合わせるだなんて、なんという偶然。
卒業式の日に思った「運命」が頭をよぎる。
どうしよう。声をかけようか。
卒業してから2年。1年の時同じクラスだっただけの女子を覚えているだろうか。
忘れられていたら…。
実家の最寄り駅に付き前の10分程度、生きた心地がしなかった。
目的地の駅で、彼も降車した。
後をつける以外に何もできない。
これじゃまるでストーカーだ。
結局彼は人ごみにまぎれ…
その後姿は見えなくなった。
それから10年以上経つ。
私は結婚し、子ども授かった。
それでも同窓会の案内をもらう度、彼を思う。
ネットで名前の検索なんて、何度したことか。
驚いたことに彼の名前はヒットし、彼の人生の一部を垣間見ることができた。
東京へ出て、高校の頃も好きだとしていた音楽で身を立てた時期があったようだ。
しかし、現在は他の道を選んだようで、消息は分らなくなった。
結婚して、「恋」と「愛」の違いを知った。
私は彼に「恋」していた。
きっと、一生。
彼以上に「恋」する人はいない。
恋は盲目。
本当にね。未だに私は盲目の恋をしているのかもしれない。
大好き。会いたい。
言葉で言うのは簡単。
本心を伝えるのは、容易くはない。
今彼にあったら?
良い飲み友達になりたい。
まだ三十数年の人生だけど、
あの分岐点から今までのことを話したい。
今なら笑って話せるかもね。
本気で生きていた
時間を共有した16歳の6月のことも。