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アルミナは役目を果たしたい

作者: 葉月クロル
掲載日:2026/08/28

「速く、もっと速く! 急がなくちゃ!」


 わたしは下品にならないように気をつけながら、ドレスのスカートを両手で持ち上げて走る。

 上級貴族専用の寮から、あまり人が来ない学舎の端にある階段に向かって。


(今度こそちゃんとやり遂げなくては、わたしの悪役令嬢としての存在意義が消え去ってしまうわ)


 息を切らし、廊下を爆走するわたしを、何人かの生徒が驚愕の表情で見ていたけれど、間に合うならばなにを思われたってかまわない。

 今日こそが本番なのよ、ちゃんと、この細腕で、ロザリーナさまを階段から突き落として差し上げなくてはならないのだから!


 わたしは勢いよく廊下の角を曲がり、運悪く向こうから歩いてきた人とぶつかってしまった。相手は体格のいい男性だったので質量的に負けてしまい、わたしはそのまま壁まで吹っ飛んで、飾り台に置かれた壺に激突してしまった。


 わたしの勢いがありすぎたせいで、壺VSわたしの勝負は見事わたしの勝利。

 やったね、アルミナちゃん!

 壺は吹っ飛び、壁にぶつかってはね返り、窓を突き破って外に落ちて……ガチャンと割れる音がした。


 やったね……アルミナちゃん、やっちゃった……。


 壺には勝ったけれど壁には勝てなかったわたしは、廊下に転がりながら『ああ、なんということでしょう。破壊してしまった学園の備品であるあの壺はいくらかしら?』と、請求書を受け取って「アルミナ、またかーッ!」と怒りに震える父の顔を思い浮かべて、絶望した。


 しかも、転び方が悪かったようで、わたしとしたことが足首を傷めてしまったらしい。身体を起こしただけで、痛い。もっのすごく、痛い。これは激痛と言っても過言ではない。


 これではもう、走るどころか歩くことすらままならない。

 痛くて悔しくて惨めで、わたしは涙を流した。

 とうとう最後まで、なんの役にも立たなかったわ。


 教科書にいたずら書きをしなければならないのに、ロザリーナさまのロッカーがどれかわからなくてできなかったし、彼女にコーヒーをかけなければいけないのに自分にひっかけちゃったし、ドレスにワインを以下同文。


 校舎の裏に呼び出して、取り巻きと責め立てるはずの日には、ものすごいゲリラ豪雨が降ったせいでわたし以外の誰も待ち合わせの場所に来なかった。

 呼び出しの手紙をロザリーナさまの机に入れたのに、風で飛ばされてしまい、差出人も宛名も書いてないからゴミとして捨てられていたことを後で知った。不幸の手紙だと思われていたそうだ。

 あと、取り巻きに命令するのもすっかり忘れていたし。

 その結果、わたしだけ不幸になった。豪雨にうたれて風邪をひき、寝込んでしまったのだから。まさに不幸の手紙である。


「君、大丈夫か?」


「マーカムはやたらと丈夫なんだから、もっと気をつけて歩くべきだ」


「いや、気をつけてたぜ」


 見上げると、わたしがぶつかった筋肉もりもりの顔がいい学生と、メガネをしたちょっと神経質そうな優等生タイプの顔がいい学生が、やり取りをしながら心配そうにわたしを見ていた。


「すまなかったな、あのあたりはあまり人通りがないため、俺としたことが油断をしていた。立てるか?」


 わたしは「無理ですぅ、痛いですぅ」と、引き起こそうとする手に向かってイヤイヤした。


「本当に申し訳ない。君が良ければ、このままそっと抱き上げて医務室に連れて行こうと思うのだが。俺は三年のマーカム・ウィリアムズという。ちなみにこいつはアーノルド・シェイカーっていう奴だ。怪しいものではない」


「僕はこの国の宰相の息子、この筋肉は騎士団長の息子だ。知っているかもしれないけれど、身元は確かだと言わせていただこう」


 おお、知っている!

 この学園の有名人で、ゲーム『きらめきマテリアル学園』の攻略対象さまですね!


 ちなみにわたしは。


「ご丁寧にありがとうございます。申し遅れましたが、わたしはアルミナ・アシュリーと申します」


「アルミナ・アシュリー……?」


「君が、あのアルミナ・アシュリー……なのか?」


 わたしはえぐえぐ泣きながら「あの、性格が悪くて、セドリック第一王子殿下につきまとい、王子殿下にと仲良しのロザリーナさまを虐め倒しているという評判の有名人、アルミナ・アシュリーですぅ……お見知り置きをぉ……いだいぃ……」と自己紹介をした。


 心も足もズキズキするわ。

 もうマジ勘弁。


「……なんか、ずいぶんイメージと違うんだが」


「君はもしや、アルミナの影武者かなにかか?」


「影武者がいるような重要人物ではございません」


 マーカムさまとアーノルドさまは顔を見合わせて「?」となっていたけれど、わたしを筋肉自慢の腕で抱き上げてくれて「医務室に行こう」と言ってくれた。マジ紳士。

 あと、壺の代金は自分が弁償すると引き受けてくれたマーカムさま、マジ紳士!!!


 その途中、階段の方から「きゃああああああーッ、アルミナさま、なにをなさるのですか!?」という叫び声が聞こえたけれど、ふたりはまた「?」と顔を見合わせてから、何事もなかったかのようにわたしを医務室へと運んだ。


 途中、アーノルドさまがメガネをきらりと光らせて「アルミナ嬢、もしかして誰かから恨まれたりしていませんか?」とわたしに尋ねた。

 はい、たぶん、かなり、恨まれていますね。なにしろ虐めが一度も成功していませんもの。




 そして迎えてしまった、断罪場面。

 学園主催の卒業パーティーで、わたしはなんとかざまぁをされようと足掻いていた。


「アルミナ! おまえは嫉妬のあまりロザリーナに酷い虐めを行い、とうとう階段から突き落として怪我をさせたな! 婚約破棄を申し渡す!」


「申し訳ありません、みんなわたしが悪いのですぅ」


「そのような反省を見せても駄目だからな。可愛い顔をしても誤魔化されないからな!」


「殿下!」


 ロザリーナさまに睨まれて、セドリック王子は「ちっ、ちがう、今のは口がもつれただけだ」と言い訳をした。


「とにかく、婚約を破棄する! わかったな!」


「申し訳ありません、それはできないのですぅ……」


 わたしは半泣きになった。


「おまえが抵抗しても、絶対に、破棄だ!」


「申し訳ありません、申し訳ありません、婚約の書類をまだ出していないのですぅ」


「……は?」


「名前をサインしたら、インクを落として大きなシミができてしまい、縁起が悪いから書き直した方がいいと勧められて、新しくもらった書類にサインするまでに練習をしようと思ったのですが……いろいろとバタついているうちに……つい、忘れてしまいました。申し訳ありません」


「……はあ? 婚約を、していなかった、だと?」


 狼狽えるセドリック殿下の横で、ロザリーナさまが「セドリックさま、それよりも、この人はわたしを殺そうとしたのです。そちらの方を先にお願いします」と囁いた。


「そうだった。アルミナよ、ロザリーナを階段から突き落とした罪はなくならないぞ!」


「いや、それは無理ですね」


 セドリック殿下の学友であるアーノルドさまが、メガネをくいっと押し上げながら言った。


「三日前の放課後、第三大型教室の付近の階段から、突き落とされたんでしたっけ?」


「そうですわ! 恐ろしい形相のアルミナさまが『この泥棒猫!』と言ってわたしを突き落としたのですわ。その場から走って逃げ出す、長い金髪の女生徒を目撃した者たちがおります!」


「あー、その時、俺たちも近くにいたんだよね。ロザリーナ嬢の悲鳴が聞こえたし」


 マーカムさまが、頬をかきながら言った。


「んで、俺たちは当のアルミナ嬢といたんだよ。このお嬢さんは俺にぶつかった拍子に転んで足を傷めてしまってね、俺が医務室に運んでいる途中だった」


「かなり腫れてしまい、まだ完治はしていません。だから彼女は、今夜は一度も踊っていないでしょう?」


 アーノルドさまがわたしの足を痛ましげに見てから、「君は誰に向かって悲鳴をあけていたのかな?」とロザリーナに冷たい視線を投げた。


「……踊らなかったのは、わたしがロザリーナをエスコートしたから、ヘソを曲げていたのではないのか?」


「あっ、それは違います」


 セドリック殿下の言葉にわたしは即答した。


「婚約しているわけではないので、わたしは殿下とはまったく関わりのない赤の他人ですから」


「え?」


「なにをしようと気になりません。もちろん嫉妬もしません。あと、婚約は家の都合で進められていたので、わたしはセドリック殿下を好きでもありません」


 セドリック殿下はショックを受けた顔になった。


「わたしは確かに、あの日あの場所で階段からロザリーナさまを突き落とそうと、廊下を走っていました。けれど、不幸な事故が起きて、今回も到達することができませんでした。ロザリーナさま、申し訳ございません! これはもう、手遅れですよね?」


「なっ、あなたは余計なことを言わなくていいのよ!」


 ロザリーナさまはわたしを睨みつけて「セドリックさま、この人の言葉を耳に入れてはなりませんわ」と言った。


「余計なことではありませんわ、こうなったからには他に方法がないか考えましょう! 世界が崩壊するのを防ぐ方法を!」


「世界が、崩壊、だと?」


「はい。ロザリーナさまはすごい力を持つ聖なる『光の乙女』で、わたしに虐めを受けてセドリック殿下と結ばれることで、崩壊の危機にあるこの世界が救われるのです。って、ロザリーナさまに言われたから、わたし、虐めようとがんばったのですが……」


 わたしは「上手く虐めることができませんでした! 申し訳ございませんでした!」と深く頭を下げた。


 つまりね、『きらめきマテリアル学園』というゲームの中の、悪役キャラに生まれ変わったわたしが、悪役をやるのに失敗してしまったのよ。

 あー、これでまた死ぬのかなあ……痛くないといいなあ……。


「あっ、謝って済むとでも思ったら、大間違いよ! どうしてくれるのよ、こんな展開じゃ、平民上がりのわたしは王太子妃にならないじゃないのよ!」


「ごめんなさい、ロザリーナさま! すごくがんばったんですけど、見るとやるとは大違いでした!」


「このっ、役立たず!」


「はい、まったくの役立たずでございます!」


 わたしを罵るロザリーナさまの肩に、セドリック殿下の手が乗った。


「ロザリーナ、どういうことなのか向こうでじっくりと説明してもらおうか?」


「あ……違うんです、違うんですセドリックさま! わたしはヒロインとして正しい道を歩く必要があって……」


「虐めを捏造してわたしを謀《たばか》ったんだね? これは犯罪だから、責任を取ってもらおう」


「違うんですぅぅぅぅーッ、やめて、離してぇぇぇぇーッ!」


 ロザリーナさまが、会場から消えた。

 不思議なことに、彼女はそのまま、この世界からも消えてしまったらしい。

『光の乙女』を騙ったことに天罰がくだったのだと言われている。

 で、ロザリーナさまが生け贄になってくださったからなのか、彼女が嘘を言っていたのか、世界はまだ崩壊しそうにない。


 そしてわたしは。


「さあ、冷静な頭脳と筋肉馬鹿と、どちらを選びますか?」


「誰が筋肉馬鹿か!」


「アルミナ嬢、誤解して申し訳なかった。改めて婚約をして……は、もらえない、だろうか?」


「嫌ですぅ、もう放っておいてくださいーッ!」


 新たなるヒロイン枠に入れられそうになる運命から、必死で逃げ回っている。

 こういうのはゲームだから楽しいんです!

 現実ではお断りします!

 


 FIN.

『天使で悪女なマリーさん、猛禽紳士にお嫁入りする。』

https://ncode.syosetu.com/n6720mi/

連載終了記念です〜(*´Д`*)

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