無計画な婚約破棄のおかげで、君の小さな手に届いた
――――――――――フレッド・サトクリフ伯爵令息は思う。
世の中合う合わないというものはある。
エドマンド・パートリッジ伯爵令息とクララ・ウェルズ子爵令嬢との関係もその類なのだよ。
エドマンドはクララ嬢を婚約者としていたのだが(羨ましい)、明らかにうまくいっていなかった。
だっていつもクララ嬢を無視し、ダーラ・スティール男爵令嬢とよろしくやっていたものな。
ただしダーラ嬢が色っぽい令嬢であることは認める。
一方クララ嬢は世にも可憐な令嬢だ。
賢く慎ましやかで気品がある。
ただ小動物のように気の小さいところがあるように見える。
エドマンドはそういう部分が貴族らしくないと気に入らなかったらしい。
僕はクララ嬢素敵だと思うんだがなあ。
エドマンドは傲慢だから、ダーラ嬢のようなわかりやすく媚びる令嬢がいいんだろう。
ダーラ嬢は令息に対する距離が近いし。
あの酌婦みたいな振る舞いが貴族らしいとは思えないのだが、まあエドマンドの好みにジャストフィットなのではないかな。
エドマンドの鼻の下が指の太さ一本分くらい長くなっていたとは、アカデミーでよく言われていたことだ。
ただエドマンドのやつがあそこまでバカだとは思っていなかった。
一ヶ月前、王立アカデミーの学期末パーティーのことだった。
◇
――――――――――王立アカデミーの期末パーティーにて。
和やかというか倦んだ雰囲気になりかけた時だった。
エドマンド・パートリッジのそういう空気を掴む機微だけは敏感だと言わざるを得ない。
ともかくエドマンドは大声を発した。
「オレはクララ・ウェルズ子爵令嬢との婚約を破棄する! 今そう決めた!」
エドマンドの顔に赤みが差している。
おいおい、正気か?
自分に酔って宣言しちゃっただけじゃないか?
クララ嬢に恥をかかせて、慰謝料が結構な金額になるぞ?
あまりのことにクララ嬢が目を見開き、フルフルしているじゃないか。
可愛そうに。
大体『今そう決めた!』って何だよ?
計画性のないことの暴露か?
そしてダーラ・スティール男爵令嬢はエドマンドにしなだれかかっている。
ダーラ嬢にしてみれば、伯爵令息をゲットしたぜって気分なんだろう。
ただエドマンドはバカだぞ?
正解のような気がしない。
「クララ、お前はオレのダーラとの交友を邪魔したろう!」
「いいえ、そのような……」
エドマンドは好き勝手ダーラ嬢とイチャイチャしてたろうが。
それは交友の範疇じゃないからな?
皆が批判的な視線を向けてるのわかってるか?
さっきエドマンドの空気を読む機微に感心したところだったが、心の中で密かに訂正する。
「おまけに友人達とともに、ダーラに嫌がらせをした!」
「そ、そんな……」
クララ嬢の友人って大人しい淑女ばかりだわ。
突然とばっちりを受けた令嬢方も、顔色変えて首振ってるわ。
わかってるから心配しなくていいよ。
エドマンドがメチャクチャ言ってるって。
「以上がクララ、お前との婚約を破棄する理由だ。文句があるか!」
「……」
文句ったって、エドマンドは婚約破棄の宣言とデタラメな理由を並べてるだけだからな。
まるで根拠がない。
一方的な主張がどこでも通ると思うなよ?
もっともクララ嬢だって反論の意味がないだろう。
もう婚約破棄は決定だろうし、バカやってるエドマンドに反論しったって道化になるだけだから。
しかしエドマンドのやつ、これをどう収拾つけるつもりなんだろう。
場のムードを途轍もなく重くしやがって。
自分が主演男優の舞台のつもりかもしれないが、明らかに興行失敗だからな?
……いや、チャンスだ。
勇気を出せ僕!
前に進み出る。
「クララ嬢、お手を」
「フレッド様?」
「おい、フレッド。どういうつもりだ?」
「やあエドマンド。御機嫌だね」
「ふざけるな!」
ふざけてるのはどっちだろうね?
よし、いい感じに僕に視線が集まっている。
クララ嬢への好奇の視線が減っただけでもマシだろう。
対するエドマンドの目付きが厳しくなっている。
お前にそんな資格はないわ。
「落ち着けよエドマンド。君はクララ・ウェルズ子爵令嬢との婚約を破棄する意思を表明した。間違いないね?」
「ああ」
「そしてダーラ・スティール男爵令嬢との関係を深めるつもりであると」
「その通りだ」
エドマンドの父君が認めるのかは疑問だけれど。
宣言前なら認めるわけなかっただろうな。
本当に思いつきの婚約破棄宣言なんだろう。
攻めようはいくらでもあるが……。
「クララ嬢をどうするかは考えていたかい? 裁判じゃあるまいし、糾弾するだけなのは非紳士的行為だと思うが」
「えっ、非紳士的行為?」
クララ嬢のダメージが小さい方法が望ましい。
戦線を拡大しない言い方が望ましいと踏んだ。
ハハッ、案の定エドマンドの目が泳いでる。
エドマンドは格好つけだ。
こういう言い方は効くだろう。
キョロキョロするエドマンド。
ようやく周りの様子に気付いたか?
白い目で見られているってことに。
「僕がエスコートしてクララ嬢を退出させようということだよ。君に感謝されこそすれ、非難される筋合いはないと思うが」
「お、おう」
「では失礼する。クララ嬢、どうぞ」
「はい、ありがとう存じます」
クララ嬢の小さな手を取った。
皆の拍手で退場だ。
ま、パーティーもお開きだろうが。
エドマンドよ。
この拍手の分だけ君が今後生きづらくなると知れよ。
◇
――――――――――再び現在、ウェルズ子爵家邸にてお茶会。
メルツフィーラン公爵家は我が国一の大貴族だ。
前当主ジェラルド様と言えば、陛下の御意見番として知られる大実力者でさ。
そのジェラルド様から感謝状が来た。
父上が驚いてお前何やったって言われたけど、心当たりは先日のアカデミーのパーティーのことしかない。
僕がクララ嬢の名誉を保ったということで。
いや、ウェルズ子爵家がメルツフィーラン公爵家の縁戚ということくらいは、僕だって貴族の常識として知ってるよ?
ただクララ嬢がジェラルド様に大層可愛がられている孫だとは知らなかった。
パートリッジ伯爵家が子爵家の娘であるクララ嬢をエドマンドの婚約者にしていた理由がハッキリわかるわ。
メルツフィーラン公爵家の歓心を得ようとしていたんだな。
まあエドマンドが全てパーにしたわけだが。
僕にまで感謝状を送ってくるくらいだ。
非のないクララ嬢が一方的に婚約破棄されたことに対し、ジェラルド様の怒りは相当だったそうで。
これはわかる。
大貴族ほどメンツを潰されることを何より嫌うから。
パートリッジ伯爵家は嫡男エドマンドを庶民に落とし、家から追放せざるを得なかった。
ジェラルド様の怒りを和らげるために必要だったんだ。
当然エドマンドはアカデミーからも去った。
結構ショッキングな措置だと思うんだが、パートリッジ伯爵家はそれを御の字と考えているふしがある。
実はうちサトクリフ伯爵家は、パートリッジ伯爵家からも非公式に礼を言われたんだって。
僕がクララ嬢を構っていなかったら、パートリッジ伯爵家は社交界から爪弾きにされていたかもしれないと。
何だかんだ理由をつけられて、取り潰しまであり得たんじゃないかってことだ。
恐るべきは実力者の怒髪天スイッチ。
目の前でお茶しているクララ嬢が言う。
「エドマンド様も悪い人ではないのですけれど」
「いや、悪いやつだよ」
君、公開婚約破棄食らってたからね?
どこまで人がいいんだろうな?
そんなクララ嬢が好き。
……エドマンドの救済と言えるかどうかはわからないが、自棄になられると問題という大人の判断だと思う。
エドマンドはスティール男爵家に引き取られることになったと聞いている。
おそらくはスティール男爵家も、ダーラ嬢がエドマンドを誑かした一定の責任を負えということだろう。
パートリッジ伯爵家に嫁入りしたかったであろうダーラ嬢の思惑とは違ったが、エドマンドと結ばれることにはなりそう。
ダーラ嬢も修道院行きがあり得ただけに、それくらいで済んでよかったんじゃないの?
「お爺様にはあまりひどいことしないでと頼んだのですけれど」
「クララ嬢は優しいね」
それで一連の措置が若干甘くなったのかもしれないな、これでも。
ジェラルド様御自身の評価にも関わることだから、厳し過ぎないのは却ってよかったと感じる。
「優しいのはフレッド様のほうですよ。わたくしも婚約破棄を言い渡された時はおろおろしてしまいましたが、フレッド様に手を差し伸べていただいて、本当にほっといたしました」
「こんな手でよければ何本でも」
アハハウフフと笑い合う。
僕とクララ嬢は婚約することになる。
ジェラルド様の推しなのでどこからも反対が出ない。
クララ嬢も感謝してくれているし、僕はもちろん大歓迎なので万々歳。
ただまだ婚約に至らないのは理由があって……。
「お爺様が呪術グッズを作らせているようで」
「うん、僕も漏れ聞いてる。婚約がパーにならないためにだって?」
クララ嬢の婚約が破棄されるなんてことが二度もあってはならないと、絶対に別れられない呪具だか魔道具だかをジェラルド様が作らせているんだって。
いや、僕はエドマンドほどバカじゃないから。
それにクララ嬢がジェラルド様にどれだけ愛されているか周知された今、クララ嬢を蔑ろにするなんてあり得ないから!
「お爺様、きっとフレッド様のことをすごく評価してるのですよ」
「えっ? そうなのかな?」
「だって認めていないなら、すぐ別れさせようとすると思うのですよ」
「……そういう解釈の仕方もあったのか。クララ嬢は賢いな」
柔らかい笑顔を見せるクララ嬢ほんと好き。
そしてどうやら僕はジェラルド様に合格と思われているらしい。
またクララ嬢もリラックスしているなあ。
僕が婚約者で納得ってことみたい。
ありがたやありがたや。
「婚約が成立したらジェラルド様にも挨拶しなければならないね。お忙しいのかな?」
「呼び出されると思いますよ」
「えっ? 何だか怖いなあ」
「大丈夫ですよ。一緒にまいりましょう」
力強い言葉がありがたいな。
そしてクララ嬢の目力が意外と強いことに気付く。
……クララ嬢は消極的で臆病みたいな印象があったけど、そう見せているだけなんじゃないかって気がしてきた。
だってジェラルド様に可愛がられるほどの令嬢だもんな?
「よろしくお願いするね」
「はい。あの、わたくしこそよろしくお願いいたします」
慎ましやかな上目遣い、好きだなあ。
まあいいや。
僕がクララ嬢贔屓なのは変わらない。
見限られないよう僕も頑張るのだと、心に決めた。
最後までお読みいただき大変感謝です。




