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書き殴られた未完の物語標本  作者: かがみゆえ


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消えた友だちの影

⚠️この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 .





 朝のホームルームで、先生が出席を取り始めたときだった。


「……あれ?」


 先生は出席簿を見ながら手を止め、少し首をかしげた。

 でも、すぐに何事もなかったかのように続けた。


「よし、全員いるな」


 その言葉にクラスは何の違和感も持たず静まり返る中、僕だけは胸の奥がざわついていた。


(違う。ひとり足りない)


 僕は無意識に窓際の一番後ろの席を見た。

 そこは空いている。

 机も椅子もあるのに、そこに座るはずの誰かの気配だけがすっぽり抜け落ちていた。


「なあ……あそこ、誰の席だっけ」


 隣の田中に小声で聞く。


「は? 空席だろ。転校生でも来るんじゃね?」


 軽い調子で返される。

 その顔には、本当に何の疑問も浮かんでいない。


 そんなはず、ない。

 僕は確かに覚えている。

 あそこには……。


 「……山崎」


 思わず名前が口からこぼれた。


「誰だよそれ」


 冗談だと思われたのか、田中は笑った。


 山崎は僕の友だちだ。

 休み時間には一緒にゲームの話をして、放課後にはくだらないことで笑い合っていた。

 少し無口だけど優しくて、変なところで意地っ張りなやつ。


(どうして、誰も覚えてないんだ……)


 授業中も、僕はずっと落ち着かなかった。

 ノートを開いても頭に入ってくるのは先生の声じゃなくて山崎の笑い声ばかりだった。



「なぁ、このクラスに山崎ってやつ、いたよな?」


 昼休み、僕は確かめることにした。


「知らない」


「聞いたことない」


「お前の妄想じゃね?」


 何人かに聞いてみたけど、返ってくる答えは全部同じだった。

 そのたびに、胸の奥が冷たくなる。


 嘘じゃない。

 僕は覚えている。

 ちゃんと一緒に過ごした時間がある。


 だけど、その証拠がどこにもない。


 図書室でクラス写真を見ても、そこにいるはずの彼の姿だけが最初からなかったかのように消えている。


 まるで、最初から存在しなかったみたいに……。


「……ふざけるなよ」


 思わずつぶやく。

 そのときだった。


「お前、まだ覚えてるのか」


 背後から声がした。

 振り向くと、誰もいない。

 いや、違う。


 そこに“何か”がいる。


 人の形をしているようで、はっきりとは見えない。

 光の加減で揺らぐ影みたいに、輪郭がぼやけている。


「……山崎?」


 おそるおそる呼ぶと、その影はわずかに動いた気がした。


「やっぱり、お前だけだ」


 声だけが、はっきりと耳に届く。


「どういうことだよ……なんで、みんな忘れてるんだ?」


「わかんない。でも、気づいたらこうなってた」


 影は寂しそうに揺れる。


「最初はちょっとずつだった。名前を呼ばれなくなって、話しかけても返事がなくなって……そのうち、誰も俺のことを見なくなった」


 その言葉に、背筋がぞくりとした。


「でも、お前は違った。ずっと気づいてた」


「当たり前だろ……友だちなんだから」


 そう言った瞬間、影がわずかに明るくなった気がした。


「……ありがとな」


 小さな声だった。

 そして、ふと気付く。

 山崎の輪郭が、さっきより薄くなっていた。


「なぁ、なんか……消えてきてないか?」


「……ああ」


 影は静かに答えた。


「たぶん、完全に忘れられたら俺は消えるんだと思う」


「っ、そんなのダメだろ!」


 思わず声を上げる。


「僕が覚えてる! だから、消えないはずだ!」


 必死に言うと、影は少しだけ笑ったように見えた。


「一人じゃ、足りないのかもしれないな」


「そんな……」


 どうすればいい?

 どうしたら、山崎を戻せる?

 頭の中で考えがぐるぐる回る。


 そのとき、チャイムが鳴った。

 次の授業が始まる。


「……行けよ」


 山崎が言う。


「授業、遅れるぞ」


「でも……」


「いいから」


 少し強い口調だった。


「最後まで、ちゃんと覚えててくれ」


 その言葉が妙に重く響いた。

 僕は何も言えなくなって、教室へ戻った。


 席に座っても、何も手につかない。

 さっきの空席を見るけど、やっぱり誰もいない。


 でも、ほんの一瞬だけ誰かが座っていた気がした。




「山崎!」


 放課後、僕は急いで図書室に向かった。


「山崎!」


 呼んでも、返事はない。

 あの影も、もうどこにもいなかった。


 ただ、夕日が長く伸びた影を床に落としているだけだ。

 その中にひとつだけ、僕のものじゃない影が混じっている気がした。

 瞬きをした瞬間、それも消えてしまった。




 それから数日が経った。

 僕はまだ、山崎のことを覚えている。

 不思議なことに、細かい記憶が少しずつ曖昧になってきている。


 どんな声だったか。

 どんな顔だったか。

 どんな風に笑っていたか。

 思い出そうとするたびに、霧がかかったみたいにぼやけていく。


「……ダメだ」


 ノートに何度も名前を書く。


(山崎、山崎、山崎……っ)


 消えないように、忘れないように。

 だけど、その文字さえもだんだんと意味を失っていく気がした。




 ある日の帰り道。

 ふと、足元を見る。

 夕焼けの中、自分の影が長く伸びている。

 その隣にもう一つ、影が並んでいた気がした。


 思わず振り向く。

 誰もいない。

 でも、確かにそこに“誰か”がいた。


 名前を呼ぼうとして、口が止まる。


(誰だっけ?)


 胸の奥がひどく冷たくなった。

 大事な何かを今まさに失った気がするのに、それが何なのかわからない。

 ただ、どうしようもなく寂しい……。


 夕焼けの中、僕はしばらく立ち尽くしていた。

 足元の影は、いつの間にかひとつだけになっていた。


.

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