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書き殴られた未完の物語標本  作者: かがみゆえ


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14/24

町全体の“共通の夢”

⚠️この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

 .





 町の人が同じ夢を見たと言い出したのは、春のはじめのまだ空気の冷たい朝だった。

 最初は冗談のように聞こえた。

 パン屋の前で立ち話をしていた主婦が言った。


「ねえ、昨日の夢見た?」


 それを聞いた肉屋の主人が笑った。


「ああ、あの夢だろ?」


 二人は当然のことのように頷き合った。

 私はその横を通り過ぎながら、少しだけ不思議に思った。

 だが、町は小さい。

 共通の話題が一つや二つあることは珍しくない。


 ところが、その日の昼には様子が変わっていた。

 郵便局の窓口でも、商店街の魚屋でも、小学校の前でも、誰もが同じ話をしていた。

 “昨日の夢”についてだ。

 しかも、奇妙なことに皆が同じことを言うのだ。


『町のみんなが出てくる夢だった』


 最初は噂が広がっているだけだと思った。

 だが、話を聞けば聞くほど妙だった。

 誰に聞いても、夢の内容が細部まで一致している。


 町の広場。

 白い霧。

 静まり返った通り。

 そして、町の住人たち。

 全員がそこにいたらしい。


「不思議だよなあ」


 八百屋の老人が頭を掻きながら言った。


「まるで本当に集まってたみたいでさ」


 私は笑って答えた。


「面白い偶然ですね」


 老人は少し首を傾げた。


「……あれ?」


「どうしました?」


「お前は見なかったのか?」


「え?」


「夢だよ」


 私は正直に言った。


「覚えてないですね」


 そのとき、老人の顔にほんの一瞬、妙な影が落ちた。


「そうか……」


 それだけ言って、彼は店の奥へ引っ込んでしまった。


 その日の夕方、私はさらに奇妙なことに気づいた。

 町の人が私を見ると少し黙るのだ。

 話していた夢の内容を途中でやめる。

 まるで、聞かれたくない話題のように。

 私は不安になり、幼なじみの佐藤に聞いた。


「なあ、夢の話ってなんなんだ?」


 佐藤は少し困った顔をした。


「お前、本当に覚えてないのか?」


「うん」


 彼はしばらく黙ったあと、小さく言った。


「……変な夢だったんだよ」


「どんな?」


「町のみんなが広場に集まってるんだ」


 それは、他の人と同じ説明だった。


「で?」


 佐藤は言葉を探すように視線を泳がせた。


「それで……」


 そして、ぽつりと言った。


「お前がいないんだ」


「え?」


「夢の中の町には、お前がいなかった」


 私は笑った。


「なんだよそれ」


 だが、佐藤は笑わなかった。


「誰一人、お前のことを覚えてないんだ」


 私の喉が鳴った。


「夢の中ではさ」


 彼は続けた。


「この町には最初からお前なんて存在してないって、みんな普通に思ってるんだ」


 私は冗談だと思った。


 だが、次の日。

 町の様子はさらにおかしくなっていた。

 コンビニの店員が私の顔を見て少し考え込んだ。


「……いらっしゃいませ」


 声に迷いがあった。

 その帰り道、近所のおばさんが私を見て言った。


「あなた……どこの子?」


 私は笑って答えた。


「ここに住んでますよ」


 おばさんは首を傾げた。


「そうだったかしら」


 妙な胸騒ぎがした。


 家に帰り、鏡を見た。

 私は確かにそこにいる。

 触れば体温もある。

 息もしている。

 なのに、頭の奥に嫌な考えが浮かんだ。

 もし、もしあの夢が―――本当の世界だったら?


 私は佐藤の家へ走った。

 ドアを叩く。

 しばらくして彼が出てきた。

 だが、その目はどこかよそよそしかった。


「……誰?」


 背筋が寒くなった。


「冗談だろ?」


 佐藤は困った顔をした。


「ごめん、本当に誰だ?」


 私は言葉を失った。


「俺だよ。小学生のころ、川で溺れかけたとき助けただろ」


 佐藤は首を傾げた。


「……そんなことあったか?」


「覚えてないのか?」


「うん」


 その瞬間、私は奇妙なことに気づいた。

 玄関の壁に貼られた写真。

 そこには、佐藤と数人の友だちが写っていた。

 夏祭りの写真だ。


 私もその場にいたはずだった。

 だが、写真には私がいなかった。

 まるで最初から存在しなかったかのように。


 私は家へ戻り、押し入れから古いアルバムを引っ張り出した。

 ページをめくる。


 小学校の運動会。

 遠足。

 卒業式。

 どの写真にも、私は写っていなかった。


 いや、よく見ると妙な空間があった。

 人が一人立てるくらいの少しだけ不自然な隙間。

 まるで、そこに誰かがいたのを消したみたいに。


 また背筋が冷たくなった。

 外から子どもたちの声が聞こえる。


「昨日の夢さ!」


「俺も見た!」


「広場のやつだろ!」


 私は窓から通りを見た。

 子どもたちが笑いながら話している。

 その中の一人が言った。


「でもさー」


「なに?」


「広場の真ん中、変じゃなかった?」


「変って?」


「なんか……」


 子どもは言葉を探した。


「誰か立ってた気がするんだよ」


「でも顔が思い出せないんだ」


「影みたいでさ」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。

 私は振り返って鏡を見た。

 そこには、確かに私がいる。

 だが、ふと疑問が浮かんだ。


 この町で、私のことを覚えている人はいるのだろうか。


 私は不安になって家を飛び出した。

 広場へ向かった。

 夢の中で、町の人たちが集まっていた場所だ。


 夕方の光の中、広場は静まり返っていた。

 誰もいない。

 私は中央まで歩いた。


 その瞬間、強い既視感に襲われた。

 ここだ。夢の中で皆が見ていた場所。

 私はそこに立った。

 風が吹いた。

 そのとき、不意に理解した。


 町の人たちの夢。

 白い霧の広場。

 全員が同じ方向を見ている。

 彼らが見ていたのは―――私だった。


 だが夢の中の彼らは、私を認識できなかった。

 存在しているのに、存在しない。

 記憶できない。

 名前も思い出せない。

 だから夢の中の世界は“私がいない世界”になった。


 その夜、私は初めて夢を見た。

 白い霧の広場。

 町の人たちが立っている。

 全員が同じ方向を見ている。

 そして、ゆっくりと私の方を向いた。


 だが、誰の目も私を捉えていない。

 視線は私を通り抜けている。

 私はそこに立っているのに。誰の世界にも存在していない。

 そのとき、遠くで誰かが言った。


「やっぱり変だよ」


「何が?」


「この町」


 少しの沈黙。

 そして、小さな声。


「……誰か足りない気がする」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。

 私は必死に声を出した。


「ここにいる!」


 だが、誰も振り向かなかった。

 霧が濃くなっていく。

 町の人たちの輪郭がぼやけていく。

 最後に見えたのは、誰かが首を傾げる姿だった。


「……誰だったっけ」


 その瞬間、私は目を覚ました。

 朝だった。

 窓の外から町の声が聞こえる。

 人々が話している。

 いつもの日常の音。

 私は安心して外に出た。


 通りには人がいた。

 だが、誰も私を見なかった。

 私はそこに立っている。

 息もしている。

 影もある。

 それでもこの町の世界にはもう、―――私など存在していなかった。


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