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書き殴られた未完の物語標本  作者: かがみゆえ


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【後日談】記憶を食べる転校生

⚠️この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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 今から百年以上も昔、街灯はまだ少なく夜が本当の闇に包まれていた時代の話である。

 ある地方の静かな町に一人の少年がいた。

 名はソウタ。

 現在の“浅見想太”という名に繋がる彼がまだ人間だった頃の名前だ。


 ソウタは生まれつき体が弱い少年だった。

 一年のほとんどを病室の白い天井を見つめて過ごし、学校に通うことも友だちと泥だらけになって遊ぶことも叶わない。

 彼にとっての世界は、四角い窓から見える切り取られた空と毎日お見舞いに来る母親が語ってくれる話だけだった。


「ソウタ。今日はね、裏山の大きな桜が満開になったのよ。風が吹くとまるでお砂糖みたいに花びらが舞って……」


 母親は優しくソウタの手を握り、外の世界の“記憶”を彼に分け与えた。

 川のせせらぎ。

 炊きたての米の匂い。

 夕暮れ時の子供たちの笑い声。

 ソウタは目を閉じ、母の言葉を頼りに行ったこともない場所を頭の中に描き出す。

 それが、孤独な彼にとって唯一の生きる糧だった。





 第一章:奪われた光


 しかし、残酷な運命がソウタを襲う。

 町に恐ろしい流行病が広まったのだ。

 ソウタの看病を続けていた母親も、その病に倒れてしまった。


「ソウタ……ごめんね……。もう、お話をしてあげられない……」


 それが母親の最期の言葉となった。

 たった一人の理解者を失ったソウタは、広い病室に一人取り残された。

 親戚も友だちもいない。

 誰もお見舞いに来ない部屋で、ソウタはただ死の足音が近づくのを感じていた。


「寂しい……。お腹が空いた……。きっと何かが足りないんだ……」


 それはじゃがいもや米で満たされる空腹ではなかった。

 母が聞かせてくれた“思い出”という光が消え、ソウタの心は真っ暗な空洞になってしまったのだ。

 彼は誰かに自分を見つけてほしかった。

 誰かの記憶の中に、自分の居場所が欲しかった。


「誰か……僕を忘れないで……僕を、この暗闇から助けて……!」


 ソウタが涙を流しながらそう願った瞬間、部屋の隅の影がゆらりと動き出した。





 第二章:黒い影との契約


 影は人の形をしていなかった。

 それはどろりとした黒い霧のようで、中心には大きな口のような裂け目があった。

 そこから漏れ出す声は、複数の人間が同時に喋っているような不気味な響きを持っていた。


『可哀想な子どもよ。お前の命の灯火はもうすぐ消える。だが、一つだけ助かる方法があるぞ』

「……助かる方法? 僕の病気が治るの?」


 ソウタは震える声で問いかけた。


『病気は治らない。だが“時間”を喰らえば、お前はこのままの姿で永遠に生き続けることができる。他人の頭の中にある、輝かしい記憶……それを喰らうのだ』


 影は甘い囁きでソウタを誘惑する。


『記憶とは命そのものだ。それを自分の心臓に流し込めば、お前の動かない足も、弱い心臓も、再び脈打ち始める。どうだ? 消えてなくなるくらいなら、他人から奪って生き延びたいとは思わないか?』


 ソウタは死ぬことが怖くてたまらなかった。

 誰にも知られず、この冷たい部屋で骨になるのを待つだけの人生なんて嫌だった。


「……やるよ。僕、死にたくない。何だってする」


 ソウタがそう答えた瞬間、影は彼の胸元に飛び込み、心臓へと溶け込んでいった。

 その瞬間、蓮の心臓は人間のものではない“冷たい氷の塊”へと作り変えられたのである。





 第三章:最初の一口


 契約を交わした直後、一人の看護婦が部屋に入ってきた。

 彼女は亡くなった母親の代わりに時々ソウタの様子を気にかけてくれていた心優しい女性だった。


「ソウタくん、顔色が悪いわね。リンゴを貰ったんだけど食べられる?」


 剥いたばかりの皿に乗ったリンゴを見せる看護婦。

 彼女を見た瞬間、ソウタの喉の奥から自分でも驚くような『グチャリ』という嫌な音が響いた。


(美味しそうだ……)


 ソウタの目には、彼女の頭の周りにキラキラと輝く“光の粒”が見えた。

 それは彼女が昨日、自分の愛する子供と一緒に公園で遊んだ時の幸せな記憶だった。

 ソウタがふっと息を吸い込むと、その光の粒がまるで引き寄せられるように彼の口の中へと入ってきた。


「え……?」


 看護師の手からソウタへ渡そうと爪楊枝に刺したリンゴが床に落ちた。

 彼女の瞳からそれまで宿っていた柔らかな光が消え、まるで人形のように虚ろになった。


「私……ここで何をしていたのかしら? リンゴ……? ……っていうか、あなたは誰……?」


 彼女は目の前にいる少年が誰なのか、自分に愛する子どもがいることすらも全て忘れてしまった。

 一方でソウタの身体には信じられないほどの力がみなぎっていた。

 動かなかった指が動き、冷たかった肌に赤みがさす。

 病で苦しかった呼吸が、嘘のように楽になった。


「……甘い」


 ソウタは無意識に呟いた。

 それは、かつて母親が語ってくれたどんなお話よりも生々しく、濃厚で快楽に満ちた味だった。





 第四章:呪われた放浪者


 それからソウタは“浅見想太”という名に自分を書き換え、長い長い旅を始めた。

 彼は年を取らない。

 身体の成長は、あの契約をした日のままで止まってしまったのだ。

 一箇所に長く留まることはできない。

 一人の人間から記憶を食べ過ぎれば、その人間は抜け殻のようになってしまうからだ。

 だから彼は数ヶ月ごとに学校を転々と変え、常に“新しい獲物”を探し続けた。


 学校という場所は、彼にとって巨大なレストランのようなものだった。

 友情、恋心、将来への希望。

 中学生や高校生が持つ瑞々しく強い感情の記憶は、彼にとって最高のご馳走だった。


「僕は、悪いことをしているわけじゃない」


 浅見は自分に言い聞かせる。


「僕はただ、お腹が空いているだけだ。彼らは記憶を失っても、また新しく作ればいい。でも、僕は食べ続けなければ消えてしまう。これは生きるための食事なんだ」


 しかし、どれだけ多くの記憶を食べても浅見の心が満たされることはなかった。

 食べた記憶は、彼の中でただの“知識”として残るだけだ。


 “友達と遊んで楽しかった”というデータは蓄積されるが、その時の“楽しさ”を彼自身は心で感じることは二度とできない。

 彼の心臓は、あの日のまま硝子のように冷たく、固まったままだった。





 第五章:小林透子との出会い


 そして現代。

 彼は新しい獲物を求めて、透子たちの通う中学校へとやってきた。

 そこで出会った小林透子。

 彼女の持つ記憶は、今までの誰よりも澄んでいて温かい光を放っていた。


(この子の記憶を食べ尽くせば、僕のこの飢えも少しは癒えるかもしれない)


 浅見は透子の隣の席に座り、いつものように微笑んだ。


「よろしく、小林さん」


 その笑顔の裏側に百年以上前から続く深い飢えと、決して満たされることのない孤独が隠されていることを透子はまだ知らなかった。

 彼は最初から、透子を壊すつもりで近づいたのだ。

 それが、この【忘却の食卓】の真実である。

 浅見がかつて持っていたはずの母親との大切な思い出さえも今の彼はもう、その“味”を思い出すことができないのだった。





 結末:受け継がれる“飢え”


 浅見が透子から最後の大切な記憶を奪い取った後、彼は静かに街を去った。

 列車の窓に映る自分の顔を眺めながら、彼はふと考える。


「次はどんな味がするかな」


 彼の心はもう、人間としての“痛み”すら感じなくなっていた。

 誰かを好きになることも、誰かを傷つけて悲しむこともできない。

 ただ他人の人生の一部を盗み取り、それを自分の命の燃料に変えていくだけの存在だ。


 夕闇の中、列車が次の街へと向かう。

 そこにもまた、輝かしい思い出を持つ少年少女たちが待っていることだろう。

 浅見は唇を舐め、琥珀色の瞳を怪しく光らせた。


「ごちそうさま。……さぁ、次の食事の時間だ」


 彼の孤独な晩餐はこの世界から記憶という光が消えない限り、永遠に終わることはないのである。


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