鏡面戦場の舞踏会
皆様、ごきげんよう!
本日は、第三章、決着が……?の回です。
ゆるーく見ていってください。
黄金の雨が止んだ後の戦場には、風の音さえ憚られるような静寂が横たわっていた。
一千万発もの純金弾によって物理的に研磨された大地は、空と太陽の輝きをそのまま映し出す鏡へと変貌を遂げている。
その更地の中心で、セシリアは黄金ガゼボの階段を、一歩、また一歩と降りる。最高級のブーツが地面を叩くたび、コツン、コツンという音が静寂に響き渡っている。
その数十メートル先。そこには、折れぬ意志だけを武器に立ち続ける、一人の騎士がいた。
「あら、足元が滑りやすくなっておりますわ。わたくしが綺麗に磨きすぎましたかしら?」
セシリアはスカートの裾を軽く持ち上げ、自身の足元を確認しながら、事も無げに言った。
『……これを作った張本人が、今更滑りやすさを気にするのか? 貴様のその余裕、いつまで続くか試してやろう』
リリアナは、そう言ってひび割れた剣の柄を握り直す。
その姿は誰の目から見ても満身創痍。鎧は砕け、頬には一筋の血が伝っている。対するセシリアは、ドレスに塵一つ付いていない。
このあまりに対照的な光景に、ガゼボの陰で頭を抱えていた常識人が、我慢の限界とばかりに声を上げた。
「……お、お嬢様ぁ! やっぱあんなボロボロの人と戦うなんて、世間体が悪すぎますよぉ! 近所の奥様方にバレたら『ローゼンブルク家は弱り目に祟り目なんですって』って陰口叩かれますって! 」
そんなモカの必死の絶叫をセシリアは華麗に聞き流す。
手にしていた黄金のガトリング砲を、戦う意志を示すようにリリアナへと向けた。
その直後――
「……これでは対等ではありませんわね。アイザック、あれを!」
【了解。弾薬節約および武装換装を開始。モード・キャリバー展開】
セシリアが手にしていたガトリング砲の銃身が、パズルのように組み換わり、瞬く間にその姿を変えていく。
展開された装甲が重なり合い、現れたのは鉄塊の大剣。
セシリアは、大の男が数人がかりでも持ち上がらないであろうその巨剣を、まるでお気に入りの日傘でも扱うかのように、片手で肩に担いだ。
「ご安心くださいまし、リリアナ様。この形態は、弾丸を一切使用しませんの。とっても地球に優しい……そう、『エコ』というものですわ」
一千万発の弾丸を消費して地形を変えた直後に放たれた「エコ」という言葉。そのあまりの衝撃に、背後の乾杯同盟の面々が「どの口が……」と戦慄する中、リリアナだけは鋭い眼光を崩さなかった。
『……手加減のつもりか? 私も舐められたものだな。』
そういったリリアナが剣を構える。
「それでは、始めましょうか」
セシリアがそう言ったと同時、リリアナが大地を蹴った。
鏡のように滑らかな地面をものともせず、瞬く間にセシリアの懐へと潜り込む。
『はあああっ!』
放たれたのは、素早く、そして重い一閃。
対するセシリアは、担いでいた巨剣を軽やかに振り下ろした。
キィィィィィィン!!と、鼓膜を劈くような高音が、平坦な戦場に響き渡る。
リリアナは、培われた技量によってセシリアの剣の「芯」を外そうと最小限の軌道で動く。対するセシリアは、大剣は圧倒的なお金の暴力でその小細工を力任せに押し返した。
「なかなかっ……やりますわね!」
セシリアが、少しだけ紅潮した顔で声を弾ませる。
いつものようにボタン一つで弾幕をばら撒く作業でも、NPCのモンスターを切る感触でもなく、同じプレイヤーとの実戦。
『 力で勝てなくともっ……場数では負けていないからな!……はぁっ!』
リリアナは強引に剣を弾き、そのまま流れるような連続攻撃を叩き込む。
一撃一撃が致命傷になり得る鋭い刺突と斬撃。セシリアはそれを巨剣の腹で受け、時に力強く押し戻す。
押しては返される、火花散る攻防。
「おいおい……あの騎士、お嬢様と正面からやり合ってるぞ。さっきの一千万発を耐えただけはあるな」
バッカスが驚愕を隠せずに呟けば、カインもまた、手に汗握りながら二人の戦いを見つめていた。
「ああ。……相手に敬意を払ってるんだろうな、あれは」
鏡のような更地の上で、二人の乙女が舞う。
技を極めた騎士の剣と、財力を極めた淑女の巨剣。両者の意地がぶつかり合うたび、研磨された地面に激しい衝撃波が走り、周囲の空気を震わせていた。
◇◆◇
何度目かの激突の後、互いの刃が重なり合ったまま、膠着状態に陥った。
至近距離で火花を散らす剣先。その向こう側にあるリリアナの瞳には、一切の揺らぎがない。
セシリアは、その真っ直ぐな意志に感心したように、穏やかな声で問いかけた。
「ここまで部隊が壊滅しているのに、まだ戦争を長引かせるんですの? わたくし、無駄な犠牲はごめんでしてよ。美しくありませんもの」
セシリアにとって、犠牲とは単なる損失であり、景観を損なう汚れでしかない。だからこそ、彼女は最短で、最大火力の「お掃除」を選択してきた。
だが、リリアナはその言葉を、苦い唾と共に飲み込むようにして撥ね退けた。
『……ここで私が負けたら国に被害が及ぶだろう。私には、例え一人になろうとも国を守る責務がある。 騎士道とは、勝利を捧げることだけではない』
ぐっ、とリリアナが剣を押し込む。震える腕を、折れんばかりの誇りが支えている。
『……それに、無駄な犠牲などとうの昔から数え切れないほど出されている』
その言葉に含まれた重い響きに、セシリアは微かに眉をひそめた。
「……シュベルという国は、よほど管理体制が不届きなんですのね」
そこで会話が途切れた瞬間、リリアナが一歩を踏み出した。
鋭く、神速の刺突。その剣先が、セシリアの喉元へと一直線に伸びる。
だが、セシリアは担いでいた巨剣を、まるで重さを感じさせない軽やかさで翻した。
――ガツンッ!!と鈍い衝撃音が響き、リリアナごと剣が大きく弾き上げられた。
体勢を崩したリリアナの懐へ、セシリアが吸い込まれるように一歩踏み込む。
次の瞬間、大剣の鋭い刃が、地面に倒れたリリアナの首筋の横でピタリと静止した。
舞い上がった土煙が、鏡のような地面へと静かに落ちていく。
剣を突きつけられたリリアナは、荒い息を吐きながらも、その瞳を逸らさなかった。
数秒の沈黙の後、リリアナが静かに口を開いた。
『……私の負けか。……見事だ』
その声を聞いたセシリアはゆっくりと、だが優雅な動作で大剣を引くと、それを魔法の鞄へと仕舞い込む。
「……えぇ。貴女は、本当に誇り高き騎士でしたわ」
セシリアの言葉には、いつもの「お掃除」への満足感ではなく、一人の淑女として、一人の戦士としての敬意がこもっていた。
ただ、互いの信条をぶつけ合い、一つの儀式を終えた後のような、穏やかで厳かな空気が二人を包み込んでいた。
「ひぃぃ……終わった……終わりましたよね!? お嬢様が首を飛ばさなくて本当に良かったぁぁ!!」
背後でモカが崩れ落ちる音がしたが、二人の間に流れる静寂を乱すには至らなかった。
鏡のような大地に映る二人の影。
激しい戦いの跡であるはずの更地は、今この瞬間だけは、勝利を祝う舞踏会の会場のようにさえ見えていた。
決闘の余韻を噛み締めるように、セシリアはふうと小さく息を吐き、周囲の状況を確認するように視線を巡らせた。
一万の騎士団は消え、残ったのは満身創痍のリリアナと、遠くに見えるシュベルの国境線のみ。
「さて、皆様。油断はできませんわ。次は援軍のお相手ですわね。これほどの事態ですもの、さぞや豪華な顔触れが駆けつけてくださるのでしょう?」
セシリアは、次のお掃除ターゲットを期待するように、楽しげに首を傾げた。お嬢様にとって、戦いの継続はより多くの「不浄」を片付ける機会に過ぎない。
――だが、リリアナの反応は冷ややかだった。自嘲気味な笑みを浮かべて、遠くのシュベル王都の方角を睨みつけた。
『……来るわけないだろう』
吐き捨てられた言葉に、セシリアは意外そうに目を丸くする。
「……来ないんですの? 何故? 貴女のような優秀な騎士を失うことは、国にとって最大の損失ではなくて?」
セシリアにとって、「価値ある人材の放棄」は最も理解し難い非合理な行為である。不思議そうに問いかけるセシリアに対し、リリアナは更に続けた。
『来るものか。……あの男が気にするのは、民でも、共に歩んできた騎士でもない。……己の身だけだ』
リリアナの瞳に宿ったのは、敵への憎しみではなく、ただただ諦めでしかなかった。
【報告。シュベル王都方面より、軍の移動反応を検知。――ただし、こちらへ向かう動きではなく、王宮周辺の防衛を固める動きと推測されます。推測:国王が逃走の準備を始めていると思われます】
アイザックの淡々とした報告が、静まり返った更地に響く。
セシリアは閉じていた扇子を、パチンと小気味よい音を立てて手のひらに打ち付けた。
「……まぁ。わたくし、ケチな方は嫌いではありませんけれど……下品な方は、もっと嫌いでしてよ」
真の決戦は、ここから始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
第三章、まだまだ続きます。二番煎じでしかありませんが、どうぞ見ていってください。
次回「国王がやらかしやがりましたわ」
面白いと思っていただけたら、星やレビューやリアクションで応援してくださると嬉しいです。




