セシリア対策委員会、発足(前)
皆様、ごきげんよう!
本日は、セシリア対策委員会、発足の回です。
ゆるーく見ていってください。
朝日が昇り、世界に光が満ちる。
シラヌイの過剰なバフを付与された、防御力七〇〇〇の「パジャマ」を纏ってセシリアが眠りについた場所。そこを中心に、巨大なクレーターが大地を無残に抉り取っていた。
運営が涙を流しながら修復したはずの地形データは、お嬢様の「寝返り」により、ただの乾いた土埃が舞い上がる場所と化している。
「ふう……。よく眠れましたわ。シラヌイ様のバフのおかげで、夢の中にまで、お掃除の女神様が舞い降りてきましたの」
クレーターの底、粉砕された最高級ベッドの残骸の上で、セシリアは扇子をパサリと広げた。
「お、お嬢様ぁ! 見てください、この惨状ぉ! マップの一エリアが、お嬢様が一晩寝ただけで消滅しちゃったんですからねぇ!?」
モカが枯れ果てた声で地面を指差しながらツッコミを入れた。指差しているところを見ると、元々更地だった地面がさらに粉々になっている。
「まあ、モカ。朝からそんなに声を荒らげては、淑女の品格を疑われますわよ? ……それにしても、少しばかり景観がよろしくありませんわね」
セシリアは、不快そうに眉をひそめ、周囲の灰色の土塊を見渡した。
「朝からこのような殺風景な土埃を見るのは、淑女の健康に良くありませんわ。わたくしの朝食には、もっとみずみずしい緑と、華やかな噴水が必要だと思いません?」
「そりゃそうですけど! 誰のせいだと思ってるんですか! 運営さんがまたログインログを真っ赤にして叫んでるんですよぉ!?」
モカの必死の訴えを、セシリアは優雅な仕草で聞き流した。彼女にとって、壊れたものは直せば良い。そして、直すための手段は、この世界においてただ一つ――「金の力」である。
「アイザック」
セシリアが虚空に向かって、鈴を転がすような声で呼びかけた。すると、空中にウィンドウが開き、メッセージが続く。
【お呼びでしょうか、セシリア様】
「アイザック、景観をリゾート地だった状態まで……いえ、それ以上に豪華に書き換えてくださる? わたくしにふさわしい、最高級のリゾート地へ」
【承知いたしました。概算費用を算出……一〇〇億ゴールドを消費します。よろしいでしょうか?】
「……案外安いんですのね。えぇ、構いませんわ。パン代程度の端数ですもの」
【了解。……一〇〇億ゴールドの決済を完了。リゾート『セシリア・ガーデン』の再構築を開始します】
凄まじい轟音と共に、クレーターの底から巨大な噴水が突き上げ、乾いた大地に一瞬で青々とした芝生が広がっていく。
崩壊していたガレキは黄金のレンガへと姿を変え、白亜の大宮殿が、地平線を塗り替えるように組み上がっていく。
「ひ、ひぃぃぃ!? 一〇〇億!? 今、さらっと一国の国家予算レベルの『パン代』が消えましたよぉぉ!?」
モカは、劇的に変化する景色に目を回し、芝生の上に倒れ込んだ。
ほんの数秒前まで更地だった場所は、地上の楽園へと生まれ変わっていた。
「うむ、なかなかの手際じゃな」
シラヌイが満足気に頷いた。
いつの間にか、新築されたテラスの特等席に座って温泉饅頭を頬張っている。
「少しばかり妾のバフで土壌を強化しておいた。これなら、お嬢様がもう一度寝返りを打っても、三回までは耐えられるじゃろうて」
「まあ、シラヌイ様。それは心強いですわ。……さあ、モカ。お掃除(という名の再建)が終わったのですから、朝食にいたしましょう?」
セシリアは、新設された純金製テーブルに向かって歩き出した。
◇◆◇
再建されたばかりの『セシリア・ガーデン』。その中央に鎮座する、空に突き出した純白のテラスで、セシリアは極上のコーヒーを嗜んでいた。
しかし、その平穏は、モカの慌てた足音によって終わりを迎える。
「お、お嬢様ぁ! 大変ですよぉ!! 王都がとんでもない噂で持ち切りなんです!!!」
モカは、震える手で自身のシステム端末をセシリアの目の前に突き出した。そこには、赤々と輝く警告灯のような通知が連なっている。
「迷宮の攻略勢が合同で、『セシリア対策委員会』なるものを立ち上げたそうです! しかも、メンバーは名だたる強豪プレイヤーばかり。これって……これって、お嬢様を討伐するための、本格的な暗殺部隊じゃないですかぁ!?」
モカの悲痛な訴えに対し、セシリアはカップをソーサーに静かに戻した。彼女の瞳には、一切の迷いも恐れもない。
「……『対策委員会』?」
「そうです! 対策される側なんですよ、お嬢様は!」
「ふふっ……また大げさですわね」
セシリアはクスクスと淑女らしく笑い、テラスの欄干から広大な更地を眺めた。
「委員会まで立ち上げて、わたくしの活動を……つまり、このリゾートの管理や、お掃除の進め方を研究してくださるなんて。わたくし、感動いたしましたわ! 討伐隊などではなく、わたくしへの愛の告白、あるいは熱烈なファンクラブですわね」
「……へ?」
モカの思考が停止した。
「そ、そうでしょうか……。彼ら、スローガンに『セシリアの物理的封印』って書いてありますけど……」
「物理的サポートの誤字に決まっておりますわ。皆様、わたくしのお掃除が効率的すぎて、自分たちも力になりたいと焦れていらっしゃるのでしょう。健気な方々ですこと」
セシリアは満足げに頷くと、立ち上がった。その視線はシラヌイの方へ向けられていた。
「シラヌイ様、聞きましたか? これほど熱烈なファンの方々がいらっしゃるのですもの。感謝の『ご挨拶』をしなければ、淑女の面目が立ちませんわね」
シラヌイは、優雅に酒の杯を傾けながら、ニヤリと唇の端を吊り上げた。
「ほう、『対策委員会』か。実に興味深い。お嬢様、それはそれは素晴らしい出会いになりそうじゃな。挨拶がてら、妾のバフも彼らに試してやろう」
「……お二人とも、話が通じませんよぉ!?委員会の人たち、ごめんなさぁい!!!」
モカの絶望的な叫びも、テラスの風にさらわれてどこかへ消えていった。
◇◆◇
「ご挨拶に行くなら、こちらで行きませんこと?」
セシリアがそう言った瞬間、地面が突如として轟音を響かせた。
庭園の芝生が左右に割れ、せり上がってきたのは、金銀財宝で装飾された巨大な海上要塞――「ロイヤル・セシリア号」。
それは、もはや船というよりは「浮かぶ金塊の塊」だ。船体全体に最高純度のゴールドがコーティングされ、要所要所には運営すらも戦慄するレベルの超高火力魔導砲が、牙を剥くように設置されている。
「お嬢様、これ……改造しましたね!? この砲門、前はなかったはずですよぉ!?」
モカは、ある場所を指差して悲鳴を上げた。前はあったはずの「観賞用の花壇」が撤去され、そこには見たこともないほど巨大な金塊弾の装填口が備わっていた。
「あら、モカ。挨拶というのは、心からの贈り物をするものですわ。皆様が『対策』という名の情熱をぶつけてくださるのですもの、わたくしも負けてはいられませんわ」
セシリアは、純白のドレスを風になびかせる。その手元には、ずらりと並んだ豪華な木箱。中には、一つ一つに魔力付与が施された、煌めく金塊弾が山のように詰め込まれている。
「ふふ、これだけあれば、皆様の『対策委員会』の会議室も、さぞや華やかに彩られることでしょう」
「うむ。挨拶の準備は万端のようじゃな。お嬢様、とびきり派手な宴にしようではないか。迷宮中の冒険者たちに、わが弟子のお掃除術を見せつける絶好の機会じゃ」
シラヌイは、杖を高く掲げた。彼女の魔力によって、要塞を取り巻く風そのものが、黄金の輝きを放ち始める。
「ええ、そうですわね。皆様の熱意にお応えするのが、ローゼンブルクの名を冠する淑女の務めですわ」
「さて、お二人とも……お掃除を開始いたしますわよ!」
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
お嬢様、ついに対策委員会が立てられてしまいました。
次回「セシリア対策委員会(後)」
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