お嬢様、寝返りで大地を砕く
皆様、ごきげんよう!
本日は、パジャマ、防御力7000になる(一般ボスが3000)の回です。
ゆるーく見ていってください。
月光が、天を衝く「第二の世界樹」の枝葉を黄金色に縁取っている。
運営の血と汗と涙の結晶である更地は、いまやセシリアが提供した「パン代(一千万ゴールドのマナ・ポーション)」のせいで、伝説の聖域のような神々しい光を放っている。
その巨大な根の麓に、白の天蓋付きテントが設営されている。テントの内部は、最高級の魔法絨毯が敷き詰められてとても暖かい。
「ふぅ……。お掃除の後の休息こそ、真の淑女に必要な時間ですわね。モカ、着替えの準備をよろしくて?」
セシリアは、宝石を散りばめたティーカップを最後の一口まで優雅に味わうと、優雅に立ち上がった。
「はい、お嬢様。本日のパジャマは、最高級の魔法蚕の繭から紡ぎ出された極上シルクのナイトウェアです。これなら、更地の真ん中でもぐっすり眠れるはずですよぉ。……はぁ、本当に更地の真ん中なんだよなぁ……」
モカは慣れた手つきでパジャマを広げつつ、テントの隙間から見える無機質な地平線を眺めて遠い目をしていた。
「まあ、少し夜風が冷えますわね。……シラヌイ様、何か心地よく眠れるようなおまじない(バフ)をいただけますかしら? わたくし、少しでも不安があると、十時間ほどしか眠れなくなってしまいますの」
セシリアが、隣の椅子で温泉饅頭の残りを口に放り込んでいたシラヌイに、優雅に問いかけた。
「十時間も眠れば十分な気がするが……。まぁよい、任せておけ。お嬢様が健やかに、そして誰にも邪魔されずに安眠できるよう、とっておきの『安眠バフ』をかけてやろうぞ」
シラヌイは満足げに手を叩くと、愛用の杖をパサリと構えた。その瞳には、最古参の古代魔術師らしい、底知れない知識と魔力が宿っている。
「安眠バフ、ですかぁ。……それなら安心ですねぇ! シラヌイさん、よろしくお願いしますぅ!」
「うむ。妾のバフは、その辺の魔術師が使うものとは格が違うからの」
シラヌイが杖を振るうと、モカの手にあるパジャマが淡い紫色の光に包まれ始めた。
精神を深い安らぎへと導く「安全な安眠」の術式。
――のはずだった。
しかし、シラヌイの頭をふと過ったのは、先ほどのお掃除で見た運営の絶叫ログ。「お嬢様の安眠を妨げる不届き物を完全に遮断せねば」という過保護な親心が、術式を書き換えてしまったのである。
「――安全な睡眠!……む、いま少し指が滑ったかの?」
杖の先から放たれた光が、モカの持つシルクのパジャマを包み込む。
その瞬間――
「キィィィィィィィィィィン!!」
優雅なテント内に、耳を劈くような金属的な共鳴音が響き渡った。
それは布地が放つ音ではなく、超高密度の装甲板が重なり合い、空間そのものを固定するような、重厚な駆動音だった。
「ひ、ひぃぃぃ!? ちょっと待ってください! いまそのパジャマから『キィィィン!』って装甲車みたいな音がしませんでした!? それほんとにパジャマですよね、ふわっふわのシルクですよねぇ!?」
モカは慌ててパジャマを持ち上げようとしたが、そのあまりの質量と圧に手が滑りそうになる。
一見すると以前と変わらぬ薄いシルクだが、その表面には微かに、物理法則を拒絶するような鈍い銀色の残光が走っていた。
「まあ、輝きが増して、とっても綺麗ですわ。シラヌイ様、ありがとうございます。これで安心して夢の世界へ行けそうですわね」
セシリアは満足げに微笑み、その「武装パジャマ」を手に取った。
彼女の手の中では大人しくしているが、布同士が擦れるたびにガリッ、ゴリッという、岩肌を削るような音がテント内に響いている。
「うむ。少しばかり『堅実』な仕上がりになったかもしれんが、まあ、輝きは増したし問題なかろう。これなら蚊に刺されることすら万に一つもあるまい」
「蚊どころか、隕石が落ちてきても跳ね返しそうですよねぇ!?シラヌイさぁん、いま絶対何かとんでもない数値に書き換えましたよねぇ!?」
モカの悲鳴を余所に、セシリアは「それではお色直しをして参りますわ」と、着替えに行く。
残されたのは、やりきった顔で温泉饅頭を再び食べ始めたシラヌイと、パジャマの防御結界に震えるモカだけであった。
◇◆◇
衝立の向こう側から「ガシャン、バキッ」という、衣擦れとは思えない不穏な音が聞こえてくる。
そんな中、シラヌイはふと思いついたように、手元のシステムパネルを操作し始めた。
「お嬢様の新しい寝巻き、どれほどの仕上がりか一応見ておくかの」
シラヌイが指を弾くと、空間に透き通った鑑定ウィンドウが浮かび上がる。
ちょうど喉を潤そうと紅茶を口に含んでいたモカが、背後からその数値を覗き込んだ。
【アイテム名:セシリア様専用・安眠のナイトウェア(特製バフ付き)】
【状態:物理防御・絶対固定/魔法攻撃無効】
【攻撃力:1000/防御力:7000】
「ごほぉぉぉぉっ!!」
モカの口から、芸術的な放物線を描いて最高級ダージリンが噴射された。
「げほっ、げほっ……! な、ななな、なんですか防御力7000ってぇ!?一般ボスの防御力がだいたい3000ですよぉ!?ボスが全力で殴りかかっても、お嬢様が寝言を言ってる時でも★バッチリ防御★じゃないんですってぇ?!」
「……む。おかしいな。安眠数値を7000にするつもりが、どうやら『物理防御』の欄に書き込んでしもうたようじゃな。てへぺろ」
「てへぺろで済むレベルじゃないですってぇ!?これもうパジャマの形をした核シェルターですよぉ!?このゲームの歴史上、寝巻きを要塞化したプレイヤーなんて一人もいませんからねぇ!?」
モカがガクガクと膝を震わせる。
……パジャマに防御力7000のインパクトで触れられていないが、攻撃力が1000も大概おかしい。
普通はパジャマに攻撃力などつかないのだから。
そんなやり取りを続けていると、着替えを終えたセシリアが姿を現した。
見た目は可憐な薄ピンクのシルクパジャマ。だが、一歩歩くたびに「ドォン……ドォン……」と、重戦車――例えると、あのロー〇ン戦車が通り過ぎるような地響きがテント内を揺らしている。
「まあ、少し生地が……しっかりいたしましたわね。物理的にガチガチと言いますか、鎧に包まれているような……いえ、大地に抱かれているような安心感がありますわ」
「それ大地に埋まってると同義じゃないですか!?それ絶対肩凝りますって!お嬢様、脱いでください、今!すぐ!脱いでくださいぃぃ!」
「いいえモカ。シラヌイ様がわたくしの為に心を込めて(?)バフをかけてくださったのですもの。今夜はこれでお休みしますわ」
セシリアは満足げに、鉄板のような硬度を誇るパジャマの袖を撫でた。
その指先が布に触れるたび、火花が散らんばかりの金属音が響く。
お嬢様の防御力は7000だが、モカの精神的な防御力はすでに☆ゼ☆ロ☆になりかけていた。
◇◆◇
セシリアは、ゆったりと天蓋付きのベッドに腰を下ろした。
モカとシラヌイは、外でのんびりとティータイム中である。
本来ならばシルクの優しさに包まれるはずの夜。しかし、今の彼女が纏っているのは、防御力7000という物理の摂理を無視した歩く要塞である。
「ふふ、それでは皆様。おやすみなさいませ」
セシリアが何気なく身体を横たえ、ふわりと寝返りを打つ。
――その瞬間。
「――ガシャァァァァァァン!!」
テント内から、まるで小型の隕石が直撃したかのような轟音が炸裂した。
「ひぃぃぃ!?寝返り一回で地割れが起きてるぅぅ!?ちょっと、お嬢様!?地形破壊はもういいですってぇ!?今日はお掃除はナシですよぉぉ!?」
モカが悲鳴を上げながらテントに駆け寄る。だが、中の光景は地獄絵図だ。
最高級の魔法絨毯は紙くずのように引き裂かれ、天蓋付きの特注ベッドは、セシリアが触れただけで粉砕されている。極めつけは地面だ。セシリアの寝返りで大地が割れ、巨大なクレーターが深々と刻まれていた。
「……うむ。これは予想外じゃったな。すまぬ、安眠というよりは『永眠』させようと何が来ても傷ひとつつかぬ仕様になってしまったかもしれん。……てへぺろ」
「てへぺろで済ませられるものじゃないですってぇぇ!?シラヌイさん、加減という言葉を覚えませんか!?」
モカは泣きながら、崩壊したテントの残骸の中から、まだ健やかに眠り続けるお嬢様を救い出そうと手を伸ばす。だが、そのパジャマの「絶対的な防御力」が邪魔をして、どれだけ力を込めてもセシリアの身体はピクリとも動かない。
「……とても……健やかに……眠れそうですわ……」
セシリアはうっとりと寝息を立てている。……寝返り一つ打つたびに「バキバキッ!」と大地が悲鳴を上げ、見るも無惨なクレーターの山へと変わっていくのを除けば。
「もう……明日にはこのあたり、完全に地図から消えてますよぉ……」
モカの絶望的な溜め息と、シラヌイの呑気な笑い声。そして、大地を砕きながら眠る最強のお嬢様。
こうして、安眠を目的とした夜は、世界の地図を塗り替えかける大惨事と共に更けていったのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
寝返りしたら大地が砕けるって、なんか、はい。色々と凄いですよね。
次回「効率的なお掃除とはな--」
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