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今回の被害者:要塞竜

皆様、ごきげんよう!

本日は、要塞竜が可哀想と思える程に、お嬢様が滅多打ちにする話です。

ゆるーく見ていってください。




 北域の最果て、忘却の氷壁エターナル・グラキエス

 そこは、生半可な覚悟で足を踏み入れたプレイヤーを、一瞬で「氷像」へと変える死の聖域だ。


 視界を真っ白に染め上げる猛吹雪。

 吹き付ける風は、刃のように鋭く肌を削り、気温はマイナス五十度を優に下回る。

 呼吸をするだけで肺が凍りつくような極限の環境において、唯一動くことを許されているのは、荒れ狂う雪嵐だけだった。

 その氷壁の最奥に、それは座している。

 『金剛不壊の要塞竜アイアン・フォートレス』。


 巨大な山をそのまま背負ったかのような、あまりにも巨大な影。

 全身を覆うのは、通常の武器では傷一つ付けることができないと言われる魔導鋼鉄(マナ・スチール)の鱗。

 これまで数万人のトッププレイヤーたちが、ギルドの総力を挙げて挑み、そしてその「不動」の絶望の前に、最強の魔法の矢を折られ、伝説の剣を砕かれて敗れ去ってきた。

 竜の周囲には、無念と共に氷漬けになった冒険者たちの残骸が、墓標のように並んでいる。


 ――だが。


 カツン。


 吹き荒れる暴風の音さえも、一瞬でかき消されるような。

 冷たく凍てついた氷の地面を、傲慢なまでに叩く律動。


 カツン、カツン、カツン。


 それは、死にゆく者の足取りではない。

 ましてや、震えながら救いを求める平民の歩みでもない。

 雪山という「野蛮な庭」に、ただのお散歩でもするかのような、軽やかで高貴なヒールの音だった。


「あらあら……。これほど大きな不燃ゴミ、粗大ゴミの回収日でもなかなかお目にかかれませんわ」


 白一色の世界。

 吹き荒れる暴力的なまでの雪礫ゆきつぶてを割り、一人の少女が悠然と姿を現した。

 セシリア・フォン・ローゼンブルク。

 彼女の纏うドレスは、一見すればただの可憐なパーティドレスに過ぎない。


 だが、その純白の毛皮は、生息域すら定かではない伝説の魔獣『白銀天狐シルヴァ・ナインテイル』の極上尾を九本分も贅沢に使用した、一着数千万ゴールドを下らない超一級品である。

 一歩歩くごとに、雪の結晶がドレスに触れる前にキラキラと霧散していく。


「あらあら……。少しばかり、空気が乾燥しすぎてますわね。わたくしの繊細なお肌が、ガサガサになってしまいますわ」


 セシリアは不機嫌そうに眉を寄せると、空いた左手で虚空を軽く払った。

 その瞬間、彼女の周囲に黄金の幾何学模様が浮かび上がる。


『VIP特典:環境ダメージ完全無効化。自動温度調節バリアを起動』

『一回につき一千万ゴールド、一括決済いたしました。毎分、維持費として百万ゴールドを徴収いたします』


 無機質なシステムメッセージが響く。

 直後、セシリアを包み込むように、春の木漏れ日のような暖かな空気が固定された。

 外側では、岩をも砕く吹雪が狂ったように荒れ狂っている。

 だが、その見えない黄金の壁の内側だけは、王都の最高級サロンの特等席と何ら変わらない、完璧なまでに管理された「聖域」へと書き換えられていた。


 セシリアは満足げに、純白のレースで彩られた日傘をクルリと回す。

 その優雅な動作は、これから始まる「虐殺」を、ただの「お掃除」だと定義するための儀式にも見えた。


「さあ、お掃除を始める前に……。まずは、目障りな風を黙らせるべきかしら?」


 彼女の視線の先には、自分たちの聖域を汚す「異物」に気づいた要塞竜が、地響きのような唸り声を上げ始めていた。


 セシリアは、日傘を肩に預けたまま、空いた左手でインベントリの深淵へと指を伸ばした。

 現れたのは、『魔導多銃身機関砲ミリオネア・ジャスティス』。

 そして、王都の経済を狂わせて作り上げさせた、十万発の『黄金魔導追尾弾』が連なる、重厚な給弾ベルトである。


 一発一万ゴールドの「結晶」が、銃身へと吸い込まれる。


「さあ……。まずは小手調べ。わたくしの資産の重さ、その身でしっかりと計上なさいませ?」


 セシリアが、ピアノの鍵盤を叩くように軽やかにトリガーを引き絞る。


 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 直後、極北の静寂は、金銭が爆ぜる轟音によって粉砕された。

 一秒間に百発。一秒ごとに、プレイヤーが一生かけて稼ぐ「百万ゴールド」が、黄金の火線となって要塞竜へと吸い込まれていく。


「な、……ガアアアアアアアアアアアッ!?」


 要塞竜『アイアン・フォートレス』が、驚愕と苦悶の咆哮を上げた。

 本来、彼の身体を覆う魔導鋼鉄の鱗は、あらゆる物理干渉を無効化するはずのもの。

 だが、お嬢様の弾丸は「物理」ではない。それは「純粋な資産の圧力」だ。


 着弾の瞬間、一発一万ゴールドの魔導エネルギーが、物理法則を札束で往復ビンタするように無理やり書き換える。

 鋼鉄の鱗は「弾かれる」暇すら与えられず、着弾点からドロドロと黄金の液体へ融解し、次の一瞬には蒸発して消え去っていく。

 一枚、また一枚。

 数千人の冒険者が絶望した「不落の壁」が、お嬢様の「試射」によって、まるで古びた壁紙のように無残に剥がれ落ち、その下の柔らかな肉が露わになっていく。


「あら? 少しばかり、手応えが軽すぎますわね。……店主、もう少し『重い』素材を混ぜるべきでしたかしら?」


 セシリアは、激しい反動など微塵も感じさせない涼しい顔で、さらに深くトリガーを押し込んだ。


 だが要塞竜も負けじと反撃に掛かる。

 要塞竜がその巨大な顎を開くと、喉の奥にドロリとした銀色の魔力が収束していく。


 『アイアン・ブレス』。


 数千人の冒険者を一瞬で「鉄の彫像」へと変え、広大な森を金属の死地へと変貌させてきた、この世界における最大級の広域殲滅攻撃。

 放たれた銀の奔流は、大気を凍らせ、空間そのものを圧殺しながらセシリアへと迫る。


「……あら。随分と、お行儀が悪いですわね」


 迫りくる絶望の輝きを前に、セシリアは一歩も退かない。

 彼女がしたのは、扇子を広げるよりも優雅な手つきで、虚空に浮かぶウィンドウを一つ、クリックしただけ。


『VIP特典:概念防御・黄金の不可侵領域ゴールデン・サンクチュアリを展開。三千万ゴールド、一括決済を承認しました』


 軽やかな、しかし無慈悲なまでの「決済完了」の電子音が響き渡る。


 ドォォォォォォォォォン……ッ!!


 直後、世界が銀色に塗りつぶされた。


 ――だが、セシリアの周囲わずか数メートルだけが、黄金の薄膜に守られ、何事もなかったかのように平穏を保っていたのだ。

 数千人の命を奪ってきたブレスは、その黄金の壁に触れた瞬間、パリンと小気味よい音を立てて砕け散り、ただの「金色の粒子」となって吹雪の中に溶けていった。


「わたくしの前で、そのような汚い息を吐き散らすなんて。……清掃費用を上乗せしなければなりませんわね。……ええ、そう。皆様の命より、わたくしのドレスの『清潔感』の方が、遥かに高価であることを教えて差し上げますわ」


 彼女は再び『ミリオネア・ジャスティス』の銃身を、竜の眉間へと向けた。


 三千万ゴールドの「概念防御」を前に、絶望のブレスを無力化された要塞竜。

 その巨大な瞳に宿ったのは、かつてこの竜に挑んだ数万人の冒険者たちが抱いたものと同じ――底知れぬ「恐怖」だった。


「あら、そんなに震えて。……ご安心なさって。すぐに、その無粋な身体ごと『消滅』して差し上げますわ」


 セシリアは、舞踏会でパートナーの手を取るように優雅な動作で、空中に展開された数十枚の『予備弾薬購入ボタン』を同時に入力した。


『追加発注:黄金魔導追尾弾、十万発。一括決済。合計二十万発、装填チャージ完了』

『武器リミッター解除:超加速連射モード・神の指先(ゴッズ・フィンガー)を起動。一分間、一億ゴールド決済』


 狂ったように響く決済完了の電子音。

 同時に、セシリアの手にある『ミリオネア・ジャスティス』の六本の銃身が、摩擦熱で白銀に輝くほどの超高速回転を開始した。


「さあ、お掃除を終わらせましょう。――皆様、ごきげんよう!」


 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 秒間五百発。一秒間に五百万ゴールド。

 お嬢様の銃口から溢れ出したのは、世界を黄金色に塗りつぶす、圧倒的なまでの「光の奔流」である。

 それは、要塞竜の胸部へと着弾した。

 自慢の魔導鋼鉄の鱗は、着弾の瞬間に分子レベルで分解され、要塞竜の巨体は、まるで熱したナイフを通されたバターのように、無抵抗のまま「消去」されていく。


「グ、ギ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 悲鳴すら、着弾の衝撃波で即座に霧散する。

 黄金の光は竜を貫通し、その背後にそびえ立つ標高数千メートルの氷壁、さらにはその奥にある連峰までもを一心不乱に削り取っていく。


 大地を震わせていた衝撃と重低音が止んだとき。

 そこには、もはや「絶望の氷壁」などという地形は存在しなかった。

 要塞竜は文字通り「チリ一つ」残さず消滅し、視界を遮っていた巨大な山脈は、磨き上げられた大理石のように平坦な更地へと生まれ変わっていた。

 爆発の熱気が、数千年間止むことのなかった猛吹雪を強引に蒸発させ、重く垂れ込めていた暗雲さえも黄金の衝撃波で引き裂いた。


 雲一つない青空から、暖かい太陽の光が、新しく作られたばかりの「お嬢様の私有地」へと降り注ぐ。

 セシリアは、真っ赤に焼け付いた『ミリオネア・ジャスティス』の銃身を、一瓶数百万ゴールドもする特注の『神霊水・瞬間冷却液』を躊躇なくぶっかけて冷却した。

 ジュゥゥゥッ、という激しい水蒸気が上がり、数千万ゴールドの素材で造られた銃身が、再び冷徹な輝きを取り戻す。


「ふう。……少し、騒がしすぎましたかしら?」


 彼女は愛銃をインベントリへと収納すると、おもむろに指を鳴らした。


 虚空から現れたのは、純白のクロスが掛けられたティーテーブルと、最高級のボーンチャイナ。

 つい先程まで『要塞竜』が座していたはずの場所――今は磨き上げられた大理石のように平坦な更地のど真ん中で、彼女は優雅に椅子へと腰を下ろした。


 自動で注がれる琥珀色の液体。

 一滴につき一万ゴールドは下らないであろう特注の『神霊樹の紅茶』を、彼女は優雅に口に運んだ。

 雲一つない青空から降り注ぐ陽光が、彼女の黄金の縦ロールを照らし出す。

 かつてここが「絶望の氷壁」と呼ばれ、猛吹雪に閉ざされていたなど、今この光景を見た誰が信じられるだろうか。


「……あら」


 セシリアは、ティーカップをソーサーに戻すと、わずかに物足りなそうに空を仰いだ。


「二十万発、撃ち尽くす前に終わってしまいましたわね。……少しだけ、弾き足りませんでしたわ」


 彼女の視線の先には、もはや敵など存在しない、どこまでも続く平坦な地平線。

 十億ゴールドという「暴力」を注ぎ込んでもなお、彼女の退屈を完全に掃除するには至らなかったのだ。


「次は、もっと『頑丈なゴミ』を探さなくては。……わたくしの黄金を、一分間は耐え抜いてくださるような、骨のある不燃ゴミを」


 彼女は最後の一口を飲み干すと、再び純白の日傘を差して立ち上がった。

 その背後には、ただただ美しく、そして残酷なまでに何も残っていない――お嬢様の通った跡という名の「更地」が広がっていた。



ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。お嬢様は、勢い余って山ごと要塞竜を消してしまったようです。

次回「お嬢様、ガトリング砲のメンテナンスをする」

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