お嬢様、迷宮をリゾート地にする(第一章完)
皆様、ごきげんよう!
本日は、お嬢様、迷宮をリゾート地にするの回です。
ゆるーく見ていってください。
かつて峻険な岩場だった決勝戦会場は、いまや運営が涙ながらに投下した最高級檜の板で埋め尽くされ、異様な芳香を放つ「製材所」へと変貌していた。
その板の山の頂から、ギルドの精鋭たちが顔を出す。
「……なにこれ? ここって岩地じゃなかったっけ? なんで迷宮のど真ん中に、これ見よがしな檜の香りが漂ってんの……? 」
イグニスが呆然と周囲を見渡す。その隣では、ラックが、このリゾート地開発の原因を探っていた。
「これの原因は……やっぱあのお嬢様みたいやな。あんな派手なことできるん、この世界に一人しかおらんわ」
「お嬢様! お願いだから、もう改造はやめてくれ!」
カインが血を吐くような絶叫を上げ、その場に蹲って腹を押さえる。もはや彼の胃は、迷宮のラスボスよりも深刻なダメージを負っていた。
しかし、当のセシリアは至極優雅に扇子を揺らし、新しく届いた資材を慈しむような瞳で見つめていた。
「まあ、イグニス様にラック様。皆様お揃いで、賑やかですわね。わたくし、ちょうどこれから仕上げの『お掃除』をしようと思っていたところですの。ご安心くださいまし、カイン。わたくし、とっても上品に済ませて差し上げますわ」
檜の板が敷き詰められ、もはや迷宮というより、超巨大な風呂桶と化したクレーター。セシリアはその中心で、満足げに頷くと、空高く浮かぶ愛機を見上げた。
「さて、資材も揃いましたし……次は『お湯加減』を整えませんと。皆様、少しばかりお足元が濡れますわよ」
セシリアがパチンと、軽やかに指を鳴らす。
直後、上空のボーイング・セシリア号のハッチが全開になり、一億ゴールド相当の高級アロマ湯――薔薇の香りが漂う黄金色の液体が、豪雨、あるいは滝のような勢いで地上へと注がれた。
「ひぃぃ!? 温泉が降ってきましたぁぁ! 溺れる、溺れますぅぅ!! 私泳げませんよぉぉ!! せめてバスタオルを、バスタオルをくださいぃぃ!!」
モカが荒れ狂うアロマ湯の波に翻弄されながら必死にもがく傍らで、バッカスは滝のように落ちてくる熱湯を真っ向から浴び、豪快にジョッキを天に突き出した。
「がっはっは! 温泉の滝に打たれながら飲む酒は最高だな! これだ、これを待ってたんだ! セシリアちゃん、最高にいい湯加減だぜ、乾杯!」
カインはといえば、頭から高級アロマ湯を被り、薔薇の香りに包まれながら虚無の表情で浮いていた。
「……一億ゴールド……。これ、お湯じゃなくて溶かした金塊が降ってきてるのと変わらねえだろ……。なあ、誰か止めてくれよ、この物理法則無視のラグジュアリー天災を……」
一方、上空のドローンからその様子を監視していた運営本部は、あまりの「散財」の勢いにサーバーが熱暴走を起こしかけていた。
◇◆◇
降り注いでいたアロマ湯の豪雨が止み、立ち込めていた真っ白な湯気がゆっくりと風に流されていく。
そこに出現したのは、もはや「迷宮」という言葉では形容し得ない、眩いばかりの光景だった。
無造作に放り込まれた檜の板は、いつの間にか完璧な精度で組み上げられた回廊となり、クレーターの底には最高級の大理石が敷き詰められている。お湯の表面には浮かべられた金塊が陽光を反射し、薔薇の香りが漂う黄金の湖が完成していた。
「まあ。少しは、淑女の嗜みらしい風景になりましたわね。殺風景な更地のままでは、お茶会の余韻が台無しですもの」
セシリアは、もはや自分が一つの「国」を造り上げたかのような落ち着きで、扇子を広げて微笑んだ。
◇◆◇
一方、運営本部では、プロデューサーから末端のデバッガーに至るまで、全員がモニターの前で力なく膝をついていた。
【……もう勝てない。優勝者は彼女だ。いや、この島そのものが、我々のサーバーそのものが、既に彼女の物なんだ……】
開発責任者は震える指で管理画面を操作し、前代未聞の公式アナウンスを全プレイヤーに向けて発信した。
【――緊急告知。決勝戦は、セシリア・フォン・ローゼンブルク選手による『全域買収』により、終了いたしました。本エリアは本日より、リゾート特区『セシリア・ガーデン』に指定されます――】
公式アナウンスが響き渡った直後、セシリアの目の前に、宝石箱のように煌びやかな宝箱が光の粒子と共に転送されてきた。箱には運営本部からの「特別ギフト」というタグがぶら下がっている。
「あら? 何かしら、この箱は」
セシリアが不思議そうに箱を開けると、中には純金で細工された、魔法の杖が収められていた。その杖には、震えるようなフォントで運営からのメッセージが刻まれている。
『――セシリア様、いつもご利用いただき誠にありがとうございます。サーバー負荷低減のため、この「地形変更の杖(永久権限付き)」を献上いたします。どうか……どうかお嬢様のお気に召すままに、自由自在に温泉を湧かせてくださいませ。我々のサーバーの基幹データを、これ以上手動でいじらないでいただけますと幸いです。それと、優勝報酬「空間魔法の書」を同封させていただきます――』
「まあ、運営様もずいぶんと気が利くようになりましたわね。お掃除がもっと捗りますわ。迷宮の壁を壊さずとも、ここから直接温泉を噴出させれば良いんですもの」
「そしてこちらの「空間魔法の書」……なかなかいいですわね」
セシリアは「空間魔法の書」を手に持ち、習得しようとする。
だが――
「……そういえばわたくし、魔法使いではありませんわね」
「今気づいたんですかお嬢様ぁ!?」
そう、この「空間魔法の書」はこのゲームでも極めて希少な魔法系統であり、使えるのは限られた魔法職のみなのだ。
「まあいいですわ。とりあえず持っておきましょう。少しは私の財産の足しになりますわ」
セシリアは満足げに杖を掲げ、優雅に微笑む。その杖の権限は、本来なら運営のみが持つ「ワールド改変権限」そのものだった。
「……おいおい、嘘だろ。運営が自分たちの管理権限を、貢ぎ物として渡したのかよ……!」
カインが杖の刻印を見て、再び血の気を失ってその場に沈む。
誰も聞いたことが無いだろう。「準決勝・決勝戦の舞台がリゾート地になる」という言葉を。
黄金色に輝く湯気。
溢れんばかりの大理石。
そして積み上げられた金塊の山。
迷宮の最深部は、いまや完全なる「セシリア・ガーデン」へと変貌を遂げていた。
◇◆◇
喧騒から遠く離れた高所。
切り立った崖の縁で、一人の女性が完成したばかりのリゾートを静かに見下ろしていた。
古風でありながらも妖艶さを漂わせる装束を纏い、手で紅い唇を隠すようにして、楽しげに目を細めた。
「……ほぉ? 面白い女子が現れたものじゃ」
風に揺れる髪の隙間から覗く瞳は、まるで遠い過去からすべてを見通しているかのように深淵な輝きを放っている。
「迷宮を札束でリゾート地に塗り替え、運営を庭師に仕立て上げるとはな……。お嬢様の金銭感覚はどうなっているんじゃろうな?」
彼女はリゾートの喧騒へ視線を向ける。
「最近は強いやつが居らぬからな、退屈しておったのじゃ。その優雅なティーパーティー、妾もぜひ入れて欲しいものじゃ」
「それにしても……まだこのゲームで地形ごと買う阿呆がおるとはのう。正式サービス初日以来じゃ」
彼女は小さく笑う。
「――あのセシリアと言うお嬢様、面白い。少しばかり側で観察してやるかのう」
彼女がふわりと身を翻すと、その姿はまるで最初からそこにはいなかったかのように、夜の帳へと溶けていった。
◇◆◇
完成したばかりの楽園の底で、セシリアはふと気配を感じたのか、ティーカップを持つ手を止めて夜空を見上げた。
「……今、どなたかご覧になっておりましたかしら?……まあよろしいですわ。もしお客様でしたら、紅茶ぐらいはご用意いたしますもの」
誰にも気づかれぬまま、新たな物語の影が、リゾートの入り口に静かに忍び寄ろうとしていた。
◇◆◇
【ワールドイベント『ペア・サバイバル』終了】
優勝者:セシリア・フォン・ローゼンブルク、モカ・マリーノ
特別報酬:
・地形変更権限
・エリア所有権
・称号『世界改造お嬢様』『不憫メイド』
※なお本イベントにより、迷宮エリアは恒久的にリゾート特区『セシリア・ガーデン』へ変更されました。
【運営よりお知らせ】
セシリア様へ
本日は多大なるご支援、誠にありがとうございます。
なお、サーバー保護のため「山を削る行為」は1日3回までに制限させていただきました。
何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
ついに第一章完結しました!見てくださった皆様、評価、ブックマークをしていただいた方々もありがとうございます!
これからも毎日投稿を続けていきますので、どうぞお付き合いください。
面白いと思っていただけたら!ぜひ!星やレビューやリアクションで応援してくださると嬉しいです!




