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BANしたら会社が終わるお嬢様

皆様、ごきげんよう!

本日は、運営、緊急会議をするの回です。

ゆるーく見ていってください。


 運営本部、特別会議室。

 会議室には、告別式のような重苦しい空気が張り詰めていた。部屋の中央に浮かぶ大型モニターには、広大なクレーターの底で、優雅に午後の紅茶を楽しむセシリアと、その横でジョッキを掲げるバッカス、魂が抜けたように座り込むカイン、そして悲鳴を上げ続けるモカの姿が映し出されている。


【……誰か説明してくれ。なぜ、プレイヤー一人の『お掃除』で、我が社の最新鋭兵器がデータごと消滅したんだ!?】


 開発責任者が、血走った目でモニターを睨みながら震える声で問うた。

 彼らの目の前には、数ヶ月の歳月をかけ、膨大な開発費を投じて完成させた「絶対に倒せないはずの」最終防衛ロボ『ジ・エンド』の、無惨な損失データが表示されている。


【……記録によれば、着弾から消滅まで、わずか三秒です。回避行動も、迎撃も、何も機能しませんでした……】


 プロデューサーが答えると、あまりの理不尽さに会議室の全員を絶句させた。


 モニターの向こうでは、セシリアが扇

子を片手に、クレーターの縁を優雅に指さしている。


「あら、このクレーター……露天風呂にするには少し深すぎますかしら? もう一度、金塊を投げて底上げをいたしましょうか」


 その言葉を聞いた瞬間、会議室の空気が一段と張り詰めた。


【……金塊を投げて、クレーターを埋めると言ったか……?】

【……いえ、底上げのための埋め立て工事です。彼女、次は迷宮の地形改変に乗り出す気です……!】


 運営スタッフたちは、自分たちが必死に守ってきたはずの迷宮が、今まさに「お嬢様のリゾート地」へと作り替えられようとしている現実に、ただただ頭を抱えるしかなかった。


【……いいか、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない! 即刻、該当プレイヤー、セシリア・フォン・ローゼンブルクのアカウントをBAN(凍結)しろ!でないと、秩序が崩壊するぞ!】


 開発責任者が叫ぶと同時に、会議室の片隅で真っ青な顔をしていた経理担当が、震える手で一枚のホログラムデータを放り投げた。


【BANなんてとんでもない! 彼女のアカウントを削除した瞬間、我が社のサーバーは維持不能になります! つまり……彼女は『我が社そのもの』なんです!】


 経理担当の叫びに、室内が再び静まり返る。ホログラムには、セシリア・フォン・ローゼンブルクという名前の下に記された、天文学的な金額の「献金」データが躍っていた。彼女が投じたパン代の数々は、サーバー代を賄うどころか、会社全体の維持、さらには役員報酬の全てを支える絶対的な生命線となっていたのだ。


【そんな……。我々は、ゲームを運営しているのではなくて、彼女の『お庭番』をしていたというのか……?】


 モニターの中では、セシリアが何気なく「一億ゴールド? パン代ですわね」と呟きながら、さらに巨大な金塊を地面に叩きつけている。


「ひぃぃ!? お嬢様、もうその辺で! これ以上投げるお金があったら、私のお給料に……じゃなくて、迷宮の修復費に使ってくださいぃぃ!」


 モカの悲鳴が聞こえるたび、運営のサーバーログには自動的に「修繕費」として高額な寄付が加算されていく。


 BANすれば会社が死ぬ。

 放置すればゲームが死ぬ。


 一人のお嬢様が、運営陣のプライドを完膚なきまでに粉砕した。今や、会議室を支配していたのは、もはや怒りではなく、深い、深い虚脱感である。


【……では、どうしろと言うんだ。あのまま島を買い取らせるのか? あそこをリゾート地にするのを、指をくわえて見ていろとでも?】


 開発責任者の問いかけに、会議室には死人のような沈黙が流れた。誰も、答えを持っていなかった。セシリアに逆らえば会社が倒産する。しかし、このままではゲームの体裁すら保てない。


 そんな膠着状態の中、モニターに映るセシリアが、扇子でポンと自らの掌を叩いた。


「あら、そういえば迷宮の地下って、湿気が多いですわね。皆様、リゾート開発のついでに、地下道全体を大理石張りに改造して差し上げましょうか」


 そのセシリアの何気ないひと言が、迷宮の基本構造そのものを破壊する提案だと察した瞬間、運営陣の誰からともなく、長い、長い溜息が漏れた。


【……もういい。島も迷宮も、全部あのお嬢様のものにしろ我々はただ、彼女が機嫌を損ねないことを祈るんだ……!】


 開発責任者が、力なく机に額を擦りつけた。それはゲーム開発者としての敗北宣言であり、一人の社会人としての「聖母への降伏」だった。


【承知しました……これより、ローゼンブルク家の迷宮買収を『特別仕様』としてゲーム規約を書き換えます。我々は……彼女の庭を管理する庭師に成り下がったんだ……】


 彼らは震える手で、システムコードを書き換えていく。そこにはもはや、プレイヤーの公平性も、運営の威厳も存在しない。ただ、圧倒的な財力という名の「神」の機嫌を損ねぬよう、平伏する者たちの姿があるだけだった。



 ◇◆◇



 運営本部の大型モニターには、大理石が敷き詰められ、黄金の噴水が設置された「元・迷宮の深層」が映し出されていた。


「あら、皆様。ここの崖を切り拓いて、露天風呂にいたしましょうか。お湯はもちろん、最高級の……そうですね、ローズウォーターを贅沢に使いますわ」


 セシリアは楽しげに扇子で崖のあたりを指し示し、自身の領土を広げる女帝のような微笑みを浮かべている。

 バッカスは相変わらず笑いながら「風呂上がりの一杯が楽しみだぜ!」と気炎を上げ、モカは「そんな温泉、前代未聞ですよぉぉ!」と絶叫し、カインはといえば、ついに思考の限界を超えて白目を剥き、更地の上に死んだ魚のような目で横たわっていた。


 その光景を、会議室の運営陣はただ呆然と見守るしかなかった。


【見ろ……彼女が指を動かすたび、迷宮の地形コードが書き換わっていく……】

【これが、課金力の極致……。我々には到底到達できない、神の如き所業だ……】


 開発責任者が呟くと、誰からともなく運営スタッフたちがモニターに向かって手を合わせ始めた。彼らにとって、セシリアはもはやゲームバランスを破壊するプレイヤーではない。会社の命運を握る、崇めるべき「聖母」であり、畏怖すべき「災害」そのものとなっていた。


【……頼む、彼女を怒らせないでくれ。今日から彼女の望みが、我が社のサービス指針だ。彼女が『風呂』と言えば、サーバー全域に温泉を実装するんだぞ!】


 会議室の全員が、モニターの中のお嬢様に向けて深く、そして切実な敬礼を捧げる。

 画面の中では、セシリアが満足げにティーカップを傾け、更地は着々と「ローゼンブルク家の別荘」へと姿を変えていた。



「あら、あそこにいい露天風呂がつくれそうですわね」


 セシリアが扇子で崖のあたりを指し示した、その瞬間であった。

 突如として上空の雲が割れ、ゴオォォォン! という轟音と共に、何かが無数に降り注いできた。

 それは、迷宮の岩肌などではなく、最高級のひのきの板と、温泉用の成分を調整する魔法陣が刻まれた石材たちだった。


「あら、まあ。皆様、運が良いですわね。露天風呂を造ろうと願ったら、ちょうど天から資材が降ってまいりましたわ。これぞ、わたくしの願いが迷宮に届いたという証ですわね」


 セシリアは至極当然のように微笑んだが、その傍らでカインは、降ってくる檜の板を避ける間もなく、完全に膝から崩れ落ちた。


「おいおい……! 空から露天風呂の資材が降ってくるとか、どんな物理演算だよ! ……待て、あそこを見ろ。資材と一緒に、運営の担当者が涙目で土下座しながら資材を投下してやがるぞ……ッ!」


 カインが指さした先、空中の微かなノイズの中に、運営本部が必死にドローンで資材を射出している様子が見えた。


【セシリア様、檜の板、追加で一万枚射出します! どうぞ、露天風呂の底上げにお使いくださいませぇぇぇ!!】


 運営本部から漏れ聞こえる悲痛な絶叫と、空から雨のように降り注ぐ檜の香り。

 モカはもはや、降ってくる板を隠密スキルで華麗に避けながら、「お嬢様、もう勘弁してください! 資材の雨で迷宮が埋まっちゃいますぅぅ!!」と涙目になっている。



 ◇◆◇



 一方、運営本部では。


【……はい! 檜の板、一万枚着弾確認! 次は露天風呂用のお湯の循環システム、最高級の温度調節魔法を付与して射出します! あぁぁ……開発費が、開発費がぁぁぁ!!】


 開発責任者は泣きながらキーボードを叩き、スタッフたちは「神の機嫌を損ねてはならない」という一心で、狂ったように資材を投下し続けている。


 迷宮の運命は、今日も気高く、そしてあまりにも理不尽なまでの優雅さとともに塗り替えられていくのであった。


ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。

さて、次回。ついに表彰式ですね。この長いイベントもついに終わりを迎えます。

次回「イベント優勝&第一章完!」

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