決勝戦の舞台、開始3分で更地になる
皆様、ごきげんよう!
本日は、岩地を更地にするお嬢様の回です。
ゆるーく見ていってください。
視界が開けると同時に、各チームは一斉に散り、隠密行動を開始する。
岩場という遮蔽物を活かし、フラッグを確実に奪取する。それが冒険者たちの常識だからだ。
――だが、普通の人の常識はお嬢様に通用するわけもなく。
「アイザック、やっておしまい!」
【了解。全地形対応・粉砕モード、起動します】
セシリアの指令と同時。上空に現れた巨大な影――セシリアお嬢様専用機「ボーイング・セシリア号」が、その腹部から無数の爆薬を投下する。
ドォォォォォンッ!!
重低音が響き、視界を埋め尽くしていた巨大な岩々は、音もなく砂塵へと分解され、大気の中で霧散していく。
「わぁぁぁっ!? お、お嬢様ぁ! やっぱりこれやりすぎですよぉ!!」
爆風の中、精神が回復したモカはいつも通りの調子で声を弾ませた。彼女のクラシカルなメイド服は、舞い上がる砂塵の中でも一切の乱れを見せない。
爆煙が晴れた後、そこに広がっていたのは、決勝フィールドであったはずの岩場ではない。
『……あれ?』
『……岩場ステージじゃなかったっけ?』
そこに広がっていたのは――
地平線の彼方まで見渡せる、鏡のように滑らかな「更地」であった。
隠れる準備をしていたプレイヤーたちが、岩の消失と共に全員丸見えの状態で取り残される。
誰もいない、何もない、あまりにも広大な更地。そこに立ち尽くす冒険者たちは、自分の足元を何度も見直した。
『……は? 岩は? 俺たちの隠れ場所はどこへ行ったんだ……!?』
『ふざけるなっ! これじゃあ丸見えじゃないか! フラッグの場所はどうなるんだよ!!』
悲鳴にも似た叫びが平原に木霊する。隠密を信条としていた者にとって、遮蔽物の消失は即ち敗北を意味していた。
しかも、爆風の影響か、あるいは更地化の余波か――先ほどまで確実に存在したはずのフラッグの反応さえ、この広大すぎる平原では一切確認できない。彼らは文字通り、手ぶらで放り出された迷子のように立ち尽くすしかなかった。
混乱する冒険者たちの視線の先。
吹き抜ける風が心地よい更地の中心で、セシリアは手際よく優雅なパラソルを広げ、ティーテーブルをセットしていた。
「あら、みなさま。隠れるなんて窮屈なことはおやめなさい」
セシリアはカップを揺らし、呆然とする冒険者たちへ向けて涼やかに微笑む。
「お茶会には、見通しの良い平地が一番ですわ。……それに、どこにフラッグがあるか一目瞭然でしょう? 至れり尽くせりですわね」
モカはセシリアの隣で、平らになった地面を指差しながら、声を上げた。
「お嬢様ぁ!? 地形破壊は禁止されてないですけどぉ! でも普通やらないんですよぉ!?」
「これは隠密戦ですよぉ!? ステルスどこ行ったんですかぁ!?」
やっぱり胃痛からは逃れられないモカの声が、誰一人として身を隠す場所を失った平原に響き渡った。
◇◆◇
呆然と立ち尽くす精鋭たちの元へ、セシリアは悠然と歩み寄った。その足元には、先ほど「ボーイング・セシリア号」が無数の爆薬と一緒に空から投下したばかりの「金塊の山」が、巨大な麻袋に詰め込まれて転がっている。
セシリアがその重たい袋を引きずって闊歩するたび、滑らかな更地には無残なほど深い溝が刻まれていく。ガリリ、と地面を削る嫌な音が、静まり返ったフィールドに響いた。
「さて、皆様。この更地を見ればお分かりでしょう。隠れる場所を失った皆様に、これからの生存戦略を提案させていただきますわ」
セシリアは袋をドサリと足元に落とすと、中から溢れ出した眩いばかりの金塊を指先で弄んだ。
「皆様が苦労して探したそのフラッグ、わたくしが『適正価格』で買い取らせていただきますわ。……拒否権? あら、そんな無粋なことを仰るのですか?」
彼女は慈悲深い微笑を浮かべたまま、金塊の山を軽く足蹴にする。
「この金塊の重さと同じだけの鉄拳が、皆様の顔面に飛んできますけれど? ――さあ、交渉を始めましょうか。提示額はフラッグ一本につき、金貨一万枚ですわ。……お返事は?」
袋から転がり出た金塊は、まるで石のように無造作に地面へ散らばった。
一つで家が建つ重さの金塊が、十個、二十個、三十個……数え切れないほどある。
それを、セシリアはまるで小銭のように蹴飛ばし、怜悧な瞳で震える冒険者たちを見下ろした。
「皆様、誤解なさらないで。これは強奪ではなく『市場調整』ですわ。」
セシリアは金塊を一つ拾い上げる。
「暴落した資産を救済する。これを金融では『買い支え』と呼びますのよ。混乱したフィールドでは、フラッグという資産価値も暴落しかねません。わたくしは皆様の資産を守るために、適正価格でリスクを肩代わりしているのです。……これ以上の慈善行為を求められても困りますわよ?」
狂気じみた笑顔で告げられるその言葉に、冒険者たちは言葉を失うしかなかった。実力や知略よりも、セシリアの提示する「適正価格」こそが絶対のルールとなっていた。
モカは金塊の袋に見上げ、ルールの再確認をしながら声を上げる。
「お嬢様ぁ!? フラッグの売買ってやっていいんですかぁ?! ルール以前に、経済的に!」
札束と金塊が支配するフィールド。そこでは、実力や知略よりも、セシリアの提示する「適正価格」こそが絶対のルールとなっていた。
◇◆◇
セシリアが扇子を片手に、怯える冒険者たちから「フラッグを金で買い叩く」という優雅な取引を進行させていた、その時であった。
「がっはっは! セシリアちゃん、待たせたな!」
広大な更地の彼方から、呑気な声が風に乗って響く。
セシリアが振り向くと、まるで散歩でもしているかのような気軽さで、バッカスとカインが歩いてきていた。
バッカスは相変わらずの大声で笑い飛ばし、カインはといえば、この世の終わりを目撃したかのような、げっそりとした顔つきでフラッグの束を抱えていた。
「俺たち、岩場で隠れてた間に適当にフラッグを拾ってたんだよ! そしたら、半分くらい集まっちまったぜ!」
バッカスが誇らしげに掲げたのは、決勝戦のフラッグ全10本のうち、5本のフラッグであった。
カインはフラッグを差し出すと、地面に深くため息を吐き捨てた。
「……勝つのは嬉しいんだけどさ」
カインが遠い目をしながら言う。
「このお嬢様がいる決勝って、試験じゃなくて災害じゃない?」
モカはフラッグの束を見て、不思議そうに首を傾げた。
「どうするんですかお嬢様ぁ! フラッグの半分が向こうに渡ってますよぉ!?」
セシリアの優雅な微笑みが、わずかに崩れる。
計画では、この更地で全フラッグを回収し、完璧な独占状態を作るはずだった。しかし、まさかの乾杯同盟による予想外の回収劇。
セシリアは扇子を強く握り締め、彼らが持ってきた「勝手に集められたフラッグ」と、手元にある金塊の袋を交互に見つめた。
「……そうですわね。これは非常に、非常に興味深い事態ですわね」
更地になった広場で、お嬢様のビジネス計画に生じた、予期せぬ「欠損」。
計画と、それを上回る予想外が混じり合う中、決勝戦の混沌はさらなる深みへと突き進んでいく。
「お嬢様ぁ……これ決勝戦ですよね?」
「ええ、もちろんですわ」
「ですから――ここからが本当の交渉ですわ」
ここまでお読みいただき、ありがとうごさいます。
お嬢様のフラッグ買い占め計画が頓挫してしまいました。さて、お嬢様はどんな行動を取るんでしょうか。
次回「ギルドごと買収しますわ」
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